江上值水如海勢聊短述
| 2013年3月6日 | 同じ日の紀頌之5つのブログ |
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江上值水如海勢聊短述 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 11) 杜甫 <416> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2025 杜甫詩1000-416-599/1500
詩 題:江上值水如海勢聊短述 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 11)
作時761年3月杜甫50歳
掲 載; 杜甫1000首の416首目-#4 – 11
杜甫ブログ1500回予定の-599回目
濯錦江のほとりの草堂で春の増水で海の水の勢いのように水がましてくる。聊かこの短篇を作った。上元二年春の作。
同時期に春水を述べた詩
8.春夜喜雨 杜甫
9.春水生 二絶其一 杜甫
10.春水生 二絶其二 杜甫
11.江上值水如海勢聊短述 杜甫
12.水檻遣心二首其一 杜甫
13.水檻遣心二首其二 杜甫
江上值水如海勢聊短述
(濯錦江の水嵩と流れが海のような勢いなのでが短く述べてみる。)
為人性僻耽佳句,語不驚人死不休。
わたしは人となりがすこしかたよった性質のようで、よい詩句を作ることにけんめいになっている。人を驚かすような良い語句を吐きだすまでは死んでも休まないということである。
老去詩篇渾漫與,春來花鳥莫深愁。
ただ、年を重ねてくると作りだす詩篇は風流なものを漫然とよむようになるものだ。驚かすことなくなったということだろうか。しかし春がくれば花や鳥についてうたうことができるようになり、なにも深く心配するには及ばないことなのだ。
新添水檻供垂釣,故著浮槎替入舟。
もとから自然風流の手段として水辺には新たに板で欄干を作って釣を垂れてみたり、去年から桴桟橋で舟に乗り降りして舟遊びもしているのである。
焉得思如陶謝手,令渠述作與同遊。
こんなとき文藻の豊富な詩人である陶淵明、謝靈運ほどの文筆の手を得ることができて、彼らが名篇を作ったとうにわたしも作って共に遊んだならばいかにおもしろいだろうかと考えるのである。
(江上水の海勢の如くなるに値い聊か短述す)
人と為り性僻【せいへき】にして佳句に耽る、語 人を驚かさずんば死すとも休せず。
老い去って詩篇【しへん】揮て漫与【まんよ】なり、春が来って花鳥深く愁うること莫れ。
新たに水檻【すいかん】を添えて垂釣【すいちょう】に供し、故より浮槎【ふさ】を着けて入舟に替う。
焉んぞ思うや 陶謝【とうしゃ】の如くなる手を得て、渠【かれ】をして述作せ令めて 與に同遊せん。
『江上值水如海勢聊短述』 現代語訳と訳註
(本文)
江上值水如海勢聊短述
為人性僻耽佳句,語不驚人死不休。
老去詩篇渾漫與,春來花鳥莫深愁。
新添水檻供垂釣,故著浮槎替入舟。
焉得思如陶謝手,令渠述作與同遊。
(下し文)
(江上水の海勢の如くなるに値い聊か短述す)
人と為り性僻【せいへき】にして佳句に耽る、語 人を驚かさずんば死すとも休せず。
老い去って詩篇【しへん】揮て漫与【まんよ】なり、春が来って花鳥深く愁うること莫れ。
新たに水檻【すいかん】を添えて垂釣【すいちょう】に供し、故より浮槎【ふさ】を着けて入舟に替う。
焉んぞ思うや 陶謝【とうしゃ】の如くなる手を得て、渠【かれ】をして述作せ令めて 與に同遊せん。
(現代語訳)
(濯錦江の水嵩と流れが海のような勢いなのでが短く述べてみる。)
わたしは人となりがすこしかたよった性質のようで、よい詩句を作ることにけんめいになっている。人を驚かすような良い語句を吐きだすまでは死んでも休まないということである。
ただ、年を重ねてくると作りだす詩篇は風流なものを漫然とよむようになるものだ。驚かすことなくなったということだろうか。しかし春がくれば花や鳥についてうたうことができるようになり、なにも深く心配するには及ばないことなのだ。
もとから自然風流の手段として水辺には新たに板で欄干を作って釣を垂れてみたり、去年から桴桟橋で舟に乗り降りして舟遊びもしているのである。
こんなとき文藻の豊富な詩人である陶淵明、謝靈運ほどの文筆の手を得ることができて、彼らが名篇を作ったとうにわたしも作って共に遊んだならばいかにおもしろいだろうかと考えるのである。
(訳注)
江上值水如海勢聊短述
濯錦江の水嵩と流れが海のような勢いなのでが短く述べてみる。
・江 濯錦江、浣花渓のこと。錦江が主流から別れて洪水調整の役割をする河川である。杜甫はこの地を花でいっぱいにしたいという意味を込めて名付けたのである。この地に来て2度目の春で一度目の時は、『江漲』である。
江漲
江漲柴門外,兒童報急流。
下牀高數尺,倚杖沒中洲。
細動迎風燕,輕搖逐浪鷗。
漁人縈小楫,容易拔船頭。
成都(2部)浣花渓の草堂(2 -9) 江漲 杜甫 <372> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1795 杜甫詩 1000- 548
〇值 であう。
○如海勢 流れがさかんなさまをいう。平生は流れの速い部分が少ない。
○短述 八句の詩でのべた故に短という。春水について六首連続で書いている。詩人で生きる決意をした秦州から律詩のシリーズものが現れてきたもので、それ以前は、律詩、絶句などでなく、「古詩」か「歌行」として長編を作詩していた。草堂に来てからこれまで80首のうち、『建都十二韻』『泛溪』『贈蜀僧閭丘師兄』『杜鵑行』ほか二首の六首だけである。
為人性僻耽佳句,語不驚人死不休。
わたしは人となりがすこしかたよった性質のようで、よい詩句を作ることにけんめいになっている。人を驚かすような良い語句を吐きだすまでは死んでも休まないということである。
・為人性僻 人としての性が僻よって出来上がった。僻はかたよる。一年前杜甫は『狂夫』とのべている。
万里橋西一草堂、百花潭水即滄浪。
風含翠篠娟娟浄、雨裛紅蕖冉冉香。
厚禄故人書断絶、恒飢稚子色凄涼。
欲填溝壑惟疎放、自笑狂夫老更狂。
成都(2部)浣花渓の草堂(2 -6) 狂夫 杜甫 <369> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1783 杜甫詩 1000- 545
・死不休 啼いて血を吐くホトトギスの故事に基づく。
老去詩篇渾漫與,春來花鳥莫深愁。
ただ、年を重ねてくると作りだす詩篇は風流なものを漫然とよむようになるものだ。驚かすことなくなったということだろうか。しかし春がくれば花や鳥についてうたうことができるようになり、なにも深く心配するには及ばないことなのだ。
○漫与 漫如・漫然というのに同じ、とりとめもなくふとつくること。与の字を或は興に作る。
『漫成二首』そぞろにふとできあがった詩。この「漫」という語は、杜甫は春の詩に使う。
○花鳥莫深愁 強い、驚かすようなものではなく、花鳥風月の風流な詩を作ることが出来れば、何の心配もいらないという意味。
新添水檻供垂釣,故著浮槎替入舟。
もとから自然風流の手段として水辺には新たに板で欄干を作って釣を垂れてみたり、去年から桴桟橋で舟に乗り降りして舟遊びもしているのである。
○水檻 檻は板でつくったてすり。
○故 ふるくから。
○浮槎 うかべているいかだで、舟の桟橋。
○替入舟 いかだ桟橋で船に乗り降りしたり、遊んだりすること。
焉得思如陶謝手,令渠述作與同遊。
こんなとき文藻の豊富な詩人である陶淵明、謝靈運ほどの文筆の手を得ることができて、彼らが名篇を作ったとうにわたしも作って共に遊んだならばいかにおもしろいだろうかと考えるのである。
○焉得 希望をいう。
○思 懐思、愁思、所思、相思、沈思、旅思、など文学上の藻思をいう。五古杜甫『遣懐』「昔我遊宋中、惟梁孝王都。・・・・両公壮藻思、得我色敷腴。」(両公 藻思(そうし)壮(さか)んなり、我を得て 色(いろ)敷腴(ふゆ)たり。)ほかに、思家(詩人)ということでも理解できる。ここでは陶淵明と謝靈運(謝朓、謝惠連もいるが陶淵明に対しては謝靈運である。)
○陶謝 儒者で隠遁者の陶淵明、仏教徒で山水詩人、隠遁者の謝霊運。
○渠 俗語である。
○述作 文辞をつくること。























