杜甫  夔州歌十句,十首之七   

蜀麻鹽自古通,萬斛之舟行若風。

長年三老長歌裡,白晝攤錢高浪中。

(夔州の風土についてのべている。十首の七:長江を上下する船のさまを歌う。)

蜀(成都)からの麻、呉(江蘇)からの塩、これはむかしから交通しており、二者を通ずる萬斛船は風のように速くゆく。さてこの船をやる長年・三老は鼻歌を歌っているかたわら、お客商人どもは高浪の立つなかで船の上で真っ昼間というのに「なめかた」の博打をしてあそんでいる。

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杜甫詩1500-972-1474/2500

夔州における杜甫の住まい(3)

雲安⇒ 客堂→草閣(江辺閣)→西閣→赤甲→瀼西→東屯

 

 次の《1863_江雨有懐鄭典設》(江雨に鄭典設を懐う有り)の詩は大暦二年、瀼西に引っ越してきたころの作だが、草堂河両岸に対して西東という言い方もしている。

江雨有懐鄭典設

江雨有懷鄭典設

 

春雨闇闇塞峽中,早晚來自楚王宮。

春雨 闇闇 峽中に塞る,早晚楚王の宮より來る。

亂波分披已打岸,弱雲狼藉不禁風。

亂波 分披已に岸を打つ,弱雲 狼藉 風に禁えず。

寵光蕙葉與多碧,點注桃花舒小紅。

蕙葉に寵光して多碧を與え,桃花に點注して小紅を舒べしむ。

谷口子真正憶汝,岸高瀼滑限西東。

谷口の子真たるきみよ われは正に汝を憶(おも)う、岸は高く 瀼は滑(なめ)らかにして 西と東とを限(へだ)

 

詩の中で杜甫は、鄭典設を漢代の清浄な隠者の鄭子真(長安の谷口の人)とみなしている。雨で草堂河がみなぎり、瀼西にいる杜甫は瀼東に住む鄭子真と隔てられたように感じているのである。下句の「瀼は滑らか」の部分は、王洙本他のテキストに「瀼は闊(ひろ)く」と作る異文が伝わる。趙次公注本は、本文をわざわざその異文の方に改めているが、それだといっそう対岸との隔絶感が強まる(戊帙巻之一)。

 

 対岸の瀼東地区は他の詩にも描かれている。瀼東の背後には、白塩山(今の赤甲山)が衝立のように立ちふさがっていた。瀼西に引っ越す前に作った1553_白塩山》の詩では、瀼東地区には千戸の民家があったと述べている。

白鹽山

 

【白鹽崖高千餘丈,在州城東十七里。】

白鹽の崖高は千餘丈なり,州城の東十七里に在る。

卓立群峰外,蟠根積水邊。

卓立す 群峰の外,根を蟠らす積水の邊。

他皆任厚地,爾獨近高天。

他は皆 厚地に任す,爾 獨り高天に近づく。

白榜千家邑,清秋萬估船。

白榜 千家の邑,清秋 萬の估船。

詞人取佳句,刻畫竟誰傳。

詞人 佳句を取る,刻畫するも 竟に誰か傳えん。

もちろんこの千戸は実数ではないが、戸数が比較的多いことがわかる。増水期の秋、草堂河には様々な商人の船が碇泊している。草堂河を挟んだ瀼西区と瀼東区は唐代は栄えており人家が多かったので、増水期には船の往来が少なくなかったようである。明の王嗣奭が「(白塩)山を繞りて上り、千家、邑を成す。積水の中、万の估の船来たる。又た蜀中の一都会なり」(曹樹銘『杜臆増校』巻十一)と解するように杜甫の当時はそれなりににぎやかだった。その繁華さの背景には、長江を通じて長江の上流域と下流域、蜀と呉の盛んな物資の流通があり、夔州がその中間に位置していたからであろう。夔州の特徴を風物詩風に連作詩で詠じた1537_夔州歌十絶句》の其七で、杜甫はそのことを、

夔州歌十句,十首之七

(夔州の歌十句,十首の七)

蜀麻鹽自古通,萬斛之舟行若風。

蜀麻 呉鹽古より通ず、万斛の舟行くこと風の若し。

長年三老長歌裡,白晝攤錢高浪中。

長年 三老 長歌の裏、白昼 銭を攤す 高浪の中。

と詠じている。

 狭い地にこれだけ戸数が多いと、民家はおのずと山の上まで続かざるを得ない。そのことを1534_夔州歌十絶句》其四(大暦元年夏)で、

 

夔州歌十句,十首之四

(夔州の歌十句,十首の四)

赤甲白鹽俱刺天,閭閻繚繞接山

赤甲 白塩俱に天を刺す、閭閻【りょうえん】繚繞【りょうじょう】山【さんてん】に接す。

楓林橘樹丹青合,複道重樓錦繡懸。

楓林 橘樹 丹青合し、複道 重楼 錦繍【きんしゅう】懸かる。

と詠じる。仇兆鰲が「居する人の密なるを言う」と注するように、瀼西の赤甲山も瀼東の白塩山もその斜面には、集落が山の高いところまでくねくねと続いていることを詠じている。

 

 

年:766           大曆元年            55

卷別:    卷二二九              文體:    樂府

詩題:    夔州歌十句,十首之七

作地點:              目前尚無資料

及地點:夔州 (山南東道 夔州 夔州) 別名:夔府、信州、夔國  

 

 

夔州歌十句,十首之七

(夔州の風土についてのべている。十首の七:長江を上下する船のさまを歌う。)

蜀麻鹽自古通,萬斛之舟行若風。

蜀(成都)からの麻、呉(江蘇)からの塩、これはむかしから交通しており、二者を通ずる萬斛船は風のように速くゆく。

長年三老長歌裡,白晝攤錢高浪中。

さてこの船をやる長年・三老は鼻歌を歌っているかたわら、お客商人どもは高浪の立つなかで船の上で真っ昼間というのに「なめかた」の博打をしてあそんでいる。

 

(夔州の歌十句,十首の七)

蜀麻 呉古より通ず、万斛の舟行くこと風の若し。

長年 三老 長歌の裏、白昼 銭を攤す 高浪の中。

 

夔州東川卜居図詳細 002 

 

『夔州歌十句,十首之七』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

夔州歌十句,十首之七

蜀麻鹽自古通,萬斛之舟行若風。

長年三老長歌裡,白晝攤錢高浪中。

詩文(含異文)

蜀麻鹽自古通,萬斛之舟行若風。

長年三老長歌裡,白晝攤錢高浪中【白買攤錢高浪中】【白馬灘前高浪中】。


(下し文)
(
夔州の歌十句,十首の七)

蜀麻 呉鹽古より通ず、万斛の舟行くこと風の若し。

長年 三老 長歌の裏、白昼 銭を攤す 高浪の中。

(現代語訳)
(夔州の風土についてのべている。十首の七:長江を上下する船のさまを歌う。)

蜀(成都)からの麻、呉(江蘇)からの塩、これはむかしから交通しており、二者を通ずる萬斛船は風のように速くゆく。

さてこの船をやる長年・三老は鼻歌を歌っているかたわら、お客商人どもは高浪の立つなかで船の上で真っ昼間というのに「なめかた」の博打をしてあそんでいる。

 

 (訳注)

夔州歌十句,十首之七

(夔州の風土についてのべている。十首の七:長江を上下する船のさまを歌う。)


蜀麻鹽自古通,萬斛之舟行若風。

蜀(成都)からの麻、呉(江蘇)からの塩、これはむかしから交通しており、二者を通ずる萬斛船は風のように速くゆく。

○蜀麻 蜀地の特産物の麻紙をいう。  宋梅堯臣《和石昌言以蜀箋南箋答松管之什》「楊子校經聊以贈, 蜀麻江楮報何嫌。」

 地所的鹽。即我國最著名的淮鹽。唐.李白〈梁園吟〉:「玉盤楊梅為君設,鹽如花皎白雪。」比白髮。(玉盤の楊梅 君が為に設け、呉塩は花の如く 白雪よりも唆し。)それから白玉の大皿の楊梅と称する果物がいっぱいに盛ってあり、君のために用意したもの、呉の国からでる白雪よりも白く光る花のように美しい塩がうずたかく用意してある。

 

長年三老長歌裡,白晝攤錢高浪中。

さてこの船をやる長年・三老は鼻歌を歌っているかたわら、お客商人どもは高浪の立つなかで船の上で真っ昼間というのに「なめかた」の博打をしてあそんでいる。

○長年 はさお方。

○三老 かじ方。

○攤銭 錢を攤すとは博打を打つことをいう。攤は手で敷くこと、ただしそろりとおくのではなくはうりだすこと、これは銭を投げだしてその表裏を言いあてる賭博の戯である、わが国の「なめかた」のこと。これはお客の商人が為すのである。

○高浪中これも浪のなかへ銭をなげるのをいうのではなく、船が高浪中にあることをいう、船は高浪中にあり、お客の商人は船上にあって銭を灘するのである。

 

(夔州の歌十句,十首の七)

蜀麻 呉古より通ず、万斛の舟行くこと風の若し。

長年 三老 長歌の裏、白昼 銭を攤す 高浪の中。
8世紀唐と周辺国00