杜甫  瞿塘懷古  

西南萬壑注,勍敵兩崖開。地與山根裂,江從月窟來。

削成當白帝,空曲隱陽臺。疏鑿功雖美,陶鈞力大哉。

(瞿唐峽を見て古昔の事、自然の力の大きさを思いうかべて作れる。)大暦元年の作。西南の方から萬壑の水流がこちらへそそぎ流れてくる、それに対して瞿唐峽は、あだかも強敵であるかの如くここの両崖が開かれている。地面と山の根とは、ともに裂けて開かれ、長江は月窟の西極から流れてくる。崖の削り成されたる勢は、白帝城の険峻にあたり、江水の空曲なるや、陽臺がどこにあるのか、見せてはくれない。こんな場所をきりひらいたといわれる禹の功績は後世にのこす美しいものではあるが、しかし、天然造化の力はとてつもなく大きなものである。

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杜甫詩1500-1051-1545/2500

年:766年大暦元年55-175

卷別:    卷二三四              文體:    五言律詩

詩題:    瞿塘懷古【案:草堂逸詩拾遺。】

作地點:              目前尚無資料

及地點:              瞿塘峽 (山南東道 夔州 夔州) 別名:瞿塘      

白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城    

交遊人物/地點:  

 

 

瞿塘懷古

(瞿唐峽を見て古昔の事、自然の力の大きさを思いうかべて作れる。)大暦元年の作。

西南萬壑注,勍敵兩崖開。

西南の方から萬壑の水流がこちらへそそぎ流れてくる、それに対して瞿唐峽は、あだかも強敵であるかの如くここの両崖が開かれている。

地與山根裂,江從月窟來。

地面と山の根とは、ともに裂けて開かれ、長江は月窟の西極から流れてくる。

削成當白帝,空曲隱陽臺。

崖の削り成されたる勢は、白帝城の険峻にあたり、江水の空曲なるや、陽臺がどこにあるのか、見せてはくれない。

疏鑿功雖美,陶鈞力大哉。

こんな場所をきりひらいたといわれる禹の功績は後世にのこす美しいものではあるが、しかし、天然造化の力はとてつもなく大きなものである。

(瞿塘の古へを懷う)

西南より萬壑注ぐ,勍敵 兩崖開かる。

地と山根とは裂け,江は 月窟より來る。

削成せられて白帝に當り,空曲は 陽臺を隱す。

疏鑿 功 美なりと雖も,陶鈞 力 大なる哉。
瞿塘峡・白帝城・魚復

 

 

『瞿塘懷古』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

瞿塘懷古

西南萬壑注,勍敵兩崖開。

地與山根裂,江從月窟來。

削成當白帝,空曲隱陽臺。

疏鑿功雖美,陶鈞力大哉。
詩文(含異文)     西南萬壑注,勍敵兩崖開【勍敵兩崖間】。地與山根裂,江從月窟來。削成當白帝,空曲隱陽臺。疏鑿功雖美,陶鈞力大哉。


(下し文)
(瞿塘の古へを懷う)

西南より萬壑注ぐ,勍敵 兩崖開かる。

地と山根とは裂け,江は 月窟より來る。

削成せられて白帝に當り,空曲は 陽臺を隱す。

疏鑿 功 美なりと雖も,陶鈞 力 大なる哉。

(現代語訳)
(瞿唐峽を見て古昔の事、自然の力の大きさを思いうかべて作れる。)大暦元年の作。

西南の方から萬壑の水流がこちらへそそぎ流れてくる、それに対して瞿唐峽は、あだかも強敵であるかの如くここの両崖が開かれている。

地面と山の根とは、ともに裂けて開かれ、長江は月窟の西極から流れてくる。

崖の削り成されたる勢は、白帝城の険峻にあたり、江水の空曲なるや、陽臺がどこにあるのか、見せてはくれない。

こんな場所をきりひらいたといわれる禹の功績は後世にのこす美しいものではあるが、しかし、天然造化の力はとてつもなく大きなものである。

唐時代 地図山南 東・西道50 

 (訳注)

瞿塘懷古

(瞿唐峽を見て古昔の事、自然の力の大きさを思いうかべて作れる。)大暦元年の作。

 

西南萬壑注,勍敵兩崖開。

西南の方から萬壑の水流がこちらへそそぎ流れてくる、それに対して瞿唐峽は、あだかも強敵であるかの如くここの両崖が開かれている。

【一】  勍敵 つよき敵、萬壑の水に対して、この崖が強敵となるみいふ。

 

地與山根裂,江從月窟來。

地面と山の根とは、ともに裂けて開かれ、長江は月窟の西極から流れてくる。

【二】  月窟 西極に在りと考えられていたという地をさす。

 

削成當白帝,空曲隱陽臺。

崖の削り成されたる勢は、白帝城の険峻にあたり、江水の空曲なるや、陽臺がどこにあるのか、見せてはくれない。

【三】  削成 成鎧の唆しきないふ。

【四】  白帝 白帝城のこと。此句は「江從月窟來」を承る。

【五】  空曲 空痍同曲、ひろくしてまがる、此句は第四句を承く。西から流れてきたものが、南に流れを変えて瞿唐峽になる隈地点は淵となるのを〔空〕と表現した。

【六】  陽臺 陽雲臺、・杜甫《1524奉寄李十五祕書文嶷。二首之一》「避暑雲安縣,秋風早下來。暫留魚復浦,同過楚王臺。猿鳥千崖窄,江湖萬里開。竹枝歌未好,畫舸莫遲回。」(避暑した 雲安縣,秋風 早に下り來る。暫く留る 魚復の浦,同じく過る 楚王の臺。猿鳥 千崖窄く,江湖 萬里開く。竹枝 歌未だ好からず,畫舸 遲回する莫れ。)(雲安に滞在している秘書省の官である宗室李文嶷に寄せ奉った詩。)之一  今あなたのいるところは、自分が、雲安縣で暑さを避けていたところですが、秋風は早い時期から吹き降ろしてきました。その後、しばらくしてから、魚復浦に逗留してあなたとご一緒に楚の襄王と瑤姫のまじりあいの陽雲臺を訪ねました。雲安は、猿と鳥が鳴き叫んで、多くの崖が集まって平地の少ない窄いところであった、そして、前途江湖の地方へ出れば、はてしなく萬里のてんが開いている。巴渝地方の土謡もよいことは良いが卑俗すぎて好きに離れない、そうでない良いものもあるけれど、あなたの奇麗な船もつなぎとめたままで、ぐずぐずなされておるようですが、私と一緒に三峡、長江を下っていこうではありませんか。

 

疏鑿功雖美,陶鈞力大哉。

こんな場所をきりひらいたといわれる禹の功績は後世にのこす美しいものではあるが、しかし、天然造化の力はとてつもなく大きなものである。

【七】  疏鑿 聖帝禹王が江水を切り開いて三巴の方面から水をみちび利水し、航行を可能にした。《巻14-57 禹廟〔此忠州臨江縣禹祠也。〕》「禹廟空山裡,秋風落日斜。荒庭垂橘柚,古屋畫龍蛇。雲氣生虛壁,江聲走白沙。早知乘四載,疏鑿控三巴。」(禹廟 空山の裏、秋風 落日斜めなり。荒庭 橘柚垂れ、古屋 竜蛇を画く。雲気 虚壁に生じ、江声白沙に走る。早く知る四載に乗じて、疏鑿三巴より控せしを。)(忠州臨江縣にある禹廟の祠に謁して詠んだ詩)人もいない山のなかに南の廟があって、いまは秋風のおりに夕日が斜めにさしている。荒れた庭には橘柚の実が垂れさがり、ふるぼけた屋壁には竜蛇が画いてある。廟外では虚谷の崖壁に雲気がわきおこり、白い沙岸には江流の声がとどろきつつはしっている。禹が洪水を治めるため四種ののりものに乗って何処へでも行く、江山の疏鑿をやり、三巴の方面から水をみちびいたということは自分はつとに知っていたのだが、ここに来て、目の当たりその遺蹟を見るのである。

 

【八】  陶鈎 製陶者が陶器をつくるのに用いる“ろくろ”をいう。ここでは天然造化の力を例えていう。

陶鈞

(陶鈞, ) 亦作“陶均”。

1.製作陶器所用的轉輪。

桓寬 《鹽鐵論遵道》:辭若循環, 轉若陶鈞。”

2.治國的大道。

《史記魯仲連鄒陽列傳》:是以聖王制世御俗, 獨化於陶鈞之上。”

裴駰 集解引《漢書音義》:陶家名模下圓轉者為鈞, 以其能制器為大小, 比之於天。”

司馬貞 索隱引 張晏 曰: “陶, 冶;鈞, 範也。 作器, 下所轉者名鈞。”

3.指治理國家。

《舊唐書文苑傳下劉蕡》:至若念陶鈞之道, 在擇宰相而任之, 使權造物之柄。”

4.指藉以施展治國之才的權位。

王禹偁 《獻轉運使雷諫議》詩:棘寺下僚叨末路, 齋心唯願秉陶鈞。”

王禹偁 《酬种放徵君》:男兒既束髮, 出處歧路各;苟非秉陶鈞, 即去持矛槊。”

5.借指聖王。

南唐 李中 《獻喬侍郎》詩: “貴賤知無間, 孤寒必許親。 幾多沈滯者, 拭目望陶鈞。”

歐陽修 《與杜正獻公書慶歷五年》:迨此期 曠無所聞。 不惟上辜陶鈞, 實亦慚愧知己。”

6.指天地造化。

《晉書樂志上》:四海同風, 興至仁。 濟民育物, 擬陶均。 擬陶均, 垂惠潤。 皇皇群賢, 峨峨英雋。”

杜甫 《瞿唐懷古》詩: “疏鑿功雖美, 陶鈞力大哉!。”

仇兆鰲 注: “《鄒陽傳》: 獨化於陶鈞之上。

師氏 曰: 陶人轉鈞, 蓋取周迴調鈞耳, 此借以造化。”

楊巨源 《上劉侍中》詩: “道協陶鈞力, 思回日月光。”

司馬光 《和王安之今春於鄭國相公及光處得綴珠蓮各一本植之盆中仲夏始見一花喜而成詠》: “春凍消時種兩芽, 南風薰日見孤花。 先開必自陶鈞力, 且合歸功丞相家。”

7.陶冶、造就。

《宋書文帝紀》:將陶鈞庶品, 混一殊風。”

孫過庭 《書譜》: “必能傍通點畫之情, 博究始終之理, 鎔鑄蟲篆, 陶鈞草隸。”

鄭光祖 《伊尹耕莘》楔子: 西池 金母 共理二氣, 陶鈞萬物, 養育群生。”

嚴復 《原強》: 中國 今日之民, 其力、智、德三者, 苟通而言之, 則經數千年之層遞積累, 本之乎山川風土之攸殊, 導之乎刑政教俗之屢變, 陶鈞爐錘而成此最後之一境。”