杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

雑言古詩

667 《冬狩行》 蜀中転々 杜甫 <573-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3175 杜甫詩1000-573-#3-829/1500

《冬狩行》#3 今、天子は咸陽宮から河南の陝州へお逃げになっているのである。天子不在の朝廷はなるほど、まだ、古代周の幽王が驪山で殺され、褒姒は捕らえられて行方不明となり、ここに西周は滅亡したほどの禍はないというものの、どうして我我はこんどの二度目の御蒙塵に対して哀痛せずにいられようか。

 

2013年10月22日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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《冬狩行》 蜀中転々 杜甫 <573-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3175 杜甫詩1000-573-#3-829/1500

 

 

冬狩行

〔時梓州刺史章彝兼侍御史留後東川。〕

(冬の狩のうた)〔時に章彝は梓州刺史と侍御史として剣南東川節度使の留守役を兼務していた。〕

君不見東川節度兵馬雄,校獵亦似觀成功。

諸君見よ、剣南東川節度の兵馬は雄壮なるものである。こんど障害物を設けて猟をするのだが同時に平生の訓練のゆきとどいていることを人にみせるつもりのようである。

夜發猛士三千人,清晨合圍驟同。

まず夜中から三千人の猛士をくりだす、あしたにはそれが足並みをそろえて禽獣を包囲するのである。」

禽獸已斃十七八,殺聲落日回蒼穹。

駆り立てられた禽獣は既に倒れたものが十中七八であり、夕日の落ちるころ殺伐な声が青空まで舞い上がる。

幕前生致九青兕,駱駝垂玄熊。

本陣の幕のまえには九匹の青色の野牛が生きたままもちきたされる。駱駝の背中には獲物がうずだかくつまれ玄熊などが背なかから垂れさがっている。

(時に梓州の章彝、侍御史を兼ねて、東川に留後たり)

君見ずや東川の節度兵馬雄なり、校猟亦た成功を観すに似たり。

夜猛士三千人を発す、精晨合囲歩錬同じ。』

禽獣己にる十に七八、殺聲落日蒼穹に廻る。

幕前生きながら致す九青兇、駱駝として玄熊垂る。

#2

東西南北百里間,仿佛蹴踏寒山空。

およそ東西南北百里の間というものは士卒がそれを踏み散らして冬の山もからっぽになったと同様な状況である。

有鳥名鴝,  力不能高飛逐走蓬。

ここに鴝鵒(ひえどり)という鳥があってその力は高く飛べず草むらで蓬のあとを追っかけまわる、

肉味不足登鼎俎,何為見羈虞羅中。

これは料理しても食べられるほどの肉味のあるものでもないのに、なんで山番の網の中に引っ掛かったのか、かようなものまでかりとられたのである。』

春蒐冬狩侯得同,使君五馬一馬驄。

いったい春の蒐、冬の狩は天子の礼であるが諸侯でもそれはやれるのである、章君は刺史でまず諸侯の身分だ、その馬は刺史としては五馬であるが、そのうえに侍御史だから一馬は駿馬である。

況今攝行大將權,號令頗有前賢風。

まして節度使の留後で今は大将の権力を代行して、その号令やすこぶる前代賢者の風がある。』(これをみるにつけて自分に見る目がある。)
#2

東西南北百里の間、仿佛たり 蹴踏 寒山空しきに。

鳥有り鴝と名づく、力高飛する能わず走蓬を逐う。

肉味 鼎俎に登すに足らず、胡為れぞ虞羅の中に羈せらるるや。』

春蒐冬狩侯同うることを得、使君五馬一馬は驄なり。

況や今攝行す大将の権、号令頗る前賢の風有り。』

#3

飄然時危一老翁,十年厭見旌旗紅。

いまこの危い時世のであるのに、轉蓬生活をしているこの老人は十年このかた軍旗の色をみるのがいやになっているのである。

喜君士卒甚整肅,為我回轡擒西戎。

ところで君の部下の軍人たちはとても整備され、厳粛に鍛えられているのを見てうれしくおもう。どうかわたしのために轡をむけかえて、いま暴れている西戎(吐蕃)をいけどりにしてもらいたいものだ。

草中狐兔盡何益,天子不在咸陽宮。

草のなかにいる狐や兎をかりつくしてみたところで何の利益があるか疑問ではある。今、天子は咸陽宮から河南の陝州へお逃げになっているのである。

朝廷雖無幽王禍,得不哀痛塵再蒙。

天子不在の朝廷はなるほど、まだ、古代周の幽王が驪山で殺され、褒姒は捕らえられて行方不明となり、ここに西周は滅亡したほどの禍はないというものの、どうして我我はこんどの二度目の御蒙塵に対して哀痛せずにいられようか。

嗚呼,得不哀痛塵再蒙。

ああ、この二度目の御蒙塵に対して哀痛せずにいられようか。

#3

諷然時危し一老翁。十年見るを厭う旛旗の紅。

喜ぶ君が士卒甚だ整粛なるを、我が為に轡を廻して西戎を擒にせよ。

草中の狐兎尽すも何の益かあらん、天子は在さず咸陽宮。

朝廷幽王の禍無しと雖も、哀痛せざるを得んや塵再び蒙れり。

鳴呼 哀痛せざるを得んや、塵再び蒙れり。』

 

河南郾城05 

『冬狩行』 現代語訳と訳註

(本文)

飄然時危一老翁,十年厭見旌旗紅。

喜君士卒甚整肅,為我回轡擒西戎。

草中狐兔盡何益,天子不在咸陽宮。

朝廷雖無幽王禍,得不哀痛塵再蒙。

嗚呼,得不哀痛塵再蒙。

 

 

(下し文)

諷然時危し一老翁。十年見るを厭う旛旗の紅。

喜ぶ君が士卒甚だ整粛なるを、我が為に轡を廻して西戎を擒にせよ。

草中の狐兎尽すも何の益かあらん、天子は在さず咸陽宮。

朝廷幽王の禍無しと雖も、哀痛せざるを得んや塵再び蒙れり。

鳴呼 哀痛せざるを得んや、塵再び蒙れり。』

 

(現代語訳)

いまこの危い時世のであるのに、轉蓬生活をしているこの老人は十年このかた軍旗の色をみるのがいやになっているのである。

ところで君の部下の軍人たちはとても整備され、厳粛に鍛えられているのを見てうれしくおもう。どうかわたしのために轡をむけかえて、いま暴れている西戎(吐蕃)をいけどりにしてもらいたいものだ。

草のなかにいる狐や兎をかりつくしてみたところで何の利益があるか疑問ではある。今、天子は咸陽宮から河南の陝州へお逃げになっているのである。

天子不在の朝廷はなるほど、まだ、古代周の幽王が驪山で殺され、褒姒は捕らえられて行方不明となり、ここに西周は滅亡したほどの禍はないというものの、どうして我我はこんどの二度目の御蒙塵に対して哀痛せずにいられようか。

ああ、この二度目の御蒙塵に対して哀痛せずにいられようか。

 

 

(訳注)

飄然時危一老翁,十年厭見旌旗紅。

いまこの危い時世のであるのに、轉蓬生活をしているこの老人は十年このかた軍旗の色をみるのがいやになっているのである。

○諷然時危 「時危諷然」をさかさまにいったもの。

〇十年 755年天宝十四年より763年広徳元年まで九年、成数をあげて「十」という。詩人の数値は5,6年を超えれば十年という表現をする。「白髪三千丈」でいう数値の使い方とは異なるものである。

○施旗紅 軍隊の旗色。

 

喜君士卒甚整肅,為我回轡擒西戎。

ところで君の部下の軍人たちはとても整備され、厳粛に鍛えられているのを見てうれしくおもう。どうかわたしのために轡をむけかえて、いま暴れている西戎(吐蕃)をいけどりにしてもらいたいものだ。

○廻轡 たずなをひきめぐらす。かりばから西戎の方へむけかえること。

○西戎 吐蕃をさす。

 

草中狐兔盡何益,天子不在咸陽宮。

草のなかにいる狐や兎をかりつくしてみたところで何の利益があるか疑問ではある。今、天子は咸陽宮から河南の陝州へお逃げになっているのである。

○尽 狩りつくす。

○天子不在咸陽宮 代宗が吐蕃に攻められ陝州へ逃げだしたことをいう、咸陽官は長安の宮殿をさす。

この年の夏ごろから、杜甫は梓州刺史章葬(前任の杜済は綿州刺史に転じていた)の客分となり、その主催する送別や歓迎の宴に出席したり、遊覧・遊猟に随行している。杜甫の詩人としての名も、かなり揚がっていたらしく、彼はそれによって一家の生活を支え、また東下の旅費を蓄えていた。しかしこのころ、辺境の情勢は緊迫の度を加え、吐蕃の軍は長安に迫り、西南方面においては巴・蜀を圧迫していた。そうして、十月になるとついに長安に攻めこみ、代宗は東の方の陝州(河南省陝県)に逃げてしまった。しばらくして郭子儀が反撃に転じ、吐蕃軍は遁走したが、まさに安禄山の乱の再現かと思われた。

 

朝廷雖無幽王禍,得不哀痛塵再蒙。

天子不在の朝廷はなるほど、まだ、古代周の幽王が驪山で殺され、褒姒は捕らえられて行方不明となり、ここに西周は滅亡したほどの禍はないというものの、どうして我我はこんどの二度目の御蒙塵に対して哀痛せずにいられようか。

○無幽王禍 周の幽王は頗山の犬戎に攻められて殺された。禍とは殺されたことをいう。代宗は逃げただけでまだ殺されるにはいたらぬ。失政に廃后、廃太子の件もあったことから、申后の父である申侯の恨みを買い、申侯は西夷犬戎と協力して幽王を攻めた。この時、幽王は烽火を以って救援を頼んだが、すでに諸侯で幽王の下に馳せ参じる者はいなかったという。幽王は驪山で殺され、褒姒は捕らえられて行方不明となり、ここに西周は滅亡した。

○得 反語によむ。

○哀痛 かなしみいたむ。

 

嗚呼,得不哀痛塵再蒙。

ああ、この二度目の御蒙塵に対して哀痛せずにいられようか。

○塵再蒙 天子が外へにげだすことを「蒙塵」という、再蒙というのはさきに玄宗は安禄山の乱にあって蜀へ逃げたためである、こんどの代宗の陝州への逃げだしで二回めである。
蜀中転々圖 

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《冬狩行》#2 およそ東西南北百里の間というものは士卒がそれを踏み散らして冬の山もからっぽになったと同様な状況である。ここに鴝鵒(ひえどり)という鳥があってその力は高く飛べず草むらで蓬のあとを追っかけまわる、



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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
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《冬狩行》 蜀中転々 杜甫 <573-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3170 杜甫詩1000-573-#2-828/1500





冬狩行

〔時梓州刺史章彝兼侍御史留後東川。〕

(冬の狩のうた)〔時に章彝は梓州刺史と侍御史として剣南東川節度使の留守役を兼務していた。〕

君不見東川節度兵馬雄,校獵亦似觀成功。

諸君見よ、剣南東川節度の兵馬は雄壮なるものである。こんど障害物を設けて猟をするのだが同時に平生の訓練のゆきとどいていることを人にみせるつもりのようである。

夜發猛士三千人,清晨合圍

まず夜中から三千人の猛士をくりだす、あしたにはそれが足並みをそろえて禽獣を包囲するのである。」

禽獸已斃十七八,

駆り立てられた禽獣は既に倒れたものが十中七八であり、夕日の落ちるころ殺伐な声が青空まで舞い上がる。

幕前生致九青兕,駱駝

本陣の幕のまえには九匹の青色の野牛が生きたままもちきたされる。駱駝の背中には獲物がうずだかくつまれ玄熊などが背なかから垂れさがっている。

(時に梓州の章彝、侍御史を兼ねて、東川に留後たり)

君見ずや東川の節度兵馬雄なり、校猟亦た成功を観すに似たり。

夜猛士三千人を発す、精晨合囲歩錬同じ。』

禽獣己にる十に七八、殺聲落日蒼穹に廻る。

幕前生きながら致す九青兇、駱駝として玄熊垂る。

#2

東西南北百里間,仿佛蹴踏寒山空。

およそ東西南北百里の間というものは士卒がそれを踏み散らして冬の山もからっぽになったと同様な状況である。

有鳥名鴝

ここに鴝鵒(ひえどり)という鳥があってその力は高く飛べず草むらで蓬のあとを追っかけまわる、

肉味不足登鼎俎,何為見羈虞羅中。

これは料理しても食べられるほどの肉味のあるものでもないのに、なんで山番の網の中に引っ掛かったのか、かようなものまでかりとられたのである。』

春蒐冬狩侯得同,使君五馬一馬驄。

いったい春の蒐、冬の狩は天子の礼であるが諸侯でもそれはやれるのである、章君は刺史でまず諸侯の身分だ、その馬は刺史としては五馬であるが、そのうえに侍御史だから一馬は駿馬である。

況今攝行大將權,號令頗有前賢風。

まして節度使の留後で今は大将の権力を代行して、その号令やすこぶる前代賢者の風がある。』(これをみるにつけて自分に見る目がある。)

#2

東西南北百里の間、仿佛たり 蹴踏 寒山空しきに。

鳥有り鴝と名づく、力高飛する能わず走蓬を逐う。

肉味 鼎俎に登すに足らず、胡為れぞ虞羅の中に羈せらるるや。』

春蒐冬狩侯同うることを得、使君五馬一馬は驄なり。

況や今攝行す大将の権、号令頗る前賢の風有り。』

#3

飄然時危一老翁,十年厭見旌旗紅。

喜君士卒甚整肅,為我回轡擒西戎。

草中狐兔盡何益,天子不在咸陽宮。

朝廷雖無幽王禍,得不哀痛塵再蒙。

嗚呼,得不哀痛塵再蒙。

#3

諷然時危し一老翁。十年見るを厭う旛旗の紅。

喜ぶ君が士卒甚だ整粛なるを、我が為に轡を廻して西戎を擒にせよ。

草中の狐兎尽すも何の益かあらん、天子は在さず咸陽宮。

朝廷幽王の禍無しと雖も、哀痛せざるを得んや塵再び蒙れり。

鳴呼 哀痛せざるを得んや、塵再び蒙れり。』





殺聲落日回蒼穹。



『冬狩行』 現代語訳と訳註

komichi03(本文) #2

東西南北百里間,仿佛蹴踏寒山空。

有鳥名鴝,  力不能高飛逐走蓬。

肉味不足登鼎俎,何為見羈虞羅中。

春蒐冬狩侯得同,使君五馬一馬驄。

況今攝行大將權,號令頗有前賢風。



垂玄熊。



(下し文) #2

東西南北百里の間、仿佛たり 蹴踏 寒山空しきに。

鳥有り鴝鵒と名づく、力高飛する能わず走蓬を逐う。

肉味 鼎俎に登すに足らず、胡為れぞ虞羅の中に羈せらるるや。』

春蒐冬狩侯同うることを得、使君五馬一馬は驄なり。

況や今攝行す大将の権、号令頗る前賢の風有り。』



,  力不能高飛逐走蓬。



(現代語訳)

およそ東西南北百里の間というものは士卒がそれを踏み散らして冬の山もからっぽになったと同様な状況である。

ここに鴝鵒(ひえどり)という鳥があってその力は高く飛べず草むらで蓬のあとを追っかけまわる、

これは料理しても食べられるほどの肉味のあるものでもないのに、なんで山番の網の中に引っ掛かったのか、かようなものまでかりとられたのである。』

いったい春の蒐、冬の狩は天子の礼であるが諸侯でもそれはやれるのである、章君は刺史でまず諸侯の身分だ、その馬は刺史としては五馬であるが、そのうえに侍御史だから一馬は駿馬である。


まして節度使の留後で今は大将の権力を代行して、その号令やすこぶる前代賢者の風がある。』(これをみるにつけて自分に見る目がある。)

 



(訳注) #2

東西南北百里間,仿佛蹴踏寒山空。

およそ東西南北百里の間というものは士卒がそれを踏み散らして冬の山もからっぽになったと同様な状況である。

○努幕 さも似ている。

○蹴踏 士卒や軍馬がけちらしてあるく。

○寒山空 冬の山がからっばになる。



有鳥名鴝,  力不能高飛逐走蓬。

ここに鴝鵒(ひえどり)という鳥があってその力は高く飛べず草むらで蓬のあとを追っかけまわる、

○鴝鵒 ひえどり。

○逐走蓬 走蓬は飛蓬に同じ、とんでゆくよもぎ、逐とはそのあとをおっかける、これは高くとべず地面をはってとぶことをいう。



肉味不足登鼎俎,何為見羈虞羅中。

これは料理しても食べられるほどの肉味のあるものでもないのに、なんで山番の網の中に引っ掛かったのか、かようなものまでかりとられたのである。』

○萱鼎姐 かなえ、まないたのうえにのぼらせる、料理することをいう。

○何為 胡為に同じ、いかなるわけで。

○鴇 つなぐ。

○虞羅 虞は山林の番人、羅はあみ、鶴鶴をいったのはこんな徴物までとったということの例にあげたのである。



春蒐冬狩侯得同,使君五馬一馬驄。

いったい春の蒐、冬の狩は天子の礼であるが諸侯でもそれはやれるのである、章君は刺史でまず諸侯の身分だ、その馬は刺史としては五馬であるが、そのうえに侍御史だから一馬は駿馬である。

○春蒐冬狩 「周礼」に天子の四時のかりをあげて、「春蒐夏苗秋獮冬狩」といっている。また「左伝」(隠公五年)にもみえる。

○侯 諸侯。

○得用 用は行いもちいること、蒐狩の事は諸侯もこれを為すことができよう。

○使君 草車をいう。

〇五馬 太守は耶馬に右鯵をそえで五匹の馬を用いる。

〇一馬随 随はあおうま、御史ののるうま。草車は侍御史を兼ねるゆえにかくいう。



況今攝行大將權,號令頗有前賢風。

まして節度使の留後で今は大将の権力を代行して、その号令やすこぶる前代賢者の風がある。』(これをみるにつけて自分に見る目がある。)

○摂行 かりにおこなう、留後ゆえである。

○前賢 むかしの賢人。




 


 


 


 


 


 


 


DCF00018


 


 


 


 


 

驟同。

 


 


 

667 《冬狩行》 蜀中転々 杜甫 <573-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3165 杜甫詩1000-573-827/1500

《冬狩行》#1 諸君見よ、剣南東川節度の兵馬は雄壮なるものである。こんど障害物を設けて猟をするのだが同時に平生の訓練のゆきとどいていることを人にみせるつもりのようである。まず夜中から三千人の猛士をくりだす、あしたにはそれが足並みをそろえて禽獣を包囲するのである。」


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《冬狩行》 蜀中転々 杜甫 <573-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ3165 杜甫詩1000-573-827/1500      

 

 

作者:杜甫  763年廣德元年  52 

卷別:卷二二○  文體: 樂府(雑言古詩)

詩題:冬狩行〔時梓州刺史章彝兼侍御史留後東川。〕 

作地點:梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

及地點:  劍南東川節度使 (無第一級行政層級 無第二級行政層級 劍南東川節度使) 別名:東川      

咸陽宮 (京畿道 京兆府 長安)     

作時:763年 廣德元年 杜甫52歳 掲 載; 杜甫1000首の573首目-場面5P46杜甫ブログ1500回予定の-827回目   40926

章彛が冬の狩をしたことについてのべる。広徳元年冬梓州にあっての作。

* 〔原注〕 時梓州刺史章車、乗侍御史、留後東川(時に梓州の章彝、侍御史を兼ねて、東川に留後たり)

 

 

冬狩行

〔時梓州刺史章彝兼侍御史留後東川。〕

(冬の狩のうた)〔時に章彝は梓州刺史と侍御史として剣南東川節度使の留守役を兼務していた。〕

君不見東川節度兵馬雄,校獵亦似觀成功。

諸君見よ、剣南東川節度の兵馬は雄壮なるものである。こんど障害物を設けて猟をするのだが同時に平生の訓練のゆきとどいていることを人にみせるつもりのようである。

夜發猛士三千人,清晨合圍驟同。

まず夜中から三千人の猛士をくりだす、あしたにはそれが足並みをそろえて禽獣を包囲するのである。」

禽獸已斃十七八,殺聲落日回蒼穹。

駆り立てられた禽獣は既に倒れたものが十中七八であり、夕日の落ちるころ殺伐な声が青空まで舞い上がる。

幕前生致九青兕,駱駝垂玄熊。

本陣の幕のまえには九匹の青色の野牛が生きたままもちきたされる。駱駝の背中には獲物がうずだかくつまれ玄熊などが背なかから垂れさがっている。

#2

東西南北百里間,仿佛蹴踏寒山空。

有鳥名鴝,  力不能高飛逐走蓬。

肉味不足登鼎俎,何為見羈虞羅中。

春蒐冬狩侯得同,使君五馬一馬驄。

況今攝行大將權,號令頗有前賢風。

#3

飄然時危一老翁,十年厭見旌旗紅。

喜君士卒甚整肅,為我回轡擒西戎。

草中狐兔盡何益,天子不在咸陽宮。

朝廷雖無幽王禍,得不哀痛塵再蒙。

嗚呼,得不哀痛塵再蒙。

 

(時に梓州の章彝、侍御史を兼ねて、東川に留後たり)

君見ずや東川の節度兵馬雄なり、校猟亦た成功を観すに似たり。

夜猛士三千人を発す、精晨合囲歩錬同じ。』

禽獣己にる十に七八、殺聲落日蒼穹に廻る。

幕前生きながら致す九青兇、駱駝として玄熊垂る。

#2

東西南北百里の間、仿佛たり 蹴踏 寒山空しきに。

鳥有り鴝と名づく、力高飛する能わず走蓬を逐う。

肉味 鼎俎に登すに足らず、胡為れぞ虞羅の中に羈せらるるや。』

春蒐冬狩侯同うることを得、使君五馬一馬は驄なり。

況や今攝行す大将の権、号令頗る前賢の風有り。』

#3

諷然時危し一老翁。十年見るを厭う旛旗の紅。

喜ぶ君が士卒甚だ整粛なるを、我が為に轡を廻して西戎を擒にせよ。

草中の狐兎尽すも何の益かあらん、天子は在さず咸陽宮。

朝廷幽王の禍無しと雖も、哀痛せざるを得んや塵再び蒙れり。

鳴呼 哀痛せざるを得んや、塵再び蒙れり。』

蜀中転々圖 

 

『冬狩行』 現代語訳と訳註

(本文) 冬狩行

〔時梓州刺史章彝兼侍御史留後東川。〕

君不見東川節度兵馬雄,校獵亦似觀成功。

夜發猛士三千人,清晨合圍驟同。

禽獸已斃十七八,殺聲落日回蒼穹。

幕前生致九青兕,駱駝垂玄熊。

 

 

 

(下し文)

冬狩行

(時に梓州の章彝、侍御史を兼ねて、東川に留後たり)

君見ずや東川の節度兵馬雄なり、校猟亦た成功を観すに似たり。

夜猛士三千人を発す、精晨合囲歩錬同じ。』

禽獣己に斃る十に七八、殺聲落日蒼穹に廻る。

幕前生きながら致す九青兇、駱駝として玄熊垂る。

 

(現代語訳)

(冬の狩のうた)〔時に章彝は梓州刺史と侍御史として剣南東川節度使の留守役を兼務していた。〕

諸君見よ、剣南東川節度の兵馬は雄壮なるものである。こんど障害物を設けて猟をするのだが同時に平生の訓練のゆきとどいていることを人にみせるつもりのようである。

まず夜中から三千人の猛士をくりだす、あしたにはそれが足並みをそろえて禽獣を包囲するのである。」

駆り立てられた禽獣は既に倒れたものが十中七八であり、夕日の落ちるころ殺伐な声が青空まで舞い上がる。

本陣の幕のまえには九匹の青色の野牛が生きたままもちきたされる。駱駝の背中には獲物がうずだかくつまれ玄熊などが背なかから垂れさがっている。

 

 

(訳注)

冬狩行

〔時梓州刺史章彝兼侍御史留後東川。〕

(冬の狩のうた)〔時に章彝は梓州刺史と侍御史として剣南東川節度使の留守役を兼務していた。〕

章彛が冬の狩をしたことについてのべる。広徳元年冬梓州にあっての作。

○冬狩行 冬のかりのうた。

○東川節度 東川節度使の留後(るすやく)章彝をいう。

 

 

君不見東川節度兵馬雄,校獵亦似觀成功。

諸君見よ、剣南東川節度の兵馬は雄壮なるものである。こんど障害物を設けて猟をするのだが同時に平生の訓練のゆきとどいていることを人にみせるつもりのようである。

○雄 雄牡。

〇校猟 障害物を設け禽獣をさえぎって狩する意。

○観 人人にみせしめること。

○成功 士卒の訓練のゆきとどいている成績。

 

 

夜發猛士三千人,清晨合圍驟同

まず夜中から三千人の猛士をくりだす、あしたにはそれが足並みをそろえて禽獣を包囲するのである。」

〇清晨 晴れた朝早くの空。

○合囲 多人数で包囲する。

○歩驟同 驟ははしること、あしなみのそろって一致することをいう。

 

禽獸已斃十七八,殺聲落日回蒼穹。

駆り立てられた禽獣は既に倒れたものが十中七八であり、夕日の落ちるころ殺伐な声が青空まで舞い上がる。

〇十七八 十中に七または八。

○殺声 殺伐なこえ。

○落日 ゆう抄のおちるとき。

○廻 殺声がめぐること。

○蒼穹 あおぞら、蒼穹とは天が弓なりになっていることをいう。

 

幕前生致九青兕,駱駝藟垂玄熊。

本陣の幕のまえには九匹の青色の野牛が生きたまま持ちきたされる。駱駝の背中には獲物がうずだかくつまれ玄熊などが背なかから垂れさがっている。

○幕前 節度使の陣幕のまえ。

〇生致 生きながらもってくる。

○青兇 児は野牛。

○駅駐 厳酷、らくだのせなかをいう。

○藟 高いさま、獲物をうずだかくつんださま。

○垂玄熊 玄熊(くろくま)は獲物の一つであり、垂るとは獲物が多いのでらくだの背からはみだして下方へぶらさがっているということ。
sas0013 

入奏行贈西山檢察使竇侍御 雑言古詩(楽府) 成都6-(2-#3) 杜甫 <469-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2440 杜甫詩1000-469-682/1500

杜甫 《入奏行贈西山檢察使竇侍禦》雑言古詩(楽府) 貴方のもとに八州の刺史たちはこの一戦のことをおもっているし、国境守備の拠点三城はよく守るべく準備されている。

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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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入奏行贈西山檢察使竇侍御 雑言古詩(楽府) 成都6-(2-#3) 杜甫 <469>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2440 杜甫詩1000-469#3-682/1500




詩 題:入奏行贈西山檢察使竇侍禦雑言古詩(楽府)
杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂6-(2-#3)
作時:762年1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の469-#3首目-場面6-(2-#3)
杜甫ブログ1500回予定の-682回目


入奏行贈西山檢察使竇侍禦
(宴の演奏や詩を詠む席にはいって西山の検察、竇侍禦のこの詩を贈る。)
竇侍御,驥之子,鳳之雛。 
竇侍禦は優れた才能を持つ人であり、鳳凰になるべきヒナの様な人である。
年未三十忠義俱,骨鯁絕代無。 
年末の三十日の恒例行事で忠義を共にしたことがあった、道理にそっている諌めの言葉を遠慮せずに言うことは誰一人としてできるものではないのである。
炯如一段清冰出萬壑,置在迎風寒露之玉壺。 
あきらか光り輝くさまは清廉なところは山々の峰々から出でてくる奇麗な氷のようであり、寒風のなか冰露が宝玉で作った壺の様なのである。
蔗漿歸廚金碗凍,洗滌煩熱足以寧君軀。
 
サトウキビの搾り汁でさえ厨房にはって調理する間に金椀の中も凍る。だから、きれいに洗い、温め、蒸して、十分に料理が足りるまではゆっくりとあなた自身の体をやすめることである。
#2
政用疏通合典則,戚聯豪貴耽文儒。 
政治的に働かせ、筋道がよく通り、法則にのっとり、合致する。心を痛めて心配することが関連ずけられ、身分・家柄などが高貴で詩文と儒学に勤しんでいる。
兵革未息人未蘇,天子亦念西南隅。 
ここにおいて戦争は未だに終わっていないし、人々が以前の元気を取り戻していない。天子はいろんな苦慮をされていたがここ国の西南の隅の地域の叛乱にも懸念をされている。
吐蕃憑陵氣頗粗,竇氏檢察應時須。 
異民族国家である吐蕃は国境の丘陵地帯を抑え、その辺りの雰囲気をとても荒れたものにしている。竇侍禦は西の山岳の檢察を時にあたって適時的にされるのである。
運糧繩橋壯士喜,斬木火井窮猿呼。 
食糧を運び、竹の橋を手早く縄で縛って作られたし、決死の覚悟で敵地に赴く勇者たちを喜んで迎えられている。制圧のための準備の木を伐採し、火器を準備し、叛乱の奴らの去る呼ばわりして追いつめられるであろう。
#3
八州刺史思一戰,三城守邊卻可圖。 
貴方のもとに八州の刺史たちはこの一戦のことをおもっているし、国境守備の拠点三城はよく守るべく準備されている。
此行入奏計未小,密奉聖旨恩宜殊。 
この「入奏」の一行は未だ小さい州にも目配りをしている。ひそかに心に思っているのは聖天子の恩に報いることを奉ずることである。
繡衣春當霄漢立,綵服日向庭闈趨。
天子から戴いた冠衣はこの春にあたってこの天下を鎮めるために出立するのである。美しく色どりしてある衣服はたいようにあたってかがやくように一族の栄誉を担って奮闘するだろう。
綵服日向庭闈趨。 
美しく色どりしてある衣服は太陽にあたってかがやくように一族の栄誉を担って奮闘するだろう。
#4
省郎京尹必俯拾,江花未落還成都。 
江花未落還成都,肯訪浣花老翁無。 
為君酤酒滿眼酤,與奴白飯馬青芻。 



『入奏行贈西山檢察使竇侍禦』 現代語訳と訳註
(本文)
#3
八州刺史思一戰,三城守邊卻可圖。 
此行入奏計未小,密奉聖旨恩宜殊。 
繡衣春當霄漢立,綵服日向庭闈趨。綵服日向庭闈趨。


(下し文) #3
八州刺史は一戰を思い,三城邊を守り卻【かえ】って圖る可し。 
此の入奏を行として未だ小を計らわず,密かに聖旨 恩宜の殊を奉じる。 
繡衣 春に當り霄漢【しょうかん】に立ち,綵服【さいふく】日向して庭闈【ていい】を趨る。綵服日向して庭闈【ていい】を趨る。


(現代語訳)
貴方のもとに八州の刺史たちはこの一戦のことをおもっているし、国境守備の拠点三城はよく守るべく準備されている。
この「入奏」の一行は未だ小さい州にも目配りをしている。ひそかに心に思っているのは聖天子の恩に報いることを奉ずることである。
天子から戴いた冠衣はこの春にあたってこの天下を鎮めるために出立するのである。美しく色どりしてある衣服はたいようにあたってかがやくように一族の栄誉を担って奮闘するだろう。
美しく色どりしてある衣服は太陽にあたってかがやくように一族の栄誉を担って奮闘するだろう。


(訳注) #3
八州刺史思一戰,三城守邊卻可圖。
 
貴方のもとに八州の刺史たちはこの一戦のことをおもっているし、国境守備の拠点三城はよく守るべく準備されている。
・八州 松、維、恭、蓬、雅、黎、姚、悉の八州
・三城 姚(雲南) 州、維州、松州の三州
・卻 かてって。また。そのときこそ。

吐蕃国境守備4901















此行入奏計未小,密奉聖旨恩宜殊。
 
この「入奏」の一行は未だ小さい州にも目配りをしている。ひそかに心に思っているのは聖天子の恩に報いることを奉ずることである。
・殊恩  特別に受けた厚い恩義。格別の恩。
・宜 むべ うべ よろしい程よくかなっている。


繡衣春當霄漢立,綵服日向庭闈趨。
天子から戴いた冠衣はこの春にあたってこの天下を鎮めるために出立するのである。美しく色どりしてある衣服は太陽にあたってかがやくように一族の栄誉を担って奮闘するだろう。
・繡衣 長安の朝廷で宮廷人の着飾った刺繍のある制服。紫綺裳 紫のあや絹の上着。
・霄漢 大空。天空。
・綵服 美しく色どりしてある衣服。きれいな着物。
・庭闈  親の居る部屋。闈:皇后の部屋に続く門。杜甫『送韓十四江東省覲』「君今何處訪庭闈?」わたしはこの戦火によって今以て故郷に弟や妹を尋ねてこられる家をうしなっている。君はいずれの地に親のいる奥の場所「庭闈」を訪問されようとするのであるか。送韓十四江東省覲 成都-(7) 杜甫 <460  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2245 杜甫詩1000-460-643/1500
・趨庭 庭さきを走りまわる。『論語』季氏篇に、孔子の子の伯魚(鯉)が「鯉趨而過庭」(庭を趨って過ぎたとき)、父の孔子が呼びとめて「詩」と「礼」とつまり、詩経と書経を学ぶようにさとしたとあるのにもとづき、子供が父の教えを受けることをいう。この『論語』のことばを使用するのは、魯の國に孔子の故郷である曲阜があることによる。
李白『送蕭三十一魯中。兼問稚子伯禽』「魯中正是趨庭處」(魯の國に孔子の故郷で「趨庭の處」ということが分かっているところだ)
*ここは、小さいころから親に心配をかけず立派な成績であったことを云い、一族の栄誉を担って奮闘するというほどの意味。


綵服日向庭闈趨。
美しく色どりしてある衣服は太陽にあたってかがやくように一族の栄誉を担って奮闘するだろう。

入奏行贈西山檢察使竇侍御 雑言古詩(楽府) 成都6-(2-#2) 杜甫 <469-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2435 杜甫詩1000-468-#2-681/1500

杜甫 《入奏行贈西山檢察使竇侍禦》雑言古詩(楽府) 政治的に働かせ、筋道がよく通り、法則にのっとり、合致する。心を痛めて心配することが関連ずけられ、身分・家柄などが高貴で詩文と儒学に勤しんでいる。

2013年5月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩擬魏太子鄴中集詩八首  魏太子 謝靈運 六朝魏詩<78-#2>文選 雜擬 上 777 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2433
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


入奏行贈西山檢察使竇侍御 雑言古詩(楽府) 成都6-(2-#2) 杜甫 <469-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2435 杜甫詩1000-468-#2-681/1500


詩 題:《入奏行贈西山檢察使竇侍禦》雑言古詩(楽府) 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(6-(2-#2)) 
作時:761年12月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の469-#2首目-場面(6-(2-#2)
杜甫ブログ1500回予定の-681回目
 

sora001入奏行贈西山檢察使竇侍禦
竇侍御,驥之子,鳳之雛。 
年未三十忠義俱,骨鯁絕代無。 
炯如一段清冰出萬壑,置在迎風寒露之玉壺。 
蔗漿歸廚金碗凍,洗滌煩熱足以寧君軀。 
#2
政用疏通合典則,戚聯豪貴耽文儒。 
兵革未息人未蘇,天子亦念西南隅。 
吐蕃憑陵氣頗粗,竇氏檢察應時須。 
運糧繩橋壯士喜,斬木火井窮猿呼。 
#3
八州刺史思一戰,三城守邊卻可圖。 
此行入奏計未小,密奉聖旨恩宜殊。 
繡衣春當霄漢立,綵服日向庭闈趨。綵服日向庭闈趨。 
#4
省郎京尹必俯拾,江花未落還成都。 
江花未落還成都,肯訪浣花老翁無。 
為君酤酒滿眼酤,與奴白飯馬青芻。 
 


入奏行贈西山檢察使竇侍禦
(宴の演奏や詩を詠む席にはいって西山の検察、竇侍禦のこの詩を贈る。)
竇侍禦,驥之子,鳳之雛。
竇侍禦は優れた才能を持つ人であり、鳳凰になるべきヒナの様な人である。
年末三十忠義俱,骨鯁絕代無!
年末の三十日の恒例行事で忠義を共にしたことがあった、道理にそっている諌めの言葉を遠慮せずに言うことは誰一人としてできるものではないのである。
炯如一段清冰出萬壑,置在迎風露寒之玉壺。
あきらか光り輝くさまは清廉なところは山々の峰々から出でてくる奇麗な氷のようであり、寒風のなか冰露が宝玉で作った壺の様なのである。
蔗漿歸廚金碗凍,洗滌煩熱足以寧君軀。

サトウキビの搾り汁でさえ厨房にはって調理する間に金椀の中も凍る。だから、きれいに洗い、温め、蒸して、十分に料理が足りるまではゆっくりとあなた自身の体をやすめることである。

#2
政用疏通合典則,戚聯豪貴耽文儒。 
政治的に働かせ、筋道がよく通り、法則にのっとり、合致する。心を痛めて心配することが関連ずけられ、身分・家柄などが高貴で詩文と儒学に勤しんでいる。
兵革未息人未蘇,天子亦念西南隅。 
ここにおいて戦争は未だに終わっていないし、人々が以前の元気を取り戻していない。天子はいろんな苦慮をされていたがここ国の西南の隅の地域の叛乱にも懸念をされている。
吐蕃憑陵氣頗粗,竇氏檢察應時須。 
異民族国家である吐蕃は国境の丘陵地帯を抑え、その辺りの雰囲気をとても荒れたものにしている。竇侍禦は西の山岳の檢察を時にあたって適時的にされるのである。
運糧繩橋壯士喜,斬木火井窮猿呼。
 
食糧を運び、竹の橋を手早く縄で縛って作られたし、決死の覚悟で敵地に赴く勇者たちを喜んで迎えられている。制圧のための準備の木を伐採し、火器を準備し、叛乱の奴らの去る呼ばわりして追いつめられるであろう。


『入奏行贈西山檢察使竇侍禦』 現代語訳と訳註
成都遂州00(本文)
#2
政用疏通合典則,戚聯豪貴耽文儒。 
兵革未息人未蘇,天子亦念西南隅。 
吐蕃憑陵氣頗粗,竇氏檢察應時須。 
運糧繩橋壯士喜,斬木火井窮猿呼。 


(下し文) #2
政用 疏通 典則に合せ,戚聯 豪貴 文儒を耽す。 
兵革 未だ息わず 人は未だ蘇らず,天子 亦た念う 西南の隅。 
吐蕃 陵を憑き 氣 頗る粗なり,竇氏 檢察 應に時須す。 
糧を運び 橋を繩し 壯士喜び,木を斬り 井に火し 猿を呼ぶを窮す。 


(現代語訳)
政治的に働かせ、筋道がよく通り、法則にのっとり、合致する。心を痛めて心配することが関連ずけられ、身分・家柄などが高貴で詩文と儒学に勤しんでいる。
ここにおいて戦争は未だに終わっていないし、人々が以前の元気を取り戻していない。天子はいろんな苦慮をされていたがここ国の西南の隅の地域の叛乱にも懸念をされている。
異民族国家である吐蕃は国境の丘陵地帯を抑え、その辺りの雰囲気をとても荒れたものにしている。竇侍禦は西の山岳の檢察を時にあたって適時的にされるのである。
食糧を運び、竹の橋を手早く縄で縛って作られたし、決死の覚悟で敵地に赴く勇者たちを喜んで迎えられている。制圧のための準備の木を伐採し、火器を準備し、叛乱の奴らの去る呼ばわりして追いつめられるであろう。


(訳注)#2
政用 疏通 合典則,戚聯 豪貴 耽文儒。
 
政治的に働かせ、筋道がよく通り、法則にのっとり、合致する。心を痛めて心配することが関連ずけられ、身分・家柄などが高貴で詩文と儒学に勤しんでいる。
・政用 政治的に働かせること。
・疏通 ふさがっているものがとどこおりなく 通じること。また、筋道がよく通ること。
・合典則 法則にのっとり、合致すること。
・戚聯 心を痛めて心配することが連鎖する。戚:うれえる。身近にひしひしと感ずる。思い 煩 ( わずら ) う。 【戚む】いたむ. 深く悲しむ。うれえる。 【戚える】うれえる. 心を悩ます。心を痛めて心配する。思い煩う。
・豪貴 勢力があり、身分・家柄などが高貴であること。また、その人。
・耽 ふける物事に深入りする。
・文儒 1 孔子の教え。また、その教えを奉ずる学者。「儒学・儒教・儒者/坑儒・碩儒(せきじゅ)・宋儒(そうじゅ)・俗儒・大儒・腐儒」 2 背が低い。


兵革 未息 人未蘇,天子 亦念 西南隅。 
ここにおいて戦争は未だに終わっていないし、人々が以前の元気を取り戻していない。天子はいろんな苦慮をされていたがここ国の西南の隅の地域の叛乱にも懸念をされている。
・兵革 1 戦争のための武器・甲冑(かっちゅう)。兵甲。 2 戦争。たたかい。
・西南隅 長安から蜀は西南に当たりその隅っこのほうで反乱を起こし、政治が安定していない。


吐蕃 憑陵 氣頗粗,竇氏 檢察 應時須。 
異民族国家である吐蕃は国境の丘陵地帯を抑え、その辺りの雰囲気をとても荒れたものにしている。竇侍禦は西の山岳の檢察を時にあたって適時的にされるのである。
・吐蕃 チベット人が初めて建てた王国に漢文史料が与えた名称。


運糧 繩橋 壯士喜,斬木 火井 窮猿呼。 
食糧を運び、竹の橋を手早く縄で縛って作られたし、決死の覚悟で敵地に赴く勇者たちを喜んで迎えられている。制圧のための準備の木を伐採し、火器を準備し、叛乱の奴らの去る呼ばわりして追いつめられるであろう。
・運糧 食糧を運び。
・繩橋 竹の橋を手早く縄で縛って作る。

入奏行贈西山檢察使竇侍御 雑言古詩(楽府) 成都6-(2-#1) 杜甫 <469-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2430 杜甫詩1000-468-#2-680/1500

杜甫 《入奏行贈西山檢察使竇侍禦》
竇侍禦は優れた才能を持つ人であり、鳳凰になるべきヒナの様な人である。年末の三十日の恒例行事で忠義を共にしたことがあった、道理にそっている諌めの言葉を遠慮せずに言うことは誰一人としてできるものではないのである。

2013年5月26日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩擬魏太子鄴中集詩八首  魏太子 謝靈運 六朝魏詩<78-#1>文選 雜擬 上 776 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2428
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩奉和虢州劉給事使君三堂新題二十一詠。柳溪 韓愈(韓退之) <128>Ⅱ中唐詩689 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2429
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集入奏行贈西山檢察使竇侍御 雑言古詩(楽府) 成都6-(2-#1) 杜甫 <469-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2430 杜甫詩1000-468-#2-680/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性罰赴邊上韋相公二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-177-49-#39  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2432
 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

入奏行贈西山檢察使竇侍御 雑言古詩(楽府) 成都6-(2-#1) 杜甫 <468-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2430 杜甫詩1000-469-#1 -680/1500 


詩 題:入奏行贈西山檢察使竇侍禦五言律詩 杜甫卷別: 卷二一九  文體: 樂府 

成都(6部)浣花渓の草堂(6-(2-1)) 
作時:762年寶應元年1月杜甫51歳 
掲載; 杜甫1000首の469首目-場面6-(2-1)
杜甫ブログ1500回予定の-680回目
寫及地點: 
劍南道北部 邛州 火井・成都・浣花溪 


入奏行贈西山檢察使竇侍禦
(宴の演奏や詩を詠む席にはいって西山の検察、竇侍禦のこの詩を贈る。)
竇侍禦,驥之子,鳳之雛。
竇侍禦は優れた才能を持つ人であり、鳳凰になるべきヒナの様な人である。
年末三十忠義俱,骨鯁絕代無!
年末の三十日の恒例行事で忠義を共にしたことがあった、道理にそっている諌めの言葉を遠慮せずに言うことは誰一人としてできるものではないのである。
炯如一段清冰出萬壑,置在迎風露寒之玉壺。
あきらか光り輝くさまは清廉なところは山々の峰々から出でてくる奇麗な氷のようであり、寒風のなか冰露が宝玉で作った壺の様なのである。
蔗漿歸廚金碗凍,洗滌煩熱足以寧君軀。
サトウキビの搾り汁でさえ厨房にはって調理する間に金椀の中も凍る。だから、きれいに洗い、温め、蒸して、十分に料理が足りるまではゆっくりとあなた自身の体をやすめることである。

#2
政用疏通合典則,戚聯豪貴耽文儒。
兵革未息人未蘇,天子亦念西南隅。
吐蕃憑陵氣頗粗,竇氏檢察應時須。
運糧繩橋壯士喜,斬木火井窮猿呼。
八州刺史思一戰,三城守邊皆可圖。

#3
此行入奏計未小,密奉賢旨恩宜殊。
繡衣春當霄漢立,彩服日向庭闈趨。
省郎京尹必俯拾,江花未落還成都,
肯訪浣花老翁無?為君酤酒滿眼酤,
與奴白飯馬青芻。

(奏行に入り西山檢察使の竇侍禦に贈る)
竇侍禦,驥の子,鳳の雛。
年末 三十 忠義 俱にす,骨鯁 絕代無からん!
炯 一段と清冰 萬壑に出でて,風を迎え、露寒の玉壺を置在するが如し。
蔗漿 廚に歸り金碗凍り,洗滌 煩熱 足り以って君軀を寧んずる。


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『入奏行贈西山檢察使竇侍禦』 現代語訳と訳註
(本文)

竇侍禦,驥之子,鳳之雛。
年末三十忠義俱,骨鯁絕代無!
炯如一段清冰出萬壑,置在迎風露寒之玉壺。
蔗漿歸廚金碗凍,洗滌煩熱足以寧君軀。


(下し文)
(奏行に入り西山檢察使の竇侍禦に贈る)
竇侍禦,驥の子,鳳の雛。
年末 三十 忠義 俱にす,骨鯁 絕代無からん!
炯 一段と清冰 萬壑に出でて,風を迎え、露寒の玉壺を置在するが如し。
蔗漿 廚に歸り金碗凍り,洗滌 煩熱 足り以って君軀を寧んずる。


(現代語訳)
(宴の演奏や詩を詠む席にはいって西山の検察、竇侍禦のこの詩を贈る。)
竇侍禦は優れた才能を持つ人であり、鳳凰になるべきヒナの様な人である。
年末の三十日の恒例行事で忠義を共にしたことがあった、道理にそっている諌めの言葉を遠慮せずに言うことは誰一人としてできるものではないのである。
あきらか光り輝くさまは清廉なところは山々の峰々から出でてくる奇麗な氷のようであり、寒風のなか冰露が宝玉で作った壺の様なのである。
サトウキビの搾り汁でさえ厨房にはって調理する間に金椀の中も凍る。だから、きれいに洗い、温め、蒸して、十分に料理が足りるまではゆっくりとあなた自身の体をやすめることである。


(訳注)
入奏行贈西山檢察使竇侍禦

宴の演奏や詩を詠む席にはいって西山の検察、竇侍禦のこの詩を贈る。
・西山檢察使 吐蕃国境の山間部を担当する。松、維、恭、蓬、雅、黎、姚、悉八州をいう。


竇侍禦,驥之子,鳳之雛。
竇侍禦は優れた才能を持つ人であり、鳳凰になるべきヒナの様な人である。
・驥子 一日に千里を走ることのできる良馬。転じて、優れた才能を持つ人。杜甫『遣興』「驥子好男兒,前年學語時。問知人客姓,誦得老夫詩。」錢起 『送馬員外拜官覲省』「二十為郎事漢文,鴛雛驥子自為群。」


年末三十忠義俱,骨鯁絕代無!
年末の三十日の恒例行事で忠義を共にしたことがあった、道理にそっている諌めの言葉を遠慮せずに言うことは誰一人としてできるものではないのである。
・骨鯁 耳ざわりだが、道理にそっている諌めの言葉を遠慮せずに言うこと。「直言」は思ったことを遠慮せずに言うこと、「鯁」は魚の骨、「骨鯁」は耳ざわりな直言を魚の骨がのどにつかえることにたとえたもの。韓愈『送進士劉師服東歸』「由來骨鯁材,喜被軟弱吞。」送進士劉師服東歸 韓愈(韓退之) <117>Ⅱ中唐詩676 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2364
・忠義 主君や国家に対し真心を尽くして仕えること。また、そのさま。
・俱 ともに、みな、ひとしい、(具と通じて)具わる、


炯如一段清冰出萬壑,置在迎風露寒之玉壺。
あきらか光り輝くさまは清廉なところは山々の峰々から出でてくる奇麗な氷のようであり、寒風のなか冰露が宝玉で作った壺の様なのである。
・炯 あきらか光り輝くさま。「炯眼・炯炯」 .
・一段 余計に ・ その上 ・ 一際 ・ さらに ・ いよいよ
・清冰 きれいな氷・ 
・萬壑 山々の峰が連なっているところ
・露寒 露のおり始める頃の、晩秋のはだ寒さ。
・玉壺 玉で作った美しいつぼ。


蔗漿歸廚金碗凍,洗滌煩熱足以寧君軀。
サトウキビの搾り汁でさえ厨房にはって調理する間に金椀の中も凍る。だから、きれいに洗い、温め、蒸して、十分に料理が足りるまではゆっくりとあなた自身の体をやすめることである。
・蔗漿 ・蔗漿 サトウキビの搾り汁。杜甫『進艇』「南京久客耕南畝,北望傷神坐北窗。晝引老妻乘小艇,晴看稚子浴清江。俱飛蛺蝶元相逐,並蒂芙蓉本自雙。茗飲蔗漿攜所便,瓷罌無謝玉為缸。」
・煩熱 1 むしむしと暑苦しいこと。また、その暑気。「都城の―漸く薄らぎ」〈透谷・漫罵〉 2 発熱して苦しむこと。また、その熱。

“同谷” 乾元中寓居同谷県作歌七首 其七 杜甫1000<338> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1598 杜甫詩1500- 497

 
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詩 題:“同谷” 乾元中寓居同谷県作歌七首 其七 作759年11月
掲 載; 杜甫1000の338首目
杜甫ブログ1500-497回目


(7)七言句の七番目の詩である。昔はどうであれこれからの人生に立ち向かって行こうというものである。同谷「数え歌」の終。
乾元中寓居同谷県作歌七首 其七

男兒生不成名身已老,三年饑走荒山道。
わたしは男児に生まれてこのかた、功名を成しとげるということができてはいない。その内年をとってしまって、三年の間、あれはてた山中の道を飢餓に駆られて走っているようなありさまだ。
長安卿相多少年,富貴應須致身早。
長安で知り合った卿相たちは多くは若い時からの付き合いではあるが、かれらはまだ若いのである。してみれば老いてはだめなので、早くその身をなんとしてでも富貴の地位に致さないといけないというものなのだ。
山中儒生舊相識,但話宿昔傷懷抱。』
この山中にいるとはいえ、儒生たるわたしはふるくから彼ら富貴の人人とは知り合いなのだが、この隔たりはどうだ。だからこうして昔話をしたりすれば自分は胸のうちがかなしくなってくるのである。』
嗚呼七歌兮悄終曲。仰視皇天白日速。』

ああ ここまで詠った七言のこれは第七の歌である。これで心のひきたたぬままに曲を終るのである。そうであれば、太陽がどんどん早くはしりゆく大空を眺め、これからの人生に向かって行こうではないか。』 
男児 生まれて名を成さず 身己に老い、三年 飢走【きそう】す 荒山の道。
長安の卿相【けいそう】少年多し、富貴には応に須らく身を致すこと早かるべし。
山中の儒生 旧相識【きゅうそうしき】、但だ宿昔【しゅくせき】を話【かた】りて懐抱【かいほう】を痛ましむ。』
鳴呼 七歌す 悄として曲を終う、仰いで皇天【こうてん】を視れば白日速【すみ】やかなり。』


現代語訳と訳註
(本文)

男兒生不成名身已老,三年饑走荒山道。
長安卿相多少年,富貴應須致身早。
山中儒生舊相識,但話宿昔傷懷抱。』
嗚呼七歌兮悄終曲。仰視皇天白日速。』


(下し文)
男児 生まれて名を成さず 身己に老い、三年 飢走【きそう】す 荒山の道。
長安の卿相【けいそう】少年多し、富貴には応に須らく身を致すこと早かるべし。
山中の儒生 旧相識【きゅうそうしき】、但だ宿昔【しゅくせき】を話【かた】りて懐抱【かいほう】を痛ましむ。』
鳴呼 七歌す 悄として曲を終う、仰いで皇天【こうてん】を視れば白日速【すみ】やかなり。』


(現代語訳)
わたしは男児に生まれてこのかた、功名を成しとげるということができてはいない。その内年をとってしまって、三年の間、あれはてた山中の道を飢餓に駆られて走っているようなありさまだ。
長安で知り合った卿相たちは多くは若い時からの付き合いではあるが、かれらはまだ若いのである。してみれば老いてはだめなので、早くその身をなんとしてでも富貴の地位に致さないといけないというものなのだ。
この山中にいるとはいえ、儒生たるわたしはふるくから彼ら富貴の人人とは知り合いなのだが、この隔たりはどうだ。だからこうして昔話をしたりすれば自分は胸のうちがかなしくなってくるのである。』
ああ ここまで詠った七言のこれは第七の歌である。これで心のひきたたぬままに曲を終るのである。そうであれば、太陽がどんどん早くはしりゆく大空を眺め、これからの人生に向かって行こうではないか。』 


(訳注)
男兒生不成名身已老,三年饑走荒山道。
わたしは男児に生まれてこのかた、功名を成しとげるということができてはいない。その内年をとってしまって、三年の間、あれはてた山中の道を飢餓に駆られて走っているようなありさまだ。
〇男兒生不成名  『文選卷第四十一 書上』にある李少卿(李陵)の『答蘇武書』
「苟怨陵以不死。然陵不死,罪也;子卿視陵,豈偸生之士,而惜死之人哉?寧有背君親,捐妻子,而反爲利者乎?然陵不死,有所爲也」とある。なお、この最後の方に「昔人有言:『雖忠不烈,視死如歸。』…男兒生以不成名,死則葬蠻夷中,誰復能屈身稽顙,還向北闕,使刀筆之吏,弄其文墨邪?願足下勿復望陵。嗟乎,子卿!夫復何言!相去萬里,人絶路殊,生爲別世之人,死爲異域之鬼,長與足下,生死辭矣!」と、生死、離別について述べている。胸に迫る名文である。 
〇三年 この間の代表作。
757:羌村三首 北征  行次昭陵  彭衙行  喜聞官軍已臨賊境二十韻
758:題鄭牌亭子  望岳  早秋苦熱堆安相仍 九日藍田崔氏荘 崔氏東山草堂
759:三吏三別、遣興三首 佳人 夢李白二首 有懷台州鄭十八司鄭虔 遣興五首 遣興二首 遣興五首 秦州雜詩二十首 同谷紀行
まで足かけ三年。。
○荒山 あれはてた山。


長安卿相多少年,富貴應須致身早。
長安で知り合った卿相たちは多くは若い時からの付き合いではあるが、かれらはまだ若いのである。してみれば老いてはだめなので、早くその身をなんとしてでも富貴の地位に致さないといけないというものなのだ。
○卿相 卿や宰相。
○致身 敦とは富貴の地位へ身をもってゆくこと。


山中儒生舊相識,但話宿昔傷懷抱。』
この山中にいるとはいえ、儒生たるわたしはふるくから彼ら富貴の人人とは知り合いなのだが、この隔たりはどうだ。だからこうして昔話をしたりすれば自分は胸のうちがかなしくなってくるのである。』
山中儒生 作者自身のことであるが、同谷に来たのは、姪杜佐、孫許、阮隱居、寄張十二山人彪、兩當縣十侍禦などの山中の友(すべて同谷における杜甫の詩に登場する人である)が儒者であるということである。
旧相識 ふるくからのしりあい、これは杜甫が詩文を売文するためのコネクション、仕官活動した長安卿相とのあいだがらをいうが、これらについてもこのブログで掲載している。
○但講 話はだれかとはなしをすること、旧説によれば作者が儒生と話しをすることである。
○宿昔 むかしの事がら、昔話。
○懐抱 杜甫の胸中をいう。さま。


嗚呼七歌兮悄終曲。仰視皇天白日速。』
ああ ここまで詠った七言のこれは第七の歌である。これで心のひきたたぬままに曲を終るのである。そうであれば、太陽がどんどん早くはしりゆく大空を眺め、これからの人生に向かって行こうではないか。』 
○悄 しょんぼり、心のひきたたぬ。
○終曲 曲はこの七歌の曲。
○速 走ることのすみやかなこと、時間の早くすぎること。日が暮れるのが早い。この年の暮れるのが早い。人生が早い。



この詩にシリーズは「順番数値」をキーワードにして詠っている。いわば『杜甫の七つの数え歌』というところか。
(1)自分。客居貧苦のさまをいう。
乾元中寓居同谷縣作歌 七首 其一
有客有客字子美,白頭亂發垂過耳。
歲拾橡栗隨狙公,天寒日暮山谷裡。
中原無書歸不得,手腳凍皴皮肉死。』
嗚呼一歌兮歌已哀,悲風為我從天來。』

ここに『詩経』でいう旅人がいるその名前は子美という、男の頭は白く乱れた髪が垂れて耳よりもさがっている。
今年も年の暮になろうとするのに、山谷のうちで天候は凍えるように寒くもう日暮れにさしかかる、『荘子』にいう猿回しのあとにくっついて橡の実や栗をひらって歩くのだ。
中原の故郷たる方からは手紙もなく様子が知れないから帰ることもならず、手や脚は凍えしわだって皮膚も肉もひからびている。』
ああここに第一歌をうたう、この歌声は初からすでにあわれであり、悲しそうな風が吹いてきて自分のために天もそれに感ずるように天から吹き下ろして來る
。』


(2)二人称の歌。
乾元中寓居同谷県作歌七首 其二
長鑱長鑱白木柄,我生托子以為命。
黃獨無苗山雪盛,短衣數挽不掩脛。
此時與子空歸來,男呻女吟四壁靜。』
嗚呼二歌兮歌始放,閭裡為我色惆悵。』

長い鉄の頭のついた犂、長い柄の鉄の犂、きみには白木の柄がついている。われわれの生活はきみによって生命の親としているのだ。
土イモは山中の雪が盛んにつもっていてその苗もかれてみつからない、(その雪の中私と云えば)短い裾の衣を着ていくらひっぱっても脛をかくすことはできないのだ。
この時きみと収穫なしのから手でうちへもどってくる、家族の男の子呻き、女の子は吟じているようにおなかがすいているというががらんどうの部屋の四方の壁はひっそり立っている。』
ああ、これは二の歌だ、だからはじめて大声出してきままに歌うのだ、これをきいては近所の人たちも集まって収穫なしの自分のために恨み嘆く顔つきをしてくれる。』


(3)三人称弟をおもってつくる。
乾元中寓居同谷県作歌七首 其三
有弟有弟在遠方,三人各瘦何人強?
生別展轉不相見,胡塵暗天道路長。
東飛駕鵝後鶖鶬,安得送我置汝旁?』
嗚呼三歌兮歌三發,汝歸何處收兄骨?』
あそこの二男弟、あちらの三男弟、遠方に居る四男。彼ら三人どれもやせているが、だれが強健でいるやつがいるであろうか。
彼らとはいきわかれをして、各地をうつりあるいて面会せずにいるのである、安史叛乱軍の兵馬が天下をくらくして、天下を分断しているので、そうでなくてもながいみちのりが、弟達とのあいだの道路はさらに長くなってしまった。
東にむかって駕鵝が飛び、そのあとを追っかけて鶖鶬が飛んでいるが、どうしたらその鳥に送られておまえ達の傍へ私を置いてもらうことができるのだろうか。』
ああ、これが第三の歌であるから三回歌うことにしよう。おまえ達がは帰ってこられるところ、この兄の骨をおさめてくれるところ、それがどこであるのか。(この戦乱で分断されていても平穏でいられるところ。)』


(4)妹をおもう作。
乾元中寓居同谷県作歌七首 其四
有妹有妹在鐘離,良人早歿諸孤癡。
長淮浪高蛟龍怒,十年不見來何時?
扁舟欲往箭滿眼,杳杳南國多旌旗。』
嗚呼四歌兮歌四奏,林猿為我啼清晝。』
わたしには妹がいる、鳳陽府鍾離に妹がいる。夫を早くなくして残された四人もいるまだ幼児たちは知恵がついていないのだ。
淮水のあたりは風浪が高く安史軍の盗賊のように人を害する者が蚊竃のように怒りつつあるのだ。わたしは十年も彼女とかおをあわせていないがいつ彼女はこちらへ来ることができよう。
ああ、これは第四の歌だ。この歌は四度、奏ねるのである。この歌をきいては林の猿も私のために晴れあがった昼に啼きたててくれる。』


(5)冬の窮谷の情景に浸り、隠棲の思いと帰郷の思いをのべることでどうもこの地は違うようだという。。
乾元中寓居同谷県作歌七首 其五
四山多風溪水急,寒雨颯颯枯樹濕。
黃蒿古城雲不開,白狐跳樑黃狐立。
我生何為在窮穀?中夜起坐萬感集。』
嗚呼五歌兮歌正長,魂招不來歸故鄉。』
四方の山には冬の風が吹きまくり、谷川の水の流れは急である。極寒の雨はつめたく、風はびゅうぴゅう吹き、枯れた樹木がぬれている。
黄色いよもぎがはびこっており、古城に雲が門をとざすようにかかっている、白狐ははねまわり、黄狐はつっ立っている。
わたしは生涯を決める意味で隠棲の谷を極めるつもりであったが、どうしてここが窮極の谷といえるのだろうか。夜なかに起きてみても坐ってみてもただ万感せまり、集まり来るのである。』
ああ、これは第五の歌である、五回も詠うとその歌もながいものだ。屈原は「招魂」したというがわたしはここが隠遁先でなく魂がこられないだろうし、それなら故郷にかえることしかないのか。』


(6)冬のこの地は隠遁の地にはふさわしくない。山湫の竜もそう思っている。(此の詩は五行思想をもじってお遊びしている)
乾元中寓居同谷県作歌七首 其六
南有龍兮在山湫,古木巃嵷枝相樛。
木葉黃落龍正蟄,蝮蛇東來水上游。
我行怪此安敢出,拔劍欲斬且複休。』
嗚呼六歌兮歌思遲,溪壑為我回春姿。』
ここの南方の山に竜がいる。そこは「窪地」で湿地になっているところだ。古木がいかめしくしげりあい、枝がたがいに垂れさがっているところである。
木の葉は黄ばんで落ちたので竜は今まさに冬眠をしたのだ、そこへまむしや蛇が東の方からやってきて「窪地」の水の上にあそんでいるのだ。
わたしはそこへ出掛けてはみたがこんなふしぎな様子を目にしてどうしてその場に出られるというのか、剣をぬいてそのへびを斬ろうかとも思ったのだがそれはまたやめたのである。』
ああ、この歌は第六の歌であるから、六にまつわる歌となるとやくはでてこないものだ。このような渓谷がわたしのために早く春のすがたを回復してくれることだ。(それならわたしも竜もその地にでかけることができるだろう。)』


(7)七言句の七番目の詩である。昔はどうであれこれからの人生に立ち向かって行こうというものである。同谷「数え歌」の終。
乾元中寓居同谷県作歌七首 其七
男兒生不成名身已老,三年饑走荒山道。
長安卿相多少年,富貴應須致身早。
山中儒生舊相識,但話宿昔傷懷抱。』
嗚呼七歌兮悄終曲。仰視皇天白日速。』
わたしは男児に生まれてこのかた、功名を成しとげるということができてはいない。その内年をとってしまって、三年の間、あれはてた山中の道を飢餓に駆られて走っているようなありさまだ。
長安で知り合った卿相たちは多くは若い時からの付き合いではあるが、かれらはまだ若いのである。してみれば老いてはだめなので、早くその身をなんとしてでも富貴の地位に致さないといけないというものなのだ。
この山中にいるとはいえ、儒生たるわたしはふるくから彼ら富貴の人人とは知り合いなのだが、この隔たりはどうだ。だからこうして昔話をしたりすれば自分は胸のうちがかなしくなってくるのである。』
ああ ここまで詠った七言のこれは第七の歌である。これで心のひきたたぬままに曲を終るのである。そうであれば、太陽がどんどん早くはしりゆく大空を眺め、これからの人生に向かって行こうではないか。』 

“同谷” 乾元中寓居同谷県作歌七首 其六 杜甫1000<337>#6 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1595 杜甫詩1500- 496

 
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詩 題:“同谷” 乾元中寓居同谷県作歌七首 其六 作759年11月
掲 載; 杜甫1000の337首目-#6
杜甫ブログ1500-496回目



この詩にシリーズは「順番数値」をキーワードにして詠っている。
(1)自分。客居貧苦のさまをいう。
乾元中寓居同谷縣作歌 七首 其一
有客有客字子美,白頭亂發垂過耳。
歲拾橡栗隨狙公,天寒日暮山谷裡。
中原無書歸不得,手腳凍皴皮肉死。』
嗚呼一歌兮歌已哀,悲風為我從天來。』


(2)二人称の歌。
乾元中寓居同谷県作歌七首 其二
長鑱長鑱白木柄,我生托子以為命。
黃獨無苗山雪盛,短衣數挽不掩脛。
此時與子空歸來,男呻女吟四壁靜。』
嗚呼二歌兮歌始放,閭裡為我色惆悵。』


(3)三人称弟をおもってつくる。
乾元中寓居同谷県作歌七首 其三
有弟有弟在遠方,三人各瘦何人強?
生別展轉不相見,胡塵暗天道路長。
東飛駕鵝後鶖鶬,安得送我置汝旁?』
嗚呼三歌兮歌三發,汝歸何處收兄骨?』


(4)妹をおもう作。
乾元中寓居同谷県作歌七首 其四
有妹有妹在鐘離,良人早歿諸孤癡。
長淮浪高蛟龍怒,十年不見來何時?
扁舟欲往箭滿眼,杳杳南國多旌旗。』
嗚呼四歌兮歌四奏,林猿為我啼清晝。』


(5)冬の窮谷の情景に浸り、隠棲の思いと帰郷の思いをのべることでどうもこの地は違うようだという。。
乾元中寓居同谷県作歌七首 其五
四山多風溪水急,寒雨颯颯枯樹濕。
黃蒿古城雲不開,白狐跳樑黃狐立。
我生何為在窮穀?中夜起坐萬感集。』
嗚呼五歌兮歌正長,魂招不來歸故鄉。』


(6)冬のこの地は隠遁の地にはふさわしくない。山湫の竜もそう思っている。(此の詩は五行思想をもじってお遊びしている)
乾元中寓居同谷県作歌七首 其六
南有龍兮在山湫,古木巃嵷枝相樛。
ここの南方の山に竜がいる。そこは「窪地」で湿地になっているところだ。古木がいかめしくしげりあい、枝がたがいに垂れさがっているところである。
木葉黃落龍正蟄,蝮蛇東來水上游。
木の葉は黄ばんで落ちたので竜は今まさに冬眠をしたのだ、そこへまむしや蛇が東の方からやってきて「窪地」の水の上にあそんでいるのだ。
我行怪此安敢出,拔劍欲斬且複休。』
わたしはそこへ出掛けてはみたがこんなふしぎな様子を目にしてどうしてその場に出られるというのか、剣をぬいてそのへびを斬ろうかとも思ったのだがそれはまたやめたのである。』
嗚呼六歌兮歌思遲,溪壑為我回春姿。』

ああ、この歌は第六の歌であるから、六にまつわる歌となるとやくはでてこないものだ。このような渓谷がわたしのために早く春のすがたを回復してくれることだ。(それならわたしも竜もその地にでかけることができるだろう。)』


『乾元中寓居同谷県作歌七首 其六』現代語訳と訳註
(本文)

南有龍兮在山湫,古木巃嵷枝相樛。
木葉黃落龍正蟄,蝮蛇東來水上游。
我行怪此安敢出,拔劍欲斬且複休。』
嗚呼六歌兮歌思遲,溪壑為我回春姿。』


(下し文)
(乾元中同谷県に寓居し歌を作る 七首)
南に竜有り 山湫に在り、古木 巃嵷 枝 相膠す。
木葉 黄落し 竜正に蟄す、蝮蛇 東来し 水上に沸す。
我行いて此を怪しむ安んぞ敢て出でん、剣を抜き斬らんと欲して且つ復た休す。』
鳴呼 六歌す 歌思遅し、渓壑 我が為めに春姿を廻えさん。』

(現代語訳) (乾元中同谷県に寓居し歌を作る 七首)
ここの南方の山に竜がいる。そこは「窪地」で湿地になっているところだ。古木がいかめしくしげりあい、枝がたがいに垂れさがっているところである。
木の葉は黄ばんで落ちたので竜は今まさに冬眠をしたのだ、そこへまむしや蛇が東の方からやってきて「窪地」の水の上にあそんでいるのだ。
わたしはそこへ出掛けてはみたがこんなふしぎな様子を目にしてどうしてその場に出られるというのか、剣をぬいてそのへびを斬ろうかとも思ったのだがそれはまたやめたのである。』
ああ、この歌は第六の歌であるから、六にまつわる歌となるとやくはでてこないものだ。このような渓谷がわたしのために早く春のすがたを回復してくれることだ。(それならわたしも竜もその地にでかけることができるだろう。)』


(訳注) 乾元中寓居同谷県作歌七首 其六

南有龍兮在山湫,古木巃嵷枝相樛。
ここの南方の山に竜がいる。そこは「窪地」で湿地になっているところだ。古木がいかめしくしげりあい、枝がたがいに垂れさがっているところである。
○南 同谷県東南の万丈澤をさすと.いう、澤のことは次第に見える。
○山湫 竜のすむふち。・湫 湿気が多くて水草などが生えている所。低湿地。
○巃嵷 いかめしくしげりあうさま。
○樛 枝のまがり垂下するさま。


木葉黃落龍正蟄,蝮蛇東來水上游。
木の葉は黄ばんで落ちたので竜は今まさに冬眠をしたのだ、そこへまむしや蛇が東の方からやってきて「窪地」の水の上にあそんでいるのだ。
○黄落 きばんでおちる。
○蟄 穴ごもりする冬眠する。
○蝮蛇 まむし、竜は君に此し蛇は盗賊に此するという、しかし竜を自己に此し蛇を他の小人に比したものかも知れない、「万丈滞」の竜は自己らしいからである。蛇は干支の順は六番目である。
○訪 道の音借であろう、あそぶ。


我行怪此安敢出,拔劍欲斬且複休。』
わたしはそこへ出掛けてはみたがこんなふしぎな様子を目にしてどうしてその場に出られるというのか、剣をぬいてそのへびを斬ろうかとも思ったのだがそれはまたやめたのである。』
○此 蝮、蛇のいるようなところのさまをさす。
○出 居処よりその場所へでる。
○斬 蛇をきる。そうして騒げば龍が出て來るからやめるという。


嗚呼六歌兮歌思遲,溪壑為我回春姿。』
ああ、この歌は第六の歌であるから、六にまつわる歌となるとやくはでてこないものだ。このような渓谷がわたしのために早く春のすがたを回復してくれることだ。(それならわたしも竜もその地にでかけることができるだろう。)』
歌思 竜が六頭、ヘビが六匹という六に因んだ歌が思い浮かばないということ。
廻春姿 春時の姿を回復する、冬なればこそ竜は蟄する、春になれば穴より出る、出ても緑に囲まれて乾燥しないので安心である。春が来ることを願うというのである。


兮在山湫,古嵷枝相樛。
夏4 - 6月      春、夏

木葉正蟄,蝮蛇上游。
真中 土用        夏、春、 冬 


五行の互いの関係には、「相生」「相剋(相克)」「比和」「相乗」「相侮」という性質が付与されていることを詩の中で述べているのである。これ以上詳しくはここでは触れないで、私的だけしておく。

 五行関係図

五行     木    火    土     金     水

五色   青(緑)   紅    黄     白    玄(黒)

五方    東     南    中     西     北
五獣    青竜    朱雀   黄麟   白虎   玄武
                 や黄竜

五竜    青竜    赤竜   黄竜   白竜   黒竜

五金   錫(青金) 銅(赤金) 金(黄金) 銀(白金) 鉄(黒金)

十干   甲・乙   丙・丁   戊・己   庚・辛   壬・癸
十二   寅・卯   巳・午   辰・未   申・酉   亥・子
                  ・戌・丑
(旧暦)1 - 3月  4 - 6月  (割当なし) 7 - 9月  10 - 12月


“同谷” 乾元中寓居同谷県作歌七首 其五 杜甫1000<336># 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1592 杜甫詩1500- 495

 
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“同谷” 乾元中寓居同谷県作歌七首 其五 杜甫1000<336># 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1592 杜甫詩1500- 495 



詩 題:“同谷” 乾元中寓居同谷県作歌七首 其五 作759年11月
掲 載; 杜甫1000の336首目
杜甫ブログ1500-495回目



この詩にシリーズはは「順番数値」をキーワードにして詠っている。

(1)自分。客居貧苦のさまをいう。
乾元中寓居同谷縣作歌 七首 其一
有客有客字子美,白頭亂發垂過耳。
歲拾橡栗隨狙公,天寒日暮山谷裡。
中原無書歸不得,手腳凍皴皮肉死。』
嗚呼一歌兮歌已哀,悲風為我從天來。』


(2)二人称の歌。
乾元中寓居同谷県作歌七首 其二
長鑱長鑱白木柄,我生托子以為命。
黃獨無苗山雪盛,短衣數挽不掩脛。
此時與子空歸來,男呻女吟四壁靜。』
嗚呼二歌兮歌始放,閭裡為我色惆悵。』


(3)三人称弟をおもってつくる。
乾元中寓居同谷県作歌七首 其三
有弟有弟在遠方,三人各瘦何人強?
生別展轉不相見,胡塵暗天道路長。
東飛駕鵝後鶖鶬,安得送我置汝旁?』
嗚呼三歌兮歌三發,汝歸何處收兄骨?』


(4)妹をおもう作。
乾元中寓居同谷県作歌七首 其四
有妹有妹在鐘離,良人早歿諸孤癡。
長淮浪高蛟龍怒,十年不見來何時?
扁舟欲往箭滿眼,杳杳南國多旌旗。』
嗚呼四歌兮歌四奏,林猿為我啼清晝。』

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(5)冬の窮谷の情景に浸り、隠棲の思いと帰郷の思いをのべることでどうもこの地は違うようだという。。
乾元中寓居同谷県作歌七首 其五
四山多風溪水急,寒雨颯颯枯樹濕。
四方の山には冬の風が吹きまくり、谷川の水の流れは急である。極寒の雨はつめたく、風はびゅうぴゅう吹き、枯れた樹木がぬれている。
黃蒿古城雲不開,白狐跳樑黃狐立。
黄色いよもぎがはびこっており、古城に雲が門をとざすようにかかっている、白狐ははねまわり、黄狐はつっ立っている。
我生何為在窮穀?中夜起坐萬感集。』
わたしは生涯を決める意味で隠棲の谷を極めるつもりであったが、どうしてここが窮極の谷といえるのだろうか。夜なかに起きてみても坐ってみてもただ万感せまり、集まり来るのである。』
嗚呼五歌兮歌正長,魂招不來歸故鄉。』

ああ、これは第五の歌である、五回も詠うとその歌もながいものだ。屈原は「招魂」したというがわたしはここが隠遁先でなく魂がこられないだろうし、それなら故郷にかえることしかないのか。』
四山風多くして渓水急なり、寒雨 颯颯【さつさつ】として枯樹【こじゅ】湿う。
黄蒿【こうこう】の古城 雲開けず、白狐は跳梁【ちょうりょう】し 黄狐【こうこ】は立つ。
我が生 何為れぞ窮谷【きゅうこく】に在る、中夜起坐して万感集まる。』
鳴呼 五歌す 歌正に長し、魂招けども来たらす 故郷に帰らん。』


現代語訳と訳註
(本文)

四山多風溪水急,寒雨颯颯枯樹濕。
黃蒿古城雲不開,白狐跳樑黃狐立。
我生何為在窮穀?中夜起坐萬感集。』
嗚呼五歌兮歌正長,魂招不來歸故鄉。』


(下し文)
四山風多くして渓水急なり、寒雨 颯颯【さつさつ】として枯樹【こじゅ】湿う。
黄蒿【こうこう】の古城 雲開けず、白狐は跳梁【ちょうりょう】し 黄狐【こうこ】は立つ。
我が生 何為れぞ窮谷【きゅうこく】に在る、中夜起坐して万感集まる。』
鳴呼 五歌す 歌正に長し、魂招けども来たらす 故郷に帰らん。』


(現代語訳)
四方の山には冬の風が吹きまくり、谷川の水の流れは急である。極寒の雨はつめたく、風はびゅうぴゅう吹き、枯れた樹木がぬれている。
黄色いよもぎがはびこっており、古城に雲が門をとざすようにかかっている、白狐ははねまわり、黄狐はつっ立っている。
わたしは生涯を決める意味で隠棲の谷を極めるつもりであったが、どうしてここが窮極の谷といえるのだろうか。夜なかに起きてみても坐ってみてもただ万感せまり、集まり来るのである。』
ああ、これは第五の歌である、五回も詠うとその歌もながいものだ。屈原は「招魂」したというがわたしはここが隠遁先でなく魂がこられないだろうし、それなら故郷にかえることしかないのか。』


(訳注) 乾元中寓居同谷県作歌七首 其五
四山多風溪水急,寒雨颯颯枯樹濕。
四方の山には冬の風が吹きまくり、谷川の水の流れは急である。極寒の雨はつめたく、風はびゅうぴゅう吹き、枯れた樹木がぬれている。
〇四山 四山は自分の立ち位置を考慮すると五になる五行思想の数値の考えである。
○颯颯 はたはた風のあおるさま。


黃蒿古城雲不開,白狐跳樑黃狐立。
黄色いよもぎがはびこっており、古城に雲が門をとざすようにかかっている、白狐ははねまわり、黄狐はつっ立っている
 よもぎ。
古城 成(同谷)県城。
跳梁 はねくりまわる。


我生何為在窮穀?中夜起坐萬感集。』
わたしは生涯を決める意味で隠棲の谷を極めるつもりであったが、どうしてここが窮極の谷といえるのだろうか。夜なかに起きてみても坐ってみてもただ万感せまり、集まり来るのである。』
窮谷 ゆきつまったたに、同谷の地をいう。窮は窮極、つまり、杜甫は、官を辞しして家族と共に隠棲をしたいのである。その隠棲のちは谷であり、果たしてこの地が求めている隠棲の地であるのかといえばそうではないということが言いたいのである。
起坐 一起一坐。これも隠棲を前提の言葉である。


嗚呼五歌兮歌正長,魂招不來歸故鄉。』
ああ、これは第五の歌である、五回も詠うとその歌もながいものだ。屈原は「招魂」したというがわたしはここが隠遁先でなく魂がこられないだろうし、それなら故郷にかえることしかないのか。』
魂招不來歸故鄉  『楚辞』の大意に基づいた句である。一般に故郷に帰りたいと解釈する説が多いようだが違う。杜甫は隠棲する土地を求めているのであり、この地がどうもいい土地ではなさそうだということをのべているのである。秦州に来て東柯谷のことを述べた詩、あの「ワクワク感」を持った詩と比較してみると面白いし、よくわかるはずである。
杜甫は、土地購入資金を集めをするために詩を送って協力を求めているがどうもここではなさそうだということを云っているのである。




乾元中寓居同谷県作歌七首 其五
四山多風溪水急,寒雨颯颯枯樹濕。
黃蒿古城雲不開,白狐跳樑黃狐立。
我生何為在窮穀?中夜起坐萬感集。』
嗚呼五歌兮歌正長,魂招不來歸故鄉。』

四山風多くして渓水急なり、寒雨 颯颯【さつさつ】として枯樹【こじゅ】湿う。
黄蒿【こうこう】の古城 雲開けず、白狐は跳梁【ちょうりょう】し 黄狐【こうこ】は立つ。
我が生 何為れぞ窮谷【きゅうこく】に在る、中夜起坐して万感集まる。』
鳴呼 五歌す 歌正に長し、魂招けども来たらす 故郷に帰らん。』

“同谷” 乾元中寓居同谷県作歌七首 其四 杜甫1000<335> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1589 杜甫詩1500- 494

 
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“同谷” 乾元中寓居同谷県作歌七首 其四 杜甫1000<335> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1589 杜甫詩1500- 494 


詩 題:“同谷” 乾元中寓居同谷県作歌七首 其四 作759年11月の作
掲 載; 杜甫1000の335首目
杜甫ブログ1500-494回目




(4)妹をおもう作。
乾元中寓居同谷県作歌七首 其四
有妹有妹在鐘離,良人早歿諸孤癡。
わたしには妹がいる、鳳陽府鍾離に妹がいる。夫を早くなくして残された四人もいるまだ幼児たちは知恵がついていないのだ。
長淮浪高蛟龍怒,十年不見來何時?
淮水のあたりは風浪が高く安史軍の盗賊のように人を害する者が蚊竃のように怒りつつあるのだ。わたしは十年も彼女とかおをあわせていないがいつ彼女はこちらへ来ることができよう。
扁舟欲往箭滿眼,杳杳南國多旌旗。』
こちらから小舟に乗って往こうかとおもえば見わたすかぎり弓箭ばかりである、はるばるとおい南国の方も軍隊の旗ばかりたくさんある。』
嗚呼四歌兮歌四奏,林猿為我啼清晝。』

ああ、これは第四の歌だ。この歌は四度、奏ねるのである。この歌をきいては林の猿も私のために晴れあがった昼に啼きたててくれる。』



現代語訳と訳註
(本文)

有妹有妹在鐘離,良人早歿諸孤癡。
長淮浪高蛟龍怒,十年不見來何時?
扁舟欲往箭滿眼,杳杳南國多旌旗。』
嗚呼四歌兮歌四奏,林猿為我啼清晝。』


(下し文)

妹有り 妹有り 鍾離【しょうり】に在り、良人早く歿【ぼつ】して諸孤【しょこ】癡【ち】なり。
長准【ちょうわい】浪高うして蛟竜【こうりゅう】怒る、十年見ず 来たるは何の時ぞ。
扁舟【へんしゅう】柱かんと欲すれば箭【や】眼に満つ、杳杳【ようよう】南國旌旗【せいき】多し。』
鳴呼四歌す歌四たび奏す、林猿【りんえん】我が為めに清昼【せいちゅう】に啼く。』


(現代語訳)
わたしには妹がいる、鳳陽府鍾離に妹がいる。夫を早くなくして残された四人もいるまだ幼児たちは知恵がついていないのだ。
淮水のあたりは風浪が高く安史軍の盗賊のように人を害する者が蚊竃のように怒りつつあるのだ。わたしは十年も彼女とかおをあわせていないがいつ彼女はこちらへ来ることができよう。
こちらから小舟に乗って往こうかとおもえば見わたすかぎり弓箭ばかりである、はるばるとおい南国の方も軍隊の旗ばかりたくさんある。』
ああ、これは第四の歌だ。この歌は四度、奏ねるのである。この歌をきいては林の猿も私のために晴れあがった昼に啼きたててくれる。』


(訳注)
有妹有妹在鐘離,良人早歿諸孤癡。

わたしには妹がいる、鳳陽府鍾離に妹がいる。夫を早くなくして残された四人もいるまだ幼児たちは知恵がついていないのだ。
○妹 杜甫には韋氏に嫁した妹があった。
杜甫756年45歳春の作『元日寄韋氏妹』詩
近聞韋氏妹,迎在漢鐘離。
郎伯殊方鎮,京華舊國移。
秦城回北斗,郢樹發南枝。
不見朝正使,啼痕滿面垂。

近ごろ聞く韋氏妹、迎えられて漢鍾離に在り。
郎伯は殊方に鎮す、京華は旧国移る。
秦城回りて北の斗い,郢樹 南枝を發す。
朝に正に使するを見えず,啼痕 滿面垂るる。
とある妹である。
○鍾離 安徽省鳳陽府臨准県。叛乱軍の支配している地の向こう側である。
○良人 おっと、韋某をいう。
○諸孤癡 孤とは遺児をいう、癡は稚くして知のないことをいう。頑是ない子供たちであるという程度の意味である。


長淮浪高蛟龍怒,十年不見來何時?
淮水のあたりは風浪が高く安史軍の盗賊のように人を害する者が蚊竃のように怒りつつあるのだ。わたしは十年も彼女とかおをあわせていないがいつ彼女はこちらへ来ることができよう。
○長准 中國四大河川で「長」をつけている淮水をいう、鳳陽は淮水の南にある。
○蛟龍 安史軍の盗賊のような人を害する者に此する。
○来 妹がこちらへくること。(叛乱軍が平定されることと、杜甫が自分の生活を安定させることなどがある。)


扁舟欲往箭滿眼,杳杳南國多旌旗。』
こちらから小舟に乗って往こうかとおもえば見わたすかぎり弓箭ばかりである、はるばるとおい南国の方も軍隊の旗ばかりたくさんある。』
○往 こちらから妹の方へゆく。
箭満眼 眼中見る所は弓箭のみの意。
杳杳 はるか。
古詩十九首之第十三首
驅車上東門,遙望郭北墓。
白楊何蕭蕭,松柏夾廣路。
下有陳死人,杳杳即長暮。
潛寐黃泉下,千載永不寤。
○南国 淮水地方をいう。
○多旌旗 旌旗は軍隊の用いるもの、其の多いことはどこも軍隊ばかりであることをいう。旌旗は鳥の羽をばさばさにして頭に飾りにつけているはた、旌は竜を交叉して画いたはた。
奉和賈至舍人早朝大明宮
五夜漏聲催曉箭,九重春色醉仙桃。
旌旗日暖龍蛇動,宮殿風微燕雀高。
朝罷香煙攜滿袖,詩成珠玉在揮毫。
欲知世掌絲綸美。池上於今有鳳毛。


嗚呼四歌兮歌四奏,林猿為我啼清晝。』
ああ、これは第四の歌だ。この歌は四度、奏ねるのである。この歌をきいては林の猿も私のために晴れあがった昼に啼きたててくれる。』
〇四奏 四たびその歌曲を奏でる。
〇清晝 まひるなか。平穏な清々しい昼間。杜甫がは清昼という語を使うときは反対側に暗いものがある時に、その暗いものを意識して導き出すために平穏な昼ということを云うのである。妹の生活、境遇が決して安寧ではないであろう、安史軍の影響下にあるであろうという暗雲を連想させてくれる後の使い方である。したがって、猿が悲しそうに啼くといわなくても「清昼」ということで哀しさを出しているのである。ここでの表現は晴れあがったひる程度にとどめる。
杜甫『洗兵行(洗兵馬)』#1
中興諸將收山東,捷書夜報清晝同。
河廣傳聞一葦過,胡危命在破竹中。
秖殘鄴城不日得,獨任朔方無限功。
京師皆騎汗血馬,回紇喂肉蒲萄宮。
已喜皇威清海岱,常思仙仗過崆峒。
三年笛裡關山月,萬國兵前草木風。』

洗兵行 #1 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ990 杜甫特集700- 295


乾元中寓居同谷県作歌七首 其四
有妹有妹在鐘離,良人早歿諸孤癡。
長淮浪高蛟龍怒,十年不見來何時?
扁舟欲往箭滿眼,杳杳南國多旌旗。』
嗚呼四歌兮歌四奏,林猿為我啼清晝。』

妹有り 妹有り 鍾離【しょうり】に在り、良人早く歿【ぼつ】して諸孤【しょこ】癡【ち】なり。
長准【ちょうわい】浪高うして蛟竜【こうりゅう】怒る、十年見ず 来たるは何の時ぞ。
扁舟【へんしゅう】柱かんと欲すれば箭【や】眼に満つ、杳杳【ようよう】南國旌旗【せいき】多し。』
鳴呼四歌す歌四たび奏す、林猿【りんえん】我が為めに清昼【せいちゅう】に啼く。』

“同谷” 乾元中寓居同谷県作歌七首 其三 杜甫1000<334> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1586 杜甫詩1500- 493

 
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詩 題:“同谷” 乾元中寓居同谷県作歌七首 其三 作759年11月
掲 載; 杜甫1000の334首目
杜甫ブログ1500-493回目



(3)弟をおもってつくる。第「三」の歌(「三」がキーワード)
乾元中寓居同谷県作歌七首 其三
有弟有弟在遠方,三人各瘦何人強?
あそこの二男弟、あちらの三男弟、遠方に居る四男。彼ら三人どれもやせているが、だれが強健でいるやつがいるであろうか。
生別展轉不相見,胡塵暗天道路長。
彼らとはいきわかれをして、各地をうつりあるいて面会せずにいるのである、安史叛乱軍の兵馬が天下をくらくして、天下を分断しているので、そうでなくてもながいみちのりが、弟達とのあいだの道路はさらに長くなってしまった。
東飛駕鵝後鶖鶬,安得送我置汝旁?』
東にむかって駕鵝が飛び、そのあとを追っかけて鶖鶬が飛んでいるが、どうしたらその鳥に送られておまえ達の傍へ私を置いてもらうことができるのだろうか。』
嗚呼三歌兮歌三發,汝歸何處收兄骨?』
ああ、これが第三の歌であるから三回歌うことにしよう。おまえ達がは帰ってこられるところ、この兄の骨をおさめてくれるところ、それがどこであるのか。(この戦乱で分断されていても平穏でいられるところ。)』
弟有り 弟有り 遠方に在り、三人各痩せたり 何の人強【まさ】れるや。
生別 展転して相見ざらず、胡塵【こじん】天を暗くして 道路長ず。
東に飛ぶは駕鵝【かが】後は鶖鶬【しゅうそう】なり、安【いずく】んぞ我を送って汝が傍【かたわら】に置くことを得ん。』
鳴呼 三の歌をして歌うは三発、汝帰るも何処【いずこ】にか兄が骨を収めん。』



現代語訳と訳註
(本文)
乾元中寓居同谷県作歌七首 其三
有弟有弟在遠方,三人各瘦何人強?
生別展轉不相見,胡塵暗天道路長。
東飛駕鵝後鶖鶬,安得送我置汝旁?』
嗚呼三歌兮歌三發,汝歸何處收兄骨?』


(下し文)
弟有り 弟有り 遠方に在り、三人各痩せたり 何の人強【まさ】れるや。
生別 展転して相見ざらず、胡塵【こじん】天を暗くして 道路長ず。
東に飛ぶは駕鵝【かが】後は鶖鶬【しゅうそう】なり、安【いずく】んぞ我を送って汝が傍【かたわら】に置くことを得ん。』
鳴呼 三の歌をして歌うは三発、汝帰るも何処【いずこ】にか兄が骨を収めん。』


(現代語訳)
あそこの二男弟、あちらの三男弟、遠方に居る四男。彼ら三人どれもやせているが、だれが強健でいるやつがいるであろうか。
彼らとはいきわかれをして、各地をうつりあるいて面会せずにいるのである、安史叛乱軍の兵馬が天下をくらくして、天下を分断しているので、そうでなくてもながいみちのりが、弟達とのあいだの道路はさらに長くなってしまった。
東にむかって駕鵝が飛び、そのあとを追っかけて鶖鶬が飛んでいるが、どうしたらその鳥に送られておまえ達の傍へ私を置いてもらうことができるのだろうか。』
ああ、これが第三の歌であるから三回歌うことにしよう。おまえ達がは帰ってこられるところ、この兄の骨をおさめてくれるところ、それがどこであるのか。(この戦乱で分断されていても平穏でいられるところ。)』


(訳注)
乾元中寓居同谷県作歌七首 其三
お金の無心の詩である。先祖からの土地は、安史軍の占領下にあり、弟4人のうちの3人の誰も先祖からの土地に倚ることが出来ない。骨を埋める地をきっと探すから応援を頼むということを含んだ詩で、苦しい、悲しい現状を詠うものではない。
この詩は「三」というキーワードで詠っている。


有弟有弟在遠方,三人各瘦何人強?
あそこの二男弟、あちらの三男弟、遠方に居る四男。彼ら三人どれもやせているが、だれが強健でいるやつがいるであろうか。
○弟 作者の弟は四人あり、穎・観・豊・占という、うち占は作者に従って旅をしている。
三人 占を除いた他の三人。


生別展轉不相見,胡塵暗天道路長。
彼らとはいきわかれをして、各地をうつりあるいて面会せずにいるのである、安史叛乱軍の兵馬が天下をくらくして、天下を分断しているので、そうでなくてもながいみちのりが、弟達とのあいだの道路はさらに長くなってしまった。
○展転 各地をうつりあるく、洛陽より長安、長安より秦州・同谷とかわってゆく。
○胡塵 安史叛乱軍の兵馬のちり。漢民族の反乱分子、北方の不満分子、西方の異民族の参軍。


東飛駕鵝後鶖鶬,安得送我置汝旁?』
東にむかって駕鵝が飛び、そのあとを追っかけて鶖鶬が飛んでいるが、どうしたらその鳥に送られておまえ達の傍へ私を置いてもらうことができるのだろうか。』
駕鵝 雁のたぐい、野鶴のこと。
○鶖鶬 禿鶬(おおとり)のことという。
○安得 希望の辞。
○送我 鳥によって送られるのである。
 三弟をさす。


嗚呼三歌兮歌三發,汝歸何處收兄骨?』
ああ、これが第三の歌であるから三回歌うことにしよう。おまえ達がは帰ってこられるところ、この兄の骨をおさめてくれるところ、それがどこであるのか。(この戦乱で分断されていても平穏でいられるところ。)』
収兄骨 兄とは自己をさす、収骨とは自己の死後の事にいい及んだものである。


“同谷” 乾元中寓居同谷県作歌七首 其二 杜甫1000<333> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1583 杜甫詩1500- 492

 
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“同谷” 乾元中寓居同谷県作歌七首 其二 杜甫1000<333> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1583 杜甫詩1500- 492 



詩 題:“同谷” 乾元中寓居同谷県作歌七首 其二 作759年11月
掲 載; 杜甫1000の333首目
杜甫ブログ1500-492回目

乾元中寓居同谷縣作歌 七首 其一
有客有客字子美,白頭亂發垂過耳。
ここに『詩経』でいう旅人がいるその名前は子美という、男の頭は白く乱れた髪が垂れて耳よりもさがっている。
歲拾橡栗隨狙公,天寒日暮山谷裡。
今年も年の暮になろうとするのに、山谷のうちで天候は凍えるように寒くもう日暮れにさしかかる、『荘子』にいう猿回しのあとにくっついて橡の実や栗をひらって歩くのだ。
中原無書歸不得,手腳凍皴皮肉死。』
中原の故郷たる方からは手紙もなく様子が知れないから帰ることもならず、手や脚は凍えしわだって皮膚も肉もひからびている。』
嗚呼一歌兮歌已哀,悲風為我從天來。』
ああここに第一歌をうたう、この歌声は初からすでにあわれであり、悲しそうな風が吹いてきて自分のために天もそれに感ずるように天から吹き下ろして來る。』


(2)この時の子供らの様子をいう。この詩は「二」というキーワードで詠っている。二人称の歌。
乾元中寓居同谷県作歌七首 其二
長鑱長鑱白木柄,我生托子以為命。
長い鉄の頭のついた犂、長い柄の鉄の犂、きみには白木の柄がついている。われわれの生活はきみによって生命の親としているのだ。
黃獨無苗山雪盛,短衣數挽不掩脛。
土イモは山中の雪が盛んにつもっていてその苗もかれてみつからない、(その雪の中私と云えば)短い裾の衣を着ていくらひっぱっても脛をかくすことはできないのだ。
此時與子空歸來,男呻女吟四壁靜。』
この時きみと収穫なしのから手でうちへもどってくる、家族の男の子呻き、女の子は吟じているようにおなかがすいているというががらんどうの部屋の四方の壁はひっそり立っている。』
嗚呼二歌兮歌始放,閭裡為我色惆悵。』
ああ、これは二の歌だ、だからはじめて大声出してきままに歌うのだ、これをきいては近所の人たちも集まって収穫なしの自分のために恨み嘆く顔つきをしてくれる。』

長鑱【ちょうさん】長鑱【ちょうさん】白木の柄【へい】、我が生子に託して以て命と為す。
黄独【こうどく】苗【びょう】無く山雪盛んなり、短衣数【しばしば】挽けども脛を掩【おお】わず。
此の時子と空しく帰り来たる、男坤【だんしん】女吟【じょぎん】四壁静かなり。』
鳴呼二の歌をして歌始めて放つ、閭里【りょり】我が為めに色 惆悵【ちゅうちょう】す。』



現代語訳と訳註
(本文)

乾元中寓居同谷県作歌七首 其二
長鑱長鑱白木柄,我生托子以為命。
黃獨無苗山雪盛,短衣數挽不掩脛。
此時與子空歸來,男呻女吟四壁靜。』
嗚呼二歌兮歌始放,閭裡為我色惆悵。』

(下し文)

長鑱【ちょうさん】長鑱【ちょうさん】白木の柄【へい】、我が生子に託して以て命と為す。
黄独【こうどく】苗【びょう】無く山雪盛んなり、短衣数【しばしば】挽けども脛を掩【おお】わず。
此の時子と空しく帰り来たる、男坤【だんしん】女吟【じょぎん】四壁静かなり。』
鳴呼二の歌をして歌始めて放つ、閭里【りょり】我が為めに色 惆悵【ちゅうちょう】す。』

(現代語訳)
長い鉄の頭のついた犂、長い柄の鉄の犂、きみには白木の柄がついている。われわれの生活はきみによって生命の親としているのだ。
土イモは山中の雪が盛んにつもっていてその苗もかれてみつからない、(その雪の中私と云えば)短い裾の衣を着ていくらひっぱっても脛をかくすことはできないのだ。
この時きみと収穫なしのから手でうちへもどってくる、家族の男の子呻き、女の子は吟じているようにおなかがすいているというががらんどうの部屋の四方の壁はひっそり立っている。』
ああ、これは二の歌だ、だからはじめて大声出してきままに歌うのだ、これをきいては近所の人たちも集まって収穫なしの自分のために恨み嘆く顔つきをしてくれる。』


(訳注)
乾元中寓居同谷県作歌七首 其二

同谷について腹をすかしている子供におやつとして土イモを取ってきてやると言って出掛けたが、あいにく雪が降り積もっていて雪用の服を着ていないので奥まで入ることが出来ず、無収獲で帰って来た時の詩である。暗いイメージの詩ではない。この詩は「二」というキーワードで詠っている。二人称の歌。

長鑱長鑱白木柄,我生托子以為命
長い鉄の頭のついた犂、長い柄の鉄の犂、きみには白木の柄がついている。われわれの生活はきみによって生命の親としているのだ。
○長鑱 ながいすき鉄。
 すきのえ。
 キミ、すきをさす。
 生命。


黃獨無苗山雪盛,短衣數挽不掩脛。
土イモは山中の雪が盛んにつもっていてその苗もかれてみつからない、(その雪の中私と云えば)短い裾の衣を着ていくらひっぱっても脛をかくすことはできないのだ。
黄独 一に「黄精」に作る、土イモの名。肉は白く、河は黄色で、蒸して食べるという。黄精はその根の部分を薬草とする。
数挽 たびたびひっぱる。
掩脛 イモは雪の吹き溜まりの中にあるのだろう。掩は雪の中をの意、おさえてかぶせること、脛ははぎ。


此時與子空歸來,男呻女吟四壁靜。』
この時きみと収穫なしのから手でうちへもどってくる、家族の男の子呻き、女の子は吟じているようにおなかがすいているというががらんどうの部屋の四方の壁はひっそり立っている。』
○此時 帰り来るときをいう。
空帰 黄独を掘りとることができずむだにかえる。
○男呻女吟 男女は家族中のそれをいう、坤吟はうめきうなること。
四壁静 静は静立のことで、さびしく立っておることをいう、四壁は四方のかべ、貧しいゆえ室中は空虚でかべのみ立っていることをいう。秦州から同谷に着いたばかりでこの部屋においての生活の実感がまだない様子を示している。貧しくて飢餓状態というのではない


嗚呼二歌兮歌始放,閭裡為我色惆悵。』
ああ、これは二の歌だ、だからはじめて大声出してきままに歌うのだ、これをきいては近所の人たちも集まって収穫なしの自分のために恨み嘆く顔つきをしてくれる。』
○放 ほしいままにうたうこと。
閭裡 閭は里の門、閭裡で近隣の人人をいう。
 顔色。
惆悵 うらめしいさま。恨み嘆くこと。

“同谷” 乾元中寓居同谷県作歌七首 其一 杜甫1000<332> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1580 杜甫詩 1500- 491

 
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詩 題:“同谷” 乾元中寓居同谷県作歌七首 其一 作759年11月
掲 載; 杜甫1000の332首目
杜甫ブログ1500-491回目
秦州成州00

乾元中寓居同谷縣作歌 七首 (乾元中同谷県に寓居し歌を作る 七首)
作者は乾元二年十一月に同谷に到著して十二月に蜀に入った。期待をして同谷にはいったが、同谷に寓居したのは、わずかに一か月だけであった。
 
(1)すべてを一人称で詠っている詩である。

乾元中寓居同谷縣作歌 七首 其一
有客有客字子美,白頭亂發垂過耳。
ここに『詩経』でいう旅人がいるその名前は子美という、男の頭は白く乱れた髪が垂れて耳よりもさがっている。
歲拾橡栗隨狙公,天寒日暮山谷裡。
今年も年の暮になろうとするのに、山谷のうちで天候は凍えるように寒くもう日暮れにさしかかる、『荘子』にいう猿回しのあとにくっついて橡の実や栗をひらって歩くのだ。
中原無書歸不得,手腳凍皴皮肉死。』
中原の故郷たる方からは手紙もなく様子が知れないから帰ることもならず、手や脚は凍えしわだって皮膚も肉もひからびている。』
嗚呼一歌兮歌已哀,悲風為我從天來。』
ああここに第一の歌をうたう、この歌声は初からすでにあわれであり、悲しそうな風が吹いてきて自分のために天もそれに感ずるように天から吹き下ろして來る。』
(乾元中同谷県に寓居し歌を作る 七首 其の一)
客有り客有り字は子美、白頭乱髪垂れて耳を過ぐ。
歳を拾うて橡栗【しょうりつ】狙公【しょこう】に随う、天寒く日暮る山谷の裏。
中原 書無うして帰り得ず、手脚 凍皴【とうしゅん】皮肉は死す。』
鳴呼 一歌す 歌己に哀し、悲風 我が為めに天従り来たる。』


現代語訳と訳註
(本文)
乾元中寓居同谷縣作歌 七首 其一
有客有客字子美,白頭亂發垂過耳。
歲拾橡栗隨狙公,天寒日暮山谷裡。
中原無書歸不得,手腳凍皴皮肉死。』
嗚呼一歌兮歌已哀,悲風為我從天來。』


(下し文) (乾元中同谷県に寓居し歌を作る 七首 其の一)
客有り客有り字は子美、白頭乱髪垂れて耳を過ぐ。
歳を拾うて橡栗【しょうりつ】狙公【しょこう】に随う、天寒く日暮る山谷の裏。
中原 書無うして帰り得ず、手脚 凍皴【とうしゅん】皮肉は死す。』
鳴呼 一歌す 歌己に哀し、悲風 我が為めに天従り来たる。』


(現代語訳)
ここに『詩経』でいう旅人がいるその名前は子美という、男の頭は白く乱れた髪が垂れて耳よりもさがっている。
今年も年の暮になろうとするのに、山谷のうちで天候は凍えるように寒くもう日暮れにさしかかる、『荘子』にいう猿回しのあとにくっついて橡の実や栗をひらって歩くのだ。
中原の故郷たる方からは手紙もなく様子が知れないから帰ることもならず、手や脚は凍えしわだって皮膚も肉もひからびている。』
ああここに第一の歌をうたう、この歌声は初からすでにあわれであり、悲しそうな風が吹いてきて自分のために天もそれに感ずるように天から吹き下ろして來る。』


(訳注)
乾元中寓居同谷縣作歌 七首 其一

○同谷県 甘粛省秦州の西南にあたる階州成県の地である、唐では成州といい同谷県に治所をおく、秦州をさること二百六十五里約153kmである。

この詩は「一」というキーワードで詠っている。すべてを一人称で詠っている詩である。


有客有客字子美,白頭亂發垂過耳。
ここに『詩経』でいう旅人がいるその名前は子美という、男の頭は白く乱れた髪が垂れて耳よりもさがっている。
 作者自身。たびびと、杜甫は嫡子で生地から離れている身のことをいう。『詩経、周頌、有客』「有客有客.亦白其馬.有萋有且.敦琢其旅.有客宿宿.有客信信.」


歲拾橡栗隨狙公,天寒日暮山谷裡。
今年も年の暮になろうとするのに、山谷のうちで天候は凍えるように寒くもう日暮れにさしかかる、『荘子』にいう猿回しのあとにくっついて橡の実や栗をひらって歩くのだ。
 歳歳。○ とちのみ。○狙公 さるまわし。荘子 齊物論 「狙公賦茅、曰朝三而莫四。衆狙皆怒、曰然則朝四而莫三、衆狙皆悦。」
(狙公 茅を賦するに 曰く 朝は三にして 暮は四と 衆狙皆怒る 曰く 然らば則ち朝は四して暮は三と 衆狙皆悦ぶ)


中原無書歸不得,手腳凍皴皮肉死。』
中原の故郷たる方からは手紙もなく様子が知れないから帰ることもならず、手や脚は凍えしわだって皮膚も肉もひからびている。』
中原 黄河の河南省を流れる地方、洛陽附近をさす。
 書信。朝廷からの召喚登庁の命令書。
帰不得 「不得帰」帰るを得ずの意。
凍皴 しわだつ。○皮肉死 乾枯の甚しいことをいう。


嗚呼一歌兮歌已哀,悲風為我從天來。』
ああここに第一の歌をうたう、この歌声は初からすでにあわれであり、悲しそうな風が吹いてきて自分のために天もそれに感ずるように天から吹き下ろして來る。』



DCF00218

乾元中寓居同谷縣作歌 七首 其一
有客有客字子美,白頭亂發垂過耳。
歲拾橡栗隨狙公,天寒日暮山谷裡。
中原無書歸不得,手腳凍皴皮肉死。』
嗚呼一歌兮歌已哀,悲風為我從天來。』
(乾元中同谷県に寓居し歌を作る 七首 其の一)
客有り客有り字は子美、白頭乱髪垂れて耳を過ぐ。
歳を拾うて橡栗【しょうりつ】狙公【しょこう】に随う、天寒く日暮る山谷の裏。
中原 書無うして帰り得ず、手脚 凍皴【とうしゅん】皮肉は死す。』
鳴呼 一歌す 歌己に哀し、悲風 我が為めに天従り来たる。』

徒步歸行 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 200

徒步歸行 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 200


徒步歸行 杜甫 雑言古詩
至徳二載 757年 46歳


杜甫詩、杜甫の人生を語る「北征」期の重要な作品。
ID詩題摘要  (至徳二載 秋~冬 757年 杜甫46歳 五言古詩)
970晚行口號 鄜州へ赴く途中で、日ぐれにあるきながら口ずさんだ詩。
971徒步歸行 鄜州へ赴く出発の詩
972九成宮  鄜州へ赴く途中、九成宮のほとりを経過して作った詩である。
973玉華宮  鄜州へ赴く途次其の地をすぎて作る。
974行次昭陵鄜州へ帰る途すがら昭陵のほとりにやどって作る。
975北征 五言百四十句の長篇古詩。 至徳二載六月一日、鄜州に帰ることを許された。作者が此の旅行をした所以である。製作時は至徳二載九月頃か。八月初めに鳳翔より出発して鄜州に到著して以後に作ったもの。

977
978
979

羌村三首・黄土高原の雄大な夕景色。夕刻に到着。
・家族全員無事、秋の装い、豊作であった。
・村の長老たちと帰還の祝い。 
981重經昭陵帰り道、第二回に昭陵の地を経過したとき作る。
ID詩題摘要  (至徳二載 秋~冬 757年 杜甫46歳 五言律詩)
980收京三首王朝軍の手に長安を奪回したことを聞きつけてにつけて作る。製作時は至徳二載十月末~十一月初めの作。
粛宗に徹底して嫌われ、居場所がなく、家族を向かえに山中の道を行く。疎外された朝廷を後にするがすさまじい孤独感が詩全体にあふれる。
朝廷におけるいきさつについては下のブログ参照。

述懐 #1 杜甫 杜甫特集700- 178

述懐 #2 杜甫 杜甫特集700- 179

述懐 #3 杜甫 杜甫特集700- 180




徒步歸行
五言明公壯年值時危,經濟實藉英雄姿。
五言の仁義の言葉をいうべき玄宗皇帝も盛んなる年齢になってからこんなに危機を迎えてしまった。国の財政は実に上手にやっていた、その姿は英雄のようであった。
國之社稷今若是,武定禍亂非公誰。
この国、唐の天下はかくのようになっている、武力で平定されるところがこんな禍のある乱がおこってしまって天子をだれかわからないことになっている。
鳳翔千官且飽飯,衣馬不復能輕肥。」
鳳翔の行在所にあまたの官僚がいるのだが、自分の職に対して馴れ飽きてきている、文人も軍人も普段の生活のことばかりで国の財政体制が軽減されたり、強化されたりかいかくしていくことをしてこなかった
青袍朝士最困者,白頭拾遺徒步歸。
下級官僚のこの制服を着て このもっとも貧窮しているものがいる白髪の頭をして左拾位の職をもっているが 歩いて家族を迎えに帰っているのである。
人生交契無老少,論交何必先同調。
人生は約束をして交わりをしている老人と少年はいないのだ。自分の意見を交わらせてどうして必ずまず同調しないといけないのか
妻子山中哭向天,須公櫪上追風驃。」

妻子は奥まった山の中にいる、天に向かって泣き叫ぶのだ。そうすればなり立ての粛宗は元気いっぱいで、羽囘馬のように風に追われているのである。

五言 明公 壯年にして時危きに值する,經濟 實藉英雄の姿。
國 之を社稷し今是の若し,武定 禍亂し 公 誰あらざらん。
鳳翔千官 且 飯に飽く,衣馬 復 能く輕肥せざる。
青袍の朝士 最も困する者,白頭の拾遺 徒步にて歸る。
人生 交契し 老少無し,論交 何んぞ必ず 先ず同調するや。
妻子 山中 天に向いて哭す,須公 櫪上 驃風に追う。
五言 明公 壯年にして時危きに值する,經濟 實藉英雄の姿。


DCF00218


現代語訳と訳註
(本文)

五言明公壯年值時危,經濟實藉英雄姿。
國之社稷今若是,武定禍亂非公誰。
鳳翔千官且飽飯,衣馬不復能輕肥。」
青袍朝士最困者,白頭拾遺徒步歸。
人生交契無老少,論交何必先同調。
妻子山中哭向天,須公櫪上追風驃。」


(下し文)
五言 明公 壯年にして時危きに值する,經濟 實藉英雄の姿。
國 之を社稷し今是の若し,武定 禍亂し 公 誰あらざらん。
鳳翔千官 且 飯に飽く,衣馬 復 能く輕肥せざる。
青袍の朝士 最も困する者,白頭の拾遺 徒步にて歸る。
人生 交契し 老少無し,論交 何んぞ必ず 先ず同調するや。
妻子 山中 天に向いて哭す,須公 櫪上 驃風に追う。


(現代語訳)
五言の仁義の言葉をいうべき玄宗皇帝も盛んなる年齢になってからこんなに危機を迎えてしまった。国の財政は実に上手にやっていた、その姿は英雄のようであった。
鳳翔の行在所にあまたの官僚がいるのだが、自分の職に対して馴れ飽きてきている、文人も軍人も普段の生活のことばかりで国の財政体制が軽減されたり、強化されたりかいかくしていくことをしてこなかった
この国、唐の天下はこのようになっている、武力で平定されるところがこんな禍のある乱がおこってしまって天子をだれかわからないことになっている。
下級官僚のこの制服を着て このもっとも貧窮しているものがいる 白髪の頭をして左拾位の職をもっているが歩いて家族を迎えに帰っているのである。
人生は約束をして交わりをしている老人と少年はいないのだ。自分の意見を交わらせてどうして必ずまず同調しないといけないのか。
妻子は奥まった山の中にいる、天に向かって泣き叫ぶのだ。そうすればなり立ての粛宗は元気いっぱいで、羽囘馬のように風に追われているのである。

banri11

(訳注)
五言明公壯年值時危,經濟實藉英雄姿。
五言 明公 壯年にして時危きに值する,經濟 實藉英雄の姿。
五言の仁義の言葉をいうべき玄宗皇帝も盛んなる年齢になってからこんなに危機を迎えてしまった。国の財政は実に上手にやっていた、その姿は英雄のようであった。
五言 仁、義、礼、知、信にかなった言葉。五言でなる詩、五言絶句、五言律詩、五言古詩。語でわかるような表現。古詩の場合、同じ調子が繰り返される。○明公 あなた様。身分の高い人を指す。值(値). 名詞. 1.値段; 2.〈数〉値. 動詞. 1.値する; 2.意義がある; 3.…に当たる; 4.順番に仕事に当たる.○實藉 実に経済上の供給をうまくやる


國之社稷今若是,武定禍亂非公誰。
國 之を社稷し今是の若し,武定 禍亂し 公 誰あらざらん。
この国、唐の天下はかくのようになっている、武力で平定されるところがこんな禍のある乱がおこってしまって天子をだれかわからないことになっている。
社稷 唐の天下をいう。○禍亂 反乱軍の禍


鳳翔千官且飽飯,衣馬不復能輕肥。」
鳳翔千官 且 飯に飽く,衣馬 復 能く輕肥せざる。
鳳翔の行在所にあまたの官僚がいるのだが、自分の職に対して馴れ飽きてきている、文人も軍人も普段の生活のことばかりで国の財政体制が軽減されたり、強化されたりかいかくしていくことをしてこなかった


青袍朝士最困者,白頭拾遺徒步歸。
青袍の朝士 最も困する者,白頭の拾遺 徒步にて歸る。
下級官僚のこの制服を着たこのもっとも貧窮しているものがいる 白髪の頭をして左拾位の職をもっているが歩いて家族を迎えに帰っているのである。
青袍 書生乃至は下級の官にいる者の服。○朝士 朝廷の下級官僚。○白頭 白髪頭。このころの杜甫が白髪の語を使う場合、心の中に反発心を持っている場合が多い。ここでは、いかに白髪とはいえ、年寄扱いをするなという意。○拾遺 杜甫の職名。


人生交契無老少,論交何必先同調。
人生 交契し 老少無し,論交 何んぞ必ず 先ず同調するや。
人生は約束をして交わりをしている老人と少年はいないのだ。自分の意見を交わらせてどうして必ずまず同調しないといけないのか

妻子山中哭向天,須公櫪上追風驃。」
妻子 山中 天に向いて哭す,須公 櫪上 驃風に追う。
妻子は奥まった山の中にいる、天に向かって泣き叫ぶのだ。そうすればなり立ての粛宗は元気いっぱいで、羽囘馬のように風に追われているのである。
須公 しばらくの間の皇帝。なり立ての天子。○櫪上 元気のある馬を意味する。・はうまやのふみ板。○伏櫪 魏の曹操の詩に「老僕伏櫪」とみえる。櫪に伏すとは老馬をいう。


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奉先劉少府新畫山水障歌 #4 杜甫139  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 136

奉先劉少府新畫山水障歌 #4 杜甫139  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 136
奉先県の尉官である劉単の新画の山水の図のついたての歌。


奉先劉少府新畫山水障歌
#1
堂上不合生楓樹,怪底江山起煙霧。
聞君掃卻赤縣圖,乘興譴畫滄洲趣。』
畫師亦無數,好手不可遇。
對此融心神,知君重毫素。』
豈但祁嶽與鄭虔,筆跡遠過楊契丹。』
#2
得非元圃裂?無乃瀟湘翻?
悄然坐我天姥下,耳邊已是聞清猿。
反思前夜風雨急,乃是蒲城鬼神入。
元氣淋灕障猶濕,真宰上訴天應泣。』
#3
野亭春還雜花遠,魚翁暝踏孤舟立。
滄浪水深青且闊,欹岸側島秋毫末。
不見湘妃鼓瑟時,至今斑竹臨江活。』
#4
劉侯天機精,愛畫入骨髓。
劉君のかいた絵には天子の廟まで精密に描かれ、その愛する画には万物の精霊を描いて画家としての真骨頂というものだ。
自有兩兒郎,揮灑亦莫比。
だから自然に二人の子供もその感化をうけている、画をかくことがたぐいなく上手である。
大兒聰明到,能添老樹巔崖裡。
大きな方のお子はもはや聡明利発であり、よく、この山水画にも巌崖の処へ老樹を書き添えられた。
小兒心孔開,貌得山僧及童子。』
小さい方の子はまだ知識がひらけかけたところなのだ、だから、山寺の丸坊主の小僧や、童子をよくかいている。』
若耶溪,雲門寺,
(この画をみると南方へ旅がしたくなる。)あの若耶渓や、雲門の寺なのだ。
吾獨胡為在泥滓?青鞋布襪從此始。』

私一人どうして、この世の泥かすの中にいるというのだ。こんな処からのがれ出て、わらじを履き、布のくつたびで旅姿になり、この画のあそこをめざしてこれから旅を始めたく思うのである。』


(奉先の劉少府の 新に画ける山水の陣の歌)
堂上合(まさ)に楓樹(ふうじゅ)を生ずべからず、怪(あやし)む底(なん)の江山か煙霧起る。
聞く君が赤県の図を掃却(そうきゃく)して、興に乗じて槍洲(そうしゅう)の趣(おもむき)を画(えが)か遣(し)むと。』
画師も亦無数なり、好手(こうしゅ)には遇う可(べか)らず。此に対すれば心神融(ゆう)す、知る君が毫素(ごうそ)を重んずるを。』
豈 但 祁嶽(きがく)と鄭虔(ていけん)とのみならんや、筆跡 遠く過ぐ 楊契丹(ようけつたん)。』
#2
元圃の裂くるに非(あらざ)るを得ば、乃ち瀟湘(しょうそう)の翻るなる無からんや。
悄然(しょうぜん)我を天姥(てんぽ)の下に坐せしむ、耳辺(じへん) 己に清猿(せいえん)を聞くに似たり。
反って思う 前夜 風雨 急なりしを、乃ち是 蒲城(ほじょう)に鬼神入る。
元気 淋灕(りんり)として障 猶 湿う、真宰(しんさい)に上り 訴えて 天 応(まさ)に泣くなるべし。』

#3
野亭(やてい) 春 還って 雜花 遠く、漁翁(ぎょおう)瞑(くれ)に孤舟を 踏みて立つ。
滄浪(そうろう) 水深くして青瞑(せいめい) 闊(ひろ)し、欹岸(いがん) 側島(そくとう)  秋毫(しゅうごう)の末。
湘妃(しょうひ)瑟(しつ)を鼓する時を見ざるも、今に至って斑竹(はんちく) 江に臨(のぞ)んで活す。』
#4
劉侯 天機 精なり、画を愛して骨髄に入る。
自ら 両 児郎(じろう)有り、揮灑(きさい)亦 比莫(な)し。
大児は聡明到る、能く老樹を添う巔崖(てんがい)の裡(うち)。
小児は心孔開く、貌(ばく)し得たり山僧及び童子。』
若耶(じゃくや)の渓、雲門の寺。
吾独り 胡為(なんすれ)ぞ 泥滓(でいし)に在る、青鞋(せいあい) 布襪(ふべつ)此従(よ)り始めん。』




奉先劉少府新畫山水障歌-#4 現代語訳と訳註
(本文) #4

劉侯天機精,愛畫入骨髓。
自有兩兒郎,揮灑亦莫比。
大兒聰明到,能添老樹巔崖裡。
小兒心孔開,貌得山僧及童子。』
若耶溪,雲門寺,
吾獨胡為在泥滓?青鞋布襪從此始。』


(下し文) #4
劉侯 天機 精なり、画を愛して骨髄に入る。
自ら 両 児郎(じろう)有り、揮灑(きさい)亦 比莫(な)し。
大児は聡明到る、能く老樹を添う巔崖(てんがい)の裡(うち)。
小児は心孔開く、貌(ばく)し得たり山僧及び童子。』
若耶(じゃくや)の渓、雲門の寺。
吾独り 胡為(なんすれ)ぞ 泥滓(でいし)に在る、青鞋(せいあい) 布襪(ふべつ)此従(よ)り始めん。』


(現代語訳)
劉君のかいた絵には天子の廟まで精密に描かれ、その愛する画には万物の精霊を描いて画家としての真骨頂というものだ。
だから自然に二人の子供もその感化をうけている、画をかくことがたぐいなく上手である。
大きな方のお子はもはや聡明利発であり、よく、この山水画にも巌崖の処へ老樹を書き添えられた。
小さい方の子はまだ知識がひらけかけたところなのだ、だから、山寺の丸坊主の小僧や、童子をよくかいている。』
(この画をみると南方へ旅がしたくなる。)あの若耶渓や、雲門の寺なのだ。
私一人どうして、この世の泥かすの中にいるというのだ。
こんな処からのがれ出て、わらじを履き、布のくつたびで旅姿になり、この画のあそこをめざしてこれから旅を始めたく思うのである。』


(訳注) #4
劉侯天機精,愛畫入骨髓。
劉君のかいた絵には天子の廟まで精密に描かれ、その愛する画には万物の精霊を描いて画家としての真骨頂というものだ
天機精 心のはたらきが精微である。天機は南斗六星のひとつ。天子の廟を言うことが多い。〇人骨髄 愛画に魂の芯が通っている。


自有兩兒郎,揮灑亦莫比。
だから自然に二人の子供もその感化をうけている、画をかくことがたぐいなく上手である。
○兒郎 男のこども。○揮灑 筆をふるい墨汁をそそぐ、画をかくこと。○亦莫比 この亦の字は父もかき、子も亦たの意。

大兒聰明到,能添老樹巔崖裡。
大きな方のお子はもはや聡明利発であり、よく、この山水画にも巌崖の処へ老樹を書き添えられた。

小兒心孔開,貌得山僧及童子。』
小さい方の子はまだ知識がひらけかけたところなのだ、だから、山寺の丸坊主の小僧や、童子をよくかいている。』
○心孔開 知識がひらきかけた。○貌得 貌はかたちをにせてかくこと。

若耶溪,雲門寺,
(この画をみると南方へ旅がしたくなる。)あの若耶渓や、雲門の寺なのだ。
若耶渓 紹興府会稽県の南にある。此の以下四句は題外において自家の感をのべている。○雲門寺 会稽県南三十里にある。

吾獨胡為在泥滓?青鞋布襪從此始。』
私一人どうして、この世の泥かすの中にいるというのだ。
こんな処からのがれ出て、わらじを履き、布のくつたびで旅姿になり、この画のあそこをめざしてこれから旅を始めたく思うのである。』

泥滓 滓はかす。○青鞋 わらじ。○布鞋 ぬのでつくったくつした、旅装をいう。○従此始 此とは今をさす。


さて、次からは(2011.12.2)、杜甫、蘆子関で反乱軍に捕まり、長安に護送される。いきさつとそこで拘束の中で、初めて詩を作る。後世残る名作をいくつも作るのである。(2011.12.1)

-------------------  杜甫特集700- 136 ---------------
奉先劉少府新畫山水障歌
堂上不合生楓樹,怪底江山起煙霧。
聞君掃卻赤縣圖,乘興譴畫滄洲趣。』
畫師亦無數,好手不可遇。
對此融心神,知君重毫素。』
豈但祁嶽與鄭虔,筆跡遠過楊契丹。』
得非元圃裂?無乃瀟湘翻?
悄然坐我天姥下,耳邊已是聞清猿。
反思前夜風雨急,乃是蒲城鬼神入。
元氣淋灕障猶濕,真宰上訴天應泣。』
野亭春還雜花遠,魚翁暝踏孤舟立。
滄浪水深青且闊,欹岸側島秋毫末。
不見湘妃鼓瑟時,至今斑竹臨江活。』
劉侯天機精,愛畫入骨髓。
自有兩兒郎,揮灑亦莫比。
大兒聰明到,能添老樹巔崖裡。
小兒心孔開,貌得山僧及童子。』
若耶溪,雲門寺,
吾獨胡為在泥滓?青鞋布襪從此始。』

奉先の劉少府の 新に画ける山水の陣の歌)
堂上合(まさ)に楓樹(ふうじゅ)を生ずべからず、怪(あやし)む底(なん)の江山か煙霧起る。
聞く君が赤県の図を掃却(そうきゃく)して、興に乗じて槍洲(そうしゅう)の趣(おもむき)を画(えが)か遣(し)むと。』
画師も亦無数なり、好手(こうしゅ)には遇う可(べか)らず。此に対すれば心神融(ゆう)す、知る君が毫素(ごうそ)を重んずるを。』
豈 但 祁嶽(きがく)と鄭虔(ていけん)とのみならんや、筆跡 遠く過ぐ 楊契丹(ようけつたん)。』
元圃の裂くるに非(あらざ)るを得ば、乃ち瀟湘(しょうそう)の翻るなる無からんや。
悄然(しょうぜん)我を天姥(てんぽ)の下に坐せしむ、耳辺(じへん) 己に清猿(せいえん)を聞くに似たり。
反って思う 前夜 風雨 急なりしを、乃ち是 蒲城(ほじょう)に鬼神入る。
元気 淋灕(りんり)として障 猶 湿う、真宰(しんさい)に上り 訴えて 天 応(まさ)に泣くなるべし。』
野亭(やてい) 春 還って 雜花 遠く、漁翁(ぎょおう)瞑(くれ)に孤舟を 踏みて立つ。
滄浪(そうろう) 水深くして青瞑(せいめい) 闊(ひろ)し、欹岸(いがん) 側島(そくとう)  秋毫(しゅうごう)の末。
湘妃(しょうひ)瑟(しつ)を鼓する時を見ざるも、今に至って斑竹(はんちく) 江に臨(のぞ)んで活す。』
劉侯 天機 精なり、画を愛して骨髄に入る。
自ら 両 児郎(じろう)有り、揮灑(きさい)亦 比莫(な)し。
大児は聡明到る、能く老樹を添う巔崖(てんがい)の裡(うち)。
小児は心孔開く、貌(ばく)し得たり山僧及び童子。』
若耶(じゃくや)の渓、雲門の寺。
吾独り 胡為(なんすれ)ぞ 泥滓(でいし)に在る、青鞋(せいあい) 布襪(ふべつ)此従(よ)り始めん。』


(現代語訳)
奉先県の劉警察の事務官の新しく画かれた山水の障にたいしての歌。
劉家の奥座敷のうえに楓の樹が生えるという理窟はないが、あるではないか。また不思議でないか、なんという江河か山なのか、そこからなんと煙や霧がたちのぼっている。
聞くところによれば、君は赤県の図をそそくさと画いたので、進んで興に乗じて更に滄洲の趣をも画いたのだ。』
世の画師というものは無数にたくさんあるが、うまい名工には遇うことがむずかしい。
然しこの画に対すると精神がとけこんでいるような気がする、君がいかにこの画を貴重とするのかも うかがわれるものである。』
この画をかいた者は現代の祁岳や鄭虔以上であるばかりでなく、その筆の跡は遠く隋の楊契丹よりもまさっているのだ。』
崑崙山にあるという玄圃が裂けて飛んできたのではないだろう、また、南方の瀟湘江の水をぶちまけたというのでもないだろう。
しょんぼりとしてこの画にむかっていると自分を天姥山の下に坐らせてくれた気分になり、耳のあたりにすんだ猿の声が聞えるようである。
思い起こせば、前の夜に風雨が急であったこと、それはすなわちこの蒲城の奉先県へ鬼神がいりこんでこの画をかくことを助けに来たのだ。
その上、宇宙の元気がしたたり被うので衝立がまだうるおっているのだ。これは創造主が天上へあがって天帝に訴えたので天帝も絵に込めた純粋な誠実さに感動して泣かれたのだろう。』
画面には、野なかの四阿に春が廻ってきており、さまざまの花が遠くの方まで咲いている。魚釣りの老人がうす靄のかかるくらがりにさびしい一槽の舟に踏ん張って立っている。
仙界の雰囲気を漂わせる青い水が深浅を際立たせ青々とそして広々と描かれている。切立っている岸やそばだてる島がずっと遠く細く毛さきほど小さくみえている。
蛾皇と女英は舜王を追い求めて身投げした二人の湘妃が月夜に瑟琴をかきならす様子は見えないが、まだら同じ二人の湘妃が流した涙で斑竹は現に今もこの画の湘江のそばに活きている。』
劉君のかいた絵には天子の廟まで精密に描かれ、その愛する画には万物の精霊を描いて画家としての真骨頂というものだ。
だから自然に二人の子供もその感化をうけている、画をかくことがたぐいなく上手である。
大きな方のお子はもはや聡明利発であり、よく、この山水画にも巌崖の処へ老樹を書き添えられた。
(この画をみると南方へ旅がしたくなる。)あの若耶渓や、雲門の寺なのだ。
私一人どうして、この世の泥かすの中にいるというのだ。
こんな処からのがれ出て、わらじを履き、布のくつたびで旅姿になり、この画のあそこをめざしてこれから旅を始めたく思うのである。』
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奉先劉少府新畫山水障歌 杜甫138  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 136-#3

奉先劉少府新畫山水障歌 杜甫138  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 136-#3
奉先県の尉官である劉単の新画の山水の図のついたての歌。


奉先劉少府新畫山水障歌
#1
堂上不合生楓樹,怪底江山起煙霧。
聞君掃卻赤縣圖,乘興譴畫滄洲趣。』
畫師亦無數,好手不可遇。
對此融心神,知君重毫素。』
豈但祁嶽與鄭虔,筆跡遠過楊契丹。』
#2
得非元圃裂?無乃瀟湘翻?
悄然坐我天姥下,耳邊已是聞清猿。
反思前夜風雨急,乃是蒲城鬼神入。
元氣淋灕障猶濕,真宰上訴天應泣。』

#3
野亭春還雜花遠,魚翁暝踏孤舟立。
画面には、野なかの四阿に春が廻ってきており、さまざまの花が遠くの方まで咲いている。魚釣りの老人がうす靄のかかるくらがりにさびしい一槽の舟に踏ん張って立っている。
滄浪水深青且闊,欹岸側島秋毫末。
仙界の雰囲気を漂わせる青い水が深浅を際立たせ青々とそして広々と描かれている。切立っている岸やそばだてる島がずっと遠く細く毛さきほど小さくみえている。
不見湘妃鼓瑟時,至今斑竹臨江活。』
蛾皇と女英は舜王を追い求めて身投げした二人の湘妃が月夜に瑟琴をかきならす様子は見えないが、まだら同じ二人の湘妃が流した涙で斑竹は現に今もこの画の湘江のそばに活きている。』
#4
劉侯天機精,愛畫入骨髓。
自有兩兒郎,揮灑亦莫比。
大兒聰明到,能添老樹巔崖裡。
小兒心孔開,貌得山僧及童子。』
若耶溪,雲門寺,
吾獨胡為在泥滓?青鞋布襪從此始。』

(奉先の劉少府の 新に画ける山水の陣の歌)
堂上合(まさ)に楓樹(ふうじゅ)を生ずべからず、怪(あやし)む底(なん)の江山か煙霧起る。
聞く君が赤県の図を掃却(そうきゃく)して、興に乗じて槍洲(そうしゅう)の趣(おもむき)を画(えが)か遣(し)むと。』
画師も亦無数なり、好手(こうしゅ)には遇う可(べか)らず。此に対すれば心神融(ゆう)す、知る君が毫素(ごうそ)を重んずるを。』
豈 但 祁嶽(きがく)と鄭虔(ていけん)とのみならんや、筆跡 遠く過ぐ 楊契丹(ようけつたん)。』
#2
元圃の裂くるに非(あらざ)るを得ば、乃ち瀟湘(しょうそう)の翻るなる無からんや。

悄然(しょうぜん)我を天姥(てんぽ)の下に坐せしむ、耳辺(じへん) 己に清猿(せいえん)を聞くに似たり。
反って思う 前夜 風雨 急なりしを、乃ち是 蒲城(ほじょう)に鬼神入る。
元気 淋灕(りんり)として障 猶 湿う、真宰(しんさい)に上り 訴えて 天 応(まさ)に泣くなるべし。』

#3
野亭(やてい) 春 還って 雜花 遠く、漁翁(ぎょおう)瞑(くれ)に孤舟を 踏みて立つ。
滄浪(そうろう) 水深くして青瞑(せいめい) 闊(ひろ)し、欹岸(いがん) 側島(そくとう)  秋毫(しゅうごう)の末。
湘妃(しょうひ)瑟(しつ)を鼓する時を見ざる も、今に至って斑竹(はんちく) 江に臨(のぞ)んで活(かっ)す。』
#4
劉侯 天機 精なり、画を愛して骨髄に入る。
自ら 両 児郎(じろう)有り、揮灑(きさい)亦 比莫(な)し。
大児は聡明到る、能く老樹を添う巔崖(てんがい)の裡(うち)。
小児は心孔開く、貌(ばく)し得たり山僧及び童子。』
若耶(じゃくや)の渓、雲門の寺。
吾独り 胡為(なんすれ)ぞ 泥滓(でいし)に在る、青鞋(せいあい) 布襪(ふべつ)此従(よ)り始めん。』


奉先劉少府新畫山水障歌-#3 現代語訳と訳註
(本文) #3

野亭春還雜花遠,魚翁暝踏孤舟立。
滄浪水深青且闊,欹岸側島秋毫末。
不見湘妃鼓瑟時,至今斑竹臨江活。』

(下し文) #3
野亭(やてい) 春 還って 雜花 遠く、漁翁(ぎょおう)瞑(くれ)に孤舟を 踏みて立つ。
滄浪(そうろう) 水深くして青瞑(せいめい) 闊(ひろ)し、欹岸(いがん) 側島(そくとう)  秋毫(しゅうごう)の末。
湘妃(しょうひ)瑟(しつ)を鼓する時を見ざる も、今に至って斑竹(はんちく) 江に臨(のぞ)んで活(かっ)す。』


(現代語訳)
画面には、野なかの四阿に春が廻ってきており、さまざまの花が遠くの方まで咲いている。魚釣りの老人がうす靄のかかるくらがりにさびしい一槽の舟に踏ん張って立っている。
仙界の雰囲気を漂わせる青い水が深浅を際立たせ青々とそして広々と描かれている。切立っている岸やそばだてる島がずっと遠く細く毛さきほど小さくみえている。
蛾皇と女英は舜王を追い求めて身投げした二人の湘妃が月夜に瑟琴をかきならす様子は見えないが、まだら同じ二人の湘妃が流した涙で斑竹は現に今もこの画の湘江のそばに活きている。』

(訳注)#3(画面の説明)。
野亭春還雜花遠,魚翁暝踏孤舟立。

画面には、野なかの四阿に春が廻ってきており、さまざまの花が遠くの方まで咲いている。魚釣りの老人がうす靄のかかるくらがりにさびしい一槽の舟に踏ん張って立っている。
野亭 野に立っている亭、四阿をいう。○春還 還とは一回りして帰ってくることをいう。○雜花 さまざまの花。○遠 遠近法による画面において遠方にみえる部分のことをいう。○ 暮のくらがり。


滄浪水深青且闊,欹岸側島秋毫末。
仙界の雰囲気を漂わせる青い水が深浅を際立たせ青々とそして広々と描かれている。切立っている岸やそばだてる島がずっと遠く細く毛さきほど小さくみえている。
滄浪 仙界の雰囲気を漂わせる青い水をいう。○ あおいびろうみ。○欹岸 切立っている岸。そばだてる岸。○側島 かたむけるしま。○秋毫末 秋の獣毛は生え変わって寒さに備えて密集するほそいものであり、これは画形の微細なることをいう。一つの毛根から何本も毛が生える。動物は夏冬を一つの毛根で調節する。


不見湘妃鼓瑟時,至今斑竹臨江活。』
蛾皇と女英は舜王を追い求めて身投げした二人の湘妃が月夜に瑟琴をかきならす様子は見えないが、まだら同じ二人の湘妃が流した涙で斑竹は現に今もこの画の湘江のそばに活きている。』
湘妃 鼓宏舜の妻、蛾皇・女英の二人が舜王のあとを追いかけ湘水までゆき、舜の死んだことをきき、湘水に身をなげて死に、湘水の女神となった。それが湘妃であり、この湘妃が洞庭の月夜に瑟を鼓(ひ)くという古伝説がある。○斑竹 斑紋のある竹、湘水の地方に産する。その竹は湘妃が涙を流したあとに生じたものであるとの伝説がある。○ 湘江をさす。 

蛾皇と女英の故事にもとづく。古代の帝王舜は南方巡行の途中、蒼梧(湖南省寧遠県付近の山)で残した。二人の妃、蛾皇と女英は舜を追い求めて湘江のあたりまで来たが、二人の涙がこぼれた。竹はまだらに染まった。そのためこの地の竹には斑紋がついているという(『博物志』、『述異記』)。湘江は長抄の西を通って洞庭湖に注ぐ。「浅深」はあるいは浅くあるいは深く、まだらになっていることをいう。

潭州 李商隠 :紀頌之の漢詩ブログ李商隠特集 41

涙  李商隠

李商隠 1 錦瑟


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奉先劉少府新畫山水障歌 杜甫 137 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 136-#2
奉先県の尉官である劉単の新画の山水の図のついたての歌。#2


奉先劉少府新畫山水障歌
#1
堂上不合生楓樹,怪底江山起煙霧。
聞君掃卻赤縣圖,乘興譴畫滄洲趣。』
畫師亦無數,好手不可遇。
對此融心神,知君重毫素。』
豈但祁嶽與鄭虔,筆跡遠過楊契丹。』
#2
得非元圃裂?無乃瀟湘翻?
崑崙山にあるという玄圃が裂けて飛んできたのではないだろう、また、南方の瀟湘江の水をぶちまけたというのでもないだろう。
悄然坐我天姥下,耳邊已是聞清猿。
しょんぼりとしてこの画にむかっていると自分を天姥山の下に坐らせてくれた気分になり、耳のあたりにすんだ猿の声が聞えるようである。
反思前夜風雨急,乃是蒲城鬼神入。
思い起こせば、前の夜に風雨が急であったこと、それはすなわちこの蒲城の奉先県へ鬼神がいりこんでこの画をかくことを助けに来たのだ。
元氣淋漓障猶濕,真宰上訴天應泣。』

その上、宇宙の元気がしたたり被うので衝立がまだうるおっているのだ。これは創造主が天上へあがって天帝に訴えたので天帝も絵に込めた純粋な誠実さに感動して泣かれたのだろう。』
#3
野亭春還雜花遠,魚翁暝踏孤舟立。
滄浪水深青且闊,欹岸側島秋毫末。
不見湘妃鼓瑟時,至今斑竹臨江活。』
#4
劉侯天機精,愛畫入骨髓。
自有兩兒郎,揮灑亦莫比。
大兒聰明到,能添老樹巔崖裡。
小兒心孔開,貌得山僧及童子。』
若耶溪,雲門寺,
吾獨胡為在泥滓?青鞋布襪從此始。』

(奉先の劉少府の 新に画ける山水の陣の歌)
堂上合(まさ)に楓樹(ふうじゅ)を生ずべからず、怪(あやし)む底(なん)の江山か煙霧起る。
聞く君が赤県の図を掃却(そうきゃく)して、興に乗じて槍洲(そうしゅう)の趣(おもむき)を画(えが)か遣(し)むと。』
画師も亦無数なり、好手(こうしゅ)には遇う可(べか)らず。此に対すれば心神融(ゆう)す、知る君が毫素(ごうそ)を重んずるを。』
豈 但 祁嶽(きがく)と鄭虔(ていけん)とのみならんや、筆跡 遠く過ぐ 楊契丹(ようけつたん)。』

#2
元圃の裂くるに非(あらざ)るを得ば、乃ち瀟湘(しょうそう)の翻るなる無からんや。
悄然(しょうぜん)我を天姥(てんぽ)の下に坐せしむ、耳辺(じへん) 己に清猿(せいえん)を聞くに似たり。
反って思う 前夜 風雨 急なりしを、乃ち是 蒲城(ほじょう)に鬼神入る。
元気 淋漓(りんり)として障 猶 湿う、真宰(しんさい)に上り 訴えて 天 応(まさ)に泣くなるべし。』

#3
野亭(やてい) 春 還って 雜花 遠く、漁翁(ぎょおう)瞑(くれ)に孤舟を 踏みて立つ。
滄浪(そうろう) 水深くして青瞑(せいめい) 闊(ひろ)し、欹岸(いがん) 側島(そくとう)  秋毫(しゅうごう)の末。
湘妃(しょうひ)瑟(しつ)を鼓する時を見ざるも、今に至って斑竹(はんちく) 江に臨(のぞ)んで活す。』
#4
劉侯 天機 精なり、画を愛して骨髄に入る。
自ら 両 児郎(じろう)有り、揮灑(きさい)亦 比莫(な)し。
大児は聡明到る、能く老樹を添う巔崖(てんがい)の裡(うち)。
小児は心孔開く、貌(ばく)し得たり山僧及び童子。』
若耶(じゃくや)の渓、雲門の寺。
吾独り 胡為(なんすれ)ぞ 泥滓(でいし)に在る、青鞋(せいあい) 布襪(ふべつ)此従(よ)り始めん。』



奉先劉少府新畫山水障歌 現代語訳と訳註
(本文) #2

得非元圃裂?無乃瀟湘翻?
悄然坐我天姥下,耳邊已是聞清猿。
反思前夜風雨急,乃是蒲城鬼神入。
元氣淋灕障猶濕,真宰上訴天應泣。』


(下し文) #2
元圃の裂くるに非(あらざ)るを得ば、乃ち瀟湘(しょうそう)の翻るなる無からんや。
悄然(しょうぜん)我を天姥(てんぽ)の下に坐せしむ、耳辺(じへん) 己に清猿(せいえん)を聞くに似たり。
反って思う 前夜 風雨 急なりしを、乃ち是 蒲城(ほじょう)に鬼神入る。
元気 淋漓(りんり)として障 猶 湿う、真宰(しんさい)に上り 訴えて 天 応(まさ)に泣くなるべし。』

(現代語訳) 
崑崙山にあるという玄圃が裂けて飛んできたのではないだろう、また、南方の瀟湘江の水をぶちまけたというのでもないだろう。
しょんぼりとしてこの画にむかっていると自分を天姥山の下に坐らせてくれた気分になり、耳のあたりにすんだ猿の声が聞えるようである。
思い起こせば、前の夜に風雨が急であったこと、それはすなわちこの蒲城の奉先県へ鬼神がいりこんでこの画をかくことを助けに来たのだ。
その上、宇宙の元気がしたたり被うので衝立がまだうるおっているのだ。これは創造主が天上へあがって天帝に訴えたので天帝も絵に込めた純粋な誠実さに感動して泣かれたのだろう。』


(訳注) #2
得非元圃裂?無乃瀟湘翻?
崑崙山にあるという玄圃が裂けて飛んできたのではないだろう、また、南方の瀟湘江の水をぶちまけたというのでもないだろう。
玄圃 又県圃という、崑崙にある仙苑、山についていう。○ さけて飛び来る。〇瀟湘 洞庭湖の南にある川、水についていう。屈原の自殺した汨羅がある○翻 水がひっくりかえる。  
douteikoshoko297

悄然坐我天姥下,耳邊已是聞清猿。
しょんぼりとしてこの画にむかっていると自分を天姥山の下に坐らせてくれた気分になり、耳のあたりにすんだ猿の声が聞えるようである。
憫然 しょんぼり。○天姥 山の名。浙江省新昌県の南部にある、主峰「撥雲尖」は標高817m。『太平寰宇記』(江南道八「越州、剡県」所引)の『後呉録』によれば、この山に登ると天姥(天上の老女)の歌う声が聞こえる、と伝えられる。夢遊天姥吟留別 李白:Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白166  杜甫旧遊の地。


反思前夜風雨急,乃是蒲城鬼神入。
思い起こせば、前の夜に風雨が急であったこと、それはすなわちこの蒲城の奉先県へ鬼神がいりこんでこの画をかくことを助けに来たのだ。
反思 以下四句は画に神のあることをいう。○蒲城 奉先県の旧名。○鬼神入 天の神、地の神の鬼神がはいってくる。鬼は地上のものからぬけでた魂とか、幽霊まで、いわゆる、妖怪、魑魅魍魎の総称で、神は仙人、天神、人間を超越した、人間の運命、星の運行、気候、天変地異を司る存在をいう。


元氣淋漓障猶濕,真宰上訴天應泣。』
その上、宇宙の元気がしたたり被うので衝立がまだうるおっているのだ。これは創造主が天上へあがって天帝に訴えたので天帝も絵に込めた純粋な誠実さに感動して泣かれたのだろう。』
元気 宇宙間の元気。○淋漓 したたるさま。元気や筆勢などの盛んなこと。○真宰 語は「荘子」にみえる。真宰は天の主宰、創造主。荘子に云う、人籟、地籟、天籟(てんらい)真宰。人籟;人が楽器を奏でる音。地籟:大知の発する響き即ち風の声。天籟こそ忘我の論理、人籟や地籟のように因果律で説明できるものを超えて、あるがまま。○上訴 天へのぼって天の神、天帝に訴えること。○天応泣 絵を描いた者の絵に込めた純粋な誠実さに感動して天が泣く。

奉先劉少府新畫山水障歌 #1 杜甫  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 136

奉先劉少府新畫山水障歌 #1 杜甫  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 136
奉先県の尉官である劉単の新画の山水の図のついたての歌。


奉先劉少府新畫山水障歌
奉先県の劉警察の事務官の新しく画かれた山水の障にたいしての歌。
#1
堂上不合生楓樹,怪底江山起煙霧。
劉家の奥座敷のうえに楓の樹が生えるという理窟はないが、あるではないか。また不思議でないか、なんという江河か山なのか、そこからなんと煙や霧がたちのぼっている。
聞君掃卻赤縣圖,乘興譴畫滄洲趣。』
聞くところによれば、君は赤県の図をそそくさと画いたので、進んで興に乗じて更に滄洲の趣をも画いたのだ。』
畫師亦無數,好手不可遇。
世の画師というものは無数にたくさんあるが、うまい名工には遇うことがむずかしい。
對此融心神,知君重毫素。』
然しこの画に対すると精神がとけこんでいるような気がする、君がいかにこの画を貴重とするのかも うかがわれるものである。』
豈但祁嶽與鄭虔,筆跡遠過楊契丹。』

この画をかいた者は現代の祁岳や鄭虔以上であるばかりでなく、その筆の跡は遠く隋の楊契丹よりもまさっているのだ。』
#2
得非元圃裂?無乃瀟湘翻?
悄然坐我天姥下,耳邊已是聞清猿。
反思前夜風雨急,乃是蒲城鬼神入。
元氣淋灕障猶濕,真宰上訴天應泣。』
#3
野亭春還雜花遠,魚翁暝踏孤舟立。
滄浪水深青且闊,欹岸側島秋毫末。
不見湘妃鼓瑟時,至今斑竹臨江活。』
#4
劉侯天機精,愛畫入骨髓。
自有兩兒郎,揮灑亦莫比。
大兒聰明到,能添老樹巔崖裡。
小兒心孔開,貌得山僧及童子。』
若耶溪,雲門寺,
吾獨胡為在泥滓?青鞋布襪從此始。』

(奉先の劉少府の 新に画ける山水の陣の歌)
堂上合(まさ)に楓樹(ふうじゅ)を生ずべからず、怪(あやし)む底(なん)の江山か煙霧起る。
聞く君が赤県の図を掃却(そうきゃく)して、興に乗じて槍洲(そうしゅう)の趣(おもむき)を画(えが)か遣(し)むと。』
画師も亦無数なり、好手(こうしゅ)には遇う可(べか)らず。此に対すれば心神融(ゆう)す、知る君が毫素(ごうそ)を重んずるを。』
豈 但 祁嶽(きがく)と鄭虔(ていけん)とのみならんや、筆跡 遠く過ぐ 楊契丹(ようけつたん)。』
#2
元圃の裂くるに非(あらざ)るを得ば、乃ち瀟湘(しょうそう)の翻るなる無からんや。

悄然(しょうぜん)我を天姥(てんぽ)の下に坐せしむ、耳辺(じへん) 己に清猿(せいえん)を聞くに似たり。
反って思う 前夜 風雨 急なりしを、乃ち是 蒲城(ほじょう)に鬼神入る。
元気 淋灕(りんり)として障 猶 湿う、真宰(しんさい)に上り 訴えて 天 応(まさ)に泣くなるべし。』

#3
野亭(やてい) 春 還って 雜花 遠く、漁翁(ぎょおう)瞑(くれ)に孤舟を 踏みて立つ。
滄浪(そうろう) 水深くして青瞑(せいめい) 闊(ひろ)し、欹岸(いがん) 側島(そくとう)  秋毫(しゅうごう)の末。
湘妃(しょうひ)瑟(しつ)を鼓する時を見ざるも、今に至って斑竹(はんちく) 江に臨(のぞ)んで活す。』
#4
劉侯 天機 精なり、画を愛して骨髄に入る。
自ら 両 児郎(じろう)有り、揮灑(きさい)亦 比莫(な)し。
大児は聡明到る、能く老樹を添う巔崖(てんがい)の裡(うち)。
小児は心孔開く、貌(ばく)し得たり山僧及び童子。』
若耶(じゃくや)の渓、雲門の寺。
吾独り 胡為(なんすれ)ぞ 泥滓(でいし)に在る、青鞋(せいあい) 布襪(ふべつ)此従(よ)り始めん。』


奉先劉少府新畫山水障歌 現代語訳と訳註
(本文) #1
堂上不合生楓樹,怪底江山起煙霧。
聞君掃卻赤縣圖,乘興譴畫滄洲趣。』
畫師亦無數,好手不可遇。
對此融心神,知君重毫素。』
豈但祁嶽與鄭虔,筆跡遠過楊契丹。』


(下し文)
堂上合(まさ)に楓樹(ふうじゅ)を生ずべからず、怪(あやし)む底(なん)の江山か煙霧起る。
聞く君が赤県の図を掃却(そうきゃく)して、興に乗じて槍洲(そうしゅう)の趣(おもむき)を画(えが)か遣(し)むと。』
画師も亦無数なり、好手(こうしゅ)には遇う可(べか)らず。此に対すれば心神融(ゆう)す、知る君が毫素(ごうそ)を重んずるを。』
豈 但 祁嶽(きがく)と鄭虔(ていけん)とのみならんや、筆跡 遠く過ぐ 楊契丹(ようけつたん)。』

(現代語訳)
奉先県の劉警察の事務官の新しく画かれた山水の障にたいしての歌。
劉家の奥座敷のうえに楓の樹が生えるという理窟はないが、あるではないか。また不思議でないか、なんという江河か山なのか、そこからなんと煙や霧がたちのぼっている。
聞くところによれば、君は赤県の図をそそくさと画いたので、進んで興に乗じて更に滄洲の趣をも画いたのだ。』
世の画師というものは無数にたくさんあるが、うまい名工には遇うことがむずかしい。
然しこの画に対すると精神がとけこんでいるような気がする、君がいかにこの画を貴重とするのかも うかがわれるものである。』
この画をかいた者は現代の祁岳や鄭虔以上であるばかりでなく、その筆の跡は遠く隋の楊契丹よりもまさっているのだ。』


(訳注)
奉先劉少府新畫山水障歌

奉先県の劉警察の事務官の新しく画かれた山水の障にたいしての歌。
劉少府 劉少府単、名は単である。少府は県の警察の事務を掌る。○新画 あたらしくえがく、これを画いた人が劉少府であるとしておく。○ ついたて。


堂上不合生楓樹,怪底江山起煙霧。
劉家の奥座敷のうえに楓の樹が生えるという理窟はないが、あるではないか。また不思議でないか、なんという江河か山なのか、そこからなんと煙や霧がたちのぼっている。
堂上 劉単の家の奥座敷のうえ。○ まさに云々すべし。○ 俗語である。


聞君掃卻赤縣圖,乘興譴畫滄洲趣。』
聞くところによれば、君は赤県の図をそそくさと画いたので、進んで興に乗じて更に滄洲の趣をも画いたのだ。』
○聞君掃却赤県図、乗興遣画槍洲趣 掃却は劉がかくこと、赤県図は奉先県の山水の図、乗興は劉が興に乗ずること、遣画は杜甫が劉をして画かせること、槍洲趣は海上仙境の趣ととく。


畫師亦無數,好手不可遇。
世の画師というものは無数にたくさんあるが、うまい名工には遇うことがむずかしい。
 ○好手 画の名工。○対此 此とはこの画陣をさす。

對此融心神,知君重毫素。』
然しこの画に対すると精神がとけこんでいるような気がする、君がいかにこの画を貴重とするのかも うかがわれるものである。』
融心神 融とは画と一つになりとろけこむことをいう、心神は観客である杜甫の心神である。○重毫素 毫は筆、素は絹をいい、この画陣をさすもので、重とは貴重とすることをいう。


豈但祁嶽與鄭虔,筆跡遠過楊契丹。』
この画をかいた者は現代の祁岳や鄭虔以上であるばかりでなく、その筆の跡は遠く隋の楊契丹よりもまさっているのだ。』
祁岳、鄭虔 唐代の名画家。杜甫の陪鄭広文遊何将軍山林十首 其一 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 55では鄭虔と一緒に遊んでいる。その他にも鄭虔についての詩もある。○楊契丹 隋の参軍で其の画は骨気豊なりと称せられる。


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魏將軍歌  杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集700- 104

魏將軍歌  杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集700- 104
杜甫の詩 700首 一日1首
将軍魂某のことについてよんだ。其の名は未詳。製作時は天宝末年、安禄山の叛乱直前の作。杜甫44歳


魏將軍歌
將軍昔著從事衫,鐵馬馳突重兩銜。
将軍は昔、幕府の下官としての衫を著て防御装着した馬に乗って、馬の口には二重の口ばみをかませ敵陣へ馳突した。
披堅執銳略西極,昆侖月窟東嶄岩。』
そうして堅い甲宵を被り、鋭い剣戟を執って西極の地方を略取したのだ、崑崙、月窟のはるか西までいったから長嶺や月窟が東に高く聾えてみえるというほどの処まですすんだのだ。』
君門羽林萬猛士,惡若哮虎子所監。
天子の御門のなかの羽林軍には万人もの猛士がいて、その猛悪さは怒りほえる虎のようであるが、それ等のものどもは君の監督の下にあるのである。
五年起家列霜戟,一日過海收風帆。』
君は一朝にして青海地方を過ぎて其の威力を以て騒乱を鎮めて兵船の帆を巻いてしまい、わずか五年の年月のうちに身分の低い家の出身が門に戦士をたてならべるほどの身分になられたのである。』

平生流輩徒蠢蠢,長安少年氣欲盡。
平生の同輩の者たちは徒らに虫のようにうごめいている。長安の勢いのいい青年たちも君に対しては意気消滅せんばかりである。
魏侯骨聳精爽緊,華嶽峰尖見秋隼。』
君はまことに骨格はそびえて、精神は緊粛である、たとえば華山の峰の尖ったところへ秋の隼が飛んでいる様のここちがするのである。』

星躔寶校金盤陀,夜騎天駟超天河。
君は雑金でつくった馬具の装飾の星の動きのようにめぐっている馬にのって天上の河を超えられる。
攙槍熒惑不敢動,翠蕤雲旓相蕩摩。』
すると攙槍、熒惑の如き妖悪の星も静かにして動くことなく、君の儀伎たる翠蕤、雲旓等の旗が互にうごいてすれあうようだ、君の威力はすばらしいものだ。』
吾為子起歌都護;酒闌插劍肝膽露,
自分は君のために起ちあがって「丁都護」の歌をうたう。そうして酒興もすがれになりかくるころ舞いの剣をさやにおさめて胸の奥そこまでをさらけだす。
鉤陳蒼蒼玄武暮。
その時は鈎陳・玄武の星座いずれも蒼々たる色をして日はまったく暮れている。
萬歲千秋奉聖明,臨江節士安足數!』

君は千年も万年も聖明の天子を奉戴して忠勤をするであろう。かの臨江の節士などは君にくらべるとかぞえたてるだけの値打ちもない。




魏将軍歌
将軍昔著く従事の診、鉄馬馳突して両街を重ぬ
塾を被り鏡を執りて西極を略す、良禽月窟東に斬巌たり』
君門羽林の万の猛士、悪嘩虎の若くなるは子が監する所
五年家より起って霜戟を列し、一日海を過ぎて風帆収まる』
平生の流輩徒に蕎蕎たり、長安の少年気尽きんと欲す
魂侯骨奪えて精爽緊なり、華岳峯尖りて秋草を見る』
星のごとくに纏れる宝校(餃)金の盤陀、夜天銅に騎って天河を超ゆ
橡槍l焚惑敢て動かず、率直雲衛相蕩摩す』
吾子が為めに起って都護を歌う、酒関に剣を捕みて肝胆露わる、釣陳は蒼蒼として玄武は暮る
万歳千秋明主を奉ぜん、臨江の節士安んぞ数うるに足らん』

将軍は昔、幕府の下官としての衫を著て防御装着した馬に乗って、馬の口には二重の口ばみをかませ敵陣へ馳突した。
そうして堅い甲宵を被り、鋭い剣戟を執って西極の地方を略取したのだ、崑崙、月窟のはるか西までいったから長嶺や月窟が東に高く聾えてみえるというほどの処まですすんだのだ。』
天子の御門のなかの羽林軍には万人もの猛士がいて、その猛悪さは怒りほえる虎のようであるが、それ等のものどもは君の監督の下にあるのである。
君は一朝にして青海地方を過ぎて其の威力を以て騒乱を鎮めて兵船の帆を巻いてしまい、わずか五年の年月のうちに身分の低い家の出身が門に戦士をたてならべるほどの身分になられたのである。』
平生の同輩の者たちは徒らに虫のようにうごめいている。長安の勢いのいい青年たちも君に対しては意気消滅せんばかりである。
君はまことに骨格はそびえて、精神は緊粛である、たとえば華山の峰の尖ったところへ秋の隼が飛んでいる様のここちがするのである。』
君は雑金でつくった馬具の装飾の星の動きのようにめぐっている馬にのって天上の河を超えられる。
すると攙槍、熒惑の如き妖悪の星も静かにして動くことなく、君の儀伎たる翠蕤、雲旓等の旗が互にうごいてすれあうようだ、君の威力はすぼらしいものだ。』
自分は君のために起ちあがって「丁都護」の歌をうたう。そうして酒興もすがれになりかくるころ舞いの剣をさやにおさめて胸の奥そこまでをさらけだす。
その時は鈎陳・玄武の星座いずれも蒼々たる色をして日はまったく暮れている。
君は千年も万年も聖明の天子を奉戴して忠勤をするであろう。かの臨江の節士などは君にくらべるとかぞえたてるだけの値打ちもない。


(魂魏将軍の歌)
將軍昔著從事衫,鐵馬馳突重兩銜。
将軍は昔、幕府の下官としての衫を著て防御装着した馬に乗って、馬の口には二重の口ばみをかませ敵陣へ馳突した
従事衫 妻窟英は務衫(しごと服)と解き、浦起竜は戎衣(いくさごろも)と解いている。しかし幕府の従事(下僚)であったことをいうのであろう。衫はうすいうわざ。○鉄馬 介馬(馬用鎧を装着した馬)をいう。○重両銜 銜は馬の口勘(くちばみのかね)、重ぬとは二箇をかませること。戦うとき故、馬にも厳重にしたくさせる。
 

披堅執銳略西極,昆侖月窟東嶄岩。』
そうして堅い甲宵を被り、鋭い剣戟を執って西極の地方を略取したのだ、崑崙、月窟のはるか西までいったから長嶺や月窟が東に高く聾えてみえるというほどの処まですすんだのだ。』
被堅 甲冑をきる。○執鋭 するどい剣戟を手にとる。○ 土地を取ること。○西極 西のはての国。○崑崙、月窟 出に西方にある山と地。○東嶄巌 嶄巌は山石の高くけわしいさま。東にとは昆侖、月窟は西地にあるが、将軍はそれよりも西のはてへ進んだため昆侖、月窟が東方に聳えるように見えるようになる。

君門羽林萬猛士,惡若哮虎子所監。
天子の御門のなかの羽林軍には万人もの猛士がいて、その猛悪さは怒りほえる虎のようであるが、それ等のものどもは君の監督の下にあるのである。
君門 天子の門。○羽林 天子直轄の軍の名、近衛兵のことで、ほかに龍武軍、神策軍で参軍。〇 多いことをいう。○惡若哮虎 悪は猛悪なこと、虎の怒りほえることをいう。○ 魏将軍をさす。○ 監督する。○起家 卑しい家の地位より起こることをいう。
 

五年起家列霜戟,一日過海收風帆。』
君は一朝にして青海地方を過ぎて其の威力を以て騒乱を鎮めて兵船の帆を巻いてしまい、わずか五年の年月のうちに身分の低い家の出身が門に戦士をたてならべるほどの身分になられたのである。』
列霜戟 霜はよくみがいて白くひかる刃の色をいう、戟ははこ、三晶(三位)ほどの官になれば門に乗戟(柄を彩色の漆池でぬる)をならべる。○一日 一朝、一日。○過海 吐蕃の青海地方を過ぎることをいう。○収風帆 青海方面の乱がしずまったので風にはらませた兵船の帆を収め巻いて都へかえる。五年一日の二句は置きかえでみる。



平生流輩徒蠢蠢,長安少年氣欲盡。
平生の同輩の者たちは徒らに虫のようにうごめいている。長安の勢いのいい青年たちも君に対しては意気消滅せんばかりである。
流輩 同輩。○蠢蠢 虫のようにうごき、動かされる。○気欲尽 意気を出し尽くす。

魏侯骨聳精爽緊,華嶽峰尖見秋隼。』
君はまことに骨格はそびえて、精神は緊粛である、たとえば華山の峰の尖ったところへ秋の隼が飛んでいる様のここちがするのである。』
醜侯 侯は敬称、君の琴○精爽 精神。○ ひきしまる。○華岳(一句)たとえである。華岳は華山、五岳の一つ、華州にある。○秋隼 隼ははやぶさ、鷹の類。

星躔寶校金盤陀,夜騎天駟超天河。
君は雑金でつくった馬具の装飾の星の動きのようにめぐっている馬にのって天上の河を超えられる。
星纏宝校 校の字は軟に作るべきである。顔延年の「滞日馬賊」に「宝餃星纏」とあるのに本づく。銃は鞍勘などの馬具の装飾であるという。星纏とは星の動きのようにめぐることで、星をちりばめたようであることをいう。○金盤陀 盤陀は破撃仏像などを鉾かして鋳た金属、銅と金との雜りがね。金盤陀は装飾の実質をいう。○天駟 房星のこと、ここは天厩の馬を言のであろう。○天河 天の河、宮苑の水をたとえていう。



攙槍熒惑不敢動,翠蕤雲旓相蕩摩。』
すると攙槍、熒惑の如き妖悪の星も静かにして動くことなく、君の儀伎たる翠蕤、雲旓等の旗が互にうごいてすれあうようだ、君の威力はすぼらしいものだ。』
攙槍 妖星。○攙槍 火星、上の星は兵乱の象。○不敢動動きださぬ、というのは兵乱の起こらぬことをいう。○翠蕤 雲旓 翠蕤とは素翠の羽のふさふさと垂れていることをいい、旗のこと。雲頂とは雲のようなはたをいう。旗は儀任に用いる。○蕩摩 うごきすれあう。「星纏」以下の四句は宿衛の軍容をいい、将軍の威が禍乱をしずめるのに足ることをいう。



吾為子起歌都護;酒闌插劍肝膽露。
自分は君のために起ちあがって「丁都護」の歌をうたう。そうして酒興もすがれになりかくるころ舞いの剣をさやにおさめて胸の奥そこまでをさらけだす。
歌都護 劉宋の時、武帝の「丁都護歌」に「督護北二征キ去ル、前鋒平カナラサル無シ、朱門ニハ高蓋ヲ垂ラシ、永世二功名ヲ揚グ」とある。また宋の高祖の時、高祖の娘が徐達之という者に嫁したが、達之は魯軌という者に警れた。高祖は因って督護丁旿に命じて達之の屍を収めてかりうめさせた。達之の妻が丁旿を呼んで葬りの事を問うたところが、毎に間うに「丁都護」と呼んだ、その声はいと哀れであった。後人は因って歌とした。作者は何人の作をうたったか不明であるが武帝の歌の類をうたったのであろう。○酒闌 闌はさかりすぎ。○插劍 このとき剣舞を為し舞をやめて剣をさやにはさんだのである。○肝胆 露心中をさらけ出す。



鉤陳蒼蒼玄武暮。
その時は鈎陳・玄武の星座いずれも蒼々たる色をして日はまったく暮れている。
鉤陳 玄武鉤陳は星宿の名、天の紫宮の中に六星があり、これにかたどって天子の殿前にも鉤陳の位置がある。玄武も星の名、「漢書」天文志に「北宮ニハ玄武虚危アリ、其ノ南二衆星アリ、羽林天軍トイウ」とみえる。玄武星が碁に見えるのは秋節であるという。此の句は星宿をかりて宿衛のことをいい兼ねて時候をあらわす。又此の句は単句(一句だけで独立する句)である。○蒼蒼、暮此の二語は蓋し鈎陳235と玄武とに共用の語であり、どちら碁々としてくれることをいう。



萬歲千秋奉聖明,臨江節士安足數!』
君は千年も万年も聖明の天子を奉戴して忠勤をするであろう。かの臨江の節士などは君にくらべるとかぞえたてるだけの値打ちもない。
臨江節士漢の景帝は太子を廃して臨江王となしたが、王は後に自殺した。時の人は彼を悲しんで歌を作った。「漢書」芸文志に「臨江王及ビ愁思ノ節士ノ歌詩四第」とみえる。節士が臨江の人であるか香かは不明であるが、節士は臨江王のことを思った忠実の人とみえる。○安足数かぞえるねうちがない、将軍の忠実心は節士以上である。


沙苑行 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 91 

沙苑行 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 91 
この詩は士官活動の中での詩である。軍とのつながりの多い馬につて題材にした詩が多い。この年(754)、杜甫は哥舒翰に詩を献上していて、幕府内の事務職など期待して待機していた。



沙苑行
君不見左輔白沙如白水,繚以周牆百餘裡。
君は見たことはないだろう、長安の東方の郡部にあたる沙苑の白き沙は白水の如く白く、その区域を、土塀を建ててこり囲んでいる長さが百里以上もあるというのを。
龍媒昔是渥洼生,汗血今稱獻於此。
昔、漢の世に竜媒と称せられた天馬が渥洼の川から生じたといわれているが、唐の今の世では汗血の名馬がこの沙苑の牧場から献上されているといわれている。
苑中騋牝三千匹,豐草青青寒不死。
苑中では騋という七尺の馬や牝が三千匹もおり、年中草が青々としげって冬寒くなっても枯れないのだ。
食之豪健西域無,每歲攻駒冠邊鄙。』
馬はその草をたべているのでその豪健であること、西域の地方にはいない、毎年あらっぽいこの駒を乗りならすことはどのいなかの地にもまさってほこれるのだ。』
王有虎臣司苑門,入門天廄皆雲屯。
天子には虎のような勇武の臣下がいて、この苑の門をつかさどっている。入門するとお厩に馬が雲のかたまりのようにあつまりたくさんいる。
驌驦一骨獨當禦,春秋二時歸至尊。
そのなかで驌驦(しゅくそう)というべきただひとつ、駿骨(しゅんこつ)だけが御用の馬となる。それを春と秋との二時期にここから天子の方へおとどけするのである。
至尊內外馬盈億。伏櫪在垌空大存。
凡そ内外の馬の数は億にも盈ちるほどの数としているが、櫪に伏している老馬だの、野外にはねている凡馬が、いたずらに多く、数のみが存在しているので実質のすぐれたものはないのだ。
逸群絕足信殊傑。倜儻權奇難具論。』
ここの馬は羣をぬいており、ずぬけた早足で、ほんとうに特別の傑物ぞろいであり、その神気の卓絶していることとても一々いうことはむつかしい。』

累累岱阜藏奔突,往往坡陀縱超越。
累累とつらなって苑中の馬がはしってゆき、高地のかげにつきすすんで走り、すがたを隠した、時々なだらかな起伏地にきままに躍り越えをやっている。
角壯翻騰糜鹿遊,浮深簸蕩黿鼉窟。』
たがいにどちらが勇壮なのかと競争をしてははねあがって糜鹿らと遊んだり、深い水に浮いては脚で大亀のすんでいる窟をあおりたてたりしている。』

泉出巨魚長比人,丹砂作尾黃金鱗。
この苑内の深淵から大魚が出たがその身長は人間ほどもあり、尾は丹砂のようにあかく、鱗は黄金いろである。
豈知異物同精氣,雖未成龍亦有神。』

なぜかはわからないのだが馬と魚は別物なのだが、そのもっている精気は同じことであって、この魚は竜になりきったものではないが竜のような霊力をもっているのである。』


(沙苑行)

君見ずや左輔の白抄は白水の如し、繚(めぐ)らすに周牆を以てすること百余旦。

竜媒(りょうばい)昔是れ渥(あくあ)より生ず、汗血今称す此より献ぜらると。

苑中の(らいひん)三千匹、豊草青青 寒にも死せず。

之を食いて豪健なること西域にも無し、毎歳駒を攻むる辺鄙に冠たり』



王虎臣有りて苑門を司る、門に入れば天厩に皆雲のごとく屯る。

(しょくそう)の一骨独り御に当る、春秋二時至尊に帰す。

内外馬数将に億に盈()たんとす、伏(ざいけい)空しく大に存す。

逸羣絶足信(まこと)に殊傑(しゅけつ)(てきとう)權奇(けんき)(つぶさに)に論じ難し』



累累として岱阜(たいふ)に奔突(ほんとつ)を蔵し、往往坡陀(はだ)に超越を縦(ほしいまま)にす。

壮を角しては翻騰(はんとう) 糜鹿(びろく)と遊び、深きに浮びては簸蕩(はとう)黿鼉の窟。』



泉に巨魚を出だす長人(たけひと)に比す、丹砂を尾と作し黄金を鱗(うろこ)とす。

豈 知らんや物を異にするも精気を同じくす、未だ竜を成さずと雖も亦た神有り。』






苑行 訳註と解説

(本文)
君不見左輔白沙如白水,繚以周牆百餘裡。
龍媒昔是渥洼生,汗血今稱獻於此。
苑中騋牝三千匹,豐草青青寒不死。
食之豪健西域無,每歲攻駒冠邊鄙。』

(下し文)

君見ずや左輔の白抄は白水の如し、繚(めぐ)らすに周牆を以てすること百余旦。
竜媒(りょうばい)昔是れ渥洼(あくあ)より生ず、汗血今称す此より献ぜらると。
苑中の騋牝(らいひん)三千匹、豊草青青 寒にも死せず。
之を食いて豪健なること西域にも無し、毎歳駒を攻むる辺鄙に冠たり』


(現代語訳)

君は見たことはないだろう、長安の東方の郡部にあたる沙苑の白き沙は白水の如く白く、その区域を、土塀を建ててこり囲んでいる長さが百里以上もあるというのを。
昔、漢の世に竜媒と称せられた天馬が渥洼の川から生じたといわれているが、唐の今の世では汗血の名馬がこの沙苑の牧場から献上されているといわれている。
苑中では騋という七尺の馬や牝が三千匹もおり、年中草が青々としげって冬寒くなっても枯れないのだ。
馬はその草をたべているのでその豪健であること、西域の地方にはいない、毎年あらっぽいこの駒を乗りならすことはどのいなかの地にもまさってほこれるのだ。』


沙苑行
沙苑 牧馬場の名。唐の時、同州鴻功県(陝西省同州府大茘県)の南十二里に置かれる。東西八十里、南北三十里、長官として沙苑監を置く。天宝十三載安禄山を以て監事を総べさせた。



君不見左輔白沙如白水,繚以周牆百餘裡。
君は見たことはないだろう、長安の東方の郡部にあたる沙苑の白き沙は白水の如く白く、その区域を、土塀を建ててこり囲んでいる長さが百里以上もあるというのを。
左輔 漢の時、京兆尹(けいちょういん)・左馮翊(さふうよく)・右扶風(長安及びその附近の行政区域)を三輔と称した。同州は馮翊郡に属していたので左輔という、左は東方を意味する。○白沙 東方沙苑の白い抄をいう。○如白水 沙色の白いことが水の白いがごとくである。○周牆 ぐるりの土塀。



龍媒昔是渥洼生,汗血今稱獻於此。
昔、漢の世に竜媒と称せられた天馬が渥洼の川から生じたといわれているが、唐の今の世では汗血の名馬がこの沙苑の牧場から献上されているといわれている。
竜媒、渥洼 「漢書」武帝紀によれば、武帝の元鼎四年(礼楽志には元狩三年)に馬が渥洼水中に生じたので天馬の歌を作った。又太初四年にも作る。渥洼は川の名、沙州(今の敦煌)の境にあり、竜媒は天馬をいう。「天馬歌」に「天馬徠タル、竜ノ媒」とみえる○ 漢の元狩・元鼎の時代をさす。○汗血 汗血の馬をいう。「漢書」西域伝に大宛国に善馬多くその馬は血を汗にするという。ここは大宛の天馬の如き名馬をさす。○献於此 此とはこの沙苑の牧場をさす。

 

苑中騋牝三千匹,豐草青青寒不死。
苑中では騋という七尺の馬や牝が三千匹もおり、年中草が青々としげって冬寒くなっても枯れないのだ。
苑中 苑は沙苑。○騋牝 騋馬及び牝馬、騋とは馬の身長七尺なるものをいう。○豊草 しげった牧草。○寒不死 秋冬の気候のさむいときにも枯死せぬ。



食之豪健西域無,每歲攻駒冠邊鄙。』
馬はその草をたべているのでその豪健であること、西域の地方にはいない、毎年あらっぽいこの駒を乗りならすことはどのいなかの地にもまさってほこれるのだ。』
食之 之は草をさす、苑中の馬がしげった草をたべる。○豪健 馬のつよいこと。○西域 大宛の如き西方の国。○攻駒 あらいこまを攻めつけて乗りならすこと。「周礼」の夏官廃人職に見える。○ 第一であることをいう。○辺都 かたいなかの地方、牧場は処々にあるのでかくいう。



****************************************
(本文)
王有虎臣司苑門,入門天廄皆雲屯。
驌驦一骨獨當禦,春秋二時歸至尊。
至尊內外馬盈億。伏櫪在垌空大存。
逸群絕足信殊傑。倜儻權奇難具論。』


(下し文)
王虎臣有りて苑門を司る、門に入れば天厩に皆雲のごとく屯る。
驌驦(しょくそう)の一骨独り御に当る、春秋二時至尊に帰す。
内外馬数将に億に盈(み)たんとす、伏櫪在垌(ざいけい)空しく大に存す。
逸羣絶足信(まこと)に殊傑(しゅけつ)、倜儻(てきとう)權奇(けんき)具(つぶさに)に論じ難し』


(現代語訳)
天子には虎のような勇武の臣下がいて、この苑の門をつかさどっている。入門するとお厩に馬が雲のかたまりのようにあつまりたくさんいる。
そのなかで驌驦(しゅくそう)というべきただひとつ、駿骨(しゅんこつ)だけが御用の馬となる。それを春と秋との二時期にここから天子の方へおとどけするのである。
凡そ内外の馬の数は億にも盈ちるほどの数としているが、櫪に伏している老馬だの、野外にはねている凡馬が、いたずらに多く、数のみが存在しているので実質のすぐれたものはないのだ。
ここの馬は羣をぬいており、ずぬけた早足で、ほんとうに特別の傑物ぞろいであり、その神気の卓絶していることとても一々いうことはむつかしい。』



王有虎臣司苑門,入門天廄皆雲屯。
天子には虎のような勇武の臣下がいて、この苑の門をつかさどっている。入門するとお厩に馬が雲のかたまりのようにあつまりたくさんいる。
 天子。○虎臣 勇武な臣。○天厩 天子のおうまや。○雲屯 雲のごとくあつまる、多いことをいう。



驌驦一骨獨當禦,春秋二時歸至尊。
そのなかで驌驦(しゅくそう)というべきただひとつ、駿骨(しゅんこつ)だけが御用の馬となる。それを春と秋との二時期にここから天子の方へおとどけするのである。
驌驦 驌驦は雁、馬の首すじがこれに似ているので名づけるという。〇一骨 一匹の駿馬をいう。○當禦 御は天子のお用いになることをいう、当るとはかなうことをいう。○帰 おとどけすること。○至尊 天子の方。



至尊內外馬盈億。伏櫪在垌空大存。
凡そ内外の馬の数は億にも盈ちるほどの数としているが、櫪に伏している老馬だの、野外にはねている凡馬が、いたずらに多く、数のみが存在しているので実質のすぐれたものはないのだ。
至尊 天子。○内外 京師の内外をいう。○盈億 億の数にみちる。○伏櫪 櫪はうまやのふみ板。魏の曹操の詩に「老僕伏櫪」とみえる。櫪に伏すとは老馬をいう。○在垌 邑外を郊、郊外を野、野外を林、林外を垌という。垌は国都をはなれたはるかの野外をいう。「詩経」の「帥」の詩に「開閉タル牡馬、垌ノ野二在り」とある。在垌の二字はこれにもとづく。ここは野外にいる馬をいう。○空大存 空はいたずらにの意、大存とは多数が存在すること、数のみ多くして駿骨の乏しいことをいう。
 


逸羣絕足信殊傑。倜儻權奇難具論。』
ここの馬は羣をぬいており、ずぬけた早足で、ほんとうに特別の傑物ぞろいであり、その神気の卓絶していることとても一々いうことはむつかしい。』
逸羣 衆群よりぬけでたもの。○絶足 とびぬけてはやく走れる足を有する馬。○殊傑 特別にすぐれたもの。○倜儻(てきとう)、權奇(けんき) 漢の「太一天馬の歌」に「志ハ俶戃、精ハ権奇」の句があり、詩語はこれに基づく。倜儻は俶戃’(しゅくとう)に同じく、卓異の貌、権奇は奇譎(きけつ)非常の意、竝に馬の神気の非凡卓絶したさまをいう。「速筆」以下は苑中の馬についていう。○具論 一々くわしくとく。



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(本文)
累累岱阜藏奔突,往往坡陀縱超越。
角壯翻騰糜鹿遊,浮深簸蕩黿鼉窟。』

(下し文)
累累として岱阜(たいふ)に奔突(ほんとつ)を蔵し、往往坡陀(はだ)に超越を縦(ほしいまま)にす。
壮を角しては翻騰(はんとう) 糜鹿(びろく)と遊び、深きに浮びては簸蕩(はとう)す黿鼉の窟。』


(現代語訳)
累累とつらなって苑中の馬がはしってゆき、高地のかげにつきすすんで走り、すがたを隠した、時々なだらかな起伏地にきままに躍り越えをやっている。
たがいにどちらが勇壮なのかと競争をしてははねあがって糜鹿らと遊んだり、深い水に浮いては脚で大亀のすんでいる窟をあおりたてたりしている。』



累累岱阜藏奔突,往往坡陀縱超越。
累累とつらなって苑中の馬がはしってゆき、高地のかげにつきすすんで走り、すがたを隠した、時々なだらかな起伏地にきままに躍り越えをやっている。
累累 多くつながるさま。○岱阜 阜も岱も岡地をいう。〇 かくす、たくわえておく。○奔突 馬のつきすすんではしること。○披陀 地形のなだらかに起伏しているさま。○縦 はなつ。○超越 馬の物を躍り越えること。



角壯翻騰糜鹿遊,浮深簸蕩黿鼉窟。』
たがいにどちらが勇壮なのかと競争をしてははねあがって糜鹿らと遊んだり、深い水に浮いては脚で大亀のすんでいる窟をあおりたてたりしている。』
角壮 角とは比べあうこと、「壮を角す」とはどちらが壮勇なるかの競争をすること。○翻騰 はねあがる。○糜鹿遊 糜鹿とともにあそぶ。○浮深 深は深い水をいう。○簸蕩あおり、うごかす。○黿鼉 おおがめ。○窟 いわや、あな。



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(本文)
泉出巨魚長比人,丹砂作尾黃金鱗。
豈知異物同精氣,雖未成龍亦有神。』


(下し文)
泉に巨魚を出だす長人(たけひと)に比す、丹砂を尾と作し黄金を鱗(うろこ)とす。
豈 知らんや物を異にするも精気を同じくす、未だ竜を成さずと雖も亦た神有り。』


(現代語訳)
この苑内の深淵から大魚が出たがその身長は人間ほどもあり、尾は丹砂のようにあかく、鱗は黄金いろである。
なぜかはわからないのだが馬と魚は別物なのだが、そのもっている精気は同じことであって、この魚は竜になりきったものではないが竜のような霊力をもっているのである。』



泉出巨魚長比人,丹砂作尾黃金鱗。
この苑内の深淵から大魚が出たがその身長は人間ほどもあり、尾は丹砂のようにあかく、鱗は黄金いろである。
 淵に同じ、唐の高祖の諒を避けて唐代詩人は淵を泉と書く。○巨魚 大魚。○長 みのたけ。○此人 人にちかし。○丹砂 朱色であることをいう。○黄金鱗 黄金を鱗と作すの意、黄色のうろこ。



豈知異物同精氣,雖未成龍亦有神。』
なぜかはわからないのだが馬と魚は別物なのだが、そのもっている精気は同じことであって、この魚は竜になりきったものではないが竜のような霊力をもっているのである。』
異物 馬と魚と同物でないことをいう。○同精気 精気はその物を成す所の根本である元気をいう、この元気においては馬も魚も同様である。○有神 不可思議霊妙のカがある。




(解説)

  この詩は士官活動の中での詩である。軍とのつながりの多い馬につて題材にした詩が多い。この年(754)、杜甫は哥舒翰に詩を献上していて、幕府内の事務職など期待して待機していた。馬を詠う詩に神がかり的な大魚を持ち出したのか、議論のところといわれているが、軍馬というもの、逸羣、絕足、殊傑、倜儻、權奇、奔突,超越、勇壮、競争とその馬の持っているポテンシャルが優れていることと別に重要なのは、精神力、精気なのである。臆病な性格、気負い、はしゃぐなどいけないのである。人馬が敵中、山中、霧の中、砂漠、諸処の条件下でその能力を発揮する力は何よりも重要な項目である。それを杜甫は別の動物、大魚と「精気」で表現したのである。杜甫は、馬の性格を見ることが大切だ。自分自身にも「一定程度の見る目をもっています」といっているのである。

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天育驃騎歌 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 85

天育驃騎歌 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 85
天子のお厩である天育厩において養われた驃馬の図をみて作った歌。製作時は天宝13載 754年 43歳。 
雑言古詩


天育驃騎歌
吾聞天子之馬走千裡,今之畫圖無乃是?
自分が聞く所に周の穆王の馬は日に千里走ったというが、今ここにある画の馬はまちがいなくそのような馬ではないのだろうか。
是何意態雄且傑,騣尾蕭梢朔風起。
その雄々しく傑出した様子はなんとすばらしいのだろう、たてがみや尾からさわさわと北風が吹き起っているように凛々しいのだ。
毛為綠縹兩耳黃,眼有紫焰雙瞳方。
毛は緑と縹との二色をなし、両耳は黄色である。眼からは紫のほのおをだし一対のひとみは菱形をしている。
矯矯龍性合變化,卓立天骨森開張。』
矯々とうねりあがる竜の如き本性はいかなる活動の変化をもするようすをもっているし、たかくそびえた天成の骨格がいかめしくのびやかに張っている。』
伊昔太樸張景順,監牧攻駒閱清峻。
昔といってもちょっと前、開元の頃、太僕 張景順は牧場を監督し、駒をならして、そのなかから贅肉のない肉ひきしまった馬を繰り返し選び出し、遂にそれを種馬として牧馬奴に子を産せるようにしたのだ。
遂令大奴守天育,別養驥子憐神駿。
そのうまれた千里の馬の駒(驃)は他の馬と区別して之を養育して、その不思議に優れた点を引き出して育てさせた。
當時四十萬匹馬,張公嘆其材盡下、故獨寫真傳世人。
そのころ四十万匹、馬の頭数がいたが、景順はその素質、性質など材質がどれもみなこれよりは劣っていることを歎惜した。
そういうことだからこの驃だけの画姿を写させて世の人に伝えるために残した。
見之座右久更新。』
座右で之を見ていると、いつまで見ても目新しく感じるものだ。』
年多物化空行影,鳴呼健步無由騁!
今では数十年の歳月が流れ、馬たちも死んで代が変わり、この画すがたにその形影をのこしているだけなのだ。ああ、そうして生きていたときのようなすこやかなあゆみを馳せるということはもうないだろう。
如今豈無騕褭與驊騮,時無王良伯樂死即休!

ただ今では、まさか「騕褭」や「驊騮」の名馬がいないわけでもないだろうが、天下が気の緩みで、名馬を名馬としてみわけてくれる伯楽、調教の上手い王良がいなくなり、名馬がいたとしても、凡馬のあつかいをうけていてそのまま死んでしまうことをしているのだろう。


自分が聞く所に周の穆王の馬は日に千里走ったというが、今ここにある画の馬はまちがいなくそのような馬ではないのだろうか。
その雄々しく傑出した様子はなんとすばらしいのだろう、たてがみや尾からさわさわと北風が吹き起っているように凛々しいのだ。
毛は緑と縹との二色をなし、両耳は黄色である。眼からは紫のほのおをだし一対のひとみは菱形をしている。
矯々とうねりあがる竜の如き本性はいかなる活動の変化をもするようすをもっているし、たかくそびえた天成の骨格がいかめしくのびやかに張っている。』
昔といってもちょっと前、開元の頃、太僕 張景順は牧場を監督し、駒をならして、そのなかから贅肉のない肉ひきしまった馬を繰り返し選び出し、遂にそれを種馬として牧馬奴に子を産せるようにしたのだ。
そのうまれた千里の馬の駒(驃)は他の馬と区別して之を養育して、その不思議に優れた点を引き出して育てさせた。
そのころ四十万匹、馬の頭数がいたが、景順はその素質、性質など材質がどれもみなこれよりは劣っていることを歎惜した。
そういうことだからこの驃だけの画姿を写させて世の人に伝えるために残した。座右で之を見ていると、いつまで見ても目新しく感じるものだ。』
今では数十年の歳月が流れ、馬たちも死んで代が変わり、この画すがたにその形影をのこしているだけなのだ。ああ、そうして生きていたときのようなすこやかなあゆみを馳せるということはもうないだろう。

ただ今では、まさか「騕褭」や「驊騮」の名馬がいないわけでもないだろうが、天下が気の緩みで、名馬を名馬としてみわけてくれる伯楽、調教の上手い王良がいなくなり、名馬がいたとしても、凡馬のあつかいをうけていてそのまま死んでしまうことをしているのだろう。





(天青の驃の図の歌)
吾聞く天子の馬走ること千里なりと、今の画図は乃ち是なる無からんや
是れ何の意態(いたい)ぞ雄にして且つ傑なり、騣尾粛梢(そうびしょうしょう)として朔風(さくふう)起る
毛は緑縹(りょくひょう)を為して両耳は黄なり、眼に紫焔(しえん)有りて双瞳(そうどう)方なり
矯矯(きょうきょう)たる竜性(りょうせい)変化を含む、卓立せる天骨森(てんこつしん)として開張す』
伊(これ)昔 太僕(たいぼく)張景順(ちょうけいじゅん)、牧を監し駒を攻して清峻(せいしゅん)なるを閲(えつ)す
遂に大奴をして天青に字せ令(し)む、別に驥子(きし)を養うて神駿(しんしゅん)なるを憐む
当時四十万匹の馬、張公 其の材の尽く下れるを歎ず、故に独り兵を写して世人に伝う』
之を座右に見れば久しくして更に新なり。
年多く物化して空しく形影あり、鳴呼!健歩(けんぽ)騁(は)するに由無し!
如今(じょこん)豈に騕褭(ようじょう)と驊騮(かりゅう)と無からんや、時に王艮(おうりょう) 伯楽(はくらく)無く死して即ち休す!』




天育驃騎歌
○天育或は厩の名。「天子ノ育テル所」の義とする。○驃「黄馬ノ白色ヲ発スルもの。○図 絵。或は図を騎に作り驃騎とする。


吾聞天子之馬走千裡,今之畫圖無乃是?
自分が聞く所に周の穆王の馬は日に千里走ったというが、今ここにある画の馬はまちがいなくそのような馬ではないのだろうか。
天子之馬走千里 「穆天子伝」の語。穆王の八駿は一日によく千里を走る。○今之画図 いま眼前見る所の驃図をいう。○無乃是  是とは上の千里馬をさす。



是何意態雄且傑,騣尾蕭梢朔風起。
その雄々しく傑出した様子はなんとすばらしいのだろう、たてがみや尾からさわさわと北風が吹き起っているように凛々しいのだ。
 図の馬をさす。○意態 馬の意気態度。○雄且傑 おおしくすぐれている。○騣尾・騣は葉、たてがみ。尾はしっぼ。○蕭梢 さわさわと風の起こるさま。○朔風 北風。



毛為綠縹兩耳黃,眼有紫焰雙瞳方。
毛は緑と縹との二色をなし、両耳は黄色である。眼からは紫のほのおをだし一対のひとみは菱形をしている。
綠縹 綠は黒いことをいう、縹は青黄色。○紫焔 むらさきのほのお。○双瞳 一対のひとみ。〇 四角、菱形。ひとみは馬と雑も四角ではないが、まぶたの囲んでいる処は菱形をなしているので「方」といった。


矯矯龍性合變化,卓立天骨森開張。』
矯々とうねりあがる竜の如き本性はいかなる活動の変化をもするようすをもっているし、たかくそびえた天成の骨格がいかめしくのびやかに張っている。』
矯矯 うねうねとあがるさま。○竜性 竜の如き性質。○含変化 いかようにも変化に応ずべき様子をもっている。○卓立 たかくそびえる。○天骨森 天よりうけた骨であっていかめしい。○開張 のびやかに張っている。



昔太樸張景順,監牧攻駒閱清峻。
昔といってもちょっと前、開元の頃、太僕 張景順は牧場を監督し、駒をならして、そのなかから贅肉のない肉ひきしまった馬を繰り返し選び出し、遂にそれを種馬として牧馬奴に子を産せるようにしたのだ。
伊昔 伊とは辞である。○太僕 厩牧輿車を掌る官。○張景順 開元時の人。開元十三年張説の「陳右監牧頒徳碑」の序に「元年、牧馬二十四万匹、十三年乃チ四十三万匹。上(玄宗)顧ミテ太僕少卿・兼秦州都督・監牧都副使・張景順二謂イテ日ク、吾ガ馬幾何力蕃育セシハ、卿ノカナリト。対エテ日ク、帝ノカナリ、仲(王毛仲)ノ令ナリ、臣何ノカカ之有ラント」とあるのは、この張景順である。○監牧 牧場を監督する。○攻駒 あら駒をのりこなす。○清唆 すこし痩せてひきしまった様子をした馬。



遂令大奴守天育,別養驥子憐神駿。
そのうまれた千里の馬の駒(驃)は他の馬と区別して之を養育して、その不思議に優れた点を引き出して育てさせた。
○大奴 身体長大な奴。景順の下に居る「馬ヲ牧スル奴」をいう。○守天育 守はみまもることをいう。天青において馬に子を産せしめることをいう。これは上句の清峻な馬を種馬として牝馬に産ませること。○別養驥子 驥子は上の方法によって新しくうまれた千里馬の駒、即ち驃馬のこと。別義は他の天青の羣馬とは別に養育することをいう。○神駿 ふしぎにすぐれていることをいう。



當時四十萬匹馬,張公嘆其材盡下。
そのころ四十万匹、馬の頭数がいたが、景順はその素質、性質など材質がどれもみなこれよりは劣っていることを歎惜した。
張公 景順。○ 材質。○下 劣ること。 



故獨寫真傳世人,見之座右久更新。』
そういうことだからこの驃だけの画姿を写させて世の人に伝えるために残した。座右で之を見ていると、いつまで見ても目新しく感じるものだ。』
独写真 この際だけにその実の姿を画にうつす。○座右 座席の右。○久更新 いつまでみてもめあたらしい。



年多物化空行影,鳴呼健步無由騁!
今では数十年の歳月が流れ、馬たちも死んで代が変わり、この画すがたにその形影をのこしているだけなのだ。ああ、そうして生きていたときのようなすこやかなあゆみを馳せるということはもうないだろう。
年多 開元より天宝末まで数十年、多くの年を経ている。○物化馬の実物が変化する。死去したことをい
う。○空形影実体はなくなり、いたずらに形や影がある、この画すがたのみ存在することをいう。○健歩すこやかなあゆみ。



如今豈無騕褭與驊騮,時無王良伯樂死即休!
ただ今では、まさか「騕褭」や「驊騮」の名馬がいないわけでもないだろうが、天下が気の緩みで、名馬を名馬としてみわけてくれる伯楽、調教の上手い王良がいなくなり、名馬がいたとしても、凡馬のあつかいをうけていてそのまま死んでしまうことをしているのだろう。
○如今いま。○騕褭 赤い鼻づらの黒馬、一日に万里を行くという。○驊騮 穆王八駿の一つ。○王艮 戦国の趙簡子の時の人で調教を善くした。○伯楽孫陽のこと、秦の穆公の時の人で善く馬相をみた。○やむ、おわる。




  この頃の天下の情勢は、頽廃的な緊張感のない時代を過ごしてきており、局地戦に馬が使われるくらいで、大量の両刃を育てる意欲が消失していたことを指摘している。賄賂全盛で、役人はまじめに仕事をしていなかった。馬が好きな杜甫らしい観点でリベラルな論評をしている。



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醉時歌  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の 漢詩ブログ 誠実な詩人 杜甫 特集 77

酔ったときの気もちを詠ったもの。杜甫の親友である広文館の博士鄭虔に贈ったもの。作時は754年天宝13載43歳。長安。〔原注〕に贈虞文館博士鄭虔。とある。別に、755年春の「酔歌行」がある。


酔時歌 
#1
諸公袞袞登臺省,廣文先生官獨冷。
仕官している方々は続々として三省六部、九寺、御史台の官庁へ登用されるが、広文先生(鄭虔)は部下ひとりだけのさびしい官についておられる。
甲第紛紛厭粱肉,廣文先生飯不足。
また他の諸官員は上等の邸宅を無数にかまえて梁肉の御馳走にあききっておるが、我が広文先生はご飯も不足がちである。
先生有道出羲皇,先生有才過屈宋。
先生は身に道義をそなえていることは三皇五帝以上である、また文才をもっておられること屈原や宋玉よりもまさっておられる。
德尊一代常坎軻,名垂萬古知何用。』
道や徳が生きている一代にどんなに尊いものであってもいつも不遇でおられる、之を見ると後の世にその名を遺したとしても何の役に立つかというような気がする。』
#2
杜陵野客人更嗤,被褐短窄鬢如絲。
杜陵近くに住む無冠の自分に至ってはいっそう他人から笑われている。きている毛織物は着丈が短くて身はばがせまく、髪の毛は白糸混じりのようだ。
日糴太倉五升米,時赴鄭老同襟期。
日々御米屋から五升ずつの米をかいいれ、詩文を売り金を手にすると、同志たる鄭虔老先生のところへでかけるのである。
得錢即相覓,沽酒不複疑,
自分は銭を得さえすればすぐ先生をもとめ、何等のためらうことなく酒をかう。
忘形到爾汝,痛飲真吾師。』
そうして外形を忘れて貴様とよびあうほどになる、ひどく酒を飲めば飲のむほど吾が師とすべき人である。』

こんなことを言いはしましたがそれをきいて哀しみ痛む必要はありません、生前にこうして遭遇した以上、盃を口にすることが一番です。

#3
清夜沈沈動春酌,燈前細雨簷花落。
きょうもこの清らかな夜にあたり、人の寝静まるころ春酒を酌みはじめた。燈の前には雨がほそほそとふりそそいで簷花がちらちらする。
但覺高歌有鬼神,焉知餓死填溝壑。
興に乗じて声高に歌をうたいだすたびに人の霊魂と天の神のたすけがあるかと覚えるのだが、あすにも餓死して溝やたにに屍をうずめるかも知れぬなどの心配の念はちっともおこらぬものだ。
相如逸才親滌器,子雲識字終投閣。』
司馬相如ほどのすぐれた才人は窮したときには自分みずから食器あらいをしたし、揚子雲ほどの字を知った学者でも結局一人合点で高い楼閣から地上に身を投げた。』
#4
先生早賦歸去來,石田茅屋荒蒼苔。
先生、早く賦を書かれたらよいのでは、陶淵明の帰去来の辞ように、故郷の石ころのあるわるい田地や茅屋には蒼苔などであれはててしまいますよ。
儒術於我何有哉、孔丘盜跖俱塵埃。
儒者の学術などは我々にとって何の効があるというのか、聖人孔子も大泥棒の拓もひとしくともに死して塵攻にかわるだけである。
不須聞此意慘愴,生前相遇且銜杯。』



#1
仕官している方々は続々として三省六部、九寺、御史台の官庁へ登用されるが、広文先生(鄭虔)は部下ひとりだけのさびしい官についておられる。
また他の諸官員は上等の邸宅を無数にかまえて梁肉の御馳走にあききっておるが、我が広文先生はご飯も不足がちである。
先生は身に道義をそなえていることは三皇五帝以上である、また文才をもっておられること屈原や宋玉よりもまさっておられる。
道や徳が生きている一代にどんなに尊いものであってもいつも不遇でおられる、之を見ると後の世にその名を遺したとしても何の役に立つかというような気がする。』

#2
杜陵近くに住む無冠の自分に至ってはいっそう他人から笑われている。きている毛織物は着丈が短くて身はばがせまく、髪の毛は白糸混じりのようだ。
日々御米屋から五升ずつの米をかいいれ、詩文を売り金を手にすると、同志たる鄭虔老先生のところへでかけるのである。
自分は銭を得さえすればすぐ先生をもとめ、何等のためらうことなく酒をかう。
そうして外形を忘れて貴様とよびあうほどになる、ひどく酒を飲めば飲のむほど吾が師とすべき人である。』

#3
きょうもこの清らかな夜にあたり、人の寝静まるころ春酒を酌みはじめた。燈の前には雨がほそほそとふりそそいで簷花がちらちらする。
興に乗じて声高に歌をうたいだすたびに人の霊魂と天の神のたすけがあるかと覚えるのだが、あすにも餓死して溝やたにに屍をうずめるかも知れぬなどの心配の念はちっともおこらぬものだ。
司馬相如ほどのすぐれた才人は窮したときには自分みずから食器あらいをしたし、揚子雲ほどの字を知った学者でも結局一人合点で高い楼閣から地上に身を投げた。』

#4
先生、早く賦を書かれたらよいのでは、陶淵明の帰去来の辞ように、故郷の石ころのあるわるい田地や茅屋には蒼苔などであれはててしまいますよ。
儒者の学術などは我々にとって何の効があるというのか、聖人孔子も大泥棒の拓もひとしくともに死して塵攻にかわるだけである。
こんなことを言いはしましたがそれをきいて哀しみ痛む必要はありません、生前にこうして遭遇した以上、盃を口にすることが一番です。



(酔時の歌)
#1
諸公袞袞として台省に登る、広文先生官独り冷かなり。
甲第紛紛梁肉に厭く、広文先生飯足らず。
先生道有り義皇よりも出づ、先生才有り屈宋よりも過ぐ
徳一代に尊くして常に坎軻たり、名 万古に垂るるも知らず何の用ぞ』
#2
杜陵の野客人更に嗤う、被褐短窄賓糸の如し。
日に糴う大倉五升の米、時に鄭老が襟期を同じくするに赴く。
銭を得れば即ち相覓む、酒を清うて復た疑わず。
形を忘れて爾汝に到る、痛飲兵に吾が師なり。』
#3
晴夜沈沈春酌を動かす、燈前細雨に箸花落つ。
但だ覚ゆ高歌鬼神有るを、焉んぞ知らん餓死して溝壑に填するを
相如逸才なるも親ら器を滌う、子雲字を識るも終に闇より投ず』
#4
先生早く賦せよ帰去来、石田茅屋蒼苔荒れん。
儒術我に於で何か有らん哉、孔丘盗跖倶に塵挨なり
須いず此を聞いて意惨愴なるを、生前相遇う且つ杯を銜め。』


#1
諸公袞袞登臺省,廣文先生官獨冷。
仕官している方々は続々として三省六部、九寺、御史台の官庁へ登用されるが、広文先生(鄭虔)は部下ひとりだけのさびしい官についておられる。
諸公 当時、仕官している人々をさす。○袞袞 こんこん相い続いて絶えないさま。〇台省 三省六部、九寺、一台(御史台) 御史台は台院・殿院・察院に分かれ、台院は侍御史を長として百官を糾察し、殿院は殿中侍御史を長として殿廷供奉の儀式を担当し、察院は監察御史を長として州県を巡察した。三省とは、中書省・門下省・尚書省の三つの機関を指す。○広文先生 鄭虔をさす。天宝九載に国子監に広文館博士一人、助教一人を置き、生徒の進士たるものを領させた。これは玄宗が鄭虔を優遇しようと創設した機関であるが、優遇といえるものであったのか。○官独冷 冷とは熱の反対、人がよりつかないことを冷といぅ。



第紛紛厭粱肉,廣文先生飯不足。
また他の諸官員は上等の邸宅を無数にかまえて梁肉の御馳走にあききっておるが、我が広文先生はご飯も不足がちである。
甲第 上等の邸宅。○紛紛 多くあるさま。○梁肉 よいこめ、にく。



先生有道出羲皇,先生有才過屈宋。
先生は身に道義をそなえていることは三皇五帝以上である、また文才をもっておられること屈原や宋玉よりもまさっておられる。
有道 道義を身につける。○出 超出することをいう。○義皇 三皇五帝のこと。中国の神話伝説時代の帝王。現在ではこれらは実在の人物とは考えられていない。
三皇は神、五帝は聖人としての性格を持つとされた。
有才 才は文才をいう。○屈宋 楚の屈原、宋玉。騒賦の作家である。



德尊一代常坎軻,名垂萬古知何用。』
道や徳が生きている一代にどんなに尊いものであってもいつも不遇でおられる、之を見ると後の世にその名を遺したとしても何の役に立つかというような気がする。』
坎軻 不遇のさま。○知何用 何の役に立つかを知らず、用なしということ。意味がないのではなかろうか。



#2
杜陵野客人更嗤,被褐短窄鬢如絲。
杜陵近くに住む無冠の自分に至ってはいっそう他人から笑われている。きている毛織物は着丈が短くて身はばがせまく、髪の毛は白糸混じりのようだ。
杜陵野客 杜甫自ずから称する。杜陵は即ち少陵。官に仕えぬ故に野客という。〇 他の人。○ 自分の事をわらう。○被褐 きている粗末な毛織りもの。○ 着たけのみじかいこと。○ 身はばのせまいこと。前合わせ幅が足らない。体に合っていない。粗末な見栄えをいう。○如糸 頭髪の白髪のようす。



日糴太倉五升米,時赴鄭老同襟期。
日々御米屋から五升ずつの米をかいいれ、詩文を売り金を手にすると、同志たる鄭虔老先生のところへでかけるのである。
 日々。○糴 かいいれる。○太倉 天子の御米蔵。米屋。〇五升米 一家の買い得る制限額であろう。前年の天宝十二載八月に雨があって米価が騰貴したために、大倉の米十万石を出し価を減じて貧人にはらいさげた。〇時赴 時あって赴く。○鄭老 虔をさす。○同襟期 襟期は心期、心に期する所、同襟期は同志であることをいう。



得錢即相覓,沽酒不複疑
自分は銭を得さえすればすぐ先生をもとめ、何等のためらうことなく酒をかう。
○得銭 銭を得さえすれば。○相覓 互いにではなく杜甫の方から鄭慶をもとめる。○沽酒 杜甫が酒をかうこと。○不複疑 ぐずぐずせずすぐさま買う。ためらわずに。



忘形到爾汝,痛飲真吾師。』
そうして外形を忘れて貴様とよびあうほどになる、ひどく酒を飲めば飲のむほど吾が師とすべき人である。』
忘形 精神を互いに契って外形を忘れる。○到爾汝 爾汝の間柄に達する。親友となればお互いに俺、貴様といいあうものであり、親交がそこまでに到るということ。○痛飲 ひどく酒をのむ。



#3
清夜沈沈動春酌,燈前細雨簷花落。
きょうもこの清らかな夜にあたり、人の寝静まるころ春酒を酌みはじめた。燈の前には雨がほそほそとふりそそいで簷花がちらちらする。
清夜 清は聖人を示し、女気のない夜。○沈沈 しずかなさま。○ 為しはじめることをいう。○春酌 通常女性と性的な交じりを込めた酒を酌み交わすことであるが、女気のないのを強調している。○簷花 軒端より雨のしたたるさまを花にみたてている。通常は軒端に立っている女性を示すが、女がいないので雨をことさら女性のようにあらわしたもの。



但覺高歌有鬼神,焉知餓死填溝壑。
興に乗じて声高に歌をうたいだすたびに人の霊魂と天の神のたすけがあるかと覚えるのだが、あすにも餓死して溝やたにに屍をうずめるかも知れぬなどの心配の念はちっともおこらぬものだ。
高歌有鬼神 声高に歌をうたいだすと人の霊魂と天の神のたすけがある○墳溝壑 死んで骨を溝や壑(たに)にうずめること。



相如逸才親滌器,子雲識字終投閣。』
司馬相如ほどのすぐれた才人は窮したときには自分みずから食器あらいをしたし、揚子雲ほどの字を知った学者でも結局一人合点で高い楼閣から地上に身を投げた。』
相如 漢の司馬相如。卓文君に詩を書き、駆け落ちし、酒店をひらき、文君と二人で財を成した。みずから雑役をなし飲食の器物をすすいだ。○逸才 文学にすぐれた才。○滌器 よごれた食器をあらいすすぐこと。○子雲 漢の揚雄、字は子雲。王莽の後継者問題に巻き込まれ、司直の手を逃れられぬと感じた揚雄は、思い余った末に天禄閣の上から投身自殺を図る。○識字 揚雄は大学者にして特に古代の文字に精通していた。



#4
先生早賦歸去來,石田茅屋荒蒼苔。
先生、早く賦を書かれたらよいのでは、陶淵明の帰去来の辞ように、故郷の石ころのあるわるい田地や茅屋には蒼苔などであれはててしまいますよ。
帰去来 晋の陶淵明は彰沢の県令となったが、80数日で「帰去来の辞」を賦して官を辞した。○石田 石ころのあるわるい田地。○ 蒼ゴケや草などの生い茂ること。



儒術於我何有哉、孔丘盜跖俱塵埃。
儒者の学術などは我々にとって何の効があるというのか、聖人孔子も大泥棒の拓もひとしくともに死して塵攻にかわるだけである。
儒術儒者の学術。○何有哉何の効があろうか、ない。○孔丘孔夫子、大聖人である。○盗拓 大泥棒である拓。○倶塵挨 聖も盗も善悪の極端なるにかかわらずつまりはともに死んでちりほこりにかわるだけである。ちょっと道教的な文になっているのは鄭虔が道士であるため。



不須聞此意慘愴,生前相遇且銜杯。』
こんなことを言いはしましたがそれをきいて哀しみ痛む必要はありません、生前にこうして遭遇した以上、盃を口にすることが一番です。
不須 必要がない。○此 この歌をさす。○惨槍 かなしくいたむ。○相遇 知己のものが遭遇した。○まあまあということ。○銜杯 酒杯を口にくわえる。



○韻 省、冷/肉、足/皇、宋、用。/嗤、絲、期、疑、師。/酌、落、壑、閣。/來、苔、埃、杯。


 杜甫も鄭虔も気まぐれな玄宗の犠牲者の一人であろう。玄宗としては、優遇したつもりであろうが、命を下しても宦官の高力士や、李林甫が受けるのである。文人を嫌い排除していった人物である。
 小賢しいものであれば玄宗にお目どおりして実情を訴えるであろうが立派な人物なのだろう、姑息なことをしないのである。
 李白が都を追われて以降、玄宗は「一芸に秀でたものを登用」と天下に詔を下したが、実際は文人を冷遇していたのは有名なことだ。

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麗人行の世界

歴史絵巻は私たちに唐代の女性の生き生きとした姿を示してくれる。

彼女たちはいつも外出して活動し、人前に顔をさらしたまま郊外、市街、娯楽場に遊びに行き、芝居やポロを見物した。毎年春には、男たちと一緒に風光明媚な景勝地に遊びに行き、思うぞんぶん楽しむことさえできた。

·施肩吾少婦游春詞

簇錦攢花勝遊,萬人行處最風流。無端自向春園裏,笑摘青梅阿侯。

(錦を集め、花を潜めて 勝游を闘わせ、万人行く処 最も風流。端無くも自ら向う春園の裏,笑うて摘む青梅阿侯。)(七言句押尤韻)

「三月三日 天気新なり、長安の水辺 麗人多し」(杜甫「麗人行」)などの詩句は、みな上流階級の男女が春に遊ぶさまを詠んだものである。

杜甫《卷二41 麗人行》

三月三日天氣新,長安水邊多麗人。

三月三日 天氣新たに,長安の水邊 麗人多し。

態濃意遠淑且真,肌理細膩骨肉勻。

態は濃く 意は遠くして淑且かつ真に,肌理きりは 細膩さい ぢ にして  骨肉は勻ひとし。

繡羅衣裳照暮春,蹙金孔雀銀麒麟。

繍羅しう ら の衣裳は 莫春に 照はゆる,蹙金しゅくきんの孔雀 く じゃく  銀の麒麟 き りん。

頭上何所有,翠微盍葉垂鬢脣。

頭上何の有る所ぞ, 翠を盎葉おうようと爲して鬢びん脣しんに 垂たる。

背後何所見,珠壓腰衱穩稱身。

背後何の見る所ぞ,珠は腰衱えうけふを壓して穩やかに身に稱かなふ。』

就中雲幕椒房親,賜名大國虢與秦。

就中なかんづく 雲幕の椒房せうばうの親しん,名を賜ふ 大國  虢くゎくと秦しんと。

紫駝之峰出翠釜,水精之盤行素鱗。

紫駝しだの峰を翠釜すゐ ふ より 出いだし,水精の盤に  素鱗 行くばる。

犀箸厭飫久未下,鑾刀縷切空紛綸。

犀箸さいちょ 厭飫えんよして久しく未だ下さず,鸞刀らんたう 縷切る せつして  空しく紛綸たり。

黃門飛鞚不動塵,御廚絡繹送八珍。

黄門 鞚くつわを飛ばして塵を動かさず,御廚ぎょちゅう 絡繹らくえきとして 八珍を送る。

簫鼓哀吟感鬼神,賓從雜遝實要津。

簫管 哀吟して 鬼神をも感ぜしめ,賓從ひんじゅう 雜遝ざったふして  要津えうしんに實みつ。』

後來鞍馬何逡巡,當軒下馬入錦茵。

後れ來たる鞍馬は何ぞ 逡巡んする,軒に當たりて 馬より下りて  錦茵きんいんに入る。

楊花雪落覆白蘋,青鳥飛去銜紅巾。

楊花やうくゎ 雪のごとく落ちて  白蘋はくひんを覆ひ,靑鳥 飛び去りて  紅巾こうきんを銜ふくむ。

炙手可熱勢倫,慎莫近前丞相嗔。

手を炙あぶらば 熱す可べし  勢は絶倫なり,慎みて 近前する莫れ  丞相じょうしゃう 嗔いからん。』

麗人行  杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 65

彼女たちは公然とあるいは単独で男たちと知り合い交際し、甚だしくは同席して談笑したり、一緒に酒を飲んだり、あるいは手紙のやりとりや詩詞の贈答をしたりして、貞節を疑われることも意に介さなかった。白居易の「琵琶行」という詩に出てくる、夫の帰りを待つ商人の妻は夜半に見知らぬ男たちと同船し、話をしたり琵琶を演奏しあったりしている。それで、宋代の文人洪遇は、慨嘆して「瓜田李下の疑い、唐人は譏らず」(『容斎三筆』巻六)といった。

「瓜田李下之疑, 唐人不譏也。」(瓜田李下の疑い、唐人は譏らず。)

「瓜田に履を入れず、李下(すももの木の下)に冠を正さず」 の格言に基づく、疑われやすい状況のたとえ。

宋の洪邁《容齋三筆‧白公夜聞歌者》「然鄂州所見, 亦一女子獨處, 夫不在焉。 瓜田李下之疑, 唐人不譏也。」

 

彼女たちは「胡服騎射」を好む気風があり、胡服戎装(北方民族の軍装)をしたり、男装したりすることを楽しみ、雄々しく馬を走らせ鞭を振い、「撃を露わにして〔馬を〕馳験せた」(『新唐書』車服志)。

またポロや狩猟などの活動に加わることもできた。

杜甫の《卷四32哀江頭》詩に「輦前才人帶弓箭,白馬嚼齧黄金勒。翻身向天仰射雲,一笑正墜雙飛翼。」(輦前の才人 弓箭【きゅうせん】を 帶び,白馬 嚼噛【しゃくげつ】す 黄金の勒【くつわ】。身を翻して天に向ひ 仰ぎて雲を射れば,一笑 正に堕つ 雙飛翼。天子の乗り物の前に才人などの騎兵隊の女官たちが、弓矢を腰に携えていたのだ。先導する白馬は、黄金製のくつわを噛んで堂々としたものだった。体の向きを変えるように、恩ある天子に向かって仰向(あおむ)いて、雲に反旗の矢を射掛ける。楊貴妃の微笑による王朝の頽廃は、梧桐のつがいになって翼を並べて飛んでいた鳥が、ちょうど墜されたのだ。卷四32哀江頭》と描写されている。馬上で矢を射る女たちの何と雄々しき姿であることか。彼女たちは勇敢かつ大胆で、よく愛し、よく恨み、また、よく怒りよく罵り、古来女性に押しつけられてきた柔順、謙恭、忍耐などの「美徳」とはほとんど無縁のようだった。誰にも馴れない荒馬を前にして、武則天は公衆に言った。「私はこの馬を制することができる。それには三つの物が必要だ。一つめは鉄鞭、二つめは鉄樋(鉄杖、武器の一種)、三つめは短剣である。鉄鞭で撃っても服さなければ馬首を鉄樋でたたき、それでもなお服さなければ剣でその喉を断つ」(『資治通鑑』巻二〇六、則天后久視元年)と。この話は唐代の女性たちに特有の勇敢で、剛毅な性格をじつに生々と表わしている。

彼女たちは積極的に恋愛をし、貞節の観念は稀薄であった。未婚の娘が秘かに男と情を通じ、また既婚の婦人が別に愛人をつくることも少なくなかった。女帝(武則天)が一群の男寵(男妾)をもっていたのみならず、公主(皇女)、貴婦人から、はては皇后、妃嬢にさえよく愛人がいた。離婚、再婚もきわめて普通であり、唐朝公主の再婚や三度目の結婚もあたりまえで珍しいことではなかった。こうした風習に、後世の道学先生たちはしきりに首をふり嫌悪の情を示した。『西廟記』『人面桃花』『侍女離魂』『蘭橋遇仙』『柳毅伝書』等の、儒教道徳に反した恋愛物語が、どれも唐朝に誕生したことは、この常よい証拠である。

 

彼女たちの家庭における地位は比較的高く、「婦は強く夫は弱く、内(女)は齢く外(男)は柔かい」(張鷲『朝野愈載』巻四)といった現象はどこにでも見られた。唐朝の前期には上は天子から下は公卿・士大夫に至るまで、「恐妻」がなんと時代風潮にさえなったのである。ある道化の楽人は唐の中宗の面前で、「かかあ天下も大いに結構」(孟築『本事詩』嘲戯)と歌ったことで、韋皇后から褒美をもらったという。御史大夫の襲談は恐妻家としてたいへん有名であったばかりか、妻は恐るべしという理論までもっていた。妻たちが家で勝手気ままに振舞っているのを見聞したある人は、大いに慨嘆して次のようにいった。「家をもてば妻がこれをほしいままにし、国をもてば妻がそれを占拠し、天下をもてば妻がそれを指図する」(干義方『異心符』)と。

この時代には、まだ「女子は才無きが輒ち是れ徳なり」(清の石成金の『家訓抄』が引く明の陳眉公の語)という観念は形成されていなかった。宮廷の妃嫁、貴婦人、令嬢から貧しい家の娘、尼僧や女道士、娼妓や女俳優、はては婦女にいたるまで文字を識る者がきわめで多く、女性たちが書を読み文を作り、詩を吟じ賊を作る風潮がたいへん盛んであった。これによって唐代には数多くの才能ある女性詩人が生れたのである。女道士の魚玄機はかつて嘆息して、「自ら恨む 羅衣の 詩句を掩うを、頭を挙げて空しく羨む 模中の名(女に生れて詩文の才を発揮できないのが恨めしい。むなしく科挙合格者の名簿を眺める)」(「崇真観の南楼に遊び、新及第の題名の処を括る」)と詠んだ。この詩句は、女性が才能の点で男性に譲らぬ自信をもってはいるが、男とともに金棒(科挙合格者発表の掲示板)に名を載せ、才能を発揮できない無念さをよく表している。

 

 

年:753年天寶十二年42

卷別:    卷二一六              文體:    樂府

詩題:    麗人行

作地點:              長安(京畿道 / 京兆府 / 長安)

及地點:              長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都      

交遊人物/地點:  

 

 

 

麗人行(麗人の体貌服飾の美を詠う。)

三月三日天氣新,長安水邊多麗人。

三月三日に大空が晴れあがって気持ちも新たになる、長安の曲江池の水辺には麗しい美人が多くあそんでいる。

態濃意遠淑且真,肌理細膩骨肉勻。

態度が美しく、品位気高くしとやかで人柄がよくて、真実の意識がある、肌のきめこまかになめらかに、骨と肉がつりあい体型、背たけも良い。

繡羅衣裳照莫春,蹙金孔雀銀麒麟。

刺繍をした薄い絹の上衣、その下の衣裳は暮春のそらをてりかがやかし、金のより糸で孔雀、銀のより糸で麒麟を縫い取りされている。

頭上何所有、翠微盎葉垂鬢唇。

頭上の飾りものは何かといえば翡翠の羽で造花の葉にした飾が鬢に垂れている。

背衱何所見、珠壓腰衱穩稱身。』

背のあたりはどんなものが何かといえば腰帯のあたりにたくさんの真珠が重くなるほどついて体に似合っている。』

#2

就中雲幕椒房親,賜名大國虢與秦。

それらの美人たちのうちでも幕を雲のように張りつらねた皇后様の御身内、それは我国、秦国という大国の国号を賜わっている貴夫人方である

紫駝之峰出翠釜,水精之盤行素鱗。

紫色の駱駝の峰肉が翠色の釜からやき肉に調理して出され、水桶の大皿には銀鱗の魚のなますが盛られてもちだされる。

犀筋厭飫久未下,鸞刀縷切空紛綸。

犀の角で作った箸をなかなかつけようとしない、そこで料理人が腕のさえを見せようと鳳凰の彫刻の料理刀で細作りに肉を切るには切るがその肉片はいたずらにみだれているばかりだ。

黃門飛鞚不動塵,禦廚絡繹送八珍。

後宮の宦官が塵もたたせず馬の口手綱をとばして来て大膳職からひっきりなしに八珍の御料理を送りこされる。

簫管哀吟感鬼神,賓從雜還實要津。』

簫や笛が奏でられる哀調をおびて鬼神をも感動させるほどあわれに妙であり、賓客と僕従とが要処要処にいっぱいに集結している。』

#3

後來鞍馬何逡巡!當軒下馬入錦茵。

最後にやってくる鞍馬はどうしてあんなにゆっくりとくるのか。やがて幔幕の舎の軒のところへくると馬からおりて錦のしとねの方へはいりこんだ。

楊花雪落覆白蘋,青鳥飛去銜紅巾。

楊柳の花が雪のように舞落ちて水面の白蘋におおいかぶさっている。また仙女の使いの青鳥が飛び去って美人たちの紅巾をくわえたりするように姫妃にざれている。

炙手可熱勢倫,慎莫近前丞相嗔。』

この貴妃の権勢は絶大なもので、もし手をあぶればやけどをする、進みちかづけはしない、ちかづけば丞相殿にお怒りを頂戴することになる。』

 

長安城図 作図00 

 

 

 

『麗人行』 現代語訳と訳註解説
(
本文)

麗人行

三月三日天氣新,長安水邊多麗人。

態濃意遠淑且真,肌理細膩骨肉勻。

繡羅衣裳照暮春,蹙金孔雀銀麒麟。

頭上何所有,翠微盍葉垂鬢脣。

背後何所見,珠壓腰衱穩稱身。

就中雲幕椒房親,賜名大國虢與秦。

紫駝之峰出翠釜,水精之盤行素鱗。

犀箸厭飫久未下,鑾刀縷切空紛綸。

黃門飛鞚不動塵,御廚絡繹送八珍。

簫鼓哀吟感鬼神,賓從雜遝實要津。

後來鞍馬何逡巡,當軒下馬入錦茵。

楊花雪落覆白蘋,青鳥飛去銜紅巾。

炙手可熱勢倫,慎莫近前丞相嗔。

 

詩文(含異文)    

三月三日天氣新,長安水邊多麗人。

態濃意遠淑且真,肌理細膩骨肉勻。

繡羅衣裳照暮春【畫羅衣裳照暮春】,蹙金孔雀銀麒麟。

頭上何所有,翠微盍【案:烏合反。】葉垂鬢脣【翠微匌盍垂鬢脣】【翠為盍葉垂鬢脣】【翠為匌盍垂鬢脣】。

背後何所見【身後何所見】,珠壓腰衱穩稱身【珠壓腰襻穩稱身】【珠壓腰肢穩稱身】。

就中雲幕椒房親,賜名大國虢與秦。

紫駝之峰出翠釜【紫駝之珍出翠釜】,水精之盤行素鱗。

犀箸厭飫久未下,鑾刀縷切空紛綸【鑾刀縷切坐紛綸】。

黃門飛鞚不動塵,御廚絡繹送八珍【御廚絲絡送八珍】。

簫鼓哀吟感鬼神【簫管哀吟感鬼神】,賓從雜遝實要津【賓從合遝實要津】。

後來鞍馬何逡巡,當軒下馬入錦茵【當道下馬入錦茵】。

楊花雪落覆【案:音副。】白蘋,青鳥飛去銜紅巾。

炙手可熱勢倫【炙手可熱世倫】,慎莫近前丞相嗔【慎莫向前丞相嗔】。


(下し文)
(麗人行)

三月三日 天氣新たに,長安の水邊 麗人多し。

態は濃く 意は遠くして淑且つ真に,肌理は 細膩さい ぢ にして 骨肉は勻ひとし。

繍羅の衣裳は 莫春に 照はゆる,蹙金しゅくきんの孔雀 銀の麒麟 。

頭上何の有る所ぞ, 翠を盎葉と爲して鬢びん脣に 垂る。

背後何の見る所ぞ,珠は腰を壓して穩やかに身に稱ふ。』

就中く 雲幕の椒房の親,名を賜ふ 大國 虢と秦と。

紫駝の峰を翠釜 より 出いだし,水精の盤に  素鱗 行くばる。

犀箸 厭飫して久しく未だ下さず,鸞刀 縷切して  空しく紛綸たり。

黄門 鞚を飛ばして塵を動かさず,御廚絡繹として 八珍を送る。

簫管 哀吟して 鬼神をも感ぜしめ,賓從 雜遝して  要津に實つ。』

後れ來たる鞍馬は何ぞ 逡巡する,軒に當たりて 馬より下りて  錦茵に入る。

楊花 雪のごとく落ちて 白蘋を覆ひ,靑鳥 飛び去りて 紅巾を銜む。

手を炙らば熱す可べし 勢は絶倫なり,慎みて近前する莫れ 丞相 嗔らん。』


(現代語訳)
(麗人の体貌服飾の美を詠う。)

三月三日に大空が晴れあがって気持ちも新たになる、長安の曲江池の水辺には麗しい美人が多くあそんでいる。

態度が美しく、品位気高くしとやかで人柄がよくて、真実の意識がある、肌のきめこまかになめらかに、骨と肉がつりあい体型、背たけも良い。

刺繍をした薄い絹の上衣、その下の衣裳は暮春のそらをてりかがやかし、金のより糸で孔雀、銀のより糸で麒麟を縫い取りされている。

頭上の飾りものは何かといえば翡翠の羽で造花の葉にした飾が鬢に垂れている。

背のあたりはどんなものが何かといえば腰帯のあたりにたくさんの真珠が重くなるほどついて体に似合っている。』

それらの美人たちのうちでも幕を雲のように張りつらねた皇后様の御身内、それは我国、秦国という大国の国号を賜わっている貴夫人方である

紫色の駱駝の峰肉が翠色の釜からやき肉に調理して出され、水桶の大皿には銀鱗の魚のなますが盛られてもちだされる。
犀の角で作った箸をなかなかつけようとしない、そこで料理人が腕のさえを見せようと鳳凰の彫刻の料理刀で細作りに肉を切るには切るがその肉片はいたずらにみだれているばかりだ。

後宮の宦官が塵もたたせず馬の口手綱をとばして来て大膳職からひっきりなしに八珍の御料理を送りこされる。

簫や笛が奏でられる哀調をおびて鬼神をも感動させるほどあわれに妙であり、賓客と僕従とが要処要処にいっぱいに集結している。』

最後にやってくる鞍馬はどうしてあんなにゆっくりとくるのか。やがて幔幕の舎の軒のところへくると馬からおりて錦のしとねの方へはいりこんだ。

楊柳の花が雪のように舞落ちて水面の白蘋におおいかぶさっている。また仙女の使いの青鳥が飛び去って美人たちの紅巾をくわえたりするように姫妃にざれている。

この貴妃の権勢は絶大なもので、もし手をあぶればやけどをする、進みちかづけはしない、ちかづけば丞相殿にお怒りを頂戴することになる。』

(訳注)

麗人行

長安城東南の曲江池の辺に春遊をたのしむ貴妃、宮女をうたっている。楊国忠らの豪薯を写しだしたもの。753年天宝12載春42歳の作。前年の十一月に李林甫が病死変わって、国忠は右丞相となったので、詩中に「丞相」と詠っている。

大明宮 作図011


三月三日天氣新,長安水邊多麗人。

三月三日に大空が晴れあがって気持ちも新たになる、長安の曲江池の水辺には麗しい美人が多くあそんでいる。

三月三日 陰暦の桃の節句で、唐時には宮女、士女の遊覧の盛んなときであった。○天気新 天色の新たに晴れわたることをいう。○水辺 曲江池の水のほとりをいう。○麗人 うつくしい婦女。

 

態濃意遠淑且真,肌理細膩骨肉勻。

態度が美しく、品位気高くしとやかで人柄がよくて、真実の意識がある、肌のきめこまかになめらかに、骨と肉がつりあい体型、背たけも良い。

態濃 態度がすべてそなえてうつくしい。○意遠 品位に奥ゆきがあって、気高い。○淑且真 人柄がよくて、真実の意識がある。○肌理 はだがこまやか。○細威 こまかにすべすべ、なめらか。○骨肉勻 勻は勻称のことで、つりあいのとれてあることをいう。即ち骨と肉と平均していてこえすぎず、やせすぎぬことをいう。

 
 

繡羅衣裳照莫春,蹙金孔雀銀麒麟。

刺繍をした薄い絹の上衣、その下の衣裳は暮春のそらをてりかがやかし、金のより糸で孔雀、銀のより糸で麒麟を縫い取りされている。

繍羅 刺繍をした薄い絹の上衣。○照暮春 莫は暮と同じ。三月は春の暮れである。照とはあたりもまばゆげにかがやくことをいう。○蹙金 撚金、即ち黄金をうちのばしてまたちぢませたもの。金細工の糸で綿糸として用いるものであろう。○孔雀、麒麟 竝に衣上のぬいとりの模様。



頭上何所有、翠微盎葉垂鬢唇。

頭上の飾りものは何かといえば翡翠の羽で造花の葉にした飾が鬢に垂れている。

何所有 有るものは何か。○翠微盎葉 翠は翡翠の羽、盎は盎綵(女の髻にかざる造り花)のことという。盎葉はその造り花の葉をいう。○鬢脣 鬢のほとりをいう。○珠 真珠。○ 多くぶらさげでいることをいう。

 

 

背衱何所見、珠壓腰衱穩稱身。』

背のあたりはどんなものが何かといえば腰帯のあたりにたくさんの真珠が重くなるほどついて体に似合っている。』

腰衱 衱とは上衣の後裾(うしろの下端)をいう、襟帯(はかまのおび)のところにあたる。○穏称身 わざとらしくなく、ほどよく身体につりあう。



(楊一族の有様を詠う。)

就中雲幕椒房親,賜名大國虢與秦。

それらの美人たちのうちでも幕を雲のように張りつらねた皇后様の御身内、それは我国、秦国という大国の国号を賜わっている貴夫人方である。

就中 それらの多くの遊覧美人のなかにおいて。○雲幕 雲霧の如く多く設けた幕。○椒房親 椒房とは椒(山椒の粉)を泥にまぜて壁に塗った部屋のこと、后妃の室はかくする故に后妃のことを椒房という。椒房の親とは皇后方の親戚のこと、即ち楊貴妃の身内、親戚の人々をさす。○賜名 名とは国号をいう。○大国 即ち下の我国・秦国をさす。○虢與秦 楊貴妃の大姉は韓国夫人に封ぜられ、三姨は我国夫人に、八姨は秦国夫人に封ぜられた。三姨とは三番目の姉妹、八姨とは八番目の姉妹。



紫駝之峰出翠釜,水精之盤行素鱗。

紫色の駱駝の峰肉が翠色の釜からやき肉に調理して出され、水桶の大皿には銀鱗の魚のなますが盛られてもちだされる。

紫駝之峰 紫色の駱駝の峰肉(駱駝の背、隆起している肉)のこと。それをあぶり肉としてたべる。○出翠釜  出とはあぶられ調理されてそこからだされること。翠は釜の色のことであろう、釜はかま。○水精 ガラスのこと。○ ひらたい大皿。○ 客のまえへもちだすこと。○素鱗 銀白色のうろこをした魚、これはその内をいきづくりなどにしたもの。



犀筋厭飫久未下,鸞刀縷切空紛綸。

犀の角で作った箸をなかなかつけようとしない、そこで料理人が腕のさえを見せようと鳳凰の彫刻の料理刀で細作りに肉を切るには切るがその肉片はいたずらにみだれているばかりだ。

犀筋 犀のつので作った箸、筋は箸に同じ。○厭飫 たべものにあく。○下 箸を下すことをいう、はしをつけること。○鸞刀 刀の柄に鳳凰の彫刻のある刀。○縷切 いとすじのように細く肉をきる。○空紛綸 紛綸は肉片のみだれるさま。空しくとは徒らにと同じ、切ってお客から食われるならば切ったかいがあるけれども、食わなければ骨折りはむだごとである。

 

 

黃門飛鞚不動塵,禦廚絡繹送八珍。

後宮の宦官が塵もたたせず馬の口手綱をとばして来て大膳職からひっきりなしに八珍の御料理を送りこされる。

○黄門 大奥につかえる宦官をいう、宮中より使いにくるのである。○飛鞚 鞚は馬の口ばみにあたるつなをいうのであろう。○不動塵 ちりを立てぬ、馬のあしをうまくはこぼせること。○禦廚 おだいどころ、大膳職。○絡繹  陸続、たえまなく、ひきつづいて。○ こちらへおくりこす。〇八珍 八種の珍味、



簫管哀吟感鬼神,賓從雜還實要津。』

簫や笛が奏でられる哀調をおびて鬼神をも感動させるほどあわれに妙であり、賓客と僕従とが要処要処にいっぱいに集結している。』

簫管 簫や笛、管楽器。○哀吟 かなしくあわれな音をだす。○感鬼 神神をさえ感動させる。○賓従 お客たちや、お伴のもの。○雜還 こみあうこと。○ いっぱいになる。○要津 かなめなわたしばのところ。要処という意。



(楊国忠や荒淫のことを詠う。)

後來鞍馬何逡巡!當軒下馬入錦茵。

最後にやってくる鞍馬はどうしてあんなにゆっくりとくるのか。やがて幔幕の舎の軒のところへくると馬からおりて錦のしとねの方へはいりこんだ。

後来 あとから来る。○鞍馬 くらを置いたうま、楊国忠の馬。○逡巡 ためらうさま、これは速くゆかずゆっくりやってくるさまをいぅ。○当軒 この軒は軒墀(のきち)のことという。蓋し幔幕をひきめぐらして内部に簡単なとばり類があるものと思われるが、その舎の軒端、土階にあたるあたりを軒といったもの。○錦茵 敷筵にしいてある錦のしとね。



楊花雪落覆白蘋,青鳥飛去銜紅巾。

楊柳の花が雪のように舞落ちて水面の白蘋におおいかぶさっている。また仙女の使いの青鳥が飛び去って美人たちの紅巾をくわえたりするように姫妃にざれている。

楊花 楊柳の花。柳絮をいう。○雪落 雪のように落ちちる。○ かぶさる。○白蘋 蘋はあさざの類、白い花のさく水草。○青鳥 仙女西王母の使いという。この宮女たちを仙女の使者の青鳥の故事を借りている。○銜紅巾 銜は口でくわえること。紅巾は婦人の用いる衿のかざりのきれ。青鳥も馴れ親しむことをいう。



炙手可熱勢倫,慎莫近前丞相瞋。』

この貴妃の権勢は絶大なもので、もし手をあぶればやけどをする、進みちかづけはしない、ちかづけば丞相殿にお怒りを頂戴することになる。

灸手可熟 手をあぶればやけどしそうだという意味。○勢絶倫 権勢の強盛なことたぐいなし。○近前 前の字は動詞として用い、前へすすみでること。近前は近づき進みでること。○丞相 右丞相楊国忠をいう。○ この字は或は境に作る、嗔は気を盛んにする。瞋は目をみはって怒る。楊国忠は我国夫人とは従兄妹の仲で私通したものである、青鳥云々というのはそれれとなく不義、荒淫の行いがあるのをうたっている。
長安付近図00 

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紀 頌之

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