杜甫  夔州歌十句,十首之二  

白帝夔州各異城,蜀江楚峽混殊名。英雄割據非天意,霸主并吞在物情。

(夔州の風土についてのべている。十首の二:夔州城と白帝城、瞿塘峡と西陵峡そこでの事情)旧所古跡である白帝城と州の役所である夔州城はそれぞれ異なった意味と位置的にも違った。である、又面白いことに、この三峡の夔門である瞿塘峡も別名西陵峡と云い、歸州の西陵峡とどちらも楚峡で同一、殊名混同ということである。英雄が険地に割拠するのは、天のおぼしめしではあるはずがなく、覇王から起って天下を併合するものがあるが、それは常道ではなく、その時々の事情に寄るものである。民心に信頼を置けていないものが、その時の状況だけで謀反を起すのは馬鹿げている。

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夔州歌十句,十首之一

(夔州の風土についてのべている。十首の一:夔州、白帝城、瞿塘峡)

中巴之東巴東山,江水開闢流其間。

中巴より東に横たわっている巴東の山。その間には天地開闢以来、長江の水が東に向かってながれている。

白帝高為三峽鎮,夔州險過百牢關。

そうしてこの夔州の険阻なことはあの関中の百牢関よりもまさり、白帝城は三峡の鎮めの山となっておる。

(夔州の歌 十句,十首の一)

中巴の東 巴東の山、江水かいえつ開闢よりして其の間に流る

白帝は高く三峡の鎮と為る、夔州の険は過ぐ百牢関。

 

 

杜甫詩1500-967-1469/2500

年:766年大暦元年55-104

卷別:    卷二二九              文體:    樂府

詩題:    夔州歌十句,十首之二

作地點:              目前尚無資料

及地點:              夔州 (山南東道 夔州 夔州) 別名:夔府、信州             

白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城     

 

夔州歌十句,十首之二

(夔州の風土についてのべている。十首の二:夔州城と白帝城、瞿塘峡と西陵峡そこでの事情)

白帝夔州各異城,蜀江楚峽混殊名。

旧所古跡である白帝城と州の役所である夔州城はそれぞれ異なった意味と位置的にも違った。である、又面白いことに、この三峡の夔門である瞿塘峡も別名西陵峡と云い、歸州の西陵峡とどちらも楚峡で同一、殊名混同ということである。

英雄割據非天意,霸主并吞在物情。

英雄が険地に割拠するのは、天のおぼしめしではあるはずがなく、覇王から起って天下を併合するものがあるが、それは常道ではなく、その時々の事情に寄るものである。民心に信頼を置けていないものが、その時の状況だけで謀反を起すのは馬鹿げている。

 

(夔州の歌 十句,十首の二)

白帝 夔州 各の城を異にす,蜀江 楚峽 殊名を混ず。

英雄 割據は天意に非らず,霸主の并吞するは物情に在り。

瞿塘峡・白帝城・魚復 

 

『夔州歌十句,十首之二』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

夔州歌十句,十首之二

白帝夔州各異城,蜀江楚峽混殊名。

英雄割據非天意,霸主并吞在物情。


詩文(含異文)     白帝夔州各異城【案:古白帝在夔州城東。】,蜀江楚峽混殊名【案:瞿唐舊名西陵峽,與荊州西陵峽相混。】。英雄割據非天意,霸主并吞在物情【霸王并吞在物情】。


(下し文)
(夔州の歌 十句,十首の二)

白帝 夔州 各の城を異にす,蜀江 楚峽 殊名を混ず。

英雄 割據は天意に非らず,霸主の并吞するは物情に在り。

(現代語訳)
(夔州の風土についてのべている。十首の二:夔州城と白帝城、瞿塘峡と西陵峡そこでの事情)

旧所古跡である白帝城と州の役所である夔州城はそれぞれ異なった意味と位置的にも違った。である、又面白いことに、この三峡の夔門である瞿塘峡も別名西陵峡と云い、歸州の西陵峡とどちらも楚峡で同一、殊名混同ということである。

英雄が険地に割拠するのは、天のおぼしめしではあるはずがなく、覇王から起って天下を併合するものがあるが、それは常道ではなく、その時々の事情に寄るものである。民心に信頼を置けていないものが、その時の状況だけで謀反を起すのは馬鹿げている。

蜀中転々圖
(訳注)

夔州歌十句,十首之二

(夔州の風土についてのべている。十首の二:夔州城と白帝城、瞿塘峡と西陵峡そこでの事情)

大暦元年夏の作。

杜甫が住まいとした瀼西の草堂は、草堂河に沿った小高い処であった。白帝城、少し前までと都賦のあった夔州城、いずれも西方向で比較的近く、地続きだから陸路でも行けるし、視界にも入るいちにあった。杜甫が詠じる白帝城は、夔州城が州の役所であり、白帝城とは別物であった。そのことは杜甫自身が「白帝と夔州は各(おのおの)城を異にす」(《1527_夔州歌十絶句》其二)と述べていることから明らかである。とはいえ、夔州城は白帝城と連接していた。そしてそれは白帝城の北にあり、白帝城よりはずっと大きく、旧赤甲城の場所にあった。(もちろん唐代の夔州城は梅渓河の方にはなかった。)

白帝城には旧都督府の役所があった。杜甫が夔州に滞在していたとき、夔州都督府は既に廃されていたが、白帝城は州より一つ上位の都督府的な役所(防禦使など)として、一部機能していたのではなかろうか。杜甫は白帝山の西閣に住んだことがあり、白帝城をひどく気に入って何度も詩に描いたが、夔州城にはあまり心惹かれていないようだ。

 

白帝夔州各異城,蜀江楚峽混殊名。

旧所古跡である白帝城と州の役所である夔州城はそれぞれ異なった意味と位置的にも違った。である、又面白いことに、この三峡の夔門である瞿塘峡も別名西陵峡と云い、歸州の西陵峡とどちらも楚峡で同一、殊名混同ということである。

 

英雄割據非天意,霸主并吞在物情。

英雄が険地に割拠するのは、天のおぼしめしではあるはずがなく、覇王から起って天下を併合するものがあるが、それは常道ではなく、その時々の事情に寄るものである。民心に信頼を置けていないものが、その時の状況だけで謀反を起すのは馬鹿げている。

物情 1 物のようす・性質。時の事情。2 世人の心情。世間のありさま。

「周易」「大学」に示されている真の成功の条件は人の絆であり、天命は民心によるということとされ、此の二句で杜甫は、蜀、夔州の地で、異民族と結託し、独立を企てる勢力があり、それを批判したものである。

安史の乱当時の勢力図