杜甫  荊南兵馬使太常卿趙公大食刀歌 #1

太常樓船聲嗷嘈,問兵刮寇趨下牢。牧出令奔飛百艘,猛蛟突獸紛騰逃。

白帝寒城駐錦袍,玄冬示我胡國刀。壯士短衣頭虎毛,憑軒拔鞘天為高。

(荊南の兵馬使で兼ねて太常卿である趙某公のもっている大食国伝来の刀の歌)趙太常の坐乗せられる楼船はやかましい音をたてて味方の兵を視察し、寇賊を刮平するために下牢関の方へ出向かれた。これを見て沿道地方の刺史や県令は奔走して出迎え百艘もの船をだす。水中の猛き蛟も陸上の突出する獣もみだれて逃げはしる。

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年:66年大暦元年55-56

卷別:    卷二二二              文體:    樂府

詩題:    荊南兵馬使太常卿趙公大食刀歌

及地點:              下牢鎮 (山南東道 峽州 下牢鎮)       

白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城    

荊山 (山南東道 無第二級行政層級 荊山)      

交遊人物:太常卿趙公       當地交遊(山南東道 夔州 夔州)

 

 

荊南兵馬使太常卿趙公大食刀歌#1

(荊南の兵馬使で兼ねて太常卿である趙某公のもっている大食国伝来の刀の歌)

太常樓船聲嗷,問兵刮寇趨下牢。

趙太常の坐乗せられる楼船はやかましい音をたてて味方の兵を視察し、寇賊を刮平するために下牢関の方へ出向かれた。

牧出令奔飛百艘,猛蛟突獸紛騰逃。

これを見て沿道地方の刺史や県令は奔走して出迎え百艘もの船をだす。水中の猛き蛟も陸上の突出する獣もみだれて逃げはしる。

白帝寒城駐錦袍,玄冬示我胡國刀。

趙公は寒天の白帝城に錦袍を着けて駐在せられ、玄冬の節にあたって自分に胡の国から伝わった刀を示された。

壯士短衣頭虎毛,憑軒拔鞘天為高。

その刀を扱う壮士は短かい上衣を着て虎の毛を生やしたような頭をなし、軒によって鞘から抜きはなつと刀光さっと閃いて、これがために天も一層高く横たわるかとおもわれる。

#2

翻風轉日木怒號,冰翼雪澹傷哀猱。

鐫錯碧甖鷿鵜膏,鋩鍔已瑩虛秋濤。

鬼物撇捩辭坑壕,蒼水使者捫赤絛。

龍伯國人罷釣鼇,芮公回首顏色勞。

#3

分閫救世用賢豪,趙公玉立高歌起。

攬環結佩相終始,萬持之護天子。

得君亂絲與君理,蜀江如線如針水。

荊岑彈丸心未已,賊臣惡子休干紀。

#4

魑魅魍魎徒為耳,妖腰亂領敢欣喜。

用之不高亦不庳,不似長劍須天倚。

吁嗟光祿英雄弭,大食寶刀聊可比。

丹青宛轉麒麟裡,光芒六合無泥滓。

 

(刑南兵馬使太常卿趙公が大食刀の歌)

太常の楼船 声 嗷たり、兵を問い寇を刮りて下牢に趨く。

牧 出で 令 奔りて百艘飛び、猛蛟突獸 紛として騰逃す。

白帝の寒城に 錦袍を駐む、玄冬 我に示す胡国の刀。

壮士 短衣 頭虎毛、軒に憑り 鞘を抜けば 天 為に高し。

#2

風を翻し 日を転じて木怒 号す、冰 翼び 雪 澹きて 哀猱 傷む。

鐫錯す 碧甖の鷿鵜膏鋩鍔 已に らかに 秋濤 虛

鬼物 撇捩【べつれつ】坑壕,蒼水の使者 赤絛を捫る。

龍伯 國人 釣鼇を罷み,芮公【ぜいこう】首を回らして 顏色勞す。

 

#3

閫を分ち 世を救うに賢豪を用い,趙公 玉立 高歌して起つ。

環を攬め 結佩して 相い終始し,萬 之を持して 天子を護らん。

君が亂絲を得て 君が與【ため】に理めん,蜀江 線の如く 針に如き水。

荊岑 彈丸 心 未だ已まず,賊臣 惡子 紀を干すを休めよ。

#4

魑魅 魍魎 徒為のみ,妖腰 亂領 敢えて欣喜せんや。

之を用うる 高からず亦た庳からず,似ず 長劍 天倚を須【ま】つに。

吁嗟 光祿 英雄 弭まん,大食の寶刀 聊か比す可し。

丹青 宛轉 麒麟の裡,六合に光芒ありて 泥滓【でいし】無からん。

 

 

『荊南兵馬使太常卿趙公大食刀歌』 現代語訳と訳註解説
(
本文)
#1
荊南兵馬使太常卿趙公大食刀歌 #1

太常樓船聲嗷嘈,問兵刮寇趨下牢。

牧出令奔飛百艘,猛蛟突獸紛騰逃。

白帝寒城駐錦袍,玄冬示我胡國刀。

壯士短衣頭虎毛,憑軒拔鞘天為高。


(下し文)
(刑南兵馬使太常卿趙公が大食刀の歌)

太常の楼船 声 嗷嘈たり、兵を問い寇を刮りて下牢に趨く。

牧 出で 令 奔りて百艘飛び、猛蛟突獸 紛として騰逃す。

白帝の寒城に 錦袍を駐む、玄冬 我に示す胡国の刀。

壮士 短衣 頭虎毛、軒に憑り 鞘を抜けば 天 為に高し。

(現代語訳)
(荊南の兵馬使で兼ねて太常卿である趙某公のもっている大食国伝来の刀の歌)

趙太常の坐乗せられる楼船はやかましい音をたてて味方の兵を視察し、寇賊を刮平するために下牢関の方へ出向かれた。

これを見て沿道地方の刺史や県令は奔走して出迎え百艘もの船をだす。水中の猛き蛟も陸上の突出する獣もみだれて逃げはしる。

趙公は寒天の白帝城に錦袍を着けて駐在せられ、玄冬の節にあたって自分に胡の国から伝わった刀を示された。

その刀を扱う壮士は短かい上衣を着て虎の毛を生やしたような頭をなし、軒によって鞘から抜きはなつと刀光さっと閃いて、これがために天も一層高く横たわるかとおもわれる。


(訳注) #1

荊南兵馬使太常卿趙公大食刀歌 #1

(荊南の兵馬使で兼ねて太常卿である趙某公のもっている大食国伝来の刀の歌)

○荊南兵馬使太常卿趙公 唐制では天下兵馬大元帥の下に前軍・中軍・後軍兵馬使があり、趙公は荊南の兵馬使である。太常卿は太常寺の卿であってその兼官である。趙公はその名が明らかでない。仇氏はいう、“夔州は荊南節度に隷す、趙太常の冦を削りて此に至りしは永秦元年崔旰の反せし時にあるべし。公(作者)の夔州に至りしは大暦元年の秋にあれば趙に夔州にて遇えるは必ず其の年の冬に在らん。この時崔旰は平らぎしも、杜鴻漸は尚お蜀中にあり、荊南の兵も亦た未だ帰らざりしなるべし”、と。

○大食刀 大食は国の名、もと波斯の西に在り、その兵刀は強く鋭くしてその風俗は戦闘に勇であった。

 

太常樓船聲嗷嘈,問兵刮寇趨下牢。

趙太常の坐乗せられる楼船はやかましい音をたてて味方の兵を視察し、寇賊を刮平するために下牢関の方へ出向かれた。

○太常 太常卿趙公をいう。

○楼船 二階のついた大船。

○嗷嘈 かまびすしいさま。

○問兵 味方の兵の様子をみまう。

○刮寇 刮は削ること、刮寇とは賊の勢いを削りそぐこと。

○趨下牢 趨ほおもむく、下牢は闕鋲の名、湖北省宜昌府の西二十八里にある、これは下牢を経て、更に上流にむかったことをいう。 

 

牧出令奔飛百艘,猛蛟突獸紛騰逃。

これを見て沿道地方の刺史や県令は奔走して出迎え百艘もの船をだす。水中の猛き蛟も陸上の突出する獣もみだれて逃げはしる。

○牧出令奔 牧は州の長官である刺史をいい、令は県令をいう。出・奔とは趙公を出迎えるため奔り出ることをいう。

○百艘 牧・令らのだす多くの船。

○猛攻突獣 たけきみづち、突出するけだもの、盗賊をさす。

○紛騰逃 紛はみだれるさま、騰逃ほおどりあがってのがれる。

 

白帝寒城駐錦袍,玄冬示我胡國刀。

趙公は寒天の白帝城に錦袍を着けて駐在せられ、玄冬の節にあたって自分に胡の国から伝わった刀を示された。

○白帝寒城 冬の白帝城。

○錦袍 趙公の着けている錦のわたいれ。

○玄冬 玄はくろいこと、冬の色である。

○胡国刀 胡国はえびすのくに、題の大食国をいう。

 

壯士短衣頭虎毛,憑軒拔鞘天為高。

その刀を扱う壮士は短かい上衣を着て虎の毛を生やしたような頭をなし、軒によって鞘から抜きはなつと刀光さっと閃いて、これがために天も一層高く横たわるかとおもわれる。

○壮士 刀を舞わす男。

○頭虎毛 首に虎の皮をかぶるゆえに頭に虎の毛が生えたようにみえる。

○憑軒 のきばによる。

○抜鞘 刀をさやからぬきはなつ。

○天為高 仇氏はいう、刀光の上に閃くをいう、と。天がうえの方に高く横たわる如く感ぜられることをいう。