767年-集-21 【字解集】 ・寄峽州劉伯華使君四十韻
767年-集-21 【字解集】
・寄峽州劉伯華使君四十韻 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9365
【字解集】 ・寄峽州劉伯華使君四十韻
寄劉峽州伯華使君四十韻 #1
1.(祖父のころから世交している峽州で州の長官をしている劉伯華に四十韻の詩を寄せる)
2. 【題意】 大暦二年(757)初秋、夔州にあって、峡州(湖北省宜昌市)の長官の劉伯華を思って作った詩。「劉峡州伯華使君」は、峡州の刺史(州長官)である劉伯華。使君は刺史の雅称。劉伯華の祖父劉允済は、杜甫の祖父杜審言とともに則天武后に仕えた文臣で、劉家と杜家は世代を跨る交遊関係(世交)にあった。夔州と下流の峡州の間にある峡谷がいわゆる三峡で、距離は約二〇〇キロメートルの間に存在する。
3. 使君 刺史・太守・使君 州の長官。雅称は使君。州と郡は同等なので、郡の長官である太守を刺史の雅称にも用いる。
峽內多雲雨,秋來尚鬱蒸。
「高唐賦」にもうたわれた三峡は曇りや雨が多く、秋が来たというのに、依然として蒸し暑い。
4. 雲雨(三峡の雲雨)「雲雨」は雲と雨。男女の情交。神女が別れ際に「私は朝には朝雲となり、暮れには行雨となりここに参りましょう」と言ったことから。
「巫山」中国四川・湖北両省の境にある名山。長江が山中を貫流して、長江三峡の一つである巫峡を形成。
遠山朝白帝,深水謁夷陵。
遠い夷陵の山並みは私のいる白帝城へとなびき、長江の深い水は君のいる夷陵に向かって流れる。
5. 白帝 白帝城(垂慶市奉節県)。杜南が当時逗留していた壁州の別名。
6. 夷陵 峡州の別名。劉伯華が刺史を務めるところ。
遲暮嗟為客,西南喜得朋。
年を取っても漂泊の身の上であるのを嘆いていたが、長安の西南のこの三峡の地に君という友人がいたことを嬉しく思う。
7. 遅暮 晩年。
8. 西南喜得朋 三峡の地で、劉伯華という友人を得た。劉伯華や杜甫のいる三峡一帯は、長安から見て西南と認識された。『易経』坤の「西南に朋を得たり」を踏まえる。
#2
哀猿更起坐,落雁失飛騰。
私は、悲しげに叫ぶ猿のように坐ったり起きたりするばかりで同じ場所を離れることができず、空から落ちた雁のように飛び立つこともできないのである。
伏枕思瓊樹,臨軒對玉繩。
病で枕に伏せりながら、仙境の島、谷山に生える美しい玉樹のような節義ある君を思い、窓辺によって空しく夜空に輝く北斗星を見上げて立派な君を思う。
9. 瓊樹 仙境の良嵩山に生えるという美しい玉樹。
10. 軒 窓。
11. 玉縄 北斗星。星座の代表格として、立派な人間の比喩。「蔑樹」「玉縄」とも劉伯華の優れた人格を暗示。
青松寒不落,碧海闊逾澄。
君の信念は、緑の松が寒くなっても葉を落とさず、緑の海原が一面に広がってますます澄み渡るような人物なのだ。
12. 青松寒不落 常緑樹の松は、節操を保持することの比喩。『論語』子竿に「子目く、歳寒くして然る後に松柏の彫むに後るるを知るなり(孔子がいった、冬になって初めて松やヒノキが落葉しないことがわかる)」。
13. 碧海 青い海。東海の神仙三山に行く海原を言う。
#3
昔歲文為理,群公價盡增。
昔は文教によって政治を行い、その政治に携わった名士たちが評価を高めたものだ。
14. 文為理 文教によって政治を行う。法律や武力などの強権によらない良い政治。「理」は治理、きちんと治める。
家聲同令聞,時論以儒稱。
わが祖父の杜審言の評判は、君の祖父劉允済の名声と肩を並べ、当時は文借として称賛されたものだった。
15. 家聲 杜審言からの(杜家)の評判。
16. 令聞 劉允済の名声。
17. 儒 文儒。正統的教養を身につけた文化人。儒者のきちんとした人物。
太后當朝肅,多才接跡昇。
武則天が朝廷に立って威儀を示し、有能な人材が踵を接するように次々と出仕した。
18. 太后 武則天(在位六九〇〜七〇五)。夫の高宗の死後に皇帝に即位。中国史上ただ一人の女帝。
翠虛捎魍魎,丹極上鶤鵬。
宮廷では魑魅魍魎のような姦臣を退け、鰹や鵬のような英傑が集った。
19. 捎魍魎 姦臣を撃ち退ける。「魅魅」は妖怪、転じて姦臣。畳韻語「モウリョウ」。
20. 丹極 丹塗りの宮殿。朝廷。
21. 鶤鵬 伝説上の大魚「鯤」と、その大魚が姿を変えた大鳥「鵬」(『荘子』逍遥遊)。劉允済と杜審言のような優れた人物の比喩。
#4
宴引春壺滿,恩分夏簟冰。
廷臣たちには、春は宴席で壷を満たす酒が振る舞われ、夏は褒美に竹むしろの氷のように冷ややかなものが用意された。
22. 夏簟冰 水のように冷たい夏用の竹ゴザ。
彫章五色筆,紫殿九華燈。
われらが祖父の披露する珠玉の文学は、五色の筆で綴られ、紫蘇殿には九華の灯が明るくともされていた。
23. 彫章 美文。彫球を凝らした文章。劉允済が献上して則天武后に称賛された「明堂の賦」など。
24. 五色筆 文才。南朝・梁の江滝(四四四〜五室は晩年、五色筆を東晋の詩人の郭環に返す夢を見て、以後文才が衰えた(梁・鍾礫『詩品』巻二)。
25. 紫殿 宮殿。
26. 九華燈 明るい灯火。一基に九つの灯火をともす燭台。前漢の武帝が、仙女の西王母の来訪を待つときに宮中に用意したという(『漢武故事』侠文)。
學並盧王敏,書偕褚薛能。
われらが祖父の学才は初唐四傑の慮照隣や王勃のように優れ、書芸は祐遂良や辞榎のように秀でていた。
27. 廬王 廬照隣と王勃。楊烱・駱賓王を加えて初唐の四傑(1「人物説明」)と称される文人。28. 褚薛 袴遂良(莞六〜六宍)と辞榎(六四九〜七三)。虞世南・欧陽諭を加えて初唐の四大書家と称される。
老兄真不墜,小子獨無承。』
老兄はその立派な家の評判を落とすことはなかったが、非才の私は名声を継ぐことができないでいる。
§3-1 #5
近有風流作,聊從月繼徵。
近頃、君には風雅の詩ができたという事が伝わってきたが、まあ、月に映すという君のいる明月峡から取り寄せることにしたいとおもっている。
28. 風流作 劉伯華の優れた詩。
29. 月繼 月裏、月窟に同じ。月が宿るという神秘の場所。一説に、三峡にある明月峽。どちらの説でも、劉伯華のいる峡州を指す。ここでは、窟と同じく、岩の洞穴。明月峡は、岩にあいた洞穴から天が明るく月のように見えたという。ここは両者を兼ねて含蓄を持たせた用法である。
放蹄知赤驥,捩翅服蒼鷹。
蹄をけたてて疾駆すれば駿馬とわかるものだし、翼を振るって舞い上がれば勇ましい灰色の鷹に人々は敬服する、それほど君の詩は見事なのだ。
30. 放蹄 疾走する。
31. 赤驥 伝説上の駿馬の名。周の穆王の八頭のすぐれた馬。八駿馬。〔柳宗元 觀八駿圖説〕にある。同書には赤驥・盗驪・白義・踰輪・山子・渠黄・華驑・緑耳の八頭と見える。
32. 捩翅 羽打つ。飛翔する。
33. 蒼鷹 灰色の鷹。
卷軸來何晚,襟懷庶可憑。
ところが君の巻軸に編集された詩集がなかなか届かない。私の心は君の詩を頼りにしておるのである。
34. 襟懷 心の中。胸のうち。
35. 巻軸 一巻に編集された劉伯華の詩集。杜甫はすでに劉伯華の数篇の詩を読み、さらにまとまった詩集を読みたいと思っていた。
會期吟諷數,益破旅愁凝。
是非とも君の詩を繰り返し吟じられる期をえたいし、それができれば旅の愁いを慰めることができるのである。
§3-3 #7
迴首追談笑,勞歌跼寢興。
振り返ってみれば、かつての君との楽しい交わりが思い出される、今はひたすら詩を作りながら寝ても覚めても侘しい思いに身を縮こまらせるのである。
43. 勞歌 心をこめて詩を作ること。
44. 跼寢興 寝ることと興(起)きることに縛られる。身体的にも精神的にも低調なこと。「跼」は跼蹐、身体を縮こまらせる。
年華紛已矣,世故莽相仍。
いたずらに青春の時間を費して、世間の苦労を重ねてきたが、世の役に立てそうもない。
45. 世故 心を煩わせる世間の出来事。『李寿松注』1462頁は、戦乱とする。
刺史諸侯貴,郎官列宿應。
君がいま務める州の長官である刺史は、さしずめ昔の諸侯の身分であるが、君の前職の郎官は夜空に見上げる明るい星座のような立派な官職ではないか。
46. 郎官 劉伯華は、峡州刺史となる以前に郎官(尚書省)だった。鈴木注、『李寿松注』1642頁は杜甫が郎官だったことを指すとする。杜甫は成都時代、剣南西川節度使の嚴武の推挽によって朝廷から検校工部員外郎を授けられたが、病気のために、上京して就任することができないでいた。
47. 列宿鷹 夜空を飾る星座と対応する。人物が立派であることの比喩。
潘生驂閣遠,黃霸璽書增。』
君は播岳が出仕した都の宮殿を遠く去って、峡州に赴任しているが、黄覇が州の長官として治績を上げて、じきじきに天子から璽書(詔書)を賜ったように、そのうち褒美にあずかるに違いない。
48. 潘生驂閣遠 劉伯華が長安の宮殿を離れて、峡州の刺史となったこと。西晋の潘岳(247〜300)の「秋興の賦」の序文に、宿直した宮殿を描いて「高閣は雲に連なる」。『李寿松注』1462頁は、杜甫が郎官を授けられながら、就任できずに長安から遠い夔州に病を抱いて流浪することとする。
49. 黃霸璽書增 劉伯華が峡州刺史として善政を行い、皇帝から称賛されることを期待する。前漢の黄覇(前130〜前51)が穎川郡の太守(長官)だったとき、宣帝は詔書(璽書)を下してその善政を讃美し、褒美を賜った(『漢書』巻八九「黄覇伝」)。郡の太守は、州の刺史と同格。
§4-1 #8
乳贙號攀石,飢鼯訴落藤。
私のいる夔州の山中では、虎の子は恐ろしげに叫びながら岩を撃じ登り、腹を空かせたムササビは鳴いて藤の木から舞い降りる。
50. 乳贙 子供の質。質は、大秦(古代ローマ帝国) にいるという犬に似て凶暴な獣(『爾雅』注)。ここでは肇州にいる虎の子をいうか。
51. 鼯 鼯鼠/鼺鼠《古くは「むざさび」とも》リス科の哺乳類。リスに似て、体長約40センチ、尾長約35センチ。背面は灰褐色で、目の上からほおにかけ白帯がある。森林にすみ、夜行性。
藥囊親道士,灰劫問胡僧。
道士に親しんで、不老長生の薬で嚢を満たし、西域から来た僧侶には、かつて世界を焼いたという劫火の灰について問い尋ねる。
51. 灰劫 かつて世界を焼き滅ぼした大火(劫火)の名残(灰)。前漢の武帝が長安の宮中に昆明湖を掘ったとき、地底から黒い灰が出てきた。東方朔に問うたところ、西域から来た胡僧に聞くしかないと答えた (『三輔黄図』巻四など)。
憑久烏皮折,簪稀白帽稜。
長らくもたれていたので、脇息の黒革は擦り切れ、白帽は智で止めて人前に出ることもないので、真新しいまま角が取れることもない。
52. 簪稀 頭巾を哲で止めてかぶることが少ないので、頭巾の折れ目が取れない。士は、役所では冠、私的場面では頭巾をかぶる。その頭巾もかぶらないとは、杜南が孤独の世界に逼塞していること。
§4-2 #9
林居看蟻穴,野食行魚罾。
林間に隠遁してはつくねんと蟻の穴を見つめ、山野の獲物にたよる質素な食事には魚を捕る網が必要なのだ。
53. 野食行魚罾 野食するには漁網が必要だ。野食とは、山野で取れたものを食べる質素な食事。
筋力交彫喪,飄零免戰兢。
筋力はすっかり衰えるし、放浪の生活では心配が絶えない。私も後漢の桓賓も郎官であり、県の長官ぐらいにはなれてもよかった。
54. 交彫喪 次第に衰える。「彫喪」は、凋喪に同じ。しぼみ、なくなること。
55. 戦兢 戦々兢々とおびえる。諷零(漂泊)の境遇にいて、安堵できないこと。
皆為百里宰,正似六安丞。
それが華州司功参軍に左遷されて今この始末なのは、後漢の桓讃が六安郡の属官に左遷されたのと同じことだ。
56. 百里宰 県の長官(県令)。百里四方(県の大きさ)の主宰者。漢代、郎官は次に県令(県の長官) として地方に出るのが慣例だった。
57. 六安丞 後漢の桓讃(前23〜56)は郎官(天子の側近の官)となったが、光武帝(後漢初代皇帝)を諌めたために六安郡(安徽省六安市)の丞(副官)に左遷され、赴任の途上に憂悶のために死んだ。ここでは杜甫が、かつて左拾遺の時に粛宗を諌めて華州司功参軍の地方官に左遷されたことと、いま郎官(検校工部員外郎)を授けられながらも朝廷に出仕できず、県令(百里宰)に就任もできずに夔州に逼塞することの二つを錯綜して用いる。
§4-3 #10
奼女縈新裹,丹砂冷舊秤。
不老長生の薬を作るため、水銀が新しい袋に詰められ、不要となった丹薬は古い秤の上で
忘れられて冷たくなる。
58. 奼女 水銀の隠語。不老長生の仙薬の主要材料。
59. 丹砂 丹薬。不老不死の仙薬。それが古い秤に載って冷えているとは、失敗作として顧みられないこと。「丹砂がもうあら熟も取れて出来上がっている」。
但求椿壽永,莫慮杞天崩。
私は椿の大木のように長生きするつもりでおり、杷国の人が天の崩れ落ちるのを心配したように、天下国家を心配する身分ではない。
60. 椿壽 長寿。かつて八千年を春とし、八千年を秋とする椿の木があったという(『荘子』 逍遥遊)。「椿」は日本語のツバキとは異なる。
61. 杞天 杷国の人々は、天が崩れ落ちるのを心配した(『列子』 天瑞)。ありえないことを心配する「妃憂」の語の出典。ここでは、杜甫が分不相応に天下国家のことを憂えることを含む。
鍊骨調情性,張兵撓棘矜。
君は、心技体、筋骨を鍛えて精神を整えることであり、軍勢を率いて謀反の者の戟の柄を挫きたまえ。
62. 鍊骨調情性 劉伯華が筋骨と精神を鍛錬する。この句から四句は、劉伯華についていう。
63. 張兵撓棘矜 軍勢を出して、敵の戟(棘)の柄(矜)を挫く。反乱を平定すること。二句後の「伐叛必全懲」にかかる。
§4-4 #11
養生終自惜,伐數必全懲。
君には御身をいたわりながら、謀反の者をきっと懲らしめてもらいたい。
政術甘疏誕,詞場愧服膺。
ところで君は私の政治と文学の見識を評価してくれるが、私が政治にまるで無能であるのは仕方のないこと、文学でお褒めをいただくことには恐縮するばかりだ。
64. 疏誕 無能で、でたらめ。
65. 服庸 尊重して心に銘記する。
展懷詩誦魯,割愛酒如澠。
魯国で編まれた『詩経』のような君の堂々とした詩を読むとき、私の詩心は満たされる。
66. 詩論魯 魯の『詩経』のように堂々と風格のある劉伯華の詩を、杜甫が口ずさむ。魯の孔子が『詩経』を編纂したと伝えられる。
67. 割愛酒如澠 「割愛」は、大事にするものを諦める。原注に「平生好む所なるも、消渇にて之れを止む」とあり、当時の杜甫は糖尿(消渇)の病で、酒を断っていた。「酒は澠(川の名)の如し」とは、酒が多量にあることの比喩。
#12
咄咄寧書字,冥冥欲避矰。
今は黙って指で宙に「咄咄」の字を書いて愚痴を漏らしたりせずに、ただ鳥が空高く飛んで滑を避けるように世間の敵意から逃れようと思う。
68. 咄咄 落胆して思わず発する声。東晋の殿浩(三〇三〜三雲)は、敗軍の将となり、官職を剥奪されて庶民に落とされた。そのとき口に出してはいわず、ただ指で宙に「咄咄怪事」(まったくもってなんてことだ)の四字を書いたという(『世説新語』拙免)。「咄咄寧ぞ字を書せん」で、杜甫が自分の不満をあえていわないことをいう。
江湖多白鳥,天地有青蠅。
江湖には人の血を吸おうと蚊や蛸が群がり、天地には人を陥れようと青蝿が飛んでいるのだ。
69. 江湖 世界。次句の「天地」とほぼ同義。「江湖」とは、本来は国都(官)から離れた在野の世界だが、ここでは広義の用法。
70. 白鳥 人の血を吸う蚊や蛸のこと(『大戴礼』夏小正)。貪欲な人間の比喩。『九家注』巻二九では、異説として不遇な高士の比喩としてのハクチョウという解釈も並記し、『全訳』九八四頁と『李寿松注』一四六四頁はこの解釈に従ぅ。鈴木注も「友としてあそぶことができる」疇鷺のたぐいだとする。
71. 青蝿 清潔なものを汚すアオバエ(『詩経』青蝿)。人を陥れる邪悪な人間の比喩。



