杜甫  雨不  

鳴雨既過漸細微,映空搖颺如絲飛。階前短草泥不亂,院裡長條風乍稀。

舞石旋應將乳子,行雲莫自仙衣。眼邊江舸何匆促,未待安流逆浪歸。
(暴風雨が去っても、細雨が残り、曇天が続くと詠う)

ひどい音をたてて降った豪雨がとおりすぎていって、しだいに微細なあめになり、その雨はゆらゆら空にうつろうて絲すじ堦の前の短い草は泥のためにもみだされずにあるし、奥庭の樹の長くたれた枝をみると急に風がすくなくなっている。

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杜甫詩1500-933-1431/2500

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二九              文體:    七言律詩

詩題:    雨不

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

 

 

雨不

(暴風雨が去っても、細雨が残り、曇天が続くと詠う)

鳴雨既過漸細微,映空搖颺如絲飛。

ひどい音をたてて降った豪雨がとおりすぎていって、しだいに微細なあめになり、その雨はゆらゆら空にうつろうて絲すじの様にほそく飛んでいる。 

階前短草泥不亂,院裡長條風乍稀。

堦の前の短い草は泥のためにもみだされずにあるし、奥庭の樹の長くたれた枝をみると急に風がすくなくなっている。

舞石旋應將乳子,行雲莫自仙衣。

眼邊江舸何匆促,未待安流逆浪歸。

眼前にみえている大江の大船はなぜあんなにせわしないのか、もうすこし待ったらよさそうなものなのに、また、いまだに水流もおちつかないのに浪にさからって帰ってゆくのである。

 

(雨 えず)

鳴雨既過漸細微,映空搖颺如絲飛。

階前短草泥不亂,院裡長條風乍稀。

舞石旋應將乳子,行雲莫自仙衣。

眼邊江舸何匆促,未待安流逆浪歸。

 

 

『雨不』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

雨不

鳴雨既過漸細微,映空搖颺如絲飛。

階前短草泥不亂,院裡長條風乍稀。

舞石旋應將乳子,行雲莫自仙衣。

眼邊江舸何匆促,未待安流逆浪歸。

(下し文)
(
雨 えず)

鳴雨 既に 過ぎて漸く細微なり、空に映じて揺颺絲の如く飛ぶ。

階前の短草泥にも乱れず、院裏の長條風乍ち稀れなり。

舞石 旋た 應に乳子を將【ひき】いるなるべし、行雲 自ら仙衣をす莫からんや。

眼邊江舸何ぞ匆促なる,未だ安流を待たず 浪に逆いて歸る。


(現代語訳)
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(暴風雨が去っても、細雨が残り、曇天が続くと詠う)

ひどい音をたてて降った豪雨がとおりすぎていって、しだいに微細なあめになり、その雨はゆらゆら空にうつろうて絲すじ堦の前の短い草は泥のためにもみだされずにあるし、奥庭の樹の長くたれた枝をみると急に風がすくなくなっている。

堦の前の短い草は泥のためにもみだされずにあるし、奥庭の樹の長くたれた枝をみると急に風がすくなくなっている。

風がまだ強かったときには石燕の話にある様に、舞い飛ぶ石さえ乳子をつれているかと疑われたが、小雨になって雲がうつりゆくのをみると巫山の仙女も自分みずから衣をぬらしはせぬかと気付かわれる。

眼前にみえている大江の大船はなぜあんなにせわしないのか、もうすこし待ったらよさそうなものなのに、また、いまだに水流もおちつかないのに浪にさからって帰ってゆくのである。



(訳注)

雨不

(暴風雨が去っても、細雨が残り、曇天が続くと詠う)

 

鳴雨既過漸細微,映空搖颺如絲飛。

ひどい音をたてて降った豪雨がとおりすぎていって、しだいに微細なあめになり、その雨はゆらゆら空にうつろうて絲すじの様にほそく飛んでいる。 

 

階前短草泥不亂,院裡長條風乍稀。

堦の前の短い草は泥のためにもみだされずにあるし、奥庭の樹の長くたれた枝をみると急に風がすくなくなっている。

 

舞石旋應將乳子,行雲莫自仙衣。

風がまだ強かったときには石燕の話にある様に、舞い飛ぶ石さえ乳子をつれているかと疑われたが、小雨になって雲がうつりゆくのをみると巫山の仙女も自分みずから衣をぬらしはせぬかと気付かわれる。

行雲・・仙衣 神女と雲雨は、雨が宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事をいう。

・巫山(ふざん)は中国・重慶市巫山県と湖北省の境にある名山。長江が山中を貫流して、巫峡を形成。山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある。

巫山は四川盆地の東半部に多数平行して走る褶曲山脈の中でも最も大きく最も東にある山脈で、四川盆地の北東の境界に北西から南東へ走る褶曲山脈の大巴山脈へと合わさってゆく。長さは40km余り、主峰の烏雲頂は海抜2,400mに達する。

西から流れてきた長江は北西から南東方向へ向けて巫山山脈を貫き、高低差が高く幅の狭い巫峡になっている。また霧や雨が多く、長年の雨で浸食された石灰岩の峰が霧の中で奇怪な形でそそり立つ。

楚の懐王がみた夢を題材にした宋玉の「高唐賦」に登場する。その内容は巫山の神女が懐王と夢の中で出会い、親しく交わるというものである。なかでも、朝には雲に、夕方には雨になって会いたいという神女の言葉が有名となり、巫山雲雨や朝雲暮雨など男女のかなり親密な様子を表す熟語が生まれた。この故事を題材とした詩に劉禹錫の「巫山神女峰」がある。

・巫山廟 宋玉『高唐賦』「昔者楚襄王與宋玉遊於雲夢之台,望高之觀,其上獨有雲氣,兮直上,忽兮改容,須臾之間,變化無窮。王問玉曰:“此何氣也?”玉對曰:“所謂朝雲者也。”王曰:“何謂朝雲?”玉曰:“昔者先王嘗遊高唐,怠而晝寢,夢見一婦人曰:‘妾,巫山之女也。爲高唐之客。聞君遊高唐,願薦枕席。’王因幸之。去而辭曰:‘妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨。朝朝暮暮,陽臺之下。’旦朝視之,如言。故爲立廟,號曰朝雲。」

・謁 おまいりすること。

 

 

眼邊江舸何匆促,未待安流逆浪歸。

眼前にみえている大江の大船はなぜあんなにせわしないのか、もうすこし待ったらよさそうなものなのに、また、いまだに水流もおちつかないのに浪にさからって帰ってゆくのである。

江舸 大江に浮べる様な大きい船。

匆促 大船や水流がおちつかないことをいう。