杜甫  夔州歌十句,十首之十  

閬風玄圃與蓬壺,中有高堂天下無。借問夔州壓何處,峽門江腹擁城隅。

(夔州の風土についてのべている。十首の十:この形勝を控えた夔州において他所を圧倒している場所があるそれは我が寓居があると詠う。)人の能く言う仙郷は、西には崑崙山の上にあるという仙人の住む所の閬風、玄圃があり、東には東海三山、蓬莱山、方壺山(方丈山)、瀛州山があるが、その中間には、ここ夔州の「高唐賦」の高堂があり、これは天下にはない所のものである。そこでこの形勝を控えた夔州において他所を圧倒している場所があるだろうか、すなわち夔門である峽門、江腹にあたって城隅を抱きかかえたところに我が寓居があるのである。

766-112杜甫 《巻1540夔州歌十句,十首之十》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-112 <975> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6530

 


杜甫詩1500-975-1477/2500

 

夔州における杜甫の住まい(6)

雲安⇒ 客堂→草閣(江辺閣)→西閣→赤甲→瀼西→東屯

 

 今度は、月の沈む方角から瀼西宅の位置を知ることができる。大暦二年の八月十五日(西暦九月十二日)、杜甫は瀼西宅で中秋の名月を三晩続けて見ていた。2030_八月十五夜月二首》其一757年では、月光は草堂河にふりそそぎ、

 

八月十五夜月,二首之一

 

滿目飛明鏡,歸心折大刀。

滿目 明鏡飛ぶ,歸心 大刀折る。

轉蓬行地遠,攀桂仰天高。

轉蓬 地を行くこと遠し,攀桂 天の高きを仰ぐ。

水路疑霜雪,林棲見羽毛。

水路は 霜雪かと疑い、林棲は その羽毛を見る

此時瞻白兔,直欲數秋毫。

此の時 白兔を瞻れば,直ちに 秋毫をも數えんと欲す。

というように、林内の鳥の羽毛まで見分けがつくように明るいが、其二では、月は西の巫山峡(ここでは瞿塘峡を指す)の方に沈んでいく。

 

八月十五夜月,二首之二

 

稍下巫山峽,猶銜白帝城。

(ようや)く巫山峡に下り、猶お白帝城を銜(ふく)

氣沈全浦暗,輪仄半樓明。

気は沈みて 全浦暗く、輪は仄(かたむ)きて 半楼明かなり

刁斗皆催曉,蟾蜍且自傾。

刁斗 皆 曉を催す,蟾蜍 且く自ら傾く。

張弓倚殘魄,不獨漢家營。

弓を張りて殘魄に倚るは,獨り漢家の營のむならず。

 

草堂河は暗くなったが白帝城はまだ月光に包まれており、楼閣の半面が明るく照らされている。このように月が白帝城の方に沈んでいることから、瀼西宅がその東にあることがわかる。もしも梅渓河の方に杜甫宅があれば、月は決して白帝城の方には沈まない。

 また瀼西宅には白帝城からの音が届いている。これも白帝城が近い証拠といえる。地図上での単純な距離は三キロメートル弱であるが、瀼西宅と白帝城の間にはほぼ一直線の草堂河が流れており、しかも両岸は山になっているから、音が拡散せず伝わりやすいのであろう。

 前掲の十五夜の詩其二の後半では、白帝城で巡邏する兵士たちの銅鑼の音が、瀼西宅まで聞こえてきている。

 

杜甫は、その音がまるで夜明けを促すようだと感じ、白帝城の兵士たちが月明かりをたよりに、夜通し護衛につとめている苦労にも思いを馳せている。

 翌日の十六夜の月夜には笛の音が聞こえてきて、杜甫の旅愁をいっそうかき立てている。2032_十六夜玩月》に言う、

十六夜玩月

 

舊挹金波爽,皆傳玉露秋。

舊より挹む 金波の爽かなるを,皆 傳う 玉露の秋と。

關山隨地闊,河漢近人流。

關山 地に隨って闊に,河漢 人に近づいて流る。

谷口樵歸唱,孤城笛起愁。

谷口に 樵(きこり)帰りて唱い、孤城に 笛起こりて愁う

巴童渾不寢,半夜有行舟。

巴童も渾て 寢ねず,半夜 行舟有り。

2033

十七夜對月

 

秋月仍圓夜,江村獨老身。

秋月 仍お 圓き夜,江村 獨り老ゆる身。

捲簾還照客,倚杖更隨人。

簾を捲けば 還た照客を,杖に倚れば 更に人に隨う。

光射潛虯動,明翻宿鳥頻。

光に射られて 潛虯動く,明なるに翻りて宿鳥頻りなり。

茅齋依橘柚,清切露華新。

茅齋 橘柚に依る,清切 露華 新たなり。

 

この孤城は白帝城である。白帝山の西閣を舞台に詠われた1723_秋興八首》其二に「夔府の孤城に落日斜め」とあり、夔州都督府の役所は白帝城にあった。また1939_秋日夔府詠懷……》にも「孤城白帝の辺」とある。

 次の2034_暁に望む》の詩では、白帝城から時を知らせる音が、朝方になってようやく尽きたという。この詩で杜甫は、野生の鹿を友とし隠遁者のように質素な住まいで暮らしていこうと沈んだ気持ちになっている。

 

曉望

 

白帝更聲盡,陽臺曙色分。

白帝には 更声の尽き、陽台には 曙色の分たり

高峰寒上日,疊嶺宿霾雲。

高峰には 寒くして日の上り、疊嶺宿霾雲。

地坼江帆穩,天清木葉聞。

地坼江帆穩,天清木葉聞。

荊扉對麋鹿,應共爾為群。

荊扉(ケイヒ)に 麋鹿(ビロク)に対し、応(まさ)に爾と共に群を為すべし

これは東屯での作とするのが一般的だが、もしそうなら瀼西宅まで聞こえた音は草堂河を伝わって、もうひとつ北の東屯まで届いたのであろう。地形から十分にあり得ることである。

 

 次の2049_夜二首》其二の詩は、仇注の編年に従えば瀼西宅での秋の作である。白帝城に日が暮れゆき、笳(あしぶえ)の音が白帝城から聞こえてきている。

 

夜,二首之二

 

城郭悲笳暮,村墟過翼稀。

城郭 悲笳に暮る,村墟 過翼稀なり。

甲兵年數久,賦斂夜深歸。

甲兵 年數久し,賦斂せられて夜深に歸る。

暗樹依巖落,明河繞塞微。

暗樹 巖落に依りて,明河 塞を繞りて微なり。

斗斜人更望,月細鵲休飛。

斗 斜めにして 人 更に望む,月 細くして 鵲 飛ぶを休む。

  城郭悲笳暮、 城郭は 悲笳(ヒカ)のひびきのなかに暮れゆき

  村墟過翼稀。 わが村墟は 過ぎる翼(とり)も稀(まれ)なり

  ……

  暗樹依巖落、 暗き樹は 巌(いわお)に依()りて落ち

  明河繞塞微。 明河は 塞を繞(めぐ)りて微(かす)かなり

杜甫は訪れる人も少ない瀼西宅の村の中で悲しげな笳の音を耳にしている。空にやがて星が輝きはじめると、天の河が白帝の城塞の上を流れていた。だがこうした細い悲笳の音は梅渓河までは届かなかったであろう。白帝城から梅渓河までは直線距離でも四、五キロメートルはあり、その間には長江が滔滔と流れている。同じ時期の2002_秋野五首》其五には「大江(長江)は秋は盛んとなり易く、空峡には夜は聞こゆるもの多し」というように、さまざまな秋声がざわめきを立てているのだから。

 

秋野,五首之五

 

身許麒麟畫,年衰鴛鷺群。

身は許す 麒麟に畫かるるに,年は衰う鴛鷺の群。

大江秋易盛,空峽夜多聞。

大江 秋 盛なり易し,空峽 夜 聞ゆるもの多し。

徑隱千重石,帆留一片雲。

徑は千重の石に隱る,帆は一片の雲に留る。

兒童解蠻語,不必作參軍。

兒童 蠻語を解す,必ずしも參軍とら作ず。

 以上、ここでは白帝城との関わりから瀼西宅の位置をさぐってきた。瀼西宅が白帝城の東側にあり、太陽も月も白帝城の方角に沈み、白帝城からはいろいろな音が聞こえてきている。このことを杜甫自身が何度も詩に描き込んでおり、従って瀼西宅が草堂河辺であること、梅渓河辺ではあり得ないことが確認できたと思う。

夔州東川卜居図詳細 002 

 

年:766年大暦元年55-112

卷別:    卷二二九              文體:    樂府

詩題:    夔州歌十句,十首之十

作地點:              夔州 (山南東道 夔州 夔州) 別名:夔府、信州           

及地點:              夔州 (山南東道 夔州 夔州) 別名:夔府、信州             

 

夔州歌十句,十首之十

閬風玄圃與蓬壺,中有高堂天下無。

借問夔州壓何處,峽門江腹擁城隅。

(夔州の風土についてのべている。十首の十:この形勝を控えた夔州において他所を圧倒している場所があるそれは我が寓居があると詠う。)

人の能く言う仙郷は、西には崑崙山の上にあるという仙人の住む所の閬風、玄圃があり、東には東海三山、蓬莱山、方壺山(方丈山)、瀛州山があるが、その中間には、ここ夔州の「高唐賦」の高堂があり、これは天下にはない所のものである。

そこでこの形勝を控えた夔州において他所を圧倒している場所があるだろうか、すなわち夔門である峽門、江腹にあたって城隅を抱きかかえたところに我が寓居があるのである。

 

 

『夔州歌十句,十首之十』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

夔州歌十句,十首之十

閬風玄圃與蓬壺,中有高堂天下無。

借問夔州壓何處,峽門江腹擁城隅。
(含異文)

閬風玄圃與蓬壺,中有高堂天下無【中有高唐天下無】。借問夔州壓何處,峽門江腹擁城隅。


(下し文)
(夔州歌の十句,十首の十)

閬風と玄圃と蓬壺と,中に高堂有り 天下に無し。

借問す 夔州壓するは何處ぞ,峽門 江腹 城隅を擁す。

(現代語訳)
(夔州の風土についてのべている。十首の十:この形勝を控えた夔州において他所を圧倒している場所があるそれは我が寓居があると詠う。)

人の能く言う仙郷は、西には崑崙山の上にあるという仙人の住む所の閬風、玄圃があり、東には東海三山、蓬莱山、方壺山(方丈山)、瀛州山があるが、その中間には、ここ夔州の「高唐賦」の高堂があり、これは天下にはない所のものである。

そこでこの形勝を控えた夔州において他所を圧倒している場所があるだろうか、すなわち夔門である峽門、江腹にあたって城隅を抱きかかえたところに我が寓居があるのである。

瞿塘峡・白帝城・魚復
(訳注)

夔州歌十句,十首之十

(夔州の風土についてのべている。十首の十:この形勝を控えた夔州において他所を圧倒している場所があるそれは我が寓居があると詠う。)

 

閬風玄圃與蓬壺,中有高堂天下無。

人の能く言う仙郷は、西には崑崙山の上にあるという仙人の住む所の閬風、玄圃があり、東には東海三山、蓬莱山、方壺山(方丈山)、瀛州山があるが、その中間には、ここ夔州の「高唐賦」の高堂があり、これは天下にはない所のものである。

○閬風玄圃 中国の伝説で、崑崙(こんろん)山の上にあるという仙人の住む所。位於崑崙山的山,相傳為仙人所居。・玄圃:中国の伝説で、崑崙山の上にあるという仙人の住む所。黃帝之下都,有奇花異石與各式美玉。玄圃之下有清涼山,四季都刮著清爽的涼風。

蓬壺 東海三山、蓬莱山、方壺山(方丈山)瀛州山をいう。

 

借問夔州壓何處,峽門江腹擁城隅。

そこでこの形勝を控えた夔州において他所を圧倒している場所があるだろうか、すなわち夔門である峽門、江腹にあたって城隅を抱きかかえたところに我が寓居があるのである。

○夔州壓何處 この形勝を控えた夔州において他所を圧倒している場所がどこにある。

○峽門江腹擁城隅 三峡の入り口、瞿塘峡の地勢、杜甫の住まいの地勢をいう。

 
 2015年8月29日の紀頌之5つのBlog 
 ●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場 
 Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
LiveDoorBlog
297-#4 《卷十五18送薛九被讒去魯》#4 Index-21Ⅱ― 16-741年開元二十九年41歳 <297-#4> Ⅰ李白詩1596 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6528 
 孟浩然 詩 index李白詩index謝霊運 詩 index司馬相如 《 子虛賦 ・上林賦 》揚雄 《 甘泉賦 》 ●諸葛亮(孔明)出師表 
 曹植(曹子建)詩 65首 index文選 賦)兩都賦序・西都賦・東都賦 (班固)《李白 全詩》
  総合案内
(1)漁父辞 屈原『楚辞・九歌』東君 屈原《楚辞 『九辯』》 宋玉  <案内> 
 ●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首  
 Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
 LiveDoorBlog
87-#2 燕喜亭記 韓愈(韓退之) 804年貞元20年 37歳<1509> Ⅱ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6529 
 ・李商隠詩 (1) 136首の75首・李商隠詩 (2) 135首の61首●韓愈index-1 ・孟郊、張籍と交遊・汴州乱41首●韓愈詩index-2[800年 33歳~804年 37歳]27首●韓愈詩index-3 805年 38歳・]陽山から江陵府 36首●韓愈詩index-4 806年 39歳 江陵府・権知国子博士 51首(1)25首 
 index-5 806年39歳 50首の(2)25首index-6[807年~809年 42歳]20首index-7[810年~811年 44歳] 34首index-8 [812年~814年47歳]46首index-9[815年~816年 49歳] 57首index-10[817年~818年 51歳]・「平淮西碑」28首 
 index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など 
 孟郊張籍     
 ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。" 
 Ⅲ杜甫詩全1500首   LiveDoorBlog766年-112杜甫 《巻1540夔州歌十絕句,十首之十》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55歲-112 <975> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6530 
 杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩) 杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首 
 杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首 
 ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている 
 Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2Blog 
        
 ●花間集全詩●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩。唐から五代詩詞。花間集 
 Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoorBlog
9欧陽烱《〔改訂〕巻六01南鄉子八首 其一》『花間集』252全詩訳注解説(改訂版Ver.2.1)-漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ-6532
 
 薛濤の全詩花間集(1巻花間集(2巻花間集(3巻花間集(4巻花間集(5巻 
 魚玄機全詩花間集(6巻花間集(7巻花間集(8巻花間集(9巻花間集10巻 
 温庭筠66首 花間集1・2巻皇甫松11首 花間集二巻韋莊47首 花間集二巻薛昭蘊19首 花間集三巻牛嶠31首 花間集三・四巻張泌27首 花間集四巻 
 毛文錫31首 花間集5巻牛希濟11首 花間集5巻欧陽烱17首 花間集5・6巻和凝20首 花間集6巻顧夐56首 花間集6・7巻孫光憲47首 花間集7・8巻 
 魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻 
  ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)漢詩総合サイト 07ch 
 杜甫全詩案内韓愈全詩案内李白全集文選古詩源花間集案内