杜甫  秋興,八首之二  

夔府孤城落日斜,每依南斗望京華。聽猿實下三聲淚,奉使虛隨八月 

畫省香爐違伏枕,山樓粉堞隱悲笳。請看石上藤蘿月,已映洲前蘆荻花。 

(秋の感興をのべた詩である。この第二首は夔州の暮景とかねて異土の感をのべている。766年大暦元年55-114の作。

夔州の孤城に夕日が斜めに落ちてしまうと、いつものことで、自分は北斗星の方位によって長安、京華の方をながめるのである。ここでは猿の声を聴いては、「水經注」にある古人の言うたとおり、まことに「三声に涙裳を沾す」であり、地方に在るとはいえ工部員外郎として御命を奉じているとはいえいたずらに「八月の楂」を身に随えてここから離れ得ずにいる。そうしてかつては親しんだ画省と言われる門下省の香炉に違うて病の枕に伏しっつあるが、城楼のひめがきは今や暮色に隠れて悲しい胡笳がきこえている。こんなことを考えている間にあれを見てほしい、というのも、石上を照らす藤蘿のひまもる月がはやくも長江の洲のあたりの蘆荻の花に映ろい染めてきたのである。

766-115杜甫 《巻1727秋興,八首之二》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-115 <978> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6570

 

杜甫詩1500-978-1485/2500

 
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秋興 八首 之〔一〕玉露凋傷楓樹林

(秋の感興をのべた詩である。この第一首は秋の時節に逢って旅居を傷むことをいっている。)766年大暦元年55-114の作。

玉露凋傷楓樹林,巫山巫峽氣蕭森。

露の白玉が置くにつれて楓樹の林が凋ませられ傷われ、巫山巫峡にわたって秋の気配がしんしんとしてきた。

江間波浪兼天湧,寒上風雲接地陰。

長江の上に起こる波浪は天をもあわせんばかりに高く湧きたち、夔州の城塞にうごく風雲は低く地面にまで接近して曇を生じているのがわかる。

菊叢兩開他日淚,孤舟一繫故園心。

自分は去年雲安から奉節で見、今年奉節で二度目の一叢の菊花の開くのを見ているが、いま異郷の花として見る花もいずれは後日思い出のものとなって感傷の涙をながさせることだろう。自分はここまで乗ってきた一つの舟をもっぱら繋ぎとめているのだけれど、それは早晩機会があればそれにのってこの山峡を下り、故郷にかえる思いの心からしていることなのである。

寒衣處處催刀尺,白帝城高急暮砧。

すでに、秋も深まって処処で寒衣を製するために刀尺の用意がはじまってきた、白帝城の高くそびえるあたりでは、夕ぐれになっても新旧布の砧をうつ音がいつまでもせわしくきこえる。これをきくとますます故郷への思いが増してくるのである。

(秋興 八首 之〔一〕)

玉露 凋傷す 楓樹の林、巫山巫峡 気 蕭森たり。

江間の波浪 天を兼ねて沸き、塞上の風雲 地に接して陰(こも)る。

叢菊両(ふたた)び開く他日の涙、孤舟一(ひとえ)に繋ぐ故園の心。

寒衣 處處 刀尺を催(うなが)し、白帝城高くして 暮砧 急なり。

 

 

卷別: 卷二三○  文體: 七言律詩 

詩題: 秋興,八首之二 

作地點: 目前尚無資料 

及地點:夔州 (山南東道 夔州 夔州別名:夔府、信州、夔國     

 

秋興,八首之二

(秋の感興をのべた詩である。この第二首は夔州の暮景とかねて異土の感をのべている。766年大暦元年55-114の作。

夔府孤城落日斜,每依南斗望京華。 

夔州の孤城に夕日が斜めに落ちてしまうと、いつものことで、自分は北斗星の方位によって長安、京華の方をながめるのである。

聽猿實下三聲淚,奉使虛隨八月 

ここでは猿の声を聴いては、「水經注」にある古人の言うたとおり、まことに「三声に涙裳を沾す」であり、地方に在るとはいえ工部員外郎として御命を奉じているとはいえいたずらに「八月の楂」を身に随えてここから離れ得ずにいる。

畫省香爐違伏枕,山樓粉堞隱悲笳。 

そうしてかつては親しんだ画省と言われる門下省の香炉に違うて病の枕に伏しっつあるが、城楼のひめがきは今や暮色に隠れて悲しい胡笳がきこえている。

請看石上藤蘿月,已映洲前蘆荻花。 

こんなことを考えている間にあれを見てほしい、というのも、石上を照らす藤蘿のひまもる月がはやくも長江の洲のあたりの蘆荻の花に映ろい染めてきたのである。

 

(秋興 八首 の〔二〕)

夔府の孤城 落日 斜めなり、毎【つね】に北斗に依りて 京華を望む。

猿を聽いて 實に下す 三聲の涙、使を奉じて、虚しく隨ふ、八月の槎。

畫省の香爐、違ひて枕に伏し、山樓の粉蝶、悲笳に隱る。

請ふ、看よ、石上 藤蘿の月、已に映ず、洲前 蘆荻の花。

瞿塘峡・白帝城・魚復 

『秋興, 八首 之〔二〕』現代語訳と訳註解説
(
本文)

秋興,八首之二

夔府孤城落日斜,每依南斗望京華。【每依北斗望京華】。 

聽猿實下三聲淚,奉使虛隨八月 

畫省香爐違伏枕,山樓粉堞隱悲笳。 

請看石上藤蘿月,已映洲前蘆荻花。 


(下し文)
(秋興 八首 の〔二〕)

夔府の孤城 落日 斜めなり、毎【つね】に北斗に依りて 京華を望む。

猿を聽いて 實に下す 三聲の涙、使を奉じて、虚しく隨ふ、八月の槎。

畫省の香爐、違ひて枕に伏し、山樓の粉蝶、悲笳に隱る。

請ふ、看よ、石上 藤蘿の月、已に映ず、洲前 蘆荻の花。

(現代語訳)
(秋の感興をのべた詩である。この第二首は夔州の暮景とかねて異土の感をのべている。766年大暦元年55-114の作。

夔州の孤城に夕日が斜めに落ちてしまうと、いつものことで、自分は北斗星の方位によって長安、京華の方をながめるのである。

ここでは猿の声を聴いては、「水經注」にある古人の言うたとおり、まことに「三声に涙裳を沾す」であり、地方に在るとはいえ工部員外郎として御命を奉じているとはいえいたずらに「八月の楂」を身に随えてここから離れ得ずにいる。

そうしてかつては親しんだ画省と言われる門下省の香炉に違うて病の枕に伏しっつあるが、城楼のひめがきは今や暮色に隠れて悲しい胡笳がきこえている。

こんなことを考えている間にあれを見てほしい、というのも、石上を照らす藤蘿のひまもる月がはやくも長江の洲のあたりの蘆荻の花に映ろい染めてきたのである。

夔州東川卜居図詳細 002
(訳注)

秋興 八首 之〔二〕

(秋の感興をのべた詩である。この第二首は夔州の暮景とかねて異土の感をのべている。766年大暦元年55-114の作。

 

夔府孤城落日斜,每依南斗望京華。 

夔州の孤城に夕日が斜めに落ちてしまうと、いつものことで、自分は北斗星の方位によって長安、京華の方をながめるのである。

夔府孤城 夔州府の孤城。白帝山(城)は、西方向で比較的近く、地続きだから陸路でも行けるし、視界にも入る。杜甫が詠じる白帝城は、夔州城とは、つまり州の役所とは別物であった。そのことは杜甫自身が「白帝と夔州は各(おのおの)城を異にす」(《1527_夔州歌十絶句》其二)と述べていることから明らかである。とはいえ厳耕望氏によれば、夔州城は白帝城と連接していた。

夔州歌十句,十首之二

(夔州の歌 十句,十首の二)

白帝夔州各異城,蜀江楚峽混殊名。

白帝 夔州 各の城を異にす,蜀江 楚峽 殊名を混ず。

英雄割據非天意,霸主并吞在物情。

英雄 割據は天意に非らず,霸主の并吞するは物情に在り。

そしてそれは白帝城の北にあり、白帝城よりはずっと大きく、旧赤甲城の場所にあった。一方、白帝城には旧都督府の役所があったのではないかと思う。杜甫が夔州に滞在していたとき、夔州都督府は既に廃されていたが、白帝城は州より一つ上位の都督府的な役所(防禦使など)として、一部機能していたのではなかろうか。杜甫は白帝山の西閣に住んだことがあり、白帝城をひどく気に入って何度も詩に描いたが、夔州城にはあまり心惹かれていないようだ。

杜甫は、その音がまるで夜明けを促すようだと感じ、白帝城の兵士たちが月明かりをたよりに、夜通し護衛につとめている苦労にも思いを馳せている。

 翌日の十六夜の月夜には笛の音が聞こえてきて、杜甫の旅愁をいっそうかき立てている。2032_十六夜玩月》に言う、

十六夜玩月

 

舊挹金波爽,皆傳玉露秋。

舊より挹む 金波の爽かなるを,皆 傳う 玉露の秋と。

關山隨地闊,河漢近人流。

關山 地に隨って闊に,河漢 人に近づいて流る。

谷口樵歸唱,孤城笛起愁。

谷口に 樵(きこり)帰りて唱い、孤城に 笛起こりて愁う

巴童渾不寢,半夜有行舟。

巴童も渾て 寢ねず,半夜 行舟有り。

 

2033十七夜對月

十七夜對月

 

秋月仍圓夜,江村獨老身。

秋月 仍お 圓き夜,江村 獨り老ゆる身。

捲簾還照客,倚杖更隨人。

簾を捲けば 還た照客を,杖に倚れば 更に人に隨う。

光射潛虯動,明翻宿鳥頻。

光に射られて 潛虯動く,明なるに翻りて宿鳥頻りなり。

茅齋依橘柚,清切露華新。

茅齋 橘柚に依る,清切 露華 新たなり。

每依南斗 毎は毎時。そのつど、北斗は星の名、北方に懸かる、依とはそれを目あてとすることをいう。

望京華 京華は京兆、皇城近くの繁華の地、長安をいう。

 

聽猿實下三聲淚,奉使虛隨八月 

ここでは猿の声を聴いては、「水經注」にある古人の言うたとおり、まことに「三声に涙裳を沾す」であり地方に在るとはいえ工部員外郎として御命を奉じているとはいえいたずらに「八月の楂」を身に随えてここから離れ得ずにいる。

聽猿實下三聲淚 巫峽は猿の名所、猿の嘩き声を聞くこと三声に至ると人は皆涙を流す。「水經注」巻三十四、江水條「巴東三峽巫峽長,猿鳴三聲淚沾裳。」(巴東の三峡巫峡長し、猿鳴三声涙裳を沾す。

奉使虛隨八月 は槎である。仙人の乘るいかだ、又、堯の時、天を一周せしいかだ、は楂に同じ。*故事がある、張華の 「博物志」にいう、近世、人あり海上に居る、毎年八月瑳来たりて期を失わざるを見る、遂に糧をもたらし之に乗じて天河に到る、と。

晉·張華《博物志》卷十天河與海通。近世有人居海渚者,每年八月有浮槎去來,不失期,人有奇志,立飛閣于槎上,多齎糧、乘槎而去。十餘日中猶觀星月日辰,自後茫茫忽忽亦不覺盡夜。去十餘月,奄至一處,有城郭狀,屋舍甚嚴。遙望宮中有織婦,見一丈夫牽牛渚次飲之。牽牛人乃驚問曰:『何由至此?』此人為來意,并問此是何處,答云:『君還至蜀都,訪嚴君平,則知之。』竟不上岸,因還如期。後至蜀,問君平,君平曰:『某年某月,有客星犯牽牛宿。』計年月,正此人到天河時也。」

1940秋日夔府詠懐一百韻》詩「途中非阮籍,上似張騫。」(途中阮籍に非ず、査上張憲に似たり)と同様に作者自己の事をいったものであると思われる。奉使とは天子の使命を奉ずることで、地方に在るとはいえ工部員外郎として存在するのは奉使である。虚随の随の字は他動詞で自動詞ではない、を我が身に随えることをいう、「随とは《巻1726秋興,八首之一》の「菊叢兩開他日淚,孤舟一繫故園心。」(自分は去年雲安から奉節で見、今年奉節で二度目の一叢の菊花の開くのを見ているが、いま異郷の花として見る花もいずれは後日思い出のものとなって感傷の涙をながさせることだろう。自分はここまで乗ってきた一つの舟をもっぱら繋ぎとめているのだけれど、それは早晩機会があればそれにのってこの山峡を下り、故郷にかえる思いの心からしていることなのである。)

の意のごとくであり、楂を随えているとはいえこれに乗って長安に帰ることはできない、故に「虚しく随う」という。八月とは作詩の時が秋八月にして今春夔州に到ってより八か月であることをいったものである。かく見て上句の三声と対語し得て妥当である。ただしこの八月は、「博物志」の毎年八月に来る楂の意を取ったとすることでも正しい。

 

畫省香爐違伏枕,山樓粉堞隱悲笳。 

そうしてかつては親しんだ画省と言われる門下省の香炉に違うて病の枕に伏しっつあるが、城楼のひめがきは今や暮色に隠れて悲しい胡笳がきこえている。

畫省香爐違伏枕 「畫省香爐 違」「伏枕」の句法として見る。違うとは画省の香炉に違うことをいう。画省は門下省をいう、其の壁は丹青を以て画くのにより画省という、杜甫は758年左拾遺としてこの省にあった。香炉とは拾遺の宿直の時、女侍史がその衣服を薫らすために用いるものである。伏枕とは現在、疾病の身を以て枕に伏して臥すことをいう。

山樓粉堞隱悲笳 此の句も「山樓粉堞隱」「悲笳」の句法である。隠とは山横の粉喋が隠れること。日が暮れようとするためである。《0806野望》「遠水兼天淨,孤城隱霧深。」(それで遠方の川はやがて天とひとつになってすっきりして見え、この小さな孤城はだんだん霧が深く立ち込めてきて隠れてしまう。)とあるのと同様の句法である。山楼は夔州の城楼をいう、粉堞は胡粉をぬった城の“ひめがきをいう。胡笳は蘆葉を巻いて吹きならすもの。其の音が悲しいので悲笳という。

秦州抒情詩(20) 野望 杜甫 <305> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1382 杜甫詩 700- 425

 

請看石上藤蘿月,已映洲前蘆荻花。 

こんなことを考えている間にあれを見てほしい、というのも、石上を照らす藤蘿のひまもる月がはやくも長江の洲のあたりの蘆荻の花に映ろいそめてきたのである。

請看石上藤蘿月,已映洲前蘆荻花 これは暮景より直ちに夜景にうつってのべる、眼前に見る所であって、なんらの寓意をもっているものではない。