杜甫《釋悶》この度、天子は吐蕃の長安侵略に対し、これを懼れて奔走された。並いる諸侯はもとより天子に合わせて太平になることを思い衝き従った。ただ殺し合いだけを求めるというのは懼れることではあるが、兵列を改め整えないといけないのにそれさえしていない。聞くところによると未だにあのかんがんどもがいまだにいきながらえているという。
廣徳2年764-7-#2 《釋悶》 蜀中転々 杜甫 <657-2> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3670 杜甫詩1000-657-2-928/1500751-2
詩 題:釋悶 作時:764年 廣德二年 杜甫53歳
作時年:
764年 廣德二年 53歲
卷別: 卷二二○
文體: 七言古詩
詩題: 釋悶
作地點: 目前尚無資料
及地點:
長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都
掲 載; 杜甫1000首の657-2首目
杜甫ブログ1500回予定の-928回目
釋悶
(文章に書くことさえもだえ苦しんでいるほどの日々を過ごしている)
四海十年不解兵,犬戎也復臨咸京。
中国、この10年の時代は兵がその武器を緩めて暮らしていくことはなかった。西域の異民族の国々に侵略され、その上都長安まで侵入され、大明宮までも臨まれたのである。
失道非關出襄野,揚鞭忽是過胡城。
天下の正道に基づかなければいけないことを忘れている、というのも『荘子』がいっている「天下を治めようとせず、日が昇れば襄城の野で気ままに過ごせるように、害するものをとりのぞくことだけする」ということを、危難の時期こそ、智謀が必要とされる時に鞭を振り上げるそれもウイグルという異民族に援軍を頼み、ただち、取り除くべき「害になるもの」を用いたのである。そのためこのように長安の城郭を異民族で一杯にしたのだ。
豺狼塞路人斷絕,烽火照夜屍縱橫。
異民族の暴略は国内を混乱させ、強盗・野盗と化し長安に向かう蜀道を閉鎖し人の行き来を断絶した。烽火は日夜絶えることもなく、屍も、道々に縦横に放置されている。
天子亦應厭奔走,群公固合思升平。
この度、天子は吐蕃の長安侵略に対し、これを懼れて奔走された。並いる諸侯はもとより天子に合わせて太平になることを思い衝き従った。
但恐誅求不改轍,聞道嬖孽能全生。
ただ殺し合いだけを求めるというのは懼れることではあるが、兵列を改め整えないといけないのにそれさえしていない。聞くところによると未だにあのかんがんどもがいまだにいきながらえているという。
江邊老翁錯料事,眼暗不見風塵清。
大江のほとりのこの老人にはこの事態に対しての仕事というのはやりようもつかない。この眼も暗くてよく見ることもできない。そこにこの塵蒙を風で吹き飛ばしてすがすがしくしてくれてもだめだと思う。
(釋悶【しゃくもん】)
四海の十年 兵を解けず,犬戎 也し復た咸京【かんきょう】を臨む。
道を失い關に非らずして襄野に出づ,鞭を揚げ忽ち是に胡城を過る。
豺狼 路を塞ぎ 人斷絕し,烽火 照夜 屍 縱橫す。
天子 亦た應えて厭し奔走し,群公 固より合して升平を思う。
但し 誅求し改轍をめざるを恐れん,聞道ならく嬖孽【へきげつ】 能く生を全うす。
江邊 老翁 事を料るを錯し,眼 暗く風塵 清くするをも見えず。
『釋悶』 現代語訳と訳註
(本文)
釋悶 #2
天子亦應厭奔走,群公固合思升平。
但恐誅求不改轍,聞道嬖孽能全生。
江邊老翁錯料事,眼暗不見風塵清。
(下し文)
天子 亦た應えて厭し奔走し,群公 固より合して升平を思う。
但し 誅求し改轍をめざるを恐れん,聞道ならく嬖孽【へきげつ】 能く生を全うす。
江邊 老翁 事を料るを錯し,眼 暗く風塵 清くするをも見えず。
(現代語訳)
この度、天子は吐蕃の長安侵略に対し、これを懼れて奔走された。並いる諸侯はもとより天子に合わせて太平になることを思い衝き従った。
ただ殺し合いだけを求めるというのは懼れることではあるが、兵列を改め整えないといけないのにそれさえしていない。聞くところによると未だにあのかんがんどもがいまだにいきながらえているという。
大江のほとりのこの老人にはこの事態に対しての仕事というのはやりようもつかない。この眼も暗くてよく見ることもできない。そこにこの塵蒙を風で吹き飛ばしてすがすがしくしてくれてもだめだと思う。
(訳注)
釈悶
(文章に書くことさえもだえ苦しんでいるほどの日々を過ごしている)
釈とは?隠語辞典。 (1) (ア)仏教徒が、釈迦の宗教的一族であるとして、法名の上に姓として付ける語。 (イ)浄土真宗で、戒名の上に付ける語。 (2)経や論に対し、中国や日本の仏教徒の書いた注釈のこと。 (3)文章・語句.
悶とは。意味や解説。非常な苦しみの形容。立っていることができないほど悶 もだ え苦しんで、転がってはいずり回ること。▽「悶絶」は悶え苦しんで意識を失うこと。苦しんで気絶すること。「
迹門しゃくもん【迹門】とは。意味や解説。天台宗で、法華経28品のうち、序品(じょぼん)から安楽行品までの前半14品の称。
天子 亦應 厭 奔走 ,群公 固合思 升平 。
この度、天子は吐蕃の長安侵略に対し、これを懼れて奔走された。並いる諸侯はもとより天子に合わせて太平になることを思い衝き従った。
「天子」代宗、天子。
「應」語義類別:人、狀態、心理能願、應。
「升平」世局が太平であること。世の中が平和でよく治まっていること。
但恐 誅求 不 改轍 ,聞道 嬖孽 能 全生 。
ただ殺し合いだけを求めるというのは懼れることではあるが、兵列を改め整えないといけないのにそれさえしていない。聞くところによると未だにあのかんがんどもがいまだにいきながらえているという。
「恐」語義類別:人、情感詞(綜合情感)、負面情感(擔驚受怕)、恐。
「誅求」問題点が起こる前に対処することをしないで、侵入者、謀反が起これば殺すということをする。
「改轍」王朝軍の整備異民族との連合軍という在り方を改める事。
「嬖孽」庶妾をさす。ここでは禍の元凶である宦官をいう。嬖臣【へいしん】お気に入りの家来。寵臣(ちょうしん)。 孽:わきばら、 ひこばえ、 わざわい
江邊 老翁 錯料 事 ,眼暗 不見 風塵 清 。
大江のほとりのこの老人にはこの事態に対しての仕事というのはやりようもつかない。この眼も暗くてよく見ることもできない。そこにこの塵蒙を風で吹き飛ばしてすがすがしくしてくれてもだめだと思う。
「江邊」自然景觀、大江のほとり。杜甫がこの5年錦江であり、涪江、西漢水のほとりに住まいしたこと。
「老翁」老人、杜甫のこと。
「料事」厳武の尽力で再びに朝廷に迎えられ、どれほどの仕事をすることができるというのか。
「風塵」戦火による風塵。





















(

重為告曰




(本文) 




