杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

抒情詩

kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 146 除夜作 高適

kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 146 除夜作 高適
月夜」と家族の考え方の考察(研究)
 1.なぜ「長安の月」ではなく「鄜州の月」なのか
 2. 九月九日憶山東兄弟  王維
 3. 除夜作  高適
 4.八月十五日夜禁中独直対月憶元九   白居易
 5. 夜雨寄北 李商隠
 6.李白の詩
 7.杜甫の彭衙行(ほうがこう)自京赴奉先縣詠懷五百字遺興
 8. 「月夜」子供に対する「北征」の詩に、淋前の南中女
3. 除夜作  高適
高適 こうせき 702頃~765
杜甫は「送高三十五書記十五韻」の中で高適を「高生の鞍馬に跨るは、幽井の児に似たる有り。」といっている。これは掌書記として河隨の哥舒翰幕府に赴く高適の堂々として颯爽たる姿を描いたものである。といえる。つまり、勇敢で任侠の持ち主であること、杜甫とは、詩について深いところまで掘り下げた討論をしている。この詩は高適の肉親を思いやる気持ちがよく表された名作である。


 旅の空、一人迎える大みそかの夜。
 詩人を孤独が襲う。


除夜作  高適
 旅館寒燈獨不眠,客心何事轉悽然。
 故鄕今夜思千里,霜鬢明朝又一年。


除夜の作   
旅館の寒燈  獨(ひと)り 眠らず,客心(きゃくしん) 何事ぞ  轉(うた)た 悽然(せいぜん)。
故鄕 今夜  千里を 思う,霜鬢(さうびん) 明朝(みゃうちょう)   一年を 又(ゆる)す。
1050hinode00




現代語訳と訳註
(本文)
  除夜作 
 旅館寒燈獨不眠,客心何事轉悽然。
 故鄕今夜思千里,霜鬢明朝又一年。

(下し文)
旅館の寒燈  獨(ひと)り 眠らず,客心(きゃくしん) 何事ぞ  轉(うた)た 悽然(せいぜん)。
故鄕 今夜  千里を 思う,霜鬢(さうびん) 明朝(みゃうちょう)   一年を 又(ゆる)す。

(現代語訳)
寒々とした旅館のともしびのもと、一人過ごす眠れぬ除夜をすごす。ああ、本当にさみしい。
旅の寂しさは愈々増すばかり・・・・・・・・・・。
今夜は大晦日。
故郷の家族は、遠く旅に出ている私のことを思ってくれているだろう。
夜が明けると白髪頭の老いたこの身に、また一つ歳を重ねてしまうのか・・・・。



(詩の背景と解説)
 作者 高適は河南省開封市に祀られている。三賢祠と呼ばれるその杜は李白、杜甫、高適の三詩人が共に旅をした場所である。記念して建立されている。

 杜甫には、高適とその文学に対する深い理解があった。杜甫と高適の交遊は盛唐詩人間の交遊の中でも代表的なものとして知られており、その交遊においては二人の詩から、当然文学的な側面が大きなものであったものと思われる。

 746年天宝五載の夏から冬にかけて、杜甫と高適は李白とともに斉魯に遊び、冬には北海郡(‥青州、治・益都県‥山束省益都県)の太守・李邕を訪ねている。李邕は、『文選』の注釈者・李善の息子であり、当時の文壇の長老であった。天宝の初め、汲郡・北海の太守となり、六年李林甫に忌まれて殺された。
 この交遊の過程、特に李邕との面談において、文学について様々に意見が交換されている。

 杜甫が邊塞詩を書く上での情報源はすべて高適からのものなのだ。高適が出世していく中で杜甫は、高適を尊敬し多くの詩を贈っている。高適は、杜甫をいつまでも親友として接しているのだ。二人とも白髪の多い年齢であった。高適は765年没している。
杜甫は成都にいて高適と議論している。
 上元元年 760年 49歳 五言律詩 「奉簡高三十五使君」   高適に寄せた詩。詩によれば高適が栄任したようで、彭州より蜀州に転じた。
広徳2年 764年 七言律詩「奉寄高常侍(寄高三十五大夫)」 杜甫53歳  左散騎常侍高適が長安の都へかえるのにつき別れの意をのべて寄せた詩。広徳二年三月成都の作。


旅館+寒燈+獨不眠,客心+何事+轉悽然。

故鄕 +今夜+ 思 +  + 里
[名詩]+[時] +[動詞]+ [数] +[単位]
霜鬢 +明朝+ 又 +  + 年。



 旅先で一人過ごす大晦日、故郷にいれば家族そろって団欒し、みんなで酒を酌み交わしていたことでしょう。

 故鄕今夜思千里 :故鄕 今夜  千里を 思う。
自分が千里離れた故郷を偲ぶのではなく、故郷の家族が自分を思ってくれるだろうという中国人の発想の仕方である。中華思想と同じ発想法で、多くの詩人の詩に表れている。
 しかしそれが作者の孤独感を一層引き立て、望郷の念を掻き立てるのである。

  霜鬢明朝又一年。:霜鬢(さうびん) 明朝(みゃうちょう)   一年を 又(ゆる)す。
 ああ、大晦日の夜が過ぎると、また一つ年をゆるしてしまう。年々頭の白髪も増えていく、白髪の数と同じだけ愁いが増えてゆくのか
 当時、「数え」で歳を計算するので、新年を迎えると年を取る。又はここでは有と同じ。読み・意味はゆるすである。



以下はウィキペディアの「高適」による。
滄州渤海(現河北省)の出身。李白と親交があり磊落な性質で家業を怠り、落ちぶれて梁・宋(現河南省)で食客となっていたが、発憤して玄宗の時に有道科に挙げられ、封丘尉の役職を授けられた。その後官職を捨てて河右に遊歴し、河西節度使哥舒翰に見いだされて幕僚となった。また侍御史となり、蜀に乱を避けた玄宗に随行した。粛宗の命で、江西采訪使・皇甫侁とともに皇弟である永王李璘の軍を討伐平定した。後に蜀が乱れるに及び蜀州・彭州の刺史となり、西川節度使となった。長安に帰って刑部侍郎・散騎常侍となり、代宗の代に渤海侯に封ぜられ、その地で没した。

50歳で初めて詩に志し、たちまち大詩人の名声を得て、1篇を吟ずるごとに好事家の伝えるところとなった。吐蕃との戦いに従事したので辺塞詩も多い。詩風は「高古豪壮」とされる。李林甫に忌まれて蜀に左遷されて汴州を通ったときに李白・杜甫と会い、悲歌慷慨したことがある。しかし、その李林甫に捧げた詩も残されており、「好んで天下の治乱を談ずれども、事において切ならず」と評された。『高常侍集』8巻がある。


続く4.白居易「八月十五日夜禁中独直対月憶元九」 


kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 145 九月九日憶山東兄弟  王維

kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 145

月夜」と家族の考え方の考察(研究)
 1.なぜ「長安の月」ではなく「鄜州の月」なのか
 2. 九月九日憶山東兄弟  王維
 3. 除夜作  高適
 4.八月十五日夜禁中独直対月憶元九   白居易
 5. 夜雨寄北 李商隠
 6.李白の詩
 7.杜甫の彭衙行(ほうがこう)自京赴奉先縣詠懷五百字遺興
 8. 「月夜」子供に対する「北征」の詩に、淋前の南中女


1.なぜ「長安の月」ではなく「鄜州の月」なのか
杜甫は、江南の舟中で五十九年の生涯を終わるまで、この愛する妻とともに過ごした。友である李白が、次々と妻を持ち、芸妓と遊んだのとは異なる。自分が眺めている月は「長安の月」であるが自分の思いの先の妻のいる方に思いを寄せて「鄜州の月」と詠っている。中国人の思い遣る発想の表現法である。世話の焼ける、やんちゃ盛りの子供たちをかかえての妻の苦労をいとおしみつつ、今宵、この月の光に照らされているだろうその姿を美しく妻の姿を詠い上げる杜甫の言葉には、遠く離れている妻への愛情があふれているということなのだ。これが「長安の月」だったら、杜甫の品位に疑問が生じるだけでなく、に詩の品格が段違いに落ちる。

この時代、憂国の士は、国難にあたっては国事にのみ奔走し、たとえ家族のことが心にかかっていても、それを表面には出さないもので、男子が人であった時代なのである。しかし、杜甫はそうではなかった。国を憂うとともに家族のことも心配し、それを詩に詠う。国のことが大切ではあったが、それとともに妻や子供も、彼にとってはかけがえのない存在であった。それをそのまま詩に歌うということは杜甫だけである。しかも、初めの句に配しているのである。そのことによって詩のイメージ、妻がそこにいないこと、妻への思い訳気持ちというものが強調され、全体に覆われるのである。

 同様にはるか離れた肉親や、肉親以上に考えている親友を思って歌った詩をあげて、杜甫の詩と比較してみよう。


2. 九月九日憶山東兄弟  王維

九月九日憶山東兄弟

独在異郷為異客、毎逢佳節倍思親。
ひとりだけで故郷を離れて異郷にいる、他郷の宿坊で勉強しいるのだ、今度も運気を運んでくれる重陽節の日が来るたびに肉親のこと思いつづけるのである。
遥知兄弟登高処、遍挿茱萸少一人。

遠くから私は知るのである、「身内の兄弟が、高い山に登り、家族や親しい人を憶っているだろう」ことを。そして、「みんなが、重陽の日の風習である、邪気を払うという茱萸の実を頭に挿している」ということを、でもそこにわたしはひとりをかけているのだ。


(本文)
独在異郷為異客、毎逢佳節倍思親。
遥知兄弟登高処、遍挿茱萸少一人。

(下し文)九月九日山東の兄弟を憶う
独り異郷に在って異客と為り、佳節に逢う毎に倍ます親を思う。
遥かに知る兄弟高きに登る処、遍く茱萸を挿して一人を少くを。

(現代語訳)
ひとりだけで故郷を離れて異郷にいる、他郷の宿坊で勉強しいるのだ、今度も運気を運んでくれる重陽節の日が来るたびに肉親のこと思いつづけるのである。
遠くから私は知るのである、「身内の兄弟が、高い山に登り、家族や親しい人を憶っているだろう」ことを。そして、「みんなが、重陽の日の風習である、邪気を払うという茱萸の実を頭に挿している」ということを、でもそこにわたしはひとりをかけているのだ。


(詩の背景) 
 王維が十四歳の時の712年先天元年8月に、唐の第六代皇帝玄宗が即位した。杜甫がこの年に生まれているのが実に運命的なことであるが、その翌年には王維は科挙試験準備で上京している。玄宗は七月に叔母の太平公主一派を粛清し、則天武后の残存勢力を一掃し、十二月に開元と改元、唐王朝の最盛、開元の治のはじまりとなる。王維のこの詩は上京して二年後、715年開元三年9月9日17歳時の作である。王維は、この二年間、長安の寺の宿坊で勉学に励んでいた。

 中国では九月九日、重陽節に、茱萸(「ぐみ」の一種)の枝をかざして兄弟や親しい友人が小高い丘に登り、菊の花びらを浮かべた酒を飲み、粽を食べて健康を祈るものなのだ。
長安で二回目の重陽節を迎え、故郷が懐かしくなった王維には弟四人のほか妹もいた。
この詩のいいところは王維の優しい人柄がにじみ出ているところである。


白水崔少府十九翁高齋三十韻 杜甫 126 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 121-#6

白水崔少府十九翁高齋三十韻 杜甫 126 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 121-#6


-#5
前軒頹反照,巉絕華嶽赤。
兵氣漲林巒,川光雜鋒鏑。
知是相公軍,鐵馬雲霧積。
玉觴淡無味,胡羯豈強敵?
長歌激屋樑,淚下流衽席。』
-#6
人生半哀樂,天地有順逆。
人生には 楽しみと哀しみが半分ずつある。天地の間にも順道ばかりではない、逆道ということがあるのだ。
慨彼萬國夫,休明備徵狄。
いま、なげかわしい事が起こっている。国中、諸国の兵士たちは太平の時に、それで徵狄を征伐する用意で置かれた異民族に対しての幕府であったのだ(それが叛乱軍につくとはどうしたものか)。
猛將紛填委,廟謀蓄長策。
国軍とて賢将、猛将はたくさんいて、まだそのままおいている。朝廷にはなにか善い作戦、計略を蓄えておらるるのであろう。
東郊何時開?帶甲且未釋。』
いつになったら都の東の方面が、開かれる様になるだろうか。いまは、甲冑、鎧をつけたものがまだそれを解きすてることができないのである。』
欲告清宴罷,難拒幽明迫。
今やきょうの酒盛りも終りを告げようとしている、静まり返る夜がせまってくるのをとめることはできないのだ。
三嘆酒食旁,何由似平昔!』

この主人のこれだけの酒食の傍ながら、わたしはいくたびも悔しい思いになってしまうのだ、どういう方法があるというのか! ありし日の太平の時の様になるためには。』


-#5
前軒反照怒る 唆絶華嶽赤し、
兵気林轡に斬る 川光鋒鏑に雑わる
知る是れ相公の軍 傲馬雲霧積めることを
玉腸淡として味無し 胡掲豊に強敵ならんや
長歌屋梁に激す 涙下って裡席に流る』
-#6
人生哀楽半ばなり 天地順逆有り
慨す彼の万国の夫 休明には征秋に備えしを
猛将紛として墳委す 廟謀長策を蓄う
東郊何の時か開けん 帯甲且未だ釈けず』
宴の罷むを告げんと欲す 幽明の迫るを拒み難し
歎す酒食の傍 何に由ってか平昔に似ん』


白水崔少府十九翁高齋三十韻 現代語訳と訳註 -#6
(本文) -#6
人生半哀樂,天地有順逆。
慨彼萬國夫,休明備徵狄。
猛將紛填委,廟謀蓄長策。
東郊何時開?帶甲且未釋。』
欲告清宴罷,難拒幽明迫。
三嘆酒食旁,何由似平昔!』

(下し文)
人生哀楽半ばなり 天地順逆有り
慨す彼の万国の夫 休明には征秋に備えしを
猛将紛として墳委す 廟謀長策を蓄う
東郊何の時か開けん 帯甲且未だ釈けず』
宴の罷むを告げんと欲す 幽明の迫るを拒み難し
歎す酒食の傍 何に由ってか平昔に似ん』

(現代語訳)
人生には 楽しみと哀しみが半分ずつある。天地の間にも順道ばかりではない、逆道ということがあるのだ。
いま、なげかわしい事が起こっている。国中、諸国の兵士たちは太平の時に、それで徵狄を征伐する用意で置かれた異民族に対しての幕府であったのだ(それが叛乱軍につくとはどうしたものか)。
国軍とて賢将、猛将はたくさんいて、まだそのままおいている。朝廷にはなにか善い作戦、計略を蓄えておらるるのであろう。
いつになったら都の東の方面が、開かれる様になるだろうか。いまは、甲冑、鎧をつけたものがまだそれを解きすてることができないのである。』
今やきょうの酒盛りも終りを告げようとしている、静まり返る夜がせまってくるのをとめることはできないのだ。
この主人のこれだけの酒食の傍ながら、わたしはいくたびも悔しい思いになってしまうのだ、どういう方法があるというのか! ありし日の太平の時の様になるためには。』
  
(語訳と訳註)-#6
人生半哀樂,天地有順逆。

人生には 楽しみと哀しみが半分ずつある。天地の間にも順道ばかりではない、逆道ということがあるのだ。
半哀楽 哀しみと楽しみとが半分ずつある。○順逆 順道と道道、臣が君に対して謀叛するのは道理に逆ろうた道である。哀楽、順逆と並べているが表、逆を主としていう。


慨彼萬國夫,休明備徵狄。
いま、なげかわしい事が起こっている。国中、諸国の兵士たちは太平の時に、それで徵狄を征伐する用意で置かれた異民族に対しての幕府であったのだ(それが叛乱軍につくとはどうしたものか)。
 なげく。〇万国夫 諸国の兵士たち。これは主として安禄山の賊軍に服従したものをさしていう。○休明 休は美、天子の徳の美にして明かであったとき、平和であった時期をさす。〇備徵狄 東狄を征伐する用意にそなえ置いたもの。


猛將紛填委,廟謀蓄長策。
国軍とて賢将、猛将はたくさんいて、まだそのままおいている。朝廷にはなにか善い作戦、計略を蓄えておらるるのであろう。
紛墳委 紛は多くあってみだれるさま、嘆は塞がる、委はつもること。たくさんそのままおいてあることをいう。○廟謀 朝廷のはかりごと、大事は宗廟においてはかる故に廟謀という。○長策 馬を御する長いむち、善良な計略をいう。


東郊何時開?帶甲且未釋。』
いつになったら都の東の方面が、開かれる様になるだろうか。いまは、甲冑、鎧をつけたものがまだそれを解きすてることができないのである。』
東郊 長安の東方の野外、華州・潼関などは東郊である。○ 道路の開通することをいう。○帯甲 よろいをおびている。○未釈 ときすてることができぬ。


欲告清宴罷,難拒幽明迫。
今やきょうの酒盛りも終りを告げようとしている、静まり返る夜がせまってくるのをとめることはできないのだ。
 人が告知すること。○罷 おわること。○ 否定すること。○幽明 夜昼をいう、夜を強調して主としていう。


三嘆酒食旁,何由似平昔!』
この主人のこれだけの酒食の傍ながら、わたしはいくたびも悔しい思いになってしまうのだ、どういう方法があるというのか! ありし日の太平の時の様になるためには。』
平昔 ありしむかし、平和であった時期をさす。



詩人は生活の変化、季節の変化、自然の変化、人の心の変化、その繊細な部分までよくわかるのである。
 杜甫の詩に「嘆く」という語が頻繁に出始めるのだ。ひとくくりになげくという意味ではとらえられない。杜甫のこの『嘆く』を結論的に言うと、その先に希望であり、解決できるものを持っているときに、今の悲しみを「嘆く」といっている。
 「嘆く」に関してこの視点で見ていくことにする。
 ではこの詩では、というと
「猛將紛填委,廟謀蓄長策。」(猛将紛として墳委す 廟謀長策を蓄う)
国軍とて賢将、猛将はたくさんいて、まだそのままおいている。朝廷にはなにか善い作戦、計略を蓄えておらるるのであろう。
 唐の国軍に哥舒翰、顔真卿兄弟、郭子儀、・・・・猛者がいたのだ。今後の詩に登場する。

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白水崔少府十九翁高齋三十韻
客從南縣來,浩蕩無與適。旅食白日長,況當朱炎赫。』
高齋坐林杪,信宿遊衍闃。清晨陪躋攀,傲睨俯峭壁。
崇岡相枕帶,曠野回咫尺。始知賢主人,贈此譴岑寂。』
危階根青冥,曾冰生淅瀝。上有無心雲,下有欲落石。
泉聲聞複息,動靜隨所激。鳥呼藏其身,有似懼彈射。』
吏隱適情性,茲焉其窟宅。白水見舅氏,諸翁乃仙伯。
杖藜長松下,作尉窮穀僻。為我炊雕胡,逍遙展良覿。』
坐久風頗怒,晚來山更碧。相對十丈蛟,欻翻盤渦坼。
何得空裡雷,殷殷尋地脈。煙氛藹崷崒,魍魎森慘戚。
昆侖崆峒顛,回首如不隔。』
前軒頹反照,巉絕華嶽赤。兵氣漲林巒,川光雜鋒鏑。
知是相公軍,鐵馬雲霧積。玉觴淡無味,胡羯豈強敵?
長歌激屋樑,淚下流衽席。』
人生半哀樂,天地有順逆。慨彼萬國夫,休明備徵狄。
猛將紛填委,廟謀蓄長策。東郊何時開?帶甲且未釋。』
欲告清宴罷,難拒幽明迫。三嘆酒食旁,何由似平昔!』


白水の崔少府十九翁の高齋で三十韻を
客南県従り来る 浩蕩として与に通する無し
旅食自日長し 況や朱炎の赫たるに当るをや』
高斎林秒に坐す 信宿潜行閲たり
清最陪して臍攣し 倣晩晴壁に傭す
崇岡相枕帯す 境野過にして爬尺なり
始めて知る賢主人 此を贈って愁寂を遥らしむるを』
-#2
危階青冥に根す 曾泳漸靡たるに生ず
上には無心の雲有り 下には落ちんと欲する石有り
泉声聞こえて復た息む 動静激する所に随う
鳥呼びて其の身を蔵す 弾射を憤るるに似たる有り』
吏隠惰性に通す 玄鳶に其れ窟宅とす
白水舅氏を見る 諸翁は乃ち仙伯なり
葬を杖く長松の下 尉と作る窮谷の僻なるに
我が為めに離胡を炊ぐ 造造艮覿を展ぶ』
坐久しくして風頗る怒る 晩来山更に碧なり
相対す十丈の校 数ち盤渦を和えして塀く
何ぞ得ん空裏の雷 殿殿として地腺を尋ぬるを
煙気高として酋奉 魅魅森として惨戚
良禽畦桐の巌 首を回らせば隔たらざるが如し』
前軒反照怒る 唆絶華嶽赤し、
兵気林轡に斬る 川光鋒鏑に雑わる
知る是れ相公の軍 傲馬雲霧積めることを
玉腸淡として味無し 胡掲豊に強敵ならんや
長歌屋梁に激す 涙下って裡席に流る』
人生哀楽半ばなり 天地順逆有り
慨す彼の万国の夫 休明には征秋に備えしを
猛将紛として墳委す 廟謀長策を蓄う
東郊何の時か開けん 帯甲且未だ釈けず』
宴の罷むを告げんと欲す 幽明の迫るを拒み難し
歎す酒食の傍 何に由ってか平昔に似ん』


わたしは南の奉先県からこの白水へやって来たのであるが、心はとりとめなくうごいて自分の意にかなうこととしてここに来たのではない。
ここに食客となっていると日長が一日ということである、ましてこんなに炎天の夏の頃にあたっているのだ。』
高い書斎が林の梢のようなところに設置されたところにわたしは坐っている、数日をすごすに、きままにくつろいであそぶのだがいたってものさびしいことでもある。
きょうの朝の清々しさのあいだに主人におともをしてここのところへよじのぼってきたのだ、随分気張ってながめそして絶壁をうつぶせてみおろした。
たかい岡は互に帯のようにまつわりめぐりあったりしている、ひろい原野はとおくはあるが咫尺な間近くにある様な感じがする。 

この書斎のたかくてあぶなげなきざはしはあおぞらに根をおろしているのかと思うほどである、渓間の風音で木々のざわついているあたりには幾層かの氷が生じているほどつめたいのである。
上をみあげると無心にしてくれる雲がある、下をみおろせば落ちそうになっている石がある。
滝の落ちる音は聞こえたりやんだり、風のぶっつかり方しだいで泉声が動いたり静かになったりしている。
また鳥はどこかに身を潜めて声をだして呼んでいるようなのだが、からだはかくして現わさないのだ、どこからか弾き弓で射とめられるのがこわいということなのだろう。』

主人は官僚であって隠遁者の生活をするのがその惰性にかなっているのでそれでこのような場所を自己のいわやの居宅としているのだ。(半官半隠をいう)
わたしはこの白水でおじの崔明府に面会しに来たのだが諸翁たちはみな仙人のなかの長であるとも申すべき人々だ。
自分はここへ来て、背の高い松の木の下であかぎの杖をついてやすむのである、あなたはこんな奥まってだれもこぬ様な渓谷の地に尉官となっておられるのだ(即ち半分、仙人)。
自分のために菰米をたいてくれます。それで自分もここでぶらぶらしながらみなさんとの御面会するにつけてのこころのうちを十分にのべることができるのだ。』

しばらくここに坐っていた、すると風がおこったようにつよくなった。日も夕方になって山の色はいっそう碧がふかくなってみえる。
川の方面では十丈もあろうかという蛟いる、たちまちのうちに水面にうずまきを作り、くりかえして水面を裂くようにひらくのだ。
まさか天上の雷がいるのではあるまい、しかし、ごうごうとした音は地面まで尋ねて来て鳴りひびいているのだ。
靄ガスがもやくやとして山のそびゆる様にあがって高くたち、罔両という怪物もひっそりとしてかなしんでいるかのよう。
しかし崑崙山や崆峒山の頂は仙人の棲むところである、頭を回してみまわしてみると遠く隔たっているとはおもわれないのだ。』

南の軒にたいして照り返しがすこし衰えてきた。非常にけわしくそびえる華嶽がまっかにみえている。
どこにいてもいくさの気配が林や小高い山にみなぎり、川の光は刀や槍の先、鋒鏑の光とまじり合うように感じるのである。
それでなにがわかるのかというと哥舒翰相公の大軍勢がそのあたりに駐屯していて、鉄の防具をつけた馬がたくさんあっまって、雲霧の様に砂塵をおこしているのだということがわかるのである。
それを考えると手にするうるわしく飾った杯もさっぱり水くさくて味がない。まさか叛乱軍どもは強敵というのではないはずではないか(それがじっさいには強いのでどうしたのかという意)。
我がうたう長歌は部屋内の梁にあたって勢いをまし、涙はくだって衣のつまやむしろ敷きに流れている。』

人生には 楽しみと哀しみが半分ずつある。天地の間にも順道ばかりではない、逆道ということがあるのだ。
いま、なげかわしい事が起こっている。国中、諸国の兵士たちは太平の時に、それで徵狄を征伐する用意で置かれた異民族に対しての幕府であったのだ(それが叛乱軍につくとはどうしたものか)。
国軍とて賢将、猛将はたくさんいて、まだそのままおいている。朝廷にはなにか善い作戦、計略を蓄えておらるるのであろう。
いつになったら都の東の方面が、開かれる様になるだろうか。いまは、甲冑、鎧をつけたものがまだそれを解きすてることができないのである。』
今やきょうの酒盛りも終りを告げようとしている、静まり返る夜がせまってくるのをとめることはできないのだ。
この主人のこれだけの酒食の傍ながら、わたしはいくたびも悔しい思いになってしまうのだ、どういう方法があるというのか! ありし日の太平の時の様になるためには。』

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kanbuniinkai10 頌之の漢詩 唐宋詩人選集 Ⅰ李商隠150首

白水崔少府十九翁高齋三十韻 杜甫 122 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 122-#2

白水崔少府十九翁高齋三十韻 杜甫 122 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 122-#2



#1
客從南縣來,浩蕩無與適。
旅食白日長,況當朱炎赫。』
高齋坐林杪,信宿遊衍闃。
清晨陪躋攀,傲睨俯峭壁。
崇岡相枕帶,曠野回咫尺。
始知賢主人,贈此譴岑寂。』
-#2
危階根青冥,曾冰生淅瀝。
この書斎のたかくてあぶなげなきざはしはあおぞらに根をおろしているのかと思うほどである、渓間の風音で木々のざわついているあたりには幾層かの氷が生じているほどつめたいのである。
上有無心雲,下有欲落石。
上をみあげると無心にしてくれる雲がある、下をみおろせば落ちそうになっている石がある。
泉聲聞複息,動靜隨所激。
滝の落ちる音は聞こえたりやんだり、風のぶっつかり方しだいで泉声が動いたり静かになったりしている。
鳥呼藏其身,有似懼彈射。』

また鳥はどこかに身を潜めて声をだして呼んでいるようなのだが、からだはかくして現わさないのだ、どこからか弾き弓で射とめられるのがこわいということなのだろう。』

-#3
吏隱適情性,茲焉其窟宅。
白水見舅氏,諸翁乃仙伯。
杖藜長松下,作尉窮穀僻。
為我炊雕胡,逍遙展良覿。』

#1
客南県従り来る 浩蕩として与に通する無し
旅食自日長し 況や朱炎の赫たるに当るをや』
高斎林秒に坐す 信宿潜行閲たり
清最陪して臍攣し 倣晩晴壁に傭す
崇岡相枕帯す 境野過にして爬尺なり
始めて知る賢主人 此を贈って愁寂を遥らしむるを』

-2

危階青冥に根す 曾泳淅瀝たるに生ず

上には無心の雲有り 下には落ちんと欲する石有り

泉声聞こえて復た息む 動静激する所に随う

鳥呼びて其の身を蔵す 弾射を憤るるに似たる有り』


-#3
吏隠惰性に通す 玄鳶に其れ窟宅とす
白水舅氏を見る 諸翁は乃ち仙伯なり
葬を杖く長松の下 尉と作る窮谷の僻なるに
我が為めに離胡を炊ぐ 造造艮覿を展ぶ』


白水崔少府十九翁高齋三十韻 -#2
(本文)

危階根青冥,曾冰生淅瀝。
上有無心雲,下有欲落石。
泉聲聞複息,動靜隨所激。
鳥呼藏其身,有似懼彈射。』
  
(下し文)
危階青冥に根す 曾泳漸靡たるに生ず
上には無心の雲有り 下には落ちんと欲する石有り
泉声聞こえて復た息む 動静激する所に随う
鳥呼びて其の身を蔵す 弾射を憤るるに似たる有り』
  
(現代語訳)
この書斎のたかくてあぶなげなきざはしはあおぞらに根をおろしているのかと思うほどである、渓間の風音で木々のざわついているあたりには幾層かの氷が生じているほどつめたいのである。
上をみあげると無心にしてくれる雲がある、下をみおろせば落ちそうになっている石がある。
滝の落ちる音は聞こえたりやんだり、風のぶっつかり方しだいで泉声が動いたり静かになったりしている。
また鳥はどこかに身を潜めて声をだして呼んでいるようなのだが、からだはかくして現わさないのだ、どこからか弾き弓で射とめられるのがこわいということなのだろう。』


komichi03(語訳と訳註)
危階根青冥,曾冰生淅瀝。

この書斎のたかくてあぶなげなきざはしはあおぞらに根をおろしているのかと思うほどである、渓間の風音で木々のざわついているあたりには幾層かの氷が生じているほどつめたいのである。
危階 たかくてあぶなげなきざはし。
根青実 根とは根ざし生ずることをいう。青某はあおぞらをいう、階の高いことを形容していう。
曾氷 層冰、いくえにもかさなってできているこおり。
淅瀝 これは渓谷間の風木の音をいう。


上有無心雲,下有欲落石。
上をみあげると無心にしてくれる雲がある、下をみおろせば落ちそうになっている石がある。


泉聲聞複息,動靜隨所激。
滝の落ちる音は聞こえたりやんだり、風のぶっつかり方しだいで泉声が動いたり静かになったりしている。
泉声 懸泉(たき)の声。
聞復息 きこえたりまたやんだり。
動静 泉声の動静、声が聞こえるのは動、息むのは静ということ。
随所激 激とは風の塊が水に激突することをいう、風のぶっつかり方しだいで泉声が動いたり静かになったりする。


鳥呼藏其身,有似懼彈射。』
また鳥はどこかに身を潜めて声をだして呼んでいるようなのだが、からだはかくして現わさないのだ、どこからか弾き弓で射とめられるのがこわいということなのだろう。』
蔵其身 からだをあらわさぬ。○弾射 弾き弓で射とめられること。
吏隠 官吏でありながら隠遁者の生活をする。


白水崔少府十九翁高齋三十韻 杜甫 121 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 121-#1

白水崔少府十九翁高齋三十韻 杜甫 121 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 121-#1


安禄山が反旗を翻したとき、杜甫はまだ奉先県の家族のもとにいたが、その後の数か月間の足どりは明らかでない。そのまま奉先県に留まっていたとも思える。しかし、家族のもとからすぐに長安に引き返して右衛率府の仕事についていたが、しだいにぞく叛乱軍が迫ってきたため、家族を避難させるため長安を離れた。帰省後の数か月間の杜甫の行動は、このように不明であるが、五月には、家族を連れて、親戚の崔氏が県令となっている白水県に移っている。白水県は奉先県の北にある県であるが、この地も戦雲がみなぎり、厳しい状況のもとにあったので、その後、鄭州の羌村に避難した。

白水県の尉官である崔十九翁の高斎で作った詩、叛乱軍に捕縛される前、天宝十五載夏の作である。



#1
客從南縣來,浩蕩無與適。
わたしは南の奉先県からこの白水へやって来たのであるが、心はとりとめなくうごいて自分の意にかなうこととしてここに来たのではない。
旅食白日長,況當朱炎赫。』
ここに食客となっていると日長が一日ということである、ましてこんなに炎天の夏の頃にあたっているのだ。』
高齋坐林杪,信宿遊衍闃。
高い書斎が林の梢のようなところに設置されたところにわたしは坐っている、数日をすごすに、きままにくつろいであそぶのだがいたってものさびしいことでもある。
清晨陪躋攀,傲睨俯峭壁。
きょうの朝の清々しさのあいだに主人におともをしてここのところへよじのぼってきたのだ、随分気張ってながめそして絶壁をうつぶせてみおろした。
崇岡相枕帶,曠野回咫尺。
たかい岡は互に帯のようにまつわりめぐりあったりしている、ひろい原野はとおくはあるが咫尺な間近くにある様な感じがする。
始知賢主人,贈此譴岑寂。』
そこで始めて知った、ここの賢い主人についてであるが、崔十九翁は此の景色眺望をわたしに贈ってくれてそれで自分のうれい、さびしさをどこかへ追いやってしまわせようとしてくれているのだということなのだ。』


危階根青冥,曾冰生淅瀝。
上有無心雲,下有欲落石。
泉聲聞複息,動靜隨所激。
鳥呼藏其身,有似懼彈射。』

白水崔少府十九翁高齋三十韻 #1

客南県従り来る 浩蕩として与に通する無し

旅食自日長し 況や朱炎の赫たるに当るをや』

高斎林秒に坐す 信宿潜行閲たり

清最陪して臍攣し 倣晩晴壁に傭す

崇岡相枕帯す 境野過にして爬尺なり

始めて知る賢主人 此を贈って愁寂を遥らしむるを』


危階青冥に根す 曾泳漸靡たるに生ず
上には無心の雲有り 下には落ちんと欲する石有り
泉声聞こえて復た息む 動静激する所に随う
鳥呼びて其の身を蔵す 弾射を憤るるに似たる有り』




白水崔少府十九翁高齋三十韻 現代語訳と訳註 #1
(本文) #1

客從南縣來,浩蕩無與適。
旅食白日長,況當朱炎赫。』
高齋坐林杪,信宿遊衍闃。
清晨陪躋攀,傲睨俯峭壁。
崇岡相枕帶,曠野回咫尺。
始知賢主人,贈此譴岑寂。』

(下し文)
客南県従り来る 浩蕩として与に通する無し
旅食自日長し 況や朱炎の赫たるに当るをや』
高斎林秒に坐す 信宿潜行閲たり
清最陪して臍攣し 倣晩晴壁に傭す
崇岡相枕帯す 境野過にして爬尺なり
始めて知る賢主人 此を贈って愁寂を遥らしむるを』
  
(現代語訳)
わたしは南の奉先県からこの白水へやって来たのであるが、心はとりとめなくうごいて自分の意にかなうこととしてここに来たのではない。
ここに食客となっていると日長が一日ということである、ましてこんなに炎天の夏の頃にあたっているのだ。』
高い書斎が林の梢のようなところに設置されたところにわたしは坐っている、数日をすごすに、きままにくつろいであそぶのだがいたってものさびしいことでもある。
きょうの朝の清々しさのあいだに主人におともをしてここのところへよじのぼってきたのだ、随分気張ってながめそして絶壁をうつぶせてみおろした。
たかい岡は互に帯のようにまつわりめぐりあったりしている、ひろい原野はとおくはあるが咫尺な間近くにある様な感じがする。 
そこで始めて知った、ここの賢い主人についてであるが、崔十九翁は此の景色眺望をわたしに贈ってくれてそれで自分のうれい、さびしさをどこかへ追いやってしまわせようとしてくれているのだということなのだ。』



(語訳と訳註)#1 の6韻
白水県の尉官である崔十九翁の高斎で作った詩三十韻

白水 県の名、陝西省同州府にある。○崔少府十九翁 少府は県尉の敬称。○高斎 山岡の上にある書斎。


客從南縣來,浩蕩無與適。
わたしは南の奉先県からこの白水へやって来たのであるが、心はとりとめなくうごいて自分の意にかなうこととしてここに来たのではない。
 作者杜甫のことをいう。○南県 奉先県をさす、白水県は奉先の北に在る。○浩蕩 心のとりとめなくただようさま。○無与適 意にかなう者がない。


旅食白日長,況當朱炎赫。』
ここに食客となっていると日長が一日ということである、ましてこんなに炎天の夏の頃にあたっているのだ。』
旅食 たびずまいする。〇白日長 日の長いこと、時が夏にあたることをいう。○朱炎赫 太陽のあかいほのおがあかあかとてる、これはあついことをいう。


高齋坐林杪,信宿遊衍闃。
高い書斎が林の梢のようなところに設置されたところにわたしは坐っている、数日をすごすに、きままにくつろいであそぶのだがいたってものさびしいことでもある。
 設置の席にいる。○林杪 杪はこずえ、書斎が林の上方の高いところに在ることをいう。○信宿 二日宿することを信という、信宿は数日滞在すること。○遊衍 衍は広がること、遊衍はきままにくつろいであそぶこと。○ さびしいさま。


清晨陪躋攀,傲睨俯峭壁。
きょうの朝の清々しさのあいだに主人におともをしてここのところへよじのぼってきたのだ、随分気張ってながめそして絶壁をうつぶせてみおろした。
清晨 清々しい朝方。○陪 雀翁のおともをする。○躋攀 のぼり、よじる。高斉に向かってのぼること。○傲睨 随分気張ってながめる。○俯 上からうつぶしてみおろす。○峭壁 けわしくきりたったようになった岩壁。
 
崇岡相枕帶,曠野回咫尺。
たかい岡は互に帯のようにまつわりめぐりあったりしている、ひろい原野はとおくはあるが咫尺な間近くにある様な感じがする。 
崇岡 たかいおか。○枕帯 枕にしあい、帯のようにまつわりあう。○曠野 ひろの。○ 廻に作る本があるが、それに従う。○咫尺 八寸、一尺、まぢかく見えることをいう。


始知賢主人,贈此譴岑寂。』
そこで始めて知った、ここの賢い主人についてであるが、崔十九翁は此の景色眺望をわたしに贈ってくれてそれで自分のうれい、さびしさをどこかへ追いやってしまわせようとしてくれているのだということなのだ。』
賢主人 主人とは崔十九翁をさす、我(作者)を客としてくれる、賢人ということは政治的な見識もあるということ。○贈此 此とはこの高斎からの眺望をさす。○ おいはらう。○岑寂 杜甫が抱いているうれい、さびしさをいう。


○押韻 適。赫。闃。壁。尺。寂。

秋雨嘆三首 其三 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 88

秋雨嘆三首 其三 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 88(就職活動中 杜曲の家)
天宝13載 754年 43歳
杜甫42 
754年 秋の長雨が、六十日間も雨が降りつづき、前年の日照りと今年は長雨、水害と交互に関中を襲い食糧不足に陥った。城内では米の値段が高騰した。
城内では米の値段が高騰し、米一斗と夜具を取り換えるほどです。

秋雨嘆三首  其一
雨中百草秋爛死、階下決明顏色鮮。
著葉滿枝翠羽蓋、開花無數黃金錢。
涼風蕭蕭吹汝急、恐汝後時難獨立。
堂上書生空白頭、臨風三嗅馨香泣。

秋雨嘆三首  其二 
闌風伏雨秋紛紛、四海八荒同一雲。
去馬来牛不復弁、濁涇清渭何当分。
禾頭生耳黍穂黒、農夫田父無消息。
城中斗米換衾裯、相許寧論両相直。

秋雨嘆三首  其三
長安布衣誰比數,反鎖衡門守環堵。
老夫不出長蓬蒿,稚子無憂走風雨。
雨聲颼颼催早寒,胡雁翅濕高飛難。
秋來未曾見白日,泥汙後土何時乾?


秋雨嘆三首  其三
長安布衣誰比數,反鎖衡門守環堵。
私はだれからも相手にされない長安の一市民。門を閉ざし、土塀で囲まれた家の中でじっとしている。
老夫不出長蓬蒿,稚子無憂走風雨。
おやじが外に出ぬままに雑草は生い茂り、子供は親の苦労も知らぬげに、風雨の中を走りまわっている。
雨聲颼颼催早寒,胡雁翅濕高飛難。
雨はザアザアと、早い冬をせき立て、胡雁は翼が湿って高く飛べない。
秋來未曾見白日,泥汙後土何時乾?

秋になってからこれまで、お日さまを見たことがなく、大地は泥に汚されてしまい、いつになったら乾くのか。




秋雨嘆三首  其三
長安布衣誰比數,反鎖衡門守環堵。
老夫不出長蓬蒿,稚子無憂走風雨。
雨聲颼颼催早寒,胡雁翅濕高飛難。
秋來未曾見白日,泥汙後土何時乾?


長安の布衣の比數するは誰ぞ,反(しか)るに衡門を鎖じて環堵を守る。

老いたる夫(われ)は出でずして蓬蒿を長(しげ) らせ,稚なき子は憂い無くして風雨に走る。

雨聲は颼颼(そうそう)として早(あさ)の寒さを催し,胡の雁は翅(つばさ) を濕いて高く飛ぶに難し。

秋と來りて未だ曾つて白日を見ず,泥は後土を(けが)して何の時か乾かん?


私はだれからも相手にされない長安の一市民。門を閉ざし、土塀で囲まれた家の中でじっとしている。
おやじが外に出ぬままに雑草は生い茂り、子供は親の苦労も知らぬげに、風雨の中を走りまわっている。
雨はザアザアと、早い冬をせき立て、胡雁は翼が湿って高く飛べない。
秋になってからこれまで、お日さまを見たことがなく、大地は泥に汚されてしまい、いつになったら乾くのか。


長安布衣誰比數,反鎖衡門守環堵。
私はだれからも相手にされない長安の一市民。門を閉ざし、土塀で囲まれた家の中でじっとしている。
布衣 粗末な着物。冠位のない人。○比數 取るに足らない。 ○衡門 木を横にした粗末な門。隠者の門。○環堵  家の周囲を取り巻いている垣根。  小さな家。狭い部屋。また、貧しい家。この聯のイメージは杜甫の「貧交行 」を参照。


老夫不出長蓬蒿,稚子無憂走風雨。
おやじが外に出ぬままに雑草は生い茂り、子供は親の苦労も知らぬげに、風雨の中を走りまわっている。
老夫 老爺(ろうや). 翁(おう) 翁(おきな) 老翁(ろうおう). [共通する意味年をとった男性。○蓬蒿 草ぼうぼうの野原。○無憂 むじゃき。憂いを認識しない。  



雨聲颼颼催早寒,胡雁翅濕高飛難。
雨はザアザアと、早い冬をせき立て、胡雁は翼が湿って高く飛べない。
雨聲 雨音 ○颼颼 風雨の音○胡雁 胡に帰る雁。 ○翅濕 羽を濡らせての奥までを湿らせる。   



秋來未曾見白日,泥汙後土何時乾?
秋になってからこれまで、お日さまを見たことがなく、大地は泥に汚されてしまい、いつになったら乾くのか。
泥汙 汙は汚。泥に汚される ○何時乾  乾くのはいつ。




貧困者を救済するために、政府は官の大倉を開いて米を放出し、長安市民に日に五升(日本の二升あまり)ずつ、安価に分け与えた。杜甫も毎日、大倉に出かけていって米の配給を受け、その日その日をやっと食いつないでいた。しかし、それも長くは続かず、彼は仕方なく家族を長安から奉先県に移すことにした。奉先県は長安の東北約一〇〇キロメートルの所にあり、当時そこには妻楊氏の親戚の者が県令として赴任していた。家族を奉先県に送っていった杜甫は、一人で長安に引き返し、あてのない採用通知を待ちつづける。(この時の様子は曲江三章 章五句の第三章にあらわされてる)

長安・杜曲韋曲
杜甫乱前後の図001


曲江三章 章五句 
曲江三章 第一章五句
曲江蕭條秋氣高,菱荷枯折隨風濤。
遊子空嗟垂二毛,白石素沙亦相蕩,哀鴻獨叫求其曹。

(曲江蕭条として 秋氣高く。菱荷(菱と蓮)枯折して 風濤に随ふ。
游子空しく嗟す 二毛(白髪交じり)に垂(なんなん)とするを。
白石素沙 亦た相い蕩(うごか)す。哀鴻(あいこう、哀れなヒシクイ)独り叫び 其の曹(ともがら)を求む)。


曲江三章 第二章五句
即事非今亦非古,長歌激夜梢林莽,比屋豪華固難數。
吾人甘作心似灰,弟侄何傷淚如雨?

(即事 今に非ず 亦た古(いにしへ)に非ず。長歌夜激しくして 林莽(りんぼう、林やくさむら)を捎(はら)ふ。比屋 豪華にして 固より数え難し。吾人 甘んじて 心 灰に似たるを作さん。弟姪 何をか傷みて 泪(なみだ)雨の如くなる。)

曲江三章 第三章五句
自斷此生休問天,杜曲幸有桑麻田,故將移住南山邊。
短衣匹馬隨李廣,看射猛虎終殘年。

(自ら此の生を断つ天に問うを休めよ。杜曲幸に桑麻の田有り。故に将に南山の辺に移住す。短衣匹馬李広に随い。猛虎を射るを看て残年を終えんとす。)


貧交行     杜甫 
翻手作雲覆手雨,紛紛輕薄何須數。
君不見管鮑貧時交,此道今人棄如土。

(手を翻(ひるがへ)せば雲と 作(な)り 手を覆(くつがへ)せば 雨となる。紛紛たる輕薄  何ぞ 數ふるを 須(もち)ゐん。
君見ずや  管鮑(くゎんんぱう) 貧時の交はりを,此(こ)の道  今人(こんじん) 棄つること 土の如し。)

秋雨嘆三首 其二 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 87

秋雨嘆三首  其二  杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 87(就職活動中 杜曲の家)
天宝13載 754年 43歳

杜甫は、一族のみんなが食べていくため売文でつないでいた。一石二鳥の手である。
しかし、この詩の時は、最後の頼みとして、哥舒翰に詩を贈り、幕下に出も取り立ててもらうことを考えていた。その返事を首を長くして待っていた。長雨で本当に何もすることがなかったのだろう。
この詩のなかで、「稲の頭には耳が生え、黍の穂先は曲がって 黒く変色し、農夫は街に穀物を持ってこなくなった。
城内では一斗の米が絹の夜具を交換され、換えてもらえばよい方で値段が釣り合うようなものではなくなってきている。」


秋雨嘆三首  其一
雨中百草秋爛死、階下決明顏色鮮
著葉滿枝翠羽蓋、開花無數黃金錢
涼風蕭蕭吹汝急、恐汝後時難獨立
堂上書生空白頭、臨風三嗅馨香泣


秋雨嘆三首  其二 
闌風伏雨秋紛紛、四海八荒同一雲。
去馬来牛不復弁、濁涇清渭何当分。
禾頭生耳黍穂黒、農夫田父無消息。
城中斗米換衾裯、相許寧論両相直。


秋雨嘆三首  其三
長安布衣誰比數,反鎖衡門守環堵。
老夫不出長蓬蒿,稚子無憂走風雨。
雨聲颼颼催早寒,胡雁翅濕高飛難。
秋來未曾見白日,泥汙後土何時乾?



秋雨嘆三首  其二 
闌風伏雨秋紛紛,四海八荒同一雲。
この秋は乱れて吹きつのる風横なぐりの雨でさんざんである、四方八方大荒れで空 一面の厚い雲に覆われているのだ
去馬來牛不複辨,濁涇清渭何當分?
往来かっている牛と馬が  牛なのか馬なのかの見分けもできないほど風雨がすごいのだ。いつも濁龍が流れる涇水といつもは清流がながれる渭水との区別がつかない流れになっている。
禾頭生耳黍穗黑,農夫田父無消息。
稲の頭には耳が生え、黍の穂先は曲がって 黒く変色し、農夫といい、老畑人にしても街に見当たらない、穀物を持ってこなくなったのだ。
城中斗米換衾裯,相許寧論兩相直?

城内では一斗の米が絹の夜具を交換され、換えてもらえばよい方で値段が釣り合うようなものではなくなってきている




秋雨嘆三首  其二 
闌風伏雨秋紛紛、四海八荒同一雲。
去馬来牛不復弁、濁涇清渭何当分。』
禾頭生耳黍穂黒、農夫田父無消息。
城中斗米換衾裯、相許寧論両相直。』


秋雨の嘆き 三首  其の二

闌風 伏雨  秋紛紛たり、四海 八荒  同じく一雲。

去馬 来牛  復た弁ぜず、濁涇(だくけい) 清渭(せいい)  何ぞ分かつ当()けん。

禾頭(かとう)  耳を生じて黍穂(しょすい)黒く、農夫  田父(でんぷ)  消息 無し。

城中  斗米  衾(きんちゅう)に換()う、相許さば寧(なん)ぞ両つながら相直(あいあた)るを論ぜん。




この秋は乱れて吹きつのる風横なぐりの雨でさんざんである、四方八方大荒れで空 一面の厚い雲に覆われているのだ
往来かっている牛と馬が  牛なのか馬なのかの見分けもできないほど風雨がすごいのだ。いつも濁龍が流れる涇水といつもは清流がながれる渭水との区別がつかない流れになっている。
稲の頭には耳が生え、黍の穂先は曲がって 黒く変色し、農夫といい、老畑人にしても街に見当たらない、穀物を持ってこなくなったのだ。
城内では一斗の米が絹の夜具を交換され、換えてもらえばよい方で値段が釣り合うようなものではなくなってきている



秋雨嘆三首  其二 

闌風伏雨秋紛紛、四海八荒同一雲。
この秋は乱れて吹きつのる風横なぐりの雨でさんざんである、四方八方大荒れで空 一面の厚い雲に覆われているのだ
闌風 風がたけなわ。服荒れる。○伏雨 横殴りの雨。○紛紛 散々な目にあう。○四海 四方の行きつく先は海と思われていた。天下。この世。○八荒 八方が大荒れの天気。○同一雲 厚く同一雲でこの世を覆っている。



去馬来牛不復弁、濁涇清渭何当分。
往来かっている牛と馬が  牛なのか馬なのかの見分けもできないほど風雨がすごいのだ。いつも濁龍が流れる涇水といつもは清流がながれる渭水との区別がつかない流れになっている。



禾頭生耳黍穂黒、農夫田父無消息。
稲の頭には耳が生え、黍の穂先は曲がって 黒く変色し、農夫といい、老畑人にしても街に見当たらない、穀物を持ってこなくなったのだ。



城中斗米換衾裯、相許寧論両相直。
城内では一斗の米が絹の夜具を交換され、換えてもらえばよい方で値段が釣り合うようなものではなくなってきている
衾裯 絹の夜具




○韻  紛、雲、分。/黒、息、直

奉陪鄭駙馬韋曲二首其二 杜甫   :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 76

奉陪鄭駙馬韋曲二首其二 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 76

754年天宝13載              43歳、春の詩。




其二
野寺垂楊裏、春畦亂水間。
野中のお寺があり、しだれ楊越しに女たちが見える。女たちは水流があっちこっち方向もきまらず春のはたけに流れてこんでいくようにきえていく。
美花多映竹、好鳥不歸山。
美しい花は竹林におおくうつりあうように見える、韋曲に町に来た春を告げる女烏たちはここへ来たら、もう山へ帰ることはないのだろう。
城郭終何事、風塵豈駐顔。
自分は城中へいったところが、なんの仕事があるではないし、ちりやほこりと同様に人間俗界の中でいつまでも若さを保てるわけでもない。
誰能興公子、薄暮欲倶還。

だれもがこの公達(鄭駙馬のこと)いつまでも飲んでいたいが、たそがれ時になってきたのでそろそろ一緒に戻りたいとおもっているのだ。




野中のお寺があり、しだれ楊越しに女たちが見える。女たちは水流があっちこっち方向もきまらず春のはたけに流れてこんでいくようにきえていく。
美しい花は竹林におおくうつりあうように見える、韋曲に町に来た春を告げる女烏たちはここへ来たら、もう山へ帰ることはないのだろう。
自分は城中へいったところが、なんの仕事があるではないし、ちりやほこりと同様に人間俗界の中でいつまでも若さを保てるわけでもない。
だれもがこの公達(鄭駙馬のこと)いつまでも飲んでいたいが、たそがれ時になってきたのでそろそろ一緒に戻りたいとおもっているのだ。


野寺垂場の裏 春畦乱水の間
美花多く竹に映ず 好鳥山に帰らず
城郭終に何をか事とせん 風塵豈に顔を駐めんや
誰か能く公子と 薄暮供に還るを欲せんや



野寺垂楊裏、春畦乱水間。
野中のお寺があり、しだれ楊越しに女たちが見える。女たちは水流があっちこっち方向もきまらず春のはたけに流れてこんでいくようにきえていく。
野寺 郊外の寺。○春畦 畦は田島のうねをいう。○乱水 縦横にながれている水。



美花多映竹、好鳥不歸山。
美しい花は竹林におおくうつりあうように見える、韋曲に町に来た春を告げる女烏たちはここへ来たら、もう山へ帰ることはないのだろう。
 花は妓女であり、鳥は娼婦であろう。  ○ 色のうつりあうこと。○好鳥 羽毛声音のうるわしい鳥。○不帰山 山からこの里へでかけて来てそれなり山へかえらぬ、というのはこの里がよいからである。(韋曲に町に来た女)



城郭終何事、風塵豈駐顔。
自分は城中へいったところがなんの仕事があるではないし、ちりやほこりと同様に人間俗界の中でいつまでも若さを保てるわけでもない。
城郭 長安の城郭をいう、郭はそとくるわ。○終何事 けっきょく何もする仕事がない。試験には落第し官には召しだされぬことをいう。○風塵 人間俗界のちりほこり。ちりは風に吹かれてどこへでも飛んでゆく。○駐顔 顔とは少壮の顔色をいう、駐とは同じ場所にひきとめて置くこと。駐顔とは年よりにならず、同じ若さでいることをいう。


誰能興公子、薄暮欲倶遠。
だれもがこの公達(鄭駙馬のこと)いつまでも飲んでいたいが、たそがれ時になってきたのでそろそろ一緒に戻りたいとおもっているのだ。
誰能 この二字は次の句までかかり反語となる。○ 或は共に。○公子 鄭附馬をさす。○薄暮 たそがれ。薄は迫の意、せまる、くれにせまる。○倶遠 いっし上に城中へもどる。


○韻  間、山、顔、遠。


 


 午前中から飲み始め、夕方近くまでの時間経過を詠ったものだが、杜甫自身、いくら飲んでも仕官できていないことが頭から離れないのだろう。
 芸妓や、娼婦たちも行楽に来ていて、その中に入り込めない誠実な杜甫である。この固さでは、この時代の朝廷の文人たちにもなかなか理解されなかったであろうと思われる。

奉陪鄭駙馬韋曲二首其一 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 75

奉陪鄭駙馬韋曲二首其一 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 75

奉陪鄭駙馬韋曲二首鄭潜曜に陪従して韋曲に遊んだことを詠う。
754年天宝13載 43歳、春の詩。

其一
韋曲花無頼、家家悩殺人。
韋曲には春になると男を誘い、媚を売ろうとする女が花咲くように集まっている、そこにある家々ではわけのわからない人が増えるし、その女たちの姿を看る人を非常になやますのである。
淥樽須盡日、白髪好禁春。
清酒を盛った樽を相手として一日を暮らしたい、自分のような白髪の老人にとってこんな春にあたっていいことばかりだ。
石角鈎衣破、藤梢刺眼新。
酔っぱらって句ると石の角で衣がひっかかり破れたり、こづらにくくも藤の梢のわかい蔓が私の眼を指すかのように新芽を出している。
何時占叢竹、頭戴小烏巾。

いつになったら自分もこんな竹やぶのある家を所有して、頭に烏紗帽とか、平巾幘でもいただける身分になることができるだろうか。



韋曲には春になると男を誘い、媚を売ろうとする女が花咲くように集まっている、そこにある家々ではわけのわからない人が増えるし、その女たちの姿を看る人を非常になやますのである。
清酒を盛った樽を相手として一日を暮らしたい、自分のような白髪の老人にとってこんな春にあたっていいことばかりだ。
酔っぱらって句ると石の角で衣がひっかかり破れたり、こづらにくくも藤の梢のわかい蔓が私の眼を指すかのように新芽を出している。
いつになったら自分もこんな竹やぶのある家を所有して、頭に烏紗帽とか、平巾幘でもいただける身分になることができるだろうか。



(鄭鮒馬に韋曲に陪し奉る二首)
韋曲花無頼なり 家家人を悩殺す
緑樽須らく日を尽すべし 白髪好し春に禁る
石角衣を鈎して破る 藤柏眼を刺して新なり
何の時か叢竹を占めて 頭に戴かん小鳥巾
 



奉陪鄭駙馬韋曲二首
鄭潜曜に陪従して韋曲に遊んだことを詠う二首。
鄭鮒馬 駙馬都尉鄭潜曜、前に「鄭駙馬宅宴洞中」に見えた。




韋曲花無頼、家家悩殺人。
韋曲には春になると男を誘い、媚を売ろうとする女が花咲くように集まっている、そこにある家々ではわけのわからない人が増えるし、その女たちの姿を看る人を非常になやますのである。
韋曲 長安城南の樊川にそっている杜曲とならぶ名勝地。○無頼 あてにならぬことをいうのだが、全国から商売女が集まってきていて、男を誘い、媚を売ろうとする。○悩殺 非常になやます。愛するこの極み、なやむことをいう。

長安の近郊


淥樽須盡日、白髪好禁春。
清酒を盛った樽を相手として一日を暮らしたい、自分のような白髪の老人にとってこんな春にあたっていいことばかりだ。
淥樽 清酒を盛ったたるをいう。濁り酒と区別している。○尽日 一日のあるかぎりをあそびについやす。○白髪 老境をいう。○禁春 禁は当たるに同じ、勝うるの意。対抗するこころもちをいう。



石角鈎衣破、藤梢刺眼新。
酔っぱらって句ると石の角で衣がひっかかり破れたり、こづらにくくも藤の梢のわかい蔓が私の眼を指すかのように新芽を出している。
石角 石のかど、この二句は酒席の附近の事物を叙する。○ かぎにかけるようにひっかける。○藤梢 ふじのこずえ。これは蔓のわか芽などをいうのであろう、花にはまだ早い。○刺眼 特に眼をひくことをいう。



何時占叢竹、頭戴小烏巾。
いつになったら自分もこんな竹やぶのある家を所有して、頭に烏紗帽とか、平巾幘でもいただける身分になることができるだろうか。
 所有すること。○叢竹 竹やぶのあるお屋敷。○烏巾 烏は烏紗帽服、巾は平巾幘(さく)服。どちらも官僚が着る服であり、帽子である。杜甫憧れの服装である。
烏紗帽                  平巾幘
烏紗帽00         平巾幘(さく)帽00



陪諸貴公子丈八溝携妓納涼晩際遇雨二首其一 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 73

陪諸貴公子丈八溝携妓納涼晩際遇雨二首其一 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 73
754年天宝13載43歳

 
杜甫はで可能な限り交際の輪を広げたいと願っていた。就職活動でもあるが、大家族を養っていくためには、貴公子たちの納涼、舟遊びの場にも出かけた。好んでいくわけではない。またよく雨に出くわすものだ。詩は出発の準備の様子である。

長安近郊図


陪諸貴公子丈八溝携妓納涼晩際遇雨二首
其一
もろもろの貴公子たちに陪伴して丈八溝で芸妓をたずさえて涼をとり、暮がたちかく雨にであったときの作二首の其の一。
落日放船好、軽風生浪遅。
日の落ちかかるころ船を繰り出すというのはなかなかよいものだ、軽やかな風が吹いてきて浪の発生もゆったりしていいものだ。
竹深留客処、荷浄納涼時。
岸辺には竹がふかく生いしげっていて夕日を遮り、賓客を留めておく的確な場所だ、荷花がきよらかにさいている、納涼には最適の時期となっている。
公子調氷水、佳人雪藕糸。
貴公子たちは冷飲料を用意している、妓女たちは蓮根を洗い流して、白くきれいにしている。
片雲頭上黒、応是雨催詩。

そのうちちぎれ雲が頭の上でまっくろに見えて来たが、これは天の神が雨を降らせるのか、早く詩を作れと催促されているのである。


もろもろの貴公子たちに陪伴して丈八溝で芸妓をたずさえて涼をとり、暮がたちかく雨にであったときの作二首の其の一。
日の落ちかかるころ船を繰り出すというのはなかなかよいものだ、軽やかな風が吹いてきて浪の発生もゆったりしていいものだ。
岸辺には竹がふかく生いしげっていて夕日を遮り、賓客を留めておく的確な場所だ、荷花がきよらかにさいている、納涼には最適の時期となっている。
貴公子たちは冷飲料を用意している、妓女たちは蓮根を洗い流して、白くきれいにしている。

そのうちちぎれ雲が頭の上でまっくろに見えて来たが、これは天の神が雨を降らせるのか、早く詩を作れと催促されているのである。



諸貴公子に陪して、丈八溝に妓を携えて涼を納(いるる)、晩際に 雨に遇う 二首  其の一
落日  船を放つに好(よろ)しく、軽風  浪(なみ)を生ずること遅かりし。
竹は深くし  客を留(とど) まる処、荷(はす)は浄(きよ)し  涼(りょう)を納(いるる)の時。
公子は氷水(ひょうすい)を調(ととの)え、佳人(かじん)は藕糸(ぐうし)を雪(ぬぐ)う。
片雲(へんうん)  頭上(ずじょう)に黒(くろし)、応(まさ)に 是(これ)  雨の詩を催(うなが)す なるべし。





陪諸貴公子丈八溝携妓納涼晩際遇雨二首其一
もろもろの貴公子たちに陪伴して丈八溝で芸妓をたずさえて涼をとり、暮がたちかく雨にであったときの作二首の其の一。
丈八溝 はりわりの名。天宝元年に韋堅の作ったもので下杜城の西にあるという、少陵より遠くない処と思われる。○晩際 くれまぢか。



落日放船好、軽風生浪遅。
日の落ちかかるころ船を繰り出すというのはなかなかよいものだ、軽やかな風が吹いてきて浪の発生もゆったりしていいものだ。
生浪遅 遅とはそろそろと浪をおこすことをいう。



竹深留客処、荷浄納涼時。
岸辺には竹がふかく生いしげっていて夕日を遮り、賓客を留めておく的確な場所だ、荷花がきよらかにさいている、納涼には最適の時期となっている。
 陸上の物。○荷浄 この荷ははすの花は、妓女たちに比較して清らかである。蓮の花は女性自身を示す言葉としてよく登場する。ここでは、貴公子たち、妓女たちに比較して浄を使う。



公子調氷水、佳人雪藕糸。
貴公子たちは冷飲料を用意している、妓女たちは蓮根を洗い流して、白くきれいにしている。
調泳水 冰水をこしらえること、冷飲料を用意する。○佳人 美人、即ち妓女。○ 拭うこと。あらいながして、白くする。○藕糸 蓮根のいとすじ、これは食物。



片雲頭上黒、応是雨催詩。
そのうちちぎれ雲が頭の上でまっくろに見えて来たが、これは天の神が雨を降らせるのか、早く詩を作れと催促されているのである。
片雲 ちぎれ雲。ここは入道雲であろう。



○韻  遅、時、糸、詩。
好き好んできた舟遊びではないといわんばかり、早く詩を作って、酒を飲もうというのか。

重過何氏五首 其三 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 70

重過何氏五首 其三 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 70
(就職活動中 長安郊外 杜曲の家)


重過何氏五首 其三
落日平台上、春風啜茗時。
平らな露台の上を落日が染める、春風に吹かれ、新茶をすする至福の時である。
石欄斜点筆、桐葉坐題詩。
石の欄干においてある硯に斜めに筆を下ろし、桐の葉に坐ったまま詩を書きつける。
翡翠鳴衣桁、蜻蜓立釣糸。
かわせみが庭先に置かれた着物掛けに飛んできて鳴いており、とんぼが池に垂れた釣り糸にきてとまっている。
自今幽興熱、来往亦無期。

今からは自然の興趣にも十分慣れてきた、心ゆくままに山荘の中を散策しようとおもったのだ。


平らな露台の上を落日が染める、春風に吹かれ、新茶をすする至福の時である。
石の欄干においてある硯に斜めに筆を下ろし、桐の葉に坐ったまま詩を書きつける。
かわせみが庭先に置かれた着物掛けに飛んできて鳴いており、とんぼが池に垂れた釣り糸にきてとまっている。
今からは自然の興趣にも十分慣れてきた、心ゆくままに山荘の中を散策しようとおもったのだ。



落日 平台の上、春風 茗を啜る時。
石欄 斜めに筆を点じ、桐葉 坐して詩を題す。
翡翠は衣桁に鳴き、蜻蜓は釣糸に立つ。
今日り幽興熟さん、来往も亦た期無し。



落日平台上、春風啜茗時。
平らな露台の上を落日が染める、春風に吹かれ、新茶をすする至福の時である。
平台 庭園の中に盛り土して築かれた露台。○啜茗 新茶を茶といい、晩く採った茶を著という。茶が噂好品として用いられるようになったのは、このころからである。○ 至福の時。



石欄斜点筆、桐葉坐題詩。
石の欄干においてある硯に斜めに筆を下ろし、桐の葉に坐ったまま詩を書きつける。
石欄 石の手摺。その上に硯をおく。



翡翠鳴衣桁、蜻蜓立釣糸。
かわせみが庭先に置かれた着物掛けに飛んできて鳴いており、とんぼが池に垂れた釣り糸にきてとまっている。
翡翠 かわせみ。水辺に棲む小鳥で、全身に青黄色の美しい羽毛をもつ。○衣桁 着物などをかけて置く家具。○蜻蜓 とんぼ。



自今幽興熟、来往亦無期。
今からは自然の興趣にも十分慣れてきた、心ゆくままに山荘の中を散策しようとおもったのだ。
幽興熟  一人静かな自然の興趣に十分慣れてきた。熟はこの園になれたこと。 ○来往 自分の家とこの園とを行ったり来たりすること。  ○無期 定まった期限のないこと。 期は約束ごと。



○韻  時、詩、糸、期。

重過何氏五首 其二 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 69

重過何氏五首 其二 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 69
(就職活動中 長安郊外 杜曲の家)


重過何氏五首 其二
山雨樽仍在、沙沈榻未移。
山の雨が降っている前日の酒樽がなおそのままに放置されている、砂の窪みには腰掛けがそのまま移されずにある。
犬迎曾宿客、鴉護落巣児。
犬はかつての泊り客であったわたしを出迎えてくれるし、からすは巣に生み落としたばかりの雛たちをまもり、歓迎してくれる。
雲薄翠徴寺、天清黄子陂。
薄くかかった雲が翠徴寺のあたりにあるが、黄子陂のあたりはあお空がいっぱいに広がっている。

向來幽興極、歩履過東籬。

これまでの静寂な自然に対する興趣がここで極点に達し、草履をつっかけて東の垣根の外に出てしまった。


山の雨が降っている前日の酒樽がなおそのままに放置されている、砂の窪みには腰掛けがそのまま移されずにある。
犬はかつての泊り客であったわたしを出迎えてくれるし、からすは巣に生み落としたばかりの雛たちをまもり、歓迎してくれる。
薄くかかった雲が翠徴寺のあたりにあるが、黄子陂のあたりはあお空がいっぱいに広がっている。

これまでの静寂な自然に対する興趣がここで極点に達し、草履をつっかけて東の垣根の外に出てしまった。


山雨 樽は仍(な)お在り、沙沈んで榻は末だ移されず。
犬は迎う 曾宿の客、鴉は護る 落巣の児。
雲は薄し 翠徴寺、天は清し 黄子陂。
向来 幽興極まり、歩屣 東籬を過ぐ




山雨樽仍在、沙沈榻未移。
山の雨が降っている前日の酒樽がなおそのままに放置されている、砂の窪みには腰掛けがそのまま移されずにある。
樽仍在 酒を飲みに来訪している杜甫に酒樽や腰掛をそのままにさせていて、自由に飲んでくれということだろう。この将軍は、半官半隠のイメージをもってここに棲んでいると思われる。 



犬迎曾宿客、鴉護落巣児。
犬はかつての泊り客であったわたしを出迎えてくれるし、からすは巣に生み落としたばかりの雛たちをまもり、かんげいしてくれる。
落巣児 落巣は絡巣に同じく、巣の周辺をめぐっていならぶ雛をいう。巣に生み落としたばかりの雛、巣の外に落っこちそうな雛もいる、歓迎しているさまをいう。
 

雲薄翠徴寺、天清黄子陂。
薄くかかった雲が翠徴寺のあたりにあるが、黄子陂のあたりはあお空がいっぱいに広がっている。
翠徴寺 終南山の上にある寺。○黄子陂 池の名。




向來幽興極、歩履過東離。
これまでの静寂な自然に対する興趣がここで極点に達し、草履をつっかけて東の垣根の外に出てしまった。
向來 従来。これまで。さい前から。 ○幽興 静寂な自然に対する興趣。この詩は時間経過が隠遁者の感覚であり、半日くらいの変化を詠っている。そのくらい個々の自然に溶け込み、けだるさを喜んで詠っている。○東籬 籬は柴や竹で編んで作った垣根。
陶淵明「飲酒其五」
結廬在人境,而無車馬喧。
問君何能爾,心遠地自偏。
采菊東籬下,悠然見南山。
山氣日夕佳,飛鳥相與還。
此中有眞意,欲辨已忘言。
廬を結ぶに 人境に在り,而して車馬の喧(かまびす)しき無し。
君に問ふ 何ぞ能く爾ると,心 遠ければ 地 自ら偏(かたよ)る。
菊を采(と)る 東籬の下(もと),悠然として 南山を見る。
山氣 日夕に佳(よ)く,飛鳥 相ひ與(とも)に還(かへ)る。
此の中に 眞意有り,辨んと欲して 已(すで)に言を忘る。

客至   杜甫
舍南舍北皆春水、但見群鷗日日來。
花徑不曾緣客掃、篷門今始為君開。
盤飧市遠無兼味、樽酒家貧只舊醅。
肯與鄰翁相對飲、隔籬呼取盡餘杯。
舎南(しゃなん)舎北(しゃほく)皆 春水(しゅんすい)、但見る群鷗の日日に來るを
花径 曾(かつ)て客に縁って掃(はら)わず、篷門(ほうもん)今始めて君が為に開く
盤飧(ばんそん)市 遠くして兼味(けんみ)無く、樽酒(そんしゅ) 家貧にして只だ旧醅(きゅうばい)あるのみ
肯(あえ)て隣翁と相(あい)対して飲まんや、籬(まがき)を隔てて呼び取りて余杯(よはい)を尽さしめん


隠者と籬と酒、静寂な自然に対する興趣、山に向かって座る。杜甫のイメージは陶淵明の「飲酒其五」を意識して詠っている。


○韻  移、児、陂、籬。

重題鄭氏東亭  杜甫

重題鄭氏東亭  杜甫 紀頌之の漢詩ブログ杜甫詩 特集  18
新安に在る鄭氏の東の亭に、再び訪れかきつけた詩。
744年天宝3載33歳、杜甫が洛陽にあったころの作。原注に、「新安の界に在り」とある。
天宝3載 744年 33歳 五言律詩


重題鄭氏東亭
華亭入翠微、秋日亂清暉。
うつくしい山亭が山の中半腹に建っていて、秋の陽はきよらかな光を目映く輝かせていた。
崩石欹山樹、清漣曳水衣。
山亭のそばの崩れかかった岩石は山の樹を傾けさせていて、すんだ水の池のさざなみは水面に浮かんだ水苔を揺らせていた。
紫鱗衝岸躍、蒼隼護巣歸。
その水に泳いでいる紫色のウロコの魚は岸に突き当たるかのようにはね飛び躍って、樹上に棲む隼は巣籠に帰っていった。
向晩尋征路、残雲傍馬飛。

わたしは夕方になったのでここを去ろうとして帰り道にはゆきはじめた、夕方の雲がわたしの乗る馬に付き添うように流れている。


うつくしい山亭が山の中半腹に建っていて、秋の陽はきよらかな光を目映く輝かせていた。
山亭のそばの崩れかかった岩石は山の樹を傾けさせていて、すんだ水の池のさざなみは水面に浮かんだ水苔を揺らせていた。
その水に泳いでいる紫色のウロコの魚は岸に突き当たるかのようにはね飛び躍って、樹上に棲む隼は巣籠に帰っていった。
わたしは夕方になったのでここを去ろうとして帰り道にはゆきはじめた、夕方の雲がわたしの乗る馬に付き添うように流れている。


(下し文)重ねて鄭氏が東亨に題す
華亭 翠微に入り、 秋日 清暉乱る。
崩石 山樹欹き、  清漣 水衣を曳く。
紫鱗 岸を衝いて躍り、 蒼隼 巣を護せんとして帰る。
晩に向って征路を尋ぬれば、 残雲 馬に傍いて飛ぶ。

重題鄭氏東亭

鄭氏 鮒馬鄭潜曜との説があるが、確かでない。○東亭 其の家の東にあるものであろう。○新安 河南府新安県。

華亭入翠微、秋日亂清暉。
うつくしい山亭が山の中半腹に建っていて、秋の陽はきよらかな光を目映く輝かせていた。
華亭 うつくしいちん、休憩するために作ったあずまや。東亭をほめていう。○翠微 山の半腹、そのあたりには翠色がかすかによこたわっているのでかくいう。○秋日 日は太陽をさす。○清暉 すんだひかり。日光。

崩石欹山樹、清漣曳水衣。
山亭のそばの崩れかかった岩石は山の樹を傾けさせていて、すんだ水の池のさざなみは水面に浮かんだ水苔を揺らせていた。
崩石 くずれかかった石。○ かたむく、横になる。○ さざなみ。○水衣 みずごけ。

紫鱗衝岸躍、蒼隼護巣歸。
その水に泳いでいる紫色のウロコの魚は岸に突き当たるかのようにはね飛び躍って、樹上に棲む隼は巣籠に帰っていった。
紫鱗 紫色のさかな。夕日に紫色に輝いたのだろう。○蒼隼 ごましおの羽色のはやぶさ。○護巣 巣の番をする。


向晩尋征路、残雲傍馬飛。
わたしは夕方になったのでここを去ろうとして帰り道にはゆきはじめた、夕方の雲がわたしの乗る馬に付き添うように流れている。
征路 たびじ。我がかえり路。○残雲 ゆうべの雲。


杜甫の家系は名門なので高官や貴族などからの招待はあったようだ。結婚もして、家も構えていたので、文才を生かして士官につながる伝手を求めて訪問していた。李白と出会って、杜甫は叔母の法事などの関係で暫く洛陽に残っていた。数か月して李白を追うのであるが、その間のできごとである。「重ねて題す」とあるので、二度目なのであろうが、詩としては、見当たらない。

「うつくしい亭が山の半腹にたっていて、秋の太陽のすんだひかりがちらちらしている。」大豪邸の感じはしない。
尾聯での景色が一般的で馬に乗っている杜甫に夕焼雲がついてくるということでは、ほとんど印象的な場所ではなかったのだろう。鄭氏も未詳であるのでなおさらだ。

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