767--20-4 【字解集】   ・秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(4)

 

 

20171019

の紀頌之”6”つの校注Blog

10年のBLOGの集大成

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、現在、李白詩全詩 訳注

Ⅰ李白詩

(李白集校注)

745年 n-57-#2 留別西河劉少府(巻十五(一)九一五)漢文委員会Kanbuniinkai紀頌之Blog9279

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745年-08 【字解集】008 A鳴皋歌送岑徵君  B對雪奉餞任城六父秩滿歸京Ⅰ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 李白詩集8975

孟浩然

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司馬相如 《子虛賦 ・上林賦》

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諸葛亮 出師表

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兩都賦序・西都賦・東都賦

李白全詩

漁父辞(屈原

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《楚辞九辯》

 

 

 

 

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●唐を代表する 中唐 韓愈 全500首 

Ⅱ韓昌黎詩集・文集校注

806年-158 昌黎先生 巻八-02會合聯句【案:韓愈、張籍、孟郊、張徹】-#4 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9252

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806年-集17-133 韓昌黎集字解集秋雨聯句【字解集】 Ⅱ漢文委員会kanbuniinkai紀頌之韓愈詩集9064

・李商隠詩 (1) 136首の75

・李商隠詩 (2) 135首の61

韓愈1 ・孟郊・張籍と汴州乱41

index-2[800年~804年]27

index-3 805年陽山から江陵36

index-4 806年 39 江陵・国子博士25

index-5 806年39歳(2)25

index-6 807~809年 20

index-7[810年~811年 44歳] 34

index-8 [812年~814年47歳]46

index-9[815年~816年 49歳57

index-10[817年~818年 51歳]「平淮西碑」28

index-11 819年『論佛骨表』左遷 38

index-12 820 國子祭酒18

index-13 821年~822年 22

index-14 57歳・病気のため退職。没す14

韓愈 哲学・儒学「五原」

孟郊

 

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●杜甫の全作品1500首を訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"

Ⅲ 杜詩

詳注

767年-集-20-4 【字解集】  ・秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(4) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9274

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767--20-3 【字解集】  ・秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(3)

767年-集-20-2 【字解集】  ・秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(2)

杜甫詩(1)736~751年  53

杜甫詩(2)752年~754年、43歳 73

杜甫詩(3)45歳 安史の乱に彷徨う 26

杜甫詩(4)757年、左拾遺 43

杜甫詩(5)758年47歳 左遷 53

杜甫詩(6)759年 三吏三別 44

杜甫詩(7)759年秦州詩 66

杜甫詩(8)759年同谷紀行、成都紀行36

杜甫詩(9)760年、49歳 成都 45

杜甫詩(10)761年、50歳 成都82

杜甫詩(11)762年蜀中転々43

杜甫詩(12)762年 蜀中転々 49

(13)763年蜀中転々 96

 (14)764年 三月成都へ帰る 100

 (15)765年正月幕府を辞す 63

(16-1) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)80

(16-2) 766年雲安、暮春、夔州 168首 の(1)81

 

杜甫詩 (17-1)767年夔州・西閣・赤甲・瀼西132

杜甫詩 (17-2) 767年・瀼西・東屯 133

杜甫詩 (18)768年江陵・公安縣・岳州 78

杜甫詩 (19)769年・洞庭湖・潭州・衡州 78

杜甫詩 (20)770年・洞庭湖・潭州・衡州。27

杜甫詩 (21)洩れ分(未詳分)・散文

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている。花間集連載開始。

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花間集 訳注解説 (271)回目牛希濟巻五45中興樂一首》 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9296 (10/19)

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●花間集全詩●森鴎外の小説の”魚玄機”詩、芸妓”薛濤”詩。唐から五代詩詞。花間集。玉臺新詠連載開始

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・玉臺新詠

玉-巻二40 王昭君辭一首并序  -#6 石崇 Ⅴ漢詩・六朝詩・文選・古詩源・唐宋詩詞漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9297

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玉集-019【字解集】  悼亡詩二首其三  Ⅴ漢詩・六朝詩・文選・古詩源・唐宋詩詞漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の玉臺新詠巻二ブログ 9207

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767--20-4 【字解集】   ・秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(4) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9274

§7-§8

【字解集】秋日夔府詠懷奉寄鄭監審李賓客之芳一百韻(4)

 

 

§7-1 #19

卜羨君平杖,存子敬氈。

かつて厳君平は、成都で占いを稼業にして、百銭を得て杖頭にぶらさげたという、わたしは厳君平を羨んでいるのだ。

135. 卜羨君平杖 前漢の隠者の厳遵(字は君平)は、成都で卜をして生計を立て、日銭が百銭たまると店を閉めて、午後は『老子』の講釈をした(『漢書』巻七二「王貢両嚢飽伝」)。

136. 存子敬氈 東晋の王献之の家に盗賊が押し入ってきた時、青い毛氈は我が家の宝だから勘弁してほしいと訴えると、盗まずに去ったという(『晋書』巻八〇「王献之伝」)。

 

囊虛把釵釧,米盡坼花鈿。

また盗賊が王献之の家に押し入った時、青い毛乾は我が家の宝だから勘弁してほしいと訴えると、盗まずに去ったという。わたくしの貧乏さは王献之のように泥棒が盗むことをしないというだけはゆるされる程度である。

137. 嚢虚 財布が空になる。

138. 釵釧 釵と腕輪。妻の装身具。

139. 坼花鈿 螺鈿細工の二股の釵の片方を折り取る。これも妻の装身具。

 

甘子陰涼葉,茅齋八九椽。
財布がからになれば妻のかんざしや腕環をとって銭にかえ、米がなくなると螺鈍の紋を割いて売るということだ。

140. 甘子 蜜柑の木。

141. 陰涼葉 日陰に伸びる蜜柑の葉。

142. 八九椽 間口が八九間。「橡」は、ここでは「間」と同じ意味で、柱と柱の間を数える単位。東普・陶淵明の「園田の居に帰る」其の一に「草屋八九間」とある。

§7-2 #20

陣圖沙北岸,市瀼西

孔明の八陣図は江北の沙岸にあるし、船着き場は壊西の高岸のところにある。

143. 陣圖 蜀の諸葛孔明が作ったという八陣図。白帝城の西の、長江の北岸にあったとされる。

144. 市瀼西 魚腹の船着き場の周りの盛り場は、瀼水の西の小高い岸辺に広がる。「瀼」とは、三峡一帯の、長江に流れ入る谷川の通称。原注に「峡人(三峡一帯の人)は市井泊船の処を目して市と日う。江水の横ざまに山谷に通ずる処を、方人(土地の人)之れを瀼と謂う」。

 

羈絆心常折,棲遲病即痊。

まえに官職で身体をっながれていたころはいつも心がくだけていたが、このごろの閉居で病気がすぐにもなおりそうにおもえる。

145. 羈絆 繋がれる。漂泊の生活は制約が多くて不自由である。鈴木注は、官職にあったときの不自由さと見る。

146. 心常折 心がいつも悲しい。なお「心」は臓器としての心臓が基本義であり、直訳すれば心臓が捩子曲げられる。

147. 棲遅 隠棲する。

148. 痊 病が癒える。

 

紫收岷嶺芋,白種陸池蓮。

はたけいじりをして、岷嶺の紫の芋をとりいれ、呉の陸機が愛したという白い花を咲かせる池の白蓮のたねをまいた。

149. 紫収眠嶺芋 蜀の名産の紫色の芋を収穫する。「眠嶺」は、成都の西の山、転じて成都、また広く蜀の地域を指す。

150. 白種陸池蓮 池には、陸機が愛したという白い花を咲かせる睡蓮を植える。南朝・梁・任坊の 『述異記』巻上に 「呉中に陸家の白蓮……有り」。

§7-3 #21

色好梨勝頰,穰多栗過拳。

梨の実は紅くて少女の頬にもまさり素敵である、栗は豊富にとれて大きさは拳以上である。

151. 勝頰 美女の血色の良い頬にも勝る。

 

敕廚唯一味,求飽或三鱣。

時として満腹にしょうとするときはうなぎを三本ほど用いることもあるが、通常は台所へはおかずは一品という決まりになっているのである。

152. 敕廚唯一味 台所には、おかずに二品だけを言いつける。

求飽或三鱣 満腹したい時には、三匹の鰻を用意させる。『後漢書』巻五四「楊震伝」の次の故事を意識する。「鶉韻が三匹の鰻をくわえて講堂の前に飛んできた。都講(師範代)が鰻を手に持って楊寮に告げた。鰻は卿大夫(高級官僚) の印で、三という数字は三公(最上位の官)を表します。先生はこれから栄達するでしょう」。

 

兒去看魚苟,人來坐馬韉。
異様な風俗で、隣りには眼の色の違う岸辺の漁師の家の異国人が居る。友だちがたずねてくるには船からあがれば馬の鞍に坐してくる。

153. 魚苟 眼の色の違う岸辺の漁師の家の異国人を言う。別本に「鮫室」とする。 南海の人魚の家。ここでは 『全訳』九宝頁に従って、岸辺の漁師の家と解する。鈴木注は、広東省辺りの外国貿易を営む胡商(アラビア商人) と隣りあわせることかと推測する。

154. 馬韉 鞍の下に置く敷物。客を坐らせる座布団がないので、「馬携」で代用して坐らせる。貧乏なさまをいう。鈴木注は、「馬帝に坐す」と訓読し、たんに友人が馬に乗ってやってくる意味と解する。

§7-4 #22

縛柴門窄窄,通竹溜涓涓。

南門でさえ、柴をしばってこしらえた、とても狭いものであり、水を引くには竹をわたして、そこからたまり水がたくたくしたたっている。

155. 縛柴 小枝を結わえる。・柴門:しばを編んでつくった門。また、質素で閑静な住居。隠棲者の家の門。

156. 窄窄 狭苦しいさま。

157. 通竹 竹の樋を渡して水を引く。

158. 溜涓涓 (竹の樋から)滴がさらさらと流れ落ちる。

 

塹抵公畦稜,村依野廟壖。

草堂をかこむ塹は官田の岸までつづいており、村は村はずれの寺廟の境内のあき地によりそうている。

159. 塹抵公畦稜 杜甫の瀼西の草堂の周囲にめぐらした堀は、官田のあぜ道まで抵り接する。「公畦」は官田。「稜」はあぜ道。原注に「京師の農人は田の遠近を指して多く幾稜なりと云う。稜は岸なり。」とあり、水田に使われるものである。

160. 野廟壖 村はずれの寺廟の境内。「壖」は周囲の空き地。

 

缺籬將棘拒,倒石賴藤纏。
籬の欠けたところは棘で補うて人や獸のはいるのをふせぎ、石の倒れそうなのは藤蔓をからみつかせてもたせておくのである。

161. 棘 棘のある植物。鈴木注は拘橘とする。

162. 賴藤纏 石が崩れ落ちないように、藤の蔓をからませる。

§8-1 #23

借問頻朝謁,何如穩醉眠。

試みにたずねるが、役人になってしきりに参朝謁見などするということと、こうやって穏かに酔うたり眠ったりしているのとどちらがいいか。

163. 借問 ちょっとお尋ねする。「シャモン」と読み慣わす。

164. 朝謁 皇帝に謁見する。朝廷に出仕する。

 

誰云行不逮,自覺坐能堅。

おまえは、あるきかたが遅くて他人においつけることができないなどとだれがいうのであろうか。あるきかたがおそいとはいっても、それでもきちんと座っていることだけは確かである。

165. 行不逮 歩いて目的地にまで着くことはできない。「行」 は歩く。「逮」 は到達する。一本に「逮」を「達」 に作るのも同義。鈴木注、『李寿松注』 表五四頁は、「私の歩き方 (速度) が人に及ばないとは誰が言うのか」、『全訳』九七九頁は、「私が歩けないとは誰が言うのか」と解釈する。

166. 坐能堅 しっかりと坐ることはできる。「堅」は堅固に、しっかりと。

 

霧雨銀章澀,馨香粉署妍。
中央の尚書省の役所は手に蘭を持ち、口に香を含んで出仕するので香の気においが充満し、粉壁は白くてうつくしくあろうが、自分は霧雨のうちにいて銀印にも青さびがでているだろう。

167. 銀章澀 工部員外郎の銀の官印に、霧雨の湿気で錆が浮く。「渋」 はツヤがなくなること。

169. 馨香 馥しい。尚書省の官僚は、手に蘭を持ち、口に香を含んで出仕した。尚書省を話題にするのは、杜甫が工部員外郎(郎官)に任官を予定していたため。

170. 粉署 尚書省の雅称。漢代の尚書省は、壁を胡粉(鉛粉)で白く塗り、紫に縁取りし、名士の肖像画を描いたので、粉署・粉省・画省(○矢六参照) などと称した。

§8-2 #24

紫鸞無近遠,黃雀任翩翾。

そら高く翔ける紫鸞は遠くも近くということのわかちもあるまいが、自分のような黄雀はただきままにちょこちょこ飛ぶだけである。

171. 紫鸞 立派な人物(鄭審や李之芳)を指す。「鸞」は想像上の瑞鳥で、青みがかったのを鸞(紫鸞)、赤みがかったのを鳳と称した。

172. 無近遠 近くでも遠くでも。どこでも自在に。

173. 黃雀 雀の一種。ここは卑小な人間の比喩。杜甫を指す。

174. 翩翾 近くをちょこちょこ飛び回る。

 

困學違從眾,明公各勉旃。

自分は衆人にはそむいて困苦して勉学しているが、明徳ある諸公は官途へ出て、せいぜい働くことをつとめられるがいい。

175. 困學 刻苦して学ぶ。

176. 違從眾 衆人(世間の人々)の好みに従うことができない。「困学」「従衆」とも『論語』 に見える語。

177. 明公 名声と地位を持つ者。李之芳と鄭審を指す。

178. 栴 指示語、これ。「栴」は「之・焉」の合音とされる。

 

聲華夾宸極,早晚到星躔。
二君の如きは北極星のごとくかがやく名声は帝位をはさみ、いつしか三台の位にまでのぼられるであろう。

179. 聲華夾宸極 名声が皇帝にまで届く三屋極」は、星々の中心に位置する北極星、転じて皇帝。

180. 到星躔 宰相の地位に至る二塁纏」は星の宿る位置で、ここでは三台星の位置。三台星は、・二公(最高官で唐代では宰相の雅称)の象徴。

§8-3 #25

懇諫留匡鼎,諸儒引服虔。

朝廷はいま懇切に諌める匡鼎(李のこと)を中央にとどめおかれるし、また服虔(鄭)の如き儒者たちを引きよせようとしておられる。

181. 懇諫留匡鼎 匡衡(字は鼎)は、前漢の元帝(在位前48〜前33)を強く諌めたが、疎んぜられることはなかった。匡衡は『詩経』を専攻した儒学者で、また硬骨の官僚。ここでは李之芳をなぞらえる。

182. 諸儒引服虔 多くの儒者の中から、服虔を推挙する。「引」は抜擢する。服虔は後漢末期の儒学者で、ここでは鄭審をなぞらえる。

 

不逢輸鯁直,會是正陶甄。

官に仕えることは諌めにあたっては君に剛直を貫き致すことよりほかにない。儒臣となっては必ず天下を知らぬまに陶冶感化せしめるであろう。

183. 輸鯁直 剛直な意見を述べる。「輸」は先方に届ける。前の「懇諫留匡鼎」を承ける。

184. 陶甄 土をこねて陶器を作る。転じて人民を教化する。前の「諸儒引服虔」を承ける。

 

宵旰憂虞軫,黎元疾苦駢。

天子は宵衣旰食しでしんばいの念をうごかされ、人民は困苦疾病、同時にうけているが、雲台のうえでは終日画筆をふるってえがかるべき人を待っている、

185. 宵旰 「宵衣旰食」の略。皇帝が政治に精励して、夜も明けぬうちから衣を着て働き、暗くなってからようやく食事を摂ること。

186. 憂虞軫 心配事が集まる。「憂」「虞」ともに、将来を心配しうれえる。「愁」は今の事態をうれえる。「軫」は、本来、車が多く集まる。

187. 黎元 人民。

188. 疾苦駢 病苦が集まる。「駢」は二頭の馬を馬車に繋ぐ、転じて多く集まる。

 

雲臺終日畫,青簡為誰編。』
歴史的功業をのせる史書も兩君のことを記載しないというのであれば、誰を記するために編纂、し、綴るのであろうか。

189. 雲臺終日畫 「雲台」は、後漢の明帝(在位5775)が名臣の肖像を描かせたという雲台閣。前漢の麒麟閣に名臣を描かせたのにならった。

190. 青簡 青竹の竹筒に書かれた史考青史。紙以前は、竹簡を用いた。