杜甫  返照   

楚王宮北正黃昏,白帝城西過雨痕。返照入江翻石壁,歸雲擁樹失山村。

衰年肺病唯高枕,塞愁時早閉門。不可久留豺虎亂,南方實有未招魂。

(夕方に陽の日差しがどこまで射すように照らす、その照り返しを詠う。)

楚王の宮北が黄昏になり、白帝城の西に通り雨の後が残っている。その夕陽の照り返しは長江の水面に入込んでいるため、岸辺の石璧の影が煽り立てられる、岩場の洞穴に帰ろうとする山にかかる雲は、木樹をつつんでしまったために山辺の村が見えなくなった。自分は澇水の年になって持病の喘息がひどく、枕を高くして横になっていてどうしようもないし、ここら辺境僻地の塞は世情不安、危険を除去できないでただ早く門を閉めてしまう。この南の地にいていまだに都京師に召喚されぬ自分の魂が残されたままであって、このような豺虎、盗賊、謀叛、異民族らの乱がいつ再発するようなところにとどまっておくわけにはいかないのだ。

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晚晴

(ずっと降っていた日の天が晴れた夕方に陽の日差しがどこまで射すように照らすのを詠う。)

返照斜初徹,浮雲薄未歸。

夕日の照り返しがななめにどこまでも射すように照らす、雲は薄く浮かんでほぼ同じとこおに浮いていて帰らない。

江虹明遠飲,峽雨落餘飛。

三峡の大江にかかった虹は、はっきりとして遠く水を飲もうとしているようだ、峡谷に降る雨パラパラ落ちたり固まって飛ばされたりしている。

鳧雁終高去,熊羆覺自肥。

晴れ間になると鳬や雁は喜んで高く飛び去ってゆく、クマとヒグマは、ひとりでに肥えてしまった感がある。

秋分客尚在,竹露夕微微。
秋分の季節になった自分はまだここにいて床に伏している、夕日に光る竹の葉に露がポタンピタンとしたたる。

(晚晴)

返照 斜にして初めて徹し,浮雲 薄くして未だ歸らず。

江虹 明らかに遠く飲む,峽雨 落餘に飛ぶ。

鳧雁 終に高く去る,熊羆 自ら肥ゆるを覺ゆ。

秋分 客 尚お在り,竹露 夕に微微たり。

 

 

 

杜甫詩1500-1021-1519/2500

年:766年大暦元年55-149

卷別:    卷二三○              文體:    七言律詩

詩題:    返照

作地點:              奉節(山南東道 / 夔州 / 奉節)

及地點:              楚王宮 (山南東道 夔州 巫山)           

白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城    

 

 

返照

楚王宮北正黃昏,白帝城西過雨痕。

返照入江翻石壁,歸雲擁樹失山村。

衰年肺病唯高枕,塞愁時早閉門。

不可久留豺虎亂,南方實有未招魂。

(夕方に陽の日差しがどこまで射すように照らす、その照り返しを詠う。)

楚王の宮北が黄昏になり、白帝城の西に通り雨の後が残っている。

その夕陽の照り返しは長江の水面に入込んでいるため、岸辺の石璧の影が煽り立てられる、岩場の洞穴に帰ろうとする山にかかる雲は、木樹をつつんでしまったために山辺の村が見えなくなった。

自分は澇水の年になって持病の喘息がひどく、枕を高くして横になっていてどうしようもないし、ここら辺境僻地の塞は世情不安、危険を除去できないでただ早く門を閉めてしまう。

この南の地にいていまだに都京師に召喚されぬ自分の魂が残されたままであって、このような豺虎、盗賊、謀叛、異民族らの乱がいつ再発するようなところにとどまっておくわけにはいかないのだ。

 

(返照)

楚王の宮北 正に黃昏なり,白帝城 西過 雨の痕あり。

返照 江に入りて石壁を翻えし,歸雲 樹を擁して山村を失す。

衰年の肺病 唯だ 高枕し,塞 時を愁えて早く門を閉ず。

久しく豺虎の亂を留どまる可からず,南方 實に未招の魂有り。

 

『返照』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

返照

楚王宮北正黃昏,白帝城西過雨痕。

返照入江翻石壁,歸雲擁樹失山村。

衰年肺病唯高枕,塞愁時早閉門。

不可久留豺虎亂,南方實有未招魂。

(下し文)
(返照)

楚王の宮北 正に黃昏なり,白帝城 西過 雨の痕あり。

返照 江に入りて石壁を翻えし,歸雲 樹を擁して山村を失す。

衰年の肺病 唯だ 高枕し,塞 時を愁えて早く門を閉ず。

久しく豺虎の亂を留どまる可からず,南方 實に未招の魂有り。

(現代語訳)
(夕方に陽の日差しがどこまで射すように照らす、その照り返しを詠う。)

楚王の宮北が黄昏になり、白帝城の西に通り雨の後が残っている。

その夕陽の照り返しは長江の水面に入込んでいるため、岸辺の石璧の影が煽り立てられる、岩場の洞穴に帰ろうとする山にかかる雲は、木樹をつつんでしまったために山辺の村が見えなくなった。

自分は澇水の年になって持病の喘息がひどく、枕を高くして横になっていてどうしようもないし、ここら辺境僻地の塞は世情不安、危険を除去できないでただ早く門を閉めてしまう。

この南の地にいていまだに都京師に召喚されぬ自分の魂が残されたままであって、このような豺虎、盗賊、謀叛、異民族らの乱がいつ再発するようなところにとどまっておくわけにはいかないのだ。


(訳注)

返照

(夕方に陽の日差しがどこまで射すように照らす、その照り返しを詠う。)年:766年大暦元年55-149首目、夔州、奉節の作。

【解説】客堂から見える雨後の日暮れの景が雄大かつ繊細に詠われている。「楚王宮」は巫山の麓に戦国楚の離宮があったという伝言に基づいており、その北側のあたりは黄昏の色に染まる。高台にある白帝城の西の斜面は客堂から見える、「過雨」に濡れる。それらを彩る「返照」と「帰雲」、雲は当時、山の岩穴から生まれ出、またそこに歸えると信じられていた。そこで、岩穴に帰るために樹にからみついているという表現が生まれる。「病肺」は喘息のことで、杜甫の持病である。この段階ではただ寝ているだけと自嘲するしかなく、自分を蘇秦、王羲之であり、屈原になぞらえて、憂国の心は休むときがないとこの時期に一気に多くの詩を残している。

杜甫 767  大曆二年  56 奉節での作。2010返照

返照開巫峽,寒空半有無。已低魚複暗,不盡白鹽孤。

荻岸如秋水,松門似畫圖。牛羊識僮僕,既夕應傳呼。

 

楚王宮北正黃昏,白帝城西過雨痕。

楚王の宮北が黄昏になり、白帝城の西に通り雨の後が残っている。

○楚王宮 すなわち楚王の宮、巫山県東北一里にあるという。巫山の麓に戦国楚の離宮があったという伝言に基づいており、その北側のあたりは黄昏の色に染まる。雲雨荒台は楚の懐王が夢に神女に会ったという陽台をいう、宋玉の 「高唐賦」にいう、「昔者先王嘗遊高唐,怠而晝寢,夢見一婦人曰:‘妾,巫山之女也。爲高唐之客。聞君遊高唐,願薦枕席。’王因幸之。去而辭曰:‘妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨。朝朝暮暮,陽臺之下。」(昔先王(懐王をいう)嘗て高庸に遊ぶ、夢に一婦人を見て曰く「妾,巫山の女なり。高唐の客と爲す。君高唐に遊ぶを聞き,願わくば枕席を薦めんと。」、王因って之を幸す、去らんとして辞して曰く、妾は巫山の陽、高丘の岨に在り、旦には行雲と為り、暮には行雨と為る、朝朝暮暮、陽台の下にす)と。荒台というのは現にあれておる台であることをいう。「清一統志」にいう、陽台山は巫山県城内北隅にあり、高さ百丈、上に陽雲台の遺址あり、と。豈夢息とは反語にみる。宋玉の賦した所は必ずしも夢幻虚構の想像ではない、其の事実があったという。

白帝城 白帝城は中国重慶市奉節県の長江三峡に位置する地名。かつて新末後漢初の群雄公孫述がこの地に築いた城が白帝城と呼ばれたことが由来。永安宮ともいう。 三国時代、蜀の建国者劉備が夷陵の戦いで呉に敗れ、逃れたのが白帝城。劉備は後事を諸葛亮に託し、この城で没した。

 

返照入江翻石壁,歸雲擁樹失山村。

その夕陽の照り返しは長江の水面に入込んでいるため、岸辺の石璧の影が煽り立てられる、岩場の洞穴に帰ろうとする山にかかる雲は、木樹をつつんでしまったために山辺の村が見えなくなった。

翻石壁 石壁に寄すか影が照り返しの部分が飛び出してくるように見える、それが際立っていること

歸雲擁樹失山村 雲は当時、山の岩穴から生まれ出、またそこに歸えると信じられていた。そこで、岩穴に帰るために樹にからみついているために山村が雲に覆われてるのでこいう表現が生まれる。

 

衰年肺病唯高枕,塞愁時早閉門。

自分は澇水の年になって持病の喘息がひどく、枕を高くして横になっていてどうしようもないし、ここら辺境僻地の塞は世情不安、危険を除去できないでただ早く門を閉めてしまう。

早閉門 盗賊が侵入するか、近くで謀叛が起こるか、異民族の侵入があるかとおびえて塞を守っているので、暗くなる前に門を閉める。

 

不可久留豺虎亂,南方實有未招魂。

この南の地にいていまだに都京師に召喚されぬ自分の魂が残されたままであって、このような豺虎、盗賊、謀叛、異民族らの乱がいつ再発するようなところにとどまっておくわけにはいかないのだ。

久留 久しくこの地に滞留する。

豺虎亂 動物の豺や虎、山賊、海賊など盗賊、謀叛、異民族らの乱入や入寇がいつ再発するようなところ

南方 夔州は国境、南の雲南は異民族支配であった。杜甫《1809南極》「南極青山眾,西江白穀分。古城疏落木,荒戍密寒雲。月蛇常見,風飆虎或聞。(南極 青山眾し,西江 白穀分かる。古城 落木疏に,荒戍 寒雲密なり。月 蛇 常に見え,風飆 虎 或いは聞ゆ。

未招魂 京師に召喚されぬ自分の魂が残されたまま、都に帰りたい思いが、朝廷に届かないでいることを言う。