杜甫  諸將,五首之四   

迴首扶桑銅柱標,冥冥氛祲未全銷。越裳翡翠無消息,南海明珠久寂寥。

殊錫曾為大司馬,總戎皆插侍中貂。炎風朔雪天王地,只在忠臣翊聖朝。

(外征や衛戍の指揮統率をする者たち、諸将軍や節度使たち、辺疆防衛のためにおかれた軍団の長たちについて、第四首は、南方の遠地もまた朝貢を欠くことをいい、朝廷の指導力、武臣が忠誠を尽くさんことをのぞんでいる。)

首をふりむけば、南方の扶桑、後漢の馬猨が国境線を明確に示すものとして建てた銅柱のめじるしのある方面をながめるのに、そちらも悪気がくらくとざして全くはきえうせぬ。越裳国からの翡翠のみつぎものどころか、ほとんど消息がなく、南海の真珠の貢ものもながらくおとさたなしである。ところで武人はとみると、かつては、特別のおぼしめしで大司馬になったものもあるし、総大将で侍中のような罪のかざりを冠にはさんでいるものは全部がそれだ。朔雪の地はもとよりのことだが、炎風の地もやはり同じく吾が天子の領土であり、それを放置せず、その地をして朝貢させるようにすべきであるが、その要務はどこにあるといえばただ忠良の臣たるものが聖明の朝廷をおたすけしてゆくことに在るのである。

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杜甫詩1500-993-1500/2500

年:766年大暦元年55-130

卷別:  卷二三○        文體:  七言律詩

詩題:  諸將,五首之四

作地點:        夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

及地點:        越裳 (嶺南道西部 驩州 越裳)      

南海 (嶺南道東部 廣州 南海)     

 

 

諸將,五首之四

(外征や衛戍の指揮統率をする者たち、諸将軍や節度使たち、辺疆防衛のためにおかれた軍団の長たちについて、第四首は、南方の遠地もまた朝貢を欠くことをいい、朝廷の指導力、武臣が忠誠を尽くさんことをのぞんでいる。)

迴首扶桑銅柱標,冥冥氛祲未全銷。

首をふりむけば、南方の扶桑、後漢の馬猨が国境線を明確に示すものとして建てた銅柱のめじるしのある方面をながめるのに、そちらも悪気がくらくとざして全くはきえうせぬ。

越裳翡翠無消息,南海明珠久寂寥。

越裳国からの翡翠のみつぎものどころか、ほとんど消息がなく、南海の真珠の貢ものもながらくおとさたなしである。

殊錫曾為大司馬,總戎皆插侍中貂。

ところで武人はとみると、かつては、特別のおぼしめしで大司馬になったものもあるし、総大将で侍中のような罪のかざりを冠にはさんでいるものは全部がそれだ。

炎風朔雪天王地,只在忠臣翊聖朝。

朔雪の地はもとよりのことだが、炎風の地もやはり同じく吾が天子の領土であり、それを放置せず、その地をして朝貢させるようにすべきであるが、その要務はどこにあるといえばただ忠良の臣たるものが聖明の朝廷をおたすけしてゆくことに在るのである。

(諸將,五首の四)

首を廻らす扶桑銅柱の標、冥冥たる氛祲未だ全く銷せず

越裳の翡翠消息無く、南海の明珠久しく寂蓼。

殊錫曾て大司馬と為る、総戎皆插む侍中の貂。

炎風も朔雪も天王の地、只だ忠良の聖朝を翊たすくるに在り。

 

諸將,五首之四』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

諸將,五首之四

迴首扶桑銅柱標,冥冥氛祲未全銷。

越裳翡翠無消息,南海明珠久寂寥。

殊錫曾為大司馬,總戎皆插侍中貂。

炎風朔雪天王地,只在忠臣翊聖朝。
詩文(含異文)  迴首扶桑銅柱標,冥冥氛祲未全銷【冥冥氛祲不全銷】。越裳翡翠無消息,南海明珠久寂寥。殊錫曾為大司馬,總戎皆插侍中貂。炎風朔雪天王地,只在忠臣翊聖朝【只在忠良翊聖朝】。


(下し文)
(諸將,五首の四)

首を廻らす扶桑銅柱の標、冥冥たる氛祲未だ全く銷せず

越裳の翡翠消息無く、南海の明珠久しく寂蓼。

殊錫曾て大司馬と為る、総戎皆插む侍中の貂。

炎風も朔雪も天王の地、只だ忠良の聖朝を翊たすくるに在り。

(現代語訳)
(外征や衛戍の指揮統率をする者たち、諸将軍や節度使たち、辺疆防衛のためにおかれた軍団の長たちについて、第四首は、南方の遠地もまた朝貢を欠くことをいい、朝廷の指導力、武臣が忠誠を尽くさんことをのぞんでいる。)

首をふりむけば、南方の扶桑、後漢の馬猨が国境線を明確に示すものとして建てた銅柱のめじるしのある方面をながめるのに、そちらも悪気がくらくとざして全くはきえうせぬ。

越裳国からの翡翠のみつぎものどころか、ほとんど消息がなく、南海の真珠の貢ものもながらくおとさたなしである。

ところで武人はとみると、かつては、特別のおぼしめしで大司馬になったものもあるし、総大将で侍中のような罪のかざりを冠にはさんでいるものは全部がそれだ。

朔雪の地はもとよりのことだが、炎風の地もやはり同じく吾が天子の領土であり、それを放置せず、その地をして朝貢させるようにすべきであるが、その要務はどこにあるといえばただ忠良の臣たるものが聖明の朝廷をおたすけしてゆくことに在るのである。


(訳注)

諸將,五首之四

(外征や衛戍の指揮統率をする者たち、諸将軍や節度使たち、辺疆防衛のためにおかれた軍団の長たちについて、第四首は、南方の遠地もまた朝貢を欠くことをいい、朝廷の指導力、武臣が忠誠を尽くさんことをのぞんでいる。)

○諸将 将軍らをいう。詩中に或はその人を明言し或は明言しない。

南方の遠地もまた朝貢を欠くことをいい、武臣が忠誠を尽くさんことをのぞんでいる。製作年時は明らかでない。

 

迴首扶桑銅柱標,冥冥氛祲未全銷。

首をふりむけば、南方の扶桑、後漢の馬猨が国境線を明確に示すものとして建てた銅柱のめじるしのある方面をながめるのに、そちらも悪気がくらくとざして全くはきえうせぬ。

廻首 内地の事からはなれて遠方のことをいおうとしてかくいった。

扶桑 元来東海にある国のことであるが借りて南海をさす。

銅柱標 「扶桑」後漢の馬猨が国境線を明確に示すものとして建てたもの。扶桑は廣東地方の海をいい、銅柱は元來に交趾の事であり、今一つとして用いているのは、南方に銅柱残るとは唐の権力がその地に行き渡っていることをいうものである。『南史』「馬援所植兩銅柱,表漢界處也」(林邑国南界、馬援植つる所の両銅柱は、漢界を表する処なり。)とある、銅標は国界を表す目印、後漢の馬援がたてたもの、借りて越裳をさす。

氛祲 不吉の悪気。

 

越裳翡翠無消息,南海明珠久寂寥。

越裳国からの翡翠のみつぎものどころか、ほとんど消息がなく、南海の真珠の貢ものもながらくおとさたなしである。

越裳 古代の国名、今の交祉地方、此の句は起句の「銅柱」を承ける。

翠 かわせみ。

南海 広東地方をさす。此の句は「扶桑」を承ける。南海は廣東地方の海をいい、銅柱は元來に交趾の事であり、今一つとして用いているのは、南方に銅柱残るとは唐の権力がその地に行き渡っていることをいうものである。

明珠 明月珠、真珠のこと。

 

殊錫曾為大司馬,總戎皆插侍中貂。

ところで武人はとみると、かつては、特別のおぼしめしで大司馬になったものもあるし、総大将で侍中のような罪のかざりを冠にはさんでいるものは全部がそれだ。

殊錫 天子の特別の寵愛によってたまわる。

大司馬 漢の武帝の置いた武官の最上の官の名。唐でいうならば副元帥・都統・節度使・都督府・都護府の長官などで征伐の権を専らにするものがこれに相当しょう、事実何人をさすかは明らかでない。

總戎 これも軍務の長である。杜詩では節度使に対してしばしば総戎の語を用いている。

杜甫詩 「總戎」 について

卷一三37 將赴成都草堂途中有作先寄嚴鄭公五首  其五

總戎雲鳥陣,不妨遊子芰荷衣。

卷一三45 奉寄高常侍

汶上相逢年頗多,飛騰無那故人何。總戎楚蜀應全未,方駕曹劉不啻過。

卷一四77 遣憤 

聞道花門將,論功未盡歸。自從收帝里,誰復總戎機?

卷一五50  雨二首其二

南防草鎮慘,霑濕赴遠役。群盜下辟山,總戎備強敵。水深雲光廓,鳴艣各有適

卷一六04  諸將五首 其四

殊錫曾為大司馬,總戎皆插侍中貂。

卷一六14  夔府書懷四十韻 

恆山猶突騎,遼海競張旗。田父嗟膠漆,行人避蒺藜。總戎存大體,降將飾卑

插侍中貂 貂はてんのしっぼ、拝は冠にそれをさしはさむこと。侍中は天子の命令を出納し、礼儀を相けることを掌る官である、唐では侍中・左右常侍・中書令は冠に金曜をつけ解をはさんだ。此の句は節度使で宰相の肩書を帯びるものをさすもののごとくである。

 

炎風朔雪天王地,只在忠臣翊聖朝。

朔雪の地はもとよりのことだが、炎風の地もやはり同じく吾が天子の領土であり、それを放置せず、その地をして朝貢させるようにすべきであるが、その要務はどこにあるといえばただ忠良の臣たるものが聖明の朝廷をおたすけしてゆくことに在るのである。

炎風 熱風の吹く地、すなわち南海の地方をいう。

朔雪 北方の雪のふる地、すなわち中国北部をいう、前欝の槍海・前門などは朔雪の地である。

天王地 天子の領地。

只在 在の字の主語はない、義も肝要の務めは」というような語をおいてみるがよい。

忠臣 或は忠良に作る、良に従う。忠良は忠誠善良の臣。