杜甫  白帝  

白帝城中雲出門,白帝城下雨翻盆。高江急峽雷霆鬥,翠木蒼藤日月昏。

戎馬不如歸馬逸,千家今有百家存。哀哀寡婦誅求盡,慟哭秋原何處村。

(夔州の人人の困窮に同情して詠んだ詩)

白帝城の城門のなかから雲がわきだす、城の下では雨がたらいの水をぶちまけたように降る。山間の高處から流れ来る長江、ここ急峻の三峡の水流は、雷霆が闘っているかのようであり、常緑木や蒼藤のしげみには日月もあたらず昏くなっている。まだ、戎馬がさわいでいるが、それよりも歸耕している馬の方がのんきでよいのではないだろうか。しかし、この地は、以前、と千戸もあった家が、今は百戸だけになってしまったという。気の毒なことは、後家や、寡婦がそれでも納税をし尽くしているということだし、それに、ここの秋の野原には、どこの村でも、砧の音ではなくて、慟哭しているこえがきこえてくるということである。

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年:766年大暦元年55-92

卷別:    卷二二九              文體:    七言律詩

詩題:    白帝

作地點:              目前尚無資料

及地點:白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城      

 

 

白帝

白帝城中雲出門,白帝城下雨翻盆。

高江急峽雷霆鬥,翠木蒼藤日月昏。

戎馬不如歸馬逸,千家今有百家存。

哀哀寡婦誅求盡,慟哭秋原何處村。

(夔州の人人の困窮に同情して詠んだ詩)

白帝城の城門のなかから雲がわきだす、城の下では雨がたらいの水をぶちまけたように降る。

山間の高處から流れ来る長江、ここ急峻の三峡の水流は、雷霆が闘っているかのようであり、常緑木や蒼藤のしげみには日月もあたらず昏くなっている。

まだ、戎馬がさわいでいるが、それよりも歸耕している馬の方がのんきでよいのではないだろうか。しかし、この地は、以前、と千戸もあった家が、今は百戸だけになってしまったという。

気の毒なことは、後家や、寡婦がそれでも納税をし尽くしているということだし、それに、ここの秋の野原には、どこの村でも、砧の音ではなくて、慟哭しているこえがきこえてくるということである。

(白帝)

白帝城中雲門を出づ、白帝城下雨盆を詔へす。

高江 急峡 雷霆鬥ひ、翠木蒼藤日月昏し。

戎馬は如かず歸馬の逸するに、千家今百家の存する有り。

哀哀寡婦誅求され盡くす、慟哭す秋原何處の村に。

 

夔州東川卜居図詳細 002 

『白帝』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

白帝

白帝城中雲出門,白帝城下雨翻盆。

高江急峽雷霆鬥,翠木蒼藤日月昏。

戎馬不如歸馬逸,千家今有百家存。

哀哀寡婦誅求盡,慟哭秋原何處村。
(含異文)

白帝城中雲出門【白帝城中雲若屯】【白帝城頭雲出門】【白帝城頭雲若屯】,白帝城下雨翻盆。

高江急峽雷霆鬥,翠木蒼藤日月昏【翠木長藤日月昏】【古木蒼藤日月昏】【古木長藤日月昏】。

戎馬不如歸馬逸【去馬不如歸馬逸】馬不如歸馬逸,千家今有百家存【千家今有十家存】。

哀哀寡婦誅求盡,慟哭秋原何處村。


(下し文)
(白帝)

白帝 城中 雲門を出づ、白帝 城下 雨盆を詔へす。

高江 急峡 雷霆鬥ひ、翠木 蒼藤 日月昏し。

戎馬は如かず 歸馬の逸するに、千家 今 百家の存する有り。

哀哀 寡婦 誅求され盡くす、慟哭す 秋原 何處の村に。

(現代語訳)
(夔州の人人の困窮に同情して詠んだ詩)

白帝城の城門のなかから雲がわきだす、城の下では雨がたらいの水をぶちまけたように降る。

山間の高處から流れ来る長江、ここ急峻の三峡の水流は、雷霆が闘っているかのようであり、常緑木や蒼藤のしげみには日月もあたらず昏くなっている。

まだ、戎馬がさわいでいるが、それよりも歸耕している馬の方がのんきでよいのではないだろうか。しかし、この地は、以前、と千戸もあった家が、今は百戸だけになってしまったという。

気の毒なことは、後家や、寡婦がそれでも納税をし尽くしているということだし、それに、ここの秋の野原には、どこの村でも、砧の音ではなくて、慟哭しているこえがきこえてくるということである。


唐時代 地図山南 東・西道50
(訳注)

白帝

(夔州の人人の困窮に同情して詠んだ詩)

○白帝 白帝山、白帝城の周辺をいうが、詩句の初め二字を持って題とする。夔州奉節県の東に在る、前漢の末、公孫述が築いたもの、或はいう、述が漢の士運を承けるものとして白帝と名づけたと。或は日う、殿前の井戸より白竃が出たので山を白帝山、城を白帝城というと。「刑国図経」にいう、白帝城は西、大江に臨み、東南高さ二百丈、西北高さ一千丈なりと。「水経注」にいう、白帝山城は周回二百八十歩、北は馬嶺に縁り、赤岬山に接す、其の問の平処、南北相い去ること八十五丈、東西七十丈、又東、譲渓に傍うて以て陸となす、西南、大江に臨む、之を轍すれば目を眩せしむ。唯だ馬嶺はすこしくやや透通たるも猶お山を斬りて路と為し、羊腸しばしば転じて然るのちのぼることを得、と。

 

白帝城中雲出門,白帝城下雨翻盆。

白帝城の城門のなかから雲がわきだす、城の下では雨がたらいの水をぶちまけたように降る。

雨翻盆 雨がたらいの水をぶちまけたように降る。

 

高江急峽雷霆鬥,翠木蒼藤日月昏。

山間の高處から流れ来る長江、ここ急峻の三峡の水流は、雷霆が闘っているかのようであり、常緑木や蒼藤のしげみには日月もあたらず昏くなっている。

高江急峽 瞿塘峡の流れが急峻である。流入してくる支流も九峻で音を立てて流れ込む。

雷霆鬥 流れ込む音、本流の瞿塘峡の水聲が山々にこだまし、戦闘時のようだということ。

 

戎馬不如歸馬逸,千家今有百家存。

まだ、戎馬がさわいでいるが、それよりも歸耕している馬の方がのんきでよいのではないだろうか。しかし、この地は、以前、と千戸もあった家が、今は百戸だけになってしまったという。

歸馬 戦時には、馬を供出されたが、その馬が帰って来て、農耕に使用されることで、おんきでいいのではないかという。・歸馬逸:放牛歸馬のこと。逸は気楽でよいということ。戦争が終わって平和になるたとえ。また、再び戦争をしないたとえ。戦争で使った馬や牛を野に帰し放つ意から。《書経武成》:乃偃武修文, 歸馬於 華山 之陽, 放牛於 桃林 之野, 示天下弗服”。 後以“放牛歸馬”比不再用兵

百家 国境であり、逃村したもの、戦死したものが多く、この地の世帯数が激減したことをいう。

 

哀哀寡婦誅求盡,慟哭秋原何處村。

気の毒なことは、後家や、寡婦がそれでも納税をし尽くしているということだし、それに、ここの秋の野原には、どこの村でも、砧の音ではなくて、慟哭しているこえがきこえてくるということである。

誅求盡 納税をし尽くしているということ。貧乏な生活をしていることをいう。

慟哭 砧の音ではなくて、慟哭しているこえがきこえてくる。夫を失った寡婦が慟哭することをいう。

何處村 どこかの村という意味ではなく、何処の村でもという意味。