杜甫  寫懷,二首之二  #1

夜深坐南軒,明月照我膝。驚風翻河漢,梁棟已出日。

群生各一宿,飛動自儔匹。吾亦驅其兒,營營為私實。
(自分の胸の内を写し述べた詩)その二  夜ふけて南むきの軒にすわっていると、明月が自分の膝の上を照らす。ざわつく風があまの河原を吹きおとしたかとおもうと、梁棟の上には、はや太陽があらわれる。すべての生物がそれぞれ一夜のやどりを終わって禽獣そのたぐいを求めてはたらく。自分もこどもらを駆りたてて、せっせとはたらくのは自己の財物をつくらんがために外ならないのである。

杜少陵集20-101-#1

寫懷,二首之二  #1

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杜甫詩index-15-

767年大暦256  21  #1

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年:767年大暦256  21  #1

卷別:    卷二二二              文體:    五言古詩

詩題:    寫懷,二首之二

作地點:              目前尚無資料

及地點:             

交遊人物/地點:  

詩文:

 

寫懷,二首之二  #1

(自分の胸の内を写し述べた詩)その二

夜深坐南軒,明月照我膝。

夜ふけて南むきの軒にすわっていると、明月が自分の膝の上を照らす。

驚風翻河漢,梁棟已出日。

ざわつく風があまの河原を吹きおとしたかとおもうと、梁棟の上には、はや太陽があらわれる。

群生各一宿,飛動自儔匹。

すべての生物がそれぞれ一夜のやどりを終わって禽獣そのたぐいを求めてはたらく。

吾亦驅其兒,營營為私實。

自分もこどもらを駆りたてて、せっせとはたらくのは自己の財物をつくらんがために外ならないのである。

#2

天寒行旅稀,暮日月疾。

榮名忽中人,世亂如蟣蝨。

古者三皇前,滿腹志願畢。

胡為有結繩,陷此膠與漆。

#3

禍首燧人氏,厲階董狐筆。

君看燈燭張,轉使飛蛾密。

放神八極外,俯仰俱蕭瑟。

終契如往還,得匪合仙術。

 

(懷を寫す,二首の一) #1

夜深くして南軒に坐す,明月 我が膝を照らす。

驚風 河漢を翻す,梁棟 已に日出づ。

群生 各の一宿す,飛動 自ら儔匹す。

吾も亦た 其の兒を驅る,營營たる 私實の為なり。

 

 

『寫懷,二首之二』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

寫懷,二首之二  #1

夜深坐南軒,明月照我膝。

驚風翻河漢,梁棟已出日。

群生各一宿,飛動自儔匹。

吾亦驅其兒,營營為私實。
詩文(含異文)

夜深坐南軒,明月照我膝。驚風翻河漢,梁棟已出日【梁棟日已出】。

群生各一宿,飛動自儔匹。吾亦驅其兒,營營為私實【營營為私室】。


(下し文)
(懷を寫す,二首の二) #1

夜深くして南軒に坐す,明月 我が膝を照らす。

驚風 河漢を翻す,梁棟 已に日出づ。

群生 各の一宿す,飛動 自ら儔匹す。

吾も亦た 其の兒を驅る,營營たる 私實の為なり。

(現代語訳)
寫懷,二首之二  #1 (自分の胸の内を写し述べた詩)その二

夜ふけて南むきの軒にすわっていると、明月が自分の膝の上を照らす。

ざわつく風があまの河原を吹きおとしたかとおもうと、梁棟の上には、はや太陽があらわれる。

すべての生物がそれぞれ一夜のやどりを終わって禽獣そのたぐいを求めてはたらく。

自分もこどもらを駆りたてて、せっせとはたらくのは自己の財物をつくらんがために外ならないのである。


(訳注)

寫懷,二首之二  #1

(自分の胸の内を写し述べた詩)その二

抒發情懷。漢蔡邕《司徒袁公夫人馬氏碑銘》:「哀子懿達、仁達,銜恤哀痛,靡所寫懷,乃撰録母氏之德所履,示公之門人。」三國魏明帝《苦寒行》:「賦詩以寫懷,伏軾淚沾纓。」

 

夜深坐南軒,明月照我膝。

夜ふけて南むきの軒にすわっていると、明月が自分の膝の上を照らす。

 

驚風翻河漢,梁棟已出日。

ざわつく風があまの河原を吹きおとしたかとおもうと、梁棟の上には、はや太陽があらわれる。

河漢 あまのがわ。天河・銀河・経河・銀漢・雲漢・星漢・天津・漢津等はみなその異名である。杜甫『天河』。うじゃく:かささぎ 「烏鵲の智」 遠い将来のことばかり心配して、近くに迫っている災難に気がつかないこと。かささぎは強風の多い年には風をさけようとして巣を低い枝にかけるが、そのために、雛や卵を人に捕られることまでは、知恵がまわらない。このことを「喜」に置き換えてうたう。李商隠辛未七夕」 李商隠にカササギが銀河の橋渡しをしてくれる鳥としている。『詩経』「鵲巢」にはカササギは巣作りに一生懸命、出来上がった巣は立派な頑丈なもの、しかし鳩が子育てに使う。しかしたくさんのお客がついてくる、というもの。

天河 杜甫<292kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1343 杜甫詩 700- 412

初月 杜甫<293kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1346 杜甫詩 700- 413

梁棟 ① (建物の屋根の主要材である)棟(むね)と梁(はり)。 一国の臣。 一族・一門を率いる者。かしら。おさ。頭領。統領。 「武家の-」 大工の親方。かしら。寝ていて朝日が射しこんで本来うす暗いところが明るくなることを言う。

 

群生各一宿,飛動自儔匹。

すべての生物がそれぞれ一夜のやどりを終わって禽獣そのたぐいを求めてはたらく。

羣生 もろもろの生物。

一宿 一夜の棲宿をしたこと。

飛動 禽獣をいう。

儔匹 同類 共に生を遂げる。

 

吾亦驅其兒,營營為私實。

自分もこどもらを駆りたてて、せっせとはたらくのは自己の財物をつくらんがために外ならないのである。

營營 働く姿を言う。

私實 私有財産、財物をいう。國語 楚語》「蓄衆、聚實。」(衆を蓄え、實を聚む)

 

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寫懷,二首【字解】

寫懷,二首之一 #1

勞生共乾坤,何處異風俗。

冉冉自趨競,行行見羈束。

無貴賤不悲,無富貧亦足。

萬古一骸骨,鄰家遞歌哭。

#2

鄙夫到巫峽,三如轉燭。

全命甘留滯,忘情任榮辱。

朝班及暮齒,日給還粟。

編蓬石城東,采藥山北谷。

#3

用心霜雪間,不必條蔓綠。

非關故安排,曾是順幽獨。

達士如弦直,小人似鉤曲。

曲直我不知,負暄候樵牧。 

 

(自分の胸の内を写し述べた詩)

1 勞生 我々に生命を与えて苦労させる。《莊子.大宗師》:「夫大塊載我以形,勞我以生,佚我以老,息我以死。」(夫れ大塊は我を載するに形を以てし,我を勞するに生を以てし,我を佚するに老を以てし,我を息するに死をて以す。)大地は我々に形を与えてくれる。そしてまた我々に生命を与えて苦労させ、歳をとらせて楽にし、死を与えて休息させてくれる。

2 共乾坤 同一の天地の間にあることを言う。1 (えき)の卦()の乾と坤。2 天と地。天地。3 陰陽。4 いぬい(北西)の方角とひつじさる(南西)の方角。5 2巻で一組となっている書物の、上巻と下巻。

3 異風俗 風俗異ならず、ということではなく、異を諭ずるに及ばざるをいう。 

4 冉冉 1.進行の貌。次第に進んでいくさま。徐々に侵し広がるさま。2(髪の毛や木の枝・葉などが)しなやかに垂れる.

5 趨競 はしり競う。競い争うこと。名利の途におもむく。爭名奪利。《宋史.卷二九六.呂祐之傳》:「祐之純謹長者,不喜趨競。」

6 行行 一歩一歩。魏 武帝《苦寒行》「行行日已遠,人馬同時饑。」(行き行きて日已に遠く 人馬 時を同じくして飢う)

7 羈束 からだをつなぎしばられる。

8 無貴賤不悲,無富貧亦足 阮籍《大人先生傳》「夫無貴則賤者不怨,無富則貧者不爭,各足於身而無所求也。」(夫れ貴無んば則ち賤者怨まず,富無んば則ち貧者爭わず,各の身に足して求むる所無し也。)に基づく。

9 一骸骨 だれも同一骸骨になる

10 遞 1 横へ横へと次々に伝え送る。「逓信・逓送/駅逓・伝逓」2 だんだん。しだいに。

11 歌哭 笑い歌いまた悲しみ哭することで烈的感情をいう。《周礼·春官·女巫》「凡邦之大災, 歌哭而請。」とある。

12 鄙夫 いやしい男。下品な男。現在の自分が思うようにならない様子を謙遜して使う語。

13 三 755年永泰元年、756年大暦元年、757年大暦二年の三年を言う。

14 如轉燭 風中に搖曳く燭火の瞬く間。比するのは、世事のことであり、月の遷流するのが迅速であることである。杜甫《0715佳人》詩「世情惡衰歇,萬事隨轉燭。」(世情【せじょう】衰歇【すいけつ】を悪む、万事【ばんじ】転燭【てんしょく】に随う。普通世間の人にたいする情というものは女盛りなら誰でも愛すものだが、歳を重ね衰えてしまった肢体顔色、後ろ盾がなく、頼る背のないものは嫌がられるものであり、わが身づくろいも万事はその場の成り行きのままになってきた。

佳人 <229-#2>杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1112 杜甫特集700- 335

15 榮辱 光榮と恥辱。易經·繫辭上:「樞機之發,榮辱之主也。」(樞機 之れ發す,榮辱 之れ主とする也。)枢機とは、1 物事の最も大切なところ。かなめ。要所。2 重要な政務。

16 朝班及暮齒 晩年になって朝班を得たことを言う。暮齒:晩年を言う。杜甫75746歳鳳翔行在所において左拾遺を授けられる。76453歳工部員外郎となり緋魚袋をたまわる。 

17 粟 脱粟の飯とは、もみがらを取り去っただけで精白してない米を炊いた飯。玄米飯。

18 編蓬 蓬を編んで戸扉とするをいう。編蓬以為門 亦指結草為廬。 漢東方朔《非有先生論》「居深山之間, 積土為室, 編蓬為 彈琴其中, 以詠先王之風, 亦可以樂而忘死矣。」

19 石城東 夔州城は石城といわれ、東はその東、即ち杜甫の草堂のある瀼西を言う。

20 采藥 采藥,亦作“采葯”。藥物を采集するを謂う。 亦た、世を避けて隱居するを指し、或いは、仙修の道を求めることをさす。 《後漢書逸民傳龐公》「後遂攜其妻子登鹿門山, 因采藥不反。」(後、遂に其の妻子を攜えて鹿門山に登り, 因て藥を采り反らず。 唐李白《悲清秋賦》「歸去來兮人間可以托些,吾將采藥於蓬邱。」(歸りなんいざ、人間 可なり 以て托し,吾 將に藥を蓬邱に采る。)

21 山北谷 山北の谷とは瀼西の居よりいわば蓋し、白谷をいう。杜甫《19-10 上後園山》詩に山北の谷について述べているが初四句に「朱夏熱所嬰,清旭步北林。小園背高岡,挽葛上崎崟。」(朱夏 熱 嬰る所なり,清旭に 北林に步す。小園 高岡をに背す,葛を挽きて 崎崟たるに上る。)とある。

767-12-#1杜甫 19-10 上後園山#1 杜甫詩index-15-767年大暦256-12-#1 <1095 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ7155 
安史の乱当時の勢力図