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767-215   季秋江村(卷二○(四)一七七八)注(1227) Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9679

(晩秋の東屯、ミカンの収穫の最盛期も過ぎ、少し余裕も出てきた、次の冬期の仕事が始まるまでは、もう少し時間がある。いくらか暇になった杜甫は、琴などを引いて時間を過ごしている。川辺の小さな村で晩秋が過ぎゆくのを見送る

高い木立が奪えるところに村里はひなびて見え、粗く編んだ垣根には野生の蔓草がからんでいる。

白木の琴をかき鳴らして暇な日々を送り、白髪頭を挙げて深まる秋の寒空を仰ぎ望む。

姐板の上に載せた蜜柑はずっしりと重く、寝台の脚を支える綺麗な石は丸い。

都から遠く離れているのは寂しいが、(襲州の峡谷を去ったなら) このすぼらしい山や川をもう見ることはできないのだ。

1172        季秋江村(卷二○(四)一七七八)

喬木村墟古,疏籬野蔓懸。素(一作清)琴將暇日,白首望霜天。登俎黃甘重,支床錦石圓。遠遊雖寂寞,難見此山川。

 

 

 

 

杜甫    《東屯の詩》 3

 

 

208          戲寄崔評事表姪蘇五表弟韋大少府諸姪(卷二○(四)一七七七)

戲寄崔評事表侄、蘇五表弟、韋大少府諸侄    巻二三一43  杜甫全詩訳注(1226)

隱豹深愁雨,潛龍故起雲。泥多仍徑曲,心醉阻賢群。

忍待江山麗,還披鮑謝文。高樓憶疏豁,秋興坐氛氳。

 

209          季秋江村(卷二○(四)一七七八)

季秋江村                               巻二二九74  杜甫全詩訳注(1227

喬木村墟古,疏籬野蔓懸。清琴將暇日,白首望霜天。             

登俎黃甘重,支床錦石圓。遠遊雖寂寞,難見此山川。             

 

210          小園(卷二○(四)一七七九)

小園                        巻二二九75  杜甫全詩訳注(1228

由來巫峽水,本自楚人家。客病留因藥,春深買為花。             

秋庭風落果,瀼岸雨沙。問俗營寒事,將詩待物華。             

 

211          寒雨朝行視園樹(卷二○(四)一七七九)

寒雨朝行視園樹[编辑]        巻二二九73    杜甫全詩訳注(1229

柴門雜樹向千株,丹橘黃甘此地無。江上今朝寒雨歇,             

籬中秀色畫屏紆。桃蹊李徑年雖故,梔子紅椒豔複殊。             

鎖石藤稍元自落,倚天松骨見來枯。林香出實垂將盡,             

葉蒂辭枝不重蘇。愛日恩光蒙借貸,清霜殺氣得憂虞。             

衰顏更覓藜床坐,緩步仍須竹杖扶。散騎未知雲閣處,             

啼猿僻在楚山隅。             

 

212          傷秋(卷二○(四)一七八二)

傷秋       巻二三十86     杜甫全詩訳注(1230

林僻來人少,山長去鳥微。高秋收畫扇,久客掩荊扉。             

懶慢頭時櫛,艱難帶減圍。將軍猶汗馬,天子尚戎衣。             

白蔣風飆脆,殷檉曉夜稀。何年減豺虎,似有故園歸。             


 

767-0152

  戲寄崔評事表姪蘇五表弟韋大少府諸姪

(卷二(四)一七七七)

杜詩詳注(卷二○(四)一七七七)

全唐詩巻二三一43

767年大暦256  ((卷二○(四)一七七七))

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ10018

 

 

季秋江村

(晩秋の東屯、ミカンの収穫の最盛期も過ぎ、少し余裕も出てきた、次の冬期の仕事が始まるまでは、もう少し時間がある。いくらか暇になった杜甫は、琴などを引いて時間を過ごしている。川辺の小さな村で晩秋が過ぎゆくのを見送る

喬木村墟古,疏籬野蔓懸。

高い木立が奪えるところに村里はひなびて見え、粗く編んだ垣根には野生の蔓草がからんでいる。

清琴將暇日,白首望霜天。

白木の琴をかき鳴らして暇な日々を送り、白髪頭を挙げて深まる秋の寒空を仰ぎ望む。

登俎黃甘重,支床錦石圓。

姐板の上に載せた蜜柑はずっしりと重く、寝台の脚を支える綺麗な石は丸い。

遠遊雖寂寞,難見此山川。

都から遠く離れているのは寂しいが、(襲州の峡谷を去ったなら) このすぼらしい山や川をもう見ることはできないのだ。

 

(季秋に 江の村)

喬木 村墟 古り、疏籬 野蔓 懸かる。

素琴もて 暇日を将【おく】り、白首もて霜天を望む。

俎に登して 黄甘重く、床を支えて錦石円し。

遠遊寂箕なりと雖も、此の山川を見ること難し。

 

 

《》現代語訳と訳註解説

(本文)

季秋江村

喬木村墟古,疏籬野蔓懸。

清琴將暇日,白首望霜天。

登俎黃甘重,支床錦石圓。

遠遊雖寂寞,難見此山川。

 

詩文(含異文) 

喬木村墟古,疏籬野蔓懸。清琴將暇日【素琴將暇日】,白首望霜天。

登俎黃甘重,支床錦石圓。遠遊雖寂寞,難見此山川。

 

(下し文)

喬木 村墟 古り、疏籬 野蔓 懸かる。

素琴もて 暇日を将【おく】り、白首もて霜天を望む。

俎に登して 黄甘重く、床を支えて錦石円し。

遠遊寂箕なりと雖も、此の山川を見ること難し。

 

(現代語訳)

(晩秋の東屯、ミカンの収穫の最盛期も過ぎ、少し余裕も出てきた、次の冬期の仕事が始まるまでは、もう少し時間がある。いくらか暇になった杜甫は、琴などを引いて時間を過ごしている。川辺の小さな村で晩秋が過ぎゆくのを見送る

高い木立が奪えるところに村里はひなびて見え、粗く編んだ垣根には野生の蔓草がからんでいる。

白木の琴をかき鳴らして暇な日々を送り、白髪頭を挙げて深まる秋の寒空を仰ぎ望む。

姐板の上に載せた蜜柑はずっしりと重く、寝台の脚を支える綺麗な石は丸い。

都から遠く離れているのは寂しいが、(襲州の峡谷を去ったなら) このすぼらしい山や川をもう見ることはできないのだ。

 

(訳注)

季秋江村

1. (晩秋の東屯、ミカンの収穫の最盛期も過ぎ、少し余裕も出てきた、次の冬期の仕事が始まるまでは、もう少し時間がある。いくらか暇になった杜甫は、琴などを引いて時間を過ごしている。川辺の小さな村で晩秋が過ぎゆくのを見送る

【題意】 作者が瀼西の蜜柑園で蜜柑を収穫した後の寮と情を詠じた詩。大層二年(七六七) 晩秋(季秋) の作。

 

喬木村墟古,疏籬野蔓懸。

高い木立が奪えるところに村里はひなびて見え、粗く編んだ垣根には野生の蔓草がからんでいる。

 

清琴將暇日,白首望霜天。

白木の琴をかき鳴らして暇な日々を送り、白髪頭を挙げて深まる秋の寒空を仰ぎ望む。

琴 質素で飾りのない琴。

将 (日を)送る。

 

登俎黃甘重,支床錦石圓。

姐板の上に載せた蜜柑はずっしりと重く、寝台の脚を支える綺麗な石は丸い。

俎 俎板。杜甫が収穫した蜜柑は「黄甘」(次項参照)で皮が厚く、刃物で切る必要があった。

黃甘 コウジミカン。「甘」 は「柑」 に同じ。

錦石 美しい模様のある石。寝台の脚の下に敷くもの。束石。

 

遠遊雖寂寞,難見此山川。

都から遠く離れているのは寂しいが、(襲州の峡谷を去ったなら) このすぼらしい山や川をもう見ることはできないのだ。

 

 

 

 晩秋のある雨上がりの朝、いよいよ収穫が始まっている。そのことを描いたのが、2038_寒雨に朝に行きて園樹を視る》の七言排律である。

 浦起竜は「大暦二年の秋冬の交わりに瀼西にて作る」(巻五之末)という。確かに詩中には「寒雨」「清霜」などの語があり、それからすれば晩秋から初冬にかけての時期がふさわしい。旧暦の分け方に従えば、晩秋が九月、初冬が十月である。杜甫の詩を編年する場合、そこに難しさがあるように思う。というのも、杜甫の詩には、まさにこの晩秋から初冬にかけて作られた稲と蜜柑の詩と同時に、日付の入った詩が存在するからである。以下に紹介するように、稲の収穫と蜜柑の収穫のどちらを早くするか、しかもそれらを日付のどちらに入れるかで、いろいろな編年の仕方がある。

 

蜜柑畑の丹橘と黄甘は、当地にもあまり植えられていないことをいくらか自慢げに言う。その「此の地に無し」の句で、「此地」を「北地」に作るテキストがある。たとえば南宋の趙次公が「……甘橘は自ずから是れ(南方の=筆者補)楚地の有する所なるのみ、故に『北の地には無し』と曰う」(戊帙巻之八)というのがそれで、趙次公はその理由までも述べている(他には四部叢刊本)。たしかに柑橘類は中国の北地(長安など)にはないから、この解釈は非常に合理的ではある。しかしこの場合、杜甫の蜜柑詩に限って言えば、「此の地には無い」のほうが適当であろう。なぜなら、蜜柑は本来この地の特産品として経済価値が高いはずなのに、植えたら豪吏に不法に搾取されてしまうといって、農民たちが栽培していないことを、杜甫がすでに《1916_雨に阻まれ瀼西の甘林に帰るを得ず》で述べていたからである。だからこの詩の第一聯で、杜甫の誇らしげな物言いを読みとるのは、そう牽強付会な解釈ではないと思う。

 この果樹園には蜜柑だけが植えられているというわけではない。雨の後、真垣がまるで錦屏風のように鮮やかに匂い立ち、その奥には桃や李の古木、黄色いクチナシ、サンショウの赤い実、地まで垂れた藤、天を衝くほどに高い枯れ松などがある。杜甫はこの日、あらためて自分の果樹園の多彩な様子をほれぼれとした気持ちで見つめ直している。

 しかしこの日の杜甫の主な関心事は、詩題に「園樹を行視する」と言うように、蜜柑を点検して見回ることである。「行視」は巡視、巡察する意で、韻文ではまず使われないやや格式張った言葉である。園内に芳香を漂わせるその蜜柑はいましも摘果されつくそうとしている。稲の取り入れも終わって、蜜柑の収穫も最後の段階にきているのである。だがある種の蜜柑類は霜害を受けやすい''。蜜柑園を見回るのは「清霜の殺気を憂える」とあるように、霜の害を受けはしないかなどの心配のためでもあったろう。ここでも杜甫は蜜柑園経営者の立場として見回っている。この詩は、収穫の喜びを直截に歌うというようなものではない。李白ならそういう詩を作ったかもしれない。末句には杜甫特有の憂愁が表白されている。とはいえ、七言排律という詩体からくる華麗な軽快さはこの詩からもうかがえる。こんな詩体の選択にも、蜜柑の収穫を前にした杜甫の精神の昂揚をみることができる。

 次の詩ではもう蜜柑は収穫されている。

五言律詩の《2067_季秋の江村》に歌う。

  喬木村墟古、疏籬野蔓懸。 

(たか)き木ありて村墟(むら)は古く、疏(まばら)なる籬(まがき)には野の蔓の懸()かる。

  素琴將暇日、 白首望霜天。

素琴もて暇なる日を将(おく)り、白き首(こうべ)にて霜天を望む。

  登俎黄甘重、支牀錦石圓。 

(おそなえだい)に登りて黄甘は重く、牀を支えて錦石は円(まろ)し。

  遠遊雖寂寞、難見此山川。  

みやこより遠く遊べるは 寂寞たりと雖も、見難きかな 此の山川のすばらしきは。

 多忙だった収穫期を終えて、晩秋のこの時期、杜甫にはひとときのゆったりした時間が訪れたようである。次の冬期の仕事が始まるまでは、もう少し時間がある。いくらか暇になった杜甫は、琴などを引いて時間を過ごしている。川辺の小さな村で晩秋が過ぎゆくのを見送り、漂泊の我が身に一抹の寂寥を感じないわけではないが、この詩の中ではそんな憂欝よりは、この山川の風景の中にいる自分にすっかり満足している。その充足感の一半は、今秋収穫できた蜜柑からきている。実がつまって汁気が多くてどっしりと重い蜜柑が、いましも供物台の上に置いてあるのを見ていると、ふつふつと楽しげな気持ちがわき上がってくるのである。