767-141#25 秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(卷一九(四)一六九九#25§8.-3注(1155) 

 

 

 

2017109

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

745年 n集-13 【字解集】鳴皋歌送岑徵君(卷七(一)五○六)漢文委員会Kanbuniinkai紀頌之Blog9223

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745年-08 【字解集】008 A鳴皋歌送岑徵君  B對雪奉餞任城六父秩滿歸京Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8975

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-151 昌黎先生 巻八-03鬥雞聯句【案:韓愈、孟郊】-#6 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9196

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806年-集17-133 韓昌黎集字解集秋雨聯句【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9064

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

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韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-141#25 秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(卷一九(四)一六九九#25§8.-3注(1155) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9218

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767年-集-19 【字解集】 ・H提封 I鸚鵡 J孤雁 K鷗 L猿 M麂 N雞 O黃魚 P白小  Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8998

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

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767-141#25 秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(卷一九(四)一六九九#25§8.-3注(1155)  Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9218

朝廷はいま懇切に諌める匡鼎(李のこと)を中央にとどめおかれるし、また服虔(鄭)の如き儒者たちを引きよせようとしておられる。

官に仕えることは諌めにあたっては君に剛直を貫き致すことよりほかにない。儒臣となっては必ず天下を知らぬまに陶冶感化せしめるであろう。

天子は宵衣旰食しでしんばいの念をうごかされ、人民は困苦疾病、同時にうけているが、雲台のうえでは終日画筆をふるってえがかるべき人を待っている、

歴史的功業をのせる史書も兩君のことを記載しないというのであれば、誰を記するために編纂、し、綴るのであろうか。

 

767-141§5-1 

  秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻

(卷一九(四)一六九九)§8-1 #23

杜詩詳注巻19-41

全唐詩卷二三○ -#15

767年大暦256  (141) -

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ9204

 

秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(卷一九(四)一六九九)

§1-1 #1

塞烏蠻北,孤城白帝邊。飄零仍百里,消渴已三年。

雄劍鳴開匣,群書滿繫船。

§1-2 #2

亂離心不展,衰謝日蕭然。筋力妻孥問,菁華月遷。

登臨多物色,陶冶賴詩篇。』

§2-1 #3

峽束滄江起,巖排石樹圓。拂雲霾楚氣,朝海蹴天。

煮井為鹽速,燒畬度地偏。有時驚疊嶂,何處覓平川。

§2-2 #4

鸂鶒雙雙舞,獼猿壘壘懸。碧蘿長似帶,錦石小如錢。

春草何曾歇,寒花亦可憐。獵人吹戍火,野店引山泉。』

§3-1 #5

喚起搔頭急,扶行幾屐穿。兩京猶薄四海隨肩。

幕府初交辟,郎官幸備員。

§3-2 #6

瓜時猶旅寓,萍泛苦夤緣。藥餌虛狼藉,秋風灑靜便。

開襟驅瘴癘,明目掃雲煙。

§3-3 #7

高宴諸侯禮,佳人上客前。哀箏傷老大,華屋豔神仙。

開元曲,常時弟子傳。法歌聲變轉,滿座涕潺湲。』

§4-1 #8

弔影夔州僻,回腸杜曲煎。即今龍水,莫帶犬戎羶。

耿賈扶王室,蕭曹拱御筵。

§4-2 #9

乘威滅蜂蠆,戮力效鷹鸇。舊物森猶在,凶徒惡未悛。

國須行戰伐,人憶止戈鋋。

§4-3 #10

奴僕何知禮,恩榮錯與權。胡星一彗孛,黔首遂拘攣。

哀痛絲綸切,煩苛法令蠲。

§4-4 #11

業成陳始王,兆喜出於畋。宮禁經綸密,台階翊戴全。

熊羆載呂望,鴻雁美周宣。』

§5-1 #12

側聽中興主,長吟不世賢。音徽一柱數,道里下牢千。

鄭李光時論,文章並我先。陰何尚清省,沈宋欻聯翩。

§5-2 #13

律比崑崙竹,音知燥弦。風流俱善價,愜當久忘筌。

置驛常如此,登龍蓋有焉。雖云隔禮數,不敢墜周旋。

§5-3 #14

高視收人表,虛心味道玄。馬來皆汗血,鶴唳必青田。

羽翼商山起,蓬萊漢閣連。

§5-4 #15

管寧紗帽淨,江令錦袍鮮。東郡時題壁,南湖日扣舷。

遠遊凌境,佳句染華牋。

§6-1 #16

每欲孤飛去,徒為百慮牽。生涯已寥落,國步乃迍邅。

衾枕成蕪沒,池塘作棄捐。

§6-2 #17

別離憂怛怛,伏臘涕漣漣。露菊班豐鎬,秋蔬影澗瀍。

共誰論昔事,幾處有新阡。

§6-3 #18

富貴空迴首,喧爭懶著鞭。兵戈塵漠漠,江漢月娟娟。

局促看秋燕,蕭疏聽晚蟬。雕蟲蒙記憶,烹鯉問沈綿。』

§7-1 #19

卜羨君平杖,存子敬氈。囊虛把釵釧,米盡坼花鈿。

甘子陰涼葉,茅齋八九椽。

§7-2 #20

陣圖沙北岸,市瀼西羈絆心常折,棲遲病即痊。

紫收岷嶺芋,白種陸池蓮。

§7-3 #21

色好梨勝頰,穰多栗過拳。敕廚唯一味,求飽或三鱣。

兒去看魚苟,人來坐馬韉。

§7-4 #22

縛柴門窄窄,通竹溜涓涓。塹抵公畦稜,村依野廟壖。

缺籬將棘拒,倒石賴藤纏。』

§8-1 #23

借問頻朝謁,何如穩醉眠。誰云行不逮,自覺坐能堅。

霧雨銀章澀,馨香粉署妍。

§8-2 #24

紫鸞無近遠,黃雀任翩翾。困學違從眾,明公各勉旃。

聲華夾宸極,早晚到星躔。

§8-3 #25

懇諫留匡鼎,諸儒引服虔。不逢輸鯁直,會是正陶甄。

宵旰憂虞軫,黎元疾苦駢。雲臺終日畫,青簡為誰編。』

§9-1 #26

行路難何有,招尋興已專。由來具飛楫,暫擬控鳴弦。

身許雙峰寺,門求七祖禪。落帆追宿昔,衣褐向真詮。

§9-2 #27

安石名高晉,昭王客赴燕。途中非阮籍,上似張騫。

披拂雲寧在,淹留景不延。

§9-3 #28

風期終破浪,水怪莫飛涎。他日辭神女,傷春怯杜鵑。

淡交隨聚散,澤國繞迴旋。

§10-1 #29

本自依迦葉,何曾藉偓佺。爐峰生轉眄,橘井尚高褰。

東走窮歸鶴,南征盡跕鳶。晚聞多妙教,卒踐塞前愆。

§10-2 #30

顧愷丹青列,頭陀琬琰鐫。眾香深黯黯,幾地肅芊芊。

勇猛為心極,清羸任體孱。金篦空刮眼,鏡象未離銓。


 

作時年:

767

大暦2

56

全唐詩

卷二三○ -#12

文體:

五言古詩

杜詩詳注

19-41

§2-2 -#12

詩題:

秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(卷一九(四)一六九九)

序文

【鄭審官祕書少監,時謫貶江陵,李之芳留吐蕃歸,拜禮部尚書,改太子賓客。】

作地點:

奉節(山南東道 / 夔州 / 奉節)

及地點:

夔州 (山南東道 夔州 夔州別名:夔府、信州

白帝城 (山南東道 夔州 奉節別名:白帝、白帝樓、公孫城

興慶宮 (京畿道 京兆府 長安別名:南

杜曲 (京畿道 京兆府 杜曲)

 

下牢鎮 (山南東道 峽州 下牢鎮)

 

崑崙山 (隴右道東部 肅州 崑崙山)

 

青田 (劍南道北部 括州 青田)

 

商山 (山南東道 商州 商州別名:南山、地肺山、楚山、商顏

 

天祿閣 (京畿道 京兆府 長安別名:漢閣

 

夷陵 (山南東道 峽州 夷陵別名:東郡、彝陵

 

岷山 (劍南道北部 茂州 岷山別名:西山、汶山

 

雲臺 (京畿道 京兆府 長安)

 

香爐峰 (江南西道 江州 廬山別名:鑪峰、爐峰

 

橘井 (江南西道 郴州 馬嶺山)

 

 

交遊人物:

鄭審

書信往來(江南西道 袁州 袁州)

李之芳

書信往來

 

 

 

秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(卷一九(四)一六九九)

(昔から交際のあった鄭審と李之芳に、思い起こすこと、現状分析、これからの事など感慨を述べて寄せたもの)

 

§7-1 #19

卜羨君平杖,存子敬氈。

かつて厳君平は、成都で占いを稼業にして、百銭を得て杖頭にぶらさげたという、わたしは厳君平を羨んでいるのだ。また盗賊が王献之の家に押し入った時、青い毛乾は我が家の宝だから勘弁してほしいと訴えると、盗まずに去ったという。わたくしの貧乏さは王献之のように泥棒が盗むことをしないというだけはゆるされる程度である。

囊虛把釵釧,米盡坼花鈿。

財布がからになれば妻のかんざしや腕環をとって銭にかえ、米がなくなると螺鈍の紋を割いて売るということだ。

甘子陰涼葉,茅齋八九椽。

八九本のたる木のびろがりの茅ぶきの書斎を設けて、あついときは庭の相子の樹の涼しい葉かげにやすむ。

§7-2 #20

陣圖沙北岸,市瀼西

孔明の八陣図は江北の沙岸にあるし、船着き場は壊西の高岸のところにある。

羈絆心常折,棲遲病即痊。

まえに官職で身体をっながれていたころはいつも心がくだけていたが、このごろの閉居で病気がすぐにもなおりそうにおもえる。

紫收岷嶺芋,白種陸池蓮。

はたけいじりをして、岷嶺の紫の芋をとりいれ、呉の陸機が愛したという白い花を咲かせる池の白蓮のたねをまいた。

§7-3 #21

色好梨勝頰,穰多栗過拳。

梨の実は紅くて少女の頬にもまさり素敵である、栗は豊富にとれて大きさは拳以上である。

敕廚唯一味,求飽或三鱣。

時として満腹にしょうとするときはうなぎを三本ほど用いることもあるが、通常は台所へはおかずは一品という決まりになっているのである。

兒去看魚苟,人來坐馬韉。

異様な風俗で、隣りには眼の色の違う岸辺の漁師の家の異国人が居る。友だちがたずねてくるには船からあがれば馬の鞍に坐してくる。

§7-4 #22

縛柴門窄窄,通竹溜涓涓。

南門でさえ、柴をしばってこしらえた、とても狭いものであり、水を引くには竹をわたして、そこからたまり水がたくたくしたたっている。

塹抵公畦稜,村依野廟壖。

草堂をかこむ塹は官田の岸までつづいており、村は村はずれの寺廟の境内のあき地によりそうている。

缺籬將棘拒,倒石賴藤纏。

籬の欠けたところは棘で補うて人や獸のはいるのをふせぎ、石の倒れそうなのは藤蔓をからみつかせてもたせておくのである。

 

§7-1 #19

卜は羨む 君平が杖、倫は存す 子敬が氈。

嚢虚しくして 釵釧を把り、米尽きて 花鈿を坼く。

甘子は 陰涼の葉、茅斎は 八九橡。

§7-2 #20

陣図は 沙北の岸、市は 瀼漬西の巌。

羈絆せられて 心常に折れ、棲遅して 病 即ち痊ゆ。

紫は収む眠嶺の芋、白きは種う陸池の蓮。

§7-3 #21

色好くして 梨は頬に勝り、穣り多くして 栗は拳を過ぐ。

厨に勅するは 惟だ一味、飽くを求むれば 或いは三鱣。

俗 異りて鮫室に隣りし、朋来たれば 馬韉に坐せしむ。

§7-4 #22

柴を縛りて 門 窄窄、竹を通じて 溜 滑滑。

塹は抵る 公畦の稜、村は依る 野廟の壖。

欠雛妹を将て拒ぎ、倒石藤に頼りて纏わしむ。

 

§8-1 #23

借問頻朝謁,何如穩醉眠。

試みにたずねるが、役人になってしきりに参朝謁見などするということと、こうやって穏かに酔うたり眠ったりしているのとどちらがいいか。

誰云行不逮,自覺坐能堅。

おまえは、あるきかたが遅くて他人においつけることができないなどとだれがいうのであろうか。あるきかたがおそいとはいっても、それでもきちんと座っていることだけは確かである。

霧雨銀章澀,馨香粉署妍。

中央の尚書省の役所は手に蘭を持ち、口に香を含んで出仕するので香の気においが充満し、粉壁は白くてうつくしくあろうが、自分は霧雨のうちにいて銀印にも青さびがでているだろう。

§8-2 #24

紫鸞無近遠,黃雀任翩翾。

そら高く翔ける紫鸞は遠くも近くということのわかちもあるまいが、自分のような黄雀はただきままにちょこちょこ飛ぶだけである。

困學違從眾,明公各勉旃。

自分は衆人にはそむいて困苦して勉学しているが、明徳ある諸公は官途へ出て、せいぜい働くことをつとめられるがいい。

聲華夾宸極,早晚到星躔。

二君の如きは北極星のごとくかがやく名声は帝位をはさみ、いつしか三台の位にまでのぼられるであろう。

§8-3 #25

懇諫留匡鼎,諸儒引服虔。

朝廷はいま懇切に諌める匡鼎(李のこと)を中央にとどめおかれるし、また服虔(鄭)の如き儒者たちを引きよせようとしておられる。

不逢輸鯁直,會是正陶甄。

官に仕えることは諌めにあたっては君に剛直を貫き致すことよりほかにない。儒臣となっては必ず天下を知らぬまに陶冶感化せしめるであろう。

宵旰憂虞軫,黎元疾苦駢。

天子は宵衣旰食しでしんばいの念をうごかされ、人民は困苦疾病、同時にうけているが、雲台のうえでは終日画筆をふるってえがかるべき人を待っている、

雲臺終日畫,青簡為誰編。

歴史的功業をのせる史書も兩君のことを記載しないというのであれば、誰を記するために編纂、し、綴るのであろうか。

§8-1 #23

借問す頻りに朝謁するは、穏かに醉眠するに何如。

誰か云う行むこと逮【およ】ばずと、自ら覚ゆ坐して能く堅きを。

霧雨に 銀章 渋り、馨香に 粉署 妍【うるわ】し。

§8-2 #24

紫鷲に 近遠 無く、黄雀は 細部たるに任す。

困学 衆に従うに違う、明公 各の旃【これ】に勉めよ。

声華 宸極を爽み、早晩 星躔に到らん。

§8-3 #25

懇ろに諌めて 匡鼎を留め、諸儒 服虔を引く。

鯁直を輸【いた】すに過ぎず、会【かなら】ず是れ 陶甄を正さん。

宵旰して 憂虞軫り、黎元に疾苦 駢る。

雲台 終日 画き、青簡 誰が為にか編まん。

 

 

《秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻》現代語訳と訳註解説

(本文) 
§8-3 #25

懇諫留匡鼎,諸儒引服虔。

不逢輸鯁直,會是正陶甄。

宵旰憂虞軫,黎元疾苦駢。

雲臺終日畫,青簡為誰編。』

 

(下し文)
§8-3 #25

懇ろに諌めて 匡鼎を留め、諸儒 服虔を引く。

鯁直を輸【いた】すに過ぎず、会【かなら】ず是れ 陶甄を正さん。

宵旰して 憂虞軫り、黎元に疾苦 駢る。

雲台 終日 画き、青簡 誰が為にか編まん。

 

(現代語訳)

朝廷はいま懇切に諌める匡鼎(李のこと)を中央にとどめおかれるし、また服虔(鄭)の如き儒者たちを引きよせようとしておられる。

官に仕えることは諌めにあたっては君に剛直を貫き致すことよりほかにない。儒臣となっては必ず天下を知らぬまに陶冶感化せしめるであろう。

天子は宵衣旰食しでしんばいの念をうごかされ、人民は困苦疾病、同時にうけているが、雲台のうえでは終日画筆をふるってえがかるべき人を待っている、

歴史的功業をのせる史書も兩君のことを記載しないというのであれば、誰を記するために編纂、し、綴るのであろうか。

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(訳注)

 

§8-3 #25

懇諫留匡鼎,諸儒引服虔。

朝廷はいま懇切に諌める匡鼎(李のこと)を中央にとどめおかれるし、また服虔(鄭)の如き儒者たちを引きよせようとしておられる。

181. 懇諫留匡鼎 匡衡(字は鼎)は、前漢の元帝(在位前48〜前33)を強く諌めたが、疎んぜられることはなかった。匡衡は『詩経』を専攻した儒学者で、また硬骨の官僚。ここでは李之芳をなぞらえる。

182. 諸儒引服虔 多くの儒者の中から、服虔を推挙する。「引」は抜擢する。服虔は後漢末期の儒学者で、ここでは鄭審をなぞらえる。

 

不逢輸鯁直,會是正陶甄。

官に仕えることは諌めにあたっては君に剛直を貫き致すことよりほかにない。儒臣となっては必ず天下を知らぬまに陶冶感化せしめるであろう。

183. 輸鯁直 剛直な意見を述べる。「輸」は先方に届ける。前の「懇諫留匡鼎」を承ける。

184. 陶甄 土をこねて陶器を作る。転じて人民を教化する。前の「諸儒引服虔」を承ける。

 

宵旰憂虞軫,黎元疾苦駢。

天子は宵衣旰食しでしんばいの念をうごかされ、人民は困苦疾病、同時にうけているが、雲台のうえでは終日画筆をふるってえがかるべき人を待っている、

185. 宵旰 「宵衣旰食」の略。皇帝が政治に精励して、夜も明けぬうちから衣を着て働き、暗くなってからようやく食事を摂ること。

186. 憂虞軫 心配事が集まる。「憂」「虞」ともに、将来を心配しうれえる。「愁」は今の事態をうれえる。「軫」は、本来、車が多く集まる。

187. 黎元 人民。

188. 疾苦駢 病苦が集まる。「駢」は二頭の馬を馬車に繋ぐ、転じて多く集まる。

 

雲臺終日畫,青簡為誰編。』 
歴史的功業をのせる史書も兩君のことを記載しないというのであれば、誰を記するために編纂、し、綴るのであろうか。

189. 雲臺終日畫 「雲台」は、後漢の明帝(在位5775)が名臣の肖像を描かせたという雲台閣。前漢の麒麟閣に名臣を描かせたのにならった。

190. 青簡 青竹の竹筒に書かれた史考青史。紙以前は、竹簡を用いた。

長安城図 作図00