杜甫  贈崔十三評事公輔 #1  

飄飄西極馬,來自渥洼池。颯定山桂,低徊風雨枝。

我聞龍正直,道屈爾何為。且有元戎命,悲歌識者誰。

(母方の従弟の崔公輔が都へ任官するのを送り、別れに臨んで、この詩を贈った)ここに飄颻とただようている西域のはての天馬がをる、これは渥洼の池から來た駿足である。また寒山をしのいで立つ桂の樹が大風に吹かれている。その雨風をうけた枝はカなく吹きのめされている。それは、君が此の馬や桂の様なものだ。自分は聞くに龍(人君)は正直なものであるというのに、おまえは道を伸ばすことができないというはどういうのであるか、そんな筈は互いのである。

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杜甫詩1500-931-1417/2500

紀年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二九              文體:    五言古詩

詩題:    贈崔十三評事公輔

交遊人物:崔公輔               書信往來

 

 

贈崔十三評事公輔  #1

(母方の従弟の崔公輔が都へ任官するのを送り、別れに臨んで、この詩を贈った)

飄飄西極馬,來自渥池。

ここに飄颻とただようている西域のはての天馬がをる、これは渥洼の池から來た駿足である。

定山桂,低徊風雨枝。

また寒山をしのいで立つ桂の樹が大風に吹かれている。その雨風をうけた枝はカなく吹きのめされている。それは、君が此の馬や桂の様なものだ。

我聞龍正直,道屈爾何為。

自分は聞くに龍(人君)は正直なものであるというのに、おまえは道を伸ばすことができないというはどういうのであるか、そんな筈は互いのである。

且有元戎命,悲歌識者誰。

そのうえこんどは、元戎からの命が有った、おまえはこれまでは逆境に悲歌していたが識者はちゃんとおまえが如何なる人物であるかは知っているのである。  

#2

官聯辭冗長,行路洗攲危。

劍主人贈,去帆春色隨。

陰沈鐵鳳闕,教練羽林兒。

天子朝侵早,雲臺仗數移。

#3

分軍應供給,百姓日支離。

黠吏因封己,公才或守雌。

燕王買駿骨,渭老得熊羆。

活國名公在,拜壇群寇疑。

#4

冰壺動瑤碧,野水失蛟螭。

入幕諸集,渴賢高選宜。

騫騰坐可致,九萬起於斯。

復進出矛戟,昭然開鼎彝。

#5

會看之子貴,歎及老夫衰。

豈但江曾決,還思霧一披。

暗塵生古鏡,拂匣照西施。

舅氏多人物,無慚困翮垂。

 

(崔十三評事公輔に贈る)

瓢諷たり西極の馬、渥の池より來る。

たり寒山の桂、低徊す 風雨の枝。

我聞く 龍は正直なりと、道屈する爾 何すれぞ。

且つ元戎の命有り、悲歌 識者知る。』

#2

官聯 冗長なるを辞し、行路 なるに洗る。

剣を脱して主人贈る、去帆春色随ふ。

陰沈たら鉄鳳の闕、教練す羽林の兒。

天子 朝早を侵す、雲臺 仗数ば移る。

#3

軍を分ちて供給に應ず,百姓 日びに支離す。

黠吏因って己を封す,公才 或は雌を守る。

燕王 駿骨を買う,渭老 熊羆を得。

活國 名公 在り,拜壇 群寇 疑う。

山南西道 涪州 黃草峽00

 

『贈崔十三評事公輔』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

贈崔十三評事公輔

飄飄西極馬,來自渥洼池。

定山桂,低徊風雨枝。

我聞龍正直,道屈爾何為。

且有元戎命,悲歌識者誰。

(下し文)
(崔十三評事公輔に贈る)

瓢諷たり西極の馬、渥洼の池より來る。

たり寒山の桂、低徊す 風雨の枝。

我聞く 龍は正直なりと、道屈する爾 何すれぞ。

且つ元戎の命有り、悲歌 識者知る。

(現代語訳)
(母方の従弟の崔公輔が都へ任官するのを送り、別れに臨んで、この詩を贈った)
ここに飄颻とただようている西域のはての天馬がをる、これは渥洼の池から來た駿足である。

また寒山をしのいで立つ桂の樹が大風に吹かれている。その雨風をうけた枝はカなく吹きのめされている。それは、君が此の馬や桂の様なものだ。

自分は聞くに龍(人君)は正直なものであるというのに、おまえは道を伸ばすことができないというはどういうのであるか、そんな筈は互いのである。

そのうえこんどは、元戎からの命が有った、おまえはこれまでは逆境に悲歌していたが識者はちゃんとおまえが如何なる人物であるかは知っているのである。  

夔州東川卜居図詳細 001
(訳注)

贈崔十三評事公輔

(母方の従弟の崔公輔が都へ任官するのを送り、別れに臨んで、この詩を贈った)766年大暦元年55のさく。

〇贈崔十三評事公輔 評事は官名、大理寺に属す、出使して推案することを掌るものにして出張裁判官の類いである。崔公輔は姓名、詩中に羽林・入幕の語あるので、公輔はじめに評事となり次に幕僚となり、次に元戎の命をうけて、羽林の職についた。崔公輔はははがたの従弟。

 

飄飄西極馬,來自渥洼池。

ここに飄颻とただようている西域のはての天馬がをる、これは渥洼の池から來た駿足である。

西極馬 西域の天馬をいう。

〇渥洼池 「漢書」武帝紀によれば、武帝の元鼎四年(礼楽志には元狩三年)に馬が渥洼水中に生じたので天馬の歌を作った。又太初四年にも作る。渥洼は川の名、沙州(今の敦煌)の境にあり、竜媒は天馬をいう。「天馬歌」に「天馬徠タル、竜ノ媒」とみえる・昔 漢の元狩・元鼎の時代をさす。杜甫《巻三34沙苑行》「龍媒昔是渥洼生,汗血今稱獻於此。」(竜媒【りょうばい】昔是れ渥洼【あくあ】より生ず、汗血今称す此より献ぜらると。)昔、漢の世に竜媒と称せられた天馬が渥洼の川から生じたといわれているが、唐の今の世では汗血の名馬がこの沙苑の牧場から献上されているといわれている。

・汗血 汗血の馬をいう。「漢書」西域伝に大宛国に善馬多くその馬は血を汗にするという。ここは大宛の天馬の如き名馬をさす。・献於此 此とはこの沙苑の牧場をさす。

 

定山桂,低徊風雨枝。

また寒山をしのいで立つ桂の樹が大風に吹かれている。その雨風をうけた枝はカなく吹きのめされている。それは、君が此の馬や桂の様なものだ。

 大風のふくさま。

寒山桂 冬の山のかつら。謝靈運《入華子崗是麻源第三穀五言》「南州實炎德,桂樹淩寒山。」(南州は実に炎徳【えんとく】あり、桂樹【けいじゅ】は寒山を凌ぐ。南方の地は暖かで山の桂の木は冬の寒さにもしぼむことなく青さを残している。

入華子岡是麻源第三谷 謝霊運 詩<66-#1 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1278

とあり。馬は公輔の才俊なるに比し、桂はその困厄にあるに比す。

風雨枝 一つの幕僚に居るに比す。

 

我聞龍正直,道屈爾何為。

自分は聞くに龍(人君)は正直なものであるというのに、おまえは道を伸ばすことができないというはどういうのであるか、そんな筈は互いのである。

龍 龍は天子をさす、「易経」に謂わゆる龍徳あって正中なる者なりと。

道屈 行わんとする道の屈して伸びざるをいふ、地位卑くしては道も行へぬなり。

爾 公輔在さす。

何為どういうわけぞ。

 

且有元戎命,悲歌識者誰。

そのうえこんどは、元戎からの命が有った、おまえはこれまでは逆境に悲歌していたが識者はちゃんとおまえが如何なる人物であるかは知っているのである。  

元戎 羽林軍の主師にしてこのたび公輔を薦めてくれた人っである、其の人隣については不明。

悲歌 公輔が逆境に居て悲歌せしこと。

識者 識見すぐれし人、即ちここにいう元戎のごとき人をいう。以上崔公輔の人物境遇より説き起す。
杜甫55歳756年作品