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767-247   自平(卷二○(四)一八○九)注(1259)Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ9871

(昔より、地方で少しばかり名声を得ると、驕り高ぶって反乱を起こしたが、安史の乱を完全に制圧した後にも、各地で乱が続いた。節度使や、将軍たち、これからは、おごって乱をおこしたりするものではない)

官の呂太一の乱が平定され、南海産の真珠が朝廷に届くようになって三年が経った。

しかし近頃は、唐の南方に対する支配が緩んだのか、生け捕ったサイや鳥の翡翠などの貴ぎ物が届かなくなったという、だから、さきのように南に遠征して戦が頻繁に起こるのではと心配でしかたがない。

このあいだ南方の蛮族がちょっとした騒動を起こしたばかりだが、その長たちは世襲の刺史として季節ごとの朝貢を特別に免除されている。

大明宮の禁軍を掌る将軍たち、その才覚は後漢の伏波将軍馬接のようではあっても、決して騙ってむやみに戦を仕掛けて、遺恨を残したりしないことである。

 

 

 

 

杜甫 《東屯の詩》   10

 

 

  久雨期王將軍不至(卷二○(四)一八○四)

天雨蕭蕭滯茅屋,空山無以慰幽獨。頭將軍來何遲,令我心中苦不足。

數看黃霧亂玄雲,時聽嚴風折喬木。

泉源泠泠雜猿狖,泥濘漠漠飢鴻鵠。暮窮陰耿未已,人生會面難再得。

憶爾腰下鐵絲箭,射殺林中雪色鹿。

前者坐皮因問毛,知子歷險人馬勞。異獸如飛星宿落,應弦不礙蒼山高。

安得突騎只五千,崒然眉骨皆爾曹。

走平亂世相催促,一豁明主正鬱陶。憶昔范增碎玉斗,未使兵著白袍。

昏昏閶闔閉氛祲,十月荊南雷怒號。

 

 

  虎牙行(卷二○(四)一八○六)

秋風欻吸吹南國,天地慘慘無顏色。洞庭揚波江漢迴,虎牙銅柱皆傾側。

巫峽陰岑朔漠氣,峰巒窈窕谿谷黑。

杜鵑不來猿狖寒,山鬼幽憂雪霜逼。楚老長嗟憶炎瘴,三尺角弓兩斛力。

壁立石城橫寒起,金錯旌竿滿雲直。

漁陽突騎獵青丘,犬戎鎖甲聞丹極。

八荒十年防盜賊,征戍誅求寡妻哭,遠客中宵淚霑臆。

 

 

  錦樹行(卷二○(四)一八○八)

今日苦短昨日休,暮矣增離憂。霜凋碧樹待錦樹,萬壑東逝無停留。

荒戍之城石色古,東郭老人住青丘。

飛書白帝營斗粟,琴瑟几杖柴門幽。青草萋萋盡枯死,天馬跂足隨氂牛。

自古聖賢多薄命,姦雄惡少皆封侯。

故國三年一消息,終南渭水寒悠悠。五陵豪貴反顛倒,里小兒狐白裘。

生男墮地要膂力,一生富貴傾邦國。莫愁父母少黃金,天下風塵兒亦得。

 

  自平(卷二○(四)一八○九)

自平宮中呂太一,收珠南海千餘日。近供生犀翡翠稀,復恐征戎干戈密。

蠻溪豪族小動搖,世封刺史非時朝。蓬萊殿前諸主將,才如伏波不得驕。

 

          

767年 大暦2 -56

  自平(卷二○(四)一八○九)

杜詩詳注卷二○(四)一八○九

全唐詩卷二二二_28

杜少陵集 巻20-99

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ10452

・全唐詩  卷二二二_28

・杜詩詳注 卷二○(四)一八○九

・杜少陵集 卷二○-99

杜甫全詩訳注  1259

 

自平(卷二○(四)一八○九)

(昔より、地方で少しばかり名声を得ると、驕り高ぶって反乱を起こしたが、安史の乱を完全に制圧した後にも、各地で乱が続いた。節度使や、将軍たち、これからは、おごって乱をおこしたりするものではない)

自平宮中呂太一,收珠南海千餘日。

官の呂太一の乱が平定され、南海産の真珠が朝廷に届くようになって三年が経った。

近供生犀翡翠稀,復恐征戎干戈密。

しかし近頃は、唐の南方に対する支配が緩んだのか、生け捕ったサイや鳥の翡翠などの貴ぎ物が届かなくなったという、だから、さきのように南に遠征して戦が頻繁に起こるのではと心配でしかたがない。

蠻溪豪族小動搖,世封刺史非時朝。

このあいだ南方の蛮族がちょっとした騒動を起こしたばかりだが、その長たちは世襲の刺史として季節ごとの朝貢を特別に免除されている。

蓬萊殿前諸主將,才如伏波不得驕。

大明宮の禁軍を掌る将軍たち、その才覚は後漢の伏波将軍馬接のようではあっても、決して騙ってむやみに戦を仕掛けて、遺恨を残したりしないことである。

 

(自平)

自平中官(舊作宮中,一作中宮,東坡定作中官)呂太一,收珠南海千餘日。

供生犀翡翠稀,復恐征戍(一作戎)干戈密。蠻溪豪族小(一作山)動搖,

世封刺史非時(一作常)朝。蓬萊殿前(一作裏)諸主將,才如伏波不得驕。

 

(自平)

中官の呂太一を平らげしより、珠を南海に収むること千余日。

近ごろ生犀 翡翠を供するは稀なり、復た征戍して干戈の密ならんことを恐る。

蛮渓の豪族小しく動揺し、世封の刺史 時に朝するに非ず。

蓬莱殿 前の諸の主将、才は伏波の如きも 驕るを得ず。

 

 

  自平鶴注當是大厯二年作太一反於廣徳元年/平之必在二年至大厯二年為三年故曰千

  /

自平中官舊作中一作中/宮東坡定作中官呂太乙收珠南海千餘日

近供生犀翡翠稀復扶又/恐征戍一作/干戈蠻溪

族小一作/動揺世封刺史非時一作//蓬萊殿前/

/諸主將/才如伏波不得驕上四憂南海之亂下四/言柔之道 朱注太

一平後蠻豪復小梗公恐出鎮者遽興兵生事故援羈/縻之義以戒之 杜臆伏波親履其地不敢輕視征五

溪故事可證也鑑舊唐書代宗紀廣南節度使張休縱/兵大掠廣州通 張休棄城走端州太一縱兵焚掠官

軍討平之去舊書大厯二年九月桂州山獠陷州城刺/史李良遁 故曰小動揺 唐書太宗時溪洞蠻酋歸

順者皆世/授刺史

 安史の乱当時の勢力図

 

 

《自平》現代語訳と訳註解説

(本文)

自平(卷二○(四)一八○九)

自平宮中呂太一,收珠南海千餘日。

近供生犀翡翠稀,復恐征戎干戈密。

蠻溪豪族小動搖,世封刺史非時朝。

蓬萊殿前諸主將,才如伏波不得驕。

 

(下し文)

(自平)

中官の呂太一を平らげしより、珠を南海に収むること千余日。

近ごろ生犀 翡翠を供するは稀なり、復た征戍して干戈の密ならんことを恐る。

蛮渓の豪族小しく動揺し、世封の刺史 時に朝するに非ず。

蓬莱殿 前の諸の主将、才は伏波の如きも 驕るを得ず。

 

(現代語訳)

(昔より、地方で少しばかり名声を得ると、驕り高ぶって反乱を起こしたが、安史の乱を完全に制圧した後にも、各地で乱が続いた。節度使や、将軍たち、これからは、おごって乱をおこしたりするものではない)

官の呂太一の乱が平定され、南海産の真珠が朝廷に届くようになって三年が経った。

しかし近頃は、唐の南方に対する支配が緩んだのか、生け捕ったサイや鳥の翡翠などの貴ぎ物が届かなくなったという、だから、さきのように南に遠征して戦が頻繁に起こるのではと心配でしかたがない。

このあいだ南方の蛮族がちょっとした騒動を起こしたばかりだが、その長たちは世襲の刺史として季節ごとの朝貢を特別に免除されている。

大明宮の禁軍を掌る将軍たち、その才覚は後漢の伏波将軍馬接のようではあっても、決して騙ってむやみに戦を仕掛けて、遺恨を残したりしないことである。

 

(訳注)

自平

1. (昔より、地方で少しばかり名声を得ると、驕り高ぶって反乱を起こしたが、安史の乱を完全に制圧した後にも、各地で乱が続いた。節度使や、将軍たち、これからは、おごって乱をおこしたりするものではない)

2. 大暦二年(767)の作。詩の冒頭の「自平」二字をとって題とした。宦官の呂太一が広州で反乱を起こしたのは広徳元年(763)、それが平定されたのはおそらく翌二年(764)であるから、詩中の「千余日」とは大暦二年までに三年が経ったことをいう。その後今度は南方の蛮族に不穏な動きがあることを心配する。

 

自平宮中呂太一,收珠南海千餘日。

官の呂太一の乱が平定され、南海産の真珠が朝廷に届くようになって三年が経った。

3. 宮中 宦官のこと。宦官は唐の中頃から禁中の兵の統帥権を握るようになり、それが唐王朝の破滅にっながってゆく。

4. 呂太一 宦官で広州の市舶使(対外貿易担当)を兼ねていたが、広徳元年(763)十二月、広州で反乱を起こして広南節度使の張休を放逐したが、最終的には官軍によって討伐された。

5. 枚珠南海 真珠を南方の海から取り寄せる。官軍が南方の反乱を平定したことをいう。

 

近供生犀翡翠稀,復恐征戎干戈密。

しかし近頃は、唐の南方に対する支配が緩んだのか、生け捕ったサイや鳥の翡翠などの貴ぎ物が届かなくなったという、だから、さきのように南に遠征して戦が頻繁に起こるのではと心配でしかたがない。

6. 生犀 生け捕りにしたサイ。

7. 翡翠 鳥の名。畳韻語「ヒスイ」。なお下旬の「干支」は双声語「カンカ」で、対になる。

 

蠻溪豪族小動搖,世封刺史非時朝。

このあいだ南方の蛮族がちょっとした騒動を起こしたばかりだが、その長たちは世襲の刺史として季節ごとの朝貢を特別に免除されている。

8. 蠻溪豪族 南方の蛮族。大層二年(767)九月、桂州(広西壮族自治区桂林市)の山狩(山地の異民族)が桂州城を陥れ、刺史の李良が遁走した。「小動搖」とはこの事件を指す。

9. 世封刺史 唐の太宗の時、広西の「渓洞」(苗族や壮族などの少数民族)の長で、唐に帰順して世襲の刺史に取り立てられた者たちをいう。

10. 非時朝 蛮族の長には定期的な長安への入貢が免除されていたことをいう。

 

蓬萊殿前諸主將,才如伏波不得驕。

大明宮の禁軍を掌る将軍たち、その才覚は後漢の伏波将軍馬接のようではあっても、決して騙ってむやみに戦を仕掛けて、遺恨を残したりしないことである。

11. 蓬莱殿 長安城の北東にあった宮城で、大明宮のこと。膚の高宗の時に「蓬莱宮」と改称されたが、中宗の復位時には「大明宮」 の名に復した。

12. 諸主将 禁軍を掌る宵官たちを指す。

13. 伏波 後漢の伏波将軍馬援。嶺南の蛮族平定などで軍功があった。馬 援(ば えん、紀元前14 - 49年)は中国新末期から後漢初期の武将。字は文淵。諡は忠成。兄に馬況・馬余・馬員[1]、その娘(馬皇后)は後漢第2代明帝の皇后となった。子孫に後漢末期・三国時代の武将の馬騰・馬超父子がいる。

建武12年(36年)には公孫述を滅ぼして光武帝の全国統一がなった。建武16(40)に交州(現在のベトナム北部他)で徴姉妹が反乱を起こしたが、翌年(41年)に馬援は伏波将軍に任じられ、姉妹を討ち取って反乱を鎮圧した。
大明宮 作図011