杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

成都浣花渓草堂(1)

江上值水如海勢聊短述 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 11)  杜甫 <416>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2025 杜甫詩1000-416-599/1500

江上值水如海勢聊短述


2013年3月6日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首 

 

詩人杜甫5x5


江上值水如海勢聊短述 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 11)  杜甫 <416>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2025 杜甫詩1000-416-599/1500

詩 題:江上值水如海勢聊短述 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 11)
作時761年3月杜甫50歳
掲 載; 杜甫1000首の416首目-#4 – 11
杜甫ブログ1500回予定の-599回目  

濯錦江のほとりの草堂で春の増水で海の水の勢いのように水がましてくる。聊かこの短篇を作った。上元二年春の作。

同時期に春水を述べた詩
8.春夜喜雨 杜甫
9.春水生 二絶其一 杜甫
10.春水生 二絶其二 杜甫
11.江上值水如海勢聊短述 杜甫
12.水檻遣心二首其一 杜甫
13.水檻遣心二首其二 杜甫

江上值水如海勢聊短述
(濯錦江の水嵩と流れが海のような勢いなのでが短く述べてみる。)
為人性僻耽佳句,語不驚人死不休。
わたしは人となりがすこしかたよった性質のようで、よい詩句を作ることにけんめいになっている。人を驚かすような良い語句を吐きだすまでは死んでも休まないということである。
老去詩篇渾漫與,春來花鳥莫深愁。
ただ、年を重ねてくると作りだす詩篇は風流なものを漫然とよむようになるものだ。驚かすことなくなったということだろうか。しかし春がくれば花や鳥についてうたうことができるようになり、なにも深く心配するには及ばないことなのだ。
新添水檻供垂釣,故著浮槎替入舟。
もとから自然風流の手段として水辺には新たに板で欄干を作って釣を垂れてみたり、去年から桴桟橋で舟に乗り降りして舟遊びもしているのである。
焉得思如陶謝手,令渠述作與同遊。
こんなとき文藻の豊富な詩人である陶淵明、謝靈運ほどの文筆の手を得ることができて、彼らが名篇を作ったとうにわたしも作って共に遊んだならばいかにおもしろいだろうかと考えるのである。

(江上水の海勢の如くなるに値い聊か短述す)
人と為り性僻【せいへき】にして佳句に耽る、語 人を驚かさずんば死すとも休せず。
老い去って詩篇【しへん】揮て漫与【まんよ】なり、春が来って花鳥深く愁うること莫れ。
新たに水檻【すいかん】を添えて垂釣【すいちょう】に供し、故より浮槎【ふさ】を着けて入舟に替う。
焉んぞ思うや 陶謝【とうしゃ】の如くなる手を得て、渠【かれ】をして述作せ令めて 與に同遊せん。


『江上值水如海勢聊短述』 現代語訳と訳註

nat0005
(本文)
江上值水如海勢聊短述
為人性僻耽佳句,語不驚人死不休。
老去詩篇渾漫與,春來花鳥莫深愁。
新添水檻供垂釣,故著浮槎替入舟。
焉得思如陶謝手,令渠述作與同遊。







(下し文)
(江上水の海勢の如くなるに値い聊か短述す)
人と為り性僻【せいへき】にして佳句に耽る、語 人を驚かさずんば死すとも休せず。
老い去って詩篇【しへん】揮て漫与【まんよ】なり、春が来って花鳥深く愁うること莫れ。
新たに水檻【すいかん】を添えて垂釣【すいちょう】に供し、故より浮槎【ふさ】を着けて入舟に替う。
焉んぞ思うや 陶謝【とうしゃ】の如くなる手を得て、渠【かれ】をして述作せ令めて 與に同遊せん。


(現代語訳)
(濯錦江の水嵩と流れが海のような勢いなのでが短く述べてみる。)
わたしは人となりがすこしかたよった性質のようで、よい詩句を作ることにけんめいになっている。人を驚かすような良い語句を吐きだすまでは死んでも休まないということである。
ただ、年を重ねてくると作りだす詩篇は風流なものを漫然とよむようになるものだ。驚かすことなくなったということだろうか。しかし春がくれば花や鳥についてうたうことができるようになり、なにも深く心配するには及ばないことなのだ。
もとから自然風流の手段として水辺には新たに板で欄干を作って釣を垂れてみたり、去年から桴桟橋で舟に乗り降りして舟遊びもしているのである。
こんなとき文藻の豊富な詩人である陶淵明、謝靈運ほどの文筆の手を得ることができて、彼らが名篇を作ったとうにわたしも作って共に遊んだならばいかにおもしろいだろうかと考えるのである。


(訳注)
江上值水如海勢聊短述

濯錦江の水嵩と流れが海のような勢いなのでが短く述べてみる。
・江 濯錦江、浣花渓のこと。錦江が主流から別れて洪水調整の役割をする河川である。杜甫はこの地を花でいっぱいにしたいという意味を込めて名付けたのである。この地に来て2度目の春で一度目の時は、『江漲』である。
江漲
江漲柴門外,兒童報急流。
下牀高數尺,倚杖沒中洲。
細動迎風燕,輕搖逐浪鷗。
漁人縈小楫,容易拔船頭。

成都(2部)浣花渓の草堂(2 -9) 江漲 杜甫 <372  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1795 杜甫詩 1000- 548

〇值 であう。
○如海勢 流れがさかんなさまをいう。平生は流れの速い部分が少ない。
○短述 八句の詩でのべた故に短という。春水について六首連続で書いている。詩人で生きる決意をした秦州から律詩のシリーズものが現れてきたもので、それ以前は、律詩、絶句などでなく、「古詩」か「歌行」として長編を作詩していた。草堂に来てからこれまで80首のうち、『建都十二韻』『泛溪』『贈蜀僧閭丘師兄』『杜鵑行ほか二首の六首だけである。


為人性僻耽佳句,語不驚人死不休。
わたしは人となりがすこしかたよった性質のようで、よい詩句を作ることにけんめいになっている。人を驚かすような良い語句を吐きだすまでは死んでも休まないということである。
・為人性僻 人としての性が僻よって出来上がった。僻はかたよる。一年前杜甫は『狂夫』とのべている。
万里橋西一草堂、百花潭水即滄浪。
風含翠篠娟娟浄、雨裛紅蕖冉冉香。
厚禄故人書断絶、恒飢稚子色凄涼。
欲填溝壑惟疎放、自笑狂夫老更狂。

成都(2部)浣花渓の草堂(2 -6) 狂夫 杜甫 <369  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1783 杜甫詩 1000- 545

・死不休 啼いて血を吐くホトトギスの故事に基づく。


老去詩篇渾漫與,春來花鳥莫深愁。
ただ、年を重ねてくると作りだす詩篇は風流なものを漫然とよむようになるものだ。驚かすことなくなったということだろうか。しかし春がくれば花や鳥についてうたうことができるようになり、なにも深く心配するには及ばないことなのだ。
○漫与 漫如・漫然というのに同じ、とりとめもなくふとつくること。与の字を或は興に作る。
『漫成二首』そぞろにふとできあがった詩。この「漫」という語は、杜甫は春の詩に使う。
○花鳥莫深愁  強い、驚かすようなものではなく、花鳥風月の風流な詩を作ることが出来れば、何の心配もいらないという意味。


新添水檻供垂釣,故著浮槎替入舟。
もとから自然風流の手段として水辺には新たに板で欄干を作って釣を垂れてみたり、去年から桴桟橋で舟に乗り降りして舟遊びもしているのである。
○水檻 檻は板でつくったてすり。
○故 ふるくから。
○浮槎 うかべているいかだで、舟の桟橋。
○替入舟 いかだ桟橋で船に乗り降りしたり、遊んだりすること。


焉得思如陶謝手,令渠述作與同遊。
こんなとき文藻の豊富な詩人である陶淵明、謝靈運ほどの文筆の手を得ることができて、彼らが名篇を作ったとうにわたしも作って共に遊んだならばいかにおもしろいだろうかと考えるのである。
○焉得 希望をいう。
○思 懐思、愁思、所思、相思、沈思、旅思、など文学上の藻思をいう。五古杜甫『遣懐』「昔我遊宋中、惟梁孝王都。・・・・両公壮藻思、得我色敷腴。」(両公  藻思(そうし)壮(さか)んなり、我を得て  色(いろ)敷腴(ふゆ)たり。)ほかに、思家(詩人)ということでも理解できる。ここでは陶淵明と謝靈運(謝朓、謝惠連もいるが陶淵明に対しては謝靈運である。)
○陶謝 儒者で隠遁者の陶淵明、仏教徒で山水詩人、隠遁者の謝霊運。
○渠 俗語である。
○述作 文辞をつくること。

杜甫草堂詳細図02

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春水生 二絶 其二

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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。


李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
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孟郊詩
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李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

詩人杜甫5x5春水生 二絶其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 10)  杜甫 <415>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2020 杜甫詩1000-415-598/1500

詩 題:春水生 二絶其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 10) 
作時761年2月杜甫50歳
掲 載; 杜甫1000首の415首目-#4 - 10杜甫ブログ1500回予定の-598回目  



其一 
二月六夜春水生,門前小灘渾欲平。
鸕鸂鸂鶒莫漫喜。吾與汝曹俱眼明。

(杜甫の家の南西に家の門がある川沿いの道があり、濯錦江=浣花渓の流れがすぐにある。そこには医師のベンチがある。杜甫はそこに座って川面を眺めているのである。心がゆったりする詩である。)
二月になって六夜も続いて春の雪解け水が生じ、水嵩をあげている。我家の前の水嵩も上がって中州が小さくなっていて全部が水で覆われて川の流れになろうとしている。
鵜飼の鵜鳥や兄弟鳥のおしどりたち、お前たちだけが勝手に喜ぶものではない。私もお前たちとともに春を迎えた仲間ではないか、共にその目を明るい方に向けていこうではないか。

春水生 二絶 其二 
(其二は成都の市場に行ったか、あるいは、この出水を見て想像したものか当時の生活の光景が見えるような詩である。)
一夜水高二尺強,數日不可更禁當。
一夜にして水嵩が二尺以上も上がっている。この様子ではこれから数日の間川での作業は何にもできないだろう
南市津頭有船賣,無錢即買系籬旁。

成都城の南の市場にある船着き場のほとりに商品を並べて売っている船がある。この大水で動けないからであろう、稼ぎがないようだ。というのもたくさんのぶら下げた籠だけが寄り添っておかれている。もう売るものがないのだ。


其の一 
二月の六夜 春水生じ,門前の小灘【しょうたん】渾て平ならんと欲す。
鸕鸂【ろじ】鸂鶒【けいせき】漫【みだり】に喜ぶこと莫れ。吾と汝と曹【むれ】となしは俱に眼明せん。

其二 
一夜にして水高くは二尺強,數日にして更に禁當する可からず。
南市 津の頭り 船賣有り,無錢 即ち系籬の旁に買う。


nat0005


『春水生 二絕』 現代語訳と訳註
(本文) 其二 
一夜水高二尺強,數日不可更禁當。
南市津頭有船賣,無錢即買系籬旁。


(下し文)
其二 
一夜にして水高くは二尺強,數日にして更に禁當する可からず。
南市 津の頭り 船賣有り,無錢 即ち系籬の旁に買う。


(現代語訳)
(其二は成都の市場に行ったか、あるいは、この出水を見て想像したものか当時の生活の光景が見えるような詩である。)
一夜にして水嵩が二尺以上も上がっている。この様子ではこれから数日の間川での作業は何にもできないだろう
成都城の南の市場にある船着き場のほとりに商品を並べて売っている船がある。この大水で動けないからであろう、稼ぎがないようだ。というのもたくさんのぶら下げた籠だけが寄り添っておかれている。もう売るものがないのだ。

水檻遣心二首00
(訳注)
其二
 
杜甫の家の南西に家の門がある川沿いの道があり、濯錦江=浣花渓の流れがすぐにある。そこには医師のベンチがある。杜甫はそこに座って川面を眺めているのである。心がゆったりする詩である。其二は成都の市場に行ったか、あるいは、この出水を見て想像したものか当時の生活の光景が見えるような詩である。


一夜水高二尺強,數日不可更禁當
一夜にして水嵩が二尺以上も上がっている。この様子ではこれから数日の間川での作業は何にもできないだろう。
・不可更禁當 きょうも何もできなかったそれがさらにどんな作業にも携われないという意味。


南市津頭有船賣,無錢即買系籬旁。
成都城の南の市場にある船着き場のほとりに商品を並べて売っている船がある。この大水で動けないからであろう、稼ぎがないようだ。というのもたくさんのぶら下げた籠だけが寄り添っておかれている。もう売るものがないのだ。
南市 成都の南の船着き場は「万里橋」である。ここは三国時代、劉備がここから、呉の孫権征伐に出発したところだ。
杜甫草堂詳細図02

春水生 二絶其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 9)  杜甫 <414>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2015 杜甫詩1000-414-597/1500

春水生 二絶其一

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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。


李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 




春水生 二絶其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 9)  杜甫 <414>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2015 杜甫詩1000-414-597/1500

詩 題:春水生 二絶其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 9)

作時761年3月杜甫50歳
掲 載; 杜甫1000首の414首目-#4 – 9
杜甫ブログ1500回予定の-597回目    
余ほど暇で、日がな一日、川の流れを見ているのだろう。春の出水のことをのべた詩である。


春水生 二絶其一 
二月六夜春水生,門前小灘渾欲平。
鸕鸂鸂鶒莫漫喜。吾與汝曹俱眼明。

二月になって六夜も続いて春の雪解け水が生じ、水嵩をあげている。我家の前の水嵩も上がって中州が小さくなっていて全部が水で覆われて川の流れになろうとしている。
鵜飼の鵜鳥や兄弟鳥のおしどりたち、お前たちだけが勝手に喜ぶものではない。私もお前たちとともに春を迎えた仲間ではないか、共にその目を明るい方に向けて以降ではないか。

其二 
一夜水高二尺強,數日不可更禁當。
南市津頭有船賣,無錢即買系籬旁。


其の一 
二月の六夜 春水生じ,門前の小灘【しょうたん】渾て平ならんと欲す。
鸕鸂【ろじ】鸂鶒【けいせき】漫【みだり】に喜ぶこと莫れ。吾と汝と曹【むれ】となしは俱に眼明せん。

其二 
一夜にして水高くは二尺強,數日にして更に禁當する可からず。
南市 津の頭り 船賣有り,無錢 即ち系籬の旁に買う。



ゆりかもめ000










『春水生 二絕』 現代語訳と訳註
(本文)
其一 
二月六夜春水生,門前小灘渾欲平。
鸕鸂鸂鶒莫漫喜。吾與汝曹俱眼明。


(下し文) 其の一 
二月の六夜 春水生じ,門前の小灘【しょうたん】渾て平ならんと欲す。
鸕鸂【ろじ】鸂鶒【けいせき】漫【みだり】に喜ぶこと莫れ。吾と汝と曹【むれ】となしは俱に眼明せん。


(現代語訳)
二月になって六夜も続いて春の雪解け水が生じ、水嵩をあげている。我家の前の水嵩も上がって中州が小さくなっていて全部が水で覆われて川の流れになろうとしている。
鵜飼の鵜鳥や兄弟鳥のおしどりたち、お前たちだけが勝手に喜ぶものではない。私もお前たちとともに春を迎えた仲間ではないか、共にその目を明るい方に向けて以降ではないか。

ogawa09
(訳注)其一 
杜甫の家の南西に家の門がある川沿いの道があり、濯錦江=浣花渓の流れがすぐにある。そこには医師のベンチがある。杜甫はそこに座って川面を眺めているのである。心がゆったりする詩である。


二月六夜春水生,門前小灘渾欲平。
二月になって六夜も続いて春の雪解け水が生じ、水嵩をあげている。我家の前の水嵩も上がって中州が小さくなっていて全部が水で覆われて川の流れになろうとしている。
・春水生 冬の間に力をため込んでいたものを春になって万物が、育ち成長する。山に溜めこんだ冬の力が流れ出ることで、希望に向かう意味で杜甫はよく使う。同じ時期に『遣意二首 其一』「囀枝黃鳥近,泛渚白鷗輕。一徑野花落,孤村春水生。衰年催釀黍,細雨更移橙。漸喜交遊絕,幽居不用名。」(其の一 枝に囀【さえず】りて 黄鳥【こうちょう】近く、渚に泛かびて 白鴎【はくおう】軽し。一徑【いっけい】野花【やか】落ち、孤村【こそん】春水【しゅんすい】生ず。衰年【すいねん】黍【しょ】を醸【かも】すを催【うなが】す、 細雨【さいう】更に橙【とう】を移す。漸【ようや】く喜ぶ 交遊【こうゆう】の絶ゆるを、 幽居 名を用いず。)
遣意二首其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 4)  杜甫 <409> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1990 杜甫詩1000-409-592/1500
『客至』   杜甫
舍南舍北皆春水、但見群鷗日日來。
客至 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 3)  杜甫 <408> 七言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1985 杜甫詩1000-408-591/1500
・小灘 流れが速く孤立した中州。
・渾欲平 渾欲:すべて、まとめて~する。平
杜甫『春望』「渾欲不勝簪」

春望  杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 155


鸕鸂鸂鶒莫漫喜。吾與汝曹俱眼明。
鵜飼の鵜鳥や兄弟鳥のおしどりたち、お前たちだけが勝手に喜ぶものではない。私もお前たちとともに春を迎えた仲間ではないか、共にその目を明るい方に向けて以降ではないか。
・鸕鸂 う。鵜飼のこと。鴨ににて黒くのどが白い。水をくぐって魚をとらえるのが巧みである。魚玄機『江行 二首 其二』「煙花已入鸕鶿港,畫舸猶沿鸚鵡洲。醉臥醒吟都不覺,今朝驚在漢江頭。」
・鸂鶒 【けいせき】おしどり。兄弟の喩えにされる鳥。杜甫はよく使う。鸂鶒【けいせき】紫おしどり。謝霊運『鸂鶒賦』「覧水禽之萬族、信莫麗干鸂鶒。」(水禽之萬族を覧るに、信に干鸂鶒麗しきは莫し。)
『卜居』
浣花溪水水西頭,主人為卜林塘幽。
已知出郭少塵事,更有澄江銷客愁。
無數蜻蜓齊上下,一雙鸂鶒對沈浮。
東行萬裡堪乘興,須向山陰上小舟。
浣花渓水 水の西頭、主人為に卜【ぼく】す林塘【りんとう】の幽なるを。
已に知る 郭を出でて塵事【じんじ】の少【まれ】なるを、更に澄江【ちょうこう】の客愁を銷【しょう】する有り。
無数の蜻蜓【せいてい】 斉【ひと】しく上下し、一双の鸂鶒【けいせき】 対して沈浮【ちんぷ】す。
東行万里  興に乗ずるに堪えたり、須【すべから】く山陰に向かって小舟に入るべし。

成都(1)浣花渓の草堂(2) 卜居 杜甫 <355  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1727 杜甫詩 700- 531

曲江陪鄭八丈南史飲
雀啄江頭黃柳花,鳼鶄鸂鶒滿晴沙
自知白發非春事,且盡芳尊戀物華。
近侍即今難浪跡,此身那得更無家?
丈人才力猶強健,豈傍青門學種瓜?

曲江陪鄭八丈南史 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 248

haqro04

春夜喜雨 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 8)  杜甫 <413>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2010 杜甫詩1000-413-596/1500

春夜喜雨 杜甫 成都(4部)

2013年3月3日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩鬥鷄 曹植 魏詩<51-#1>楽府 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2008
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原性 韓愈(韓退之) <116-7>Ⅱ中唐詩605 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2009
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集春夜喜雨 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 8)  杜甫 <413>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2010 杜甫詩1000-413-596/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集九日従宋公戯馬台集送孔令詩 謝霊運<2> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2011 (03/03)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性江行 二首 其二 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-93-29-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2012
 
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詩人杜甫5x5

春夜喜雨 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 8)  杜甫 <413>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2010 杜甫詩1000-413-596/1500


詩 題:春夜喜雨 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 8) 
作時761年3月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の413首目-#4 – 8
杜甫ブログ1500回予定の-596回目  
春夜喜雨(春夜雨を喜ぶ)
春の夜、雨のふったことをよろこんで作る。上元元年春の作であろう。
上元2年 761年 50歳


春夜喜雨
(春の夜に、ほどよい時期に降る雨を喜ぶ。)
好雨知時節,當春乃發生。
よい雨はふるべき時節をよく心得ている。春になったかと思うとさっそくふりだし、これで万物が育成し始めるのである。
隨風潛入夜,潤物細無聲。
雨は風につれられて音をもたてずに夜までふりつづいてくれる、さまざまの物を潤わせてくれて、こまかな春雨は音もしない。
野徑雲倶黑,江船火獨明。
雨の色は野の小道に雲がたちこめるのをともない黒ずんでみえる。錦江か岷江にういている船のあたりは、その焚き火か、漁火だけがあかるくみえる。
曉看紅濕處,花重錦官城。
暁に夜が明けてみてみると.紅の色のあめにぬれているあたりであったのだ、たまった雨で花は首を垂れている、錦官城には花が咲き乱れているだろう。 

春夜 雨を喜ぶ      
好雨  時節を知り,春に當たりて 乃ち發生す。
風に隨ひて潛かに夜に入り,物を潤して細にして聲なし。
野徑 雲 倶【とも】に黑く,江船 火 獨り明らかなり。
曉に紅の濕う處を看れば,花は重おもからん錦官城。

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『 春夜喜雨』 現代語訳と訳註
(本文)

好雨知時節,當春乃發生。
隨風潛入夜,潤物細無聲。
野徑雲倶黑,江船火獨明。
曉看紅濕處,花重錦官城。


(下し文)
春夜 雨を喜ぶ      
好雨  時節を知り,春に當たりて 乃ち發生す。
風に隨ひて潛かに夜に入り,物を潤して細にして聲なし。
野徑 雲 倶【とも】に黑く,江船 火 獨り明らかなり。
曉に紅の濕う處を看れば,花は重おもからん錦官城。


(現代語訳)
(春の夜に、ほどよい時期に降る雨を喜ぶ。)
よい雨はふるべき時節をよく心得ている。春になったかと思うとさっそくふりだし、これで万物が育成し始めるのである。
雨は風につれられて音をもたてずに夜までふりつづいてくれる、さまざまの物を潤わせてくれて、こまかな春雨は音もしない。
雨の色は野の小道に雲がたちこめるのをともない黒ずんでみえる。錦江か岷江にういている船のあたりは、その焚き火か、漁火だけがあかるくみえる。
暁に夜が明けてみてみると.紅の色のあめにぬれているあたりであったのだ、たまった雨で花は首を垂れている、錦官城には花が咲き乱れているだろう。


(訳注)
春夜喜雨

(春の夜に、ほどよい時期に降る雨を喜ぶ。)
 ・喜雨 ほどよいときに降る雨。

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成都(2)浣花渓の草堂(2 -2) 梅雨 杜甫 <365  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1767 杜甫詩 700- 541


好雨知時節,當春乃發生。
よい雨はふるべき時節をよく心得ている。春になったかと思うとさっそくふりだし、これで万物が育成し始めるのである。
○知時節 春になったことを知って降る。・時節:季節の寒暖などの状態やそれに応じたきまり。移り変わってゆく天候や風景などによって感じられるその折々の季節。時候。時期。また、時に応じて節度があること。また我が国では「時世」の意にも使う。なお、時節を「時」と「節」に分ければ「四時」(しいじ)と「(二十四)節気」だが、ここでは、作者は単に前者・第一の意の「時候、時期」の意で使う。
○當春 春になる。春の時期にちょうどあたる。別段、こういう単語はない。 ・發生 春に万物が生じること。


隨風潛入夜,潤物細無聲。
雨は風につれられて音をもたてずに夜までふりつづいてくれる、さまざまの物を潤わせてくれて、こまかな春雨は音もしない。
○隨風 風まかせ。・ 音をたてぬこと。・入夜 夜になる。夜のとばりがおりる。


野徑雲倶黑,江船火獨明。
雨の色は野の小道に雲がたちこめるのをともない黒ずんでみえる。錦江にういている船のあたりは、その焚き火か、漁火だけがあかるくみえる。
○野徑 原の小道。同時期の作品に 杜甫『漫成二首其一』「野日荒荒白,春流泯泯清。渚蒲隨地有,村徑逐門成。只作披衣慣,常從漉酒生。眼邊無俗物。多病也身輕。」
○倶 ともに。いずれも。
○雲供黒 雲は黒く雨もまたくろい。闇の夜をいい、下の句の「火」が強調される。
〇江船 長江を上下する船。ここでの江とは長江上流の錦江。
○火 船夫のたく火。漁火。


曉看紅濕處,花重錦官城。
暁に夜が明けてみてみると.紅の色のあめにぬれているあたりであったのだ、たまった雨で花は首を垂れている、錦官城には花が咲き乱れているだろう。
○紅 花のくれない。
○重 雨にぬれるゆえにおもそうにみえる。ここでは咲き乱れていることの表現と解釈している。
○錦官城 成都の城をいう。


この詩は、杜甫がどこで作詩したのか、それによって「江」が、錦江なのか、万里橋の向こうの岷江なのか、成都のどこかに泊まったのか、自宅草堂なのか、花は自宅の花化、成都城の花なのか、という問題であるが、結論としてこの詩は、自宅草堂である。随って自宅近くの花が雨に濡れて頭を下げていることで、成都の街はいま、この恵みの雨によって花が咲き乱れているだろう。この詩の最初からすべての要件が子の最終句の錦官城にかかっている、希望溢れる詩なのである。ただ、五言律詩(【首聯】【頷聯】【頸聯】【尾聯】で構成。)中の【頷聯】【頸聯】において、「風潛入夜」「無聲」「雲倶黑」の語だけ見ると安史軍の不安定な国の様相をおもわせるが闇夜に「火明」となり、錦官城の花がいっぱい出るということで詩を締める。

水檻遣心二首00

 

 

 

漫成二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 7)  杜甫 <412> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2005 杜甫詩1000-412-595/1500

漫成二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 7) 


2013年3月2日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩箜篌引 曹植 魏詩<50-#3>古詩源 巻五 女性詩691 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2003
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原性 韓愈(韓退之) <116-6>Ⅱ中唐詩602 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1994
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集漫成二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 7)  杜甫 <412> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2005 杜甫詩1000-412-595/1500
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性江行 二首 其一 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-92-28-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2007
 
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
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女性詩人
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孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首  
 
 




漫成二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 7)  杜甫 <412> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2005 杜甫詩1000-412-595/1500


詩 題:漫成二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 7) 
作時761年2月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の412首目-#4 – 7
杜甫ブログ1500回予定の-595回目    


漫 成二首(漫成 二首)
そぞろにふとできあがった詩である。上元二年春成都浣花渓の草堂に居ったときの作。
漫成二首 其一 
野日荒荒白,春流泯泯清。
此処の生活は毎日を何事も忘れて過ごして真っ白な状態である。いま雪解けの川の流れは豊かで多く清らかに流れている。
渚蒲隨地有,村徑逐門成。
浣花渓の傍に立つ草ぶきの我が家は川の流れによる地形に合わせて立つ。村への小道は門に続いて出来上がっている。
只作披衣慣,常從漉酒生。
毎日こうして詩文を作り、制服を着ない生活も慣れてきたのだ、そうして、毎日、陶淵明が出来上がった酒を頭巾で漉して呑んだ故事に従って私も酒を呑んでいる。
眼邊無俗物。多病也身輕。

隠遁生活も続いてきて、この草堂、浣花渓の周りには俗世間のものがなくなってきた。ただ、今問題なのは、持病が出ていて、食欲もなく体が細く軽くなってきたことだけだ。


漫成二首 其二 
江皋已仲春,花下複清晨。
濯錦江を蛇行させる陸の平地にのうえにも仲春の息吹が既に広がっている、花をつけた果樹のしたに朝日がすがすがしくてらしている。
仰面貪看鳥,回頭錯應人。
空を仰いで熱心に空とぶ鳥をおいかける。そしたら人からものを問いかけられて振り返えるけど、的外れの答えをしてしまう。
讀書難字過,對酒滿壺頻。
書物を読みかけるとむつかしい字は飛ばして読む。酒にむかうときは壷になみなみあふれるくらいに灌ぎ、頻繁に傾けるのだ。
近識峨眉老,知予懶是真。
近ごろ、峨楯山の老隠士を知りあったのだが、その老人は、わたしの風流な無精さをとりあげ、これこそがもちまえの良さなのだということを知ってくれるのである。

漫成二首 其の一
野の日びは 荒荒として白く,春の流れは 泯泯として清し。
渚の蒲 地に隨って有り,村の徑 門に逐って成る。
只 作るは 衣を披き慣れる,常に從うは酒生ずるを漉【こ】す。
邊を眼るに俗物は無し。病多くして身輕と也。

漫成二首 其の二
江皐【こうこう】己に仲春なりて、花下 復た清晨なり。
仰面 鳥を看るを貪【むさぼ】り、回頭 錯【あやま】って人に応ず。
書を読むに難字過ごし、酒に対して満壷【まんこ】頻【しき】りなり。
近ごろ峨帽の老を識るが、余が懶は 是れ真なるを知る。


『漫成二首 其二』 現代語訳と訳註
(本文)
其二 
江皋已仲春,花下複清晨。
仰面貪看鳥,回頭錯應人。
讀書難字過,對酒滿壺頻。
近識峨眉老,知予懶是真。


(下し文)
其の二
江皐【こうこう】己に仲春なりて、花下 復た清晨なり。
仰面 鳥を看るを貪【むさぼ】り、回頭 錯【あやま】って人に応ず。
書を読むに難字過ごし、酒に対して満壷【まんこ】頻【しき】りなり。
近ごろ峨帽の老を識るが、余が懶は 是れ真なるを知る。


(現代語訳)
濯錦江を蛇行させる陸の平地にのうえにも仲春の息吹が既に広がっている、花をつけた果樹のしたに朝日がすがすがしくてらしている。
空を仰いで熱心に空とぶ鳥をおいかける。そしたら人からものを問いかけられて振り返えるけど、的外れの答えをしてしまう。
書物を読みかけるとむつかしい字は飛ばして読む。酒にむかうときは壷になみなみあふれるくらいに灌ぎ、頻繁に傾けるのだ。
近ごろ、峨楯山の老隠士を知りあったのだが、その老人は、わたしの風流な無精さをとりあげ、これこそがもちまえの良さなのだということを知ってくれるのである。


(訳注)
漫成 二首 其二  
そぞろにふとできあがった詩である。上元二年春成都浣花渓の草堂に居ったときの作。
自分の近況を何気ない生活を誰かに知らせるために作る。

浣花峡556

江皋已仲春,花下複清晨。
濯錦江を蛇行させる陸の平地にのうえにも仲春の息吹が既に広がっている、花をつけた果樹のしたに朝日がすがすがしくてらしている。
○江皐 草堂の前を流れる濯錦江は蛇行している。その陸地のあたりをいう。水辺の平らな地。〈類義語〉沢。 {名}きし。沼・さわのきし辺。「平皐ヘイコウ」 {動・感} ああ。声をゆるやかに長く引いて魂を呼ぶ。また、そのときの声。
○仲春 二月。三春:早春・仲春・晩春、に一月、二月、三月
〇清晨 はれたあさげ。



仰面貪看鳥,回頭錯應人。
空を仰いで熱心に空とぶ鳥をおいかける。そしたら人からものを問いかけられて振り返えるけど、的外れの答えをしてしまう。
○仰面 空を仰いで、うえをむく。
○貪 熱中することで、うわのそら。
○回頭 ふりむく。
○錯 まちがう。的外れの答。
○応 返答する、挨拶する。


讀書難字過,對酒滿壺頻。
書物を読みかけるとむつかしい字は飛ばして読む。酒にむかうときは壷になみなみあふれるくらいに灌ぎ、頻繁に傾けるのだ。
○難字過 難解の字にあえばそれをやりすごす、あまりに詮索せぬこと、異説は嘗取らぬ。
○頻 傾けることのしきりなことをいう。


近識峨眉老,知予懶是真。
近ごろ、峨楯山の老隠士を知りあったのだが、その老人は、わたしの風流な無精さをとりあげ、これこそがもちまえの良さなのだということを知ってくれるのである。
○近識 近来出会い面識する。
○蛾眉老 原注に「東山ノ隠者ナリ」とある、峨眉山に隠れている老人。峨眉山には道教の本部があり、ここには相当の隠者がいる。
○知 老人が知ること。
○懶是真 ぶしょうがもちまえ。古来、隠遁者の基本。



ogawa010




漫成二首 其一 
野日荒荒白,春流泯泯清。
渚蒲隨地有,村徑逐門成。
只作披衣慣,常從漉酒生。
眼邊無俗物。多病也身輕。

此処の生活は毎日を何事も忘れて過ごす。
真っ白な毎日である。
いま雪解けの川の流れは豊かで多く清らかに流れている。


浣花渓の傍に立つ草ぶきの我が家は川の流れによる地形に合わせて立つ。
村への小道は門に続いている。


毎日こうして詩文を作っている。
制服を着ない生活も慣れてきたのだ。

そうして、毎日、陶淵明がしたように、
出来上がった酒を頭巾で漉して酒を呑んでいる。


隠遁生活も続いてなれてきて、
この草堂、浣花渓の周りには俗世間のものがなくなってきた。
ただ、今問題なのは、持病が出ていて、食欲もなく体が細く軽くなってきたことだけだ。


寒梅002













漫成二首 其二 
江皋已仲春,花下複清晨。
仰面貪看鳥,回頭錯應人。
讀書難字過,對酒滿壺頻。
近識峨眉老,知予懶是真。

濯錦江を蛇行させる陸の平地にのうえにも仲春の息吹が既に広がっている、
花をつけた果樹のしたに朝日がすがすがしくてらしている。


空を仰いで熱心に空とぶ鳥をおいかける。
そしたら人からものを問いかけられて振り返えるけど、的外れの答えをしてしまう。


書物を読みかけるとむつかしい字は飛ばして読む。
酒にむかうときは壷になみなみあふれるくらいに灌ぎ、頻繁に傾ける。


近ごろ、峨楯山の老隠士を知りあった。
その老人は、わたしの風流な無精さをとりあげる。
これこそがもちまえの良さなのだということを知ってくれるのである。


漫成二首其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 6)  杜甫 <411> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2000 杜甫詩1000-411-594/1500

漫成二首


2013年3月1日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩箜篌引 曹植 魏詩<50-#2>古詩源 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1998
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原性 韓愈(韓退之) <116-5>Ⅱ中唐詩603 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1999
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集漫成二首其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 6)  杜甫 <411> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2000 杜甫詩1000-411-594/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集萬山潭作 孟浩然 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2001 (03/01)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性秋怨 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-91-27-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2002
 
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古詩十九首 (1) 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67676781.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首  
 
 



漫成二首其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 6)  杜甫 <411> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2000 杜甫詩1000-411-594/1500

詩 題:漫成二首其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 6)
作時761年2月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の411首目-#4 – 6
杜甫ブログ1500回予定の-594回目  


漫 成二首(漫成 二首)
そぞろにふとできあがった詩である。上元二年春成都浣花渓の草堂に居ったときの作。

漫成 二首其一 
野日荒荒白,春流泯泯清。
此処の生活は毎日が何事も忘れて過ごし真っ白な状態である。いま雪解けの川の流れは豊かで多く清らかに流れている。
渚蒲隨地有,村徑逐門成。
浣花渓の傍に立つ草ぶきの我が家は川の流れによる地形に合わせて立つ。村への小道は門に続いて出来上がっている。
只作披衣慣,常從漉酒生。
毎日こうして詩文を作り、制服を着ない生活も慣れてきたのだ、そうして、毎日、陶淵明が出来上がった酒を頭巾で漉して呑んだ故事に従って私も酒を呑んでいる。
眼邊無俗物。多病也身輕。

隠遁生活も続いてきて、この草堂、浣花渓の周りには俗世間のものがなくなってきた。ただ、今問題なのは、持病が出ていて、食欲もなく体が細く軽くなってきたことだけだ。
其の二 
江皋已仲春,花下複清晨。
仰面貪看鳥,回頭錯應人。
讀書難字過,對酒滿壺頻。
近識峨眉老,知予懶是真。

其の一
野の日びは 荒荒として白く,春の流れは 泯泯として清し。
渚の蒲 地に隨って有り,村の徑 門に逐って成る。
只 作るは 衣を披き慣れる,常に從うは酒生ずるを漉【こ】す。
邊を眼るに俗物は無し。病多くして身輕と也。
其の二
江皐【こうこう】己に仲春なりて、花下 復た清晨なり。
仰面 鳥を看るを貪【むさぼ】り、回頭 錯【あやま】って人に応ず。
書を読むに難字過ごし、酒に対して満壷【まんこ】頻【しき】りなり。
近ごろ峨帽の老を識るが、余が懶は 是れ真なるを知る。


草堂002
















『漫成 二首』 現代語訳と訳註
(本文) 其一
 
野日荒荒白,春流泯泯清。
渚蒲隨地有,村徑逐門成。
只作披衣慣,常從漉酒生。
眼邊無俗物。多病也身輕。


(下し文) 其の一
野の日びは 荒荒として白く,春の流れは 泯泯として清し。
渚の蒲 地に隨って有り,村の徑 門に逐って成る。
只 作るは 衣を披き慣れる,常に從うは酒生ずるを漉【こ】す。
邊を眼るに俗物は無し。病多くして身輕と也。


(現代語訳)
此処の生活は毎日が何事も忘れて過ごし真っ白な状態である。いま雪解けの川の流れは豊かで多く清らかに流れている。
浣花渓の傍に立つ草ぶきの我が家は川の流れによる地形に合わせて立つ。村への小道は門に続いて出来上がっている。
毎日こうして詩文を作り、制服を着ない生活も慣れてきたのだ、そうして、毎日、陶淵明が出来上がった酒を頭巾で漉して呑んだ故事に従って私も酒を呑んでいる。
隠遁生活も続いてきて、この草堂、浣花渓の周りには俗世間のものがなくなってきた。ただ、今問題なのは、持病が出ていて、食欲もなく体が細く軽くなってきたことだけだ。


(訳注)
漫成 二首 其一
 
そぞろにふとできあがった詩である。上元二年春成都浣花渓の草堂に居ったときの作。
自分の近況を何気ない生活を誰かに知らせるために作る。


野日荒荒白,春流泯泯清。
此処の生活は毎日が何事も忘れて過ごし真っ白な状態である。いま雪解けの川の流れは豊かで多く清らかに流れている。
・荒荒 気の抜けた状態、何事も忘れるさま。遠いところまでぼんやりしているさま。
・泯泯 愚かで道理にうといこと。滅びるさま。豊かで多いさま。水の清らかに流れるさま。


渚蒲隨地有,村徑逐門成。
浣花渓の傍に立つ草ぶきの我が家は川の流れによる地形に合わせて立つ。村への小道は門に続いて出来上がっている。
・渚蒲 渚の湿地帯に生える蒲。蒲は草ぶきの家を云う。ここでは濯錦江、浣花渓の傍に立つ草ぶきの我が家というところであろう。*家は南北に向くが、川形に門を作ったので真南になっていないことを云う。


只作披衣慣,常從漉酒生。
毎日こうして詩文を作り、制服を着ない生活も慣れてきたのだ、そうして、毎日、陶淵明が出来上がった酒を頭巾で漉して呑んだ故事に従って私も酒を呑んでいる。
・漉酒 東晋の陶淵明は酒をこよなく愛して醸した酒を頭巾で漉して呑んだという故事に基づく。


眼邊無俗物。多病也身輕。
隠遁生活も続いてきて、この草堂、浣花渓の周りには俗世間のものがなくなってきた。ただ、今問題なのは、持病が出ていて、食欲もなく体が細く軽くなってきたことだけだ。
平巾幘(さく)服

遣意二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 5)  杜甫 <410> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1995 杜甫詩1000-410-593/1500

遣意二首其二 杜甫 成都(4部)

2013年2月28日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩箜篌引 曹植 魏詩<50>古詩源 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1993
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集遣意二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 5)  杜甫 <410> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1995 杜甫詩1000-410-593/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集夜歸鹿門山歌 孟浩然 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 1996 (02/28)
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性愁思 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-90-26-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1997
 
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古詩十九首 (1) 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67676781.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首   
 

遣意二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 5)  杜甫 <410> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1995 杜甫詩1000-410-593/1500

詩 題:遣意二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 5) 
作時761年1月杜甫50歳
掲 載; 杜甫1000首の410首目-#4 – 5
杜甫ブログ1500回予定の-593回目  
意を遣る。(世話になった人、家族に草堂の春夜をのべること。近況を知らせる)



遣意二首 其一
(世話になった人、家族に草堂での日常生活をのべること。近況を知らせる)
囀枝黃鳥近,泛渚白鷗輕。
春を愉しんで小枝に止まり囀っているのは黃鳥のうぐいすで近く枝にくる、渚に淀かんでいるのは白鳥のかもめであり、軽やかにすすむ。
一徑野花落,孤村春水生。
一すじの小道がつづく、自然にさいた花が咲き、そして落ちちっている、隣家が近くになくポツンとある村には春の雪解けの水がふえてきている。
衰年催釀黍,細雨更移橙。
わたしは老年なりかけ、そのうえ長旅で体力の衰えているが、せっせと黍で酒をつくっている、そして春雨の小ぬか雨に橙の木など移植時なので、更に作業をする。
漸喜交遊絕,幽居不用名。
ここにきて数か月、こんなことをして暮らしていると、友だちとの交際がなくなるのをだんだんうれしくおもうようになっている。この隠棲のわび住いに他の人から名声を得ることなどはいらなくて、一人静かに暮らしている。


遣意二首 其二 
簷影微微落,津流脈脈斜。
日がくれかかるので軒端の影がわずかにすこしずつ地上に落ちてくる。渡し場の水の流れはよく流れる一脈と一脈は斜めに流れている。
野船明細火,宿鷺聚圓沙。
遙か江に、景色に溶け込む船には小さい火があかるく燈っており、とまっている鷺は円形の沙はらに起ったままでいる。
雲掩初弦月,香傳小樹花。
せっかく上弦の月が出たのにすぐに雲におおわれはじめている。そんな暗い夜なのに香がつたわってくる。ちいさい樹に花がさいているのだ。
鄰人有美酒,稚子也能賒。
となりの人はうまい酒をもっている。こんな夜は子供に隣に行って掛買してきてもらうのだ。
(意を遣る。)
簷影【えいえい】徴徴【びび】として落ち、津流【しんりゅう】脈脈【みゃくみゃく】として斜めなり。
野船【やせん】細火【さいか】明らかに、宿鷺【しゅくろ】円沙【えんさ】に起つ。
雲は掩う初弦【しょげん】の月、香は伝わる小樹【しょうじゅ】の花。
隣人【りんじん】美酒有り、稚子【ちし】夜能く賒【おぎの】る。


ogawa010

現代語訳と訳註
(本文)
遣意二首 其二 
簷影微微落,津流脈脈斜。
野船明細火,宿鷺起圓沙。
雲掩初弦月,香傳小樹花。
鄰人有美酒,稚子也能賒。


(下し文)
簷影【えいえい】徴徴【びび】として落ち、津流【しんりゅう】脈脈【みゃくみゃく】として斜めなり。
野船【やせん】細火【さいか】明らかに、宿鷺【しゅくろ】円沙【えんさ】に起つ。
雲は掩う初弦【しょげん】の月、香は伝わる小樹【しょうじゅ】の花。
隣人【りんじん】美酒有り、稚子【ちし】夜能く賒【おぎの】る。


(現代語訳)
日がくれかかるので軒端の影がわずかにすこしずつ地上に落ちてくる。渡し場の水の流れはよく流れる一脈と一脈は斜めに流れている。
遙か江に、景色に溶け込む船には小さい火があかるく燈っており、とまっている鷺は円形の沙はらに起ったままでいる。
せっかく上弦の月が出たのにすぐに雲におおわれはじめている。そんな暗い夜なのに香がつたわってくる。ちいさい樹に花がさいているのだ。
となりの人はうまい酒をもっている。こんな夜は子供に隣に行って掛買してきてもらうのだ。

上弦の月
























(訳注) 遣意二首 其二 
簷影微微落,津流脈脈斜。

日がくれかかるので軒端の影がわずかにすこしずつ地上に落ちてくる。渡し場の水の流れはよく流れる一脈と一脈は斜めに流れている。
○微微 薄く、少しづつ、中途半端な様子。
『宣政殿退朝晚出左掖(掖門在兩旁如人之臂掖)』 杜甫
 天門日射黄金榜,春殿晴曛赤羽旗。
 宮草微微承委佩,鑪煙細細駐游絲。
 雲近蓬萊常好色,雪殘鳷鵲亦多時。
 侍臣緩步歸青瑣,退食從容出每遲。
○落 地上によこたわることをいう。
○津流 浣花の渓流をさ、淵のようなところを船着き場にする。
○脈脈 よく流れる一すじと水深の浅い斜めに流れる一すじの流れがある。


野船明細火,宿鷺起圓沙。
遙か江に、景色に溶け込む船には小さい火があかるく燈っており、とまっている鷺は円形の沙はらに起ったままでいる。
○野船 遙か江に泛ぶ景色に溶け込む船。
○細火 小火。漁火。
○起 起立していること。聚に作るもある。
〇円沙 まるい砂はら。


雲掩初弦月,香傳小樹花。
せっかく上弦の月が出たのにすぐに雲におおわれはじめている。そんな暗い夜なのに香がつたわってくる。ちいさい樹に花がさいているのだ。
○初弦 新月と満月の中間の月を上弦、陰暦で、7日頃の月を云う。弓形の月。上弦。下弦の月23日頃。


鄰人有美酒,稚子也能賒。
となりの人はうまい酒をもっている。こんな夜は子供に隣に行って掛買してきてもらうのだ。
○賒 かけで買う。


遣意二首 其二 
簷影微微落,津流脈脈斜。
野船明細火,宿鷺起圓沙。
雲掩初弦月,香傳小樹花。
鄰人有美酒,稚子也能賒。
(意を遣る 二首)
簷影【えいえい】徴徴【びび】として落ち、津流【しんりゅう】脈脈【みゃくみゃく】として斜めなり。
野船【やせん】細火【さいか】明らかに、宿鷺【しゅくろ】円沙【えんさ】に起つ。
雲は掩う初弦【しょげん】の月、香は伝わる小樹【しょうじゅ】の花。
隣人【りんじん】美酒有り、稚子【ちし】夜能く賒【おぎの】る。


遣意二首其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 4)  杜甫 <409> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1990 杜甫詩1000-409-592/1500

遣意二首其一 杜甫 成都(4部)

2013年2月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩泰山梁父行 曹植 魏詩・楽府<49>古詩源 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1988
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原性 韓愈(韓退之) <116-3>Ⅱ中唐詩601 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1989
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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遣意二首其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 4)  杜甫 <409> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1990 杜甫詩1000-409-592/1500

詩 題:遣意二首其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 4)
作時761年2月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の409首目-#4 – 4
杜甫ブログ1500回予定の-592回目  
意を遣る。(世話になった人、家族に草堂での日常生活をのべること。近況を知らせる)。杜甫は後、菱州に行ってこの浣花渓の事を懐かしんでいるが、この場所を花でいっぱいにしたいからということで「濯錦江」を「浣花渓」と名付けたのだ。
さて、この詩では春の盛り、詩に色を意識させ8~9色使っている。あなたの読解力・連想力をたしかめられます。答えはページの後半。


遣意二首 其一
(世話になった人、家族に草堂での日常生活をのべること。近況を知らせる)
囀枝黃鳥近,泛渚白鷗輕。
春を愉しんで小枝に止まり囀っているのは黃鳥のうぐいすで近く枝にくる、渚に淀かんでいるのは白鳥のかもめであり、軽やかにすすむ。
一徑野花落,孤村春水生。
一すじの小道がつづく、自然にさいた花が咲き、そして落ちちっている、隣家が近くになくポツンとある村には春の雪解けの水がふえてきている。
衰年催釀黍,細雨更移橙。
わたしは老年なりかけ、そのうえ長旅で体力の衰えているが、せっせと黍で酒をつくっている、そして春雨の小ぬか雨に橙の木など移植時なので、更に作業をする。
漸喜交遊絕,幽居不用名。

ここにきて数か月、こんなことをして暮らしていると、友だちとの交際がなくなるのをだんだんうれしくおもうようになっている。この隠棲のわび住いに他の人から名声を得ることなどはいらなくて、一人静かに暮らしている。

DCF00055

其の一
枝に囀【さえず】りて 黄鳥【こうちょう】近く、渚に泛かびて 白鴎【はくおう】軽し。
一徑【いっけい】野花【やか】落ち、孤村【こそん】春水【しゅんすい】生ず。
衰年【すいねん】黍【しょ】を醸【かも】すを催【うなが】す、 細雨【さいう】更に橙【とう】を移す。
漸【ようや】く喜ぶ 交遊【こうゆう】の絶ゆるを、 幽居 名を用いず。




現代語訳と訳註
(本文)
其一
囀枝黃鳥近,泛渚白鷗輕。
一徑野花落,孤村春水生。
衰年催釀黍,細雨更移橙。
漸喜交遊絕,幽居不用名。


(下し文) 其の一
枝に囀【さえず】りて 黄鳥【こうちょう】近く、渚に泛かびて 白鴎【はくおう】軽し。
一徑【いっけい】野花【やか】落ち、孤村【こそん】春水【しゅんすい】生ず。
衰年【すいねん】黍【しょ】を醸【かも】すを催【うなが】す、 細雨【さいう】更に橙【とう】を移す。
漸【ようや】く喜ぶ 交遊【こうゆう】の絶ゆるを、 幽居 名を用いず。


(現代語訳)
(世話になった人、家族に草堂での日常生活をのべること。近況を知らせる)
春を愉しんで小枝に止まり囀っているのは黃鳥のうぐいすで近く枝にくる、渚に淀かんでいるのは白鳥のかもめであり、軽やかにすすむ。
一すじの小道がつづく、自然にさいた花が咲き、そして落ちちっている、隣家が近くになくポツンとある村には春の雪解けの水がふえてきている。
わたしは老年なりかけ、そのうえ長旅で体力の衰えているが、せっせと黍で酒をつくっている、そして春雨の小ぬか雨に橙の木など移植時なので、更に作業をする。
ここにきて数か月、こんなことをして暮らしていると、友だちとの交際がなくなるのをだんだんうれしくおもうようになっている。この隠棲のわび住いに他の人から名声を得ることなどはいらなくて、一人静かに暮らしている。


(訳注) 遣意二首其一
(世話になった人、家族に草堂での日常生活をのべること。近況を知らせる)760年上元元年の春早々、成都の西約6kmの濯錦江(後杜甫が命名:)浣花渓のそばに空地を得て、さしあたり一畝の地をきり開いて、茅ぶきの家(草堂)を設けた。杜甫は詩を作って、多くの人々に樹木の苗を求めた。蕭実には桃の苗百本、韋続には綿竹県の竹を、何邕には三年で大木になるという榿木の苗を、韋班には松の木の苗を、石筍街果園坊の主人徐卿には、すももでも、うめでもいいからといって、果樹の苗を、そして韋班には更に犬邑県産の白い磁碗をたのんでいる。やっとこの地に落ちつけると思った作者の心のはずみが感ぜられる。問題は持病が時折り出ることと、国の東と、北には安史軍の支配下となっていて、義母と異母兄弟の消息が分からないことである。
 草堂は一年前の暮春にはもういちおう出来上がった。それは成都の城郭を背に約6km西に進んだところにある。近くには錦江にかかる万里橋(三国時代、蜀皇帝劉備がここから呉征伐の戦争に出かけた。この橋の近所に諸葛亮を祭る廟がある)の西、浣花渓のほとりにあった。ここからはとおく西北に当たって、雪をいただく西嶺も眺められた。


囀枝黃鳥近,泛渚白鷗輕。
春を愉しんで小枝に止まり囀っているのは黃鳥のうぐいすで近く枝にくる、渚に淀かんでいるのは白鳥のかもめであり、軽やかにすすむ。
○黃鳥 うぐいす。杜甫『曲江對酒』
苑外江頭坐不歸,水精宮殿轉霏微。桃花細逐楊花落,黃鳥時兼白鳥飛。
縱飲久判人共棄,懶朝真與世相違。吏情更覺滄洲遠,老大悲傷未拂衣。
(曲江にて酒に對す)
苑外江頭に坐して帰らず、水精の宮殿 転【うたた】霏微【ひび】たり。桃花【とうか】細【こまや】かに梨花を逐うて落ち、黄鳥【こうちょう】時兼【とも】にして白鳥と飛ぶ。
飲を縦【ほしいまま】にし久しく判して人共に棄つ、朝するに懶【ものうし】く真に世と相違【たご】う。吏情【りじょう】更に覚ゆ滄洲【そうしゅう】の遠きを、老大【ろうだい】徒【いたずらに】に傷む未だ衣を払わざるを。
春景色に誘われ、わたしはこの芙蓉苑の外、曲江の池畔で官舎に帰らないままにすわりこんであたりをながめる、水の妖精が生まれ出て水の宮殿がその光を輝かせ、霧のように飛散する水珠も輝く。
それから桃の花は微細に落ちち、やなぎの花、柳絮の散るあとを追いかけて落ちてまた落ちる、黄色の鳥たちは時を同じにして一斉に白色の鳥たちと飛びたつ。
勝手きままにすきなだけ酒を呑んで長いあいだ自暴自棄になり人も相手をしてくれない、参朝することが億劫になってしまい、世間の人皆から見放されてしまっている、実際自分も世の人とは違背しているのである。
官吏としての今の心持は、これまでよりももっと滄洲の仙境と隔たりができた様な気がするばかりで、こんなに年を取ってからでは衣を払って仙境に向って去って行けないことを傷み悲しむだけなのである。
曲江封酒 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 246


一徑野花落,孤村春水生。
一すじの小道がつづく、自然にさいた花が咲き、そして落ちちっている、隣家が近くになくポツンとある村には春の雪解けの水がふえてきている。
客至   杜甫
舍南舍北皆春水、但見群鷗日日來。
花徑不曾緣客掃、篷門今始為君開。
盤飧市遠無兼味、樽酒家貧只舊醅。
肯與鄰翁相對飲、隔籬呼取盡餘杯。
舎南(しゃなん)舎北(しゃほく)皆 春水(しゅんすい)、但見る群鷗の日日に來るを
花径 曾(かつ)て客に縁って掃(はら)わず、篷門(ほうもん)今始めて君が為に開く
盤飧(ばんそん)市 遠くして兼味(けんみ)無く、樽酒(そんしゅ) 家貧にして只だ旧醅(きゅうばい)あるのみ
肯(あえ)て隣翁と相(あい)対して飲まんや、籬(まがき)を隔てて呼び取りて余杯(よはい)を尽さしめん


衰年催釀黍,細雨更移橙。
わたしは老年なりかけ、そのうえ長旅で体力の衰えているが、せっせと黍で酒をつくっている、そして春雨の小ぬか雨に橙の木など移植時なので、更に作業をする。
○衰年【すいねん】体力の衰える年齢。老年。衰齢。
○催 せきたてること。
○醸黍 きびを用いて酒を醸す。
○移橙 だいだいをうつしかえてうえる。


漸喜交遊絕,幽居不用名。
ここにきて数か月、こんなことをして暮らしていると、友だちとの交際がなくなるのをだんだんうれしくおもうようになっている。この隠棲のわび住いに他の人から名声を得ることなどはいらなくて、一人静かに暮らしている。
○交遊 人との交際。
○名 他人から名声を得ること、名誉。



この詩に「色」は何種類鏤められているか?



  遣意二首 其一
 桃園001
 
囀枝黃鳥近,泛渚白鷗輕。
 一徑野花落,孤村春水生。
 衰年催釀黍,細雨更移橙。
 漸喜交遊絕,幽居不用名。
  
 ヒント
  囀黃鳥近,泛渚白鷗輕。
  一徑落,孤村生。
  衰年催細雨
  漸喜交遊絕,幽居不用名。
 答え
1.囀枝:萌木色、または茶色(15)
2.黃鳥:うぐいす、うぐいす色。黄色。
3.泛渚:水に浮ぶ渚。小さい砂地の中洲。白砂。
4.白鷗:しろいかもめ。白砂の白とは違うはず。
5.野 :野原、草、春の新芽のみどり。
6.花 :色とりどりの花の色だが、杜甫は桃の木を百本以上植えているので、桃色、紅白(13)。
7.春 :五行思想で青。
8.春水:濃い緑。
9.釀 :この詩では作り立てのお酒は濁り酒、白濁。その上澄みは黄金色(14)。
10.黍 :黄色。醸造前の乾燥したもの。実は白。
11.細雨:雨は灰色。
12.橙 :だいだい色。
 評価 ・8色見つければ合格。
 ・6色以下は勉強不足
 ・15色は連想の屁理屈かもしれない。




客至 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 3)  杜甫 <408> 七言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1985 杜甫詩1000-408-591/1500

客至 杜甫 成都(4部)



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李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首 
 
 



客至 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 3)  杜甫 <408> 七言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1985 杜甫詩1000-408-591/1500

詩 題:客至 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 3) 
作時761年2月杜甫50歳
掲 載; 杜甫1000首の408首目-#4 – 3
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崔明府(県令)がたずねてくれたことを喜んで作った詩。



客至   杜甫
*〔原注〕喜雀明府相過。
舍南舍北皆春水、但見群鷗日日來。
わが家は南も北もみな春の雪解け水でみずかさがあがっている。しばらくみていると、たくさんのかもめが毎日やってくるのです。
花徑不曾緣客掃、篷門今始為君開。
花が咲きみだれ、散って小道に敷きひろがるが、お客があるからといって風流なので掃除しないのです。きょうはめずらしくよもぎのしげっている門を君のためなればこそ開くこといたします。
盤飧市遠無兼味、樽酒家貧只舊醅。
ここは市場が遠いので皿に盛る御馳走が幾種類もの用意はできないし、家が貧しいから樽の酒もてづくりのふるい濁酒があるだけです。
肯與鄰翁相對飲、隔籬呼取盡餘杯。

それでも、南隣の御爺さんも仲間にして飲むおつもりはありませんか。この垣根越しに御爺さんを呼んで残りの濁酒を飲みほさせることにしましょう。

舎南【しゃなん】舎北【しゃほく】皆 春水【しゅんすい】、但見る群鷗【ぐんおう】の日日 來るを。
花径 曾【かつ】て客に縁って掃【はら】わず、篷門【ほうもん】今始めて君が為に開く。
盤飧【ばんそん】市 遠くして兼味【けんみ】無く、樽酒【そんしゅ】 家貧にして只だ旧醅【きゅうばい】あるのみ。
肯【あえ】)て隣翁【りんおう】と相い対して飲まむや、籬【まがき】を隔てて呼び取りて余杯【よはい】を尽さしめん。

楊柳00005
『客至』 現代語訳と訳註
(本文)

客至   杜甫
*〔原注〕喜雀明府相過。
舍南舍北皆春水、但見群鷗日日來。
花徑不曾緣客掃、篷門今始為君開。
盤飧市遠無兼味、樽酒家貧只舊醅。
肯與鄰翁相對飲、隔籬呼取盡餘杯。


(下し文)
舎南【しゃなん】舎北【しゃほく】皆 春水【しゅんすい】、但見る群鷗【ぐんおう】の日日 來るを。
花径 曾【かつ】て客に縁って掃【はら】わず、篷門【ほうもん】今始めて君が為に開く。
盤飧【ばんそん】市 遠くして兼味【けんみ】無く、樽酒【そんしゅ】 家貧にして只だ旧醅【きゅうばい】あるのみ。
肯【あえ】)て隣翁【りんおう】と相い対して飲まむや、籬【まがき】を隔てて呼び取りて余杯【よはい】を尽さしめん。


(現代語訳)
わが家は南も北もみな春の雪解け水でみずかさがあがっている。しばらくみていると、たくさんのかもめが毎日やってくるのです。
花が咲きみだれ、散って小道に敷きひろがるが、お客があるからといって風流なので掃除しないのです。きょうはめずらしくよもぎのしげっている門を君のためなればこそ開くこといたします。
ここは市場が遠いので皿に盛る御馳走が幾種類もの用意はできないし、家が貧しいから樽の酒もてづくりのふるい濁酒があるだけです。
それでも、南隣の御爺さんも仲間にして飲むおつもりはありませんか。この垣根越しに御爺さんを呼んで残りの濁酒を飲みほさせることにしましょう。

浣花峡556
(訳注)
客至 
  杜甫
*〔原注〕喜雀明府相過。
雀明府県令が家の前を通られたのを喜ぶ。
雀明府某県の県令雀某をいう


舍南舍北皆春水、但見群鷗日日來。
わが家は南も北もみな春の雪解け水でみずかさがあがっている。しばらくみていると、たくさんのかもめが毎日やってくるのです。
○春水 春の雪解け水で錦江の水位が上がっているので、船の通行が容易になったのではないだろうか。
○群鷗 群鷗の飛来は一定の水嵩や渚などの条件がそろわないとない。浣花渓の水深は通常浅いので渇水期には航行が難しかった。


花徑不曾緣客掃、篷門今始為君開。
花が咲きみだれ、散って小道に敷きひろがるが、お客があるからといって風流なので掃除しないのです。きょうはめずらしくよもぎのしげている門を君のためなればこそ開くこといたします。
○花径 花のちりしくこみち。王維『田園楽』孟浩然『春暁』と同じ隠遁者の常套である。孟浩然『春暁』 と王維『田園楽』 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 1941 (02/17)
○蓬門 よもぎのしげている門。普段門を開けることはないので蓬が映えるということ。古の門は浣花渓に面している。柴門や篷門は隠者の住まいの必需品。しかし杜甫は別の詩ではこの門を「柴門」と称している。
野老
野老籬邊江岸迴,柴門不正逐江開。
漁人網集澄潭下,估客船隨返照來。
長路關心悲劍閣,片雲何意傍琴台?
王師未報收東郡,城闕秋生畫角哀。
成都(2部)浣花渓の草堂(2 -10) 野老 杜甫 <373  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1799 杜甫詩 1000- 549
南鄰
錦裡先生烏角巾,園收芋栗未全貧。
慣看賓客兒童喜,得食階除鳥雀馴。
秋水纔深四五尺,野航恰受兩三人。
白沙翠竹江村暮,相送柴門月色新。
南鄰 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -1)  <383  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1859 杜甫詩1000-383-564/1500
江漲
江漲柴門外,兒童報急流。
下牀高數尺,倚杖沒中洲。
細動迎風燕,輕搖逐浪鷗。
漁人縈小楫,容易拔船頭。
成都(2)浣花渓の草堂(2 -9) 江漲 杜甫 <372  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1795 杜甫詩 1000- 548


盤飧市遠無兼味、樽酒家貧只舊醅。
ここは市場が遠いので皿に盛る御馳走が幾種類もの用意はできないし、家が貧しいから樽の酒もてづくりのふるい濁酒があるだけです。
○盤餐大皿の食物。
○兼味いく種類ものごちそう。
○旧酷ふるくからつくりこんだにごりざけ。


肯與鄰翁相對飲、隔籬呼取盡餘杯。
それでも、南隣の御爺さんも仲間にして飲むおつもりはありませんか。この垣根越しに御爺さんを呼んで残りの濁酒を飲みほさせることにしましょう。
○呼取 翁を呼ぶことをいう、取の字は意が軽い。
客至るというが、前を通った県令が声を掛けただけであろう、後のくだりは、杜甫の妄想であろう。杜甫の南隣の過南鄰朱山人水亭 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -2)  <384  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1863 杜甫詩1000-384-565/1500の老人とも声をかける程度の付き合いなのだ。
逢いに来て遭えず、自問自答、木こり、漁夫、老人、訪問者は隠遁者の常套句・語である。


此の詩は、孟浩然『春暁』、王維の『田園楽七首』に影響されて作るものである。
孟浩然『春暁』
春眠不覺曉,處處聞啼鳥。
夜來風雨聲,花落知多少。
春の眠りは心地よいので、夜が明けるのも分からずに眠ってしまう。ふと目覚めるとあちこちから鳥のさえずりが聞こえてくる。
そういえばゆうべの雨風の音が激しく寝つきが悪かったが、今朝の庭にはどれほどの花がたくさん散って庭を飾っているたことだろう。
田園楽 其六 王維
珍しい六言の絶句
歌うのに心地良いように、二言の語で啖呵を切るようにつくっている。
桃紅復含宿雨、柳緑更帯春煙。  
花落家童未掃、鶯啼山客猶眠。  
桃の花は、夕べの雨を含んでつやつやといっそう紅色あざやか、柳は青さを増して、春のかすみにけむる。
花が庭先に散り敷かれている、召使いの少年は掃き清めたりはしない。ウグイスがしきりに鳴くのに山荘のあるじはまだまだ夢うつつの中に有る。
孟浩然『春暁』 と王維『田園楽』 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 1941 (02/17)


西郊 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 2)  杜甫 <407> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1980 杜甫詩1000-407-590/1500

西郊 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 2)  杜甫 <407> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1980 杜甫詩1000-407-590/1500

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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。李商隠詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首 
 


詩 題:西郊 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 2) 
作時761年1月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の407首目-#4 – 2
杜甫ブログ1500回予定の-590回目  
城中を出て西郊より草堂にもどって来たことをのべる。上元二年早春の作である。


西郊
時出碧雞坊,西郊向草堂。
帰りたいと思い時がきたようなので、城内西南の碧雞坊を出る。城外の西郊を経て草堂へと向かうことになる。
市橋官柳細,江路野梅香。
市橋にさしかかると柳が芽吹く前でほそぼそと垂れており、東流する錦江の路ぞいには野梅の花がにおい始めたようだ。
傍架齊書帙,看題減藥囊。
部屋に入ると売却して隙間ができた書棚に書衣をそばへ寄せて補う。薬の標題を看ながら売って減った薬の嚢を確認する。
無人覺來往,疏懶意何長。

ちょっと人目を気にして出かけたのだが往きもかえりもだれもそれに気がつかれないようだ。こんな隠棲生活は元来無精なのんびりした気持ちにどんなにか良いことであろうか。
(西 郊)
時に碧雞坊を出で、西郊より草堂に向かう。
市橋には官柳細くあり、江路には野梅香しくある。
架に傍いて書帙を斉【ととの】え、題を看て薬嚢を検す。
人の来往するを覚【さと】るもの無く、疎憬にして意は何ぞ長きか。

浣花峡556

『西郊』 現代語訳と訳註
(本文)
時出碧雞坊,西郊向草堂。
市橋官柳細,江路野梅香。
傍架齊書帙,看題減藥囊。
無人覺來往,疏懶意何長。


(下し文)
(西 郊)
時に碧雞坊を出で、西郊より草堂に向かう。
市橋には官柳細くあり、江路には野梅香しくある。
架に傍いて書帙を斉【ととの】え、題を看て薬嚢を検す。
人の来往するを覚【さと】るもの無く、疎憬にして意は何ぞ長きか。


(現代語訳)
(西 郊)
帰りたいと思い時がきたようなので、城内西南の碧雞坊を出る。城外の西郊を経て草堂へと向かうことになる。
市橋にさしかかると柳が芽吹く前でほそぼそと垂れており、東流する錦江の路ぞいには野梅の花がにおい始めたようだ。
部屋に入ると売却して隙間ができた書棚に書衣をそばへ寄せて補う。薬の標題を看ながら売って減った薬の嚢を確認する。
ちょっと人目を気にして出かけたのだが往きもかえりもだれもそれに気がつかれないようだ。こんな隠棲生活は元来無精なのんびりした気持ちにどんなにか良いことであろうか。


(訳注)
西郊
○西郊
 成都城西南の城外付近。


時出碧雞坊,西郊向草堂。
帰りたいと思い時がきたようなので、城内西南の碧雞坊を出る。城外の西郊を経て草堂へと向かうことになる。
○碧難坊 成都城の西南の坊の名。『梁益記』「成都之坊,百有二十,第四曰碧雞坊。」


市橋官柳細,江路野梅香。
市橋にさしかかると柳が芽吹く前でほそぼそと垂れており、東流する錦江の路ぞいには野梅の花がにおい始めたようだ。
〇市橋 城の西南四里にあるという。参考図作成 参照。
○官柳細 市橋のながれにに沿って植えられている官でうえた柳が目吹く前で条だけの様子を云う。。
○江路 東流する錦江の路ぞい。
○野梅 錦江の川沿いに誰が植えたかわからないが梅が咲き始めた。

桃園001


傍架齊書帙,看題減藥囊。
部屋に入ると売却して隙間ができた書棚に書衣をそばへ寄せて補う。薬の標題を看ながら売って減った薬の嚢を確認する。
○架 本だな。
○帙 書衣、墨汁で染めた衣をいう。長安では質屋に通って酒を飲んだ。曲江
曲江二首 其一 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 244
曲江二首 其二 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 245
曲江封酒 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 246
曲江封雨 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 247
曲江陪鄭八丈南史 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 248
○題 薬の整理した棚に書いている標題。
○減 薬の減ったのをしらべる。


無人覺來往,疏懶意何長。
ちょっと人目を気にして出かけたのだが往きもかえりもだれもそれに気がつかれないようだ。こんな隠棲生活は元来無精なのんびりした気持ちにどんなにか良いことであろうか。
○無人覚来往 「人が杜甫の来往を知らぬ」(書籍と薬売却)をいう。往とは草堂より城中へでかけたことをいい、來とは城中より草堂へもどって来ることをいう、此の詩は人目を気にして本と薬を売りに行くその帰り以降をのべながら、その動と静を対させた隠棲生活を悦にいっているのである


奉酬李都督表丈早春作 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 1)  杜甫 <406> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1975 杜甫詩1000-406-589/1500


奉酬李都督表丈早春作 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 1)  杜甫 <406> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1975 杜甫詩1000-406-589/1500


2013年2月24日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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女性詩人
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孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首 
 



詩 題:奉酬李都督表丈早春作 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(4 - 1) 
作時761年1月杜甫50歳 掲 載;
杜甫1000首の406首目-#4 – 1
杜甫ブログ1500回予定の-589回目  



奉酬李都督表丈早春作
(李表丈都督に酬いるのに「早春作」詩をお贈り申し上げます。)
力疾坐清曉,來詩悲早春。
持病でこの日は起き上がれず座ったままで清々しい夜明けを迎える。詩を衝くために行きたいけれどこの早春は悲しいものだ。
轉添愁伴客,更覺老隨人。
ますます介添えがいるようになってきて来客もみんなが心配をしてくれる。その上年を取ってきて付添い人の必要性さえ覚えるようである。
紅入桃花嫩,青歸柳葉新。
赤い花が目に入ってくるのは桃の若々しい花びらである。青いものが帰っていくのは柳の葉が新しく芽吹いてきているのである。
望鄉應未已,四海尚風塵。
故郷を望むことはまさにいまだに実現するに至ってはいない。というのも国中東西南北どこへ行ってもいまだに戰の砂塵がおさまっていないからなのだ。

(李都督表丈に酬い早春の作を奉つる)
力疾して清曉に坐し,來詩して早春に悲しむ。
轉【うた】た添うは 伴客を愁い,更に覺ゆ 老隨人。
紅入りて 桃花の嫩,青歸して 柳葉 新たなり。
望鄉 應に未だ已まず,四海 尚お風塵なり。


寒梅002


『奉酬李都督表丈早春作』 現代語訳と訳註
(本文)

奉酬李都督表丈早春作
力疾坐清曉,來詩悲早春。
轉添愁伴客,更覺老隨人。
紅入桃花嫩,青歸柳葉新。
望鄉應未已,四海尚風塵。


(下し文)
(李都督表丈に酬い早春の作を奉つる)
力疾して清曉に坐し,來詩して早春に悲しむ。
轉【うた】た添うは 伴客を愁い,更に覺ゆ 老隨人。
紅入りて 桃花の嫩,青歸して 柳葉 新たなり。
望鄉 應に未だ已まず,四海 尚お風塵なり。


(現代語訳)
(李表丈都督に酬いるのに「早春作」詩をお贈り申し上げます。)
持病でこの日は起き上がれず座ったままで清々しい夜明けを迎える。詩を衝くために行きたいけれどこの早春は悲しいものだ。
ますます介添えがいるようになってきて来客もみんなが心配をしてくれる。その上年を取ってきて付添い人の必要性さえ覚えるようである。
赤い花が目に入ってくるのは桃の若々しい花びらである。青いものが帰っていくのは柳の葉が新しく芽吹いてきているのである。
故郷を望むことはまさにいまだに実現するに至ってはいない。というのも国中東西南北どこへ行ってもいまだに戰の砂塵がおさまっていないからなのだ。

美女画557

(訳注)
奉酬李都督表丈早春作

李表丈都督に酬いるのに「早春作」詩をお贈り申し上げます。
・李表丈 錦城の李都督から新春の詩を要望されてそれに応えて作って贈った詩である。761年上元2年新春の作。
・都督(ととく)とは中国の官職または称号。三国時代に現れ、軍政を統轄した。本来、監督、統轄の意味で、軍司令官のことをいった。三国時代に諸州の軍権が民政から独立していき、都督が諸州諸軍事の長官とされた。多くは州の長官である刺史を兼ね、都督府を置いて府官を任じた。その後、六朝時代を通じて都督の官名が使われた。唐代には節度使が置かれたため、その権限は縮小した。


力疾坐清曉,來詩悲早春。
持病でこの日は起き上がれず座ったままで清々しい夜明けを迎える。詩を衝くために行きたいけれどこの早春は悲しいものだ。
・力疾 体に力を入れることが出来ない持病。【神経痛・リュウマチ】


轉添愁伴客,更覺老隨人。
ますます介添えがいるようになってきて来客もみんなが心配をしてくれる。その上年を取ってきて付添い人の必要性さえ覚えるようである。
・轉添 ますます、いよいよ介添えがいること。

紅入桃花嫩,青歸柳葉新。
赤い花が目に入ってくるのは桃の若々しい花びらである。青いものが帰っていくのは柳の葉が新しく芽吹いてきているのである。
・嫩 わかわかしい。


望鄉應未已,四海尚風塵。
故郷を望むことはまさにいまだに実現するに至ってはいない。というのも国中東西南北どこへ行ってもいまだに戰の砂塵がおさまっていないからなのだ。

和裴迪登蜀州東亭送客逢早梅相憶見寄 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -18) <404> 七言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1965 杜甫詩1000-404-587/1500

和裴迪登蜀州東亭送客逢早梅相憶見寄 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -18) 



2013年2月22日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩贈白馬王彪 其五-#2 曹植(曹子建) 魏詩<44>文選 贈答二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1958
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集和裴迪登蜀州東亭送客逢早梅相憶見寄 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -18) <404> 七言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1965 杜甫詩1000-404-587/1500
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集送朱大入秦 孟浩然 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 1966 (02/22)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性唐才子傳 李郢   ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-84-20-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1967
 
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古詩十九首 (1) 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67676781.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
 





和裴迪登蜀州東亭送客逢早梅相憶見寄 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -18)  杜甫 <404> 七言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1965 杜甫詩1000-404-587/1500


詩 題:和裴迪登蜀州東亭送客逢早梅相憶見寄 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -18) 
作時760年12月杜甫49歳 
掲 載; 杜甫1000首の404首目-#3 -18
杜甫ブログ1500回予定の-587回目    


和裴迪登蜀州東亭送客逢早梅相憶見寄
(裴迪が蜀州の東亭にのぼって人を送り、そのとき早咲きの梅花をみたので、自分を憤って詩をよこしてくれた。その詩に和して作った詩。)
東閣官梅動詩興,還如何遜在揚州。
あなたは東亭の樓閣の庭の官梅をみて詩興をうごかす。それはむかし何遜が揚州に居た時のことによく似ている。
此時對雪遙相憶,送客逢春可自由?
このときあなたは雪に対してはるかかなたにいたわたしのことを思うてくれたのだが、今日、あなたが旅立つのを送りながらこの春を思わせる景色に出くわして心も晴れやかに自由な気分になられて、此処だけの話をすることが出来るのだ。
幸不折來傷歲暮,若為看去亂鄉愁。
幸いにして王維殿が閑職になって自損状態であることは私にとってこの年の暮れを心傷まずにすんだということなのだ。ここの早咲きの梅を見て旅立たれることはどんなにか王維殿を思い、郷里の愁心がかきたてられるものである。
江邊一樹垂垂發,朝夕催人自白頭。

私の住む浣花渓の川縁にも一本梅があり、どの梅の木も枝垂れて咲いているのである。それをみて朝夕わたしの心に王維殿を思うため、この白髪頭がますますしろくしてしまうのではないかとおもうのである。

(裴迪【はいてき】が蜀州の東亭に登りて客を送り早梅に逢いて相憶うて寄せらるるに和す)
東閣の官梅【かんばい】詩興を動かす、還た何遜【かそん】が揚州【とうしゅう】に在りしが如し。
此の時雪に対して遙かに相憶う、客を送り春に逢う自由なる可し。
幸いにも歳暮を傷ましむことの折り来らず、若為【いかん】ぞ看らん去って郷愁を乱るるを。
江辺の一樹 垂垂【すいすい】として発す、朝夕【ちょうせき】人を催【うなが】して自ずから白頭ならしむ。

成都561

『和裴迪登蜀州東亭送客逢早梅相憶見寄』 現代語訳と訳註
(本文)
和裴迪登蜀州東亭送客逢早梅相憶見寄
東閣官梅動詩興,還如何遜在揚州。
此時對雪遙相憶,送客逢春可自由?
幸不折來傷歲暮,若為看去亂鄉愁。
江邊一樹垂垂發,朝夕催人自白頭。


(下し文)
(裴迪【はいてき】が蜀州の東亭に登りて客を送り早梅に逢いて相憶うて寄せらるるに和す)
東閣の官梅【かんばい】詩興を動かす、還た何遜【かそん】が揚州【とうしゅう】に在りしが如し。
此の時雪に対して遙かに相憶う、客を送り春に逢う自由なる可し。
幸いにも歳暮を傷ましむことの折り来らず、若為【いかん】ぞ看らん去って郷愁を乱るるを。
江辺の一樹 垂垂【すいすい】として発す、朝夕【ちょうせき】人を催【うなが】して自ずから白頭ならしむ。


(現代語訳)
(裴迪が蜀州の東亭にのぼって人を送り、そのとき早咲きの梅花をみたので、自分を憤って詩をよこしてくれた。その詩に和して作った詩。)
あなたは東亭の樓閣の庭の官梅をみて詩興をうごかす。それはむかし何遜が揚州に居た時のことによく似ている。
このときあなたは雪に対してはるかかなたにいたわたしのことを思うてくれたのだが、今日、あなたが旅立つのを送りながらこの春を思わせる景色に出くわして心も晴れやかに自由な気分になられて、此処だけの話をすることが出来るのだ。
幸いにして王維殿が閑職になって自損状態であることは私にとってこの年の暮れを心傷まずにすんだということなのだ。ここの早咲きの梅を見て旅立たれることはどんなにか王維殿を思い、郷里の愁心がかきたてられるものである。
私の住む浣花渓の川縁にも一本梅があり、どの梅の木も枝垂れて咲いているのである。それをみて朝夕わたしの心に王維殿を思うため、この白髪頭がますますしろくしてしまうのではないかとおもうのである。


(訳注)
和裴迪登蜀州東亭送客逢早梅相憶見寄

裴迪が蜀州の東亭にのぼって人を送り、そのとき早咲きの梅花をみたので、自分を憤って詩をよこしてくれた。その詩に和して作った詩。上元元年冬の作
○裴迪 詩人であり、王維の親友である。王維の弟王潜の所に来ていた。王維と数年かけて輞川集をつくる。

王維 罔川集 20

和裴迪登新津寺寄王侍郎 杜甫 成都(2)浣花渓の草堂(3 -6)388 紀頌之の漢詩ブログ1879

王維 『口號又示裴迪

○蜀州 成都府崇寧州の地、成都の西方百里(56km、直線40km地図参照)にある。
○東閣 東亭をさす。城郭の東にある駅舎の近くにある亭で簡単な宿泊と送別のための宴会をするための簡易料亭の様なもの。
○官梅 官のうえたうめ。


東閣官梅動詩興,還如何遜在揚州。
あなたは東亭の樓閣の庭の官梅をみて詩興をうごかす。それはむかし何遜が揚州に居た時のことによく似ている。
○動詩興 裴迪がうごかすのである。
○何遜在揚州 梁の何遜は507年天監六年揚州の刺史建安王偉の記室として彼に従って揚州にあり、「早梅詩」を作った、何遜‧詠早梅詩.
兔園標物序,驚時最是梅。 銜霜當路發,映雪擬寒開。
枝橫卻月觀,花繞凌風臺。 知應早飄落,故逐上春來。
(枝は横にして月観を椰け、花は遼りて風台を凌ぐ。まさに知る早に飄落するを,故に逐上す春來たるを。)の句がある。・何 遜(467年? - 518年?)は中国南北朝時代の文学者。東海郯の人。字は仲言。


此時對雪遙相憶,送客逢春可自由?
このときあなたは雪に対してはるかかなたにいたわたしのことを思うてくれたのだが、今日、あなたが旅立つのを送りながらこの春を思わせる景色に出くわして心も晴れやかに自由な気分になられて、此処だけの話をすることが出来るのだ。
○對雪遙相憶 冬の間長安から雪を見て裴迪が杜甫の事を憶うことをいう。王維は朝廷に弟の長安復帰を願い出ていたものでその関係で蜀州の王維の弟王潜の所に来ていた。杜甫の尊敬する王維の絶大に信頼している裴迪との関係を示すもの。
○送客逢春 裴迪をいう。
○可自由 裴迪を評することば、心の自由を得たのであろうという意。王維も官を辞しており、王維の本心、表向きに言えないことを話し合ったのではなかろうか。「南都問題」など朝廷批判の話をしたのだろう。、


幸不折來傷歲暮,若為看去亂鄉愁。
幸いにして王維殿が閑職になって自損状態であることは私にとってこの年の暮れを心傷まずにすんだということなのだ。ここの早咲きの梅を見て旅立たれることはどんなにか王維殿を思い、郷里の愁心がかきたてられるものである。
○折来 梅を折る。王維が仕事上の全く実権のない閑職に移されて朝廷での意欲がなくなっていること。(王維は給事中から尚書右丞(正四品上)に昇進したこと―このことで朝廷にでなくなる。半年後に死没。)春別れを告げる際には柳を折る。秋の進士試験に及第たら香桂を折る。早梅は希望を示すものでその希望(王維の弟の長安復帰)がかなえられたことを示す。代わりに閑職にされる。
○傷 こちらが心をいためる。
○看去 折り来たった梅花をみることをいう。
○乱郷愁 みれば思郷の愁心をみだす。王維のことを心配する。


江邊一樹垂垂發,朝夕催人自白頭。
私の住む浣花渓の川縁にも一本梅があり、どの梅の木も枝垂れて咲いているのである。それをみて朝夕わたしの心に王維殿を思うため、この白髪頭がますますしろくしてしまうのではないかとおもうのである。
○江辺 錦江のほとり。
○垂垂 何本かある梅の木の枝がしだれて咲くさま。
発 梅花のひらくことをいう。
○催人白頭 梅花をみればまた一年をすごすかと感ずる、花が人の老をうながすに似ている。王維のことを心配する。

nat0003

村夜 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -14)  杜甫 <402> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1955 杜甫詩1000-402-585/1500

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http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
 


詩 題:村夜 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -14) 
作時760年10月杜甫49歳 
掲 載; 杜甫1000首の402首目-#3 -14
杜甫ブログ1500回予定の-585回目  
真冬の夜は何もすることがない。浣花渓の村、静かな夜のさまをのべる。


村夜
風色蕭蕭暮,江頭人不行。
真冬になりあたりの様子が寂しく変わって日も暮れる。錦江のほとりに行き交う船も通る人もない。
村舂雨外急,鄰火夜深明。
時雨の降りしきる中、遠くに水車の音が聞こえてくる。夜も更けて隣の家の明かりがずっと点いていて、目に残る。
胡羯何多難?漁樵寄此生。
それにつけてもどうして安史の叛乱軍はどうしてこういろんな難儀の輩なのだ。わたしはここで隠遁して山で芝刈りや、猟師の間に寄せて生きているので影響は及ばない。
中原有兄弟,萬裡正含情。

兄弟達はその洛陽・河南池方にいるのだ。遙か彼方のことをいろいろ考えると、まさにじっとふさぎこんでしまう。

(村 夜)
風色 粛粛として暮る、江頭 人行かず。
村春 雨外に急なる、隣火 夜深に明らかなり。
胡羯 何ぞ多難なる、漁樵 寄せて此に生す。
中原に兄弟有り、万里正に情を含む。

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『村夜』 現代語訳と訳註
(本文)

村夜
風色蕭蕭暮,江頭人不行。
村舂雨外急,鄰火夜深明。
胡羯何多難?漁樵寄此生。
中原有兄弟,萬裡正含情。


(下し文)
(村 夜)
風色 粛粛として暮る、江頭 人行かず。
村春 雨外に急なる、隣火 夜深に明らかなり。
胡羯 何ぞ多難なる、漁樵 寄せて此に生す。
中原に兄弟有り、万里正に情を含む。


(現代語訳)
真冬になりあたりの様子が寂しく変わって日も暮れる。錦江のほとりに行き交う船も通る人もない。
時雨の降りしきる中、遠くに水車の音が聞こえてくる。夜も更けて隣の家の明かりがずっと点いていて、目に残る。
それにつけてもどうして安史の叛乱軍はどうしてこういろんな難儀の輩なのだ。わたしはここで隠遁して山で芝刈りや、猟師の間に寄せて生きているので影響は及ばない。
兄弟達はその洛陽・河南池方にいるのだ。遙か彼方のことをいろいろ考えると、まさにじっとふさぎこんでしまう。


(訳注)
村  夜
○村夜 江村の夜。
真冬の夜は何もすることがない。浣花渓の村、静かな夜のさまをのべる。


風色蕭蕭暮,江頭人不行。
真冬になりあたりの様子が寂しく変わって日も暮れる。錦江のほとりに行き交う船も通る人もない。
○江頭 錦江のほとり。


村舂雨外急,鄰火夜深明。
時雨の降りしきる中、遠くに水車の音が聞こえてくる。夜も更けて隣の家の明かりがずっと点いていて、目に残る。
○村春 むらびとの米つきのおと、水車を用いてつくのである。
○隣火 となりの家の火。
静かな中の、「風」「人」「雨」「音」「あかり」を描写することで何事もない夜の静けさをあらわす。ここまでの時と景色との動きの表現が素晴らしい。


胡羯何多難?漁樵寄此生。
それにつけてもどうして安史の叛乱軍はどうしてこういろんな難儀の輩なのだ。わたしはここで隠遁して山で芝刈りや、猟師の間に寄せて生きているので影響は及ばない。
○胡羯 安禄山・史思明の党。中国,魏晋南北朝時代の4世紀に北方に侵入した異民族の一つで,匈奴(きょうど)の一種族と考えられる。いわゆる〈五胡〉の一つ。華北に興亡した五胡十六国の一つの後趙(こうちょう)(319年―351年)を建国した石勒(せきろく)は羯人であった。
漁樵  隠遁者。あるいはそのすること。


中原有兄弟,萬裡正含情。
兄弟達はその洛陽・河南池方にいるのだ。遙か彼方のことをいろいろ考えると、まさにじっとふさぎこんでしまう。
○中原 洛陽・河南池方。
○含情 じっとおもいをむねのうちにもつ。




(村 夜)
風色蕭蕭暮,江頭人不行。村舂雨外急,鄰火夜深明。
胡羯何多難?漁樵寄此生。中原有兄弟,萬裡正含情。

風色粛粛として暮る 江頭人行かず
村春雨外に急に 隣火夜深に明らかなり
胡掲何ぞ多難なる 樵漁に此の生を寄す
中原に兄弟有り 万里正に情を含む


760年成都 遣意二首 杜甫 <253>遣興22首の21番 kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1205 杜甫特集700- 366

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意を遣る。(世話になった人、家族に草堂の春夜をのべること。近況を知らせる)


遣意二首 其二 
簷影微微落,津流脈脈斜。
日がくれかかるので軒端の影がわずかにすこしずつ地上に落ちてくる。渡し場の水の流れは一脈と一脈に斜めに流れている。
野船明細火,宿鷺聚圓沙。
遙か江に、景色に溶け込む船には小さい火があかるく燈っており、とまっている鷺は円形の沙はらに起ったままでいる。
雲掩初弦月,香傳小樹花。
この月のはじめの上弦のせっかくの月が雲におおわれている、そんな暗がりなのに香がつたわってくるからわかるちいさい樹に花がさいているのだ。
鄰人有美酒,稚子也能賒。
となりにはうまい酒をもっているものがいる、夜だけどこどもに行って掛買してきてもらう。
意を遣る。
簷影【えいえい】徴徴【びび】として落ち、津流【しんりゅう】脈脈【みゃくみゃく】として斜めなり。
野船【やせん】細火【さいか】明らかに、宿鷺【しゅくろ】円沙【えんさ】に起つ。
雲は掩う初弦【しょげん】の月、香は伝わる小樹【しょうじゅ】の花。
隣人【りんじん】美酒有り、稚子【ちし】夜能く賒【おぎの】る。

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現代語訳と訳註
(本文)
遣意二首 其二 
簷影微微落,津流脈脈斜。
野船明細火,宿鷺起圓沙。
雲掩初弦月,香傳小樹花。
鄰人有美酒,稚子也能賒。

(下し文)
簷影【えいえい】徴徴【びび】として落ち、津流【しんりゅう】脈脈【みゃくみゃく】として斜めなり。
野船【やせん】細火【さいか】明らかに、宿鷺【しゅくろ】円沙【えんさ】に起つ。
雲は掩う初弦【しょげん】の月、香は伝わる小樹【しょうじゅ】の花。
隣人【りんじん】美酒有り、稚子【ちし】夜能く賒【おぎの】る。


(現代語訳)
日がくれかかるので軒端の影がわずかにすこしずつ地上に落ちてくる。渡し場の水の流れは一脈と一脈に斜めに流れている。
遙か江に、景色に溶け込む船には小さい火があかるく燈っており、とまっている鷺は円形の沙はらに起ったままでいる。
この月のはじめの上弦のせっかくの月が雲におおわれている、そんな暗がりなのに香がつたわってくるからわかるちいさい樹に花がさいているのだ。
となりにはうまい酒をもっているものがいる、夜だけどこどもに行って掛買してきてもらう。


(訳注) 遣意二首 其二 
簷影微微落,津流脈脈斜。

日がくれかかるので軒端の影がわずかにすこしずつ地上に落ちてくる。渡し場の水の流れは一脈と一脈に斜めに流れている。
 地上によこたわることをいう。○津流 浣花の渓流をさす。○脈脈一すじ一すじに。
『宣政殿退朝晚出左掖(掖門在兩旁如人之臂掖)』 杜甫
 天門日射黄金榜,春殿晴曛赤羽旗。
 宮草微微承委佩,鑪煙細細駐游絲。
 雲近蓬萊常好色,雪殘鳷鵲亦多時。
 侍臣緩步歸青瑣,退食從容出每遲。
晚出左掖 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 240


野船明細火,宿鷺起圓沙。
遙か江に、景色に溶け込む船には小さい火があかるく燈っており、とまっている鷺は円形の沙はらに起ったままでいる。
細火 小火。○ 起立していること。聚に作るもある。〇円沙 まるい砂はら。

雲掩初弦月,香傳小樹花。
この月のはじめの上弦のせっかくの月が雲におおわれている、そんな暗がりなのに香がつたわってくるからわかるちいさい樹に花がさいているのだ。
初弦 陰暦で、上旬の弓形の月。上弦。

鄰人有美酒,稚子也能賒。
となりにはうまい酒をもっているものがいる、夜だけどこどもに行って掛買してきてもらう。
 かけで買う。

(意を遣る 二首)
簷影【えいえい】徴徴【びび】として落ち、津流【しんりゅう】脈脈【みゃくみゃく】として斜めなり。
野船【やせん】細火【さいか】明らかに、宿鷺【しゅくろ】円沙【えんさ】に起つ。
雲は掩う初弦【しょげん】の月、香は伝わる小樹【しょうじゅ】の花。
隣人【りんじん】美酒有り、稚子【ちし】夜能く賒【おぎの】る。

760年成都 遣意二首 杜甫 <252>遣興22首の21番 kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1205 杜甫特集700- 366

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意を遣る。(世話になった人、家族に草堂での日常生活をのべること。近況を知らせる)



遣意二首 其一
(世話になった人、家族に草堂での日常生活をのべること。近況を知らせる)
囀枝黃鳥近,泛渚白鷗輕。
春を愉しんで小枝に止まり囀っているのは黃鳥のうぐいすで近く枝にくる、渚に淀かんでいるのは白鳥のかもめであり、軽やかにすすむ。
一徑野花落,孤村春水生。
一すじの小道がつづく、自然にさいた花が咲き、そして落ちちっている、隣家が近くになくポツンとある村には春の雪解けの水がふえてきている。
衰年催釀黍,細雨更移橙。
わたしは老年なりかけ、そのうえ長旅で体力の衰えているが、せっせと黍で酒をつくっている、そして春雨の小ぬか雨に橙の木など移植時なので、更に作業をする。
漸喜交遊絕,幽居不用名。

ここにきて数か月、こんなことをして暮らしていると、友だちとの交際がなくなるのをだんだんうれしくおもうようになっている。この隠棲のわび住いに他の人から名声を得ることなどはいらなくて、一人静かに暮らしている。

其の一
枝に囀【さえず】りて 黄鳥【こうちょう】近く、渚に泛かびて 白鴎【はくおう】軽し。
一徑【いっけい】野花【やか】落ち、孤村【こそん】春水【しゅんすい】生ず。
衰年【すいねん】黍【しょ】を醸【かも】すを催【うなが】す、 細雨【さいう】更に橙【とう】を移す。
漸【ようや】く喜ぶ 交遊【こうゆう】の絶ゆるを、 幽居 名を用いず。


現代語訳と訳註
(本文) 其一
囀枝黃鳥近,泛渚白鷗輕。
一徑野花落,孤村春水生。
衰年催釀黍,細雨更移橙。
漸喜交遊絕,幽居不用名。


(下し文) 其の一
枝に囀【さえず】りて 黄鳥【こうちょう】近く、渚に泛かびて 白鴎【はくおう】軽し。
一徑【いっけい】野花【やか】落ち、孤村【こそん】春水【しゅんすい】生ず。
衰年【すいねん】黍【しょ】を醸【かも】すを催【うなが】す、 細雨【さいう】更に橙【とう】を移す。
漸【ようや】く喜ぶ 交遊【こうゆう】の絶ゆるを、 幽居 名を用いず。


(現代語訳)
(世話になった人、家族に草堂での日常生活をのべること。近況を知らせる)
春を愉しんで小枝に止まり囀っているのは黃鳥のうぐいすで近く枝にくる、渚に淀かんでいるのは白鳥のかもめであり、軽やかにすすむ。
一すじの小道がつづく、自然にさいた花が咲き、そして落ちちっている、隣家が近くになくポツンとある村には春の雪解けの水がふえてきている。
わたしは老年なりかけ、そのうえ長旅で体力の衰えているが、せっせと黍で酒をつくっている、そして春雨の小ぬか雨に橙の木など移植時なので、更に作業をする。
ここにきて数か月、こんなことをして暮らしていると、友だちとの交際がなくなるのをだんだんうれしくおもうようになっている。この隠棲のわび住いに他の人から名声を得ることなどはいらなくて、一人静かに暮らしている。


(訳注) 其一
(世話になった人、家族に草堂での日常生活をのべること。近況を知らせる)
上元元年(七六〇)の春早々、城西七里の浣花渓のそばに空地を得て、さしあたり一畝の地をきり開いて、茅ぶきの家(草堂)を設けた。杜甫は詩を作って、多くの人々に樹木の苗を求めた。蕭実には桃の苗百本、韋続には綿竹県の竹を、何邕には三年で大木になるという榿木の苗を、韋班には松の木の苗を、石筍街果園坊の主人徐卿には、すももでも、うめでもいいからといって、果樹の苗を、そして韋班には更に犬邑県産の白い磁碗をたのんでいる。やっとこの地に落ちつけると思った作者の心のはずみが感ぜられる。
 草堂は暮春にはもういちおう出来上がった。それは成都の城郭を背にし、錦江にかかる万里橋の西、浣花渓のほとりにあった。ここからはとおく西北に当たって、雪をいただく西嶺も眺められた。


囀枝黃鳥近,泛渚白鷗輕。
春を愉しんで小枝に止まり囀っているのは黃鳥のうぐいすで近く枝にくる、渚に淀かんでいるのは白鳥のかもめであり、軽やかにすすむ。
黃鳥 うぐいす。杜甫『曲江對酒』
苑外江頭坐不歸,水精宮殿轉霏微。桃花細逐楊花落,黃鳥時兼白鳥飛。
縱飲久判人共棄,懶朝真與世相違。吏情更覺滄洲遠,老大悲傷未拂衣。
(曲江にて酒に對す)
苑外江頭に坐して帰らず、水精の宮殿 転【うたた】霏微【ひび】たり。桃花【とうか】細【こまや】かに梨花を逐うて落ち、黄鳥【こうちょう】時兼【とも】にして白鳥と飛ぶ。
飲を縦【ほしいまま】にし久しく判して人共に棄つ、朝するに懶【ものうし】く真に世と相違【たご】う。吏情【りじょう】更に覚ゆ滄洲【そうしゅう】の遠きを、老大【ろうだい】徒【いたずらに】に傷む未だ衣を払わざるを。
春景色に誘われ、わたしはこの芙蓉苑の外、曲江の池畔で官舎に帰らないままにすわりこんであたりをながめる、水の妖精が生まれ出て水の宮殿がその光を輝かせ、霧のように飛散する水珠も輝く。
それから桃の花は微細に落ちち、やなぎの花、柳絮の散るあとを追いかけて落ちてまた落ちる、黄色の鳥たちは時を同じにして一斉に白色の鳥たちと飛びたつ。
勝手きままにすきなだけ酒を呑んで長いあいだ自暴自棄になり人も相手をしてくれない、参朝することが億劫になってしまい、世間の人皆から見放されてしまっている、実際自分も世の人とは違背しているのである。
官吏としての今の心持は、これまでよりももっと滄洲の仙境と隔たりができた様な気がするばかりで、こんなに年を取ってからでは衣を払って仙境に向って去って行けないことを傷み悲しむだけなのである。

曲江封酒 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 246


一徑野花落,孤村春水生。
一すじの小道がつづく、自然にさいた花が咲き、そして落ちちっている、隣家が近くになくポツンとある村には春の雪解けの水がふえてきている。
杜甫の同時期の詩に『客至』がある。
舍南舍北皆春水、但見群鷗日日來。
花徑不曾緣客掃、篷門今始為君開。
盤飧市遠無兼味、樽酒家貧只舊醅。
肯與鄰翁相對飲、隔籬呼取盡餘杯。
舎南(しゃなん)舎北(しゃほく)皆 春水(しゅんすい)、但見る群鷗の日日に來るを
花径 曾(かつ)て客に縁って掃(はら)わず、篷門(ほうもん)今始めて君が為に開く
盤飧(ばんそん)市 遠くして兼味(けんみ)無く、樽酒(そんしゅ) 家貧にして只だ旧醅(きゅうばい)あるのみ
肯(あえ)て隣翁と相(あい)対して飲まんや、籬(まがき)を隔てて呼び取りて余杯(よはい)を尽さしめん


衰年催釀黍,細雨更移橙。
わたしは老年なりかけ、そのうえ長旅で体力の衰えているが、せっせと黍で酒をつくっている、そして春雨の小ぬか雨に橙の木など移植時なので、更に作業をする。
衰年【すいねん】体力の衰える年齢。老年。衰齢。○ せきたてること。○醸黍 きびを用いて酒を醸す。○移樫 だいだいをうつしかえてうえる。


漸喜交遊絕,幽居不用名。
ここにきて数か月、こんなことをして暮らしていると、友だちとの交際がなくなるのをだんだんうれしくおもうようになっている。この隠棲のわび住いに他の人から名声を得ることなどはいらなくて、一人静かに暮らしている。
交遊 人との交際。○ 他人から名声を得ること、名誉。

760年遣興 杜甫 <251>遣興22首の⑳番 kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1202 杜甫特集700- 365

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760年とはどんな年であったのか?
760年 上元元年 ・ 7月李輔国ら、玄宗を長安に遷す。・長安で大雨のために飢饉となり、叛乱軍への有効な反撃ができず。 

≪杜甫≫・760 49歳 成都にあり。春、西郭の浣花里に居を卜し、春末、落成す。秋末、蜀州に至り、高適と語る。冬、また成都にあり。  
≪李白≫・760 李白60歳 長江上流と下流の各地に遊ぶ。
≪王維≫ ・760 王維62歳 給事中から尚書右丞(正四品上)に昇進 ・飢饉に際して、王維は天子の許しを得て自分の禄米のほとんどを窮民に施す。


『遣興』という題ではこれ以降無い最終のもの、ただし、同年、同じ成都草堂で、内容もよく似た『遣意二首』があり、『遣興』シリーズと比較してどう違うのか、なぜ遣興は終了したのかが読み取れる。

遣興
干戈猶未定,弟妹各何之!
安史の乱は史思明が依然として洛陽を占拠しており、自分がいた秦州には異民族に侵略されたり、戦がいまだに平定していない。弟や妹はそれぞれどこでなにをしているのだろうか。
拭淚沾襟血,梳頭滿面絲。
同谷紀行、成都紀行で艱難辛苦で、涙をぬぐい、襟もとを濡らすのは血の涙を流したのである、頭をくしでとかせば白髪がぬけおちて顔中にふりかかるほどなのだ。
地卑荒野大,天遠暮江遲。
家の外をながめると、地面は湿地帯のようでく平らで荒れた野はらが大きく横たわっている、天ははるか遠くつらなって夕ぐれの江はゆるくながれている。
衰疾那能久,應無見汝期。

老いてきて持病がある身ではとてもこの世に長く生きていることはできるとは思はない、きみたち(弟妹をさす)にこれからもう面会する時期はとても無いとおもう。

(興を遣る)
干戈猶未だ定まらず 弟妹各~何に之く
涙を拭えば襟を零す血なり 頭を梳れば満面の糸
地卑くして荒野大に 天遠くして暮江遅し
衰疾那ぞ能く久しからん 応に汝を見る期無かるべし



現代語訳と訳註
(本文) 遣興

干戈猶未定,弟妹各何之!
拭淚沾襟血,梳頭滿面絲。
地卑荒野大,天遠暮江遲。
衰疾那能久,應無見汝期。


(下し文) (興を遣る)
干戈猶未だ定まらず 弟妹各~何に之く
涙を拭えば襟を零す血なり 頭を梳れば満面の糸
地卑くして荒野大に 天遠くして暮江遅し
衰疾那ぞ能く久しからん 応に汝を見る期無かるべし


(現代語訳)
安史の乱は史思明が依然として洛陽を占拠しており、自分がいた秦州には異民族に侵略されたり、戦がいまだに平定していない。弟や妹はそれぞれどこでなにをしているのだろうか。
同谷紀行、成都紀行で艱難辛苦で、涙をぬぐい、襟もとを濡らすのは血の涙を流したのである、頭をくしでとかせば白髪がぬけおちて顔中にふりかかるほどなのだ。
家の外をながめると、地面は湿地帯のようでく平らで荒れた野はらが大きく横たわっている、天ははるか遠くつらなって夕ぐれの江はゆるくながれている。
老いてきて持病がある身ではとてもこの世に長く生きていることはできるとは思はない、きみたち(弟妹をさす)にこれからもう面会する時期はとても無いとおもう。


(訳注) 遣興
干戈猶未定,弟妹各何之!
安史の乱は史思明が依然として洛陽を占拠しており、自分がいた秦州には異民族に侵略されたり、戦がいまだに平定していない。弟や妹はそれぞれどこでなにをしているのだろうか。
・干戈猶未定 上元元年は粛宗の治世で使用された元号。760年閏4月~ 761年9月。依然として、史思明軍が洛陽を占領している。翌761年史思明が息子史朝義に殺害され、2年後安史の乱は平定するが、弱体化した唐王朝に隣国「吐蕃」が再三攻め入る。杜甫は依然戦争パニックに陥っている。
弟妹各何之 弟たちは、洛陽より東にいるため、長安にいた時でも連絡は取れにくかった。まして、杜甫はひと山脈越えた秦州(天水)に、さらにひと山越えた同谷へ、そうして成都紀行で、さらにさらに急峻難所を経て成都にたどり着き、知人の助けを借りて草堂を立てたばかりの所だ。弟たちからの連絡は届かなくても不思議ではない。成都郊外、浣花渓の畔、隠棲にはうってつけの場所である。杜甫にとってはこの20年の間、はじめて自己所有の家に、家族と過ごせるものであった。


拭淚沾襟血,梳頭滿面絲。
同谷紀行、成都紀行で艱難辛苦で、涙をぬぐい、襟もとを濡らすのは血の涙を流したのである、頭をくしでとかせば白髪がぬけおちて顔中にふりかかるほどなのだ。
拭淚 なみだをぬぐう。「官を辞して」杜甫は秦州で落ち着きたかったのであるが、わずか数カ月で移動しなければいけなかった状況は杜甫にとって、血のにじむ辛いことであった。ここ浣花渓草堂で、追い詰められたものの歎き、怨み、望郷の思いでいっぱいの毎日から脱却できたのか。


地卑荒野大,天遠暮江遲。
家の外をながめると、地面は湿地帯のようで、平らで荒れた野はらが大きく横たわっている、天ははるか遠くつらなって夕ぐれの江はゆるくながれている。
地卑 上元元年(七六〇)の春早々、城西七里の浣花渓のそばに空地を得て、さしあたり一畝の地をきり開いて、茅ぶきの家(草堂)を設けた。杜甫は詩を作って、多くの人々に樹木の苗を求めた。蕭実には桃の苗百本、韋続には綿竹県の竹を、何邕には三年で大木になるという榿木の苗を、韋班には松の木の苗を、石筍街果園坊の主人徐卿には、すももでも、うめでもいいからといって、果樹の苗を、そして韋班には更に犬邑県産の白い磁碗をたのんでいる。やっとこの地に落ちつけると思った作者の心のはずみが感ぜられる。
 草堂は暮春にはもういちおう出来上がった。それは成都の城郭を背にし、錦江にかかる万里橋の西、浣花渓のほとりにあった。ここからはとおく西北に当たって、雪をいただく西嶺も眺められた。


衰疾那能久,應無見汝期。
老いてきて持病がある身ではとてもこの世に長く生きていることはできるとは思はない、きみたち(弟妹をさす)にこれからもう面会する時期はとても無いとおもう。
尾聯で、年を取ったこと、病気のこと、述べてから、希望・目標を否定的に述べるのは、希望目標を強調すためで杜甫は公式ともいえる「遣・・・・」「感・・・・」「〇・・・・」と題したものにおおく使っている。


<遣興について>
長安にあって驥子をおもって作ったものである。製作時、至徳二載。757年46歳 この時遣興のシリーズの先頭である。これが20首も続くとは思っていなかったのである。758年 乾元元年罷諌官後作 ②房琯擁護の後、疎外感を持って勤務したころ「我今日夜憂,諸弟各異方。」ではじまり、③「客子念故宅,三年門巷空。」旅人であれば故郷の家を思うものである。もう三年、私の家の門や門前の小道に家族が集うことはなく、むなしく淋しいものである。④「丈夫貴壯健,慘戚非朱顏。」家族みんなが元気でなければいけないと①~④まで自分の思いを分散している家族に「派遣」するのである。
⑤~⑦については「官を辞して」秦州に来た旨を知らせる内容で、続いて⑧~⑫は杜甫が詩人として生きていくことを決意したこと、過去の詩人たちと隠棲を述べながら家族に知らせるものである。⑬~⑭は杜甫が今まで胸に抑えてきたものをこれから堂々と詩に詠っていくことの決意を示している。⑮~⑲は「官を辞し」た自分は富貴者、官僚に対して決して媚は売らないというものである。こうして、⑳で艱難辛苦の上、成都草堂に来たのだが早く会いたいものだ、と述べている。

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紀 頌之

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