767--16 【字解集】   i.-別崔因寄薛據孟雲卿  ・j-寄韓諫議 杜詩詳注

 

 

2017528

の紀頌之5つの校注Blog

10年のBLOGの集大成

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

745-024巻183-05 寓言三首其三(卷二四(二)一三九三)Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8789

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745年-05 【字解集】005 【字解集】 a.留別王司馬嵩 B.商山四皓  C.訪道安陵遇蓋寰為予造真籙臨別留贈 Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8771

孟浩然

李白詩

謝霊運

司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

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諸葛亮 出師表

曹植詩65

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李白全詩

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楚辞・九歌》東君

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10年のBLOGの集大成

●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-95 先生-巻八-01#15城南聯句 §3 【韓愈、孟郊】【此首又見張籍集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集8784

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745年-05 【字解集】005 【字解集】 a.留別王司馬嵩 B.商山四皓  C.訪道安陵遇蓋寰為予造真籙臨別留贈 Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8772

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

10年のBLOGの集大成

 

 

 

●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-集-16 【字解集】  ・i.-別崔因寄薛據孟雲卿  ・j-寄韓諫議 杜詩詳注( Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8803

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767年-集-13 【字解集】・a.-第五弟豐獨在江左近二首 ・b.-秋風二首 ・c.-送李功曹之荊州 ・d.-送王十六判官 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8660

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

杜甫詩 全詩 総合案内 

●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

Ⅳブログ詩集

漢・唐・宋詞

花間集 訳注解説 (204)回目張泌 《巻四31 浣渓沙十首 其五》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8792 (05/28)

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花間集 訳注解説 (199)回目巻四 牛嶠-3 【字解集】 a.菩薩蠻七首  b.酒泉子 c.定西番 d.玉樓春 e.西溪子 f.江城子二首 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8762 (05/24)

 

 

 

10年のBLOGの集大成

 

●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

.唐五代詞詩・女性

・玉臺新詠

玉-巻二19 詠懷詩二首 其二昔日繁華子 -#1〔阮籍〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 8793

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玉集-013【字解集】  樂府三首 ・樂府 棄婦篇の【字解集】   〔曹植〕 Ⅴ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 8746

●薛濤の全詩

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●魚玄機全詩

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767--16 【字解集】   i.-別崔因寄薛據孟雲卿  ・j-寄韓諫議 杜詩詳注( Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8803

 四阿003

【字解集】 i.-別崔因寄薛據孟雲卿 ・j-寄韓諫議汯

767年 集-16

767年大暦256  (-16) -

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ8803

 


杜詩校注01
【字解集】 
  ・i 別崔因寄薛據孟雲卿  

別崔因寄薛據、孟雲卿

1. (妻の弟崔が湖南観察節度使の幕府に幕僚として赴くにつけ、その地にいる友人の薛璩と孟雲卿にこの詩を寄せたもの)

2.   杜甫の妻崔氏の実弟。

3. 薛は石首縣の縣令。《巻18-55赤甲》詩にみえる。

赤甲

卜居赤甲遷居新,兩見巫山楚水春。

炙背可以獻天子,美芹由來知野人。

荊州鄭薛寄書近,蜀客郗岑非我鄰。

笑接郎中評事飲,病從深酌道吾真。

767- 23 杜少陵集18-55赤甲》紀頌之の漢詩ブログ7557

 

4.. 孟雲卿 孟雲卿は725年(唐の開元10年)生まれ、没年未詳。字名升之。平昌(商河県、山東省済南市に位置する県。)の人。商河県は山東賞西北部、徒駭河北岸に位置する。南北は51km、東西は43kmである。天宝年間30歳を過ぎて進士及第、長安に入る。残存詩17首。平易な言葉で、自尊心が強く社会的現実的な詩は、杜甫、元結などと共有する。758年、6月、杜甫、華州司公參軍に左遷される前夜、酒を酌み交わしている。半年後に再会した。孟雲卿はたびたび見える。

252 冬末以事之東都,湖城東遇孟雲卿,複歸劉顥宅宿,宴飲散因為醉歌

酬孟雲卿 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 274

 

〔自注:赴湖南幕職。

〔杜甫自身の註:妻の実弟の崔が湖南観察節度使の幕府に幕僚として赴く。〕

5. 妄動 考えもなくむやみに行動すること。分別を欠いた行動。

6. 知深 わが、真価を熟知している。自分の友人はこちらのことを十分よく理解してくれている。

7. 固辭 強くすすめられても固く辞退すること。

 

8. 磨礪 刃物などをとぎみがくこと。転じて、学問や技芸などにはげむこと。

9. 不磷緇 「不磷不緇」のこと。磨いておれば汚れず、黒づんだりシミが出たりすることはない。堅貞高潔な品質の人物を例えて言う, 【出處】:語出《論語·陽貨》:“不曰堅乎,磨而不磷。不曰白乎,涅而不緇。”何晏集解引孔安國曰:“言至堅者磨而不薄,至白者染之於涅而不黑。

10. 憂主 君国を憂える。

11. 飛騰 高くあがること。ここでは、出世することを含んで世に出ることをいう。

12. 急濟時 時世の艱難をすくう事を急務とすること。

13. 薛孟 薛據、孟雲卿をさす。

 

 

 

【字解集】   ・j-寄韓諫議汯

寄韓諫議汯

1. (諫議大夫韓汯に寄せた詩

2.  卷別杜詩校注 卷一七(四)一五○八頁 全唐詩 巻二百二十-34   杜少陵集 巻17-39

3. 諫議大夫 中国の官職の一。政治の得失を論じ、天子をいさめるのを任務とした。参議の唐名。

舊本有注字,一云注乃汯之誤。韓休之子汯,上元中為諫議大夫。

4. 韓汯 舊本には韓の字が注とある、一にいう注は、汯の誤りである。韓休の子である汯である。この人物は、760-761上元中諫議大夫になっている。〕

5. 韓休 韓休(673年-74068日),字良士,京兆長安(今西西安)人,唐朝政治人物、宰相。開元二十一年(西暦七百三十三年)、韓休が宰相となる。韓休は性質が厳格で真っ直ぐな人物であり、玄宗は、時に酒宴などで度を過ごして遊び楽しむと、その都度、お側の者に、

「韓休に知られてはいまいか」と心配してささやいた。

そして、その言葉を言い終わるや否や、韓休からの諫めの書状が届くということであった。

 お側の者が、「韓休が宰相となってから、 陛下はことのほか、 お痩せになりました」

と、暗に韓休の罷免をほのめかした。すると玄宗は、嘆息して言った。「私は痩せたけれども、 韓休のおかげで天下は肥えた」と。

開元中の玄宗の言葉からは、豪奢ではなく正常な天師であったと思われる。韓休が職を辞すると、開元二十二年(734)、張九齢(ちょうきゅうれい)が後を継いで宰相になったが、李林甫によって二十四年(736)には失脚、李林甫はこの後20年近く実権を握り、玄宗は豪奢に狂ったのであるが、玄宗がいつまでも盧懐慎や韓休、張説、張九齢などの恵まれた人物に囲まれていたあいだのことであった。

6. 岳陽 岳陽樓 (江南西道 岳州 岳州別名:岳陽城。湖南省岳陽市にある楼閣。洞庭湖の東北岸に建つ、高さ20.35メートルの三層の木造建築であり、眼下に広大な洞庭湖、北に長江を臨む雄大な景観で知られる。

7. 奮飛 勇気を奮って鳥のように飛び立つ。

8. 美人 詩では、通常よく使用する順序で言えば、①芸妓を指す。②妃嬪の階位、唐の「内官」制度には、皇后一人、その下に四人の妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃各一人)、以下順位を追って、九嬢(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛各一人)、捷好九人、美人九人、才人九人、宝林二十七人、御女二十七人、采女二十七人が配置される。③才徳の優れたもの。賢人。④君主。⑤顔かたちの良い女。美女。⑥美男子。美丈夫。好男子。⑦美しい月。⑧アメリカ人。である。ここでは、瀟湘二妃をはじめとするこの地方に美人女性が多いのを暗に云いつつ、賢人である韓汯を指すものである。

9. 娟娟 美しいさま。清らかなさま。遠くかすかなさま。

10. 秋水 秋の水は、きれいにすきとおた水を言うが、ここでは、瀟湘八景の地であるその地が秋の風景に恵まれた、長江の流れと洞庭湖にたたえる水のことを言う。

11. 濯足 この聯のすべての語句は、屈原を連想している。韓汯は、父が宰相であった血筋と賢者、才能と全てを兼ね備えているにもかかわらず、屈原、賈誼らが左遷された地であること、「足を洗う」は屈原の「漁夫」、孟子の「滄海歌」に基づいている。

『孟子・離婁上』

滄浪之水淸兮,可以濯我纓,

滄浪之水濁兮,可以濯我足。

『孟子』では、「孔子曰:『小子聽之。淸斯濯纓,濁斯濯足矣,自取之也。』」となっており、(滄浪の流れ)自らが、この“纓を洗うか、足を洗うか”のどちらにすべきかを招き取ることである、ということになる。

屈原:《楚辭・漁父》

漁父莞爾而笑,鼓枻而去。

乃歌曰:

「滄浪之水淸兮,可以濯我纓,滄浪之水濁兮,可以濯我足。」

遂去,不復與言。

屈原が『楚辭』「漁父」で取り込んで歌い上げている『孟子』にある古歌に基づき、滄浪の水が澄めば、わたしの(一番大切で尊貴な)冠のヒモ(纓)を洗ったらいいのであって、滄浪の水が濁れば、わたしの(体の部分で一番穢れている)足を洗ったらいい。情勢に一番相応しい対応をすること。『楚辭』とは戦国時代、南方の楚に興った詩の一形式である『辞』の集成されたもの。

12. 洞庭 洞庭湖 (江南西道 岳州 岳州別名:洞庭

13. 八荒 国の八方の果て。国の隅々。八極。天下。

14. 鴻飛冥冥 鴻が飛ぶのは暗いところ。冥冥:暗いさま。「―たる闇」「大雪海を圧して来り、航路―」〈独歩・愛弟通信〉事情がはっきりせず、見通しの立たないさま。

15. 青楓葉赤 靑だった楓も赤く染まったことをいう。

16. 玉京 道教でいう天の都。白玉京。天上白玉京,十二樓五城をいう。

17. 群帝 群帝は道家のいう五方の帝ことである。

18. 北斗 中国では柄杓の器の部分を作る、天枢、天璇、天璣、天権の4つを魁(かい)、柄の部分を作る、玉衡、開陽、揺光の3つを標または杓(ひょう)、あわせて斗と一字でよぶこともある。太微の北にあり、天子のことを言う。

19. 騎騏驎  「 「集仙録に」羣仙畢く集る、位 髙き者は鸞に乗じ、次は騏麟に乗じ、次に龍に乗ず、鸞鶴は 每翅各おの、大きさ丈餘。」とみえる。

20. 騏驎翳鳳凰 仙帝は、麒麟に騎乗し、あるいは、鳳凰に乗って鳳凰の翅が虚空を蔽うとますます暗くなってゆく。

21.. 芙蓉旌旗 道教の三冠の一つの「芙蓉」の旗印の旌旗。

22. 煙霧樂 「樂」という踊りを踊る。煙霧が、旌旗、芙蓉が一緒に踊る。

23. 影動倒景 旗影は、天上に倒映して動いる。影は旗影。動はその旗影が動く、日と月ががのぼり日が落ちる際に倒景することを言う。

24. 搖瀟湘 瀟湘の水に揺らめいている。洞庭湖に流入する瀟水、湘水の水に影を揺らす。

25 星宮之君 星の世界の諸仙人、天子の近侍者を喩える。

26. 瓊漿 瓊漿玉液のこと。「瓊」は美玉。美玉を用いて製成した漿液のこと,古代傳の飲料水で仙人になることができるもので、美酒、或は、甘美の漿汁をいう。戰國、楚の宋玉《招魂》「華酌既陳,有瓊漿些。」(華酌 既に陳ねて,瓊漿有り。)

27. 羽人 羽翼を生じて昇天する仙人。飛仙人《楚辞、遠遊》に「仍羽人於丹丘兮、留不死之旧郷」(羽人に丹丘に仍い、不死の旧郷に留まる。)

28. 稀少 ごく珍しいほど少ししかないこと。

29. 【解説】ここまでは道教の仙人、仙官を借りて、朝廷貴人のことを比興手法で述べる。

30. 赤松子 神農のころの雨師(雨の神)水玉(水精。水晶)を服用し、それを神農にも教えた。自焼することで火によって尸解したという。西王母の石室に宿り風雨とともに山を上り下りした。 炎帝(神農)の末娘が赤松子を追ってきて仙人になり、二人とも姿を消した。黄帝の曾孫の高辛氏の時代に再び雨師になった。

31. 漢代韓張良 張良、字は子房は、戦国時代末期~前漢の人物。韓の人物で後に漢の留候。漢王朝を興した高祖劉邦の功臣であり、その中でも最も著名な三傑に挙げられる。軍師として帷幄に控え、政戦両略の首謀を為した。

32. 隨劉氏 漢の高祖、劉邦の事であるが、ここは肅宗が霊武行在所より長安に入って平定したことを比喩しており、韓汯もこの時これに従って入ったのである。

定長安 至徳二年(757)九月長安を回復。755年安禄山が叛乱7566月長安を陥落であった。

33. 帷幄 劉邦と張良が陣中の幔幕の中で、秦、攻略の秘策を練ったことを言い、そうした秘策を考え出す能力を韓汯は持っているという事を言うのである。

34. 神慘傷 韓汯が能力、才力を持っていても、岳陽、瀟湘地方にのおかれているということは、屈原や、賈誼のように心を痛めている、面白く思っていないという事。

35. 吾豈敢 杜甫が韓汯に対して謙遜の語として何もしてやれないというほどの意。

36. 色難 しがたいことが顔色から伺えることを言う。

37. 腥腐 魚獸の生臭く朽ちたものを言う。

38. 周南留滯 司馬 談(未詳紀元前110?)は、中国前漢時代の太史令。姓は司馬氏、名は談。秦の武将司馬錯と司馬靳の子孫、司馬昌(司馬靳の孫)の曾孫、司馬無澤の孫、司馬喜の子、『史記』の著者の司馬遷の父。左馮翊夏陽県竜門(現在の陝西省韓城市芝川鎮)の人。

黄老の学および天文・暦学に通達しており、紀元前140年に太史令となる。武帝の封禅の儀式(紀元前110年実施)の準備のために、周南(洛陽)に滞留して太史令として封禅の仕方を研究したが、病のために封禅の儀式に結局参加できなかったことを悔やんで、子の司馬遷に託して死去した。杜甫が南方の夔州に滞留していることをいう。

39. 南極老人 南極老人星(カノープス:りゅうこつ座α星)を神格化した道教の神。南極仙翁、寿星とも。『西遊記』『封神演義』『白蛇伝』など小説や戯曲に神仙として登場することも多く、日本では七福神の福禄寿と寿老人のモデルだと言われる。

古くから、南極老人星は戦乱の際には隠れ、天下泰平のときにしか姿を見せないという信仰が存在し、『史記』天官書や『晋書』天文志、『漢書』などには、皇帝たちが秋分の日に都の南で観測する慣わしがあったことが記されている。この南極老人星が宋代以降に南極老人として神格化され、長寿と幸福を司るものとされた。

40. 應壽昌 星占いという壽と昌とにあたる。

41. 胡為 何爲とおなじ。

42. 焉得 希望の辞。

43. 玉堂 朝廷の美しき講堂。