767-141#11 秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(卷一九(四)一六九九#11§4.-4注(1155)

 

2017912

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

745年 n-46-#2 訪道安陵遇蓋寰為予造真籙臨別留贈(卷十(一)六七二)漢文委員会Kanbuniinkai紀頌之Blog9139 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-137 先生-巻八-06納涼聯句【案:韓愈、孟郊】-#4 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9091

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・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

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index-7[810年~811年 44歳] 34

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index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

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index-12 820 國子祭酒18

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韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

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767年-集-19 【字解集】 ・H提封 I鸚鵡 J孤雁 K鷗 L猿 M麂 N雞 O黃魚 P白小  Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8998

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

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これはちかごろでの王業をなしとげられたはじめての王として君臨することを宣言されたもうた。代宗が、吐蕃の侵攻を避けて長安から逃亡されたのも、周の文王が猟に出かけて、太公望呂尚という謀臣を獲得したという幸運な故事になぞらえて、「兆に喜ぶ」と述べたのと同じである。

宮中の御重要政策もこまかなものであり、大臣宰相らも完全に君をいただいておたすけもうしている。

臣下は後車にのせられた呂望のごとく、君は「鴻雁」の詩ではめられた周の宜王のようであらせられる。』

 

767-0141 -

  秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻

(卷一九(四)一六九九)§4-4 #11

杜詩詳注巻19-41

全唐詩卷二三○ -#6

767年大暦256  (141) -

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ9085

 

秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(卷一九(四)一六九九)

§1-1 #1

塞烏蠻北,孤城白帝邊。飄零仍百里,消渴已三年。

雄劍鳴開匣,群書滿繫船。

§1-2 #2

亂離心不展,衰謝日蕭然。筋力妻孥問,菁華月遷。

登臨多物色,陶冶賴詩篇。』

§2-1 #3

峽束滄江起,巖排石樹圓。拂雲霾楚氣,朝海蹴天。

煮井為鹽速,燒畬度地偏。有時驚疊嶂,何處覓平川。

§2-2 #4

鸂鶒雙雙舞,獼猿壘壘懸。碧蘿長似帶,錦石小如錢。

春草何曾歇,寒花亦可憐。獵人吹戍火,野店引山泉。』

§3-1 #5

喚起搔頭急,扶行幾屐穿。兩京猶薄四海隨肩。

幕府初交辟,郎官幸備員。

§3-2 #6

瓜時猶旅寓,萍泛苦夤緣。藥餌虛狼藉,秋風灑靜便。

開襟驅瘴癘,明目掃雲煙。

§3-3 #7

高宴諸侯禮,佳人上客前。哀箏傷老大,華屋豔神仙。

開元曲,常時弟子傳。法歌聲變轉,滿座涕潺湲。』

§4-1 #8

弔影夔州僻,回腸杜曲煎。即今龍水,莫帶犬戎羶。

耿賈扶王室,蕭曹拱御筵。

§4-2 #9

乘威滅蜂蠆,戮力效鷹鸇。舊物森猶在,凶徒惡未悛。

國須行戰伐,人憶止戈鋋。

§4-3 #10

奴僕何知禮,恩榮錯與權。胡星一彗孛,黔首遂拘攣。

哀痛絲綸切,煩苛法令蠲。

§4-4 #11

業成陳始王,兆喜出於畋。宮禁經綸密,台階翊戴全。

熊羆載呂望,鴻雁美周宣。』

§5-1 #12

側聽中興主,長吟不世賢。音徽一柱數,道里下牢千。

鄭李光時論,文章並我先。陰何尚清省,沈宋欻聯翩。

§5-2 #13

律比崑崙竹,音知燥弦。風流俱善價,愜當久忘筌。

置驛常如此,登龍蓋有焉。雖云隔禮數,不敢墜周旋。

§5-3 #14

高視收人表,虛心味道玄。馬來皆汗血,鶴唳必青田。

羽翼商山起,蓬萊漢閣連。

§5-4 #15

管寧紗帽淨,江令錦袍鮮。東郡時題壁,南湖日扣舷。

遠遊凌境,佳句染華牋。

§6-1 #16

每欲孤飛去,徒為百慮牽。生涯已寥落,國步乃迍邅。

衾枕成蕪沒,池塘作棄捐。

§6-2 #17

別離憂怛怛,伏臘涕漣漣。露菊班豐鎬,秋蔬影澗瀍。

共誰論昔事,幾處有新阡。

§6-3 #18

富貴空迴首,喧爭懶著鞭。兵戈塵漠漠,江漢月娟娟。

局促看秋燕,蕭疏聽晚蟬。雕蟲蒙記憶,烹鯉問沈綿。』

§7-1 #19

卜羨君平杖,存子敬氈。囊虛把釵釧,米盡坼花鈿。

甘子陰涼葉,茅齋八九椽。

§7-2 #20

陣圖沙北岸,市瀼西羈絆心常折,棲遲病即痊。

紫收岷嶺芋,白種陸池蓮。

§7-3 #21

色好梨勝頰,穰多栗過拳。敕廚唯一味,求飽或三鱣。

兒去看魚苟,人來坐馬韉。

§7-4 #22

縛柴門窄窄,通竹溜涓涓。塹抵公畦稜,村依野廟壖。

缺籬將棘拒,倒石賴藤纏。』

§8-1 #23

借問頻朝謁,何如穩醉眠。誰云行不逮,自覺坐能堅。

霧雨銀章澀,馨香粉署妍。

§8-2 #24

紫鸞無近遠,黃雀任翩翾。困學違從眾,明公各勉旃。

聲華夾宸極,早晚到星躔。

§8-3 #25

懇諫留匡鼎,諸儒引服虔。不逢輸鯁直,會是正陶甄。

宵旰憂虞軫,黎元疾苦駢。雲臺終日畫,青簡為誰編。』

§9-1 #26

行路難何有,招尋興已專。由來具飛楫,暫擬控鳴弦。

身許雙峰寺,門求七祖禪。落帆追宿昔,衣褐向真詮。

§9-2 #27

安石名高晉,昭王客赴燕。途中非阮籍,上似張騫。

披拂雲寧在,淹留景不延。

§9-3 #28

風期終破浪,水怪莫飛涎。他日辭神女,傷春怯杜鵑。

淡交隨聚散,澤國繞迴旋。

§10-1 #29

本自依迦葉,何曾藉偓佺。爐峰生轉眄,橘井尚高褰。

東走窮歸鶴,南征盡跕鳶。晚聞多妙教,卒踐塞前愆。

§10-2 #30

顧愷丹青列,頭陀琬琰鐫。眾香深黯黯,幾地肅芊芊。

勇猛為心極,清羸任體孱。金篦空刮眼,鏡象未離銓。


城郭と門 

作時年:

767

大暦2年

56

全唐詩

卷二三○ -#4

文體:

五言古詩

杜詩詳注

巻19-41

§2-2 -#6

詩題:

秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(卷一九(四)一六九九)

序文

【鄭審官祕書少監,時謫貶江陵,李之芳留吐蕃歸,拜禮部尚書,改太子賓客。】

作地點:

奉節(山南東道 / 夔州 / 奉節)

及地點:

夔州 (山南東道 夔州 夔州) 別名:夔府、信州

白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝、白帝樓、公孫城

興慶宮 (京畿道 京兆府 長安) 別名:南

杜曲 (京畿道 京兆府 杜曲)

 

下牢鎮 (山南東道 峽州 下牢鎮)

 

崑崙山 (隴右道東部 肅州 崑崙山)

 

青田 (劍南道北部 括州 青田)

 

商山 (山南東道 商州 商州) 別名:南山、地肺山、楚山、商顏

 

天祿閣 (京畿道 京兆府 長安) 別名:漢閣

 

夷陵 (山南東道 峽州 夷陵) 別名:東郡、彝陵

 

岷山 (劍南道北部 茂州 岷山) 別名:西山、汶山

 

雲臺 (京畿道 京兆府 長安)

 

香爐峰 (江南西道 江州 廬山) 別名:鑪峰、爐峰

 

橘井 (江南西道 郴州 馬嶺山)

 

 

交遊人物:

鄭審

書信往來(江南西道 袁州 袁州)

李之芳

書信往來

 

 

 

秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(卷一九(四)一六九九)

(昔から交際のあった鄭審と李之芳に、思い起こすこと、現状分析、これからの事など感慨を述べて寄せたもの)

 

§3-1 #5

喚起搔頭急,扶行幾屐穿。

鳥の声に呼び起こされて慌てて髪を掻きむしりながら起き上がり、杖に助けられて歩くうちに、何足もの下駄を履きつぶした。

兩京猶薄,四海隨肩。

長安南郊の下杜と洛陽東郊の陸渾には少しばかりの家産もあるが、四海のうちに旧友は、もう、だれもいなくなった。

幕府初交辟,郎官幸備員。

成都の幕府では嚴武に召されて幕僚となり、幸いにも工部員外郎を授けられた。

§3-2 #6

瓜時猶旅寓,萍泛苦夤緣。

ところが就任時期が来たのに持病が相いも変わらずひどくて旅の空にあり、いつまでも浮き草のように流されている。

藥餌虛狼藉,秋風灑靜便。

薬が効きもしないのにたくさん散らかっているが、秋風が吹いてくるころにはずいぶん体調もよくなった。

開襟驅瘴癘,明目掃雲煙。

襟を開いて蒸し暑さを追い払い、空を見れば掃き清めたように雲がなくなっている。

§3-3 #7

高宴諸侯禮,佳人上客前。

夔州都督の柏茂琳が開いてくれた盛大な宴席に招かれて顔を出すと、立派な賓客たちの前に美しい歌姫が登場する。

哀箏傷老大,華屋豔神仙。

哀しく澄んだ挙の音は老いぼれたわが身を傷めていると、華やかな御殿に歌姫たちは神仙のように美しい。

開元曲,常時弟子傳。

玄宗が開元の時期に興慶宮で奏でさせた雅楽、それを梨園の楽人の李仙奴が受け継いで今ここで演奏している。

法歌聲變轉,滿座涕潺湲。』

その「法曲」の歌声は、抑揚に富み、満座の者たちは涙をはらはらと流したのだ。

§3-1 #5

喚起せられて 頭を急にき,扶行もて 幾屐をか穿つ。

兩京に 猶お 薄あり,四海に 隨肩ゆ。

幕府 初めて交ごも辟され,郎官 幸いに員に備わる。

§3-2 #6

瓜時に 猶お旅寓し,萍泛して 夤緣に苦しむ

藥餌 しく狼藉たり,秋風 灑ぎて靜便たり。

襟を開きて 瘴癘を驅り,目を明して 雲煙を掃く。

§3-3 #7

高宴は諸侯の禮,佳人は上客の前。

哀箏に 老大を傷み,華屋に 神仙 し。

 開元の曲,常時 弟子 傳う。

法歌 聲は變轉し,滿座 涕は潺湲たり。』

§4-1 #8

弔影夔州僻,回腸杜曲煎。

自分は夔州のかたいなかでひとり影法師を弔っているが、故郷の長安の杜曲のことをおもうて腸はめぐってにえくりかえるようだ。

即今龍水,莫帶犬戎羶。

いまではもう龍厩門の水は犬戎(吐蕃)が入朝して生臭さを蔓延させたが、もうくさみを帯びてはいないであろうか。

耿賈扶王室,蕭曹拱御筵。

耿弁と賈復のような武将が王室を扶け、粛何・曹参のような文臣が御延をかかえ守ったのである。

影を弔えば州僻なり,腸を回らせば杜曲に煎る。

即 今龍の水,犬戎の羶きを帶ぶること莫からんや。

耿賈 王室を扶け,蕭曹 御筵を拱ぐ。

§4-2 #9

乘威滅蜂蠆,戮力效鷹鸇。

安禄山たちは、威勢に乗じて蜂やサソリの毒をもった悪人をほろぼし、郭子儀や顔真卿らは力をあわせて鷹鸇のように精悍さを学んだのである。

舊物森猶在,凶徒惡未悛。

むかしの由緒ある詩文物は厳然として残ってはいるのだが、凶徒は己の悪事をいまだにその悪を悔い改めることをしていない。

國須行戰伐,人憶止戈鋋。

中興の天子をうけついだ代宗がおさめる国家はわるものに対しては征伐をせねはならぬときであるのだが、代宗のみならず、人民はいくさごとを止めたいとおもっている。

§4-2 #9

威に乘じて 蜂を滅ぼし,力を戮せて 鷹に效う。

舊物 森として猶お在るも,凶徒 惡を未だ悛【あらた】めず。

國は 須く戰伐を行うべきも,人は戈を止めんことを憶う。

§4-3 #10

奴僕何知禮,恩榮錯與權。

宦官の程元振、僕懐恩固の奴僕からなりあがったようなものがなんで礼義を知るものか、それなのに朝廷は彼らに恩栄を施しあやまって権力を与えてしまった。

胡星一彗孛,黔首遂拘攣。

安史の乱は、兵乱の予兆である胡星が流れたことから、ひとたび妖気をまとうてから、天下の人民がついに兵役徴用のきずなにしばられてしまったのである。

哀痛絲綸切,煩苛法令蠲。

いまの天子、代宗は民衆の哀痛にたいして情切なるみことのりを下され、煩苛な法令をおのぞきあそばされたのである。

§4-3 #10

奴僕 何ぞ禮を知らん,恩榮 錯りて權を與う。

胡星 一び彗孛し,黔首 遂に拘攣せらる。

哀痛して 絲綸切に,煩苛なれば 法令かる。

§4-4 #11

業成陳始王,兆喜出於畋。

これはちかごろでの王業をなしとげられたはじめての王として君臨することを宣言されたもうた。代宗が、吐蕃の侵攻を避けて長安から逃亡されたのも、周の文王が猟に出かけて、太公望呂尚という謀臣を獲得したという幸運な故事になぞらえて、「兆に喜ぶ」と述べたのと同じである。

宮禁經綸密,台階翊戴全。

宮中の御重要政策もこまかなものであり、大臣宰相らも完全に君をいただいておたすけもうしている。

熊羆載呂望,鴻雁美周宣。』

臣下は後車にのせられた呂望のごとく、君は「鴻雁」の詩ではめられた周の宜王のようであらせられる。』

§4-4 #11

業 成りて 始めて 王たるを陳べ,兆に喜びて 畋に出ず。

宮禁 經綸 密にして,台階 翊戴 全うす。

熊羆 呂望を載せ,鴻雁 周宣を美す。』

紅葉002四阿008 

 

《秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻》現代語訳と訳註解説

(本文) 
§4-4 #11

業成陳始王,兆喜出於畋。

宮禁經綸密,台階翊戴全。

熊羆載呂望,鴻雁美周宣。』

 

(下し文)
§4-4 #11

業 成りて 始めて 王たるを陳べ,兆に喜びて 畋に出ず。

宮禁 經綸 密にして,台階 翊戴 全うす。

熊羆 呂望を載せ,鴻雁 周宣を美す。』

 

(現代語訳)

これはちかごろでの王業をなしとげられたはじめての王として君臨することを宣言されたもうた。代宗が、吐蕃の侵攻を避けて長安から逃亡されたのも、周の文王が猟に出かけて、太公望呂尚という謀臣を獲得したという幸運な故事になぞらえて、「兆に喜ぶ」と述べたのと同じである。

宮中の御重要政策もこまかなものであり、大臣宰相らも完全に君をいただいておたすけもうしている。

臣下は後車にのせられた呂望のごとく、君は「鴻雁」の詩ではめられた周の宜王のようであらせられる。』

 

(訳注) 
秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(卷一九(四)一六九九)

1.題意(昔から交際のあった鄭審と李之芳に、思い起こすこと、現状分析、これからの事など感慨を述べて寄せたもの)

「秋に夔州府で感慨を詩に詠じて、秘書少監の鄭審と、太子賓客の李之芳に送る」。詩題には「鄭監」「李賓客」のそれぞれの下に「審」「之芳」の原注がある。鄭審と李之芳は、杜甫の旧友。「夔府」の称は、夔州に都督府が置かれていたことによる。大暦二年(767)秋、夔州における作。

この時、鄭審は江陵(湖北省荊州市)に、李之芳は夷陵(湖北省宜昌市)にいた。この頃、杜甫には夔州を下って江陵に赴く計画があり、経路に当たる夷陵と江陵の二人の旧友に、再会を期してこの詩を送った。この詩は、五言200句、1000字からなる杜甫の最長の詩で、かつ厳格な規則を持つ排律である。排律は、首聯と末聯を除くすべてを対句にするのが要件だが、この詩では首聯・末聯も対句で仕立てる徹底ぶりで、対句の達人としての杜南の一面を代表する作品となっている。

杜詩詳注に従い§10段に分けて解釈する。杜詩詳注(四)1699、鈴木注巻四258

2. 鄭審 未詳〜七六九?、伝無し。詳注によれば鄭虔の姪。七五二年、杜甫は諌議大夫の鄭審に推挽を求めて「敬みて鄭諌議に贈る十韻」(0047)を贈る。七六六年、秘書少監から江陵少尹(副官)に左遷されると、夔州の杜甫と詩の往来が始まり、江陵に至ってからは数少ない杜甫の知己となる。

3. 李之芳 未詳〜七天、伝無し。七四五年、杜甫と斉州(山東省済南市)で会う。七六四年、礼部尚書(長官)となる。晩年は峡州(湖北省宜昌市) また江陵に滞在、杜南が愛州にいる時には詩を応酬し、杜甫が江陵に至ってからは鄭番を加えて交遊。杜甫の晩年期の重要な友人。

§4-4 #11

業成陳始王,兆喜出於畋。

これはちかごろでの王業をなしとげられたはじめての王として君臨することを宣言されたもうた。代宗が、吐蕃の侵攻を避けて長安から逃亡されたのも、周の文王が猟に出かけて、太公望呂尚という謀臣を獲得したという幸運な故事になぞらえて、「兆に喜ぶ」と述べたのと同じである。

68. 業成陳始王 代宗皇帝が、安史の乱の平定(763)という業績を成し遂げて、「始めて王となる」と宣言する。

69. 兆喜出於畋 代宗が、吐蕃の侵攻を避けて長安から逃亡するという不運な事件を、周の文王が猟に出かけて、太公望呂尚という謀臣を獲得したという幸運な故事になぞらえて、「兆に喜ぶ」と述べる。

 

宮禁經綸密,台階翊戴全。

宮中の御重要政策もこまかなものであり、大臣宰相らも完全に君をいただいておたすけもうしている。

70. 宮禁 禁中。

71. 経論 国家の重要政策。

72. 台階 天上の三台星。転じて中国古代の最高官職である三公(太尉・司徒・司空)の象徴、唐代には宰相の雅称となる。

73. 瑚戴 皇帝を支持し補佐すること。

 

熊羆載呂望,鴻雁美周宣。』 
臣下は後車にのせられた呂望のごとく、君は「鴻雁」の詩ではめられた周の宜王のようであらせられる。』

74.  熊羆載呂望 熊や羆のような太公望呂尚(呂望)を、自分の馬車に同乗させた。句は「載熊羆呂望(熊羆のごとき呂望を載す)」の倒置。「呂望」は、文王・武王を補佐して周の天下統一を実現した謀臣の太公望呂尚だが、ここでは玄宗・粛宗・代宗の三代に仕えた名将の郭子儀を指す。周の文王が猟(映)に出るときに、「獲物は、龍でもなく彲でもなく、虎でもなく羆でもなく、覇王を補佐する謀臣だ」と予言された。果たして文王は潤水で釣りをしている太公望の呂尚と出会い、彼を自分の馬車に載せて連れ帰った。呂尚は文王・武王を補佐して殷を倒し、周の天下統一を実現した(『史記』巻三二「斉太公世家」)。

75. 鴻雁美周宣 「鴻雁」の詩を歌って、中興を成し遂げた周の宣王を讃美する。ここでは借りて、安史の大乱を平定した代宗を中興の主として讃美する。「鴻雁」は『詩経』小雅の篇名で、詩序(詩の解題)に「鴻層は宣王を美する一なり」とあり、宣王の中興を讃美した詩篇とされる。