杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
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● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

酒によって作る詩

蘇端薛複筵簡薛華醉歌 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫700 特集 103

蘇端薛複筵簡薛華醉歌 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫700 特集 103
(蘇端薛複が筵にて薛華に簡せる酔歌)
蘇端・薛複が宴席で薛華に手紙がわりに寄せた酒酔の時の歌。製作時。長雨の後、安禄山の乱の直前。

蘇端薛複筵簡薛華醉歌
文章有神交有道,端複得之名譽早。
文章はそこに神の助けで神との交わりを得て人力以上のものでるという道義にかなっていることなのである、また人間の交際においてはそこに利益をはなれて真の道義があるのである。蘇端・藩復はこの二つの同義をもっておるという名誉を早いうちからしられている。
愛客滿堂盡豪傑,開筵上日思芳草。
二人は賓客を好んで座敷に来ているみんなに対しその豪傑ぶりをしめしている、きょう、正月の一日に筵を敷いて春の香り漂う若草を愛でることをかんがえているのだ。
安得健步移遠梅,亂插繁花向晴昊?』
できるならば健脚であるから遠方にある梅をここへ移植し、晴れた空に向かい花がいっぱいに咲き誇るところで髪に挿してあそんでみたいと思うのである。』
千裡猶殘舊冰雪,百壺且試開懷抱。
千里もはなれた遠いところにはまだ昨冬の泳雪がのこっている、それに対して試みに百壷の酒をのんでむねのなかを開こうとする。
垂老惡聞戰鼓悲,急觴為緩憂心搗。
年を取ってきたら戦の太鼓は悲しさをよぶので聞くのはいやである、矢継ぎ早に酒をのんで胸打つ心の憂鬱な動悸を緩やかにしようとするのだ。
少年努力縱談笑,看我形容已枯槁。』

青年たちは努めて遊ぶふりして自由に談笑をしているけれども、わたしのこの姿かたちを見てくれ、いまやこんなに枯木のようになってしまったのを。』

坐中薛華善醉歌,歌辭自作風格老。
宴座では薛華がうまく酔うて歌をうたっている、その歌辭は自然に老熟した風格がでているのである。
近來海內為長句,汝與山東李白好。
ちかごろでは天下を見渡し見ると長句の詩をつくるものがいる、その中では君と山東の李白とがとてもうまくいいものを作る。
何劉沈謝力未工,才兼鮑照愁絕倒。』
君にくらべると昔の何遜・劉孝綽・沈約・謝朓らは詩作力がまだ巧みではないのだ、君の詩才はさらに飽照をも兼ねておるから、飽照も負かされたくないと愁えるのである。』
諸生頗盡新知樂,萬事終傷不自保。
わかい人々と同席して知りあいになり、新しいことを知り、十分楽みをつくした、結局万事においてどこかに弱点、傷をもっていて、自らでその身さえ安全に保てないのである。
氣酣日落西風來,願吹野水添金杯。
自分の酔がまわり意気盛んになころに太陽が落ちかけ秋の西風が吹いてくるのである。この風に願いたい、我が手にする金杯の酒の上に野面の水を吹き添えてくれることを。
如澠之酒常快意,亦知窮愁安在哉!
澠水のながれが多量の酒となるようであればいつも我が心意を快くさせてくれるのである。そのうえこんな窮愁もどこへ飛んでいってしまい安らいだ気持ちになるというものではないだろうか!
忽憶雨時秋井塌,古人白骨生青苔;
ここでふとおもうのは、秋の長雨のときには我家の生活のために整然としていたものはくずれてしまった。古人を埋葬した白骨というものは青い苔が生じて厳然としておるではないか
如何不飲令心哀?』

こんなことをかんがえると、我が心をかなしくさせているのだ。どうして酒を飲まずにいることができようぞ。

文章には神有り交には道有り、端復之を得る名誉蚤し。
客を愛して満堂尽く豪傑、蓮を開いて上目に芳草を思う。安んぞ健歩遠梅を移し、乱れて繁花を挿みて晴臭に商うことを得ん』
千里猶残る旧泳雪、百壷且試みて懐抱を開く
垂老聞くことを恵む戦鼓の悲しきを、急鰻為めに緩うす憂心の掃くを
少年努力談笑を縦にす、看よ我が形容己に枯稿せるを』

座中の藩華善く酔歌す、歌辞自ら風椿の老ゆるを作す
近来海内長句を為る、汝と山東の李白と好し
何劉沈謝は力未だ工ならず、才飽照を兼ぬ絶倒せんことを愁う』
諸生頗る尽くす新知の楽み、万事終に傷む自ら保せざるを
気鮒に日落ちて西風来る、願くは野水を吹いて金杯に添え
潤の如きの酒常に意を快くせん、亦た知る窮愁安くに在るや
忽ち憶う雨時秋井の場るるを、古人の白骨青苔を生ず
如何ぞ飲ずして心をして哀ましめん』



蘇端薛複筵簡薛華醉歌
(本分)
文章有神交有道,端複得之名譽早。
愛客滿堂盡豪傑,開筵上日思芳草。
安得健步移遠梅,亂插繁花向晴昊?』
千裡猶殘舊冰雪,百壺且試開懷抱。
垂老惡聞戰鼓悲,急觴為緩憂心搗。
少年努力縱談笑,看我形容已枯槁。』

(下し文)
文章には神有り交には道有り、端復之を得る名誉蚤し。
客を愛して満堂尽く豪傑、蓮を開いて上目に芳草を思う。安んぞ健歩遠梅を移し、乱れて繁花を挿みて晴臭に商うことを得ん』
千里猶残る旧泳雪、百壷且試みて懐抱を開く
垂老聞くことを恵む戦鼓の悲しきを、急鰻為めに緩うす憂心の掃くを
少年努力談笑を縦にす、看よ我が形容己に枯稿せるを』


(現代語訳)
文章はそこに神の助けで神との交わりを得て人力以上のものでるという道義にかなっていることなのである、また人間の交際においてはそこに利益をはなれて真の道義があるのである。蘇端・薛複はこの二つの同義をもっておるという名誉を早いうちからしられている。
二人は賓客を好んで座敷に来ているみんなに対しその豪傑ぶりをしめしている、きょう、正月の一日に筵を敷いて春の香り漂う若草を愛でることをかんがえているのだ。
できるならば健脚であるから遠方にある梅をここへ移植し、晴れた空に向かい花がいっぱいに咲き誇るところで髪に挿してあそんでみたいと思うのである。』
千里もはなれた遠いところにはまだ昨冬の泳雪がのこっている、それに対して試みに百壷の酒をのんでむねのなかを開こうとする。
年を取ってきたら戦の太鼓は悲しさをよぶので聞くのはいやである、矢継ぎ早に酒をのんで胸打つ心の憂鬱な動悸を緩やかにしようとするのだ。
青年たちは努めて遊ぶふりして自由に談笑をしているけれども、わたしのこの姿かたちを見てくれ、いまやこんなに枯木のようになってしまったのを。』


(訳と註)
文章有神交有道,端複得之名譽早。

文章はそこに神の助けで神との交わりを得て人力以上のものでるという道義にかなっていることなのである、また人間の交際においてはそこに利益をはなれて真の道義があるのである。蘇端・薛複はこの二つの同義をもっておるという名誉を早いうちからしられている。
○有神 「高歌鬼神アリ」、「筆ヲ下セバ神アルガ如シ」 の神と同じく神の助けがあることをいう。○有道 道とは道義にかなっていることをいう。○得之 之とは文の神と交の道とをさす。

愛客滿堂盡豪傑,開筵上日思芳草。
二人は賓客を好んで座敷に来ているみんなに対しその豪傑ぶりをしめしている、きょう、正月の一日に筵を敷いて春の香り漂う若草を愛でることをかんがえているのだ。
上日 朔日、一日をいう、これは正月の一日。○思芳草 花のない故である。

安得健步移遠梅,亂插繁花向晴昊?』
できるならば健脚であるから遠方にある梅をここへ移植し、晴れた空に向かい花がいっぱいに咲き誇るところで髪に挿してあそんでみたいと思うのである。』
安得 どうしたしたらこのようなことになることができるのだろうか、希望の辞。○健歩 健脚をいう。○移遠梅 遠地にある梅をここへうつしてくる。○乱挿繁花 梅のしげき花を乱雑に髪にはさむ。○晴昊 はれたそら。



裡猶殘舊冰雪,百壺且試開懷抱。
千里もはなれた遠いところにはまだ昨冬の泳雪がのこっている、それに対して試みに百壷の酒をのんでむねのなかを開こうとする。
 前年冬からあるので、旧。〇百壺且試 且試百壺と同義、しばらく百壺の酒を試みに飲む。○開懐抱 むねにいだいている所を外へだしてしまう。

垂老惡聞戰鼓悲,急觴為緩憂心搗。
年を取ってきたら戦の太鼓は悲しさをよぶので聞くのはいやである、矢継ぎ早に酒をのんで胸打つ心の憂鬱な動悸を緩やかにしようとするのだ。
○垂 老ゆるになんなんとして。○戦鼓悲 安禄山の反軍を討つための太鼓の悲音。○急鯵 はやつぎにつぐさかずき。○為緩 自己のためにゆるやかにする、緩やかとは遅緩にならせること。○ 心が米をつくようにどきどきすることをたとえていう。



少年努力縱談笑,看我形容已枯槁。』
青年たちは努めて遊ぶふりして自由に談笑をしているけれども、わたしのこの姿かたちを見てくれ、いまやこんなに枯木のようになってしまったのを。』
少年努力 ここの努力は行楽につとめることをいう。○枯槁 枯も槁もかれること、枯木のように生気が無くなる。


蘇端薛複筵簡薛華醉歌
(本分)
坐中薛華善醉歌,歌辭自作風格老。
近來海內為長句,汝與山東李白好。
何劉沈謝力未工,才兼鮑照愁絕倒。』
諸生頗盡新知樂,萬事終傷不自保。
氣酣日落西風來,願吹野水添金杯。
如澠之酒常快意,亦知窮愁安在哉!
忽憶雨時秋井塌,古人白骨生青苔;
如何不飲令心哀?』

(下し文)
座中の藩華善く酔歌す、歌辞自ら風椿の老ゆるを作す
近来海内長句を為る、汝と山東の李白と好し
何劉沈謝は力未だ工ならず、才飽照を兼ぬ絶倒せんことを愁う』
諸生頗る尽くす新知の楽み、万事終に傷む自ら保せざるを
気鮒に日落ちて西風来る、願くは野水を吹いて金杯に添え
潤の如きの酒常に意を快くせん、亦た知る窮愁安くに在るや
忽ち憶う雨時秋井の場るるを、古人の白骨青苔を生ず
如何ぞ飲ずして心をして哀ましめん』

(現代語訳)
宴座では薛華がうまく酔うて歌をうたっている、その歌辭は自然に老熟した風格がでているのである。
ちかごろでは天下を見渡し見ると長句の詩をつくるものがいる、その中では君と山東の李白とがとてもうまくいいものを作る。
君にくらべると昔の何遜・劉孝綽・沈約・謝朓らは詩作力がまだ巧みではないのだ、君の詩才はさらに飽照をも兼ねておるから、飽照も負かされたくないと愁えるのである。』
わかい人々と同席して知りあいになり、新しいことを知り、十分楽みをつくした、結局万事においてどこかに弱点、傷をもっていて、自らでその身さえ安全に保てないのである。
自分の酔がまわり意気盛んになころに太陽が落ちかけ秋の西風が吹いてくるのである。この風に願いたい、我が手にする金杯の酒の上に野面の水を吹き添えてくれることを。
澠水のながれが多量の酒となるようであればいつも我が心意を快くさせてくれるのである。そのうえこんな窮愁もどこへ飛んでいってしまい安らいだ気持ちになるというものではないだろうか!
ここでふとおもうのは、秋の長雨のときには我家の生活のために整然としていたものはくずれてしまった。古人を埋葬した白骨というものは青い苔が生じて厳然としておるではないか
こんなことをかんがえると、我が心をかなしくさせているのだ。どうして酒を飲まずにいることができようぞ。


(訳と註)

坐中薛華善醉歌,歌辭自作風格老。
宴座では薛華がうまく酔うて歌をうたっている、その歌辭は自然に老熟した風格がでているのである。
歌辞 歌の文句。○風希老 歌の姿の老熟することをいう。



近來海內為長句,汝與山東李白好。
ちかごろでは天下を見渡し見ると長句の詩をつくるものがいる、その中では君と山東の李白とがとてもうまくいいものを作る
長句 七言の詩句をいう。○山東李白 李白は隴西成紀の人で蜀の彰明県青蓮郷に生まれたが、25歳で放浪し、斉州・兗州等の地に久しく客となっていたので、朝廷追放後、再びこの地で放浪していた。人は彼を「山東の李白」と称した。杜甫も洛陽で李白と遭遇、山東で一緒に遊んだ。



何劉沈謝力未工,才兼鮑照愁絕倒。』
君にくらべると昔の何遜・劉孝綽・沈約・謝朓らは詩作力がまだ巧みではないのだ、君の詩才はさらに飽照をも兼ねておるから、飽照も負かされたくないと愁えるのである。』
何劉沈謝 ①何遜・②劉孝綽・③沈約・④謝桃をいう、南北朝六朝の詩人。〇才兼飽照 ⑤飽照は宋の代の人、壁一己の楽府に長じていた。兼ぬとは薛華が兼ねること。○愁絶倒 (我れ其の絶倒を愁う)の義、我とは杜甫、其とは飽照をうける。絶倒とはまけてころげること。
①~⑤の詩人の概略は末尾に付記。



諸生頗盡新知樂,萬事終傷不自保。
わかい人々と同席して知りあいになり、新しいことを知り、十分楽みをつくした、結局万事においてどこかに弱点、傷をもっていて、自らでその身さえ安全に保てないのである。
諸生 同座の諸少年をさす。○新知楽 未知の人とあたらしく知りあいになるというたのしみ。○不自保 自分白身をも安全に保つことを得ぬこと。


氣酣日落西風來,願吹野水添金杯。
自分の酔がまわり意気盛んになころに太陽が落ちかけ秋の西風が吹いてくるのである。この風に願いたい、我が手にする金杯の酒の上に野面の水を吹き添えてくれることを。
氣酣 酒がめぐって意気のさかんになったとき。○野水 野にある川水。○添金杯 うつくしい杯の酒のうえにそえる。

如澠之酒常快意,亦知窮愁安在哉!
澠水のながれが多量の酒となるようであればいつも我が心意を快くさせてくれるのである。そのうえこんな窮愁もどこへ飛んでいってしまい安らいだ気持ちになるというものではないだろうか!。
如澠之酒 多量の酒をいう。澠は斉国にある川の名、その川水ほどたくさんの酒。○快意 きもちをよくする。○亦知一に亦を不とし、「不レ知」に作ったものがある。「不知」とすれば簡単明瞭であるが、「亦知」でも下の安在の安の字の関係で「不知」の義を生ずる。○窮愁 困窮のうれい。




忽憶雨時秋井塌,古人白骨生青苔;
ここでふとおもうのは、秋の長雨のときには我家の生活のために整然としていたものはくずれてしまった。古人を埋葬した白骨というものは青い苔が生じて厳然としておるではないか
忽憶 急におもう。○秋井塌 井は整然としていたもの。畑や井戸など土を盛ったり、掘ったりして、整地していたものが崩れたことを言う。 



如何不飲令心哀?』
こんなことをかんがえると、我が心をかなしくさせているのだ。どうして酒を飲まずにいることができようぞ。


○韻 道、早、草、昊、/抱、搗、槁、/老、好、倒。/保、/来、杯。/哉、苔、哀。




蘇端薛複筵簡薛華醉歌
文章有神交有道,端複得之名譽早。
愛客滿堂盡豪傑,開筵上日思芳草。
安得健步移遠梅,亂插繁花向晴昊?』
千裡猶殘舊冰雪,百壺且試開懷抱。
垂老惡聞戰鼓悲,急觴為緩憂心搗。
少年努力縱談笑,看我形容已枯槁。』

坐中薛華善醉歌,歌辭自作風格老。
近來海內為長句,汝與山東李白好。
何劉沈謝力未工,才兼鮑照愁絕倒。』
諸生頗盡新知樂,萬事終傷不自保。
氣酣日落西風來,願吹野水添金杯。
如澠之酒常快意,亦知窮愁安在哉!
忽憶雨時秋井塌,古人白骨生青苔;
如何不飲令心哀?』

文章には神有り交には道有り、端復之を得る名誉蚤し。
客を愛して満堂尽く豪傑、蓮を開いて上目に芳草を思う。安んぞ健歩遠梅を移し、乱れて繁花を挿みて晴臭に商うことを得ん』
千里猶残る旧泳雪、百壷且試みて懐抱を開く
垂老聞くことを恵む戦鼓の悲しきを、急鰻為めに緩うす憂心の掃くを
少年努力談笑を縦にす、看よ我が形容己に枯稿せるを』

座中の藩華善く酔歌す、歌辞自ら風椿の老ゆるを作す
近来海内長句を為る、汝と山東の李白と好し
何劉沈謝は力未だ工ならず、才飽照を兼ぬ絶倒せんことを愁う』
諸生頗る尽くす新知の楽み、万事終に傷む自ら保せざるを
気鮒に日落ちて西風来る、願くは野水を吹いて金杯に添え
潤の如きの酒常に意を快くせん、亦た知る窮愁安くに在るや
忽ち憶う雨時秋井の場るるを、古人の白骨青苔を生ず
如何ぞ飲ずして心をして哀ましめん』




詩中の詩人の概略


何劉沈謝 ①何遜・②劉孝綽・③沈約・④謝桃をいう、南北朝六朝の詩人。〇才兼飽照 ⑤飽照

李白
 701年 - 762年 中国最大の詩人の一人。西域で生まれ、綿州(四川省)で成長。字(あざな)は太白(たいはく)。号、青蓮居士。玄宗朝に一時仕えた以外、放浪の一生を送った。好んで酒・月・山を詠み、道教的幻想に富む作品を残した。詩聖杜甫に対して詩仙とも称される。「両人対酌して山花開く、一杯一杯又一杯」「白髪三千丈、愁いに縁(よ)りて個(かく)の似(ごと)く長し」など、人口に膾炙(かいしゃ)した句が多い。


①何遜(かそん) ?~518 何 遜(か そん、467年? - 518年?)は中国南北朝時代の文学者。東海郯の人。字は仲言。曾祖父は何承天。幼少より文才に優れ、8歳で詩を作り、20歳の時、州から秀才に選ばれた。南斉の永明年間に、当時の文壇の重鎮であった范雲に文才を認められ、年齢を超えた交際を結ぶ。現存する詩は110首あまり。生涯の大半を地方の幕僚として勤めたことから、友人や同僚たちとの間の応酬・離別の詩や行旅を主題とする詩が多くを占める。その詩風は、寒門の出身者であるが故の、官途の不遇から発せられた心情表現がしばしば見られることが特徴である。その一方で、詩中における自然描写は、精巧であるとともに、豊かな抒情性をたたえており、謝朓とならび、唐詩の先駆とみなされている。

②劉 孝綽(りゅう こうしゃく) 481年 - 539年 南朝梁の文学者。字は孝綽。彭城(現江蘇省徐州市)の人。本の名は冉。劉孝綽の一族は、祖父の宋の司空劉勔をはじめ、南朝において多くの高官を輩出した家柄であった。劉孝綽は7歳で文章を綴るなど、幼い頃から聡明で名高かった。舅の王融からは神童と呼ばれ、「私の死後はこの子が天下の文章を担うだろう」と言われていた。父の劉絵は南斉の時代、詔勅の起草に携わっていたが、15歳にならない劉孝綽に代筆させていたという。父の友人である沈約・范雲・任昉ら、当代一流の文人たちからも劉孝綽は非常に可愛がられた。


沈約(しんやく) 441年 - 513年 南朝を代表する文学者、政治家。呉興武康(現在の浙江省武康県)の人。字は休文。沈氏は元来軍事で頭角を現した江南の豪族であるが、沈約自身は幼いときに父を孝武帝に殺されたこともあり、学問に精励し学識を蓄え、宋・斉・梁の3朝に仕えた。南斉の竟陵王蕭子良の招きに応じ、その文学サロンで重きをなし、「竟陵八友」の一人に数えられた。その後蕭衍(後の梁の武帝)の挙兵に協力し、梁が建てられると尚書令に任ぜられ、建昌県侯に封ぜられた。晩年は武帝の不興をこうむり、憂愁のうちに死去したという。

謝朓(しゃちょう) 464年 - 499 南北朝時代、南斉の詩人。現存する詩は200首余り、その内容は代表作とされる山水詩のほか、花鳥風月や器物を詠じた詠物詩、友人・同僚との唱和・離別の詩、楽府詩などが大半を占める。竟陵八友のひとり


⑤鮑照 412 頃-466 六朝時代、宋の詩人。字(あざな)は明遠。元嘉年間の三大詩人の一人として謝霊運・顔延之と併称された。

醉歌行 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 94

醉歌行 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 94

醉歌行
いとこの子杜勤が落第して故郷へ帰るのを送り、別れの宴で酔って作ったうたである。製作時は天宝十四載の春、長安での作。    


酔歌行  * 〔原注〕別従姪勤落第歸。
陸機二十作文賦,汝更小年能綴文。
陸機は年二十にして檄文や賦を作ったというが、君はそれよりも若くて能く詩文をつづるではないか。
總角草書又神速,世上兒子徒紛紛。
角髪の少年時代から草書を不思議なほど早く書いていた、世間の子供等は君に比べると徒らに多くいるというだけなのだ。
驊騮作駒已汗血,鷙鳥舉翮連青雲。
驊騮の駿馬はわか駒のときからすでに血を汗にするだけの素質はあり、強い鳥は翮を挙げればただちに青雲につらなる能力を持っている。
詞源倒流三峽水,筆陣獨掃千人軍。』

君の文章の力は詞源濠々としてあふれるほどであり、三峡の水を傾倒しておしながすようである、筆陣にたてば一人を以て千人の軍を掃却することができる。』

只今年才十六七,射策君門期第一。
しかし今やっと十六七歳の少年であって、朝廷において試験問題にお答えして第一の成績を得ようとするのだ。
舊穿楊葉真自知,暫蹶霜蹄未為失。
かねて柳葉を射て百発百中の技能あることは君自身が知っている。ちょっと霜蹄がつまずいた(落第した)ぐらいでは過失とするにはあたらぬ。
偶然擢秀非難取,會是排風有毛質。
大勢いたとしてもたまたま抜擢されるの運命にありつけぬわけではなく、きっときみは風を排して上るだけの猛鳥の本質はもっているのだ。
汝身已見唾成珠,汝伯何由發如漆?』

わたしは君がすでに荘子が言う「唾さえ珠を成す」ということをみとめているが、君のおじのわたしがどうしたらふたたび髪が漆のように黒くなることができるだろうか。(唾を玉にするようにうまく表現するのはできても、歳を若くすることはできない。)』

春光潭沱秦東亭,渚蒲牙白水荇青。
さて汝を見送ろうとすると、長安城東の亭では春の光り、かげろうが動いて、なぎさの蒲の芽は白くめぐみ、あさざの葉は青く水面にういている。
風吹客衣日杲杲,樹攪離思花冥冥。
風は頬を撫で君の旅衣を吹き払い、太陽は燦々とかがやいている。樹上の花は暗くなるほど覆いかぶさって咲きてこのわかれを離れがたいものに思わせる。
酒盡沙頭雙玉瓶,眾賓皆醉我獨醒。
水辺の砂浜にころがっている二つの玉の酒瓶には酒がなくなってしまった。他のお客たちはみな酔われたがわたしだけは別離の悲しさのため酔うことができない。
乃知貧賤別更苦,吞聲躑躅涕淚零。』

ここに至って貧乏生活のなかでの別れというものが特別にさらに苦しいものであることがよくわかった。言うべき言葉を飲み込んでしまうほどに嗚咽して泣き、足のあゆみもすすまず、ただなみだがおつるばかりである。


(酔歌行)

陸機二十にして文の賊を作る、汝更に少年にして能く文を綴る

総角にして草書又た神速、世上の児子徒に紛紛たり

醇騒駒と作って己に汗血なり、鷲鳥副を挙げて青雲に連なる

詞源倒に流す三昧の水、筆陣独り掃う千人の軍』


只今年綾に十六七、射策君門に第一を期す

旧楊葉を穿つは兵に自ら知る、暫く粛蹄蕨く未だ失えりと為さず

偶然擢秀取り難きに非ず、会ず是れ排風毛賀有り

汝が身己に見る唾珠を成すを、汝が伯何に由ってか髪漆の如くならん』


春光渾陀たり秦の東亭、渚蒲芽白くして水芹青し

風は客衣を吹いて日呆呆たり、樹は離息を摸して花冥冥たり

酒は尽く沙頭の双玉瓶、衆賓皆酔うも我独り醒めたり

乃ち知る貧餞の別るること更に苦しきを、声を呑んで衡燭沸涙零つ』





訳註と解説


(本文)
陸機二十作文賦,汝更小年能綴文。
總角草書又神速,世上兒子徒紛紛。
驊騮作駒已汗血,鷙鳥舉翮連青雲。
詞源倒流三峽水,筆陣獨掃千人軍。』

(下し文)
陸機二十にして文の賊を作る、汝更に少年にして能く文を綴る
総角にして草書又た神速、世上の児子徒に紛紛たり
醇騒駒と作って己に汗血なり、鷲鳥副を挙げて青雲に連なる
詞源倒に流す三昧の水、筆陣独り掃う千人の軍』


(現代語訳)


酔歌行 酔うての歌を詩に作る。○従姪 いとこの子をいう。○ 其の人の名、一に勤を勧に作る。*〔原注〕別従姪勤落第歸。-

陸機は年二十にして檄文や賦を作ったというが、君はそれよりも若くて能く詩文をつづるではないか。
角髪の少年時代から草書を不思議なほど早く書いていた、世間の子供等は君に比べると徒らに多くいるというだけなのだ。
驊騮の駿馬はわか駒のときからすでに血を汗にするだけの素質はあり、強い鳥は翮を挙げればただちに青雲につらなる能力を持っている。
汝の文章の力は詞源濠々としてあふれるほどであり、三峡の水を傾倒しておしながすようである、筆陣にたてば一人を以て千人の軍を掃却することができる。』

文、粉、、雲、軍。


酔歌行

陸機二十作文賦,汝更小年能綴文。
陸機は年二十にして檄文や賦を作ったというが、君はそれよりも若くて能く詩文をつづるではないか。
陸機 西晋の大鹿・元康時代の文学者。陸機(りくき261年 - 303年)呉・西晋の文学者・政治家・武将。七尺もの身の丈を持ち、その声は鐘のように響きわたったという。儒学の教養を身につけ、礼に外れることは行なわなかった。同じく著名な弟の陸雲と合わせて「二陸」とも呼ばれる。六朝時代を代表する文学者の一人であり、同時代に活躍した潘岳と共に、「潘陸」と並び称されている。特に「文賦(文の賦)」は、中国文学理論の代表的著作として名高い。〇二十 二十歳。○文賦 文学を論じた賦である。○ 勤をさす。○更少年 後に十六七とあるのからすれば、勤は機よりも年わかである。〇校文 詩文をつづりつくる。

總角草書又神速,世上兒子徒紛紛。
角髪の少年時代から草書を不思議なほど早く書いていた、世間の子供等は君に比べると徒らに多くいるというだけなのだ。
総角 角髪の二つを一つにくくったものをいう、少年の姿。○草書 書体の名、走りがき。○神速 ふしぎに筆をはこぶことがはやい。○世上児子 世間の少年。○徒紛紛 いたずらに多い。

驊騮作駒已汗血,鷙鳥舉翮連青雲。
驊騮の駿馬はわか駒のときからすでに血を汗にするだけの素質はあり、強い鳥は翮を挙げればただちに青雲につらなる能力を持っている。
驊騮 くり毛の馬、周の穆王の八匹の駿馬の一つ。○作駒 わかごまであるときから。○汗血 大宛国の天馬の如く血を汗にだす。○鷙鳥 強い鳥。○ たちばね。○連青雲 たかく飛ぶことをいう。

詞源倒流三峽水,筆陣獨掃千人軍。』
汝の文章の力は詞源濠々としてあふれるほどであり、三峡の水を傾倒しておしながすようである、筆陣にたてば一人を以て千人の軍を掃却することができる。』
詞源倒流 文章の力を江水を以てたとえる。詞源は文章の湧きでる源をいう、倒流とはさかさまにぶんながすこと、必しも逆流とは解さぬ。〇三峡水 瞿塘峡(くとうきょう、8km)、巫峡(ふきょう、45km)、西陵峡(せいりょうきょう、66km)が連続する景勝地である。○筆陣 文学の世界を戦場を以てたとえる。○独掃 ひとりでなぎはらう。〇千人軍 多くの軍勢をいう。





(本文)
只今年才十六七,射策君門期第一。
舊穿楊葉真自知,暫蹶霜蹄未為失。
偶然擢秀非難取,會是排風有毛質。
汝身已見唾成珠,汝伯何由發如漆?』

(下し文)
只今年綾に十六七、射策君門に第一を期す
旧楊葉を穿つは兵に自ら知る、暫く粛蹄蕨く未だ失えりと為さず
偶然擢秀取り難きに非ず、会ず是れ排風毛賀有り
汝が身己に見る唾珠を成すを、汝が伯何に由ってか髪漆の如くならん』

(現代語訳)
しかし今やっと十六七歳の少年であって、朝廷において試験問題にお答えして第一の成績を得ようとするのだ。
かねて柳葉を射て百発百中の技能あることは君自身が知っている。ちょっと霜蹄がつまずいた(落第した)ぐらいでは過失とするにはあたらぬ。
大勢いたとしてもたまたま抜擢されるの運命にありつけぬわけではなく、きっときみは風を排して上るだけの猛鳥の本質はもっているのだ。
わたしは君がすでに荘子が言う「唾さえ珠を成す」ということをみとめているが、君のおじのわたしがどうしたらふたたび髪が漆のように黒くなることができるだろうか。(唾を玉にするようにうまく表現するのはできても、歳を若くすることはできない。)』


文、粉、雲、軍。

只今年才十六七,射策君門期第一。
しかし今やっと十六七歳の少年であって、朝廷において試験問題にお答えして第一の成績を得ようとするのだ。
十六七 勤の年齢をいう。○射策 漢の時試験に対策と射策とがあり、対策は経義を以て顕わに問い、射策は難問疑義を甲乙の策(ふだ)に書き、問題をくじびきでとって答えさせた。○君門 天子のごもん、朝廷をいう。



舊穿楊葉真自知,暫蹶霜蹄未為失。
かねて柳葉を射て百発百中の技能あることは君自身が知っている。ちょっと霜蹄がつまずいた(落第した)ぐらいでは過失とするにはあたらぬ。
 在来、従来の義。かねて。○穿楊葉 「戦国策」に見える楚の養由基の故事、養由基は柳葉を去ること百歩にしてこれを射、百発百中であったといわれる弓の名人、勤が文学におけるや養由基の弓におけるほどの技能があるというのである。作者は柳を場と改めて用いている。〇自知 自分自身が知っている。○暫蹶霜蹄 これは人を馬を以てたとえていう。上の「驊騮」の語を承ける。勤が落第したのは馬の霜をふむひづめがちょっとつまずいたようなものである。○ 過失、失策。


偶然擢秀非難取,會是排風有毛質。
大勢いたとしてもたまたま抜擢されるの運命にありつけぬわけではなく、きっときみは風を排して上るだけの猛鳥の本質はもっているのだ。
擢秀 秀でているものを擢く、及第することをいう。○取擢秀ということを取り得ることをいう。○俗語。○排風風をおしわけてとぶ、上の「鷲鳥」の語を承ける。○毛質羽毛のつよい本質。

汝身已見唾成珠,汝伯何由發如漆?』
わたしは君がすでに荘子が言う「唾さえ珠を成す」ということをみとめているが、君のおじのわたしがどうしたらふたたび髪が漆のように黒くなることができるだろうか。(唾を玉にするようにうまく表現するのはできても、歳を若くすることはできない。)』
汝身己見 己見汝身と同じ、見るとは作者が見ることをいう。○唾成珠 「荘子」に本づく、つばを吐いてもそれがみな珠玉になる、片言たりとも美であることをいう。○汝伯 伯とは叔父伯父の伯、杜甫は勤の伯父の尊属にあたる人になる。汝伯とは杜甫をさす。○何由 いかにして。○髪如漆 わかがえって白髪がうるしのように黒くなる。




(本文)
春光潭沱秦東亭,渚蒲牙白水荇青。
風吹客衣日杲杲,樹攪離思花冥冥。
酒盡沙頭雙玉瓶,眾賓皆醉我獨醒。
乃知貧賤別更苦,吞聲躑躅涕淚零。』

(下し文)
春光渾陀たり秦の東亭、渚蒲芽白くして水芹青し
風は客衣を吹いて日呆呆たり、樹は離息を摸して花冥冥たり
酒は尽く沙頭の双玉瓶、衆賓皆酔うも我独り醒めたり
乃ち知る貧餞の別るること更に苦しきを、声を呑んで衡燭沸涙零つ』

(現代語訳)

さて汝を見送ろうとすると、長安城東の亭では春の光り、かげろうが動いて、なぎさの蒲の芽は白くめぐみ、あさざの葉は青く水面にういている。
風は頬を撫で君の旅衣を吹き払い、太陽は燦々とかがやいている。樹上の花は暗くなるほど覆いかぶさって咲きてこのわかれを離れがたいものに思わせる。
水辺の砂浜にころがっている二つの玉の酒瓶には酒がなくなってしまった。他のお客たちはみな酔われたがわたしだけは別離の悲しさのため酔うことができない。

ここに至って貧乏生活のなかでの別れというものが特別にさらに苦しいものであることがよくわかった。言うべき言葉を飲み込んでしまうほどに嗚咽して泣き、足のあゆみもすすまず、ただなみだがおつるばかりである。

春光潭沱秦東亭,渚蒲牙白水荇青。
さて君を見送ろうとすると、長安城東の亭では春の光り、かげろうが動いて、なぎさの蒲の芽は白くめぐみ、あさざの葉は青く水面にういている。
潭沱 「江賦」にみえる。かげろう淡蕩、また駄蕩に同じ。○ 長安をさす。○東亭 城外の東亭。覇陵橋のたもとにあった亭。○渚蒲 なぎさに生えた蒲。○水荇 あさざ。

風吹客衣日杲杲,樹攪離思花冥冥。
風は頬を撫で君の旅衣を吹き払い、太陽は燦々とかがやいている。樹上の花は暗くなるほど覆いかぶさって咲きてこのわかれを離れがたいものに思わせる。
客衣 客とは勤をさす。○杲杲 太陽の樹上に燦々とかがやくさま。○ かきみだす。○離思わかれのこころ。○花冥冥 冥冥とは咲きさかっておおいかぶさりくらいことをいう、花は即ち樹上の花。
 

酒盡沙頭雙玉瓶,眾賓皆醉我獨醒。
水辺の砂浜にころがっている二つの玉の酒瓶には酒がなくなってしまった。他のお客たちはみな酔われたがわたしだけは別離の悲しさのため酔うことができない。
 なくなる。○沙頭 水辺の砂浜をいう。○玉瓶一対の玉の酒瓶(さかがめ)。○衆賓 屈原の「漁父辞」の「衆人ハ皆酔エルニ我ハ独り醒ム」というのを用いる。それは比喩であるが、これは実際別離の悲しさのため他人は酔っても自己は酔わぬことをいう。


乃知貧賤別更苦,吞聲躑躅涕淚零。』
ここに至って貧乏生活のなかでの別れというものが特別にさらに苦しいものであることがよくわかった。言うべき言葉を飲み込んでしまうほどに嗚咽して泣き、足のあゆみもすすまず、ただなみだがおつるばかりである。
貧賤別 貧乏生活のなかのわかれ。〇吞聲 しのびねになく。○躑躅 行きて進まざるさま。○涕淚 はなみずとなみだ。○ 落ちる。


(解説)
○詩型 七言歌行。
○押韻 文、粉、雲、軍。/七、一、失、質、漆。/亭、青、冥、醒、零。



落第して帰る甥に贈った詩ということであるが、長安の東の門から東へ二つ目の橋のたもとに㶚陵亭があった。李白の「灞陵行送別」など、主に洛陽に向かう長安から地方へ向かう旅人との別れの場所であった。堤には柳が植えられており、「折柳」して別れたところである。
 普通なら、この㶚陵亭で宴席ということであろう。また、落第をして帰るから、そっと帰してやるものかもしれない。しかし、酒ビン2つ空にして、亭でなく砂浜である。持たせてやるものがなく、この詩を懐に入れて帰ったのであろう。
 しかし杜甫の本音、誠実なところが、最後の聯にある。
 「乃ち知る貧餞の別るること更に苦しきを」。
 これが誠実な杜甫の一面をよく表している。落第して帰る側からすれば、帰ろうとすると、引き留められを繰り返しているようだ。「もういいよ、おじさん!」と、言ったとか、言わないとか・・・・・・・。

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