757-231 《寫懷二首其一(卷二○(四)一八一八) -3 - 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 訳注解説Blog11018

 

 

 

 

757-231

 

 

寫懷二首其一(卷二○(四)頁一八一八) #3

 

 

杜甫詳注 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 訳注解説Blog11002

 

 

 

 

寫懷二首其一

詩 

五言古

全唐

卷二二二        09

杜詩詳

卷二○(四)頁一八一八

杜少陵

巻二-102

杜甫全詩訳注

1263

 

寫懷二首其一

勞生共乾坤,何處異風俗。冉冉自趨競,行行見羈束。

無貴賤不悲,無富貧亦足。萬古一骸骨,鄰家遞歌哭。

#2

鄙夫到巫峽,三如轉燭。全命甘留滯,忘情任榮辱。

朝班及暮齒,日給還粟。編蓬石城東,采藥山北穀。

#3

用心霜雪間,不必條蔓綠。非關故安排,曾是順幽獨。

達士如弦直,小人似鉤曲。曲直我不知,負暄候樵牧。

 

寫懷二首其二

夜深坐南軒,明月照我膝。驚風翻河漢,梁棟已出日。

群生各一宿,飛動自儔匹。吾亦驅其兒,營營為私實。

#2

天寒行旅稀,暮日月疾。榮名忽中人,世亂如蟣虱。

古者三皇前,滿腹志願畢。胡為有結繩,陷此膠與漆。

#3

禍首燧人氏,厲階董狐筆。君看燈燭張,轉使飛蛾密。

放神八極外,俯仰俱蕭瑟。終契如往還,得匪合仙術。

 

 唐時代 地図山南 東・西道50

 

寫懷二首

  鶴注:此是大厯二年冬作。詩云巫峽、三公以永㤗元年赴雲安、至大厯二年為三矣。

  又云「暮日月疾」、故知為/冬日也。 魏文帝詩:賦詩以寫懷。

勞生共乾坤①,何處異風俗。冉冉自趨競②,行行見羈束③。

無貴賤不悲,無富貧亦足④。萬古一骸骨⑤,鄰家遞歌哭⑥。此章自敘、從慨世起。

言乾坤之内、共趨名利、能達觀、則窮/達生死、皆可 視、何必多此哀樂乎

    《莊子》:大塊載我以形、勞我以生。

    古樂府:冉冉府中趨。

    古詩:行行重/行行。 人競奔趨、 則受羈束矣。 張協詩: 羈束戎旅間。

     阮籍《大人先生傳》:無貴則賤者不怨、無富則貧者不爭、 各安於身而無所求。

     《史記・張儀傳》:且賜骸骨辟魏。

     《博物志》:雍門人至今善歌哭。

(#2)

鄙夫到巫峽⑬,三如轉燭⑭。全命甘留滯,忘情任榮辱⑮。

/班及暮齒⑯,日給還粟⑰。編蓬石城東⑱,采藥山北一作/穀⑲。

(#3)

用心霜雪間,不必條蔓綠。非關故安排⑳,曾/是順幽獨㉒。

次敘客之况。 言全命志情、言隨寓/而安。朝班四句、 居食粗給。用心四句即指采藥事。

論:尋根霜雪之間、不必條蔓之綠、/此亦無意於安排、但順其幽居之性而巳。

      崔瑗《座右銘》:行行鄙夫志。 《詩》:三食貧。

       庾肩吾詩:聊持轉風燭。

       《亢倉子》:至人忘情。 《歸田賦》: 縱心於域外、安知榮辱之所加。

      沈約《文》:希耼幸齒朝班。 朝班及暮/齒、謂昔玷朝班、 而今已暮年矣。時公年五有六。

張綖注云: 朝班故人、念及暮齒、供以日給之資、似無所指。 /謝靈運詩:頽年追暮齒。

      《晏子春秋》: 晏子相齊、衣十升之布粟之飯。

     東方朔《非有先生論》: 居深山之中、積/土為室。 編蓬為 石城、即州城。

     洙曰: 許徴君詩、采藥白雲隈、畧以肆所養。 今按、公采藥注已見。 

洙所引許畋隠居採藥北山、未知何據。

 

    《莊子》: 仲尼謂顔淵曰:「安排而去化乃入於寥天一。」  謝靈運/詩:安排徒空言、幽獨賴鳴琴。

     《詩》: 曾是在位。

達士如弦直22,小人似鉤曲23。曲直我不知,負暄候樵牧24末有任運自然之意。

不與人情競曲直。 仍與起處逹生相應。 此章、八句起、 中段十二、末段四句。

22  達士、出《越國語》。  左思詩: 可為達士模。

23  後漢順帝末童謠云: 直如弦、死道/邊。 曲如鈎。 封公侯。 

24  《列子》: 宋田夫負日之暄。

 

 

 

 

 

 

寫懷二首其一

(冬の山に薬材を求める厳しい生活の中で、死生に対して達観した境地に従った生き方について心に思うことを詠う。)

勞生共乾坤,何處異風俗。

世俗のことから離れ、夔州で隠遁していると、どこでいかに風俗がちがっていようとも、我々に生命を与えて骨折らせ、苦労させられていることについていえば、天地に共通していることである。

冉冉自趨競,行行見羈束。

人というのは、生きるために次第に名利の途「爭名奪利」をきそいあうものであるし、そして、一歩一歩、その名利の綱に束縛され、がんじがらめとなるものである。

無貴賤不悲,無富貧亦足。

貴い身分でないものが貧しいのであれば、賤者であってもそれほど悲しむことはないものであるし、身分も卑しく富裕でなければ、貧者であっても、そうした生活も一定の満足をしているものである。

萬古一骸骨,鄰家遞歌哭。

萬古の昔より、ながきにわたってだれも同一骸骨になるののであるが、そのことに対し他人であっても隣人となるものは、その死者のために、歌ってあげ、嘆き悲しみ哭してくれるのである。

 

#2

鄙夫到巫峽,三如轉燭。

立派な祖父や、父に対してふがいない自分が、巫峡へきてから、燭をつぎ足し継ぎ足して、またたくまに三年がすぎたのである。

全命甘留滯,忘情任榮辱。

どうやら今、辺境のこの地で生命を全うするかのように滞在しているだけであり、自らの感情、喜憂の情さえ忘れ、名誉も、恥辱も運命とし受け入れている。

朝班及暮齒,日給還粟。

かつて朝廷の列に並んでいたが、晩年になって朝位、緋魚袋をたまわりはしたが、日日の生活には困り、やっぱり友人たちが届けてくれる玄米にありついているのである。

編蓬石城東,采藥山北穀。

貧しくも夔州の石城の東に蓬を編んで門とし家を築き、山北の谷で龐公のように薬草を採って隠棲ぐらしをししているのである。

#3

用心霜雪間,不必條蔓綠。

その藥草をとるには枝や蔓の緑なときばかりであるとはかぎらず、厳冬の冬でも、霜や雪が降った時でも用心を怠らず採ることができているのである。

非關故安排,曾是順幽獨。

悟ったようにこんな自然の変化に身を任せ、「荘子」がいうよう「安排」といふことをわざとやるのではなく、ただ、自己の幽燭の本性にさからわないで、一人静かな境地に従っているだけなのであることというのにほかならない。

達士如弦直,小人似鉤曲。

「達士といわれる人は、直きこと弦の如くまっすぐで、小人といわれるつまらないものは、曲れること鈎の如くだ」と昔からきいている。

曲直我不知,負暄候樵牧。

自分が曲っているのか、の直だとかいうことはわからないしどうでもよいことである、ただいま、いんとんしていて、こうして日向ぼっこをしながら樵夫や牧童のさまをのぞいているだけである。

 

懷いを寫す、二首其の一

生に勞せらるるは乾坤を共にし,何れの處にか風俗を異にせる。

冉冉として自ら趨競し,行行として 羈束せらるる。

貴 無くば 賤も悲しまず,富 無くば 貧も亦た足れり。

萬古 一に骸骨たり,鄰家 遞いに歌哭す。

#2

鄙夫 巫峽に到り,三 燭を轉ずるが如し。

命を全くせんと 留滯に甘じ,情を忘れて 榮辱に任す。

朝班 暮齒に及び,日び給せらるるは還た粟【だつぞく】。

蓬を編む石城の東,藥を采る山北の穀。

#3

心 霜雪の間に用うれば,條蔓の綠なるを必【もと】めず。

故【ことさ】らに排に安すんずるに關するに非らず,曾て是れ幽獨に順【したが】う。

達士は弦の如く直く,小人は鉤に似て曲る。

曲直 我れ知らず,暄を負いて樵牧を候【ま】つ。

 

巫山十二峰003 

 

 

《寫懷二首其一》現代語訳、訳注解説

寫懷二首其一

#2

鄙夫到巫峽,三如轉燭。全命甘留滯,忘情任榮辱。

朝班及暮齒,日給還粟。編蓬石城東,采藥山北穀。

 

〔下し文〕

懷いを寫す、二首其の一

#3

心 霜雪の間に用うれば,條蔓の綠なるを必【もと】めず。

故【ことさ】らに排に安すんずるに關するに非らず,曾て是れ幽獨に順【したが】う。

達士は弦の如く直く,小人は鉤に似て曲る。

曲直 我れ知らず,暄を負いて樵牧を候【ま】つ。

 

〔現代語訳〕

(冬の山に薬材を求める厳しい生活の中で、死生に対して達観した境地に従った生き方について心に思うことを詠う。)

3

その藥草をとるには枝や蔓の緑なときばかりであるとはかぎらず、厳冬の冬でも、霜や雪が降った時でも用心を怠らず採ることができているのである。

悟ったようにこんな自然の変化に身を任せ、「荘子」がいうよう「安排」といふことをわざとやるのではなく、ただ、自己の幽燭の本性にさからわないで、一人静かな境地に従っているだけなのであることというのにほかならない。

「達士といわれる人は、直きこと弦の如くまっすぐで、小人といわれるつまらないものは、曲れること鈎の如くだ」と昔からきいている。

自分が曲っているのか、の直だとかいうことはわからないしどうでもよいことである、ただいま、いんとんしていて、こうして日向ぼっこをしながら樵夫や牧童のさまをのぞいているだけである。

 

 

 

〔訳注解説〕

寫懷二首其一 

(冬の山に薬材を求める厳しい生活の中で、死生に対して達観した境地に従った生き方について心に思うことを詠う。)

題意 757年、大暦二年冬、夔州の東屯の作。ほぼ隠者としての生活の中、冬の山に薬材を求めた、そうした中で、死生に対して達観した境地に従った生き方について詠い、其二は、災禍の根源は、自己欲、名利に汲々とすることにあると述べ、その上で、精神を世俗の外に置けば、万物はすべて空であると隠遁の境地を述べている。

  鶴注に此是は大厯二年の冬に作られた詩であると云う。巫峽三公は以て永㤗元年、雲安に赴き、大厯二年至って為す。又た、暮、日月疾っていたと云い、故に、冬日と為ると知る 魏文帝の詩賦詩に以って寫懷とある。

 

#3

用心霜雪間,不必條蔓綠。

その藥草をとるには枝や蔓の緑なときばかりであるとはかぎらず、厳冬の冬でも、霜や雪が降った時でも用心を怠らず採ることができているのである。

22 用心霜雪間 霜や雪が降った時でも怠らず採っているのである。

23 不必條蔓綠 藥草をとるには枝や蔓の緑なときばかりである。

 

非關故安排,曾是順幽獨。

悟ったようにこんな自然の変化に身を任せ、「荘子」がいうよう「安排」といふことをわざとやるのではなく、ただ、自己の幽燭の本性にさからわないで、一人静かな境地に従っているだけなのであることというのにほかならない。

24 安排 事の推移に甘んじ、変化に従っていくこと。『荘子、大宗師、第六』

「造適不及笑、獻笑不及排、安排而去化、乃入於寥天一。」(造るところに適すれば笑うに及ばず、獻もて笑えば排するに及ばず、排に安んじて化に去れば、乃ち寥に入りて天と一たらん。)“どこに行っても楽しいなら特別に楽しみ笑うには及ばないし、良いことをして楽しむならそこには選択があるのだから事の推移に従えない。事の推移に甘んじ、変化に従っていくならば広々としたところに入り、天と一体になるでしょう。”とあり、又、莊子に、委順ということもあり、運命のままに身を任せておくを言う。安排もおなじ。

25 順幽獨 杜甫の幽燭の本性にさからわないこと。

 

達士如弦直,小人似鉤曲。

「達士といわれる人は、直きこと弦の如くまっすぐで、小人といわれるつまらないものは、曲れること鈎の如くだ」と昔からきいている。

26 達士 達観した高士。立派な人間。

27 弦直・鉤曲 後漢の順帝末の童謡に「如弦直、死道邊、曲如鉤、封公侯。」(直きこと弦の如きなれば、道邊に死し、曲がること鉤の如くなれば、公侯に封ぜらる。)とあるに基づく。

 

曲直我不知,負暄候樵牧。

自分が曲っているのか、の直だとかいうことはわからないしどうでもよいことである、ただいま、いんとんしていて、こうして日向ぼっこをしながら樵夫や牧童のさまをのぞいているだけである。

28 負暄 日なたぼっこ。

候樵牧 樵夫牧童のなすがままをうかがう。