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767-230   昔遊-#4(卷二○(四)一七九五)注(1247)昔謁華蓋君 Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10263

自分はどうしてこんな菱州の関塞に旅客となってしまったのだろうか、道教の「道」に志す念が、ながらく衰えてしまったのであろうか。

妻子は傍に居り、愛すべき存在であるが、それはまた、何人であるべきものであろうか、というのも、自分を補だしているものの、遂に丹砂を得んとする昔日の決心に背いている様なことになっているのが現状であるのだ。

自分は黒くてうつくしい髪であったものが白くかわってしまったことは、悲しいのであるが、それに筋力が弱ってきているけれどもこれについては、まだ憂というところまでにはなっていない。

あかぎの杖の助けを借りて、清秋の天を望んで、南のかた当選の隠遁し、董先生が隠遁している盧山、霍山(南岳・衡山)に行きつこうという興趣はおおいに茂っているのである。

 

 

 

 

杜甫    《東屯の詩》 (7

 

 

昔遊二首 其一

昔謁華蓋君,深求洞宮。玉棺已上天,白日亦寂寞。

暮升艮岑頂,巾几猶未卻。弟子四五人,入來淚俱落。

#2

餘時游名山,發軔在遠壑。良覿違夙願,含淒向寥廓。

林昏罷幽磬,竟夜伏石閣。王喬下天壇,微月映皓鶴。

#3

晨溪向虛駃,歸徑行已昨。豈辭青鞋胝,悵望金匕藥。

東蒙赴舊隱,尚憶同志樂。休事董先生,於今獨蕭索。

#4

胡爲客關塞,道意久衰薄。妻子亦何人,丹砂負前諾。

雖悲鬒發變,未憂觔力弱。扶藜望清秋,有興入廬霍。

昔遊二首 其二

昔者與高李,晚登單父臺。寒蕪際碣石,萬里風雲來。

桑柘葉如雨,飛藿去裴回。清霜大澤凍,禽獸有餘哀。

是時倉廩實,洞達寰區開。猛士思滅胡,將帥望三台。

君王無所惜,駕馭英雄材。幽燕盛用武,供給亦勞哉。

門轉粟帛,泛海陵蓬萊。肉食三十萬,獵射起黃埃。

隔河憶長眺,青已摧不及少年日,無復故人杯。

賦詩獨流涕,亂世想賢才。有能市駿骨,莫恨少龍媒。

商山議得失,蜀主嫌猜。呂尚封國邑,傳已鹽梅。

景晏楚山深,水鶴去低回。龐公任本性,攜子臥蒼苔。


 

767-0168

  昔遊(卷二(四)一七九五)

杜詩詳注卷二○(四)一七九五

全唐詩卷二一八-03

 (杜少陵集 巻20-87)訳注 1247

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ10235

 

 

其一: #1

(儒家の杜甫が、二十歳のころ、道教本山のある王屋山、東蒙山に遊び、仙道を求めたことがあったと追憶した詩)

昔謁華蓋君,深求洞宮

昔、自分は華蓋君という道士に謁することがあった、それは、深く洞宮の根元、道教「道」を求めようしたことのである。

玉棺已上天,白日亦寂寞。

ところが、その華蓋君という道士は、死んで後漢王喬の故事のように玉棺は天にのぼってしまったので、白日の光も寂しげに見えた。

暮升艮岑頂,巾幾猶未卻。

そして、その道士を思い、ひぐれに東北の峰の頂に登ったところ、天壇のようなところに、その道士の用いていた頭巾や脇息はまだそのままにおいであった。

弟子四五人,入來淚俱落。

そこへ華蓋君の弟子、盧老たち四五人が、天壇のようなところ白茅室に入ってきて、皆が涙を落した。

#2

餘時游名山,發軔在遠壑。

自分はそのころ天下の名山に遊學することにして巡り歩いていたのである、まず最初の出かけたのは、黄河の怒涛を渡って、すこし北方の遠方の隠遁者の棲んでいる谷の方まで出掛けたのである。

良覿違夙願,含淒向寥廓。

それに崇敬する道士とのよい面会を得ようというかねてからの願が、道士の死でかなわなかったので、かなしさを心にいだいて寥廓たる天にうち向うことしかできなかったのであった。

林昏罷幽磬,竟夜伏石閣。

そして、その日は、林は昏くなってかすかな磬石も鳴らされず静かなもので、自分は夜もすがら石閣にひれ伏すことができたのである。

王喬下天壇,微月映皓鶴。

そんなおり、王子喬ではないかとおもわれる仙人が天壇へおりてこられた。かすかな月光であるのに、彼の乗ってきた白い鶴ははっきりと映ろうでいた。

#3

晨溪向虛駃,歸徑行已昨。

翌朝はやく、溪川のそばをとおると、水は流れがはやく、心地良く音を立てているにもかかわらずそれがむなしく感じ、昨日あるいた同じ道を、今は戻り路として帰るのである。

豈辭青鞋胝,悵望金匕藥。

青鞋布韈のすがたで、足にたこができることくらいは、何の問題もないが、うらめしくながめやられるのは道士の金匕で盛る仙薬が手に入ればいいと思うことである。

東蒙赴舊隱,尚憶同志樂。

だから、おもいきって以前隠遁したところである東蒙山の隠處へと再び赴こうと思う。というのも、いまだに記憶にあるのは、あのころの同志の人人と楽しい思いをしたことがあるからである。

休事董先生,於今獨蕭索。

それに、あの時は董先生にお仕えをして慶びを感じたものだが、今では音信もなく、自分ひとりが蕭蕭としてさびしいことになっているのである。 

#4

胡爲客關塞,道意久衰薄。

自分はどうしてこんな菱州の関塞に旅客となってしまったのだろうか、道教の「道」に志す念が、ながらく衰えてしまったのであろうか。

妻子亦何人,丹砂負前諾。

妻子は傍に居り、愛すべき存在であるが、それはまた、何人であるべきものであろうか、というのも、自分を補だしているものの、遂に丹砂を得んとする昔日の決心に背いている様なことになっているのが現状であるのだ。

雖悲鬒發變,未憂觔力弱。

自分は黒くてうつくしい髪であったものが白くかわってしまったことは、悲しいのであるが、それに筋力が弱ってきているけれどもこれについては、まだ憂というところまでにはなっていない。

扶藜望清秋,有興入廬霍。

あかぎの杖の助けを借りて、清秋の天を望んで、南のかた当選の隠遁し、董先生が隠遁している盧山、霍山(南岳・衡山)に行きつこうという興趣はおおいに茂っているのである。

(昔遊二首其一)#1

昔 華蓋君に謁して,深く洞宮の求めんとす。

玉棺 已に天に上り,白日 亦た寂寞たり。

暮に升る 艮岑【ごんしん】の頂,巾几【きんき】猶お未だ卻【しりぞ】けられず。

弟子 四五人,入り來って 淚 俱に落つ。

#2

余 時に名山に遊ばんとし,發軔【はつじん】遠壑に在り。

良覿【りょうてき】夙願【しゅくがん】違う,含淒 寥廓【りょうかく】に向う。

林 昏くして幽磬【ゆうけい】罷む,竟夜 石閣に伏す。

王喬 天壇に下り,微月 皓鶴に映ず。

#3

晨溪 嚮【ひびき】虛しく駃【はや】し,歸徑 行 已に昨なり。

豈に辭せんや 青鞋【せいあい】の胝【ち】,悵望す 金匕の藥。

東蒙 舊隱に赴く,尚お憶う 同志の樂しかりしことを。

休事す 董先生,今に於て 獨り 蕭索たり。

#4

胡為れぞ 關塞に客となりて,道意 久して衰薄なるや。

妻子 亦た何人ぞ,丹砂 前諾に負く。

鬒髮の變を悲しむと雖も,未だ筋力の弱きことを憂えず。

藜を扶けて 清秋に望み,興の廬霍み入らんとする有り。

 

 

『昔遊二首之一』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

#4

胡爲客關塞,道意久衰薄。

妻子亦何人,丹砂負前諾。

雖悲鬒發變,未憂觔力弱。

扶藜望清秋,有興入廬霍。

(下し文)
#4

胡為れぞ 關塞に客となりて,道意 久して衰薄なるや。

妻子 亦た何人ぞ,丹砂 前諾に負く。

鬒髮の變を悲しむと雖も,未だ筋力の弱きことを憂えず。

藜を扶けて 清秋に望み,興の廬霍み入らんとする有り。

(現代語訳)
#4

自分はどうしてこんな菱州の関塞に旅客となってしまったのだろうか、道教の「道」に志す念が、ながらく衰えてしまったのであろうか。

妻子は傍に居り、愛すべき存在であるが、それはまた、何人であるべきものであろうか、というのも、自分を補だしているものの、遂に丹砂を得んとする昔日の決心に背いている様なことになっているのが現状であるのだ。

自分は黒くてうつくしい髪であったものが白くかわってしまったことは、悲しいのであるが、それに筋力が弱ってきているけれどもこれについては、まだ憂というところまでにはなっていない。

あかぎの杖の助けを借りて、清秋の天を望んで、南のかた当選の隠遁し、董先生が隠遁している盧山、霍山(南岳・衡山)に行きつこうという興趣はおおいに茂っているのである。


(訳注) #4

 

胡為客關塞,道意久衰薄。

自分はどうしてこんな菱州の関塞に旅客となってしまったのだろうか、道教の「道」に志す念が、ながらく衰えてしまったのであろうか。

35. 關塞 今いる夔州をさす。

36. 道意 道教の「道」を求むる意。

37. 衰薄 おとろえて,勢いを失うこと。凋落。衰微。常指世風道德。衰敗。廃薄。《詩経、王風·中谷有蓷序》「夫婦日以衰薄,凶年飢饉,室家相弃。」

 

妻子亦何人,丹砂負前諾。

妻子は傍に居り、愛すべき存在であるが、それはまた、何人であるべきものであろうか、というのも、自分を補だしているものの、遂に丹砂を得んとする昔日の決心に背いている様なことになっているのが現状であるのだ。

38. 何人 棄てがたきほどのものにも非らざるにの意。

39. 丹砂 丹砂一斤を生竹の筒の中に入れ、石胆(硫酸銅)、消石をそれぞれ2両を加え、上下を覆ってフタをして、漆骨丸でこれを封じ、乾くのを待って醇苦酒の中に入れ深さ3尺の地中に埋める。30日で水となって、色赤く、味が苦くなる。丹薬というものは、火を加えれば加えるほど神妙なる変化が現われ、一方、黄金は火に入れて、百回錬造してもその量が減ることはなく、地中に埋めても天地が終るまで錆びることはない。この二つを服用して身体を練るがゆえに、人は老いることがなく、死ぬこともない。これは、外界の物質の力を借りて自らの身体を強固することであり、油が火を養って火が消えないような働きをしているに似たり。

40. 前諾 丹砂を得んとする昔日の決心。

 

雖悲鬒髮變,未憂筋力弱。

自分は黒くてうつくしい髪であったものが白くかわってしまったことは、悲しいのであるが、それに筋力が弱ってきているけれどもこれについては、まだ憂というところまでにはなっていない。

41. 鬒髮變 黒かみの白く光ること。鬒髮:黒くてうつくしい髪。《詩経、鄘風、君子偕老》「鬒髪如雲不屑髢」(鬒髪雲のごとく 髢を屑よしとせざるなり)黒髪はむらがる雲の如く 髢(かもじ)などは要らない。

 

扶藜望清秋,有興入廬霍。

あかぎの杖の助けを借りて、清秋の天を望んで、南のかた当選の隠遁し、董先生が隠遁している盧山、霍山(南岳・衡山)に行きつこうという興趣はおおいに茂っているのである。

42. 扶藜 藜杖【あかざのつえ】の助けを借りる。 『荘子』譲王篇に子頁が貧乏な原意を訪ねたとき、原意は「藜を杖つきて門に応じ」たと見える。藜はアカザ科の一年草、葉は食用・薬用に供せられ、茎は軽くて堅いので老人の杖に用いられる。

43. 廬霍 盧山と霍山といわれる五岳の衡山、江西省九江市南部にある名山。峰々が作る風景の雄大さ、奇絶さ、険しさ、秀麗さが古来より有名で、「匡廬奇秀甲天下」(匡廬の奇秀は天下一である)と称えられてきた(匡廬とは廬山の別名)。、霍山は昔、南岳され、霍山県の南にあるが。山は北東から南西に走り、大別山脈の向きをほとんど直角にねじ曲げた形となる。そのため霍山弧ともよばれる。ただ、この詩では、董先生が隠遁した、盧山と衡山である。漢の武帝が南岳を衡山とし、霍山の名を衡やまに移した。詩は後世の霍山の義転用いて、即ち湖南の衡山を意味するものである。時に董先生に衡山に居りしが如く、《巻2156 憶昔行》に、「更討衡陽董煉師」の語ある。