杜甫  詠懷古跡,五首之一

支離東北風塵際,漂泊西南天地間。三峽樓臺淹日月,五溪衣服共雲山。

羯胡事主終無賴,詞客哀時且未還。庾信平生最蕭瑟,暮年詩賦動江關。

「古跡に於ける詠懐」:第一首は庚信の人生古跡を借りての自分の過去と現在を詠懐するである。

自分は前には東北方面から始まった兵乱の塵に会い、親子兄弟がちりぢりばらばらの目にであい、零落して、現今は西南方面の天地の間に漂泊生活を送っている。ここの三峡での楼台でかなり長いあいだの月日を逗留しており、五色の衣服を好むような五渓あたりの蛮人と共同に雲山に住んでいるのである。その原因をかんがえてみると結局あの羯胡たる安禄山の無頼のものが君におつかえすること、たのもしからぬものがあったからであって、そのために文学に従事する自分が時世をかなしみながらいまに故郷へかえらず におるのである。そう考えると、むかし庚信は異郷へいって、ふだん人なみこえてさびしいおもいをして、その晩 年故郷をおもう詩賦を作りその哀れさが江南関中を感動せしめたのであるが、自分はまさにその庚信である。
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杜甫詩1500-985-1492/2500

年:766年大暦元年55-122

卷別:    卷二三○              文體:    七言律詩

詩題:    詠懷古跡,五首之一【案:若本作〈詠懷〉一章、〈古跡〉四首。】

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

 

 

詠懷古跡,五首之一

支離東北風塵際,漂泊西南天地間。

三峽樓臺淹日月,五溪衣服共雲山。

羯胡事主終無賴,詞客哀時且未還。

庾信平生最蕭瑟,暮年詩賦動江關。

 

(詠懷古跡,五首之一)

支離たり 東北風 塵の際、漂泊す 西南 天地の間。

三峡の楼台 日月しく、五渓の衣服 雲山を共にす。

羯胡 主に事うる終に無頼なり、詞客 時を哀しみて且つ未だ還らず。

庚信 平生 最も蕭瑟、暮年 詩賦 江関を動かす。

 

 

詠懷古跡,五首之一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

詠懷古跡,五首之一

支離東北風塵際,漂泊西南天地間。

三峽樓臺淹日月,五溪衣服共雲山。

羯胡事主終無賴,詞客哀時且未還。

庾信平生最蕭瑟,暮年詩賦動江關。

(下し文)
(
詠懷古跡,五首之一)

支離たり 東北風 塵の際、漂泊す 西南 天地の間。

三峡の楼台 日月淹しく、五渓の衣服 雲山を共にす。

羯胡 主に事うる終に無頼なり、詞客 時を哀しみて且つ未だ還らず。

庚信 平生 最も蕭瑟、暮年 詩賦 江関を動かす。

(現代語訳)
「古跡に於ける詠懐」:第一首は庚信の人生古跡を借りての自分の過去と現在を詠懐するである。

自分は前には東北方面から始まった兵乱の塵に会い、親子兄弟がちりぢりばらばらの目にであい、零落して、現今は西南方面の天地の間に漂泊生活を送っている。

ここの三峡での楼台でかなり長いあいだの月日を逗留しており、五色の衣服を好むような五渓あたりの蛮人と共同に雲山に住んでいるのである。

その原因をかんがえてみると結局あの羯胡たる安禄山の無頼のものが君におつかえすること、たのもしからぬものがあったからであって、そのために文学に従事する自分が時世をかなしみながらいまに故郷へかえらず におるのである。

そう考えると、むかし庚信は異郷へいって、ふだん人なみこえてさびしいおもいをして、その晩 年故郷をおもう詩賦を作り、その哀れさが江南関中を感動せしめたのであるが、自分はまさにその庚信である。


(訳注)

詠懐古跡五首(古跡に詠懐す 五首)

古跡において自己の懐う所を詠じた詩。五首ある。大暦元年夔州に在ったおり、各古跡をおとずれることなく予想し、見聞した知識を加えてて作ったもの。それに大暦三年峡を下り各処を経てのちに訂正したものを、後日類によって各一纏めにしたものである。全部を予想の作のみであれば、「古跡に関しての詠懐」とされるが、後日、確認して訂正しているものであり、 「古跡に於ける詠懐」というのを適当とする。

 

詠懷古跡,五首之一

「古跡に於ける詠懐」:第一首は庚信の人生古跡を借りての自分の過去と現在を詠懐するである。

○詠懐古跡 古跡において我が懐を詠ずるという意で。陶淵明の詩題に「懐古田舎」というものがある が、それは田舎において往古を懐うことをいっている。杜甫の詩題もまたこれと相い類する命名である。

庾信は梁の元帝の時江陵(すなわち荊州)にあった。庾信の「哀江南賦」は江陵に居住していたことをのべていう、「茅を宋玉の宅に誅し、径を臨江の府に穿つ」と。臨江は江陵をいう、宋玉の宅は江陵の城北三里にある。これによれば荊州に宋玉の宅があって庾信はここに居たのであり、杜甫の「舎弟観藍田に赴き、妻子を取り江陵に到ると、喜びて寄す」詩の第三首にも「庚信羅含倶に宅有り」の句がある。また「清一統志」にいう、荊州枝江県(江陵の上流にある)の東百里洲の庾台あり、庾子山の宅なりと相い伝う、と。これに拠れば荊州に庾信の遺跡があるのである。杜甫は、或は庾信の故宅を想像して書き、のち確認のため故宅を訪れたのである。

 

支離東北風塵際,漂泊西南天地間。

自分は前には東北方面から始まった兵乱の塵に会い、親子兄弟がちりぢりばらばらの目にであい、零落して、現今は西南方面の天地の間に漂泊生活を送っている。

○支離 語は「荘子内篇第四 人間世篇]その7に“支離疏”(せむしだから労役を免れ施し者をもらえて天寿を全うできる)にみえる、形体不全のさまである。思うに兄弟親族ら離散の状、流離(おちぶれる)の意。

○東北風塵 安禄山が代表とされ、東北の河北、幽州から、反乱を起こし、現在に至るも、不穏な状態にある地方である。河南・陝西・甘粛など東北から西北にかけてをさして大体において東北といっている詩的表現。作者は洛陽、長安、鳳翔、秦州、同谷、成都などにあったことをいう。風塵は兵乱のちりをいう。

ここでの東北は、羌村から蘆子関に逃げて、安史軍に捕縛されたことを言う。【安禄山の乱と杜甫】にくわしくのべた。

三川觀水漲二十韻 杜甫 130 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 127-#4

彭衙行 杜甫 132 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ - 132 -#1

○漂泊 ただよいあるく。同じ地点に2年以上いない。

○西南天地 蜀において東川・西川、三巴に往来し、そして、雲安、今また夔州に居る、これ西南の天地である。

 

三峽樓臺淹日月,五溪衣服共雲山。

ここの三峡での楼台でかなり長いあいだの月日を逗留しており、五色の衣服を好むような五渓あたりの蛮人と共同に雲山に住んでいるのである。

〇三峡楼台 長江本流にある三つの峡谷の総称。重慶市奉節県の白帝城から湖北省宜昌市の南津関までの193kmの間に、上流から瞿塘峡(くとうきょう、8km)、巫峡(ふきょう、45km)、西陵峡(せいりょうきょう、66km)がある。ただ、諸説あって或は瞿唐・巫山・黄牛をかぞえ、或は月峡・巴峡・巫峡をかぞえ、或は名月・巫山・広沢をかぞえる。ここでは瞿唐峡・巫映・帰峡(宜昌にある西陵峡)を以て三峡とする。三峡の楼台とは瞿唐峽の楼台をいい、杜甫のこの時の寓する夔州の西閣をさす。

○淹日月 湾は久しく留どまることをいう。

○五渓 湖南省辰州にある辰州五渓、『水経注』巻三十七「沅水」に「武陵に五渓有り、雄渓、樠渓、無渓、酉渓、辰渓と謂う」とある。雄渓、樠渓、無渓、酉渓、辰渓をいう。夔州よりはほとんど正南にあたる。「後漢書」(南蛮伝)にいう、武陵の五渓蛮は皆盤瓠の後なり、盤瓠は犬なり、高辛氏の少女を得て六男六女を生む、織続し皮を衣る、五色の衣服を好む、と。五渓の衣服とは五渓蛮で五色の衣服を好むものをいう。

○共雲山 雲のいる山を共々にしておる。蛮俗と雜処することをいう。

 

羯胡事主終無賴,詞客哀時且未還。

その原因をかんがえてみると結局あの羯胡たる安禄山の無頼のものが君におつかえすること、たのもしからぬものがあったからであって、そのために文学に従事する自分が時世をかなしみながらいまに故郷へかえらず におるのである。

羯胡 安禄山をいう。(杜甫が朝廷を辞したのは、賀蘭進明・第五琦らとの路線対立で、房琯一派としてはじき出されたためであるから、杜甫ら儒者は、安禄山より、賀蘭進明・第五琦らを憎んでいる。)

事主 主は天子、玄宗をさす。(実際は肅宗と対立した)

無頼 あてにならぬものをいう、或は汝滑なものをも無頼と称する、禄山は玄宗に叛いたゆえ主に事えることのあてにならぬものである。

詞客 文学の士をいう。自己をいう。

哀時 時世の事についてかなしむ。

且未還 まずまずいまだに故郷にかえらずにおる。

 

庾信平生最蕭瑟,暮年詩賦動江關。

そう考えると、むかし庚信は異郷へいって、ふだん人なみこえてさびしいおもいをして、その晩 年故郷をおもう詩賦を作り、その哀れさが江南関中を感動せしめたのであるが、自分はまさにその庚信である。

庚信 庚信をもって作者自ずからに此する。信、字は子山、梁の庚肩書の子で、徐桶の子の陵とともに文章が綺艶で、世に徐庚体とよばれる。梁の元帝が位に即くや右衛将軍に拝し、武康県侯に封ぜられた。西魂に使者として行っていたときたまたま西魂が滅んだため、遂に北周に仕えて長安に留どまった。官は司宗中大夫に至った。信は北周に在って位望通顕であったとはいえ常に郷関の思いがあり、嘗て「哀江南賦」を作って其の意を致した。それにはいう、「將軍一去,大樹飄零;壯士不還,寒風蕭瑟。」(将軍一たび去って、大樹零し、壮士還らず、寒風蕭瑟たり)と、又いう、「提挈老幼,關河累年。死生契闊,不可問天。」(老幼を提挈して、関河に年を累ぬ。死生契闊し,天に問うべからず。」と。また信の「傷心賦」にいう、「玉関に対して希旅なり、長河に坐して暮年なり」と。杜甫の詩意は賦語に本づいてそれを活用している。

蕭瑟 意中のさびしいことをいう。

暮年 晩年をいう。

詩賦 信がつくった詩または蹴。

動江関 江関とは江南・関中の二地をいう、動江関とは江関人士の心を感動させることをいう。

 

 

哀江南賦並序  作者:庾信                

 

  以戊辰之年,建亥之月,大盜移國,金陵瓦解。余乃竄身荒谷,公私塗炭。華陽奔命,有去無歸,中興道消,窮於甲戌。三日哭於都亭,三年囚於別館。天道周星,物極不反。傅燮之但悲身世,無所求生;袁安之每念王室,自然流涕。昔桓君山之志事,杜元凱之生平,竝有著書,咸能自序。潘岳之文彩,始述家風;陸機之詞賦,多陳世德。信年始二毛,即逢喪亂,藐是流離,至于暮齒。燕謌遠別,悲不自勝;楚老相逢,泣將何及。畏南山之雨,忽踐秦庭;讓東海之濱,遂飡周粟。下亭漂泊,橋羈旅,楚歌非取樂之方,魯酒無忘憂之用。追為此賦,聊以記言,不無危苦之辭,唯以悲哀為主。

 

  日暮途遠,人間何世。將軍一去,大樹飄零;壯士不還,寒風蕭瑟。荊璧睨柱,受連城而見欺;載書橫階,捧珠盤而不定。鍾儀君子,入就南冠之囚;季孫行人,留守西河之館。申包胥之頓地,碎之以首;蔡威公之淚盡,加之以血。釣臺移柳,非玉關之可望;華亭唳鶴,豈河橋之可聞。

 

  孫策以天下為三分,裁一旅;項羽用江東之子弟,人唯八千。遂乃分裂山河,宰割天下。豈有百萬義師,一朝卷甲,芟夷斬伐,如草木焉。江、淮無涯岸之阻,亭壁無藩籬之固。頭會箕斂者,合從締交;鉏耰棘矜者,因利乘便。將非江表王氣,應終三百年乎?是知并吞六合,不免軹道之災;混一車書,無救平陽之禍。嗚呼!山嶽崩,既履危亡之運;春秋迭代,必有去故之悲。天意人事,可以悽愴傷心者矣。況覆舟檝路窮,星漢非乘槎可上;風飈道阻,蓬萊無可到之期。窮者欲達其言,勞者須歌其事。陸士衡聞而撫掌,是所甘心;張平子見而陋之,固其宜矣。

 

  我之掌庾承周,以世功而為族;經邦佐漢,用論道而當官。稟嵩、華之玉石,潤河、洛之波瀾。居負洛而重世,邑臨河而晏安。逮永嘉之艱虞,始中原之乏主。民枕倚於墻壁,路交橫於豺虎。五馬之南奔,逢三星之東聚。彼凌江而建國,此播遷於吾祖。分南陽而賜田,裂東嶽而胙土。誅茅宋玉之宅,穿徑臨江之府。水木交運,山川崩竭。家有直道,人多全節。訓子見於純深,事君彰於義烈。新野有生祠之廟,河南有胡書之碣。況乃少微真人,天山逸民。階庭空谷,門巷蒲輪。移談講樹,就簡書筠。降生世德,載誕貞臣。文詞高於甲觀,模楷盛於漳濱。嗟有道而無鳳,歎非時而有麟。既姦回之贔匿,終不悅於仁人。

 

  王子洛濱之,蘭成射策之年,始含香於建禮,仍矯翼於崇賢。游洊雷之講肆,齒明離之冑筵。既傾蠡而酌海,遂側管以窺天。方塘水白,釣渚池圓。侍戎韜於武帳,聽雅曲於文絃。乃解懸而通籍,遂崇文而會武。居笠轂而掌兵,出蘭池而典午。論兵於江漢之君,拭圭於西河之主。

 

  于時朝野歡,池臺鐘鼓。里為冠蓋,門成鄒魯。連茂苑於海陵,跨橫塘於江浦。東門則鞭石成橋,南極則鑄銅為柱。樹則園植萬株,竹則家封千。西浮玉,南琛沒羽。吳歈越吟,荊豔楚舞。草木之藉春陽,魚龍之得風雨。五十年中,江表無事。王歙為和親之侯,班超為定遠之使。馬武無預於兵甲,馮唐不論於將帥。豈知山嶽闇然,江湖潛沸。漁陽有閭左戍卒,離石有將兵都尉。

 

  天子方刪詩書,定禮樂。設重雲之講,開士林之學。談劫燼之灰飛,辯常星之夜落。地平魚齒,城危獸角。臥刁斗於滎陽,絆龍媒於平樂。宰衡以干戈為兒戲,縉紳以清談為廟略。乘漬水而膠船,馭奔駒以朽索。小人則將及水火,君子則方成猨鶴。弊不能救鹽池之鹹,阿膠不能止黃河之濁。既而魴魚頳尾,四郊多壘。殿狎江鷗,宮鳴野雉。湛盧去國,艅皇失水。見被髮於伊川,知其時為戎矣。

 

  彼姦逆之熾盛,久遊魂而放命。大則有鯨有鯢,小則為梟為。負其牛羊之力,凶其水草之性。非玉燭之能調,豈璿璣之可正。天下之無為,尚有欲於羈縻。飲其琉璃之酒,賞其虎豹之皮。見胡桐於大夏,識鳥卵於條支。豺牙密厲,虺毒潛吹。輕九鼎而欲問,聞三川而遂窺。

 

  始則王子召戎,姦臣介冑。既官政而離,遂師言而洩漏。望廷尉之逋囚,反淮南之窮寇。飛狄泉之蒼鳥,起橫江之困獸。地則石鼓鳴山,天則金精動宿。北闕龍吟,東陵麟。爾乃桀黠構扇,憑陵畿甸。擁狼望於黃圖,填盧山於赤縣。青袍如草,白馬如練。天子履端廢朝,單于長圍高宴。兩觀當戟,千門受箭。白虹貫日,蒼鷹擊殿。競遭夏臺之禍,遂視堯城之變。官守無奔問之人,干戚非平戎之戰。陶侃則空裝米船,顧榮則虛搖羽扇。將軍死綏,路重圍。烽隨星落,書逐鳶飛。遂乃韓分趙裂,鼓臥旗折。失羣班馬,迷輪亂轍。猛士嬰城,謀臣卷舌。昆陽之戰象走林,常山之陣虵奔穴。五郡則兄弟相悲,三州則父子離別。

 

  護軍慷慨,忠能死節。三世為將,終於此滅。濟陽忠壯,身參末將。兄弟三人,義聲俱唱。主辱臣死,名存身喪。狄人歸元,三軍悽愴。尚書多算,守備是長。雲梯可拒,地道能防。有齊將之閉壁,無燕師之臥墻。大事去矣,人之云亡。申子奮發,勇氣咆勃。實總元戎,身先士卒。冑落魚門,兵填馬窟。屢犯通中,頻遭刮骨。功業夭枉,身名埋沒。或以隼翼鷃披,虎威狐假。霑漬鋒鏑,脂膏原野。兵弱虜彊,城孤氣寡。聞鶴唳而虛驚,聽胡笳而淚下。據神亭而亡戟,臨橫江而棄馬。崩於鉅鹿之沙,碎於長平之瓦。於是桂林顛覆,長洲麋鹿。潰潰沸騰,茫茫慘黷。天地離阻,人神怨酷。晉鄭靡依,魯衞不睦。競動天關,爭回地軸。探雀[]而未飽,待熊蹯而詎熟。乃有車側郭門,筋懸廟屋。鬼同曹社之謀,人有秦庭之哭。

 

  余乃假刻璽於關塞,稱使者之對。逢鄂坂之譏嫌,門之征。乘白馬而不前,策青騾而轉礙。吹落葉之扁舟,飄長颿於上游。彼鋸牙而勾爪,又巡江而習流。排青龍之戰艦,之船樓。張遼臨於赤壁,王濬下於巴丘。乍風驚而射火,或箭重而回舟。未辨聲於黃蓋,已先沈於杜侯。落帆黃鶴之浦,藏船鸚鵡之洲。路已分於湘漢,星猶看於斗牛。若乃陰陵失路,釣臺斜趣。望赤岸而霑衣,艤烏江而不度。雷池柵浦,鵲陵焚戍。旅舍無烟,巢禽失樹。謂荊、衡之杞梓,庶江、漢之可恃。淮海維揚,三千餘里。過漂渚而寄食,托蘆中而度水。屆于七澤,濱于十死。嗟天保之未定,見殷憂之方始。本不達於危行,又無情於祿仕。謬掌衞於中軍,濫尸丞於御史。

 

  信生世等於龍門,辭親同於河洛。奉立身之遺訓,受成書之顧託。昔三世而無慙,今七葉而始落。泣風雨於梁山,惟枯魚之銜索。入欹斜之小徑,掩蓬藋之荒扉。就汀洲之杜若,待蘆葦之單衣。

 

  于時西楚霸王,劍及繁陽。鏖兵金匱,校戰玉堂。蒼鷹赤雀,鐵舳牙檣。沈白馬而誓,負黃龍而度湘。海潮迎艦,江萍送王。戎車屯于石城,戈船掩乎淮、泗。諸侯則鄭伯前驅,盟主則荀罃暮至。剖巢燻穴,奔魑走魅。埋長狄於駒門,斬蚩尤於中冀。然腹為燈,飲頭為器。直虹貫壘,長星屬地。昔之虎據龍盤,加以黃旗紫氣,莫不隨狐兔而窟穴,與風塵而殄瘁。

 

  西瞻博望,北臨玄圃。月榭風臺,池平樹古。倚弓於玉女牕扉,繫馬於鳳凰樓柱。仁壽之鏡徒懸,茂陵之書空聚。若夫立德立言,謨明夤亮。聲超於繫表,道高於河上。既不遇於浮丘,遂無言於師曠。指愛子而託人,知西陵而誰望。非無北闕之兵,猶有雲臺之仗。司徒之表裏經綸,狐偃之惟王實勤。橫琱戈而對霸主,執金鼓而問賊臣。平之功,壯於杜元凱;王室是賴,深於溫太真。始則地名全節,終以山稱枉人。南陽校書,去之已遠。上蔡逐獵,知之何晚。鎮北之負譽矜前,風飈懍然。水神遭箭,山靈見鞭。是以蟄熊傷馬,浮蛟沒船。才子并命,俱非百年。

 

  中宗之夷凶靜亂,大雪冤恥。去代邸而承基,遷唐郊而纂祀。反舊章於司隸,歸餘風於正始。沉猜則方逞其欲,藏疾則自矜於己。天下之事沒焉,諸侯之心搖矣。既而齊交北,秦患西起。況背關而懷楚,異端委而開。驅綠林之散卒,拒驪山之叛徒。營軍梁,蒐乘巴渝。問諸淫昏之鬼,求諸厭劾之巫。荊門遭廩延之戮,夏首濫逵泉之誅。蔑因親於教愛,忍和樂於彎弧。慨無謀於肉食,非所望於論都。未深思於五難,先自擅於二端。登陽城而避險,臥底柱而求安。既言多於忌刻,實志勇於刑殘。但坐觀於時變,本無情於急難。地為黑子,城猶彈丸。其怨則黷,其盟則寒。豈冤禽之能塞海,非愚叟之可移山。況以氣朝浮,妖精夜殞。赤鳥則三朝夾日,蒼雲則七重圍軫。既窮,入郢之年斯盡。

 

  周含鄭怒,楚結秦冤。有南風之不競,西鄰之責言。俄而梯衝亂舞,冀馬雲屯。棧秦車於暢轂,沓漢鼓於雷門。下陳倉而連弩,度臨晉而橫船。雖復楚有七澤,人稱三。箭不麗於六麋,雷無驚於九虎。辭洞庭兮落木,去涔陽兮極浦。熾火兮焚旗,貞風兮害蠱。乃使玉軸揚灰,龍文斫柱。下江餘城,長林故營。徒思箝馬之秣,未見燒牛之兵。章曼支以轂走,宮之奇以族行。河無冰而馬度,關未曉而雞鳴。忠臣解骨,君子吞聲。章華望祭之所,雲夢偽遊之地。荒谷縊於莫敖,冶父囚乎羣帥。硎摺拉,鷹鸇批。冤霜夏零,憤泉秋沸。城崩杞婦之哭,竹染湘妃之淚。

 

  水毒秦涇,山高趙陘。十里五里,長亭短亭。饑隨蟄,闇逐流螢。秦中水黑,關上泥青。于時瓦解冰泮,風飛電散。渾然千里,淄、澠一亂。雪暗如沙,冰橫似岸。逢赴洛之陸機,見離家之王粲。莫不聞隴水而掩泣,向關山而長歎。況復君在交河,妾在清波。石望夫而逾遠,山望子而逾多。才人之憶代郡,公主之去清河。栩陽亭有離別之賦,臨江王有愁思之歌。別有飄颻武威,羈旅金微。班超生而望反,溫序死而思歸。李陵之雙鳬永去,蘇武之一鴈空飛。

 

  昔江陵之中否,乃金陵之禍始。雖借人之外力,實蕭墻之起。撥亂之主忽焉,中興之宗不祀。伯兮叔兮,同見戮於猶子。荊山鵲飛而玉碎,隨岸虵生而珠死。鬼火亂於平林,殤魂驚於新市。梁故豐徙,楚實秦亡。不有所廢,其何以昌。有之後,遂育于姜。輸我神器,居為讓王。天地之大德曰生,聖人之大寶曰位。用無賴之子孫,舉江東而全棄。惜天下之一家,遭東南之反氣。以鶉首而賜秦,天何為而此醉!

 

  且夫天道回旋,民生預焉。余烈祖於西晉,始流播於東川。洎余身而七葉,又遭時而北遷。提挈老幼,關河累年。死生契闊,不可問天。況復零落將盡,靈光巍然。日窮于紀,將復始。逼切危慮,端憂暮齒。踐長樂之神,望宣平之貴里。渭水貫於天門,驪山回於地市。幕府大將軍之愛客,丞相平津侯之待士。見鐘鼎於金、張,聞絃謌於許、史。豈知灞陵夜獵,猶是故時將軍;咸陽布衣,非獨思歸王子。