杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

寄せる・和する

暮登四安寺鐘樓寄裴十迪 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4- 15) 杜甫 <420> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2045 杜甫詩1000-420-603/1500

暮登四安寺鐘樓寄裴十迪

2013年3月10日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩美女篇 曹植 魏詩<54-#1>古詩源 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2043
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原人 韓愈(韓退之) <117-3>Ⅱ中唐詩612 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2044
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集暮登四安寺鐘樓寄裴十迪 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4- 15) 杜甫 <420> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2045 杜甫詩1000-420-603/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集述祖徳詩 二首(3)其二 謝霊運<9> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2046 (03/10)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性期友人阻雨不至 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-100-36  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2047
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


暮登四安寺鐘樓寄裴十迪 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4- 15) 杜甫 <420> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2045 杜甫詩1000-420-603/1500

詩 題:暮登四安寺鐘樓寄裴十迪 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 15) 
作時761年3月杜甫50歳
掲 載; 杜甫1000首の420首目-場面4 – 15
杜甫ブログ1500回予定の-603回目



暮登四安寺鐘樓寄裴十迪
暮倚高樓對雪峰,僧來不語自鳴鐘。
夕暮れになって高楼に上って寄りかかって、遠く西嶺に対すると雪を残した連峰がのぞまれる。寺の僧侶が来て自分で鐘楼で鐘を鳴らせているが一切言葉は話さない。
孤城返照紅將斂,近市浮煙翠且重。
ポツンとしたところに城塞が、西日に照らされて映えている蜀州の紅将軍の軍隊は外での訓練を終えて塞に聚斂している。寺の近くの市場には夕霞がかかってきて緑色が次第に暗くなってくる。
多病獨愁常闃寂,故人相見未從容。
自分の持病がかさなってそのことで一人愁いてさびしい限りである。友人と共に未だにゆったりとできないままでいる。
知君苦思緣詩瘦,太向交遊萬事慵。

君は知っているだろう「苦しい思い」というものは詩を作るということによって痩身になることが心配だし、肝を太くしてこうした交わりあそぼうとは思うのであるが、万事億劫なのが問題なのだ。

暮れ四安寺の鐘樓に登り裴十迪に寄す
暮れ高樓に倚り雪峰に對す,僧來るも自ら鐘鳴るを語らず。
孤城 返照 紅將の斂なり,近市 浮煙 翠且つ重なり。
多病 獨愁 常に闃寂【げきじゃく】たり,故人 相見 未だ從容ならざらん。
君知るや苦思 詩瘦に緣るも,太向して交遊 萬事 慵【しょう】ならん。

題新津北橋棲00
『暮登四安寺鐘樓寄裴十迪』 現代語訳と訳註
(本文)
暮倚高樓對雪峰,僧來不語自鳴鐘。
孤城返照紅將斂,近市浮煙翠且重。
多病獨愁常闃寂,故人相見未從容。
知君苦思緣詩瘦,太向交遊萬事慵。


(下し文)
暮れ四安寺の鐘樓に登り裴十迪に寄す
暮れ高樓に倚り雪峰に對す,僧來るも自ら鐘鳴るを語らず。
孤城 返照 紅將の斂なり,近市 浮煙 翠且つ重なり。
多病 獨愁 常に闃寂【げきじゃく】たり,故人 相見 未だ從容ならざらん。
君知るや苦思 詩瘦に緣るも,太向して交遊 萬事 慵【しょう】ならん。


(現代語訳)
夕暮れになって高楼に上って寄りかかって、遠く西嶺に対すると雪を残した連峰がのぞまれる。寺の僧侶が来て自分で鐘楼で鐘を鳴らせているが一切言葉は話さない。
ポツンとしたところに城塞が、西日に照らされて映えている蜀州の紅将軍の軍隊は外での訓練を終えて塞に聚斂している。寺の近くの市場には夕霞がかかってきて緑色が次第に暗くなってくる。
自分の持病がかさなってそのことで一人愁いてさびしい限りである。友人と共に未だにゆったりとできないままでいる。
君は知っているだろう「苦しい思い」というものは詩を作るということによって痩身になることが心配だし、肝を太くしてこうした交わりあそぼうとは思うのであるが、万事億劫なのが問題なのだ。


(訳注)
暮登四安寺鐘樓寄裴十迪

夕暮れになって四安寺の鐘樓に登って十番目の友である裴迪君に寄せる詩である。
・この詩は“杜甫『題新津北橋樓得郊字』成都(4部)浣花渓の草堂(4- 14)杜甫<419>”で宴席に同席した友人の裴迪と夕暮れのひと時を愉しんだものである。
・裴迪 詩人であり、王維の親友である。王維の弟王潜の所に来ていた。王維と数年かけて輞川集をつくる。

王維 罔川集 20

和裴迪登新津寺寄王侍郎 杜甫 成都(2)浣花渓の草堂(3 -6)  杜甫 <388 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1879 杜甫詩1000-388-569/1500

王維 『口號又示裴迪』


暮倚高樓對雪峰,僧來不語自鳴鐘。
夕暮れになって高楼に上って寄りかかって、遠く西嶺に対すると雪を残した連峰がのぞまれる。寺の僧侶が来て自分で鐘楼で鐘を鳴らせているが一切言葉は話さない。
・高樓 四安寺の鐘樓
・雪峰 蜀盆地を取り囲むまだ雪を残した連山、西嶺(西山)を望んだのである。

泛溪 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -8-#1)  杜甫 <394-#1 五言古詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1903 杜甫詩1000-394-575/1500

出郭 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -9)  杜甫 <397 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1915 杜甫詩1000-397-578/1500

『出郭』
霜露晚淒淒,高天逐望低。
遠煙臨井上,斜景雪峰西。
故國猶兵馬,他鄉亦鼓鼙。
江城今夜客,還與舊烏啼。


孤城返照紅將斂,近市浮煙翠且重。
ポツンとしたところに城塞が、西日に照らされて映えている蜀州の紅将軍の軍隊は外での訓練を終えて塞に聚斂している。寺の近くの市場には夕霞がかかってきて緑色が次第に暗くなってくる。


多病獨愁常闃寂,故人相見未從容。
自分の持病がかさなってそのことで一人愁いてさびしい限りである。友人と共に未だにゆったりとできないままでいる。
・闃寂 ひっそりと静まり、さびしい さま。。
・従容 ゆったり。『宣政殿退朝晚出左掖』「侍臣緩步歸青瑣,退食從容出每遲。」


知君苦思緣詩瘦,太向交遊萬事慵。
君は知っているだろう「苦しい思い」というものは詩を作るということによって痩身になることが心配だし、肝を太くしてこうした交わりあそぼうとは思うのであるが、万事億劫なのが問題なのだ。
・慵 おっくうである。
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大雲寺贊公房四首 其三 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 167

大雲寺贊公房四首 其三 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 167
杜甫は叛乱軍の拘束中に大雲寺の僧贊公の宿坊に泊まった時に書いたものである。


其三
燈影照無睡,心清聞妙香。
灯火の揺らめきで影がゆれるそのともし火に照らされて寝つけないまま過ごしている、、「妙香の気」がきこえてくるようで、心はとても清々しく気持ちにさせてくれるのである。
夜深殿突兀,風動金瑯璫。
夜もふけて戸外の仏殿をみると突兀とたかくそびえている、風は風鈴を動かしてその音がチリンチリンとなっている。
天黑閉春院,地清棲暗芳。
天空はまっくろで春の奥庭がとじられている、其の地は清らかにしてなかに暗がりの草花のかおりがやどり、はぐくまれているのだ。
玉繩迥斷絕,鐵鳳森翱翔。
天帝の乗り物に連なる北斗の玉縄星は屋根の上のはるかかなたにとだえてみえる、鉄製の鳳の風見鶏がしずかに翅を広げ飛ぼうとしている。
梵放時出寺,鐘殘仍殷床。
そのうちに坊さんのお経を読む声が高くなりだして寺のそとまで流れでてきている、暁をつげる鐘の音はその余韻がのこって寝床までひびいてくるのだ。
明朝在沃野,苦見塵沙黃。』
朝になってこの寺院を辞し去って城外の肥沃な原野に身を置いたならば、街が荒れ果て、黄色の砂塵が吹き惑うのにこまることだろう。

大雲寺の贊公房 四首 其の三

燈影照らして睡る無し 心清くして妙香を聞く
夜深くして殿突兀たり 風動かして金瑯璫たり
天黒くして春院閉ず  地清くして暗芳棲む
玉縄迥に断絶す 鉄鳳森として翱翔す
梵放たれて時に寺を出づ 鐘残って仍牀に殷たり
明朝沃野に在らん 塵沙の黄なるを見るに苦しむ


現代語訳と訳註
(本文) 其三

燈影照無睡,心清聞妙香。
夜深殿突兀,風動金瑯璫。
天黑閉春院,地清棲暗芳。
玉繩迥斷絕,鐵鳳森翱翔。
梵放時出寺,鐘殘仍殷床。
明朝在沃野,苦見塵沙黃。』


(下し文)
燈影照らして睡(ねむ)る無し、心清くして妙香を聞く。
夜深くして殿突(でんとつ)兀(ごつ)たり、風動かして金瑯璫たり。
天黒くして春院閉ず、地清くして暗芳棲む。
玉縄迥に断絶す、鉄鳳森として翱翔す。
梵放たれて時に寺を出づ、鐘残って仍牀に殷たり。
明朝沃野に在らん、塵沙の黄なるを見るに苦しむ。

(現代語訳)
灯火の揺らめきで影がゆれるそのともし火に照らされて寝つけないまま過ごしている、、「妙香の気」がきこえてくるようで、心はとても清々しく気持ちにさせてくれるのである。
夜もふけて戸外の仏殿をみると突兀とたかくそびえている、風は風鈴を動かしてその音がチリンチリンとなっている。
天空はまっくろで春の奥庭がとじられている、其の地は清らかにしてなかに暗がりの草花のかおりがやどり、はぐくまれているのだ。
天帝の乗り物に連なる北斗の玉縄星は屋根の上のはるかかなたにとだえてみえる、鉄製の鳳の風見鶏がしずかに翅を広げ飛ぼうとしている。
そのうちに坊さんのお経を読む声が高くなりだして寺のそとまで流れでてきている、暁をつげる鐘の音はその余韻がのこって寝床までひびいてくるのだ。
朝になってこの寺院を辞し去って城外の肥沃な原野に身を置いたならば、街が荒れ果て、黄色の砂塵が吹き惑うのにこまることだろう。


(訳注)
燈影照無睡,心清聞妙香。

灯火の揺らめきで影がゆれるそのともし火に照らされて寝つけないまま過ごしている、、「妙香の気」がきこえてくるようで、心はとても清々しく気持ちにさせてくれるのである。
○聞妙香 寺であるから香の気がすることをいう。「維摩経」に衆香国において菩薩が香樹の下に坐して妙香を聞くと一切を獲るという、その心をかけていったものであろう。


夜深殿突兀,風動金瑯璫。
夜もふけて戸外の仏殿をみると突兀とたかくそびえている、風は風鈴を動かしてその音がチリンチリンとなっている。
突兀 たかいさま。兀 1.高くて上が平らなさま。2.高くそびえるさま。3.禿たさま。4.無知なさま。5.動かないさま。
 鈴。○填嗜 音のさま。チリンチリン。


天黑閉春院,地清棲暗芳。
天空はまっくろで春の奥庭がとじられている、其の地は清らかにしてなかに暗がりの草花のかおりがやどり、はぐくまれているのだ。
棲暗芳 棲とはやどり、はぐくまれていること。暗芳はくらがりの草花のかおり。


玉繩迥斷絕,鐵鳳森翱翔。
天帝の乗り物に連なる北斗の玉縄星は屋根の上のはるかかなたにとだえてみえる、鉄製の鳳の風見鶏がしずかに翅を広げ飛ぼうとしている。
玉縄 北斗の玉衛星の北の両星をいう。天帝の乗り物と見立てることから玉衡の北にあるという星の名をいう。○鉄鳳 屋根の棟の中央にすえつけ回旋式を以て風の方向にむく所の鉄製の鳳風。風見鶏。○ しずかに立ちならぶさま。○翱翔 翔は翅をひろげてとぶ、翔はめぐりてとぶ。


梵放時出寺,鐘殘仍殷床。
そのうちに坊さんのお経を読む声が高くなりだして寺のそとまで流れでてきている、暁をつげる鐘の音はその余韻がのこって寝床までひびいてくるのだ。
梵放 梵は梵唄、坊さんのお経を読む声、放は高ごえが外部へもれだすこと。○ やっぱり。○殷床 殷は音のひびくさま、床は寝台。


明朝在沃野,苦見塵沙黃。』
朝になってこの寺院を辞し去って城外の肥沃な原野に身を置いたならば、街が荒れ果て、黄色の砂塵が吹き惑うのにこまることだろう。
沃野 こえた原野。肥沃な原野。「関中ノ地ハ、沃野千里」という。これは京師の近郊、即ち杜曲の家へかえるとき経過すべき原野をさしているのであろう。○塵沙黄 街が荒れ果て、黄色の砂塵が吹き惑うことをいう。

大雲寺贊公房四首 其二 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 166

大雲寺贊公房四首 其二 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 166
杜甫は叛乱軍の拘束中に大雲寺の僧贊公の宿坊に泊まった時に書いたものである。


其二
細軟青絲履,光明白氎巾。
この画には、細やかに繊細で優しい青紐の靴を履いていて、明るく輝いている白の木綿の頭巾をしている姿がある。
深藏供老宿,取用及吾身。
深い学識がある、年老いたものが同じ宿坊ですごしている。取り上げるとそれでもって、わが身に及んでくるのだ。
自顧轉無趣,交情何尚新。
おのずから振り返ってみて心を転じてみても趣きがないのだ、心情で親交していくとどうしてなお新しい親交が必要であろう。
道林才不世,惠遠得過人。
道林禅師はその才能は他に世にいない。恵遠法師もこれを超える人などいないのだ。
雨瀉暮簷竹,風吹春井芹。
雨が降り灌ぐ、軒のようにせり出した竹林が暮れてゆく。風が吹き付ける、井戸端の芹も春めいて芽吹いている。
天陰對圖畫,最覺潤龍鱗。

画に向かい立って見てみると大空の中、おひつじ座あたり雲で暗くなっている、そこは画の中で最も龍がウロコを潤おし生き生きさせているようである。

細軟 青絲を履き,光明 白氎の巾。
深藏 供に老いて宿し,取を用って 吾身に及び。
自ら顧みて 轉 趣き無し,交情 何んぞ尚お新し。
道林 才 不世,惠遠 過る人を得る。
雨瀉ぐ 簷竹に暮し,風吹き 春井芹。
天陰 圖畫に對し,最も覺して龍鱗に潤う。


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大雲寺贊公房四首 其二 現代語訳と訳註
(本文) 其二

細軟青絲履,光明白氎巾。
深藏供老宿,取用及吾身。
自顧轉無趣,交情何尚新。
道林才不世,惠遠得過人。
雨瀉暮簷竹,風吹春井芹。
天陰對圖畫,最覺潤龍鱗。


(下し文)
細軟 青絲を履き,光明 白氎の巾。
深藏 供に老いて宿し,取を用って 吾身に及び。
自ら顧みて 轉 趣き無し,交情 何んぞ尚お新し。
道林 才 不世,惠遠 過る人を得る。
雨瀉ぐ 簷竹に暮し,風吹き 春井芹。
天陰 圖畫に對し,最も覺して龍鱗に潤う。

(現代語訳)
この画には、細やかに繊細で優しい青紐の靴を履いていて、明るく輝いている白の木綿の頭巾をしている姿がある。
深い学識がある、年老いたものが同じ宿坊ですごしている。取り上げるとそれでもって、わが身に及んでくるのだ。
おのずから振り返ってみて心を転じてみても趣きがないのだ、心情で親交していくとどうしてなお新しい親交が必要であろう。
道林禅師はその才能は他に世にいない。恵遠法師もこれを超える人などいないのだ。
雨が降り灌ぐ、軒のようにせり出した竹林が暮れてゆく。風が吹き付ける、井戸端の芹も春めいて芽吹いている。
画に向かい立って見てみると大空の中、おひつじ座あたり雲で暗くなっている、そこは画の中で最も龍がウロコを潤おし生き生きさせているようである。


(訳注)
細軟青絲履,光明白氎巾。
この画には、細やかに繊細で優しい青紐の靴を履いていて、明るく輝いている白の木綿の頭巾をしている姿がある。
細軟 こまやかにやわらかい、やさしい。おだやかである。   ○青糸 馬の面づらの縄に用いる青色の絹いと。○青糸 杜甫高都護 杜甫34 馬の面づらの縄に用いる青色の絹いと。李白「李白 89 將進酒(李白と道教)」黒い絹糸。黒髪のこと。緑の黒髪。「青」は黒いことをも指す。“青布”“青鞋”。李白「待酒不至」 青い糸。細い柳の枝。ここでは靴に付けた紐。○白氎 はくじょう:白い毛織の布。・ 細い毛織のぬの、もめんのぬの。

深藏供老宿,取用及吾身。
深い学識がある、年老いたものが同じ宿坊ですごしている。取り上げるとそれでもって、わが身に及んでくるのだ。
深藏  ・深藏若虚 深い学識があるのに人前でひけらかさない. ○ とる。得る。採用する。娶る。治める。 ○ 以てと同じ。この二句は仏教用語。


自顧轉無趣,交情何尚新。
おのずから振り返ってみて心を転じてみても趣きがないのだ、心情で親交していくとどうしてなお新しい親交が必要であろう。
自顧轉無趣 自分の趣味趣向の浅さを謙遜している。○交情 心情で親交していくこと。○何尚新 どうしてなお新しい親交が必要であろう。

道林才不世,惠遠得過人。
道林禅師はその才能は他に世にいない。恵遠法師もこれを超える人などいないのだ。
道林  道林禅師。陸修静。○惠遠 陶淵明と陸修静と恵遠法師、その恵遠法師の数奇な出生と、八歳のときに出家になるため、廬山に赴くはなしを描いた短編に登場する人物たち。〈虎渓三笑図〉 。

雨瀉暮簷竹,風吹春井芹。
雨が降り灌ぐ、軒のようにせり出した竹林が暮れてゆく。風が吹き付ける、井戸端の芹も春めいて芽吹いている。
雨瀉 雨が降るそそぐこと。 ○暮 夕暮れになる。○簷竹 竹林の葉の重みでの木がせり出したような景色を言う。 ○ 春めき芽吹く。○ 井戸端。○ 植物のせり。


天陰對圖畫,最覺潤龍鱗。
画に向かい立って見てみると大空の中、おひつじ座あたり雲で暗くなっている、そこは画の中で最も龍がウロコを潤おし生き生きさせているようである。
天陰 大空のなか雲で暗くなっているところ。おひつじ座の位置をいう。 杜甫『兵車行  杜甫37 』「新鬼煩冤舊鬼哭,天陰雨濕聲啾啾。」新たな戦役で亡くなった霊は、わずらいもだえており、昔の戦役で亡くなった霊は、声をあげて啼いており、空が曇り、雨で湿る折には、死者の魂が悲しげに啾々と泣いている声が聞こえてくる。
龍鱗 りゅうのウロコ。龍鱗の絵は龍が空を飛んでいるものをいう。


毎日それぞれ一首(長詩の場合一部分割掲載)kanbuniinkai紀 頌之の漢詩3ブログ
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李白詩350首kanbuniinkai紀頌之のブログ

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大雲寺贊公房四首 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 165
其一の二回目

其一
心在水精域,衣沾春雨時。
洞門盡徐步,深院果幽期。』
到扉開複閉,撞鐘齋及茲。
醍醐長發性,飲食過扶衰。-#1

把臂有多日,開懷無愧辭。』
僧賛公とは常日頃、親しく交ることは長い年月のことであり、胸襟を開いて、かくす所なく語りあって、自己を偽り飾ること、美辞麗句のことばは一つもいわないのである。』
黃鸝度結構,紫鴿下罘罳。
高麗鶯は屋根、軒裏の野地組のあたりをわたりあるいている、紫色の家鳩は城壁の四隅にある見張り小屋のうさぎ網から庭へおりてくる。』
愚意會所適,花邊行自遲。
人のこころというものは自分の気にいった処に行きあうものである、だれもが花の咲いているあたりを歩くとしたら自然とゆっくりと歩くものである。
湯休起我病,微笑索題詩。』-2

六朝宋の詩人で僧の湯恵休ともいうべき僧賛公は自分の病ともいえる心境を健全にし、奮い起たたせたのである。僧賛公はほほえみながらわたしに詩を作り壁にかきつけてくれとせがむのである。


心は水精の域に在り 衣は需う春雨の時
洞門尽く徐歩 深院果して幽期』
到扉開いて復た閉ず 撞鐘斎蓋に及ぶ
醍醐長えに性を発せしむ 飲食裏を扶くるに過ぐ

轡を把る多目有り 懐を開く塊辞無し』

黄鶴結構を度り 紫鵠宋恩より下る

愚意適する所に会う 花辺行くこと自ら遅し

揚休我が病めるを起たしむ 微笑して題詩を索む』



現代語訳と訳註
(本文)

把臂有多日,開懷無愧辭。』
黃鸝度結構,紫鴿下罘罳。
愚意會所適,花邊行自遲。
湯休起我病,微笑索題詩。』-2

(下し文)
轡を把る多目有り 懐を開く塊辞無し』
黄鶴結構を度り 紫鵠宋恩より下る
愚意適する所に会う 花辺行くこと自ら遅し
揚休我が病めるを起たしむ 微笑して題詩を索む』

(現代語訳)
僧賛公とは常日頃、親しく交ることは長い年月のことであり、胸襟を開いて、かくす所なく語りあって、自己を偽り飾ること、美辞麗句のことばは一つもいわないのである。』
高麗鶯は屋根、軒裏の野地組のあたりをわたりあるいている、紫色の家鳩は城壁の四隅にある見張り小屋のうさぎ網から庭へおりてくる。』
人のこころというものは自分の気にいった処に行きあうものである、だれもが花の咲いているあたりを歩くとしたら自然とゆっくりと歩くものである。
六朝宋の詩人で僧の湯恵休ともいうべき僧賛公は自分の病ともいえる心境を健全にし、奮い起たたせたのである。僧賛公はほほえみながらわたしに詩を作り壁にかきつけてくれとせがむのである。


(訳注)
把臂有多日,開懷無愧辭。』
僧賛公とは常日頃、親しく交ることは長い年月のことであり、胸襟を開いて、かくす所なく語りあって、自己を偽り飾ること、美辞麗句のことばは一つもいわないのである。』
把臂 ひじをとる、親しく交わることをいう。・ 肩から手首までの部分。腕。○有多目 親交の多いことをいう。○開懷 胸襟を開く。むねのうちをあけはなして遠慮なくものがたる。○無愧辞 愧辞とは自己を偽り飾ることばをいう。自己を偽り飾ることばは自己の良心にたずねてみるときには、自ずから愧ずべき辞であるからである。


黃鸝度結構,紫鴿下罘罳。
高麗鶯は屋根、軒裏の野地組のあたりをわたりあるいている、紫色の家鳩は城壁の四隅にある見張り小屋のうさぎ網から庭へおりてくる。
黄鸝 高麗鶯。〇 つたいあるく。わたりあるく。○結構 屋根、軒裏の野地組。○紫鴿 紫の毛色のはと。カワラバトの飼養品種。古くから家禽化され、繁殖力が旺盛。伝書鳩は改良種。いえばと。○下罘罳 うさぎあみ。詩経うさぎあみ・ 城壁の四隅にある見張り小屋の。ちいさなたてもの。とはそこから庭上へくだり来ることをいう。


愚意會所適,花邊行自遲。
人のこころというものは自分の気にいった処に行きあうものである、だれもが花の咲いているあたりを歩くとしたら自然とゆっくりと歩くものである。
愚意 自己のこころ。○ であう。○所適 適は意にかなう、気にいること。


湯休起我病,微笑索題詩。』
六朝宋の詩人で僧の湯恵休ともいうべき僧賛公は自分の病ともいえる心境を健全にし、奮い起たたせたのである。僧賛公はほほえみながらわたしに詩を作り壁にかきつけてくれとせがむのである。
湯休 えきゅう:南朝の宋の僧湯恵休は詩を善くし還俗して更となったが、ここは僧の義を借り用いて賛公をさす。○起我病我が病めるを起たせる。漢の枚乗の「七発」に病に伏している太子に種々の娯楽をすすめて起たせようとすることをいっている。○微笑 賛公がほほえむ。○題詩 詩をかきつける。
湯恵休 (とう・えきゅう)中国,南朝の宋(そう)・斉間の詩人。字(あざな)は茂遠。もと僧であったが,のちに宋の孝武帝の命で還俗(げんぞく)し,官は揚州従事史に至った。当時から評判の高い詩人の鮑照(ほうしよう)と親交があった。○ もとめる1 太い縄。つな。「索条/鋼索・縄索(じょうさく)」 2 手づるによって探し求める。「索引/検索・思索・詮索(せんさく)・捜索・探索・模索」 3 ばらばらに離れて無くなるさま。



心は水精の域に在り 衣は需う春雨の時
洞門尽く徐歩 深院果して幽期』
到扉開いて復た閉ず 撞鐘斎蓋に及ぶ
醍醐長えに性を発せしむ 飲食裏を扶くるに過ぐ
轡を把る多目有り 懐を開く塊辞無し』
黄鶴結構を度り 紫鵠宋恩より下る
愚意適する所に会う 花辺行くこと自ら遅し
揚休我が病めるを起たしむ 微笑して題詩を索む』




其二
細軟青絲履,光明白氎巾。
深藏供老宿,取用及吾身。
自顧轉無趣,交情何尚新。
道林才不世,惠遠得過人。
雨瀉暮簷竹,風吹春井芹。
天陰對圖畫,最覺潤龍鱗。


細軟 青絲を履き,光明 白氎の巾。
深藏 供に老いて宿し,取を用って 吾身に及び。
自ら顧みて 轉 趣き無し,交情 何んぞ尚お新し。
道林 才 不世,惠遠 過る人を得る。
雨瀉ぐ 簷竹に暮し,風吹き 春井芹。
天陰 圖畫に對し,最も覺して龍鱗に潤う。


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大雲寺贊公房四首 其一#1 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 164

大雲寺贊公房四首 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 164

長安の大雲寺の僧賛公の室に過宿したことをのべる。大雲寺は大雲経寺で、もと光明寺という。
武則天は宗族の挙兵を打ち破った後、女帝出現を暗示する預言書(仏典中の『大雲経』に仮託して創作された疑経)を全土に流布させ、また周代に存在したとされる「明堂」(聖天子がここで政治を行った)を宮城内に建造させ、権威の強化を謀り、帝位簒奪の準備を行った。

 帝室が老子の末裔だとされ「道先仏後」だった唐王朝と異なり、武則天は仏教を重んじ朝廷での席次を「仏先道後」に改めた。武則天は諸寺の造営、寄進を盛んに行った他、自らを弥勒菩薩の生まれ変わりと称し、このことを記したとする『大雲経』を創り、これを納める「大雲経寺」を全国の各州に造らせた。これは後の日本の国分寺制度の元になった。

 洛陽郊外の龍門山奉先寺にある高さ17mの盧舎那仏の石像は、高宗の発願で造営されたが、像の容貌は武則天がモデルといわれる。

杜甫 2 遊龍門奉先寺

杜甫 14龍門 


武則天が初めて此の寺に御幸したとき沙門宜政が大雲経を進めた。経の中に女主の符があり、因って名を改め天下の諸州に大雲経寺を置かせたという。寺は長安、西市(緑色)の南にある懐遠坊(黄色)の東南隅にある。
09長安城の図
ここでの詩の説明は第一首を2回に分割の1回目。
叛乱軍にここの出入りついてはかなりのチェックを受けたのではなかろうか、其一から其四まで、お寺内の描写に徹している。ここでは其一だけを解説する。


  
其一
心在水精域,衣沾春雨時。
俗世界に住んでいる自分も心は水のように角がなくよどみなく心までも清廉に不浄でない心落ち着く静かな場所にある、だから、春雨のころ衣の濡らしてもかまわずたずねてきたのだ。
洞門盡徐步,深院果幽期。』
奥深く幾つかの門と門と向かい合うようになっている間をとおり、みんなでそろそろとあゆんできた。来てみると奥まった庭では予想した通り幽静なる期待に叶うものであった。』
到扉開複閉,撞鐘齋及茲。
自分が到着した本堂の扉は開けられて、その後また閉じられた。それはそのとき鐘をつき鳴らしてお斎飯を恵まれるお知らせ時だったのだ。
醍醐長發性,飲食過扶衰。-#1

醍醐を嘗めたことで仏法の悟りでも得た様な気持ちにさせてくれる、また僧賛公の供せられる飲食の滋養は最近急速に衰老していたのをたすけてくれる充分なものである。
把臂有多日,開懷無愧辭。』
黃鸝度結構,紫鴿下罘罳。
愚意會所適,花邊行自遲。
湯休起我病,微笑索題詩。』-2

心は水精の域に在り 衣は需う春雨の時

洞門尽く徐歩 深院果して幽期』

到扉開いて復た閉ず 撞鐘斎蓋に及ぶ

醍醐長えに性を発せしむ 飲食裏を扶くるに過ぐ-1



轡を把る多目有り 懐を開く塊辞無し』
黄鶴結構を度り 紫鵠宋恩より下る
愚意適する所に会う 花辺行くこと自ら遅し
揚休我が病めるを起たしむ 微笑して題詩を索む』-#2




大雲寺贊公房四首 現代語訳と訳註
(本文) 其一

心在水精域,衣沾春雨時。
洞門盡徐步,深院果幽期。』
到扉開複閉,撞鐘齋及茲。
醍醐長發性,飲食過扶衰。-#1


(下し文)
心は水精の域に在り 衣は需う春雨の時
洞門尽く徐歩 深院果して幽期』
到扉開いて復た閉ず 撞鐘斎蓋に及ぶ
醍醐長えに性を発せしむ 飲食裏を扶くるに過ぐ-#1


(現代語訳)
俗世界に住んでいる自分も心は水のように角がなくよどみなく心までも清廉に不浄でない心落ち着く静かな場所にある、だから、春雨のころ衣の濡らしてもかまわずたずねてきたのだ。
奥深く幾つかの門と門と向かい合うようになっている間をとおり、みんなでそろそろとあゆんできた。来てみると奥まった庭では予想した通り幽静なる期待に叶うものであった。』
自分が到着した本堂の扉は開けられて、その後また閉じられた。それはそのとき鐘をつき鳴らしてお斎飯を恵まれるお知らせ時だったのだ。
醍醐を嘗めたことで仏法の悟りでも得た様な気持ちにさせてくれる、また僧賛公の供せられる飲食の滋養は最近急速に衰老していたのをたすけてくれる充分なものである。


(訳注)
心在水精域,衣沾春雨時。

俗世界に住んでいる自分も心は水のように角がなくよどみなく心までも清廉に不浄でない心落ち着く静かな場所にある、だから、春雨のころ衣の濡らしてもかまわずたずねてきたのだ。
水精域 精は晶と通ずる、水精は水晶に同じ。寺は清浄の地であるから水晶の域という。水のように角がなくよどみなく心までも清廉に不浄でない心落ち着く静かな場所。


洞門盡徐步,深院果幽期。』
奥深く幾つかの門と門とが向かい合うようになっている間をとおり、みんなでそろそろとあゆんできた。来てみると奥まった庭では予想した通り幽静なる期待に叶うものであった。』
洞門 幾つかの門と門とがむきあっている処をいう。○深院 奥にわ。○幽期 おくまっていてだれもこないさみしく静であることの期待、これはその期待にかなぅことをいう。


到扉開複閉,撞鐘齋及茲。
自分が到着した本堂の扉は開けられて、その後また閉じられた。それはそのとき鐘をつき鳴らしてお斎飯を恵まれるお知らせ時だったのだ。
到扉 我がまさに到著した所の堂合の扉。○撞鐘 かねをつくことで知らせる。○齋及茲 齋飯を恵まれる。 



醍醐長發性,飲食過扶衰。
醍醐を嘗めたことで仏法の悟りでも得た様な気持ちにさせてくれる、また僧賛公の供せられる飲食の滋養は最近急速に衰老していたのをたすけてくれる充分なものである。
醍醐 バターの類、獣乳の精液である。○発性 仏法の悟り開いた気持になること。○過扶衰 扶裏とは飲食の滋養が自己の老衰をたすけること、それが余りあること、十分である。
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毎日それぞれ一首(長詩の場合一部分割掲載)kanbuniinkai紀 頌之の漢詩3ブログ
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夜聽許十一誦詩愛而有作 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 101

夜聽許十一誦詩愛而有作 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 101
許十一が夜、その詩を朗吟したのをきいて、それをめでてこの詩を作った。許十一を或は許十、或は許十損に作る。製作時は755年 天宝十四載、44歳長安での作。

 
夜聽許十一誦詩愛而有作
許生五台賓,業白出石壁。
許生は五台山の賓客として仏教を学んだことがあったが、その業は己に白く善なるものとなって山中の石壁から俗界、長安の都にへ出て来たのだ。
餘亦師粲可,身猶縛禪寂。
私はこれまで粲と可を師として禅の流れをまなんでみたが自分の修業は浅いもので身はなお禅寂というものに縛られているのだ。
何階子方便,謬引為匹敵。
それにどうした許生君のてだてによったものであるからして、修行足らずのものがまちがって君に引っぱられてその相手にしたのだ。
離索晚相逢,包蒙欣有擊。』
今は親友と離れて心ぼそかったのだがずいぶん時がたったが君と逢うことができた、君にこの蒙昧なものを受け入れられ、君からこの蒙昧なものを啓発されることをよろこぶのである。』
誦詩渾遊衍,四座皆闢易。
君が詩を誦するのをきくとすべてゆったりとくつろいでいる、満座のものみなあと素樽をして開いた。
應手看捶鉤,清心聽鳴鏑。
きみの手にこたえて鉤を撞ちきたえるのをみ、心をすましてかぶら矢のひびくような音をきいている。
精微穿溟涬,飛動摧霹靂。
君の誦声の微妙な処は大自然の奥そこまでもつらぬくかとおもわれる、飛動するときはいなずまがくだけたかとおもわれるほどである。
陶謝不枝梧,風騷共推激。』
君の詩の趣は古の陶淵明と謝霊運にくいちがってはいない、詩経の「国風」や屈原の「離騒」やと共に激賞するに足るものである。』
紫燕自超詣,翠駁誰翦剔?
紫燕の名馬はおのずから凡馬から超越していることである。翠駁の馬の毛並みはいったいだれがきったりしたのであるかというように、人しれず苦心している結果に成るものであるのだ。
君意人莫知,人間夜寥闃。』

きみの心持は一般の他の人は知るものがないのだ。ただ夜がふけて人間界がひっそりしているばかりだ。


(夜許十一が詩を詞するを聴き、愛して作有り)

許生は五台の賓なり 業白くして石壁より出づ

余も亦た粂可を師とす 身猶お禅寂に縛せらる

何ぞ子が方便に階せらるるや 謬って引かれて匹敵と為る

離索晩に相逢う 包蒙撃つ有るを欣ぶ』

詩を詞する揮て遊行なり 四座皆蹄易す

手に応じて睡釣を看 心を清くして鳴鏑を聴く

精微瞑梓を穿ち 飛動霹靂堆く

陶謝枝梧せず 風騒共に推激す』

紫燕自ら超詣 翠駁誰か勇別せん

君が意人知る莫し 人間夜宴閲たり』




夜聽許十一誦詩愛而有作  訳註

(本文)
許生五台賓,業白出石壁。
餘亦師粲可,身猶縛禪寂。
何階子方便,謬引為匹敵。
離索晚相逢,包蒙欣有擊。』

(下し文)
許生は五台の賓なり 業白くして石壁より出づ
余も亦た粂可を師とす 身猶お禅寂に縛せらる
何ぞ子が方便に階せらるるや 謬って引かれて匹敵と為る
離索晩に相逢う 包蒙撃つ有るを欣ぶ』

(現代語訳)
許生は五台山の賓客として仏教を学んだことがあったが、その業は己に白く善なるものとなって山中の石壁から俗界、長安の都にへ出て来たのだ。
私はこれまで粲と可を師として禅の流れをまなんでみたが自分の修業は浅いもので身はなお禅寂というものに縛られているのだ。
それにどうした許生君のてだてによったものであるからして、修行足らずのものがまちがって君に引っぱられてその相手にしたのだ。
今は親友と離れて心ぼそかったのだがずいぶん時がたったが君と逢うことができた、君にこの蒙昧なものを受け入れられ、君からこの蒙昧なものを啓発されることをよろこぶのである。』



許生五台賓,業白出石壁。
許生は五台山の賓客として仏教を学んだことがあったが、その業は己に白く善なるものとなって山中の石壁から俗界、長安の都にへ出て来たのだ。
〇五台賓 五台は山の名、山西省代州五台県の東北にあり、仏教の霊地とされる。賓とは客分のこと。許生がここで仏教を学んだことをいう。○業白 ごうびゃく仏語。よい果報を受けるよい行い。善業(ぜんごう)。⇔黒業。業白とはその業が白即ち善に属することをいう。○出石壁 山中の石壁の修行の場所から俗世界へ出て来ることをいう、この場合長安に来たことをいう。



餘亦師粲可,身猶縛禪寂。
私はこれまで粲と可を師として禅の流れをまなんでみたが自分の修業は浅いもので身はなお禅寂というものに縛られているのだ。
粲可 地に禅の高僧、粲は即ち璨、可は慧可をいう。達磨は慧可に伝え、慧可は璨に伝え、璨は道信に、道信は弘忍に伝えた。○縛禅寂 仏経に方便があれば慧解、方便がなければ慧縛とある。慧縛は知識がじゃまになり、却ってそれにしぼられることをいう。いま真の禅の悟りを得ぬゆえ禅寂に縛せられるこという。



何階子方便,謬引為匹敵。
それにどうした許生君のてだてによったものであるからして、修行足らずのものががまちがって君に引っぱられてその相手にしたのだ。
何階 階はそれを階梯にすることをいう、何階はどうしたいうがことである。○ 許生をさす。○方便 権宜のてだて。○謬引 謬(あやま)ってとは謙遜の辞であり、引はひきよせられること。○匹敵 あいて。



離索晚相逢,包蒙欣有擊。』
今は親友と離れて心ぼそかったのだがずいぶん時がたったが君と逢うことができた、君にこの蒙昧なものを受け入れられ、君からこの蒙昧なものを啓発されることをよろこぶのである。』
離索 離羣索居を略していう、朋友と別れ散じていること。○晩 晩年をいう。○包蒙、有撃 「易」蒙卦の九二に包蒙、上九に撃蒙の語がある。包蒙とは蒙昧なものを包容することをいい、撃蒙とは蒙昧なものを撃って其の蒙を発くことをいう。此の句は許生が自分(作者)の蒙を包容し、また啓蒙することをいぅ。



(本文)
誦詩渾遊衍,四座皆闢易。
應手看捶鉤,清心聽鳴鏑。
精微穿溟涬,飛動摧霹靂。
陶謝不枝梧,風騷共推激。』
紫燕自超詣,翠駁誰翦剔?
君意人莫知,人間夜寥闃。』

(下し文)
詩を詞する揮て遊行なり 四座皆蹄易す
手に応じて睡釣を看 心を清くして鳴鏑を聴く
精微瞑梓を穿ち 飛動霹靂堆く
陶謝枝梧せず 風騒共に推激す』
紫燕自ら超詣 翠駁誰か勇別せん
君が意人知る莫し 人間夜宴閲たり』

(現代語訳)
君が詩を誦するのをきくとすべてゆったりとくつろいでいる、満座のものみなあと素樽をして開いた。
きみの手にこたえて鉤を撞ちきたえるのをみ、心をすましてかぶら矢のひびくような音をきいている。
君の誦声の微妙な処は大自然の奥そこまでもつらぬくかとおもわれる、飛動するときはいなずまがくだけたかとおもわれるほどである。
君の詩の趣は古の陶淵明と謝霊運にくいちがってはいない、詩経の「国風」や屈原の「離騒」やと共に激賞するに足るものである。』
紫燕の名馬はおのずから凡馬から超越していることである。翠駁の馬の毛並みはいったいだれがきったりしたのであるかというように、人しれず苦心している結果に成るものであるのだ。
きみの心持は一般の他の人は知るものがないのだ。ただ夜がふけて人間界がひっそりしているばかりだ。



誦詩渾遊衍,四座皆闢易。
君が詩を誦するのをきくとすべてゆったりとくつろいでいる、満座のものみなあと素樽をして開いた。
詞詩 許生が自作の詩を朗吟すること。○遊衍 ゆったりとくつろぐさま。〇四座 満座の人々。○闢易 ひらいて所をかえる。



應手看捶鉤,清心聽鳴鏑。
きみの手にこたえて鉤を撞ちきたえるのをみ、心をすましてかぶら矢のひびくような音をきいている。
応手 手をはたらかすにつれて。此の二字は捶鉤へかかる。○捶鉤 「荘子」知北遊に「大鳥ノ鈎ヲ睡ツ者、年八十、両シテ豪だヲ失ワズ」とみえる。大馬は大司馬、錘とはうってきたえること、鉤は剣の種類でかぎのようにまがっているものをいう。この八十の老人が剣をうつのに妙を得てうった鉤の軽重がどれもこれも同一であるというのである。ここの用法は「看二極釣ことあるけれども看るばかりではなく聞くことであろう、鉤をうつ音をきくのに似ているというのである。○清心 上旬の手は許生の手であるが此の句の心は作者の心である、清とは他の妄念をのぞくことをいう。○鳴鏑 かぷら矢、これも上の捷釣とひとしく詞詩の声についていう。



精微穿溟涬,飛動摧霹靂。
君の誦声の微妙な処は大自然の奥そこまでもつらぬくかとおもわれる、飛動するときはいなずまがくだけたかとおもわれるほどである。
精微 誦詩の精密微妙。○穿溟涬 溟涬は「荘子」には涬演という。自然の気をいう、溟涬を穿つとは大自然の奥底まで貫通することをいう。○飛動 声の飛動。○推霹靂 いなずまのくだけるよう。



陶謝不枝梧,風騷共推激。』
君の詩の趣は古の陶淵明と謝霊運にくいちがってはいない、詩経の「国風」や屈原の「離騒」やと共に激賞するに足るものである。』
陶謝 陶淵明・謝霊運、曹宋間の大詩人。○枝桔 くいちがう、不枝棺は詩趣がそれと一致することをいう。○風騒 「詩経」の国風の詩篇や、屈原の作った騒体の韻文。○ 許生の作がこれと共にということ。○推激 激字の用法は少し無理であるかと考える。意は激賞するに足るということであろう。「陶謝」二句は許生の詩の性質についてのべる。



紫燕自超詣,翠駁誰翦剔?
紫燕の名馬はおのずから凡馬から超越していることである。翠駁の馬の毛並みはいったいだれがきったりしたのであるかというように、人しれず苦心している結果に成るものであるのだ。 
紫燕 漢の文帝の良馬九匹、其の一つを紫燕騮という、許生の詩能を比較する。○超詣 遠くにこえていく。超とは高くこえること、詣とは遠くにまでいたること。○翠駁 翠は馬については紫色をいう。駁は色の不純なことをいう。紫色でぶちであるのが翠駁であり、そのような馬をいう。○翦剔 翦はたてがみの毛をきること、剔は毛を刷くことをいう。翦剔とは毛なみをうるわしく整えることをいう。



君意人莫知,人間夜寥闃。』
きみの心持は一般の他の人は知るものがないのだ。ただ夜がふけて人間界がひっそりしているばかりだ。
 他の人。○寥闃 闃はおとのないことを


○詩型 五言古詩。
○押韻 壁、寂、敵、擊。/易、鏑、靂、激。/剔、闃。


同諸公登慈恩寺塔 杜甫 紀頌之のkanbuniinkai漢詩ブログ杜甫詩 特集 39

「同諸公登慈恩寺塔」 杜甫 紀頌之の漢詩ブログ杜甫詩 特集 39


 和 高適 (詩人の岑参、高適、薛拠、儲光羲らと交友)
多くの人々が慈恩寺の塔に登って作った詩に自分も和して作るが、ここでは、諸侯のしについてふれない。
* 〔原注〕時高適。薛拠。先有作。
天宝10載 751年 40歳

同諸公登慈恩寺墖
高標跨蒼穹,烈風無時休。
高いめじるしが青空にまたがって立っている。そこには烈しい風がいつも吹きすさんで休止する時などない。
自非曠士懷,登茲翻百憂。』
よほどの胸中のひろいひとでないかぎり、ここ処へ登ったなら、さまざまの憂いの心を湧きたたせるだろう。』
方知象教力,足可追冥搜。
だが仏教の力によってこそ古人の跡をおうように我々も極楽浄土をふかくさぐることが十分できるというものだ。
仰穿龍蛇窟,始出枝撐幽。』
天を仰ぎながら竜蛇のいわやのようなうねり路をかいくぐり、それではじめて支柱の組み合せの薄暗い所からでられる。』
七星在北戶,河漢聲西流。
北側の戸には北斗七星が懸っている。天の河が声をあげて西へ向って流れている。
羲和鞭白日,少昊行清秋。
太陽の御者である義和は馬に鞭をいれて白日を動かせる、秋の神である少昊はすがすがしい秋にむかっている。
秦山忽破碎,涇渭不可求。
忽ち長安地方をとりまく山々は錯乱粉砕しているようで、渭水・涇水の清濁もわからなくなってしまった。
俯視但一氣,焉能辨皇州?』
下を見おろせばただ靄のように一面に気がたちこめているばかりでここが帝都かどうかもさっぱり見わけがつかないのである。』
回首叫虞舜,蒼梧雲正愁。
自分は上のさまを見て首を回らして古の聖君舜にむかってさけんだ、蒼梧の方面が愁わしげに雲がとざしている
惜哉瑤池飲,日晏昆侖邱。
惜むべきことである、瑶池西王母のところで酒を飲んで帰らなくなっているのと同じことだ、そのまま昆侖邱で日がくれかかって来ているということではないか。
黃鵠去不息,哀鳴何所投。
黃鵠のような志は飛んでいってしまう、かなしそうに鳴いているがどこへ身をおちつけられるのだ。
君看隨陽雁,各有稻粱謀。』


 
高いめじるしが青空にまたがって立っている。そこには烈しい風がいつも吹きすさんで休止する時などない。
よほどの胸中のひろいひとでないかぎり、ここ処へ登ったなら、さまざまの憂いの心を湧きたたせるだろう。』
だが仏教の力によってこそ古人の跡をおうように我々も極楽浄土をふかくさぐることが十分できるというものだ。
天を仰ぎながら竜蛇のいわやのようなうねり路をかいくぐり、それではじめて支柱の組み合せの薄暗い所からでられる。』
北側の戸には北斗七星が懸っている。天の河が声をあげて西へ向って流れている。
太陽の御者である義和は馬に鞭をいれて白日を動かせる、秋の神である少昊はすがすがしい秋にむかっている。
忽ち長安地方をとりまく山々は錯乱粉砕しているようで、渭水・涇水の清濁もわからなくなってしまった。
下を見おろせばただ靄のように一面に気がたちこめているばかりでここが帝都かどうかもさっぱり見わけがつかないのである。』
自分は上のさまを見て首を回らして古の聖君舜にむかってさけんだ、蒼梧の方面が愁わしげに雲がとざしている
惜むべきことである、瑶池西王母のところで酒を飲んで帰らなくなっているのと同じことだ、そのまま昆侖邱で日がくれかかって来ているということではないか。
黃鵠のような志は飛んでいってしまう、かなしそうに鳴いているがどこへ身をおちつけられるのだ。



諸公が慈恩寺墖に登るに同じくする
高標蒼雪に跨る 烈風時として休むことなし
暁士の懐に非るよりは 嘉に登らば百憂を翻さん』
方に知る象教の力 冥捜を追うべきに足るを
仰いで穿つ竜蛇の窟 始めて甘づ枝撐の幽なるを』
七星北戸に在り 河漢声西に流る
義和白日に鞭ち 少臭清秋に行る
泰山忽ち破砕す 浬洞求むぺからず
僻視すれば但だ一気 焉んぞ能く皇州を弁ぜん』
首を廻らして虞舜に叫ぶ 新鮮裂最に墾っ
(惜しい哉瑤池の飲 日は日晏し昆侖の邱丘)
鵠去って息まず  哀鳴何の投ずる所ぞ
看よ随陽の雁  各i稲梁の 謀 有り』


同諸公登慈恩寺墖
 他人の作詩に和してつくること。○諸公 高適・薛拠・岑參・儲光義らをさす。○慈恩寺 西安府城の城外東南に厳然として存在する。○ 塔に同じ、即ち上文の浮居のこと。またこれを大雁塔ともいい、塔の南面に袴遂良の書した「雁塔聖教序」の碑をはめこんでいる。唐の時には進士に及第したものはこの塔上にのぼって姓名を題する習俗があった。
長安城郭015

高標跨蒼穹,烈風無時休。
高いめじるしが青空にまたがって立っている。そこには烈しい風がいつも吹きすさんで休止する時などない。
高標 たかいめじるし、塔をさす。○蒼穹 あおい弓なりの天井、そらをいう。



自非曠士懷,登茲翻百憂。』
よほどの胸中のひろいひとでないかぎり、ここ処へ登ったなら、さまざまの憂いの心を湧きたたせるだろう。』
曠士懷 胸中のひろいひと。・懐 胸中、心。○ 慈恩寺塔をさす。○ ひるがえす、湧きたたせること。



方知象教力,足可追冥搜。
だが仏教の力によってこそ古人の跡をおうように我々も極楽浄土をふかくさぐることが十分できるというものだ。
象教 仏教をいう。象は像に同じ。形像をつくって人を教えることをいう。○ 古人の跡をおう。○冥搜 極楽浄土をふかくさぐる。



仰穿龍蛇窟,始出枝撐幽。』
天を仰ぎながら竜蛇のいわやのようなうねり路をかいくぐり、それではじめて支柱の組み合せの薄暗い所からでられる。』
竜蛇窟 塔内の螺旋状の升り路をたとえていう。○枝撐 交木のこと。路をささえるために材木をくんであるのである。○ おくふかくくらい。
 

七星在北戶,河漢聲西流。
北側の戸には北斗七星が懸っている。天の河が声をあげて西へ向って流れている。
七星 北斗七星。○北戸 塔の北面の戸。○河漢 あまのがわ。○声西流 あまの河に声は無いけれども声をあげて流れているようだ。西流とは東から西へとながれること。



羲和鞭白日,少昊行清秋。
太陽の御者である義和は馬に鞭をいれて白日を動かせる、秋の神である少昊はすがすがしい秋にむかっている。
義和 太陽は車にのり、その車は義和によって馬をしたてていると考えられていた。○少昊 空を小さくする秋を掌る神。

 
秦山忽破碎,涇渭不可求。
忽ち長安地方をとりまく山々は錯乱粉砕しているようで、渭水・涇水の清濁もわからなくなってしまった。
秦山 長安地方をとりまく山々。 破砕 山に雨が降って錯乱粉砕していること。 涇渭 二水の名、渭水は濁り、涇水は清い。 不可求 清濁を求めて分かちがたいことをいう。

俯視但一氣,焉能辨皇州?』
下を見おろせばただ靄のように一面に気がたちこめているばかりでここが帝都かどうかもさっぱり見わけがつかないのである。』
 区別する。 皇州 帝都の地方。 



回首叫虞舜,蒼梧雲正愁。
自分は上のさまを見て首を回らして古の聖君舜にむかってさけんだ、蒼梧の方面が愁わしげに雲がとざしている。
虞舜 古代の聖天子堯と舜といわれるうちの舜有虞帝。 蒼梧 地名、舜の葬られた地。此の二旬は古聖君を思うことをいう。
*この頃は李林甫の圧政のピーク時であったし、玄宗に対してなんらの期待も持てなかったため、杜甫はこのように叫んだのである。 



惜哉瑤池飲,日晏昆侖邱。

惜むべきことである、瑶池西王母のところで酒を飲んで帰らなくなっているのと同じことだ、そのまま昆侖邱で日がくれかかって来ているということではないか。

瑤池飲 瑶池王母のこと。本来は、東の理想国に対して、西の理想国の母とした女仙人を示すが、ここでは、周の穆王が西に巡符して崑崙に遊び、彼女に会い、帰るのを忘れたという話が「列子」にみえるところから、そのうえ、彼女の性が楊なので、玄宗が楊貴妃に溺れることを指す。 おそい、暮れかかること。



黃鵠去不息,哀鳴何所投。
黃鵠のような志は飛んでいってしまう、かなしそうに鳴いているがどこへ身をおちつけられるのだ。
黄鵠 黄色みをおびた白鳥。高く飛ぶ鳥。高い理想を持った自分を指す。李白は黄鶴を以て自己に比喩する。 ○ 此の去の字は下の雁と関係してみる。 ○ 息止する。 ○何所投 我が身を投ずる所の地は何処ぞ。 



君看隨陽雁,各有稻粱謀。』
諸公の君たち看てくれ、陽気につれて南北する雁と同じようにするのか、それぞれいい米を求めるために謀をめぐらそうとするのか。
随陽雁 「尚書」南貢に陽鳥の語があり、注に「陽二随ウノ鳥ハ、鴻雁ノ属ナリ」とある。鴻雁は陽気の寒暖に随って、或は南し或は北する。此の二句は一般衣食のために権勢に附き禄位を食る人々に此する。  ○稲梁謀 稲梁を求めるはかりごと、梁はよい米。



玄宗皇帝を批判するように見えるが、李林甫にへつらっている官僚に対して、黄鶴、黃鵠のように高い志を持ち続けようと呼びかけている。
 この翌年、李林甫は病死するのであるが、皇帝の権威が失墜し、誰かが謀叛、反乱を起こしそうな機運を感じているのである。

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