杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

送る詩

送蔡希魯都尉還隴右,因寄高三十五書記 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 93

送蔡希魯都尉還隴右,因寄高三十五書記 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 93
 

送蔡希魯都尉還隴右,因寄高三十五書記 
陳右の節度使である哥舒翰の部下である都尉の官の蔡希魯が陳右へかえるのを送り、すでに隣右に居る親友高適に寄せた詩である。製作時は755年天宝十四載春の作。44歳


送蔡希魯都尉還隴右,
    因寄高三十五書記

     * 〔原注〕時哥舒人奏。勘察子先蹄

蔡希魯都尉君が隴右にかえるのを送り、これをもって高三十五書記に寄せるものである。*原文に注あり、この時、哥舒翰将軍は軍事報告で朝廷にいた。そのため高適察子を先に西寧府の就かせた。
蔡子勇成癖,彎弓西射胡。
蔡希魯は平生勇壮なことをするのが習癖になっていて、弓をひいて西の方胡の弓を構えているえびすを射ることがある。
健兒寧闘死,壯士恥為儒。
彼は健児であり壮士であって、むしろたたかって死ぬのをよしとするので、儒者などになることを恥とかんがえている。
官是先鋒得,才緣挑戰須。
いま都尉という官位にあるのは、戦で先鋒となってはたらいたために得たものである。彼の戦に対する才能は敵に対して戦を挑むのに大切なことなのである。
身輕一鳥過,槍急萬人呼!』

彼の身の軽やかなことは一羽の鳥より過ぎているのであり、彼が槍を急につきだす時には驚き万人が呼ぶのだ。』
雲幕隨開府,春城赴上都。
天下の幕府のなかで哥舒開府に随っているのだが、春の長安城に赴くことになったのである。
馬頭金匼匝,駝背錦糢糊。』
そのときは馬頭には黄金の路頭(おもがい)を匼匝とぐるりと囲んでいる、駱駝の背には錦の帕(はらかけ)を糢糊とたらして来る。』
咫尺雪山路,歸飛青海隅。

任地にかえるにおよんで、彼の意気は遠い雪山の路でも咫尺ほどまぢかとかんがえられるほど盛んで、青海のかたすみへとぶように帰ってゆくのである。
上公猶寵錫,突將且前驅。』
主人開府公はまだ天子より恩寵を蒙って物をたまわることにはなっていない、馳突の将といわれる彼がとにかく前駆となって一足さきにゆくのである。』
漢水黃河遠,涼州白麥枯。
漢の天子の使者ともいうべき貴君は遠く黄河の奥までゆくが、涼州のあたりはその頃は白麦が熟して夏になっているだろう。
因君問消息,好在阮元瑜?』

貴君がゆくついでに自分は友人の消息をたずねたい、あの阮元瑜(高適)は達者でいるのかどうか、と。



(蔡希魯都尉が陳右に還るを送り、因って高三十五書記に寄す)

蔡子勇 癖を成す 弓を彎きて西胡を射る

健児寧ろ闘って死せん 壮士儒為るを恥ず

官は是れ先鋒にて得 才は挑戦に縁りて須つ

身軽くして一鳥過ぎ 槍急にして万人呼ぶ』

 

雲幕開府に随い 春城上都に赴く

馬頭金匝たり 駄背錦糢糊たり』

咫尺雪山の路 帰り飛ぶ青海の隅

上公猶お寵錫 突将且つ前駆す』

漢使黄河遠く 涼州白麦枯る

君に因りて消息を問う 好在なりや阮元瑜。




送蔡希魯都尉還隴右,因寄高三十五書記 訳註と解説
*原注 時哥舒人奏。勘察子先蹄

(下し文)
蔡希魯都尉が隴右に還るを送り、因って高三十五書記に寄す*原文に注あり、時に哥舒翰 人奏せり。勘いて察子を先蹄す。
(現代語訳)

蔡希魯都尉君が隴右にかえるのを送り、これをもって高三十五書記に寄せるものである。*原文に注あり、この時、哥舒翰将軍は軍事報告で朝廷にいた。そのため高適察子を先に西寧府の就かせた。

察希魯 人名。○都尉 唐の時、諸府には折衝都尉・左右果毅都尉があった。○隴右 道の名、今の甘粛地方、哥舒翰はそこの節度使で甘粛省西寧府に駐在した。○高三十五書記 高適、適はすでに翰の幕僚であった。○哥舒 哥舒翰。〇人奏 京師(長安)に入り天子に軍務の事を上奏する、事節は754年天宝十四載春である。○勘 強いて命ずる。○蔡子 希魯をいう。○先蹄 この時哥舒翰は途中で糖尿病で動けなく京師(長安)に留どまった。因って希魯を先に陳右へかえらせたのである。



 

(本文)
蔡子勇成癖,彎弓西射胡。
健兒寧闘死,壯士恥為儒。
官是先鋒得,才緣挑戰須。
身輕一鳥過,槍急萬人呼!』

(下し文)
蔡子勇 癖を成す 弓を彎きて西胡を射る
健児寧ろ闘って死せん 壮士儒為るを恥ず
官は是れ先鋒にて得 才は挑戦に縁りて須つ
身軽くして一鳥過ぎ 槍急にして万人呼ぶ』

(現代語訳)
蔡希魯は平生勇壮なことをするのが習癖になっていて、弓をひいて西の方胡の弓を構えているえびすを射ることがある。
彼は健児であり壮士であって、むしろたたかって死ぬのをよしとするので、儒者などになることを恥とかんがえている。
いま都尉という官位にあるのは、戦で先鋒となってはたらいたために得たものである。彼の戦に対する才能は敵に対して戦を挑むのに大切なことなのである。
彼の身の軽やかなことは一羽の鳥より過ぎているのであり、彼が槍を急につきだす時には驚き万人が呼ぶのだ。』



蔡子勇成癖,彎弓西射胡。
蔡希魯は平生勇壮なことをするのが習癖になっていて、弓をひいて西の方胡の弓を構えているえびすを射ることがある。
勇成癖 勇壮なことをするのが平生の習癖となっている。○彎弓 弓をひく。○西射胡 胡はえびす、吐蕃をさす。騎馬民族・遊牧民族であるため、弓の合戦が主となる。

健兒寧闘死,壯士恥為儒。
彼は健児であり壮士であって、むしろたたかって死ぬのをよしとするので、儒者などになることを恥とかんがえている。
健児 壮士のこと、軍人であることをいう。○寧闘死 いっそたたかって死ぬのがましじゃ。○壮士 上の健児と同じ、軍人であることをいう。○恥為儒 儒者になることは恥とおもう。



官是先鋒得,才緣挑戰須。
いま都尉という官位にあるのは、戦で先鋒となってはたらいたために得たものである。彼の戦に対する才能は敵に対して戦を挑むのに大切なことなのである。
 都尉の官をさす。○先鋒得 戦場で先鋒をつとめたために得たのである。〇才 或は材に作る。材器、伎価をいう。○挑戦 敵に対して戦を求めること、挑はいどむ。○ そのいりようなことをいう。



身輕一鳥過,槍急萬人呼!』
彼の身の軽やかなことは一羽の鳥より過ぎているのであり、彼が槍を急につきだす時には驚き万人が呼ぶのだ。』
身軽 身体のはたらきの軽捷なこと。〇一鳥過一つの鳥が飛びすぎるよう。○槍急 槍を急につきだす。〇万人呼 多くの人がそのわざに驚きさけぶ。




(本文)
雲幕隨開府,春城赴上都。
馬頭金匼匝,駝背錦糢糊。』

(下し文)
雲幕開府に随い 春城上都に赴く
馬頭金匼匝たり 駝背錦糢糊たり』

 (現代語訳)
天下の幕府のなかで哥舒開府に随っているのだが、春の長安城に赴くことになったのである。
そのときは馬頭には黄金の路頭(おもがい)を匼匝とぐるりと囲んでいる、駱駝の背には錦の帕(はらかけ)を糢糊とたらして来る。』



雲幕隨開府,春城赴上都。
天下の幕府のなかで哥舒開府に随っているのだが、春の長安城に赴くことになったのである。
雲幕 この雲幕は雲の横たわっている幕ということであろう。幕府の幕をいう、軍中にあっては幕を以て府となす。○随開府 開府は開府儀同三司の位、哥舒翰をさす。○春城 春時の長安城。○上都 長安をさす。



馬頭金匼匝,駝背錦糢糊。』
そのときは馬頭には黄金の路頭(おもがい)を匼匝とぐるりと囲んでいる、駱駝の背には錦の帕(はらかけ)を糢糊とたらして来る。』
○金匼匝 匼匝(こうそう)はぐるりと囲むさま、金とは黄金でかざった路頭(馬面をからめるつな)をいう。○駝背 らくだのせなか。哥舒翰は朝廷へ使者をだすときいつも自駱駝に乗って一日に五百里を馳せしめたと小う。○錦糢糊 模糊はおぼろなさま。錦とは錦でつくった馬の腹かけをいう。
 


(本文)
咫尺雪山路,歸飛青海隅。
上公猶寵錫,突將且前驅。』
漢水黃河遠,涼州白麥枯。
因君問消息,好在阮元瑜?』


 (下し文)
咫尺(ししゃく)雪山の路 帰り飛ぶ青海の隅
上公猶お寵錫(ちょうしゃく) 突将且つ前駆す』
漢使黄河遠く 涼州白麦枯る
君に因りて消息を問う 好在なりや阮元瑜。』


(現代語訳)
任地にかえるにおよんで、彼の意気は遠い雪山の路でも咫尺ほどまぢかとかんがえられるほど盛んで、青海のかたすみへとぶように帰ってゆくのである。
主人開府公はまだ天子より恩寵を蒙って物をたまわることにはなっていない、馳突の将といわれる彼がとにかく前駆となって一足さきにゆくのである。』

漢の天子の使者ともいうべき貴君は遠く黄河の奥までゆくが、涼州のあたりはその頃は白麦が熟して夏になっているだろう。
貴君がゆくついでに自分は友人の消息をたずねたい、あの阮元瑜(高適)は達者でいるのかどうか、と。



咫尺雪山路,歸飛青海隅。
任地にかえるにおよんで、彼の意気は遠い雪山の路でも咫尺ほどまぢかとかんがえられるほど盛んで、青海のかたすみへとぶように帰ってゆくのである。
咫尺 咫は八寸、尺は一尺。咫尺とはまぢかとみなすことをいう。○雪山 天山をいう、此の句は蓋し「班超伝賛」の「坦歩葱雪、咫尺竜沙」の句意を用いる。陳右はそこからは実は遠いところにあるが遠からずとかんがえているというのである。一説に雪山は武威の南にある山をいうという、其の説によれば咫尺とは実際に近いことをいう。○帰飛 飛とは、はやくかえるをいう。○青海隅 青海は陳右の近西にある、隅はかたすみ。青を或は西に作る。



上公猶寵錫,突將且前驅。』
主人開府公はまだ天子より恩寵を蒙って物をたまわることにはなっていない、馳突の将といわれる彼がとにかく前駆となって一足さきにゆくのである。』
上公 公の上位にあるもの、哥舒翰は開府の待遇をうける故に上公という。○猶寵錫 寵錫とは天子より恩寵を蒙って物をたまわることをいう。実は病のために滞留しているのをかく辞をかざっていったもの。猶とはいまだにの意。○突将 馳突を能くする将、察都尉をさす。○ しばらく。○前駆 さきがけをする。



漢使黃河遠,涼州白麥枯。
漢の天子の使者ともいうべき貴君は遠く黄河の奥までゆくが、涼州のあたりはその頃は白麦が熟して夏になっているだろう。
漢使 漢の張鶱(ちょうけん)は武帝のために西域に使いした、それらをおもいあわせてかくいう。張鶱が唐の天子の使者となってゆくことをいう。○黄河遠 隴右は黄河の上流にある。○涼州 甘粛省涼州府武威県治、即ち河西節度使の駐在所。〇白麦枯 白麦は涼州地方の産物、用いて酒を醸すという。枯とは成熟して稈(わら)の枯死することをいう、それにより夏になったことをいう。



因君問消息,好在阮元瑜?』
貴君がゆくついでに自分は友人の消息をたずねたい、あの阮元瑜(高適)は達者でいるのかどうか、と。
蔡をさす。○消息 たより。○好在 お達者でしょうか。○阮元瑜 魏の阮籍の父瑀、字は元瑜、書檄の文章をよくした。作者はつねに瑀を以て高適にたとえてよんでいる、他の詩にも多くの例がある。


寄高三十五書記  杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 67

寄高三十五書記  杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 67
(高三十五書記に寄す)
友人高適が哥舒翰の幕下にあったのに寄せた詩である。製作時は753年天宝十二載の夏42歳。

寄高三十五書記
嘆惜高生老,新詩日又多。
なげかわしいことにあなたもだんだんと年老いてゆきます、あなたが作った新らしい詩は日々多くなっている、またそれに評判もともなっている。
美名人不及,佳句法如何。
文学についてのよい評判は他の詩人たちも及ばない、佳句を作りだす方法はどういうものなのか知りたいものだ。
主將收才子,崆峒足凱歌。
あなたの幕府の将軍(哥舒翰)もあなたのような才能ある幕客にしたことは幸である、西方の崆峒で胡との戦いに於ては凱歌に不足はないはずだ。
聞君已朱紱,且得慰蹉跎。
あなたのことは聞いている、すでに五品官の朱紱をきる身分になったと。ひとまず、自分のこの失意の心持を慰め得るものにはなった。


なげかわしいことにあなたもだんだんと年老いてゆきます、あなたが作った新らしい詩は日々多くなっている、またそれに評判もともなっている。
文学についてのよい評判は他の詩人たちも及ばない、佳句を作りだす方法はどういうものなのか知りたいものだ。
あなたの幕府の将軍(哥舒翰)もあなたのような才能ある幕客にしたことは幸である、西方の崆峒で胡との戦いに於ては凱歌に不足はないはずだ。
あなたのことは聞いている、すでに五品官の朱紱をきる身分になったと。ひとまず、自分のこの失意の心持を慰め得るものにはなった。



歎息(たんそく)す 高生老ゆるを 新詩日に又た多し
美名 人及ばず 佳句 法如何
主将 才子を収む 崆峒(こうどう)凱歌足る
聞く君が己に朱紱(しゅふつ)すと 且(いささか)踵蛇(さた)を慰むるを得たり



寄高三十五書記
五言古詩。友人の高適が武威郡(甘粛省武威県)に駐屯する河西節度使の哥舒翰の書記として赴任するのを送る。「三十五」とは、従兄弟をもふくめての兄弟順を示す、いわゆる排行である。高適は杜甫より五歳の年長で、河南・山東を李白などと放浪していたときの友人。天宝12載 753年の夏、四十二歳のときの作。


嘆惜高生老,新詩日又多。
なげかわしいことにあなたもだんだんと年老いてゆきます、あなたが作った新らしい詩は日々多くなっている、またそれに評判もともなっている。
高生 高適をさす。○新詩 最近に作った詩。


美名人不及,佳句法如何。
文学についてのよい評判は他の詩人たちも及ばない、佳句を作りだす方法はどういうものなのか知りたいものだ。
美名 文学についてのよい評判。〇人不及 他人はこれに若かず。○佳句 詩篇のよい句。○ 佳句を作りだすしかた。


主將收才子,崆峒足凱歌。
あなたの幕府の将軍(哥舒翰)もあなたのような才能ある幕客にしたことは幸である、西方の崆峒で胡との戦いに於ては凱歌に不足はないはずだ。
主将 主人である将軍。哥舒翰さす。哥舒翰かじょ・かん、 生年不詳- 至徳2載(757年)は突騎施(西突厥)系の唐の将軍。吐蕃との戦いで活躍したが、安史の乱で敗北し、捕らえられ殺された。○ 我が方へとりいれる。○才子 文才ある人、通をさす。○崆峒 すでに見える。○ 十分に富むこと。○凱歌 たのしいうた、いくさに勝って帰るときにうたう歌。


聞君已朱紱,且得慰蹉跎。
あなたのことは聞いている、すでに五品官の朱紱をきる身分になったと。ひとまず、自分のこの失意の心持を慰め得るものにはなった。
 高適をさす。○朱紱 (しゅふつ)朱色のかわのまえだれ、五品官のきる礼服。○ (いささか)ひとまず。とりあえず。○蹉跎 (さた)自己の士官がうまくいかないこと失意の様子をいう。



寄高三十五書記
嘆惜高生老,新詩日又多。
美名人不及,佳句法如何?
主將收才子,崆峒足凱歌。
聞君已朱紱,且得慰蹉跎。

歎息す高生老ゆるを 新詩日に又た多し
美名人及ばず 佳句 法如何
主将才子を収む 崆峒(こうどう)凱歌足る
聞く君が己に朱紱(しゅふつ)すと 且(いささか)踵蛇(さた)を慰むるを得たり

毎日それぞれ一首(長詩の場合一部分割掲載)kanbuniinkai紀 頌之の漢詩3ブログ
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送高三十五書記 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 50

送高三十五書記 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 50
 
五言古詩。友人の高適が武威郡(甘粛省武威県)に駐屯する河西節度使の哥舒翰の書記として赴任するのを送る。「三十五」とは、従兄弟をもふくめての兄弟順を示す、いわゆる排行である。高適は杜甫より五歳の年長で、河南・山東を李白などと放浪していたときの友人。天宝12載 753年の夏、四十二歳のときの作。



送高三十五書記
崆峒小麥熟,且願休王師。
いま君が赴く崆峒山のあたりは夏になって小麦が熟したが、自分はしばらく官軍を休息させてもらいたいと願っている。
請公問主將﹕焉用窮荒為?』
君の主人に尋ねたらい、こんな国の果ての不毛の武力を使おうとする必要がどこにあるかと。』
饑鷹未飽肉,側翅隨人飛。
うえた鷹が肉に飽かない間は、羽をそばだてて指示する人の側で飛ぶというものだ。
高生跨鞍馬,有似幽並兒。
高適君が鞍馬にまたがった様子は幽州地方の健児に似て勇ましい。
脫身簿尉中,始與捶楚辭。』
君が河西の書記となったから、これまでの主簿や尉官の境遇から脱けでて、やっとこんど上官からむちうたれることを免れることになった。』
借問今何官,觸熱向武威?
いったい君は今どういう官となったとしても、この熱気をおかして夏の時節に武威あたりの遠方へ向ってでかけるのか。
答雲一書記,所愧國士知。
君は答えていうに、第一書記に過ぎないが、はずかしながら(哥舒翰から)国士としての知遇を得たのだと。
人實不易知,更須慎其儀。』、
人というものは認められにくいもの、さらに一層の人としての儀を慎重にしなければいけないのだ。』
十年出幕府,自可持旌麾。
十年くらいたったら哥舒翰の幕府を出るころには、おのずから軍務の長官になっているだろう。
此行既特達,足以慰所思。
このたびの赴任も特別の栄達で僕の心配を慰めるに足る。
男兒功名遂,亦在老大時。』
更に前途をおもえば男児たるものの功名の志の遂げられるのは年ふけてからことで、十年以後の君が今から想像されるのだ。』
常恨結歡淺,各在天一涯。
常日頃恨んでいることは親しく付き合うことが浅く、互いにそれぞれが別々におり、一方が天のはてに居るのである。
又如參與商,慘慘中腸悲。
又、参星や商星のようにめったに逢えないでいるので、腸のなかまでひどく悲しくてならないのだ。
驚風吹鴻鵠,不得相追隨。
今、突風によって大鳥が吹き飛ばされ遠方へ遠のくが、自分がそれに後にしたがってゆくことができないのだ。
黃塵翳沙漠,念子何當歸。
黄色の砂塵は沙漠の天を暗くしおおっている。君がいつになったら帰ることができるのかとかんがえている。
邊城有餘力,早寄從軍詩。』

君は国境の城内で余力ができたなら、早く従軍詩を作って寄せてくれるといいのだ。




いま君が赴く崆峒山のあたりは夏になって小麦が熟したが、自分はしばらく官軍を休息させてもらいたいと願っている。
君の主人に尋ねたらい、こんな国の果ての不毛の武力を使おうとする必要がどこにあるかと。』

うえた鷹が肉に飽かない間は、羽をそばだてて指示する人の側で飛ぶというものだ。
高適君が鞍馬にまたがった様子は幽州地方の健児に似て勇ましい。
君が河西の書記となったから、これまでの主簿や尉官の境遇から脱けでて、やっとこんど上官からむちうたれることを免れることになった。』

いったい君は今どういう官となったとしても、この熱気をおかして夏の時節に武威あたりの遠方へ向ってでかけるのか。
君は答えていうに、第一書記に過ぎないが、はずかしながら(哥舒翰から)国士としての知遇を得たのだと。
人というものは認められにくいもの、さらに一層の人としての儀を慎重にしなければいけないのだ。
十年くらいたったら哥舒翰の幕府を出るころには、おのずから軍務の長官になっているだろう。
このたびの赴任も特別の栄達で僕の心配を慰めるに足る。
更に前途をおもえば男児たるものの功名の志の遂げられるのは年ふけてからことで、十年以後の君が今から想像されるのだ。』

常日頃恨んでいることは親しく付き合うことが浅く、互いにそれぞれが別々におり、一方が天のはてに居るのである。
又、参星や商星のようにめったに逢えないでいるので、腸のなかまでひどく悲しくてならないのだ。
今、突風によって大鳥が吹き飛ばされ遠方へ遠のくが、自分がそれに後にしたがってゆくことができないのだ。
黄色の砂塵は沙漠の天を暗くしおおっている。君がいつになったら帰ることができるのかとかんがえている。
君は国境の城内で余力ができたなら、早く従軍詩を作って寄せてくれるといいのだ。』



崆峒に小麦熟す 且つ願わくは王師を休めよ
請う 公よ 主将に問え
蔦んぞ荒を窮むるを用て為さんと』

饑鷹 未だ肉に飽かざれば
翅を側めて人に随いて飛ぶ
高生の鞍馬に跨るは
身を簿尉の中より脱す 始めて捶楚と辞す』

借問す今何の官ぞ 熱に触れて武威に向うや
答えて云う一書記 媿ずる所は国士として知らると
人実に知り易からず 更に須らく其の儀を慎むべし』

十年幕府より出なば 自から旌麾を持すべし。
此の行 既に特達す 以て所思を慰むるに足る
男児功名の遂ぐるは 亦た老大の時に在り』

常に歡を結ぶことの浅きを恨む 各々天の一涯に在らんとす
又 参と商との如くならんとす 惨惨として中腸悲しむ
驚風鴻鵠を吹く 相追随することを得ず
黄塵沙漠に翳し 子が何か当に帰るべきかを念う
辺城余力あらば 早く従軍の詩を寄せよ』



・高三十五書記:高は高適、適が河西節度使哥舒翰の掌書記となって河西に赴こうとするのを送るのである。河西節度使の府は涼州武威郡(甘粛省涼州府治)に在った。




崆峒小麥熟,且願休王師。
いま君が赴く崆峒山のあたりは夏になって小麦が熟したが、自分はしばらく官軍を休息させてもらいたいと願っている。
崆峒 山の名、臨挑(甘粛省輩昌府眠州)に在る11 4任所に近い地の名山を挙げていう。○小麦熟 初夏の候。○且願 作者が願う。○ 休息。○王師 唐の官軍、即ち哥舒翰の部兵し翰はこの兵を用いて吐蕃と戦争したが、杜甫は吐蕃との戦に批判的である。



請公問主將﹕焉用窮荒為?』
君の主人に尋ねたらい、こんな国の果ての不毛の武力を使おうとする必要がどこにあるかと。』
 高適をさす。○主将 適の主人である大将、哥舒翰をさす。○焉用…為 無用であろうとの意。○窮荒 不毛の地を窮めつくすをいう。



饑鷹未飽肉,側翅隨人飛。
うえた鷹が肉に飽かない間は、羽をそばだてて指示する人の側で飛ぶというものだ。
饑鷹(二句)高適をたとえていう。「魏志」に陳登が曹操の語であるとして呂布に告げた言があるが、曹操は呂布を評して「誓エバ鷹ヲ養ウガ如シ。磯ウレバ則チ用ヲ為シ、飽ケバ則チ颺去ス」という。通も餞鷹のごとく肉のために翰の部下となろうとする。○側麺 はねをそばだてる。



高生跨鞍馬,有似幽並兒。
高適君が鞍馬にまたがった様子は幽州地方の健児に似て勇ましい。
高生 適をさす。○幽井児 幽州(直隷省北部)・井州(山西省)の少年児。此の地方は遊侠を出す、晋の山筒の詩句に「鞭ヲ挙ゲテ葛強二閉り、井州ノ児二何如ゾ」とみえる。
 

脫身簿尉中,始與捶楚辭。』
君が河西の書記となったから、これまでの主簿や尉官の境遇から脱けでて、やっとこんど上官からむちうたれることを免れることになった。』
 身からだをぬけだす。○簿尉 簿は州県の書記、尉は警察官。高適は嘗て封丘尉となったことがあるのでかくいう。○ こんどはじめて。○捶楚 捶は撃つこと、楚は刑枚(いばらのむち)。唐の時、参軍・功曹・簿・尉等の卑官は上司よりむちうたれることがあった。○ 辞去する、いとまごいする、それから遠ざかることをいう。



借問今何官,觸熱向武威?
いったい君は今どういう官となったとしても、この熱気をおかして夏の時節に武威あたりの遠方へ向ってでかけるのか。
借問 かりに問う、作者が問うのである。次の句までかかる。○触熱 夏をいう。○武威 涼州府、河西節度使の所在地。○答云 高適の答え、次の句までかかる。



答雲一書記,所愧國士知。
君は答えていうに、第一書記に過ぎないが、はずかしながら(哥舒翰から)国士としての知遇を得たのだと。
○国士知 戦国の時の晋の予譲の語に本づく。国士とは一国をひきうけて立つ人物をいう、知とは苛野翰から知られることをいう。



人實不易知,更須慎其儀。』
人というものは認められにくいもの、さらに一層の人としての儀を慎重にしなければいけないのだ。
〇人実(二句)以下は又杜甫よりいう。○慎其儀 儀は威儀、人としての儀、自己の品位をいう。



十年出幕府,自可持旌麾。
十年くらいたったら哥舒翰の幕府を出るころには、おのずから軍務の長官になっているだろう。
十年 限って言うのではなく、おおよそをいう。○幕府 河西節度の府をいう。○旌麾 旌ははた、麾は軍を指揮する采配。これを持つのは軍務の長官となることをいう。

 

此行既特達,足以慰所思。
このたびの赴任も特別の栄達で僕の心配を慰めるに足る。
特達 自己一人の力で其の地位に達したこと。○所思 作者の思いをいう。



男兒功名遂,亦在老大時。』
更に前途をおもえば男児たるものの功名の志の遂げられるのは年ふけてからことで、十年以後の君が今から想像されるのだ。』
老大時 十年後を想像していう、老大は老成の時をいう。
(この予想は適中して高速は後に萄州の刺史、西川の節度使とまでなった。)


常恨結歡淺,各在天一涯。
常日頃恨んでいることは親しく付き合うことが浅く、互いにそれぞれが別々におり、一方が天のはてに居るのである。
結歡 塵は歓に同じ、よろこび、結歡とはなかよく交ることをいう。○天一涯 天の一方の果て。



又如參與商,慘慘中腸悲。
又、参星や商星のようにめったに逢えないでいるので、腸のなかまでひどく悲しくてならないのだ。
又如 如とは如くならんとすることをいう。○参商 星の名、両星は容易にめぐりあわぬという。隔って逢いがたいことをたとえていう。○惨惨 ものがなしいさま。



驚風吹鴻鵠,不得相追隨。
今、突風によって大鳥が吹き飛ばされ遠方へ遠のくが、自分がそれに後にしたがってゆくことができないのだ。
驚風 がさつく風。突風。○鴻鵠 おおとりと、こうのとり。高適のこと。○追随 あとにつきしたがう。



黃塵翳沙漠,念子何當歸。
黄色の砂塵は沙漠の天を暗くしおおっている。君がいつになったら帰ることができるのかとかんがえている。
 かげくらくおおう。○何 何時に同じ。


邊城有餘力,早寄從軍詩。』
君は国境の城内で余力ができたなら、早く従軍詩を作って寄せてくれるといいのだ。
辺城 河西地方の城をさす。国境の城郭。○有余力 軍務にはたらく以外のあまった力。○従軍詩 魏の王粲に名高い従軍の詩がある。

送孔巢父謝病歸游江東,兼呈李白 杜甫

送孔巢父謝病歸游江東,兼呈李白 杜甫 紀頌之の漢詩ブログ杜甫詩 特集  26

七言歌行
746年天宝5載 杜甫は李白と別れて洛陽にもどる
杜甫の父、杜閑が縁組の手はずをととのえていた。 
杜甫、35歳、妻24歳、ともに晩婚である。妻の家柄はよく、役所の少卿の娘であった。杜甫はこのまま詩的放浪の生活をつづけていくことは許されなくなった。このまま洛陽にいては仕官は難しく、長安に出ることになった。


この詩は李白とも友人で杜甫も親しくしていた孔巣父が病気に託して官をやめてかえり、これから江南の方へでかえるのを送り、同時に李白におくるために此の詩を作った。


送孔巢父謝病歸游江東,兼呈李白
孔巣父が病気に託して官をやめてかえり、これから江南の方へでかえるのを送り、同時に李白におくるために此の詩を作った。
巢父掉頭不肯住,東將入海隨煙霧。
このたび孔巣父は、一応ひきとめてはみたことに対し、かぶりをふってどうしてもとどまろうとはしない、東の方神仙のすむ海中に入って煙霧のあとを追いたずねようとしている。
詩卷長流天地間,釣竿欲拂珊瑚樹。』
その名作を載せた詩巻は、永久に天地の間にのこしたままにし、釣竿でもって、海底にしっかり育った珊瑚樹を払おうとおもうている。』
深山大澤龍蛇遠,春寒野陰風景暮。
(竜蛇が遠く深山大沢へ退かんとするように去ろうとしているのであるし、春寒く野もくもり、あたりのけしきも暮れかかっているようなものだ。
蓬萊織女回雲車,指點虛無引歸路。』
まもなく)蓬莱山の仙女が五彩雲の車をもってこちらへ迎えに来てくれ、煙霧でわからない処を変えるべき道を指示し、導いてくれる。』 
自是君身有仙骨,世人那得知其故。
元来、君がからだには仙人の本筋をもっているのであるし、世間の凡人はどうして君がその地位にとどまらぬわけを知ることができよう。
惜君只欲苦死留,富貴何如草頭露。』
凡人の心ではただひたすら君をひきとめようとおもうが、君は富貴は草のうえの露よりはかなく消えてしまうものだとかんがえている。』
蔡侯靜者意有餘,清夜置酒臨前除。
蔡君という人は寡黙の人で惜む気持ちは十分思っている、清夜、酒を用意してもてなしてもらうと寡黙がのぞかれ君に対することができる。
罷琴惆悵月照席,幾歲寄我空中書。
席上にて琴を弾ずるものがあるがうらめしくも月光のみが席を照らしている、何年たったとしてもわたしにありないほど離れたところからの書を寄せてくれるだろうか。
南尋禹穴見李白,道甫問訊今何如。』

南の方、南穴のある地をおとずれて、李白に面会できたら、このわたしが「あなたの近況はどうなのか」とたずねていたとつたえてもらいたい。


このたび孔巣父は、一応ひきとめてはみたことに対し、かぶりをふってどうしてもとどまろうとはしない、東の方神仙のすむ海中に入って煙霧のあとを追いたずねようとしている。
その名作を載せた詩巻は、永久に天地の間にのこしたままにし、釣竿でもって、海底にしっかり育った珊瑚樹を払おうとおもうている。』竜蛇が遠く深山大沢へ退かんとするように去ろうとしているのであるし、春寒く野もくもり、あたりのけしきも暮れかかっているようなものだ。
(まもなく)蓬莱山の仙女が五彩雲の車をもってこちらへ迎えに来てくれ、煙霧でわからない処を変えるべき道を指示し、導いてくれる。』 
元来、君がからだには仙人の本筋をもっているのであるし、世間の凡人はどうして君がその地位にとどまらぬわけを知ることができよう。
凡人の心ではただひたすら君をひきとめようとおもうが、君は富貴は草のうえの露よりはかなく消えてしまうものだとかんがえている。』
蔡君という人は寡黙の人で惜む気持ちは十分思っている、清夜、酒を用意してもてなしてもらうと寡黙がのぞかれ君に対することができる。
席上にて琴を弾ずるものがあるがうらめしくも月光のみが席を照らしている、何年たったとしてもわたしにありないほど離れたところからの書を寄せてくれるだろうか。
南の方、南穴のある地をおとずれて、李白に面会できたら、このわたしが「あなたの近況はどうなのか」とたずねていたとつたえてもらいたい。

(下し文)孔巢父謝病歸し江東に游ぶを送る,兼ねて李白に呈す
巣父頭を捧って肯て住まらず、東将に海に入りて煙霧に随わんとす
詩巻長く留む天地の間、釣竿払わんと欲す珊瑚の樹』
深山大沢竜蛇遠し、春寒野陰風景暮る
蓬莱の織女は雲車を回す、虚無を指点して帰路を引く』
自ら是れ君が身仙骨有り 世人、那ぞ其の故を知ることを得ん
君を惜み只だ苦死して留めんと欲す、富貴は草頭の露に何如』
蔡侯は静者 意 余り有り、晴夜 酒を置きて 前除に臨む
琴を罷め 惆悵すれば 月 席を照らす、幾歳か我に寄せん 空中の書
南 禹穴を尋ねて李白を見ば、道え 甫 問訊す今何如と』


送孔巢父謝病歸游江東,兼呈李白
孔巣父が病気に託して官をやめてかえり、これから江南の方へでかえるのを送り、同時に李白におくるために此の詩を作った。
孔巣父 巣父字は弱翁、巽州の人、韓準、李白、裴政、張叔明、陶沔と山東の徂徠山に隠居した。時にこれを竹渓の六逸と号した。李白の友である。○謝病帰 病と謝して帰るとは一度は官に仕え、病に託して官をやめて故郷にかえること。○江東 江南のこと、江は揚子江。○呈李白 呈とはさしあげるということ。これによれば当時李白が江南に在るときである。


巢父掉頭不肯住,東將入海隨煙霧。
 このたび孔巣父は、一応ひきとめてはみたことに対し、かぶりをふってどうしてもとどまろうとはしない、東の方神仙のすむ海中に入って煙霧のあとを追いたずねようとしている。
埠頭 かぶりをふる、人の言うことをきかぬさま。○ この地に住みとどまること。


詩卷長流天地間,釣竿欲拂珊瑚樹。』
その名作を載せた詩巻は、永久に天地の間にのこしたままにし、釣竿でもって、海底にしっかり育った珊瑚樹を払おうとおもうている。』
○払 触れること。○珊瑚樹 海底に生ずるもの。「神農本草経」に「珊瑚は海底の盤石の上に生ず。一歳にして黄、三歳にして赤し。海人先ず鐡網を作り手水底に沈むれば中を貫いて生ず。網を絞りてこれを出す。時を失して取たざればすなわち腐る。」とある。網を作って珊瑚をとるならいいけど、釣り棹で振り払うのではいけないといっている。

深山大澤龍蛇遠,春寒野陰風景暮。
竜蛇が遠く深山大沢へ退かんとするように去ろうとしているのであるし、春寒く野もくもり、あたりのけしきも暮れかかっているようなものだ。
大沢竜蛇 「左伝」襄公二十一年に「深山大沢、実に竜蛇を生ず」とある。ここは竜蛇を以て巣父に喩えている。○春寒 此の一句は別れんとするときの気象をのべる。○野陰 野原のうすく影になって暗いところをいう。


蓬萊織女回雲車,指點虛無引歸路。』
(まもなく)蓬莱山の仙女が五彩雲の車をもってこちらへ迎えに来てくれ、煙霧でわからない処を変えるべき道を指示し、導いてくれる。』 
蓬莱 海中の仙島。○織女 織女は天の河にあって五彩雲錦を織るものであるが、今は単に仙女の意に用いる。〇回雲車 回とは先方より巣父の方へとひきめぐらすこと。雲車は五色の雲のたなびく車。○指点 ゆびさししめす。○虚無 煙霧標紗とたなびく海の奥をいう。○ みちびくこと。○帰路 巣父がかえるべき路。


自是君身有仙骨,世人那得知其故。
元来、君がからだには仙人の本筋をもっているのであるし、世間の凡人はどうして君がその地位にとどまらぬわけを知ることができよう。
自是 もとより。○ 本筋 ○其故 とどまらぬわけ。人世富貴の境である官を辞すことをさす。


惜君只欲苦死留,富貴何如草頭露。』
凡人の心ではただひたすら君をひきとめようとおもうが、君は富貴は草のうえの露よりはかなく消えてしまうものだとかんがえている。』
惜君 惜は愛惜。○苦死 死にもの狂いでということ。○ ひきとめる。○富貴 此の一句は巣父の心中をのべたもので、巣父の語とみなしてよい。○何如 比較の辞。富貴は羊頭の露にも及ばぬことをいう。○草頭露 はかなく消え易いもの。


蔡侯靜者意有餘,清夜置酒臨前除。
蔡君という人は寡黙の人で惜む気持ちは十分思っている、清夜、酒を用意してもてなしてもらうと寡黙がのぞかれ君に対することができる。
蔡侯静者 察侯は察君というのに同じ。静者とは人がらの沈静なことをいう。寡黙な人。○意有余 別れを惜しむ意の尽きないこと。○置酒 酒を用意してもてなしてもらうこと。李白「終南山過斛斯山人宿置酒」(終南山下り斛斯山人を過り宿し置酒す)○前除 前を除く、寡黙で自分の意志を告げられないものが酒に酔って取り除かれる。


罷琴惆悵月照席,幾歲寄我空中書。

席上にて琴を弾ずるものがあるがうらめしくも月光のみが席を照らしている、何年たったとしてもわたしにありないほど離れたところからの書を寄せてくれるだろうか。
罷琴 席上にて琴を弾ずるものがあるのである。○惆悵 いたむさま。君が去っていないので。○空中青 雲中の書、天辺の書といういみでありえない書という意味。非常に遠方に離れるため空中といった。書はてがみのこと。


南尋禹穴見李白,道甫問訊今何如。』 

南の方、南穴のある地をおとずれて、李白に面会できたら、このわたしが「あなたの近況はどうなのか」とたずねていたとつたえてもらいたい。
南穴 浙江省紹興府の会稽山にある南の葬処。これは李白の客遊している地をさしている。○ いえ、命令の辞。○ たずねる。○何如 李白の近況如何。




送孔巢父謝病歸游江東,兼呈李白
巢父掉頭不肯住,東將入海隨煙霧。
詩卷長流天地間,釣竿欲拂珊瑚樹。』
深山大澤龍蛇遠,春寒野陰風景暮。
蓬萊織女回雲車,指點虛無引歸路。』
自是君身有仙骨,世人那得知其故。
惜君只欲苦死留,富貴何如草頭露。』
蔡侯靜者意有餘,清夜置酒臨前除。
罷琴惆悵月照席,幾歲寄我空中書。
南尋禹穴見李白,道甫問訊今何如。』

孔巢父謝病歸し江東に游ぶを送る,兼ねて李白に呈す
巣父頭を捧って肯て住まらず、東将に海に入りて煙霧に随わんとす
詩巻長く留む天地の間、釣竿払わんと欲す珊瑚の樹』
深山大沢竜蛇遠し、春寒野陰風景暮る
蓬莱の織女は雲車を回す、虚無を指点して帰路を引く』
自ら是れ君が身仙骨有り 世人、那ぞ其の故を知ることを得ん
君を惜み只だ苦死して留めんと欲す、富貴は草頭の露に何如』
蔡侯は静者 意 余り有り、晴夜 酒を置きて 前除に臨む
琴を罷め 惆悵すれば 月 席を照らす、幾歳か我に寄せん 空中の書
南 禹穴を尋ねて李白を見ば、道え 甫 問訊す今何如と』

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