767-112   寄韓諫議 杜詩詳((卷一七(四)一五○八))

 

 

2017524

の紀頌之5つの校注Blog

10年のBLOGの集大成

   李白総合案内

 

●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

745-021-#4巻169-05 訪道安陵遇蓋寰為予造真籙臨別留贈(卷十(一)六七二)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8765

LiveDoo

rBlog

745-004 a.【字解集】秋夜與劉碭山泛宴喜亭池  b.古風五十九首之二十二 c.情寄從弟邠州長史昭 d.草創大還贈柳官迪 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之8706

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

揚雄 《甘泉賦》

諸葛亮 出師表

曹植詩65

兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

楚辞・九歌》東君

《楚辞九辯》

 

 

 

 

10年のBLOGの集大成

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-92 先生-巻八-01#11城南聯句 §2 【韓愈、孟郊】【此首又見張籍集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8766

LiveDoo

rBlog

806年-集14- 韓昌黎集【字解集】贈崔復州序 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8701

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

10年のBLOGの集大成

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-112 寄韓諫議汯 杜詩詳汯((卷一七(四)一五○八))Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8749

LiveDoo

rBlog

767年-集-13 【字解集】・a.-第五弟豐獨在江左近二首 ・b.-秋風二首 ・c.-送李功曹之荊州 ・d.-送王十六判官 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8660

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

杜甫詩 全詩 総合案内 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 (200)回目張泌 《巻四27浣渓沙十首 其一》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8768 (05/24)

  fc2

Blog

花間集 訳注解説 (199)回目巻四 牛嶠-3 【字解集】 a.菩薩蠻七首  b.酒泉子 c.定西番 d.玉樓春 e.西溪子 f.江城子二首 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8762 (05/24)

 

 

 

10年のBLOGの集大成

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-巻二17 樂府二首其二種瓜東井上 -#1〔魏明帝〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 8769

LiveDoo

rBlog

玉集-013【字解集】  樂府三首 ・樂府 棄婦篇の【字解集】   〔曹植〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 8746

●薛濤の全詩

●花間集(1

●花間集(2

●花間集(3

花間集(4

●花間集(5

●魚玄機全詩

●花間集(6

●花間集(7

●花間集(8

●花間集(9

●花間集10

Ⅵ唐代女性論         ninjaブログ

五-2、貴族、富貴の家の婦女 漢文委員会kanbuniinkai 紀 頌之 ブログ8770

 ■最近Best5 賦・詩・詞(漢詩4ブログ各部門)

漢詩総合サイト 07ch

杜甫全詩案内

韓愈全詩案内

李白全集

李白詩のサイト

古詩源

花間集案内

漢詩・唐詩・宋詩研究

http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/

 

767-112   寄韓諫議 杜詩詳((卷一七(四)一五○八))Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8749

(諫議大夫韓汯に寄せた詩

舊本には韓の字が注とある、一にいう注は、汯の誤りである。韓休の子である汯である。この人物は、上元(760-761)中諫議大夫になっている。〕

いま私は楽しくないからどうしても岳陽にいる君のことを思ってしまう、だからこの身を奮って飛んでゆきたいと思うが持病がひどくなって寝牀に臥せたままでいる。その地には麗しい美人が秋水を隔てて遠方にいるところであり、洞庭湖の水に足を洗いながら素晴らしい風景の八方を見ている。

 

767-0112 -

  寄韓諫議汯(卷一七(四)一五八)#1

杜詩詳注巻17-39

全唐詩卷二二○-34 -#1

767年大暦256  (112) -

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ8779

 


洞庭湖北 荊州江陵 卾州武漢 郢州 方面地図01
詩文
(含異文)    

今我不樂思岳陽,身欲奮飛病在床。美人娟娟隔秋水,濯足洞庭望八荒。鴻飛冥冥日月白,青楓葉赤天雨霜【青楓葉赤天飛霜】。玉京群帝集北斗,或騎騏驎翳鳳皇。芙蓉旌旗煙霧樂【芙蓉旌旗煙霧落】【芙蓉旌旄煙霧樂】【芙蓉旌旄煙霧落】,影動倒景搖瀟湘。星宮之君醉瓊漿,羽人稀少不在旁。似聞昨者赤松子【似聞昨夜赤松子】,恐是漢代韓張良。昔隨劉氏定長安,帷幄未改神慘傷。國家成敗吾豈敢,色難腥腐餐風香【色難腥腐餐楓香】。周南留滯古所惜【周南留滯古莫惜】,南極老人應壽昌。美人胡為隔秋水,焉得置之貢玉堂。

 

(卷一七(四)一五○八)220-34   17-39

寄韓諫議汯

今我不樂思岳陽,身欲奮飛病在床。

美人娟娟隔秋水,濯足洞庭望八荒。

#2

鴻飛冥冥日月白,青楓葉赤天雨霜。

玉京群帝集北斗,或騎騏驎翳鳳凰。

芙蓉旌旗煙霧樂,影動倒景搖瀟湘。

#3

星宮之君醉瓊漿,羽人稀少不在旁。

似聞昨者赤松子,恐是漢代韓張良。

昔隨劉氏定長安,帷幄未改神慘傷。

#4

國家成敗吾豈敢,色難腥腐餐風香。

周南留滯古所惜,南極老人應壽昌。

美人胡為隔秋水,焉得置之貢玉堂。

 doteiko012岳陽樓詩人0051

作時年:

767

大暦2

56

全唐詩

卷二二○-34 -#1

文體:

七言古詩

杜詩詳注

1739

(卷一七(四)一五○八) -

詩題:

  寄韓諫議汯

序文

【案:舊本有注字,一云注乃汯之誤。韓休之子汯,上元中為諫議大夫。】

作地點:

目前尚無資料(夔州)

及地點:

岳陽樓 (江南西道 岳州 岳州別名:岳陽城

洞庭湖 (江南西道 岳州 岳州別名:洞庭

長安 (京畿道 京兆府 長安別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都

玉堂殿 (京畿道 京兆府 長安)

交遊人物:

 

韓汯

書信往來(河東道 晉州(晋州) 岳陽)

杜詩校注01 

寄韓諫議汯

(諫議大夫韓汯に寄せた詩

舊本有注字,一云注乃汯之誤。韓休之子汯,上元中為諫議大夫。

舊本には韓の字が注とある、一にいう注は、汯の誤りである。韓休の子である汯である。この人物は、上元(760-761)中諫議大夫になっている。〕

今我不樂思岳陽,身欲奮飛病在床。

いま私は楽しくないからどうしても岳陽にいる君のことを思ってしまう、だからこの身を奮って飛んでゆきたいと思うが持病がひどくなって寝牀に臥せたままでいる。

美人娟娟隔秋水,濯足洞庭望八荒。

その地には麗しい美人が秋水を隔てて遠方にいるところであり、洞庭湖の水に足を洗いながら素晴らしい風景の八方を見ている。

(韓諫議注に寄る)

〔舊本に注と字有り,一に云う 注、乃ち汯の誤なり。韓休の子 汯,上元中 諫議大夫と為る。〕

今 我 樂からず 岳陽を思う,身 奮飛せんと欲すれども 病 床に在り。

美人 娟娟として秋水を隔ち,足を洞庭に濯いて八荒を望む。

 

 

《寄韓諫議汯》現代語訳と訳註解説
(
本文)
 
(卷一七(四)一五○八)220-34   17-39

寄韓諫議注

今我不樂思岳陽,身欲奮飛病在床。

美人娟娟隔秋水,濯足洞庭望八荒。

 

(下し文)
(韓諫議注に寄る)

〔舊本に注と字有り,一に云う 注、乃ち 汯【こう】の誤りなり。韓休の子 汯,上元中 諫議大夫と為る。〕

今 我 樂からず 岳陽を思う,身 奮飛せんと欲すれども 病 床に在り。

美人 娟娟として秋水を隔ち,足を洞庭に濯いて八荒を望む。

 

(現代語訳)

(諫議大夫韓汯に寄せた詩

舊本には韓の字が注とある、一にいう注は、汯の誤りである。韓休の子である汯である。この人物は、上元(760-761)中諫議大夫になっている。〕

いま私は楽しくないからどうしても岳陽にいる君のことを思ってしまう、だからこの身を奮って飛んでゆきたいと思うが持病がひどくなって寝牀に臥せたままでいる。

その地には麗しい美人が秋水を隔てて遠方にいるところであり、洞庭湖の水に足を洗いながら素晴らしい風景の八方を見ている。

 

(訳注) 
寄韓諫議汯

1. (諫議大夫韓汯に寄せた詩

2.  卷別杜詩校注 卷一七(四)一五○八頁 全唐詩 巻二百二十-34   杜少陵集 巻17-39

3. 諫議大夫 中国の官職の一。政治の得失を論じ、天子をいさめるのを任務とした。参議の唐名。

舊本有注字,一云注乃汯之誤。韓休之子汯,上元中為諫議大夫。

4. 韓汯 舊本には韓の字が注とある、一にいう注は、汯の誤りである。韓休の子である汯である。この人物は、760-761上元中諫議大夫になっている。〕

5. 韓休 韓休(673年-74068日),字良士,京兆長安(今西西安)人,唐朝政治人物、宰相。開元二十一年(西暦七百三十三年)、韓休が宰相となる。韓休は性質が厳格で真っ直ぐな人物であり、玄宗は、時に酒宴などで度を過ごして遊び楽しむと、その都度、お側の者に、

「韓休に知られてはいまいか」と心配してささやいた。

そして、その言葉を言い終わるや否や、韓休からの諫めの書状が届くということであった。

 お側の者が、「韓休が宰相となってから、 陛下はことのほか、 お痩せになりました」

と、暗に韓休の罷免をほのめかした。すると玄宗は、嘆息して言った。「私は痩せたけれども、 韓休のおかげで天下は肥えた」と。

開元中の玄宗の言葉からは、豪奢ではなく正常な天師であったと思われる。韓休が職を辞すると、開元二十二年(734)、張九齢(ちょうきゅうれい)が後を継いで宰相になったが、李林甫によって二十四年(736)には失脚、李林甫はこの後20年近く実権を握り、玄宗は豪奢に狂ったのであるが、玄宗がいつまでも盧懐慎や韓休、張説、張九齢などの恵まれた人物に囲まれていたあいだのことであった。

 

今我不樂思岳陽,身欲奮飛病在床。

いま私は楽しくないからどうしても岳陽にいる君のことを思ってしまう、だからこの身を奮って飛んでゆきたいと思うが持病がひどくなって寝牀に臥せたままでいる。

6. 岳陽 岳陽樓 (江南西道 岳州 岳州別名:岳陽城。湖南省岳陽市にある楼閣。洞庭湖の東北岸に建つ、高さ20.35メートルの三層の木造建築であり、眼下に広大な洞庭湖、北に長江を臨む雄大な景観で知られる。

7. 奮飛 勇気を奮って鳥のように飛び立つ。

 

美人娟娟隔秋水,濯足洞庭望八荒。

その地には麗しい美人が秋水を隔てて遠方にいるところであり、洞庭湖の水に足を洗いながら素晴らしい風景の八方を見ている。

8. 美人 詩では、通常よく使用する順序で言えば、①芸妓を指す。②妃嬪の階位、唐の「内官」制度には、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬢(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。③才徳の優れたもの。賢人。④君主。⑤顔かたちの良い女。美女。⑥美男子。美丈夫。好男子。⑦美しい月。⑧アメリカ人。である。ここでは、瀟湘二妃をはじめとするこの地方に美人女性が多いのを暗に云いつつ、賢人である韓汯を指すものである。

9. 娟娟 美しいさま。清らかなさま。遠くかすかなさま。

10. 秋水 秋の水は、きれいにすきとおた水を言うが、ここでは、瀟湘八景の地であるその地が秋の風景に恵まれた、長江の流れと洞庭湖にたたえる水のことを言う。

11. 濯足 この聯のすべての語句は、屈原を連想している。韓汯は、父が宰相であった血筋と賢者、才能と全てを兼ね備えているにもかかわらず、屈原、賈誼らが左遷された地であること、「足を洗う」は屈原の「漁夫」、孟子の「滄海歌」に基づいている。

『孟子・離婁上』

滄浪之水淸兮,可以濯我纓,

滄浪之水濁兮,可以濯我足。

『孟子』では、「孔子曰:『小子聽之。淸斯濯纓,濁斯濯足矣,自取之也。』」となっており、(滄浪の流れ)自らが、この“纓を洗うか、足を洗うか”のどちらにすべきかを招き取ることである、ということになる。

屈原:《楚辭・漁父》

漁父莞爾而笑,鼓枻而去。

乃歌曰:

「滄浪之水淸兮,可以濯我纓,滄浪之水濁兮,可以濯我足。」

遂去,不復與言。

屈原が『楚辭』「漁父」で取り込んで歌い上げている『孟子』にある古歌に基づき、滄浪の水が澄めば、わたしの(一番大切で尊貴な)冠のヒモ(纓)を洗ったらいいのであって、滄浪の水が濁れば、わたしの(体の部分で一番穢れている)足を洗ったらいい。情勢に一番相応しい対応をすること。『楚辭』とは戦国時代、南方の楚に興った詩の一形式である『辞』の集成されたもの。

12. 洞庭 洞庭湖 (江南西道 岳州 岳州別名:洞庭

13. 八荒 国の八方の果て。国の隅々。八極。天下。