杜甫  陪諸公上白帝城宴越公堂之作【原注:越公楊素也。越公楊素所建。在堂。在城上。畫像尚存。】

此堂存古製,城上俯江郊。落構垂雲雨,荒階蔓草茅。

柱穿蜂溜蜜,棧缺燕添巢。坐接春杯氣,心傷豔蕊梢。

英靈如過隙,宴願投膠。莫問東流水【莫問水清淺】,生涯未即
(多くの人人のあとについて白帝城頭に上り、越公堂に酒盛りをした時に作る)

【原注:越公は、隋の楊素であり、陳を滅ぼしたその功績で越国公に封ぜられた。越公楊素が建る所なり。そこに堂が在る。それは城上に在る。自畫像尚お存る。】

此の堂にはむかしの造りざまがのこっており、城の上から真下に江ぞいの郊外がみえる。

落ちかかった構えに雲や雨が垂れかかり、荒れたきざはしに草や茅がはびこっている。

また柱には孔があいて、蜂が蜜を溜し、さしわたした桟の木がかけて燕が巣つけくわえている。

ここに坐ってみると、春の酒盃の気にちかづくのであるが、自分の心はうつくしい花のこずえを覧て傷ましくおもうのである。

それは、楊素ほどの人でも其の英靈は、またたくまに消えてなくなる、どうかこのさかもりにたのしく酒をのんで膠を漆になげこんだほどの親密さになることを願うのである。

歳月が東流の水の様に去ってかえらぬことなどは問題にしなくてもよい、我我の生涯はまだすぐには、ほうりだして棄てるわけではないのであるから。

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杜甫詩1500-960-1458/2500

年:766年大暦元年55-97

卷別:    卷二二九              文體:    五言古詩

詩題:    陪諸公上白帝城宴越公堂之作【陪諸公上白帝城頭宴越公堂之作】【陪諸公上白帝城樓宴越公堂之作】【原注:越公楊素所建。】

作地點:              目前尚無資料

及地點:              白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城      

越公堂 (山南東道 夔州 奉節)           

 

 

陪諸公上白帝城宴越公堂之作

(多くの人人のあとについて白帝城頭に上り、越公堂に酒盛りをした時に作る)

【原注:越公楊素也。越公楊素所建。在堂。在城上。畫像尚存。】

【原注:越公は、隋の楊素であり、陳を滅ぼしたその功績で越国公に封ぜられた。越公楊素が建る所なり。そこに堂が在る。それは城上に在る。自畫像尚お存る。】

此堂存古製,城上俯江郊。

此の堂にはむかしの造りざまがのこっており、城の上から真下に江ぞいの郊外がみえる。

落構垂雲雨,荒階蔓草茅。

落ちかかった構えに雲や雨が垂れかかり、荒れたきざはしに草や茅がはびこっている。

柱穿蜂溜蜜,棧缺燕添

また柱には孔があいて、蜂が蜜を溜し、さしわたした桟の木がかけて燕が巣つけくわえている。

坐接春杯氣,心傷蕊梢。

ここに坐ってみると、春の酒盃の気にちかづくのであるが、自分の心はうつくしい花のこずえを覧て傷ましくおもうのである。

英靈如過隙,宴願投膠。

それは、楊素ほどの人でも其の英靈は、またたくまに消えてなくなる、どうかこのさかもりにたのしく酒をのんで膠を漆になげこんだほどの親密さになることを願うのである。

莫問東流水,生涯未即

歳月が東流の水の様に去ってかえらぬことなどは問題にしなくてもよい、我我の生涯はまだすぐには、ほうりだして棄てるわけではないのであるから。

 

(諸公に陪して白帝城に上り越公堂に宴する之作)【原注:越公は楊素なり。越公楊素 建る所なり。堂在り。城上に在り。畫像尚お存す。】

此の堂 古製存し,城上 江郊に俯す。

落構 雲雨垂れ,荒階 草茅蔓る。

柱穿たれて 蜂 蜜を溜らし,棧 缺けて燕 巢を添う。

坐して接す 春杯の氣,心は傷む 豔蕊の梢。

英靈 過隙の如し,宴衎 投膠を願う。

問う莫れ 東流の水,生涯 未だ即たず
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夔州東川卜居図詳細 002 

『陪諸公上白帝城宴越公堂之作』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

陪諸公上白帝城宴越公堂之作【原注:越公楊素也。越公楊素所建。在堂。在城上。畫像尚存。】

此堂存古製,城上俯江郊。

落構垂雲雨,荒階蔓草茅。

柱穿蜂溜蜜,棧缺燕添巢。

坐接春杯氣,心傷豔蕊梢。

英靈如過隙,宴願投膠。

莫問東流水【莫問水清淺】,生涯未即

(下し文)
(諸公に陪して白帝城に上り越公堂に宴する之作)【原注:越公は楊素なり。越公楊素 建る所なり。堂在り。城上に在り。畫像尚お存す。】

此の堂 古製存し,城上 江郊に俯す。

落構 雲雨垂れ,荒階 草茅蔓る。

柱穿たれて 蜂 蜜を溜らし,棧 缺けて燕 巢を添う。

坐して接す 春杯の氣,心は傷む 豔蕊の梢。

英靈 過隙の如し,宴 投膠を願う。

問う莫れ 東流の水,生涯 未だ即ちたず

(現代語訳)
(多くの人人のあとについて白帝城頭に上り、越公堂に酒盛りをした時に作る)

【原注:越公は、隋の楊素であり、陳を滅ぼしたその功績で越国公に封ぜられた。越公楊素が建る所なり。そこに堂が在る。それは城上に在る。自畫像尚お存る。】

此の堂にはむかしの造りざまがのこっており、城の上から真下に江ぞいの郊外がみえる。

落ちかかった構えに雲や雨が垂れかかり、荒れたきざはしに草や茅がはびこっている。

また柱には孔があいて、蜂が蜜を溜し、さしわたした桟の木がかけて燕が巣つけくわえている。

ここに坐ってみると、春の酒盃の気にちかづくのであるが、自分の心はうつくしい花のこずえを覧て傷ましくおもうのである。

それは、楊素ほどの人でも其の英靈は、またたくまに消えてなくなる、どうかこのさかもりにたのしく酒をのんで膠を漆になげこんだほどの親密さになることを願うのである。

歳月が東流の水の様に去ってかえらぬことなどは問題にしなくてもよい、我我の生涯はまだすぐには、ほうりだして棄てるわけではないのであるから。

唐時代 地図山南 東・西道50
(訳注)

陪諸公上白帝城宴越公堂之作【原注:越公楊素也。越公楊素所建。在堂。在城上。畫像尚存。】

(多くの人人のあとについて白帝城頭に上り、越公堂に酒盛りをした時に作る)

越公  素(よう そ、? - 606年)は、中国の隋の政治家・軍人。隋の上柱国、司徒、楚景武公に上った。字は処道(正字は處道)。『隋書』によると、楊素は弘農郡華陰県(陝西省渭南市)の出身である。隋の帝室である楊氏(鮮卑普六茹部)とは別系統にあたる。楊素は、楊敷の子として生まれた。楊敷は、北周の天和年間に汾州刺史となり、北斉の将軍の段韶の攻撃を受けて捕らえられた。北斉は楊敷を任用しようとしたが、楊敷は屈することなく鄴で没した。

隋が建国されると、上柱国・御史大夫に上った。楊素の妻の鄭氏は嫉妬深く、これに楊素は怒って、「もし私が天子となったとしても、お前は皇后にはしてやるまい」と言った。鄭氏がこれを上奏したため、楊素は免官された。

文帝(楊堅)が江南を奪う計画を考えはじめると、楊素は数度にわたって南朝陳を平定する策を進言した。するとまもなく、楊素は信州総管に任ぜられた。永安で「五牙」「黄龍」と称する大艦を次々と建造し、楊堅の次男である晋王の楊広(のちの煬帝)を補佐して、みずからは行軍元帥となり、水軍で長江を下って一挙に陳を滅ぼした。楊素はその功績で越国公に封ぜられた。まもなく納言となり、内史令に転じた。陳滅亡後に江南で頻発した隋に対する反抗を次々と撃破した。

越公堂 唐の李胎孫の夔州都督府記に曰く、李眙孫 夔州都督府記 「白帝城東南斗上二百七十歩、得白帝廟、又有越公堂、在廟南而少西、隋越公素所建。」とある。

 

此堂存古製,城上俯江郊。

此の堂にはむかしの造りざまがのこっており、城の上から真下に江ぞいの郊外がみえる。

 

落構垂雲雨,荒階蔓草茅。

落ちかかった構えに雲や雨が垂れかかり、荒れたきざはしに草や茅がはびこっている。

落構 おちかかれる構造。

 

柱穿蜂溜蜜,棧缺燕添巢。

また柱には孔があいて、蜂が蜜を溜し、さしわたした桟の木がかけて燕が巣つけくわえている。

 

坐接春杯氣,心傷豔蕊梢。

ここに坐ってみると、春の酒盃の気にちかづくのであるが、自分の心はうつくしい花のこずえを覧て傷ましくおもうのである。

坐接 宴席で座り、そして接近する。ひざづめしてすわる。

春杯氣 春の酒盃の気。

豔蕊梢 うつくしい花のこずえ。

 

英靈如過隙,宴願投膠。

それは、楊素ほどの人でも其の英靈は、またたくまに消えてなくなる、どうかこのさかもりにたのしく酒をのんで膠を漆になげこんだほどの親密さになることを願うのである。

英靈 楊の精靈をいう。畫像についていっている。

如過隙 瞬く間になくなるをいう。荘子知北遊篇)の「人生天地之間。若白駒之過郤。忽然而已。(人、天地の間に生くるは、白駒の郤[=隙]を過ぎるがごとし/人が天地の間で命を有するのは、開いた戸の隙間を通してその前を駆け抜けた白い馬を見るようなものだ)

衎 さかもりをたのしむ。

願投膠 親密になることをいう。古楽府《古詩十九首之第十八首》 以膠投漆中,誰能別離此?(ニカワを漆の中に入れ込んだら、もう誰でも引き離すことはできないことであるように夫婦仲もそれと同じなのだ。)

 

莫問東流水【莫問水清淺】生涯未即
歳月が東流の水の様に去ってかえらぬことなどは問題にしなくてもよい、我我の生涯はまだすぐには、ほうりだして棄てるわけではないのであるから。

東流水 歳月の流れをいう。

 すぐさま投げ出し棄てることをいう。