杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

左拾位での詩(10)

送翰林張司馬南海勒碑 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 243

送翰林張司馬南海勒碑 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 243

758年乾元元年春、左拾遺であった頃の作。
 臘日   
 送鄭十八虔貶台州司、傷其臨老隋賊之故閲馬面別情見於詩
 宣政殿退朝晚出左掖
 紫宸殿退朝口號 
 春宿左省
 晚出左掖
 題省中院壁
 奉和賈至舍人早朝大明宮
 

   送賈閣老出汝州

   送翰林張司馬南海勒碑



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送翰林張司馬南海勒碑
冠冕通南極,文章落上臺。
冕玉の付いた衣冠をつけた文官が南方のはての地に交通し、朝廷の上台である宰相がつくられ、下された碑文をもってゆくのである。
詔從三殿去,碑到百蠻開。
これは天子の詔によって朝廷の三殿からおゆきになるのである、鄭君が百蛮の異民族の地に著くのを待ってこの石碑がそこに開陳され統治にやくだたされるということになろう。
野館穠花發,春帆細雨來。
君が陸路をゆくときはそれぞれ野館にうつくしい花などさいている、また江路をわたるときは、春の帆に向って細々とした春雨がふりそそぐことだろう。
不知滄海上,天遣幾時回?
ただ仙界の島へ向う穏やかな広々とした海のようかどうかはわからない。それに天に派遣されたということで、いつ帰ってこられることかわからないことなのだ。どうか無事でもどってくれることを願っている。

(翰林張司馬が南海に碑を勒するを送る)
冠冕南極に通ず 文章上台より落つ
詔して三殿従り去らしむ 碑は百蛮に到りて開く
野館穠穫花発き 春帆細雨来らん
知らず槍海の上 天畿時か廻らしめん

唐朝 大明宮2000

現代語訳と訳註
(本文)
送翰林張司馬南海勒碑
冠冕通南極,文章落上臺。
詔從三殿去,碑到百蠻開。
野館穠花發,春帆細雨來。
不知滄海上,天遣幾時回?


(下し文) (翰林張司馬が南海に碑を勒するを送る)
冠冕南極に通ず 文章上台より落つ
詔して三殿従り去らしむ 碑は百蛮に到りて開く
野館穠穫花発き 春帆細雨来らん
知らず槍海の上 天畿時か廻らしめん


(現代語訳)
冕玉の付いた衣冠をつけた文官が南方のはての地に交通し、朝廷の上台である宰相がつくられ、下された碑文をもってゆくのである。
これは天子の詔によって朝廷の三殿からおゆきになるのである、鄭君が百蛮の異民族の地に著くのを待ってこの石碑がそこに開陳され統治にやくだたされるということになろう。
君が陸路をゆくときはそれぞれ野館にうつくしい花などさいている、また江路をわたるときは、春の帆に向って細々とした春雨がふりそそぐことだろう。
ただ仙界の島へ向う穏やかな広々とした海のようかどうかはわからない。それに天に派遣されたということで、いつ帰ってこられることかわからないことなのだ。どうか無事でもどってくれることを願っている。


(訳注)
送翰林張司馬南海勒碑

翰林は翰林院、翰林には司馬の官はない。張司馬については詳でないが司馬職の前の職が翰林院であったのであろう。南海は広東地方、勤碑は石碑に文字をはりつけること。
碑文は時の宰相の誰かがつくったもので杜甫ではない。司馬が南海の地へ碑文を彫り刻むために往くのを送るものである。


冠冕通南極,文章落上臺。
冕玉の付いた衣冠をつけた文官が南方のはての地に交通し、朝廷の上台である宰相がつくられ、下された碑文をもってゆくのである。
冠冕 唐の文官のかぶる礼冠をいう。冕のたまが下がっている。○通 交通すること。○南極 南のはて、南海をさす。○文章 碑文。原注に「相国製レ文」とある。○ 上国より下国へもってゆくこと。○上台 天に上台・中台・下台の六星があり、上台の二塁は文昌星に近い。これは宰相の位をいう、文が宰相の手より成るのを以ていう。


詔從三殿去,碑到百蠻開。
これは天子の詔によって朝廷の三殿からおゆきになるのである、鄭君が百蛮の異民族の地に著くのを待ってこの石碑がそこに開陳され統治にやくだたされるということになろう。
〇三殿 含元殿、宣政殿、紫宸殿(大明宮中にある)に三面あるゆえに三殿というという。〇百蛮 多種の野蛮人の居る地。○ 刻石があらわされることをいう。


野館穠花發,春帆細雨來。
君が陸路をゆくときはそれぞれ野館にうつくしい花などさいている、また江路をわたるときは、春の帆に向って細々とした春雨がふりそそぐことだろう。
○野館 原野の旅宿。○穣花 うつくしい花。○春帆 はるの舟。○細雨 こまかなあめ。春雨。


不知滄海上,天遣幾時回?
ただ仙界の島へ向う穏やかな広々とした海のようかどうかはわからない。それに天に派遣されたということで、いつ帰ってこられることかわからないことなのだ。どうか無事でもどってくれることを願っている。
滄海上 滄海は仙人の住む島への穏やかな上ひろい海をこえてゆくことをいう。○ 海路は風波の多き痛め、当時そうなんがおおかった。そのため、帰れるか否かとは天意によるものという考えが当たり前のこととされた。○ して、天に派遣されたもの。○幾時 いつ。○廻 こちらへもどりくる。
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送賈閣老出汝州 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 242

送賈閣老出汝州 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 242

758年 乾元元年春の作。
五言律詩

送賈閣老出汝州
西掖梧桐樹,空留一院陰。
中書省の垣門のそばの梧桐の樹。あの樹は君が居なくなってはいたずらに院内にわたる木陰をとどめておるばかりである。
艱難歸故裡,去住損春心。
君はこの世事の難儀なときに故郷の方へとかえり、いってしまう君も、とどまっておる自分も、ともに慶びの春の心を冷めてしまって傷むこころになるのである。
宮殿青門隔,雲山紫邏深。
君が行くところはこの都の宮殿の東はるか青門からへだたったところであり、紫邏の雲山は奥深く遠いところである。
人生五馬貴,莫受二毛侵。
あなたは誰にとってもその人生において五馬を用意されるほどの官となる貴い位置なのである。髪の黒いうちにやっておくもので白髪なんぞに侵されるということがあってはならない。


(賈閣老が汝州へ出る送る)
西掖の梧桐樹、空しく留む一院の陰。
艱難 故里に帰る、去住春心損ず。
宮殿 青門隔たる、雲山 紫邏深し。
人生 五馬貴し、二毛の侵すを受くる莫れ。

gogyu10680


現代語訳と訳註
(本文)
送賈閣老出汝州
西掖梧桐樹,空留一院陰。
艱難歸故裡,去住損春心。
宮殿青門隔,雲山紫邏深。
人生五馬貴,莫受二毛侵。


(下し文)
西掖の梧桐樹、空しく留む一院の陰。
艱難 故里に帰る、去住春心損ず。
宮殿 青門隔たる、雲山 紫邏深し。
人生 五馬貴し、二毛の侵すを受くる莫れ。


(現代語訳)
中書省の垣門のそばの梧桐の樹。あの樹は君が居なくなってはいたずらに院内にわたる木陰をとどめておるばかりである。
君はこの世事の難儀なときに故郷の方へとかえり、いってしまう君も、とどまっておる自分も、ともに慶びの春の心を冷めてしまって傷むこころになるのである。
君が行くところはこの都の宮殿の東はるか青門からへだたったところであり、紫邏の雲山は奥深く遠いところである。
あなたは誰にとってもその人生において五馬を用意されるほどの官となる貴い位置なのである。髪の黒いうちにやっておくもので白髪なんぞに侵されるということがあってはならない。


(訳注)
送賈閣老出汝州

賈は賈至(かし) 718年~772年、安史の乱には、玄宗に従って、蜀に避れる。時に中書舎人であった。閣老とは舎人の牛深きものをいう尊称とし、或は門下省と呼びあう場合の称号とする、賈至をさしていうものである。汝州は河南省南陽府に属する。賈至は河南洛陽の人である。此の詩は中書舎人である貿至が長安から河南の汝州へ刺史として出かけるのを送るために作る。


西掖梧桐樹,空留一院陰。
中書省の垣門のそばの梧桐の樹。あの樹は君が居なくなってはいたずらに院内にわたる木陰をとどめておるばかりである。
西掖 中書舎人は中書省に属し、中書省は東内の西にある牒東内より中書省へ出入する西側の垣を西掖という、舎人の院はそこにある。○ 賈至がいないということ、「空しく」という。〇一院 院全体、院は舎人の詰め所。○ 樹陰。

 
艱難歸故裡,去住損春心。
君はこの世事の難儀なときに故郷の方へとかえり、いってしまう君も、とどまっておる自分も、ともに慶びの春の心を冷めてしまって傷むこころになるのである。
艱難 世事のなんぎ。洛陽奪還しても不安定である。○故旦 故郷、至の故郷は洛陽であり、そこを経て汝州へ赴く、故に「帰る」という、かえりきりにかえるのではない。○去住 去ると、とどまると。去は賈至についていい、住は杜甫のことについていう。○ 損傷の意。


宮殿青門隔,雲山紫邏深。
君が行くところはこの都の宮殿の東はるか青門からへだたったところであり、紫邏の雲山は奥深く遠いところである。
青門 長安城の東、洛陽方面へは春明門から㶚陵橋かけてが送別の場所であった。○雲山 雲のいる山。○紫邏 山の名、河南省洛陽市汝陽縣にある紫邏山。梅花玉の産地。


人生五馬貴,莫受二毛侵。
あなたは誰にとってもその人生において五馬を用意されるほどの官となる貴い位置なのである。髪の黒いうちにやっておくもので白髪なんぞに侵されるということがあってはならない。
五馬貴 五馬は太守の美称。太守を五馬というのは郡の太守(長官)は駆馬(四匹の馬)を用いる。郡内をめぐるときは更に一馬を加えることからいうのである。また太守が秩中二千石を加えられるとき(禄高が正味二千石を受く)五馬を用いる。五行思想からも五頭立ての馬車は地位が高いのである。○受侵 おかされる。〇二毛黒白二種の毛髪、白髪のふえることをいう。


賈至の代表的な詩。
長門怨(獨坐思千里)   春思(草色青青柳色黄)   岳陽樓重宴別王八員外貶長沙(江路東連千里潮)
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題省中院壁 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 241

題省中院壁 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 241
 (省中の院壁に題す)
門下省のなかにある左拾遺の官の役所の壁にかきつけた詩。前詩同期の作。*此の詩は拗体といって律詩の変格である。


題省中院壁
掖垣竹埤梧十尋,洞門對霤常陰陰。
宮廷側の垣壁の編竹の垣根に十尋の高い梧桐が植えてある、その梧桐は、宣政殿を挟んで門下省、中書省が連って洞門をなし、雨の落ちる方向に向いている処なのでいつも影になっていて暗い。
落花游絲白日靜,鳴鳩乳燕青春深。
春盛んな時、さすがに花が散り落ち、かげろうが燃えて真昼の日の光が静かに射しかける、鳩が鳴き、燕が子をかえすなど春の真っ盛りである。
腐儒衰晚謬通籍,退食遲回違寸心。
このときくされ儒者たる自分は晩年で衰えかけているのに、まちがって仕官ができたのであり、役所のひけ時にぐずぐずして平生の本志は思うことのかなわないものである。
袞職曾無一字補,許身愧比雙南金。

左拾遺という天子をお諌め申す役でありながらまだ一字として補いたてまつったことがない、これでは以前我と我が身に許して自己を南金の如き貴重なものに比べたことをはずかしくおもう。


(省中の院壁に題す)
掖垣【えきえん】の竹埤【ちくひ】十尋【じゅうじん】、洞門 対霤【たいりゅう】常に陰陰。
落花 遊糸 白日静かに、鳴鳩【めいきゅう】乳燕【にゅうえん】青春深し。
腐儒【ふじゅ】衰晩【すいばん】謬【あやま】って籍を通ず、退食【たいしょく】遅廻【ちかい】寸心【すんしん】違【たご】う。
袞職【こんしょく】曾て一字の補【おぎない】無し、身を許す愧【は】ずらくは双南【そうなん】金に比せしこと。


 現代語訳と訳註
(本文)
題省中院壁
掖垣竹埤梧十尋,洞門對霤常陰陰。
落花游絲白日靜,鳴鳩乳燕青春深。
腐儒衰晚謬通籍,退食遲回違寸心。
袞職曾無一字補,許身愧比雙南金。


(下し文) (省中の院壁に題す)
掖垣【えきえん】の竹埤【ちくひ】十尋【じゅうじん】、洞門 対霤【たいりゅう】常に陰陰。
落花 遊糸 白日静かに、鳴鳩【めいきゅう】乳燕【にゅうえん】青春深し。
腐儒【ふじゅ】衰晩【すいばん】謬【あやま】って籍を通ず、退食【たいしょく】遅廻【ちかい】寸心【すんしん】違【たご】う。
袞職【こんしょく】曾て一字の補【おぎない】無し、身を許す愧【は】ずらくは双南【そうなん】金に比せしこと。


(現代語訳)
宮廷側の垣壁の編竹の垣根に十尋の高い梧桐が植えてある、その梧桐は、宣政殿を挟んで門下省、中書省が連って洞門をなし、雨の落ちる方向に向いている処なのでいつも影になっていて暗い。
春盛んな時、さすがに花が散り落ち、かげろうが燃えて真昼の日の光が静かに射しかける、鳩が鳴き、燕が子をかえすなど春の真っ盛りである。
このときくされ儒者たる自分は晩年で衰えかけているのに、まちがって仕官ができたのであり、役所のひけ時にぐずぐずして平生の本志は思うことのかなわないものである。
左拾遺という天子をお諌め申す役でありながらまだ一字として補いたてまつったことがない、これでは以前我と我が身に許して自己を南金の如き貴重なものに比べたことをはずかしくおもう。


(訳注)題省中院壁
掖垣竹埤梧十尋,洞門對霤常陰陰。
宮廷側の垣壁の編竹の垣根に十尋の高い梧桐が植えてある、その梧桐は、宣政殿を挟んで門下省、中書省が連って洞門をなし、雨の落ちる方向に向いている処なのでいつも影になっていて暗い。
○掖垣 宮廷側のかき。○竹埤 竹で編んだひくいかきね。○梧 あおぎり。○尋 八尺。中国では、尋(じん)とその2倍の「常」(じょう)という単位がよく用いられていた。この二つを組み合わせてできたのが「尋常」という言葉であり、並み、普通であることを意味する。○洞門 門と門と向かいあって洞の如くになっているものをいう、宣政殿を挟んで門下省、中書省の諸院が多く相い連らなっているからである。○對霤 霤は屋根の雨のおちるところをいう、対とは向う側とむきあうことをいう。○陰陰 影になりくらっぽいさま。


落花游絲白日靜,鳴鳩乳燕青春深。
春盛んな時、さすがに花が散り落ち、かげろうが燃えて真昼の日の光が静かに射しかける、鳩が鳴き、燕が子をかえすなど春の真盛りである。
遊糸 いとゆう。がげろう。○乳燕 子をうんだつばめ。○青春 五行の思想では春の色を青とする。五色-五方-五時:青(緑)-東-春、紅-南-夏、黄-中-土用、白-秋-西、玄(黒)-北-冬。


腐儒衰晚謬通籍,退食遲回違寸心。
このときくされ儒者たる自分は晩年で衰えかけているのに、まちがって仕官ができたのであり、役所のひけ時にぐずぐずして平生の本志は思うことのかなわないものである。
腐儒 全くの役に立たない儒者。くされ儒者。気力も意欲もない学者をののしっていう語。 ...ここでは杜甫自身をさす。○衰晩 老衰、晩暮。○通籍 禁中へわが名ふだを通じておくこと、仕官の義。籍とは二尺の竹札に年がら姓名その他の様子を書付け、入門の時、本人と照らしあわす用に供するもの。○退食 朝廷を出て門下省の詰め所で食事をとる。○遅廻  ぐずぐずしておるさま。○違寸心 思うことのかなわぬことをいう。


袞職曾無一字補,許身愧比雙南金。
左拾遺という天子をお諌め申す役でありながらまだ一字として補いたてまつったことがない、これでは以前我と我が身に許して自己を南金の如き貴重なものに比べたことをはずかしくおもう。
袞職 袞とは巻き竜のついた衣、天子の礼服。袞職とは天子の職をいう。○許身 我と我が身にかくかくの資格ありとしてゆるす。○ 杜甫がはじる。○双南金 南金は南方刑州・揚州の地に産する金銀の類をさす、双は一封をいう、両鎰(鎰は二十四両)をいうとするが、ここでは杜甫の職の重さを表現しており、あたえられた職ができないことに悩んでいる。この時の天子、粛宗は文人を好んでいないため、ことごとく左遷されている。王維、王昌齢、高適等々皆悩んでいた。杜甫は、左拾位の職を賜った直後に房琯をかばう発言により、一切無視されている。鳳翔から長安を奪還する際には妻のもとに行っていた。杜甫の詩も長安に入城する祝いの詩もなければそのことに触れた詩もない。全く期待されていない存在であったということだ。


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758年乾元元年春、左拾遺であったときの作。
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 送鄭十八虔貶台州司戶、傷其臨老隋賊之故閲馬面別情見於詩
 宣政殿退朝晚出左掖
 紫宸殿退朝口號 このページに掲げる詩
 春宿左省
 晚出左掖
 題省中院壁
 奉和賈至舍人早朝大明宮
 送賈閣老出汝州


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左掖は東内の東側垣門のこと、前に見える。此の詩は蓋し或る日の夕がたこの門より出て自己の廨舎に帰ろうとしたことをいう。

晚出左掖
夕暮れて、門下省のわきのくぐり門を出る。
晝刻傳呼淺,春旗簇仗齊。
昼の時刻が知らされ、宮衛の点呼まわり番の声も近いものに聞こえる程度の声である。春用の簇仗の羽旗を一斉に整列して居る。
退朝花底散,歸院柳邊迷。
そうして、朝廷(紫宸殿)より退出してくると花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている、門下省の書院に帰ろうとして歩くと柳樹の緑が濃くなってあたりの景色を変えていて迷ってしまう。
樓雪融城濕,宮雲去殿低。
南に向いて歩いていくと宮楼の雪はとけて城壁がぬれている。低く垂れこんでいた雲が去った後、御殿は低くなったかとおもわれる。
避人焚諫草,騎馬欲雞棲。
人をさけ、みられないような場所で諌申用の草稿文をやきすてる、そして執務室の後片付けをして、馬に騎って官舎に向おうとするとすでに鶏がねぐらにつこうとする夕闇がせまっている。

昼刻 伝呼 浅く、春旗 簇仗【ぞくじょう】齊【ひと】し。
退朝 花底に散じ、帰院【きいん】柳辺【りゅうへん】に迷う。
楼雪【ろうせつ】融けて城湿【うるお】い、宮雲 去りて殿低し。
人を避けて諌草【かんそう】を焚く、馬に騎れば鶏棲【けいせい】ならんと欲す。


唐朝 大明宮2000


現代語訳と訳註
(本文) 晚出左掖

晝刻傳呼淺,春旗簇仗齊。
退朝花底散,歸院柳邊迷。
樓雪融城濕,宮雲去殿低。
避人焚諫草,騎馬欲雞棲。


(下し文)
昼刻 伝呼 浅く、春旗 簇仗【ぞくじょう】齊【ひと】し。
退朝 花底に散じ、帰院【きいん】柳辺【りゅうへん】に迷う。
楼雪【ろうせつ】融けて城湿【うるお】い、宮雲 去りて殿低し。
人を避けて諌草【かんそう】を焚く、馬に騎れば鶏棲【けいせい】ならんと欲す。


(現代語訳)
夕暮れて、門下省のわきのくぐり門を出る。
昼の時刻が知らされ、宮衛の点呼まわり番の声も近いものに聞こえる程度の声である。春用の簇仗の羽旗を一斉に整列して居る。
そうして、朝廷(紫宸殿)より退出してくると花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている、門下省の書院に帰ろうとして歩くと柳樹の緑が濃くなってあたりの景色を変えていて迷ってしまう。
南に向いて歩いていくと宮楼の雪はとけて城壁がぬれている。低く垂れこんでいた雲が去った後、御殿は低くなったかとおもわれる。
人をさけ、みられないような場所で諌申用の草稿文をやきすてる、そして執務室の後片付けをして、馬に騎って官舎に向おうとするとすでに鶏がねぐらにつこうとする夕闇がせまっている。


(訳注)
晚出左掖

夕暮れて、門下省のわきのくぐり門を出る。
左掖は東内の東側垣門のこと、前に見える。
 

晝刻傳呼淺,春旗簇仗齊。
昼の時刻が知らされ、宮衛の点呼、まわり番の声も近いものに聞こえる程度の声である。衛兵は春用の簇仗の羽旗を一斉に整列して居る。
昼刻 ひるの水どけいの時間。○伝呼 宮衛達の「点呼、火の用心」とまわり番のこえ。○ 声の小さなこと。深しといえば大声あげて奥深くまできこえるようにすることであり、浅はその反対に近くだけきこえるほどに声を出す。伝搬度をいう。○春旗 春は時を記す。旗は近衛の兵の持する簇仗の旗をいう、簇仗の仗と同一物。○簇仗 群がる刺しもの。○ 列のそろえること、斉列。


退朝花底散,歸院柳邊迷。
そうして、朝廷(紫宸殿)より退出してくると花ビラが、散り落ちて庭中に敷き詰められている、門下省の書院に帰ろうとして歩くと柳樹の緑が濃くなってあたりの景色を変えていて迷ってしまう。
帰院 院は門下省の書院、執務室、左拾遺の詰め所をいうのであろう。


樓雪融城濕,宮雲去殿低。
南に向いて歩いていくと宮楼の雪はとけて城壁がぬれている。低く垂れこんでいた雲が去った後、御殿は低くなったかとおもわれる。
楼雪 南に向いて歩くので樓閣の北面の宮楼の雪。○城湿 宣政殿、含元殿などを取り囲む城郭、全体が雪解けのために濡れていることをいう。○殿低 雲が低く垂れこんでいるときは宮殿が高くみえたが、雲の去ってしまった後は低くみえるのである。この聯の句はSV構文で○○は●で◎◎となる。樓雪は融けて城濕となる。宮雲は去って殿低くなる。


避人焚諫草,騎馬欲雞棲。
人をさけ、みられないような場所で諌申用の草稿文をやきすてる、そして執務室の後片付けをして、馬に騎って官舎に向おうとするとすでに鶏がねぐらにつこうとする夕闇がせまっている。
避人 人をさけ、みられないようにする。○諌草 諌申用の草稿文のこと。詰め所に草稿をのこして置くと、内部機密が漏れてしまうことを恐れるのである。○騎馬 官舎の方へ帰ろうとすること。○鶏棲 鶏が歩き回らずねぐらに居つくこと、夕闇をいう。

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春宿左省 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 238

春宿左省 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 238


758年乾元元年春、左拾遺であったときの作。
 ・宣政殿退朝晚出左掖
 ・紫宸殿退朝口號
 ・春宿左省
 ・晚出左掖
 ・題省中院壁
 ・奉和賈至舍人早朝大明宮
 ・送賈閣老出汝州
 

左省は東省、東内、即ち門下省である。春、門下省にとまり番をした時に作る。

春宿左省
花隱掖垣暮,啾啾棲鳥過。
宮殿のそばの垣根が花にかくれていて夕暮れになってしまい、チュウチュウとねぐらに棲む鳥が啼いて過ぎてゆく
星臨萬戶動,月傍九霄多。
それから宝飾の様な星のきらめきは宮殿の全部の戸ごとに向って照りだし、月の光は九重の空に多くせまってくる。
不寢聽金鑰,因風想玉珂。
寝ず番をして闔殿の門を開ける音を聴き、風にのって早朝の参賀人々が玉珂を鳴らしてきはせぬかと想像する。
明朝有封事,數問夜如何?

自分には明日の朝ともなれば天子に奉るべき封事があるのである、そのことが気になって夜あけを待ちかねてたびたび夜明けがいつ来るかそのことを他の人に問うてみるのである。


(春左省に宿す)
花に隠れて披垣【えきえん】暮る 啾啾として棲鳥【せいちょう】過ぐ。
星は万戸に臨みて動き 月は九零【きゅうしょう】に傍【そ】いて多し。
寝【い】ねずして金鑰【きんやく】を聴き 風に因りて玉珂【ぎょくか】を想う。
明朝 封事【ほうじ】有り 数々問う 夜 如何と。
miyajima 693

現代語訳と訳註
(本文)春宿左省

花隱掖垣暮,啾啾棲鳥過。
星臨萬戶動,月傍九霄多。
不寢聽金鑰,因風想玉珂。
明朝有封事,數問夜如何?

(下し文)
(春左省に宿す)
花に隠れて披垣【えきえん】暮る 啾啾として棲鳥【せいちょう】過ぐ。
星は万戸に臨みて動き 月は九零【きゅうしょう】に傍【そ】いて多し。
寝【い】ねずして金鑰【きんやく】を聴き 風に因りて玉珂【ぎょくか】を想う。
明朝 封事【ほうじ】有り 数々問う 夜 如何と。

(現代語訳)
宮殿のそばの垣根が花にかくれていて夕暮れになってしまい、チュウチュウとねぐらに棲む鳥が啼いて過ぎてゆく
それから宝飾の様な星のきらめきは宮殿の全部の戸ごとに向って照りだし、月の光は九重の空に多くせまってくる。
寝ず番をして闔殿の門を開ける音を聴き、風にのって早朝の参賀人々が玉珂を鳴らしてきはせぬかと想像する。
自分には明日の朝ともなれば天子に奉るべき封事があるのである、そのことが気になって夜あけを待ちかねてたびたび夜明けがいつ来るかそのことを他の人に問うてみるのである。
唐朝 大明宮2000

(訳注)春宿左省
花隱掖垣暮,啾啾棲鳥過。

宮殿のそばの垣根が花にかくれていて夕暮れになってしまい、チュウチュウとねぐらに棲む鳥が啼いて過ぎてゆく。
花隠 隠はその形のみえなくなること。○披垣 宮側のかき。○啾啾 鳥のなくさま。○棲鳥 ねぐらにとまらんとする鳥。


星臨萬戶動,月傍九霄多。
それから宝飾の様な星のきらめきは宮殿の全部の戸ごとに向って照りだし、月の光は九重の空に多くせまってくる。
○星 星のきらめき光をいう。〇万戸 宮殿の多くの戸。〇 月光をいう。○ 近づく意。〇九霄 九重のそら、宮中の天をいう。


不寢聽金鑰,因風想玉珂。
寝ず番をして闔殿の門を開ける音を聴き、風にのって早朝の参賀人々が玉珂を鳴らしてきはせぬかと想像する。
金鑰 闔殿の門を開ける錠前のきしこみの鍵でこれを差し入れて開ける。○因風 風が珂声をつたえて来ることを想う。○玉珂 珂は貝の類をもってつくった馬の飾り、その数は官位によって等級がある。これは玉珂とあるので玉でつくったものであろう、他の臣僚についていう。


明朝有封事,數問夜如何?
自分には明日の朝ともなれば天子に奉るべき封事があるのである、そのことが気になって夜あけを待ちかねてたびたび夜明けがいつ来るかそのことを他の人に問うてみるのである。
○封事 袋に収めた密封の上書である。律令制下で,政治上の意見を徴する詔に応じて,官人たちが封進した奏状。古代中国では《漢書》宣帝紀に〈群臣をして封事を奏するを得せしめ,以て下情を知る〉と初めて見える。杜甫の役職は左拾遺で、大事は朝延にて諌諍し、小事には封事を奉った。○夜如何 夜の時刻いかに。天の明けてくることをきづかう気持ちをいうのである。

紫宸殿退朝口號 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 238

紫宸殿退朝口號 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 238



758年乾元元年春、左拾遺であったときの作。
 臘日 杜甫 紀頌之の漢詩ブログ 
 送鄭十八虔貶台州司戶、傷其臨老隋賊之故閲馬面別情見於詩
 宣政殿退朝晚出左掖
 紫宸殿退朝口號 このページに掲げる詩
 春宿左省
 晚出左掖
 題省中院壁
 奉和賈至舍人早朝大明宮
 送賈閣老出汝州

 
紫宸殿も東内に属する。南より北へ順次に含元殿・宜政殿・紫辰殿がある。宜政は前殿にして紫辰は便殿である。口号とは口ずから吟ずること。此の詩は紫辰殿へ朝して、とき口ずさんだ作である。○便殿 貴人の休息のために設けた御殿のこと。


紫宸殿退朝口號
戶外昭容紫袖垂,雙瞻御座引朝儀。
紫宸殿の戸の外に昭容の女官が紫色の袖を垂れて、左右にわかれて各々殿内の御座の方へ目をやりつつ朝儀の位置にみちびき入れる。
香飄合殿春風轉,花覆千宮淑景移。
紫宸殿内には春風に香気が吹きまわされてくまなくひるがえる、居並ぶ群臣のうえに花影を被っていて春の日暖かな光は経過していく。
晝漏稀聞高閣報,天顏有喜近臣知。
外庭の高き閣から時間を知らせてくるが殿内おくふかく稀に漏刻の音も聞えてくる。この日は天子の御顔もにこやかで喜ばしいこと、近侍の臣の知るとおりである。
宮中每出歸東省,會送夔龍集鳳池。

わたしはいつもこの御殿から退出して東内の方、門下省の執務室の方へかえるの、その時はいつも夔龍といわれる宰相、大臣がたが中書省の方へお集まりになるのをうちそろって鳳池の辺でお見送りするのである。


(紫后殿より退朝するとき口号)
戸外の昭容 紫袖【しゆう】垂る、御座を双降【そうこう】して朝儀【ちょうぎ】を引く。
香 飄【ひるがえ】りて合殿【ごうでん】春風転じ、花千官を覆いて淑景【しゅくけい】移る。
昼漏【ちゅうろう】聞こゆる稀にして高閣報じ、天顔【てんがん】喜び有って近臣知る。
宮中より毎【つね】に出でて東省に帰る、会送す夔竜【きりゅう】の鳳池に集まるを。


現代語訳と訳註
(本文)
紫宸殿退朝口號
戶外昭容紫袖垂,雙瞻御座引朝儀。
香飄合殿春風轉,花覆千宮淑景移。
晝漏稀聞高閣報,天顏有喜近臣知。
宮中每出歸東省,會送夔龍集鳳池。


(下し文) (紫后殿より退朝するとき口号)
戸外の昭容 紫袖【しゆう】垂る、御座を双降【そうこう】して朝儀【ちょうぎ】を引く。
香 飄【ひるがえ】りて合殿【ごうでん】春風転じ、花千官を覆いて淑景【しゅくけい】移る。
昼漏【ちゅうろう】聞こゆる稀にして高閣報じ、天顔【てんがん】喜び有って近臣知る。
宮中より毎【つね】に出でて東省に帰る、会送す夔竜【きりゅう】の鳳池に集まるを。


(現代語訳)
紫宸殿の戸の外に昭容の女官が紫色の袖を垂れて、左右にわかれて各々殿内の御座の方へ目をやりつつ朝儀の位置にみちびき入れる。
紫宸殿内には春風に香気が吹きまわされてくまなくひるがえる、居並ぶ群臣のうえに花影を被っていて春の日暖かな光は経過していく。
外庭の高き閣から時間を知らせてくるが殿内おくふかく稀に漏刻の音も聞えてくる。この日は天子の御顔もにこやかで喜ばしいこと、近侍の臣の知るとおりである。
わたしはいつもこの御殿から退出して東内の方、門下省の執務室の方へかえるの、その時はいつも夔龍といわれる宰相、大臣がたが中書省の方へお集まりになるのをうちそろって鳳池の辺でお見送りするのである。


(訳注)
戶外昭容紫袖垂,雙瞻御座引朝儀。
紫宸殿の戸の外に昭容の女官が紫色の袖を垂れて、左右にわかれて各々殿内の御座の方へ目をやりつつ朝儀の位置にみちびき入れる。
戸外 殿の戸のそと。○昭容 女官の階級の名、正二品の位。唐代の制度では、後宮の職官は、内官・宮官・内侍省の3部門で構成されていた。内官とは妃妾のことで、四夫人(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃。正一品)、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛。正二品)、二十七世婦(婕妤、美人、才人。正三品~正五品)、八十一御妻(宝林、御女、采女。正六品~正八品)を指す。正六品以下が宮官であり、宮中内の職務に携わる女官たちのことである。尚宮(総務的な仕事)・尚儀(礼楽に携わる)・尚服(衣服に携わる)・尚食(食事に携わる)・尚寝(居住空間に携わる)・尚功(工芸に携わる)の六尚に分けられて職務に従事し、また宮正が置かれて、後宮内の不正の取り締まりに従事した。内侍省は宦官たちである。○紫袖垂 むらさきの袖をながくたれる。○双瞻 ならびみる、左右の各列から昭容が御座へ目をつけること、昭容は左右各一人、文武の両班の葦臣を前導して殿内に入る。る。○御座 天子の座。○引朝儀 引はみちびくこと、朝儀は参朝の儀列をいう。昭容が前導するときは羣臣に面して後向き歩行をしつつ御座の方へと進む。昭容が御座への注目する際には少しく上体を斜にして、半ばうしろむきの姿勢をとる。


香飄合殿春風轉,花覆千宮淑景移。
紫宸殿内には春風に香気が吹きまわされてくまなくひるがえる、居並ぶ群臣のうえに花影を被っていて春の日暖かな光は経過していく。
香飄 香は花香。飄はただよう。○合殿 入口の闔殿から殿内全体をいう。○ 吹き転ずること。香煙が動いていること。○花覆 花は殿庭の花、覆とは実際におおうのではなく、附近に多く咲いている故かくいう。○淑景移 淑景はよき日かげ、春日の暖かな光をいう。移とは時刻のかわること、この時、殿中で上奏を受けるので時間の経過することをいう。


晝漏稀聞高閣報,天顏有喜近臣知。
外庭の高き閣から時間を知らせてくるが殿内おくふかく稀に漏刻の音も聞えてくる。この日は天子の御顔もにこやかで喜ばしいこと、近侍の臣の知るとおりである。
昼漏 日中のの漏刻(みずどけい)。此の句は上下倒抒でよむ。○高閣報 高閣より報知し来たる、外庭の高閣において宮女がこれを掌って刻を報ずるというもの。○天顔 天子のおかお。○近臣 近侍の臣、参野列の天子に近い家臣をいう。杜甫も左拾遺だからその内の一人である。

唐朝 大明宮2000

宮中每出歸東省,會送夔龍集鳳池。
わたしはいつもこの御殿から退出して東内の方、門下省の執務室の方へかえるの、その時はいつも夔龍といわれる宰相、大臣がたが中書省の方へお集まりになるのをうちそろって鳳池の辺でお見送りするのである。
宮中毎出 毎出宮中としてみる。この毎の字は帰の字までへかかる。出は退出。○東省 東内、門下省をさす。○会送 同僚が相会して送る。○夔龍 古代、舜の時の臣、夔は音楽を典奏し、竜は民言を天子につたえることをつかさどった。ここでは唐の大臣宰相をさす。○ 夔竜等が集まることをいう。○鳳池 賈至が『早朝大明宮呈両省僚友』で「銀燭朝熏紫陌長、禁城春色暁蒼蒼。千條弱柳垂青瑣、百囀流鶯繞建章。劍佩聲髄玉墀歩、衣冠身惹御爐香。共沐恩波鳳池上、朝朝染翰侍君王。」中書省にある池をいう。長安大明宮図確認すると門下省側には龍首池があり、龍のように曲がりくねり長い池がある。賈至は故事にならって鳳池としたのだろう。

宣政殿退朝晚出左掖 杜甫kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 237

宣政殿退朝晚出左掖 杜甫kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 237

宣政殿は東内に属し、含元殿の後(北)に在る。左技とは左(東)側の小垣門をいう、作者は時に左拾遺の官にあり、門下省に属する。門下省は東内の東に在るので左垣門よりでるのである。宜政殿の参朝から退いて、夕方に左垣門を出て門下省の方へかえろうとしたときの作。

唐朝 大明宮2000
 


大明宮は634年に建設が開始され、唐代の首都長安の3つの宮殿の中でも規模が最大のものである。唐の高宗帝(650~683)から、唐の皇帝たちはみなここに住み、政治を行った。大明宮は国家の統治の中心として200年にわたって存続し、唐末に戦火に焼かれ、その遺跡が今でも陝西省西安市の市街の北部に残る。

この唐代の長安のもっとも大きく偉大な宮殿建築は、もともと唐の太宗帝が父李淵のために建てた夏の宮殿、永安宮であった。宮殿の建造が始まるやいなや、李淵が病没するなどとは、誰が知っていただろうか。このため、宮殿の工事も停止された。唐の高宗帝が位を継いだ後、もともと住んでいた太極宮は湿気が多すぎると考え、662年、大明宮に大規模な拡張工事を行い、周囲7.6キロ、面積3.3平方キロメートル、北京の紫禁城の面積の4.5倍の広さとなった。宮城の南部は長方形をしており、北部は南が広く北が狭い台形になっている。大明宮は前朝と内庭のふたつの部分に分けられ、前朝は政治を執り行う部分で、内庭は居住や宴会などを行う部分であった。

前朝について言えば、含元殿が大明宮の正殿で、重大な儀式や謁見などが行われたところで、とても雄大である。主殿の前には長さ78メートルの階段と斜面の間の竜尾道があり、それは真ん中の御道と両側のわき道に分けることができ、その表面には模様入りのレンガが敷かれている。含元殿は地形を利用して建てられ、壮観で広く、都長安の全体を見渡すことができた。含元殿の北300メートルのところにあるのが宣政殿で、皇帝が政を行うところであった。殿の左と右にはそれぞれ中書省・門下省などの官署があった。紫宸殿は宣政殿の北95メートルのところにあり、臣下はここで皇帝に謁見した。含元、宣政、紫宸という構造は、後世の宮殿建築に受け継がれ、北京の紫禁城も太和、中和、保和という三殿の構造を示している。

大明宮の内部の配置も、とても凝ったものである。宮殿北部が庭園区で、建築は少なく、形式は多様である。太液池が中庭のハイライトで、面積は約16000平方メートルである。池のかたちはだ円形に近く、岸辺には回廊がめぐり、その付近には多くの亭や楼閣、殿宇などがたつ。麟徳殿は大明宮の西北部にあり、宮廷で最大の別殿で、皇帝が宴会を催したり、楽や舞などを見たり、外国使節と接見したりした場所である。

宣政殿退朝晚出左掖(掖門在兩旁如人之臂掖) 杜甫
 天門日射黄金榜,春殿晴曛赤羽旗。
門下省のある宣正殿から退庁して晩方、左の旁門から退出する。(正門わきの旁門には両の傍らに肩と腕を守るかのように立っている)
 宮草微微承委佩,鑪煙細細駐游絲。
宮殿の門は夕日のひかりがあたって、黄金の額縁のようにきれいだ、春の御殿の庭では朱雀を描いた旗が晴れてはいるが夕暮れにさしかかり、薄暗くにおうようである。
 雲近蓬萊常好色,雪殘鳷鵲亦多時。
このときわたしが玉佩をひきずって来ると庭の草は幽静な緑色に変わっている、部屋内から、庭にまで香の煙を漂わせる。そして、香気、佳気を感じさせてほそぼそとのぼっている。
 侍臣緩步歸青瑣,退食從容出每遲。

このあたりに浮んでいる夕霞は蓬莱宮に近いからいつも五色の彩をしているし、鳷鵲観かとおもえる建物にはずいぶんながく雪が残っている。
かくしてわたしはゆっくりと歩いて門下省青瑣門の方へ帰るのだが、わたしの詰め所へさがるには、今日もいつものように庭景色を楽しむため、ゆったりとして時刻おくれて退出するのである。


(宜政殿より退朝して 晩に左掖より出づ)
天門 日は射る 黄金の榜、春殿 晴 曛ず赤羽の旗。
宮草 微微として委佩を承け、鐘煙 細細として游糸を駐む。
雲 蓬莱に近うして常に五色、雪 鳷鵲【ししゃく】に残るも亦 多時。
侍臣 緩歩して青瑣【せいさ】に帰る、退食 従容として出づる毎に遅し。

kairo10682


現代語訳と訳註
(本文)
宣政殿退朝晚出左掖(掖門在兩旁如人之臂掖) 杜甫
 天門日射黄金榜,春殿晴曛赤羽旗。
 宮草微微承委佩,鑪煙細細駐游絲。
 雲近蓬萊常好色,雪殘鳷鵲亦多時。
 侍臣緩步歸青瑣,退食從容出每遲。


(下し文) (宜政殿より退朝して 晩に左掖より出づ)
天門 日は射る 黄金の榜、春殿 晴 曛ず赤羽の旗。
宮草 微微として委佩を承け、鐘煙 細細として游糸を駐む。
雲 蓬莱に近うして常に五色、雪 鳷鵲に残るも亦多時。
侍臣 緩歩して青瑣に帰る、退食 従容として出づる毎に遅し。

(現代語訳)
門下省のある宣正殿から退庁して晩方、左の旁門から退出する。(正門わきの旁門には両の傍らに肩と腕を守るかのように立っている)
宮殿の門は夕日のひかりがあたって、黄金の額縁のようにきれいだ、春の御殿の庭では朱雀を描いた旗が晴れてはいるが夕暮れにさしかかり、薄暗くにおうようである。
このときわたしが玉佩をひきずって来ると庭の草は幽静な緑色に変わっている、部屋内から、庭にまで香の煙を漂わせる。そして、香気、佳気を感じさせてほそぼそとのぼっている。
このあたりに浮んでいる夕霞は蓬莱宮に近いからいつも五色の彩をしているし、鳷鵲観かとおもえる建物にはずいぶんながく雪が残っている。
かくしてわたしはゆっくりと歩いて門下省青瑣門の方へ帰るのだが、わたしの詰め所へさがるには、今日もいつものように庭景色を楽しむため、ゆったりとして時刻おくれて退出するのである。


(訳注)
宣政殿退朝晚出左掖
(掖門在兩旁如人之臂掖)
門下省のある宣正殿から退庁して晩方、左の旁門から退出する。(正門わきの旁門には両の傍らに肩と腕を守るかのように立っている)
掖門  宮殿の正門の左右にある小さな門。旁門(ぼうもん)。
 ひじ肩から手首までの部分。腕。


天門日射黄金榜,春殿晴曛赤羽旗。
宮殿の門は夕日のひかりがあたって、黄金の額縁のようにきれいだ、春の御殿の庭では朱雀を描いた旗が晴れてはいるが夕暮れにさしかかり、薄暗くにおうようである。
○天門 宮殿の門。○日射 日は夕日の光をいう。○黄金榜 こがねを以て飾った扁額。〇春殿 春景色の宣政殿。○晴曛 はれてはいるが少し暗くなりかけている、題の「晩」の字をあらわす。○赤羽旗 赤羽鳥(朱雀)をえがいた旗。


宮草微微承委佩,鑪煙細細駐游絲。
このときわたしが玉佩をひきずって来ると庭の草は幽静な緑色に変わっている、部屋内から、庭にまで香の煙を漂わせる。そして、香気、佳気を感じさせてほそぼそとのぼっている。
○宮草 宮庭にはえている草。○微微 幽静なさま、草色をいう。○承草がそれを受ける。○委佩 佩はおびもの、委は地につくこと。○鑪煙 香炉のけむり、恐らくは殿庭にあるものであろう。○細細 ほそぼそ。○駐游糸 宮殿は、仙界であり、天界である。絲を横たえるように香の煙が留まっているさまをいう。部屋内から、庭にまで香の煙を漂わせる。香気、佳気に結びつくものである。


雲近蓬萊常好色,雪殘鳷鵲亦多時。
このあたりに浮んでいる夕霞は蓬莱宮に近いからいつも五色の彩をしているし、鳷鵲観かとおもえる建物にはずいぶんながく雪が残っている。
蓬莱 殿の名。○鳷鵲 漢の時の観の名、今借用する。


侍臣緩步歸青瑣,退食從容出每遲。
かくしてわたしはゆっくりと歩いて門下省青瑣門の方へ帰るのだが、わたしの詰め所へさがるには、今日もいつものように庭景色を楽しむため、ゆったりとして時刻おくれて退出するのである。
侍臣 天子のおそばに仕える臣、杜甫は左拾遺なので自分のこと。○緩歩 ゆるゆるとあるく。○青瑣 瑣形に離刻をほどこし青色にぬった門、門下省の門をさす。○退食 「詩経」烹羊詩にみえる、公の門より退いて食事をすることをいう。○従容 ゆったり。○ 退出する。○ 毎時、いつも。

奉和賈至舍人早朝大明宮 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 236

奉和賈至舍人早朝大明宮 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 236


中書舎人である賈至が作った「早朝大明宮」の詩を和した作。乾元元年の春左拾遺として長安にあって作る。

奉和賈至舍人早朝大明宮  杜甫
賈至舎人が初めて大明宮の朝礼に参列して作った詩に和し奉る
五夜漏聲催曉箭,九重春色醉仙桃。
夜の水どけいのしたたりの音がだんだん暁の時刻に近づいてきて、九重の禁中の春の曙の色が桃花の紅の酔ったような時節になった。
旌旗日暖龍蛇動,宮殿風微燕雀高。
このとき参内してみると日光暖かにしてたてられた旌旗には竜蛇のすがたが動いているし、宏壮な宮殿の軒端には風がかすかに吹いて燕や雀が高くとんでいる。
朝罷香煙攜滿袖,詩成珠玉在揮毫。
このとき賈舎人はもはや朝廷の参賀もすんで殿中の香煙をそのまま袖にたずさえて戻り来り、できあがった詩を筆をとって書き付けると珠玉のようなりっぱなものができあがっている。
欲知世掌絲綸美。池上於今有鳳毛。

なるほど賈君の御家は代々詔勅を起草する家系であって、その世襲がいかにみごとであるかを知りたいとおもう、現に今も鳳凰池上に鳳毛とも評すべき君が居らるるのをみればわかることである。


(賈至舎人が早【つと】に大明宮に朝するを和し奉る)
五夜の漏声【ろうせい】暁箭【ぎょうせん】を催す、九重の春色仙桃【せんとう】酔う。
旌旗【せいき】日 暖【あたた】かにして竜蛇【りゅうだ】動き、宮殿 風 徴【び】にして燕雀【えんじゃく】高し。
朝【ちょう】罷【や】みて 香煙【こうえん】携【たずさ】えて 袖に満つ、詩成りて珠玉【しゅぎょく】揮毫【きごう】に在り。
世々 絲綸【しりん】掌【つかさど】るの美を知らんと欲せば、地上 今に於て鳳毛【ほうもう】有り。


長安城郭015


 現代語訳と訳註
(本文)
奉和賈至舍人早朝大明宮
五夜漏聲催曉箭,九重春色醉仙桃。
旌旗日暖龍蛇動,宮殿風微燕雀高。
朝罷香煙攜滿袖,詩成珠玉在揮毫。
欲知世掌絲綸美。池上於今有鳳毛。


(下し文) (賈至舎人が早【つと】に大明宮に朝するを和し奉る)
五夜の漏声【ろうせい】暁箭【ぎょうせん】を催す、九重の春色仙桃【せんとう】酔う。
旌旗【せいき】日 暖【あたた】かにして竜蛇【りゅうだ】動き、宮殿 風 徴【び】にして燕雀【えんじゃく】高し。
朝【ちょう】罷【や】みて 香煙【こうえん】携【たずさ】えて 袖に満つ、詩成りて珠玉【しゅぎょく】揮毫【きごう】に在り。
世々 絲綸【しりん】掌【つかさど】るの美を知らんと欲せば、地上 今に於て鳳毛【ほうもう】有り。


(現代語訳)
賈至舎人が初めて大明宮の朝礼に参列して作った詩に和し奉る
夜の水どけいのしたたりの音がだんだん暁の時刻に近づいてきて、九重の禁中の春の曙の色が桃花の紅の酔ったような時節になった。
このとき参内してみると日光暖かにしてたてられた旌旗には竜蛇のすがたが動いているし、宏壮な宮殿の軒端には風がかすかに吹いて燕や雀が高くとんでいる。
このとき賈舎人はもはや朝廷の参賀もすんで殿中の香煙をそのまま袖にたずさえて戻り来り、できあがった詩を筆をとって書き付けると珠玉のようなりっぱなものができあがっている。
なるほど賈君の御家は代々詔勅を起草する家系であって、その世襲がいかにみごとであるかを知りたいとおもう、現に今も鳳凰池上に鳳毛とも評すべき君が居らるるのをみればわかることである。


(訳注)
奉和賈至舍人早朝大明宮

賈至舎人が初めて大明宮の朝礼に参列して作った詩に和し奉る
 他人の作った詩について我が意をのべて作ること。○賈至 賈曾の子、賈は景巽中に中書舎人であった人。至は字は助鄰、玄宗が蜀に奔ったときこれに従い起居舎人・知制誥を拝命し、玄宗が粛宗に位を伝えられるときの冊文は至がこれを撰した。玄宗は、昔先天の誥命は汝の父が為ったものであるが、今この冊文を汝が又為るのは美を済すというべきであるといわれたという。賈至はさらに中書舎人となった。○早朝 元日の朝早く朝廷へ参賀にでること。○大明宮 唐の長安城には三箇の大内があり、西にあるのを太極宮、これを西内といい、その東にあるのを大明宮、これを東内といい、又東南に興慶宮があり、これを南内という。大明宮は最もしばしば朝を受けた処である。


五夜漏聲催曉箭,九重春色醉仙桃。
夜の水どけいのしたたりの音がだんだん暁の時刻に近づいてきて、九重の禁中の春の曙の色が桃花の紅の酔ったような時節になった。
五夜 五行思想で夜の時間を甲乙丙丁戊の五つに分かつ。○漏声 水時計の水のしたたるおと。○暁箭 水時計に鋳金の人形を作り、その人形は左手に箭を抱き右の手で刻をさし示すようにしかけである、箭は今の針の用をなす。〇九重春色 禁中の春景色。○酔仙桃 曙色の紅なのを形容していったもの。「仙桃の紅なること酔えるが如し」の意であり、これを用いてまた春色をたとえている。


旌旗日暖龍蛇動,宮殿風微燕雀高。
このとき参内してみると日光暖かにしてたてられた旌旗には竜蛇のすがたが動いているし、宏壮な宮殿の軒端には風がかすかに吹いて燕や雀が高くとんでいる。
旌旗 旌旗は鳥の羽をばさばさにして頭に飾りにつけているはた、筋は竜を交叉して画いたはた。○竜蛇 はたの模様。○燕雀 これは実物をいう。


朝罷香煙攜滿袖,詩成珠玉在揮毫。
このとき賈舎人はもはや朝廷の参賀もすんで殿中の香煙をそのまま袖にたずさえて戻り来り、できあがった詩を筆をとって書き付けると珠玉のようなりっぱなものができあがっている。
○朝 朝は参朝のこと。朝の参賀がすむ。○香煙 殿上に焚かれた香のけむり。○詩成 詩は賈至の原作をさす。○珠玉 詩の文字のうるわしいことをほめていう。○在揮毫 揮毫のうえに存すということ。揮毫は筆をふるうこと。


欲知世掌絲綸美。池上於今有鳳毛。
なるほど賈君の御家は代々詔勅を起草する家系であって、その世襲がいかにみごとであるかを知りたいとおもう、現に今も鳳凰池上に鳳毛とも評すべき君が居らるるのをみればわかることである。
世掌 代々つかさどる、父子二代の世襲をさす。○絲綸 王の言、即ち詔勅をいう。「礼記」緇衣に「王言は糸の如く、其の出ぞること綸の如し。王言は綸の如く、其の出ぞること綍の如し。」とある。綸はよりいと、綍はなわ、王の言は出だした所は細くても下へ伝わるにつれて大となることをいう。○ みごとなこと。○池上 池は鳳凰池をいう、中書省にある池、賈至の原作に「鳳池」の語がある。龍首池の頭の部分をいう。○鳳毛 晋の桓温が、王劭がその父王導に似ているのを見て「鳳毛有り」と評し、宋の孝武帝が謝鳳の子超宗が文才のあるのを称して「超宗殊に鳳毛有り」といったのは、鳳凰の如き彩毛のあることをいう。この詩句は賈至を比する。

 


 早朝大明宮呈両省僚友 賈至
 銀燭朝熏紫陌長、
 禁城春色暁蒼蒼。
 千條弱柳垂青瑣、
 百囀流鶯繞建章。
 劍佩聲髄玉墀歩、
 衣冠身惹御爐香。
 共沐恩波鳳池上、
 朝朝染翰侍君王。
 銀燭 朝に熏じて 紫陌 長し、禁城の春色 暁に蒼蒼たり。
 千条の弱柳は青瑣に垂れ、百囀の流鶯は建章を繞る。
 剣佩 声を玉墀の歩に随い、衣冠 身には御炉の香を惹けり。
 共に恩波に沐す 鳳池の上とり、朝朝翰を染めて君王に侍す。
 
  
 和賈舎人早朝大明宮之作  王維
 絳幘雞人報暁籌、
 尚衣方進翠雲裘。
 九天閶闔開宮殿、
 万国衣冠拝冕旒。
 日色纔臨仙掌動、
 香煙欲傍袞龍浮。
 朝罷須裁五色詔、
 佩声帰到鳳池頭。
 絳幘【こうさく】の鶏人 暁籌【ぎょうちゅう】を報じ、尚衣【しょうい】方【まさ】に進む 翠雲の裘【きゅう】。
九天の閶闔(しょうこう) 宮殿を開き、万国の衣冠 冕旒【べんりゅう】を拝す
日色 纔【わず】かに仙掌【せんしょう】に臨んで動き、香煙 傍【そ】わんと欲して袞龍【こんりゅう】浮ぶ。
朝【ちょう】罷【や】んで須らく裁すべし 五色の詔、佩声【はいせい】は帰り到る 鳳池の頭【ひとり】。
 奉和中書賈舎人早朝大明宮  岑參
 雞鳴紫陌曙光寒,
 鶯囀皇州春色闌。
 金闕曉鐘開萬戶,
 玉階仙仗擁千官。
 花迎劍珮星初落,
 柳拂旌旗露未乾。
 獨有鳳凰池上客,
 陽春一曲和皆難。
 鶏鳴いて紫陌曙光寒し、鶯囁じて皇州春色闌なり。
 金闕の暁鐘万戸を開き、玉階の仙仗千官を擁す。
 花は剣侃を迎えて星初めて落ち、柳は旋旗を払って露未だ乾かず。
 独り鳳皇池上の客有り、陽春の一曲和すること皆難し。
 奉和賈至舍人早朝大明宮  杜甫
 五夜漏聲催曉箭,
 九重春色醉仙桃。
 旌旗日暖龍蛇動,
 宮殿風微燕雀高。
 朝罷香煙攜滿袖,
 詩成珠玉在揮毫。
 欲知世掌絲綸美。
 池上於今有鳳毛。
 賈至舎人が早【つと】に大明宮に朝するを和し奉る
五夜の漏声【ろうせい】暁箭【ぎょうせん】を催す、九重の春色仙桃【せんとう】酔う。
旌旗【せいき】日 暖【あたた】かにして竜蛇【りゅうだ】動き、宮殿 風 徴【び】にして燕雀【えんじゃく】高し。
朝【ちょう】罷【や】みて 香煙【こうえん】携【たずさ】えて 袖に満つ、詩成りて珠玉【しゅぎょく】揮毫【きごう】に在り。
世々 絲綸【しりん】掌【つかさど】るの美を知らんと欲せば、地上 今に於て鳳毛【ほうもう】有り。


臘日 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 232

臘日 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 232

唐は大寒の後の辰の日を臘日とした、日はそれぞれの時代により同じではない。もともと狩猟により獣を取って先祖を祭ることにより始まったといわれる。此の日には官民ともに宴飲をし、唐の宮廷において近臣に食と物品を賜わった。
杜甫は757年冬、至徳二年十二月己に長安にあって賜物をうけたことによって此の詩を作る。



臘日
臘日常年暖尚遙,今年臘日凍全消。
例年、いつも臘日は暖かさまではなかなか遙かな感じなのだが、ことしの臘日という日は、すっかり氷が消え失せてしまっている。
侵陵雪色還萱草,漏泄春光有柳條。
それはもう萱草までもが雪の色を侵して無くし葉をあらわしている、柳のしだれた小枝のめぐみが春の光をもらしている。
縱酒欲謀良夜醉,還家初散紫宸朝。
わたしはやっといましがた紫辰殿の朝参から退散して自宅へもどったのだ、きままに酒を十分飲み、夜遅くまでの酔み続ける工夫をしようとおもう。
口脂面藥隨恩澤,翠管銀罌下九霄。

我が君のお恵みをこうむるのには随うままにしている、そして口脂面薬を翠管銀嬰にいれて九重の高きそらから賜物さえ下がったことでもある。


臘日【ろうじつ】 常年 暖 尚 遙かなり、今年 臘日【ろうじつ】 凍 全く消す。
雪色を侵陵するも還た萱草【けんそう】、春光を漏洩【ろうえい】するは柳条【りゅうじょう】有り。
縦酒【しょうしゅ】 謀らんと欲す良夜【りょうや】の酔、還家 初めて散ず紫宸【ししん】の朝。
口脂【こうし】面薬【めんやく】恩沢【おんたく】に随う。
翠管【すいかん】銀罌【ぎんおう】九霄【きゅうしょう】より下る。


宮島(7)

現代語訳と訳註
(本文) 臘日

臘日常年暖尚遙,今年臘日凍全消。
侵陵雪色還萱草,漏泄春光有柳條。
縱酒欲謀良夜醉,還家初散紫宸朝。
口脂面藥隨恩澤,翠管銀罌下九霄。


(下し文)
臘日【ろうじつ】 常年 暖 尚 遙かなり、今年 臘日【ろうじつ】 凍 全く消す。
雪色を侵陵するも還た萱草【けんそう】、春光を漏洩【ろうえい】するは柳条【りゅうじょう】有り。
縦酒【しょうしゅ】 謀らんと欲す良夜【りょうや】の酔、還家 初めて散ず紫宸【ししん】の朝。
口脂【こうし】面薬【めんやく】恩沢【おんたく】に随う。
翠管【すいかん】銀罌【ぎんおう】九霄【きゅうしょう】より下る。


(現代語訳)
例年、いつも臘日は暖かさまではなかなか遙かな感じなのだが、ことしの臘日という日は、すっかり氷が消え失せてしまっている。
それはもう萱草までもが雪の色を侵して無くし葉をあらわしている、柳のしだれた小枝のめぐみが春の光をもらしている。
わたしはやっといましがた紫辰殿の朝参から退散して自宅へもどったのだ、きままに酒を十分飲み、夜遅くまでの酔み続ける工夫をしようとおもう。
我が君のお恵みをこうむるのには随うままにしている、そして口脂面薬を翠管銀嬰にいれて九重の高きそらから賜物さえ下がったことでもある。


(訳注) 臘日
臘日常年暖尚遙,今年臘日凍全消。
例年、いつも臘日は暖かさまではなかなか遙かな感じなのだが、ことしの臘日という日は、すっかり氷が消え失せてしまっている。
常年 例年、平生の年。○ それまでに距離がある。○ 水のこおること。


侵陵雪色還萱草,漏泄春光有柳條。
それはもう萱草までもが雪の色を侵して無くし葉をあらわしている、柳のしだれた小枝のめぐみが春の光をもらしている。
侵陵 侵し凌ぐ、負けず打ち勝つこと。○還 萱草もまたの義。○萱草 浮き忘れ草、かんそう。○漏洩 もらす。○柳条 やなぎのこえだ、ここはえだそのものではなく若芽のめぐみをいう。


縱酒欲謀良夜醉,還家初散紫宸朝。
わたしはやっといましがた紫辰殿の朝参から退散して自宅へもどったのだ、きままに酒を十分飲み、夜遅くまでの酔み続ける工夫をしようとおもう。
縦酒 酒をほしいままにのむ。○良夜 祝祭日の夜ゆえよきよるという。○還豪 家にかえる。○ 退散する。○紫后朝 紫辰は宮殿の名、朝は朝廷の朝礼の集まりをいう。○この二句は倒句でよむ。


口脂面藥隨恩澤,翠管銀罌下九霄。
我が君のお恵みをこうむるのには随うままにしている、そして口脂面薬を翠管銀嬰にいれて九重の高きそらから賜物さえ下がったことでもある。
口脂面薬 口につけるあぶら、顔面にぬるくすり、これは凍傷を防ぐもの。○ まにまにということ。おかげをこうむる。○恩沢 天子のおめぐみ。○翠管銀罌 翠管は翠色で飾った象牙の筒、これは口脂を盛るもの。銀罌はぎんのいれもの、これは面薬を盛るもの。〇九霄 九重のあおぞら、宮中をさしていう。王朝、朝廷宮殿は天、大空、霽、仙界、雲中、天仲などつかう。
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送鄭十八虔貶台州司戶、傷其臨老隋賊之故閲馬面別情見於詩 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 231

送鄭十八虔貶台州司戶、傷其臨老隋賊之故閲馬面別情見於詩 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 231

粛宗は、洛陽奪還の翌日、10月19日に鳳翔を出発し、10月23日に長安に帰った。そうして、10月中旬に鳳翔に帰っていた杜甫は、粛宗と一緒に長安に帰えることができたのである。

757年 至徳二載十二月、巳に長安に在っての作。46歳


送鄭十八虔貶台州司戶、傷其臨老隋賊之故閲馬面別情見於詩
鄭虔が台州の司戸参軍に貶められてゆくのを送る詩である。鄭虔が老境になって安史軍に陥るに至った次第をきのどくに思い、自分はじかに面会して別れを告げることをしないのだ、自分の心持はこの詩のなかにあらわしているということとしてこの詩を作る。
鄭公樗散鬢成絲,酒後常稱老畫師。
鄭公は老朽無用の地のようなところに居られてその白髪の鬢毛はほつれて糸のごとく、酒をのんで後はいつも自分は老いたる「絵描き」にすぎぬといっておられたものだ。
萬裡傷心嚴譴日,百年垂死中興時。
このたび厳罰を蒙って遠き万里の地へながされるというのは実にお気のどくであり、私の心を痛めるものなのだ。危うく滅亡しかかった王朝をこの聖天子が中興せられるというめでたい時節に鄭虔公の生涯は死に近づこうとしているのである。
蒼惶已就長途往,邂逅無端出餞遲。
わたしは出かけていってお見送りするには遅かったために、自然お会いするにも理由が無くなってしまった、鄭虔公はもはや長き旅程に就いてしまわれたのだ。
便與先生成永訣,九重泉路盡交期!
このわかれでこれが先生との永久のお別れとなるのだろうと思う。先生とわたしとまたお会いして交情の約束をする場所となるのはこの現世かぎりではない九重の黄泉の国もまたその地であると思う。


迭鄭十八度定台州司戸傷其臨老隋賊之故閲馬面別情見於詩

鄭虔が台州の司戸参軍に貶められてゆくのを送る詩である。鄭虔が老境になって安史軍に陥るに至った次第をきのどくに思い、自分は じかに面会して 別れを告げることをしないのだ、自分のこころもちはこの詩のなかにあらわしているということなのだ。

(鄭十八度が台州の司戸に乾せらるるを送る 其の老に臨み賊に陥るの故を傷み 面別を為すことを開く 情詩に見ゆ)

鄭公樗散贅糸を成す、酒後常に称す老画師と。
万里心を傷ましむ厳講の日、百年死に垂とす中興の時。
蒼惶己に長途の往に就く、遼遠端無く出餞遅し。
便ち先生と応に永訣するなるぺべし、九重の泉路尽く交期。

douteikoshoko297


現代語訳と訳註
(本文)
送鄭十八虔貶台州司戶、傷其臨老隋賊之故閲馬面別情見於詩
鄭公樗散鬢成絲,酒後常稱老畫師。
萬裡傷心嚴譴日,百年垂死中興時。
蒼惶已就長途往,邂逅無端出餞遲。
便與先生成永訣,九重泉路盡交期!

(下し文)
(鄭十八度が台州の司戸に乾せらるるを送る、其の老に臨み賊に陥るの故を傷み 面別を為すことを開く 情詩に見ゆ)

鄭公樗散贅糸を成す、酒後常に称す老画師と。
万里心を傷ましむ厳講の日、百年死に垂とす中興の時。
蒼惶己に長途の往に就く、遼遠端無く出餞遅し。
便ち先生と応に永訣するなるぺべし、九重の泉路尽く交期。



(現代語訳)
鄭虔が台州の司戸参軍に貶められてゆくのを送る詩である。鄭虔が老境になって安史軍に陥るに至った次第をきのどくに思い、自分はじかに面会して別れを告げることをしないのだ、自分の心持はこの詩のなかにあらわしているということとしてこの詩を作る。

鄭公は老朽無用の地のようなところに居られてその白髪の鬢毛はほつれて糸のごとく、酒をのんで後はいつも自分は老いたる「絵描き」にすぎぬといっておられたものだ。
このたび厳罰を蒙って遠き万里の地へながされるというのは実にお気のどくであり、私の心を痛めるものなのだ。危うく滅亡しかかった王朝をこの聖天子が中興せられるというめでたい時節に鄭虔公の生涯は死に近づこうとしているのである。
わたしは出かけていってお見送りするには遅かったために、自然お会いするにも理由が無くなってしまった、鄭虔公はもはや長き旅程に就いてしまわれたのだ。
このわかれでこれが先生との永久のお別れとなるのだろうと思う。先生とわたしとまたお会いして交情の約束をする場所となるのはこの現世かぎりではない九重の黄泉の国もまたその地であると思う。


(訳注)
送鄭十八虔貶台州司戶、傷其臨老隋賊之故閲馬面別情見於詩

鄭虔が台州の司戸参軍に貶められてゆくのを送る詩である。鄭虔が老境になって安史軍に陥るに至った次第をきのどくに思い、自分はじかに面会して別れを告げることをしないのだ、自分の心持はこの詩のなかにあらわしているということとしてこの詩を作る。
 罪により官をおとされる。〇台州司戸 台州は今の浙江省台州府、司戸は司戸参軍。○臨老陥賊 老年になって賊軍の中へおちこみその偽官を受けた事。安禄山の軍が長安へ攻め入った時、じん鄭虔はおびやかされて叛乱軍より水部郎中の官を授けられた。叛乱軍から長安洛陽を奪還し、叛乱軍に結果として協力した官吏を至徳二載十二月に六等に分けてその罪をきめた。鄭虔は死刑となるはずであったのを雀円というものの救いにより貶官にされたのだ。○ 事のわけをいう。塵は賊に陥り官を授けられたが風疾(ちゅうき)にかこつけ市の役人となり潜かに賊情を朝廷へ報知した等の事がある。○面別 直接対面して別れをする。

○杜甫は、儒者である鄭虔を尊敬しており、これまで以下の詩に取り上げている。

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其一 杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩 誠実な詩人杜甫特集 55

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其二 杜甫:kanbuniinkai頌之の漢詩 誠実な詩人杜甫特集 56

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其三 杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩 誠実な詩人杜甫特集 57

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其四 杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩 誠実な詩人杜甫特集 58

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其五 杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩 誠実な詩人杜甫特集 59

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其六 杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩 誠実な詩人杜甫特集 60

陪鄭広文遊何将軍山林十首 其七 杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩 誠実な詩人杜甫特集 61

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陪鄭広文遊何将軍山林十首 其十 杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩 誠実な詩人杜甫特集 64

奉陪鄭駙馬韋曲二首其一 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 75

奉陪鄭駙馬韋曲二首其二 杜甫   :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 76



鄭公樗散鬢成絲,酒後常稱老畫師。
鄭公は老朽無用の地のようなところに居られてその白髪の鬢毛はほつれて糸のごとく、酒をのんで後はいつも自分は老いたる「絵描き」にすぎぬといっておられたものだ。
樗散 樗は「荘子」逍遥遊篇に、散木は同書人間世篇に見える。樗は無用の大木の名、散木とは不材のためうちすててある木をいう。ここは老朽無用の地にあることをいう。○成糸 白髪のほつれたさまをいう。○酒後 酒をのんだのち、酔後をいう。○ 鄭虔が自ずからいう。○老画師 鄭虔は詩書画を善くし玄宗に三絶とはめられたほどの人。



萬裡傷心嚴譴日,百年垂死中興時。
このたび厳罰を蒙って遠き万里の地へながされるというのは実にお気のどくであり、私の心を痛めるものなのだ。危うく滅亡しかかった王朝をこの聖天子が中興せられるというめでたい時節に鄭虔公の生涯は死に近づこうとしているのである。
万里 浙江の台州までは遠く数千里、千里を超えたものは万里である。数百を超えたものは千里。○傷心 杜甫自身が心をいためること、詩題の傷其臨老隋賊の傷と同じ。○嚴譴日 厳しい御叱りを受けた時。〇百年 人の一生涯をいう。○垂死 鄭虔が年を取り、その上罪となったため、生きる意欲がなく死にちかづきつつあること。○中興時 粛宗が叛乱軍を逐いはらい、帝都をとりもどされた時節。衰退しかけた王朝を盛り返す時節ということ。


蒼惶已就長途往,邂逅無端出餞遲。
わたしは出かけていってお見送りするには遅かったために、自然お会いするにも理由が無くなってしまった、鄭虔公はもはや長き旅程に就いてしまわれたのだ。
○蒼惶 蒼惶ともにあわただしいさま。○長途往 長い旅程へとでかける。○邂逅 出会うこと。○無端 無由とおなじ、避退無端は無品二逝遽-の意、王慎中は此の句を「語を成さず」と評しているが必ずしもそうではない。○出餞遅 餞は餞別、はなむけ、みおくること。遅は時間がおそすぎたこと。此の三字は上の避遁無端の原因を説く、ただ詩句は「遅かったためあえぬ」というてあるが、事実は情に忍びずわざと見送りにゆかなかったことは題下の文に見えるとおりである。


便與先生成永訣,九重泉路盡交期!
このわかれでこれが先生との永久のお別れとなるのだろうと思う。先生とわたしとまたお会いして交情の約束をする場所となるのはこの現世かぎりではない九重の黄泉の国もまたその地であると思う。
先生 鄭虔をさす。○応永訣 応の字は推量の辞、永訣は死にわかれをいう。〇九重泉路 幾層もの泉下、冥途をいう。○交期 交情の約束をする場所であることをいう。



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