上白帝城【公孫述僭位於此,自稱白帝】

城峻隨天壁,樓高更女牆。江流思夏後,風至憶襄王。

老去聞悲角,人扶報夕陽。公孫初恃險,躍馬意何長。
(夔州城の東にある白帝城にのぼったことをよんだ詩。)

(蜀の公孫述は身分を越えて君主の位について、みずからを白帝とよんだ。)

城が峻しくて天に聾える崖壁にそうようにしてたててある。楼が高いのでそこから牆をながめる。大江の流れるのを見てはこれをきりひらいた夏の覇王を思い、風が吹いてくればその風に襟もとを吹かせた楚の襄王のことをおもう。としよりの身ながら角声が悲しそうに鳴るのをきき、人に扶けられながらもう日がくれかかるとのしらせをきく。こんな場所に城を築いた公孫述は初めは険阻要害を悼みにして安心だとおもい、馬を躍らせて帝王と称したその意気込みはよもや十二年で亡びようとはおもわなかったろう、もっと永年に伝えるつもりだったろうが、それ今はどうだ。

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杜甫詩1500-947-1445/2500

年:766年大暦元年55

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    上白帝城【公孫述僭位於此,自稱白帝。】

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

及地點:              白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城       

 

 

上白帝城

(夔州城の東にある白帝城にのぼったことをよんだ詩。)

【公孫述僭位於此,自稱白帝】

城峻隨天壁,樓高更女牆。

城が峻しくて天に聾える崖壁にそうようにしてたててある。楼が高いのでそこから牆をながめる。

江流思夏後,風至憶襄王。

大江の流れるのを見てはこれをきりひらいた夏の覇王を思い、風が吹いてくればその風に襟もとを吹かせた楚の襄王のことをおもう。

老去聞悲角,人扶報夕陽。

としよりの身ながら角声が悲しそうに鳴るのをきき、人に扶けられながらもう日がくれかかるとのしらせをきく。

公孫初恃險,躍馬意何長。
こんな場所に城を築いた公孫述は初めは険阻要害を悼みにして安心だとおもい、馬を躍らせて帝王と称したその意気込みはよもや十二年で亡びようとはおもわなかったろう、もっと永年に伝えるつもりだったろうが、それ今はどうだ。

 

(白帝城に上る)【公孫述 僭位し此に於いて,自ら白帝を稱す】

城唆しくして天壁に随う、樓高くして女牆を望む。

江流 夏后を思い、鳳至 襄王を憶う。

老い去って悲角を聞く、人に扶けられて夕陽を報ぜらる。

公孫 初め険を恃む、躍馬 意何ぞ長かりし。
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夔州東川卜居図詳細 001 

『上白帝城』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

上白帝城

【公孫述僭位於此,自稱白帝】

城峻隨天壁,樓高更女牆。

江流思夏後,風至憶襄王。

老去聞悲角,人扶報夕陽。

公孫初恃險,躍馬意何長。

(下し文)
(白帝城に上る)

【公孫述 僭位し此に於いて,自ら白帝を稱す】

城唆しくして天壁に随う、樓高くして女牆を望む。

江流 夏后を思い、鳳至 襄王を憶う。

老い去って悲角を聞く、人に扶けられて夕陽を報ぜらる。

公孫 初め険を恃む、躍馬 意何ぞ長かりし。

(現代語訳)
(夔州城の東にある白帝城にのぼったことをよんだ詩。)

(蜀の公孫述は身分を越えて君主の位について、みずからを白帝とよんだ。)

城が峻しくて天に聾える崖壁にそうようにしてたててある。楼が高いのでそこから牆をながめる。

大江の流れるのを見てはこれをきりひらいた夏の覇王を思い、風が吹いてくればその風に襟もとを吹かせた楚の襄王のことをおもう。

としよりの身ながら角声が悲しそうに鳴るのをきき、人に扶けられながらもう日がくれかかるとのしらせをきく。

こんな場所に城を築いた公孫述は初めは険阻要害を悼みにして安心だとおもい、馬を躍らせて帝王と称したその意気込みはよもや十二年で亡びようとはおもわなかったろう、もっと永年に伝えるつもりだったろうが、それ今はどうだ。


(訳注)

上白帝城

(夔州城の東にある白帝城にのぼったことをよんだ詩。)

大暦元年夔州にあっての作。

 

【公孫述僭位於此,自稱白帝】

(蜀の公孫述は身分を越えて君主の位について、みずからを白帝とよんだ。)

○白帝城 夔州奉節県の東に在る、前漢の末、公孫述が築いたもの、或はいう、述が漢の士運を承けるものとして白帝と名づけたと。或は日う、殿前の井戸より白竃が出たので山を白帝山、城を白帝城というと。「刑国図経」にいう、白帝城は西、大江に臨み、東南高さ二百丈、西北高さ一千丈なりと。「水経注」にいう、白帝山城は周回二百八十歩、北は馬嶺に縁り、赤岬山に接す、其の問の平処、南北相い去ること八十五丈、東西七十丈、又東、譲渓に傍うて以て陸となす、西南、大江に臨む、之を轍すれば目を眩せしむ。唯だ馬嶺はすこしくやや透通たるも猶お山を斬りて路と為し、羊腸しばしば転じて然るのちのぼることを得、と。

○公孫 公孫述のこと、述、字は子陽、王奔のとき兵を起こし宗成王岑の乱を討ってこれを破り、遂に蜀を領有し、立して帝となり成都に都した、色は白を尊び、成都の郭外の旧倉を改めて自帝倉となし、のち魚復に城を築き号して白帝城といった、述は帝位に立って十二年にして後漢の光武帝に滅ぼされた。

○僭位【せんい】とは。意味や解説、類語。身分を越えて君主の位にあること。また、その位。

 

城峻隨天壁,樓高更女牆。

城が峻しくて天に聾える崖壁にそうようにしてたててある。楼が高いのでそこから牆をながめる。

○天壁 天にそびえる崖壁。

○女塔 ひめがき、城壁の上の小塔をいう。

 

江流思夏後,風至憶襄王。

大江の流れるのを見てはこれをきりひらいた夏の覇王を思い、風が吹いてくればその風に襟もとを吹かせた楚の襄王のことをおもう。

○夏后 南王をいう。

○鳳至憶嚢王 宋玉《風賦》「楚襄王遊于蘭台之宮,宋玉、景差侍。有風颯然而至,王乃披襟而當之,曰:“快哉此風!」(楚の襄王、蘭台の宮に遊ぶ、風あり楓然として至る、王乃ち襟を披きて之に当たりて日く、快なるかな此の風と。)とある。

 

老去聞悲角,人扶報夕陽。

としよりの身ながら角声が悲しそうに鳴るのをきき、人に扶けられながらもう日がくれかかるとのしらせをきく。

○悲角 かなしいつのぷえ、成兵のならすもの。

〇人扶 高処にのぼるゆえ他人にたすけてもらう。

○夕陽 ゆうひ。

 

公孫初恃險,躍馬意何長。

こんな場所に城を築いた公孫述は初めは険阻要害を悼みにして安心だとおもい、馬を躍らせて帝王と称したその意気込みはよもや十二年で亡びようとはおもわなかったろう、もっと永年に伝えるつもりだったろうが、それ今はどうだ。

○躍馬 晉左思《蜀都賦》「公孫躍馬而稱帝, 劉宗下輦而自王。」(公孫馬を躍らして帝と称し、劉宗輦を下りて自ら王とす」とある。

○意何長 意は帝と称するの意、その意の帝位を万世無窮に伝えるにあったことをいう。それがわずかに十二年で亡びた。旧注に述のことは成都の崔旰にあてていったものとしている。