杜甫  上白帝城,二首之一  

江城含變態,一上一回新。天欲今朝雨,山歸萬古春。

英雄餘事業,衰邁久風塵。取醉他客,相逢故國人。

兵戈猶擁蜀,賦斂強輸秦。不是煩形勝,深慚畏損神。

(夔州城の東にある白帝城にのぼったことをよんだ詩。二首の一)

この長江沿いの城はさまざまの変わった姿を持っており、一度上るごとに一度新しい景色に遭うことができる。きょうは空が、雨模様であるが山は萬古の春景色におちついている。むかしの英雄は後世までこんな事業をのこしているが、自分は老衰して、ながらく世間の塵にうろついており、今日はふるさとの人に逢って旅人ながら城の上で一酔を取る。おもえばまだ乱徒が兵戎を以て蜀の地を擁し、租税をとりたてて、むりにそれを長安の都へやっている。わたしはあえてこの城の景色をながめるのがうるさいというのではないが、あまりながめていると心配のあまり精神をそこないはせぬかとおそれるものである。

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上白帝城

【公孫述僭位於此,自稱白帝】

城峻隨天壁,樓高更女牆。

江流思夏後,風至憶襄王。

老去聞悲角,人扶報夕陽。

公孫初恃險,躍馬意何長。

(白帝城に上る)【公孫述 僭位し此に於いて,自ら白帝を稱す】

城唆しくして天壁に随う、樓高くして女牆を望む。

江流 夏后を思い、鳳至 襄王を憶う。

老い去って悲角を聞く、人に扶けられて夕陽を報ぜらる。

公孫 初め険を恃む、躍馬 意何ぞ長かりし。
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杜甫詩1500-948-1446/2500

年:766年大暦元年55-85

卷別:    卷二二九              文體:    五言古詩

詩題:    上白帝城,二首之一

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

及地點:              白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城      

 

 

上白帝城,二首之一

(夔州城の東にある白帝城にのぼったことをよんだ詩。二首の一)

江城含變態,一上一回新。

この長江沿いの城はさまざまの変わった姿を持っており、一度上るごとに一度新しい景色に遭うことができる。

天欲今朝雨,山歸萬古春。

きょうは空が、雨模様であるが山は萬古の春景色におちついている。

英雄餘事業,衰邁久風塵。

むかしの英雄は後世までこんな事業をのこしているが、自分は老衰して、ながらく世間の塵にうろついており、

取醉他客,相逢故國人。

今日はふるさとの人に逢って旅人ながら城の上で一酔を取る。

兵戈猶擁蜀,賦斂強輸秦。

おもえばまだ乱徒が兵戎を以て蜀の地を擁し、租税をとりたてて、むりにそれを長安の都へやっている。

不是煩形勝,深慚畏損神。

わたしはあえてこの城の景色をながめるのがうるさいというのではないが、あまりながめていると心配のあまり精神をそこないはせぬかとおそれるものである。

 

(白帝城に上る 二首) 1

江城 變態を含む,一たび上れば一回 新なり。

天は今朝に雨ふらんと欲す、山は帰す万古の春。

英雄 事業を余す、衰邁久しく風塵にす。

酔いを取る 他郷の客、相逢う 故国の人。

兵戈 猶お 蜀を擁す、賦斂 強いて秦に輸す。

是れ形勝を煩わしとするならず、深愁神を損せんことを畏る。

 

 

『上白帝城,二首之一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

上白帝城,二首之一

江城含變態,一上一回新。

天欲今朝雨,山歸萬古春。

英雄餘事業,衰邁久風塵。

取醉他,相逢故國人。

兵戈猶擁蜀,賦斂強輸秦。

不是煩形勝,深慚畏損神。
(含異文)            江城含變態,一上一回新。天欲今朝雨,山歸萬古春。英雄餘事業,衰邁久風塵。取醉他客,相逢故國人。兵戈猶擁蜀,賦斂強輸秦【賦斂尚輸秦】。不是煩形勝,深慚畏損神【深愁畏損神】。


(下し文)
(白帝城に上る 二首) 1

江城 變態を含む,一たび上れば一回 新なり。

天は今朝に雨ふらんと欲す、山は帰す万古の春。

英雄 事業を余す、衰邁久しく風塵にす。

酔いを取る 他郷の客、相逢う 故国の人。

兵戈 猶お 蜀を擁す、賦斂 強いて秦に輸す。

是れ形勝を煩わしとするならず、深愁神を損せんことを畏る。

(現代語訳)
(夔州城の東にある白帝城にのぼったことをよんだ詩。二首の一)

この長江沿いの城はさまざまの変わった姿を持っており、一度上るごとに一度新しい景色に遭うことができる。

きょうは空が、雨模様であるが山は萬古の春景色におちついている。

むかしの英雄は後世までこんな事業をのこしているが、自分は老衰して、ながらく世間の塵にうろついており、

今日はふるさとの人に逢って旅人ながら城の上で一酔を取る。

おもえばまだ乱徒が兵戎を以て蜀の地を擁し、租税をとりたてて、むりにそれを長安の都へやっている。

わたしはあえてこの城の景色をながめるのがうるさいというのではないが、あまりながめていると心配のあまり精神をそこないはせぬかとおそれるものである。


(訳注)

上白帝城,二首之一

(夔州城の東にある白帝城にのぼったことをよんだ詩。二首の一)

○白帝城 夔州奉節県の東に在る、前漢の末、公孫述が築いたもの、或はいう、述が漢の士運を承けるものとして白帝と名づけたと。或は日う、殿前の井戸より白竃が出たので山を白帝山、城を白帝城というと。「刑国図経」にいう、白帝城は西、大江に臨み、東南高さ二百丈、西北高さ一千丈なりと。「水経注」にいう、白帝山城は周回二百八十歩、北は馬嶺に縁り、赤岬山に接す、其の問の平処、南北相い去ること八十五丈、東西七十丈、又東、譲渓に傍うて以て陸となす、西南、大江に臨む、之を轍すれば目を眩せしむ。唯だ馬嶺はすこしくやや透通たるも猶お山を斬りて路と為し、羊腸しばしば転じて然るのちのぼることを得、と。

○公孫 公孫述のこと、述、字は子陽、王奔のとき兵を起こし宗成王岑の乱を討ってこれを破り、遂に蜀を領有し、立して帝となり成都に都した、色は白を尊び、成都の郭外の旧倉を改めて自帝倉となし、のち魚復に城を築き号して白帝城といった、述は帝位に立って十二年にして後漢の光武帝に滅ぼされた。

 

江城含變態,一上一回新。

この長江沿いの城はさまざまの変わった姿を持っており、一度上るごとに一度新しい景色に遭うことができる。

○含変態 かわったさまをもっておる。

 

天欲今朝雨,山歸萬古春。

きょうは空が、雨模様であるが山は萬古の春景色におちついている。

○山帰万古春 春帰の帰を回来の意とするならば「山には帰る」とよむのもよいが、ここでは春帰の帰は帰去の意とみるものゆえこの帰字も「帰す」とよみ、帰着の意とする、すなわち「山は万古の春に帰す」と訓ずる、山の様子が万古不易の春げしきにおちついているの意。

 

英雄餘事業,衰邁久風塵。

むかしの英雄は後世までこんな事業をのこしているが、自分は老衰して、ながらく世間の塵にうろついており、

○英雄 公孫述。

○余事業 城蹟をとどめていることをいう。

○衰邁 老衰し年のゆきすぎることをいう。

 

取醉他客,相逢故國人。

今日はふるさとの人に逢って旅人ながら城の上で一酔を取る。

○他郷客 自己をいう。

○故国人 同じく城にのぼった人をいうのであろう。

 

兵戈猶擁蜀,賦斂強輸秦。

おもえばまだ乱徒が兵戎を以て蜀の地を擁し、租税をとりたてて、むりにそれを長安の都へやっている。

○擁蜀 成都の地をわがものとする、埋肝をいう。

○賦斂 課税のとりたて。

○輸秦 長安へもってゆく、時に長安地方は吐春の侵入にあっていたために軍隊を養わねばならぬからである。

 

不是煩形勝,深慚畏損神。

わたしはあえてこの城の景色をながめるのがうるさいというのではないが、あまりながめていると心配のあまり精神をそこないはせぬかとおそれるものである。

○煩 わずらわしいとしていとうことをいう。

○深愁 時事についてふかく心配する。

○損神 精神を害する。

 

(白帝城に上る 二首) 1

江城 變態を含む,一たび上れば一回 新なり。

天は今朝に雨ふらんと欲す、山は帰す万古の春。

英雄 事業を余す、衰邁久しく風塵にす。

酔いを取る 他郷の客、相逢う 故国の人。

兵戈 猶お 蜀を擁す、賦斂 強いて秦に輸す。

是れ形勝を煩わしとするならず、深愁神を損せんことを畏る。

 

 

杜甫が、白帝城を題、詩に歌ったものは以下の通り50首前後ある。大半は当然のこととして、夔州時代の詩である。この時約400首であったから実に12%近く締めていることになる。

・望岳(卷六(二)四八五)

  送元二適江左(卷一二(三)一○三二)

  西山三首其一(卷一二(三)一○四五)

 

  渝州候嚴六侍御不到先下峽(卷一四(三)一二二二)

  移居夔州作(卷一五(三)一二六五)

  引水(卷一五(三)一二七○)

  上白帝城(卷一五(三)一二七二)

  上白帝城二首 其二(頁一二七四)

  陪諸公上白帝城頭(一作樓)宴越公堂之作(卷一五(三)一二七五)

  白帝城最高樓(卷一五(三)一二七六)

  最能行(卷一五(三)一二八六)

  夔州歌十句其一(頁一三○二)

  夔州歌十 其二(頁一三○三)

  白帝(卷一五(三)一三五○)

  白帝(卷一五(三)一三五○)

  瞿唐懷古(卷一八(四)一五五七)

  返照(卷一五(三)一三三六)

 

  白帝樓(卷二一(四)一八三九)

  白帝城樓(卷二一(四)一八四○)

  曉望白帝城鹽山(卷一五(三)一二八○)

  荊南兵馬使太常卿趙公大食刀歌(卷一八(四)一五八一)

  奉送蜀州柏二別駕將中丞命赴江陵起居衛尚書太夫人因示從弟行軍司馬位(卷一八 (四)一五七八)

  崔評事弟許相迎不到應慮老夫見泥雨怯出必愆佳期走筆戲簡(卷一八(四)一六○

    入宅三首其三(頁一六○八)

  寄從孫崇簡(卷一八(四)一六一三)

  熟食日示宗文宗武(卷一八(四)一六一五)

  醉為馬墜群公攜酒相看(卷一八(四)一五九○)

  更題(卷一九(四)一六七七)

  送王十六判官(卷一八(四)一五九五)

  秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(卷一九(四)一六九九)

  寄峽州劉伯華使君四十韻(卷一九(四)

  八月十五夜月二首其二(卷二○(四)一七五○)

  曉望(卷二○(四)一七五三)

  暫往(一作住)白帝復還東屯(卷二○(四)一七七二)

  季秋蘇五弟纓江樓夜宴崔十三評事韋少府姪三首其一(卷二○(四)一七七五)

  雲(卷二○(四)一七八六)

  十月一日(卷二○(四)一七八七)

  戲作俳諧體遣悶二首其二(卷二○(四)一七九三)

  錦樹行(卷二○(四)一八○八)

  觀公孫大娘弟子舞劍器行並序(卷二○(四)一八一五)

  前苦寒行二首其二(卷二一(四)一八四五)

  大曆三年春白帝城放船出瞿唐峽久居夔府將適江陵漂泊有詩凡四十韻(卷二一(四

  暮秋將歸秦留別湖南幕府親友(卷二三(五)二○八九)

 望岳(卷六(二)四八五)

 瞿塘懷古(卷一八(四)一五五八)