杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

五言律詩

廣徳2年764-59 《空城【城上】》 ふたたび成都 杜甫<735> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4005 杜甫詩1500-735-972/250023

杜甫《空城》一夜で5000km 走るという8頭の駿馬は穆王という良い天子のもとだから付き従ったのであり、(何もしない、強くもない代宗のまわりには賢臣がいなくて)群臣の者たちは、武力の強い天子に盲目的に従うだけだ。

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廣徳2764-59 《空城【城上】》 ふたたび成都 杜甫<735 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4005 杜甫詩1500-735-972/250023

 

 

製作年:  764  廣德二年  53

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 城上【空城】 

及地點:  巴西 (劍南道北部 綿州 巴西)     

 

 

空城〔城上〕

(何にも施政が届かない空しい城郭を詠う)

草滿巴西綠,空城白日長。

希望の春で草草が成長している巴西辺りには緑いっぱいである。誰もいない空しい城郭には日差しが長く当たっている。

風吹花片片,春動水茫茫。

風が吹けば、さきほこるはなはゆらゆらゆれているし、春景色に増水した春水にゆったりと遙か先まで流れて行く。

八駿隨天子,群臣從武皇。

一夜で5000km 走るという8頭の駿馬は穆王という良い天子のもとだから付き従ったのであり、(何もしない、強くもない代宗のまわりには賢臣がいなくて)群臣の者たちは、武力の強い天子に盲目的に従うだけだ。

遙聞出巡守,早晚遍遐荒。

遠くのほうだけで聞こえるという、国を立て直すためには主要の各地を視察・巡守の出征をすることであるの声だが、(これに全く耳をかたむけない代宗であるから、)まあじきに、ここの空城のようにどこもかしこも、遠く離れた未開の異民族の地のようになってしまうことだろう。

詩文(含異文)

草滿巴西綠,空城白日長【城空白日長】。

風吹花片片,春動水茫茫【春送雨茫茫】【春蕩水茫茫】。

八駿隨天子,群臣從武皇。

遙聞出巡守,早晚遍遐荒。 

 

空城〔城上〕

草滿ちる巴西の綠,空城 白日長し。

風吹き花片片たりて,春動き水茫茫たり。

八駿 天子に隨い,群臣 武皇に從う。

遙に聞く巡守に出るを,早晚 遐荒なるを遍ねからん。

姑蘇台02 

 

『空城〔城上〕』現代語訳と訳註

(本文)

空城〔城上〕

草滿巴西綠,空城白日長。

風吹花片片,春動水茫茫。

八駿隨天子,群臣從武皇。

遙聞出巡守,早晚遍遐荒。

 

 

(下し文)

空城〔城上〕

草滿ちる巴西の綠,空城 白日長し。

風吹き花片片たりて,春動き水茫茫たり。

八駿 天子に隨い,群臣 武皇に從う。

遙に聞く巡守に出るを,早晚 遐荒なるを遍ねからん。

 

(現代語訳)

(何にも施政が届かない空しい城郭を詠う)

希望の春で草草が成長している巴西辺りには緑いっぱいである。誰もいない空しい城郭には日差しが長く当たっている。

風が吹けば、さきほこるはなはゆらゆらゆれているし、春景色に増水した春水にゆったりと遙か先まで流れて行く。

一夜で5000km 走るという8頭の駿馬は穆王という良い天子のもとだから付き従ったのであり、(何もしない、強くもない代宗のまわりには賢臣がいなくて)群臣の者たちは、武力の強い天子に盲目的に従うだけだ。

遠くのほうだけで聞こえるという、国を立て直すためには主要の各地を視察・巡守の出征をすることであるの声だが、(これに全く耳をかたむけない代宗であるから、)まあじきに、ここの空城のようにどこもかしこも、遠く離れた未開の異民族の地のようになってしまうことだろう。

 

少陵台 

(訳注)

空城〔城上〕

(何にも施政が届かない空しい城郭を詠う)

○城 綿州巴西の城。
ここ数年、この地は叛乱軍の者たちにいれかわりたちかわり支配され、異民族にも支配された。その間に住民は逃散したということで、荒れ果てた城郭をいうのだが、詩の内容からすると、代宗の無策を批判して、国中が「空城」になってしまうと憂いているのである。全部の聯が対句となっている。

 

草滿巴西綠,空城白日長。

希望の春で草草が成長している巴西辺りには緑いっぱいである。誰もいない空しい城郭には春の日差しが長く当たっている。

 

風吹花片片,春動水茫茫。

風が吹けば、さきほこるはなはゆらゆらゆれているし、春景色に増水した春水にゆったりと遙か先まで流れて行く。

○片々 風が吹いては長い甫方向に向いてしまうこと。強いものには巻かれろ。風の吹くままに揺れていくことをいう。① 二つあるうちの一方。かたほう。かたつかた。   かたすみ。かたわら。

○春動 春けしが変わっていくこと。ここではまず雪解けで河川の水量が増水し、万物が成長していくさまをいう。この聯でこれらの語「片片・茫茫」を次の聯のかたや「穆王八駿」にたいしてどこ捜しても、遙か先まで「群臣」しかいないということをあらわしている。

○茫茫 1 広々としてはるかなさま。「―とした大海原」「―たる砂漠」 2 ぼんやりかすんではっきりしないさま。「―たる記憶」「―と暗路(やみじ)に物を探るごとく」〈露伴・五重塔〉 3 草・髪などが伸びて乱れている。

 

八駿隨天子,群臣從武皇。

一夜で5000km 走るという8頭の駿馬は穆王という良い天子のもとだから付き従ったのであり、(何もしない、強くもない代宗のまわりには賢臣がいなくて)群臣の者たちは、武力の強い天子に盲目的に従うだけだ。

○八駿 穆王八駿のこと。中国の伝説に登場する8頭の駿馬(しゅんめ・よく走る 馬の称)。 紀元前11世紀頃の周王朝の穆王が所有していたとされる。 土を踏まない ほど速く走れる「絶地(ぜっち)」、鳥を追い越せる「翻羽(ほんう)」、一夜で5000km 走るという。

 

遙聞出巡守,早晚遍遐荒。

遠くのほうだけで聞こえるという、国を立て直すためには主要の各地を視察・巡守の出征をすることであるの声だが、(これに全く耳をかたむけない代宗であるから、)まあじきに、ここの空城のようにどこもかしこも、遠く離れた未開の異民族の地のようになってしまうことだろう。

○遐荒 王城からはるか遠く離れた未開の異民族の地。
景陽楼001 

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安史軍の殲滅は人々を安史の乱のまえに還した。敗残兵はそれらの出身でもって自分らでうたがいあって自滅した。朝廷に上がる高級官僚たちは、差配も名目上のもので断絶したかりのものであったし、君主や主に対する酬いることはそれぞれがどういうわけか遅れた。

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廣徳2764-57 《有感,五首之五》 ふたたび成都 杜甫<733> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3995 杜甫詩1500-733-970/250021



卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 有感,五首之五 



有感,五首之一  

(その一は西域のことについて思うことがある)

將帥蒙恩澤,兵戈有年。

郭子儀を筆頭にした大将たちは、天子の慈しみを大いに受けているというのに、戦火はこの年内にもまだまだあるのだ。

至今勞聖主,何以報皇天。

今に至っても聖天子にも苦労が絶えないし、そんなことでは、皇天子にどうやって恩を酬いたらよいというのか。

白骨新交戰,雲臺舊拓邊。

この騒乱の中に路上や原野に放置された白骨を片付けてもいないうちに、新たに交戦をしているし、漢の光武帝は洛陽に雲台を設置して国境を開拓して異民族から防衛をすることをしたのにその雲台も古くしてしまっている。
乘槎斷消息,無處覓張騫。

こんなことではわたしが船筏の乗船して消息を絶ってしまいたいと思うようになるし、西域の情報を的確に知らしめて、大勝利に貢献した張騫のような人物を探し求めてもどこにもいやしないというものだ。

 


(感有り,五首の一)  

將帥 恩澤を蒙り,兵戈 年に有る

今に至り聖主勞し,何を以て 皇天に報ゆ。

白骨 交戰を新たにし,雲臺 拓邊を舊す。

槎に乘じて消息を斷つは,張騫を覓むる處無し。

華山001 


有感,五首之二  

(その二は北域幽州のこと、西と南の地域への政策批判について詠う)

幽薊餘蛇豕,乾坤尚虎狼。

北域幽州・薊州には蛇や豬などであふれた。天上天下はいまだなお虎や狼だらけである。

諸侯春不貢,使者日相望。

その地の諸侯は前年中にしないといけないのに春というのに貢納しないし、租庸使は困って朝廷に報告し援軍や援助を求めても 朝廷からの使者は一日中ただ待ちのぞんでいるのだ。

慎勿吞青海,無勞問越裳。

北西部の青海は吐蕃に侵略されたままで何もしないで慎んでいることはないはずだし、五嶺山脈を越えた南のヴェトナムの異民族に問いかけて講和する努力もしていない。

大君先息戰,歸馬華山陽。  

代宗は今まず、戰が終結して一息ついているところであり、やっと馬でもって華山を越えて、長安に帰ったところだ。

 

(感有り,五首の二)  

幽薊 蛇豕を餘し,乾坤 尚お虎狼あり。

諸侯 春貢がず,使者 日び相い望む。

慎む勿れ青海を吞むを,勞しむ無し 越裳を問うを。

大君 先ず戰を息み,馬を歸すは華山の陽に。  

 

有感,五首之三 

(その三は都を洛陽に移すというが、そのことについて思うことがある)

洛下舟車入,天中貢賦均。

洛陽には水路と陸路を整備して船と車が入れるようにするため、朝廷は納貢賦役をひとしく加重された。

日聞紅粟腐,寒待翠華春。

それなのに日々聞かれるようになるのは実る稲が腐るし寒さが続き緑の花さく春も遅くなった。

莫取金湯固,長令宇宙新。

金城湯池の守りを固めることを取り去ることはいけないし、この天下世界を新しくすることを使命としなければいけないのだ。

不過行儉德,盜賊本王臣。  


倹約と仁徳を行い華美・奢侈の行きすぎをやめ、今はびこる盗賊たちはもともと奢侈と仁徳から漏れた天子の家臣たちだったのだ。

 

(感有り,五首の三) 

洛下 舟車入るに,天中 貢賦均す。

日に聞く 紅粟腐り,寒待す 翠華の春を。

金湯の固を取る莫れ,長く宇宙新たにしましむ。

儉德を行うを過ぎずして,盜賊 本もと王の臣なり。

 

 Ta唐 長安近郊圖  新02

有感,五首之四 

(その四は朝廷のあり方について思うことがある)

丹桂風霜急,青梧日夜凋。

天子の庭、朝廷には風雲急を告げ厳しい霜にあっていて、梧桐の青葉の後宮にも昼も夜もはなやいだことはなく凋落の様相を呈している。

由來強幹地,未有不臣朝。

この地はもともと強い地の利を持っていて国の根幹をなすところなのだ。それなのにいまだに家臣たちで朝廷ウィ立て直すことさえできずにいるのだ。

受鉞親賢往,卑宮制詔遙。

親族や賢臣の者たちが武器を受けたならば朝廷のもとに行かねばならない、今は卑しいものによって宮殿を征圧されており天子の詔もはるかとどかない状態なのだ。

終依古封建,豈獨聽簫韶。

今は古の仁徳と、忠義の封建制度というものは終焉したというのか。どうしてなのだろうか、一人だけでも虞舜の時代の音楽の簫韶九成をきくという、仁徳で施政するということができないのだろうか。

 

有感,五首之四 

丹桂 風霜急なり,青梧 日夜凋む。

強幹の地に由來し,未だ臣朝ならざるに有らず。

鉞を受けて 親賢往き,宮を卑くして詔を制す遙なり。

古の封建に依るを終る,豈に獨り簫韶を聽かん。

 

其五

(その五は 国を治める筋道が狂っているということについて思うことがある)

盜滅人還亂,兵殘將自疑。

安史軍の殲滅は人々を安史の乱のまえに還した。敗残兵はそれらの出身でもって自分らでうたがいあって自滅した。

登壇名假,報主爾何遲。

朝廷に上がる高級官僚たちは、差配も名目上のもので断絶したかりのものであったし、君主や主に対する酬いることはそれぞれがどういうわけか遅れた。

領郡輒無色,之官皆有詞。

所領や郡域のものたちもどうしてかどっち附かずという色を見せない。官僚の仕事は皆が詞にして言うだけにした。

願聞哀痛詔,端拱問瘡痍。

皆が願うことは適切な天子の詔であって、悲しいこと、傷ましい天子の言葉ではない。國を治める道筋が満身創痍であることが問題なのである。


感有り,五首の五 

盜滅 人 還える亂る,兵殘 將て自疑す。

登壇 名 假に,主に報うは 爾 何に遲る。

領郡 輒んぞ色無し,之官 皆 詞有り。

願いて聞く 哀痛の詔,端拱 瘡痍を問う。   



『有感,五首之五』 現代語訳と訳註

(本文)

有感,五首之五 

盜滅人還亂,兵殘將自疑。

登壇名假,報主爾何遲。

領郡輒無色,之官皆有詞。

願聞哀痛詔,端拱問瘡痍。


(下し文)

感有り,五首の五 

盜滅 人 還える亂る,兵殘 將て自疑す。

登壇 名 假にち,主に報うは 爾 何に遲る。

領郡 輒んぞ色無し,之官 皆 詞有り。

願いて聞く 哀痛の詔,端拱 瘡痍を問う。  


(現代語訳)

(その五は 国を治める筋道が狂っているということについて思うことがある)

安史軍の殲滅は人々を安史の乱のまえに還した。敗残兵はそれらの出身でもって自分らでうたがいあって自滅した。

朝廷に上がる高級官僚たちは、差配も名目上のもので断絶したかりのものであったし、君主や主に対する酬いることはそれぞれがどういうわけか遅れた。

所領や郡域のものたちもどうしてかどっち附かずという色を見せない。官僚の仕事は皆が詞にして言うだけにした。

皆が願うことは適切な天子の詔であって、悲しいこと、傷ましい天子の言葉ではない。國を治める道筋が満身創痍であることが問題なのである。



(訳注)

有感,五首之五

(その五は 国を治める筋道が狂っているということについて思うことがある)


盜滅 還亂,兵殘 自疑

安史軍の殲滅は人々を安史の乱のまえに還した。敗残兵はそれらの出身でもって自分らでうたがいあって自滅した。

「盜」安史軍は各地で略奪の限りを尽くした。

「滅」10年近くかかって安史軍は殲滅された。

「自疑」安史軍は寄せ集めの軍隊で、その軍の中で勢力争いをして自滅したことをいう。


登壇 ,報主 何遲

朝廷に上がる高級官僚たちは、差配も名目上のもので断絶したかりのものであったし、君主や主に対する酬いることはそれぞれがどういうわけか遅れた。

「登壇」寺廟道觀の壇をいうが、ここでは、朝廷や幕府の施政側の高級官僚のこと。


領郡 輒無色 ,之官 皆有詞

所領や郡域のものたちもどうしてかどっち附かずという色を見せない。官僚の仕事は皆が詞にして言うだけにした。

「領郡」潘鎮、郡令。

「無色」無気力、忠誠信を持って仕事をしないこと。


願聞 哀痛 ,端拱 瘡痍

皆が願うことは適切な天子の詔であって、悲しいこと、傷ましい天子の言葉ではない。國を治める道筋が満身創痍であることが問題なのである。

「詔」天子の詔。ここでは適切な詔が必要ということ。

「端拱」國を治める道筋。

「問」問題点があること。

大明宮-座標02

 

 

 

 

 

Ta唐 長安近郊圖  新02 

 

 

木蘭02 

 

 



有感,五首之五 

 


 


 


 


 
















廣徳2年764-56 《有感,五首之四》 ふたたび成都 杜甫<732> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3990 杜甫詩1500-732-969

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廣徳2764-56 《有感,五首之四》 ふたたび成都 杜甫<732 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3990 杜甫詩1500-732-969

 

 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 有感,五首之四 


有感,五首之一  

(その一は西域のことについて思うことがある)

將帥蒙恩澤,兵戈有年。

郭子儀を筆頭にした大将たちは、天子の慈しみを大いに受けているというのに、戦火はこの年内にもまだまだあるのだ。

至今勞聖主,何以報皇天。

今に至っても聖天子にも苦労が絶えないし、そんなことでは、皇天子にどうやって恩を酬いたらよいというのか。

白骨新交戰,雲臺舊拓邊。

この騒乱の中に路上や原野に放置された白骨を片付けてもいないうちに、新たに交戦をしているし、漢の光武帝は洛陽に雲台を設置して国境を開拓して異民族から防衛をすることをしたのにその雲台も古くしてしまっている。
乘槎斷消息,無處覓張騫。

こんなことではわたしが船筏の乗船して消息を絶ってしまいたいと思うようになるし、西域の情報を的確に知らしめて、大勝利に貢献した張騫のような人物を探し求めてもどこにもいやしないというものだ。

 


(感有り,五首の一)  

將帥 恩澤を蒙り,兵戈 年に有る

今に至り聖主勞し,何を以て 皇天に報ゆ。

白骨 交戰を新たにし,雲臺 拓邊を舊す。

槎に乘じて消息を斷つは,張騫を覓むる處無し。

華山001 


有感,五首之二  

(その二は北域幽州のこと、西と南の地域への政策批判について詠う)

幽薊餘蛇豕,乾坤尚虎狼。

北域幽州・薊州には蛇や豬などであふれた。天上天下はいまだなお虎や狼だらけである。

諸侯春不貢,使者日相望。

その地の諸侯は前年中にしないといけないのに春というのに貢納しないし、租庸使は困って朝廷に報告し援軍や援助を求めても 朝廷からの使者は一日中ただ待ちのぞんでいるのだ。

慎勿吞青海,無勞問越裳。

北西部の青海は吐蕃に侵略されたままで何もしないで慎んでいることはないはずだし、五嶺山脈を越えた南のヴェトナムの異民族に問いかけて講和する努力もしていない。

大君先息戰,歸馬華山陽。  

代宗は今まず、戰が終結して一息ついているところであり、やっと馬でもって華山を越えて、長安に帰ったところだ。

 

(感有り,五首の二)  

幽薊 蛇豕を餘し,乾坤 尚お虎狼あり。

諸侯 春貢がず,使者 日び相い望む。

慎む勿れ青海を吞むを,勞しむ無し 越裳を問うを。

大君 先ず戰を息み,馬を歸すは華山の陽に。  

 

有感,五首之三 

(その三は都を洛陽に移すというが、そのことについて思うことがある)

洛下舟車入,天中貢賦均。

洛陽には水路と陸路を整備して船と車が入れるようにするため、朝廷は納貢賦役をひとしく加重された。

日聞紅粟腐,寒待翠華春。

それなのに日々聞かれるようになるのは実る稲が腐るし寒さが続き緑の花さく春も遅くなった。

莫取金湯固,長令宇宙新。

金城湯池の守りを固めることを取り去ることはいけないし、この天下世界を新しくすることを使命としなければいけないのだ。

不過行儉德,盜賊本王臣。  


倹約と仁徳を行い華美・奢侈の行きすぎをやめ、今はびこる盗賊たちはもともと奢侈と仁徳から漏れた天子の家臣たちだったのだ。

 

(感有り,五首の三) 

洛下 舟車入るに,天中 貢賦均す。

日に聞く 紅粟腐り,寒待す 翠華の春を。

金湯の固を取る莫れ,長く宇宙新たにしましむ。

儉德を行うを過ぎずして,盜賊 本もと王の臣なり。

 

 Ta唐 長安近郊圖  新02

有感,五首之四 

(その四は朝廷のあり方について思うことがある)

丹桂風霜急,青梧日夜凋。

天子の庭、朝廷には風雲急を告げ厳しい霜にあっていて、梧桐の青葉の後宮にも昼も夜もはなやいだことはなく凋落の様相を呈している。

由來強幹地,未有不臣朝。

この地はもともと強い地の利を持っていて国の根幹をなすところなのだ。それなのにいまだに家臣たちで朝廷ウィ立て直すことさえできずにいるのだ。

受鉞親賢往,卑宮制詔遙。

親族や賢臣の者たちが武器を受けたならば朝廷のもとに行かねばならない、今は卑しいものによって宮殿を征圧されており天子の詔もはるかとどかない状態なのだ。

終依古封建,豈獨聽簫韶。

今は古の仁徳と、忠義の封建制度というものは終焉したというのか。どうしてなのだろうか、一人だけでも虞舜の時代の音楽の簫韶九成をきくという、仁徳で施政するということができないのだろうか。

 

有感,五首之四 

丹桂 風霜急なり,青梧 日夜凋む。

強幹の地に由來し,未だ臣朝ならざるに有らず。

鉞を受けて 親賢往き,宮を卑くして詔を制す遙なり。

古の封建に依るを終る,豈に獨り簫韶を聽かん。

 

 

『有感,五首之四』 現代語訳と訳註

(本文)

有感,五首之四 

丹桂風霜急,青梧日夜凋。由來強幹地,未有不臣朝。

受鉞親賢往,卑宮制詔遙。終依古封建,豈獨聽簫韶。

 

 

(下し文)

有感,五首之四 

丹桂 風霜急なり,青梧 日夜凋む。

強幹の地に由來し,未だ臣朝ならざるに有らず。

鉞を受けて 親賢往き,宮を卑くして詔を制す遙なり。

古の封建に依るを終る,豈に獨り簫韶を聽かん。

 

(現代語訳)

(その四は朝廷のあり方について思うことがある)

天子の庭、朝廷には風雲急を告げ厳しい霜にあっていて、梧桐の青葉の後宮にも昼も夜もはなやいだことはなく凋落の様相を呈している。

この地はもともと強い地の利を持っていて国の根幹をなすところなのだ。それなのにいまだに家臣たちで朝廷ウィ立て直すことさえできずにいるのだ。

親族や賢臣の者たちが武器を受けたならば朝廷のもとに行かねばならない、今は卑しいものによって宮殿を征圧されており天子の詔もはるかとどかない状態なのだ。

今は古の仁徳と、忠義の封建制度というものは終焉したというのか。どうしてなのだろうか、一人だけでも虞舜の時代の音楽の簫韶九成をきくという、仁徳で施政するということができないのだろうか。

唐長安城図

 

(訳注)

有感,五首之四 

(その四は朝廷のあり方について思うことがある)

 

丹桂風霜急,青梧日夜凋。

天子の庭、朝廷には風雲急を告げ厳しい霜にあっていて、梧桐の青葉の後宮にも昼も夜もはなやいだことはなく凋落の様相を呈している。

・青梧 梧桐の青葉の中に天子と皇后が棲む。

 

由來強幹地,未有不臣朝。

この地はもともと強い地の利を持っていて国の根幹をなすところなのだ。それなのにいまだに家臣たちで朝廷ウィ立て直すことさえできずにいるのだ。

 

受鉞親賢往,卑宮制詔遙。

親族や賢臣の者たちが武器を受けたならば朝廷のもとに行かねばならない、今は卑しいものによって宮殿を征圧されており天子の詔もはるかとどかない状態なのだ。

・鉞 中国の殷・周時代を中心として使用された青銅利器で,斧の類の大型のものをいう。首を飛ばす、足に致命的な打撃を加え動けなくするための武器をいう。《説文(せつもん)》では〈戉〉字を使っている。刃巾の狭い細長い「オノ」を斧、刃巾が広く片側がくびれている「オノ」を鉞(まさかり)と呼ぶ。 斧は大きく切斧と割斧とに分けられる。

 

終依古封建,豈獨聽簫韶。

今は古の仁徳と、忠義の封建制度というものは終焉したというのか。どうしてなのだろうか、一人だけでも虞舜の時代の音楽の簫韶九成をきくという、仁徳で施政するということができないのだろうか。

・簫韶 古代虞舜の時代の音楽の簫韶九成をいうが、仁徳で施政するということをいう。三皇五帝の時代に仁徳の施政がなされ、音楽が確立された。帝舜 天下の徳を明らかにする、皆虞舜より始まるということ。

 杜甫像00


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洛陽には水路と陸路を整備して船と車が入れるようにするため、朝廷は納貢賦役をひとしく加重された。それなのに日々聞かれるようになるのは実る稲が腐るし寒さが続き緑の花さく春も遅くなった。

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廣徳2764-55 《有感,五首之三》 ふたたび成都 杜甫<731 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3985 杜甫詩1500-731-968/



卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 有感,五首之三 

地點:  洛陽 (都畿道 河南府 洛陽) 別名:洛城、洛、東洛、洛邑、京洛、河洛、洛下     

 

廣徳元年(763)

  10月、吐蕃が涇州へ来寇した。刺史の高暉は城を以てこれに降り、彼の為に道案内となって、吐蕃軍を 深く引き入れる。 吐蕃軍が奉天、武功へ来寇し、京師はパニックとなった。代宗皇帝は兵を動員しようとしていたが、 吐蕃軍は既に便橋を渡ったので、慌てふためいて為す術を知らなかった。代宗皇帝は陜州へ疎開する。 官吏はあちこち逃げ回り、六軍は逃げ散った。代宗皇帝は詔を下して、雍王・李适を関内元帥とし、 郭子儀を副元帥として吐蕃軍に当たらせることとした。郭子儀は只ちに動いたが、吐蕃軍が20万の大軍で 侵攻して来ていたので、募兵することにした。


  驃騎大将軍の程元振は横暴に振る舞っていて、人々は李輔国以上に畏れた。 そして程元振は、大功を建てた 諸将全員を忌疾し、彼等を害そうと思っていた。 吐蕃が入寇した時、程元振はすぐには上奏しなかったので、結局は代宗皇帝が慌てふためいて疎開する羽目となったのだ。 代宗皇帝が詔を発して諸道の兵を徴発しても、李光弼らは程元振が居ることを忌み、だれも駆けつけなかった。 中外は歯がみしたが、敢えて口に出す者はいなかった。


  まもなく吐蕃軍は長安を陥落させた。吐蕃軍は 広武王・李承宏を皇帝に立てて傀儡とした。吐蕃軍は府庫を掠奪、士民は皆、乱を避けて山中や谷間に逃げる者が 数え切れないほどであった。諸軍の逃亡兵や里の無頼の子弟は集まって盗賊となった。 吐蕃が去ってしまっても、彼等は南山や子午等の五谷に逃げ込んだ ままとなっていた。


有感,五首之一  

(その一は西域のことについて思うことがある)

將帥蒙恩澤,兵戈有年。

郭子儀を筆頭にした大将たちは、天子の慈しみを大いに受けているというのに、戦火はこの年内にもまだまだあるのだ。

至今勞聖主,何以報皇天。

今に至っても聖天子にも苦労が絶えないし、そんなことでは、皇天子にどうやって恩を酬いたらよいというのか。

白骨新交戰,雲臺舊拓邊。

この騒乱の中に路上や原野に放置された白骨を片付けてもいないうちに、新たに交戦をしているし、漢の光武帝は洛陽に雲台を設置して国境を開拓して異民族から防衛をすることをしたのにその雲台も古くしてしまっている。
乘槎斷消息,無處覓張騫。

こんなことではわたしが船筏の乗船して消息を絶ってしまいたいと思うようになるし、西域の情報を的確に知らしめて、大勝利に貢献した張騫のような人物を探し求めてもどこにもいやしないというものだ。

 


(感有り,五首の一)  

將帥 恩澤を蒙り,兵戈 年に有る

今に至り聖主勞し,何を以て 皇天に報ゆ。

白骨 交戰を新たにし,雲臺 拓邊を舊す。

槎に乘じて消息を斷つは,張騫を覓むる處無し。

華山001 


有感,五首之二  

(その二は北域幽州のこと、西と南の地域への政策批判について詠う)

幽薊餘蛇豕,乾坤尚虎狼。

北域幽州・薊州には蛇や豬などであふれた。天上天下はいまだなお虎や狼だらけである。

諸侯春不貢,使者日相望。

その地の諸侯は前年中にしないといけないのに春というのに貢納しないし、租庸使は困って朝廷に報告し援軍や援助を求めても 朝廷からの使者は一日中ただ待ちのぞんでいるのだ。

慎勿吞青海,無勞問越裳。

北西部の青海は吐蕃に侵略されたままで何もしないで慎んでいることはないはずだし、五嶺山脈を越えた南のヴェトナムの異民族に問いかけて講和する努力もしていない。

大君先息戰,歸馬華山陽。  

代宗は今まず、戰が終結して一息ついているところであり、やっと馬でもって華山を越えて、長安に帰ったところだ。

 

(感有り,五首の二)  

幽薊 蛇豕を餘し,乾坤 尚お虎狼あり。

諸侯 春貢がず,使者 日び相い望む。

慎む勿れ青海を吞むを,勞しむ無し 越裳を問うを。

大君 先ず戰を息み,馬を歸すは華山の陽に。  

 

有感,五首之三 

(その三は都を洛陽に移すというが、そのことについて思うことがある)

洛下舟車入,天中貢賦均。

洛陽には水路と陸路を整備して船と車が入れるようにするため、朝廷は納貢賦役をひとしく加重された。

日聞紅粟腐,寒待翠華春。

それなのに日々聞かれるようになるのは実る稲が腐るし寒さが続き緑の花さく春も遅くなった。

莫取金湯固,長令宇宙新。

金城湯池の守りを固めることを取り去ることはいけないし、この天下世界を新しくすることを使命としなければいけないのだ。

不過行儉德,盜賊本王臣。  


倹約と仁徳を行い華美・奢侈の行きすぎをやめ、今はびこる盗賊たちはもともと奢侈と仁徳から漏れた天子の家臣たちだったのだ。

 

(感有り,五首の三) 

洛下 舟車入るに,天中 貢賦均す。

日に聞く 紅粟腐り,寒待す 翠華の春を。

金湯の固を取る莫れ,長く宇宙新たにしましむ。

儉德を行うを過ぎずして,盜賊 本もと王の臣なり。

 

洛陽・鄴州00


 


『有感,五首之三』 現代語訳と訳註

(本文)

有感,五首之三 

洛下舟車入,天中貢賦均。

日聞紅粟腐,寒待翠華春。

莫取金湯固,長令宇宙新。

不過行儉德,盜賊本王臣。

 


(下し文)

(感有り,五首の三) 

洛下 舟車入るに,天中 貢賦均す。

日に聞く 紅粟腐り,寒待す 翠華の春を。

金湯の固を取る莫れ,長く宇宙新たにしましむ。

儉德を行うを過ぎずして,盜賊 本もと王の臣なり。

 


(現代語訳)

(その三は都を洛陽に移すというが、そのことについて思うことがある)

洛陽には水路と陸路を整備して船と車が入れるようにするため、朝廷は納貢賦役をひとしく加重された。

それなのに日々聞かれるようになるのは実る稲が腐るし寒さが続き緑の花さく春も遅くなった。

金城湯池の守りを固めることを取り去ることはいけないし、この天下世界を新しくすることを使命としなければいけないのだ。

倹約と仁徳を行い華美・奢侈の行きすぎをやめ、今はびこる盗賊たちはもともと奢侈と仁徳から漏れた天子の家臣たちだったのだ。

カンナ223 


(訳注)

有感,五首之三

(その三は都を洛陽に移すというが、そのことについて思うことがある)

 


洛下 舟車 ,天中貢賦 均。

洛陽には水路と陸路を整備して船と車が入れるようにするため、朝廷は納貢賦役をひとしく加重された。

「洛下」行政地名、洛陽のこと。

「舟車入」安史の乱のため、水路と主要道路が寸断されていて、これを整備するのに近隣の住民に負担を課した。

「貢賦」重税と、賦役を課したこと

 


日聞 紅粟 ,寒待 翠華

それなのに日々聞かれるようになるのは実る稲が腐るし寒さが続き緑の花さく春も遅くなった。、

前年とこの年は天候不順であった。税負担が治められる状態ではないのに重税を課したために逃散し、盗賊が増えた。

 


莫取 金湯固,長令宇宙

金城湯池の守りを固めることを取り去ることはいけないし、この天下世界を新しくすることを使命としなければいけないのだ。

・金湯 金城湯池のこと。1 《「漢書」蒯通伝から。「湯池」は熱湯をたたえた堀》守りが非常に固く、攻めるのが難しい城。金湯。2 堅固で、他から侵害されにくい勢力範囲。

 


不過 儉德 ,盜賊 本王臣

倹約と仁徳を行い華美・奢侈の行きすぎをやめ、今はびこる盗賊たちはもともと奢侈と仁徳から漏れた天子の家臣たちだったのだ。

漢魏隋唐の洛陽城

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廣徳2764-54 《有感,五首之二》 ふたたび成都 杜甫<730> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3980 杜甫詩1500-730-967/250018

  


卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 有感,五首之二 

及地點:  幽州 (河北道南部 幽州 幽州)    ・薊州 (河北道南部 薊州 薊州)    ・越裳 (嶺南道西部 驩州 越裳)  ・華山 (京畿道 華州 華山) 別名:華、太華、華岳、西岳     

  

 

有感,五首之一 

(その一は西域のことについて思うことがある)

將帥蒙恩澤,兵戈有年。

郭子儀を筆頭にした大将たちは、天子の慈しみを大いに受けているというのに、戦火はこの年内にもまだまだあるのだ。

至今勞聖主,何以報皇天。

今に至っても聖天子にも苦労が絶えないし、そんなことでは、皇天子にどうやって恩を酬いたらよいというのか。

白骨新交戰,雲臺舊拓邊。

この騒乱の中に路上や原野に放置された白骨を片付けてもいないうちに、新たに交戦をしているし、漢の光武帝は洛陽に雲台を設置して国境を開拓して異民族から防衛をすることをしたのにその雲台も古くしてしまっている。
乘槎斷消息,無處覓張騫。

こんなことではわたしが船筏の乗船して消息を絶ってしまいたいと思うようになるし、西域の情報を的確に知らしめて、大勝利に貢献した張騫のような人物を探し求めてもどこにもいやしないというものだ。

 

(感有り,五首の一) 

將帥 恩澤を蒙り,兵戈 年に有る

今に至り聖主勞し,何を以て 皇天に報ゆ。

白骨 交戰を新たにし,雲臺 拓邊を舊す。

槎に乘じて消息を斷つは,張騫を覓むる處無し。

華山001 


有感,五首之二 

(その二は北域幽州のこと、西と南の地域への政策批判について詠う)

幽薊餘蛇豕,乾坤尚虎狼。

北域幽州・薊州には蛇や豬などであふれた。天上天下はいまだなお虎や狼だらけである。

諸侯春不貢,使者日相望。

その地の諸侯は前年中にしないといけないのに春というのに貢納しないし、租庸使は困って朝廷に報告し援軍や援助を求めても 朝廷からの使者は一日中ただ待ちのぞんでいるのだ。

慎勿吞青海,無勞問越裳。

北西部の青海は吐蕃に侵略されたままで何もしないで慎んでいることはないはずだし、五嶺山脈を越えた南のヴェトナムの異民族に問いかけて講和する努力もしていない。

大君先息戰,歸馬華山陽。 

代宗は今まず、戰が終結して一息ついているところであり、やっと馬でもって華山を越えて、長安に帰ったところだ。


(感有り,五首の二) 

幽薊 蛇豕を餘し,乾坤 尚お虎狼あり。

諸侯 春貢がず,使者 日び相い望む。

慎む勿れ青海を吞むを,勞しむ無し 越裳を問うを。

大君 先ず戰を息み,馬を歸すは華山の陽に。   


杜甫 体系 地図458華州から秦州

『有感,五首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

有感,五首之二 

幽薊餘蛇豕,乾坤尚虎狼。

諸侯春不貢,使者日相望。

慎勿吞青海,無勞問越裳。

大君先息戰,歸馬華山陽。 

 


(下し文)

(感有り,五首の二) 

幽薊 蛇豕を餘し,乾坤 尚お虎狼あり。

諸侯 春貢がず,使者 日び相い望む。

慎む勿れ青海を吞むを,勞しむ無し 越裳を問うを。

大君 先ず戰を息み,馬を歸すは華山の陽に。 

 

(現代語訳)

(その二は北域幽州のこと、西と南の地域への政策批判について詠う)

北域幽州・薊州には蛇や豬などであふれた。天上天下はいまだなお虎や狼だらけである。

その地の諸侯は前年中にしないといけないのに春というのに貢納しないし、租庸使は困って朝廷に報告し援軍や援助を求めても 朝廷からの使者は一日中ただ待ちのぞんでいるのだ。

北西部の青海は吐蕃に侵略されたままで何もしないで慎んでいることはないはずだし、五嶺山脈を越えた南のヴェトナムの異民族に問いかけて講和する努力もしていない。

代宗は今まず、戰が終結して一息ついているところであり、やっと馬でもって華山を越えて、長安に帰ったところだ。

 

(訳注)

有感,五首之二 

(その二は北域幽州のこと、西と南の地域への政策批判について詠う)

 

幽薊 蛇豕 ,乾坤 尚虎狼

北域幽州・薊州には蛇や豬などであふれた。天上天下はいまだなお虎や狼だらけである。

「幽薊」幽州、薊州。安史軍が放棄した拠点地点。

「餘」語義類別:其他、數詞、概量數詞、餘。

「蛇豕」語義類別:物、生物、動物專名(合稱)、蛇豬。

「乾坤」語義類別:其他、專業術語、道家語、乾坤。

「虎狼」語義類別:物、生物、動物專名(合稱)、虎狼。

 

諸侯 不貢 ,使者 相望

その地の諸侯は前年中にしないといけないのに春というのに貢納しないし、租庸使は困って朝廷に報告し援軍や援助を求めても 朝廷からの使者は一日中ただ待ちのぞんでいるのだ。

〈この聯の背景〉

安史の乱の間、租庸の徴収できなかった分や逃散した人間の分を計算して、全て徴発した。 豪吏を選んで県令として、これを督促させる。未収分の有無や貨の高下を問わず、 民が粟や帛を持っていたら全て摘発して、その半分を徴収する。甚だしい者は、 八、九割を租庸として奪って行った。 これを「白著」と言った。

  不服な者は厳刑へ処する。穀物を十斛も持っている民は、足枷をつけられて処罰を待つ有様だから、 大勢の人間が、山や沢に集まって群盗となった。 州県は、これを止められなかった。

他方、民間が飢饉で、租庸の徴収もできない。 将士への兵糧や棒給も不十分だった。朔方邏諸道行営都統・李国貞は、書状で訴えたが、朝廷からは返答がない。 軍中に不満が渦巻いた。


慎勿 吞青海 ,無勞 越裳

北西部の青海は吐蕃に侵略されたままで何もしないで慎んでいることはないはずだし、五嶺山脈を越えた南のヴェトナムの異民族に問いかけて講和する努力もしていない。

「青海」青海省辺りの地域は吐蕃によって侵略された地域である。

「越裳」越裳(えつしょう)は、中国後漢の王充の著書『論衡』にあらわれる、中国南部に居住していたとみられる民族の名称である。。


大君 先息戰 ,歸馬 華山

代宗は今まず、戰が終結して一息ついているところであり、やっと馬でもって華山を越えて、長安に帰ったところだ。

「陽」76312月、渭水の北を通って長安に帰ったことをいう。

 

廣徳元年(763)10月、吐蕃が涇州へ来寇した。刺史の高暉は城を以てこれに降り、彼の為に道案内となって、吐蕃軍を 深く引き入れる。 吐蕃軍が奉天、武功へ来寇し、京師はパニックとなった。代宗皇帝は兵を動員しようとしていたが、 吐蕃軍は既に便橋を渡ったので、慌てふためいて為す術を知らなかった。代宗皇帝は陜州へ疎開する。 官吏はあちこち逃げ回り、六軍は逃げ散った。
  まもなく吐蕃軍は長安を陥落させた。吐蕃軍は
広武王・李承宏を皇帝に立てて傀儡とした。吐蕃軍は府庫を掠奪、士民は皆、乱を避けて山中や谷間に逃げる者が 数え切れないほどであった。


  11月、代宗皇帝は程元振の官爵を削り、田里へ放帰した。


  12月 丁亥の日、吐蕃軍が去ったことを知り、車駕が陜州を出発し、京師へ戻った。
この時、左丞・顔眞卿は、まず陵廟へ謁してから宮へ帰るよう 代宗皇帝へ請うた。

  甲午の日、代宗皇帝が長安へ到着する。

  吐蕃帝国が新たに占領した松州・維州・保州及び雲山 に新しく城を築いた。西川節度使の高适は 大唐帝国の旧領土を救うことができず、かえって剣南及び西山地方が 吐蕃帝国の領土に編入された。

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この騒乱の中に路上や原野に放置された白骨を片付けてもいないうちに、新たに交戦をしているし、漢の光武帝は洛陽に雲台を設置して国境を開拓して異民族から防衛をすることをしたのにその雲台も古くしてしまっている。

 


廣徳2764-53 《有感,五首之一》 ふたたび成都 杜甫<729 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3975 杜甫詩1500-729-966/250017

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廣徳元年(763)  10月、

吐蕃が涇州へ来寇した。刺史の高暉は城を以てこれに降り、彼の為に道案内となって、吐蕃軍を 深く引き入れる。 吐蕃軍が奉天、武功へ来寇し、京師はパニックとなった。代宗皇帝は兵を動員しようとしていたが、 吐蕃軍は既に便橋を渡ったので、慌てふためいて為す術を知らなかった。代宗皇帝は陜州へ疎開する。 官吏はあちこち逃げ回り、六軍は逃げ散った。代宗皇帝は詔を下して、雍王・李适を関内元帥とし、 郭子儀を副元帥として吐蕃軍に当たらせることとした。郭子儀は只ちに動いたが、吐蕃軍が20万の大軍で 侵攻して来ていたので、募兵することにした。

  12月 吐蕃軍が去った。吐蕃帝国が新たに占領した松州・維州・保州及び雲山 に新しく城を築いた。西川節度使の高适は 大唐帝国の旧領土を救うことができず、かえって剣南及び西山地方が 吐蕃帝国の領土に編入された。

 


廣徳2年(764)

吐蕃軍が長安へ入った時、 諸軍の逃亡兵や里の無頼の子弟が集まって盗賊となった。 吐蕃が去ってしまっても、彼等は南山や子午等の五谷に逃げ込んだ ままとなっていた。

子賓客・薛景仙を南山五谷防禦使として、 これを討たせたのだが、 数ヶ月掛けても鎮圧できない。

僕固懐恩が叛旗を翻した。

3月、己酉の日、劉晏を河南、江、淮以来転運使として、 汴水の水路を開くことを計画した。

7月、代宗皇帝は青苗銭という税を取りはじめる。

  8月、僕固懐恩はウイグルと吐蕃兵十万を誘って侵攻して来た。 長安は震感した。

  僕固懐恩と10万の吐蕃軍のは 奉天に迫った。首都・長安は震撼し、 急いで郭子儀が涇陽に駐屯させられた。

 


「有感,五首」はこうした情勢を憂いて作ったものである。

 


有感,五首之一 

將帥蒙恩澤,兵戈有年。至今勞聖主,何以報皇天。 

白骨新交戰,雲臺舊拓邊。乘槎斷消息,無處覓張騫。   

 


有感,五首之二 

幽薊餘蛇豕,乾坤尚虎狼。諸侯春不貢,使者日相望。

慎勿吞青海,無勞問越裳。大君先息戰,歸馬華山陽。 

 


有感,五首之三 

洛下舟車入,天中貢賦均。日聞紅粟腐,寒待翠華春。

莫取金湯固,長令宇宙新。不過行儉德,盜賊本王臣。

 


有感,五首之四 

丹桂風霜急,青梧日夜凋。由來強幹地,未有不臣朝。

受鉞親賢往,卑宮制詔遙。終依古封建,豈獨聽簫韶。

 


有感,五首之五 

盜滅人還亂,兵殘將自疑。登壇名假,報主爾何遲。

領郡輒無色,之官皆有詞。願聞哀痛詔,端拱問瘡痍。   

 


 


これまでとこれからの杜甫詩 (14)764年廣徳2年764 杜甫53歳 三月成都へ帰る 100

-14

 

764年廣徳2年 杜甫53歳 100

 

年:764  廣德二年  53

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 有感,五首之一 

 


 


有感,五首之一 

(その一は西域のことについて思うことがある)

將帥蒙恩澤,兵戈有歲年。

郭子儀を筆頭にした大将たちは、天子の慈しみを大いに受けているというのに、戦火はこの年内にもまだまだあるのだ。

至今勞聖主,何以報皇天。

今に至っても聖天子にも苦労が絶えないし、そんなことでは、皇天子にどうやって恩を酬いたらよいというのか。

白骨新交戰,雲臺舊拓邊。

この騒乱の中に路上や原野に放置された白骨を片付けてもいないうちに、新たに交戦をしているし、漢の光武帝は洛陽に雲台を設置して国境を開拓して異民族から防衛をすることをしたのにその雲台も古くしてしまっている。
乘槎斷消息,無處覓張騫。

こんなことではわたしが船筏の乗船して消息を絶ってしまいたいと思うようになるし、西域の情報を的確に知らしめて、大勝利に貢献した張騫のような人物を探し求めてもどこにもいやしないというものだ。

 


(感有り,五首の一) 

將帥 恩澤を蒙り,兵戈 年に有る

今に至り聖主勞し,何を以て 皇天に報ゆ。

白骨 交戰を新たにし,雲臺 拓邊を舊す。

槎に乘じて消息を斷つは,張騫を覓むる處無し。

 


華州から秦州同谷成都00 


『有感,五首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

有感,五首之一 

將帥蒙恩澤,兵戈有年。

至今勞聖主,何以報皇天。

白骨新交戰,雲臺舊拓邊。

乘槎斷消息,無處覓張騫。

 


(下し文)

(感有り,五首の一) 

將帥 恩澤を蒙り,兵戈 年に有る。

今に至り聖主勞し,何を以て 皇天に報ゆ。

白骨 交戰を新たにし,雲臺 拓邊を舊す。

槎に乘じて消息を斷つは,張騫を覓むる處無し。

 


(現代語訳)

(その一は西域のことについて思うことがある)

郭子儀を筆頭にした大将たちは、天子の慈しみを大いに受けているというのに、戦火はこの年内にもまだまだあるのだ。

今に至っても聖天子にも苦労が絶えないし、そんなことでは、皇天子にどうやって恩を酬いたらよいというのか。

この騒乱の中に路上や原野に放置された白骨を片付けてもいないうちに、新たに交戦をしているし、漢の光武帝は洛陽に雲台を設置して国境を開拓して異民族から防衛をすることをしたのにその雲台も古くしてしまっている。

こんなことではわたしが船筏の乗船して消息を絶ってしまいたいと思うようになるし、西域の情報を的確に知らしめて、大勝利に貢献した張騫のような人物を探し求めてもどこにもいやしないというものだ。

 


(訳注)

有感,五首之一 

(その一は西域のことについて思うことがある)

其一は、代宗が長安から陜州へ逃げ、吐蕃やウイグル対策を講じようとしないで、そのまま都を洛陽に遷都しようとしたことをいう。

 


將帥蒙恩澤,兵戈有年。

郭子儀を筆頭にした大将たちは、天子の慈しみを大いに受けているというのに、戦火はこの年内にもまだまだあるのだ。

・「將帥」大軍を統率する人。大将。

・「恩澤」〔古くは「おんだく」とも〕 めぐみ。いつくしみ。おかげ。

・「兵戈」戰爭活動、戰爭。

 


至今勞聖主,何以報皇天。

今に至っても聖天子にも苦労が絶えないし、そんなことでは、始祖から続いてきた皇天子にどうやって恩を酬いたらよいというのか。

・「勞」つかれる いたわる ねぎらう。1 精を尽くして働く。骨折り。2 精が尽きて疲れる。3 ねぎらう。4「労使・労農・労連」5すなどる。つとむ

・「聖主」聖主。 現在の代宗は苦労すること。

・「皇天」唐の始祖、太祖をいう皇帝。

 


白骨新交戰,雲臺舊拓邊。

この騒乱の中に路上や原野に放置された白骨を片付けてもいないうちに、新たに交戦をしているし、漢の光武帝は洛陽に雲台を設置して国境を開拓して異民族から防衛をすることをしたのにその雲台も古くしてしまっている。

雲台二十八将

光武帝の事業を助けた功臣団として「雲台二十八将」がある。第2代の明帝が前代の名臣28人の像を洛陽南宮の雲台に描かせ、その功績を称えたものである。序列順に挙げると

鄧禹、呉漢、賈復、耿弇、寇恂、岑彭、馮異、朱祜、祭遵、景丹、蓋延、銚期、耿純、臧宮、馬武、劉隆、馬成、王梁、陳俊、杜茂、傅俊、堅鐔、王覇、任光、李忠、萬脩、邳彤、劉植

28人である。

また、雲台には二十八将と並び李通、竇融、王常、卓茂の4人も加えられ、計32人が顕彰された。「雲台三十二将」と称することもある。

なお、功臣の一人である馬援は、その娘が明帝の皇后となったため(明徳馬皇后)外された。

 


乘槎斷消息,無處覓張騫。

こんなことではわたしが船筏の乗船して消息を絶ってしまいたいと思うようになるし、西域の情報を的確に知らしめて、大勝利に貢献した張騫のような人物を探し求めてもどこにもいやしないというものだ。

・「張騫」張騫は中国前漢代の政治家、外交官。字は子文。漢中郡の出身。武帝の命により匈奴に対する同盟を説くために大月氏へと赴き、漢に西域の情報をもたらした。張騫が持ち帰った西域の知識は極めて貴重なものであり、それまで漢にとって全くと言って良いほど状況が解らなかった西域が、これ以降は漢の対匈奴戦略の視野に入ってくることになる。この功績により太中大夫とされる。
鳳翔から華山長安付近

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地下の人である国子監の教授の蘇君をなつかしむ。もっとも親しい友人はというと、君ぐらいのものである。安史の乱が終結し、天下がやっと落ち着いてきたというのに、どうしてそのあとも引き続いて、死と生という別々になってしまうのであろうか。

 

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これまでとこれからの杜甫詩 (14)764年廣徳2年764 杜甫53歳 三月成都へ帰る 100首
#-14764年廣徳2年 杜甫53歳 100首


年:  764  廣德二年  53

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 懷舊 

旧友蘇源明のことをおもってよんだ詩。広徳二年の作。

〔原注〕 公前名預、避御諒、改名源明

(公前の名は預、御諒を避け、名を源明と改む)

 

 

懐旧

〔原注〕 公前名預、避御諒、改名源明

地下蘇司業,情親獨有君。

那因喪亂後,便有死生分。

老罷知明鏡,悲來望白雲。

自從失詞伯,不復更論文。

(旧友蘇源明のことをおもってよんだ詩。)

もはや地下の人である国子監の教授の蘇君をなつかしむ。自分のもっとも親しい友人はというと、君ぐらいのものである。

安史の乱が終結し、天下がやっと落ち着いてきたというのに、どうしてそのあとも引き続いて、「死」と「生」という別々になってしまうのであろうか。

自分が老いはてたことは、鏡にはっきりと知られてしまっている。君が死んだときいて、悲しみがこみあげてくるばかり、遠く白雲のかなたを眺め遣るだけなのである。

君という文壇の長を失くしたからには、自分としてはこれまでのように文章のことを論じることがもうできはしないのである。

 

(旧を懐う)

(杜甫の注;公前の名は預、御諒を避け、名を源明と改む)

蘇司業を地下にし、情親するは独り君有るだけ。

那ぞ喪乱の後も因るや、便ち死生の分かるる有るやと。

老い罷むこと明鏡に知り、悲しみ来ること白雲を望む。

伯を失いしより、更に文を論ずるを復たず。

杜甫草堂詳細図02 

 

『懷舊』 現代語訳と訳註

(本文)

懐旧

〔原注〕 公前名預、避御諒、改名源明

地下蘇司業,情親獨有君。

那因喪亂後,便有死生分。

老罷知明鏡,悲來望白雲。

自從失詞伯,不復更論文。

 

 

(下し文)

(旧を懐う)

(杜甫の注;公前の名は預、御諒を避け、名を源明と改む)

蘇司業を地下にし、情親するは独り君有るだけ。

那ぞ喪乱の後も因るや、便ち死生の分かるる有るやと。

老い罷むこと明鏡に知り、悲しみ来ること白雲を望む。

詞伯を失いしより、更に文を論ずるを復たず。

 

(現代語訳)

(旧友蘇源明のことをおもってよんだ詩。)

もはや地下の人である国子監の教授の蘇君をなつかしむ。自分のもっとも親しい友人はというと、君ぐらいのものである。

安史の乱が終結し、天下がやっと落ち着いてきたというのに、どうしてそのあとも引き続いて、「死」と「生」という別々になってしまうのであろうか。

自分が老いはてたことは、鏡にはっきりと知られてしまっている。君が死んだときいて、悲しみがこみあげてくるばかり、遠く白雲のかなたを眺め遣るだけなのである。

君という文壇の長を失くしたからには、自分としてはこれまでのように文章のことを論じることがもうできはしないのである。

題新津北橋棲00 

 

(訳注)

懐旧

(旧友蘇源明のことをおもってよんだ詩。)

○懐旧 ふるきをおもう、旧友をおもうこと。

755年;天平勝寶七年、44歳の時に124『戲簡鄭廣文虔兼呈蘇司業源明』をつくっている。(蘇源明,武功の人,東平太守をしていたものだが,召されて國子司業に就いていた。)

戲簡鄭廣文虔兼呈蘇司業源明

廣文到官舍,繫馬堂階下。

醉則騎馬歸,頗遭官長罵。

才名四十年,坐客寒無氈。

賴有蘇司業,時時與酒錢。

 

〔原注〕 公前名預、避御諒、改名源明

○蘇司業 国子司業の官である蘇源明、作者の注によれば、源明は初めの名は預といったが天子の御諒(唐の代宗は名を予という、予と預と同じ音の字ゆえさしさわりがあるのである)を避けて源明と名を改めたというのである。源明は広徳二年に長安において沒した。

 

地下蘇司業 ,情親 獨有 君 。

もはや地下の人である国子監の教授の蘇君をなつかしむ。自分のもっとも親しい友人はというと、君ぐらいのものである。

○司業 国子監の教授。隋の煬帝(ようだい)の時に置かれ、 清代に廃止。今の大学教授にあたる。

○情親 誼情の親しいもの。

 

那因喪亂後 ,便有 死生 分 。

安史の乱が終結し、天下がやっと落ち着いてきたというのに、どうしてそのあとも引き続いて、「死」と「生」という別々になってしまうのであろうか。

○喪亂 安史の乱をいう

 

老罷知 明鏡 ,悲來 望 白雲 。

自分が老いはてたことは、鏡にはっきりと知られてしまっている。君が死んだときいて、悲しみがこみあげてくるばかり、遠く白雲のかなたを眺め遣るだけなのである。

○老罷 罷はやむこと、老は老了のごとく、老いはてたことをいう。

○知明鏡 かがみがそれを知っている。

悲來 悲來とは悲しみのつづいて生ずることをいう。

○望白雲 蘇は長安で没した、作者は成都にあり、相い隔たること遠く、剣南山脈、秦嶺山脈、と高い山々を超えるため、白雲をのぞむという。

 

自從失詞伯,不復 更論 文 。

君という文壇の長を失くしたからには、自分としてはこれまでのように文章のことを論じることがもうできはしないのである。

○詞伯 辞伯 に同じ尊稱美稱、伯は長をいう、詞伯は文壇の長である、蘇をさしていう。

○論文 文章のことについて論ずる。
蜀の山50055

廣徳2年764-50 《觀李固請司馬弟山水圖,三首之三》 ふたたび成都 杜甫<695> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3960 杜甫詩1000-695-963/150014

高い波が大屋根の向うに翻っている。崖が崩れて今にもその床が押しつぶされようとしている。それから野にかかる橋は細やかに描かれ道が分かれているのもわかる。その川の砂浜の渚はうねり、めぐったりして遙か先まで続いてぼやける。


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index-11 819年 52歳 ・『論佛骨表』左遷 38首index-12 820年 53歳 ・9月國子祭酒に。18首index-13 821年~822年 55歳 22首index-14 823年~824年 57歳・病気のため退職。没す。 14首韓愈 哲学・儒学「五原」賦・散文・上奏文・碑文など
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廣徳2764-50 《觀李固請司馬弟山水圖,三首之三》ふたたび成都 杜甫<695> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3960 杜甫詩1000-695-963/150014

 




年: 764  廣德二年  53

卷別: 卷二二六  文體: 五言律詩 

詩題: 觀李固請司馬弟山水圖,三首之一 

及地點:  天台山 (江南東道 台州 天台山)     

交遊人物: 李固 ・ 司馬
 

 

 觀李固請司馬弟山水圖,三首之一

(李固君が司馬が題した山水画を見て詠う三首の一)

簡易高人意,匡床竹火爐。

この画の隠君子に意志を込めて寛大で余裕のあるものになっており、ゆったりした寝床台が部屋の真ん中にあり、竹の香炉には火が見える。

寒天留遠客,碧海挂新圖。  

空の部分には寒い空がかかれそこには遠来の旅人がとどまっている。海は青く、東海の仙界に続く滄海であり、新しい画が画き加えられている。

雖對連山好,貪看島孤。  

このようにして仙界の連山が具合よく描かれ、これに対応するかのように画かれているものの、見るからに貧相な絶海の孤島がある。

群仙不愁思,冉冉下蓬壺。  

神仙五山の山々には、愁いを思うことはまったくないのだ。というのも、進んでゆけば蓬莱山の方へ下っていくものであるというものなのだ。
 

觀李固請司馬弟山水圖,三首之二

(李固君が司馬が題した山水画を見て詠う三首の二)

方丈渾連水,天台總映雲。 

神仙の方丈山は蒼海の水の向うに連なっているし、こちらの仙郷の天台山はそのすべてが雲に乗ったように映している。

人間長見畫,老去恨空聞。 

人の世というものは長い歴史でこの画を見るようなものである。老人になって俗世を去るという伝説の話を空しく聞いて恨みに思うものである。

范蠡舟偏小,王喬鶴不群。 

それがここに描かれていて、范蠡は呉を破った後、としおいて小舟に乗って隠遁したし、王子喬は鶴に乗って昇天し、仙人になるに鶴が群れをなしたわけではない。

此生隨萬物,何路出塵氛。 

この世を生きてゆくには万物の成長に逆らわず随って行くことであり、それが何処に向かう道であっても世の俗物の気分の中から抜け出るということなのである。

 

觀李固請司馬弟山水圖,三首之三 

(李固君が司馬が題した山水画を見て詠う三首の三)

高浪垂翻屋,崩崖欲壓床。 

高い波が大屋根の向うに翻っている。崖が崩れて今にもその床が押しつぶされようとしている。

野橋分子細,沙岸繞微茫。 

それから野にかかる橋は細やかに描かれ道が分かれているのもわかる。その川の砂浜の渚はうねり、めぐったりして遙か先まで続いてぼやける。

紅浸珊瑚短,青懸薜荔長。 

その南の向こうに東海には赤い珊瑚が短く沈みこんでいる。手前には青く棚にかかっているイチジクの葉が描かれている。

並坐得,仙老暫相將。 

その海には浮いて揺れている船が画かれ、それを座ってみようとしている人がいる。それは仙界入っていった老人がしばらくそこで暮らして、互いに助け合っているということなのだ。

 

(李固が司馬の弟に請うて山水圖を觀る,三首の三)

浪を高くし 垂れ屋に翻えり,崖を崩し 床を壓せんと欲す。 

野橋 分子細くし,沙岸 微茫を繞る。 

紅 浸す 珊瑚 短くするを,青 懸る 薜荔 長くするを。 

 並びに坐して 得,仙老 暫く相い將く。 

四川省西部地区略図 

 

『觀李固請司馬弟山水圖,三首之三』 現代語訳と訳註

(本文)

觀李固請司馬弟山水圖,三首之三 

高浪垂翻屋,崩崖欲壓床。 

野橋分子細,沙岸繞微茫。 

紅浸珊瑚短,青懸薜荔長。 

並坐得,仙老暫相將。 

 

(下し文)

(李固が司馬の弟に請うて山水圖を觀る,三首の三)

浪を高くし 垂れ屋に翻えり,崖を崩し 床を壓せんと欲す。 

野橋 分子細くし,沙岸 微茫を繞る。 

紅 浸す 珊瑚 短くするを,青 懸る 薜荔 長くするを。 

 並びに坐して 得,仙老 暫く相い將く。 

 

(現代語訳)

(李固君が司馬が題した山水画を見て詠う三首の三)

高い波が大屋根の向うに翻っている。崖が崩れて今にもその床が押しつぶされようとしている。

それから野にかかる橋は細やかに描かれ道が分かれているのもわかる。その川の砂浜の渚はうねり、めぐったりして遙か先まで続いてぼやける。

その南の向こうに東海には赤い珊瑚が短く沈みこんでいる。手前には青く棚にかかっているイチジクの葉が描かれている。

その海には浮いて揺れている船が画かれ、それを座ってみようとしている人がいる。それは仙界入っていった老人がしばらくそこで暮らして、互いに助け合っているということなのだ。

 

 (訳注)

觀李固請司馬弟山水圖,三首之三

(李固君が司馬が題した山水画を見て詠う三首の三)

弟は別本では第、題となっており、司馬が題した神仙三山、或は五山を描いた「山水図」について詠ったものである。

 

高浪 翻屋 ,崩崖 欲壓床

高い波が大屋根の向うに翻っている。崖が崩れて今にもその床が押しつぶされようとしている。

 

野橋 子細 ,沙岸 微茫

それから野にかかる橋は細やかに描かれ道が分かれているのもわかる。その川の砂浜の渚はうねり、めぐったりして遙か先まで続いてぼやける。

 

紅浸 珊瑚 ,青懸 薜荔

その南の向こうに東海には赤い珊瑚が短く沈みこんでいる。手前には青く棚にかかっているイチジクの葉が描かれている。

「薜荔」オオイタビはクワ科イチジク属の常緑つる性木本。東アジア南部に分布し、日本では関東南部以西、特に海岸近くの暖地に自生し、栽培もされる。茎から出る気根で固着しながら木や岩に這い登る。オオイタビの名は、イタビカズラに似て大型であることによる。台湾に生育する変種のアイギョクシは果実を食用に用いる。。

 

並坐 得,仙老 相將。

その海には浮いて揺れている船が画かれ、それを座ってみようとしている人がいる。それは仙界入っていった老人がしばらくそこで暮らして、互いに助け合っているということなのだ。

「浮」漂浮海上的木筏。、船。

「將」ひきいる。すすめる。たてまつる。
江畔独歩尋花


これまでとこれからの杜甫詩 (14)764年廣徳2年764 杜甫53歳 三月成都へ帰る 100首
#-14764年廣徳2年 杜甫53歳 100首

廣徳2年764-49 《觀李固請司馬弟山水圖,三首之二》 ふたたび成都 杜甫<694> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3955 杜甫詩1000-694-962/150013

人の世というものは長い歴史でこの画を見るようなものである。老人になって俗世を去るという伝説の話を空しく聞いて恨みに思うものである。それがここに描かれていて、范蠡は呉を破った後、としおいて小舟に乗って隠遁したし、王子喬は鶴に乗って昇天し、仙人になるに鶴が群れをなしたわけではない。

 

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空の部分には寒い空がかかれそこには遠来の旅人がとどまっている。海は青く、東海の仙界に続く滄海であり、新しい画が画き加えられている。このようにして仙界の連山が具合よく描かれ、これに対応するかのように画かれているものの、見るからに貧相な絶海の孤島がある。

 

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魏承班15首 花間集8・9巻鹿虔扆6首 花間集9巻閻選8首 花間集9巻尹鶚6首 花間集9巻毛熙震29首 花間集9・10巻李珣39首 花間集10巻
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これまでとこれからの杜甫詩 (14)764年廣徳2年764 杜甫53歳 三月成都へ帰る 100首
#-14764年廣徳2年 杜甫53歳 100首


製作年:764  廣德二年  53

卷別: 卷二二六  文體: 五言律詩 

詩題: 觀李固請司馬弟山水圖,三首之一 

及地點:  天台山 (江南東道 台州 天台山)     

交遊人物: 李固 ・ 司馬

 


 


觀李固請司馬弟山水圖,三首之一

(李固君が司馬が題した山水画を見て詠う三首の一)

簡易高人意,匡床竹火爐。

この画の隠君子に意志を込めて寛大で余裕のあるものになっており、ゆったりした寝床台が部屋の真ん中にあり、竹の香炉には火が見える。

寒天留遠客,碧海挂新圖。 

空の部分には寒い空がかかれそこには遠来の旅人がとどまっている。海は青く、東海の仙界に続く滄海であり、新しい画が画き加えられている。

雖對連山好,貪看島孤。 

このようにして仙界の連山が具合よく描かれ、これに対応するかのように画かれているものの、見るからに貧相な絶海の孤島がある。

群仙不愁思,冉冉下蓬壺。 

神仙五山の山々には、愁いを思うことはまったくないのだ。というのも、進んでゆけば蓬莱山の方へ下っていくものであるというものなのだ。

(李固が司馬弟に請うて山水圖を觀る,三首の一)

簡易 高人の意,匡床 竹火の爐。 

寒天 遠客を留め,碧海 新圖を挂る。 

連山の好に對すと雖も,貪く看る 島孤をるを 

群仙 愁思にあらず,冉冉として蓬壺に下る。 

江畔独歩尋花 


 


『觀李固請司馬弟山水圖,三首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

觀李固請司馬弟山水圖,三首之一

簡易高人意,匡床竹火爐。 

寒天留遠客,碧海挂新圖。 

雖對連山好,貪看島孤。 

群仙不愁思,冉冉下蓬壺。 

 


 


(下し文)

(李固が司馬が弟に請うて山水圖を觀る,三首の一)

簡易 高人の意,匡床 竹火の爐。 

寒天 遠客を留め,碧海 新圖を挂る。 

連山の好に對すと雖も,貪く看る 島孤をるを。 

群仙 愁思にあらず,冉冉として蓬壺に下る。 

 


(現代語訳)

(李固君が司馬が題した山水画を見て詠う三首の一)

この画の隠君子に意志を込めて寛大で余裕のあるものになっており、ゆったりした寝床台が部屋の真ん中にあり、竹の香炉には火が見える。

空の部分には寒い空がかかれそこには遠来の旅人がとどまっている。海は青く、東海の仙界に続く滄海であり、新しい画が画き加えられている。

このようにして仙界の連山が具合よく描かれ、これに対応するかのように画かれているものの、見るからに貧相な絶海の孤島がある。

神仙五山の山々には、愁いを思うことはまったくないのだ。というのも、進んでゆけば蓬莱山の方へ下っていくものであるというものなのだ。

杜甫詩年譜INDEX00

 


(訳注)

觀李固請司馬弟山水圖,三首之一

(李固君が司馬が題した山水画を見て詠う三首の一)

弟は別本では第、題となっており、司馬が題した神仙三山或は五山を描いた「山水図」について詠ったものである。

 


簡易 高人 ,匡床 火爐

この画の隠君子に意志を込めて寛大で余裕のあるものになっており、ゆったりした寝床台が部屋の真ん中にあり、竹の香炉には火が見える。

・「簡易」蕩佚簡易【とういつかんい】、物事に対して寛大で余裕のある様。 煩雑を省いて大らかな態度で物事を行なうこと。のんびりとして自由な様子。 蕩佚は物事に対して寛大でゆるやかなことを意味する。辺境治道の要諦を訪ねた任尚に対して班超が「政治が察に過ぎれば下々に安んずる場がなくなります。宜しく蕩佚簡易なるを旨とすべきでしょう」と答えた故事から。

・「高人」高士の用語解説 - 1 志が高くりっぱな人格を備えた人物。人格高潔な人。「―世に容()れられず」2 世俗を離れて生活している高潔な人物。隠君子。

「意」語義類別:人、狀態、心神氣力、意。

「床」唐代の「ベッド」は「匡床」と呼ばれており、唐詩にはよく登場している。・「願君解羅襦、一酔同匡床」(願はくは君 羅襦を解き、一酔して匡床を同じくせんことを)(唐・喬知之「倡女行」、『全唐詩』第81巻)・「山人無事秋日長、白昼眠匡床」(山人 事無く 秋日長し、白昼 として匡床に眠る)(唐・劉禹錫「観棋歌送師西遊」、『全唐詩』第356巻) 「匡床」の形は現代のものとやや違う。その名前のとおり、三面もしくは三面半にフレームを使用し、それにテントが張られているベッドである。現在の中国ではほとんど使われなくなったが、南方の農村部ではたまに見られる。『中国語大辞典』(1994年版、角川書店)では、「角型のベッド、=筐床」と解説され、学校図書版の平成18年版教科書『中学校 国語3』には、「古い時代の寝台」という説明があり、イラストも付いている。また、吉川幸次郎はその著『新唐詩選』に、「床はベッドであるが、中国のベッドは西洋のそれぐらいの大きさ、あるいはそれ以上の大きさで、部屋の中央に位する。人は夜そこでねるばかりではない。昼間の何くれとない時間をも、その上でくつろぎつつすごす」とベッドの大きさ・置かれた位置・機能を指摘している。

 


 


寒天 遠客 ,碧海 新圖

空の部分には寒い空がかかれそこには遠来の旅人がとどまっている。海は青く、東海の仙界に続く滄海であり、新しい画が画き加えられている。

「寒天」空部分が広く採られている。神仙をイメージさせるもの。

「遠客」後に出てくる、仙郷に向かう旅人をいう。

「碧海」綠の海原。仙界に向かう海、蒼海のこと。

「挂」画きくわえられていることをいう

「新圖」新しく書き加えられたものが全体の絵の中で目立ったものになったのであろう。。

 


雖對 連山 ,貪看

このようにして仙界の連山が具合よく描かれ、これに対応するかのように画かれているものの、見るからに貧相な絶海の孤島がある。

 


群仙 愁思 ,冉冉 蓬壺

神仙五山の山々には、愁いを思うことはまったくないのだ。というのも、進んでゆけば蓬莱山の方へ下っていくものであるというものなのだ。

・「群仙」神仙の五山をいうがそれらの山々の中で雄雄しく書かれているのが中央に蓬莱山である。。

・「冉冉」しだいに進んでいくさま。また、徐々に侵していくさま。。

・「蓬壺」語義類別:地、閬苑仙境、仙境、蓬壺。《形が壺(つぼ)に似ているところから》蓬莱山(ほうらいさん)の異称。内裏や上皇の御所のたとえ。

五神山

仙人が住むといわれていた五神山には蓬萊、方丈、瀛州、岱輿、員喬があり、そのうちの「岱輿」及び「員喬」は流れて消えてしまったとされている。

東方三神山

蓬萊、方丈・瀛州を東方の三神山といい、渤海湾に面した山東半島のはるか東方の海(渤海とも言われる)にあり、不老不死の仙人が住むと伝えられている。徐福伝説を記した司馬遷『史記』巻百十八『淮南衝山列伝』で記されている。

草堂002


 

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杜甫《寄賀蘭銛》(数か月前に別れをした賀蘭銛がまた訪ねてくれて、一献傾け、詩を交わし合った)いまこうして50を超えて晩年といわれるようになってもやっぱり袂を分かたねばならないという。そのうえ此の蜀の江辺で轉蓬のように更にころがりあるくというのである。この蜀の地はおたがいにとって、他郷の地ではあるのだから悲しいなどといってはいけない。こうやっていっしょに飲食することのできることはこれから幾度こうしてできるであろうか、この時をあのよかったころと同じように楽しもうではないか。

 

2014年3月2日

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作時年:  764  廣德二年  53

卷別: 卷二二六  文體: 五言律詩 

詩題: 寄賀蘭銛 

作地點: 目前尚無資料 

交遊人物: 賀蘭銛

 

 

寄賀蘭銛

(数か月前に別れをした賀蘭銛がまた訪ねてくれて、一献傾け、詩を交わし合った)

朝野歡後,乾坤震蕩中。 

一時太平全盛で朝となく野となく歓娯をつくしたあと、にわかに755年安史の乱以降の騒乱がおこって天地が動き出した真っ最中に一緒した。

相隨萬里日,總作白頭翁。 

それまでというのは、君とわたしとは万里の遠くまでというほど相随ってきたが、いまはふたりとも白髪頭のじいさんとなってしまった。

晚仍分袂,江邊更轉篷。 

いまこうして50を超えて晩年といわれるようになってもやっぱり袂を分かたねばならないという。そのうえ此の蜀の江辺で轉蓬のように更にころがりあるくというのである。

勿云俱異域,飲啄幾回同。 

この蜀の地はおたがいにとって、他郷の地ではあるのだから悲しいなどといってはいけない。こうやっていっしょに飲食することのできることはこれから幾度こうしてできるであろうか、この時をあのよかったころと同じように楽しもうではないか。 

(賀蘭銛【がらんせん】に寄す)

朝野 歓娯【かんご】の後なれば、乾坤 震蕩【しんとう】の中にあり。

相い随う万里の日、総て白頭翁と作る。

歳晩 を分かち、江辺 更に転蓬なり。

云う勿れ 供に異域なりと、飲啄【いんたく】幾回か同じうせん。

成都関連地図 00 

『寄賀蘭銛』 現代語訳と訳註

(本文)

寄賀蘭銛

朝野歡後,乾坤震蕩中。 

相隨萬里日,總作白頭翁。 

晚仍分袂,江邊更轉篷。 

勿云俱異域,飲啄幾回同。 

 

(下し文)

(賀蘭銛【がらんせん】に寄す)

朝野 歓娯【かんご】の後なれば、乾坤 震蕩【しんとう】の中にあり。

相い随う万里の日、総て白頭翁と作る。

歳晩 仍お袂を分かち、江辺 更に転蓬なり。

云う勿れ 供に異域なりと、飲啄【いんたく】幾回か同じうせん。

 

(現代語訳)

(数か月前に別れをした賀蘭銛がまた訪ねてくれて、一献傾け、詩を交わし合った)

一時太平全盛で朝となく野となく歓娯をつくしたあと、にわかに755年安史の乱以降の騒乱がおこって天地が動き出した真っ最中に一緒した。

それまでというのは、君とわたしとは万里の遠くまでというほど相随ってきたが、いまはふたりとも白髪頭のじいさんとなってしまった。

いまこうして50を超えて晩年といわれるようになってもやっぱり袂を分かたねばならないという。そのうえ此の蜀の江辺で轉蓬のように更にころがりあるくというのである。

この蜀の地はおたがいにとって、他郷の地ではあるのだから悲しいなどといってはいけない。こうやっていっしょに飲食することのできることはこれから幾度こうしてできるであろうか、この時をあのよかったころと同じように楽しもうではないか。

江畔独歩尋花 

 (訳注)

寄賀蘭銛

(数か月前に別れをした賀蘭銛がまた訪ねてくれて、一献傾け、詩を交わし合った)

○賀蘭錆 事歴は評かでない。別にこの詩の数か月前に「贈別賀蘭銛」(賀蘭銛君にこの詩を贈って別れる。)詩がある。廣徳2年764-8-1 《贈別賀蘭銛》 蜀中転々 杜甫 <658-1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3675 杜甫詩1000-658-1-929/1500752-1

 

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朝野歡後,乾坤震蕩中。

一時太平全盛で朝となく野となく歓娯をつくしたあと、にわかに755年安史の乱以降の騒乱がおこって天地が動き出した真っ最中に一緒した。

○歓娯 太平であった時をいう。「開元の治」の頃をいう。杜甫は仕官をしてはいなかったが、人的交流が最も多い時期であった。

○震蕩 ふるいうごく、755年安史の乱以降の騒乱の時をいう。

 

相隨萬里日,總作白頭翁。

それまでというのは、君とわたしとは万里の遠くまでというほど相随ってきたが、いまはふたりとも白髪頭のじいさんとなってしまった。

○相随万里日 「万里相随日」の意、日は時をいう。

○総 二人をくるめていう。

 

晚仍分袂,江邊更轉篷。

いまこうして50を超えて晩年といわれるようになってもやっぱり袂を分かたねばならないという。そのうえ此の蜀の江辺で轉蓬のように更にころがりあるくというのである。

○歳晩 としのくれ、前の贈別の詩は春のことである、思うに賀蘭銛は長安の状況により、年末まで出発できなかったのであろう。

○転蓬 根無し蓬が風に吹かれ、転がり歩く如く彷徨う。

 

勿云俱異域,飲啄幾回同。

この蜀の地はおたがいにとって、他郷の地ではあるのだから悲しいなどといってはいけない。こうやっていっしょに飲食することのできることはこれから幾度こうしてできるであろうか、この時をあのよかったころと同じように楽しもうではないか。

○俱異域 異域は郷土に対する他の地をいう、蜀の地をさす、供とは彼我二人をいう。

○飲啄 のみ、ついばむ、鳥の飲食することをいうことばである、これを人に用いるのは食べる御馳走がなくて、酒しかないということをあらわす。貧乏をしていること、苦しいことが言いたいという解釈をしているものがあるが、杜甫は結構この生活を楽しんでいる。

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廣徳2年764-38 《過南鄰朱山人水亭》 ふたたび成都 杜甫<668> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3825 杜甫詩1000-668-959/1500778

杜甫《過南鄰朱山人水亭》朱山隠者の庵と私の草堂は近くある、両方の敷地の間にある竹が双方の家の敷地にまで入り混じり生えている。さかえがわからぬなるほどで、そこをとおって訪問しても出入りが分からないほどなのだ。互いに隠棲しているのでひっそりとした朱山人の庭にきてみると樹に花いっぱいに咲いている。ほそい澗水の流れが曲って池に通じている。

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廣徳2764-38 《過南鄰朱山人水亭》 ふたたび成都 杜甫<668 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3825 杜甫詩1000-668-959/1500778

 

 

年:764  廣德二年  53

卷別: 卷二二六  文體: 五言律詩 

詩題: 過南鄰朱山人水亭 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

交遊人物/地點: 朱山人 當地交遊(劍南道北部 益州 成都)

 


過南鄰朱山人水亭
相近竹参差、相通人不知。
朱山隠者の庵と私の草堂は近くある、両方の敷地の間にある竹が双方の家の敷地にまで入り混じり生えている。さかえがわからぬなるほどで、そこをとおって訪問しても出入りが分からないほどなのだ
幽花敬満樹、細水曲通池。
互いに隠棲しているのでひっそりとした朱山人の庭にきてみると樹に花いっぱいに咲いている。ほそい澗水の流れが曲って池に通じている。
辟客村非違、残樽席吏移。
隣りにもかかわらず隠者同士訪問することが少ない客ではあるがちょっとだけのつもりであったのだ。しかし、飲み残しの樽を前にしては、かえるわけにはいかない、つい、また席を替えて飲みなおすのである。
看君多道東、従此敷追随。
朱山人、わたしは君のことをよく観察したのだが、君は道家の中で東に座るべき能力・雰囲気を多くそなえた人だ、これから、わたしはたびたびおじゃまして君に随ってあそびたいと思っているのだ。

(南鄰朱山人が水亭に過る)
相い近くして竹は参差【しんさ】たり 相い過れども人知らざるなり。
幽花【ゆうか】敬いて樹に満ち、細水【さいすい】】曲りて池に通ず。
辟客【へきかく】村遠きに非ず、残樽【ざんそん】席更に移す。
君を看る 道気【どうけ】の多きなるを、此れ従り数【しばし】ば追随【ついずい】せん。

草堂002

『過南鄰朱山人水亭』 現代語訳と訳註
(
本文)
相近竹参差、相通人不知。
幽花敬満樹、細水曲通池。
辟客村非違、残樽席吏移。
看君多道東、従此敷追随。


(下し文)
(南鄰朱山人が水亭に過る)
相い近くして竹は参差【しんさ】たり 相い過れども人知らざるなり。
幽花【ゆうか】敬いて樹に満ち、細水【さいすい】】曲りて池に通ず。
辟客【へきかく】村遠きに非ず、残樽【ざんそん】席更に移す。
君を看る 道気【どうけ】の多きなるを、此れ従り数【しばし】ば追随【ついずい】せん。


(現代語訳)
朱山隠者の庵と私の草堂は近くある、両方の敷地の間にある竹が双方の家の敷地にまで入り混じり生えている。さかえがわからぬなるほどで、そこをとおって訪問しても出入りが分からないほどなのだ。
互いに隠棲しているのでひっそりとした朱山人の庭にきてみると樹に花いっぱいに咲いている。ほそい澗水の流れが曲って池に通じている。
隣りにもかかわらず隠者同士訪問することが少ない客ではあるがちょっとだけのつもりであったのだ。しかし、飲み残しの樽を前にしては、かえるわけにはいかない、つい、また席を替えて飲みなおすのである。
朱山人、わたしは君のことをよく観察したのだが、君は道家の中で東に座るべき能力・雰囲気を多くそなえた人だ、これから、わたしはたびたびおじゃまして君に随ってあそびたいと思っているのだ。

江畔独歩尋花
(訳注)
過南鄰朱山人水亭
この篇は作者が南鄰の朱山人の水辺の亭によぎったことをしのぶ。広徳二年に作者が成都に復帰したときの作とする。詩の内容から761年春と考えられる。


相近竹参差、相通人不知。
朱山隠者の庵と私の草堂は近くある、両方の敷地の間にある竹が双方の家の敷地にまで入り混じり生えている。さかえがわからぬなるほどで、そこをとおって訪問しても出入りが分からないほどなのだ。
・参差 [1]長短の等しくないさま。そろわないさま。[2]入りまじるさま。入り組むさま。


幽花敬満樹、細水曲通池。
互いに隠棲しているのでひっそりとした朱山人の庭にきてみると樹に花いっぱいに咲いている。ほそい澗水の流れが曲って池に通じている。


辟客村非違、残樽席吏移。
隣りにもかかわらず隠者同士訪問することが少ない客ではあるがちょっとだけのつもりであったのだ。しかし、飲み残しの樽を前にしては、かえるわけにはいかない、つい、また席を替えて飲みなおすのである。
・辟客 遠いところからの客。隣りにもかかわらず互いに訪問するということがなかったということの意味。


看君多道東、従此敷追随。
朱山人、わたしは君のことをよく観察したのだが、君は道家の中で東に座るべき能力・雰囲気を多くそなえた人だ、これから、わたしはたびたびおじゃまして君に随ってあそびたいと思っているのだ。
・道東 道士の中で東に座るべき人だ。東に主人で西に弟子が座るのでこういう。

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過南鄰朱山人水亭 

相近竹參差,相過人不知。 

幽花攲滿樹,小水細通池。 

歸客村非遠,殘樽席更移。 

看君多道氣,從此數追隨。  
(南鄰朱山人が水亭に過る)
相い近くして竹は参差【しんさ】たり 相い過れども人知らざるなり。
幽花【ゆうか】敬いて樹に満ち、細水【さいすい】】曲りて池に通ず。
辟客【へきかく】村遠きに非ず、残樽【ざんそん】席更に移す。
君を看る 道気【どうけ】の多きなるを、此れ従り数【しばし】ば追随【ついずい】せん。
 

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杜甫《漢州王大錄事宅作》 王大録事のお宅の庭の岸は川が増水して同じ高さまで嵩が上がっている。この家に書斎を見てみると寝台牀のまわりには詩文をしたためた書が散らばっていっぱいになっている。
 

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742 《漢州王大錄事宅作》 蜀中転々 杜甫 <649  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3555 杜甫詩1000-649-905/1500




作時:
763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷八八二  文體: 五言律詩 

詩題: 漢州王大錄事宅作 

作地點: 漢州(劍南道北部 / 漢州 / 漢州

及地點: 漢州 (劍南道北部 漢州 漢州)     

交遊人物: 王大錄事

掲 載; 杜甫1000首の649首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-905回目

 

 

漢州王大錄事宅作

(漢州の王大錄事の宅にてこの詩を作る。)

komichi03南溪老病客,相見下肩輿。 

南に渓谷には老人で持病を持った旅客の私がいる。そこで他の人の助けで互いに肩車をしてもらって下って行く。

近髮看烏帽,催蓴煮白魚。 

神輿の上から、近くに髪の毛がみられ、烏帽子も近くに見る。そのあとで、じゅんさいを用意してこの地の白魚を煮込んでくれる。

宅中平岸水,身外滿床書。 

王大録事のお宅の庭の岸は川が増水して同じ高さまで嵩が上がっている。この家に書斎を見てみると寝台牀のまわりには詩文をしたためた書が散らばっていっぱいになっている。

憶爾才名叔,含悽意有餘。 

貴方は才能も名声も知れ渡った方だということであるが、それでもすこしものたりないとおもうのは心意気ばかりがありあまっているところだ。

 

『漢州王大錄事宅作』 現代語訳と訳註

(本文)

漢州王大錄事宅作

南溪老病客,相見下肩輿。 

近髮看烏帽,催蓴煮白魚。 

宅中平岸水,身外滿床書。 

憶爾才名叔,含悽意有餘。 

長安城皇城図 

 

(下し文)

(漢州の王大錄事の宅で作る)

南溪 老病の客,相見る 肩輿に下るを。 

近髮 烏帽を看,催蓴 白魚を煮る。 

宅中 岸水を平にし,身外 床書を滿す。 

爾を憶えば才名叔とす,悽を含めば意餘るに有る。 

 

 

(現代語訳)

(漢州の王大錄事の宅にてこの詩を作る。)

南に渓谷には老人で持病を持った旅客の私がいる。そこで他の人の助けで互いに肩車をしてもらって下って行く。

神輿の上から、近くに髪の毛がみられ、烏帽子も近くに見る。そのあとで、じゅんさいを用意してこの地の白魚を煮込んでくれる。

王大録事のお宅の庭の岸は川が増水して同じ高さまで嵩が上がっている。この家に書斎を見てみると寝台牀のまわりには詩文をしたためた書が散らばっていっぱいになっている。

貴方は才能も名声も知れ渡った方だということであるが、それでもすこしものたりないとおもうのは心意気ばかりがありあまっているところだ。

 

(訳注)

漢州王大錄事宅作

(漢州の王大錄事の宅にてこの詩を作る。)

 

南溪 老病 ,相見 肩輿

南に渓谷には老人で持病を持った旅客の私がいる。そこで他の人の助けで互いに肩車をしてもらって下って行く。

「南溪」漢州の南の渓谷。

「客」旅客者、杜甫自身のこと。

「肩輿」輿を肩でかつぐ。

烏紗帽00 

 

近髮 烏帽 ,催蓴 白魚

神輿の上から、近くに髪の毛がみられ、烏帽子も近くに見る。そのあとで、じゅんさいを用意してこの地の白魚を煮込んでくれる。

「烏帽」官人や庶民が日常的に着用した様である。 黒い薄物の布帛製ではあるが、 形状は良く分かっておらず袋状の帽子だったのではと推測されている

「催」1 準備をすること。用意を整えること。2 名詞の下に付けて、その物事のきざしが見えることを表す。

「蓴」蓴菜(じゆんさい)

 

宅中 岸水 ,身外 滿床

王大録事のお宅の庭の岸は川が増水して同じ高さまで嵩が上がっている。この家に書斎を見てみると寝台牀のまわりには詩文をしたためた書が散らばっていっぱいになっている。

「平」宅地の高さまで川水の嵩があがっておなじたかさとなること。

 

憶爾 才名 叔,含悽 有餘

貴方は才能も名声も知れ渡った方だということであるが、それでもすこしものたりないとおもうのは心意気ばかりがありあまっているところだ。
帽子03 

739 《惠義寺送王少尹赴成都〔得峰字。〕〔草堂逸詩拾遺-(15)〕》 蜀中転々 杜甫 <646>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3540 杜甫詩1000-646-902/1500〔草堂逸詩拾遺-(15)〕

杜甫≪惠義寺送王少尹赴成都≫広範囲なところで草が盛んに繁る谷の中にこのてらがある。美しく清らかな建物は林のに在り、その林は峯の方まで続いている。寺の高楼に上って欄干からとおくをみる。寺にはうまく建物が配置されており、いつもなんとなくここに何度もやってくる。
 

2014年1月3日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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739 《惠義寺送王少尹赴成都〔得峰字。〕〔草堂逸詩拾遺-(15)〕》 蜀中転々 杜甫 <646  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3540 杜甫詩1000-646-902/1500〔草堂逸詩拾遺-(15)

 

詩 題:惠義寺送王少尹赴成都〔得峰字。〕〔草堂逸詩拾遺-(15)

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點: 惠義寺 (劍南道北部 梓州 )    ・成都 (劍南道北部 益州 成都) 別名:蜀    

交遊人物: 王少尹

掲 載; 杜甫1000首の646首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-902回目   41001

〔草堂逸詩拾遺-(15)

 

 

〔草堂逸詩拾遺-(15)

惠義寺送王少尹赴成都〔得峰字。〕

(惠義寺において王少尹どのが成都に赴くというのを送別する〔「峰」韻字を得る。〕)

苒苒谷中寺,娟娟林表峰。 

広範囲なところで草が盛んに繁る谷の中にこのてらがある。美しく清らかな建物は林のに在り、その林は峯の方まで続いている。

闌干上處遠,結構坐來重。 

寺の高楼に上って欄干からとおくをみる。寺にはうまく建物が配置されており、いつもなんとなくここに何度もやってくる。

騎馬行春徑,衣冠起晚鐘。 

昼には馬に乗って春けしにに変わったこの道をゆく。正式の衣服を整えて夕方には,四時の終わりの鐘をついて鳴らす。

雲門青寂寂,此別惜相從。 

高い所にある寺の門には雲がかかり、木々の青さの野かに静かに存在する。こうした中であなたとのこの別れをするというのは互いに惜しいということがついて回る。

泰山の道観02 

 

『惠義寺送王少尹赴成都〔得峰字。〕』 現代語訳と訳註

(本文) 〔草堂逸詩拾遺-(15)

惠義寺送王少尹赴成都〔得峰字。〕

苒苒谷中寺,娟娟林表峰。 

闌干上處遠,結構坐來重。 

騎馬行春徑,衣冠起晚鐘。 

雲門青寂寂,此別惜相從。 

 

(下し文)

惠義寺にて王少尹を成都に赴むくを送る〔得峰字。〕

苒苒【ぜんぜん】として谷中の寺,娟娟【えんえん】として林表の峰。 

闌干 遠くする處に上り,結構 坐ろに重ね來る。 

騎馬 春徑を行き,衣冠 晚鐘に起る。 

雲門 青くして寂寂たり,此の別 相に從って惜む。 

杏の白花012

(現代語訳)

(惠義寺において王少尹どのが成都に赴くというのを送別する〔「峰」韻字を得る。〕)

広範囲なところで草が盛んに繁る谷の中にこのてらがある。美しく清らかな建物は林のに在り、その林は峯の方まで続いている。

寺の高楼に上って欄干からとおくをみる。寺にはうまく建物が配置されており、いつもなんとなくここに何度もやってくる。

昼には馬に乗って春けしにに変わったこの道をゆく。正式の衣服を整えて夕方には,四時の終わりの鐘をついて鳴らす。

高い所にある寺の門には雲がかかり、木々の青さの野かに静かに存在する。こうした中であなたとのこの別れをするというのは互いに惜しいということがついて回る。

 

(訳注)

〔草堂逸詩拾遺-(15)

惠義寺送王少尹赴成都〔得峰字。〕

(惠義寺において王少尹どのが成都に赴くというのを送別する〔「峰」韻字を得る。〕)

658 《陪章留後惠義寺餞嘉州崔都督赴州》 蜀中転々 杜甫 <563-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3050 杜甫詩1000-563-#1-804/1500

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688 《陪李梓州、王閬州、蘇遂州、李果州四使君登惠義寺》 蜀中転々 杜甫 <594  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3280 杜甫詩1000-594-850/1500

739 《惠義寺送王少尹赴成都【案:得峰字。】〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <646>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3540 杜甫詩1000-646-902/1500〔草堂逸詩拾遺-(15)

740 《惠義寺園送辛員外〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <647>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3545 杜甫詩1000-647-903/1500〔草堂逸詩拾遺-(16)

741 《又送(惠義寺園送辛員外)〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <648>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3550 杜甫詩1000-648-904/1500〔草堂逸詩拾遺-(17)

『赴青城縣出成都寄陶王二少尹』

老被樊籠役,貧嗟出入勞。

客情投異縣,詩態憶吾曹。

東郭滄江合,西山白雪高。

文章差底病,回首興滔滔。

赴青城縣出成都寄陶王二少尹 成都5-(4) 杜甫 <457  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2230 杜甫詩1000-457-640/1500

 

苒苒 谷中 ,娟娟 林表

広範囲なところで草が盛んに繁る谷の中にこのてらがある。美しく清らかな建物は林のに在り、その林は峯の方まで続いている。

「苒苒」苒は草が盛んに繁るさま。やわらかく弱いさま。くさがしだいにのびるさま。苒苒となるから広範囲なところでが盛んに繁る様子、荏苒。

「娟娟」美しいさま。美しく清らかなさま。しなやかに舞うさま。

「峰」山峰崖嶺、峰。 杜甫が韻字として与えられたもの。

 

闌干 上處 ,結構 坐來

寺の高楼に上って欄干からとおくをみる。寺にはうまく建物が配置されており、いつもなんとなくここに何度もやってくる。

「結構」1 全体の構造や組み立てを考えること。また、その構造や組み立て。構成。2 もくろみ。計画。

 

騎馬 春徑 ,衣冠 晚鐘

昼には馬に乗って春けしにに変わったこの道をゆく。正式の衣服を整えて夕方には,四時の終わりの鐘をついて鳴らす。

「晚鐘」○四時 ・1年の四つの季節、春夏秋冬の総称。四季。・1か月中の四つの時。晦(かい)・朔(さく)・弦・望。・一日中の4回の読経の時。早晨(そうしん)(朝午前4時)・晡時(ほじ)(昼午前10時)・黄昏(こうこん)(夕方午後8時)・後夜(ごや)(夜午後8時)の座禅。ここでは一日中の4回の読経のとき。

 

雲門 寂寂 ,此別 相從

高い所にある寺の門には雲がかかり、木々の青さの野かに静かに存在する。こうした中であなたとのこの別れをするというのは互いに惜しいということがついて回る。
DCF00047 

737 《閬州奉送二十四舅使,自京赴任青城〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <644>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3530 杜甫詩1000-644-900/1500 〔草堂逸詩拾遺-(13)〕

《閬州奉送二十四舅使,自京赴任青城》吐蕃が侵略している隴右道東部 秦州の秦嶺縣にも別の使者を遣わせているとういことだが心配でならないし、西漢水の閬州にいて、涪江に舟を泛べて酔っぱらうような場違いな事ではないのだろうか。靑城では謀叛に続き、吐蕃の侵略によって汚され入り混じる混乱を起こしている、私の舅はその地が荒らされ凄然としたさびしい状況であることにつよいこころでいてほしいものである。
 

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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
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〔草堂逸詩拾遺-(13)

詩 題:閬州奉送二十四舅使,自京赴任青城〔草堂逸詩拾遺〕 作時:763 廣德元年 杜甫52歳 掲 載; 杜甫1000首の644首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-900回目

 

〔草堂逸詩拾遺-(13)

作時年:  763年廣德元年  52

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 閬州奉送二十四舅使,自京赴任青城

作地點: 閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州

及地點: 閬州 (山南西道 閬州 閬州) 別名:閬、巴城   長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都   青城 (劍南道北部 蜀州 青城)    紫微殿 (京畿道 京兆府 長安)   秦嶺 (隴右道東部 秦州 秦嶺縣) 別名:秦嶺     

交遊人物: 崔二十四

 

〔草堂逸詩拾遺-(13)

閬州奉送二十四舅使,自京赴任青城

(閬州に立ち寄った使者である舅(長安から青城に赴任する)を送り奉る)

聞道王喬舄,名因太史傳。 

聞くところに倚れば鶴に乗って現れた仙人の王子喬が靴を履いただろうか、それは有名な話で、「太史公曰世之傳酈生書」にでてくることだ。

如何碧雞使,把詔紫微天。 

「碧雞」といわれる今様仙人のこちらの使者は紫微殿の天子から詔を束ねて使者としておられるのだけれどいかがなものでしょうか。

秦嶺愁回馬,涪江醉泛船。 

吐蕃が侵略している隴右道東部 秦州の秦嶺縣にも別の使者を遣わせているとういことだが心配でならないし、西漢水の閬州にいて、涪江に舟を泛べて酔っぱらうような場違いな事ではないのだろうか。

青城漫雜,吾舅意淒然。 

靑城では謀叛に続き、吐蕃の侵略によって汚され入り混じる混乱を起こしている、私の舅はその地が荒らされ凄然としたさびしい状況であることにつよいこころでいてほしいものである。

(閬州 二十四舅の使に送り奉る,京自青城に赴任するを)

聞道らく王喬の舄,名因して太史の傳。 

如何ぞ碧雞の使,把詔して紫微の天。 

秦嶺 回馬を愁い,涪江 泛船に醉う。 

青城 漫ろに雜じ,吾が舅 意 淒然たり。 

 

 杏の白花012

『閬州奉送二十四舅使,自京赴任青城』 現代語訳と訳註

(本文)

閬州奉送二十四舅使,自京赴任青城

聞道王喬舄,名因太史傳。 

如何碧雞使,把詔紫微天。 

秦嶺愁回馬,涪江醉泛船。 

青城漫雜,吾舅意淒然。 

 

(下し文)

(閬州 二十四舅の使に送り奉る,京自青城に赴任するを)

聞道らく王喬の舄,名因して太史の傳。 

如何ぞ碧雞の使,把詔して紫微の天。 

秦嶺 回馬を愁い,涪江 泛船に醉う。 

青城 漫ろに雜じ,吾が舅 意 淒然たり。 

 

(現代語訳)

(閬州に立ち寄った使者である舅(長安から青城に赴任する)を送り奉る)

聞くところに倚れば鶴に乗って現れた仙人の王子喬が靴を履いただろうか、それは有名な話で、「太史公曰世之傳酈生書」にでてくることだ。

「碧雞」といわれる今様仙人のこちらの使者は紫微殿の天子から詔を束ねて使者としておられるのだけれどいかがなものでしょうか。

吐蕃が侵略している隴右道東部 秦州の秦嶺縣にも別の使者を遣わせているとういことだが心配でならないし、西漢水の閬州にいて、涪江に舟を泛べて酔っぱらうような場違いな事ではないのだろうか。

靑城では謀叛に続き、吐蕃の侵略によって汚され入り混じる混乱を起こしている、私の舅はその地が荒らされ凄然としたさびしい状況であることにつよいこころでいてほしいものである。

泰山の道観02

 

(訳注)

〔草堂逸詩拾遺-(13)

閬州奉送二十四舅使,自京赴任青城

(閬州に立ち寄った使者である舅(長安から青城に赴任する)を送り奉る)

 

聞道 王喬 ,名因 太史

聞くところに倚れば鶴に乗って現れた仙人の王子喬が靴を履いただろうか、それは有名な話で、「太史公曰世之傳酈生書」にでてくることだ。

「聞道」きくならく。

「王喬」 鶴に乗って昇天したといわれる神仙で、周の霊王(在位前572~前545)の38人の子の一人である太子晋のこと。王喬ともいう。

 伝説によると、王子喬は若くから才能豊かで、笙を吹いては鳳凰が鳴くような音を出すことができた。伊水、洛水(河南省洛陽南部)あたりを巡り歩いていたとき、道士の浮丘公に誘われ中岳嵩山に入った。30年以上後、友人の桓良が山上で王子喬を探していると、ふいに本人が現れ、「7月7日に緱氏山の頂上で待つように家族に伝えてくれ」といった。

 その日、家族がいわれたとおり山に登ると、王子喬が白鶴に乗って山上に舞い降りた。だが、山が険しく家族は近づくことができなかった。と、王子喬は手を上げて家族に挨拶し、数日後白鶴に乗って飛び去ったという。

 そこで、人々は緱氏山の麓や嵩山の山頂に祠を建てて、王子喬を祀ったといわれている。。

「舄」、鞋:足を覆うように作った履物の総称。。

「太史傳」太史公曰世之傳酈生書。

太史公曰世之傳酈生書

多曰漢王已拔三秦東擊項籍而引軍於鞏洛之閒

酈生被儒衣往漢王乃非也

自沛公未入關與項羽別而至高陽得酈生兄弟

余讀陸生新語書十二篇固當世之辯士

至平原君子與余善是以得具論之

太史公曰く、「世間の酈生(酈食其)を伝える書は、

多くが曰く、漢王劉邦がすでに三秦を攻め落とし、東に西楚覇王項籍(項羽)を撃ちに進んで、漢軍を鞏、洛の間に引いたとき、酈生(酈食其)が儒者の衣を着て、漢王劉邦を説いたと。すなわちそうではないのである。

沛公劉邦が未だ関に入らないうちより、項羽と別れて(陳留の)高陽に至ったときに酈生(酈食其)の兄弟を得た。

余は陸生(陸賈)の「新語」の書、十二篇を読んだが、まことに当世の弁士である。

平原君(朱建)の子に至って、余と仲が善く、ここにこれを具(つぶさ)に論ずるを得たのである」と。

 

如何碧雞 使 ,把詔 紫微 天。

「碧雞」といわれる今様仙人のこちらの使者は紫微殿の天子から詔を束ねて使者としておられるのだけれどいかがなものでしょうか。

「碧雞」神鬼仙人の碧雞。

「使」使者。

「紫微」宮城の紫微殿。太宗皇帝は貞観二二年(六四八)二月に玉華宮を視察し、玉華太宗皇帝は王孝積に命じて顕道門の奥に十三軒の紫微殿を建てさせた。

 

秦嶺 回馬 ,涪江 泛船

吐蕃が侵略している隴右道東部 秦州の秦嶺縣にも別の使者を遣わせているとういことだが心配でならないし、西漢水の閬州にいて、涪江に舟を泛べて酔っぱらうような場違いな事ではないのだろうか。

「秦嶺」隴右道東部 秦州 秦嶺縣。

「涪江」閬州を流れているのは西漢水(嘉陵江)であり、成都に向かうのはひと山越えて涪江に入り、遡って岷江に向かう運河に入って成都に下って入ってゆく。

 

736 《客舊館〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <643>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3525 杜甫詩1000-643-899/1500〔草堂逸詩拾遺-(12)〕

杜甫《客舊館》 風に幔幕がいつ巻き上げられてもおかしくない。寒くなってきて昨夜には砧で擣衣する音が響いていた。ここ蜀巴、涪江や漢江流域の地域から出発する理由というのはないのである。心に筆禍っているこの愁いに月は冷え冷えとして影を落としている。
 

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736 《客舊館〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <643  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3525 杜甫詩1000-643-899/1500〔草堂逸詩拾遺-(12)

 

詩 題:客舊館〔草堂逸詩拾遺〕

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 客舊館〔草堂逸詩拾遺-(12)

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

掲 載; 杜甫1000首の643首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-899回目 

 

 

〔草堂逸詩拾遺-(12)

客舊館

(旅客者として今まで過ごしてきた館について詠う)

陳跡隨人事,初秋別此亭。 

 子昂が誣告で投獄され、憤激のあまり獄死したことからその後の人事には注意して行ったという。きせつもあきにかわってこの樓閣ともわかれをつげることになった。

重來梨葉赤,依舊竹林青。 

去年もそうだったけれど今年もまたなしの葉が赤く染まってきた。こちらには古い竹に今年新しく伸びた竹が寄り添いその葉を青青としている竹林がある。

風幔何時卷,寒砧昨夜聲。 

風はふきあげ幔幕がいつ巻き上げられてもおかしくない。寒くなってきて昨夜には砧で擣衣する音が響いていた。

無由出江漢,愁緒月冥冥。 

ここ蜀巴、涪江や漢江流域の地域から出発する理由というのはないのである。心に筆禍っているこの愁いに月は冷え冷えとして影を落としている。

 

(客は舊館にあり)

陳跡 人事に隨う,初秋 此亭を別る。 

重ねて來る 梨葉赤く,舊に依る 竹林青し。 

風に幔 何時か卷れん,寒砧 昨夜聲する。 

由無し 江漢を出づるに,愁緒 月冥冥たり。 

 aki010

 

『客舊館』 現代語訳と訳註

(本文) 〔草堂逸詩拾遺-(12)

客舊館

陳跡隨人事,初秋別此亭。 

重來梨葉赤,依舊竹林青。 

風幔何時卷,寒砧昨夜聲。 

無由出江漢,愁緒月冥冥。 

 

(下し文)

(客は舊館にあり)

陳跡 人事に隨う,初秋 此亭を別る。 

重ねて來る 梨葉赤く,舊に依る 竹林青し。 

風に幔 何時か卷れん,寒砧 昨夜聲する。 

由無し 江漢を出づるに,愁緒 月冥冥たり。 

 

(現代語訳)

(旅客者として今まで過ごしてきた館について詠う)

子昂が誣告で投獄され、憤激のあまり獄死したことからその後の人事には注意して行ったという。きせつもあきにかわってこの樓閣ともわかれをつげることになった。

去年もそうだったけれど今年もまたなしの葉が赤く染まってきた。こちらには古い竹に今年新しく伸びた竹が寄り添いその葉を青青としている竹林がある。

風はふきあげ幔幕がいつ巻き上げられてもおかしくない。寒くなってきて昨夜には砧で擣衣する音が響いていた。

ここ蜀巴、涪江や漢江流域の地域から出発する理由というのはないのである。心に筆禍っているこの愁いに月は冷え冷えとして影を落としている。

 

(訳注)

金燈花03〔草堂逸詩拾遺-(12)

客舊館

(旅客者として今まで過ごしてきた館について詠う)

杜甫は梓州の官舎の楼閣から出発して東に下って行こうと思っている時期にわずかの間旅客者としてお世話になった宿舎について詠ったものである。

 

陳跡 人事 ,初秋 此亭

子昂が誣告で投獄され、憤激のあまり獄死したことからその後の人事には注意して行ったという。きせつもあきにかわってこの樓閣ともわかれをつげることになった。

「陳跡」射洪県令の段簡による誣告で投獄され、憤激のあまり獄死したことをいう。陳 子昂(ちん すごう、661年(龍朔元年) - 702年(長安2年))は、中国・唐代(初唐)の詩人。梓州射洪(現在の四川省遂寧市射洪県)の人。字は伯玉。 略伝[編集]. 陳子昂はもともとは先祖代々潁州(安徽省)出身であり、4代前から梓州に住むようになった。

696年(万歳通天元年)から、武攸宜(武則天の一族)の率いる契丹討伐軍に参謀(記室参軍)として参加した。戦果をなかなか挙げられない武に対し、策を上書し諫言を呈するも受け入れられず、かえって降格処分となった。聖暦年間に入ると、老父の世話をするために帰郷する。父が死去するとショックを受け、病弱な体質から体調が悪化し、さらに県令の段簡による誣告で投獄されたため、憤激のあまり獄死した。段簡が陳子昂を陥れた理由として、陳家の財産に目を付けたから、また武一族に指嗾されたからとの説がある。

立秋(りっしゅう)は、二十四節気の第13七月節(旧暦6月後半 - 7月前半)。初めて秋の気配が現れてくる頃とされる。
・処暑(しょしょ)は、二十四節気の第14。七月中(通常旧暦7月内)。
・白露(はくろ)は、二十四節気の第15。八月節(旧暦7月後半 - 8月前半)。大気が冷えてきて、露ができ始めるころ。『暦便覧』では、「陰気やうやく重りて、露にごりて白色となれば也」と説明している。
秋分(しゅうぶん)は、二十四節気の第16。八月中(旧暦8月内)。
・寒露(かんろ)は、二十四節気の第17。九月節(旧暦8月後半 - 9月前半)。露が冷気によって凍りそうになるころ。雁などの冬鳥が渡ってきて、菊が咲き始め、蟋蟀(こおろぎ)などが鳴き止むころ。
・霜降(そうこう)は、二十四節気の第18。九月中(通常旧暦9月内)。露が冷気によって霜となって降り始めるころ。『暦便覧』では「露が陰気に結ばれて霜となりて降るゆゑ也」と説明している。
楓や蔦が紅葉し始めるころ。この日から立冬までの間に吹く寒い北風を木枯らしと呼ぶ。
・立冬(りっとう)は、二十四節気の第19。十月節(旧暦9月後半 - 10月前半)。初めて冬の気配が現われてくる日。『暦便覧』では、「冬の気立ち始めて、いよいよ冷ゆれば也」と説明している。
秋分と冬至の中間で、昼夜の長短を基準に季節を区分する場合、この日から立春の前日までが冬となる

 

重來 梨葉 ,依舊竹林

去年もそうだったけれど今年もまたなしの葉が赤く染まってきた。こちらには古い竹に今年新しく伸びた竹が寄り添いその葉を青青としている竹林がある。

 

風幔 何時 卷,寒砧 昨夜

風がふきあげ幔幕がいつ巻き上げられてもおかしくない。寒くなってきて昨夜には砧で擣衣する音が響いていた。

「風幔」語義類別:物、器物、帳幕、幔。

「時」語義類別:時、時間、範圍時間(時刻)、時。

「寒」語義類別:物、天候氣象、冷寒、寒。

「砧」搗衣
  
亦知戍不返,秋至拭清砧。已近苦寒月,況經長別心。
  
寧辭搗衣倦,一寄塞垣深。用盡閨中力,君聽空外音。

搗衣(擣衣) 杜甫 <295> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1352 杜甫詩 700- 415

 

無由 江漢 ,愁緒 冥冥

ここ蜀巴、涪江や漢江流域の地域から出発する理由というのはないのである。心に筆禍っているこの愁いに月は冷え冷えとして影を落としている。
成都遂州00 

735 《隨章留後新亭會送諸君〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <642>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3520 杜甫詩1000-642-898/1500〔草堂逸詩拾遺-(11)〕

杜甫《隨章留後新亭會送諸君》「不許葷酒入山門」ということは、竟に改めることはない。酒を進めれば詩を作ることをやめてしまうことになる。すでに峴山の「堕涙碑」前に立ったように涙が零れ落ちる。だからそれに因んでお別れに「零雨詩」と題して詩を作るものである。
 

2013年12月30日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(40)#15-3 文選 賦<112―40>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩994 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3518
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735 《隨章留後新亭會送諸君〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <642  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3520 杜甫詩1000-642-898/1500〔草堂逸詩拾遺-(11)

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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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735 《隨章留後新亭會送諸君〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <642  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3520 杜甫詩1000-642-898/1500〔草堂逸詩拾遺-(11)          

 

詩 題:隨章留後新亭會送諸君〔草堂逸詩拾遺〕

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

掲 載; 杜甫1000首の642首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-898回目

 

 

作時年:  763  廣德元年  52

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 隨章留後新亭會送諸君〔草堂逸詩拾遺。】 

及地點:  新亭 (劍南道北部 梓州 梓州)   ・峴山 (山南東道 襄州 峴山) 別名:峴首山     

交遊人物/地點: 章彝 當地交遊(劍南道北部 梓州 梓州)

 

 

〔草堂逸詩拾遺-(11)

隨章留後新亭會送諸君

(章彝梓州の留守居役の副長官に随行して新亭のお披露目の高官の宴会に出席した諸君を送別する。)

新亭有高會,行子得良時。

新しい楼閣の亭のお披露目に高官の宴会があり、是から旅に出る諸君にとってこんなに良い時はないだろう。

日動映江幕,風鳴排檻旗。

太陽が光り輝き涪江沿い雨に張られた幔幕に降り注いで映えている。風が吹き、欄干に着けた旗がはためいて鳴っている。

葷終不改,勸酒欲無詞。

「不許葷酒入山門」ということは、竟に改めることはない。酒を進めれば詩を作ることをやめてしまうことになる。

已墮峴山淚,因題零雨詩。

すでに峴山の「堕涙碑」前に立ったように涙が零れ落ちる。だからそれに因んでお別れに「零雨詩」と題して詩を作るものである。

 

miyajima594 

『隨章留後新亭會送諸君』 現代語訳と訳註

(本文)

隨章留後新亭會送諸君

新亭有高會,行子得良時。

日動映江幕,風鳴排檻旗。

葷終不改,勸酒欲無詞。

已墮峴山淚,因題零雨詩。

 

 

(下し文)

章留後に隨いて新亭の會で諸君を送る

新亭 高きの會有り,行子 良時を得る。

日動 江幕に映え,風鳴 檻旗を排す。

葷【くん】をちて 改めざるを終り,酒を勸めて 詞を無からんと欲す。

已に「峴山の淚」墮ち,因に零雨の詩を題す。

 

 

(現代語訳)

(章彝梓州の留守居役の副長官に随行して新亭のお披露目の高官の宴会に出席した諸君を送別する。)

新しい楼閣の亭のお披露目に高官の宴会があり、是から旅に出る諸君にとってこんなに良い時はないだろう。

太陽が光り輝き涪江沿い雨に張られた幔幕に降り注いで映えている。風が吹き、欄干に着けた旗がはためいて鳴っている。

「不許葷酒入山門」ということは、竟に改めることはない。酒を進めれば詩を作ることをやめてしまうことになる。

すでに峴山の「堕涙碑」前に立ったように涙が零れ落ちる。だからそれに因んでお別れに「零雨詩」と題して詩を作るものである。

蜀中転々圖 

(訳注)

隨章留後新亭會送諸君

(章彝梓州の留守居役の副長官に随行して新亭のお披露目の高官の宴会に出席した諸君を送別する。)

 

新亭 高會 ,行子 良時

新しい楼閣の亭のお披露目に高官の宴会があり、これから旅に出る諸君にとってこんなに良い時はないだろう。

「新亭」新しい楼閣の亭のお披露目。

「高會」高官の宴会。

「行子」旅に出る諸君。

 

日動 江幕 ,風鳴 排檻旗

太陽が光り輝き涪江沿い雨に張られた幔幕に降り注いで映えている。風が吹き、欄干に着けた旗がはためいて鳴っている。

 

終不改 ,勸酒 欲無詞

「不許葷酒入山門」ということは、竟に改めることはない。酒を進めれば詩を作ることをやめてしまうことになる。

「葷」葷酒のこと。 - 臭気の強いネギ・ニラなどの野菜と酒。また、それらを飲食すること。禅寺の山門の脇の戒壇石に刻まれる言葉として、「不許葷酒入山門」(葷酒山門に入るを許さず)葷酒は、心を乱し修行の妨げになるので、寺の門内に持ち込むことは許さない。

 

 

已墮 峴山 ,因題 零雨

すでに峴山の「堕涙碑」前に立ったように涙が零れ落ちる。だからそれに因んでお別れに「零雨詩」と題して詩を作るものである。

「墮峴山淚」堕涙碑の故事に基づく。・峴山 襄陽県の東南にある山で、漢水にのぞむ。唐代の名勝の地。漢水とおなじ。長江の一番大きな支流。 

李白『襄陽曲四首 其三』

峴山臨漢江、水淥沙如雪。

上有墮淚碑、青苔久磨滅。

○堕涙碑 晋の羊祜は、荊州の都督(軍事長官)として襄陽のまちを治めて人望があった。かれは生前、峴に登って酒を飲み、詩を作つたが、かれが死ぬと、襄陽の人びとはその人となりを偲んで、山上に石碑を立てた。その碑をみる人は、かれを思い出して涙を堕さないではいられなかったので、堕涙碑と名づけられた。名づけ親は、羊祜の後任で荊州の都督となった杜預、(杜甫の遠い先祖にあたる)である。

答友人贈烏紗帽 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -293

305 孟浩然 与諸子登峴山 
309  〃   輿黄侍御北津泛舟②
310  〃   峴山送張去非遊巴東(峴山亭送朱大)

311  〃   過故人莊
     
312  〃   峴山送蕭員外之荊州
  ⑤
313  〃   登峴山亭寄晉陵張少府

kimo003 

734 《題郪縣郭三十二明府茅屋壁〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <641>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3515 杜甫詩1000-641-897/1500〔草堂逸詩拾遺-(10)〕

杜甫縣郭三十二明府茅屋壁≫涪江のほとり城があり、そこの渡し場に船を止める。あなたは独り私のことをお気遣いくださる。風雲が強く、桟橋には雨が強くふりそそぐ、春は今、真っ盛りで木々の青さに包まれた中、ここには平地や田圃に彭澤県の県令を辞して、歸田した陶淵明が愛したような田園風景がある。
 

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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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734 《題縣郭三十二明府茅屋壁〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <641  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3515 杜甫詩1000-641-897/1500〔草堂逸詩拾遺-(10)

 

詩 題:題縣郭三十二明府茅屋壁〔草堂逸詩拾遺〕

作時:763 廣德元年 杜甫52

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

及地點:  (劍南道北部 梓州 ) 別名:  ・巴東 (山南東道 歸州 巴東)      

交遊人物/地點: 郭三十二明府 當地交遊(劍南道北部 梓州 )

掲 載; 杜甫1000首の641首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-897回目   40996       〔草堂逸詩拾遺-(10)

蜀中転々圖 

〔草堂逸詩拾遺-(10)

縣郭三十二明府茅屋壁

縣の郭三十二明府(県令)殿の草堂の壁にこの詩を題す。)江頭且繫船,為爾獨相憐。

涪江のほとり城があり、そこの渡し場に船を止める。あなたは独り私のことをお気遣いくださる。

雲散灌壇雨,春青彭澤田。

風雲が強く、桟橋には雨が強くふりそそぐ、春は今、真っ盛りで木々の青さに包まれた中、ここには平地や田圃に彭澤県の県令を辞して、歸田した陶淵明が愛したような田園風景がある。

頻驚適小國,一擬問高天。

しかし、しきりに驚かされるのはここの小さい国が能く適正におさめられた良い所であるという事である。まず一つには仁高い施政をおこない、そのうえ天候に恵まれているから、そのことを問いかけてみることもないのである。

別後巴東路,逢人問幾賢。 

以前に別れた後に三巴の東に向かう街道を行ったときに、そこで会う人だれでも、幾人かの賢人を問うと、かならずあなたのことを答えていた。

 

『題縣郭三十二明府茅屋壁』 現代語訳と訳註

(本文)

縣郭三十二明府茅屋壁

江頭且繫船,為爾獨相憐。

雲散灌壇雨,春青彭澤田。

頻驚適小國,一擬問高天。

別後巴東路,逢人問幾賢。 

 

 

(下し文)

縣の郭三十二明府が茅屋の壁に題す。)

江頭 且つ船を繫ぎ,爾じ獨り相い憐れんと為す。

雲散 壇雨を灌ぎ,春青 澤田に彭す。

頻に小國に適くに驚く,一たび高天を問う擬らす。

別後して 巴の東路,人に逢うては 幾賢を問う。 

  

成都遂州00

 

(現代語訳)

縣の郭三十二明府(県令)殿の草堂の壁にこの詩を題す。)

涪江のほとり城があり、そこの渡し場に船を止める。あなたは独り私のことをお気遣いくださる。

風雲が強く、桟橋には雨が強くふりそそぐ、春は今、真っ盛りで木々の青さに包まれた中、ここには平地や田圃に彭澤県の県令を辞して、歸田した陶淵明が愛したような田園風景がある。

しかし、しきりに驚かされるのはここの小さい国が能く適正におさめられた良い所であるという事である。まず一つには仁高い施政をおこない、そのうえ天候に恵まれているから、そのことを問いかけてみることもないのである。

以前に別れた後に三巴の東に向かう街道を行ったときに、そこで会う人だれでも、幾人かの賢人を問うと、かならずあなたのことを答えていた。

 

(訳注)

縣郭三十二明府茅屋壁

縣の郭三十二明府(県令)殿の草堂の壁にこの詩を題す。)

縣 劍南道北部 梓州 縣(e・f2・3)のこと。 別名:

隋朝 ⇒ 唐朝 の行政区画変遷

新州 ⇒ 梓州

新城郡 ⇒梓州

昌城郡

高渠郡

塩亭郡

湧泉郡

 

射洪県

塩亭県 

通泉県

昌城県 射洪県

高渠県

塩亭県

湧泉県 光漢県

飛烏県

・明府 漢の時代の県令の尊称であった。明府は県令、少府は県尉のこと、親族が同じ県の長と次長をしていたことになるのである。

 

 

江頭 且繫船 ,為爾 獨相憐

涪江のほとり城があり、そこの渡し場に船を止める。あなたは独り私のことをお気遣いくださる。

「江頭」涪江のほとり、城と渡し場。

 

 

雲散 灌壇雨 ,春青 彭澤田

風雲が強く、太公望が釣りをしていたような桟橋には雨が強くふりそそぐ、春は今、真っ盛りで木々の青さに包まれた中、ここには平地や田圃に彭澤県の県令を辞して、歸田した陶淵明が愛したような田園風景がある。

「雲散灌壇雨」太公望が三顧礼で迎えられる前に釣り糸を垂れていたところのナウだということ。

「春青 彭澤田」彭澤縣の県令を辞して歸田した陶淵明を指す。《宋書》卷九十三隱逸列傳·陶淵明。『帰去来の辞』『歸園田居五首』あり。

 

頻驚 適小國 ,一擬 高天

しかし、しきりに驚かされるのはここの小さい国が能く適正におさめられた良い所であるという事である。まず一つには仁高い施政をおこない、そのうえ天候に恵まれているから、そのことを問いかけてみることもないのである。

 

別後 巴東 ,逢人 幾賢

以前に別れた後に三巴の東に向かう街道を行ったときに、そこで会う人だれでも、幾人かの賢人を問うと、かならずあなたのことを答えていた。

「別後」杜甫は梓州を起点に行動していた。梓州の隣にがある。

「巴東」語義類別:地、地名、行政地名、巴東。杜甫は閬州など三巴を漂泊している。
80022008

733 《奉使崔都水翁下峽〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <640>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3510 杜甫詩1000-640-896/1500〔草堂逸詩拾遺-(9)〕

杜甫《奉使崔都水翁下峽》 此れを下って西陵峡に入ると白狗峽、黃牛峽と危険なところがある。その上、巫山の巫女の故事があり、夜明けると雲が湧き、夕暮れには雨が降るという祠があるところを過ぎる。そんな危険なところを通過するときはそれを忘れるためには、ひっきりなしに質問をしまくりましょう。そして、そこを過ぎて火が上に來ると自然と詩を題することをしましょう。
 

 

2013年12月28日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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733 《奉使崔都水翁下峽〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <640  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3510 杜甫詩1000-640-896/1500〔草堂逸詩拾遺-(9)

 

 

詩 題:奉使崔都水翁下峽【奉送崔都水翁下峽】〔草堂逸詩拾遺〕卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點: 白狗峽 (山南東道 歸州 歸州 黃牛峽 (山南東道 峽州 黃牛山) 別名:黃牛     

交遊人物: 崔都水

掲 載; 杜甫1000首の640首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-896回目

詩題:

 

 

〔草堂逸詩拾遺-(9)

奉使崔都水翁下峽

(叔父の崔都水翁が使者で三峡を下るということでこの詩を奉る。)

無數涪江筏,鳴橈總發時。

涪江には数えきれないほど筏が浮かんでいる。どれもこれも出発するのに櫂を漕ぐと音を鳴らしている。

別離終不久,宗族忍相遺。

ここでのお別れの会終には終わるもので、何時までもあるということはないし、父系の同族一同 相当数亡くなり今は、耐え忍んでいる。

白狗黃牛峽,朝雲暮雨祠。

此れを下って西陵峡に入ると白狗峽、黃牛峽と危険なところがある。その上、巫山の巫女の故事があり、夜明けると雲が湧き、夕暮れには雨が降るという祠があるところを過ぎる。

所過頻問訊,到日自題詩。

そんな危険なところを通過するときはそれを忘れるためには、ひっきりなしに質問をしまくりましょう。そして、そこを過ぎて火が上に來ると自然と詩を題することをしましょう。

(使の崔都水翁が峽を下るに奉る)

無數 涪江の筏,鳴橈 總て發する時に。

別離 終に久しからず,宗族 相遺を忍ぶ。

白狗へて黃牛の峽,朝雲やがて暮雨の祠。

過る所 頻りに問訊し,日到り 自ら詩を題す。

浮桟橋00 

『奉使崔都水翁下峽』 現代語訳と訳註

(本文) 奉使崔都水翁下峽

無數涪江筏,鳴橈總發時。

別離終不久,宗族忍相遺。

白狗黃牛峽,朝雲暮雨祠。

所過頻問訊,到日自題詩。

 

(下し文)

(使の崔都水翁が峽を下るに奉る)

無數 涪江の筏,鳴橈 總て發する時に。

別離 終に久しからず,宗族 相遺を忍ぶ。

白狗へて黃牛の峽,朝雲やがて暮雨の祠。

過る所 頻りに問訊し,日到り 自ら詩を題す。

 

(現代語訳)

(叔父の崔都水翁が使者で三峡を下るということでこの詩を奉る。)

涪江には数えきれないほど筏が浮かんでいる。どれもこれも出発するのに櫂を漕ぐと音を鳴らしている。

ここでのお別れの会終には終わるもので、何時までもあるということはないし、父系の同族一同 相当数亡くなり今は、耐え忍んでいる。

此れを下って西陵峡に入ると白狗峽、黃牛峽と危険なところがある。その上、巫山の巫女の故事があり、夜明けると雲が湧き、夕暮れには雨が降るという祠があるところを過ぎる。

そんな危険なところを通過するときはそれを忘れるためには、ひっきりなしに質問をしまくりましょう。そして、そこを過ぎて火が上に來ると自然と詩を題することをしましょう。

 

(訳注)

奉使崔都水翁下峽【奉送崔都水翁下峽】

〔草堂逸詩拾遺-(9)

(叔父の崔都水翁が使者で三峡を下るということでこの詩を奉る。)

・崔都水 杜甫の義母の兄弟、おじ。

四川省西部地区略図 

 

無數 涪江 ,鳴橈 總發

涪江には数えきれないほど筏が浮かんでいる。どれもこれも出発するのに櫂を漕ぐと音を鳴らしている。

「涪江」江城 涪江にそった城、梓州の城をいう。四川省を流れる大きな川で、嘉陵江の支流。源流は四川省北部のアバ・チベット族チャン族自治州であり、岷山山脈の主峰・雪宝頂の付近、松潘県と九寨溝県の間の分水嶺に発する。涪江は岷山山脈の深い山間を南へ流れ平武県(綿陽市)を通り、四川盆地へ出て江油市、綿陽市、射洪県、遂寧市を通り、重慶市合川区で嘉陵江に合流する。全長は700km、流域面積は3.64万平方km。平武から河口の合川までの552kmは航行可能だが、土砂で川が浅くなった部分もあり水運には困難を伴う部分もあるため、河川改修工事が地元市政府により行われている。また豊富な水量を活用してダムなどを造り、水力発電や四川盆地に対する大規模な灌漑を行う計画(武都引水工程)も1980年代後半以来進んでいる。

「筏」木材,竹,アシ,皮袋を並べてつなぎ合わせ,それらの浮力を利用するいかだは,沿岸,礁湖,河川,湖などでの漁労活動や運搬の用具として世界の各地に分布する。

「鳴橈」かいで 舟をこぐので、かいが鳴る。

 

別離 終不久 ,宗族 相遺

ここでのお別れの会終には終わるもので、何時までもあるということはないし、父系の同族一同 相当数亡くなり今は、耐え忍んでいる。

「宗族」本家と分家をあわせた全体。一族。一門。中国では、 父系の同族集団をいう。

 

白狗 黃牛峽 ,朝雲 暮雨

此れを下って西陵峡に入ると白狗峽、黃牛峽と危険なところがある。その上、巫山の巫女の故事があり、夜明けると雲が湧き、夕暮れには雨が降るという祠があるところを過ぎる。

「白狗」白狗峽。三峡の瞿塘峡の「雄」、巫峡の「秀」に対し、西陵峡は「奇」とされている。西陵峡のなかでも著名 な部分には、破水峡、兵書宝剣峡、米倉峡、鎮山峡、白狗峡、牛肝馬肺峡、黄牛峡 燈影峡などがある。特に北岸の兵書宝剣峡、牛肝馬肺峡や、南岸の燈影峡は有名。

「黃牛峽」三峡の西陵峡の中にある、黃牛峽。

「朝雲暮雨祠」宋玉「高唐の賦」にもとづくもの。巫山の神女。雨は楚の王が夢のなかで交わった神女の化身。「重ねて聖女両を過ぎる」夢雨 楚の懐王の巫山神女を夢みるの故事にもとづき、男女の愛の喜びとその名残を夢雨という。雨が宋玉「高唐の賦」にある巫山神女の故事によるもので、懷王と交わった後、神女が「暮には行雨とならん」とどんな時でも一緒にいるといった意味を持つ雨である。

杜甫『散愁二首 之一』 

久客宜旋旆,興王未息戈。

蜀星陰見少,江雨夜聞多。

百萬傳深入,寰區望匪他。

司徒下燕趙,收取舊山河。

散愁二首 之一 杜甫 成都(3)浣花渓の草堂(3 -11)  杜甫 <399  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1930 杜甫詩1000-399-580/1500

 

所過 頻問訊 ,到日 自題詩

そんな危険なところを通過するときはそれを忘れるためには、ひっきりなしに質問をしまくりましょう。そして、そこを過ぎて火が上に來ると自然と詩を題することをしましょう。

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杜甫≪送竇九歸成都≫ 書を讀むにはここ梓州の道教の雲閣観というものがあり、書を書き留めておく絹にはふさわしい錦官城が近くにある。私が書き留めておくのは浣花渓草堂に生えている竹があるというもので、問題はその書きとめる詩題のその良し悪しにすべてがかかっており、その一行一行が大切なのだ。

2013年12月26日 の紀頌之5つのブログ
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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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731 《送竇九歸成都〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <638  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3500 杜甫詩1000-638-894/1500〔草堂逸詩拾遺-(7)

 

詩 題:送竇九歸成都〔草堂逸詩拾遺-(7)

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

及地點:  成都 (劍南道北部 益州 成都) 別名:蜀  ・雲閣觀 (劍南道北部 益州 成都・錦官城 (劍南道北部 益州 成都) 別名:錦里     

交遊人物: 竇九で劍南道北部 梓州において

掲 載; 杜甫1000首の638首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-894回目

 

成都遂州002 

送竇九歸成都〔草堂逸詩拾遺-(7)

(成都に帰る竇九君を送別する)

文章亦不盡,竇子才縱橫。 

文章というものは、また、その思いを十分書き著し盡せるものではないが、竇九待君の才能は縦横に広がり前途は明るい。

非爾更苦節,何人符大名。 

君にはこれ以上の苦節というものはきっとないであろう。その名を何人にも大きく知れ渡っていくことだろう。

讀書雲閣觀,問絹錦官城。 

書を讀むにはここ梓州の道教の雲閣観というものがあり、書を書き留めておく絹にはふさわしい錦官城が近くにある。

我有浣花竹,題詩須一行。 

私が書き留めておくのは浣花渓草堂に生えている竹があるというもので、問題はその書きとめる詩題のその良し悪しにすべてがかかっており、その一行一行が大切なのだ。

(竇九【とうきゅう】成都に歸るを送る)〔草堂逸詩拾遺-(7)

文章 亦た盡せず,竇子【とうし】才 縱橫なり。

爾には非らず 更なる苦節を,何人か 大名に符す。 

書を讀むは 雲閣觀あり,絹を問えば錦官城あり。 

我に有すは浣花の竹,詩を題すは須らく一行にあり。 

 江畔独歩尋花

 

『送竇九歸成都』 現代語訳と訳註

(本文)

送竇九歸成都〔草堂逸詩拾遺-(7)

文章亦不盡,竇子才縱橫。 

非爾更苦節,何人符大名。 

讀書雲閣觀,問絹錦官城。 

我有浣花竹,題詩須一行。 

 

 

(下し文)

(竇九【とうきゅう】成都に歸るを送る)〔草堂逸詩拾遺-(7)

文章 亦た盡せず,竇子【とうし】才 縱橫なり。

爾には非らず 更なる苦節を,何人か 大名に符す。 

書を讀むは 雲閣觀あり,絹を問えば錦官城あり。 

我に有すは浣花の竹,詩を題すは須らく一行にあり。 

 

 

(現代語訳)

(成都に帰る竇九君を送別する)

文章というものは、また、その思いを十分書き著し盡せるものではないが、竇九待君の才能は縦横に広がり前途は明るい。

君にはこれ以上の苦節というものはきっとないであろう。その名を何人にも大きく知れ渡っていくことだろう。

書を讀むにはここ梓州の道教の雲閣観というものがあり、書を書き留めておく絹にはふさわしい錦官城が近くにある。

私が書き留めておくのは浣花渓草堂に生えている竹があるというもので、問題はその書きとめる詩題のその良し悪しにすべてがかかっており、その一行一行が大切なのだ。

 

 

(訳注)

送竇九歸成都〔草堂逸詩拾遺-(7)

(成都に帰る竇九君を送別する)

 

〔草堂逸詩拾遺〕

〔浣花渓の草堂において逸していた詩、散失した詩を拾い集めたもの。昨時にあわせた。〕

・拾遺1 漏れ落ちたものをひろって補うこと。また、そうしてつくったもの。2 《「じゅうい」とも》侍従の唐名。3 中国で、君主を助けて、その過失をいさめ補うこと。また、その官。拾遺補闕(ほけつ)

 

 

文章 亦不盡 ,竇子 縱橫。

文章というものは、また、その思いを十分書き著し盡せるものではないが、竇九待君の才能は縦横に広がり前途は明るい。

「竇子」語義類別:人、人名、待考、竇九(待考)。この句はオベンチャラである。

 

非爾 更苦節 ,何人 符大名

君にはこれ以上の苦節というものはきっとないであろう。その名を何人にも大きく知れ渡っていくことだろう。

 

讀書 雲閣觀 ,問絹 錦官城

書を讀むにはここ梓州の道教の雲閣観というものがあり、書を書き留めておく絹にはふさわしい錦官城が近くにある。

「讀書」書籍。

「雲閣觀」建築專名(寺廟道觀)、雲閣觀。

「問絹」官場活動、問絹。

「錦官城」建築專名(宮室屋廬)、錦官城。

 

我有 浣花 ,題詩 一行

私が書き留めておくのは浣花渓草堂に生えている竹があるというもので、問題はその書きとめる詩題のその良し悪しにすべてがかかっており、その一行一行が大切なのだ。

「浣花」語義類別:地、地名、河湖地名(江河溪流)、浣花溪。

「竹」語義類別:物、生物、植物專名(禾本)、竹。

「題詩」藝文活動、題詩、詩文を作るということ
杜甫像0012 

730 《柳邊〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <637>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3495 杜甫詩1000-637-893/1500〔草堂逸詩拾遺-(6)〕

杜甫《柳邊》 都を遠くこの南の蜀の地はこの私をまさに年老いてさせていくけれども、㶚陵の丘の上から長安を眺めた景色はとおくにいるこの老人を愁いてくれているのだ。


2013年12月25日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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班孟堅(班固)《西都賦》(35)#14(上林苑の狩猟)-1 文選 賦<112―35>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩989 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3493 (35)#14(上林苑の狩猟)-1
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 730 《柳邊〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <637>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3495 杜甫詩1000-637-893/1500〔草堂逸詩拾遺-(6)〕
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 14 謁金門 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-390-9-#14  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3497
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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『花間集』継続中 
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730 《柳邊〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <637  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3495 杜甫詩1000-637-893/1500〔草堂逸詩拾遺-(6)

 

詩 題:柳邊〔草堂逸詩拾遺〕

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

 

掲 載; 杜甫1000首の637首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-893回目   40992

 

 

柳邊〔草堂逸詩拾遺-(6)

(川辺の柳を見て思ったこと。)

只道梅花發,那知柳亦新。 

取り立てていうこともないがもう梅の花がひらいている。誰も知っていると思うけど川辺の柳もまた新しく芽吹き緑を為してきている。
枝枝總到地,葉葉自開春。 

柳の枝という枝が垂れて土手の土にすべて届いている。葉という葉はどれも春になって芽吹きそして葉を茂らせている。

紫燕時翻翼,黃鸝不露身。 

雛だった燕が時折りつばさをひるがえしてとびあがるようになっているし、高麗鶯は既にその姿を現わさない季節になっている。

漢南應老盡,霸上遠愁人。  

都を遠くこの南の蜀の地はこの私をまさに年老いてさせていくけれども、㶚陵の丘の上から長安を眺めた景色はとおくにいるこの老人を愁いてくれているのだ。

(柳邊)

只だ道う 梅花 發くと,那じ柳亦た新らたなるを知んや。 

枝枝 總て地に到り,葉葉 自ら春に開く。 

紫燕 時に翼を翻し,黃鸝 不身を露わさず。 

漢南 應に老い盡し,霸上 遠く人を愁う。 

燕002 

 

『柳邊』 現代語訳と訳註

(本文) 〔草堂逸詩拾遺-(6)

柳邊〔草堂逸詩拾遺-(6)

只道梅花發,那知柳亦新。 

枝枝總到地,葉葉自開春。 

紫燕時翻翼,黃鸝不露身。 

漢南應老盡,霸上遠愁人。 

 

(下し文)

(柳邊)

只だ道う 梅花 發くと,那じ柳亦た新らたなるを知んや。 

枝枝 總て地に到り,葉葉 自ら春に開く。 

紫燕 時に翼を翻し,黃鸝 不身を露わさず。 

漢南 應に老い盡し,霸上 遠く人を愁う。 

 

(現代語訳)

(川辺の柳を見て思ったこと。)

取り立てていうこともないがもう梅の花がひらいている。誰も知っていると思うけど川辺の柳もまた新しく芽吹き緑を為してきている。

柳の枝という枝が垂れて土手の土にすべて届いている。葉という葉はどれも春になって芽吹きそして葉を茂らせている。

雛だった燕が時折りつばさをひるがえしてとびあがるようになっているし、高麗鶯は既にその姿を現わさない季節になっている。

都を遠くこの南の蜀の地はこの私をまさに年老いてさせていくけれども、㶚陵の丘の上から長安を眺めた景色はとおくにいるこの老人を愁いてくれているのだ。

隋堤01 

(訳注)

柳邊〔草堂逸詩拾遺-(6)

(川辺の柳を見て思ったこと。)

 

只道 梅花 ,那知 亦新

取り立てていうこともないがもう梅の花がひらいている。誰も知っていると思うけど川辺の柳もまた新しく芽吹き緑を為してきている。

・只1 取り立てて値打ちや意味がないこと。普通。「―の人」「―のからだではない」2 何事もなく、そのままであること。無事。「見つかったら―では済まない」3 (只)代金のいらない.

 

枝枝 總到地 ,葉葉 自開春

柳の枝という枝が垂れて土手の土にすべて届いている。葉という葉はどれも春になって芽吹きそして葉を茂らせている。

「枝枝」枝というえだはすべて~。

「葉葉」葉という葉はすべて~。。

 

紫燕 翻翼 ,黃鸝 不露

雛だった燕が時折りつばさをひるがえしてとびあがるようになっているし、高麗鶯は既にその姿を現わさない季節になっている。

「紫燕」現在において同名の者はあるが、生まれたばかりの燕と考える。ここは、アメリカ大陸に広く生息する鳥類で、北アメリカでは最大のツバメである。体長は1821センチメートルで、オスは背面だけでなく喉、胸部、腹部もツヤのある濃紫色ないし黒色をしているのが特徴。メスの腹部は白っぽい灰色。尾の先は左右がやや突出するが、ツバメと違って完全な燕尾服状に分かれてはいない種類である。一般にはパープル・マーティン(Purple Martin)と呼ばれる。

ムラサキツバメ(紫燕・学名 Narathura bazalus、シノニム:Arhopala bazalus)は、チョウ目・シジミチョウ科に属するチョウの一種。温暖な地域の照葉樹林帯に分布するチョウである。

翅を広げた開長が3.6-4 cm程度。オスの翅の表側は、ほぼ全体が深い紫色に輝く鱗粉で覆われ、周囲を黒褐色で縁取られている。メスでは、紫色は翅全面ではなく、黒褐色の地色の中に、より狭い部分がオスよりもかなり明るい紫色に輝く。翅の裏面は、オスメスとも薄い褐色で、色の濃い斑紋が数個並ぶ。後翅には細い尾状突起が1対ある。近縁種のムラサキシジミとは、本種がわずかに大型であること、前翅の前縁の先端が丸くなること、後翅に尾状突起があることで区別できる。

「黃鸝」黃鶯。コウライ鶯。

 

漢南 老盡 ,霸上 愁人

都を遠くこの南の蜀の地はこの私をまさに年老いてさせていくけれども、㶚陵の丘の上から長安を眺めた景色はとおくにいるこの老人を愁いてくれているのだ。

「漢南」漢とは唐のこと、南とは杜甫の居る蜀のこと

「霸上」長安の東南にある㶚陵を指すことで長安を意味する。
楊貴妃清華池002 

729 《花底〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <636>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3490 杜甫詩1000-636-892/1500〔草堂逸詩拾遺-(5)〕

杜甫《花底〕》深く知らなければいけないことは、美男でなくとも良い顔の色をしていなければいけないことである。当然、それは詩文において泥や砂交じりのような汚文の文章、作品を作ってはいけないということだ。


2013年12月24日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(34)#13-2 文選 賦<112―34>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩988 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3488
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 233  《九辯 序文と一段目》 宋玉  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3491 (12/24)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

729 《花底〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <636  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3490 杜甫詩1000-636-892/1500〔草堂逸詩拾遺-(5)

 

 

詩 題:花底〔草堂逸詩拾遺〕

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 花底【案:草堂逸詩拾遺。】 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點:  河陽 (都畿道 河南府 河陽) 別名:潘安縣 
掲 載; 杜甫1000首の636首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-892回目

pla006 

 

花底〔草堂逸詩拾遺-(5)

(花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている)

紫萼扶千蕊,黃鬚照萬花。

花の根元が紫の咢片が、千ほどのたくさんの花の芯蕊を助けている。花蕊の勇壮なチジレ髯は、万という沢山の花に在り照栄えるものだ。

忽疑行暮雨,何事入朝霞。

それでも春の季節が終わろうとしたり、雨に降られればパッと開いたままではいられずたちまち落ちてしまう。どういうわけか仕事においても朝霞の中朝廷に入るのと似ているようだ。

恐是潘安縣,堪留衛玠車。

このことは晋の潘岳のような美男子で、美文を書くものあってもその県を歩くことが出来なくなるほどであってなにもできなかったということを懼れ心配するし、また、同じ美男子でも晋の衛玠ほどの者のように体の弱さが車で移動するのさえとどまることが出来ない「看殺衛玠(衛玠を見殺する)」ということわざだできたほど美男子がその才能を助けることはなかった。

深知好顏色,莫作委泥沙。 

深く知らなければいけないことは、美男でなくとも良い顔の色をしていなければいけないことである。当然、それは詩文において泥や砂交じりのような汚文の文章、作品を作ってはいけないということだ。

美女004 

 

『花底』〔草堂逸詩拾遺-(5)〕 現代語訳と訳註

(本文)

花底〔草堂逸詩拾遺-(5)

紫萼扶千蕊,黃鬚照萬花。

忽疑行暮雨,何事入朝霞。

恐是潘安縣,堪留衛玠車。

深知好顏色,莫作委泥沙。

 

(下し文)

花底〔草堂逸詩拾遺-(5)

紫萼扶千蕊,黃鬚照萬花。

忽疑行暮雨,何事入朝霞。

恐是潘安縣,堪留衛玠車。

深知好顏色,莫作委泥沙。

 

(現代語訳)

(花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている)

花の根元が紫の咢片が、千ほどのたくさんの花の芯蕊を助けている。花蕊の勇壮なチジレ髯は、万という沢山の花に在り照栄えるものだ。

それでも春の季節が終わろうとしたり、雨に降られればパッと開いたままではいられずたちまち落ちてしまう。どういうわけか仕事においても朝霞の中朝廷に入るのと似ているようだ。

このことは晋の潘岳のような美男子で、美文を書くものあってもその県を歩くことが出来なくなるほどであってなにもできなかったということを懼れ心配するし、また、同じ美男子でも晋の衛玠ほどの者のように体の弱さが車で移動するのさえとどまることが出来ない「看殺衛玠(衛玠を見殺する)」ということわざだできたほど美男子がその才能を助けることはなかった。

深く知らなければいけないことは、美男でなくとも良い顔の色をしていなければいけないことである。当然、それは詩文において泥や砂交じりのような汚文の文章、作品を作ってはいけないということだ。

金燈花01 

 

 

(訳注)

花底〔草堂逸詩拾遺-(5)

(花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている)

杜甫の作品で「花底」という語を使っている作品は757年①『晚出左掖』758年左遷先に向かう途中作『題鄭縣亭子』で前向きな児の作品ではないこの作品も心情的には先行き不安な時期という意味では不安定なころのものである。。

『晚出左掖』

晝刻傳呼淺,春旗簇仗齊。

退朝花底散,歸院柳邊迷。

樓雪融城濕,宮雲去殿低。

避人焚諫草,騎馬欲雞棲。

昼刻 伝呼 浅く、春旗 簇仗【ぞくじょう】齊【ひと】し。

退朝 花底に散じ、帰院【きいん】柳辺【りゅうへん】に迷う。

楼雪【ろうせつ】融けて城湿【うるお】い、宮雲 去りて殿低し。

人を避けて諌草【かんそう】を焚く、馬に騎れば鶏棲【けいせい】ならんと欲す。

夕暮れて、門下省のわきのくぐり門を出る。

昼の時刻が知らされ、宮衛の点呼まわり番の声も近いものに聞こえる程度の声である。春用の簇仗の羽旗を一斉に整列して居る。

そうして、朝廷(紫宸殿)より退出してくると花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている、門下省の書院に帰ろうとして歩くと柳樹の緑が濃くなってあたりの景色を変えていて迷ってしまう。

南に向いて歩いていくと宮楼の雪はとけて城壁がぬれている。低く垂れこんでいた雲が去った後、御殿は低くなったかとおもわれる。

人をさけ、みられないような場所で諌申用の草稿文をやきすてる、そして執務室の後片付けをして、馬に騎って官舎に向おうとするとすでに鶏がねぐらにつこうとする夕闇がせまっている。

晚出左掖 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 240

『題鄭縣亭子』

鄭縣亭子澗之濱,牖憑高發興新。

雲斷岳蓮臨大路,天晴宮柳暗長春。

巢邊野雀欺群燕,花底山蜂趁遠人。

更欲題詩滿青竹,晚來幽獨恐傷神。

(鄭県の亭子に題す)

鄭県【ていけん】の亭子【ていし】澗【かん】の浜【ひん】、牖【こゆう】 高きに憑【よ】れば発興【ほつきょう】新なり。

雲断えて岳蓮【がくれん】大路【たいろ】に臨み、天晴れて宮柳【きゅうりゅう】長春【ちょうしゅん】に暗し。

巣辺【そうへん】には野雀【やじゃく】羣【むら】がりて燕を欺【あなど】り、花底【かてい】には山蜂【さんぽう】遠く人を趁【お】う。

更に詩を題して青竹に満【み】てんと欲するも、晩来幽独【ゆうどく】にして恐らくは神を傷【いた】ましめん。

鄭県の宿場の傍、谷間の水辺にある、その宿場の戸や窓から高処に寄って眺めると新しく興が沸き起こる。

雲が途絶えて華岳の蓮峰が大道にさしかかっており、空は晴れ渡って河向かいの長春宮のあたりに柳が小暗く見えている。

やや近くでは燕の巣の傍へ野の雀が群がってやって来てそれをあなどっており、花樹のあいだを通って行く人を山蜂が同じようにどこまでもとくっついて行く。(遠景近景ともにおもしろい。あるいは、朝廷内のことを揶揄しているのか)

そこでわたしは宿場の傍の青竹の幹にもっと詩をかきつけていっぱいになるほどにしようかと思うのだが、いかにせん、夕方になって。竹藪の奥深い所、寂しく一人でいることで、いろんなおもい、心の傷が浮かんでくる。(だからこのまま竹林の奥にひっそりと棲みたいものだ。)

題鄭牌亭子 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 270

 

紫萼 扶千蕊 ,黃鬚 萬花

花の根元が紫の咢片が千ほどのたくさんの花の芯蕊を助けている。勇壮なチジレ髯は万という沢山の花に在り照栄えるものだ。

「紫」花の根元のこと、花に比較してきれいではないけれど花が咲くために名なくてはならないものであるということ。。

「萼」萼(がく、蕚は異体字、英: calyx)とは、植物用語の一つで、花冠(花弁、またはその 集まり)の外側の部分をいう。ひらがな書きで「がく」とすることも多い。萼の個々の部分を 萼片(がくへん、英: sepal)という。多くの場合、花弁(「花びら」のこと)の付け根。

「黃鬚」虎のようなヒゲのこと。当時の色の範囲は現代より広いので、黄色と言っても本物の虎のように真っ黄色である必要はなくチジレ髯を云う

 

忽疑 暮雨 ,何事 入朝 霞。

それでも春の季節が終わろうとしたり、雨に降られればパッと開いたままではいられずたちまち落ちてしまう。どういうわけか仕事においても朝霞の中朝廷に入るのと似ているようだ。

*喜び勇んで朝廷の左拾遺となったが花を咲かせる前に散ってしまったということを連想させる。

 

恐是 潘安縣 ,堪留 衛玠

此れは晋の潘岳のような美男子がその県を歩くことが出来なくこのことは晋の潘岳のような美男子で、美文を書くものあってもその県を歩くことが出来なくなるほどであってなにもできなかったということを懼れ心配するし、また、同じ美男子でも晋の衛玠ほどの者のように体の弱さが車で移動するのさえとどまることが出来ない「看殺衛玠(衛玠を見殺する)」ということわざだできたほど美男子がその才能を助けることはなかった。

「潘安」陸機と並んで西晋時代を代表する文人。また友人の夏侯湛と「連璧」と称されるほど、類稀な美貌の持ち主としても知られている。 『世説新語』によると、潘岳が弾き弓を持って洛陽の道を歩くと、彼に出会った女性はみな手を取り合って彼を取り囲み、彼が車に乗って出かけると、女性達が果物を投げ入れ、帰る頃には車いっぱいになっていたという。潘岳の作る文章は修辞を凝らした繊細かつ美しいもので、特に死を悼む哀傷の詩文を得意とした。 愛妻の死を嘆く名作「悼亡」詩は以降の詩人に大きな影響を与えた。

潘安縣としているが河陽の潘安縣という場所を示すのではなく個人の名前である。。

「衛玠」、西晋の丞相とした衛瓘の孫・衛玠。 河東安邑出身で、今の山西省出身。衛玠は一番美しい容貌であった。後世の中国に衛玠の名前はもう美男子あるいは二枚目の象徴である。

 王武子は衛玠の母方のおじで、美男子の名誉も持ったが、

体がよわかった。東晋の王丞相(王導)は衛玠を見て、「羅綺を堪えないね」と言ったという。西晋が北方の少数民族に滅ぼされた後、衛玠も建康(東晋の都、今の南京市)へ来た。建康についた日、人々が衛玠の美男子の名声のため街へ出かけて衛玠を見たかった!人の群れは壁のようだったので、衛玠の車が移動し難かった。衛玠の体はもとは弱かったので、今は疲れを堪えなくて、病気になってすぐに他界した。それは正に中国の歴史上の「看殺衛玠(衛玠を見殺する)」ということわざになっている。

 

深知 顏色 ,莫作 委泥沙

深く知らなければいけないことは、美男でなくとも良い顔の色をしていなければいけないことである。当然、それは詩文において泥や砂交じりのような汚文の文章、作品を作ってはいけないということだ。

「顏色」美男子でなくても健康でなければいけない。潘岳のように美辞麗句の詩文より、筋の通ったしっかりした詩文でなくてはならない。

「泥沙」泥沙。 ここでは文章、詩文の作品が上手くないことを云う。
 菜の花001

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杜甫《巴山》山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は代宗皇帝が避難された都畿道 陜州の陜縣から来たということである。今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。


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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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728 《巴山〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <635  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3485 杜甫詩1000-635-891/1500〔草堂逸詩拾遺-(4)

 

詩 題:巴山〔草堂逸詩拾遺〕
作時:763 廣德元年 杜甫52歳 
掲 載;
杜甫1000首の635首目-場面杜甫
ブログ
1500回予定の-891回目   40990

 

 

卷別:    卷二三四              文體:  五言律詩

詩題:    巴山〔草堂逸詩拾遺〕

作地點: 閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州)

及地點: 巴山 (山南東道 峽州 巴山)  ・陜城 (都畿道 陜州 陜縣)・邵伯 (淮南道 揚州 邵伯)・望仙臺 (京畿道 華州 華陰)

 

 

巴山〔草堂逸詩拾遺-(4)

巴山で出会った。(つれづれに思うこと)

巴山遇中使,云自陜城來。

山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は代宗皇帝が避難された都畿道 陜州の陜縣から来たということである。

盜賊還奔突,乘輿恐未回。

今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。

天寒邵伯樹,地闊望仙臺。

都の空が寒いままであるなら揚州の召公は立派におさめられたところの樹のもとに怒れればよいし、その地が広く収めたいなら漢の文帝が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという望仙臺にゆかれたらよいであろう。

狼狽風塵裡,群臣安在哉。

郭子儀宰相が諫言して吐蕃の脅威を放置したままで吐蕃に長安を落され狼狽して逃げられ、ちょうていではない人民の中におられるというが、きっと、あれほど多くいる家臣たちは安心して住めているのだろう。

 kimo003

『巴山』 現代語訳と訳註

(本文)

巴山〔草堂逸詩拾遺-(4)

巴山遇中使,云自陜城來。

盜賊還奔突,乘輿恐未回。

天寒邵伯樹,地闊望仙臺。

狼狽風塵裡,群臣安在哉。

 

(下し文)

巴山〔草堂逸詩拾遺-(4)

巴山 中使に遇し,自ら陜城に來たるを云う。

盜賊 還た奔突す,輿に乘りて未だ回らざるを恐ろ。

天寒く 邵伯の樹,地闊がりて 望仙の臺。

狼狽するは風塵の裡に,群臣は安在する哉。

 

(現代語訳)

巴山で出会った。(つれづれに思うこと)

山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は代宗皇帝が避難された都畿道 陜州の陜縣から来たということである。

今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。

都の空が寒いままであるなら揚州の召公は立派におさめられたところの樹のもとに怒れればよいし、その地が広く収めたいなら漢の文帝が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという望仙臺にゆかれたらよいであろう。

郭子儀宰相が諫言して吐蕃の脅威を放置したままで吐蕃に長安を落され狼狽して逃げられ、ちょうていではない人民の中におられるというが、きっと、あれほど多くいる家臣たちは安心して住めているのだろう。

 終南山05

 

(訳注)

巴山〔草堂逸詩拾遺-(4)

巴山というものあちこちにある。(つれづれに思うこと)

 

巴山 中使 ,云自 陜城

山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は粛宗皇帝が避難された都畿道 陜州の陜縣から来たということである。

「巴山」大巴山脈(大巴山、あるいは巴山、拼音: Dàbā shān )は、中国西南部の大きな山脈。

狭義の大巴山脈は、四川省(および重慶市)の北・陝西省の南・湖北省の西の境界に位置し、陝西省南部から湖北省に広がる漢水水系と、四川省東部の嘉陵江水系との分水界をなす。海抜はおよそ1,300mから2,000m。大巴山脈の東端にある主峰・神農架は湖北省の神農架林区に位置し、その最高峰・神農頂は標高3,105.4mの高さである。

広義の大巴山脈は湖北省から四川省、陝西省、西は甘粛省にまで至る各省の境界に連なる山脈を指し、大巴山脈北西の米倉山脈なども含める。広義の大巴山脈は四川盆地と漢中盆地を隔て、東は神農架山脈・巫山山脈にまで広がり、西は摩天嶺に接し、北は漢水に面する。巴蜀(四川盆地)を他の地方から隔てる山脈として、古くから軍事的に重要であった。

「遇」語義類別:人、行為動作、一般行為(辵部)、遇。

「中使」宮中からの使者。勅使。

「陜城」語義類別:物、建築物、建築專名(宮室屋廬)、陜城。陜城 (都畿道 陜州 陜縣)

「來」語義類別:人、行為動作、一般行為(人部)、來。

 

盜賊 還奔突 ,乘輿 未回

今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。

「盜賊」史朝義を討って安史の乱は終結したものの、朝廷の権威は失墜し、各地で反乱謀叛が頻発し、安史軍討伐に援軍を派遣していたウイグルは各地で略奪の限りを尽くし、吐蕃は隴西地方を侵略していたが視線を破り長安に侵攻したため、代宗は陜州に逃避、果ては江陵に逃げのびるといううわさが流れていた。

 

天寒 邵伯 ,地闊 望仙臺

都の空が寒いままであるなら揚州の召公は立派におさめられたところの樹のもとに怒れればよいし、その地が広く収めたいなら漢の文帝が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという望仙臺にゆかれたらよいであろう。

「邵伯 樹」『史記·燕召公世家』「召公之治西方,甚得兆民和。召公巡行邑,有棠樹」

「望仙臺」語義類別:物、建築物、建築專名(亭臺樓閣)、望仙臺。漢の文帝(前180-157)が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという。陜州にたてたという臺。文帝(ぶんてい)は、前漢の第5代皇帝(恵帝の子とされる2人の少帝を除外し、第3代皇帝とする場合もある)。諱は劉恒(りゅう かん)。高祖劉邦の四男(庶子)。妻に竇漪がいる。

 

 

狼狽 風塵 ,群臣 安在 哉。

郭子儀宰相が諫言して吐蕃の脅威を放置したままで吐蕃に長安を落され狼狽して逃げられ、ちょうていではない人民の中におられるというが、きっと、あれほど多くいる家臣たちは安心して住めているのだろう。

「狼狽」不意の出来事などにあわててうろたえること

「風塵裡」人民の中。
蜀中転々圖 




















草堂逸詩拾遺(1) 
  與嚴二郎奉禮別 
別君誰暖眼,將老病纏身。 貴方と別れたことで誰が暖かい目を持ってくれたであろうか。だから、そうこうしてるうちに、歳をとってしまい持病が私の体にまとわりついてしまった。
出涕同斜日,臨風看去塵。 しかも涙が出てこぼれ、私と同じように太陽も傾いている。風に向かっていくようにこんなちっぽけな人間として消えていくようなものでしかないのである。
商歌還入夜,巴俗自為鄰。 琵琶、笛や琴の曲で臣下の忠誠に関する曲でいうように又夜のしじまの中に入っていくように忠誠心も消えたのだ。異郷の地の巴の国の習俗は自ずから隣国の様なものでしかないのだ。
尚愧微軀在,遙聞盛禮新。 それでいても、恥だと思っているのは、自分の存在がわずかなものであるということ。はるか遠くからの聞こえてくることは朝廷がさかんになり法令法規も新たなものになったということ。
山東群盜散,闕下受降頻。 幽州から山東を支配していた安史軍という盗賊の者たちは平定され蹴散らされた。朝廷の臣下の者たちはその地位が上がったもの下がったものがいるという。
諸將歸應盡,題書報旅人。 本来の諸将たちは、それぞれことごとく帰郷させられたのである。それでこうした詩文、書をあなたの旅の苦しさに報われるためにつったのです
草堂逸詩拾遺(2)
  遣憂
亂離知又甚,消息苦難真。 みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを知ったが、天子の動向でさえも消息がどれがほんとうだかわかりにくいのでこまる。
受諫無今日,臨危憶古人。 もしお天子が以前臣下の諌めをおうけいれになっていたなら今日のようなさわざも無かったであろうものを。自分は国家の危難にのぞんでは古の賢人をおもうのである。
紛紛乘白馬,攘攘著黃巾。 いまどこでもだれでもがみだれたって白馬に乗ってそむくものや黄巾をつけて盗賊をはたらくものばかりである。
隋氏留宮室,焚燒何太頻。 そうしてかく随以来のこされたわが唐の宮室の焚きはらわれることがなんでかく頻頻とあるのであろうか。
草堂逸詩拾遺(3)    
  早花 (不安定の世の中が落ち着いて花の春を迎えたいという気にさせる早花の知らせ詩)
西京安穩未,不見一人來。   長安は未だに安寧した状況ではないという、一人の人が行ってきたというがそれも近寄れず見てこれなかった。
臘日巴江曲,山花已自開。   ところがこの大晦日に南の巴江の方の隈のあたりではもう山茶花の花が自然に咲いているという。
盈盈當雪杏,豔豔待春梅。   それは野原一杯一面に真っ白に雪のように杏の花が咲いているという。そして艶やかに艶やかにして咲く春の梅を待っている。
直苦風塵暗,誰憂容鬢催。   ところが実際には、人々の上に戦乱の風塵が覆いかぶさって暗い世の中にしている。誰が憂いてくれる私のこの容姿と白髪頭でかきたてられてしまっているのを。 
草堂逸詩拾遺(4)
  巴山 巴山で出会った。(つれづれに思うこと)
巴山遇中使,云自陜城來。 山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は代宗皇帝が避難された都畿道 陜州の陜縣から来たということである。
盜賊還奔突,乘輿恐未回。 今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。
天寒邵伯樹,地闊望仙臺。 都の空が寒いままであるなら揚州の召公は立派におさめられたところの樹のもとに怒れればよいし、その地が広く収めたいなら漢の文帝が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという望仙臺にゆかれたらよいであろう。
狼狽風塵裡,群臣安在哉。 郭子儀宰相が諫言して吐蕃の脅威を放置したままで吐蕃に長安を落され狼狽して逃げられ、ちょうていではない人民の中におられるというが、きっと、あれほど多くいる家臣たちは安心して住めているのだろう。
草堂逸詩拾遺(5)
  花底 (花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている)
紫萼扶千蕊,黃鬚照萬花。 花の根元が紫の咢片が、千ほどのたくさんの花の芯蕊を助けている。花蕊の勇壮なチジレ髯は、万という沢山の花に在り照栄えるものだ。
忽疑行暮雨,何事入朝霞。 それでも春の季節が終わろうとしたり、雨に降られればパッと開いたままではいられずたちまち落ちてしまう。どういうわけか仕事においても朝霞の中朝廷に入るのと似ているようだ。
恐是潘安縣,堪留衛玠車。 このことは晋の潘岳のような美男子で、美文を書くものあってもその県を歩くことが出来なくなるほどであってなにもできなかったということを懼れ心配するし、また、同じ美男子でも晋の衛玠ほどの者のように体の弱さが車で移動するのさえとどまることが出来ない「看殺衛玠(衛玠を見殺する)」ということわざだできたほど美男子がその才能を助けることはなかった。
深知好顏色,莫作委泥沙。   深く知らなければいけないことは、美男でなくとも良い顔の色をしていなければいけないことである。当然、それは詩文において泥や砂交じりのような汚文の文章、作品を作ってはいけないということだ。
草堂逸詩拾遺(6)
  柳邊 (川辺の柳を見て思ったこと。)
只道梅花發,那知柳亦新。   取り立てていうこともないがもう梅の花がひらいている。誰も知っていると思うけど川辺の柳もまた新しく芽吹き緑を為してきている。
枝枝總到地,葉葉自開春。   柳の枝という枝が垂れて土手の土にすべて届いている。葉という葉はどれも春になって芽吹きそして葉を茂らせている。
紫燕時翻翼,黃鸝不露身。   雛だった燕が時折りつばさをひるがえしてとびあがるようになっているし、高麗鶯は既にその姿を現わさない季節になっている。
漢南應老盡,霸上遠愁人。   都を遠くこの南の蜀の地はこの私をまさに年老いてさせていくけれども、㶚陵の丘の上から長安を眺めた景色はとおくにいるこの老人を愁いてくれているのだ。

 

727 《早花〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <634>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3480 杜甫詩1000-634-890/1500〔草堂逸詩拾遺-(3)〕

杜甫《早花》長安は未だに安寧した状況ではないという、一人の人が行ってきたというがそれも近寄れず見てこれなかった。ところがこの大晦日に南の巴江の方の隈のあたりではもう山茶花の花が自然に咲いているという。


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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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727 《早花〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <634  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3480 杜甫詩1000-634-890/1500〔草堂逸詩拾遺-(3)

 

 

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 早花〔草堂逸詩拾遺〕 

寫作地點: 閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州

寫及地點: 長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都     

巴江 (黔中道 黔州所領 巴江)     

掲 載; 杜甫1000首の634首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-890回目   40989

 杏の花0055

 

早花〔草堂逸詩拾遺-(3)

(不安定の世の中が落ち着いて花の春を迎えたいという気にさせる早花の知らせ詩)

西京安穩未,不見一人來。 

長安は未だに安寧した状況ではないという、一人の人が行ってきたというがそれも近寄れず見てこれなかった。

臘日巴江曲,山花已自開。 

ところがこの大晦日に南の巴江の方の隈のあたりではもう山茶花の花が自然に咲いているという。

盈盈當雪杏,豔豔待春梅。 

それは野原一杯一面に真っ白に雪のように杏の花が咲いているという。そして艶やかに艶やかにして咲く春の梅を待っている。

直苦風塵暗,誰憂容鬢催。 

ところが実際には、人々の上に戦乱の風塵が覆いかぶさって暗い世の中にしている。誰が憂いてくれる私のこの容姿と白髪頭でかきたてられてしまっているのを。

早花 異文

西京安穩未,不見一人來。

臘日巴江曲【臘月巴江曲】,山花已自開。

盈盈當雪杏,豔豔待春梅【豔豔待香梅】。

直苦風塵暗,誰憂容鬢催【誰憂客鬢催】。 

杏の白花012 

『早花』 現代語訳と訳註

(本文)

早花〔草堂逸詩拾遺-(3)

西京安穩未,不見一人來。 

臘日巴江曲,山花已自開。 

盈盈當雪杏,豔豔待春梅。 

直苦風塵暗,誰憂容鬢催。 

 

(下し文)

早花〔草堂逸詩拾遺-(3)

西京 安穩未だしなり,見ざる一人來。 

臘日 巴江 曲,山花 已に自ら開く。 

盈盈として當に杏を雪とす,豔豔として春梅を待つ。 

直ちに苦しく風塵暗し,誰か憂う容鬢催すを。 

 

(現代語訳)

(不安定の世の中が落ち着いて花の春を迎えたいという気にさせる早花の知らせ詩)

長安は未だに安寧した状況ではないという、一人の人が行ってきたというがそれも近寄れず見てこれなかった。

ところがこの大晦日に南の巴江の方の隈のあたりではもう山茶花の花が自然に咲いているという。

それは野原一杯一面に真っ白に雪のように杏の花が咲いているという。そして艶やかに艶やかにして咲く春の梅を待っている。

ところが実際には、人々の上に戦乱の風塵が覆いかぶさって暗い世の中にしている。誰が憂いてくれる私のこの容姿と白髪頭でかきたてられてしまっているのを。

 

(訳注)

早花〔草堂逸詩拾遺〕

(不安定の世の中が落ち着いて花の春を迎えたいという気にさせる早花の知らせ詩)

〔草堂逸詩拾遺-(3)

〔浣花渓の草堂において逸していた詩、散失した詩を拾い集めたもの。昨時にあわせた。〕

 

西京 安穩 ,不見 一人

長安は未だに安寧した状況ではないという、一人の人が行ってきたというがそれも近寄れず見てこれなかった。

「西京」長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都

 

臘日 巴江 ,山花 已自開

ところがこの大晦日に南の巴江の方の隈のあたりではもう山茶花の花が自然に咲いているという。

「臘日」【ろうじつ】1年の最後の日。大みそか。大つごもり。《季 冬》

「巴江」語義類別:地、地名、行政地名、巴江。

「曲」語義類別:人、文藝、樂曲泛稱、曲。

「山花」秋の終わりから、冬にかけての寒い時期に、花を咲かせる。野生の個体の花の色は部分的に淡い桃色を交えた白であるのに対し、植栽される園芸品種の花の色は赤や、白や、ピンクなど様々である。童謡「たきび」(作詞:巽聖歌、作曲:渡辺茂)の歌詞に登場することでもよく知られる。漢字表記の山茶花は中国語でツバキ類一般を指す山茶に由来し、サザンカの名は山茶花の本来の読みである「サンサカ」が訛ったものといわれる。

「開」語義類別:物、生物狀態、植物生命狀態、開。

 

盈盈 當雪杏 ,豔豔 春梅

それは野原一杯一面に真っ白に雪のように杏の花が咲いているという。そして艶やかに艶やかにして咲く春の梅を待っている。

「盈盈」「贏」. 【盈盈】えいえい. 水の満ちるさま。物の多量にあるさま。

「豔豔」色あざやかな,あでやかな装華やかな服装.(1) うらやむ,あこがれる羡うらやむ.(2) 色恋(いろこい)がらみの,情事にまつわる情色

「春梅」早梅。春になって楽しいことを意味する。

 

直苦 風塵 ,誰憂 容鬢 催。

ところが実際には、人々の上に戦乱の風塵が覆いかぶさって暗い世の中にしている。誰が憂いてくれる私のこの容姿と白髪頭でかきたてられてしまっているのを。
Flower1-005 

草堂逸詩拾遺(1) 
  與嚴二郎奉禮別 
別君誰暖眼,將老病纏身。 貴方と別れたことで誰が暖かい目を持ってくれたであろうか。だから、そうこうしてるうちに、歳をとってしまい持病が私の体にまとわりついてしまった。
出涕同斜日,臨風看去塵。 しかも涙が出てこぼれ、私と同じように太陽も傾いている。風に向かっていくようにこんなちっぽけな人間として消えていくようなものでしかないのである。
商歌還入夜,巴俗自為鄰。 琵琶、笛や琴の曲で臣下の忠誠に関する曲でいうように又夜のしじまの中に入っていくように忠誠心も消えたのだ。異郷の地の巴の国の習俗は自ずから隣国の様なものでしかないのだ。
尚愧微軀在,遙聞盛禮新。 それでいても、恥だと思っているのは、自分の存在がわずかなものであるということ。はるか遠くからの聞こえてくることは朝廷がさかんになり法令法規も新たなものになったということ。
山東群盜散,闕下受降頻。 幽州から山東を支配していた安史軍という盗賊の者たちは平定され蹴散らされた。朝廷の臣下の者たちはその地位が上がったもの下がったものがいるという。
諸將歸應盡,題書報旅人。 本来の諸将たちは、それぞれことごとく帰郷させられたのである。それでこうした詩文、書をあなたの旅の苦しさに報われるためにつったのです
草堂逸詩拾遺(2)
  遣憂
亂離知又甚,消息苦難真。 みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを知ったが、天子の動向でさえも消息がどれがほんとうだかわかりにくいのでこまる。
受諫無今日,臨危憶古人。 もしお天子が以前臣下の諌めをおうけいれになっていたなら今日のようなさわざも無かったであろうものを。自分は国家の危難にのぞんでは古の賢人をおもうのである。
紛紛乘白馬,攘攘著黃巾。 いまどこでもだれでもがみだれたって白馬に乗ってそむくものや黄巾をつけて盗賊をはたらくものばかりである。
隋氏留宮室,焚燒何太頻。 そうしてかく随以来のこされたわが唐の宮室の焚きはらわれることがなんでかく頻頻とあるのであろうか。
草堂逸詩拾遺(3)
  早花 (不安定の世の中が落ち着いて花の春を迎えたいという気にさせる早花の知らせ詩)
西京安穩未,不見一人來。   長安は未だに安寧した状況ではないという、一人の人が行ってきたというがそれも近寄れず見てこれなかった。
臘日巴江曲,山花已自開。   ところがこの大晦日に南の巴江の方の隈のあたりではもう山茶花の花が自然に咲いているという。
盈盈當雪杏,豔豔待春梅。   それは野原一杯一面に真っ白に雪のように杏の花が咲いているという。そして艶やかに艶やかにして咲く春の梅を待っている。
直苦風塵暗,誰憂容鬢催。   ところが実際には、人々の上に戦乱の風塵が覆いかぶさって暗い世の中にしている。誰が憂いてくれる私のこの容姿と白髪頭でかきたてられてしまっているのを。 
草堂逸詩拾遺(4)
  巴山 巴山で出会った。(つれづれに思うこと)
巴山遇中使,云自陜城來。 山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は代宗皇帝が避難された都畿道 陜州の陜縣から来たということである。
盜賊還奔突,乘輿恐未回。 今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。
天寒邵伯樹,地闊望仙臺。 都の空が寒いままであるなら揚州の召公は立派におさめられたところの樹のもとに怒れればよいし、その地が広く収めたいなら漢の文帝が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという望仙臺にゆかれたらよいであろう。
狼狽風塵裡,群臣安在哉。 郭子儀宰相が諫言して吐蕃の脅威を放置したままで吐蕃に長安を落され狼狽して逃げられ、ちょうていではない人民の中におられるというが、きっと、あれほど多くいる家臣たちは安心して住めているのだろう。
草堂逸詩拾遺(5)
  花底 (花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている)
紫萼扶千蕊,黃鬚照萬花。 花の根元が紫の咢片が、千ほどのたくさんの花の芯蕊を助けている。花蕊の勇壮なチジレ髯は、万という沢山の花に在り照栄えるものだ。
忽疑行暮雨,何事入朝霞。 それでも春の季節が終わろうとしたり、雨に降られればパッと開いたままではいられずたちまち落ちてしまう。どういうわけか仕事においても朝霞の中朝廷に入るのと似ているようだ。
恐是潘安縣,堪留衛玠車。 このことは晋の潘岳のような美男子で、美文を書くものあってもその県を歩くことが出来なくなるほどであってなにもできなかったということを懼れ心配するし、また、同じ美男子でも晋の衛玠ほどの者のように体の弱さが車で移動するのさえとどまることが出来ない「看殺衛玠(衛玠を見殺する)」ということわざだできたほど美男子がその才能を助けることはなかった。
深知好顏色,莫作委泥沙。   深く知らなければいけないことは、美男でなくとも良い顔の色をしていなければいけないことである。当然、それは詩文において泥や砂交じりのような汚文の文章、作品を作ってはいけないということだ。
草堂逸詩拾遺(6)
  柳邊 (川辺の柳を見て思ったこと。)
只道梅花發,那知柳亦新。   取り立てていうこともないがもう梅の花がひらいている。誰も知っていると思うけど川辺の柳もまた新しく芽吹き緑を為してきている。
枝枝總到地,葉葉自開春。   柳の枝という枝が垂れて土手の土にすべて届いている。葉という葉はどれも春になって芽吹きそして葉を茂らせている。
紫燕時翻翼,黃鸝不露身。   雛だった燕が時折りつばさをひるがえしてとびあがるようになっているし、高麗鶯は既にその姿を現わさない季節になっている。
漢南應老盡,霸上遠愁人。   都を遠くこの南の蜀の地はこの私をまさに年老いてさせていくけれども、㶚陵の丘の上から長安を眺めた景色はとおくにいるこの老人を愁いてくれているのだ。

726 《遣憂〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <633>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3475 杜甫詩1000-633-889/1500〔草堂逸詩拾遺-(2)〕

杜甫《遣憂》みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを知ったが、天子の動向でさえも消息がどれがほんとうだかわかりにくいのでこまる。もしお天子が以前臣下の諌めをおうけいれになっていたなら今日のようなさわざも無かったであろうものを。自分は国家の危難にのぞんでは古の賢人をおもうのである。


2013年12月21日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(31)#12(建章宮の高楼)-1 文選 賦<112―31>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩985 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3473
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《論佛骨表》(15)#10-1韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <898>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3474韓愈詩-227-15
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 726 《遣憂〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <633>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3475 杜甫詩1000-633-889/1500〔草堂逸詩拾遺-(2)〕
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 230  《桃花源詩》 陶淵明(陶潜)kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3476 (12/21)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 9 10 浣溪紗八首 其八 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-386-9-#10  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3477
 
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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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726 《遣憂〔草堂逸詩拾遺〕》 蜀中転々 杜甫 <633>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3475 杜甫詩1000-633-889/1500〔草堂逸詩拾遺-(2)  

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 遣憂〔草堂逸詩拾遺〕 

掲 載; 杜甫1000首の633首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-889回目

 

 

遣憂〔草堂逸詩拾遺-(2)

(先行き心配なことを払いのける)〔浣花渓の草堂において逸していた詩、散失した詩を拾い集めたもの。昨時にあわせた。(2)

亂離知又甚,消息苦難真。

みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを知ったが、天子の動向でさえも消息がどれがほんとうだかわかりにくいのでこまる。

受諫無今日,臨危憶古人。

もしお天子が以前臣下の諌めをおうけいれになっていたなら今日のようなさわざも無かったであろうものを。自分は国家の危難にのぞんでは古の賢人をおもうのである。

紛紛乘白馬,攘攘著巾。

いまどこでもだれでもがみだれたって白馬に乗ってそむくものや黄巾をつけて盗賊をはたらくものばかりである。

隋氏留宮室,焚燒何太頻。

そうしてかく随以来のこされたわが唐の宮室の焚きはらわれることがなんでかく頻頻とあるのであろうか。

(憂いを遣る)

離れば乱れ 又た甚しきを知り、消息 真なり難きを苦しむ。

諌めを受くれば今日無かりしならん、危きに臨みて古人を

憶う。

紛紛として白馬に乗じ、攘攘として黄巾を著く。

隋氏宮室を留んで、焚焼 何ぞ太だ頻りなる。

miyajima594 

『遣憂』 現代語訳と訳註

(本文)

遣憂〔草堂逸詩拾遺-(2)

亂離知又甚,消息苦難真。

受諫無今日,臨危憶古人。

紛紛乘白馬,攘攘著黃巾。

隋氏留宮室,焚燒何太頻。

 

(下し文)

(憂いを遣る)

離れば乱れ 又た甚しきを知り、消息 真なり難きを苦しむ。

諌めを受くれば今日無かりしならん、危きに臨みて古人を

憶う。

紛紛として白馬に乗じ、攘攘として黄巾を著く。

隋氏宮室を留んで、焚焼 何ぞ太だ頻りなる。

 

(現代語訳)

(先行き心配なことを払いのける)〔浣花渓の草堂において逸していた詩、散失した詩を拾い集めたもの。昨時にあわせた。(2)

みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを知ったが、天子の動向でさえも消息がどれがほんとうだかわかりにくいのでこまる。

もしお天子が以前臣下の諌めをおうけいれになっていたなら今日のようなさわざも無かったであろうものを。自分は国家の危難にのぞんでは古の賢人をおもうのである。

いまどこでもだれでもがみだれたって白馬に乗ってそむくものや黄巾をつけて盗賊をはたらくものばかりである。

そうしてかく随以来のこされたわが唐の宮室の焚きはらわれることがなんでかく頻頻とあるのであろうか。

 

(訳注)

遣憂〔草堂逸詩拾遺-(2)

(先行き心配なことを払いのける)

○遣憂 うれえのこころをおいはらう。

 

亂離知又甚,消息苦難真。

みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを知ったが、天子の動向でさえも消息がどれがほんとうだかわかりにくいのでこまる。

○乱離 みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを。

○消息 天子の動向でさえも消息、みやこからのたより。

 

受諫無今日,臨危憶古人。

もしお天子が以前臣下の諌めをおうけいれになっていたなら今日のようなさわざも無かったであろうものを。自分は国家の危難にのぞんでは古の賢人をおもうのである。

○受諌 郭子儀は代宗に対して吐蕃を警戒せねばならぬということをいったが、代宗は用いなかった、受諫とは代宗が郭子儀のいさめを受け用いられたならばの意。

江陵望幸

雄都元壯麗,望幸欻威神。 

地利西通蜀,天文北照秦。 

風煙含越鳥,舟楫控人。 

未枉周王駕,終朝漢武巡。 

甲兵分聖旨,居守付忠臣。 

早發雲臺仗,恩波起涸鱗。 

724 《江陵望幸〔註案:肅宗上元元年,置南都於荊州,號江陵府,以呂為尹,尋罷。廣德元年,復以衛伯玉尹江陵。〕》 蜀中転々 杜甫 <631>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3465 杜甫詩1000-631-887/1500

○今日 今日の騒乱をいう。

○臨危 国家のあやういときにさしかかっては。

○古人 むかしの賢人。

 

紛紛乘白馬,攘攘著黃巾。

いまどこでもだれでもがみだれたって白馬に乗ってそむくものや黄巾をつけて盗賊をはたらくものばかりである。

○紛紛、乱れ散るさま。混じり乱れるさま ともにみだれるかたち。

『麗春』

百草競春華,麗春應最勝。

少須好顏色,多漫枝條剩。

紛紛桃李枝,處處總能移。

如何貴此重,卻怕有人知。

江頭五詠:麗春 蜀中転々江頭五詠:麗春 杜甫 <523  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2810 杜甫詩1000-523-756/1500

『貧交行』 

翻手作雲覆手雨,紛紛輕薄何須數。

君不見管鮑貧時交,此道今人棄如土。

手をひるがえせば雲となり、手をくつがえせば雨となる、入り乱れる(数多くの)軽薄なさまは、数える必要もない。ご存じでしょう、管仲と鮑叔牙の貧しい時代の交わりを。この交友の精神は、現在の人々は土くれのように棄ててしまった。 

貧交行 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 48 

○乗白馬、著黄巾 反乱者、盗賊のおこること。梁の武帝のとき謀反をおこした侯景は白馬に乗っていた。後漢の霊帝のとき鉅鹿の人張角は自ずから天公と称して兵をあげたが、其の兵三十六万人はみな黄巾を著けていた。(黄巾の乱)

 

隋氏留宮室,焚燒何太頻。

そうしてかく随以来のこされたわが唐の宮室の焚きはらわれることがなんでかく頻頻とあるのであろうか。

○隋氏 隋朝をいう、唐のことであるが遠慮して隋という。

○留宮室 唐の宮室は隋以来のもの、隋がとどめおいたものといったのである。○焚焼 宮室を焼きはらうこと。広徳元年吐蕃が人造したとき、辺将は急を告げたが、程元振はみなは奏聞しなかった。十月吐蕃が深く侵入して来たとき、代宗ははじめて軍隊を出動させたが、吐蕃はすでに長安の北、渭水の便橋を渡っていた。代宗は逃れて陝州に幸した。吐蕃は長安に入って大いに宮室を焼きはらった。詩はその事をきいて詠じたもの。

kimo003 

参考

江陵望幸〔註案:肅宗上元元年,置南都於荊州,號江陵府,以呂為尹,尋罷。廣德元年,復以衛伯玉尹江陵。〕

雄都元壯麗,望幸欻威神。 

地利西通蜀,天文北照秦。 

風煙含越鳥,舟楫控人。 

未枉周王駕,終朝漢武巡。 

甲兵分聖旨,居守付忠臣。 

早發雲臺仗,恩波起涸鱗。 

(江陵の人民は、天子の行幸を望んでいる。) 

760年肅宗上元元年のときこれまで荊州に南都とされた。そこに江陵府をおかれ、それで呂尹と為し、二年後の763年廣德元年また、衛伯玉を江陵府の長官にされた〕

南都にしようと議論された立派な都市である江陵は、はじめから厳(おごそ)かで麗しいものであったが、長安の世情が不安で、安定しているこの地への行幸を望んで、にわかに威厳が増してきている。 

地の利を得た場所であり、西の方は、蜀の地とつながっており。星辰は北の方の国都長安の方角を照らしている。

今となって人々の思いは風塵のように越の地の鳥を包み込むほどの勢いになっているし、船脚という交通手段は、呉の国の人を引き寄せて心待ちにしている。

周・穆王の御来駕は叶わなかったのではあるが、最終的に漢の武帝の巡幸の機会を賜ったのである。

武装した兵士に天子様のおぼしめしを命じられれば良いのであるし、江陵城の守備は譜代の重臣に任せることが大切なことなのだ。 

早く儀仗兵を出立させて、恩沢をおこし波及させて、危機に瀕した人民をして恩沢に浴さしめることが轍鮒(てっぷ)の急で、いまこそ、危機に瀕した人民を救うべきである。

(江陵 幸を望む)       

雄都元【はじめ】に 壯麗なるも,幸を望みて欻【たちま】ち 威神あり。

地利 西のかた 蜀に通じ,天文 北のかた 秦を照らす。

風煙は 越鳥を 含み,舟楫【しゅうしゅう】は 呉人を 控す。

未だ 周王の駕を 枉げざるも,終【つひ】に 漢武の巡を 期す。

甲兵聖旨【せいし】を 分かち,居守 宗臣に 付す。

早く 雲臺【うんだい】の仗を 發して,恩波 涸鱗【こりん】を 起こさんことを。

杏の白花012




草堂逸詩拾遺(1)   
  與嚴二郎奉禮別 
別君誰暖眼,將老病纏身。 貴方と別れたことで誰が暖かい目を持ってくれたであろうか。だから、そうこうしてるうちに、歳をとってしまい持病が私の体にまとわりついてしまった。
出涕同斜日,臨風看去塵。 しかも涙が出てこぼれ、私と同じように太陽も傾いている。風に向かっていくようにこんなちっぽけな人間として消えていくようなものでしかないのである。
商歌還入夜,巴俗自為鄰。 琵琶、笛や琴の曲で臣下の忠誠に関する曲でいうように又夜のしじまの中に入っていくように忠誠心も消えたのだ。異郷の地の巴の国の習俗は自ずから隣国の様なものでしかないのだ。
尚愧微軀在,遙聞盛禮新。 それでいても、恥だと思っているのは、自分の存在がわずかなものであるということ。はるか遠くからの聞こえてくることは朝廷がさかんになり法令法規も新たなものになったということ。
山東群盜散,闕下受降頻。 幽州から山東を支配していた安史軍という盗賊の者たちは平定され蹴散らされた。朝廷の臣下の者たちはその地位が上がったもの下がったものがいるという。
諸將歸應盡,題書報旅人。 本来の諸将たちは、それぞれことごとく帰郷させられたのである。それでこうした詩文、書をあなたの旅の苦しさに報われるためにつったのです
草堂逸詩拾遺(2)  
  遣憂
亂離知又甚,消息苦難真。 みやこから天子がのがれたことで騒動はまたひどくなったことを知ったが、天子の動向でさえも消息がどれがほんとうだかわかりにくいのでこまる。
受諫無今日,臨危憶古人。 もしお天子が以前臣下の諌めをおうけいれになっていたなら今日のようなさわざも無かったであろうものを。自分は国家の危難にのぞんでは古の賢人をおもうのである。
紛紛乘白馬,攘攘著黃巾。 いまどこでもだれでもがみだれたって白馬に乗ってそむくものや黄巾をつけて盗賊をはたらくものばかりである。
隋氏留宮室,焚燒何太頻。 そうしてかく随以来のこされたわが唐の宮室の焚きはらわれることがなんでかく頻頻とあるのであろうか。
草堂逸詩拾遺(3)  
  早花 (不安定の世の中が落ち着いて花の春を迎えたいという気にさせる早花の知らせ詩)
西京安穩未,不見一人來。   長安は未だに安寧した状況ではないという、一人の人が行ってきたというがそれも近寄れず見てこれなかった。
臘日巴江曲,山花已自開。   ところがこの大晦日に南の巴江の方の隈のあたりではもう山茶花の花が自然に咲いているという。
盈盈當雪杏,豔豔待春梅。   それは野原一杯一面に真っ白に雪のように杏の花が咲いているという。そして艶やかに艶やかにして咲く春の梅を待っている。
直苦風塵暗,誰憂容鬢催。   ところが実際には、人々の上に戦乱の風塵が覆いかぶさって暗い世の中にしている。誰が憂いてくれる私のこの容姿と白髪頭でかきたてられてしまっているのを。 
草堂逸詩拾遺(4)  
  巴山 巴山で出会った。(つれづれに思うこと)
巴山遇中使,云自陜城來。 山南東道の峽州にある巴山で朝廷からの使者にであった。使者は代宗皇帝が避難された都畿道 陜州の陜縣から来たということである。
盜賊還奔突,乘輿恐未回。 今に至ってもあちこちで謀叛や盗賊のように銖壺移している。皇帝はお車に乗られては逃避されたのだがいまだに帰ることが出来ないままでお気の毒なものだ。
天寒邵伯樹,地闊望仙臺。 都の空が寒いままであるなら揚州の召公は立派におさめられたところの樹のもとに怒れればよいし、その地が広く収めたいなら漢の文帝が河上公から儒学を教わったお礼に建てたという望仙臺にゆかれたらよいであろう。
狼狽風塵裡,群臣安在哉。 郭子儀宰相が諫言して吐蕃の脅威を放置したままで吐蕃に長安を落され狼狽して逃げられ、ちょうていではない人民の中におられるというが、きっと、あれほど多くいる家臣たちは安心して住めているのだろう。
草堂逸詩拾遺(5)  
  花底 (花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている)
  紫萼扶千蕊,黃鬚照萬花。 花の根元が紫の咢片が、千ほどのたくさんの花の芯蕊を助けている。花蕊の勇壮なチジレ髯は、万という沢山の花に在り照栄えるものだ。
  忽疑行暮雨,何事入朝霞。 それでも春の季節が終わろうとしたり、雨に降られればパッと開いたままではいられずたちまち落ちてしまう。どういうわけか仕事においても朝霞の中朝廷に入るのと似ているようだ。
  恐是潘安縣,堪留衛玠車。 このことは晋の潘岳のような美男子で、美文を書くものあってもその県を歩くことが出来なくなるほどであってなにもできなかったということを懼れ心配するし、また、同じ美男子でも晋の衛玠ほどの者のように体の弱さが車で移動するのさえとどまることが出来ない「看殺衛玠(衛玠を見殺する)」ということわざだできたほど美男子がその才能を助けることはなかった。
  深知好顏色,莫作委泥沙。   深く知らなければいけないことは、美男でなくとも良い顔の色をしていなければいけないことである。当然、それは詩文において泥や砂交じりのような汚文の文章、作品を作ってはいけないということだ。
草堂逸詩拾遺(6)  
  柳邊 (川辺の柳を見て思ったこと。)
只道梅花發,那知柳亦新。   取り立てていうこともないがもう梅の花がひらいている。誰も知っていると思うけど川辺の柳もまた新しく芽吹き緑を為してきている。
枝枝總到地,葉葉自開春。   柳の枝という枝が垂れて土手の土にすべて届いている。葉という葉はどれも春になって芽吹きそして葉を茂らせている。
紫燕時翻翼,黃鸝不露身。   雛だった燕が時折りつばさをひるがえしてとびあがるようになっているし、高麗鶯は既にその姿を現わさない季節になっている。
漢南應老盡,霸上遠愁人。   都を遠くこの南の蜀の地はこの私をまさに年老いてさせていくけれども、㶚陵の丘の上から長安を眺めた景色はとおくにいるこの老人を愁いてくれているのだ。


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《舟前小鵝兒》鵞鳥のひなは黄色くて漢州の鵞黄酒のような色をしている。その酒を汲みかわして、その鵞鳥の子を可愛いく眺めている。ひなは頸をのばして、舟が近づくのを怒ったり、行列もつくらず歩きまわって、見る人の目をチラチラさせる。


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詩 題:舟前小鵝兒〔自注:漢州城西北角官池作,官池即房公湖。〕

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 掲 載; 杜甫1000首の628首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-884回目   40983

 

卷別: 卷二二八  文體: 五言律詩 

詩題:地點: 漢州(劍南道北部 / 漢州 / 漢州)  

寫及地點:   

763年春、漢州(四川省広漢縣)に行ったときの作。この池は即ち房琯公池で房琯か相を罷めて後、漢州の刺史となって来て掘らせた池。房琯この春召しかえされて刑部尚書に進められたが、途中疾にあい、八月、閬州の客舎で死んだ。杜甫とは関係のふかい政治家であった。

この詩は房琯が去った後、漢州にゆき、彼の掘らせた池に遊んで、鵞鳥の子を見て詠じたもの。いろいろ諷刺の意味に解されているが、このままでも可愛いいぅたである。

同時期に下記をつくる

・陪王漢州留杜綿州泛房公西湖

・舟前小鵝兒

・得房公池鵝

 

●陪王漢州留杜綿州泛房公西湖〔房琯刺漢州時所鑿。〕

舊相恩追後,春池賞不稀。

闕庭分未到,舟楫有光輝。

豉化蓴絲熟,刀鳴鱠縷飛。

使君雙皁蓋,灘淺正相依。

(王漢州が杜甫を留まるようにいわれ綿州にお供する際に房琯公の作った西池に舟を泛べる。)

〔房琯公が漢州の刺使の時に鑿った所。〕

前の宰相の今は亡き房琯公の御恩にたいしてのお礼にここに来た。房琯公の掘った春の池は素晴らしいもので稀にでも見られるものではないのである。

東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

大豆黄巻の豆はなり、蓴菜も取れごろであり、料理人の包丁の音が鳴り、鱠も糸のように調理され、おおざらにならべられてとぶようにしてはこばれてくる。

王漢州使君と舟屋に二つ並んで繋ぎ、そして中州に行き、浅瀬に、まさに一緒に行動する。

(王漢州が杜を留めて陪し、綿州房公西湖に泛ぶ〔房琯刺の漢州の時、鑿をとる所。〕)

舊相 恩 後を追い,春池 賞 稀れならず。

闕庭【さくてい】分れて未だ到らず,舟楫【しゅうとう】光輝有り。

豉化【かか】蓴絲【せんし】熟し,刀鳴は鱠縷【かいい】飛ばす。

使君 皁蓋【そうがい】に雙ぶ,灘淺【たんせん】正に相い依る。

 

 

●舟前小鵝兒

〔自注:漢州城西北角官池作,官池即房公湖。〕

鵝兒黃似酒,對酒愛新鵝。

引頸嗔船逼,無行亂眼多。

翅開遭宿雨,力小困滄波。

客散層城暮,狐狸奈若何。

(房琯が去った後、漢州にゆき、彼の掘らせた池に遊んで、鵞鳥の子を見て詠じたもの。)

〔杜甫が注を付す。漢州城の西北の官有地に作られた官が作った池で「房公湖」という。〕

鵞鳥のひなは黄色くて漢州の鵞黄酒のような色をしている。その酒を汲みかわして、その鵞鳥の子を可愛いく眺めている。

ひなは頸をのばして、舟が近づくのを怒ったり、行列もつくらず歩きまわって、見る人の目をチラチラさせる。

羽根は夜来の雨に遭うてささくれ立ち、まだ力がよわいので紋にぶっつかって困っている。

城が暮れて来て、遊客も散り果てたあと、またぞろ、狐狸のような群寇が出て来たら、それをどうしたらいいだろう。

(舟前【さき】の小鵝兒【しょうがじ】〔自注:漢州城西北の角の官池にて作る,官池は即ち房公湖という。〕)

鵝兒 黃なるは酒に似たり,酒に對すれば新鵝を愛す。

頸を引【のば】せば船の逼るを嗔【いか】り,行を無くせば眼を亂すこと多し。

翅 開けば宿雨に遭い,力 小【すくな】ければ滄波に困しむ。

客は散ず 層城の暮に,狐狸 若【なんじ】を奈何【いかん】せん。

 

●得房公池鵝

房相西亭鵝一群,眠沙泛浦白於雲。

鳳皇池上應迴首,為報籠隨王右軍。

(房琯の作った池に浮かぶ鵞鳥とその子供たちを見ると王羲之の故事を思ってしまって作った詩。)

今は、亡き房琯宰相の西湖の傍の亭から鵞鳥の一群を見つめる。あるものは砂の上で眠り、水の上の者たちは遠く浮ぶ雲と一緒に水面を泳いでいる。

それは鳳凰たちが池に浮かんでいるようであるので思わず首を廻して一緒に見ている人と納得をするのである。というのも、私だってこんなかわいい鵞鳥を見れば、鵞鳥を大変寵愛した晋の王羲之の逸話のように飼ってやり、かわいがることもどうようにするものである。

 

(房公池の鵝を得る)

房相 西亭 鵝の一群,沙に眠り 浦に雲を於き白くし泛ぶ。

鳳皇 池上 應に首を迴し,報を為す 王右軍を籠隨すと。

  

舟前小鵝兒
 (房琯が去った後、漢州にゆき、彼の掘らせた池に遊んで、鵞鳥の子を見て詠じたもの。)

〔自注:漢州城西北角官池作,官池即房公湖。〕

〔杜甫が注を付す。漢州城の西北の官有地に作られた官が作った池で「房公湖」という。〕

鵝兒黃似酒,對酒愛新鵝。

鵞鳥のひなは黄色くて漢州の鵞黄酒のような色をしている。その酒を汲みかわして、その鵞鳥の子を可愛いく眺めている。

引頸嗔船逼,無行亂眼多。

ひなは頸をのばして、舟が近づくのを怒ったり、行列もつくらず歩きまわって、見る人の目をチラチラさせる。

翅開遭宿雨,力小困滄波。

羽根は夜来の雨に遭うてささくれ立ち、まだ力がよわいので紋にぶっつかって困っている。

客散層城暮,狐狸奈若何。

城が暮れて来て、遊客も散り果てたあと、またぞろ、狐狸のような群寇が出て来たら、それをどうしたらいいだろう。

DCF00003 

『舟前小鵝兒』 現代語訳と訳註

(本文)

舟前小鵝兒

〔自注:漢州城西北角官池作,官池即房公湖。〕

鵝兒黃似酒,對酒愛新鵝。

引頸嗔船逼,無行亂眼多。

翅開遭宿雨,力小困滄波。

客散層城暮,狐狸奈若何。

(房琯が去った後、漢州にゆき、彼の掘らせた池に遊んで、鵞鳥の子を見て詠じたもの。)

〔杜甫が注を付す。漢州城の西北の官有地に作られた官が作った池で「房公湖」という。〕

鵞鳥のひなは黄色くて漢州の鵞黄酒のような色をしている。その酒を汲みかわして、その鵞鳥の子を可愛いく眺めている。

ひなは頸をのばして、舟が近づくのを怒ったり、行列もつくらず歩きまわって、見る人の目をチラチラさせる。

羽根は夜来の雨に遭うてささくれ立ち、まだ力がよわいので紋にぶっつかって困っている。

城が暮れて来て、遊客も散り果てたあと、またぞろ、狐狸のような群寇が出て来たら、それをどうしたらいいだろう。

 

(下し文)

舟前【さき】の小鵝兒【しょうがじ】〔自注:漢州城西北の角の官池にて作る,官池は即ち房公湖という。〕

鵝兒 黃なるは酒に似たり,酒に對すれば新鵝を愛す。

頸を引【のば】せば船の逼るを嗔【いか】り,行を無くせば眼を亂すこと多し。

翅 開けば宿雨に遭い,力 小【すくな】ければ滄波に困しむ。

客は散ず 層城の暮に,狐狸 若【なんじ】を奈何【いかん】せん。
 

(現代語訳)

(房琯が去った後、漢州にゆき、彼の掘らせた池に遊んで、鵞鳥の子を見て詠じたもの。)

〔杜甫が注を付す。漢州城の西北の官有地に作られた官が作った池で「房公湖」という。〕

鵞鳥のひなは黄色くて漢州の鵞黄酒のような色をしている。その酒を汲みかわして、その鵞鳥の子を可愛いく眺めている。

ひなは頸をのばして、舟が近づくのを怒ったり、行列もつくらず歩きまわって、見る人の目をチラチラさせる。

羽根は夜来の雨に遭うてささくれ立ち、まだ力がよわいので紋にぶっつかって困っている。

城が暮れて来て、遊客も散り果てたあと、またぞろ、狐狸のような群寇が出て来たら、それをどうしたらいいだろう。

 

 

(訳注)

舟前小鵝兒

(房琯が去った後、漢州にゆき、彼の掘らせた池に遊んで、鵞鳥の子を見て詠じたもの。)

〔自注:漢州城西北角官池作,官池即房公湖。〕

〔杜甫が注を付す。漢州城の西北の官有地に作られた官が作った池で「房公湖」という。〕

 

鵝兒 似酒 ,對酒 新鵝

鵞鳥のひなは黄色くて漢州の鵞黄酒のような色をしている。その酒を汲みかわして、その鵞鳥の子を可愛いく眺めている。

・鵝 がちょう。漢州に鵞黄という酒が有り、蜀中第一といわれた。

 

引頸 船逼 ,無行 亂眼

ひなは頸をのばして、舟が近づくのを怒ったり、行列もつくらず歩きまわって、見る人の目をチラチラさせる。

・無行 行列をなさぬこと。

・乱眼 ガヤガヤチラチラして見る人目を乱すこと。

 

翅開 遭宿雨 ,力小 困滄波

羽根は夜来の雨に遭うてささくれ立ち、まだ力がよわいので紋にぶっつかって困っている。

・翅開 雨にあたって羽根がささくれ立っていること。

・宿雨 夜来の雨。

 

客散 層城 ,狐狸 奈若何。

城が暮れて来て、遊客も散り果てたあと、またぞろ、狐狸のような群寇が出て来たら、それをどうしたらいいだろう。

・層城 漢州城の高いことをいう。

・狐狸 群寇を指す。
DCF00008 

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《陪王漢州留杜綿州泛房公西湖》房琯公の掘った春の池は素晴らしいもので稀にでも見られるものではないのである。東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠

 

720 《陪王漢州留杜綿州泛房公西湖〔房琯刺漢州時所鑿。〕 蜀中転々 杜甫 <627  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3445 杜甫詩1000-627-883/1500五言律詩

 

 

詩 題:陪王漢州留杜綿州泛房公西湖〔房琯刺漢州時所鑿。〕
作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

掲 載; 杜甫1000首の627首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-883回目

 

763年春、漢州(四川省広漢縣)に行ったときの作。この池は即ち房琯公池で房琯か相を罷めて後、漢州の刺史となって来て掘らせた池。房琯この春召しかえされて刑部尚書に進められたが、途中疾にあい、八月、閬州の客舎で死んだ。杜甫とは関係のふかい政治家であった。

この詩は房琯が去った後、漢州にゆき、彼の掘らせた池に遊んで、鵞鳥の子を見て詠じたもの。いろいろ諷刺の意味に解されているが、このままでも可愛いいぅたである。

 

年: 廣德元年  763  52 

卷別: 卷二二八  文體: 五言律詩 

作地點: 漢州(劍南道北部 / 漢州 / 漢州

及地點: 漢州 (劍南道北部 漢州 漢州)綿州 (劍南道北部 綿州 綿州)房公湖 (劍南道北部 漢州 漢州) 別名:房公西湖、房公池、官池

交遊人物: 王漢州

 同時期に下記をつくる

・陪王漢州留杜綿州泛房公西湖

・舟前小鵝兒

・得房公池鵝

 

●陪王漢州留杜綿州泛房公西湖〔房琯刺漢州時所鑿。〕

舊相恩追後,春池賞不稀。

闕庭分未到,舟楫有光輝。

豉化蓴絲熟,刀鳴鱠縷飛。

使君雙皁蓋,灘淺正相依。

(王漢州が杜甫を留まるようにいわれ綿州にお供する際に房琯公の作った西池に舟を泛べる。)

〔房琯公が漢州の刺使の時に鑿った所。〕

前の宰相の今は亡き房琯公の御恩にたいしてのお礼にここに来た。房琯公の掘った春の池は素晴らしいもので稀にでも見られるものではないのである。

東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

大豆黄巻の豆はなり、蓴菜も取れごろであり、料理人の包丁の音が鳴り、鱠も糸のように調理され、おおざらにならべられてとぶようにしてはこばれてくる。

王漢州使君と舟屋に二つ並んで繋ぎ、そして中州に行き、浅瀬に、まさに一緒に行動する。

(王漢州が杜を留めて陪し、綿州房公西湖に泛ぶ〔房琯刺の漢州の時、鑿をとる所。〕)

舊相 恩 後を追い,春池 賞 稀れならず。

闕庭【さくてい】分れて未だ到らず,舟楫【しゅうとう】光輝有り。

豉化【かか】蓴絲【せんし】熟し,刀鳴は鱠縷【かいい】飛ばす。

使君 皁蓋【そうがい】に雙ぶ,灘淺【たんせん】正に相い依る。

 

 

●舟前小鵝兒

〔自注:漢州城西北角官池作,官池即房公湖。〕

鵝兒黃似酒,對酒愛新鵝。

引頸嗔船逼,無行亂眼多。

翅開遭宿雨,力小困滄波。

客散層城暮,狐狸奈若何。

(房琯が去った後、漢州にゆき、彼の掘らせた池に遊んで、鵞鳥の子を見て詠じたもの。)

〔杜甫が注を付す。漢州城の西北の官有地に作られた官が作った池で「房公湖」という。〕

鵞鳥のひなは黄色くて漢州の鵞黄酒のような色をしている。その酒を汲みかわして、その鵞鳥の子を可愛いく眺めている。

ひなは頸をのばして、舟が近づくのを怒ったり、行列もつくらず歩きまわって、見る人の目をチラチラさせる。

羽根は夜来の雨に遭うてささくれ立ち、まだ力がよわいので紋にぶっつかって困っている。

城が暮れて来て、遊客も散り果てたあと、またぞろ、狐狸のような群寇が出て来たら、それをどうしたらいいだろう。

(舟前【さき】の小鵝兒【しょうがじ】〔自注:漢州城西北の角の官池にて作る,官池は即ち房公湖という。〕)

鵝兒 黃なるは酒に似たり,酒に對すれば新鵝を愛す。

頸を引【のば】せば船の逼るを嗔【いか】り,行を無くせば眼を亂すこと多し。

翅 開けば宿雨に遭い,力 小【すくな】ければ滄波に困しむ。

客は散ず 層城の暮に,狐狸 若【なんじ】を奈何【いかん】せん。

 

●得房公池鵝

房相西亭鵝一群,眠沙泛浦白於雲。

鳳皇池上應迴首,為報籠隨王右軍。

(房琯の作った池に浮かぶ鵞鳥とその子供たちを見ると王羲之の故事を思ってしまって作った詩。)

今は、亡き房琯宰相の西湖の傍の亭から鵞鳥の一群を見つめる。あるものは砂の上で眠り、水の上の者たちは遠く浮ぶ雲と一緒に水面を泳いでいる。

それは鳳凰たちが池に浮かんでいるようであるので思わず首を廻して一緒に見ている人と納得をするのである。というのも、私だってこんなかわいい鵞鳥を見れば、鵞鳥を大変寵愛した晋の王羲之の逸話のように飼ってやり、かわいがることもどうようにするものである。

 

(房公池の鵝を得る)

房相 西亭 鵝の一群,沙に眠り 浦に雲を於き白くし泛ぶ。

鳳皇 池上 應に首を迴し,報を為す 王右軍を籠隨すと。

 

 

kokage01陪王漢州留杜綿州泛房公西湖

(王漢州が杜甫を留まるようにいわれ綿州にお供する際に房琯公の作った西池に舟を泛べる。)

〔房琯刺漢州時所鑿。〕

〔房琯公が漢州の刺使の時に鑿った所。〕

舊相恩追後,春池賞不稀。

前の宰相の今は亡き房琯公の御恩にたいしてのお礼にここに来た。房琯公の掘った春の池は素晴らしいもので稀にでも見られるものではないのである。

闕庭分未到,舟楫有光輝。

東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

豉化蓴絲熟,刀鳴鱠縷飛。

大豆黄巻の豆はなり、蓴菜も取れごろであり、料理人の包丁の音が鳴り、鱠も糸のように調理され、おおざらにならべられてとぶようにしてはこばれてくる。

使君雙皁蓋,灘淺正相依。

王漢州使君と舟屋に二つ並んで繋ぎ、そして中州に行き、浅瀬に、まさに一緒に行動する。


 

『陪王漢州留杜綿州泛房公西湖』〔房琯刺漢州時所鑿。〕 現代語訳と訳註

(本文)

陪王漢州留杜綿州泛房公西湖〔房琯刺漢州時所鑿。〕

舊相恩追後,春池賞不稀。

闕庭分未到,舟楫有光輝。

豉化蓴絲熟,刀鳴鱠縷飛。

使君雙皁蓋,灘淺正相依。

 

 

(下し文)

陪王漢州が杜を留めて綿州泛房公西湖〔房琯刺漢州時所鑿。〕

舊相 恩 後を追い,春池 賞 稀れならず。

闕庭【さくてい】分れて未だ到らず,舟楫【しゅうとう】光輝有り。

豉化【かか】蓴絲【せんし】熟し,刀鳴は鱠縷【かいい】飛ばす。

使君 皁蓋【そうがい】に雙ぶ,灘淺【たんせん】正に相い依る。

 

 

(現代語訳)

(王漢州が杜甫を留まるようにいわれ綿州にお供する際に房琯公の作った西池に舟を泛べる。)

〔房琯公が漢州の刺使の時に鑿った所。〕

前の宰相の今は亡き房琯公の御恩にたいしてのお礼にここに来た。房琯公の掘った春の池は素晴らしいもので稀にでも見られるものではないのである。

東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

大豆黄巻の豆はなり、蓴菜も取れごろであり、料理人の包丁の音が鳴り、鱠も糸のように調理され、おおざらにならべられてとぶようにしてはこばれてくる。

DCF00003 

 

(訳注)

陪王漢州留杜綿州泛房公西湖

〔房琯刺漢州時所鑿。〕

(王漢州が杜甫を留まるようにいわれ綿州にお供する際に房琯公の作った西池に舟を泛べる。)〔房琯公が漢州の刺使の時に鑿った所。〕

所鑿 掘って作ったところ。鑿:のみ。木材等に穴をあけたり小部分を削り取ったりする手工具。木工用は,柄の端をたたいて使う穴あけ用の叩(たたき)鑿と手で押して使う表面を削るための突鑿に大別。金工・石工用には鏨(たがね)が使用される。

同時期に下記をつくる

・陪王漢州留杜綿州泛房公西湖

・舟前小鵝兒

・得房公池鵝

 

舊相 恩追 ,春池 不稀

前の宰相の今は亡き房琯公の御恩にたいしてのお礼にここに来た。房琯公の掘った春の池は素晴らしいもので稀にでも見られるものではないのである。

「舊恩」杜甫は、左拾遺で朝廷に仕えている時にお世話になった人物であり、玄宗期の高官である。。

「春池」四季、春景色に、房琯が掘らせた池。

 

闕庭 分未到 ,舟楫 光輝

東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

「闕庭」朝庭; 東宮; 皇太子(唐制では平出とされる); 殿下.。ここでは粛宗をしめす。

 

豉化蓴絲 ,刀鳴 鱠縷

大豆黄巻の豆はなり、蓴菜も取れごろであり、料理人の包丁の音が鳴り、鱠も糸のように調理され、おおざらにならべられてとぶようにしてはこばれてくる。

「豉」大豆黄巻はその解毒に特効があるとされていたが,他の薬毒を消す場合にも用いられた。大豆豉(だいずし)。豉(くき)ともいう。

「蓴絲」蓴菜。

「鱠縷」膾を糸状に斬る。。

  

使君 皁蓋 ,灘淺 正相依。

王漢州使君と舟屋に二つ並んで繋ぎ、そして中州に行き、浅瀬に、まさに一緒に行動する。

「使君」王漢州使君。

「雙」船を並べる。。

「皁蓋」皁:顏色、原色、黑。どんぐり。しもべ。うまや。舟屋。

「灘」沙洲島嶼。

 月明峡01

719 《倚杖〔原注 鹽亭縣作〕》 蜀中転々 杜甫 <626>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3440 杜甫詩1000-626-882/1500五言律詩

《倚杖》ここでみていると、塩亭県の山より街だけに早く市場を閉めてしまっている、江の橋のところには春ということで、貨物を載せた船があっまっている。景色になれたかもめは気軽で何の興味も示さないで白浪のあるところにうかんでる、北へかえる雁は晴れた青空を喜んで飛んでゆく。

2013年12月14日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(24)#9―3 文選 賦<112―24>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩978 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3438
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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《論佛骨表》(8)元和十四年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <891>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3439韓愈詩-227-8
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 719 《倚杖〔原注 鹽亭縣作〕》 蜀中転々 杜甫 <626>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3440 杜甫詩1000-626-882/1500五言律詩
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 浣溪紗八首 其一 (薛昭蘊)薛侍郎昭蘊  ⅩⅫ唐五代詞・「花間集」 Gs-379-9-#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3442
 
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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719 《倚杖〔原注 鹽亭縣作〕》 蜀中転々 杜甫 <626>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3440 杜甫詩1000-626-882/1500五言律詩

 

 

763年この年の夏ごろから、杜甫は梓州刺史章彝(前任の杜済は綿州刺史に転じていた)の客分となり、その主催する送別や歓迎の宴に出席したり、遊覧・遊猟に随行している。杜甫の詩人としての名も、かなり揚がっていたらしく、彼はそれによって一家の生活を支え、また東下の旅費を蓄えていた。しかしこのころ、辺境の情勢は緊迫の度を加え、吐蕃の軍は長安に迫り、西南方面(松・雅・保州)においては巴・蜀を圧迫していた。そうして、十月になるとついに長安に攻めこみ、代宗は東の方の陝州(河南省陝県)に逃げてしまった。しばらくして郭子儀が反撃に転じ、吐蕃軍は遁走したが、まさに安禄山の乱の再現かと思われた。

杜甫はそれらの情報を伝え聞きながら、今はただ一つしか残されていない東方への道、長江を下るべく、ひたすら旅の準備をととのえていた。その大部分は章彝の援助に頼るしかなかったため、彼は章彝とその幕僚の機嫌を損ねないように、言行を慎重にしていたらしい。そのためであろう、杜甫が東方の旅に出発することを申し出ると、彼らは送別会を開いてくれ、章彝は無事な旅を祈って、梓州特産の桃竹の杖を二本、杜甫に贈った。

出発も間近に迫ったある日、都に帰った厳武のはからいであろうか、杜甫を京兆府の功曹参軍(庶務課長)に任ずるとの連絡があった。しかし、すでに三峡を下って呉・楚の地に赴く決心をしていた杜甫は、それを辞退した。

 

 

作時:763年 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二八  文體: 五言律詩 

詩題: 倚杖〔原注 鹽亭縣作〕  

作地點: 鹽亭(劍南道北部 / 梓州 / 鹽亭

掲 載; 杜甫1000首の626首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-882回目   40981

 

 

倚杖

〔原注〕 鹽亭縣作(塩亭県にて作る)

(鹽亭縣の景色を詠う。)〔原注 劍南道北部 / 梓州 / 鹽亭縣での作〕

看花雖郭,倚杖即溪邊。

城郭の内で花を看てあるいてから、暫く行くとすぐに渓流のほとりにきて杖によりかかってながめる。

山縣早休市,江橋春聚船。

ここでみていると、塩亭県の山より街だけに早く市場を閉めてしまっている、江の橋のところには春ということで、貨物を載せた船があっまっている。

狎鷗輕白浪,歸雁喜青天。

景色になれたかもめは気軽で何の興味も示さないで白浪のあるところにうかんでる、北へかえる雁は晴れた青空を喜んで飛んでゆく。

物色兼生意,淒涼憶去年。

の春の万物がのどかな景色に倍してその生きざまとおもいをするのである。それにつけても、去年は、ものがなしくさびしいものでしかなかったことをおもいだすのである。

 

 DCF00008

『倚杖』 現代語訳と訳註

(本文)

倚杖〔原注 鹽亭縣作〕

看花雖郭倚杖即溪邊。 

山縣早休市,江橋春聚船。 

狎鷗輕白浪,歸雁喜青天。 

物色兼生意,淒涼憶去年。 

 

(下し文)

(杖に倚る)〔原注 鹽亭縣作〕

花を看るは郭内なりと雖も、杖に侍るは即ち渓辺なり。

山県 早く市を休み、江橋 春船を聚む。

狎鷗 白浪を軽んじ、帰雁 青天を喜ぶ。

物色と生意と、淒涼去年を憶う

 

(現代語訳)

(鹽亭縣の景色を詠う。)〔原注 劍南道北部 / 梓州 / 鹽亭縣での作〕

城郭の内で花を看てあるいてから、暫く行くとすぐに渓流のほとりにきて杖によりかかってながめる。

ここでみていると、塩亭県の山より街だけに早く市場を閉めてしまっている、江の橋のところには春ということで、貨物を載せた船があっまっている。

景色になれたかもめは気軽で何の興味も示さないで白浪のあるところにうかんでる、北へかえる雁は晴れた青空を喜んで飛んでゆく。

の春の万物がのどかな景色に倍してその生きざまとおもいをするのである。それにつけても、去年は、ものがなしくさびしいものでしかなかったことをおもいだすのである。

 

(訳注)

倚杖〔原注 鹽亭縣作〕

(鹽亭縣の景色を詠う。)〔原注 劍南道北部 / 梓州 / 鹽亭縣での作〕

O「倚杖」 題の二字は詩中の俺杖の二字をぬきだして用いたものにすぎぬ。

鹽亭縣 (f-3)友人を送別するのに閬州から塩亭縣まで見送ってきた。同時期の詩は以下にある。

行次鹽亭縣聊題四韻奉簡嚴遂州、蓬州兩使君諮議諸昆季〔嚴震及弟礪皆梓州鹽亭人。〕

馬首見鹽亭,高山擁縣青。 

雲溪花淡淡,春郭水泠泠。 

全蜀多名士,嚴家聚德星。 

長歌意無極,好為老夫聽。 

成都遂州002 

看花雖郭倚杖即溪邊。

城郭の内で花を看てあるいてから、暫く行くとすぐに渓流のほとりにきて杖によりかかってながめる。

 

山縣早休市,江橋春聚船。 

ここでみていると、塩亭県の山より街だけに早く市場を閉めてしまっている、江の橋のところには春ということで、貨物を載せた船があっまっている。

○休市 市場を閉めている。

○春聚船 春になって市場に荷物を持ってきた舟があつまってきたこと、人民の多いこと。

 

狎鷗輕白浪,歸雁喜青天。 

景色になれたかもめは気軽で何の興味も示さないで白浪のあるところにうかんでる、北へかえる雁は晴れた青空を喜んで飛んでゆく。

狎鷗 なれたかもめ。

○軽 気軽で何の興味も示さない。

○帰雁 北へかえるかり。杜甫も故郷に帰ることを予定しているので「喜ぶ」という表現になっている。

 

物色兼生意,淒涼憶去年。 

この春の万物がのどかな景色に倍してその生きざまとおもいをするのである。それにつけても、去年は、ものがなしくさびしいものでしかなかったことをおもいだすのである。

○物色 景物のさま。

○兼 「と」。かねる; 2つのことを同時に行う。 倍の勢いで~する。

生意 嘉陵江を下ることを決意して、その時期を待っている段階で去年の寂しい気持ちであったものが、わくわくかんになっていることをいう。鴎と雁のようになっている、ネガティブな杜甫がポジティブな発想に変わっているのである。

淒涼 かなしいさま。

憶去年 去年乱を避けるためここをとおったことがあるが、そのときは物色生意ともにことしほどのどかではなかったという意。
月明峡01 

718 《行次鹽亭縣聊題四韻奉簡嚴遂州、蓬州兩使君諮議諸昆季》杜甫 <625>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3435 杜甫詩1000-625-881/1500

《行次鹽亭縣聊題四韻奉簡》春霞が渓谷の花々が咲き誇る上にかかり、春景色のこの城郭には春の増水が冷え冷えと満ちかこんでている。ここ蜀の全域においてこれほどの名士がいるだろうか、それは誰有ろう嚴家であり、仁徳を集めた素晴らしい一族であるのだ。

2013年12月13日  の紀頌之5つのブログ
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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718 《行次鹽亭縣聊題四韻奉簡嚴遂州、蓬州兩使君諮議諸昆季【案:嚴震及弟礪皆梓州鹽亭人。】》 蜀中転々 杜甫 <625  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3435 杜甫詩1000-625-881/1500五言律詩


 

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二八  文體: 五言律詩 

詩題: 行次鹽亭縣聊題四韻奉簡嚴遂州、蓬州兩使君諮議諸昆季〔嚴震及弟礪皆梓州鹽亭人。〕 

作地點: 鹽亭(劍南道北部 / 梓州 / 鹽亭) ・遂州 (劍南道北部 遂州 遂州) ・蓬州 (山南西道 蓬州 蓬州)     

交遊人物: 嚴震と嚴礪 嚴遂州 書信往來(劍南道北部 梓州 鹽亭) ・嚴蓬州 書信往來(劍南道北部 梓州 鹽亭)

掲 載; 杜甫1000首の625首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-881回目   40980

 

行次鹽亭縣聊題四韻奉簡嚴遂州、蓬州兩使君諮議諸昆季〔嚴震及弟礪皆梓州鹽亭人。〕

(劍南道北部 梓州塩亭縣を旅行してすぎる時に立ち寄って嚴遂州刺史と嚴蓬州刺史がこの地の兄弟たち諮問しているの観て恐縮ではあるがこの四韻の詩を書簡にしてたてまつるものである。〔この兄弟は、兄が嚴震で弟が嚴礪でどちらも梓州の鹽亭出身の人である。〕)

馬首見鹽亭,高山擁縣青。 

 馬の首を並べてこの塩亭県を訪れる。周囲の高い山々がこの県を守り春の若葉が育つのである。

雲溪花淡淡,春郭水泠泠。 

春霞が渓谷の花々が咲き誇る上にかかり、春景色のこの城郭には春の増水が冷え冷えと満ちかこんでている。

全蜀多名士,嚴家聚德星。 

ここ蜀の全域においてこれほどの名士がいるだろうか、それは誰有ろう嚴家であり、仁徳を集めた素晴らしい一族であるのだ。

長歌意無極,好為老夫聽。 

褒め称える長うたはその意味も限りがないほどの者であり、好ましいこととこの年よりは嬉しく聞いているのだ。

 

 

 

『行次鹽亭縣聊題四韻奉簡嚴遂州、蓬州兩使君諮議諸昆季〔嚴震及弟礪皆梓州鹽亭人。〕』 現代語訳と訳註

(本文)

行次鹽亭縣聊題四韻奉簡嚴遂州、蓬州兩使君諮議諸昆季〔嚴震及弟礪皆梓州鹽亭人。〕

馬首見鹽亭,高山擁縣青。 

雲溪花淡淡,春郭水泠泠。 

全蜀多名士,嚴家聚德星。 

長歌意無極,好為老夫聽。 

 

(下し文)

行次鹽亭縣聊題四韻奉簡嚴遂州、蓬州兩使君諮議諸昆季〔嚴震及弟礪皆梓州鹽亭人。〕

馬首見鹽亭,高山擁縣青。 

雲溪花淡淡,春郭水泠泠。 

全蜀多名士,嚴家聚德星。 

長歌意無極,好為老夫聽。 

 

(現代語訳)

(劍南道北部 梓州塩亭縣を旅行してすぎる時に立ち寄って嚴遂州刺史と嚴蓬州刺史がこの地の兄弟たち諮問しているの観て恐縮ではあるがこの四韻の詩を書簡にしてたてまつるものである。〔この兄弟は、兄が嚴震で弟が嚴礪でどちらも梓州の鹽亭出身の人である。〕)

馬の首を並べてこの塩亭県を訪れる。周囲の高い山々がこの県を守り春の若葉が育つのである。

春霞が渓谷の花々が咲き誇る上にかかり、春景色のこの城郭には春の増水が冷え冷えと満ちかこんでている。

ここ蜀の全域においてこれほどの名士がいるだろうか、それは誰有ろう嚴家であり、仁徳を集めた素晴らしい一族であるのだ。

褒め称える長うたはその意味も限りがないほどの者であり、好ましいこととこの年よりは嬉しく聞いているのだ。

 

 

(訳注)

行次鹽亭縣聊題四韻奉簡嚴遂州、蓬州兩使君諮議諸昆季〔嚴震及弟礪皆梓州鹽亭人。〕

(劍南道北部 梓州塩亭縣を旅行してすぎる時に立ち寄って嚴遂州刺史と嚴蓬州刺史がこの地の兄弟たち諮問しているの観て恐縮ではあるがこの四韻の詩を書簡にしてたてまつるものである。〔この兄弟は、兄が嚴震で弟が嚴礪でどちらも梓州の鹽亭出身の人である。〕)

・鹽亭縣 劍南道北部 梓州塩亭縣(f-3

・諮議 諮問機関

・昆季 兄弟

 成都遂州002

馬首見 鹽亭 ,高山 擁縣青

馬の首を並べてこの塩亭県を訪れる。周囲の高い山々がこの県を守り春の若葉が育つのである。

「鹽亭」劍南道北部 梓州 鹽亭縣。

「青」春を云う。綠。

 

 

雲溪 淡淡 ,春郭 泠泠

春霞が渓谷の花々が咲き誇る上にかかり、春景色のこの城郭には春の増水が冷え冷えと満ちかこんでている。

「雲溪」雲霧煙霞。はるかすみ。はなかすみ

「淡淡」花霞のようすを云う。

「春郭」春景色に被われた城郭。

「水」春水。春の雪解け水で増水した様子。この水は特に冷たいのでこういう。

「泠泠」雪解けで増水した冷たい水のようすを云う。

 

 

全蜀 名士 ,嚴家 聚德星

ここ蜀の全域においてこれほどの名士がいるだろうか、それは誰有ろう嚴家であり、仁徳を集めた素晴らしい一族であるのだ。

「嚴」嚴(姓氏)兄が嚴震で弟が嚴礪。

「家」一家。家系。

「德星」仁徳を集めた素晴らしい賢者の一族である。

 

 

長歌 無極 ,好為 老夫

褒め称える長うたはその意味も限りがないほどの者であり、好ましいこととこの年よりは嬉しく聞いているのだ。

珠櫻003 

717 《送韋郎司直歸成都》 蜀中転々 杜甫 <624>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3430 杜甫詩1000-624-880/1500

杜甫《送韋郎司直歸成都》わたしは官を辞して身をのがれ隠遁するために蜀の地へ来て、同病相い憐れむものに韋郎司直の君というものを得た。いま天下には兵戈が満ちており、わたしは江辺りで久しく歳月をへた。
 

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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2ブログ 221 《寒地百姓吟》 孟郊  唐宋詩  kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞 fc2ブログ 3431 (12/12)
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html 
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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717 《送韋郎司直歸成都》 蜀中転々 杜甫 <624>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3430 杜甫詩1000-624-880/1500

 

卷二二八  文體: 五言律詩 

詩 題:送韋郎司直歸成都

作時:763年 廣德元年 杜甫52歳 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點:  成都 (劍南道北部 益州 成都) 別名:蜀     

交遊人物: 韋郎司直

掲 載; 杜甫1000首の624首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-880回目

 

 

送韋郎司直歸成都

(韋郎司直が成都に帰るというので送別に贈る詩)

 〔原注〕余草堂在成都西部(余の草堂は成都の西部に在り)

竄身來蜀地,同病得韋郎。

わたしは官を辞して身をのがれ隠遁するために蜀の地へ来て、同病相い憐れむものに韋郎司直の君というものを得た。

天下干戈滿,江邊月長。

いま天下には兵戈が満ちており、わたしは江辺りで久しく歳月をへた。

別筵花欲暮,春日鬢蒼。

この送別の席では花が暮れかかっており、春の日にあたって髪の毛はおたがいにごましおになっている。

為問南溪竹,抽梢合過牆。

君は成都へいったらわたしのために南の浣花渓の草堂のまわりの竹がどんなになっているかたずねてくれたまえ、そのぬきでたこずえはもう牆より上に出ているはずだ。

(韋郎司直が成都に帰るを送る)

 〔余の草堂は成都の西部に在り〕

竄身【ざんしん】蜀地に来たる、同病韋郎を得たり。

天下兵戈満つ、江辺歳月長し。

別筵【べつえん】花暮れんと欲す 春日 鬢 俱【とも】に蒼たり。

為に問え 南渓の竹、抽梢【ちゅうしょう】合に牆を過ぐべし。

杜甫草堂詳細図02 

送韋郎司直歸成都』 現代語訳と訳註

(本文)

送韋郎司直歸成都

竄身來蜀地,同病得韋郎。

天下干戈滿,江邊月長。

別筵花欲暮,春日鬢蒼。

為問南溪竹,抽梢合過牆。

 

(下し文)

(韋郎司直が成都に帰るを送る)

竄身【ざんしん】蜀地に来たる、同病韋郎を得たり。

天下兵戈満つ、江辺歳月長し。

別筵【べつえん】花暮れんと欲す 春日 鬢 【とも】に蒼たり。

為に問え 南渓の竹、抽梢【ちゅうしょう】合にを過ぐべし。

 

(現代語訳)

竹林0021(韋郎司直が成都に帰るというので送別に贈る詩)

わたしは官を辞して身をのがれ隠遁するために蜀の地へ来て、同病相い憐れむものに韋郎司直の君というものを得た。

いま天下には兵戈が満ちており、わたしは江辺りで久しく歳月をへた。

この送別の席では花が暮れかかっており、春の日にあたって髪の毛はおたがいにごましおになっている。

君は成都へいったらわたしのために南の浣花渓の草堂のまわりの竹がどんなになっているかたずねてくれたまえ、そのぬきでたこずえはもう牆より上に出ているはずだ。

 

 

(訳注)

送韋郎司直歸成都

(韋郎司直が成都に帰るというので送別に贈る詩)

○韋郎司直 別に「梓州の幕府に投簡し、兼ねて韋十郎官に簡す」詩があるが、一本には官の字がないという、しからば此の詩の韋郎は韋十郎と同一人かと思われるが、明らかでない。韋郎の郎はただ男子を称する言葉である、司直は官名。

『投簡梓州幕府兼簡韋十郎官』

幕下郎官安穩無,從來不奉一行書。 

固知貧病人須棄,能使韋郎跡也疏。

704 《投簡梓州幕府兼簡韋十郎官【投簡梓州幕府兼簡韋十郎】》 蜀中転々 杜甫<611  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3365 杜甫詩1000-611-867/1500

 〔原注〕余草堂在成都西部(余の草堂は成都の西部に在り)

竄身來蜀地,同病得韋郎。

わたしは官を辞して身をのがれ隠遁するために蜀の地へ来て、同病相い憐れむものに韋郎司直の君というものを得た。

○竄身 身をのがれかくす。

 

天下干戈滿,江邊月長。

いま天下には兵戈が満ちており、わたしは江辺りで久しく歳月をへた。

○長 久しいことをいう。

 

別筵花欲暮,春日鬢蒼。

この送別の席では花が暮れかかっており、春の日にあたって髪の毛はおたがいにごましおになっている。

  

為問南溪竹,抽梢合過牆。

君は成都へいったらわたしのために南の浣花渓の草堂のまわりの竹がどんなになっているかたずねてくれたまえ、そのぬきでたこずえはもう牆より上に出ているはずだ。

○為 我がために。

○南渓 成都の浣花渓。

○竹 草堂の南から東南にかけて隣の家との境に竹林がある。

○抽梢 ぬきでたこずえ。

○合 まさに云云すべし。

水檻遣心二首00


 

716 《放船》 蜀中転々 杜甫 <623>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3425 杜甫詩1000-623-879/1500

《放船》(船を放って嘉陵江をくだったことをのべる。)陸とはちがい嘉陵江の流はまことにおおらかで自由自在なもので、じっとすわってもいられるし、興味も悠然としてつきることはないのだ。

客はだれかわからないが仕事で赴任旅行する人である。閬州閬中県の北にある蒼渓県、嘉陵江の上流にあたる。閬州の官僚の誰かが蒼渓縣に所用があって赴任していくのに同行したのであろう。道路が凍りつき滑るので船でくだって閬中へもどるのである。 

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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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716 《放船》 蜀中転々 杜甫 <623>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3425 杜甫詩1000-623-879/1500

 

 

詩 題:放船

卷別: 卷二二八  文體: 五言律詩 

作時:763年 廣德元年 杜甫52歳 

作地點: 閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州

及地點: 蒼溪 (山南西道 閬州 蒼溪) 別名:蒼溪縣     

掲 載; 杜甫1000首の623首目

杜甫ブログ1500回予定の-879回目

 

 

放船

(船を放って嘉陵江をくだったことをのべる。)

送客蒼溪縣,山寒雨不開。

わたしは蒼渓県までいって客を見送ったのだが、山は寒く雨ははれてくれない。

直愁騎馬滑,故作泛舟回。

馬にのれば路面がすべるだろうと心配されたのでわざと舟を水流に放ってかえることにしたわけだ。

青惜峰巒過,知橘柚來。

青い色がみえ、もっと見ていたいと思う内にその青い色の峰巒は通り過ぎてしまうのはもったいない。そうおもっていたら前面から黄いろのものがやってくる、それはこの地方で作っている橘・柚の実の色である。

江流大自在,坐穩興悠哉。

陸とはちがい嘉陵江の流はまことにおおらかで自由自在なもので、じっとすわってもいられるし、興味も悠然としてつきることはないのだ。

 

(船を放つ)

蒼渓【そうけい】に客を送る、山寒くして雨開けず。

直だ愁う騎馬の滑かならんことを、故に舟を放ちて廻るを作す。

青には惜しむ峰巒【ほうらん】の過ぐるを 黄には知る橘柚【きつゆう】の来たるを。

江流は大【はなは】だ自在なり 坐 穏【おだや】かにして興悠【きょうゆう】なる哉【かな】。

 

月明峡01 

『放船』 現代語訳と訳註

(本文)

放船

送客蒼溪縣,山寒雨不開。

直愁騎馬滑,故作泛舟回。

青惜峰巒過,知橘柚來。

江流大自在,坐穩興悠哉。

 

(下し文)

(船を放つ)

蒼渓【そうけい】県に客を送る、山寒くして雨開けず。

直だ愁う騎馬の滑かならんことを、故に舟を放ちて廻るを作す。

青には惜しむ峰巒【ほうらん】の過ぐるを 黄には知る橘柚【きつゆう】の来たるを。

江流は大【はなは】だ自在なり 坐 穏【おだや】かにして興悠【きょうゆう】なる哉【かな】。

 

 

(現代語訳)

(船を放って嘉陵江をくだったことをのべる。)

わたしは蒼渓県までいって客を見送ったのだが、山は寒く雨ははれてくれない。

馬にのれば路面がすべるだろうと心配されたのでわざと舟を水流に放ってかえることにしたわけだ。

青い色がみえ、もっと見ていたいと思う内にその青い色の峰巒は通り過ぎてしまうのはもったいない。そうおもっていたら前面から黄いろのものがやってくる、それはこの地方で作っている橘・柚の実の色である。

陸とはちがい嘉陵江の流はまことにおおらかで自由自在なもので、じっとすわってもいられるし、興味も悠然としてつきることはないのだ。

 

(訳注)

放  船

(船を放って嘉陵江をくだったことをのべる。)

○放船 水流に船を出艇したこと。

広徳元年秋、閬州にあって蒼溪まで見送ってから舟を出して閬州に帰る時の作。

 

送客蒼溪縣,山寒雨不開。

わたしは蒼渓県までいって客を見送ったのだが、山は寒く雨ははれてくれない。

○送客 客はだれかわからぬが旅行する人である。閬州の官僚の誰かが蒼渓縣に所用があっていくのに同行したのであろう。

○蒼渓県 閬州閬中県の北にある蒼渓県、嘉陵江の上流にあたる。閬州閬中県の北にある蒼渓県、嘉陵江の上流にあたる。道路が凍りつき滑るので船でくだって閬中へもどるのである。

 

直愁騎馬滑,故作泛舟迴。

馬にのれば路面がすべるだろうと心配されたのでわざと舟を水流に放ってかえることにしたわけだ。

○騎馬滑 馬にのって陸をとおると路がすべる。

○迴 閬中へかえる。

 

青惜峰巒過,黃知橘柚來。

青い色がみえ、もっと見ていたいと思う内にその青い色の峰巒は通り過ぎてしまうのはもったいない。そうおもっていたら前面から黄いろのものがやってくる、それはこの地方で作っている橘・柚の実の色である。

○青 峰巒の色。

○過 とおりすぎてしまう、流れのはやいさま。

○黄 橘柚の色。

○橘柚 みかん、ゆずの樹になっている実。

○来 前面からくる、これも水流のはやいさまを示す。

 

江流大自在,坐穩興悠哉。

陸とはちがい嘉陵江の流はまことにおおらかで自由自在なもので、じっとすわってもいられるし、興味も悠然としてつきることはないのだ。

○江流 江は嘉陵江。

〇自在 自由の意。

○坐穏 船にのっているゆえ馬とちがいじっとしておられる。

○興 峰巒橘柚を見去り見来たるおもしろさをいう。

○悠 ゆったりとしたさま。
浮桟橋00 

714 《舍弟占歸草堂檢校聊示此詩》 蜀中転々 杜甫 <621>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3415 杜甫詩1000-621-877/1500五言律詩

杜甫《舍弟占歸草堂檢校聊示此詩》東側に林があり、家の周りや他の家との境の竹の林は根の周りの掃除が行き届かず影が薄くなっているだろうか、今年も十二月になって更に果樹などの植木はどうであろうか。

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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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714 《舍弟占歸草堂檢校聊示此詩》 蜀中転々 杜甫 <621  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3415 杜甫詩1000-621-877/1500五言律詩            

 

 

763年この年の夏ごろから、杜甫は梓州刺史章彝(前任の杜済は綿州刺史に転じていた)の客分となり、その主催する送別や歓迎の宴に出席したり、遊覧・遊猟に随行している。杜甫の詩人としての名も、かなり揚がっていたらしく、彼はそれによって一家の生活を支え、また東下の旅費を蓄えていた。しかしこのころ、辺境の情勢は緊迫の度を加え、吐蕃の軍は長安に迫り、西南方面(松・雅・保州)においては巴・蜀を圧迫していた。そうして、十月になるとついに長安に攻めこみ、代宗は東の方の陝州(河南省陝県)に逃げてしまった。しばらくして郭子儀が反撃に転じ、吐蕃軍は遁走したが、まさに安禄山の乱の再現かと思われた。

杜甫はそれらの情報を伝え聞きながら、今はただ一つしか残されていない東方への道、長江を下るべく、ひたすら旅の準備をととのえていた。その大部分は章彝の援助に頼るしかなかったため、彼は章彝とその幕僚の機嫌を損ねないように、言行を慎重にしていたらしい。そのためであろう、杜甫が東方の旅に出発することを申し出ると、彼らは送別会を開いてくれ、章彝は無事な旅を祈って、梓州特産の桃竹の杖を二本、杜甫に贈った。

出発も間近に迫ったある日、都に帰った厳武のはからいであろうか、杜甫を京兆府の功曹参軍(庶務課長)に任ずるとの連絡があった。しかし、すでに三峡を下って呉・楚の地に赴く決心をしていた杜甫は、それを辞退した。

 

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 舍弟占歸草堂檢校聊示此詩 

及地點:  草堂 (劍南道北部 益州 成都) 別名:一室、西郭茅舍     

交遊人物: 杜占

掲 載; 杜甫1000首の621首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-877回目   40976

 

 

 

舍弟占歸草堂檢校聊示此詩

(成都西の草堂を任せている私の弟の杜占が檢校の仕事で帰るというのでちょっと気が付いたことをこの詩にして示す。)

久客應吾道,相隨獨爾來。

長きにわたって旅人としているが、まさに私の生きる道ということだろう。たがいにその道に従っているということだが獨りしてお前が来てくれるということだ。

孰知江路近,頻為草堂迴。

まあよくわかっていることではあるが長江の航路で來るからそこからでも早いので近くなったものだ。たのみたいのは草堂の周囲をまず見てもらいたい。

鵝鴨宜長數,柴荊莫浪開。

ガチョウや鴨はうまい具合に生き延びて数を増やしているだろうか、柴門や茨の垣根は風雨に破られ空きっぱなしになっていないだろうか。

東林竹影薄,臘月更須栽。

東側に林があり、家の周りや他の家との境の竹の林は根の周りの掃除が行き届かず影が薄くなっているだろうか、今年も十二月になって更に果樹などの植木はどうであろうか。

(舍弟の占が草堂に歸るさいに、檢校に聊さか此の詩を示す。)

久しく客なり 應に吾が道なり,相いに隨うは獨り爾が來るを。

孰知する江路は近く,頻りに草堂迴るを為せ。

鵝鴨【がおう】宜しく長數し,柴荊【さいけい】浪開する莫れ。

東林 竹 影薄く,臘月 更に須らく栽う。 

桃園001 

『舍弟占歸草堂檢校聊示此詩』 現代語訳と訳註

(本文)

舍弟占歸草堂檢校聊示此詩

久客應吾道,相隨獨爾來。

孰知江路近,頻為草堂迴。

鵝鴨宜長數,柴荊莫浪開。

東林竹影薄,臘月更須栽。

 

(下し文)

(舍弟の占が草堂に歸るさいに、檢校に聊さか此の詩を示す。)

久しく客なり 應に吾が道なり,相いに隨うは獨り爾が來るを。

孰知する江路は近く,頻りに草堂迴るを為せ。

鵝鴨【がおう】宜しく長數し,柴荊【さいけい】浪開する莫れ。

東林 竹 影薄く,臘月 更に須らく栽う。

 

(現代語訳)

(成都西の草堂を任せている私の弟の杜占が檢校の仕事で帰るというのでちょっと気が付いたことをこの詩にして示す。)

長きにわたって旅人としているが、まさに私の生きる道ということだろう。たがいにその道に従っているということだが獨りしてお前が来てくれるということだ。

まあよくわかっていることではあるが長江の航路で來るからそこからでも早いので近くなったものだ。たのみたいのは草堂の周囲をまず見てもらいたい。

ガチョウや鴨はうまい具合に生き延びて数を増やしているだろうか、柴門や茨の垣根は風雨に破られ空きっぱなしになっていないだろうか。

東側に林があり、家の周りや他の家との境の竹の林は根の周りの掃除が行き届かず影が薄くなっているだろうか、今年も十二月になって更に果樹などの植木はどうであろうか。

 杜甫草堂詳細図02

 (訳注)

舍弟占歸草堂檢校聊示此詩

(成都西の草堂を任せている私の弟の杜占が檢校の仕事で帰るというのでちょっと気が付いたことをこの詩にして示す。)

「檢校」中国の官名。正官を授けられずその任にあたるとき,仮官として検校の字を冠する。

 

久客 吾道 ,相隨 獨爾來

長きにわたって旅人としているが、まさに私の生きる道ということだろう。たがいにその道に従っているということだが獨りしてお前が来てくれるということだ。

 

孰知 江路 ,頻為草堂

まあよくわかっていることではあるが長江の航路で來るからそこからでも早いので近くなったものだ。たのみたいのは草堂の周囲をまず見てもらいたい。

「江路」水澤湖泊。長江の航路。

「近」語義類別:地、空間、距離、近。

「草堂」杜甫の成都浣花渓草堂。

「迴」草堂の周囲を見て回る。

 

 

鵝鴨 宜長數 ,柴荊 浪開

ガチョウや鴨はうまい具合に生き延びて数を増やしているだろうか、柴門や茨の垣根は風雨に破られ空きっぱなしになっていないだろうか。

「鵝鴨」鵝鳥ガンを飼いならしてつくられた家禽(かきん)。中国系はサカツラガンが原種で、代表的品種にシナガチョウがあり、白色か褐色で、くちばしの上にこぶをもつ。ヨーロッパ系はハイイロガンが原種で、白色のエムデン、褐色のトゥールーズなどの品種がある。食用や愛玩用とする。鴨、英: duck)とは、カモ目カモ科の鳥類のうち、雁(カリ)に比べて体が小さく、首があまり長くなく、冬羽(繁殖羽)では雄と雌で色彩が異なるものをいう。カルガモのようにほとんど差がないものもある。分類学上のまとまった群ではない。

「數」語義類別:其他、數詞、概量數詞、數。

「柴荊」戸の家の南西の位置に作った柴門。度々歌にしている。

「浪」濯錦江の増水の際に垣根が現れていないかというほどの意味。

 

 

東林 竹影 ,臘月 更須

東側に林があり、家の周りや他の家との境の竹の林は根の周りの掃除が行き届かず影が薄くなっているだろうか、今年も十二月になって更に果樹などの植木はどうであろうか。

「東林」家の東側は雑木の林がある。

「竹影薄」春先に竹を間引きをしたり、整理していないことで竹の成長が思わしくなく葉影が薄いのではないかというほどの意味。

「臘月」十二月。

「栽」果樹などの植木。 杜甫は成都に草堂を建てた際、桃などの果樹、花などを植栽した。

 榿木栽5001

720 《陪王漢州留杜綿州泛房公西湖【案:房琯刺漢州時所鑿。】》 蜀中転々 杜甫 <627>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3445 杜甫詩1000-627-883/1500

《陪王漢州留杜綿州泛房公西湖》房琯公の掘った春の池は素晴らしいもので稀にでも見られるものではないのである。東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

 

720 《陪王漢州留杜綿州泛房公西湖【案:房琯刺漢州時所鑿。】》 蜀中転々 杜甫 <627  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3445 杜甫詩1000-627-883/1500五言律詩

 

 

詩 題:陪王漢州留杜綿州泛房公西湖【案:房琯刺漢州時所鑿。】 作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

掲 載; 杜甫1000首の627首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-883回目

 

763年春、漢州(四川省広漢縣)に行ったときの作。この池は即ち房琯公池で房琯か相を罷めて後、漢州の刺史となって来て掘らせた池。房琯この春召しかえされて刑部尚書に進められたが、途中疾にあい、八月、閬州の客舎で死んだ。杜甫とは関係のふかい政治家であった。

この詩は房琯が去った後、漢州にゆき、彼の掘らせた池に遊んで、鵞鳥の子を見て詠じたもの。いろいろ諷刺の意味に解されているが、このままでも可愛いい詩である。

 

年: 廣德元年  763  52 

卷別: 卷二二八  文體: 五言律詩 

作地點: 漢州(劍南道北部 / 漢州 / 漢州

及地點: 漢州 (劍南道北部 漢州 漢州)綿州 (劍南道北部 綿州 綿州)房公湖 (劍南道北部 漢州 漢州) 別名:房公西湖、房公池、官池

交遊人物: 王漢州

 

 

陪王漢州留杜綿州泛房公西湖

(王漢州が杜甫を留まるようにいわれ綿州にお供する際に房琯公の作った西池に舟を泛べる。)

〔房琯刺漢州時所鑿。〕

〔房琯公が漢州の刺使の時に鑿った所。〕

舊相恩追後,春池賞不稀。

前の宰相の今は亡き房琯公の御恩にたいしてのお礼にここに来た。房琯公の掘った春の池は素晴らしいもので稀にでも見られるものではないのである。

闕庭分未到,舟楫有光輝。

東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

豉化蓴絲熟,刀鳴鱠縷飛。

大豆黄巻の豆はなり、蓴菜も取れごろであり、料理人の包丁の音が鳴り、鱠も糸のように調理され、おおざらにならべられてとぶようにしてはこばれてくる。

使君雙皁蓋,灘淺正相依。

王漢州使君と舟屋に二つ並んで繋ぎ、そして中州に行き、浅瀬に、まさに一緒に行動する。

楊貴妃清華池002 

 

『陪王漢州留杜綿州泛房公西湖』〔房琯刺漢州時所鑿。〕 現代語訳と訳註

(本文)

陪王漢州留杜綿州泛房公西湖〔房琯刺漢州時所鑿。〕

舊相恩追後,春池賞不稀。

闕庭分未到,舟楫有光輝。

豉化蓴絲熟,刀鳴鱠縷飛。

使君雙皁蓋,灘淺正相依。

 

 

(下し文)

陪王漢州が杜を留めて綿州泛房公西湖〔房琯刺漢州時所鑿。〕

舊相 恩 後を追い,春池 賞 稀れならず。

闕庭【さくてい】分れて未だ到らず,舟楫【しゅうとう】光輝有り。

豉化【かか】蓴絲【せんし】熟し,刀鳴は鱠縷【かいい】飛ばす。

使君 皁蓋【そうがい】に雙ぶ,灘淺【たんせん】正に相い依る。

 

 

(現代語訳)

(王漢州が杜甫を留まるようにいわれ綿州にお供する際に房琯公の作った西池に舟を泛べる。)

〔房琯公が漢州の刺使の時に鑿った所。〕

前の宰相の今は亡き房琯公の御恩にたいしてのお礼にここに来た。房琯公の掘った春の池は素晴らしいもので稀にでも見られるものではないのである。

東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

大豆黄巻の豆はなり、蓴菜も取れごろであり、料理人の包丁の音が鳴り、鱠も糸のように調理され、おおざらにならべられてとぶようにしてはこばれてくる。

 

 

(訳注)

陪王漢州留杜綿州泛房公西湖

〔房琯刺漢州時所鑿。〕

(王漢州が杜甫を留まるようにいわれ綿州にお供する際に房琯公の作った西池に舟を泛べる。)〔房琯公が漢州の刺使の時に鑿った所。〕

所鑿 掘って作ったところ。鑿:のみ。木材等に穴をあけたり小部分を削り取ったりする手工具。木工用は,柄の端をたたいて使う穴あけ用の叩(たたき)鑿と手で押して使う表面を削るための突鑿に大別。金工・石工用には鏨(たがね)が使用される。

同時期に下記をつくる

・陪王漢州留杜綿州泛房公西湖

・舟前小鵝兒

・得房公池鵝

 

舊相 恩追 ,春池 不稀

前の宰相の今は亡き房琯公の御恩にたいしてのお礼にここに来た。房琯公の掘った春の池は素晴らしいもので稀にでも見られるものではないのである。

「舊恩」杜甫は、左拾遺で朝廷に仕えている時にお世話になった人物であり、玄宗期の高官である。。

「春池」四季、春景色に、房琯が掘らせた池。

 

闕庭 分未到 ,舟楫 光輝

東宮の皇太子の粛宗から貶められたのちに召されたがその途中で病死した。ここでは舟の楫をとる水面は春の日に輝き照らされている。

「闕庭」朝庭; 東宮; 皇太子(唐制では平出とされる); 殿下.。ここでは粛宗をしめす。

 

豉化蓴絲 ,刀鳴 鱠縷

大豆黄巻の豆はなり、蓴菜も取れごろであり、料理人の包丁の音が鳴り、鱠も糸のように調理され、おおざらにならべられてとぶようにしてはこばれてくる。

「豉」大豆黄巻はその解毒に特効があるとされていたが,他の薬毒を消す場合にも用いられた。大豆豉(だいずし)。豉(くき)ともいう。

「蓴絲」蓴菜。

「鱠縷」膾を糸状に斬る。。

 

 

使君 皁蓋 ,灘淺 正相依。

王漢州使君と舟屋に二つ並んで繋ぎ、そして中州に行き、浅瀬に、まさに一緒に行動する。

「使君」王漢州使君。

「雙」船を並べる。。

「皁蓋」皁:顏色、原色、黑。どんぐり。しもべ。うまや。舟屋。

「灘」沙洲島嶼。
DCF00003 

712 《薄遊》 蜀中転々 杜甫 <619>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3405 杜甫詩1000-619-875/1500五言律詩

《薄遊》秋も深まると病葉がまず先に落葉している。冬に咲く花はただ、もうしばらく香りを漂わせている。閬州の城郭にはここを後にして旅立とうとする私の目には涙が流れるのである。今夜もまたここには清らかな月明かりがふりそそぐのだ。


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712 《薄遊》 蜀中転々 杜甫 <619  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3405 杜甫詩1000-619-875/1500五言律詩         

 

763年この年の夏ごろから、杜甫は梓州刺史章彝(前任の杜済は綿州刺史に転じていた)の客分となり、その主催する送別や歓迎の宴に出席したり、遊覧・遊猟に随行している。杜甫の詩人としての名も、かなり揚がっていたらしく、彼はそれによって一家の生活を支え、また東下の旅費を蓄えていた。しかしこのころ、辺境の情勢は緊迫の度を加え、吐蕃の軍は長安に迫り、西南方面(松・雅・保州)においては巴・蜀を圧迫していた。そうして、十月になるとついに長安に攻めこみ、代宗は東の方の陝州(河南省陝県)に逃げてしまった。しばらくして郭子儀が反撃に転じ、吐蕃軍は遁走したが、まさに安禄山の乱の再現かと思われた。

杜甫はそれらの情報を伝え聞きながら、今はただ一つしか残されていない東方への道、長江を下るべく、ひたすら旅の準備をととのえていた。その大部分は章彝の援助に頼るしかなかったため、彼は章彝とその幕僚の機嫌を損ねないように、言行を慎重にしていたらしい。そのためであろう、杜甫が東方の旅に出発することを申し出ると、彼らは送別会を開いてくれ、章彝は無事な旅を祈って、梓州特産の桃竹の杖を二本、杜甫に贈った。

出発も間近に迫ったある日、都に帰った厳武のはからいであろうか、杜甫を京兆府の功曹参軍(庶務課長)に任ずるとの連絡があった。しかし、すでに三峡を下って呉・楚の地に赴く決心をしていた杜甫は、それを辞退した。

 

 

詩 題:薄遊

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

作地點: 閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州別名:閬、巴城      掲 載; 杜甫1000首の619首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-875回目   40974

 

 

薄遊 

(夕暮れにゆっくりと遊ぶ。)

淅淅風生砌,團團日隱牆。 

ザーザーと、風が吹き付け建物の端っこで音たてる。マールイマールイ太陽が、土塀の陰に隠れてくる。

遙空秋雁滅,半嶺暮雲長。 

秋に南に帰る雁が遙か空遠く消えていく。峯の中腹に夕方の雲がかかり長く連なっている。

葉多先墜,寒花只暫香。 

秋も深まると病葉がまず先に落葉している。冬に咲く花はただ、もうしばらく香りを漂わせている。

巴城添淚眼,今夜復清光。 

閬州の城郭にはここを後にして旅立とうとする私の目には涙が流れるのである。今夜もまたここには清らかな月明かりがふりそそぐのだ。

(薄【いささ】か遊 ぶ)

淅淅たり風は砌を生じ,團團たり日は牆に隱る。 

遙か空 秋雁 滅し,半ばする嶺は暮雲長ず。 

病葉 多く先墜し,寒花 只だ暫香す。 

巴城 添けなくも眼に淚し,今夜復た清光す。 

tsuki04 

『薄遊』 現代語訳と訳註

(本文)

薄遊 

淅淅風生砌,團團日隱牆。 

遙空秋雁滅,半嶺暮雲長。 

病葉多先墜,寒花只暫香。 

巴城添淚眼,今夜復清光。 

(含異文)

淅淅風生砌【漸漸風生砌】,團團日隱牆【團團月隱牆】。

遙空秋雁滅【遙空秋雁過】【滿空秋雁滅】【滿空秋雁過】,半嶺暮雲長【半嶺暮雲張】。

病葉多先墜【病葉多先墮】,寒花只暫香。

巴城添淚眼,今夜復清光【今夜復秋光】。 

 

(下し文)

(薄【いささ】か遊 ぶ)

淅淅たり風は砌を生じ,團團たり日は牆に隱る。 

遙か空 秋雁 滅し,半ばする嶺は暮雲長ず。 

病葉 多く先墜し,寒花 只だ暫香す。 

巴城 添けなくも眼に淚し,今夜復た清光す。 

 

(現代語訳)

(夕暮れにゆっくりと遊ぶ。)

ザーザーと、風が吹き付け建物の端っこで音たてる。マールイマールイ太陽が、土塀の陰に隠れてくる。

秋に南に帰る雁が遙か空遠く消えていく。峯の中腹に夕方の雲がかかり長く連なっている。

秋も深まると病葉がまず先に落葉している。冬に咲く花はただ、もうしばらく香りを漂わせている。

閬州の城郭にはここを後にして旅立とうとする私の目には涙が流れるのである。今夜もまたここには清らかな月明かりがふりそそぐのだ。

aki010 

(訳注)

薄遊 

(夕暮れにゆっくりと遊ぶ。)

 

淅淅 風生 ,團團 隱牆

ザーザーと、風が吹き付け建物の端っこで音たてる。マールイマールイ太陽が、土塀の陰に隠れてくる。

「淅淅」風の音のするさま。

「砌」建物の間際。

「團團」まるい、まんまる(物)、景物形態、團。

「牆」土塀、かきね。

 

遙空 秋雁 ,半嶺 暮雲

秋に南に帰る雁が遙か空遠く消えていく。峯の中腹に夕方の雲がかかり長く連なっている。

 

病葉 先墜 ,寒花 只暫

秋も深まると病葉がまず先に落葉している。冬に咲く花はただ、もうしばらく香りを漂わせている。

「寒花」(1)冬に咲く花。 (2)雪を冬の花に見立てていう語。

 

巴城 添淚眼 ,今夜 復清光

閬州の城郭にはここを後にして旅立とうとする私の目には涙が流れるのである。今夜もまたここには清らかな月明かりがふりそそぐのだ。

「巴城」閬州  別名:閬、巴城。

711 《西山,三首之三〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕》 蜀中転々 杜甫 <618>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3400 杜甫詩1000-618-874/1500

《西山,三首之三》敵はいまなお、奥深く攻め入っているのに対してわかものらが闘っている、しかし、松州城、関所の城はまだ囲みがとけていない。その一つの蚕崖関ではみかたの鉄馬は痩せて劣勢であり、別の灌口には兵糧船もまれにしかいないのだ。


2013年12月6日  の紀頌之5つのブログ
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711 《西山,三首之三〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕》 蜀中転々 杜甫 <618>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3400 杜甫詩1000-618-874/1500

 

 

詩 題:西山,三首之三

作時:763年 廣德元年 杜甫52

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 西山,三首之三〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕

及地點:岷山 (劍南道北部 茂州) 別名:西山、汶山 ・蠶崖關 (劍南道北部 彭州 蠶崖關) 別名:蠶崖  ・灌口鎮 (劍南道北部 彭州 灌口鎮) 別名:灌口

 

掲 載; 杜甫1000首の618首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-874回目   40973

 

西山,三首之一〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕

(吐蕃が松州に攻め込み、その境となる雪嶺山脈、いわゆる西山のことについて詠う三首の其の一)〔西山とは岷山を云う、羌夷からの攻撃を阻み守る、蜀全域の大きな禍から。〕

彝界荒山頂,蕃州積雪邊。

酒瓶の境といわれる荒れた山脈の頂がある。吐蕃の州は積雪のあるあたりである。

築城依白帝,轉粟上青天。

これをふせぐために味方は城を築くのに白帝の居るかような高いところに依り、兵糧をはこぶのに青天にのぼるほどの困難をしているということだ。

蜀將分旗鼓,羌兵助井泉

そうして蜀武将は旗鼓を分かち、挟み撃ちをしてこれをふせぎ、降参した羌兵までが敵に内応して鎧鍵のことの手伝いをしてくれている。

西戎背和好,殺氣日相纏。

西南国境、吐蕃のものが和好を破った。そのために、蜀全域にこうして日日穀気がまといつつあるということなのだ。

彝界【いかい】荒山の頂にあり,蕃の州は積雪の邊にある。

築城 白帝に依り、転粟【てんぞく】青天に上る。

蜀の将 旗鼓を分かち、羌の兵 井泉【がいせん】を助く。

西南 和好に背き、殺気 日【ひご】とに相い纏う。

 

 

西山,三首 其二

(吐蕃が松州に攻め込み、その境となる雪嶺山脈、いわゆる西山のことについて詠う三首の其の二)

辛苦三城戍,長防萬里秋。

吐蕃に攻め入られて防戦一方の三城の兵軍は艱難辛苦の状態である。遠く万里のさきにおいて、秋口からの吐蕃の侵入をふせいでいるのだ。

煙塵侵火井,雨雪閉松州。

いま敵の兵馬の塵は西蜀の火井の方面を侵略し、秋の長雨、晩秋の雪に松州はかこまれその城門は閉じられている。

風動將軍幕,天寒使者裘。

将軍の陣営の幕には風がはためき、こちらから出した使者は皮衣の裘を着てもおかれた立場ではいたずらに天が寒く感ぜられるだろう。

漫山賊營壘,回首得無憂。

みわたす西の山山には吐蕃の賊どもがとりでを営んで、土塁をかまえている。これでは北の朝廷も西の三城、西蜀の火井の方面も心配だし、あっちもこっちも首を回らして心配せずにいられないのだ。

 

辛苦なり 三城の戍,長防す 萬里の秋。

煙塵 火井を侵し,雨雪 松州を閉す。

風は動く 將軍の幕,天は寒し 使者の裘。

漫山の賊は 壘を營み,首を回らして憂い無きを得んや。 

西山,三首 其三

(吐蕃が松州に攻め込み、その境となる雪嶺山脈、いわゆる西山のことについて詠う三首の其の三)

子弟猶深入,關城未解圍。

敵はいまなお、奥深く攻め入っているのに対してわかものらが闘っている、しかし、松州城、関所の城はまだ囲みがとけていない。

蠶崖鐵馬瘦,灌口米船稀。

その一つの蚕崖関ではみかたの鉄馬は痩せて劣勢であり、別の灌口には兵糧船もまれにしかいないのだ。

辯士安邊策,元戎決勝威。

このとき弁士は辺地を安全にするはかりごとを企て、大将は勝敗を決定するだけの威力を示そうとかかっている。

今朝烏鵲喜,欲報凱歌歸。

けさはかささぎが喜んでいるが、それをみると味方がかちどきをあげてかえるぞといってしらせてくれるつもりであるかのようにみえる。

子弟 猶お深く入り、関城 未だ囲みを解かず。

蠶崖【さんがい】鉄馬痩せ、灌口【かんこう】米船稀なり。

弁士 安辺の策、元戎【げんじゅう】決勝の威。

今朝 烏鵲【うじゃく】喜び,凱歌して歸えるを報ぜんと欲す。

花鴨003 

『西山,三首 其三』 現代語訳と訳註

(本文)

西山,三首 其三

子弟猶深入,關城未解圍。

蠶崖鐵馬瘦,灌口米船稀。

辯士安邊策,元戎決勝威。

今朝烏鵲喜,欲報凱歌歸。

 

(下し文)

西山,三首 其三

子弟 猶お深く入り、関城 未だ囲みを解かず。

蠶崖【さんがい】鉄馬痩せ、灌口【かんこう】米船稀なり。

弁士 安辺の策、元戎【げんじゅう】決勝の威。

今朝 烏鵲【うじゃく】喜び,凱歌して歸えるを報ぜんと欲す。

 

(現代語訳)

(吐蕃が松州に攻め込み、その境となる雪嶺山脈、いわゆる西山のことについて詠う三首の其の三)

敵はいまなお、奥深く攻め入っているのに対してわかものらが闘っている、しかし、松州城、関所の城はまだ囲みがとけていない。

その一つの蚕崖関ではみかたの鉄馬は痩せて劣勢であり、別の灌口には兵糧船もまれにしかいないのだ。

このとき弁士は辺地を安全にするはかりごとを企て、大将は勝敗を決定するだけの威力を示そうとかかっている。

けさはかささぎが喜んでいるが、それをみると味方がかちどきをあげてかえるぞといってしらせてくれるつもりであるかのようにみえる。

 

(訳注)

西山,三首之三〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕

(吐蕃が松州に攻め込み、その境となる雪嶺山脈、いわゆる西山のことについて詠う三首の其の三)

吐蕃が松州を囲んだときのことをのべる、雪嶺がその境にあるので「西山」と題した。

○西山 雪嶺をいう、吐蕃との接境である。

 

〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕

〔西山とは岷山を云う、羌夷からの攻撃を阻み守る、蜀全域の大きな禍から。〕

 

子弟猶深入,關城未解圍。

敵はいまなお、奥深く攻め入っているのに対してわかものらが闘っている、しかし、松州城、関所の城はまだ囲みがとけていない。

○子弟 卭州・雅州及び義兵のわかもの。

○深入 敵地へおくふかくはいる。

○関城 関所を設けたしろ。松州城をいうのであろう。

 

蠶崖鐵馬瘦,灌口米船稀。

その一つの蚕崖関ではみかたの鉄馬は痩せて劣勢であり、別の灌口の鎮には兵糧船もまれにしかいないのだ。

○蚕崖 関の名、導江県西北七十里40kmにあるという、導江県は唐のとき今の藩県を分かって置いた県である。

○鉄馬 よろっているうま。

○港口 鎮の名、導江県西六十里35kmにあるという。

 

辯士安邊策,元戎決勝威。

このとき弁士は辺地を安全にするはかりごとを企て、大将は勝敗を決定するだけの威力を示そうとかかっている。

○弁士 雄弁をふるう策士。

○安辺策 辺境を安全にするはかりごと。

○元戎 総大将、節度使をさすのであろう。

○決勝威 かちいくさをきめる威力。

 

今朝烏鵲喜,欲報凱歌歸。

けさはかささぎが喜んでいるが、それをみると味方がかちどきをあげてかえるぞといってしらせてくれるつもりであるかのようにみえる。

○鳥鵲 うじゃく:かささぎ 「烏鵲の智」 遠い将来のことばかり心配して、近くに迫っている災難に気がつかないこと。かささぎは強風の多い年には風をさけようとして巣を低い枝にかけるが、そのために、雛や卵を人に捕られることまでは、知恵がまわらない。このことを「喜」に置き換えてうたう。李商隠辛未七夕 李商隠にカササギが銀河の橋渡しをしてくれる鳥としている。『詩経』「鵲巢」にはカササギは巣作りに一生懸命、出来上がった巣は立派な頑丈なもの、しかし鳩が子育てに使う。しかしたくさんのお客がついてくる、というもの。烏鵲喜 「西京雑記」に「鳥鵲嘆ぎて行入室る」の語がある、かささぎのよろこぶのはいいことのあるきざしであるという。

得舎弟消息 二首 其二

汝懦歸無計,吾衰往未期。

浪傳鳥鵲喜,深負鶺鴒詩。

生理何顏面,憂端且時。

兩京三十口,雖在命如絲。

得舎弟消息 二首 其二 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 161 

○報 かさきざがしらせる。家族のことを知らせてくれる予兆とされる。

○凱歌帰 官軍がかちどきをあげてかえる。

くちなしの花 

(西山 三首)

彝界【いかい】荒山の頂にあり,蕃の州は積雪の邊にある。

築城 白帝に依り、転粟【てんぞく】青天に上る。

蜀の将 旗鼓を分かち、羌の兵 井泉【がいせん】を助く。

西南 和好に背き、殺気 日【ひご】とに相い纏う。

 

辛苦なり 三城の戍,長防す 萬里の秋。

煙塵 火井を侵し,雨雪 松州を閉す。

風は動く 將軍の幕,天は寒し 使者の裘。

漫山の賊は 壘を營み,首を回らして憂い無きを得んや。

 

子弟 猶お深く入り、関城 未だ囲みを解かず。

蠶崖【さんがい】鉄馬痩せ、灌口【かんこう】米船稀なり。

弁士 安辺の策、元戎【げんじゅう】決勝の威。

今朝 烏鵲【うじゃく】喜び,凱歌して歸えるを報ぜんと欲す。

710 《西山,三首之二〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕》 蜀中転々 杜甫 <617>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3395 杜甫詩1000-617-873/1500

杜甫《西山,三首之二〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕》吐蕃に攻め入られて防戦一方の三城の兵軍は艱難辛苦の状態である。遠く万里のさきにおいて、秋口からの吐蕃の侵入をふせいでいるのだ。いま敵の兵馬の塵は西蜀の火井の方面を侵略し、秋の長雨、晩秋の雪に松州はかこまれその城門は閉じられている。

2013年12月5日  の紀頌之5つのブログ
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710 《西山,三首之二〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕》 蜀中転々 杜甫 <617>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3395 杜甫詩1000-617-873/1500

 

作時:763年 廣德元年 杜甫52歳 

詩 題:西山,三首之二〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

掲 載; 杜甫1000首の616首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-872回目   40971

 

 

西山,三首之一〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕

(吐蕃が松州に攻め込み、その境となる雪嶺山脈、いわゆる西山のことについて詠う三首の其の一)

彝界荒山頂,蕃州積雪邊。

酒瓶の境といわれる荒れた山脈の頂がある。吐蕃の州は積雪のあるあたりである。

築城依白帝,轉粟上青天。

これをふせぐために味方は城を築くのに白帝の居るかような高いところに依り、兵糧をはこぶのに青天にのぼるほどの困難をしているということだ。

蜀將分旗鼓,羌兵助井泉

そうして蜀武将は旗鼓を分かち、挟み撃ちをしてこれをふせぎ、降参した羌兵までが敵に内応して鎧鍵のことの手伝いをしてくれている。

西戎背和好,殺氣日相纏。

西南国境、吐蕃のものが和好を破った。そのために、蜀全域にこうして日日穀気がまといつつあるということなのだ。

彝界【いかい】荒山の頂にあり,蕃の州は積雪の邊にある。

築城 白帝に依り、転粟【てんぞく】青天に上る。

蜀の将 旗鼓を分かち、羌の兵 井泉【がいせん】を助く。

西南 和好に背き、殺気 日【ひご】とに相い纏う。

 

 

西山,三首 其二

(吐蕃が松州に攻め込み、その境となる雪嶺山脈、いわゆる西山のことについて詠う三首の其の二)

辛苦三城戍,長防萬里秋。

吐蕃に攻め入られて防戦一方の三城の兵軍は艱難辛苦の状態である。遠く万里のさきにおいて、秋口からの吐蕃の侵入をふせいでいるのだ。

煙塵侵火井,雨雪閉松州。

いま敵の兵馬の塵は西蜀の火井の方面を侵略し、秋の長雨、晩秋の雪に松州はかこまれその城門は閉じられている。

風動將軍幕,天寒使者裘。

将軍の陣営の幕には風がはためき、こちらから出した使者は皮衣の裘を着てもおかれた立場ではいたずらに天が寒く感ぜられるだろう。

漫山賊營壘,回首得無憂。

みわたす西の山山には吐蕃の賊どもがとりでを営んで、土塁をかまえている。これでは北の朝廷も西の三城、西蜀の火井の方面も心配だし、あっちもこっちも首を回らして心配せずにいられないのだ。

 

辛苦なり 三城の戍,長防す 萬里の秋。

煙塵 火井を侵し,雨雪 松州を閉す。

風は動く 將軍の幕,天は寒し 使者の裘。

漫山の賊は 壘を營み,首を回らして憂い無きを得んや。

 

西山,三首 其三

子弟猶深入,關城未解圍。

蠶崖鐵馬瘦,灌口米船稀。

辯士安邊策,元戎決勝威。

今朝烏鵲喜,欲報凱歌歸。

 

 

『西山,三首之二』現代語訳と訳註

(本文)

西山,三首 其二

辛苦三城戍,長防萬里秋。

煙塵侵火井,雨雪閉松州。

風動將軍幕,天寒使者裘。

漫山賊營壘,回首得無憂。

 

 

(下し文)

辛苦なり 三城の戍,長防す 萬里の秋。

煙塵 火井を侵し,雨雪 松州を閉す。

風は動く 將軍の幕,天は寒し 使者の裘。

漫山の賊は 壘を營み,首を回らして憂い無きを得んや。

 

 

(現代語訳)

(吐蕃が松州に攻め込み、その境となる雪嶺山脈、いわゆる西山のことについて詠う三首の其の二)

吐蕃に攻め入られて防戦一方の三城の兵軍は艱難辛苦の状態である。遠く万里のさきにおいて、秋口からの吐蕃の侵入をふせいでいるのだ。

いま敵の兵馬の塵は西蜀の火井の方面を侵略し、秋の長雨、晩秋の雪に松州はかこまれその城門は閉じられている。

将軍の陣営の幕には風がはためき、こちらから出した使者は皮衣の裘を着てもおかれた立場ではいたずらに天が寒く感ぜられるだろう。

みわたす西の山山には吐蕃の賊どもがとりでを営んで、土塁をかまえている。これでは北の朝廷も西の三城、西蜀の火井の方面も心配だし、あっちもこっちも首を回らして心配せずにいられないのだ。


成都西側002 

(訳注)

西山,三首之二〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕

(吐蕃が松州に攻め込み、その境となる雪嶺山脈、いわゆる西山のことについて詠う三首の其の二)

吐蕃が松州を囲んだときのことをのべる、雪嶺がその境にあるので「西山」と題した。

○西山 雪嶺をいう、吐蕃との接境である。

 

〔即岷山,捍阻羌夷,全蜀巨障。〕

〔西山とは岷山を云う、羌夷からの攻撃を阻み守る、蜀全域の大きな禍から。〕

 

 

辛苦三城戍,長防萬里秋。

吐蕃に攻め入られて防戦一方の三城の兵軍は艱難辛苦の状態である。遠く万里のさきにおいて、秋口からの吐蕃の侵入をふせいでいるのだ。

〇三城 松州(k-26)・維州(h-18)・保州(h-13)の三州の城。

○防秋 秋口からの吐蕃の侵入をふせぐ。

 

煙塵侵火井,雨雪閉松州。

いま敵の兵馬の塵は西蜀の火井の方面を侵略し、秋の長雨、晩秋の雪に松州はかこまれその城門は閉じられている。

○火井 おなじ西蜀の卭州の火井(h-10)をさす。司馬相如と卓文君の所縁の地。

○閉 城門をとじる、すなわち敵にかこまれて籠城していること。

 

風動將軍幕,天寒使者裘。

将軍の陣営の幕には風がはためき、こちらから出した使者は皮衣の裘を着てもおかれた立場ではいたずらに天が寒く感ぜられるだろう。

○風動 陣幕の不安な様子をいう。

○使者裘 和親を議するために使者をだしたのである。裘は皮衣。冬の寒さを防ぐために着用した毛皮。いろいろな動物の毛皮を用いたが,狐と羔(こう)(黒い小羊)が最も有名。一般に毛の方を外に出し,歴代,裘工(きゆうこう)を置いて製作にあたらせた。

 

漫山賊營壘,回首得無憂。

みわたす西の山山には吐蕃の賊どもがとりでを営んで、土塁をかまえている。これでは北の朝廷も西の三城、西蜀の火井の方面も心配だし、あっちもこっちも首を回らして心配せずにいられないのだ。

○漫山 山にはびこる。

○廻首 杜甫は蜀の東側の閬州に居る。松州は蜀の最西端ある姿勢は東の地から北の都を向いていて、西の松州の方面へむくことをいう。
nat0003 

708 《薄暮》 蜀中転々 杜甫 <615>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3385 杜甫詩1000-615-871/1500

杜甫《薄暮》西漢水(嘉陵江)の流れはこの地に来ておだやかに深くゆっくりと流れ、今山々に雲がかかり早くも黄昏時のようだ。枯れはじめた荒野に冬の花の雪が覆っている、巣の鳥は枝が多くて奥まったところに宿している。


2013年12月3日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(13)#5-2 文選 賦<112―13>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩967 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3383
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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《獨釣,四首之一》元和十三年韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <880>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3384韓愈詩-223
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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708 《薄暮》 蜀中転々 杜甫 <615  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3385 杜甫詩1000-615-871/1500          

 

 

作時:763 廣德元年 杜甫52

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 薄暮 

作地點: 閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州

掲 載; 杜甫1000首の615首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-871回目

 

薄暮

(夕暮れに思うことあって詠う。)

江水長流地,山雲薄暮時。 

西漢水(嘉陵江)の流れはこの地に来ておだやかに深くゆっくりと流れ、今山々に雲がかかり早くも黄昏時のようだ。

寒花隱亂草,宿鳥擇深枝。 

枯れはじめた荒野に冬の花の雪が覆っている、巣の鳥は枝が多くて奥まったところに宿している。

舊國見何日,高秋心苦悲。 

それなのに、私の故郷に帰れるのは何時のことになるのか、天高く秋もふかまってくると私の心は苦しく悲しい。

人生不再好,鬢髮白成絲。 

人生は度々よいことが訪れるというはないものだし、苦労の積み重ねは頭に白髪が増えていき白髪になってしまっているのだ。

(薄暮)

江水 長流の地,山雲 薄暮の時。

寒花 亂草を隱い,宿鳥 深枝を擇す。 

舊國 何日にか見,高秋 苦悲を心にす。 

人生 好に再びならず,鬢髮 白うして絲と成る。 

 

 

『薄暮』 現代語訳と訳註

(本文)

薄暮

江水長流地,山雲薄暮時。 

寒花隱亂草,宿鳥擇深枝。 

舊國見何日,高秋心苦悲。 

人生不再好,鬢髮白成絲。 

 

(下し文)

(薄暮)

江水 長流の地,山雲 薄暮の時。

寒花 亂草を隱い,宿鳥 深枝を擇す。 

舊國 何日にか見,高秋 苦悲を心にす。 

人生 好に再びならず,鬢髮 白うして絲と成る。 

 

(現代語訳)

(夕暮れに思うことあって詠う。)

西漢水(嘉陵江)の流れはこの地に来ておだやかに深くゆっくりと流れ、今山々に雲がかかり早くも黄昏時のようだ。

枯れはじめた荒野に冬の花の雪が覆っている、巣の鳥は枝が多くて奥まったところに宿している。

それなのに、私の故郷に帰れるのは何時のことになるのか、天高く秋もふかまってくると私の心は苦しく悲しい。

人生は度々よいことが訪れるというはないものだし、苦労の積み重ねは頭に白髪が増えていき白髪になってしまっているのだ。

sas0013 

 

(訳注)

薄暮

(夕暮れに思うことあって詠う。)

・薄暮 日没後の黄昏を指す。一般的には、日没後の太陽が地平線より6度程度下にある時間帯である。薄暮時の日の出、日没前後の(夜昼の境の)薄暗い時間帯をあらわす。薄暮而=夕暮れに帰る.薄暮分=夕暮れ時.

 

江水長流地,山雲薄暮時。 

西漢水(嘉陵江)の流れはこの地に来ておだやかに深くゆっくりと流れ、今山々に雲がかかり早くも黄昏時のようだ。

 

寒花隱亂草,宿鳥擇深枝。 

枯れはじめた荒野に冬の花の雪が覆っている、巣の鳥は枝が多くて奥まったところに宿している。

・寒花. . 冬に咲く花。 . 雪を冬の花に見立てていう語。

 

舊國見何日,高秋心苦悲。 

それなのに、私の故郷に帰れるのは何時のことになるのか、天高く秋もふかまってくると私の心は苦しく悲しい。

 

人生不再好,鬢髮白成絲。 

人生は度々よいことが訪れるというはないものだし、苦労の積み重ねは頭に白髪が増えていき白髪になってしまっているのだ。
nat0001 

701 《章梓州水亭〔自注:時漢中王兼道士席謙在會,同用荷字韻。〕》蜀中転々 杜甫<608> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3350 杜甫詩1000-608-864/1500

杜甫《章梓州水亭》荊州の人人は山簡を愛してこどもが歌をつくったが、章留後も山簡のようなひとだ、だから、わたしも酔うて荊州の童べをまねて長くうたうしかない。


2013年11月26日  の紀頌之5つのブログ
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班孟堅(班固)《西都賦》(6)#2-4 文選 賦<112―6>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩960 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3348
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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701 《章梓州水亭〔自注:時漢中王兼道士席謙在會,同用荷字韻。〕》蜀中転々 杜甫<608> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3350 杜甫詩1000-608-864/1500





卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 章梓州水亭〔自注:時漢中王兼道士席謙在會,同用荷字韻。〕

及地點:  梓州 (劍南道北部 梓州 梓州)  ・荊州 (山南東道 荊州 荊州) 別名:郢門     

交遊人物/地點: 章梓州





章梓州水亭

(梓州の留後である章彝の池水にのぞんだ亭)

〔原注〕時漢中王乗道士席謙在合、同用荷字韻

〔この時漢中王や道士席謙も座にあり、みなが「荷」の字の韻をつかって詩をつくった。〕

城の方から暮てきて夕霞や霧が一体にかかるようになってきて、だんだんこの水亭のおくまできてみると芰荷のあるところになる。

吏人橋外少,秋水席邊多。

役人どもが橋の向こう側には少なく、池のそばにはねだした坐席は秋の増水にたくさんせまっている。

近屬淮王至,高門薊子過。

ここへ皇族である准王の漢中王がおいでになり、またこのお宅へは仙人の薊子である席謙もこられている。
荊州愛山簡,吾醉亦長歌。

荊州の人人は山簡を愛してこどもが歌をつくったが、章留後も山簡のようなひとだ、だから、わたしも酔うて荊州の童べをまねて長くうたうしかない。

(章梓州が水亭)

(時に漢中王兼【およ】び道士席謙会に在り、同じく荷の字の韻を用う)

城 晩れて雲霧通ず、亭深くして芰荷【きか】に到る。

吏人 橋外に少【まれ】なり、秋水 席辺に多し。

近属 准王至り、高門 薊子【けいし】過ぐ。

荊州 山簡を愛し、吾酔いて亦た長歌す。

miyajima594 

『章梓州水亭』 現代語訳と訳註

(本文)

章梓州水亭

〔原注〕時漢中王乗道士席謙在合、同用荷字韻

通雲霧,亭深到芰荷。

吏人橋外少,秋水席邊多。

近屬淮王至,高門薊子過。

荊州愛山簡,吾醉亦長歌。

 


(下し文)

(章梓州が水亭)

(時に漢中王兼【およ】び道士席謙会に在り、同じく荷の字の韻を用う)

城 晩れて雲霧通ず、亭深くして芰荷【きか】に到る。

吏人 橋外に少【まれ】なり、秋水 席辺に多し。

近属 准王至り、高門 薊子【けいし】過ぐ。

荊州 山簡を愛し、吾酔いて亦た長歌す。


(現代語訳)

(梓州の留後である章彝の池水にのぞんだ亭)

〔この時漢中王や道士席謙も座にあり、みなが「荷」の字の韻をつかって詩をつくった。〕

城の方から暮てきて夕霞や霧が一体にかかるようになってきて、だんだんこの水亭のおくまできてみると芰荷のあるところになる。

役人どもが橋の向こう側には少なく、池のそばにはねだした坐席は秋の増水にたくさんせまっている。

ここへ皇族である准王の漢中王がおいでになり、またこのお宅へは仙人の薊子である席謙もこられている。

荊州の人人は山簡を愛してこどもが歌をつくったが、章留後も山簡のようなひとだ、だから、わたしも酔うて荊州の童べをまねて長くうたうしかない。


(訳注)

章梓州水亭

梓州の留後である章彝の池水にのぞんだ亭

○章梓州 梓州の留後である章彝

○水亭 池水にのぞんだ亭。

 


〔原注〕時漢中王乗道士席謙在合、同用荷字韻

〔この時漢中王や道士席謙も座にあり、みなが「荷」の字の韻をつかって詩をつくった。〕

○漢中王 名を璃といい譲皇帝(寧王)の第六子で汝陽王璡の弟である。玄宗が蜀に幸したときに従って漢中に至り、漢中王に封ぜられ銀青光禄大夫・漢中郡太守を加えられた。のち粛宗を諌めて帝の怒りにふれ蓬州の刺史に貶せられた。ここには漢中王と称しているが蓬州の刺史として何かの事によって梓州に来たのにより作者が彼とあったものとおもわれる。

『戲題寄上漢中王,三首之一』

西漢親王子,成都老客星。 

百年雙白鬢,一別五秋螢。 

忍斷杯中物,祗看座右銘。 

不能隨皂蓋,自醉逐浮萍。

639五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之一》 蜀中転々 杜甫 <544  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2945 杜甫詩1000-544-783/1500

『戲題寄上漢中王,三首之二』

策杖時能出,王門異昔遊。 

已知嗟不起,未許醉相留。 

蜀酒濃無敵,江魚美可求。 

終思一酩酊,淨掃雁池頭。 

640 五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之二》 蜀中転々 杜甫 <545  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2950 杜甫詩1000-545-784/1500

『戲題寄上漢中王,三首之三』

群盜無歸路,衰顏會遠方。

尚憐詩警策,猶記酒顛狂。

魯衛彌尊重,徐陳略喪亡。

空餘枚叟在,應念早升堂。

641五言律詩《戲題寄上漢中王,三首之三》 蜀中転々 杜甫 <546  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2955 杜甫詩1000-546-785/1500

『玩月呈漢中王』

夜深露氣清,江月滿江城。

浮客轉危坐,歸舟應獨行。

關山同一照,烏鵲自多驚。

欲得淮王術,風吹暈已生。

643 《玩月呈漢中王》 蜀中転々 杜甫 <548  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2965 杜甫詩1000-548-787/1500

○席謙 梓州粛明観の道士で棊(ごはじき)を好んだ、「存穀口号」詩に「席謙見ず近ごろ棊を弾ずるを。」とあるのはこの人のことである。

 


通雲霧,亭深到芰荷。

城の方から暮てきて夕霞や霧が一体にかかるようになってきて、だんだんこの水亭のおくまできてみると芰荷のあるところになる。

○通 城内からこことすべてみなぎること。

○亭深 事が池の中央に奥まってあること。

○到芰荷 だんだんゆくと芰荷のあるところまできたということ。はひし、荷ははす。

 


吏人橋外少,秋水席邊多。

役人どもが橋の向こう側には少なく、池のそばにはねだした坐席は秋の増水にたくさんせまっている。

○橋 池の浮島の亭に達するまでの橋であろう。

○席 亭の水上の座席のでのしきもの。

 


近屬淮王至,高門薊子過。

ここへ皇族である准王の漢中王がおいでになり、またこのお宅へは仙人の薊子である席謙もこられている。

○近属 天子の近いおつづきあい。

○准王 准帝王のこと、漢中王を比していう、前にもみえる。○高門 章亭の家ということ。

○薊子 薊子訓という仙人のこと、この仙人は都に至り二十三家の貴族の宅に同時に姿をあらわしたとの話がある、薊子訓をもって席謙に此する。

 


荊州愛山簡,吾醉亦長歌。

荊州の人人は山簡を愛してこどもが歌をつくったが、章留後も山簡のようなひとだ、だから、わたしも酔うて荊州の童べをまねて長くうたうしかない。

荊州 荊州の民。

○山簡 晋の山簡が裏陽に鎮したとき、つねに習家の池に出遊して酒をのんだのを、児童が歌にうたったという、簡をもって章彝に比する。山簡:字は季倫。西晋時代の人。竹林の七賢の一人、山濤の子。詩では「山公」と歌われ、公は一般に尊称であるが、ここでは、とくに尊敬と親しみの気特がこもっている。山簡、あざなは季倫。荊州の地方長官として嚢陽にいたとき、常に酔っぱらっては高陽の池にあそび(野酒)、酩酊したあげく、白い帽子をさかさに被り、馬にのって歩いた。それが評判となり、そのことをうたった歌までできた。話は「世説」にある。 

李白『答友人贈烏紗帽』

領得烏紗帽,全勝白接蘺。

山人不照鏡,稚子道相宜。

答友人贈烏紗帽 李白Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -293

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(章梓州が水亭)

(時に漢中王兼【およ】び道士席謙会に在り、同じく荷の字の韻を用う)

城 晩れて雲霧通ず、亭深くして芰荷【きか】に到る。

吏人 橋外に少【まれ】なり、秋水 席辺に多し。

近属 准王至り、高門 薊子【けいし】過ぐ。

荊州 山簡を愛し、吾酔いて亦た長歌す。
金燈花01



通雲霧,亭深到芰荷。

 


 


 


 


 

700 《送元二適江左》 蜀中転々杜甫 <607>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3345 杜甫詩1000-607-863/1500

杜甫《送元二適江左》ここを出ると白帝城や丹陽の長官の所をとおるだろう。白帝城は公孫述が独立したところ、丹陽には晋の王室で力強い臣が尹となっていたところだ。白帝や丹陽には今もそんな人物がいるかも知れぬ、だからそこをとおったとても気をつけて自己のからだを大切にし、つぎつぎに兵事など論じてはいけない。


2013年11月25日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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班孟堅(班固)《西都賦》(5)#2-3 文選 賦<112―5>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩959 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3343
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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700 《送元二適江左〔自注:元結也。考《次山集》,未嘗入蜀,亦未嘗至江左,且與後注應孫科舉不合,殆非是。〕》 蜀中転々杜甫 <607  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3345 杜甫詩1000-607-863/1500

 

卷二二七  文體: 五言律詩 

詩 題:送元二適江左

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點: 潤州 (江南東道 潤州 ) 別名:昇州、丹陽・白帝城 (山南東道 夔州 奉節) 別名:白帝樓、公孫城     

交遊人物 元二 元結といわれる。王維送元二使安西』「渭城朝雨浥輕塵,客舍靑靑柳色新。勸君更盡一杯酒,西出陽關無故人。」

掲 載; 杜甫1000首の607首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-863回目

 

 

送元二適江左〔原注〕元嘗磨孫呉科擧

(元二が江左に適くを送る)

(自註:元嘗て孫呉の科挙に応ず)

〔別本自注元結也。考《次山集》,未嘗入蜀,亦未嘗至江左,且與後注應孫科舉不合,殆非是。

〔別本の自注〕この詩に元二は元結である。《元次山集.》をみてみると,元結は蜀に入ったことはまったくなく,亦た江左に至らったこともない,そうした後の注で、應に孫科舉に及第しておらず,したがってここにいう元二は元結ではないのであろう。

亂後今相見,秋深複遠行。

君とは兵乱以後いまはじめて面会する、しかるにこの秋も深くなって君はまたあの日のように遠くへゆくのである。

風塵為客日,江海送君情。

風塵中に客寓の身となっているこのとき、江海の万へゆく君を送る自分の情はどんなであるか、察してくれたまえ。

晉室丹陽尹,公孫白帝城。

ここを出ると白帝城や丹陽の長官の所をとおるだろう。白帝城は公孫述が独立したところ、丹陽には晋の王室で力強い臣が尹となっていたところだ。

經過自愛惜,取次莫論兵。

白帝や丹陽には今もそんな人物がいるかも知れぬ、だからそこをとおったとても気をつけて自己のからだを大切にし、つぎつぎに兵事など論じてはいけない。

 

(元二が江左に適くを送る)

(自註:元嘗て孫呉の科挙に応ず)

〔別本の自注〕元結なり。《次山集》を考す,未だ嘗て蜀に入らず,亦た未だ嘗て江左に至らず,且つ與後の注 應に孫科舉 合せず,殆て是に非らず。

乱後 今 相い見て、秋深く 復た 遠く行く。

風塵 客と為る日は、江海 君を送るの情。

晉室 丹陽の尹【いん】,公孫 白帝城。

經過せば 自ら愛惜し,取次【しゅじ】兵を論ずること莫れ。

杏の白花012 

 

『送元二適江左』 現代語訳と訳註

(本文)

送元二適江左〔原注〕元嘗磨孫呉科擧

〔別本自注元結也。考《次山集》,未嘗入蜀,亦未嘗至江左,且與後注應孫科舉不合,殆非是。

亂後今相見,秋深複遠行。

風塵為客日,江海送君情。

晉室丹陽尹,公孫白帝城。

經過自愛惜,取次莫論兵。

 

(下し文)

(元二が江左に適くを送る)

(自註:元嘗て孫呉の科挙に応ず)

〔別本の自注元結なり。《次山集》を考す,未だ嘗て蜀に入らず,亦た未だ嘗て江左に至らず,且つ與後の注 應に孫科舉 合せず,殆て是に非らず。

乱後 今 相い見て、秋深く 復た 遠く行く。

風塵 客と為る日は、江海 君を送るの情。

晉室 丹陽の尹【いん】,公孫 白帝城。

經過せば 自ら愛惜し,取次【しゅじ】兵を論ずること莫れ。

 

(現代語訳)

(元二が江左に適くを送る)

(自註:元嘗て孫呉の科挙に応ず)

〔別本の自注〕この詩に元二は元結である。《元次山集.》をみてみると,元結は蜀に入ったことはまったくなく,亦た江左に至らったこともない,そうした後の注で、應に孫科舉に及第しておらず,したがってここにいう元二は元結ではないのであろう。

君とは兵乱以後いまはじめて面会する、しかるにこの秋も深くなって君はまたあの日のように遠くへゆくのである。

風塵中に客寓の身となっているこのとき、江海の万へゆく君を送る自分の情はどんなであるか、察してくれたまえ。

ここを出ると白帝城や丹陽の長官の所をとおるだろう。白帝城は公孫述が独立したところ、丹陽には晋の王室で力強い臣が尹となっていたところだ。

白帝や丹陽には今もそんな人物がいるかも知れぬ、だからそこをとおったとても気をつけて自己のからだを大切にし、つぎつぎに兵事など論じてはいけない。

 

(訳注)

送元二適江左〔原注〕元嘗磨孫呉科擧

(元二が江左に適くを送る)

(自註:元嘗て孫呉の科挙に応ず)

○元二 元二は原注に元結のことという。銭謙益は元結の伝にょって元結となすことの誤りを弁じて、精は菊にも至らず江左にもいったことがないとしている。王維送元二使安西』「渭城朝雨浥輕塵,客舍靑靑柳色新。勸君更盡一杯酒,西出陽關無故人。」元二の安西に適くを送る」詩がある。杜甫の詩は、当時送別の際に有名になって歌われていた王維の詩に影響を受けていることは間違いないようである。

○江左 江東のこと、すなわち江南のことで、今の江寧府地方をいう。

 

〔別本自注元結也。考《次山集》,未嘗入蜀,亦未嘗至江左,且與後注應孫科舉不合,殆非是

〔別本の自注〕この詩に元二は元結である。《元次山集.》をみてみると,元結は蜀に入ったことはまったくなく,亦た江左に至らったこともない,そうした後の注で、應に孫科舉に及第しておらず,したがってここにいう元二は元結ではないのであろう。

 

亂後今相見,秋深複遠行。

君とは兵乱以後いまはじめて面会する、しかるにこの秋も深くなって君はまたあの日のように遠くへゆくのである。

 

風塵為客日,江海送君情。

風塵中に客寓の身となっているこのとき、江海の万へゆく君を送る自分の情はどんなであるか、察してくれたまえ。

○江海 中国では江のひろい処を海という、長江下流域の江左の方面の江は江海である。

 

晉室丹陽尹,公孫白帝城。

ここを出ると白帝城や丹陽の長官の所をとおるだろう。白帝城は公孫述が独立したところ、丹陽には晋の王室で力強い臣が尹となっていたところだ。

○晋室丹陽尹 晋の時の丹陽は今の江寧府地方にあたる、尹は市長とかその長官である。

○公孫白帝城 白帝城は四川省夔州府の魚復浦にある城で漢末に公孫述が築いたものである、地理よりいえば白帝城を過ぎてのちに丹陽の方へ赴くのであるが、押韻の都合でおきかえていったのである、丹陽白帝の二句は経過の地をいい、次ぎの「経過」の語へ接する句法である。

 

經過自愛惜,取次莫論兵。

白帝や丹陽には今もそんな人物がいるかも知れぬ、だからそこをとおったとても気をつけて自己のからだを大切にし、つぎつぎに兵事など論じてはいけない。

○経過 白帝城、丹陽をとおったときにはの意。

〇自愛惜 自己の身をたいせつにする。

○取次 或は従容の意といい、或は即次の意といい、或は次第の意という。今は次第の意に従う。

○論兵 兵略上について議論する。元二は孫呉の科という武事の試験科目に応じたことのある人であるという。

kimo003 

 

(元二が江左に適くを送る)

(自註:元嘗て孫呉の科挙に応ず)

乱後 今 相い見て、秋深く 復た 遠く行く。

風塵 客と為る日は、江海 君を送るの情。

晉室 丹陽の尹【いん】,公孫 白帝城。

經過せば 自ら愛惜し,取次【しゅじ】兵を論ずること莫れ。

699 《征夫》 蜀中転々 杜甫 <606>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3340 杜甫詩1000-606-862/1500

杜甫《征夫》このあたり、十軒の家にはたして幾人が残っているだろうか。あちこちの山里には人かげも稀で、ただいたずらに空虚なところばかりである。
 

2013年11月24日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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班孟堅(班固)《西都賦》(4)#2-2 文選 賦<112―4>18分割55回 Ⅱ李白に影響を与えた詩958 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3338
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Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoorブログ 699 《征夫》 蜀中転々 杜甫 <606>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3340 杜甫詩1000-606-862/1500
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
薛濤 詩詞全首100 井梧吟 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-136-8-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2227
主に花間集から
温庭筠 70首『菩薩蠻 一』温庭筠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-1-1-#1 花間集 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1620
韋荘 50首 菩薩蠻 一 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩花間集Gs-247-5-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2617
皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
牛嶠  20首 女冠子四首 其一 牛嶠  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-312-5-#66  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3107
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699 《征夫》 蜀中転々 杜甫 <606  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3340 杜甫詩1000-606-862/1500

 

 

詩 題:征夫 作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別:    卷二二七              文體:  五言律詩

掲 載; 杜甫1000首の606首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-862回目

 

 

征夫

十室幾人在,千山空自多。

このあたり、十軒の家にはたして幾人が残っているだろうか。あちこちの山里には人かげも稀で、ただいたずらに空虚なところばかりである。

路衢唯見哭,城市不聞歌。

四方路上、ちまたにはただ死者を哭する者を目につくばかり、ところが城市にはいるとたのしい歌声などは聞こえてこない。

漂梗無安地,銜枚有荷戈。

漂泊のわが身に安住の地はないが、それにもまして戈を背負わされた人民は、箸枚をふくまされ、我慢して従軍しているのだ。

官軍未通蜀,吾道竟如何。

官軍の掃討・征伐軍はまだこの蜀にはやって來ない。ああ私の前途は、どうなってゆくのだろう。(征夫【せいふ】)

十室 幾人か在る,千山 空しく自ら多し。

路衢【ろく】唯だ哭するを見る,城市 歌うを聞かず。

漂梗【ひょうこう】安地無く,銜枚【かんばい】荷戈【かか】有り。

官軍 未だ蜀に通ぜず,吾が道 竟に如何【いかん】。

終南山05 

 

『征夫』 現代語訳と訳註

(本文)

征夫

十室幾人在,千山空自多。

路衢唯見哭,城市不聞歌。

漂梗無安地,銜枚有荷戈。

官軍未通蜀,吾道竟如何。

 

(下し文)

(征夫【せいふ】)

十室 幾人か在る,千山 空しく自ら多し。

路衢【ろく】唯だ哭するを見る,城市 歌うを聞かず。

漂梗【ひょうこう】安地無く,銜枚【かんばい】荷戈【かか】有り。

官軍 未だ蜀に通ぜず,吾が道 竟に如何【いかん】。

 

(現代語訳)

このあたり、十軒の家にはたして幾人が残っているだろうか。あちこちの山里には人かげも稀で、ただいたずらに空虚なところばかりである。

四方路上、ちまたにはただ死者を哭する者を目につくばかり、ところが城市にはいるとたのしい歌声などは聞こえてこない。

漂泊のわが身に安住の地はないが、それにもまして戈を背負わされた人民は、箸枚をふくまされ、我慢して従軍しているのだ。

官軍の掃討・征伐軍はまだこの蜀にはやって來ない。ああ私の前途は、どうなってゆくのだろう。

 

(訳注)

征夫

閬州にての作で。時に吐蕃が松州を囲み、蜀の人民はまた征戈に苦しんでいた。

倦夜倦秋夜』『對雨』『警急〔自注:時高公適領西川節度。〕』『王命』『征夫』『送元二適江左』と同時期のもの。

 

 

十室幾人在,千山空自多。

このあたり、十軒の家にはたして幾人が残っているだろうか。あちこちの山里には人かげも稀で、ただいたずらに空虚なところばかりである。

・この二句は世情不安で住民が逃げ出していなくなったことを云う。

 

路衢唯見哭,城市不聞歌。

四方路上、ちまたにはただ死者を哭する者を目につくばかり、ところが城市にはいるとたのしい歌声などは聞こえてこない。

・衢 ちまた。四方に通じる道。よつつじ。

 

漂梗無安地,銜枚有荷戈。

漂泊のわが身に安住の地はないが、それにもまして戈を背負わされた人民は、箸枚をふくまされ、我慢して従軍しているのだ。

・漂梗 梗は桃梗。桃の枝で作ったまじないの人形。桃梗は大雨におうて、泛々としてとどまる所を知らぬ、ということで、杜甫の漂泊・流寓の身の上をたとえる。

・銜枚 軍兵が声を立てぬように、口に箸のようなものをくわえさせ我慢のさまを云う。

・荷戈 戈をになうもの。兵士。

 

官軍未通蜀,吾道竟如何。

官軍の掃討・征伐軍はまだこの蜀にはやって來ない。ああ私の前途は、どうなってゆくのだろう。
蜀中転々圖 

698 《王命》 蜀中転々 杜甫<605>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3335 杜甫詩1000-605-861/1500

杜甫《王命》自分はむかし漢の武帝がわざわざ司馬相如を使者に任命して蜀の安堵をはかられた御趣意をおもうて、蜀の者は皆働哭していたのだ、司馬相如の様なあなたが王官として充分な働きを希望するものである。


2013年11月23日 の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
 
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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『花間集』継続中 
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698 《王命》 蜀中転々 杜甫<605>漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3335 杜甫詩1000-605-861/1500       

 

詩 題:王命

作時:763年 廣德元年 杜甫52歳 

卷別:卷二二七  文體: 五言律詩 

閬州 (山南西道 / 閬州 / 閬州)

掲載;杜甫1000首の605首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-861回目   40960

 

 

王命(王 命)

漢北豺狼滿,巴西道路難。

漢北には豺狼がいっぱいあり、巴西は徐知道の乱で焼失されて道路が不通である。

血埋諸將甲,骨斷使臣鞍。

長安では味方の諸将の甲冑は血に埋められ、吐蕃に使者で行ったものは、その使臣の鞍には死骸の骨さえないありさまなのだ。

牢落新燒棧,蒼茫舊築壇。

吐蕃は好き勝手に新たに桟道を焼き牢落させ人民はさびしくおもっているし、これまで、壇をきずいておおくの大将を任命したことなどは昔話のようにとりとめもないことがらとなってしまった。

深懷蜀意,慟哭望王官。

自分はむかし漢の武帝がわざわざ司馬相如を使者に任命して蜀の安堵をはかられた御趣意をおもうて、蜀の者は皆働哭していたのだ、司馬相如の様なあなたが王官として充分な働きを希望するものである。

(王 命)

漢北 財狼【さいろう】満ち、巴西【はせい】道路 難し。

血は埋【うず】む諸将の甲を、骨は断ゆ 使臣の鞍と。

牢落【ろうらく】たり 新たに桟を焼し、蒼茫【そうぼう】たり旧に壇を築く。

深く懐うは喩蜀【ゆしょく】の意を、働哭【どうこく】しては王官を望む。

成都遂州00 

四川省西部地区略図 

『王命』 現代語訳と訳註

(本文)

王命

漢北豺狼滿,巴西道路難。

血埋諸將甲,骨斷使臣鞍。

牢落新燒棧,蒼茫舊築壇。

深懷蜀意,慟哭望王官。

 

 

(下し文)

(王 命)

漢北 財狼【さいろう】満ち、巴西【はせい】道路 難し。

血は埋【うず】む諸将の甲を、骨は断ゆ 使臣の鞍と。

牢落【ろうらく】たり 新たに桟を焼し、蒼茫【そうぼう】たり旧に壇を築く。

深く懐うは喩蜀【ゆしょく】の意を、働哭【どうこく】しては王官を望む。

 

 

(現代語訳)

(王 命)

漢北には豺狼がいっぱいあり、巴西は徐知道の乱で焼失されて道路が不通である。

長安では味方の諸将の甲冑は血に埋められ、吐蕃に使者で行ったものは、その使臣の鞍には死骸の骨さえないありさまなのだ。

吐蕃は好き勝手に新たに桟道を焼き牢落させ人民はさびしくおもっているし、これまで、壇をきずいておおくの大将を任命したことなどは昔話のようにとりとめもないことがらとなってしまった。

自分はむかし漢の武帝がわざわざ司馬相如を使者に任命して蜀の安堵をはかられた御趣意をおもうて、蜀の者は皆働哭していたのだ、司馬相如の様なあなたが王官として充分な働きを希望するものである。

 

(訳注)

王命(王 命)

○王命 『詩経、小雅(出車)』に「王命南仲、往城于方。」とあり、周の天子が南仲という武将に大将を命じ、北方に往き城を築いて防御を固め、夷狄を征伐させることをいう。これは朝廷が蜀を治める将を高適に命ぜられ他のであろうが、しっかりした権限移譲をあたえられんことを希望する意、高適に「王命」があるのだからおもいきってやれということをのべて「王命」と題した。結句の「望王官」ことの意。この詩は、前の詩、高適にあてたものの追伸にあたるものである。

警急〔自注:時高公適領西川節度。〕

才名舊楚將,妙略擁兵機。

玉壘雖傳檄,松州會解圍。

和親知拙計,公主漫無歸。

青海今誰得,西戎實飽飛。

697 《警急〔自注:時高公適領西川節度。〕》 蜀中転々 杜甫 <604>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3330 杜甫詩1000-604-860/1500

 

漢北豺狼滿,巴西道路難。

漢北には豺狼がいっぱいあり、巴西は徐知道の乱で焼失されて道路が不通である。

○漢北 漢中府の北、長安方面をいう。

○財狼 吐蕃の兵をいう。

○巴西 綿州・梓州・遂州・漢州・筒州をさす。主には涪江を交通手段とする地域。

○道路難 徐知道の乱の際長安と分断のため焼失させた。

『陪章留後侍禦宴南樓〔得風字〕』#1

域長夏晚,茲樓清宴同。

朝廷燒棧北,鼓角滿天東。

屢食將軍第,仍騎禦史驄。

本無丹灶術,那免白頭翁。

692 《陪章留後侍御宴南樓〔得風字。〕》#1 蜀中転々 杜甫 <598  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3300 杜甫詩1000-598-854/1500

 

血埋諸將甲,骨斷使臣鞍。

長安では味方の諸将の甲冑は血に埋められ、吐蕃に使者で行ったものは、その使臣の鞍には死骸の骨さえないありさまなのだ。

○血埋 呂月将という渭北兵馬使が吐蕃と籃屋に戦って擒にされ、長安が占領されたことをいう。

○骨断使臣鞍 広徳元年李之芳・崔倫が吐蕃に使いしたとき、吐蕃は彼らを留めてかえさなかった。

月明峡01 

牢落新燒棧,蒼茫舊築壇。

吐蕃は好き勝手に新たに桟道を焼き牢落させ人民はさびしくおもっているし、これまで、壇をきずいておおくの大将を任命したことなどは昔話のようにとりとめもないことがらとなってしまった。

○牢落 さびしいさま。

○新焼桟 上元二年二月、奴刺党項が宝鷄県に入寇して大散開を焼いた。また広徳元年七月、吐蕃が大震関に入り、蘭、廓、河、鄯、挑、眠、秦、成、渭などの州を陥れたようなことをさす。

○蒼茫 はっきりせぬさま。

○旧築壇 従前郭子儀など多くの名将を任命されたこと。

 

深懷蜀意,慟哭望王官。

自分はむかし漢の武帝がわざわざ司馬相如を使者に任命して蜀の安堵をはかられた御趣意をおもうて、蜀の者は皆働哭していたのだ、司馬相如の様なあなたが王官として充分な働きを希望するものである。

蜀意 は司馬相如の故事。漢の武帝のとき、唐蒙が夜郎(今の雲南地方・李白が流されるところ)に通じ、巴蜀の吏卒を徴集して暴挙を為し、巴蜀の人民を大いに驚かしたとき、武帝は相如に命じ使いして唐蒙を責め、巴蜀の人民に唐蒙のしわざが天子の意ではないことを諭させた。高適は司馬相如のようである。

○王官 天子の任命した官。

denen05520

(王 命)

漢北 財狼 満ち、巴西 道路 難し。

血は埋む 諸将の甲を、骨は断ゆ 使臣の鞍と。

牢落たり 新たに桟を焼し、蒼茫たり旧に壇を築く。

深く懐うは喩蜀の意を、働哭しては王官を望む。

 

697 《警急〔自注:時高公適領西川節度。〕》 蜀中転々 杜甫 <604>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3330 杜甫詩1000-604-860/1500

杜甫《警急〔自注:時高公適領西川節度。〕》三国の参謀といわれた賈詡に喩えられ、淮南、楚の地で功勲を挙げられた高適公はその策は巧妙な戦略、兵を動かすのも適宜になされ、かつ兵卒を大事にされるお方である。

2013年11月22日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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《晚秋郾城夜會聯句〔韓愈、李正封〕》(22)-#20韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <869>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3329韓愈詩-220-#20
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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697 《警急〔自注:時高公適領西川節度。〕》 蜀中転々 杜甫 <604  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3330 杜甫詩1000-604-860/1500

 

 

詩 題:警急〔自注:時高公適領西川節度。〕

作時:763 廣德元年十月 閬州 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 警急【案:自注:時高公適領西川節度。】 

作地點: 閬州(山南西道 / 閬州 / 閬州

及地點:  玉壘山 (劍南道北部 無第二級行政層級 玉壘山) 別名:玉壘   松州 (劍南道北部 松州 松州

 

 

掲 載; 杜甫1000首の604首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-860回目

 

警急〔自注:時高公適領西川節度。〕

(此の非常事態を知らせる。〔この時、高適公は、再度剣南西川節度使となっている。〕)

才名舊楚將,妙略擁兵機。

三国の参謀といわれた賈詡に喩えられ、淮南、楚の地で功勲を挙げられた高適公はその策は巧妙な戦略、兵を動かすのも適宜になされ、かつ兵卒を大事にされるお方である。

玉壘雖傳檄,松州會解圍。

玉塁地区は太古より武勇が聞かれるところで、都江堰によっても守られているところかもしれないが、西域防御の松州の都督府もそこを吐蕃に倚って破られたのである。

和親知拙計,公主漫無歸。

粛宗が吐蕃との和親を進めてきたがこれが稚拙なたくらみでしかなかったのであり、嫁がせた公主は未だに帰国されてはいないのである。

青海今誰得,西戎實飽飛。

西域、隴右の青海地方は今誰が領有しているというのか、西の異民族たちの好き勝手にさせているのではないだろうか。

警急〔自注:時高公適領西川節度。〕

才名 舊の楚將なり,略を妙とし兵機を擁す。

玉壘 傳檄をなすと雖も,松州 解圍に會す。

和親 拙計を知り,公主 漫【そぞろ】に歸る無し。

青海 今や誰か得るや,西戎 實に飽き飛ぶ。

 蜀中転々圖

 

 

『警急』 現代語訳と訳註

(本文)

警急〔自注:時高公適領西川節度。〕

才名舊楚將,妙略擁兵機。

玉壘雖傳檄,松州會解圍。

和親知拙計,公主漫無歸。

青海今誰得,西戎實飽飛。

 

 

(下し文)

警急〔自注:時高公適領西川節度。〕

才名 舊の楚將なり,略を妙とし兵機を擁す。

玉壘 傳檄をなすと雖も,松州 解圍に會す。

和親 拙計を知り,公主 漫【そぞろ】に歸る無し。

青海 今や誰か得るや,西戎 實に飽き飛ぶ。

 

 

(現代語訳)

(此の非常事態を知らせる。〔この時、高適公は、再度剣南西川節度使となっている。〕)

三国の参謀といわれた賈詡に喩えられ、淮南、楚の地で功勲を挙げられた高適公はその策は巧妙な戦略、兵を動かすのも適宜になされ、かつ兵卒を大事にされるお方である。

玉塁地区は太古より武勇が聞かれるところで、都江堰によっても守られているところかもしれないが、西域防御の松州の都督府もそこを吐蕃に倚って破られたのである。

粛宗が吐蕃との和親を進めてきたがこれが稚拙なたくらみでしかなかったのであり、嫁がせた公主は未だに帰国されてはいないのである。

西域、隴右の青海地方は今誰が領有しているというのか、西の異民族たちの好き勝手にさせているのではないだろうか。

 

kimo003 

(訳注)

警急〔自注:時高公適領西川節度。〕

(此の非常事態を知らせる。〔この時、高適公は、再度剣南西川節度使となっている。〕)

広徳元年(七六三)正月、北方ではひきつづき敗戦を重ねていた賊将史胡挙賊将史朝義(史忠明の子。史思明を殺してこれに代わった)が遂に縊死し、部将らは多く投降し、かくて長年にわたったさしもの大乱も、一段落ついたことになる。この快報を梓州できいた杜甫は、狂喜して詩を賦し、自分も一日も早く北に帰ろうと心をきめたのであった。しかし、その実、時局はなかなか治まらず、回紇が中原に入って横行暴虐の限りをつくし、かつて牡甫が、回紇に救援をたのむことに危惧を抱いた、ちょうどそのことが、今や目前に起こりつつあったのみならず、吐蕃はたえず侵入して、七月には秦州・成州をはじめ河西・隴西隴右を占拠、十月には邠州まで攻めよせたので、代宗はあわてて陝州に逃げ、一時、吐蕃が長安を占領して掠奪をほしいままにした。長安は、郭子儀の反撃により、蜀、松州、維州は高適に倚り、吐蕃は撤退した。

杜甫は北の故郷に帰ることもできず、梓州にいて、その間、綿州にゆき、漢州にゆき、閬州にゆき、恐らくは生活のために転々と奔走したのであろう。当時の詩の数はますます多いが、その中、百分の世話になった人々に贈り、その人々に感謝する詩が非常に多い。

この十月頃の作品である。

 

才名舊楚將,妙略擁兵機。

三国の参謀といわれた賈詡に喩えられ、淮南、楚の地で功勲を挙げられた高適公はその策は巧妙な戦略、兵を動かすのも適宜になされ、かつ兵卒を大事にされるお方である。

・才名 三国時代曹操、曹丕に仕え名参謀といわれた賈 詡(か く、147 - 223年、建和元年 - 黄初4年)のこと。後漢末期から三国時代にかけての政治家。字は文和(ぶんわ)。董卓・李傕・段煨・張繍に仕えた後、曹操・曹丕の2代にわたり重臣として活躍した[1] 。賈穆・賈訪の父。賈模の祖父、賈胤・賈龕の高祖父。高適も高齢になって抜擢されたもの。

・舊楚將 高適が永王璘討伐で、揚州都督府長史、淮南節度使を兼ね「楚」の地で功勲を挙げたことをいう。

 

玉壘雖傳檄,松州會解圍。

玉塁地区は太古より武勇が聞かれるところで、都江堰によっても守られているところかもしれないが、西域防御の松州の都督府もそこを吐蕃に倚って破られたのである。

・玉壘 成都の北西50kmの都江堰近くにあるやま。戦国時代末期に巴蜀を領土とした秦の孝文王(紀元前225年)のころ、蜀郡の太守に赴任した李氷(リーピン)は、氾濫する岷江(ピンコウ)を改修するため、四川盆地の治水工事に挑んだ。成都の北西50キロの灌県にある世界遺産「都江堰(トコウエン)」が、その代表的な治水工事である。これは水路を開削して流れを分ける離堆を築く工事である。李氷がこの治水にあたって龍を降し、石犀牛を三()作らせ守り神とし、祖先伝来の開山大斧を三度振るって玉塁山を開削したと語り伝えられている。

 

和親知拙計,公主漫無歸。

粛宗が吐蕃との和親を進めてきたがこれが稚拙なたくらみでしかなかったのであり、嫁がせた公主は未だに帰国されてはいないのである。

・公主 吐蕃との和親で文成公主をいう。文成公主(ぶんせいこうしゅ、623 - 680年)は、唐の皇女で、吐蕃のソンツェン・ガンポ王の第2皇后。

 

青海今誰得,西戎實飽飛。

西域、隴右の青海地方は今誰が領有しているというのか、西の異民族たちの好き勝手にさせているのではないだろうか。

・西戎 749年哥舒翰は吐蕃の石堡城の攻略を命じられる。隴右・河西・朔方・河東及び突厥の兵合わせて10万を率いて攻め込んだ。石堡城は難攻不落であったが、数万の兵を失いつつも落城させた。それがこの7月、吐蕃に倚り、奪回されたことを云う。

・實飽飛 好き勝手にされること。

 

 

高適

滄州渤海(現河北省)の出身。生年不詳 765年で李白と親交があり磊落な性質で家業を怠り、落ちぶれて梁・宋(現河南省)で食客となっていたが、発憤して玄宗の時に有道科に挙げられ、封丘尉の役職を授けられた。その後官職を捨てて河右に遊歴し、河西節度使哥舒翰に見いだされて幕僚となった。また侍御史となり、蜀に乱を避けた玄宗に随行した。粛宗の命で、江西采訪使・皇甫侁とともに皇弟である永王李璘の軍を討伐平定した。後に蜀が乱れるに及び蜀州・彭州の刺史となり、西川節度使となった。長安に帰って刑部侍郎・散騎常侍となり、代宗の代に渤海侯に封ぜられ、その地で没した。

これまでの杜甫が高適に贈った詩は下記の通り。

 

送高三十五書記 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 50

 

寄高三十五書記  杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 67

 

送蔡希魯都尉還隴右,因寄高三十五書記 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢誠実な詩人 93

寄高三十五詹事  杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 268

 

寄彭州高三十五使君適、虢州岑二十七長史參三十韻 杜甫 <316-#1> 漢文委員会紀頌之の漢詩ブログ1430 杜甫詩 700- 441

568

奉簡高三十五使君 杜甫 成都(2部)浣花渓の草堂(3 -5)  杜甫 <387 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1875 杜甫詩1000-387-568/1500

674

王十七侍禦掄許攜酒至草堂,奉寄此詩,便請邀高三十五使君同到  七言律詩 成都5-(38) 杜甫 <463  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2400 杜甫詩1000-463-674/1500

678

李司馬橋成,高使君自成都回 七言絶句 成都5-(42) 杜甫 <467  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2420 杜甫詩1000-467-678/1500

791

647 《寄高適【案:草堂逸詩拾遺。】》 蜀中転々 杜甫 <552  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2985 杜甫詩1000-552-791/1500

 

696 《對雨》 蜀中転々 杜甫 <603>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3325 杜甫詩1000-603-859/1500

杜甫《對雨》天下の隅々まで雨が降って暗い日々が続く、旅先の涪江のほとりに独り佇んでこの時を過ごしている。剣南、山南西、嘉陵江下流域の三巴地方の道路交通事情には今や愁いはない、ただ、長安の唐王朝と軍隊の旗には大雨で湿りきって怖いと思えるものである。


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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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696 《對雨》 蜀中転々 杜甫 <603  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3325 杜甫詩1000-603-859/1500

 

詩 題:對雨

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

五言律詩

掲 載; 杜甫1000首の603首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-859回目

 

 

對雨

(こんな雨が降って暗い世の中に対して)

莽莽天涯雨,江邊獨立時。

天下の隅々まで雨が降って暗い日々が続く、旅先の涪江のほとりに独り佇んでこの時を過ごしている。

不愁巴道路,恐濕漢旌旗。

剣南、山南西、嘉陵江下流域の三巴地方の道路交通事情には今や愁いはない、ただ、長安の唐王朝と軍隊の旗には大雨で湿りきって怖いと思えるものである。

雪嶺防秋急,繩橋戰勝遲。

蜀盆地を囲む雪嶺の山々には秋の気配が急に迫ってきた、叛乱や、異民族の侵略に対して素早い対応して闘いに飼ってもらいたいのにそれができず後手後手になっている。

西戎甥舅禮,未敢背恩私。

ウイグルや吐蕃の王室の兄弟たちはきっと礼を尽くしてくれるだろうが、いまだあえて、恩義・謝恩の叛くことなどあることはないだろう。

(雨に對して)

莽莽【ぼうぼう】とすは天涯の雨,江邊に獨り立時とす。

巴の道路に愁わざるなく,濕するを恐れるは漢の旌旗を。

雪嶺は 秋を急するを防ぐ,繩橋【じょうきょう】しては 戰勝遲れる。

西戎 甥舅の禮あるも,未だ敢て恩私に背かず。

  DCF00018

 

『對雨』 現代語訳と訳註

(本文)

對雨

莽莽天涯雨,江邊獨立時。

不愁巴道路,恐濕漢旌旗。

雪嶺防秋急,繩橋戰勝遲。

西戎甥舅禮,未敢背恩私。

 

(下し文)

(雨に對して)

莽莽【ぼうぼう】とすは天涯の雨,江邊に獨り立時とす。

巴の道路に愁わざるなく,濕するを恐れるは漢の旌旗を。

雪嶺は 秋を急するを防ぐ,繩橋【じょうきょう】しては 戰勝遲れる。

西戎 甥舅の禮あるも,未だ敢て恩私に背かず。

 

(現代語訳)

(こんな雨が降って暗い世の中に対して)

天下の隅々まで雨が降って暗い日々が続く、旅先の涪江のほとりに独り佇んでこの時を過ごしている。

剣南、山南西、嘉陵江下流域の三巴地方の道路交通事情には今や愁いはない、ただ、長安の唐王朝と軍隊の旗には大雨で湿りきって怖いと思えるものである。

蜀盆地を囲む雪嶺の山々には秋の気配が急に迫ってきた、叛乱や、異民族の侵略に対して素早い対応して闘いに飼ってもらいたいのにそれができず後手後手になっている。

ウイグルや吐蕃の王室の兄弟たちはきっと礼を尽くしてくれるだろうが、いまだあえて、恩義・謝恩の叛くことなどあることはないだろう。

 

(訳注)

對雨

(こんな雨が降って暗い世の中に対して)

763年廣徳元年7月吐蕃が河西・隴西の地を略したこと心配して、施政者に警鐘を鳴らすものである。

政治的なことを取り上げる際の詩題として『対・・・』こんな・・・なときにどうしているのか?という意味である。人の生活に必要な雨を取り上げる場合、特に農業に必要なものである場合には、『大雨』『梅雨』『喜晴』『喜雨』『村雨』

『対雪』、『対酒』

左拾遺として長安にいた758年乾元元年三月の作『曲江對雨』

城上春雲覆苑牆,江亭晚色靜年芳。

林花著雨燕支濕,水荇牽風翠帶長。

龍武新軍深駐輦,芙蓉別殿謾焚香。

何時詔此金錢會,暫醉佳人錦瑟旁?

(曲江にて雨に対す)

城上の春雲苑牆【えんしょう】を覆う、江亭晩色年芳【ねんほう】静かなり。

林花雨を著【つ】けて燕支【えんし】湿い、水荇【すいこう】風に牽【ひ】かれて翠帯【すいたい】長し。

竜武の新軍に深く輦【れん】を駐【とど】め、芙蓉の別殿に漫【まん】に香を焚く。

何の時か詔【みことのり】して此の金銭の会あって、暫く酔わん佳人【けいじん】錦瑟【きんしつ】の傍【かたわら】

 

莽莽天涯雨,江邊獨立時。

天下の隅々まで雨が降って暗い日々が続く、旅先の涪江のほとりに独り佇んでこの時を過ごしている。

・莽莽 雨が長く暗味のさま。『秦州雑詩二十首 其七』

莽莽万重山、孤城山谷間。

無風雲出塞、不夜月臨関。

属国帰何晩、楼蘭斬未還。

烟塵独長望、衰颯正摧顔。

秦州雜詩二十首 其七 杜甫 2部 <260> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1229 杜甫詩 700- 374

 

不愁巴道路,恐濕漢旌旗。

剣南、山南西、嘉陵江下流域の三巴地方の道路交通事情には今や愁いはない、ただ、長安の唐王朝と軍隊の旗には大雨で湿りきって怖いと思えるものである。

・漢旌旗 長安の唐王朝と軍隊の旗。

 

雪嶺防秋急,繩橋戰勝遲。

蜀盆地を囲む雪嶺の山々には秋の気配が急に迫ってきた、叛乱や、異民族の侵略に対して素早い対応して闘いに飼ってもらいたいのにそれができず後手後手になっている。

・防秋 秋にあたって敵が侵入してくるのを防ぐこと。吐蕃国境の雪嶺山脈の防御を云う。
・繩橋 竹の橋を手早く縄で縛って作る。素早い対応の戦略などを云う。

『入奏行贈西山檢察使竇侍禦』成都遂州#2

政用疏通合典則,戚聯豪貴耽文儒。 

兵革未息人未蘇,天子亦念西南隅。 

吐蕃憑陵氣頗粗,竇氏檢察應時須。 

運糧繩橋壯士喜,斬木火井窮猿呼。 

 

西戎甥舅禮,未敢背恩私。

ウイグルや吐蕃の王室の兄弟たちはきっと礼を尽くしてくれるだろうが、いまだあえて、恩義・謝恩の叛くことなどあることはないだろう。

・西戎 古代中国人がトルコ族・チベット族など西方の異民族を称した語。西夷(せいい)。→東夷(とうい) →南蛮 →北狄(ほくてき)

・甥舅 甥(おい):自分の兄弟姉妹の息子を指す語。対義語は姪。舅:1 (舅)夫または妻の父。しゅうとおや。2 (姑)「しゅうとめ(姑)」に同じ。◇「舅」「姑」は、配偶者の父母に対する呼びかけには使わない。また、配偶者の父母のことを他人に話すときには「お」を付けない。

ここでは、安禄山の乱以後、無原則に援軍を頼み、公主を嫁がせ義兄弟とし、血縁を結んだことをいう。ところが、安史の乱が集結したら、ウイグルは、全土で略奪を繰り返した。杜甫はウイグルに対しては頭初から批判的であった。唐は中宗の景竜二年(七〇八)に金城公主を賛普(吐事の酋長)に要し、これと親戚関係を結んだ。故に彼はみずから甥(おい)の身分に居り、唐の天子を男(おじさん)として敬礼すべき地位にあるというのである。

・未敢 よもやすまいということであるが、事実をいうのではなく、希望をいったものである。

・恩私 恩愛、私寵のこと。

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695 《倦夜〔倦秋夜〕》 蜀中転々 杜甫 <602>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3320 杜甫詩1000-602-858/1500

杜甫《倦夜〔倦秋夜〕》 さわやかな初秋の夜、風はないのにやわらかな竹の葉づれの音は、竹の涼さをよび、臥所のに伝わってくる。野に滿面にてらす月はこの庭の隅にくまなくいっぱいにさしこんでいる。

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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695 《倦夜〔倦秋夜〕》 蜀中転々 杜甫 <602>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3320 杜甫詩1000-602-858/1500

 

 

詩 題:倦夜〔倦秋夜〕

作時:763年 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

掲 載; 杜甫1000首の602首目-場面

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倦夜

(けだるくねつかれぬ夜。)

竹涼侵臥,野月滿庭隅。

さわやかな初秋の夜、風はないのにやわらかな竹の葉づれの音は、竹の涼さをよび、臥所のに伝わってくる。野に滿面にてらす月はこの庭の隅にくまなくいっぱいにさしこんでいる。

重露成涓滴,稀星乍有無。

竹の葉に露の滴がささやかに重なり、しずくとなっておちるし、あまりに月が明るいので、まばらな星の光はみえたりふと消えたりする。

暗飛螢自照,水宿鳥相呼。

竹林の暗がりを螢は飛んで自分のまわりだけを照らし、水鳥は水のほとりに宿ってたがいに友を呼びかわしている。

萬事干戈裏,空悲清夜徂。

平穏であるここの万事さえも兵乱のうちにあるのである。自分はかかるありさまをながめつつこの清らかな夜がすぎゆくことを悲しく思うしかないのである。 

(倦【だる】い夜)

竹の涼しさは臥【ふしど】の侵り、野の月は庭の隅に滿つ。

重なれる露は涓【ささや】かに滴【したた】るし、稀らなる星は乍有りて無し。

暗きに飛ぶ螢は自ずから照し、水に宿る鳥は相い呼ぶ。

万事は千戈の裏なり、空しく悲しむ清夜の徂くを。 

tsuki001
『倦夜』 現代語訳と訳註

(本文)

倦夜

竹涼侵臥,野月滿庭隅。

重露成涓滴,稀星乍有無。

暗飛螢自照,水宿鳥相呼。

萬事干戈裏,空悲清夜徂。

(含異文)

竹涼浸臥,野月滿庭隅【野月遍庭隅】。

重露成涓滴,稀星乍有無。

暗飛螢自照,水宿鳥相呼【飛螢自照水,宿鳥競相呼】。

萬事干戈裡,空悲清夜徂。 

 

(下し文)

(倦【だる】い夜)

竹の涼しさは臥【ふしど】の侵り、野の月は庭の隅に滿つ。

重なれる露は涓【ささや】かに滴【したた】るし、稀らなる星は乍有りて無し。

暗きに飛ぶ螢は自ずから照し、水に宿る鳥は相い呼ぶ。

万事は千戈の裏なり、空しく悲しむ清夜の徂くを。

 

(現代語訳)

(けだるくねつかれぬ夜。)

さわやかな初秋の夜、風はないのにやわらかな竹の葉づれの音は、竹の涼さをよび、臥所のに伝わってくる。野に滿面にてらす月はこの庭の隅にくまなくいっぱいにさしこんでいる。

竹の葉に露の滴がささやかに重なり、しずくとなっておちるし、あまりに月が明るいので、まばらな星の光はみえたりふと消えたりする。

竹林の暗がりを螢は飛んで自分のまわりだけを照らし、水鳥は水のほとりに宿ってたがいに友を呼びかわしている。

平穏であるここの万事さえも兵乱のうちにあるのである。自分はかかるありさまをながめつつこの清らかな夜がすぎゆくことを悲しく思うしかないのである。

蜀の山50055

 

(訳注)

倦夜

(けだるくねつかれぬ夜。)

【首聯】【頷聯】【頸聯】までは完全対句で、上句と下句で二枚のことなった絵をみるようである。【尾聯】はこの平和な景色の中で自分自身の置かれている現状、心情を詠う。

 

竹涼侵臥,野月滿庭隅。

さわやかな初秋の夜、風はないのにやわらかな竹の葉づれの音は、竹の涼さをよび、臥所のに伝わってくる。野に滿面にてらす月はこの庭の隅にくまなくいっぱいにさしこんでいる。

臥内 ねどこのなか。

  

 滿 庭隅

 

重露成涓滴,稀星乍有無。

竹の葉に露の滴がささやかに重なり、しずくとなっておちるし、あまりに月が明るいので、まばらな星の光はみえたりふと消えたりする。

成 完成する。

涓滴 ささやかなしずく

乍有無 ふと見えたりふと消える。

重露  

稀星 乍 

 

暗飛螢自照,水宿鳥相呼。

竹林の暗がりを螢は飛んで自分のまわりだけを照らし、水鳥は水のほとりに宿ってたがいに友を呼びかわしている。

蛍・鳥.零落孤独な杜甫自身の象徴。

自照 自分の周りだけをそっと照らす。

暗飛 螢 自

水宿 鳥 相

 

萬事干戈裏,空悲清夜徂。

平穏であるここの万事さえも兵乱のうちにあるのである。自分はかかるありさまをながめつつこの清らかな夜がすぎゆくことを悲しく思うしかないのである。

万事 竹、月、露、星、蛍、鳥などをさす。

干戈 戦乱。

空 なにもすることができず、ただぼんやりとしていること。

徂 すぎ去ること。

萬事 干戈 裏

空悲 清夜 徂

 

真竹003 

(倦夜について)

竹涼侵臥,野月滿庭隅。(竹の涼しさは臥【ふしど】のに侵り、野の月は庭の隅に滿つ。)

さわやかな初秋の夜、風はないのに竹の葉づれのおとはしずかな夜を象徴するものであり、その雰囲気の中核となるものは、寝室の窓の外に、月光を受けて光る竹であった。竹と竹の簟が「涼」という抽象名詞に集約され、寝室の中にまでしみこむ竹の葉づれの音、そこを抜けて來るわずかな風は、「侵す」とたくみに表現されている。

やがて、杜甫の目は、竹のすずしさにさそわれて、しだいに遠くへとうつり、「見よ旅の夜の月影は、庭のすみずみにまで、みちあふれているではないか。閬州か梓州の外の原野をも照らす月である。いわばそれは人間の生活とまじりあった都市の月ではなく、旅の夜の老妻と過ごす自然のはだかの形で示す月である。

756

『月夜』

今夜鄜州月、閨中只独看。

遥憐小児女、未解憶長安。

香霧雲鬟湿、清輝玉臂寒。

何時倚虚幌、双照涙痕乾。

月夜 杜甫  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 144

月夜 と家族を詠う詩について 杜甫  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 150

kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 149 李白の家族の詩について(6

kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 148 夜雨寄北

竹涼侵臥,野月滿庭隅。(竹の涼しさは臥【ふしど】のに侵り、野の月は庭の隅に滿つ。)

上句の竹は、下句の月光の中にうかび出ることによって、いよいよ掠しげにけむり、下の句の月は、竹を中心としてけむることによって、一層きよらかである、自然はあくまでも平和にみちて、清き夜を徂かせ、時時きこえる水鳥の聾も、杜甫にとっても、自然は完全なへいわなものであり、人間の世界にも、自然のような正しい秩序をもち充たそうということ、それが杜甫の一生を通じての願望であり、この願望に封する誠賛な情熱こそ、杜甫のすべての詩の源泉であり基調であった。

端正で誠実な表現、それもまた人間の秩序を愛する心の、また一のあらわれであるのだ。この素晴らしい【首聯】の入りによって、【頷聯】【頸聯】の情景がきれいに続くのである。
tsuki04






月夜」と家族の考え方の考察(研究)
1.なぜ「長安の月」ではなく「州の月」なのか
  1月夜 杜甫  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 144
2. 九月九日憶山東兄弟  王維
    ー 杜甫『月夜』の理解を深めるために ー
  2.kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 145 九月九日憶山東兄弟  王維

3. 除夜作  高適
  3.kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 146 除夜作 高適
4.八月十五日夜禁中独直対月憶元九   白居易
  4.kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 146 八月十五日夜禁中独直対月憶元九 白居易

5. 夜雨寄北 李商隠
  5.kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 148 夜雨寄北

6.李白の家族の詩
6.kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 149 李白の家族の詩について(6


7杜甫の『彭衙行』(ほうがこう)『自京赴奉先縣詠懷五百字』と『遺興』
8. 「月夜」子供に対する『北征』の詩に、「淋前の南中女」とは?

78月夜 と家族を詠う詩について 杜甫  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 150

 

9. 《倦夜〔倦秋夜〕》 763年 蜀の乱を避けて「蜀中転々」の時期に、江南の地に移住しようと思っていたころ、自分と家族のことを考えている中で旅の空のもと自然を詠う秀作。「野月」という月はどんな月か。

9.695 《倦夜〔倦秋夜〕》 蜀中転々 杜甫 <602  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3320 杜甫詩1000-602-858/1500 上弦の月

693 《臺上〔得涼字。〕》 蜀中転々 杜甫 <600>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3310 杜甫詩1000-600-856/1500

杜甫《臺上〔得涼字。〕》宴席から立ち上がって、楼閣の望台にのぼって、ぐるっとながめみる。それからここの門の所に佇んでいると、月はずっと光を落している。見上げると雲が流れ、まだまだ蒸し暑い日が続いている。近くの山に谷には、すずしい風が吹き始めている。
 

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693 《臺上〔得涼字。〕》 蜀中転々 杜甫 <600  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3310 杜甫詩1000-600-856/1500

 

 

詩題: 臺上〔得涼字。〕 

作時:763 廣德元年 杜甫52

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

掲 載; 杜甫1000首の600首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-856回目   40955

 

臺上〔得涼字。〕 

(亭臺樓閣に登ってみる。この時、「涼」の字を得る。)

改席臺能迥,留門月復光。 

宴席から立ち上がって、楼閣の望台にのぼって、ぐるっとながめみる。それからここの門の所に佇んでいると、月はずっと光を落している。

雲行遺暑山谷進風涼。  

見上げると雲が流れ、まだまだ蒸し暑い日が続いている。近くの山に谷には、すずしい風が吹き始めている。

老去一杯足,誰憐屢舞長。 

すると私の老いた身から老いが去って行き、酒がまたいっぱいの酒が飲みたりてくる。誰が憐れんでいるのだろうか、しばしば踊っているのが長く長く続いている。

何須把官燭,似惱鬢毛蒼。 

どうしてなのだろうか役所のかがり火をつかんできている。髪の毛が白々とし、顔色まで白くしていること悩み深きことでしかないだろう。

臺 上る〔得涼字。〕 

席を改めて臺能く迥る,門に留めて月復た光る。 

雲行 暑に遺し,山谷 風涼に進む。 

老去りて 一び杯足り,誰か憐みて屢ば舞長くす。 

何んぞ須く官燭を把み,似って惱むは鬢毛の蒼なり。   

岳陽樓詩人0051 

『臺上』 現代語訳と訳註

(本文)

臺上〔得涼字。〕 

改席臺能迥,留門月復光。 

雲行遺暑山谷進風涼。  

老去一杯足,誰憐屢舞長。 

何須把官燭,似惱鬢毛蒼。 


(含異文)

改席臺能迥【改席臺為迥】,留門月復光。

雲行遺暑【雲霄遺暑】,山谷進風涼。

老去一杯足,誰憐屢舞長。

何須把官燭,似惱鬢毛蒼。  

 

(下し文)

臺 上る〔得涼字。〕 

席を改めて臺能く迥る,門に留めて月復た光る。 

雲行 暑山谷 風涼に進む。  

老去りて 一び杯足り,誰か憐みて屢ば舞長くす。 

何んぞ須く官燭を把み,似って惱むは鬢毛の蒼なり。 

 

(現代語訳)

(亭臺樓閣に登ってみる。この時、「涼」の字を得る。)

宴席から立ち上がって、楼閣の望台にのぼって、ぐるっとながめみる。それからここの門の所に佇んでいると、月はずっと光を落している。

見上げると雲が流れ、まだまだ蒸し暑い日が続いている。近くの山に谷には、すずしい風が吹き始めている。

すると私の老いた身から老いが去って行き、酒がまたいっぱいの酒が飲みたりてくる。誰が憐れんでいるのだろうか、しばしば踊っているのが長く長く続いている。

どうしてなのだろうか役所のかがり火をつかんできている。髪の毛が白々とし、顔色まで白くしていること悩み深きことでしかないだろう。

 

(訳注)

臺上〔得涼字。〕 

(亭臺樓閣に登ってみる。この時、「涼」の字を得る。)

江亭送眉州辛別駕昇之〔得蕪字。〕

陪章留後侍御宴南樓得風字。

 

改席 能迥,留門 復光

宴席から立ち上がって、楼閣の望台にのぼって、ぐるっとながめみる。それからここの門の所に佇んでいると、月はずっと光を落している。

「改席」ここでは単に宴席から立ち上がってみること。

「臺」亭臺樓閣、臺。

「留門」(花門すなわち回紇種族<ウイグル騎馬民族>の兵を内地にどめておくこと)花門すなわち回紇種族の兵を内地にとどめておくことにつき、そのとどめておくべからざること。○留 唐の方へひきとめておくことをいう。ウイグルの援助がなければ、唐王朝は消滅し、奪回等及びもつかなかった。○花門 堡の名であるが回紇種族(ウイグル騎馬民族)そのものをさす。元来、居延海(寧夏省の西北境にある湖水)の北にある要塞の名であるが、当時その地点は回紇の領土としていたところからこの名前を使った。『唐書』地理志「甘州寧寇軍の東北に、居延海あり、又北三百里にして、花門山堡あり、又東北千里にして、回紇の衙帳に至る。」

「月光」語義類別:物、天文、月、月。光芒、光。 

 

雲行 遺暑 ,山谷 進風

見上げると雲が流れ、まだまだ蒸し暑い日が続いている。近くの山に谷には、すずしい風が吹き始めている。

「雲行」じっと見ていると雲が流れてゆく。

「暑」熱旱、暑くて汗をかくこと。蒸し暑いこと。

「山谷」山や谷には少しずつ涼しくなり始めている。

「風涼」風、冷寒、涼しいこと。

 

老去 一杯 足,誰憐 屢舞

すると私の老いた身から老いが去って行き、酒がまたいっぱいの酒が飲みたりてくる。誰が憐れんでいるのだろうか、しばしば踊っているのが長長く続いている。

 

何須 官燭 ,似惱 鬢毛

どうしてなのだろうか役所のかがり火をつかんできている。髪の毛が白々とし、顔色まで白くしていること悩み深きことでしかないだろう。

「鬢毛」しらがあたま。

「蒼」顏色、原色、白。

 

王屋山00 

 

 

(含異文)

改席臺能迥【改席臺為迥】,留門月復光。

雲行遺暑【雲霄遺暑】,山谷進風涼。

老去一杯足,誰憐屢舞長。

何須把官燭,似惱鬢毛蒼。 

 

690 《江亭送眉州辛別駕昇之〔得蕪字。〕》 蜀中転々 杜甫 <596>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3290 杜甫詩1000-596-852/1500

杜甫《江亭送眉州辛別駕昇之〔得蕪字。〕》(閬州の西漢水の江亭で別駕官の辛昇之を送別する。「蕪」の字を得る。)柳が生い茂り陰をつくる、遠く白雲の幕を張ったように見える。西漢水の波には宴席の酒壺が一番似合うのだ。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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690 《江亭送眉州辛別駕昇之〔得蕪字。〕》 蜀中転々 杜甫 <596  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3290 杜甫詩1000-596-852/1500

 

 

詩 題:江亭送眉州辛別駕昇之〔得蕪字。〕

作時: 763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 江亭送眉州辛別駕昇之【案:得蕪字。】 

作地點: 閬州 (山南西道 / 閬州 / 閬州

及地點: 江亭 (山南西道 閬州 閬州)     

     眉州 (劍南道北部 眉州 眉州)     

交遊人物: 辛昇之

交遊地点:(劍南道北部 梓州 梓州)

掲 載; 杜甫1000首の596首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-852回目   40951

 

 

江亭送眉州辛別駕昇之〔得蕪字。〕

(閬州の西漢水の江亭で別駕官の辛昇之を送別する。「蕪」の字を得る。)

柳影含雲幕,江波近酒壺。 

柳が生い茂り陰をつくる、遠く白雲の幕を張ったように見える。西漢水の波には宴席の酒壺が一番似合うのだ。

異方驚會面,終宴惜征途。 

異方からきた異国の女人の顔を見て驚き、宴席が終わるころにはこれから向かう度詞を思い名残惜しいと思うのだ。

沙晚低風蝶,天晴喜浴鳧。 

西漢水の渚の砂浜に夕日が当たり、風に吹かれて腸が低く舞う。天は晴れ渡り、水面にはマガモが水浴びをして喜んでいる

別離傷老大,意緒日荒蕪。 

今こうして別れを告げると多い気も心も痛み大いに老け込んでしまう。私の、心情、情緒は日ごとに荒れ果てた荒野のようになっていく。

 

江亭で辛昇之別駕を眉州に送る〔「蕪」字を得る。〕

柳影 雲幕を含み,江波 酒壺を近くす。 

異方 會面に驚き,終宴 征途を惜む。 

沙晚 風に低くするは蝶,天晴 浴すを喜ぶは鳧。 

別離 傷んで老大くし,意緒 日ごとに荒蕪たり。 

 

 

『江亭送眉州辛別駕昇之』 現代語訳と訳註

(本文)

江亭送眉州辛別駕昇之〔得蕪字。〕

柳影含雲幕,江波近酒壺。 

異方驚會面,終宴惜征途。 

沙晚低風蝶,天晴喜浴鳧。 

別離傷老大,意緒日荒蕪。 

 

 

(下し文)

江亭で辛昇之別駕を眉州に送る〔「蕪」字を得る。〕

柳影 雲幕を含み,江波 酒壺を近くす。 

異方 會面に驚き,終宴 征途を惜む。 

沙晚 風に低くするは蝶,天晴 浴すを喜ぶは鳧。 

別離 傷んで老大くし,意緒 日ごとに荒蕪たり。 

 

 

(現代語訳)

(閬州の西漢水の江亭で別駕官の辛昇之を送別する。「蕪」の字を得る。)

柳が生い茂り陰をつくる、遠く白雲の幕を張ったように見える。西漢水の波には宴席の酒壺が一番似合うのだ。

異方からきた異国の女人の顔を見て驚き、宴席が終わるころにはこれから向かう度詞を思い名残惜しいと思うのだ。

西漢水の渚の砂浜に夕日が当たり、風に吹かれて腸が低く舞う。天は晴れ渡り、水面にはマガモが水浴びをして喜んでいる

今こうして別れを告げると多い気も心も痛み大いに老け込んでしまう。私の、心情、情緒は日ごとに荒れ果てた荒野のようになっていく。

 

 

(訳注)

江亭送眉州辛別駕昇之〔得蕪字。〕

(閬州の西漢水の江亭で別駕官の辛昇之を送別する。「蕪」の字を得る。)

・江亭 山南西道 閬州の西漢水のほとりの亭。

・辛昇之別駕 「別駕」は「別駕従事史」の略称で、こちらも漢代に州刺史の副職として設けた役職であるが、「治中」のような単なる補佐役ではなく、州刺史の権力とほぼ同じ。

・眉州 劍南道北部 眉州。

・蕪 1 雑草が茂って荒れる。荒れ地。「荒蕪・平蕪」2 粗雑で入り乱れている。「蕪雑・蕪辞」3 野菜の名。カブ。カブラ。「蕪菁(ぶせい)」[難読]蕪菁(かぶ)

蜀中転々圖

 

柳影 含雲幕 ,江波 酒壺

〔柳影含雲重〕

柳が生い茂り陰をつくる、遠く白雲の幕を張ったように見える。西漢水の波には宴席の酒壺が一番似合うのだ。

「柳影」夏場に日陰をつくる様子を云う。

「雲幕」天の真上は青空が晴れ渡っているが水平線に近い所には、帳幕を張ったように白い雲がある。

「江」山南西道 閬州を流れる西漢水(陵江)。

kimo003

 

異方 會面 ,終宴 征途

異方からきた異国の女人の顔を見て驚き、宴席が終わるころにはこれから向かう度詞を思い名残惜しいと思うのだ。

「異方」西域、ウイグル、ペルシャ、吐蕃などの異民族の女性が宴席に侍っていることを云う。。

「征途」戰爭活動にむかうこと、征途のための宴席。

 

 

沙晚 風蝶 ,天晴 浴鳧

西漢水の渚の砂浜に夕日が当たり、風に吹かれて腸が低く舞う。天は晴れ渡り、水面にはマガモが水浴びをして喜んでいる

「鳧」ケリ(鳧、計里、水札、学名:Vanellus cinereus)は、チドリ目チドリ科タゲリ属に分類される鳥類の一種。まがも。互いにくっついて群れをなし、雄は灰色で頭から首にかけて緑色。あひるの原種で、形は、あひるによく似ている。 けり。水鳥の名。形はしぎに似ていて、湖沼などの水辺にすむ。 けり。物事の結着。きまり。 過去の助動詞「けり」にあてて用いられる。「鳧をつける」。

 

 

別離 老大 ,意緒 荒蕪。

今こうして別れを告げると多い気も心も痛み大いに老け込んでしまう。私の、心情、情緒は日ごとに荒れ果てた荒野のようになっていく。

「老大」年齡時間、年老。

「荒蕪」荒れ地。

689 《送何侍御歸朝》 蜀中転々 杜甫 <595>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3285 杜甫詩1000-595-851/1500

杜甫《送何侍御歸朝》舟で旅立つ諸公には渡し場で並んで餞別のことばをいうものだし、車や神輿というものは使者がお帰りになる時のものである。山には花が咲き乱れるに映している。水鳥は音もせず一人で飛んでゆく。


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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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689 《送何侍御歸朝》 蜀中転々 杜甫 <595  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3285 杜甫詩1000-595-851/1500          

 

 

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 送何侍御歸朝〔李(章)梓州泛舟筵上作。〕 

交遊人物/地點: 何侍御 當地交遊(劍南道北部 梓州 梓州)

 

掲 載; 杜甫1000首の595首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-851回目   40950

 

 

送何侍御歸朝〔李(章)梓州泛舟筵上作。〕

(何侍御が長安朝廷に帰られるを送別する。)〔李梓州主催の畝を浮かべての宴席で作詩する〕

舟楫諸侯餞,車輿使者歸。 

舟で旅立つ諸公には渡し場で並んで餞別のことばをいうものだし、車や神輿というものは使者がお帰りになる時のものである。

山花相映發,水鳥自孤飛。 

山には花が咲き乱れるに映している。水鳥は音もせず一人で飛んでゆく。

春日垂霜鬢,天隅把繡衣。 

春の日は風に垂れた白髪を揺らし、大空の隅の方で刺繍の衣服をつかんでいる。

故人從此去,寥落寸心違。 

そんな中で友人はここを去ってゆくと、都に帰っていく人と漂泊の旅を続け、荒廃した心のこのわたしとはかなり違っている。

(何侍御の歸朝するを送る)

舟楫 諸侯の餞,車輿 使者歸る。 

山花 相い映發し,水鳥 自ら孤飛す。 

春日 霜鬢を垂れ,天隅 繡衣を把る。 

故人 此從り去り,寥落 寸心違う。 

 

杏の花0055 

 

『送何侍御歸朝』 現代語訳と訳註

(本文)

送何侍御歸朝

舟楫諸侯餞,車輿使者歸。 

山花相映發,水鳥自孤飛。 

春日垂霜鬢,天隅把繡衣。 

故人從此去,寥落寸心違。 

 

(下し文)

(何侍御の歸朝するを送る)

舟楫 諸侯の餞,車輿 使者歸る。 

山花 相い映發し,水鳥 自ら孤飛す。 

春日 霜鬢を垂れ,天隅 繡衣を把る。 

故人 此從り去り,寥落 寸心違う。 

 

(現代語訳)

(何侍御が長安朝廷に帰られるを送別する。)〔李梓州主催の畝を浮かべての宴席で作詩する〕

舟で旅立つ諸公には渡し場で並んで餞別のことばをいうものだし、車や神輿というものは使者がお帰りになる時のものである。

山には花が咲き乱れるに映している。水鳥は音もせず一人で飛んでゆく。

春の日は風に垂れた白髪を揺らし、大空の隅の方で刺繍の衣服をつかんでいる。

そんな中で友人はここを去ってゆくと、都に帰っていく人と漂泊の旅を続け、荒廃した心のこのわたしとはかなり違っている。

 

 

(訳注)

送何侍御歸朝〔李(章)梓州泛舟筵上作。〕

(何侍御が長安朝廷に帰られるを送別する。)〔李梓州主催の畝を浮かべての宴席で作詩する〕

 

舟楫 諸侯 ,車輿 使者

舟で旅立つ諸公には渡し場で並んで餞別のことばをいうものだし、車や神輿というものは使者がお帰りになる時のものである。

「舟楫」1 ふねとかじ。また、ふね。2 ふねで運ぶこと。水運。

「諸侯」主君である君主の権威の範囲内で一定の領域を支配することを許された臣下である貴族のことである。

「餞」贐《「馬の鼻向け」の略》旅立ちや門出を祝って、別れて行く人に金品・詩歌などを贈ること。また、その贈り物。餞別(せんべつ)

「輿」人を乗せ人力で持ち上げて運ぶ乗り物。 ながえ と称する二本以上の棒の上に人が乗る台を載せたもので、轅を肩に担ぎ、または手を下げ腰の位置で持ち、大勢の人間により運ばれる。

「使者」1 命令や依頼を受けて使いをする人。使いの者。「―を派遣する」「―に立つ」2 法律上、他人の決定した法律行為を単に伝達する者。自ら意思決定をする代理人と区別される。

 

山花 相映 ,水鳥 自孤飛

山には花が咲き乱れるに映している。水鳥は音もせず一人で飛んでゆく。

 

春日 霜鬢 ,天隅 把繡衣

春の日は風に垂れた白髪を揺らし、大空の隅の方で刺繍の衣服をつかんでいる。

 

故人 從此 ,寥落 寸心

そんな中で友人はここを去ってゆくと、都に帰っていく人と漂泊の旅を続け、荒廃した心のこのわたしとはかなり違っている。

「寥落」荒れ果ててすさまじいこと。荒廃すること。
DCF00018 

687 《登牛頭山亭子》 蜀中転々 杜甫 <593>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3275 杜甫詩1000-593-849/1500

杜甫《登牛頭山亭子》いままですでに多くの涙をそそいだものだが、いまだ二三行ほどの涙はのこっている。どうしてこの百花の咲きほこるこの園にうちむかうに忍びようか、これにむかえはまた涙をそそぎつくさねばならないのである。


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『花間集』継続中 
杜甫全詩 韓愈全詩 花間集 古詩源 玉台新詠


687 《登牛頭山亭子》 蜀中転々 杜甫 <593>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3275 杜甫詩1000-593-849/1500


作時:763年廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題:登牛頭山亭子[牛頭山在縣西南,下有長樂寺。]

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州) 

及地點:  牛頭寺 (劍南道北部 梓州 )     

掲 載; 杜甫1000首の593首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-849回目



牛頭山の亭にのぼってよんだ詩。同時期に作った詩は以下に示す。

680 《上牛頭寺》 蜀中転々5P16 杜甫 <586  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3240 杜甫詩1000-586-842/1500

681 《望牛頭寺》 蜀中転々18 杜甫 <587  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3245 杜甫詩1000-587-843/1500

682 《上兜率寺》 蜀中転々21 杜甫 <588  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3250 杜甫詩1000-588-844/1500

683 《望兜率寺》 蜀中転々 杜甫 <589  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3255 杜甫詩1000-589-845/1500

684 《甘園》 蜀中転々 杜甫 <590  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3260 杜甫詩1000-590-846/1500

685 《數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之一》 蜀中転々 杜甫 <591  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3265 杜甫詩1000-591-847/1500

686 《數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之二》 蜀中転々 杜甫 <592  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3270 杜甫詩1000-592-848/1500

687 《登牛頭山亭子》 蜀中転々 杜甫 <593  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3275 杜甫詩1000-593-849/1500

登牛頭山亭子

(牛頭山に登って休憩所の亭でやすむ。)

路出雙林外,亭窺萬井中。

寺の両側の林の向こうに、うえの方にむかって路がでていて、そこを登ってについてから多くの城内の人家をみおろす。

江城孤照日,山谷遠含風。

涪江にそった梓城は孤立していて日光に照らされ、山谷は遠く風を内部にたくわえているようである。

兵革身將老,關河信不通。

自分は兵乱のあいだに老いてしまったのだし、故郷とは関河のへだたりがあって音信は不通なのである。

猶殘數行

いままですでに多くの涙をそそいだものだが、いまだ二三行ほどの涙はのこっている。どうしてこの百花の咲きほこるこの園にうちむかうに忍びようか、これにむかえはまた涙をそそぎつくさねばならないのである。

(牛頭山の草子に登る)

路は出づ双林の外、亭は窺【うかが】う万井の中。

江城 孤にして日に照らされ、山谷 遠く風を含む。

兵革に 身 将に老いんとす、関河 信 通ぜず。

猶お残す数行の涙、百花の叢に対するに忍びんや。

登牛頭山亭子』 現代語訳と訳註

(本文)

登牛頭山亭子

路出雙林外,亭窺萬井中。

江城孤照日,山谷遠含風。

兵革身將老,關河信不通。

猶殘數行,忍對百花叢。

(下し文)

(牛頭山の草子に登る)

路は出づ双林の外、亭は窺【うかが】う万井の中。

江城 孤にして日に照らされ、山谷 遠く風を含む。

兵革に 身 将に老いんとす、関河 信 通ぜず。

猶お残す数行の涙、百花の叢に対するに忍びんや。


杏の花022(現代語訳)

(牛頭山に登って休憩所の亭でやすむ。)

寺の両側の林の向こうに、うえの方にむかって路がでていて、そこを登ってについてから多くの城内の人家をみおろす。

涪江にそった梓城は孤立していて日光に照らされ、山谷は遠く風を内部にたくわえているようである。

自分は兵乱のあいだに老いてしまったのだし、故郷とは関河のへだたりがあって音信は不通なのである。

いままですでに多くの涙をそそいだものだが、いまだ二三行ほどの涙はのこっている。どうしてこの百花の咲きほこるこの園にうちむかうに忍びようか、これにむかえはまた涙をそそぎつくさねばならないのである。


(訳注)
登牛頭山亭子
(牛頭山に登って休憩所の亭でやすむ。)
○亭子 ちん、こやすみ所。

路出雙林外,亭窺萬井中。

寺の両側の林の向こうに、うえの方にむかって路がでていて、そこを登ってについてから多くの城内の人家をみおろす。

○双林 双樹の林、寺をいう。

〇万井 都県の多くの人家。


江城孤照日,山谷遠含風。
涪江にそった梓城は孤立していて日光に照らされ、山谷は遠く風を内部にたくわえているようである。
○江城 涪江にそった城、梓州の城をいう。

兵革身將老,關河信不通。

自分は兵乱のあいだに老いてしまったのだし、故郷とは関河のへだたりがあって音信は不通なのである。

○兵革 兵乱をいう。

○関河 関塞河川。

○信 てがみ。


,忍對百花叢。

猶殘數行,忍對百花叢。

いままですでに多くの涙をそそいだものだが、いまだ二三行ほどの涙はのこっている。どうしてこの百花の咲きほこるこの園にうちむかうに忍びようか、これにむかえはまた涙をそそぎつくさねばならないのである。

○百花叢 多くの花のさいているくさむら。

杏の白花012 


686 《數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之二》 蜀中転々 杜甫 <592>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3270 杜甫詩1000-592-848/1500

杜甫《數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之二》節度使のあなたにはもとより妻があり、野にいる鴛鴦に学ぶことなどしてはいけないのだ。


2013年11月10日  の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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686 《數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之二》 蜀中転々 杜甫 <592  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3270 杜甫詩1000-592-848/1500

 

 

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之二

地點:  梓州 (劍南道北部 梓州 梓州)     

交遊人物: 李梓州

 

掲 載; 杜甫1000首の592首目-場面杜甫ブログ1500回予定の-848回目   40947

 

數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之二

 (何度も、李梓州に陪席して涪江に舟を泛べる。そこに、女楽士がおり、いろんな船で来ている。戯れに、艶歌を作って李公に贈る。二首の二。)

白日移歌袖,清霄近笛床。

真昼の太陽は歌が袖を揺らす踊りに移り、清々し大空は笛が鳴りわたると牀台にちかずいていく。

翠眉縈度曲,雲鬢儼分行。

美人の眉は盛んに曲を重ねてゆき、美人の髷髪はうやうやしく別れてどこかに行く。

立馬千山暮,迴舟一水春。

馬で旅立てば山という山は暮れてゆき、舟で旅立てば一度この水の旅に春が訪れるというものである。

使君自有婦,莫學野鴛鴦。

節度使のあなたにはもとより妻があり、野にいる鴛鴦に学ぶことなどしてはいけないのだ。

 

(數【しばし】ば李梓州に陪して江に泛べ,女樂有りて諸舫在る,戲れに豔曲二首を為り 李に贈る,二首の二)

白日 歌は袖に移り,清霄 笛は床に近く。

翠眉 度曲に縈じ,雲鬢 分行に儼ず。

馬を立てせて 千山の暮,舟を迴して 一水の春。

使君 自【はじ】めに婦有り,野の鴛鴦に學ぶ莫れ。

 

花鴨004

『數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之二』 現代語訳と訳註

(本文)

數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之二

白日移歌袖,清霄近笛床。

翠眉縈度曲,雲鬢儼分行。

立馬千山暮,迴舟一水春。

使君自有婦,莫學野鴛鴦。

 

 

(下し文)

(數【しばし】ば李梓州に陪して江に泛べ,女樂有りて諸舫在る,戲れに豔曲二首を為り 李に贈る,二首の二)

白日 歌は袖に移り,清霄 笛は床に近く。

翠眉 縈んに曲を度する,雲鬢 儼かに分行す。

馬を立てせて 千山の暮,舟を迴して 一水の春。

使君 自【はじ】めに婦有り,野の鴛鴦に學ぶ莫れ。

 

 

(現代語訳)

(何度も、李梓州に陪席して涪江に舟を泛べる。そこに、女楽士がおり、いろんな船で来ている。戯れに、艶歌を作って李公に贈る。二首の二。)

真昼の太陽は歌が袖を揺らす踊りに移り、清々し大空は笛が鳴りわたると牀台にちかずいていく。

美人の眉は盛んに曲を重ねてゆき、美人の髷髪はうやうやしく別れてどこかに行く。

馬で旅立てば山という山は暮れてゆき、舟で旅立てば一度この水の旅に春が訪れるというものである。

節度使のあなたにはもとより妻があり、野にいる鴛鴦に学ぶことなどしてはいけないのだ。

 

 

(訳注)

數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之二

(何度も、李梓州に陪席して涪江に舟を泛べる。そこに、女楽士がおり、いろんな船で来ている。戯れに、艶歌を作って李公に贈る。二首の二。)

美女004 

 

白日移歌袖,清霄近笛床。

真昼の太陽は歌が袖を揺らす踊りに移り、清々し大空は笛が鳴りわたると牀台にちかずいていく。

 

翠眉縈度曲,雲鬢儼分行。

美人の眉は盛んに曲を重ねてゆき、美人の髷髪はうやうやしく別れてどこかに行く。

・翠眉 1 みどり色のつややかなまゆ。美人のまゆ。2 柳の葉の細く青々としていること。また、山が遠く青くかすんで見えること。 

立馬千山暮,迴舟一水春。

馬で旅立てば山という山は暮れてゆき、舟で旅立てば一度この水の旅に春が訪れるというものである。

 

使君自有婦,莫學野鴛鴦。

節度使のあなたにはもとより妻があり、野にいる鴛鴦に学ぶことなどしてはいけないのだ。
DCF00047 

685 《數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之一》 蜀中転々 杜甫 <591>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3265 杜甫詩1000-591-847/1500

杜甫《數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之一》涪江は清らかに広がっているが、美女の歌が船底の扇のほうから聞こえてくる。広々とした野舞台では舞い衣の裾前をみだして踊っている。

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●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
 
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司馬相如 《上林賦 》(38)―#13-2  文選 賦<110-#13-2>13分割41回 Ⅱ李白に影響を与えた詩943 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3263
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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《晚秋郾城夜會聯句〔韓愈、李正封〕》(9)-#7韓愈(韓退之) Ⅱ中唐詩 <856>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3264韓愈詩-220-#7
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
魚玄機 詩 全首130回賦得江邊柳 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-65-1-#五言律詩  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1876
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皇甫松 10首 採蓮子二首  其一 皇甫松  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-307-5-#61  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3082
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685

《數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之一》 蜀中転々 杜甫 <591  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3265 杜甫詩1000-591-847/1500

 

作時:763 廣德元年 杜甫52歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 

詩題: 數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之一

地點:  梓州 (劍南道北部 梓州 梓州)

交遊人物: 李梓州    

掲 載; 杜甫1000首の591首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-847回目

 

 

數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之一

(何度も、李梓州に陪席して涪江に舟を泛べる。そこに、女楽士がおり、いろんな船で来ている。戯れに、艶歌を作って李公に贈る。二首の一。)

上客迴空騎,佳人滿近船。

賓客も同船していて、何処へしけこんだのか空になった騎馬が帰ってきた。美人の妓女たちは大きな船でたくさん載って近づいてきた。

江清歌扇底,野曠舞衣前。

涪江は清らかに広がっているが、美女の歌が船底の扇のほうから聞こえてくる。広々とした野舞台では舞い衣の裾前をみだして踊っている。

玉袖凌風並,金壺隱浪偏。

奇麗な袖は躍るたびに涼風を起こし、黄金の姫壺は波間に見え隠れする。

競將明媚色,眼豔陽天。

競い合うのはまさに、輝いている妖艶な色気であり、見る人の目をこんなに楽しませてくれるのであり、天はこんな色気のある光景を映し出す太陽である。

鬢毛01(數【しばし】ば李梓州に陪して江に泛べ,女樂有りて諸舫在る,戲れに豔曲二首を為り 李に贈る,二首の一)

上客空騎を迴らし,佳人は船に滿して近くする。

江清くして 歌は扇底にあり,野曠くして舞衣の前にする。

玉袖 凌風に並び,金壺 隱浪に偏る。

競うは將に媚色を明らかにし,眼をますは豔陽の天なり。

 

 

『數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之一』 現代語訳と訳註

(本文)

數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之一

上客迴空騎,佳人滿近船。

江清歌扇底,野曠舞衣前。

玉袖凌風並,金壺隱浪偏。

競將明媚色,眼豔陽天。

 

 

(下し文)

(數【しばし】ば李梓州に陪して江に泛べ,女樂有りて諸舫在る,戲れに豔曲二首を為り 李に贈る,二首の一)

上客 空騎を迴らし,佳人は船に滿して近くする。

江清くして 歌は扇底にあり,野曠くして舞衣の前にする。

玉袖 凌風に並び,金壺 隱浪に偏る。

競うは將に媚色を明らかにし,眼をますは豔陽の天なり。

 

 

(現代語訳)

(何度も、李梓州に陪席して涪江に舟を泛べる。そこに、女楽士がおり、いろんな船で来ている。戯れに、艶歌を作って李公に贈る。二首の一。)

賓客も同船していて、何処へしけこんだのか空になった騎馬が帰ってきた。美人の妓女たちは大きな船でたくさん載って近づいてきた。

涪江は清らかに広がっているが、美女の歌が船底の扇のほうから聞こえてくる。広々とした野舞台では舞い衣の裾前をみだして踊っている。

奇麗な袖は躍るたびに涼風を起こし、黄金の姫壺は波間に見え隠れする。

競い合うのはまさに、輝いている妖艶な色気であり、見る人の目をこんなに楽しませてくれるのであり、天はこんな色気のある光景を映し出す太陽である。

 

 

(訳注)

bijo04數陪李梓州泛江,有女樂在諸舫,戲為豔曲二首贈李,二首之一

(何度も、李梓州に陪席して涪江に舟を泛べる。そこに、女楽士がおり、いろんな船で来ている。戯れに、艶歌を作って李公に贈る。二首の一。)

・豔 艶と同じ。1 あでやかで美しいこと。なまめかしいこと。また、そのさま。「―を競う」「―な姿」2 情趣に富むさま。美しく風情のあるさま。「月隈なくさしあがりて、空のけしきも―なるに」〈源・藤袴〉3 しゃれているさま。粋(いき)なさま。

この詩は、杜甫が高官や富貴の者が喜ぶエッチなことを一生懸命詠ったものである。

 

上客 空騎 ,佳人 滿近船

賓客も同船していて、何処へしけこんだのか空になった騎馬が帰ってきた。美人の妓女たちは大きな船でたくさん載って近づいてきた。

「上客」同席している賓客たち。

「迴騎」美人の乗っている船に移動して乗ってきた馬を乗せた船を帰してきた。

「佳人」この舟游の席に呼ばれている妓女。

 

 

江清 扇底 ,野曠 舞衣

涪江は清らかに広がっているが、美女の歌が船底の扇のほうから聞こえてくる。広々とした野舞台では舞い衣の裾前をみだして踊っている。

「江」舟遊びをする涪江。

「扇底」周囲から見えなくして船底にいる。

「野曠」郊原村野原は広く広がっている。。

 

 

玉袖 凌風 並,金壺 隱浪偏

奇麗な袖は躍るたびに涼風を起こし、黄金の姫壺は波間に見え隠れする。

「玉袖」そげから奇麗な腕が見える様子を云う。

「金壺」姫壺が垣間見える。

 

 

競將 明媚 豔陽

競い合うのはまさに、輝いている妖艶な色気であり、見る人の目をこんなに楽しませてくれるのであり、天はこんな色気のある光景を映し出す太陽である。

」遠くからでも人の目を楽しまさせてくれるのは天から明るく日が射してくれているからである。杜甫が高官や富貴の者が喜ぶエッチなことを一生懸命詠ったもの。

「陽天」太陽の日差し。
 

金燈花01

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