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王融_雜詩五首〔3

 

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雪讒詩贈友人 #8

張中丞傳後敘 -#24

 別李義 - #7

 

謝朓雜詩十二〔3

 


767
-235  別李義(卷二一(四)一八二五) -#4》 - 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 訳注解説Blog11130

 

 

767-235

 

 

 別李義(卷二一(四)一八二五)  -#4

 

 

杜甫詳注 訳注解説

 

 

漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 訳注解説Blog11130

 

 

 

 

別李義

杜甫の縁戚で、唐王朝の宗室でもある李義を送別するにあたり、彼とその父の李錬の人物を歌い、成都へ赴く李義へ忠告して詠う。

神堯十八子,十七王其門。

唐の高祖、神尭皇帝の22人いた皇子で4人を除いた18人の皇子のうち、17人が王に封じられた。

道國洎舒國,督唯親弟昆。

そのうち、道王 と舒王はほんとうに同腹の兄弟であるとみられている。

中外貴賤殊,余亦忝諸孫。

そして、あなたは直系で私は外孫、身分の貴賤は異なるのであるけれど、 私にとっては、また恐れ多いことながら子孫の列に列なっている事に違いはないのである。

丈人嗣三葉,之子白玉溫。

あなたの父上は道王三代を嗣いでおられ、あなたも白玉のように温厚でいらっしゃる。』

#2

道國繼德業,請從丈人論。

道王は代々、徳行と功業を継承しておられたあなたの先代の父上のことから申し上げさせていただこう。

丈人領宗卿,肅穆古制敦。

父上は宗 正卿に領じられ、宗室の威厳を備えながらも穏やかな態度は、古代の制度が持つ誠実さに裏打ちされておられた。

先朝納諫諍,直氣橫乾坤。

玄宗皇帝の開元の治と称えられた善政で唐の絶頂期を迎えた御代では、諌言も受け入れられ、父上の正しい精神は天地の隅々まで溢れていたのである。

子建文筆壯,河間經術存。

そして、 陳思王曹植のように詩文はすばらしく、河間王劉徳のように儒学を修めておられた。』

#3

爾克富詩禮,骨清慮不喧。

あなたもまた『詩経』や「三礼」など儒学への造詣を充分に深められてお り、高潔な資質を備えて心は落ち着いておられる。

洗然遇知己,談論淮湖奔。

こうして知己であるあなたにお会いして みれば物事にとらわれず気品に富み、その談論は雄弁で准河や太湖の水が滑々と流れるよう だ。

憶昔初見時,小襦繡芳蓀。

思えば昔、初めてお会いした時、装いは、短い上着に香草を刺繍されていて洗練されていた。

長成忽會面,慰我久疾魂。

今、成長されたお姿を突然拝見すると、私の長く病んでいた心が慰められる思いになるのです。

#4

三峽春冬交,江山雲霧昏。

三峡下りの入り口に位置する夔州は冬と春の季節の変わり目というものであり、この地の雨雲霧は古来より、男女の情の物語があり長江や山には雲や霧が出て暗い。

正宜且聚集,恨此當離尊。

せっかくここで出会い集まって酒宴をご一緒にしているのですから、 もうしばらくともに時を過ごしたいのでありますが、今、別れの宴の酒樽を前にしなければならないのが恨めしく思うのです。

莫怪執杯遲,我衰涕唾煩。

したがって杯を手に取るのがゆっくりだというのを不審に思わないでいただきたい、というのも、この私、老いぼれてしまい、涙と唾がだらしなく溢れ出る次第なのです。

重問子何之,西上岷江源。

あなたはどちらに向かわれるのかと改めてまた問えば、西に向かって眠江の源へ遡ることなのでしょう。』#5

願子少干謁,蜀都足戎軒。誤失將帥意,不如親故恩。

少年早歸來,梅花已飛翻。努力慎風水,豈惟數盤飧。

#6

猛虎臥在岸,蛟螭出無痕。王子自愛惜,老夫困石根。

生別古所嗟,發聲為爾吞。

 

 

(李義に別る)

神堯の十八子,十七 其の門を王とす。

道國 洎【およ】び舒國,唯し親弟昆と督す。

中外 貴賤 殊なるも,余 亦た諸孫なるを忝くする。

丈人 嗣ぐこと 三葉,之の子 白玉のごとく溫かなり。

#2

道國 德業を繼ぎて,丈人より論ぜんことを請う。

丈人 宗卿を領し,肅穆にして 古制 敦し。

先朝 諫諍を納れ,直氣 乾坤に橫わる。

子建のごとく 文筆 壯に,河間のごとく 經術 存す。

#3

爾 克く詩禮に富む,骨 清くして慮 喧しからず。

洗然 知己に遇えば,談論 淮湖に奔る。

憶う昔 初めて 見し時,小襦 芳蓀を繡す。

長成 忽ち會面す,我が久疾の魂を慰む。

#4

三峽 春冬の交,江山 雲霧 昏し。

正に宜く且く聚集すべきも,恨むらくは此こに離尊に當るを。

怪しむ莫れ 杯を執ることの遲きを,我れ衰えて涕唾 煩し。

重ねて子に何こに之くかと問えば,西のかた岷江の源に上ると。

#5

願わくば 子 干謁を少くせよ,蜀都に 戎軒 足る。

誤りて 將帥の意を失わば,親故の恩も 知らず。

少年 早く歸り來たれ,梅花 已に飛翻す。

努力して 風水を慎め,豈に惟だに 盤飧を數するのみならんや。

#6

猛虎は 臥して岸に在り,蛟螭は 出でて痕無し。

王子 自ら愛惜せよ,老夫 石根に困む。

生別は 古えより 嗟く所,聲を發せんしてと爾が為に吞む。

 

 瞿塘峡・白帝城・魚復

杜詩詳注 卷二一(四)一八二五 《別李義》 現代語訳 訳注解説

(本文)

別李義(卷二一(四)一八二五)  767

#4

三峽春冬交,江山雲霧昏。

正宜且聚集,恨此當離尊。

莫怪執杯遲,我衰涕唾煩。

重問子何之,西上岷江源。

 

(下し文)

(李義に別る)

#4

三峽 春冬の交,江山 雲霧 昏し。

正に宜く且く聚集すべきも,恨むらくは此こに離尊に當るを。

怪しむ莫れ 杯を執ることの遲きを,我れ衰えて涕唾 煩し。

重ねて子に何こに之くかと問えば,西のかた岷江の源に上ると。

 

(現代語訳)

杜甫の縁戚で、唐王朝の宗室でもある李義を送別するにあたり、彼とその父の李錬の人物を歌い、成都へ赴く李義へ忠告して詠う。

#4

三峡下りの入り口に位置する夔州は冬と春の季節の変わり目というものであり、この地の雨雲霧は古来より、男女の情の物語があり長江や山には雲や霧が出て暗い。

せっかくここで出会い集まって酒宴をご一緒にしているのですから、 もうしばらくともに時を過ごしたいのでありますが、今、別れの宴の酒樽を前にしなければならないのが恨めしく思うのです。

したがって杯を手に取るのがゆっくりだというのを不審に思わないでいただきたい、というのも、この私、老いぼれてしまい、涙と唾がだらしなく溢れ出る次第なのです。

あなたはどちらに向かわれるのかと改めてまた問えば、西に向かって眠江の源へ遡ることなのでしょう。』

 

(訳注解説)

別李義

杜甫の縁戚で、唐王朝の宗室でもある李義を送別するにあたり、彼とその父の李錬の人物を歌い、成都へ赴く李義へ忠告して詠う。

【題意】杜詩詳注卷二一(四)一八二四、杜少陵詩集四四二。杜詩全譯〔四〕P537

制作時767年、制作地は前詩と同じ夔州。杜甫の縁戚で、唐王朝の宗室でもある李義を送別するにあたり、彼とその父の李錬の人物を歌い、成都へ赴く李義へ忠告する。李義は膚の高 祖・李淵の第一六子である道士李元慶の玄孫(『新唐音』巻七〇下「宗室世系表下」)。

 

#4

三峽春冬交,江山雲霧昏

三峡下りの入り口に位置する夔州は冬と春の季節の変わり目というものであり、この地の雨雲霧は古来より、男女の情の物語があり長江や山には雲や霧が出て暗い。

三峡 垂慶市から湖北省にかけて続く、長江本流にある三つの峡谷の総称。重慶市奉節県の白帝城から湖北省宜昌市の南津関までの193kmの間に、上流から瞿塘峡(くとうきょう、8km)、巫峡(ふきょう、45km)、西陵峡(せいりょうきょう、66km)が連続する景勝地である。

雲霧昏 この地は地形的にも山は重畳して天日を隠蔽するという。巫山十二峰と言われ、その中で代表的なものに神女峰がある。楚の宋玉の「高唐賦」(『文選』所収)序に、楚の懐王が高唐(楚の雲夢沢(中国語版)にあった台館)に遊んだ際、疲れて昼寝していると、夢の中に「巫山の女(むすめ)」と名乗る女が現れて王の寵愛を受けた、という記述がある。彼女は立ち去る際、王に「私は巫山の南の、険しい峰の頂に住んでおります。朝は雲となり、夕べは雨となり(旦為朝雲、暮為行雨)、朝な夕な、この楼台のもとに参るでしょう」[2]と告げた。

 

正宜且聚集,恨此當離尊。

せっかくここで出会い集まって酒宴をご一緒にしているのですから、 もうしばらくともに時を過ごしたいのでありますが、今、別れの宴の酒樽を前にしなければならないのが恨めしく思うのです。

聚集 一緒にいる。 酒宴の席に一緒にいる。双声語「シュウシュウ」。

離樽 送別の宴にある酒樽。

 

 

莫怪執杯遲,我衰涕唾煩。

したがって杯を手に取るのがゆっくりだというのを不審に思わないでいただきたい、というのも、この私、老いぼれてしまい、涙と唾がだらしなく溢れ出る次第なのです。

沸睡煩 涙と唾が溢れ出る。老人のだらし ない表情。「煩」はここでは「繁」に通じる。

 

重問子何之,西上岷江源。

あなたはどちらに向かわれるのかと改めてまた問えば、西に向かって眠江の源へ遡ることなのでしょう。』

眠江 嶋山の南麓に発し、成都平野をうるおして宜賓 市で長江本流(金沙江) に合流する支流の名。ここでは長江と眠江を遡り、成都まで行くことをいう。 古来、長江の本流とされたため、合流した後の長江もしばしば眠江と称される。ここもその例。