|
最近 一週間の訳注解説 BLOG |
||||||
|
月/日 |
||||||
|
2/10 |
|
|
||||
|
2/11 |
寫懷二首其一 -#2 |
|
|
|||
|
2/12 |
寫懷二首其一 -#3 |
|
|
|||
|
2/13 |
|
|
||||
|
2/14 |
|
|
||||
|
2/15 |
|
|
||||
|
2/16 |
- |
- |
|
|
|
|
|
2/17 |
|
邱巨源_其二聽隣妓 -#1 |
|
|||
|
2/18 |
|
邱巨源_其二聽隣妓 |
|
|||
|
2/19 |
|
|
||||
|
2/20 |
|
|
|
|
|
|
767年-233 《 冬至(卷二一(四)一八二三)》 - 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 訳注解説Blog11082
|
|
767年-233 |
|
|
|
冬至(卷二一(四)一八二三) |
|
|
|
杜甫詳注 訳注解説 |
|
|
|
漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 訳注解説Blog11082 |
|
|
|
||
|
〔詩題〕 |
作品番号 |
初句・五字 |
掲載 |
|
冬至(卷二一(四)一八二三) 767 |
1265 |
年年至日長為客 |
〇 |
|
|
|
|
|
|
1211
冬至(卷二一(四)一八二三) 767 年年至日長為客,忽忽窮愁泥殺人。江上形容吾獨老,天涯(一作邊)風俗自相親。 杖藜雪後臨丹壑,鳴玉(一作明主)朝來散紫宸。 心折此時無一寸,路迷何處是(一作見)三秦。 |
|||
年: 大曆二年767年56歲
卷別: 卷二三一
文體: 七言律詩
詩題: 冬至
詩序:
寫作地點: 目前尚無資料
寫及地點: 紫宸殿 (京畿道 京兆府
長安)
交遊人物/地點:
年年至日長為客,忽忽窮愁泥殺人。
江上形容吾獨老,天邊風俗自相親。
杖藜雪後臨丹壑,鳴玉朝來散紫宸。
心折此時無一寸,路迷何處見三秦。
詩文(含異文): 年年至日長為客,忽忽窮愁泥殺人。江上形容吾獨老,天邊風俗自相親【天涯風俗自相親】。杖藜雪後臨丹壑,鳴玉朝來散紫宸【明主朝來散紫宸】。心折此時無一寸,路迷何處見三秦【路迷何處是三秦】。
冬至
年年至日長為客,忽忽窮愁泥殺人。
江上形容吾獨老,天邊風俗自相親。
杖藜雪後臨丹壑,鳴玉朝來散紫宸。
心折此時無一寸,路迷何處見三秦。
|
詩題 |
冬至 |
|
詩 體 |
七言律詩 |
|
全唐詩 |
巻二三一-0011 |
|
杜詩詳注 |
卷二一(四)一八二三 |
|
杜少陵集 |
巻二一01 |
|
杜甫全詩訳注 |
1265 |
|
冬至 |
|
鶴注:此當是大歷二年作。《玊燭寳典》 云: 至有三義、一者隂極之至、二者陽氣始至、 |
|
三者日行/南至 |
|
年年至日長為客①,忽忽窮愁泥乃計/切殺人②。江上形容吾獨老③、 |
|
天涯一作/邊風俗自相親④。杖藜雪後臨丹壑⑤、鳴玉一/作明/主朝來散紫宸⑥。 |
|
心折此時無一寸⑦、路迷何處是一作/見三秦8。上四言:旅居冬至、下憶長安冬至也。 |
|
惟客途久滯、/故自傷泥殺。形容獨老、皆窮愁所致。 風俗自親、於為客無與。身臨丹壑、 |
|
而意想紫宸故有心折路迷之慨。心/折則窮愁轉甚、路迷則久客難歸矣。 |
|
① 鮑照詩;去親爲客滯 |
|
② 阮籍詩忽忽至夕窮。 《測㫖》忽忽、不定也。泥殺人、/膠 也 |
|
③ 《楚辭》:屈原放於澤畔、形容枯槁。 |
|
④ 陸雲詩:風土豈相親。 |
|
⑤ 《莊子》:原憲杖藜而應門。入鮑照詩妍容逐丹壑。 |
|
⑥ 『西征賦』:飛翠緌、拖鳴玉、以出 禁門者衆矣。 |
|
⑦ 江淹《别賦》:心折骨驚。 |
|
⑧ 謝靈運詩::路迷糧亦絶。 《史記》項羽分秦地為三: 章邯 為雍王、都廢邱;司馬欣為塞王 |
|
都櫟陽;董翳為翟王、/都高奴。謂之三秦 |
冬至
年年至日長為客,忽忽窮愁泥殺人。
(冬至の日、これまでこの日をどう過ごしたか? これからどう生きるのか? その感を述べたもの)
江上形容吾獨老,天邊風俗自相親。
自分は、毎年、そして今年も旅客となっている、困窮と愁苦がこの身に泥のようにへばりついて、死ぬ思いというところである。
杖藜雪後臨丹壑,鳴玉朝來散紫宸。
長江の流れに乗って次第に南下しているがその間にも私一人、老けてしまった。天涯の異様な風習にさえも次第に慣れてきて異様に感じるよりも、自然と親しむようになってきたのである。
心折此時無一寸,路迷何處見三秦。
郷はこの地で雪も上がったので、藜の杖を突いて丹谷に臨んでいるが、韋峰で。都のほうでは、朝の參朝するため、高官たちが佩び玉を鳴らし、腰を曲げ前かがみに列を作ったが、もうじき退散することであろう。
しかし、隠遁の旅もこのように長期になると、しかも、世情が落ち着かず転々とすることで、心が折れて、一寸の安らぎの心もない、理想は都にかえり半隠半官の生活であるが、ここからの帰り道はどの道を選ぶか持病のこともあって舞路や袋小路に悩まされている。
(冬至)
年年 至日 長に客と為し,忽忽 窮愁 人を泥殺す。
江上の形容 吾獨り 老ゆ,天邊の風俗 自ら相い親しむ。
藜を杖いて 雪後 丹壑に臨み,玉を鳴らして 朝來 紫宸散ずるならん。
心 折れて 此の時 一寸無し,路 迷う何れの處か 三秦ならしむ。
『寫懷,二首之二』現代語訳と訳註解説
(本文)
冬至
年年至日長為客,忽忽窮愁泥殺人。
江上形容吾獨老,天邊風俗自相親。
杖藜雪後臨丹壑,鳴玉朝來散紫宸。
心折此時無一寸,路迷何處見三秦。
詩文(含異文): 年年至日長為客,忽忽窮愁泥殺人。江上形容吾獨老,天邊風俗自相親【天涯風俗自相親】。杖藜雪後臨丹壑,鳴玉朝來散紫宸【明主朝來散紫宸】。心折此時無一寸,路迷何處見三秦【路迷何處是三秦】。
(下し文)
(冬至)
年年 至日 長に客と為し,忽忽 窮愁 人を泥殺す。
江上の形容 吾獨り 老ゆ,天邊の風俗 自ら相い親しむ。
藜を杖いて 雪後 丹壑に臨み,玉を鳴らして 朝來 紫宸散ずるならん。
心 折れて 此の時 一寸無し,路 迷う何れの處か 三秦ならしむ。
(現代語訳)
(冬至の日、これまでこの日をどう過ごしたか? これからどう生きるのか? その感を述べたもの)
自分は、毎年、そして今年も旅客となっている、困窮と愁苦がこの身に泥のようにへばりついて、死ぬ思いというところである。
長江の流れに乗って次第に南下しているがその間にも私一人、老けてしまった。天涯の異様な風習にさえも次第に慣れてきて異様に感じるよりも、自然と親しむようになってきたのである。
郷はこの地で雪も上がったので、藜の杖を突いて丹谷に臨んでいるが、韋峰で。都のほうでは、朝の參朝するため、高官たちが佩び玉を鳴らし、腰を曲げ前かがみに列を作ったが、もうじき退散することであろう。
しかし、隠遁の旅もこのように長期になると、しかも、世情が落ち着かず転々とすることで、心が折れて、一寸の安らぎの心もない、理想は都にかえり半隠半官の生活であるが、ここからの帰り道はどの道を選ぶか持病のこともあって舞路や袋小路に悩まされている。
(訳注解説)
冬至
(冬至の日、これまでこの日をどう過ごしたか? これからどう生きるのか? その感を述べたもの)
冬至は、二十四節気の第22。北半球ではこの日が一年のうちで最も昼の時間が短い。十一月中。
現在広まっている定気法では太陽黄経が270度のときで12月22日ごろ。恒気法は節気を冬至からの経過日数で定義するが、基点となる冬至は定気と同じ定義である。定気と恒気で一致する唯一の節気である。
年年至日長為客,忽忽窮愁泥殺人。
自分は、毎年、そして今年も旅客となっている、困窮と愁苦がこの身に泥のようにへばりついて、死ぬ思いというところである。
至日 冬至のその日。
忽忽 ①事を省みないさま。おろそかにするさま。 ②すみやかに去るさま。 ③なすべき事が手につかないさま。 ④迷うさま。惑うさま。
⑤うっとりとしたさま。
窮愁 困窮と愁苦。
泥殺人 泥が人にはなはだしくついた場合になかなか取れずきれいにならない状態を言う。殺ははなはだしいこと。
江上形容吾獨老,天邊風俗自相親。
長江の流れに乗って次第に南下しているがその間にも私一人、老けてしまった。天涯の異様な風習にさえも次第に慣れてきて異様に感じるよりも、自然と親しむようになってきたのである。
自相親 長安の風俗とことごとく風俗が違っていたが、作者自ら、地下好き、受け入れてゆく、そして、今では親しみを覚えるというほどの意味。
杖藜雪後臨丹壑,鳴玉朝來散紫宸。
郷はこの地で雪も上がったので、藜の杖を突いて丹谷に臨んでいるが、韋峰で。都のほうでは、朝の參朝するため、高官たちが佩び玉を鳴らし、腰を曲げ前かがみに列を作ったが、もうじき退散することであろう。
杖藜 4~5年前、成都で徐知道が反乱を起こした際、蜀中を転々とした。その際、梓州の役人にプレゼントされたもの。それ以来歩行に杖を使うようになった。
臨丹壑 赤土質の夔州のこと。
鳴玉 朝廷内で、官僚の佩び玉を鳴らしてあるくことをいい、朝廷に参列姿を揶揄している。
朝來散紫宸 夜明けまでに大明宮の朝礼する宮殿に出入りすることを示す。。
しかし、隠遁の旅もこのように長期になると、しかも、世情が落ち着かず転々とすることで、心が折れて、一寸の安らぎの心もない、理想は都にかえり半隠半官の生活であるが、ここからの帰り道はどの道を選ぶか持病のこともあって舞路や袋小路に悩まされている。
心折 心が墔折すること。杜甫は、長安に帰るべく出発するも、持病が再発、あるいは、悪化して養生せざるを得なかったことを示す。江淹《别賦》:心折骨驚。
一寸 一寸は心臓のことである。古代では、心の働き、思いなどを心臓のはたらきであるとされていた。
路迷 体力がなく陸上の道を帰る道に選べず、時間のかかる船旅を選ばざるを得なかったが、資金面、持病などで困難を極めた。
三秦 長安、咸陽をいう古代王朝のある、都のあった関中地方のいい方である。 謝靈運詩::路迷糧亦絶。《史記》項羽分秦地為三: 章邯 為雍王、都廢邱;司馬欣為塞王
都櫟陽;董翳為翟王、/都高奴。謂之三秦。



