白帝城樓

江度寒山閣,城高塞樓。翠屏宜晚對,白谷會深遊。

急急能鳴雁,輕輕不下鷗。彝陵春色起,漸擬放扁舟。

(白帝城楼を臨んで詠んだ詩)

自分の寒山の閣の処を長江の流れが通る。絶塞の楼があって城は高い所にある。あの城楼のある翠屏の様な崖には晩方に対するのが一番いい時であり、この白谷は奥の方に入りこんで、遊ぶのが自分の考えである。みればよく鳴く雁は、せわしげに啼いているし、身軽げなカモメは、飛び立ちながらなかなか波面に降りようとしない。彝陵の方では、春景色が始まったであろう。自分もしだいに扁舟でもって出帆する準備をしようと思うのである。

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年:766年大暦元年55-93

卷別:    卷二二九              文體:    五言律詩

詩題:    白帝城樓

作地點:              目前尚無資料

及地點:              白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城      

夷陵 (山南東道 峽州 夷陵) 別名:東郡、彝陵            

 

 

白帝城樓

(白帝城楼を臨んで詠んだ詩)

江度寒山閣,城高塞樓。

自分の寒山の閣の処を長江の流れが通る。絶塞の楼があって城は高い所にある。

翠屏宜晚對,白谷會深遊。

あの城楼のある翠屏の様な崖には晩方に対するのが一番いい時であり、この白谷は奥の方に入りこんで、遊ぶのが自分の考えである。

急急能鳴雁,輕輕不下鷗。

みればよく鳴く雁は、せわしげに啼いているし、身軽げなカモメは、飛び立ちながらなかなか波面に降りようとしない。

彝陵春色起,漸擬放扁舟。

彝陵の方では、春景色が始まったであろう。自分もしだいに扁舟でもって出帆する準備をしようと思うのである。

 

(白帝城樓)

江度る 寒山の閣,城高くして 塞の樓。

翠屏  對するに宜し,白谷 會らず 深遊すべし。

急急 能鳴の雁,輕輕 下らざる

彝陵 春色起り,漸やく 扁舟を放たんと擬す。

夔州東川卜居図詳細 002 

 

『白帝城樓』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

白帝城樓

江度寒山閣,城高塞樓。

翠屏宜晚對,白谷會深遊。

急急能鳴雁,輕輕不下鷗。

彝陵春色起,漸擬放扁舟。

(下し文)
(
白帝城樓)

江度る 寒山の閣,城高くして 塞の樓。

翠屏 晚 對するに宜し,白谷 會らず 深遊すべし。

急急 能鳴の雁,輕輕 下らざる鷗。

彝陵 春色起り,漸やく 扁舟を放たんと擬す。

(現代語訳)
(白帝城楼を臨んで詠んだ詩)

自分の寒山の閣の処を長江の流れが通る。絶塞の楼があって城は高い所にある。

あの城楼のある翠屏の様な崖には晩方に対するのが一番いい時であり、この白谷は奥の方に入りこんで、遊ぶのが自分の考えである。

みればよく鳴く雁は、せわしげに啼いているし、身軽げなカモメは、飛び立ちながらなかなか波面に降りようとしない。

彝陵の方では、春景色が始まったであろう。自分もしだいに扁舟でもって出帆する準備をしようと思うのである。

三峡 巫山十二峰001
(訳注)

白帝城樓

(白帝城楼を臨んで詠んだ詩)

1569謁先主廟

1568白鹽山【案:白鹽崖高千餘丈,在州城東十七里。】

1515灩澦堆

1566白帝

等と同時期に白帝城楼を臨んで詠んだ。

草堂河は、白帝山の東側を半周するとほぼ真っ直ぐな水路となり、左手に子陽山(唐代の赤甲山)、右手に今の赤甲山(唐代の白塩山)に挟まれた一段が続く(唐代の赤甲山、白塩山についても簡氏の詳しい考証がある'')。この部分の左岸が瀼西区で右岸が瀼東区である。その一段を過ぎると草堂河は「>」の字型に流れを転じて上流へ向かうが、そのカーブする箇所の左岸下部に杜甫の瀼西宅はあったとされる。そこは赤甲山の東側の山裾でもあり、その南面である。従って瀼西宅を陸路で出発し、その赤甲山の東麓を真北に越えて行けば、方向を転じてきた草堂河に再び出会うことになる。ちょうどそのあたりで、草堂河は石馬河と合流する。その合流地点はあたかもYの字型で、その合流点の北岸に杜甫の東屯の住まいがあった。東屯は瀼西宅からすると、北の方角にある。

「白帝山城は周迴二百八十歩、北は馬嶺に縁()り、赤岬山に接し、其の間の平処は、南北相去ること八十五丈、東西七十丈。又東は東瀼渓に傍()い、即ち以て隍と為す」とあり、この東瀼渓が今の梅渓河ではなく草堂河を指すことは、馬嶺、赤岬山、白帝城との位置関係から明らかである。その東瀼渓が白帝城の「隍」すなわち水の無い城濠の役割を果たすと言っているのは、冬場に水位が下がったときのことである。

江度寒山閣,城高塞樓。

自分の寒山の閣の処を長江の流れが通る。絶塞の楼があって城は高い所にある。

江度 長江の流れが通る。河の流れが閣の辺りでまがっていくため渉るように見える。

1568白鹽山》

白鹽山【白鹽崖高千餘丈,在州城東十七里。】

卓立群峰外,蟠根積水邊。他皆任厚地,爾獨近高天。

白榜千家邑,清秋萬估船。詞人取佳句,刻畫竟誰傳。

寒山閣 冬寒の山のにある白帝城のようすをいう。

 

翠屏宜晚對,白谷會深遊。

あの城楼のある翠屏の様な崖には晩方に対するのが一番いい時であり、この白谷は奥の方に入りこんで、遊ぶのが自分の考えである。

翠屏宜晚對 白鹽山の白の崖に対し、緑色の屏風の崖が夕日が当たって趣きがあるということ。

白谷 白帝城のある谷間をいう。

會深遊 奥の方に入りこんで、遊ぶ。自分が住まいとするところの夔州のおくふかいところをいう。

 

急急能鳴雁,輕輕不下鷗。

みればよく鳴く雁は、せわしげに啼いているし、身軽げなカモメは、飛び立ちながらなかなか波面に降りようとしない。

 

彝陵春色起,漸擬放扁舟。

彝陵の方では、春景色が始まったであろう。自分もしだいに扁舟でもって出帆する準備をしようと思うのである。

彝陵 宜昌(宜都)のことで、三峡を下って出たところにある。

春色起 さきがけて春景色が始まる。

放扁舟 扁舟でもって出帆すること。扁舟:小さな舟。小舟。

 

18巻一古風五十九首其十八「何如鴟夷子。 散發棹扁舟。 」(何ぞ如かんや 鴟夷子が、發を散じて 扁舟に棹させるに。)

18-#4 《古風五十九首之十八》Index-32-7 753年天寶十二年53582古風,五十九首之十八天津三月時, <18-#4> Ⅰ李白詩1171 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4403

588巻十七26宣州謝()樓餞別校書叔云「人生在世不稱意,明朝散發弄扁舟。」(人生、世に在って意に稱わざれば, 明朝、散發、扁舟を弄せむ。)
扁舟 00