767-250   觀公孫大娘弟子舞劍器行並序(卷二○(四)一八一五)注(1262)

 

 

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767-250#1   觀公孫大娘弟子舞劍器行並序(卷二○(四)一八一五)#1 「大曆二年十月十九日」  Ⅲ 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ10627

大娘の弟子李仙奴というものが剣器の舞うのを観てつくったうた。)幷序

大暦二年の十月十九日に自分は夔州別駕元特の宅で臨頴の李十二娘が剣器を舞うのをみると、それはとても雄壮で、文織のある、艶のあるものである。

それで、「先生はだれか」とたずねたら「公孫大娘の弟子だ」とこたえた。

 

 

 

 

杜甫 《東屯の詩》   11

 

瀼西宅では余剰の野菜を売っていた可能性もあった。さらに薬草の売買に関しては、求職中の長安時代から、生活費を稼ぐために薬草を採集したり、秦州では、薬草売りでもして生計を立てようかと考えていたり、成都時代には実際に薬草園を持っていたりした'⒃'。杜甫は生きていくために、このような経済活動にも早くから手を染めてきた。一方的に高官や知人等の経済的援助に、頼っていただけではないのである。

 自活の道をさぐっていた杜甫の姿は、もっと注目されてしかるべきである。もちろん官を辞めてからの杜甫の後半生は、結局は人の援助に頼らざるを得ない生活であった。しかし薬草を採集し、野菜を種え、蜜柑園と稲作を経営して生計の足しにし、少しでも自立しようとしていたその姿勢は、杜甫の精神の有り様を考えるうえで重要である。

 

  詩題

全唐詩

杜少陵

1  寄裴施州(卷二○(四)一八一○)

卷二二一 019

20-100

2  鄭典設自施州歸(卷二○(四)一八一二)

卷二二一  20

20-101

3  觀公孫大娘弟子舞劍器行並序(卷二○(四)一八一五)

卷二二二 012

20-102

4 寫懷二首其一(卷二○(四)頁一八一八)

卷二二二  09

20-103

5 寫懷二首其二(卷二○(四)頁一八二○)

卷二二二  10

21-01

6 冬至(卷二一(四)一八二三)

巻二三一-0011

21-02

 

1

寄裴施州

〔裴冕坐李輔國貶施州刺史〕

廊廟之具裴施州,宿昔一逢無此流。金鐘大鏞在東序,冰壺玉衡懸清秋。

#2

自從相遇感多病,三為客寬邊愁。堯有四嶽明至理,漢二千石真分憂。

幾度寄書白鹽北,苦寒贈我青羔裘。

#3

霜雪回光避錦袖,龍蛇動篋蟠銀鉤。紫衣使者辭複命,再拜故人謝佳政。

將老已失子孫憂,後來況接才華盛。

 

2

鄭典設自施州歸

吾憐滎陽秀,冒暑初有適。名賢慎所出,不肯妄行役。

旅茲殊俗遠,竟以屢空迫。

#2

南謁裴施州,氣合無險僻。攀援懸根木,登頓入天石。

青山自一川,城郭洗憂慼。

#3

聽子話此邦,令我心悅懌。其俗則純樸,不知有主客。

溫溫諸侯門,禮亦如古昔。

4

敕廚倍常羞,杯盤頗狼藉。時雖屬喪亂,事貴賞匹敵。

中宵愜良會,裴鄭非遠戚。

5

群書一萬卷,博涉供務隙。他日辱銀鉤,森疏見矛戟。

倒屣喜旋歸,畫地求所歷。

6

乃聞風土質,又重田疇闢。刺史似寇恂,列郡宜競惜。

北風吹瘴癘,羸老思散策。

7

渚拂蒹葭塞,嶠穿蘿蔦冪。此身仗兒僕,高興潛有激。

孟冬方首路,強飯取崖壁。歎爾疲駑駘,汗溝血不赤。

8

終然備外飾,駕馭何所益。我有平肩輿,前途猶准的。

翩翩入鳥道,庶蹉跌厄。

 

3

觀公孫大娘弟子舞劍器行並序

 大曆二年十月十九日,夔州別駕元持(一作特)宅,見臨潁李十二娘舞劍器,壯其蔚跂。問其所師(一本此下有答字),曰:「余公孫大娘弟子也。」開元三載,余尚童稚,記於郾城,觀公孫氏舞劍器、渾,瀏灕頓挫,獨出冠時。自高頭宜春、梨園二伎(一作教)坊人,洎外供奉舞女(從《英華》,他本無舞女字)曉是舞者,聖文神武皇帝初,公孫一人而已。玉貌錦(一作繡)衣,況余白首,今茲弟子,亦匪盛顏。既辨其由來,知波瀾莫二。撫事慷慨,聊為〈劍器行〉。

#3

昔有佳人公孫氏,一舞劍氣動四方。觀者如山色沮喪,天地為之久低昂。

火霍如羿射九日落,矯如群帝驂龍翔。

#4

來如雷霆收震怒,罷如江海凝清光。絳脣朱袖兩寂寞,況有弟子傳芬芳。

臨潁美人在白帝,妙舞此曲神揚揚。

#5

與余問答既有以,感時撫事增惋傷。先帝侍女八千人,公孫劍器初第一。

五十年間似反掌,風塵傾動昏王室。梨園子弟散如煙,女樂餘姿映寒日。

#6

金粟堆南木已拱,瞿唐石城草蕭瑟。玳筵急管曲復終,樂極哀來月東出。

老夫不知其所往,足繭荒山轉愁疾。

 

4

寫懷二首其一

勞生共乾坤,何處異風俗。冉冉自趨競,行行見羈束。

無貴賤不悲,無富貧亦足。

萬古一骸骨,鄰家遞歌哭。鄙夫到巫峽,三如轉燭。

全命甘留滯,忘情任榮辱。

朝班及暮齒,日給還粟。編蓬石城東,采藥山北谷。

用心霜雪間,不必條蔓綠。

非關故安排,曾是順幽獨。達士如弦直,小人似鉤曲。

曲直我不知,負暄候樵牧。

5

寫懷二首其二

夜深坐南軒,明月照我膝。驚風翻河漢,梁棟已出日。

群生各一宿,飛動自儔匹。

吾亦驅其兒,營營為私實。天寒行旅稀,暮日月疾。

榮名忽中人,世亂如蟣蝨。

古者三皇前,滿腹志願畢。胡為有結繩,陷此膠與漆。

禍首燧人氏,厲階董狐筆。

君看燈燭張,轉使飛蛾密。放神八極外,俯仰俱蕭瑟。

終契如往還,得匪合仙術。

 

6

冬至

年年至日長為客,忽忽窮愁泥殺人。

江上形容吾獨老,天邊風俗自相親。

杖藜雪後臨丹壑,鳴玉朝來散紫宸。

心折此時無一寸,路迷何處見三秦。


 

767年大暦256

  觀公孫大娘弟子舞劍器行並序(卷二○(四)一八一五)#1

杜詩詳注卷二○(四)一八一五

全唐詩卷二二二                             012

杜少陵集巻二〇102 -訳注1262

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の杜詩ブログ

 

唐樂舞00 

1207        觀公孫大娘弟子舞劍器行並序(卷二○(四)一八一五)

序文    大曆二年十月十九日,夔府別駕元持宅,見臨李十二娘 舞劍器,壯其蔚跂,問其所師,曰:“余公孫大娘弟子也。”

  開元三載,余尚童稚,記于郾城觀公孫氏,舞劍器渾 瀏漓頓挫,獨出冠時,自高頭宜春梨園二伎坊人洎外供奉, 曉是舞者,聖文神武皇帝初,公孫一人而已。

 玉貌錦衣,況余白首,今茲弟子,亦非盛顏。

既辨其由來,知波瀾莫二,撫事慷慨,聊為《劍器行》。

 昔者人張旭,善草書帖,數常于鄴縣見公孫大娘 舞西河劍器,自此草書長進,豪蕩感激,即公孫可知矣。

觀公孫大娘弟子舞劍器行 幷序 

大娘の弟子李仙奴というものが剣器の舞うのを観てつくったうた。)幷序

大歷二年十月十九日夔府別駕元持宅

大暦二年の十月十九日に自分は夔州別駕元特の宅で

見臨潁李十二娘舞劍器,壯其蔚跂。

臨頴の李十二娘が剣器を舞うのをみると、それはとても雄壮で、文織のある、艶のあるものである。

問其所師,曰余公孫大娘弟子也。

それで、「先生はだれか」とたずねたら「公孫大娘の弟子だ」とこたえた。

 

開元三載,余尚童稚,記于郾城觀公孫氏,舞劍器渾瀏灕頓挫,獨出冠時。自高頭宜春梨園二伎坊人,洎外供奉,曉是舞者,聖文神武皇帝初,公孫一人而已。

 玉貌錦衣,況余白首,今茲弟子,亦非盛顏。

既辨其由來,知波瀾莫二,撫事慷慨,聊為《劍器行》。

 昔者人張旭,善草書帖,數常于鄴縣見公孫大娘 舞西河劍器,自此草書長進,豪蕩感激,即公孫可知矣

 

(公孫大娘が弟子の劍器を舞う觀る行【うた】)并びに序 -

大暦二年、十月十九日、夔州の別駕元持が宅にて、臨頴の李十二娘が剣器を舞うを見て、其の蔚跂たるを壮として其の師とする所を問う。

曰く、余は公孫大娘が弟子なりと。

-

開元三載。余 尚お童稚なり。

記す郾城に於て公孫氏が剣器・渾脱を舞うを観しことを。

瀏灕頓挫、独出時に冠たり。高頭の宜春・梨園二伎坊の内人より、外供奉の舞女に洎ぶまで、是の舞を暁るもの。聖文神武皇帝の初め。公孫一人のみ。

-

玉貌錦衣。〔‥…〕況や余白首。今 茲の弟子。亦た盛顔に匪ず、既に其の由来を弁じ、波瀾二莫きを知る。

事を撫して慷慨し、聊か剣器行を為る。

-

昔者呉人張旭、草書を善くし、帖に書すること数しばなり。嘗て鄴縣に於て、公孫大娘が西河の剣器を舞うを見る、此れより草書長進し、豪蕩感激すと。即ち公孫は知る可し。

相和歌003 

 

『觀公孫大娘弟子舞劍器行并序』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

觀公孫大娘弟子舞劍器行并序 -

大歷二年十月十九日夔府別駕元持宅見臨潁李十二娘舞劍器,壯其蔚跂。

問其所師,曰余公孫大娘弟子也。


(下し文)
(公孫大娘が弟子の劍器を舞う觀る行【うた】)并びに序 -

大暦二年、十月十九日、夔州の別駕元持が宅にて、臨頴の李十二娘が剣器を舞うを見て、其の蔚跂たるを壮として其の師とする所を問う。

曰く、余は公孫大娘が弟子なりと。


(現代語訳)
觀公孫大娘弟子舞劍器行并序 -⑴(大娘の弟子李仙奴というものが剣器の舞うのを観てつくったうた。)幷序

大暦二年の十月十九日に自分は夔州別駕元特の宅で臨頴の李十二娘が剣器を舞うのをみると、それはとても雄壮で、文織のある、艶のあるものである。

それで、「先生はだれか」とたずねたら「公孫大娘の弟子だ」とこたえた。

 

(訳注)

觀公孫大娘弟子舞劍器行并序 -

大娘の弟子李仙奴というものが剣器の舞うのを観てつくったうた。

1 公孫大娘 詩序に見える如く玄宗の開元時代の舞の妙手である。大娘とは中年女子の称。

2 弟子 詩序に見える公孫大娘の弟子である李十二娘。

3 剣器 舞の名。舞に文舞・武舞、或は健舞・軟舞の別があり、剣器は健舞に属する。段安節の「楽府雑録」にいう、健舞曲に稜大・阿連・柘枝・剣器・胡旋・胡膳等あり、軟舞曲に涼州・線腰・蘇合香・屈柘・団円旋・甘州等あり、と。これらの舞はたいてい西域地方より伝来したものである。張爾公の説によれば剣器は女妓を用い男装せしめ空手にて舞うものであるという、仇氏はそれにより剣器を以て刀剣と為すことの誤りであることをいっている。しかしながら余はこの詩篇を案ずるのに剣を持って舞うものであろうと考える。

 

大歷二年十月十九日夔府別駕元持宅見臨潁李十二娘舞劍器,壯其蔚跂。

大暦二年の十月十九日に自分は夔州別駕元特の宅で臨頴の李十二娘が剣器を舞うのをみると、それはとても雄壮で、文織のある、艶のあるものである。

4 別駕 州の属官。

5 元持 一本には持を特につくる。

6 臨穎 地名、河南省許州に属する。

7 李十二娘 作者の「秋日夔府詠懷奉寄鄭監李賓客一百韻」詩の杜甫自注(都督柏中丞筵。聞梨園弟子李仙奴歌)と記していることより考えれば李仙奴という者である。

8 蔚跂 蔚とは文織のある、艶のあるさま、跂とは雄壮なさま。

 

問其所師,曰余公孫大娘弟子也。

それで、「先生はだれか」とたずねたら「公孫大娘の弟子だ」とこたえた。

9 某所師 其とは李をさす。