767年-125 洞房(卷一七(四)一五一九) 杜詩詳注
767年-125 洞房(卷一七(四)一五一九) 杜詩詳注 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8899
(杜甫が長安にいた時のことを思い出し、特にこの篇では玄宗皇帝のことについて追想したものである。)
我が家の寝室、妻の洞房に環珮が冷やかに感じられるようになってきた。ここより北の長安の玉殿にもさだめし秋風が吹き始めたことであろう。もう間もなく月も変わる、新月の節になろうとしているから、玄宗ゆかりの興慶宮の龍池の水は満々とたたえられていることであろう。ところが自分ときたら、今夜でも、こんな遠方の夔州の地に船をつないでいるのである。同じころ興慶宮沈香亭には、その頃にも鳴り響いていた漏水時計のしらべがむかしどおりになっているであろう。あの万里の先によこたわる黄山の北、そこにはわが唐の諸帝の陵墓には白露がおりてぬれていることであろう。
767年-0125 - |
洞房(卷一七(四)一五一九)五律 |
|
杜詩詳注巻1752 |
||
全唐詩卷二三○58 -五律 |
767年大暦2年56歲 (125) - |
漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ8887 |
(夔州抒情詩八首)
卷230_13 《洞房》
洞房環佩冷,玉殿起秋風。秦地應新月,龍池滿舊宮。
系舟今夜遠,清漏往時同。萬里黃山北,園陵白露中。
卷230_14 《宿昔》
宿昔青門裏,蓬萊仗數移。花嬌迎雜樹,龍喜出平池。
落日留王母,微風倚少兒。宮中行樂秘,少有外人知。
卷230_15 《能畫》
能畫毛延壽,投壺郭舍人。每蒙天一笑,複似物皆春。
政化平如水,皇恩斷若神。時時用抵戲,亦未雜風塵。
卷230_16 《鬥雞》
鬥雞初賜錦,舞馬既登床。簾下宮人出,樓前禦柳長。
仙遊終一閟,女樂久無香。寂寞驪山道,清秋草木黃。
卷230_17 《鸚鵡(一作翦羽)》
鸚鵡含愁思,聰明憶別離。翠衿渾短盡,紅觜漫多知。
未有開籠日,空殘舊宿枝。世人憐複損,何用羽毛奇。
卷230_18 《歷歷》
歷歷開元事,分明在眼前。無端盜賊起,忽已歲時遷。
巫峽西江外,秦城北斗邊。為郎從白首,臥病數秋天。
卷230_19 《洛陽》
洛陽昔陷沒,胡馬犯潼關。天子初愁思,都人慘別顏。
清笳去宮闕,翠蓋出關山。故老仍流涕,龍髯幸再攀。
卷230_20 《驪山》
驪山絕望幸,花萼罷登臨。地下無朝燭,人間有賜金。
鼎湖龍去遠,銀海雁飛深。萬歲蓬萊日,長懸舊羽林。
卷230_21 《提封》
提封漢天下,萬國尚同心。借問懸車守,何如儉德臨。
時征俊乂入,草竊犬羊侵。願戒兵猶火,恩加四海深。
詩文:
洞房環珮冷,玉殿起秋風。
秦地應新月,龍池滿舊宮。
繫舟今夜遠,清漏往時同。
萬里黃山北,園陵白露中。
詩文(含異文):
洞房環珮冷,玉殿起秋風。秦地應新月,龍池滿舊宮。
繫舟今夜遠,清漏往時同。萬里黃山北,園陵白露中【漢黃山宮在武帝茂陵北,借以喻明皇泰陵也。】。
作時年: | 767年 | 大暦2年 | 56歲 |
全唐詩 | 卷二三○13 -五律 | 文體: | 五言律詩 |
杜詩詳注 | 巻1752 | - | |
詩題: | 洞房(卷一七(四)一五一九) | ||
序文 | | ||
作地點: | 目前尚無資料 | ||
及地點: | 龍池 (京畿道 京兆府 長安) | ||
黃山 (京畿道 京兆府 金城) | |||
0 | |||
| |||
交遊人物: | | ||
0 | 0 | |
洞房
(杜甫が長安にいた時のことを思い出し、特にこの篇では玄宗皇帝のことについて追想したものである。)
洞房環珮冷,玉殿起秋風。
我が家の寝室、妻の洞房に環珮が冷やかに感じられるようになってきた。ここより北の長安の玉殿にもさだめし秋風が吹き始めたことであろう。
秦地應新月,龍池滿舊宮。
もう間もなく月も変わる、新月の節になろうとしているから、玄宗ゆかりの興慶宮の龍池の水は満々とたたえられていることであろう。
繫舟今夜遠,清漏往時同。
ところが自分ときたら、今夜でも、こんな遠方の夔州の地に船をつないでいるのである。同じころ興慶宮沈香亭には、その頃にも鳴り響いていた漏水時計のしらべがむかしどおりになっているであろう。
萬里黃山北,園陵白露中。
あの万里の先によこたわる黄山の北、そこにはわが唐の諸帝の陵墓には白露がおりてぬれていることであろう。
(洞房)
洞房 環珮冷やかなり,玉殿 秋風起るならむ。
秦地 應に新月なるべし,龍池 舊宮に滿つるならむ。
繫舟 今夜遠く,清漏 往時 同じかりき。
萬里 黃山の北,園陵 白露の中。
洞房 |
鶴注;明皇以廣徳二年三月塟泰陵、詩云「園/陵白露中」、又曰、「仙遊終一閟、女樂乆無香。」 |
則去塟年逺矣。梁權道編在大厯元年、得之。時《杜臆》八章、皆追憶長安往事、語兼諷刺、 |
以警當 君臣、圖善後之䇿也。每首先成詩、而撮首二字為篇名、乃三百篇遺法。 |
趙曰:此下八篇盖一時所作 |
洞房環珮冷①,玉殿起秋風②。秦地應新月③,龍池滿舊宮④。 |
繫舟今夜遠⑤,清漏往時同⑥。萬里黃山北⑦,園陵白露中⑧。夜 |
首章、従秋夜感興、有故國舊君之思。 上四、長安/秋夜之景、所感在妃子。 |
下四䕫州秋 之景、所感在明皇。 秦地二句、舊注云:月雖新而宫則舊、有物是/人非之感。 |
滿、指池水、不指月色、盖章内秋風、秋月、秋水、秋露、皆各舉時景言耳。 |
趙汸注:今夜、應新、往時、應/舊。 往時清漏、公為拾遺時 宿省所聞者、時上皇初還京也、 |
故下接以園陵句。 空 華 |
①《長門賦》徂清夜於洞房。 植《史記》南子環珮、玉聲璆然。 《記》 行則有環珮之聲。 |
②曹植詩:歡坐玉殿。 漢武辭:秋風起兮白雲飛。 楊妃過温泉/行云:玉殿 掩扉、秋風動琪樹。 |
昔日繁事、盡逐流水去。 |
③《國䇿》張儀曰:「秦地半天下。」 鮑泉詩:新扇如新月。 |
④《唐㑹要》明皇在藩邸、居興慶里、 有龍池湧出、日以浸廣、至開元中、為興慶宮。 |
唐太宗詩、丹陵幸舊宫。 |
⑤薛道衡詩、今夜寒車出。 |
⑥鮑照詩:嘯歌清漏畢。 |
⑦晉灼曰黄山、宫名「在槐里。 |
⑧ 《前漢・叔孫通傳》先帝園陵寢廟。 《詩》白露為霜。 |
天寳之亂、禍由妃子、故八章以此為首。 黄生更定次/序、以大厯開元居先、未合作者之意、 |
又將洞房玉殿指陵土寢殿、而以環珮為守陵宫人、亦非/是。 鼎湖銀海、蓬萊羽林、自在第七章也。 |
《洞房》現代語訳と訳註解説
(本文)
洞房
洞房環珮冷,玉殿起秋風。
秦地應新月,龍池滿舊宮。
繫舟今夜遠,清漏往時同。
萬里黃山北,園陵白露中。
詩文(含異文):
洞房環珮冷,玉殿起秋風。秦地應新月,龍池滿舊宮。
繫舟今夜遠,清漏往時同。萬里黃山北,園陵白露中【漢黃山宮在武帝茂陵北,借以喻明皇泰陵也。】。
(下し文)
(洞房)
洞房 環珮冷やかなり,玉殿 秋風起るならむ。
秦地 應に新月なるべし,龍池 舊宮に滿つるならむ。
繫舟 今夜遠く,清漏 往時 同じかりき。
萬里 黃山の北,園陵 白露の中。
(現代語訳)
(杜甫が長安にいた時のことを思い出し、特にこの篇では玄宗皇帝のことについて追想したものである。)
我が家の寝室、妻の洞房に環珮が冷やかに感じられるようになってきた。ここより北の長安の玉殿にもさだめし秋風が吹き始めたことであろう。
もう間もなく月も変わる、新月の節になろうとしているから、玄宗ゆかりの興慶宮の龍池の水は満々とたたえられていることであろう。
ところが自分ときたら、今夜でも、こんな遠方の夔州の地に船をつないでいるのである。同じころ興慶宮沈香亭には、その頃にも鳴り響いていた漏水時計のしらべがむかしどおりになっているであろう。
あの万里の先によこたわる黄山の北、そこにはわが唐の諸帝の陵墓には白露がおりてぬれていることであろう。
(訳注)
洞房
1. (杜甫が長安にいた時のことを思い出し、特にこの篇では玄宗皇帝のことについて追想したものである。)
2.【解説】 洞房、宿昔、能畫、鬥雞、鸚鵡、歷歷、洛陽、驪山、提封の篇いづれも長安の往事を追想したものである。詩中の「起秋風」により、大暦二年七月の作。前の懐悶十二首と同時期の作品である。この八篇は起句の二字を切りとって題とした。
洞房環珮冷,玉殿起秋風。
我が家の寝室、妻の洞房に環珮が冷やかに感じられるようになってきた。ここより北の長安の玉殿にもさだめし秋風が吹き始めたことであろう。
1. 洞房環珮冷 洞房はおくふかきところの閨、環珮は婦人の金属の珠のついたおびもの、・此句に杜甫寓居の寝室のつまのねるぶぶんのこと。妻の佩び玉から、楊貴妃を連想し、貴妃とともに玄宗に思いを馳せたものである。杜甫のいる場所と思いを馳せる場所を退避して描写する手法である。《長門賦》徂清夜於洞房。 植《史記》南子環珮、玉聲璆然。 《記》 行則有環珮之聲。
2. 玉殿 長安の興慶宮をいうもの。曹植詩:歡坐玉殿。 漢武辭:秋風起兮白雲飛。 楊妃過温泉/行云:玉殿 掩扉、秋風動琪樹。昔日繁事、盡逐流水去。
秦地應新月,龍池滿舊宮。
もう間もなく月も変わる、新月の節になろうとしているから、玄宗ゆかりの興慶宮の龍池の水は満々とたたえられていることであろう。
3. 寒地 長安の地。《國䇿》張儀曰:「秦地半天下。」 鮑泉詩:新扇如新月。
4. 龍池 興慶宮の池、南薫殿の南にある。《唐㑹要》明皇在藩邸、居興慶里、 有龍池湧出、日以浸廣、至開元中、為興慶宮。唐太宗詩、丹陵幸舊宫。
5. 滿舊宮 舊宮とはもとの宮をいう、満とは池水が龍が水そこに住むほどに満水であることをいう。輿慶官はもと玄宗の藩邸にして、俄に地陥りて池となり水が湧きいできたという虚なり。薛道衡詩、今夜寒車出。
繫舟今夜遠,清漏往時同。
ところが自分ときたら、今夜でも、こんな遠方の夔州の地に船をつないでいるのである。同じころ興慶宮沈香亭には、その頃にも鳴り響いていた漏水時計のしらべがむかしどおりになっているであろう。
6. 繋舟 「秋興」詩の「孤舟一繋」の意、夔州に舟なつなぎ客寓するをいう。
7. 清漏 宮殿にて清き水の流れを伴った漏刻により知らされる時の音。
8. 往時同 杜甫が朝廷につかえた時に聞いていた当時の音が今も変わらずしているであろうという意。
萬里黃山北,園陵白露中。
【漢黃山宮在武帝茂陵北,借以喻明皇泰陵也。】
あの万里の先によこたわる黄山の北、そこにはわが唐の諸帝の陵墓には白露がおりてぬれていることであろう。
9. 黃山北 黃山は京畿道京兆府金城であり、西安府興平鹿東北にあり、其地はむかしの塊里にして漢の武帝の茂陵そこに在り。茂陵を借りて玄宗の泰陵を比すという解もある。泰陵は同州府蒲城縣金粟山にあるので黃山北にあたればおのずから諸陵中にふくまれるということ。
晉灼曰黄山、宫名「在槐里。
10. 園陵 諸帝陵をいう、而して泰陵其中にふくまれる。《前漢・叔孫通傳》先帝園陵寢廟。 《詩》白露為霜。