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767--28-【字解集】  九月一日過孟十二倉曹十四主簿兄弟・孟倉曹步趾領新酒醬二物滿器見遺老夫・送孟十二糙曹赴東京選・憑孟倉曹將書覓土婁舊莊・簡郎司法・又呈・晚晴郎見過北舍  Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9913

 


 

【字解集】  九月一日過孟十二倉曹十四主簿兄弟

九月一日過孟十二倉曹十四主簿兄弟

藜杖侵寒露,蓬門起曙煙。

力稀經樹歇,老困撥書眠。

秋覺追隨盡,來因笑友偏。

清談見滋味,爾輩可忘年。

(九月一日、孟十二倉曹・十四主簿兄弟に過る。)

藜杖 寒露を侵し、蓬門に 曙煙 起こる。

力稀なれば 樹を経て歇み、老いて困ずれば書を撥して眠る。

秋は追随して尽くるを覚え、来るは孝友に因りて偏えなり。

清談に滋味を見る、爾が輩は 年を忘る可し。

 

九月一日過孟十二倉曹十四主簿兄弟

1. (瀼西の杜甫草堂の近所に、夔州府の官舎に孟兄弟が住んでいて、大層二年(767)九月一日、寒露〔二十四節気の三。陽暦の十月八日頃〕の候に、孟倉曹・孟主簿兄弟を訪ねて作った詩である)

2. 夔州府の役人であろう。彼らの家は杜甫の家から近く、町の中にはなく、おそらく瀼西の村にあったのであろう。「十二」「十四」はともに排行。「倉曹」は倉庫を掌る官職の名、「主簿」は文書を管理する官職の名。以下、1205まで、孟十二倉曹に関わる詩である。

3. 【題意】 大層二年(七六七)九月一日、寒露(二十四節気の三。陽暦の十月八日頃)の候に、孟倉曹・孟主簿兄弟を訪ねて作った詩。「孟兄弟」は《孟氏》にいう「孟氏は好兄弟」の人物である。

鶴注に此れ大厯二年の寒露の日の作。倉孟は公舍を與えられ居とす。相いに近く城の市中に在るわけではない。三通典に、兩りは漢 曹吏主倉庫、唐の京兆、河南太原府、倉曹參軍に置く。各二人は各一人に餘る。とある。

 

 


孟氏

集有〈過孟十二倉曹十四主簿兄弟〉詩。

孟氏好兄弟,養親唯小園。承顏胝手足,坐客強盤飧。

負米夕葵外,讀書秋樹根。卜鄰慚近舍,訓子學誰門。

(孟氏・下し文)

集に有る〈孟十二倉曹、十四主簿兄弟を過る〉詩。

孟氏 好き兄弟,親を養う 唯だ小園。

承顏 胝の手足,客を坐しめて強いて盤飧せしむ。

「負米」夕葵の外,讀書 秋樹の根。

卜鄰 近舍を慚ず,訓子 學誰が門。

(孟氏の兄弟の孝友を述べた詩)

(杜少陵集に“過孟十二倉曹十四主簿兄弟”詩がある)

孟子は、いい御兄弟であって、ただ小さな農園で親御さんを養っている。

親の御機嫌を損なわないようにして働いていて、手足に「たこ」をつくり、お客を迎えて座らせては、無理にも食事の御馳走をする。

又親御の夕べのお膳にワサビのおかずをお供えするほかには、むかし子路のように米を遠くまで負ぶって運ぶほどの力を尽くし、秋の樹木の根基に休んで、書物を読んだりしている。

あなたが隣に茅廬を建てて、自分の家の近くを選んで住まわれたことは、中途半端な自分に比して恥ずかしい思いがする所であり、そしてわが子に訓じて教えるのにあなた方をおいて「ほかに誰の家門から学ぶというのか。」と思っている次第である。

767年-97 孟氏 杜詩詳注(卷一九(四)一六八二)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ8521

 

藜杖侵寒露,蓬門起曙煙。

藜の杖をついて寒露に濡れながら、孟兄弟の質素な家を訪れると、門を開けて入ると、厨房から朝餉の煙が昇っている。

4. 寒露(かんろ)は、二十四節気の第17。九月節(旧暦8月後半から9月前半)。現在広まっている定気法では太陽黄経が195度のときで108日ごろ。露が冷気によって凍りそうになるころ。雁などの冬鳥が渡ってきて、菊が咲き始め、蟋蟀(こおろぎ)などが鳴き始めるころ。『暦便覧』では、「陰寒の気に合つて露結び凝らんとすれば也」と説明している。

5. 蓬門 粗末な門、質素な家。孟兄弟の家を指す。柴門と同じような意味で、杜甫自身の家も同じような趣をしている。

6. 起曙煙 暁の靄が立ち上るなかに、朝食の炊煙が昇ることをいう。『李寿松注』一四九重貝)。「起」は、『宋本杜工部集』巻一六、『九家注』巻三〇、『銭注』巻一六に「啓」 に作る。これによれば「蓬門は曙煙に啓く (柴の戸は暁のもやの中で開く)」となる。この異文の存在を考慮すれば「曙煙」 は「暁のもや」と解するのが適当。

 

力稀經樹歇,老困撥書眠。

あなたの家でも、私は体力がないので、庭を歩くにも木のそばを通るたびにもたれて休み、老いて疲れやすいので書斎部屋では読みかけの本を押しやって居眠りする。

7.「力稀經樹歇,老困撥書眠」の二句 杜甫は、孟家の庭で歩くときも、孟家の書斎を使わせてもらうときも、杜甫の自宅での行動と同じことをしていた、即ち、二句とも孟氏の家のことであり、『施鴻保注』巻二〇、『李寿松注』は杜甫自身の家のことと解していることも間違いではない。「撥書」は、本を払いのける。

 

秋覺追隨盡,來因笑友偏。

親しいお付き合いしているうちにいつの間にか秋も終わろうとしている、ここばかりお訪ねするのは、ただただ君たち兄弟の仲がよく、孝行者で仲睦まじく、笑いが絶えないためからである。

8. 追随 つきしたがう、交際する (相手)。畳韻語「ツイズイ」。

9. 盡 秋が尽き、終わる。『李寿松注』 は、(孟氏以外に) 付き合う人がいなくなったとする。

10. 笑友 親孝行で兄弟仲も良い。

11. 偏 強調の副詞、ひたすら、わざわざ。「来」にかかる。本来は 「偏来困孝友」(偏えに来るは孝友に因る) とすべきところを、押韻のために句末に置いた。

 

清談見滋味,爾輩可忘年。 
世俗を離れた儒学的、哲学的であり、あるいは、風流な談義に深い味わいを覚えるので、年を忘れてお付きあいしたいと思うのである。

12. 清談 古代中国における知識人たちの哲学的な談話のこと。中国思想史において、儒教思想全盛の漢代から、魏の時代になり、知識人たちは常識的な儒教道徳を超えて、主に老荘思想を題材とする幽玄な哲学的議論を交わしていた。清談とは、世俗を離れた清らかな談話、という意味である。いわゆる竹林の七賢の清談はこの代表例である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【字解集】  孟倉曹步趾領新酒醬二物滿器見遺老夫

孟倉曹步趾領新酒醬二物滿器見遺老夫

楚岸通秋屐,胡床面夕畦。籍糟分汁滓,甕醬落提攜。   

飯糲添香味,朋來有醉泥。理生那免俗?方法報山妻。   

(孟倉曹、址を歩ませ、新たなる酒醤二物の器に満たせるを領えて老夫に遺らる。)

楚岸 秋屐を通じ、胡床 夕畦に面す。

籍槽 汁屐を分かち、甕醬 提携より落ちんとす。

飯は糲なるも 香味を添え、朋の来れば酔いて泥する有らん。

生を理むるに 那ぞ俗を免れん、方法 山妻に報ぜよ。

 

孟倉曹、步趾、領新酒醬二物滿器見遺老夫。

1. (孟倉曹が、できたての酒や醤油の二種類を器に満たし、徒歩で携えてきてくれる、できたてのものをおくられるのであるから、楽しみであると詠う。)

2. 【題意】 大層二年(七六七)秋の作。「孟倉曹が、できたての酒や醤油を器に満たし、徒歩で携えてきて、それを私に下さった」。「醤」は本来、発酵させて作った調味料をいい、醤油のほか味噌なども含む。

 

楚岸通秋屐,胡床面夕畦。

君は長江の岸辺から、瀼水の岸辺を下駄履きでやってきて、秋の夕べの床几に腰かけ、畑のほうを眺める。

3. 楚岸 費州一帯を流れる長江の岸辺。

4. 通秋屐 孟倉曹が秋の日に下駄で歩く。「屐」は木製の履き物、下駄。

5. 胡牀 折りたたみ式の座具、床几。

6. 面夕畦 来客と杜甫自身が、夕方の畑と向きあう。

 

籍糟分汁滓,甕醬落提攜。  

醸造した、酒や醬油を濾し、搾った新酒は酒かすがきれいに除かれており、担いできた嚢からは醤油がいまにもこぼれおちそうだ。

7. 籍糟 酒を濾したあとの糟。「籍」は酒を濾す器具。

8. 分汁 酒と槽とに分ける。清酒を作る工程の一つ。「汁渾」 は双声語「ジュウシ」。

9. 垂醤 嚢に入れた醤油。

10. 落提楕 担ぎ上げた嚢からこぼれる。「提携」はここでは担ぐ意。畳韻語「ティケイ」。

 

飯糲添香味,朋來有醉泥。

この醤油なら玄米飯も味わいを増すだろうし、友が来れば酒で泥酔することもあるだろう。

11. 飯糲 米は精製しないまま。玄米をいう。

12. 有酔泥 泥酔することがある。

 

理生那免俗?方法報山妻。   
生計のやりくりは、俗事だがどうしても、避けて通れないのだろうか、どうか酒や醤油の作り方を、愚妻に教えてやってはくれまいか。

13. 理生 生計を管理する。

14. 莞俗 俗事にこだわらない。

15. 方法 ここでは孟倉菅の優れた酒と醤油の製法をいう。孟倉菅の作った酒と醤油がよくできている。

16. 山妻 隠者の妻。杜甫が自分の妻を謙遜していう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【字解集】  送孟十二糙曹赴東京選

送孟十二倉曹赴東京選

       君行別老親,此去苦家貧。藻鏡留連客,江山憔悴人。

       秋風楚竹冷,夜雪鞏梅春。朝夕高堂念,應宜彩服新。

(孟十二倉晋の東京の選に赴くを送る)

君行きて 老親に別る、此こより去るは 家の貧しきに苦しめばなり。

藻鏡 留連せる客、江山 憔悴せる人。

秋風 楚竹 冷やかに、夜雪 鞏梅 春ならん。

朝夕 高堂 念う、応に彩服の新たなるに宜しかるべし。

 

送孟十二倉曹赴東京選

1. (現在、地方府の雇用で仕えている孟兄弟が、洛陽において科挙の試験を受けるために旅立つという。是を送るためにこの詩を寄せたものである。)

2. 【題意】 大暦二年(実七)、孟倉菅が科挙の受験のために洛陽に赴くのを送る詩。「選」は「選挙」の略で、科挙の選抜試験の意。唐の太宗・李世民の頃、干魅で穀物が高騰したことがあり、江南の科挙受験者たちに負担をかけぬよう、長安ではなく東の洛陽で科挙が実施され、「東選」と呼ばれた(『新唐書』巻四五「選挙志下」)。この制度は大層年間にもまだ残っていたとみられる。唐志、太宗の時、以て旱榖、東人の選を貴きとする者は洛州に集る。謂之東選洛即ち東京なり。殆ど自ら此れ例を為す、故に大厯年間に至るも猶お然るに 公大厯元年、孟倉曹兄弟と夔常するに至り、往還賦 “孟氏好み兄弟 是れなり”。

 

君行別老親,此去苦家貧。

君がご両親と別れて洛陽に行くのは、これから後、家の貧しさに苦しんでいるからである。

3. 藻鏡 人材を品藻(品定め)し鑑別する。科挙の試験。

4. 此去 これから先。ここを去るという意味もあるが、これから先の貧しさによる苦しみを言うのである。

 

藻鏡留連客,江山憔悴人。

洛陽では試験官らに品評されて久しく留まることになり、幾山河を越えゆく君はかなりやつれることと思う。

5. 留連客 久しく留まる旅人。「留連」は双声語「リユウレン」。

6. 憮情人 長旅でやつれた人。「傑悸」は双声語「ショウスイ」。

7.  江山 長江流域の山々、即ち、蜀、三巴地域を言う。

 

秋風楚竹冷,夜雪鞏梅春。

旅立ちにあたり、夔州の竹は秋風に吹かれて寒々としているが、君が着く頃、洛陽の梅は夜の雪の中で春を告げていることだろう。

8. 楚竹 夔州の竹。

9.  鞏梅 洛陽近くの鞏県(河南省鄭州市鞏義市)の梅。ちなみに鞏県の偃師が杜甫の故郷でもある。

 

朝夕高堂念,應宜彩服新。 
ご両親は朝な夕なに君を案じられるだろうから、任官のあかつきには、五色の服を新調して帰ってくるのがよいだろう。

10. 高堂 高い座敷。ここでは父母をいう。

11. 綜服 孝行を尽くすこと。七十歳になって五色の服を着け、赤子の泣き真似をして老親を喜ばせた春秋・楚の老莱子の故事(『芸文類衆』巻二〇「孝」に引く『列女伝』)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【字解集】  憑孟倉曹將書覓土婁舊莊

憑孟倉曹將書覓土婁舊莊

平居喪亂後,不到洛陽岑。

為歷雲山間,無辭荊棘深。

北風黃葉下,南浦白頭吟。

十載江湖客,茫茫遲暮心。

(孟倉曹に憑り、書を将て土婁の舊莊を覓めしむ。)

平居 喪乱の後、洛陽の岑に 到らず。

為に雪山を歴て問え、荊棘の深きを辞する無かれ。

北風に 黄葉下り、南浦に 白頭吟ず。

十載 江湖の客、茫茫たり 遅薯の心。

 

憑孟倉曹將書覓土婁舊莊

1. (孟倉曹に頼んで、手紙をことずけ、土婁にある宋之問の舊別荘の傍にあった陸渾荘、有る時は、義母や弟たちに住まわせたこともある所のようすを、問うてもらう事を述べた詩。)

2. 【題意】 前詩と同じ頃の作。「土婁」とは河南省洛陽市偃師にある村の名。杜甫の「旧荘」はここにあった。首陽山の麓の陸渾荘と考えられる。洛陽へ行く孟倉曹に手紙を託し、その旧荘を訪問するよう頼んだのである。

3. 土婁舊莊 杜甫は、741年開元 二十九年、首陽山の下に室を築き、遠祖当陽君(晋の杜預)を祭った。また、このとき、陸渾荘を建て,妻を娶る。世話になったおばの死からの喪明けの年とすべてが重なるが、これら一連をやり、李白の後を追って旅に出ることになる。

首陽 山の名、河南省偃師県の西北二十五里にある。杜甫の居は偃師県の尸郷に在り、そこより首陽の方へと来たのである。

 

平居喪亂後,不到洛陽岑。

戦乱が起こってからというもの、故郷・洛陽の峰には登っていない。

4. 平居 平素。安史の乱以前、「開元の治」という、史上最高の国民生産量を誇り、30~40年にわたり、平穏な時期を過ごした。

5. 喪亂 755年安史の乱が始まり、おおよそ十年かかり終わったが、唐王朝の国威は落ち、藩鎮、節度使、などの反乱を起こし、そこに、ウイグル、吐蕃も侵攻して政情は不安な状態が続いたことを言う。

 

為歷雲山間,無辭荊棘深。

君は私に代わって高い山を越えてゆき、私の旧荘を訪ねてはしい。イバラに深く覆われた山道を、どうか避けずに分け入ってほしい。

6. 雲山 雲に入るほど高く奪える山。

7. 荊棘 イバラ。戦乱で故郷が荒廃することを暗示する。

 

北風黃葉下,南浦白頭吟。

北風に吹かれて黄葉が舞い散るなか、南の水辺で老人の私は別れの歌を吟じる。

8. 南浦 南の水辺。別れの場としてよく点出される語。『楚辞』九歌「河伯」に「美人を南浦に送る」、南朝・梁の江滝の「別れの賦」に「君を南浦に送る。傷めども之れを如何せん」など。ここでは夔州の魚復浦を指す。

 

十載江湖客,茫茫遲暮心。

十年も故郷を離れて各地をさすらい、晩年の私の心はあてどなく茫然としている。

9. 十載 杜甫が最後に洛陽に行ったのは乾元元年(758)の冬。大暦二年(767)でちょうど10年を経たことになる。

10. 茫茫 将来の見通しが立たず茫然とする。

11. 遅暮 晩年。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【字解集】  郎司法

郎司法

有客乘舸自忠州,遣騎安置瀼西頭。

古堂本買藉疏豁,借汝遷居停宴遊。

雲石熒熒高葉曙,風江颯颯亂帆秋。

卻為姻婭過逢地,許坐曾軒數散愁。

(呉郎司法に簡す)

客有り舸に乗じて 忠州よりす、騎を遣わして安置せしむ瀼西の頭。

古堂 本と買うは 疏豁なるに籍り、汝に借し遷居せしめて 宴遊を停む。

雲石 熒熒たり 高葉の曙、風江 颯颯たり乱帆の秋。

却て 姻婭 過逢の地と為し、曾軒に坐して数しば愁いを散ずるを許せ。

 

郎司法

1.  (東屯に移住することで、瀼西の草堂を呉郎に貸すことにして、忠州から瀼西に来た。そこで杜甫は瀼西で歓迎の宴を張ってやったのである)

2. 【題意】 大暦二年(767) に、杜甫は東屯に移住し、瀼西の草堂を呉郎に貸すことになった。そのため杜甫は湊西で歓迎の宴を張ることにした。

3. 呉 杜甫の姻戚と思われ、それで杜甫は「郎」と親しみをこめて呼んでいる。

4. 司法 司法参軍の略で、府や州において刑罰を掌る官。

5. 簡 手紙を送ることで、ここでは詩を手紙の代わりとした。

 

有客乘舸自忠州,遣騎安置瀼西頭。

客である呉郎が忠州から船に乗ってやってくるので、迎えの馬を差し向け、瀼西のほとりの草堂に住まいさせて落ち着かせる。

6. 舸 大きな船。

7. 忠州 重慶市忠県。夔州の上流にある。

8. 遣騎 呉即に迎えの馬を差し向けることをいう。

9. 安置 落ち着き先のないに瀼西の草堂に落ち着く、入居する意。

 

古堂本買藉疏豁,借汝遷居停宴遊。

この古い草堂はもともと見晴らしが良いので購入したのであるが、おまえに貸して転居させることにしたので、ここで私が宴会を開くことはもうない。

10. 疏酷 見晴らしがよいさま。

11. 借 ここでは貸す意。

12. 宴遊 立派な宴会でもてなす。それを「停む」とは、今後はこの瀼西宅が自分のものではなくなり、呉郎の住まいとなるため、ここでの宴会は最後となるの意。

 

雲石熒熒高葉曙,風江颯颯亂帆秋。

雲にも届きそうな岩壁が、高い木々の菓末から透ける朝日に照らされており、長江を吹きぬける秋風に、船の帆がばたばたと吹き乱されている。

13. 雲石 雲にも届かんばかりの岩。

14. 熒熒 光が輝くさま。

15. 高葉 高い木々の葉。

16. 風江 風の吹き渡る長江。西風が強く吹くことを言う。

17. 颯颯 風が吹きすさぶ音の形容。〕乱帆風に吹き乱される船の帆。

 

卻為姻婭過逢地,許坐曾軒數散愁。

ここをこれから親戚同士が行きあう場所にできるとおもう、私がしばしばやってきて二階に腰かけ、この景色で憂さ晴らしをするのを許してくれたまえ。

18. 姻婭 姻戚。「姫」はあいむこ、妻の姉妹の夫をいう。①婿と嫁の親同士,姉妹の夫同士,相婿関係.≡姻.②(多く書き言葉に用い;広く)結婚によってできた親類.≡姻

19. 過逢 行き来する、付きあう。

20. 曾軒 二階。「層軒」と同義。眺望が良いので「愁いを散ず」といった。もともと自分の草堂であるが、これからこの家の主人となるを引き立てていうものである。それだけ眺めが良いという事を言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【字解集】  又呈

又呈

堂前撲棗任西鄰,無食無兒一婦人。

不為困窮寧有此?祇緣恐懼轉須親。

即防遠客雖多事,便插疏籬卻任真。

已訴徵求貧到骨,正思戎馬淚盈巾。

(又た郎に呈す)

堂前に 棗を撲つは西隣に任す、食無く 児無き一婦人なり。

困窮の為ならずんば 寧ぞ此れ有らんや、祇だ 恐懼に縁るのみ 転た 須く親しむべし。

即ち遠客を防ぐは 多事なりと雖も、便ち 疏籬を挿すは 却て任真なり。

己に訴う 徴求により 貧は骨に到ると、正に 戎馬を思えば 涙は巾に盈つ。

 

又呈

1. (西鄰の女が棗を自由に取っていたのをは取らせまいとしたらしい、杜甫はその打開策を講じたことを述べた詩である。)

2. 【題意】再び呉郎に与えた詩。制作時、制作地は前詩と同じ。

 

堂前撲棗任西鄰,無食無兒一婦人。

私は瀼西の草堂の前に植えている棗実を西側の隣人が盗み取っているのを任せたままにしている。その隣人というのは、食事にも事欠き、子供もいない、孤独な女であるからだ。

3. 撲棗 ナツメを打ち落として取る。

4. 西鄰 西どなりの住人。

 

不為困窮寧有此?祇緣恐懼轉須親。

それは、女一人、極貧、困窮してここにいるのであり、そして、何事にも怯えて生活しており、そうでなければ、どうしてそんなことをするのであろうか。

5. 恐催 恐れおびえる、警戒する。

 

即防遠客雖多事,便插疏籬卻任真。

すなわち、女はどこか遠くからやってきて、余計なことをして、見知らぬおまえを警戒していろいろ考えすぎだが、かといってすぐに目の粗い籬を立てて、女の立ち入りを拒むのはあまりにも荒っぽい処置である。

6. 遠客 遠来の旅人。呉即を指す。

7. 多事 余計な事をする。してはならないことをする。「婦人」の行為が行き過ぎることをいう。「即防遠客雖多事」はこの句を、「婦人」の行為の描写ではなく杜甫自身の言葉と解し、「遠来のお客であるあなたがしようとすることをわたしがさしとめようとするはきしでがましく余計なことではあらうけれども」と訳すこともできる。

8. 疏離 日の粗いまがき。「婦人」 の侵入を阻止するもの。

9. 任眞 率直な情に任せる。あけすけにする。

 

已訴徵求貧到骨,正思戎馬淚盈巾。

税の徴収で貧困が骨身にしみると、女は以前から訴えているし、戦乱で苦しんでいる人たちが多いことを思えば、涙で手ぬぐいがしとどに濡れてしまうのだ。そのことをりかいしてやろうではないか。

10. 徴求 租税の徴収。

11. 戎馬 戦乱。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【字解集】  晚晴郎見過北舍注

晚晴郎見過北舍

圃畦新雨潤,愧子廢鉏來。

竹杖交頭拄,柴扉掃徑開。             

欲棲群鳥亂,未去小童催。

明日重陽酒,相迎自醱醅。

(晩に晴れ、呉郎北合に過ぎらる)

圃畦 新雨に潤う、子の鉏を廃して来るに愧ず。

竹杖 頭を交えて拄え、柴扉 径を掃いて開く。

棲まんと欲して群鳥乱れ、未だ去らずして小童 催す。

明日 重陽の酒,相い迎えて 自ら醱醅せん。

 

晚晴郎見過北舍

1. (明日は重陽の節句という日、夜になって雨が上がってが訪ねてくれたことを詠う)

2. 【題意】 「夜になって雨が上がると、呉即が北側の住まいにやってきてくれた」。大暦2年(767)秋、重陽の節句の前日の作。詳注は「北舎」を瀼西の草堂とする。この説を受けて鈴木注は「然らば呉郎未だ遷り来らざる以前の如し、当時呉邸は一時他処に居りしのちに作者の宅をかりしものか」と推測する。東は東屯の住居と解する。

 

圃畦新雨潤,愧子廢鉏來。

菜園のうねは降ったばかりの雨でぬかるんでいるだろうに、おまえが作業をやめてきてくれたのを有り難く思う。

圃畦 野菜や果樹を植える畑のうね。

廢鉏來 鋤を捨ててくる。呉郎が農作業を中断してやってきたのである。

 

竹杖交頭拄,柴扉掃徑開。  

私は竹の杖をつきながらおまえと面と向かって言葉を交わし、裏手の柴の戸を開け、小道を掃き清めておいた。

竹杖交頭拄 竹の杖をつきながら頭を交えて(話しこむ)。なお『李寿松注』一喜頁は竹の杖の、頭の高さに届く長いものを往くと解する。

 

欲棲群鳥亂,未去小童催。

ねぐらへ帰ろうとする鳥の群れは乱れ、おまえがいつまでも帰ろうとしないのを、連れてきた小僧が促している。

 催促する。呉即が連れてきた小童が、呉郎423 杜甫全詩訳注(四)に帰るよう促す。

 

明日重陽酒,相迎自醱醅。

明日は重陽の節句だ、自分で醸した飲みごろの酒を用意して、またおまえの来訪を迎えたい。

重陽 旧暦九月九日の節句。この目、中国では小高い丘に登って酒宴を開く風習がある。

醱醅 二度醸して濾す前の酒。もろみ。双声語「ハツハイ」。ここでは酒を用意しておくほどの意。