杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

添える歌・たたえる歌

奉先劉少府新畫山水障歌 #4 杜甫139  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 136

奉先劉少府新畫山水障歌 #4 杜甫139  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 136
奉先県の尉官である劉単の新画の山水の図のついたての歌。


奉先劉少府新畫山水障歌
#1
堂上不合生楓樹,怪底江山起煙霧。
聞君掃卻赤縣圖,乘興譴畫滄洲趣。』
畫師亦無數,好手不可遇。
對此融心神,知君重毫素。』
豈但祁嶽與鄭虔,筆跡遠過楊契丹。』
#2
得非元圃裂?無乃瀟湘翻?
悄然坐我天姥下,耳邊已是聞清猿。
反思前夜風雨急,乃是蒲城鬼神入。
元氣淋灕障猶濕,真宰上訴天應泣。』
#3
野亭春還雜花遠,魚翁暝踏孤舟立。
滄浪水深青且闊,欹岸側島秋毫末。
不見湘妃鼓瑟時,至今斑竹臨江活。』
#4
劉侯天機精,愛畫入骨髓。
劉君のかいた絵には天子の廟まで精密に描かれ、その愛する画には万物の精霊を描いて画家としての真骨頂というものだ。
自有兩兒郎,揮灑亦莫比。
だから自然に二人の子供もその感化をうけている、画をかくことがたぐいなく上手である。
大兒聰明到,能添老樹巔崖裡。
大きな方のお子はもはや聡明利発であり、よく、この山水画にも巌崖の処へ老樹を書き添えられた。
小兒心孔開,貌得山僧及童子。』
小さい方の子はまだ知識がひらけかけたところなのだ、だから、山寺の丸坊主の小僧や、童子をよくかいている。』
若耶溪,雲門寺,
(この画をみると南方へ旅がしたくなる。)あの若耶渓や、雲門の寺なのだ。
吾獨胡為在泥滓?青鞋布襪從此始。』

私一人どうして、この世の泥かすの中にいるというのだ。こんな処からのがれ出て、わらじを履き、布のくつたびで旅姿になり、この画のあそこをめざしてこれから旅を始めたく思うのである。』


(奉先の劉少府の 新に画ける山水の陣の歌)
堂上合(まさ)に楓樹(ふうじゅ)を生ずべからず、怪(あやし)む底(なん)の江山か煙霧起る。
聞く君が赤県の図を掃却(そうきゃく)して、興に乗じて槍洲(そうしゅう)の趣(おもむき)を画(えが)か遣(し)むと。』
画師も亦無数なり、好手(こうしゅ)には遇う可(べか)らず。此に対すれば心神融(ゆう)す、知る君が毫素(ごうそ)を重んずるを。』
豈 但 祁嶽(きがく)と鄭虔(ていけん)とのみならんや、筆跡 遠く過ぐ 楊契丹(ようけつたん)。』
#2
元圃の裂くるに非(あらざ)るを得ば、乃ち瀟湘(しょうそう)の翻るなる無からんや。
悄然(しょうぜん)我を天姥(てんぽ)の下に坐せしむ、耳辺(じへん) 己に清猿(せいえん)を聞くに似たり。
反って思う 前夜 風雨 急なりしを、乃ち是 蒲城(ほじょう)に鬼神入る。
元気 淋灕(りんり)として障 猶 湿う、真宰(しんさい)に上り 訴えて 天 応(まさ)に泣くなるべし。』

#3
野亭(やてい) 春 還って 雜花 遠く、漁翁(ぎょおう)瞑(くれ)に孤舟を 踏みて立つ。
滄浪(そうろう) 水深くして青瞑(せいめい) 闊(ひろ)し、欹岸(いがん) 側島(そくとう)  秋毫(しゅうごう)の末。
湘妃(しょうひ)瑟(しつ)を鼓する時を見ざるも、今に至って斑竹(はんちく) 江に臨(のぞ)んで活す。』
#4
劉侯 天機 精なり、画を愛して骨髄に入る。
自ら 両 児郎(じろう)有り、揮灑(きさい)亦 比莫(な)し。
大児は聡明到る、能く老樹を添う巔崖(てんがい)の裡(うち)。
小児は心孔開く、貌(ばく)し得たり山僧及び童子。』
若耶(じゃくや)の渓、雲門の寺。
吾独り 胡為(なんすれ)ぞ 泥滓(でいし)に在る、青鞋(せいあい) 布襪(ふべつ)此従(よ)り始めん。』




奉先劉少府新畫山水障歌-#4 現代語訳と訳註
(本文) #4

劉侯天機精,愛畫入骨髓。
自有兩兒郎,揮灑亦莫比。
大兒聰明到,能添老樹巔崖裡。
小兒心孔開,貌得山僧及童子。』
若耶溪,雲門寺,
吾獨胡為在泥滓?青鞋布襪從此始。』


(下し文) #4
劉侯 天機 精なり、画を愛して骨髄に入る。
自ら 両 児郎(じろう)有り、揮灑(きさい)亦 比莫(な)し。
大児は聡明到る、能く老樹を添う巔崖(てんがい)の裡(うち)。
小児は心孔開く、貌(ばく)し得たり山僧及び童子。』
若耶(じゃくや)の渓、雲門の寺。
吾独り 胡為(なんすれ)ぞ 泥滓(でいし)に在る、青鞋(せいあい) 布襪(ふべつ)此従(よ)り始めん。』


(現代語訳)
劉君のかいた絵には天子の廟まで精密に描かれ、その愛する画には万物の精霊を描いて画家としての真骨頂というものだ。
だから自然に二人の子供もその感化をうけている、画をかくことがたぐいなく上手である。
大きな方のお子はもはや聡明利発であり、よく、この山水画にも巌崖の処へ老樹を書き添えられた。
小さい方の子はまだ知識がひらけかけたところなのだ、だから、山寺の丸坊主の小僧や、童子をよくかいている。』
(この画をみると南方へ旅がしたくなる。)あの若耶渓や、雲門の寺なのだ。
私一人どうして、この世の泥かすの中にいるというのだ。
こんな処からのがれ出て、わらじを履き、布のくつたびで旅姿になり、この画のあそこをめざしてこれから旅を始めたく思うのである。』


(訳注) #4
劉侯天機精,愛畫入骨髓。
劉君のかいた絵には天子の廟まで精密に描かれ、その愛する画には万物の精霊を描いて画家としての真骨頂というものだ
天機精 心のはたらきが精微である。天機は南斗六星のひとつ。天子の廟を言うことが多い。〇人骨髄 愛画に魂の芯が通っている。


自有兩兒郎,揮灑亦莫比。
だから自然に二人の子供もその感化をうけている、画をかくことがたぐいなく上手である。
○兒郎 男のこども。○揮灑 筆をふるい墨汁をそそぐ、画をかくこと。○亦莫比 この亦の字は父もかき、子も亦たの意。

大兒聰明到,能添老樹巔崖裡。
大きな方のお子はもはや聡明利発であり、よく、この山水画にも巌崖の処へ老樹を書き添えられた。

小兒心孔開,貌得山僧及童子。』
小さい方の子はまだ知識がひらけかけたところなのだ、だから、山寺の丸坊主の小僧や、童子をよくかいている。』
○心孔開 知識がひらきかけた。○貌得 貌はかたちをにせてかくこと。

若耶溪,雲門寺,
(この画をみると南方へ旅がしたくなる。)あの若耶渓や、雲門の寺なのだ。
若耶渓 紹興府会稽県の南にある。此の以下四句は題外において自家の感をのべている。○雲門寺 会稽県南三十里にある。

吾獨胡為在泥滓?青鞋布襪從此始。』
私一人どうして、この世の泥かすの中にいるというのだ。
こんな処からのがれ出て、わらじを履き、布のくつたびで旅姿になり、この画のあそこをめざしてこれから旅を始めたく思うのである。』

泥滓 滓はかす。○青鞋 わらじ。○布鞋 ぬのでつくったくつした、旅装をいう。○従此始 此とは今をさす。


さて、次からは(2011.12.2)、杜甫、蘆子関で反乱軍に捕まり、長安に護送される。いきさつとそこで拘束の中で、初めて詩を作る。後世残る名作をいくつも作るのである。(2011.12.1)

-------------------  杜甫特集700- 136 ---------------
奉先劉少府新畫山水障歌
堂上不合生楓樹,怪底江山起煙霧。
聞君掃卻赤縣圖,乘興譴畫滄洲趣。』
畫師亦無數,好手不可遇。
對此融心神,知君重毫素。』
豈但祁嶽與鄭虔,筆跡遠過楊契丹。』
得非元圃裂?無乃瀟湘翻?
悄然坐我天姥下,耳邊已是聞清猿。
反思前夜風雨急,乃是蒲城鬼神入。
元氣淋灕障猶濕,真宰上訴天應泣。』
野亭春還雜花遠,魚翁暝踏孤舟立。
滄浪水深青且闊,欹岸側島秋毫末。
不見湘妃鼓瑟時,至今斑竹臨江活。』
劉侯天機精,愛畫入骨髓。
自有兩兒郎,揮灑亦莫比。
大兒聰明到,能添老樹巔崖裡。
小兒心孔開,貌得山僧及童子。』
若耶溪,雲門寺,
吾獨胡為在泥滓?青鞋布襪從此始。』

奉先の劉少府の 新に画ける山水の陣の歌)
堂上合(まさ)に楓樹(ふうじゅ)を生ずべからず、怪(あやし)む底(なん)の江山か煙霧起る。
聞く君が赤県の図を掃却(そうきゃく)して、興に乗じて槍洲(そうしゅう)の趣(おもむき)を画(えが)か遣(し)むと。』
画師も亦無数なり、好手(こうしゅ)には遇う可(べか)らず。此に対すれば心神融(ゆう)す、知る君が毫素(ごうそ)を重んずるを。』
豈 但 祁嶽(きがく)と鄭虔(ていけん)とのみならんや、筆跡 遠く過ぐ 楊契丹(ようけつたん)。』
元圃の裂くるに非(あらざ)るを得ば、乃ち瀟湘(しょうそう)の翻るなる無からんや。
悄然(しょうぜん)我を天姥(てんぽ)の下に坐せしむ、耳辺(じへん) 己に清猿(せいえん)を聞くに似たり。
反って思う 前夜 風雨 急なりしを、乃ち是 蒲城(ほじょう)に鬼神入る。
元気 淋灕(りんり)として障 猶 湿う、真宰(しんさい)に上り 訴えて 天 応(まさ)に泣くなるべし。』
野亭(やてい) 春 還って 雜花 遠く、漁翁(ぎょおう)瞑(くれ)に孤舟を 踏みて立つ。
滄浪(そうろう) 水深くして青瞑(せいめい) 闊(ひろ)し、欹岸(いがん) 側島(そくとう)  秋毫(しゅうごう)の末。
湘妃(しょうひ)瑟(しつ)を鼓する時を見ざるも、今に至って斑竹(はんちく) 江に臨(のぞ)んで活す。』
劉侯 天機 精なり、画を愛して骨髄に入る。
自ら 両 児郎(じろう)有り、揮灑(きさい)亦 比莫(な)し。
大児は聡明到る、能く老樹を添う巔崖(てんがい)の裡(うち)。
小児は心孔開く、貌(ばく)し得たり山僧及び童子。』
若耶(じゃくや)の渓、雲門の寺。
吾独り 胡為(なんすれ)ぞ 泥滓(でいし)に在る、青鞋(せいあい) 布襪(ふべつ)此従(よ)り始めん。』


(現代語訳)
奉先県の劉警察の事務官の新しく画かれた山水の障にたいしての歌。
劉家の奥座敷のうえに楓の樹が生えるという理窟はないが、あるではないか。また不思議でないか、なんという江河か山なのか、そこからなんと煙や霧がたちのぼっている。
聞くところによれば、君は赤県の図をそそくさと画いたので、進んで興に乗じて更に滄洲の趣をも画いたのだ。』
世の画師というものは無数にたくさんあるが、うまい名工には遇うことがむずかしい。
然しこの画に対すると精神がとけこんでいるような気がする、君がいかにこの画を貴重とするのかも うかがわれるものである。』
この画をかいた者は現代の祁岳や鄭虔以上であるばかりでなく、その筆の跡は遠く隋の楊契丹よりもまさっているのだ。』
崑崙山にあるという玄圃が裂けて飛んできたのではないだろう、また、南方の瀟湘江の水をぶちまけたというのでもないだろう。
しょんぼりとしてこの画にむかっていると自分を天姥山の下に坐らせてくれた気分になり、耳のあたりにすんだ猿の声が聞えるようである。
思い起こせば、前の夜に風雨が急であったこと、それはすなわちこの蒲城の奉先県へ鬼神がいりこんでこの画をかくことを助けに来たのだ。
その上、宇宙の元気がしたたり被うので衝立がまだうるおっているのだ。これは創造主が天上へあがって天帝に訴えたので天帝も絵に込めた純粋な誠実さに感動して泣かれたのだろう。』
画面には、野なかの四阿に春が廻ってきており、さまざまの花が遠くの方まで咲いている。魚釣りの老人がうす靄のかかるくらがりにさびしい一槽の舟に踏ん張って立っている。
仙界の雰囲気を漂わせる青い水が深浅を際立たせ青々とそして広々と描かれている。切立っている岸やそばだてる島がずっと遠く細く毛さきほど小さくみえている。
蛾皇と女英は舜王を追い求めて身投げした二人の湘妃が月夜に瑟琴をかきならす様子は見えないが、まだら同じ二人の湘妃が流した涙で斑竹は現に今もこの画の湘江のそばに活きている。』
劉君のかいた絵には天子の廟まで精密に描かれ、その愛する画には万物の精霊を描いて画家としての真骨頂というものだ。
だから自然に二人の子供もその感化をうけている、画をかくことがたぐいなく上手である。
大きな方のお子はもはや聡明利発であり、よく、この山水画にも巌崖の処へ老樹を書き添えられた。
(この画をみると南方へ旅がしたくなる。)あの若耶渓や、雲門の寺なのだ。
私一人どうして、この世の泥かすの中にいるというのだ。
こんな処からのがれ出て、わらじを履き、布のくつたびで旅姿になり、この画のあそこをめざしてこれから旅を始めたく思うのである。』
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奉先県の尉官である劉単の新画の山水の図のついたての歌。


奉先劉少府新畫山水障歌
#1
堂上不合生楓樹,怪底江山起煙霧。
聞君掃卻赤縣圖,乘興譴畫滄洲趣。』
畫師亦無數,好手不可遇。
對此融心神,知君重毫素。』
豈但祁嶽與鄭虔,筆跡遠過楊契丹。』
#2
得非元圃裂?無乃瀟湘翻?
悄然坐我天姥下,耳邊已是聞清猿。
反思前夜風雨急,乃是蒲城鬼神入。
元氣淋灕障猶濕,真宰上訴天應泣。』

#3
野亭春還雜花遠,魚翁暝踏孤舟立。
画面には、野なかの四阿に春が廻ってきており、さまざまの花が遠くの方まで咲いている。魚釣りの老人がうす靄のかかるくらがりにさびしい一槽の舟に踏ん張って立っている。
滄浪水深青且闊,欹岸側島秋毫末。
仙界の雰囲気を漂わせる青い水が深浅を際立たせ青々とそして広々と描かれている。切立っている岸やそばだてる島がずっと遠く細く毛さきほど小さくみえている。
不見湘妃鼓瑟時,至今斑竹臨江活。』
蛾皇と女英は舜王を追い求めて身投げした二人の湘妃が月夜に瑟琴をかきならす様子は見えないが、まだら同じ二人の湘妃が流した涙で斑竹は現に今もこの画の湘江のそばに活きている。』
#4
劉侯天機精,愛畫入骨髓。
自有兩兒郎,揮灑亦莫比。
大兒聰明到,能添老樹巔崖裡。
小兒心孔開,貌得山僧及童子。』
若耶溪,雲門寺,
吾獨胡為在泥滓?青鞋布襪從此始。』

(奉先の劉少府の 新に画ける山水の陣の歌)
堂上合(まさ)に楓樹(ふうじゅ)を生ずべからず、怪(あやし)む底(なん)の江山か煙霧起る。
聞く君が赤県の図を掃却(そうきゃく)して、興に乗じて槍洲(そうしゅう)の趣(おもむき)を画(えが)か遣(し)むと。』
画師も亦無数なり、好手(こうしゅ)には遇う可(べか)らず。此に対すれば心神融(ゆう)す、知る君が毫素(ごうそ)を重んずるを。』
豈 但 祁嶽(きがく)と鄭虔(ていけん)とのみならんや、筆跡 遠く過ぐ 楊契丹(ようけつたん)。』
#2
元圃の裂くるに非(あらざ)るを得ば、乃ち瀟湘(しょうそう)の翻るなる無からんや。

悄然(しょうぜん)我を天姥(てんぽ)の下に坐せしむ、耳辺(じへん) 己に清猿(せいえん)を聞くに似たり。
反って思う 前夜 風雨 急なりしを、乃ち是 蒲城(ほじょう)に鬼神入る。
元気 淋灕(りんり)として障 猶 湿う、真宰(しんさい)に上り 訴えて 天 応(まさ)に泣くなるべし。』

#3
野亭(やてい) 春 還って 雜花 遠く、漁翁(ぎょおう)瞑(くれ)に孤舟を 踏みて立つ。
滄浪(そうろう) 水深くして青瞑(せいめい) 闊(ひろ)し、欹岸(いがん) 側島(そくとう)  秋毫(しゅうごう)の末。
湘妃(しょうひ)瑟(しつ)を鼓する時を見ざる も、今に至って斑竹(はんちく) 江に臨(のぞ)んで活(かっ)す。』
#4
劉侯 天機 精なり、画を愛して骨髄に入る。
自ら 両 児郎(じろう)有り、揮灑(きさい)亦 比莫(な)し。
大児は聡明到る、能く老樹を添う巔崖(てんがい)の裡(うち)。
小児は心孔開く、貌(ばく)し得たり山僧及び童子。』
若耶(じゃくや)の渓、雲門の寺。
吾独り 胡為(なんすれ)ぞ 泥滓(でいし)に在る、青鞋(せいあい) 布襪(ふべつ)此従(よ)り始めん。』


奉先劉少府新畫山水障歌-#3 現代語訳と訳註
(本文) #3

野亭春還雜花遠,魚翁暝踏孤舟立。
滄浪水深青且闊,欹岸側島秋毫末。
不見湘妃鼓瑟時,至今斑竹臨江活。』

(下し文) #3
野亭(やてい) 春 還って 雜花 遠く、漁翁(ぎょおう)瞑(くれ)に孤舟を 踏みて立つ。
滄浪(そうろう) 水深くして青瞑(せいめい) 闊(ひろ)し、欹岸(いがん) 側島(そくとう)  秋毫(しゅうごう)の末。
湘妃(しょうひ)瑟(しつ)を鼓する時を見ざる も、今に至って斑竹(はんちく) 江に臨(のぞ)んで活(かっ)す。』


(現代語訳)
画面には、野なかの四阿に春が廻ってきており、さまざまの花が遠くの方まで咲いている。魚釣りの老人がうす靄のかかるくらがりにさびしい一槽の舟に踏ん張って立っている。
仙界の雰囲気を漂わせる青い水が深浅を際立たせ青々とそして広々と描かれている。切立っている岸やそばだてる島がずっと遠く細く毛さきほど小さくみえている。
蛾皇と女英は舜王を追い求めて身投げした二人の湘妃が月夜に瑟琴をかきならす様子は見えないが、まだら同じ二人の湘妃が流した涙で斑竹は現に今もこの画の湘江のそばに活きている。』

(訳注)#3(画面の説明)。
野亭春還雜花遠,魚翁暝踏孤舟立。

画面には、野なかの四阿に春が廻ってきており、さまざまの花が遠くの方まで咲いている。魚釣りの老人がうす靄のかかるくらがりにさびしい一槽の舟に踏ん張って立っている。
野亭 野に立っている亭、四阿をいう。○春還 還とは一回りして帰ってくることをいう。○雜花 さまざまの花。○遠 遠近法による画面において遠方にみえる部分のことをいう。○ 暮のくらがり。


滄浪水深青且闊,欹岸側島秋毫末。
仙界の雰囲気を漂わせる青い水が深浅を際立たせ青々とそして広々と描かれている。切立っている岸やそばだてる島がずっと遠く細く毛さきほど小さくみえている。
滄浪 仙界の雰囲気を漂わせる青い水をいう。○ あおいびろうみ。○欹岸 切立っている岸。そばだてる岸。○側島 かたむけるしま。○秋毫末 秋の獣毛は生え変わって寒さに備えて密集するほそいものであり、これは画形の微細なることをいう。一つの毛根から何本も毛が生える。動物は夏冬を一つの毛根で調節する。


不見湘妃鼓瑟時,至今斑竹臨江活。』
蛾皇と女英は舜王を追い求めて身投げした二人の湘妃が月夜に瑟琴をかきならす様子は見えないが、まだら同じ二人の湘妃が流した涙で斑竹は現に今もこの画の湘江のそばに活きている。』
湘妃 鼓宏舜の妻、蛾皇・女英の二人が舜王のあとを追いかけ湘水までゆき、舜の死んだことをきき、湘水に身をなげて死に、湘水の女神となった。それが湘妃であり、この湘妃が洞庭の月夜に瑟を鼓(ひ)くという古伝説がある。○斑竹 斑紋のある竹、湘水の地方に産する。その竹は湘妃が涙を流したあとに生じたものであるとの伝説がある。○ 湘江をさす。 

蛾皇と女英の故事にもとづく。古代の帝王舜は南方巡行の途中、蒼梧(湖南省寧遠県付近の山)で残した。二人の妃、蛾皇と女英は舜を追い求めて湘江のあたりまで来たが、二人の涙がこぼれた。竹はまだらに染まった。そのためこの地の竹には斑紋がついているという(『博物志』、『述異記』)。湘江は長抄の西を通って洞庭湖に注ぐ。「浅深」はあるいは浅くあるいは深く、まだらになっていることをいう。

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涙  李商隠

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#1
堂上不合生楓樹,怪底江山起煙霧。
聞君掃卻赤縣圖,乘興譴畫滄洲趣。』
畫師亦無數,好手不可遇。
對此融心神,知君重毫素。』
豈但祁嶽與鄭虔,筆跡遠過楊契丹。』
#2
得非元圃裂?無乃瀟湘翻?
崑崙山にあるという玄圃が裂けて飛んできたのではないだろう、また、南方の瀟湘江の水をぶちまけたというのでもないだろう。
悄然坐我天姥下,耳邊已是聞清猿。
しょんぼりとしてこの画にむかっていると自分を天姥山の下に坐らせてくれた気分になり、耳のあたりにすんだ猿の声が聞えるようである。
反思前夜風雨急,乃是蒲城鬼神入。
思い起こせば、前の夜に風雨が急であったこと、それはすなわちこの蒲城の奉先県へ鬼神がいりこんでこの画をかくことを助けに来たのだ。
元氣淋漓障猶濕,真宰上訴天應泣。』

その上、宇宙の元気がしたたり被うので衝立がまだうるおっているのだ。これは創造主が天上へあがって天帝に訴えたので天帝も絵に込めた純粋な誠実さに感動して泣かれたのだろう。』
#3
野亭春還雜花遠,魚翁暝踏孤舟立。
滄浪水深青且闊,欹岸側島秋毫末。
不見湘妃鼓瑟時,至今斑竹臨江活。』
#4
劉侯天機精,愛畫入骨髓。
自有兩兒郎,揮灑亦莫比。
大兒聰明到,能添老樹巔崖裡。
小兒心孔開,貌得山僧及童子。』
若耶溪,雲門寺,
吾獨胡為在泥滓?青鞋布襪從此始。』

(奉先の劉少府の 新に画ける山水の陣の歌)
堂上合(まさ)に楓樹(ふうじゅ)を生ずべからず、怪(あやし)む底(なん)の江山か煙霧起る。
聞く君が赤県の図を掃却(そうきゃく)して、興に乗じて槍洲(そうしゅう)の趣(おもむき)を画(えが)か遣(し)むと。』
画師も亦無数なり、好手(こうしゅ)には遇う可(べか)らず。此に対すれば心神融(ゆう)す、知る君が毫素(ごうそ)を重んずるを。』
豈 但 祁嶽(きがく)と鄭虔(ていけん)とのみならんや、筆跡 遠く過ぐ 楊契丹(ようけつたん)。』

#2
元圃の裂くるに非(あらざ)るを得ば、乃ち瀟湘(しょうそう)の翻るなる無からんや。
悄然(しょうぜん)我を天姥(てんぽ)の下に坐せしむ、耳辺(じへん) 己に清猿(せいえん)を聞くに似たり。
反って思う 前夜 風雨 急なりしを、乃ち是 蒲城(ほじょう)に鬼神入る。
元気 淋漓(りんり)として障 猶 湿う、真宰(しんさい)に上り 訴えて 天 応(まさ)に泣くなるべし。』

#3
野亭(やてい) 春 還って 雜花 遠く、漁翁(ぎょおう)瞑(くれ)に孤舟を 踏みて立つ。
滄浪(そうろう) 水深くして青瞑(せいめい) 闊(ひろ)し、欹岸(いがん) 側島(そくとう)  秋毫(しゅうごう)の末。
湘妃(しょうひ)瑟(しつ)を鼓する時を見ざるも、今に至って斑竹(はんちく) 江に臨(のぞ)んで活す。』
#4
劉侯 天機 精なり、画を愛して骨髄に入る。
自ら 両 児郎(じろう)有り、揮灑(きさい)亦 比莫(な)し。
大児は聡明到る、能く老樹を添う巔崖(てんがい)の裡(うち)。
小児は心孔開く、貌(ばく)し得たり山僧及び童子。』
若耶(じゃくや)の渓、雲門の寺。
吾独り 胡為(なんすれ)ぞ 泥滓(でいし)に在る、青鞋(せいあい) 布襪(ふべつ)此従(よ)り始めん。』



奉先劉少府新畫山水障歌 現代語訳と訳註
(本文) #2

得非元圃裂?無乃瀟湘翻?
悄然坐我天姥下,耳邊已是聞清猿。
反思前夜風雨急,乃是蒲城鬼神入。
元氣淋灕障猶濕,真宰上訴天應泣。』


(下し文) #2
元圃の裂くるに非(あらざ)るを得ば、乃ち瀟湘(しょうそう)の翻るなる無からんや。
悄然(しょうぜん)我を天姥(てんぽ)の下に坐せしむ、耳辺(じへん) 己に清猿(せいえん)を聞くに似たり。
反って思う 前夜 風雨 急なりしを、乃ち是 蒲城(ほじょう)に鬼神入る。
元気 淋漓(りんり)として障 猶 湿う、真宰(しんさい)に上り 訴えて 天 応(まさ)に泣くなるべし。』

(現代語訳) 
崑崙山にあるという玄圃が裂けて飛んできたのではないだろう、また、南方の瀟湘江の水をぶちまけたというのでもないだろう。
しょんぼりとしてこの画にむかっていると自分を天姥山の下に坐らせてくれた気分になり、耳のあたりにすんだ猿の声が聞えるようである。
思い起こせば、前の夜に風雨が急であったこと、それはすなわちこの蒲城の奉先県へ鬼神がいりこんでこの画をかくことを助けに来たのだ。
その上、宇宙の元気がしたたり被うので衝立がまだうるおっているのだ。これは創造主が天上へあがって天帝に訴えたので天帝も絵に込めた純粋な誠実さに感動して泣かれたのだろう。』


(訳注) #2
得非元圃裂?無乃瀟湘翻?
崑崙山にあるという玄圃が裂けて飛んできたのではないだろう、また、南方の瀟湘江の水をぶちまけたというのでもないだろう。
玄圃 又県圃という、崑崙にある仙苑、山についていう。○ さけて飛び来る。〇瀟湘 洞庭湖の南にある川、水についていう。屈原の自殺した汨羅がある○翻 水がひっくりかえる。  
douteikoshoko297

悄然坐我天姥下,耳邊已是聞清猿。
しょんぼりとしてこの画にむかっていると自分を天姥山の下に坐らせてくれた気分になり、耳のあたりにすんだ猿の声が聞えるようである。
憫然 しょんぼり。○天姥 山の名。浙江省新昌県の南部にある、主峰「撥雲尖」は標高817m。『太平寰宇記』(江南道八「越州、剡県」所引)の『後呉録』によれば、この山に登ると天姥(天上の老女)の歌う声が聞こえる、と伝えられる。夢遊天姥吟留別 李白:Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白166  杜甫旧遊の地。


反思前夜風雨急,乃是蒲城鬼神入。
思い起こせば、前の夜に風雨が急であったこと、それはすなわちこの蒲城の奉先県へ鬼神がいりこんでこの画をかくことを助けに来たのだ。
反思 以下四句は画に神のあることをいう。○蒲城 奉先県の旧名。○鬼神入 天の神、地の神の鬼神がはいってくる。鬼は地上のものからぬけでた魂とか、幽霊まで、いわゆる、妖怪、魑魅魍魎の総称で、神は仙人、天神、人間を超越した、人間の運命、星の運行、気候、天変地異を司る存在をいう。


元氣淋漓障猶濕,真宰上訴天應泣。』
その上、宇宙の元気がしたたり被うので衝立がまだうるおっているのだ。これは創造主が天上へあがって天帝に訴えたので天帝も絵に込めた純粋な誠実さに感動して泣かれたのだろう。』
元気 宇宙間の元気。○淋漓 したたるさま。元気や筆勢などの盛んなこと。○真宰 語は「荘子」にみえる。真宰は天の主宰、創造主。荘子に云う、人籟、地籟、天籟(てんらい)真宰。人籟;人が楽器を奏でる音。地籟:大知の発する響き即ち風の声。天籟こそ忘我の論理、人籟や地籟のように因果律で説明できるものを超えて、あるがまま。○上訴 天へのぼって天の神、天帝に訴えること。○天応泣 絵を描いた者の絵に込めた純粋な誠実さに感動して天が泣く。

奉先劉少府新畫山水障歌 #1 杜甫  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 136

奉先劉少府新畫山水障歌 #1 杜甫  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 136
奉先県の尉官である劉単の新画の山水の図のついたての歌。


奉先劉少府新畫山水障歌
奉先県の劉警察の事務官の新しく画かれた山水の障にたいしての歌。
#1
堂上不合生楓樹,怪底江山起煙霧。
劉家の奥座敷のうえに楓の樹が生えるという理窟はないが、あるではないか。また不思議でないか、なんという江河か山なのか、そこからなんと煙や霧がたちのぼっている。
聞君掃卻赤縣圖,乘興譴畫滄洲趣。』
聞くところによれば、君は赤県の図をそそくさと画いたので、進んで興に乗じて更に滄洲の趣をも画いたのだ。』
畫師亦無數,好手不可遇。
世の画師というものは無数にたくさんあるが、うまい名工には遇うことがむずかしい。
對此融心神,知君重毫素。』
然しこの画に対すると精神がとけこんでいるような気がする、君がいかにこの画を貴重とするのかも うかがわれるものである。』
豈但祁嶽與鄭虔,筆跡遠過楊契丹。』

この画をかいた者は現代の祁岳や鄭虔以上であるばかりでなく、その筆の跡は遠く隋の楊契丹よりもまさっているのだ。』
#2
得非元圃裂?無乃瀟湘翻?
悄然坐我天姥下,耳邊已是聞清猿。
反思前夜風雨急,乃是蒲城鬼神入。
元氣淋灕障猶濕,真宰上訴天應泣。』
#3
野亭春還雜花遠,魚翁暝踏孤舟立。
滄浪水深青且闊,欹岸側島秋毫末。
不見湘妃鼓瑟時,至今斑竹臨江活。』
#4
劉侯天機精,愛畫入骨髓。
自有兩兒郎,揮灑亦莫比。
大兒聰明到,能添老樹巔崖裡。
小兒心孔開,貌得山僧及童子。』
若耶溪,雲門寺,
吾獨胡為在泥滓?青鞋布襪從此始。』

(奉先の劉少府の 新に画ける山水の陣の歌)
堂上合(まさ)に楓樹(ふうじゅ)を生ずべからず、怪(あやし)む底(なん)の江山か煙霧起る。
聞く君が赤県の図を掃却(そうきゃく)して、興に乗じて槍洲(そうしゅう)の趣(おもむき)を画(えが)か遣(し)むと。』
画師も亦無数なり、好手(こうしゅ)には遇う可(べか)らず。此に対すれば心神融(ゆう)す、知る君が毫素(ごうそ)を重んずるを。』
豈 但 祁嶽(きがく)と鄭虔(ていけん)とのみならんや、筆跡 遠く過ぐ 楊契丹(ようけつたん)。』
#2
元圃の裂くるに非(あらざ)るを得ば、乃ち瀟湘(しょうそう)の翻るなる無からんや。

悄然(しょうぜん)我を天姥(てんぽ)の下に坐せしむ、耳辺(じへん) 己に清猿(せいえん)を聞くに似たり。
反って思う 前夜 風雨 急なりしを、乃ち是 蒲城(ほじょう)に鬼神入る。
元気 淋灕(りんり)として障 猶 湿う、真宰(しんさい)に上り 訴えて 天 応(まさ)に泣くなるべし。』

#3
野亭(やてい) 春 還って 雜花 遠く、漁翁(ぎょおう)瞑(くれ)に孤舟を 踏みて立つ。
滄浪(そうろう) 水深くして青瞑(せいめい) 闊(ひろ)し、欹岸(いがん) 側島(そくとう)  秋毫(しゅうごう)の末。
湘妃(しょうひ)瑟(しつ)を鼓する時を見ざるも、今に至って斑竹(はんちく) 江に臨(のぞ)んで活す。』
#4
劉侯 天機 精なり、画を愛して骨髄に入る。
自ら 両 児郎(じろう)有り、揮灑(きさい)亦 比莫(な)し。
大児は聡明到る、能く老樹を添う巔崖(てんがい)の裡(うち)。
小児は心孔開く、貌(ばく)し得たり山僧及び童子。』
若耶(じゃくや)の渓、雲門の寺。
吾独り 胡為(なんすれ)ぞ 泥滓(でいし)に在る、青鞋(せいあい) 布襪(ふべつ)此従(よ)り始めん。』


奉先劉少府新畫山水障歌 現代語訳と訳註
(本文) #1
堂上不合生楓樹,怪底江山起煙霧。
聞君掃卻赤縣圖,乘興譴畫滄洲趣。』
畫師亦無數,好手不可遇。
對此融心神,知君重毫素。』
豈但祁嶽與鄭虔,筆跡遠過楊契丹。』


(下し文)
堂上合(まさ)に楓樹(ふうじゅ)を生ずべからず、怪(あやし)む底(なん)の江山か煙霧起る。
聞く君が赤県の図を掃却(そうきゃく)して、興に乗じて槍洲(そうしゅう)の趣(おもむき)を画(えが)か遣(し)むと。』
画師も亦無数なり、好手(こうしゅ)には遇う可(べか)らず。此に対すれば心神融(ゆう)す、知る君が毫素(ごうそ)を重んずるを。』
豈 但 祁嶽(きがく)と鄭虔(ていけん)とのみならんや、筆跡 遠く過ぐ 楊契丹(ようけつたん)。』

(現代語訳)
奉先県の劉警察の事務官の新しく画かれた山水の障にたいしての歌。
劉家の奥座敷のうえに楓の樹が生えるという理窟はないが、あるではないか。また不思議でないか、なんという江河か山なのか、そこからなんと煙や霧がたちのぼっている。
聞くところによれば、君は赤県の図をそそくさと画いたので、進んで興に乗じて更に滄洲の趣をも画いたのだ。』
世の画師というものは無数にたくさんあるが、うまい名工には遇うことがむずかしい。
然しこの画に対すると精神がとけこんでいるような気がする、君がいかにこの画を貴重とするのかも うかがわれるものである。』
この画をかいた者は現代の祁岳や鄭虔以上であるばかりでなく、その筆の跡は遠く隋の楊契丹よりもまさっているのだ。』


(訳注)
奉先劉少府新畫山水障歌

奉先県の劉警察の事務官の新しく画かれた山水の障にたいしての歌。
劉少府 劉少府単、名は単である。少府は県の警察の事務を掌る。○新画 あたらしくえがく、これを画いた人が劉少府であるとしておく。○ ついたて。


堂上不合生楓樹,怪底江山起煙霧。
劉家の奥座敷のうえに楓の樹が生えるという理窟はないが、あるではないか。また不思議でないか、なんという江河か山なのか、そこからなんと煙や霧がたちのぼっている。
堂上 劉単の家の奥座敷のうえ。○ まさに云々すべし。○ 俗語である。


聞君掃卻赤縣圖,乘興譴畫滄洲趣。』
聞くところによれば、君は赤県の図をそそくさと画いたので、進んで興に乗じて更に滄洲の趣をも画いたのだ。』
○聞君掃却赤県図、乗興遣画槍洲趣 掃却は劉がかくこと、赤県図は奉先県の山水の図、乗興は劉が興に乗ずること、遣画は杜甫が劉をして画かせること、槍洲趣は海上仙境の趣ととく。


畫師亦無數,好手不可遇。
世の画師というものは無数にたくさんあるが、うまい名工には遇うことがむずかしい。
 ○好手 画の名工。○対此 此とはこの画陣をさす。

對此融心神,知君重毫素。』
然しこの画に対すると精神がとけこんでいるような気がする、君がいかにこの画を貴重とするのかも うかがわれるものである。』
融心神 融とは画と一つになりとろけこむことをいう、心神は観客である杜甫の心神である。○重毫素 毫は筆、素は絹をいい、この画陣をさすもので、重とは貴重とすることをいう。


豈但祁嶽與鄭虔,筆跡遠過楊契丹。』
この画をかいた者は現代の祁岳や鄭虔以上であるばかりでなく、その筆の跡は遠く隋の楊契丹よりもまさっているのだ。』
祁岳、鄭虔 唐代の名画家。杜甫の陪鄭広文遊何将軍山林十首 其一 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 55では鄭虔と一緒に遊んでいる。その他にも鄭虔についての詩もある。○楊契丹 隋の参軍で其の画は骨気豊なりと称せられる。


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(Ⅰ李商隠Ⅱ韓退之(韓愈))

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