杜甫  九日諸人集於林   

九日明朝是,相要舊俗非。老翁難早出,賢客幸知歸。

舊采黃花賸,新梳白髮微。漫看年少樂,忍淚已霑衣。

(重陽の日に夔州の人々が林冲に集まるということで、招待を受けたが前日にこれを辞退したということを述べたもの)明朝は九月九日重陽節の日である。これに招待を受けているが、この重陽節の風習が私やってきた風俗が異なるようである。この日が敬老というのを前提としておられ、帰嚮のお気持ちは十分認識し受け止めた、確かに、自分も老翁であるからありがたく思ってはいるが、持病があって朝早くから出かけるのは難しく、他の賓客の方々に往き帰りが難儀な自分がいたのではめいわくをかける。菊の花を前もって採取してそれが余ったからと言って頭に茱萸の身と一笑にさして邪気をとるといっても、白髪頭の髪の毛が梳き取ろうとしてもあまりに少ない。参加して同席したとしても、お若い方々のことをただ漫然として見ているばかりだろうし、それでも、故郷を離れて長いもので、こらえていた涙があふれ出てこらえきれず着物までずぶぬれになるほどと思われるので、どうぞよろしくお取りはかり願いたい。

 

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  ●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"  
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  杜甫詩(1)736~751年 青年期・李白と交遊期・就活の詩 53首 杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73首(青年期・就活の詩)  杜甫詩(3)755年~756年、45歳 安史の乱に彷徨う 26首 杜甫詩(4)作時757年、46歳 安史軍捕縛、脱出、左拾遺 43首 杜甫詩(5)758年;乾元元年、47歳 左拾遺、朝廷疎外、左遷 53首 杜甫詩 (6)759年;乾元二年、48歳 三吏三別 官を辞す 44首  
  杜甫詩(7)759年;乾元二年、48歳 秦州抒情詩 66首 杜甫詩(8)作時759年、48歳 秦州発、同谷紀行、成都紀行 36首 杜甫詩(9)760年;上元元年、49歳 成都浣花渓草堂 45首 杜甫詩(10)761年;上元二年、50歳 成都浣花渓草堂 82首 杜甫詩(11)762年寶應元年 杜甫51歳  浣花渓草堂~蜀中転々 43首 杜甫詩(12)762年寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々 49首  
  ●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている  
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杜甫詩1500-1027-1525/2500

年:766年大暦元年55-155

卷別:    卷二三一              文體:    五言律詩

詩題:    九日諸人集於林【日高諸人集於林】【登高諸人集於林】

 

 

九日諸人集於林

(重陽の日に夔州の人々が林冲に集まるということで、招待を受けたが前日にこれを辞退したということを述べたもの)

九日明朝是,相要舊俗非。

明朝は九月九日重陽節の日である。これに招待を受けているが、この重陽節の風習が私やってきた風俗が異なるようである。

老翁難早出,賢客幸知歸。

この日が敬老というのを前提としておられ、帰嚮のお気持ちは十分認識し受け止めた、確かに、自分も老翁であるからありがたく思ってはいるが、持病があって朝早くから出かけるのは難しく、他の賓客の方々に往き帰りが難儀な自分がいたのではめいわくをかける。

舊采黃花賸,新梳白髮微。

菊の花を前もって採取してそれが余ったからと言って頭に茱萸の身と一笑にさして邪気をとるといっても、白髪頭の髪の毛が梳き取ろうとしてもあまりに少ない。

漫看年少樂,忍淚已霑衣。

参加して同席したとしても、お若い方々のことをただ漫然として見ているばかりだろうし、それでも、故郷を離れて長いもので、こらえていた涙があふれ出てこらえきれず着物までずぶぬれになるほどと思われるので、どうぞよろしくお取りはかり願いたい。

(九日諸人 林に集まる

九日 明朝 是なり,相い要うるも舊俗非なり。

老翁 早く出で難し,賢客 幸に歸することを知る。

舊采 黃花 賸【あま】るも,新梳 白髮微なり。

漫に看る 年少の樂むを,淚を忍ぶも 已に衣を霑す。

 

『九日諸人集於林』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

九日諸人集於林

九日明朝是,相要舊俗非。

老翁難早出,賢客幸知歸。

舊采黃花賸,新梳白髮微。

漫看年少樂,忍淚已霑衣。
九日諸人集於林【日高諸人集於林】【登高諸人集於林】      

九日明朝是,相要舊俗非。老翁難早出,賢客幸知歸。

舊采黃花賸,新梳白髮微。漫看年少樂,忍淚已霑衣。


(下し文)
(九日諸人 林に集まる

九日 明朝 是なり,相い要うるも舊俗非なり。

老翁 早く出で難し,賢客 幸に歸することを知る。

舊采 黃花 賸【あま】るも,新梳 白髮微なり。

漫に看る 年少の樂むを,淚を忍ぶも 已に衣を霑す。

(現代語訳)
(重陽の日に夔州の人々が林冲に集まるということで、招待を受けたが前日にこれを辞退したということを述べたもの)

明朝は九月九日重陽節の日である。これに招待を受けているが、この重陽節の風習が私やってきた風俗が異なるようである。

この日が敬老というのを前提としておられ、帰嚮のお気持ちは十分認識し受け止めた、確かに、自分も老翁であるからありがたく思ってはいるが、持病があって朝早くから出かけるのは難しく、他の賓客の方々に往き帰りが難儀な自分がいたのではめいわくをかける。

菊の花を前もって採取してそれが余ったからと言って頭に茱萸の身と一笑にさして邪気をとるといっても、白髪頭の髪の毛が梳き取ろうとしてもあまりに少ない。

参加して同席したとしても、お若い方々のことをただ漫然として見ているばかりだろうし、それでも、故郷を離れて長いもので、こらえていた涙があふれ出てこらえきれず着物までずぶぬれになるほどと思われるので、どうぞよろしくお取りはかり願いたい。


(訳注)

九日諸人集於林

(重陽の日に夔州の人々が林冲に集まるということで、招待を受けたが前日にこれを辞退したということを述べたもの)

九日 重陽の節句の日

杜甫<九日の詩>

  九日曲江(卷二48

・ 九日寄岑參(卷三25

   九日楊奉先會白水崔明府(卷四05

  九日藍田崔氏莊(卷六36

  九日登梓州城(卷一一43

  九日奉寄嚴大夫(卷一一44

  九日(卷一二58

  雲安九日鄭十八攜酒陪諸公宴(卷一四62

  九日(一作登高)諸人集於林(卷一七25

  復愁十二首(卷二○其十一23)每恨陶彭澤,無錢對菊花。如今九日至,自覺酒須

  又上後園山(卷一九18

  九日五首其四(卷二○49

  登高(卷二○(四)一七六六)

諸人 夔州奉節の関係者の人々。

集於林 山頂の林のあるところ。

 

九日明朝是,相要舊俗非。

明朝は九月九日重陽節の日である。これに招待を受けているが、この重陽節の風習が私やってきた風俗が異なるようである。

九日明朝是 「九日是明朝」韻の構成上。是は九月九日の招待を言う。

相要 要は邀、迎えること。出向くこと。

舊俗非 「非舊俗」韻の構成上。舊俗とは、洛陽長安でのこれまで重陽の日にやっていた習わしのこと

 

老翁難早出,賢客幸知歸。

この日が敬老というのを前提としておられ、帰嚮のお気持ちは十分認識し受け止めた、確かに、自分も老翁であるからありがたく思ってはいるが、持病があって朝早くから出かけるのは難しく、他の賓客の方々に往き帰りが難儀な自分がいたのではめいわくをかける。

幸知歸 「幸いに歸することを知る。」歸は帰嚮で、心をよせること。親しみを抱くこと。ここでは敬老精神で招待してくれたこと、思いやりについて十分に認知したということ。自分の健康状態では、往復のこと、など、幸いにも自覚している。自分の体調をわきまえているから、断ることの前提としている。

 

舊采黃花賸,新梳白髮微。

菊の花を前もって採取してそれが余ったからと言って頭に茱萸の身と一笑にさして邪気をとるといっても、白髪頭の髪の毛が梳き取ろうとしてもあまりに少ない。

舊采黃花賸 山の上には菊の花がないので、前もって準備すること、その菊の花が酒に浮べてもさらに余って頭の飾りにしようとすること、元来、茱萸の実と一緒に頭にさす。

野山でとれる茱萸は、その香りが虫除けになるだけでなく、湿気を除き、風邪を防ぎ、発熱を抑えて、内臓にもよいという。そのため民間においては、重陽節に茱萸を挿して難を逃れる。それは「避邪翁」と呼ばれている。中庭の井戸のそばに茱萸を植え、葉が井戸に落ちると、井戸水の毒を消すことができるという人もいる。福建省の客家人は、重陽節には玄関に茱萸を挿して、邪気を払う。

菊の花は漢方薬の一種であり、熱を下げて毒を消し、視力をよくし、「風」(古代、漢方医学で病因と考えられていた六淫の一つ)の病を取り除き、肝臓や肺にもよく、腎臓を強めるなどの効能があるとされている。

 

漫看年少樂,忍淚已霑衣。

参加して同席したとしても、お若い方々のことをただ漫然として見ているばかりだろうし、それでも、故郷を離れて長いもので、こらえていた涙があふれ出てこらえきれず着物までずぶぬれになるほどと思われるので、どうぞよろしくお取りはかり願いたい。

漫看 出席して丘の上で菊酒を酌み交わすことができず、ただ漫然として見ているだけだというほどの意。