杜甫  覆舟,二首之二  

竹宮時望拜,桂館或求仙。奼女臨波日,神光照夜年。

徒聞斬蛟劍,無復爨犀船。使者隨秋色,迢迢獨上天。

(天子が仙にあこがれ、求めることをそしるもの)

今、天子は漢の武帝のように、竹宮において時として神を望み拝せられたし、また、桂館において或いは仙を求められるのである。それは、あちらで、神光が照らす年の間中であり、即ち、こちらで、奼女の水銀の波を臨んだ日であるように年中一日のごとく求められているのである。もっぱら聞くことは、剣で蛟を切ったという昔話ばかりであり、そうかと思うと、さいの角を燃やして水怪を照らした船も今はないというのに不老長寿を求めているのである。

だからせっかく不老薬、貢物を宰領する使者も秋景色とともに、ただ一人、遥かなる天へのぼりゆきてしまった

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覆舟,二首之一

覆舟,二首の一(巫峽を下る船が転覆した時の様子を詠う。)

巫峽盤渦曉,黔陽貢物秋。 

ここ巫峽を下る水は、急流で渦を巻いている、ある暁のことである。それは、黔陽から都の方へ貢物を持ってゆく秋のことであった。

丹砂同隕石,翠羽共沈舟。 

その船が転覆したのだ、船に載せていた、丹砂は隕石が地上に落ちて浮くように、水底に落ちていったし、翡翠の羽は、沈没船とともに沈んでいった。

羈使空斜影,龍居閟積流。 

旅の道程の中途にある鉱物宰領の役人はその影が斜めになったと思ったら消えてしまった、だから、龍宮は積流の奥に閉じ込められてしまったのである。

篙工幸不溺,俄頃逐輕鷗。 

竿を使っていた船頭は、幸いにもおぼれずに済んだ、彼は水に落ちてもにわかに水上に浮いてカモメを追い立てて泳ぎだしたのである。覆っても、水は民衆であり、扇動を助けたのである。

(覆舟,二首の一)

巫峽 盤渦の曉,黔陽 貢物の秋。 

丹砂 隕石に同じ,翠羽 沈舟と共にす。 

羈使 斜影空しく,龍居 積流に閟ず。 

篙工 幸に溺れず,俄頃 輕鷗を逐う。 

 杜甫詩1500-1006-1504/2500

年:766年大暦元年55-134

卷別:    卷二三○              文體:    五言律詩

詩題:    覆舟,二首之二

作地點:              夔州(山南東道 / 夔州 / 夔州)

及地點:              桂館 (京畿道 京兆府 長安)              

 

 

覆舟,二首之二

(天子が仙にあこがれ、求めることをそしるもの)

竹宮時望拜,桂館或求仙。

今、天子は漢の武帝のように、竹宮において時として神を望み拝せられたし、また、桂館において或いは仙を求められるのである。

奼女臨波日,神光照夜年。

それは、あちらで、神光が照らす年の間中であり、即ち、こちらで、奼女の水銀の波を臨んだ日であるように年中一日のごとく求められているのである。

徒聞斬蛟劍,無復爨犀船。

もっぱら聞くことは、剣で蛟を切ったという昔話ばかりであり、そうかと思うと、さいの角を燃やして水怪を照らした船も今はないというのに不老長寿を求めているのである。

使者隨秋色,迢迢獨上天。

だからせっかく不老薬、貢物を宰領する使者も秋景色とともに、ただ一人、遥かなる天へのぼりゆきてしまった

(覆舟,二首の二)

竹宮 時に望拜し,桂館 或は仙を求む。

奼女 臨波の日,神光 照夜の年。

徒らに聞く 斬蛟の劍,復た 爨犀の船無し。

使者 秋色に隨い,迢迢 獨り天に上る。

 

『覆舟,二首之二』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

覆舟,二首之二

竹宮時望拜,桂館或求仙。

奼女臨波日,神光照夜年。

徒聞斬蛟劍,無復爨犀船。

使者隨秋色,迢迢獨上天。

(下し文)
(覆舟,二首の二)

竹宮 時に望拜し,桂館 或は仙を求む。

奼女 臨波の日,神光 照夜の年。

徒らに聞く 斬蛟の劍,復た 爨犀の船無し。

使者 秋色に隨い,迢迢 獨り天に上る。

(現代語訳)
(天子が仙にあこがれ、求めることをそしるもの)

今、天子は漢の武帝のように、竹宮において時として神を望み拝せられたし、また、桂館において或いは仙を求められるのである。

それは、あちらで、神光が照らす年の間中であり、即ち、こちらで、奼女の水銀の波を臨んだ日であるように年中一日のごとく求められているのである。

もっぱら聞くことは、剣で蛟を切ったという昔話ばかりであり、そうかと思うと、さいの角を燃やして水怪を照らした船も今はないというのに不老長寿を求めているのである。

だからせっかく不老薬、貢物を宰領する使者も秋景色とともに、ただ一人、遥かなる天へのぼりゆきてしまった


(訳注)

覆舟,二首之二

(天子が仙にあこがれ、求めることをそしるもの)

 

竹宮時望拜,桂館或求仙。

今、天子は漢の武帝のように、竹宮において時として神を望み拝せられたし、また、桂館において或いは仙を求められるのである。

竹宮 竹林のある宮殿で、漢武帝が神光を望拜した宮であって、祠壇より三里離れたところにあったという。

望拜 離れたところから拝礼すること。

桂館 桂樹を植えてある館をいう。漢武帝が神仙を待つために植えたもの。

求仙 仙境にて暮らし、仙術をあやつり、不老不死を得た人を指すのが道教のおける仙人であるが、天子は宮殿にいて仙術をあやつり、不老不死を得たいのである。

 

奼女臨波日,神光夜照夜年。

それは、あちらで、神光が照らす年の間中であり、即ち、こちらで、奼女の水銀の波を臨んだ日であるように年中一日のごとく求められているのである。

奼女 丹砂の中にある汞(水銀)のことをいう。

臨波日 波を望んでいることで、波の間に沈んでゆくことを言う。ここの日と下句の年とで、年がら年中という意。

神光夜照夜年 《漢書·禮樂志》「夜常有神光如流星止集於祠壇,天子自竹宮而望拜,百官侍祠者數百人皆肅然動心焉。」

 

徒聞斬蛟劍,無復爨犀船。

もっぱら聞くことは、剣で蛟を切ったという昔話ばかりであり、そうかと思うと、さいの角を燃やして水怪を照らした船も今はないというのに不老長寿を求めているのである。

斬蛟劍 荊人佽飛、宝剣を得た。江を渡るとき中流にして兩蛟が船の周りを廻って邪魔をして船が沈もうとした。そのとき、佽飛、宝剣を抜き、蛟を斬った。それで渡ることができた。《呂氏春秋覽部》卷二十〈恃君覽知分〉, 荊有次非者,得寶劍于干遂,還反涉江,至於中流,有兩蛟夾繞其船。次非謂舟人曰:『子嘗見兩蛟繞船能兩活者乎?』船人曰:『未之見也。』次非攘臂袪衣拔寶劍曰:「此江中之腐肉朽骨也,棄劍以全己,余奚愛焉!」於是赴江刺蛟,殺之而復上船。

爨犀船 劉敬叔の《異苑》「晋温嶠至牛渚磯、聞水底有音楽之声。水深不可測。伝言下多怪物。乃燃屑角而照之、須臾見水族覆水奇形異状。」(晋の温嶠、牛渚磯に至り、水底に音楽の声有るを聞く。 水深、測るべからず。伝に言ふ、下に怪物多しと。乃ち屑角を燃やして之を照らすに、須臾にして水族の水に覆ふ奇形異状なりを見る。)に基づくもの。

 

使者隨秋色,迢迢獨上天。

だからせっかく不老薬、貢物を宰領する使者も秋景色とともに、ただ一人、遥かなる天へのぼりゆきてしまった

使者 《覆舟,二首之一》「巫峽盤渦曉,黔陽貢物秋。丹砂同隕石,翠羽共沈舟。」の詩を受けたもの。

 

覆舟,二首之一

巫峽盤渦曉,黔陽貢物秋。 

丹砂同隕石,翠羽共沈舟。 

羈使空斜影,龍居閟積流。 

篙工幸不溺,俄頃逐輕鷗。 
(覆舟,二首の一)

巫峽 盤渦の曉,黔陽 貢物の秋。 

丹砂 隕石に同じ,翠羽 沈舟と共にす。 

羈使 斜影空しく,龍居 積流に閟ず。 

篙工 幸に溺れず,俄頃 輕鷗を逐う。

 

覆舟,二首之二

竹宮時望拜,桂館或求仙。

奼女臨波日,神光照夜年。

徒聞斬蛟劍,無復爨犀船。

使者隨秋色,迢迢獨上天。

(覆舟,二首の二)

竹宮 時に望拜し,桂館 或は仙を求む。

奼女 臨波の日,神光 照夜の年。

徒らに聞く 斬蛟の劍,復た 爨犀の船無し。

使者 秋色に隨い,迢迢 獨り天に上る。

 

劉敬叔 《異苑》

晋温嶠至牛渚磯、聞水底有音楽之声。水深不可測。伝言下多怪物。乃燃屑角而照之、須臾見水族覆水奇形異状。或乗馬車著赤衣・幘。其夜夢人謂曰、「与君幽明道隔、何意相照耶。」嶠甚悪之、未幾卒。

晋の温嶠、牛渚磯に至り、水底に音楽の声有るを聞く。 水深、測るべからず。伝に言ふ、下に怪物多しと。乃ち屑角を燃やして之を照らすに、須臾にして水族の水に覆ふ奇形異状なりを見る。或いは馬車に乘り、赤い衣樓を著る。

其の夜、夢に人謂ひて曰く「君と幽明の道を隔つ。何の意ありて相ひ照らすや?」嶠、甚しく之を悪み、未だ幾ばくならずして卒す。

晋の温嶠が牛渚磯(地名)に来たとき、水の底から音楽の声が聞こえてきた。水の深さは測ることができない(ほど深い)。世の人は、この磯の下に、多くの怪物がいると言い伝えていた。そこで、屑牛の角を燃やして、水面を照らしたところ、すぐに水の中の生き物が、水中に差し込んだ光のなかに、動くのが照らし出された。その形は奇妙、異常であって、或る者は馬車に乗り、赤い衣と頭巾を着けていた。

その夜、夢の中に人が出てきて、こう言った「私と君とは、幽界と明界と道を隔てて存在しているのだ。どんな意図があって、照らすのか?(どういうつもりで、幽界を照らして覗こうとするのか?)」温嶠は、甚だしく、この幽鬼を悪み、さほど時がたたない内に亡くなってしまった。