767年-235 《 別李義(卷二一(四)一八二五) -#6》 - 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 訳注解説Blog11146
|
|
767年-235 |
|
|
|
別李義(卷二一(四)一八二五) -#6 |
|
|
|
杜甫詳注 訳注解説 |
|
|
|
漢文委員会kanbuniinkai紀頌之 訳注解説Blog11146 |
|
|
|
||
別李義
(杜甫の縁戚で、唐王朝の宗室でもある李義を送別するにあたり、彼とその父の李錬の人物を歌い、成都へ赴く李義へ忠告して詠う。)
神堯十八子,十七王其門。
唐の高祖、神尭皇帝の22人いた皇子で4人を除いた18人の皇子のうち、17人が王に封じられた。
道國洎舒國,督唯親弟昆。
そのうち、道王 と舒王はほんとうに同腹の兄弟であるとみられている。
中外貴賤殊,余亦忝諸孫。
そして、あなたは直系で私は外孫、身分の貴賤は異なるのであるけれど、 私にとっては、また恐れ多いことながら子孫の列に列なっている事に違いはないのである。
丈人嗣三葉,之子白玉溫。
あなたの父上は道王三代を嗣いでおられ、あなたも白玉のように温厚でいらっしゃる。』
#2
道國繼德業,請從丈人論。
道王は代々、徳行と功業を継承しておられたあなたの先代の父上のことから申し上げさせていただこう。
丈人領宗卿,肅穆古制敦。
父上は宗 正卿に領じられ、宗室の威厳を備えながらも穏やかな態度は、古代の制度が持つ誠実さに裏打ちされておられた。
先朝納諫諍,直氣橫乾坤。
玄宗皇帝の開元の治と称えられた善政で唐の絶頂期を迎えた御代では、諌言も受け入れられ、父上の正しい精神は天地の隅々まで溢れていたのである。
子建文筆壯,河間經術存。
そして、 陳思王曹植のように詩文はすばらしく、河間王劉徳のように儒学を修めておられた。』
#3
爾克富詩禮,骨清慮不喧。
あなたもまた『詩経』や「三礼」など儒学への造詣を充分に深められてお り、高潔な資質を備えて心は落ち着いておられる。
洗然遇知己,談論淮湖奔。
こうして知己であるあなたにお会いして みれば物事にとらわれず気品に富み、その談論は雄弁で准河や太湖の水が滑々と流れるよう だ。
憶昔初見時,小襦繡芳蓀。
思えば昔、初めてお会いした時、装いは、短い上着に香草を刺繍されていて洗練されていた。
長成忽會面,慰我久疾魂。
今、成長されたお姿を突然拝見すると、私の長く病んでいた心が慰められる思いになるのです。
#4
三峽春冬交,江山雲霧昏。
三峡下りの入り口に位置する夔州は冬と春の季節の変わり目というものであり、この地の雨雲霧は古来より、男女の情の物語があり長江や山には雲や霧が出て暗い。
正宜且聚集,恨此當離尊。
せっかくここで出会い集まって酒宴をご一緒にしているのですから、 もうしばらくともに時を過ごしたいのでありますが、今、別れの宴の酒樽を前にしなければならないのが恨めしく思うのです。
莫怪執杯遲,我衰涕唾煩。
したがって杯を手に取るのがゆっくりだというのを不審に思わないでいただきたい、というのも、この私、老いぼれてしまい、涙と唾がだらしなく溢れ出る次第なのです。
重問子何之,西上岷江源。
あなたはどちらに向かわれるのかと改めてまた問えば、西に向かって眠江の源へ遡ることなのでしょう。』
#5
願子少干謁,蜀都足戎軒。
だからといって出世の糸口を求めて節度使など実力者に面会するなどというのは、お控えなされるほうがよいでしょう。蜀の都であった成都には、戦車、軍人が多いことがわかるので心配します。
誤失將帥意,不如親故恩。
あなたが誤って将帥、将軍のご機嫌を損なえば、彼らは親戚や旧友の間のような恩愛でもって接することなど全くなく、どんな危害を加えるかわからないのである。
少年早歸來,梅花已飛翻。
お若いあなたは早く長安に戻りましょう、時が過ぎ去って、梅の花はすでに散り、風に舞い飛んでいるのでしょう。
努力慎風水,豈惟數盤飧。
異郷の気候や水もよくよく気を付け、慎重になされることがよいし、他人からたびたび御馳走されるような接待をご遠慮されるのがよいでしょう。
#6
猛虎臥在岸,蛟螭出無痕。
猛々しい虎は岸辺に伏せており、龍やみずちは、前触れもなく飛び出してくるというのも、長安の官僚生活で経験したことである。
王子自愛惜,老夫困石根。
王子よ、御自愛なされよ。この老いぼれは岩山の麓に隠遁して困窮している。
生別古所嗟,發聲為爾吞。
生きながらの別れの嘆きは昔からのこと、 私も泣き声が出そうなのだが、あなたが悲しむといけないのでそれを呑んでこらえているのだ。
(李義に別る)
神堯の十八子,十七 其の門を王とす。
道國 洎【およ】び舒國,唯し親弟昆と督す。
中外 貴賤 殊なるも,余 亦た諸孫なるを忝くする。
丈人 嗣ぐこと 三葉,之の子 白玉のごとく溫かなり。
#2
道國 德業を繼ぎて,丈人より論ぜんことを請う。
丈人 宗卿を領し,肅穆にして 古制 敦し。
先朝 諫諍を納れ,直氣 乾坤に橫わる。
子建のごとく 文筆 壯に,河間のごとく 經術 存す。
#3
爾 克く詩禮に富む,骨 清くして慮 喧しからず。
洗然 知己に遇えば,談論 淮湖に奔る。
憶う昔 初めて 見し時,小襦 芳蓀を繡す。
長成 忽ち會面す,我が久疾の魂を慰む。
#4
三峽 春冬の交,江山 雲霧 昏し。
正に宜く且く聚集すべきも,恨むらくは此こに離尊に當るを。
怪しむ莫れ 杯を執ることの遲きを,我れ衰えて涕唾 煩し。
重ねて子に何こに之くかと問えば,西のかた岷江の源に上ると。
#5
願わくば 子 干謁を少くせよ,蜀都に 戎軒 足る。
誤りて 將帥の意を失わば,親故の恩も 知らず。
少年 早く歸り來たれ,梅花 已に飛翻す。
努力して 風水を慎め,豈に惟だに 盤飧を數するのみならんや。
#6
猛虎は 臥して岸に在り,蛟螭は 出でて痕無し。
王子 自ら愛惜せよ,老夫 石根に困む。
生別は 古えより 嗟く所,聲を發せんしてと爾が為に吞む。
杜詩詳注 卷二一(四)一八二五 《別李義》 現代語訳 訳注解説
(本文)
別李義(卷二一(四)一八二五) 767
#6
猛虎臥在岸,蛟螭出無痕。
王子自愛惜,老夫困石根。
生別古所嗟,發聲為爾吞。
(下し文)
(李義に別る)
#6
猛虎は 臥して岸に在り,蛟螭は 出でて痕無し。
王子 自ら愛惜せよ,老夫 石根に困む。
生別は 古えより 嗟く所,聲を發せんしてと爾が為に吞む。
(現代語訳)
(杜甫の縁戚で、唐王朝の宗室でもある李義を送別するにあたり、彼とその父の李錬の人物を歌い、成都へ赴く李義へ忠告して詠う。)
猛々しい虎は岸辺に伏せており、龍やみずちは、前触れもなく飛び出してくるというのも、長安の官僚生活で経験したことである。
王子よ、御自愛なされよ。この老いぼれは岩山の麓に隠遁して困窮している。
生きながらの別れの嘆きは昔からのこと、 私も泣き声が出そうなのだが、あなたが悲しむといけないのでそれを呑んでこらえているのだ。
(訳注解説)
別李義
(杜甫の縁戚で、唐王朝の宗室でもある李義を送別するにあたり、彼とその父の李錬の人物を歌い、成都へ赴く李義へ忠告して詠う。)
【題意】杜詩詳注卷二一(四)一八二四、杜少陵詩集四四二。杜詩全譯〔四〕P537
制作時767年、制作地は前詩と同じ夔州。杜甫の縁戚で、唐王朝の宗室でもある李義を送別するにあたり、彼とその父の李錬の人物を歌い、成都へ赴く李義へ忠告する。李義は膚の高
祖・李淵の第一六子である道士李元慶の玄孫(『新唐音』巻七〇下「宗室世系表下」)。
#6
猛虎臥在岸,蛟螭出無痕。
猛々しい虎は岸辺に伏せており、龍やみずちは、前触れもなく飛び出してくるというのも、長安の官僚生活で経験したことである。
蛟螭 みずちと龍。 猛虎とともに異郷の危険な自然をいう。詳注に邪悪な勢力の比喩とある。杜甫は、粛宗の張皇后、、宦官、賀蘭進明、第五琦一派に。朝廷で苛め抜かれ、左遷された経験の語である。
王子自愛惜,老夫困石根。
王子よ、御自愛なされよ。この老いぼれは岩山の麓に隠遁して困窮している。
王子 道王の子孫である李義。
石根 岩石の基底部。岩山の慕。ここでは岩山の谷間にある夔州をいう。
生別古所嗟,發聲為爾吞。
生きながらの別れの嘆きは昔からのこと、 私も泣き声が出そうなのだが、あなたが悲しむといけないのでそれを呑んでこらえているのだ。
發聲為爾吞 声が出そうになるが、あなたのためにそれをこらえる。「呑声」は声をのむ、泣き声をあげるのを
こらえる。「爾」李羲のこと。
杜詩詳注
|
别李義 |
|
此當是大歴二年冬作。 祭盧注:李義、李鍊之子。鍊在明皇朝、曽遣 沂山東安公。 |
|
鍊乃宗室之賢、義能繼美。 |
|
|
|
神堯十八子、十七王其門。道國洎一作及舒國、實一作督維親弟昆。 |
|
中外貴賤殊、余亦忝諸孫。丈人嗣三葉、一作玉業之子白玉温。從世系親誼叙起。 |
|
朱注:義與公為中表戚、故云:「中外貴賤殊」 趙曰:「丈人、指義之父鍊;之子則指李義也。 |
|
詳味詩意、李義者、道國之裔孫、而公/則舒國後裔之外孫也。 從義之父、上遡至道王為三世、 |
|
故曰:「嗣三葉」 |
|
1. 《通鑑》:天寶十三載二月、上高祖謚曰神堯大聖光孝皇帝。 鮑曰、高祖二十二子衛懷王𤣥 |
|
霸楚哀王智雲皆先薨太子建成巢王元吉以事誅詔/除籍故止言十八子太宗有天下止十七子封王 |
|
2. 《唐書》:道王元慶高祖第十六子舒王元明第十八子。 |
|
3. 潘岳《誄楊綏》: 藉三葉世親之恩。 |
|
4. 《詩》: 温其如玉。 |
|
|
|
道國繼徳業、請從丈人論。平/聲丈人領宗卿、肅睦一作/穆古制敦。 |
|
先朝音/潮納諫諍、直氣横乾坤。子建文章一作/筆壯、河間經術存。 |
|
此申丈人嗣三葉兼舉其忠義文學。 |
|
1. 《唐書》: 宗正寺卿一人、從三品。掌天子族親屬籍。以辨昭穆。 |
|
2. 肅睦、敬而和也。 |
|
3. 曹子建、河間王、注各見前。 |
|
|
|
爾一作温克富詩禮、骨清慮不喧。洗蘇亥/切然遇知巳、談諭淮湖一作/河奔。 |
|
憶昔初見時、小襦一作/孺繡芳蓀。長丁丈/切成忽㑹面、慰我久疾魂。 |
|
此申之子/白玉温備述其人品交情蜂 |
|
1.
潘岳詩: 吾子洗然。恬淡自逸。 |
|
2. 洙曰:淮湖奔言談論 起如奔濤之不可涯涘 |
|
3. 鶴曰:百姓歌亷范云昔無襦今五袴則襦下於袴也。《急就篇》注:短衣曰襦自膝以上古詞妾有繡腰襦 |
|
葳㽔自生光 謝靈運詩挹/露馥芳蓀 |
|
|
|
三峽春冬交、江山雲霧昏。正宜且聚集、恨此當離樽。 |
|
莫怪執盃遲、我衰涕唾煩。重平/聲問子何之、西上上/聲岷江源。 |
|
此叙䕫江餞别之意。 |
|
1. 趙曰:舉杯遲、以涕唾之煩故也。 |
|
2. 《解嘲》涕唾 流沫。 |
|
3. 《孟子》先生將何之 |
|
4. 䕫江居下流、故赴 蜀為西上。 |
|
|
|
願子少干謁、蜀都足戎軒。誤失將去/聲帥意、不知一作/如親故恩。、 |
|
少去/聲年早歸來,梅花已飛翻。努力慎風水,豈惟數所角/切盤飧。 |
|
|
|
猛虎卧在岸、蛟螭出無痕。 |
|
王子自愛惜、老夫困石根。生别古所嗟、發聲為去/聲爾吞。 |
|
末致臨别戒勉之辭反人情既不足恃而物害又復可/危公於知交誼切故 覆丁寧至此 此章前四段各 |
|
八句末一段十四句 |
|
1.《魏志・鍾繇傳》: 當厄/於水、努力慎之。 |
|
2.洙曰: 吞聲、聲出而 復吞也。 |
|
王嗣奭曰: 當時戎軒多武夫、公所甚畏、詩每及之。 此云: 「誤失將帥意、不知親故恩。」 又云: 「努力慎風水、豈惟數盤餐。」 |
|
一飯跡便掃、世情大抵然也、故以頻過人飯/為戒、皆忠谷之語、 李少年、涉世尚淺、故致其惓惓、 |
|
公之篤於親/誼如此。 |
|
王道俊《博議》曰:《舊書》道玉元慶、麟徳元年薨。 子臨淮/王誘嗣。 次子詢。詢子微、神龍初、 封為嗣道王。景雲元年、官宗正卿、卒。 子鍊、開元二十五年、襲封嗣道王、廣/徳中、官宗正卿。 《新書・宗室世系表》於道孝王元慶之下、首書嗣王誘、次書嗣王宗正卿㣲、嗣王宗正卿鍊、 /嗣王京兆尹實。 |
|
《困學紀聞》云:「義葢㣲之子。」以予考之。不然。 義乃鍊之諸子、而實之弟耳。 |
|
詩云:「丈人嗣三葉。」 丈人謂鍊、自誘至鍊為嗣道王者三世。 故曰「嗣三葉」也。 |
|
又云:「丈人領宗卿、肅穆古制敦。 先朝納諫諍、直氣/横乾坤。」 按《舊志》: 天寶十載正月、 遣太子率更令嗣道王鍊、祭沂山東安公、則鍊在𤣥宗時、巳䝉任使、所云「先朝納鍊諍」者、葢𤣥宗也。 |
|
又云: 「憶昔初見時、小襦繡芳蓀。長成忽㑹面、慰我久客魂」、與、「少年早歸來、梅花已飛翻・」 |
|
「王子自愛惜、老夫困石根」等語、皆前輩諄勉之詞。 葢公天寶中、曽見義於京師、年尚少、今來巫峽、 將入蜀干謁、故以猛虎蛟螭戒之。 |
|
若令義為㣲之子、則㣲卒於景雲中、去大歴二年且五十六七載、義之齒當長於公、 安得目為少年而自居老夫乎、由此言之則義為鍊之諸子審矣。 |
|
最近 一週間の訳注解説 BLOG |
||||||||||||||
|
月/日 |
||||||||||||||
|
2/17 |
|
|
|
||||||||||
|
2/18 |
|
|
|
||||||||||
|
2/19 |
|
|
|
||||||||||
|
2/20 |
|
|
|
||||||||||
|
2/21 |
|
|
|
||||||||||
|
2/22 |
|
|
|
||||||||||
|
2/23 |
|
|
|
|
|
|
|||||||
|
2/24 |
|
|
|
|
|
|
|||||||
|
2/25 |
|
|
|
||||||||||
|
2/26 |
|
|
|
||||||||||
|
2/27 |
|
|
|
||||||||||
|
2/28 |
|
|
|
||||||||||
|
2/29 |
|
|
|
||||||||||
|
3/1 |
|
|
|
|
|
|
|||||||
|
3/2 |
留別金陵諸公#1 |
張中丞傳後敘 -#26 |
送高司直尋封閬州 #2 |
|
謝朓雜詩十二〔5〕 |
|
|
||||||
|
3/3 |
留別金陵諸公#2 |
張中丞傳後敘 -#27 |
送高司直尋封閬州#3 |
|
6詠邯鄲故才人嫁為厮養 |
|
|
||||||
|
3/4 |
留別金陵諸公#3 |
張中丞傳後敘 -#28 |
可歎 #1 |
|
7秋夜 |
|
|
||||||






