杜甫  諸將,五首之五

錦江春色逐人來,巫峽清秋萬壑哀。正憶往時嚴僕射,共迎中使望臺。

主恩前後三持節,軍令分明數舉杯。西蜀地形天下險,安危須仗出群材。

(この第五首は現在の諸将は、厳武のように、敵から怖がられる気概を持って当たらなければいけない、とのべる。「巫峡清秋」の語により大暦元年秋の作であることを知ることができる。

素晴らしい錦江の春げしきの興が、ずっと自分を逐いかけてくるのであるが、いま巫峡は清らかな秋で万の壑も哀しげであるのも興である。そうなると、自分は今ちょうどそのときも、清らかな秋であったが、厳武僕射と望郷台で宮中からのお使いをお迎えしたことを、思い出さずにはおれない。厳武は天子の恩厚きによって、前後三回も節度使を持して蜀へやってき、彼が在任中は軍令も分明で部下がよくおさまり、たびたびじぶんと杯をあげて酒を飲んだのであるところが彼去ると蜀はどうだ。そのたびに騒乱がおこり、その絶え間が無いではないか。西方蜀地の地形は天下の険要なところであり、この地の安危を保つには彼のような敵に一目置かせるほど、抜群の人物によらねばならぬのである。

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杜甫詩1500-994-1501/2500

年:-766年大暦元年55-131

卷別:  卷二三○        文體:  七言律詩

詩題:  諸將,五首之五

作地點:        夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

及地點:        錦江 (劍南道北部 益州 成都)      

(劍南道北部 益州 成都)   

交遊人物/地點:嚴武     詩文提及

 

 

諸將,五首之五

(この第五首は現在の諸将は、厳武のように、敵から怖がられる気概を持って当たらなければいけない、とのべる。「巫峡清秋」の語により大暦元年秋の作であることを知ることができる。

錦江春色逐人來,巫峽清秋萬壑哀。

素晴らしい錦江の春げしきの興が、ずっと自分を逐いかけてくるのであるが、いま巫峡は清らかな秋で万の壑も哀しげであるのも興である。

正憶往時嚴僕射,共迎中使望臺。

そうなると、自分は今ちょうどそのときも、清らかな秋であったが、厳武僕射と望郷台で宮中からのお使いをお迎えしたことを、思い出さずにはおれない。

主恩前後三持節,軍令分明數舉杯。

厳武は天子の恩厚きによって、前後三回も節度使を持して蜀へやってき、彼が在任中は軍令も分明で部下がよくおさまり、たびたびじぶんと杯をあげて酒を飲んだのである

西蜀地形天下險,安危須仗出群材。

ところが彼去ると蜀はどうだ。そのたびに騒乱がおこり、その絶え間が無いではないか。西方蜀地の地形は天下の険要なところであり、この地の安危を保つには彼のような敵に一目置かせるほど、抜群の人物によらねばならぬのである。

錦江の春色人を逐うて来たる、巫峽の清秋万壑哀し。

正に憶う 往時の厳僕射、共に中使を迎う 望郷台。

主恩 前後三たび節を持す、軍令 分明 数しば杯を挙げき。

西蜀の地形は天下の険なり、安危 須らく仗るべし 出群の材。

 

蜀中転々圖 

諸將,五首之五』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

諸將,五首之五

錦江春色逐人來,巫峽清秋萬壑哀。

正憶往時嚴僕射,共迎中使望臺。

主恩前後三持節,軍令分明數舉杯。

西蜀地形天下險,安危須仗出群材。
詩文(含異文)

錦江春色逐人來,巫峽清秋萬壑哀。正憶往時嚴僕射,共迎中使望臺。主恩前後三持節【案:嚴武一鎮東川,兩鎮劍南。】,軍令分明數舉杯。西蜀地形天下險,安危須仗出群材。


(下し文)
(諸將,五首の五)

錦江の春色人を逐うて来たる、巫峽の清秋万壑哀し。

正に憶う 往時の厳僕射、共に中使を迎う 望郷台。

主恩 前後三たび節を持す、軍令 分明 数しば杯を挙げき。

西蜀の地形は天下の険なり、安危 須らく仗るべし 出群の材。

(現代語訳)
(この第五首は現在の諸将は、厳武のように、敵から怖がられる気概を持って当たらなければいけない、とのべる。「巫峡清秋」の語により大暦元年秋の作であることを知ることができる。

素晴らしい錦江の春げしきの興が、ずっと自分を逐いかけてくるのであるが、いま巫峡は清らかな秋で万の壑も哀しげであるのも興である。

そうなると、自分は今ちょうどそのときも、清らかな秋であったが、厳武僕射と望郷台で宮中からのお使いをお迎えしたことを、思い出さずにはおれない。

厳武は天子の恩厚きによって、前後三回も節度使を持して蜀へやってき、彼が在任中は軍令も分明で部下がよくおさまり、たびたびじぶんと杯をあげて酒を飲んだのである

ところが彼去ると蜀はどうだ。そのたびに騒乱がおこり、その絶え間が無いではないか。西方蜀地の地形は天下の険要なところであり、この地の安危を保つには彼のような敵に一目置かせるほど、抜群の人物によらねばならぬのである。


(訳注)

諸將,五首之五

この第五首は現在の諸将は、厳武のように、敵から怖がられる気概を持って当たらなければいけない、とのべる。「巫峡清秋」の語により大暦元年秋の作であることを知ることができる。

諸将 将軍らをいう。詩中に或はその人を明言し或は明言しない。

将軍らの事について感をのべる。事は詩中に見える。広徳元年から大暦元年秋の作で諸将として大暦元年秋に集約。

この五首は一時の作ではない。そのことについては各首のもとにのべよう。

 

 

錦江春色逐人來,巫峽清秋萬壑哀。

素晴らしい錦江の春げしきの興が、ずっと自分を逐いかけてくるのであるが、いま巫峡は清らかな秋で万の壑も哀しげであるのも興である。

錦江、成都の錦江、浣花渓のある濯錦江をいう。

逐人来 人とは自己をさす。

巫峡 夔州のことをいうものであるが、三峡の真ん中に位置する巫峽は近くにあるのでこれをあげていう。

 

正憶往時嚴僕射,共迎中使望臺。

そうなると、自分は今ちょうどそのときも、清らかな秋であったが、厳武僕射と望郷台で宮中からのお使いをお迎えしたことを、思い出さずにはおれない。

厳僕射 厳武をいう。僕射:1 中国の官名。左右各1名が置かれる。秦代に始まり、唐・宋時代は宰相の任にあたった。2 左大臣・右大臣の唐名。

中使 宮中よりのおっかい。

望郷台 成都の北にある。嚴武が、762都に召喚される見送りに梓州まで同行する際のこと。奉送嚴公入朝十韻 蜀中転々 杜甫 <534-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2870 杜甫詩1000-534-#2-768/1500

 

主恩前後三持節,軍令分明數舉杯。

厳武は天子の恩厚きによって、前後三回も節度使を持して蜀へやってき、彼が在任中は軍令も分明で部下がよくおさまり、たびたびじぶんと杯をあげて酒を飲んだのである

主恩 天子の御恩により。

三持節 厳武は、一度目は、76112月東川節度使として、段子章の叛を鎮める。二度目は、762玄宗によって成都尹・西川節度使になり、都に召喚されると、徐知道が謀叛、三度目は764年剣南節度使として蜀に来任し、侵寇していた吐蕃をやぶる、節は天子より武権をおゆだねになるしるしとして賜わった。

軍命 軍の命令。

 

西蜀地形天下險,安危須仗出群材。

ところが彼去ると蜀はどうだ。そのたびに騒乱がおこり、その絶え間が無いではないか。西方蜀地の地形は天下の険要なところであり、この地の安危を保つには彼のような敵に一目置かせるほど、抜群の人物によらねばならぬのである。

西蜀 西方蜀地の意。

出群材 凡庸の群衆からぬけでた人物、嚴武をさす。吐蕃は嚴武を怖がっていた。

杜甫草堂 四絶句夔州東川卜居図詳細 002 

 

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遭田父泥飲美嚴中丞 五言古詩 成都6-(10-#4) 杜甫 <475-#4  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2500 杜甫詩1000-475-#4-694/1500

相逢歌贈嚴二別駕 楽府(七言歌行) 成都6-(23) 杜甫 <485  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2565 杜甫詩1000-485-707/1500

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765年永泰元年54-30 《哭嚴僕射歸櫬》 杜甫index-15 杜甫<830 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4885 杜甫詩1500-830-1148/2500

765年永泰元年54-32 《渝州候嚴六侍御不到先下峽》 杜甫index-15 杜甫<832 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4895 杜甫詩1500-832-1150/2500

765年永泰元年54-33 《撥悶【贈嚴二別駕】》 杜甫index-15 杜甫<833 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4900 杜甫詩1500-833-1151/2500

766年大暦元年55-6 《水閣朝霽奉簡嚴雲安【雲安嚴明府】》 杜甫index-15 杜甫<869 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5165

766年大暦元年55-42-#1奉節-33-#1 《巻16-05 八哀詩八首〔三〕贈左僕射鄭國公嚴公武 八分割-#1 杜甫index-15 杜甫<905-1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5640

766年大暦元年55-42-#2奉節-33-#2 《巻16-05 八哀詩八首〔三〕贈左僕射鄭國公嚴公武 八分割-#2 杜甫index-15 杜甫<905-2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5645

766年大暦元年55-42-#3奉節-33-#3 《巻16-05 八哀詩八首〔三〕贈左僕射鄭國公嚴公武 八分割-#3 杜甫index-15 杜甫<905-3 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5650

766年大暦元年55-42-#4奉節-33-#4 《巻16-05 八哀詩八首〔三〕贈左僕射鄭國公嚴公武 八分割-#4 杜甫index-15 杜甫<905-4 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5655

766年大暦元年55-42-#5奉節-33-#5 《巻16-05 八哀詩八首〔三〕贈左僕射鄭國公嚴公武 八分割-#5 杜甫index-15 杜甫<905-5 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5660

766年大暦元年55-42-#6奉節-33-#6 《巻16-05 八哀詩八首〔三〕贈左僕射鄭國公嚴公武 八分割-#6 杜甫index-15 杜甫<905-6 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5665

766年大暦元年55-42-#7奉節-33-#7 《巻16-05 八哀詩八首〔三〕贈左僕射鄭國公嚴公武 八分割-#7 杜甫index-15 杜甫<905-7 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5670

766年大暦元年55-42-#8奉節-33-#8 《巻16-05 八哀詩八首〔三〕贈左僕射鄭國公嚴公武 八分割-#8 杜甫index-15 杜甫<905-8 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ5675

766年-77杜甫 《1714西閣三度期大昌嚴明府,同宿不到》 杜甫詩index-15-766年大暦元年55-77 <940 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ6335

 

《寄題杜二錦江野亭》 厳武  蜀中転々 <528(附)  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2840 杜甫詩1000-528(附)-762/1500

酬別杜二  厳武 蜀中転々 杜甫 <534(附-#1)>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2880 杜甫詩1000-534(附-#1)-770/1500

酬別杜二 厳武  蜀中転々 杜甫 <534(附-#2)>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2880 杜甫詩1000-534(附-#2)-770/1500

《軍城早秋》 厳武 764年 <0 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4555 杜甫詩1500-0-1082/2500

 

1            漢朝陵墓對南山,胡虜千秋尚入關。昨日玉魚蒙葬地,

              早時金碗出人間。見愁汗馬西戎逼,曾閃朱旗北斗殷。

              多少材官守涇渭,將軍且莫破愁顏。

2            韓公本意築三城,擬天驕拔漢旌。豈謂盡煩回紇馬,

              翻然遠救朔方兵。胡來不覺潼關隘,龍起猶聞晉水清。

              獨使至尊憂社稷,諸君何以答升平。

3            洛陽宮殿化為烽,休道秦關百二重。滄海未全歸禹貢,

              薊門何處盡堯封。朝廷袞職雖多預,天下軍儲不自供。

              稍喜臨邊王相國,肯銷金甲事春農。

4            回首扶桑銅柱標,冥冥氛祲未全銷。越裳翡翠無消息,

              南海明珠久寂寥。殊錫曾為大司馬,總戎皆插侍中貂。

              炎風朔雪天王地,只在忠臣翊聖朝。

5            錦江春色逐人來,巫峽清秋萬壑哀。正憶往時嚴僕射,

              共迎中使望台。主恩前後三持節,軍令分明數舉杯。

              西蜀地形天下險,安危須仗出群材。