《冬狩行》#3 今、天子は咸陽宮から河南の陝州へお逃げになっているのである。天子不在の朝廷はなるほど、まだ、古代周の幽王が驪山で殺され、褒姒は捕らえられて行方不明となり、ここに西周は滅亡したほどの禍はないというものの、どうして我我はこんどの二度目の御蒙塵に対して哀痛せずにいられようか。
《冬狩行》 蜀中転々 杜甫 <573-#3> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3175 杜甫詩1000-573-#3-829/1500
冬狩行
〔時梓州刺史章彝兼侍御史留後東川。〕
(冬の狩のうた)〔時に章彝は梓州刺史と侍御史として剣南東川節度使の留守役を兼務していた。〕
君不見東川節度兵馬雄,校獵亦似觀成功。
諸君見よ、剣南東川節度の兵馬は雄壮なるものである。こんど障害物を設けて猟をするのだが同時に平生の訓練のゆきとどいていることを人にみせるつもりのようである。
夜發猛士三千人,清晨合圍步驟同。
まず夜中から三千人の猛士をくりだす、あしたにはそれが足並みをそろえて禽獣を包囲するのである。」
禽獸已斃十七八,殺聲落日回蒼穹。
駆り立てられた禽獣は既に倒れたものが十中七八であり、夕日の落ちるころ殺伐な声が青空まで舞い上がる。
幕前生致九青兕,駱駝峞垂玄熊。
本陣の幕のまえには九匹の青色の野牛が生きたままもちきたされる。駱駝の背中には獲物がうずだかくつまれ玄熊などが背なかから垂れさがっている。
(時に梓州の章彝、侍御史を兼ねて、東川に留後たり)
君見ずや東川の節度兵馬雄なり、校猟亦た成功を観すに似たり。
夜猛士三千人を発す、精晨合囲歩錬同じ。』
禽獣己に斃る十に七八、殺聲落日蒼穹に廻る。
幕前生きながら致す九青兇、駱駝峞として玄熊垂る。
#2
東西南北百里間,仿佛蹴踏寒山空。
およそ東西南北百里の間というものは士卒がそれを踏み散らして冬の山もからっぽになったと同様な状況である。
有鳥名鴝鵒, 力不能高飛逐走蓬。
ここに鴝鵒(ひえどり)という鳥があってその力は高く飛べず草むらで蓬のあとを追っかけまわる、
肉味不足登鼎俎,何為見羈虞羅中。
これは料理しても食べられるほどの肉味のあるものでもないのに、なんで山番の網の中に引っ掛かったのか、かようなものまでかりとられたのである。』
春蒐冬狩侯得同,使君五馬一馬驄。
いったい春の蒐、冬の狩は天子の礼であるが諸侯でもそれはやれるのである、章君は刺史でまず諸侯の身分だ、その馬は刺史としては五馬であるが、そのうえに侍御史だから一馬は駿馬である。
況今攝行大將權,號令頗有前賢風。
まして節度使の留後で今は大将の権力を代行して、その号令やすこぶる前代賢者の風がある。』(これをみるにつけて自分に見る目がある。)
#2
東西南北百里の間、仿佛たり 蹴踏 寒山空しきに。
鳥有り鴝鵒と名づく、力高飛する能わず走蓬を逐う。
肉味 鼎俎に登すに足らず、胡為れぞ虞羅の中に羈せらるるや。』
春蒐冬狩侯同うることを得、使君五馬一馬は驄なり。
況や今攝行す大将の権、号令頗る前賢の風有り。』
#3
飄然時危一老翁,十年厭見旌旗紅。
いまこの危い時世のであるのに、轉蓬生活をしているこの老人は十年このかた軍旗の色をみるのがいやになっているのである。
喜君士卒甚整肅,為我回轡擒西戎。
ところで君の部下の軍人たちはとても整備され、厳粛に鍛えられているのを見てうれしくおもう。どうかわたしのために轡をむけかえて、いま暴れている西戎(吐蕃)をいけどりにしてもらいたいものだ。
草中狐兔盡何益,天子不在咸陽宮。
草のなかにいる狐や兎をかりつくしてみたところで何の利益があるか疑問ではある。今、天子は咸陽宮から河南の陝州へお逃げになっているのである。
朝廷雖無幽王禍,得不哀痛塵再蒙。
天子不在の朝廷はなるほど、まだ、古代周の幽王が驪山で殺され、褒姒は捕らえられて行方不明となり、ここに西周は滅亡したほどの禍はないというものの、どうして我我はこんどの二度目の御蒙塵に対して哀痛せずにいられようか。
嗚呼,得不哀痛塵再蒙。
ああ、この二度目の御蒙塵に対して哀痛せずにいられようか。
#3
諷然時危し一老翁。十年見るを厭う旛旗の紅。
喜ぶ君が士卒甚だ整粛なるを、我が為に轡を廻して西戎を擒にせよ。
草中の狐兎尽すも何の益かあらん、天子は在さず咸陽宮。
朝廷幽王の禍無しと雖も、哀痛せざるを得んや塵再び蒙れり。
鳴呼 哀痛せざるを得んや、塵再び蒙れり。』
『冬狩行』 現代語訳と訳註
(本文)
飄然時危一老翁,十年厭見旌旗紅。
喜君士卒甚整肅,為我回轡擒西戎。
草中狐兔盡何益,天子不在咸陽宮。
朝廷雖無幽王禍,得不哀痛塵再蒙。
嗚呼,得不哀痛塵再蒙。
(下し文)
諷然時危し一老翁。十年見るを厭う旛旗の紅。
喜ぶ君が士卒甚だ整粛なるを、我が為に轡を廻して西戎を擒にせよ。
草中の狐兎尽すも何の益かあらん、天子は在さず咸陽宮。
朝廷幽王の禍無しと雖も、哀痛せざるを得んや塵再び蒙れり。
鳴呼 哀痛せざるを得んや、塵再び蒙れり。』
(現代語訳)
いまこの危い時世のであるのに、轉蓬生活をしているこの老人は十年このかた軍旗の色をみるのがいやになっているのである。
ところで君の部下の軍人たちはとても整備され、厳粛に鍛えられているのを見てうれしくおもう。どうかわたしのために轡をむけかえて、いま暴れている西戎(吐蕃)をいけどりにしてもらいたいものだ。
草のなかにいる狐や兎をかりつくしてみたところで何の利益があるか疑問ではある。今、天子は咸陽宮から河南の陝州へお逃げになっているのである。
天子不在の朝廷はなるほど、まだ、古代周の幽王が驪山で殺され、褒姒は捕らえられて行方不明となり、ここに西周は滅亡したほどの禍はないというものの、どうして我我はこんどの二度目の御蒙塵に対して哀痛せずにいられようか。
ああ、この二度目の御蒙塵に対して哀痛せずにいられようか。
(訳注)
飄然時危一老翁,十年厭見旌旗紅。
いまこの危い時世のであるのに、轉蓬生活をしているこの老人は十年このかた軍旗の色をみるのがいやになっているのである。
○諷然時危 「時危諷然」をさかさまにいったもの。
〇十年 755年天宝十四年より763年広徳元年まで九年、成数をあげて「十」という。詩人の数値は5,6年を超えれば十年という表現をする。「白髪三千丈」でいう数値の使い方とは異なるものである。
○施旗紅 軍隊の旗色。
喜君士卒甚整肅,為我回轡擒西戎。
ところで君の部下の軍人たちはとても整備され、厳粛に鍛えられているのを見てうれしくおもう。どうかわたしのために轡をむけかえて、いま暴れている西戎(吐蕃)をいけどりにしてもらいたいものだ。
○廻轡 たずなをひきめぐらす。かりばから西戎の方へむけかえること。
○西戎 吐蕃をさす。
草中狐兔盡何益,天子不在咸陽宮。
草のなかにいる狐や兎をかりつくしてみたところで何の利益があるか疑問ではある。今、天子は咸陽宮から河南の陝州へお逃げになっているのである。
○尽 狩りつくす。
○天子不在咸陽宮 代宗が吐蕃に攻められ陝州へ逃げだしたことをいう、咸陽官は長安の宮殿をさす。
この年の夏ごろから、杜甫は梓州刺史章葬(前任の杜済は綿州刺史に転じていた)の客分となり、その主催する送別や歓迎の宴に出席したり、遊覧・遊猟に随行している。杜甫の詩人としての名も、かなり揚がっていたらしく、彼はそれによって一家の生活を支え、また東下の旅費を蓄えていた。しかしこのころ、辺境の情勢は緊迫の度を加え、吐蕃の軍は長安に迫り、西南方面においては巴・蜀を圧迫していた。そうして、十月になるとついに長安に攻めこみ、代宗は東の方の陝州(河南省陝県)に逃げてしまった。しばらくして郭子儀が反撃に転じ、吐蕃軍は遁走したが、まさに安禄山の乱の再現かと思われた。
朝廷雖無幽王禍,得不哀痛塵再蒙。
天子不在の朝廷はなるほど、まだ、古代周の幽王が驪山で殺され、褒姒は捕らえられて行方不明となり、ここに西周は滅亡したほどの禍はないというものの、どうして我我はこんどの二度目の御蒙塵に対して哀痛せずにいられようか。
○無幽王禍 周の幽王は頗山の犬戎に攻められて殺された。禍とは殺されたことをいう。代宗は逃げただけでまだ殺されるにはいたらぬ。失政に廃后、廃太子の件もあったことから、申后の父である申侯の恨みを買い、申侯は西夷犬戎と協力して幽王を攻めた。この時、幽王は烽火を以って救援を頼んだが、すでに諸侯で幽王の下に馳せ参じる者はいなかったという。幽王は驪山で殺され、褒姒は捕らえられて行方不明となり、ここに西周は滅亡した。
○得 反語によむ。
○哀痛 かなしみいたむ。
嗚呼,得不哀痛塵再蒙。
ああ、この二度目の御蒙塵に対して哀痛せずにいられようか。
○塵再蒙 天子が外へにげだすことを「蒙塵」という、再蒙というのはさきに玄宗は安禄山の乱にあって蜀へ逃げたためである、こんどの代宗の陝州への逃げだしで二回めである。

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入奏行贈西山檢察使竇侍禦





















