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767--24  【字解集】158.復愁十二首 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9652

 

 

【字解集】158.復愁十二首

複愁十二首(杜甫 唐詩)

  其一

  人煙生處僻,虎蹟過新蹄。

  野鶻翻窺草,村船逆上溪。

  其二

  釣艇收緡盡,昏鴉接翅歸。

  月生初學扇,雲細不成衣。

  其三

  萬國尚防寇,故園今若何。

  昔歸相識少,早已戰場多。

  其四

  身覺省郎在,家須農事歸。

  年深荒草徑,老恐失柴扉。

  其五

  金絲鏤箭鏃,皂尾制旗竿。

  一自風塵起,猶嗟行路難。

  其六

  胡虜何曾盛,幹戈不肯休。

  閭閻聽小子,談話覓封侯。

  其七

  貞觀銅牙弩,開元錦獸張。

  花門小前好,此物棄沙場。

  其八

  今日翔麟馬,先宜駕鼓車。

  無勞問河北,諸將覺榮華。

  其九

  任轉江淮粟,休添苑囿兵。

  由來貔虎士,不滿鳳凰城。

  其十

  江上亦秋色,火雲終不移。

  巫山猶錦樹,南國且黄鸝。

  其十一

  每恨陶彭澤,無錢對菊花。

  如今九日至,自覺酒須

  其十二

  病減詩仍拙,吟多意有

  莫看江總老,猶被賞時魚。

 

(複た愁う 十二首の其の一)

人煙 生ずる処は 僻なり、虎跡 過ぎて新蹄あり。

野鶻 翻りて 草を窺い、村船 逆しまに 渓を上る。

(複た愁う 十二首の其の二

  釣艇 緡を收めて盡き,昏鴉 翅を接すること 稀なり。

  月 生じて 初めて扇を學び,雲 細くして 衣 成さず。

(復た愁う十二首の其の三) 

萬國 尚お 戎馬,故園 今 若何。

昔 歸りしとき 相識 少【まれ】に,蚤【はや】く已に 戰場 多かりき。

(復た愁う十二首の其の四)

身は覺ゆ 省郎として在るを,家は農事にて歸るを須つ。

年深くして 草徑は荒れ,老いては恐る 柴扉を失うかと。

(復た愁う十二首の其の其の五)

  金絲もて 箭鏃を鏤め,皂尾もて 旗竿を制る。

  一たび 風塵の起りしより,猶お 行路の難きを嗟く。

(複愁十二首其の六)

胡虜 何ぞ 曾【すなわ】ち盛なる、幹戈 肯て休めず。

閭閻 小子に聴けば、談笑して封侯を覓む。

(複愁十二首其の七)

貞観 鋼牙の弩、開元錦獣の張。

花門 小箭 好ければ、此の物 沙場に棄つ。

(複愁十二首其の八)

  今日 翔麟の馬,先ず 宜しく鼓車に駕すべし。

  河北を問うを勞する無かれ,諸將 榮華を覺う。

(複愁十二首其の九)

  転ずるに任す 江淮の粟、添うるを休めよ 苑囿の兵。

由来 貔虎の士、鳳凰城に満ちず。

(複愁十二首其の十)

江上 亦た 秋色、火雲 終に移らず。

巫山 猶お 錦樹、南国 且く黄鸝。

(複愁十二首其の十一)

毎に恨む 陶彭沢の、銭無くして 菊花に対せしを。

如今 九日至る、自ら覚ゆ 酒の須く【おぎの】るべきを。

(複愁十二首其の十二)

病 減ずるも 詩 仍お 拙く、吟多きも 意に余り有り。

看る莫かれ 江総 老いたりと、猶お 時魚を賞せらるるを。


 

複愁十二首其一

1. 9月、吐蕃は5万の軍で、霊武を包囲、長安では、吐蕃の入寇ということで、戒厳令が布されたので、十二作の中に全方位的に思いを述べる。その一は、瀼西の風景に寄せる思い)

2. 【題意】 大暦二年(767)秋、瀼西での連作十二首。全唐詩、巻二三十。身近な瀼西の風景に寄せる思いから、9月、吐蕃は5万の軍で、霊武を包囲、長安では、吐蕃の入寇ということで、戒厳令が布された。杜甫の当時の感慨が連作の中に全方位的に述べられる。「復愁」の詩題から、本籍の前に「愁」と題する五言絶句の連作詩があったと推測されていたが、現在に至るも発見されていない。

 

人煙生處僻,虎蹟過新蹄。

人々の煮炊きの煙が立ち上るところは、辺鄭な村里である。虎が通り過ぎたりして、新しい足跡が残っていることもある。

3. 僻 辺鄙な土地。夔州の町(魚腹)から離れているところ(瀼西)ということ。

 

野鶻翻窺草,村船逆上溪。 
見渡せば、野原を自由に飛ぶ隼が舞って草原の獲物をねらい、村の人の舟だけが瀼水を遡ってくる。

4. 野鶻 野原を自由に飛ぶ隼。

 

 

複愁十二首其二

5.  9月、吐蕃は5万の軍で、霊武を包囲、長安では、吐蕃の入寇ということで、戒厳令が布されたので、十二作の中に全方位的に思いを述べる。その二は、夕暮れの愁いを誘う瀼西の風景に寄せる)

6. 其二 第二首は、夕暮れの愁いを誘う景を詠ずる。

 

釣艇收緡盡,昏鴉接翅歸。

夕暮れになると、瀼水をさかのぼった所で、どの釣り舟も釣り糸を片付けて家路につき、ねぐらに帰る鴉の群れもまばらになる。

7. 釣艇 釣り舟。「艇」(仄声)は小舟、「舟」「船」(ともに平声)を避けるために用いた。

8. 繕 釣り糸。

9. 接翅 主翼を接するほどに群れをなして飛ぶ。

 

月生初學扇,雲細不成衣。 
そうしたら、三日月が現れ、上弦を過ぎて、団扇をまねて丸くなろうとしていることはわかっているが、雲はうっすらと浮かんでいて、薄すぎて、これではまだ衣を作れそうにない。

10. 月生 月が出る。ここでは新月の時期を過ぎて、月が姿を現すことをいう。

11. 學扇 丸い団扇のまねをする。三日月が、やがて丸くなろうとする(今は丸くない)

12. 雲細不成衣 雲を布に見立てて、薄すぎて衣服を作れないとする。以上二句、初唐・李義府の「堂堂詞」「鏤月成歌扇,裁雲作舞衣。自憐迴雪影,好取洛川歸。」(月を鏤りて歌扇を成し、雲を裁ちて舞衣を作る)に基づいて活用している。李義府(614 - 666年)は、隋末から唐初にかけての政治家。河北(瀛州饒陽県)の人。

 

 

複愁十二首其三

13.  9月、吐蕃は5万の軍で、霊武を包囲、長安では、吐蕃の入寇ということで、戒厳令が布されたので、十二作の中に全方位的に思いを述べる。その三は、故郷をおもい、その愁いを誘い、三四句は、以前故郷に帰った時の様子を述べ、今はどうだろうと心配を詠う)

 

14. 其三第三首は、故郷を思って愁える。三、四句はこの時の帰郷のさまを記す。

萬國尚戎馬,故園今若何。

天下の至る所で、たびたび、軍馬が駆け回る、故郷、中原は今どうなっているだろう。

15. ・萬國:諸国。各地。各国。ここでの「萬國」は、日本語の「万国」(世界のあらゆる国。地球上のすべての国家)とは意味合いが異なり、中華の天下での諸国であり、中華各地の国々の意で使われている。『歳晏行』「萬國城頭吹畫角,此曲哀怨何時終。」に同じ。  

16. ・尚:なお。なおも。 

・戎馬 兵馬。軍馬。戦馬。転じて、軍事。戦闘。戦乱。戦争。軍馬。転じて戦乱。ここではこの年の九月、吐蕃が長安北方の霊州(寧夏回族自治区銀川市呉忠市)・郡州(陳西省威陽市彬県)に侵入して、長安が厳戒態勢となった事態を踏まえる

17. ・防寇:(敵の)侵攻を防ぐ。

18. ・故園:故郷。ふるさとの田舎。「故園」や後出「郷」等、ふるさとの地を指すことばのイメージが、日本語のそれよりも大きいことになっていることに注意すべきである。故郷。また故郷の家。杜甫の故郷は洛陽の東の陸渾にあり、華州司功参軍に在任中の758年乾元二年妻)春に、安史の乱の反乱軍の影響下にある陸渾の家(荘園)を訪ねて「弟を憶う二首」 

19. ・若何:どうしよう。なんとせん。いかん。≒如何。ここは「何如」の意である、どんなであるか。いかが、になる。

 

昔歸相識少,早已戰場多。 
昔、帰ったときも知りあいの姿は少なく、すでに辺りは戦場ばかりとなっていた。今は、何かあれば、吐蕃が何度も攻め入ってくる。

20. ・昔歸:以前に帰郷した時。 

21. ・相識:顔見知り。知人。互いに知り合っている人。 

22. ・少:すくない。稀な。減った。

23. ・蚤已:はやすでに。「蚤已」を「早已」ともする。意味・発音は同じ。 ・蚤:はやい。はやく。=早。 ・已:とっくに。すでに。

 

 

複愁十二首其四

24. (9月、吐蕃は5万の軍で、霊武を包囲、長安では、吐蕃の入寇ということで、戒厳令が布されたので、十二作の中に全方位的に思いを述べる。その四は、故郷、都に帰っても、倚るべき家がない事をうれえて詠う)

25. 其四 第四首は、帰るべき家がないのを愁える。

 

身覺省郎在,家須農事歸。

我が身は尚書省の工部員外郎なのだが長安で任官する道は断たれどうすることもできない、それに故郷の家に帰って農作業をやりたいのである。

26. 省郎在 省即として存在する。「省郎」は、広徳二年(芙四)、杜甫が五三歳の時に朝廷より授けられた尚書省検校工部員外郎。

27. 家須農事掃 故郷である洛陽東郊の陸渾荘を念頭に、その荘園を耕作するために帰郷したい思いを述べる。

 

年深荒草徑,老恐失柴扉。

だが帰ろうとしても、あれから歳月が経って草の径は荒れ果てているだろうから、年老いた私は道に迷って家の柴の門扉がどこにあるのかわからないのではないか。

28. 年深 歳月が久しくなる。平仄の制約で、「年久」 の「久」(仄声)を避けて「深」(平声)を用いている。

29. 柴扉 柴の小枝を結わえて作った粗末な門扉。陸滞在を指す。

 

 

複愁十二首其五

30. (9月、吐蕃は5万の軍で、霊武を包囲、長安では、吐蕃の入寇ということで、戒厳令が布されたので、十二作の中に全方位的に思いを述べる。その五は、吐蕃、ウイグルの侵略、権力と私欲、野望による局地に至るまで、戦乱が絶えることがない。)

31. 其五 第五首は、戦乱の絶えないことを愁える。

 

金絲鏤箭鏃,皂尾制旗竿。

鏃には金糸を鏤め、旗竿には獣の黒い尻尾の毛を飾っているように反乱軍はこのように意気揚々だ。

32. 皂尾 獣の黒い尻尾の毛。

 

一自風塵起,猶嗟行路難。

ひとたび戦塵が巻き起こってから、今に至るまで、どれほどこの戦乱に苦しめられたことか、人生の道のりの苦しさを嘆くばかりだ。

33. 風塵 戦塵。天宝十四載(蓋)十一月に安禄山の乱が勃発した。

34. 行路難 行く道が苦難に満ちている。漢代に遡る占い楽府(歌謡)に「行路難」があるのを意識した表現。

 

 

複愁十二首其六

35. (9月、吐蕃は5万の軍で、霊武を包囲、長安では、吐蕃の入寇ということで、戒厳令が布されたので、十二作の中に全方位的に思いを述べる。その六は、人々が戦乱を好むことを愁えると詠う)

36. 其六 第六首は、人々が戦乱を好むことを愁える。

 

胡虜何曾盛,幹戈不肯休。

異民族はいったいどうしてこんなに勢力を持つのだろう。内外の国の人々が戦を好んでやめようとしないのだ。

37. 胡虜 異民族。分析すれば「胡」は西、「虜」は北の異民族。ここでは吐蕃(チベット)を指す。

38. 何曾盛 いったいどうして。納得できない気分を含む。中国が内部で戦争を起こすので異民族につけこまれる、という含意。唐の将軍僕固懐恩の反乱などを意識する。

39. 幹戈 盾と矛、転じて戦争。双声語「カンカ」。

40. 休 停止する。

 

閭閻聽小子,談話覓封侯。 
こうした殺伐としたご時世なので、村の入り口で子供に尋ねると、戦で手柄を立てて大名に取り立てられたいと笑いながら答える始末だ。

41. 閭閻 村の入り口にある門。また転じて村そのものも指す。

42. 封侯 諸侯に封ぜられる。戦功を立てて大名に取り立てられる。

 

 

複愁十二首其七

43. (9月、吐蕃は5万の軍で、霊武を包囲、長安では、吐蕃の入寇ということで、戒厳令が布されたので、十二作の中に全方位的に思いを述べる。その七は、安史の乱以降、異民族の兵力を借りることを愁えて詠う)

44. 其七 第七首は、安史の乱以降、異民族の兵力を借りることを愁える。

 

貞觀銅牙弩,開元錦獸張。

貞観時代はそれまでの時代の中で鋼の引き金を持つ石弓のような時期であった、しかし、そのあとの開元時代の錦で飾った獣の模様の矢を射る標的を討つほど更によい時代となった。

45. 貞観 唐の二代皇帝太宗(李世民)の年号(六二七〜六四九)。「貞観の治」と称される善政が行われ、唐が基礎を固めた栄光の時代とされる。唐の太宗の年号を貞観(627649)といい,この時代天下がよく治まったためこのようにいう。唐の第2代太宗朝には,隋末の内乱が終息して国内が安定し,対外的にも周辺民族がすべて服属して空前の平和が訪れた。律令の整備,正史の修撰,《五経正義》の編纂など輝かしい文化事業が行われたが,それらにもまして時代を特色づけるのは,君臣一致して政治の理想を追求したことである。太宗のもとには房玄齢,杜如晦らの名相,李靖,李勣(りせき)らの良将その他幾多の人材があり,太宗はこれら群臣とおりにふれて政治の得失を論じた。

46. 銅牙弩「鋼牙」は鋼で造られたの発射装置(引き金)。「は機械仕掛けで矢を射る強力な弓(クロスボウ)。訓は「いしゆみ」だが、石を飛ばす道具ではなく、強力な鏃を遠くまで飛ばした。

47. 開元 唐の玄宗(李隆基)の年号(七三〜七四一)。「開元の治」と称される善政が行われ、唐代の最盛期とされる。唐の第6代玄宗の治世前半29年間(713741)、開元の年号をもつ時代を、よく治まった理想的時期とみなしてこうよぶ。則天武后以来の女人政治の弊害を一掃した玄宗は、姚崇(ようすう)、宋(そうえい)らの賢相に補佐され、官紀の粛正と財政緊縮に努め、人民の負担軽減を図った。比較的内外の平和に恵まれ国威もあがり、盛世をうたわれたが、目に見えぬ社会の変質が進行し、税制、兵制など国制の改革を余儀なくされた。

48. 錦獸張 虎などの獣の模様を描いた矢の標的。「鋼牙警「錦獣張」ともに唐の官軍の豪華な弓矢、転じて国力の充実を賛美する。

 

花門小箭好,此物棄沙場。 
しかし、安史の乱は、回紇の小型の弓矢が良くできているために、唐にとどめ、禍根を残すことになっても、頼らざるを得なかったこと、そのため、唐の国力は落ち、貞観や開元の立派な弓矢は砂漠に捨てられてしまった。

49. 花門 堡の名であるが回紇種族(ウイグル騎馬民族)そのものをさす。元来、居延海(寧夏省の西北境にある湖水)の北にある要塞の名であるが、当時その地点は回紇の領土としていたところからこの名前を使った。『唐書』地理志「甘州寧寇軍の東北に、居延海あり、又北三百里にして、花門山堡あり、又東北千里にして、回紇の衙帳に至る。」

杜甫《留花門》留花門 #1 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1004 杜甫特集700- 299

留 唐の方へひきとめておくことをいう。ウイグルの援助がなければ、唐王朝は消滅し、奪回等及びもつかなかった。

50. 小箭 短い矢。中国の立派な「鋼牙の弩と対比される、粗末な弓矢。遊牧民が馬上で騎射するのに適した小型の弓矢をいうのだろぅ。なお『宋本杜工部集』巻一五、『九家注』巻三〇、『銭注杜詩』巻二五などは本文の「小箭好」を「小前好」に作る。これなら「前好を小とす」(膚との以前の好を軽視する)と訓じて、回紇が同盟国である唐を略奪する含意となる。

51. 此物棄沙場 「此物」は「鋼牙弩」「錦獣張」などの武器。それが無人の砂漠に遺棄されるとは、唐の軍隊が往事の威勢を失って、回紇の援軍に依存するという情けない状態を暗示する。

 

 

複愁十二首其八

52. 9月、吐蕃は5万の軍で、霊武を包囲、長安では、吐蕃の入寇ということで、戒厳令が布されたので、十二作の中に全方位的に思いを述べる。その八は、安史の乱以降、諸侯、藩鎮らは朝廷の権威が薄れるに従い居坐るのを愁えて詠う)

53. 其八 第八首は、安史の乱以降、諸侯、藩鎮らは朝廷の権威が薄れるに従い居坐るのを愁える。

 

今日翔麟馬,先宜駕鼓車。

現今、駿馬の翔麟は、とにかく太鼓を載せる儀仗の車に繋いでおくのがいいのだろう。河北の形勢をわざわざ尋ねるまでもない。

54. 翔麟馬 駿馬の名。かつて回乾から唐の太宗に献上された馬の一頭が翔麟紫と名付けられた (『新唐書』巻二一七下「回髄伝下」)。名将の郭子儀を暗示する。

55. 駕鼓車 太鼓を載せた車に馬を繋ぐ。「鼓車」は天子がお出ましの儀式で楽隊を載せる車。前半二句、戦場を駆けるべき駿馬が、儀式で使う鼓車に繋がれることをもって、名将郭子儀の実権を奪って閑職に置いている朝廷の姿勢を椰旅する。

 

無勞問河北,諸將覺榮華。 
将軍たちは自己の勢力拡大ばかりを争っていて、河北地域では軍閥(藩鎮)が居座って、朝廷の支配に服属しないで、朝廷のことなどお構いなしなのだ。

56. 河北 かつて安禄山の勢力圏であった地域で、今の河北省を中心に北京市、山西省東部、山東省西部を含む。安史の乱が平定された後も、この地域では軍閥(藩鎮)が居座って、朝廷の支配に服属しなかった。

57. 諸将 河北の実権を握る地方軍閥たち。

58. 覺榮華 朝廷に服属せずに、自己の利益を貪る。「角()」は角逐、互いに争奪すること。後半二句、独立割拠する河北の軍閥を批判する。

 

 

複愁十二首其九

59. (9月、吐蕃は5万の軍で、霊武を包囲、長安では、吐蕃の入寇ということで、戒厳令が布されたので、十二作の中に全方位的に思いを述べる。その九は、都、皇城の治安が不安だからと言って、増強・増大を過大に進めることで、都の食糧消費増大する事をうれえて詠う)

60. 其九 第九首は、吐蕃が再三にわたって侵略してきたことにより禁軍が都の食糧を消費するのを愁える。

 

任轉江淮粟,休添苑囿兵。

長江下流域の穀倉地帯の江淮の穀物を長安に運ぶのはこのままでよい。しかしこれ以上宮中の駐屯地に禁軍を増やしてはいけない。

61. 任 今のままにしておく。

62. 持 運ぶ。転送する。

63. 江准粟 長江下流域の穀倉地帯の生産物。「江准」は准河と長江に挟まれたデルタ地帯で、江蘇省二帯を指す。唐は安史の反乱軍がこの豊かな穀倉地域に侵攻するのを食い止め、その穀物を洛陽・長安に輸送することで政権を持ちこたえた。

64. 休 禁止。……してはいけない。

65. 苑囿兵 長安の宮殿を守る禁軍(近衛兵)。「苑園」は獣や鳥を放し飼いにする皇帝の狩場で、ここでは禁軍の駐屯地。安史の乱後、禁軍は宦官の指揮下にあり、それが宦官の横暴の温床となったのである。

 

由來貔虎士,不滿鳳凰城。

昔から、皇城、大明宮を守る勇猛な兵士が、長安の街にでて、満ち溢れたことなどなかったのだ。

66. 貔虎士 豹と虎。勇猛な軍隊の比喩。前句の「苑固兵」を指す。

67. 鳳風城 長安城の雅称。なお長安は四方を城壁で囲まれた城 (城郭都市) である。

 

 

複愁十二首其十

68.  9月、吐蕃は5万の軍で、霊武を包囲、長安では、吐蕃の入寇ということで、戒厳令が布されたので、十二作の中に全方位的に思いを述べる。その十は、安史の乱の前3~4年天候不順であり、そのため物価は高騰したこともあり、多雨・旱魃、の時、飢饉となり、必ず乱がおこる、気候が異常なのを愁えて詠う)

69. 第十首は、気候が異常なのを愁える。多雨・旱魃、の時、飢饉となり、必ず乱がおこる。

 

江上亦秋色,火雲終不移。

長江のほとりはすっかり秋景色となったのに、夏の雲がいまだに姿を消さないのである。

70. 火雲 夏の雲。

 

巫山猶錦樹,南國且黄鸝。

とくに、巫山は紅葉しているというのに、この南国では春のようにまだ黄鸝が鳴いているという、これらにより、天候に不安を感じている。

71. 巫山 巫峡の山。牽州のすぐ下流に三峡の一つの巫峡がある。

72. 錦樹 紅葉した木。紅葉が、錦のように色鮮やかなこと。

73.  黄鸝 鳥の名。高麗鶯(こうらいうぐいす)。コウライウグイス科の鳥。

 

 

複愁十二首其十一

74.  9月、吐蕃は5万の軍で、霊武を包囲、長安では、吐蕃の入寇ということで、戒厳令が布されたので、十二作の中に全方位的に思いを述べる。その十一は、安史の乱以降、諸侯、藩鎮らは朝廷の権威が薄れるに従い居坐るのを愁えて詠う)

75. 其十一 第11首は、生活の困窮を愁える。

 

每恨陶彭澤,無錢對菊花。

いつもくやしくて残念に思っているのは、東晋の陶淵明は、お金がないばかりに酒も飲めないからと空しく菊の花を眺めているしかなかった。

76. 陶彭澤 東晋の陶淵明。影沢県の県令(長官)となったので、後世の人々はこう称する。

77. 無錢對菊花 お金がないので酒を買えず、空しく菊の花を眺める。重陽節には、菊の花びらを浮かべた菊酒を飲む習慣があるのを踏まえる。『芸文類衆』巻四所引の『統晋陽秋』 に「陶淵明はかつて九月九日の重陽節に飲む酒もなく、家のそばの菊花が群れ咲く中で手のひらいっぱいに花を摘んでしゃがみこんでいた」とある。

 

如今九日至,自覺酒須 
今日、重陽の節句がやってきたから、私もお金がないから、掛けでもいいから酒を買わねばならぬと思っているのである。

78. 九日 九月九日の重陽節。菊の節句。高い山に須臾の実を飾ってのぼり、故郷の方を見て、菊酒を飲む。

79.  つけで買い物をする。掛け買いする。杜甫にお金がないことを合意する。

 

 

複愁十二首其十二

80. (9月、吐蕃は5万の軍で、霊武を包囲、長安では、吐蕃の入寇ということで、戒厳令が布されたので、十二作の中に全方位的に思いを述べる。その十二は、詩を吟じて愁いを発散して詠う)

81. 其十二 十二首は、詩を吟じて愁いを発散する。

 

病減詩仍拙,吟多意有

病気は良くなってきたが、詩は相い変わらず下手なままでいる。だから、詩がたくさんできても、胸の思いを言いつくせないでいる。

82. 吟多 詩がたくさんできる。この連作十二首を示す。

 

莫看江總老,猶被賞時魚。 
とはいえ「江総老いたり」と自分自身(杜甫)を、年寄りと見くびってもらってはこまる。これでも先頃、朝廷から魚袋を頂戴した身分で都に還って謁見したいと思っているのである。

83. 江總 (518594)。梁・陳の政治家・文学者。字は総持。済陽郡考城(現河南省)の人。南朝の名門貴族の家に生まれ、梁・陳の高官を歴任し、陳の後主の時代には尚書令(宰相)となるが、後主の宴席にはべり詩文を作るのみで政務に励まず、陳が北朝の隋に滅ぼされる原因を作った一人とされる。同時に長寿を保ったので、「江総老いたり」という諺ができた。ここでは杜甫自身を指す。

84. 賞時魚 魚袋を授けられたことをいう。五品以上の官には官服として緋衣(緋色の服)と魚袋(官吏の身分を示す魚形の割り符とそれを入れる袋)が授けられた。杜甫は、成都時期の最後に厳武の推挽で検校工部員外郎を授けられ、あわせて緋衣・魚袋を下賜されている。「時魚」はわかりにくい表現ではあるが、「時被賞魚」(時に魚を賞せらる)とあるべき語順が、平仄の制約で倒置されたものと考えるのが妥当であろう。なお鈴木注…頁では「時魚」を仮に「銀魚」に改めている。