杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

成都 (4)

上元二年晩春から初夏の詩 杜甫 <444>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2165 杜甫詩1000-444-627/1500

上元二年晩春から初夏の詩 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂での48首



2013年4月12日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩聖皇篇 曹植 魏詩<66-#3>古詩源 巻五 女性詩732 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2208
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第五段-#6 宋玉  <00-#16>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 645 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2209
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集上元二年晩春から初夏の詩 杜甫 <444>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2165 杜甫詩1000-444-627/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集田南樹園激流植援 謝霊運<42> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2211 (04/12)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性蜀中三首 其一 鄭谷 唐五代詞・宋詩 薛濤Gs-133--#5 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2212
 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

上元二年晩春から初夏の詩 杜甫 <444>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2165 杜甫詩1000-444-627/1500

上元二年晩春から初夏の詩 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 39)



406 4 - 1 奉酬李都督表丈早春作 五言律詩  
力疾坐清曉,來詩悲早春。轉添愁伴客,更覺老隨人。
紅入桃花嫩,青歸柳葉新。望鄉應未已,四海尚風塵。
 
407 4 - 2 西郊 五言律詩  
時出碧雞坊,西郊向草堂。市橋官柳細,江路野梅香。
傍架齊書帙,看題減藥囊。無人覺來往,疏懶意何長。
 
408 4 - 3 客至 七言律詩  
舍南舍北皆春水,但見群鷗日日來。花徑不曾緣客掃,
篷門今始為君開。盤飧市遠無兼味,樽酒家貧只舊醅。
肯與鄰翁相對飲,隔籬呼取盡餘杯。
杜甫像0012














 
409 4 - 4 遣意二首其一 五言律詩  
囀枝黃鳥近,泛渚白鷗輕。一徑野花落,孤村春水生。
衰年催釀黍,細雨更移橙。漸喜交遊絕,幽居不用名。
 
410 4 - 5 遣意二首其二 五言律詩  
簷影微微落,津流脈脈斜。野船明細火,宿雁聚圓沙。
雲掩初弦月,香傳小樹花。鄰人有美酒,稚子也能賒。
 
411 4 - 6 漫成二首其一 五言律詩  
野日荒荒白,春流泯泯清。渚蒲隨地有,村徑逐門成。
 只作披衣慣,常從漉酒生。眼邊無俗物。多病也身輕。
 
412 4 - 7 漫成二首其二 五言律詩  
江皋已仲春,花下複清晨。仰面貪看鳥,回頭錯應人。
讀書難字過,對酒滿壺頻。近識峨眉老,知予懶是真。 
 
413 4 - 8 春夜喜雨 五言律詩   
好雨知時節,當春乃發生。隨風潛入夜,潤物細無聲。
野徑雲俱黑,江船火獨明。曉看紅濕處,花重錦官城。 
 
414 4 - 9 春水生 二絶其一 七言絶句  
二月六夜春水生,門前小灘渾欲平。
鸕鸂鸂鶒莫漫喜。吾與汝曹俱眼明。
 
415 4 - 10 春水生 二絶其二 七言絶句  
一夜水高二尺強,數日不可更禁當。
南市津頭有船賣,無錢即買系籬旁。
 
416 4 - 11 江上值水如海勢聊短述 七言律詩  
為人性僻耽佳句,語不驚人死不休。老去詩篇渾漫與,
春來花鳥莫深愁。新添水檻供垂釣,故著浮槎替入舟。
焉得思如陶謝手,令渠述作與同遊。
 
417 4 - 12 水檻遣心二首其一 五言律詩  
去郭軒楹敞,無村眺望賒。澄江平少岸,幽樹晚多花。
細雨魚兒出,微風燕子斜。城中十萬戶。此地兩三家。
 
418 4 - 13 水檻遣心二首其二 五言律詩  
蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。
不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。 
 
419 4 - 14 題新津北橋樓得郊字 五言律詩  
菖蒲03望極春城上,開筵近鳥巢。白花簷外朵,青柳檻前梢。
池水觀為政,廚煙覺遠庖。西川供客眼,惟有此江郊。
 
420 4 - 15 暮登四安寺鐘樓寄裴十迪 七言律詩  
暮倚高樓對雪峰,僧來不語自鳴鐘。孤城返照紅將斂,
近市浮煙翠且重。多病獨愁常闃寂,故人相見未從容。
知君苦思緣詩瘦,太向交遊萬事慵。
 
421 4 - 16 游修覺寺 五言律詩  
野寺江天豁,山扉花竹幽。詩應有神助,吾得及春遊。
徑石相縈帶,川雲自去留。禪枝宿眾鳥,漂轉暮歸愁。
 
422 4 - 17 後遊 五言律詩  
寺憶曾遊處,橋憐再渡時。江山如有待,花柳更無私。
野潤煙光簿,沙暄日色遲。客愁全為減,舍此複何之?
 
423 4 - 18 春水 五言律詩  
三月桃花浪,江流複舊痕。朝來沒沙尾,碧色動柴門。
接縷垂芳餌,連筒灌小園。已添無數鳥,爭浴故相喧。
 
424 4 - 19 江亭 五言律詩  
坦腹江亭臥,長吟野望時。水流心不競,雲在意俱遲。
寂寂春將晚,欣欣物自私。故林歸未得,排悶強裁詩。
 
425 4 - 20 早起 五言律詩  
春來常早起,幽事頗相關。帖石防頹岸,開林出遠山。
一丘藏曲折,緩步有躋攀。童樸來城市,瓶中得酒還。
 
426 4 - 21 可惜 五言律詩  
花飛有底急?老去願春遲。可惜歡娛地,都非少壯時。
寬心應是酒,遣興莫過詩。此意陶潛解,吾生後汝期。
 
427 4 - 22 落日 五言律詩  
落日在簾鉤,溪邊春事幽。芳菲緣岸圃,樵爨倚灘舟。
啅雀爭枝墜,飛蟲滿院遊。濁醪誰造汝?一酌散千愁。
 
428 4 - 23 獨酌 五言律詩  
步屧深林晚,開樽獨酌遲。仰蜂粘落絮,行蟻上枯梨。
簿劣慚真隱,幽偏得自怡。本無軒冕意,不是傲當時。
 
429 4 - 24 徐歩 五言律詩  
整履步青蕪,荒庭日欲晡。芹泥隨燕觜,花蕊上蜂須。
把酒從衣濕,吟詩信杖扶。敢論才見忌?實有醉如愚。
 
430 4 - 25 寒食 五言律詩  
寒食江村路,風花高下飛。汀煙輕冉冉,竹日淨暉暉。
田父要皆去,鄰家問不違。地偏相識盡,雞犬亦忘歸。
 
431 4 - 26 石鏡 五言律詩  
蜀王將此鏡,送死置空山。冥寞憐香骨,提攜近玉顏。
眾妃無複歡,千騎亦虛還。獨有傷心石,埋輪月宇間。
 
432 4 - 27 琴台 五言律詩  
茂陵多病後,尚愛卓文君。酒肆人間世,琴台日暮雲。
野花留寶靨,蔓草見羅裙。歸鳳求凰意,寥寥不複聞。
 
433 4 - 28 朝雨 五言律詩  
涼氣曉蕭蕭,江雲亂眼飄。風鴛藏近渚,雨燕集深條。
黃綺終辭漢,巢由不見堯。草堂樽酒在,幸得過清朝。
 
434 4 - 29 晩晴 五言律詩  
村晚驚風度,庭幽過雨沾。夕陽薰細草,江色映疏簾。
書亂誰能帙,杯幹可自添。時聞有餘論,未怪老夫潛。
 
435 4 - 30 高楠 五言律詩  
楠樹色冥冥,江邊一蓋青。近根開藥圃,接葉製茅亭。
落景陰猶合,微風韻可聽。尋常絕醉困,臥此片時醒。
 
436 4 - 31 惡樹 五言律詩  
獨繞虛齋裡,常持小斧柯。幽陰成頗雜,惡木翦還多。
枸杞因吾有,雞棲奈汝何?方知不材者,生長漫婆娑。
 
437 4 - 32 江畔獨步尋花七絕句 其一
 紅梅0021七言絶句  
江上被花惱不徹,無處告訴只顛狂。
走覓南鄰愛酒伴,經旬出飲獨空床。
 
438 4 - 33 江畔獨步尋花七絕句 其二
 七言絶句  
稠花亂蕊裹江濱,行步欹危實怕春。
詩酒尚堪驅使在,未須料理白頭人。
 
439 4 - 34 江畔獨步尋花七絕句 其三
 七言絶句  
江深竹靜兩三家,多事紅花映白花。
報答春光知有處,應須美酒送生涯。
 
440 4 - 35 江畔獨步尋花七絕句 其四
 七言絶句  
東望少城花滿煙,百花高樓更可憐。
誰能載酒開金盞,喚取佳人舞繡筵?
 
441 4 - 36 江畔獨步尋花七絕句 其五
七言絶句  
黃師塔前江水東,春光懶困倚微風。
桃花一簇開無主,可愛深紅愛淺紅?
 
442 4 - 37 江畔獨步尋花七絕句 其六
 七言絶句  
黃四娘家花滿蹊,千朵萬朵壓枝低。
留連戲蝶時時舞,自在嬌鶯恰恰啼。
 
443 4 - 38 江畔獨步尋花七絕句 其七
 七言絶句  
不是愛花即欲死,只恐花盡老相催。
繁枝容易紛紛落,嫩蕊商量細細開。
 
445 4 - 40 絶句漫興九首 其一
 七言絶句  
眼見客愁愁不醒,無賴春色到江亭。
即遣花開深造次,便教鶯語太丁寧。
 
446 4 - 41 絶句漫興九首 其二
 七言絶句  
手種桃李非無主,野老牆低還是家。
恰似春風相欺得,夜來吹折數枝花。
 
447 4 - 42 絶句漫興九首 其三
 七言絶句  
熟知茅齋絕低小,江上燕子故來頻。
銜泥點汙琴書內,更接飛蟲打著人。
 
448 4 - 43 絶句漫興九首 其四
 七言絶句  
二月已破三月來,漸老逢春能幾回。
莫思身外無窮事,且盡生前有限杯。
 
449 4 - 44 絶句漫興九首 其五
 七言絶句  
腸斷春江欲盡頭,杖藜徐步立芳洲。
顛狂柳絮隨風去,輕薄桃花逐水流。
 
450 4 - 45 絶句漫興九首 其六
 七言絶句  
懶慢無堪不出村,呼兒自在掩柴門。
蒼苔濁酒林中靜,碧水春風野外昏。
 
451 4 - 46 絶句漫興九首 其七
 七言絶句  
糝徑楊花鋪白氈,點溪荷葉疊青錢。
筍根雉子無人見,沙上鳧雛傍母眠。
 
452 4 - 47 絶句漫興九首 其八
 七言絶句  
舍西柔桑葉可拈,江畔細麥複纖纖。
人生幾何春已夏,不放香醪如蜜甜。
 
453 4 - 48 絶句漫興九首 其九 七言絶句  
隔戶楊柳弱裊裊,恰似十五女兒腰。
誰謂朝來不作意?狂風挽斷最長條。
菜の花001

絶句漫興九首 其九 成都浣花渓 杜甫 <453>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2210 杜甫詩1000-453-636/1500

絶句漫興九首其九 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 48)  

2013年4月11日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第五段-#5 宋玉  <00-#15>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 644 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2204
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集絶句漫興九首 其九 成都浣花渓 杜甫 <453>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2210 杜甫詩1000-453-636/1500
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

絶句漫興九首 其九 成都浣花渓 杜甫 <453>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2210 杜甫詩1000-453-636/1500



詩 題:絶句漫興九首其九 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 48) 
作時761年3・4・5月頃杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の453首目-場面4 – 48
杜甫ブログ1500回予定の-636回目  




 4-40.
絶句漫興 九首 其一
眼見客愁愁不醒,無賴春色到江亭。
即遣花開深造次,便教鶯語太丁寧。
旅客になってその愁いを目を凝らしてみるようになったがその愁いは未だに目覚め、晴れてはくれない。官を辞して仕事に就くことのない生活であるがこの春景色の中でここ浣花渓に面したところに四阿を作るまでになったのである。
即ち、花が咲き誇るのを奥深い所まで僅かの時をずらして咲くようにしたことであり、即ち、鶯が春を告げてくれるのが花の咲くのに合わせて丁寧に教えてくれるようになっている。

2 4-41 
絶句漫興 九首 其二
手種桃李非無主,野老牆低還是家。
恰似春風相欺得,夜來吹折數枝花。
濯錦江の私の農園を「浣花」の花園にする計画で自分が手ずから種えた桃や李は他の主がないところで花を咲かせているものとは同じであるわけはない。一昨年この地にきて隠棲しているこの老人の家の墻はたしかに低いにはひくいがそれでも隠棲している家としてはこんなものだ。
それにしてもこの隠棲して気に入っている農園を、まるで春風に侮辱されたようなものである、それというのも、ゆうぺからの突風で二三本花の枝が吹き折られてしまったのである。

3 4-42 
絶句漫興 九首 其三
熟知茅齋絕低小,江上燕子故來頻。
銜泥點汙琴書內,更接飛蟲打著人。
もうよく知っているはずであるのだが我家の茅で葺いた家に極端に低くて小さい所に、濯錦江の上に飛んでいるつばめが頻繁にやってくる。
泥を口に銜え巣作りをして懸命にするのはいいのだが、わたしの琴や書籍と部屋内にそれを落して汚していくのだ。そしてさらによくあることは、飛んで行って虫を取るのだけれど家の中から出てきた人にぶっつかってしまうこともあるのだ。

 4-43 
絶句漫興 九首 其四
二月已破三月來,漸老逢春能幾回。
莫思身外無窮事,且盡生前有限杯。
二月も終わってしまって三月がやって来た。ようやく春をここで迎えたがいくつか廻ってきた分だけ老いたのだ。(でも、いい春をむかえたなあ。)
確かに、故郷を離れ、官から離れているけれど仕事を責任を持ち突き詰めてやることはないのである。そしてこの生涯、どんなに頑張っても酒を呑めることには限りがあるというものだ。
(だから心行くまで呑み続けたいものだ。)


5 4 – 44
絶句漫興 九首 其五 
腸斷春江欲盡頭,杖藜徐步立芳洲。
顛狂柳絮隨風去,輕薄桃花逐水流。
春についての思いの高まりが消失していく濯錦江に春景色が終わろうとしている。仙人が持つ藜の杖をついておもむろにあるき、そして花が咲き誇り香が漂う中洲に立つのである。
柳絮が吹雪のように飛び交いまるで狂うほど乱舞し、強いか座が吹いて遠く飛ばされている。桃の花がさいてはいるが値打ちが低くなっている落ちた花弁は水の流れに消えていくのである。

6 4 – 45
絶句漫興 九首 其六
懶慢無堪不出村,呼兒自在掩柴門。
蒼苔濁酒林中靜,碧水春風野外昏。
自分は懶惰、怠慢で、そのうえものごとに堪えることの無いものであるから村からそとへはでないのだ、きままに家ですごし、こどもを呼んでは柴門をとざさせている。
庭から続く蒼苔は林の中まで敷つめていて静かであるから濁酒はすすむ。碧水をたたえた濯錦江を春風が吹きわたり、遠い野はらは何の変りもなく暮れていく。
7 4 – 46
紅梅0021絕句漫興 九首 其七
糝徑楊花鋪白氈,點溪荷葉疊青錢。
筍根雉子無人見,沙上鳧雛傍母眠。
柳絮や楊花が路に落ちて雑炊の厚ての白い絨毯を敷き詰めたように見える小道をすすむ。濯錦江に灌ぐ点在した渓水には蓮の葉が靑銅銭を重ねているようだ。
静かな竹林に進むと若竹の根元に人には見えない小さ な竹の子がきっと人知れずひそんでいる。濯錦江の中洲の沙には野鴨の雛がひねもす母鴨の傍で寝ている。

8 4 – 47
絶句漫興九首  其八 
舍西柔桑葉可拈,江畔細麥複纖纖。
人生幾何春已夏,不放香醪如蜜甜。
北鄰の官舎から我家の西の方にかけて植えている桑畑の桑の葉の新芽のやわらかい葉を摘みとる。濯錦江の河畔には越冬して育ってきた麦が細く長く伸びてきている。
人生それほど長くはないものであるが、春も終わりもう夏になっている。作っているお酒の醪の香醇な香りももう八しられなくなってきて蜂蜜のようにとても甘くなっている。(季節は本当に変わっている。)

9   4 – 48
『絕句漫興九首』其九
隔戶楊柳弱裊裊,恰似十五女兒腰。
柴門の扉の向こうに柳並木が見え、若い枝はやわらかくかぜにゆれている。それはまるで大人になり立ての初々しい十五の細腰のようである。
誰謂朝來不作意?狂風挽斷最長條。

そんなに若々しいものであっても、誰かが言っているように暮れて行き朝が来るようにとろうと思わないで年を取っていくものであるし、又、狂ったような強風によって最も長くて若々しいその細腰も、引っ張り、引き戻して断ち切られることだってあるのである。


(絕句漫興九首 其の九) 
戶を隔てて楊柳 弱らかく裊裊とし,恰【あたか】も十五 女兒の腰に似たり。
誰か謂う 朝來して 意を作さざらん?狂風 挽斷するは 最も長條なるも。

江畔独歩尋花


『絕句漫興九首』其九 
現代語訳と訳註
(本文)

隔戶楊柳弱裊裊,恰似十五女兒腰。
誰謂朝來不作意?狂風挽斷最長條。


(下し文)
(絕句漫興九首 其の九) 
戶を隔てて楊柳 弱らかく裊裊とし,恰【あたか】も十五 女兒の腰に似たり。
誰か謂う 朝來して 意を作さざらん?狂風 挽斷するは 最も長條なるも。


(現代語訳)
柴門の扉の向こうに柳並木が見え、若い枝はやわらかくかぜにゆれている。それはまるで大人になり立ての初々しい十五の細腰のようである
そんなに若々しいものであっても、誰かが言っているように暮れて行き朝が来るようにとろうと思わないで年を取っていくものであるし、又、狂ったような強風によって最も長くて若々しいその細腰も、引っ張り、引き戻して断ち切られることだってあるのである。

菖蒲02
(訳注)
絶句漫興九首 其九
(絶句漫興 九首、その九)
興にふれてふとつくった絶句、上元二年春浣花の草堂にあっての作
其八に桑葉が出た、桑畑は儒教では美しい賢女が働く場である。その故事に基づいて 其九はうたわれる。ここまでは触れなかったのであるが、この漫興九首シリーズは杜甫には珍しい、「男女に関する隠語(閨情詩の用語)」で歌われているのである。ここまで述べた訳語とまったく異なった閨情詩でもある。杜甫の評価は儒者ほど高い評価をしており、儒者は頽廃として閨情詩を嫌った。そのためこの漫興九首の評価が低く、取り上げられることが少なかったのである。しかし、杜甫の描析研究においてきわめてこの「漫興九首」は重要な作品集なのである。私はこうした意味においても杜甫詩は一詩たりともはしょったり、良いとこどりをして自分の論理にあてはめていく方法の論文しかないことを止めなければいけないと思うのである。


隔戶楊柳弱裊裊,恰似十五女兒腰。
柴門の扉の向こうに柳並木が見え、若い枝はやわらかくかぜにゆれている。それはまるで大人になり立ての初々しい十五の細腰のようである
・戶 杜甫の家には柴門に扉があるだけである。その向こうに柳並木が見えるのである。楊は男性を示すヤナギで、柳は女性を示すヤナギなのである。それが柴門・扉の向こうにあるということ。これは閨情詩では男女の性交をあらわす句なのだ。柳は肉感女性ではなく、嬌細腰の女性、傾国の細腰をいう。
・裊裊 【じょうじょう】①風が木などを揺らす、ゆらゆらゆれるさま。②声が続いて絶えないさま。嫋嫋。③しなやかにまといつくさま。男女の絡み合いを示す用語である。
・恰似ちょうど…のようである.
・十五女兒腰 細腰。十五は女の成人の年=結髪。大人になり立ての初々しい嬌細腰である


誰謂朝來不作意?狂風挽斷最長條。
そんなに若々しいものであっても、誰かが言っているように暮れて行き朝が来るようにとろうと思わないで年を取っていくものであるし、又、狂ったような強風によって最も長くて若々しいその細腰も、引っ張り、引き戻して断ち切られることだってあるのである。
・朝來 時の経過をいう。「暮去朝來」.に基づく。『例子』「黃昏過去,清晨又到來。謂歲月流逝。」
・不作意 現在の事実・事象に対して積極的に働きかける行動をとらず,それらの事実・事象を放置。見晴らしを妨げる行為をしないなど。
挽斷 引っ張り、引き戻して断ち切ること。
最長條 最も長い柳の枝。

絶句漫興九首 其八 成都浣花渓 杜甫 <452>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2205 杜甫詩1000-452-635/1500

絶句漫興九首其八 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 47)  



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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

絶句漫興九首 其八 成都浣花渓 杜甫 <452>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2205 杜甫詩1000-452-635/1500


詩 題:絶句漫興九首其八 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 47) 
作時761年3・4・5月頃杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の452首目-場面4 – 47
杜甫ブログ1500回予定の-635回目  


8 4 – 47
絶句漫興九首  其八 
舍西柔桑葉可拈,江畔細麥複纖纖。
北鄰の官舎から我家の西の方にかけて植えている桑畑の桑の葉の新芽のやわらかい葉を摘みとる。濯錦江の河畔には越冬して育ってきた麦が細く長く伸びてきている。
人生幾何春已夏,不放香醪如蜜甜。

人生それほど長くはないものであるが、春も終わりもう夏になっている。作っているお酒の醪の香醇な香りももう放たれなくなってきて蜂蜜のようにとても甘くなっている。(季節は本当に変わっている。)
舍の西 柔らかき桑 葉は拈る可し,江畔の細麥【さいばく】複た纖纖【せんせん】たり。
人生 幾何か 春已に夏,香醪【こうろう】を放たず 蜜の如く甜【てん】。

DCF00106













『絕句漫興九首』其八 現代語訳と訳註
(本文)

 舍西柔桑葉可拈,江畔細麥複纖纖。
人生幾何春已夏,不放香醪如蜜甜。


(下し文)
舍の西 柔らかき桑 葉は拈る可し,江畔の細麥【さいばく】複た纖纖【せんせん】たり。
人生 幾何か 春已に夏,香醪【こうろう】を放たず 蜜の如く甜【てん】。

(現代語訳)
北鄰の官舎から我家の西の方にかけて植えている桑畑の桑の葉の新芽のやわらかい葉を摘みとる。濯錦江の河畔には越冬して育ってきた麦が細く長く伸びてきている。
人生それほど長くはないものであるが、春も終わりもう夏になっている。作っているお酒の醪の香醇な香りももう放たれなくなってきて蜂蜜のようにとても甘くなっている。(季節は本当に変わっている。)

(訳注)
絶句漫興 九首 其八

興にふれてふとつくった絶句、上元二年春浣花の草堂にあっての作。草堂の周囲、生活の中で春から夏への変化に気づく。

  
舍西柔桑葉可拈,江畔細麥複纖纖。
初夏001北鄰の官舎から我家の西の方にかけて植えている桑畑の桑の葉の新芽のやわらかい葉を摘みとる。濯錦江の河畔には越冬して育ってきた麦が細く長く伸びてきている。
・柔桑 やわらかい桑の葉を摘む。『詩経、豳風、七月』「女执懿筐,遵彼微行,爰求柔桑。」(女は懿筐を執り,彼の微行に遵って,爰に柔桑を求む。)
・拈 ひねる。つまむ。
麦(むぎ)とは、コムギ、オオムギ、ライムギ、エンバクなど[1]の、外見の類似したイネ科穀物の総称である。二年草であることから、去年草(こぞくさ)という異称がある。二年生植物は、1年目には茎や葉、根などの栄養器官を形成して、そのまま休眠して越冬する。そして2年目の春、あるいは夏に開花し、種子を生産して枯れ、生活環を終える。この2年目の春から初夏の段階の麦の状態を「細麥」としたのであろう。
・現代では、細麦(ささめむぎ)とは
1.麦は押麦などの主食用のほかパン、麺類、麦茶、麦味噌、焼酎、ビールなどに使用されている。用途に応じて強力粉、中力粉、薄力粉などに精製される。
2.麦の粒にはミリ単位の普通粒、大粒などがあり、その中でもおよそ2mm以下のふるいにかけられて通過した麦を「細麦」と呼ぶ。「細麦」は粒形が均一で。硬質粒が少なく、つるつるモチモチとした食感が特徴である。
・纖纖 ほっそりとしているさま。かぼそいさま。 「纖纖たる細腰に軽綺の長裾を曳き/佳人之奇遇)」 
『泛溪』
落景下高堂,進舟泛回溪。誰謂築居小,未盡喬木西。
遠郊信荒僻,秋色有餘淒。練練峰上雪,纖纖雲表霓。
童戲左右岸,罟弋畢提擕。翻倒荷芰亂,指揮徑路迷。
得魚已割鱗,采藕不洗泥。人情逐鮮美,物賤事已睽。
吾村靄暝姿,異舍雞亦棲。蕭條欲何適,出處無可齊。
衣上見新月,霜中登故畦。濁醪自初熟,東城多鼓鼙。
泛溪 杜甫 成都(3)浣花渓の草(3 -8-#1)  杜甫 <394-#1 五言古詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1903 杜甫詩1000-394-575/1500


人生幾何春已夏,不放香醪如蜜甜。
人生それほど長くはないものであるが、春も終わりもう夏になっている。作っているお酒の醪の香醇な香りももう放たれなくなってきて蜂蜜のようにとても甘くなっている。(季節は本当に変わっている。)
幾何 1 数量・程度の不明・不定なことをいう語。どれほど。2ある程度。若干。3 あとに係助詞「も」と打消しの語を伴って、数量・程度が多くないことを表す。
・醪 もろみ。
・蜜甜 ひじょうにあまい。蜜:はちみつ。甜:あまいもの。・甜茶(てんちゃ)、中国茶の中で植物学上の茶とは異なる木の葉から作られた甘いお茶の総称。古くからある薬草茶の一つ。

絶句漫興九首 其七 成都浣花渓 杜甫 <451>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2200 杜甫詩1000-451-634/1500

絶句漫興九首其七 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 46) 


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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

絶句漫興九首 其七 成都浣花渓 杜甫 <451>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2200 杜甫詩1000-451-634/1500



詩 題:絶句漫興九首其七 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 46) 
作時761年3・4・5月頃杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の451首目-場面4 – 46
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4-40.
絶句漫興 九首 其一
眼見客愁愁不醒,無賴春色到江亭。
旅客になってその愁いを目を凝らしてみるようになったがその愁いは未だに目覚め、晴れてはくれない。官を辞して仕事に就くことのない生活であるがこの春景色の中でここ浣花渓に面したところに四阿を作るまでになったのである。
即遣花開深造次,便教鶯語太丁寧。
即ち、花が咲き誇るのを奥深い所まで僅かの時をずらして咲くようにしたことであり、即ち、鶯が春を告げてくれるのが花の咲くのに合わせて丁寧に教えてくれるようになっている。

4-41 絶句漫興 九首 其二
手種桃李非無主,野老牆低還是家。
濯錦江の私の農園を「浣花」の花園にする計画で自分が手ずから種えた桃や李は他の主がないところで花を咲かせているものとは同じであるわけはない。一昨年この地にきて隠棲しているこの老人の家の墻はたしかに低いにはひくいがそれでも隠棲している家としてはこんなものだ。
恰似春風相欺得,夜來吹折數枝花。
それにしてもこの隠棲して気に入っている農園を、まるで春風に侮辱されたようなものである、それというのも、ゆうぺからの突風で二三本花の枝が吹き折られてしまったのである。

4-42 絶句漫興 九首 其三
熟知茅齋絕低小,江上燕子故來頻。
もうよく知っているはずであるのだが我家の茅で葺いた家に極端に低くて小さい所に、濯錦江の上に飛んでいるつばめが頻繁にやってくる。
銜泥點汙琴書內,更接飛蟲打著人。
泥を口に銜え巣作りをして懸命にするのはいいのだが、わたしの琴や書籍と部屋内にそれを落して汚していくのだ。そしてさらによくあることは、飛んで行って虫を取るのだけれど家の中から出てきた人にぶっつかってしまうこともあるのだ。

4-43 絶句漫興 九首 其四
二月已破三月來,漸老逢春能幾回。
二月も終わってしまって三月がやって来た。ようやく春をここで迎えたがいくつか廻ってきた分だけ老いたのだ。(でも、いい春をむかえたなあ。)
莫思身外無窮事,且盡生前有限杯。

確かに、故郷を離れ、官から離れているけれど仕事を責任を持ち突き詰めてやることはないのである。そしてこの生涯、どんなに頑張っても酒を呑めることには限りがあるというものだ。
(だから心行くまで呑み続けたいものだ。)


4 – 44絶句漫興 九首 其五 
腸斷春江欲盡頭,杖藜徐步立芳洲。
春についての思いの高まりが消失していく濯錦江に春景色が終わろうとしている。仙人が持つ藜の杖をついておもむろにあるき、そして花が咲き誇り香が漂う中洲に立つのである。
顛狂柳絮隨風去,輕薄桃花逐水流。

柳絮が吹雪のように飛び交いまるで狂うほど乱舞し、強いか座が吹いて遠く飛ばされている。桃の花がさいてはいるが値打ちが低くなっている落ちた花弁は水の流れに消えていくのである。

6 4 – 45絶句漫興 九首 其六
懶慢無堪不出村,呼兒自在掩柴門。
自分は懶惰、怠慢で、そのうえものごとに堪えることの無いものであるから村からそとへはでないのだ、きままに家ですごし、こどもを呼んでは柴門をとざさせている。
蒼苔濁酒林中靜,碧水春風野外昏。
庭から続く蒼苔は林の中まで敷つめていて静かであるから濁酒はすすむ。碧水をたたえた濯錦江を春風が吹きわたり、遠い野はらは何の変りもなく暮れていく。

74 – 46
絕句漫興 九首 其七
糝徑楊花鋪白氈,點溪荷葉疊青錢。
柳絮や楊花が路に落ちて雑炊の厚ての白い絨毯を敷き詰めたように見える小道をすすむ。濯錦江に灌ぐ点在した渓水には蓮の葉が靑銅銭を重ねているようだ。
筍根雉子無人見,沙上鳧雛傍母眠。

静かな竹林に進むと若竹の根元に人には見えない小さ な竹の子がきっと人知れずひそんでいる。濯錦江の中洲の沙には野鴨の雛がひねもす母鴨の傍で寝ている。

糝徑【しんけい】楊花【ようか】白氈【はくせん】に鋪【し】き,點溪【てんけい】荷葉【かよう】青錢【せいせん】を疊す。
筍根【じゅんこん】雉子【ちし】人見る無く,沙上【さじょう】鳧雛【ふすう】母の傍【かたわ】らに眠る。

『絕句漫興九首』其七 現代語訳と訳註
hasu005


(本文) 絕句漫興 九首 其七
糝徑楊花鋪白氈,點溪荷葉疊青錢。
筍根雉子無人見,沙上鳧雛傍母眠。


(下し文)
糝徑【しんけい】楊花【ようか】白氈【はくせん】に鋪【し】き,點溪【てんけい】荷葉【かよう】青錢【せいせん】を疊す。
筍根【じゅんこん】雉子【ちし】人見る無く,沙上【さじょう】鳧雛【ふすう】母の傍【かたわ】らに眠る。


(現代語訳)
柳絮や楊花が路に落ちて雑炊の厚ての白い絨毯を敷き詰めたように見える小道をすすむ。濯錦江に灌ぐ点在した渓水には蓮の葉が靑銅銭を重ねているようだ。
静かな竹林に進むと若竹の根元に人には見えない小さ な竹の子がきっと人知れずひそんでいる。濯錦江の中洲の沙には野鴨の雛がひねもす母鴨の傍で寝ている。


(訳注)
絕句漫興 九首 其七

komichi03興にふれてふとつくった絶句、上元二年春浣花の草堂にあっての作。絶句は起承転結を絶対条件で、対句は絶対条件ではない。この詩はその両者が見事に詠いあげられている、この九首の中のハイライトというべき詩であろう。その詩は読み下しをして読むよりそのまま音読みした方が良くわかる。或は勉強のためにはいろんな読み方をしても面白いかもしれない。


糝徑楊花鋪白氈,點溪荷葉疊青錢。
柳絮や楊花が路に落ちて雑炊の厚ての白い絨毯を敷き詰めたように見える小道をすすむ。濯錦江に灌ぐ点在した渓水には蓮の葉が靑銅銭を重ねているようだ。
・糝徑楊花 柳絮や楊花が路に落ちて雑炊のように見える道を云う。糝:(1)米の粉をかきまぜて煮たてたあつもの。(2)雑炊。「径に糝【まじ】えて」とよむのは意味が違うことになりまちがい。読みやすい詩は間違えやすいから注意。
・鋪白氈  氈:獣毛を縮絨(しゅくじゅう)した布。「氈褥(せんじょく)/毛氈」
・點溪荷葉 蓮の葉が点在した渓水。浣花渓は錦江の予水池のような場所で湿地沼地が点在してそれが錦江につながっているところで、「渓」は渓谷ではなく、谷川ではない水路と小路なのだ。「渓に点じて」とよむもここの地形を考えると間違いで「点渓」があり、そこに荷葉があり、景色が移動する様子を讀まないといけない。杜甫の詩は王維と違って、謝靈運、孟浩然などと同様、動いた景色を詠みこんでいることに注目する。
・青錢 青銅銭のこと。蓮の葉が穴の空いた銅銭が散らばって水に浮いているように見るえ。


筍根雉子無人見,沙上鳧雛傍母眠。
静かな竹林に進むと若竹の根元に人には見えない小さ な竹の子がきっと人知れずひそんでいる。濯錦江の中洲の沙には野鴨の雛がひねもす母鴨の傍で寝ている。
・筍根 竹の子、若竹のこと。
・雉子 「若竹の根元に人には見えない小さ な竹の子(稚子)がひそんでいる」こと。
・鳧雛 岸の砂上ではカモの雛が親ガモのそばで 寝ている。

絶句漫興九首 其六 成都浣花渓 杜甫 <450>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2195 杜甫詩1000-450-633/1500

絶句漫興九首其六 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 45) 


2013年4月8日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集東陽溪中贈答二首その(1) 謝霊運<38> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2191 (04/08)
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性

寄贈薛濤  元稹  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-129--#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2192

 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

絶句漫興九首 其六 成都浣花渓 杜甫 <450>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2195 杜甫詩1000-450-633/1500


詩 題:絶句漫興九首其六 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 45) 
作時761年3・4・5月頃杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の450首目-場面4 – 45
杜甫ブログ1500回予定の-633回目




4-40.
絶句漫興 九首 其一
眼見客愁愁不醒,無賴春色到江亭。
旅客になってその愁いを目を凝らしてみるようになったがその愁いは未だに目覚め、晴れてはくれない。官を辞して仕事に就くことのない生活であるがこの春景色の中でここ浣花渓に面したところに四阿を作るまでになったのである。
即遣花開深造次,便教鶯語太丁寧。
即ち、花が咲き誇るのを奥深い所まで僅かの時をずらして咲くようにしたことであり、即ち、鶯が春を告げてくれるのが花の咲くのに合わせて丁寧に教えてくれるようになっている。

4-41 絶句漫興 九首 其二
手種桃李非無主,野老牆低還是家。
濯錦江の私の農園を「浣花」の花園にする計画で自分が手ずから種えた桃や李は他の主がないところで花を咲かせているものとは同じであるわけはない。一昨年この地にきて隠棲しているこの老人の家の墻はたしかに低いにはひくいがそれでも隠棲している家としてはこんなものだ。
恰似春風相欺得,夜來吹折數枝花。

それにしてもこの隠棲して気に入っている農園を、まるで春風に侮辱されたようなものである、それというのも、ゆうぺからの突風で二三本花の枝が吹き折られてしまったのである。

4-42 絶句漫興 九首 其三
熟知茅齋絕低小,江上燕子故來頻。
もうよく知っているはずであるのだが我家の茅で葺いた家に極端に低くて小さい所に、濯錦江の上に飛んでいるつばめが頻繁にやってくる。
銜泥點汙琴書內,更接飛蟲打著人。
泥を口に銜え巣作りをして懸命にするのはいいのだが、わたしの琴や書籍と部屋内にそれを落して汚していくのだ。そしてさらによくあることは、飛んで行って虫を取るのだけれど家の中から出てきた人にぶっつかってしまうこともあるのだ。

4-43 絶句漫興 九首 其四
二月已破三月來,漸老逢春能幾回。
二月終わってしまって三月がやって来た。ようやく春をここで迎えたがいくつか廻ってきた分だけ老いたのだ。(でも、いい春をむかえたなあ。)
莫思身外無窮事,且盡生前有限杯。
確かに、故郷を離れ、官から離れているけれど仕事を責任を持ち突き詰めてやることはないのである。そしてこの生涯、どんなに頑張っても酒を呑めることには限りがあるというものだ。
(だから心行くまで呑み続けたいものだ。)


4 – 44絶句漫興 九首 其五 
腸斷春江欲盡頭,杖藜徐步立芳洲。
春についての思いの高まりが消失していく濯錦江に春景色が終わろうとしている。仙人が持つ藜の杖をついておもむろにあるき、そして花が咲き誇り香が漂う中洲に立つのである。
顛狂柳絮隨風去,輕薄桃花逐水流。
柳絮が吹雪のように飛び交いまるで狂うほど乱舞し、強いか座が吹いて遠く飛ばされている。桃の花がさいてはいるが値打ちが低くなっている落ちた花弁は水の流れに消えていくのである。

6 4 – 45絶句漫興 九首 其六
懶慢無堪不出村,呼兒自在掩柴門。
自分は懶惰、怠慢で、そのうえものごとに堪えることの無いものであるから村からそとへはでないのだ、きままに家ですごし、こどもを呼んでは柴門をとざさせている。
蒼苔濁酒林中靜,碧水春風野外昏。
庭から続く蒼苔は林の中まで敷つめていて静かであるから濁酒はすすむ。碧水をたたえた濯錦江を春風が吹きわたり、遠い野はらは何の変りもなく暮れていく。

懶慢【らんまん】堪うる無く村を出でず、児を呼び自ら在りて柴門を掩【おお】わしむ。
蒼苔【そうたい】濁酒 林中 静かに、碧水【へきすい】春風 野外 昏【くら】し。

杜甫草堂01

『絕句漫興九首』其六 現代語訳と訳註
(本文)
絶句漫興 九首 其六
懶慢無堪不出村,呼兒自在掩柴門。
蒼苔濁酒林中靜,碧水春風野外昏。


(下し文)
懶慢【らんまん】堪うる無く村を出でず、児を呼び自ら在りて柴門を掩【おお】わしむ。
蒼苔【そうたい】濁酒 林中 静かに、碧水【へきすい】春風 野外 昏【くら】し。

(現代語訳)
自分は懶惰、怠慢で、そのうえものごとに堪えることの無いものであるから村からそとへはでないのだ、きままに家ですごし、こどもを呼んでは柴門をとざさせている。
庭から続く蒼苔は林の中まで敷つめていて静かであるから濁酒はすすむ。碧水をたたえた濯錦江を春風が吹きわたり、遠い野はらは何の変りもなく暮れていく。


(訳注) 6 4 – 45
絶句漫興九首
(絶句漫興 九首)
興にふれてふとつくった絶句、隠棲生活、今日も何事もなく暮れていく。761年上元二年春浣花の草堂にあっての作
   
 絶句漫興 九首 其六
懶慢無堪不出村,呼兒自在掩柴門。

自分は懶惰、怠慢で、そのうえものごとに堪えることの無いものであるから村からそとへはでないのだ、きままに家ですごし、こどもを呼んでは柴門をとざさせている。
○懶慢 ぶしよう。懶:ものうく。怠ける。懶惰。慢:おこたる。怠慢。あなどる。高慢。軽んずる。緩慢。
○無堪 事物に処するのに堪えるもののないこと、不才無能をいう。
〇自在或は日在 日日在家の意、日在は或は自在に作る、自在はきままにの意。
komichi03○柴門 杜甫『野老』
野老籬邊江岸迴,柴門不正逐江開。
漁人網集澄潭下,估客船隨返照來。
長路關心悲劍閣,片雲何意傍琴台?
王師未報收東郡,城闕秋生畫角哀。
 野老 杜甫 <373  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1799 杜甫詩 1000- 549
南鄰
錦裡先生烏角巾,園收芋栗未全貧。
慣看賓客兒童喜,得食階除鳥雀馴。
秋水纔深四五尺,野航恰受兩三人。
白沙翠竹江村暮,相送柴門月色新。

南鄰 杜甫 成都(3)浣花渓の草堂(3 -1)  <383  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1859 杜甫詩1000-383-564/1500

『春水』
三月桃花浪,江流複舊痕。
朝來沒沙尾,碧色動柴門。
接縷垂芳餌,連筒灌小園。
已添無數鳥,爭浴故相喧。

春水 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 18)  杜甫 <423  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2060 杜甫詩1000-423-606/1500


蒼苔濁酒林中靜,碧水春風野外昏。
庭から続く蒼苔は林の中まで敷つめていて静かであるから濁酒はすすむ。碧水をたたえた濯錦江を春風が吹きわたり、遠い野はらは何の変りもなく暮れていく。
○蒼苔濁酒林中靜 蒼苔:草堂付近の林には苔が群生して敷き詰められていたようすをいう。幽竹、蒼苔は人気のないことを示す隠棲をあらわす言葉。
○碧水春風野外昏 江を隔てた遠野のさま。
○昏 何の変りもなく暮れていく。

絶句漫興九首 其五 成都浣花渓 杜甫 <449>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2190 杜甫詩1000-449-632/1500

絶句漫興九首其五 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 44)  


2013年4月7日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

絶句漫興九首 其五 成都浣花渓 杜甫 <449>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2190 杜甫詩1000-449-632/1500


詩 題:絶句漫興九首其五 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 44) 
作時761年3・4・5月頃杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の449首目-場面4 – 44
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4 – 44絶句漫興 九首 其五 
腸斷春江欲盡頭,杖藜徐步立芳洲。
春についての思いの高まりが消失していく濯錦江に春景色が終わろうとしている。仙人が持つ藜の杖をついておもむろにあるき、そして花が咲き誇り香が漂う中洲に立つのである。
顛狂柳絮隨風去,輕薄桃花逐水流。

柳絮が吹雪のように飛び交いまるで狂うほど乱舞し、強いか座が吹いて遠く飛ばされている。桃の花がさいてはいるが値打ちが低くなっている落ちた花弁は水の流れに消えていくのである。
杏の花001
腸斷 春江 盡きんと欲するの頭【ほと】り,藜【あかざ】に杖して徐【おもむろ】に步み芳洲に立つ。
顛狂 柳絮 風に隨って去り,輕薄 桃花 水流に逐う。




『絕句漫興九首』其五 現代語訳と訳註
(本文)

腸斷春江欲盡頭,杖藜徐步立芳洲。
顛狂柳絮隨風去,輕薄桃花逐水流。


(下し文)
腸斷 春江 盡きんと欲するの頭【ほと】り,藜【あかざ】に杖して徐【おもむろ】に步み芳洲に立つ。
顛狂 柳絮 風に隨って去り,輕薄 桃花 水流に逐う。


(現代語訳)

初夏001春についての思いの高まりが消失していく濯錦江に春景色が終わろうとしている。仙人が持つ藜の杖をついておもむろにあるき、そして花が咲き誇り香が漂う中洲に立つのである。
柳絮が吹雪のように飛び交いまるで狂うほど乱舞し、強いか座が吹いて遠く飛ばされている。桃の花がさいてはいるが値打ちが低くなっている落ちた花弁は水の流れに消えていくのである。


(訳注)
絶句漫興九首(絶句漫興 九首)
興にふれてふとつくった絶句、上元二年春浣花の草堂にあっての作

  
腸斷春江欲盡頭,杖藜徐步立芳洲。
春についての思いの高まりが消失していく濯錦江に春景色が終わろうとしている。仙人が持つ藜の杖をついておもむろにあるき、そして花が咲き誇り香が漂う中洲に立つのである。
○腸斷 思いのたかまりが消失していくこと。
○春江 春景色の濯錦江。
○欲盡頭 春を盛りにしていた景色の構成要素が消滅していくこと。
○藜 アカザ科の一年草。空き地や路傍に生え、高さ約1.5メートル。茎は堅い。葉はひし形に近い卵形で、縁は波形。若葉は紅色をし、食べられる。晩夏、黄緑色の小花が穂状に密生する。中国の原産。近縁種にシロザがある。仙人にとっては必携の「アカザの杖(あかざのつえ)」であるが、中風の予防になるとして昔から有名である。
江畔独歩尋花○徐步 おもむろにあるく。杜甫『徐步』
整履步青蕪,荒庭日欲晡。芹泥隨燕觜,花蕊上蜂須。
把酒從衣濕,吟詩信杖扶。敢論才見忌?實有醉如愚。
おもむろにあるく。前詩『獨酌』では酔っていない段階の詩を書き、酔い覚ましに散歩した様子を詠う。
○芳洲 草堂の前の中洲に『江畔獨步尋花七絕句』で詠っているので参照。杜甫の草堂で濯錦江はコの字に湾曲している。そこには大きな洲が出来ていた。


顛狂柳絮隨風去,輕薄桃花逐水流。
柳絮が吹雪のように飛び交いまるで狂うほど乱舞し、強いか座が吹いて遠く飛ばされている。桃の花がさいてはいるが値打ちが低くなっている落ちた花弁は水の流れに消えていくのである。
○顛狂 気が狂う。動作が落ち着かないことの喩え。顛:てっぺん。物の先端。逆さになる。ひっくり返る。
○柳絮 白い綿毛のついた柳の種子。また、それが春に飛び漂うこと。《季 春》。
○輕薄 (1)言動に慎重さを欠いて、誠意や真実みの感じられないさま。考えが浅くて信頼できないさま。おちつきがない。 (2)相手の機嫌をとるような言葉や行動。おべっか。ついしょう。 (3)軽くて薄いこと。きょうはく。(4)値打ちが低い。

絶句漫興九首 其四 成都浣花渓 杜甫 <448>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2185 杜甫詩1000-448-631/1500

絶句漫興九首其四 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 43)  


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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

絶句漫興九首 其四 成都浣花渓 杜甫 <448>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2185 杜甫詩1000-448-631/1500



詩 題:絶句漫興九首其四 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 43) 
作時761年3・4・5月頃杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の448首目-場面4 – 43
杜甫ブログ1500回予定の-631回目   40741



4-40.
絶句漫興 九首 其一
眼見客愁愁不醒,無賴春色到江亭。
旅客になってその愁いを目を凝らしてみるようになったがその愁いは未だに目覚め、晴れてはくれない。官を辞して仕事に就くことのない生活であるがこの春景色の中でここ浣花渓に面したところに四阿を作るまでになったのである。
即遣花開深造次,便教鶯語太丁寧。
即ち、花が咲き誇るのを奥深い所まで僅かの時をずらして咲くようにしたことであり、即ち、鶯が春を告げてくれるのが花の咲くのに合わせて丁寧に教えてくれるようになっている。

4-41 絶句漫興 九首 其二
手種桃李非無主,野老牆低還是家。

濯錦江の私の農園を「浣花」の花園にする計画で自分が手ずから種えた桃や李は他の主がないところで花を咲かせているものとは同じであるわけはない。一昨年この地にきて隠棲しているこの老人の家の墻はたしかに低いにはひくいがそれでも隠棲している家としてはこんなものだ。
恰似春風相欺得,夜來吹折數枝花。
それにしてもこの隠棲して気に入っている農園を、まるで春風に侮辱されたようなものである、それというのも、ゆうぺからの突風で二三本花の枝が吹き折られてしまったのである。

4-42 絶句漫興 九首 其三
熟知茅齋絕低小,江上燕子故來頻。
銜泥點汙琴書內,更接飛蟲打著人。
もうよく知っているはずであるのだが我家の茅で葺いた家に極端に低くて小さい所に、濯錦江の上に飛んでいるつばめが頻繁にやってくる。
泥を口に銜え巣作りをして懸命にするのはいいのだが、わたしの琴や書籍と部屋内にそれを落して汚していくのだ。そしてさらによくあることは、飛んで行って虫を取るのだけれど家の中から出てきた人にぶっつかってしまうこともあるのだ。

4-43 絶句漫興 九首 其四
二月已破三月來,漸老逢春能幾回。
二月終わってしまって三月がやって来た。ようやく春をここで迎えたがいくつか廻ってきた分だけ老いたのだ。(でも、いい春をむかえたなあ。)
莫思身外無窮事,且盡生前有限杯。

確かに、故郷を離れ、官から離れているけれど仕事を責任を持ち突き詰めてやることはないのである。そしてこの生涯、どんなに頑張っても酒を呑めることには限りがあるというものだ。
(だから心行くまで呑み続けたいものだ。)

二月は已破【や】みて三月來り,漸【ようや】く逢春 能く幾回するも老ゆ。
身外 窮事する無く思う莫れ,且つ盡すは生前 杯に限り有る。

珠櫻003










『絕句漫興九首』其四 現代語訳と訳註
(本文)

二月已破三月來,漸老逢春能幾回。
莫思身外無窮事,且盡生前有限杯。


(下し文)
二月は已破【や】みて三月來り,漸【ようや】く逢春 能く幾回するも老ゆ。
身外 窮事する無く思う莫れ,且つ盡すは生前 杯に限り有る。


(現代語訳)
二月終わってしまって三月がやって来た。ようやく春をここで迎えたがいくつか廻ってきた分だけ老いたのだ。(でも、いい春をむかえたなあ。)

確かに、故郷を離れ、官から離れているけれど仕事を責任を持ち突き詰めてやることはないのである。そしてこの生涯、どんなに頑張っても酒を呑めることには限りがあるというものだ。
(だから心行くまで呑み続けたいものだ。)


(訳注) 4 
二月已破三月來,漸老逢春能幾回。
二月終わってしまって三月がやって来た。ようやく春をここで迎えたがいくつか廻ってきた分だけ老いたのだ。(でも、いい春をむかえたなあ。)
○已破 やむ。破は強意の助詞。「読破」
・杜甫は春を迎えるにつけて、前の年とこの年の春だけ、平穏に迎えている。杜甫にとっては前年より幸福感が大きいはずで、そうした意味を込めてこの二句を作る。


莫思身外無窮事,且盡生前有限杯。
確かに、故郷を離れ、官から離れているけれど仕事を責任を持ち突き詰めてやることはないのである。そしてこの生涯、どんなに頑張っても酒を呑めることには限りがあるというものだ。(だから心行くまで呑み続けたいものだ。)
身外 故郷を離れ、官から離れていること。
○窮事 仕事を責任を持ち突き詰めてやること。
○有限 一定の限界がある。杜甫『前出塞九首 其六』「殺人亦有限,列國自有疆。」人はことごとく殺しつくせるわけのものでない。
江畔独歩尋花

成都(4)杜甫関連図

絶句漫興九首 其三 成都浣花渓 杜甫 <447>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2180 杜甫詩1000-447-630/1500

絶句漫興九首其三 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 42)  


2013年4月5日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩浮萍篇 曹植 魏詩<63-#1> 女性詩725 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2173
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第四段-#1 宋玉  <00-#9回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 638 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2174
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集絶句漫興九首 其三 成都浣花渓 杜甫 <447>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2180 杜甫詩1000-447-630/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集于南山往北山経湖中瞻眺 謝霊運<35> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2176 (04/05)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性光威裒姉妹三人、・・・・因次其韻。-#8 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-126--#8  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2177
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

絶句漫興九首 其三 成都浣花渓 杜甫 <447>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2180 杜甫詩1000-447-630/1500

詩 題:絶句漫興九首其三 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 42) 
作時761年3・4・5月頃杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の447首目-場面4 – 42
杜甫ブログ1500回予定の-630回目



4-40.
絶句漫興 九首 其一
眼見客愁愁不醒,無賴春色到江亭。
旅客になってその愁いを目を凝らしてみるようになったがその愁いは未だに目覚め、晴れてはくれない。官を辞して仕事に就くことのない生活であるがこの春景色の中でここ浣花渓に面したところに四阿を作るまでになったのである。
即遣花開深造次,便教鶯語太丁寧。
即ち、花が咲き誇るのを奥深い所まで僅かの時をずらして咲くようにしたことであり、即ち、鶯が春を告げてくれるのが花の咲くのに合わせて丁寧に教えてくれるようになっている。

4-41 絶句漫興九首其二
手種桃李非無主,野老牆低還是家。
濯錦江の私の農園を「浣花」の花園にする計画で自分が手ずから種えた桃や李は他の主がないところで花を咲かせているものとは同じであるわけはない。一昨年この地にきて隠棲しているこの老人の家の墻はたしかに低いにはひくいがそれでも隠棲している家としてはこんなものだ。
恰似春風相欺得,夜來吹折數枝花。

それにしてもこの隠棲して気に入っている農園を、まるで春風に侮辱されたようなものである、それというのも、ゆうぺからの突風で二三本花の枝が吹き折られてしまったのである。

4-42 絶句漫興 九首 其三
熟知茅齋絕低小,江上燕子故來頻。
もうよく知っているはずであるのだが我家の茅で葺いた家に極端に低くて小さい所に、濯錦江の上に飛んでいるつばめが頻繁にやってくる。
銜泥點汙琴書內,更接飛蟲打著人。
泥を口に銜え巣作りをして懸命にするのはいいのだが、わたしの琴や書籍と部屋内にそれを落して汚していくのだ。そしてさらによくあることは、飛んで行って虫を取るのだけれど家の中から出てきた人にぶっつかってしまうこともあるのだ。

熟知して 茅齋【ぼうさい】低小を絕【わた】る,江上 燕子 故【ことさら】に來頻す。
泥を銜み 汙を點じるは 琴書の內に,更に接すは 飛蟲して 著人を打つ。


江上のツバメ02『絕句漫興九首』其三 現代語訳と訳註
(本文)
絶句漫興 九首 其三
熟知茅齋絕低小,江上燕子故來頻。
銜泥點汙琴書內,更接飛蟲打著人。


(下し文)
熟知して 茅齋【ぼうさい】低小を絕【わた】る,江上 燕子 故【ことさら】に來頻す。
泥を銜み 汙を點じるは 琴書の內に,更に接すは 飛蟲して 著人を打つ。

(現代語訳)
もうよく知っているはずであるのだが我家の茅で葺いた家に極端に低くて小さい所に、濯錦江の上に飛んでいるつばめが頻繁にやってくる。
泥を口に銜え巣作りをして懸命にするのはいいのだが、わたしの琴や書籍と部屋内にそれを落して汚していくのだ。そしてさらによくあることは、飛んで行って虫を取るのだけれど家の中から出てきた人にぶっつかってしまうこともあるのだ。


(訳注) 3
絶句漫興丸首(絶句漫興 九首)

興にふれてふとつくった絶句、上元二年春浣花の草堂にあっての作。
やって来たツバメが随分成長したようだ。部屋を汚していく様子を腹立たしく思うことは全くないのだ。

熟知茅齋絕低小,江上燕子故來頻。
もうよく知っているはずであるのだが我家の茅で葺いた家に極端に低くて小さい所に、濯錦江の上に飛んでいるつばめが頻繁にやってくる。
・茅齋  杜甫の浣花草堂をいう。『又於韋處乞大邑瓷碗』
大邑燒瓷輕且堅,扣如哀玉錦城傳。
君家白碗勝霜雪,急送茅齋也可憐。
成都(1)浣花渓の草堂(8) 又於韋處乞大邑瓷碗 杜甫 <361  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1751 杜甫詩 700- 537
・燕子 約一か月前に来ていたツバメの事である。
『水檻遣心二首其一』
去郭軒楹敞,無村眺望賒。澄江平少岸,幽樹晚多花。
細雨魚兒出,微風燕子斜。城中十萬戶。此地兩三家。

水檻遣心二首其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 12)  杜甫 <417  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2030 


銜泥點汙琴書內,更接飛蟲打著人。
泥を口に銜え巣作りをして懸命にするのはいいのだが、わたしの琴や書籍と部屋内にそれを落して汚していくのだ。そしてさらによくあることは、飛んで行って虫を取るのだけれど家の中から出てきた人にぶっつかってしまうこともあるのだ。   
・銜泥點汙琴書內 汙は汚れる。琴、書籍、部屋内。
・更接 よくあること。
・飛蟲 飛んで行って虫を取る。
・打著人 著れた人を打つ。

絶句漫興九首 其二 成都浣花渓 杜甫 <446>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2175 杜甫詩1000-446-629/1500

杜甫 《絶句漫興九首 其二》 成都浣花渓 “それにしてもこの隠棲して気に入っている農園を、まるで春風に侮辱されたようなものである、それというのも、ゆうべからの突風で二三本花の枝が吹き折られてしまったのである。”


絶句漫興九首其二 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 41)  春風のいたずらを責める。


2013年4月4日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩種葛篇 曹植 魏詩<62-#3> 女性詩724 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2168
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第三段-#4 宋玉  <00-#8回目>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 637 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2169
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集絶句漫興九首 其二 成都浣花渓 杜甫 <446>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2175 杜甫詩1000-446-629/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集初去郡 謝霊運<34> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2171 (04/04)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。精醉儔難。謝家聯雪何以加之。有客自京師来者示予。因次其韻。-#7 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-125--#7  kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2172
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

絶句漫興九首 其二 成都浣花渓 杜甫 <446>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2175 杜甫詩1000-446-629/1500

詩 題:絶句漫興九首其二 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(4 - 41) 
作時761年3・4・5月頃杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の446首目-場面(4 - 41) 
杜甫ブログ1500回予定の-629回目


4-40.
絶句漫興 九首 其一
眼見客愁愁不醒,無賴春色到江亭。
即遣花開深造次,便教鶯語太丁寧。

旅客になってその愁いを目を凝らしてみるようになったがその愁いは未だに目覚め、晴れてはくれない。官を辞して仕事に就くことのない生活であるがこの春景色の中でここ浣花渓に面したところに四阿を作るまでになったのである。
即ち、花が咲き誇るのを奥深い所まで僅かの時をずらして咲くようにしたことであり、即ち、鶯が春を告げてくれるのが花の咲くのに合わせて丁寧に教えてくれるようになっている。(


4-41
 絶句漫興九首其二
手種桃李非無主,野老牆低還是家。

濯錦江の私の農園を「浣花」の花園にする計画で自分が手ずから種えた桃や李は他の主がないところで花を咲かせているものとは同じであるわけはない。一昨年この地にきて隠棲しているこの老人の家の墻はたしかに低いにはひくいがそれでも隠棲している家としてはこんなものだ。

恰似春風相欺得,夜來吹折數枝花。

それにしてもこの隠棲して気に入っている農園を、まるで春風に侮辱されたようなものである、それというのも、ゆうべからの突風で二三本花の枝が吹き折られてしまったのである。

手ずから種えし桃李 主無きに非ず、野老 括低きも還た是れ家なり。
恰も似たり春風の相欺り得たるに、夜来 吹き折る数枝の花。





『絕句漫興九首』其二 現代語訳と訳註
江畔独歩尋花(本文)
2 春風のいたずらを責める。
手種桃李非無主,野老牆低還是家。
恰似春風相欺得,夜來吹折數枝花。


(下し文)
手ずから種えし桃李 主無きに非ず、野老 牆【かき】低きも還た是れ家なり。
恰【あたか】も似たり春風の相い欺【あなど】り得たるに、夜来 吹き折る数枝【すうし】の花。


(現代語訳)
濯錦江の私の農園を「浣花」の花園にする計画で自分が手ずから種えた桃や李は他の主がないところで花を咲かせているものとは同じであるわけはない。一昨年この地にきて隠棲しているこの老人の家の墻はたしかに低いにはひくいがそれでも隠棲している家としてはこんなものだ。

それにしてもこの隠棲して気に入っている農園を、まるで春風に侮辱されたようなものである、それというのも、ゆうべからの突風で二三本花の枝が吹き折られてしまったのである。

杏の花001
(訳注) 2 
絶句漫興九首
(絶句漫興 九首)
興にふれてふとつくった絶句、上元二年春浣花の草堂にあっての作。
春風のいたずらを責める。
(文字通り浣花渓になったなあ。或は陶淵明よ見てくれ此処が私の桃源郷なのだ。というところか。・・・・・・・そこに突風がいたずらをした。)

 
 
手種桃李非無主,野老牆低還是家。
濯錦江の私の農園を「浣花」の花園にする計画で自分が手ずから種えた桃や李は他の主がないところで花を咲かせているものとは同じであるわけはない。一昨年この地にきて隠棲しているこの老人の家の墻はたしかに低いにはひくいがそれでも隠棲している家としてはこんなものだ。
・桃李非無主 桃や李は主がないわけでない、自分という主がある。それは、この「漫興」の詩の前に詠った杜甫の江畔濁歩尋花七絶句において、主がなくてに歯に咲く花を見て詠った七首であった。杜甫が主のいないことをはっきりと示しているものについて下にあげた。
江畔濁歩尋花七絶句 之一 
江上被花惱不徹,無處告訴只顛狂。
走覓南鄰愛酒伴,經旬出飲獨空床。
江畔獨步尋花七絕句 其五 
黃師塔前江水東,春光懶困倚微風。
桃花一簇開無主,可愛深紅愛淺紅?
江畔獨步尋花七絕句 其六 
黃四娘家花滿蹊,千朵萬朵壓枝低。
留連戲蝶時時舞,自在嬌鶯恰恰啼。
江畔獨步尋花七絕句 其七 
不是愛花即欲死,只恐花盡老相催。
繁枝容易紛紛落,嫩蕊商量細細開。
このことから、基本的には同時期なのだが、「江畔」の絶句詩は「漫興」絶句詩より前に作られたものであることがわかる。そして、「江畔」のほうは、杜甫草堂の東方の対岸の野畑を詠んだもの。岩波文庫杜詩第四冊では、位置関係もまるで分っていないし、この順番もくるっている。杜甫の詩は一詩たりとも割愛して読んでいくとわからなくなるのだ。詩の一部と引用するのも危険な読み方なのである。この点は何事においてもいいとこどりというものは作者の意図と異なるものを招くもので回避すべきことではあるが、天才杜甫の場合、特に割愛しては理解できない。
 この点について、杜甫の詩の成都の部分ここまで4部に分けて紹介したが、100%幸福感に溢れる詩であったが、割愛して紹介している本では、「故郷」「嘆く」「白髪」「老人」などの語句から生活が苦しい、故郷に帰りたいと悲痛な叫びをしていると解釈している文学者もいるのである。このようなことが、ほとんどの解説本で見られるためこのブログで、全部の杜詩を紹介し、その上で、それらをもとにして第2回目を詳細解説し、改正を加えて行く。この螺旋階段を上がるような10年以上の超論文に挑む予定である。第3順目では、テーマ別に論を進める。

○桃李 一年前に植えたもの。成都(1)浣花渓の草堂(4) 蕭八明府實處覓桃栽 杜甫 <355  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1735 杜甫詩 700- 533
野老 野に下った老人。758年冬、ほとんど決意して 華州司公参軍から洛陽方面を旅し、翌759年初秋、官を辞しして秦州へ、同谷紀行、成都紀行してこの地に隠棲したのである。この成都で自己を称するものとしてこの語を使うことが多くなる


恰似春風相欺得,夜來吹折數枝花。
それにしてもこの隠棲して気に入っている農園を、まるで春風に侮辱されたようなものである、それというのも、ゆうべからの突風で二三本花の枝が吹き折られてしまったのである。
○春から夏に変わる時期の突風によって桃李の枝が折れたのである。浣花渓と命名して花に洗われる様な場所にすることを計画し、1年後その通りになった。まさにそれを感じていた矢先に風が吹いて、花を散らせ、枝を折った状況をうまくあらわしている表現、詩である。特に、主が居なくても咲いている畑とは手入れが行き届いた自分の畑と同じであるわけはないというけれど、突風は同じように枝を引き折ってしまう。比較対象が主がいない農園と同様な振る舞いをされたことを云っているのである。
この絶句漫興九首と江畔獨步尋花七絕句とは同じシリーズなのである。異なるのは位置関係の違いである。
このことは杜甫研究の重要なポイントである


絶句漫興九首其二
手種桃李非無主,野老牆低還是家。
恰似春風相欺得,夜來吹折數枝花。

手ずから種うるの桃李主無きに非ず、野老 括低きも還是れ家なり。
恰も似たり春風の相欺り得たるに、夜来 吹き折る数枝の花。

絶句漫興九首 其一 成都浣花渓 杜甫 <445>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2170 杜甫詩1000-445-628/1500 

絶句漫興九首其一 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(5 - 01)



2013年4月3日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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絶句漫興九首 其一 成都浣花渓 杜甫 <445>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2170 杜甫詩1000-445-628/1500 


詩 題:絶句漫興九首其一 杜甫 成都(5部)浣花渓の草堂(5 - 01) 
作時761年3・4・5月頃杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の445首目-場面5 – 01
杜甫ブログ1500回予定の-628回目




5-01.
絶句漫興 九首 其一
眼見客愁愁不醒,無賴春色到江亭。
旅客になってその愁いを目を凝らしてみるようになったがその愁いは未だに目覚め、晴れてはくれない。官を辞して仕事に就くことのない生活であるがこの春景色の中でここ浣花渓に面したところに四阿を作るまでになったのである。
即遣花開深造次,便教鶯語太丁寧。

即ち、花が咲き誇るのを奥深い所まで僅かの時をずらして咲くようにしたことであり、即ち、鶯が春を告げてくれるのが花の咲くのに合わせて丁寧に教えてくれるようになっている。

草堂002眼見 客愁 愁いて醒めず,無賴 春色 江亭に到る。
即ち花開 深く造次にするを遣し,便ち鶯語 太だ丁寧にするを教えらる。


『絕句漫興 九首』其一 現代語訳と訳註
(本文)

眼見客愁愁不醒,無賴春色到江亭。
即遣花開深造次,便教鶯語太丁寧。


(下し文)
眼見 客愁 愁いて醒めず,無賴 春色 江亭に到る。
即ち花開 深く造次にするを遣し,便ち鶯語 太だ丁寧にするを教えらる。


(現代語訳)
旅客になってその愁いを目を凝らしてみるようになったがその愁いは未だに目覚め、晴れてはくれない。官を辞して仕事に就くことのない生活であるがこの春景色の中でここ浣花渓に面したところに四阿を作るまでになったのである。
即ち、花が咲き誇るのを奥深い所まで僅かの時をずらして咲くようにしたことであり、即ち、鶯が春を告げてくれるのが花の咲くのに合わせて丁寧に教えてくれるようになっている。


(訳注)
絶句漫興丸首
(絶句漫興 九首)
ogawa09成都二年目の春に興にふれてふとつくった絶句、上元二年春浣花の草堂にあっての作
(文字通り浣花渓になったなあ。或は陶淵明よ見てくれ此処が私の桃源郷なのだ。というところか)


5-01 
眼見客愁愁不醒,無賴春色到江亭。
旅客になってその愁いを目を凝らしてみるようになったがその愁いは未だに目覚め、晴れてはくれない。官を辞して仕事に就くことのない生活であるがこの春景色の中でここ浣花渓に面したところに四阿を作るまでになったのである。
・眼見 めをこらしてみる。
・無賴 (1)定職をもたず、素行の悪い・こと(さま)。そのような人をもいう。ならずもの。 「―の徒」 (2)頼るところのないこと。
聞斛斯六官未歸
故人南郡去,去索作碑錢。
本賣文為活,翻令室倒懸。
荊扉深蔓草,土銼冷寒煙。
老罷休無賴,歸來省醉眠。
聞斛斯六官未歸 杜甫 <456>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2225 杜甫詩1000-456-639/1500聞斛斯六官未歸 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5 - 12) 
・江亭 江は濯錦江、自宅草堂の庭先の川べりに四阿を作った。この亭(四阿)は、この詩で初めて出る。『『水檻遣心二首其二』では「葉潤林塘密,衣幹枕席清。」とあり、この絶句にあった「枕席」がこの江亭なのであろう。杜甫『江 亭』 江亭 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 19)  杜甫 <424  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2065 杜甫詩1000-424-607/1500
坦腹江亭暖、長吟野望時。
水流心不競、雲在意倶遅。
寂寂春将晩、欣欣物自私。
故林帰未得、排悶強裁詩。


即遣花開深造次,便教鶯語太丁寧。
即ち、花が咲き誇るのを奥深い所まで僅かの時をずらして咲くようにしたことであり、即ち、鶯が春を告げてくれるのが花の咲くのに合わせて丁寧に教えてくれるようになっている。(文字通り浣花渓になったなあ。或は陶淵明よ見てくれ此処が私の桃源郷なのだ。というところか)
・造次 とっさの場合。ごく短い時間。事が急に起こってあわてるとき。また、わずかの間。
杜甫『驄馬行』「時俗造次那得致,雲霧晦冥方降精。」驄馬行  杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 102

江畔獨步尋花七絕句 其七 成都浣花渓 杜甫 <443>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2160 杜甫詩1000-443-626/1500

江畔獨步尋花七絕句 其七 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 38)  



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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

江畔獨步尋花七絕句 其七 成都浣花渓 杜甫 <443>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2160 杜甫詩1000-443-626/1500

詩 題:江畔獨步尋花七絕句 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 38) 
作時761年5月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の443首目-場面4 – 38
杜甫ブログ1500回予定の-626回目   40736




7
江畔獨步尋花七絕句 其七 
不是愛花即欲死,只恐花盡老相催。
この浣花渓に住まいして花を愛すことだできないくらいなら死んでもかまわないと思う。ただ今、恐れていることは、花が散り尽くすこと、わが身に老いていくことがたがいに起こり進んでいることだ。
繁枝容易紛紛落,嫩蕊商量細細開。

この庭にもいっぱいに花をつけた枝があり、すぐにハラハラ散りやすい様子である。わかい花の蕊たちは相談し合って小さくていい、少しずつ咲かせてほしいとおもっている。

是れ花を愛するならずんば即ち死せんと欲す、只だ恐る花盡きて老の相い催【もよお】さむことを。
繁枝は容易に紛紛として落ち、嫩蕊【どんずい】は商量して細細に開かん。


『江畔獨步尋花七絕句 其七』 現代語訳と訳註

花蕊と蜂01(本文) 江畔獨步尋花七絕句 其七 
不是愛花即欲死,只恐花盡老相催。
繁枝容易紛紛落,嫩蕊商量細細開。


(下し文)
是れ花を愛するならずんば即ち死せんと欲す、只だ恐る花盡きて老の相い催【もよお】さむことを。
繁枝は容易に紛紛として落ち、嫩蕊【どんずい】は商量して細細に開かん。


(現代語訳)
この浣花渓に住まいして花を愛すことだできないくらいなら死んでもかまわないと思う。ただ今、恐れていることは、花が散り尽くすこと、わが身に老いていくことがたがいに起こり進んでいることだ。
この庭にもいっぱいに花をつけた枝があり、すぐにハラハラ散りやすい様子である。わかい花の蕊たちは相談し合って小さくていい、少しずつ咲かせてほしいとおもっている。


(訳注)
江畔獨步尋花七絕句 其七 
江のほとりをひとりあるいて花をたずねてつくった詩。杜甫は陶淵明の気分であり、浣花渓は文字通り桃源郷なのだ。
上元二年の晩春から夏の作である。

不是愛花即欲死,只恐花盡老相催。
この浣花渓に住まいして花を愛すことだできないくらいなら死んでもかまわないと思う。ただ今、恐れていることは、花が散り尽くすこと、わが身に老いていくことがたがいに起こり進んでいることだ。


繁枝容易紛紛落,嫩蕊商量細細開。
この庭にもいっぱいに花をつけた枝があり、すぐにハラハラ散りやすい様子である。わかい花の蕊たちは相談し合って小さくていい、少しずつ咲かせてほしいとおもっている。
・繁枝 いっぱい花をつけている枝。
・紛々 盛んに乱れる形容。
・嫩蕊 嫩はわかい。蕊は花のずい。
・商量 相談する。考えはかる。




寒梅901


江畔濁歩尋花七絶句


江上被花惱不徹,無處告訴只顛狂。
走覓南鄰愛酒伴,經旬出飲獨空床。

稠花亂蕊裹江濱,行步敧危實怕春。
詩酒尚堪驅使在,未須料理白頭人。

江深竹靜兩三家,多事紅花映白花。
報答春光知有處,應須美酒送生涯。

東望少城花滿煙,百花高樓更可憐。
誰能載酒開金盞,喚取佳人舞繡筵?

黃師塔前江水東,春光懶困倚微風。
桃花一簇開無主,可愛深紅愛淺紅?

黃四娘家花滿蹊,千朵萬朵壓枝低。
留連戲蝶時時舞,自在嬌鶯恰恰啼。

不是愛花即欲死,只恐花盡老相催。
繁枝容易紛紛落,嫩蕊商量細細開。





1
江上被花惱不徹,無處告訴只顛狂。
浣花渓の水面にまで花がせき、乱れ散るのに私を悩ませるのはこの花を見るのを盡し切れないことがあるからだ。そのことを訴えようにも訴えるところがないのだ。真剣に考えるあまり、ほかの事が全く考えられないほどになっている。
走覓南鄰愛酒伴,經旬出飲獨空床。
そこで南隣の隣人であり酒を愛し、酒の友である、朱山人の斛斯六官の所へ急いて来てみたのである。するとどうも酒を呑みに行って10日前後もたっているだろうその部屋には空しく寝台がポツンと一つあるだけである。
2
稠花亂蕊裹江濱,行步敧危實怕春。
多くの花がさきあふれ、花びらが落ち始め、みだれた花蕊がむき出しになるものが出始める晩春の濯錦江のほとりをつつみかこんでいる、それをながめながらあるく自分の足つきは酒によってあぶなげであり、これでは酒をすすませる春をおそろしいものとおもう。
詩酒尚堪驅使在,未須料理白頭人。
そうはいってもまだわたしは詩と酒に充分にこきつかわれているわけでもないし、十分存在かんをたもっているのである。まだまだ、この白髪のあたまの隠棲者を料理されるほどくたばってはいないのだ。(まだまだ飲めるぞ)


江深竹靜兩三家,多事紅花映白花。
濯錦江のくびれは水面深く、竹林のしずけさをおとしている三軒の家がある。それなのになやまされる沢山の事が、今もこうして赤い花が咲き、白い花がさきほこるのである。
報答春光知有處,應須美酒送生涯。
これに加えて春の暖かい光がここに降り注ぐところがあることを知るので、子ににも酬答えてやらねばいけないのである。だから春の新酒の美酒を用意してわが生涯における今のこのひと時を送ろうというのである。


東望少城花滿煙,百花高樓更可憐。
自分の家から東のかた少城をながめると花にいっぱい咲き、朝もやに包まれている。百か繚乱の向こうに高楼があり、そこからの景色がとても良くてうらやましく思われるものでだろう。
誰能載酒開金盞,喚取佳人舞繡筵?
成都のまちではだれがそこへ満載した酒をもってきて金の新酒の甕壺を開き、美人たちをよんで花の宴のうつくしい筵で舞をさせて見せてくれるだろう。

5
黃師塔前江水東,春光懶困倚微風。
私の家から濯錦江の東側に江水を前にして黄法師の墓がある。春の風光のなかひとり歩くのも暖かで体も気怠くなり、ひとやすみするとそよ風に気怠い心を支えられる。
桃花一簇開無主,可愛深紅愛淺紅?

そこには桃の花がひとかたまり咲いている、見てくれる主もなく咲いているのだ。しかし、わたしはその愛する花のなかで紅色を愛すべきなのか、うす紅色の花を愛すべきなのか考えるが、どちらも美しくさいているのだ。だからどちらも愛すべきなのだ。

6
黃四娘家花滿蹊,千朵萬朵壓枝低。
黄師塔のちかくに黄さんの四番目の老婆の家があり、花がいっぱいに咲き乱れた小路がある。そこには千のえだに、万の枝に花をつけていて、花の重さで枝は低く垂れている。
留連戲蝶時時舞,自在嬌鶯恰恰啼。

その花には長が戯れて舞っており、そこを去ることを知らず居つづけている、千朵萬朵の花枝のかごのなかに可愛がられている鶯がいて、おもしろく自由にホーッ、ホケキョと啼いている。

7
不是愛花即欲死,只恐花盡老相催。
この浣花渓に住まいして花を愛すことだできないくらいなら死んでもかまわないと思う。ただ今、恐れていることは、花が散り尽くすこと、わが身に老いていくことがたがいに起こり進んでいることだ。
繁枝容易紛紛落,嫩蕊商量細細開。

この庭にもいっぱいに花をつけた枝があり、すぐにハラハラ散りやすい様子である。わかい花の蕊たちは相談し合って小さくていい、少しずつ咲かせてほしいとおもっている。


江畔獨步尋花七絕句 其六 成都浣花渓 杜甫 <442>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2155 杜甫詩1000-442-625/1500

江畔獨步尋花七絕句 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 37)  


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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

江畔獨步尋花七絕句 其六 成都浣花渓 杜甫 <442>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2155 杜甫詩1000-442-625/1500


詩 題:江畔獨步尋花七絕句 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 37) 
作時761年5月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の442首目-場面4 - 37
杜甫ブログ1500回予定の-625回目


5江畔獨步尋花七絕句 其五 
黃師塔前江水東,春光懶困倚微風。
私の家から濯錦江の東側に江水を前にして黄法師の墓がある。春の風光のなかひとり歩くのも暖かで体も気怠くなり、ひとやすみするとそよ風に気怠い心を支えられる。
桃花一簇開無主,可愛深紅愛淺紅?

そこには桃の花がひとかたまり咲いている、見てくれる主もなく咲いているのだ。しかし、わたしはその愛する花のなかで紅色を愛すべきなのか、うす紅色の花を愛すべきなのか考えるが、どちらも美しくさいているのだ。だからどちらも愛すべきなのだ


6
江畔獨步尋花七絕句 其六 
黃四娘家花滿蹊,千朵萬朵壓枝低。
黄師塔のちかくに黄さんの四番目の老婆の家があり、花がいっぱいに咲き乱れた小路がある。そこには千のえだに、万の枝に花をつけていて、花の重さで枝は低く垂れている。
留連戲蝶時時舞,自在嬌鶯恰恰啼。
その花には長が戯れて舞っており、そこを去ることを知らず居つづけている、千朵萬朵の花枝のかごのなかに可愛がられている鶯がいて、おもしろく自由にホーッ、ホケキョと啼いている。
黄四の娘が家 花蹊に満つ、千朵【せんだ】萬朵【まんだ】枝を圧して低る。
留連せる戯蝶【ぎちょう】は時時舞い、自在の嬌鶯【きょうおう】は恰恰【こうこう】として啼く


『江畔獨步尋花七絕句 之六』 現代語訳と訳註
(本文)

江畔獨步尋花七絕句 其六 
黃四娘家花滿蹊,千朵萬朵壓枝低。
留連戲蝶時時舞,自在嬌鶯恰恰啼。

桃園001
(下し文)
黄四の娘が家 花蹊に満つ、千朵【せんだ】萬朵【まんだ】枝を圧して低る。
留連せる戯蝶【ぎちょう】は時時舞い、自在の嬌鶯【きょうおう】は恰恰【こうこう】として啼く


(現代語訳)
黄師塔のちかくに黄さんの四番目の老婆の家があり、花がいっぱいに咲き乱れた小路がある。そこには千のえだに、万の枝に花をつけていて、花の重さで枝は低く垂れている。
その花には長が戯れて舞っており、そこを去ることを知らず居つづけている、千朵萬朵の花枝のかごのなかに可愛がられている鶯がいて、おもしろく自由にホーッ、ホケキョと啼いている。


(訳注)
江畔獨步尋花七絕句 其六 
黃四娘家花滿蹊,千朵萬朵壓枝低。

江畔独歩尋花黄師塔のちかくに黄さんの四番目の老婆の家があり、花がいっぱいに咲き乱れた小路がある。そこには千のえだに、万の枝に花をつけていて、花の重さで枝は低く垂れている。
○黄四娘 村婆の名。黄師塔とは黄姓の法師の墓である。其六の詩にも出て來ることからこの一角に黄という一族がいたのではなかろうか。解釈のイメージつくりに草堂からの市を設定してみる。この場合杜甫の自宅から位置決めをした。・「無主」であった。 黄某という村人が居ればその場所で酒を呑むのだ当時の寒食の習慣で、その時以来何度もとおって見て留守にしていてせっかく咲いている花がもったいないという意味である。
○蹊 こみち。
○朵 はなのついたえだ。千朵萬朵が鳥かごのようであることをいう。


留連戲蝶時時舞,自在嬌鶯恰恰啼。
その花には長が戯れて舞っており、そこを去ることを知らず居つづけている、千朵萬朵の花枝のかごのなかに可愛がられている鶯がいて、おもしろく自由にホーッ、ホケキョと啼いている。
○留連 そこにつづけて居る。
○自在 歌喉の自由なことをいうのであろう。
○嬌鶯 可愛い鶯。可愛がられている鶯。千朵萬朵が鳥かごのようであることをいう。
○恰恰 こえのさまであろ
 


江畔獨步尋花七絕句 其六 
黃四娘家花滿蹊,千朵萬朵壓枝低。
留連戲蝶時時舞,自在嬌鶯恰恰啼。
  
黄四の娘が家 花蹊に満つ、千朵【せんだ】萬朵【まんだ】枝を圧して低る。
留連せる戯蝶【ぎちょう】は時時舞い、自在の嬌鶯【きょうおう】は恰恰【こうこう】として啼く

江畔獨步尋花七絕句 其五 成都浣花渓 杜甫 <441>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2150 杜甫詩1000-441-624/1500

江畔獨步尋花七絕句 其五 杜甫


2013年3月31日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩盤石篇 曹植 魏<60-#4> 女性詩720 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2148
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第二段-#2 宋玉  <00-#4>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 633 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2149
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集江畔獨步尋花七絕句 其五 成都浣花渓 杜甫 <441>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2150 杜甫詩1000-441-624/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集石門在永嘉 謝霊運<30> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2151 (03/31)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性聯句 光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有是作。・・・・・因次其韻。-#3 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-121--#3  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2152
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

江畔獨步尋花七絕句 其五 成都浣花渓 杜甫 <441>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2150 杜甫詩1000-441-624/1500

江畔独歩尋花詩 題:江畔獨步尋花七絕句 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 36) 
作時761年5月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の441首目-場面4 – 36
杜甫ブログ1500回予定の-624回目

1
江畔濁歩尋花七絶句 之一 
江上被花惱不徹,無處告訴只顛狂。
走覓南鄰愛酒伴,經旬出飲獨空床。

浣花渓の水面にまで花がせき、乱れ散るのに私を悩ませるのはこの花を見るのを盡し切れないことがあるからだ。そのことを訴えようにも訴えるところがないのだ。真剣に考えるあまり、ほかの事が全く考えられないほどになっている。
そこで南隣の隣人であり酒を愛し、酒の友である、朱山人の斛斯六官の所へ急いて来てみたのである。するとどうも酒を呑みに行って10日前後もたっているだろうその部屋には空しく寝台がポツンと一つあるだけである。

2江畔獨步尋花七絕句 其二
稠花亂蕊裹江濱,行步敧危實怕春。
詩酒尚堪驅使在,未須料理白頭人。
多くの花がさきあふれ、花びらが落ち始め、みだれた花蕊がむき出しになるものが出始める晩春の濯錦江のほとりをつつみかこんでいる、それをながめながらあるく自分の足つきは酒によってあぶなげであり、これでは酒をすすませる春をおそろしいものとおもう。
そうはいってもまだわたしは詩と酒に充分にこきつかわれているわけでもないし、十分存在かんをたもっているのである。まだまだ、この白髪のあたまの隠棲者を料理されるほどくたばってはいないのだ。(まだまだ飲めるぞ)

3江畔獨步尋花七絕句 其三 杜甫 
江深竹靜兩三家,多事紅花映白花。
報答春光知有處,應須美酒送生涯。

濯錦江のくびれは水面深く、竹林のしずけさをおとしている三軒の家がある。それなのになやまされる沢山の事が、今もこうして赤い花が咲き、白い花がさきほこるのである。
これに加えて春の暖かい光がここに降り注ぐところがあることを知るので、子ににも酬答えてやらねばいけないのである。だから春の新酒の美酒を用意してわが生涯における今のこのひと時を送ろうというのである。

4江畔獨步尋花七絕句 其四  
東望少城花滿煙,百花高樓更可憐。
誰能載酒開金盞,喚取佳人舞繡筵?
自分の家から東のかた少城をながめると花にいっぱい咲き、朝もやに包まれている。百か繚乱の向こうに高楼があり、そこからの景色がとても良くてうらやましく思われるものでだろう。
成都のまちではだれがそこへ満載した酒をもってきて金の新酒の甕壺を開き、美人たちをよんで花の宴のうつくしい筵で舞をさせて見せてくれるだろう。


5江畔獨步尋花七絕句 其五 
黃師塔前江水東,春光懶困倚微風。
私の家から濯錦江の東側に江水を前にして黄法師の墓がある。春の風光のなかひとり歩くのも暖かで体も気怠くなり、ひとやすみするとそよ風に気怠い心を支えられる。
桃花一簇開無主,可愛深紅愛淺紅?
そこには桃の花がひとかたまり咲いている、見てくれる主もなく咲いているのだ。しかし、わたしはその愛する花のなかで紅色を愛すべきなのか、うす紅色の花を愛すべきなのか考えるが、どちらも美しくさいているのだ。だからどちらも愛すべきなのだ。

黄師 塔は 江水の東に前し、春光 懶困【らんこん】するも 微風に倚る。
桃花 一族 開けども 主無く、深紅を愛す可きや浅紅を愛すべきや。

杏00紅白花00
『江畔獨步尋花七絕句 之五』 現代語訳と訳註
(本文)
江畔獨步尋花七絕句 其五 
黃師塔前江水東,春光懶困倚微風。
桃花一簇開無主,可愛深紅愛淺紅?


(下し文)
黄師 塔は 江水の東に前し、春光 懶困【らんこん】するも 微風に倚る。
桃花 一族 開けども 主無く、深紅を愛す可きや浅紅を愛すべきや。


(現代語訳)
(江のほとりをひとりあるいて花をたずねてつくった詩。)
私の家から濯錦江の東側に江水を前にして黄法師の墓がある。春の風光のなかひとり歩くのも暖かで体も気怠くなり、ひとやすみするとそよ風に気怠い心を支えられる。
そこには桃の花がひとかたまり咲いている、見てくれる主もなく咲いているのだ。しかし、わたしはその愛する花のなかで紅色を愛すべきなのか、うす紅色の花を愛すべきなのか考えるが、どちらも美しくさいているのだ。だからどちらも愛すべきなのだ。


(訳注)
江畔獨步尋花七絕句 其五
 
江のほとりをひとりあるいて花をたずねてつくった詩。
上元二年の晩春から夏の作である。


黃師塔前江水東,春光懶困倚微風。
私の家から濯錦江の東側に江水を前にして黄法師の墓がある。春の風光のなかひとり歩くのも暖かで体も気怠くなり、ひとやすみするとそよ風に気怠い心を支えられる。
江畔独歩尋花○黃師塔 塔は塔に同じ、黄師塔とは黄姓の法師の墓である。其六の詩にも出て來ることからこの一角に黄という一族がいたのではなかろうか。解釈のイメージつくりに草堂からの市を設定してみる。この場合杜甫の自宅から位置決めをした。

○懶困
 だるいこと。春の陽気にけだるくなること。


桃花一簇開無主,可愛深紅愛淺紅?
そこには桃の花がひとかたまり咲いている、見てくれる主もなく咲いているのだ。しかし、わたしはその愛する花のなかで紅色を愛すべきなのか、うす紅色の花を愛すべきなのか考えるが、どちらも美しくさいているのだ。だからどちらも愛すべきなのだ。
〇一簇 ひとむらがり。
○無主 黄某という村人が居ればその場所で酒を呑むのだ当時の寒食の習慣で、その時以来何度もとおって見て留守にしていてせっかく咲いている花がもったいないという意味である。
○可愛深紅愛淺紅 深紅を愛で、淺紅を愛でるべき。隠遁者、陶淵明になっている杜甫は花を口実に飲みたい気持ちを詠っているのである。春の花に浮かれた杜甫の姿を想像する詩である。

江畔獨步尋花七絕句 其四 成都浣花渓 杜甫 <440>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2145 杜甫詩1000-440-623/1500

杜甫 江畔獨步尋花七絕句 其四
陶淵明の「飲酒」をイメージさせる、江のほとりをひとりあるいて花をたずねてつくった詩。
上元二年の晩春から夏の作である。

2013年3月30日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩盤石篇 曹植 魏<60-#3> 女性詩719 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2143
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 第二段-#1 宋玉  <00-#3>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 632 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2144
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集江畔獨步尋花七絕句 其四 成都浣花渓 杜甫 <440>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2145 杜甫詩1000-440-623/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集登上戌石鼓山 謝霊運<29> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2146 (03/30)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性聯句 光威哀姉妹三人、小孤而始折乃有。・・・・・因次其韻-#2 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-120-55-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2147
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

江畔獨步尋花七絕句 其四 成都浣花渓 杜甫 <440>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2145 杜甫詩1000-440-623/1500


詩 題:江畔獨步尋花七絕句 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 35) 
作時761年5月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の440首目-場面4 – 35
杜甫ブログ1500回予定の-623回目


4江畔獨步尋花七絕句 其四  
東望少城花滿煙,百花高樓更可憐。
自分の家から東のかた少城をながめると花にいっぱい咲き、朝もやに包まれている。百か繚乱の向こうに高楼があり、そこからの景色がとても良くてうらやましく思われるものでだろう。
誰能載酒開金盞,喚取佳人舞繡筵?

成都のまちではだれがそこへ満載した酒をもってきて金の新酒の甕壺を開き、美人たちをよんで花の宴のうつくしい筵で舞をさせて見せてくれるだろう。

(江畔独り歩して花を尋ぬ 七絶句 其四)

東に 少城を望めば 花満ちて煙り、百花の高楼 更に可憐なり。
誰か能く酒を載せて金盞を開き、佳人を喚取して繍筵に舞わしめん。

桃園001花蕊夫人006






『江畔獨步尋花七絕句 之四』 現代語訳と訳註
(本文)
江畔獨步尋花七絕句 其四  
東望少城花滿煙,百花高樓更可憐。
誰能載酒開金盞,喚取佳人舞繡筵?


(下し文)
(江畔独り歩して花を尋ぬ 七絶句 其四)
東に 少城を望めば 花満ちて煙り、百花の高楼 更に可憐なり。
誰か能く酒を載せて金盞を開き、佳人を喚取して繍筵に舞わしめん。


(現代語訳)
(江畔独り歩して花を尋ぬ 七絶句 其四)
自分の家から東のかた少城をながめると花にいっぱい咲き、朝もやに包まれている。百か繚乱の向こうに高楼があり、そこからの景色がとても良くてうらやましく思われるものでだろう。
成都のまちではだれがそこへ満載した酒をもってきて金の新酒の甕壺を開き、美人たちをよんで花の宴のうつくしい筵で舞をさせて見せてくれるだろう。


(訳注)
江畔獨步尋花七絕句 其四 
 
江のほとりをひとりあるいて花をたずねてつくった詩。
上元二年の晩春から夏の作である。


東望少城花滿煙,百花高樓更可憐。
自分の家から東のかた少城をながめると花にいっぱい咲き、朝もやに包まれている。百か繚乱の向こうに高楼があり、そこからの景色がとても良くてうらやましく思われるものでだろう。
○少城 小城に同じ、成都の西南の城で錦官城をいう。
○花満煙 朝もやが花にみちていることをいう、花に「満
てる煙」のあることをいう。遠望すると景色が靄に霞む花畑をいう。
○百花高楼 自分の目線方向に花畑、百花の向こうに高楼がある。歩いて城内まで行くときの景色。


誰能載酒開金盞,喚取佳人舞繡筵?
成都のまちではだれがそこへ満載した酒をもってきて金の新酒の甕壺を開き、美人たちをよんで花の宴のうつくしい筵で舞をさせて見せてくれるだろう。
載酒 酒を車にのせてはこびこむ。
○金盞 酒を入れた甕壺の黄金でかざったさ神の蓋にひもで縛ってふたがしてある。新酒の甕壺。
○佳人 美人。
○繡筵 ぬいとりをしたむしろ、
○この句は場内では花の宴を開いて、芸妓の舞をさせ音曲で酒を楽しむのだろうが、自分にはここの花があれば十分酒を呑めるというもので、酒をのむ口実であって、何も美人を呼びたいわけではなく、酒を呑む理由として花が存在していること、自分の庭先での酒にはこれだけ愛でる花があれば別に芸子が必要であるとは思わない。

江畔獨步尋花七絕句 其三 成都浣花渓 杜甫 <439>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2140 杜甫詩1000-439-622/1500

江畔獨步尋花七絕句 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 34) 
竹林の七賢人、陶淵明に倣って花を愛でて酒を呑む儒家の哲学としてうたっている。


2013年3月29日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩盤石篇 曹植 魏<60-#2> 女性詩718 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2138
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 宋玉 <00-#2>Ⅱもっとも影響を与えた詩文 631 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2139
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集江畔獨步尋花七絕句 其三 成都浣花渓 杜甫 <439>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2140 杜甫詩1000-439-622/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集登江中孤嶼 謝霊運<28> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2141 (03/29)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性光威裒姉妹三人、小孤而始姸乃有。是作精醉儔難。謝家聯雪何以加、之有客自京師来者示予因次其韻 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-119-54-# 1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2142
 
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

江畔獨步尋花七絕句 其三 成都浣花渓 杜甫 <439>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2140 杜甫詩1000-439-622/1500


詩 題:江畔獨步尋花七絕句 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 34) 
作時761年5月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の439首目-場面4 – 34
杜甫ブログ1500回予定の-622回目   40732



1江畔濁歩尋花七絶句 其一 
江上被花惱不徹,無處告訴只顛狂。
浣花渓の水面にまで花がせき、乱れ散るのに私を悩ませるのはこの花を見るのを盡し切れないことがあるからだ。そのことを訴えようにも訴えるところがないのだ。真剣に考えるあまり、ほかの事が全く考えられないほどになっている。
走覓南鄰愛酒伴,經旬出飲獨空床。
そこで南隣の隣人であり酒を愛し、酒の友である、朱山人の斛斯六官の所へ急いて来てみたのである。するとどうも酒を呑みに行って10日前後もたっているだろうその部屋には空しく寝台がポツンと一つあるだけである。


2江畔獨步尋花七絕句 其二
稠花亂蕊裹江濱,行步敧危實怕春。
多くの花がさきあふれ、花びらが落ち始め、みだれた花蕊がむき出しになるものが出始める晩春の濯錦江のほとりをつつみかこんでいる、それをながめながらあるく自分の足つきは酒によってあぶなげであり、これでは酒をすすませる春をおそろしいものとおもう。
詩酒尚堪驅使在,未須料理白頭人。
そうはいってもまだわたしは詩と酒に充分にこきつかわれているわけでもないし、十分存在かんをたもっているのである。まだまだ、この白髪のあたまの隠棲者を料理されるほどくたばってはいないのだ。(まだまだ飲めるぞ)

杏の花001

3
江畔獨步尋花七絕句 
其三 杜甫 

江深竹靜兩三家,多事紅花映白花。
濯錦江のくびれは水面深く、竹林のしずけさをおとしている三軒の家がある。それなのになやまされる沢山の事が、今もこうして赤い花が咲き、白い花がさきほこるのである。
報答春光知有處,應須美酒送生涯。

これに加えて春の暖かい光がここに降り注ぐところがあることを知るので、子ににも酬答えてやらねばいけないのである。だから春の新酒の美酒を用意してわが生涯における今のこのひと時を送ろうというのである。

江 深く 竹 靜かで兩三家,多事は紅花 白花を映す。
報答するは 春光 有處を知り,應に美酒を須いて生涯送る。



『江畔獨步尋花七絕句 之三』 杜甫 現代語訳と訳註
(本文)
江畔獨步尋花七絕句 其三 
江深竹靜兩三家,多事紅花映白花。
報答春光知有處,應須美酒送生涯。


(下し文)
江 深く 竹 靜かで兩三家,多事は紅花 白花を映す。
報答するは 春光 有處を知り,應に美酒を須いて生涯送る。


(現代語訳)
濯錦江のくびれは水面深く、竹林のしずけさをおとしている三軒の家がある。それなのになやまされる沢山の事が、今もこうして赤い花が咲き、白い花がさきほこるのである。


(訳注)
江畔獨步尋花七絕句 其三 杜甫 
竹林の七賢人、陶淵明に倣って花を愛でて酒を呑む儒家の哲学としてうたっている。


江深竹靜兩三家,多事紅花映白花。
濯錦江のくびれは水面深く、竹林のしずけさをおとしている三軒の家がある。それなのになやまされる沢山の事が、今もこうして赤い花が咲き、白い花がさきほこるのである。
これに加えて春の暖かい光がここに降り注ぐところがあることを知るので、子ににも酬答えてやらねばいけないのである。だから春の新酒の美酒を用意してわが生涯における今のこのひと時を送ろうというのである。
・江深 濯錦江。錦江が枝分かれして遊水地の役割をしている地域である。川幅が比較的広く、水深はそれほどない。一尺と云っている。ただ蛇行して流れるよどみの部分は深い。ここでは花があふれ咲き乱れている景色の中で濯錦江が遠くに見え、奥深く見えることを云う。
杜甫草堂詳細図02・兩三家 この蛇行している地点における家は三軒である。北鄰、と、南鄰の兩三家である。この地域としては八九軒ある。これまで掲載した詩に述べている。
『水檻遣心二首其一』 
去郭軒楹敞,無村眺望賒。澄江平少岸,幽樹晚多花。
細雨魚兒出,微風燕子斜。城中十萬戶。此地兩三家。

水檻遣心二首其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 12)  杜甫 <417  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2030 


『寒食』
寒食江村路,風花高下飛。汀煙輕冉冉,竹日淨暉暉。
田父要皆去,鄰家問不違。地偏相識盡,雞犬亦忘歸。
寒食 杜甫 <430  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2095 杜甫詩1000-430-613/1500


『為農』
錦裡煙塵外,江村八九家。圓荷浮小葉,細麥落輕花。
卜宅從茲老,為農去國賒。遠慚勾漏令,不得問丹砂。
成都(2部)浣花渓の草堂(2 -3) 為農 杜甫 <366  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1771 杜甫詩 700- 542


浣花峡556『泛溪』
落景下高堂,進舟泛回溪。誰謂築居小,未盡喬木西。
遠郊信荒僻,秋色有餘淒。練練峰上雪,纖纖雲表霓。
童戲左右岸,罟弋畢提擕。翻倒荷芰亂,指揮徑路迷。
得魚已割鱗,采藕不洗泥。人情逐鮮美,物賤事已睽。
吾村靄暝姿,異舍雞亦棲。蕭條欲何適,出處無可齊。
衣上見新月,霜中登故畦。濁醪自初熟,東城多鼓鼙。
泛溪 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -8-#1)  杜甫 <394-#1 五言古詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1903 杜甫詩1000-394-575/1500


『村夜』
風色蕭蕭暮,江頭人不行。
村舂雨外急,鄰火夜深明。
胡羯何多難?漁樵寄此生。
中原有兄弟,萬裡正含情。
村夜 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -14)  杜甫 <402 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1955 杜甫詩1000-402-585/1500



報答春光知有處,應須美酒送生涯。
これに加えて春の暖かい光がここに降り注ぐところがあることを知るので、子ににも酬答えてやらねばいけないのである。だから春の新酒の美酒を用意してわが生涯における今のこのひと時を送ろうというのである。
・報答 この地で与えられる自然の恵みに対して報いる。
・應須 まさに~を用意する。
・美酒 陶淵明が菊を愛し飲酒したことを意識しているし、竹林の七賢人を意識している。竹林の七賢(ちくりん晩菊002のしちけん)とは、3世紀の中国・魏(三国時代)の時代末期に、酒を飲んだり清談を行なったりと交遊した、下記の七人の称。
阮籍(げんせき)、嵆康(けいこう)、山濤(さんとう)、劉伶(りゅうれい)、阮咸(げんかん)、向秀(しょうしゅう)
王戎(おうじゅう)をいう。当時は、半官半隠のものが多く官を辞して隠遁するものだけが隠者とはしていない。
遣意二首 其二
簷影微微落,津流脈脈斜。野船明細火,宿鷺起圓沙。
雲掩初弦月,香傳小樹花。鄰人有美酒,稚子也能賒。
遣意二首其二 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 5)  杜甫 <410 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1995 杜甫詩1000-410-593/1500


・生涯 一生をひと時の喜びを得ることで過ごしていくということ。


江畔獨步尋花七絕句 其二 成都浣花渓 杜甫 <438>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2135 杜甫詩1000-438-621/1500

江畔獨步尋花七絕句 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 33)



2013年3月28日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩盤石篇 曹植 魏<60-#1> 女性詩717 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2133
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩九辯 宋玉 <00-#1>もっとも影響を与えた詩文 630 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2134
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集江畔獨步尋花七絕句 其二 成都浣花渓 杜甫 <438>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2135 杜甫詩1000-438-621/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集游赤石進帆海詩 謝霊運<27> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2136 (03/28)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性和人次韻 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-118-53-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2137
 
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 
江畔獨步尋花七絕句 其二 成都浣花渓 杜甫 <438>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2135 杜甫詩1000-438-621/1500


詩 題:江畔獨步尋花七絕句 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 33) 
作時761年5月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の438首目-場面4 – 33
杜甫ブログ1500回予定の-621回目
   
2江畔獨步尋花七絕句 其二
稠花亂蕊裹江濱,行步敧危實怕春。
多くの花がさきあふれ、花びらが落ち始め、みだれた花蕊がむき出しになるものが出始める晩春の濯錦江のほとりをつつみかこんでいる、それをながめながらあるく自分の足つきは酒によってあぶなげであり、これでは酒をすすませる春をおそろしいものとおもう。
詩酒尚堪驅使在,未須料理白頭人。
そうはいってもまだわたしは詩と酒に充分にこきつかわれているわけでもないし、十分存在かんをたもっているのである。まだまだ、この白髪のあたまの隠棲者を料理されるほどくたばってはいないのだ。(まだまだ飲めるぞ)

(江畔独り歩して花を尋ぬ 七絶句の二)
稠花【ちょうか】乱蕊【らんずい】江浜を裏【つつ】み、行歩【こうほ】敧危【きき】実に春を怕る。
詩酒 尚お駆使せらるるに堪えて在り、
未だ白頭の人を料理するを須【もち】いず。

『江畔獨步尋花七絕句 之二』 現代語訳と訳註
(本文)
江畔獨步尋花七絕句 其二
稠花亂蕊裹江濱,行步敧危實怕春。
詩酒尚堪驅使在,未須料理白頭人。


(下し文)
(江畔独り歩して花を尋ぬ 七絶句の二)
稠花【ちょうか】乱蕊【らんずい】江浜を裏【つつ】み、行歩【こうほ】敧危【きき】実に春を怕る。
詩酒 尚お駆使せらるるに堪えて在り、未だ白頭の人を料理するを須【もち】いず。

(現代語訳)
多くの花がさきあふれ、花びらが落ち始め、みだれた花蕊がむき出しになるものが出始める晩春の濯錦江のほとりをつつみかこんでいる、それをながめながらあるく自分の足つきは酒によってあぶなげであり、これでは酒をすすませる春をおそろしいものとおもう。
そうはいってもまだわたしは詩と酒に充分にこきつかわれているわけでもないし、十分存在かんをたもっているのである。まだまだ、この白髪のあたまの隠棲者を料理されるほどくたばってはいないのだ。(まだまだ飲めるぞ)


(訳注)
江畔獨步尋花七絕句 其二

江のほとりをひとりあるいて花をたずねてつくった詩。
上元二年の晩春から夏の作である。その二は晩春の浣花渓での生活を詠う。


稠花亂蕊裹江濱,行步敧危實怕春。
花蕊と蜂01多くの花がさきあふれ、花びらが落ち始め、みだれた花蕊がむき出しになるものが出始める晩春の濯錦江のほとりをつつみかこんでいる、それをながめながらあるく自分の足つきは酒によってあぶなげであり、これでは酒をすすませる春をおそろしいものとおもう。
○稠花 多くの花。
○乱蕊 花びらが落ち始め、みだれた花蕊がむき出しになるものが出始める晩春を意味する。
○裏 両岸をかこむことをいう。 
○行步敧危 あるきつきがかたむき、あやうい。
○怕春 あしもとのあぶないのも春の趣向のよさがさせるためであるから春をおそろしいというのである。


詩酒尚堪驅使在,未須料理白頭人。
杏00紅白花00そうはいってもまだわたしは詩と酒に充分にこきつかわれているわけでもないし、十分存在かんをたもっているのである。まだまだ、この白髪のあたまの隠棲者を料理されるほどくたばってはいないのだ。(まだまだ飲めるぞ)
○尚 春の趣で酒がすすみ、春をおそれはするがそれでもなお酒を飲むぞ。。
○堪駆使 詩酒に駆使されることにたえ
ることをいう。
○在 自己の身が存在すること、「在」の字の文法上の主辞は次句の「白頭人」である。
○料理俗語、始末する、かたづけてしまうなどの意、ここは生命を終了させる意に用いている。
○白頭人 隠遁していることを意識した自己をさしていう。


江畔獨步尋花七絕句 其一 成都(4部)浣花渓 杜甫 <437>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2130 杜甫詩1000-437-620/1500

1170 1021江畔獨步尋花七絕句
江畔獨步尋花七絕句 其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 32) 
晩春の浣花渓での生活を詠う。


2013年3月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩遠游篇 曹植 魏<59-#2>曹子建集 卷第六 樂府 女性詩716 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2128
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原毀(まとめ) 韓愈(韓退之) <119-#12>Ⅱ中唐詩629 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2129
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集江畔獨步尋花七絕句 杜甫 <437> 其一 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2130 杜甫詩1000-437-620/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集遊南亭 謝霊運<26> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2131 (03/27)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性左名場自澤州至京,使人傳語 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-117-52-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2132
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
 

江畔獨步尋花七絕句 杜甫 <437> 其一 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2130 杜甫詩1000-437-620/1500


江畔獨步尋花七絕句 其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 32) 
詩 題:江畔獨步尋花七絕句 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 32) 
作時761年5月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の437首目-場面4 – 32
杜甫ブログ1500回予定の-620回目

江畔濁歩尋花七絶句(江畔独り歩して花を尋ぬ 七絶句)
江のほとりをひとりあるいて花をたずねてつくった詩。
上元二年の晩春から夏の作である。

1
江畔濁歩尋花七絶句 之一 
江上被花惱不徹,無處告訴只顛狂。
浣花渓の水面にまで花がせき、乱れ散るのに私を悩ませるのはこの花を見るのを盡し切れないことがあるからだ。そのことを訴えようにも訴えるところがないのだ。真剣に考えるあまり、ほかの事が全く考えられないほどになっている。
走覓南鄰愛酒伴,經旬出飲獨空床。
そこで南隣の隣人であり酒を愛し、酒の友である、朱山人の斛斯六官の所へ急いて来てみたのである。するとどうも酒を呑みに行って10日前後もたっているだろうその部屋には空しく寝台がポツンと一つあるだけである。

(江畔独り歩して花を尋ぬ 七絶句の一) 
江上 花に被われ惱【なや】まされ徹せず,告訴【こくそ】する處無く只だ顛狂【てんきょう】す。
走りて南鄰の酒を愛す伴を覓むれども,旬を經て出飲し獨り空しく床す。


『江畔獨步尋花七絕句 之一』 現代語訳と訳註
桃園001(本文)
江畔濁歩尋花七絶句 之一 
江上被花惱不徹,無處告訴只顛狂。
走覓南鄰愛酒伴,經旬出飲獨空床。


(下し文)
(江畔独り歩して花を尋ぬ 七絶句の一) 
江上 花に被われ惱【なや】まされ徹せず,告訴【こくそ】する處無く只だ顛狂【てんきょう】す。
走りて南鄰の酒を愛す伴を覓むれども,旬を經て出飲し獨り空しく床す。


(現代語訳)
寒梅002浣花渓の水面にまで花がせき、乱れ散るのに私を悩ませるのはこの花を見るのを盡し切れないことがあるからだ。そのことを訴えようにも訴えるところがないのだ。真剣に考えるあまり、ほかの事が全く考えられないほどになっている。
そこで南隣の隣人であり酒を愛し、酒の友である、朱山人の斛斯六官の所へ急いて来てみたのである。するとどうも酒を呑みに行って10日前後もたっているだろうその部屋には空しく寝台がポツンと一つあるだけである。



(訳注)
江畔濁歩尋花七絶句 之一
 
江畔濁歩尋花七絶句(江畔独り歩して花を尋ぬ 七絶句)
江のほとりをひとりあるいて花をたずねてつくった詩。
上元二年の晩春から夏の作である。その一は晩春の浣花渓での生活を詠う。


江上被花惱不徹,無處告訴只顛狂。
浣花渓の水面にまで花がせき、乱れ散るのに私を悩ませるのはこの花を見るのを盡し切れないことがあるからだ。そのことを訴えようにも訴えるところがないのだ。真剣に考えるあまり、ほかの事が全く考えられないほどになっている。
・被花 杜甫はこの地を花に被われるところとしたかった。そして浣花渓と名付けた。
・惱不徹 花に被われて悩むこととは、せっかく花いっぱいにしたのに訪れる客がいない、即ち花を愛でて酒を呑むということが出来ないということだ。
・不徹 或は不尽ということで、花が咲いてその花で酒を呑むことで初志が貫徹できるのである。
・顛狂 真剣にそのことしか考えられないほど状態になること。狂は杜甫が使う場合精神病の意味とは違う。


走覓南鄰愛酒伴,經旬出飲獨空床。
そこで南隣の隣人であり酒を愛し、酒の友である、朱山人の斛斯六官の所へ急いて来てみたのである。するとどうも酒を呑みに行って10日前後もたっているだろうその部屋には空しく寝台がポツンと一つあるだけである。
・愛酒伴 酒を愛し、酒の友である。
・經旬 旬は月を三分割する10日間を云う。ここは10日間も過ぎて。
・空床 空いたままになっている寝台。
・南鄰 この南隣の酒好きの友について三首ある。襄陽の山濤のような隠遁者であった。この時の様子は杜甫1025『聞斛斯六官未歸』に別に述べている。ある解釈にはこの南の隣人が二人いるような解釈をしているもの有るが南の隣人は独りである。錦裡先生という表現は、「山濤」をもじっており、朱山人は隠遁者であることを云い、斛斯六官の斛斯融が本人をあらわす名前であろうと思う。三者、同一人物である。

DCF00055南鄰
錦裡先生烏角巾,園收芋栗未全貧。
慣看賓客兒童喜,得食階除鳥雀馴。
秋水纔深四五尺,野航恰受兩三人。
白沙翠竹江村暮,相送柴門月色新。

南鄰 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -1)  <383  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1859 杜甫詩1000-383-564/1500

過南鄰朱山人水亭
相近竹参差、相通人不知。
幽花敬満樹、細水曲通池。
辟客村非違、残樽席吏移。
看君多道東、従此敷追随。

過南鄰朱山人水亭 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -2)  <384  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1863 杜甫詩1000-384-565/1500

聞斛斯六官未歸
故人南郡去,去索作碑錢。
本賣文為活,翻令室倒懸。
荊扉深蔓草,土銼冷寒煙。
老罷休無賴,歸來省醉眠。
聞斛斯六官未歸 杜甫 <456>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2225 杜甫詩1000-456-639/1500聞斛斯六官未歸 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(5 - 12) 
残された家族は悲惨であることをのべる。杜甫も家族を羌村に残し長安に出ていた。その時に子供一人餓死させている。
杜甫『自京赴奉先縣詠懷五百字』第三段(#9~10)#9
老妻寄異縣,十口隔風雪。誰能久不顧?庶往共饑渴。
入門聞號啕,幼子餓已卒。吾寧舍一哀?裡巷亦嗚咽。
所愧為人父,無食致夭折。豈知秋禾登,貧窶有蒼卒。』

自京赴奉先縣詠懷五百字 杜甫 105 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700-105-1


惡樹 杜甫 <436>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2125 杜甫詩1000-436-619/1500

惡樹 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 31)
隠棲生活の中で知らぬ間に悪い習慣や、おおざっぱになっていく自分を誡める意味でこの詩を書いたようだ。

2013年3月26日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩遠游篇 曹植 魏<59-#1>曹子建集 卷第六 樂府 715 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2123
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集惡樹 杜甫 <436>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2125 杜甫詩1000-436-619/1500
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集登池上樓 謝霊運<25> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2126 (03/26)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性送別 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-116-51-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2127
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

惡樹 杜甫 <436>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2125 杜甫詩1000-436-619/1500

  
詩 題:惡樹 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 31) 
作時761年3月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の436首目-場面4 – 31
杜甫ブログ1500回予定の-619回目   40729
1020惡樹



惡樹
(悪くなった習慣)
獨繞虛齋裡,常持小斧柯。
訪れる客もなくひとり空しく書斎の中を行ったり来たり回っている。常に持っているのは荘子のまえで斧をうまく使った郢斧のように詩文を作り、あるいは直したりしている。
幽陰成頗雜,惡木翦還多。
隠棲して静かにしていると何事にも大雑把になって來るし、欠点やズボラで困ったことが多くなって、悪い枝が育ってきたようなので剪定をしなければいけないようだ。
枸杞因吾有,雞棲奈汝何?
川辺近くのクコは私にとっていい薬となってやくだっているし、庭でにわとりを飼っているがこれをどうしようか、鶏、お前はどうされたいのか。
方知不材者,生長漫婆娑。

詩人杜甫5x5こうしてみるとこの私はよくよく才能にかけているということなのだろう。まあ、長生きをして段々年を取って自然にしおれていく人生もよいのではないだろうか。
(惡樹)
獨り虛【むな】しく齋裡【さいり】を繞り,常に小さき斧柯【ふか】を持つ。
幽陰【ゆういん】頗雜【はざつ】を成し,惡木【あき】還た多きを翦【せん】す。
枸杞【くこ】因に吾に有し,雞棲【けいせい】奈【いかに】に汝に何【いかん】んせん?
方に材者にあらざるを知り,長に生きて漫【そぞろ】に婆娑【ばさ】とす。


『惡樹』 現代語訳と訳註
(本文)
獨繞虛齋裡,常持小斧柯。
幽陰成頗雜,惡木翦還多。
枸杞因吾有,雞棲奈汝何?
方知不材者,生長漫婆娑。


(下し文) 惡樹
獨り虛【むな】しく齋裡【】を繞り,常に小さき斧柯【ふか】を持つ。
幽陰【ゆういん】頗雜【はざつ】を成し,惡木【あき】還た多きを翦【せん】す。
枸杞【くこ】因に吾に有し,雞棲【けいせい】奈【いかに】に汝に何【いかん】んせん?
方に材者にあらざるを知り,長に生きて漫【そぞろ】に婆娑【ばさ】とす。


(現代語訳)
(悪くなった習慣)
訪れる客もなくひとり空しく書斎の中を行ったり来たり回っている。常に持っているのは荘子のまでで斧をうまく使った郢斧のように詩文を作り、あるいは直したりしている。
隠棲して静かにしていると何事にも大雑把になって來るし、欠点や図牡ボラで困ったことが多くなって、悪い枝が育ってきたようで剪定をしなければいけないようだ。
クコは私にとっていい薬となってやくだっているし、にわとりをかっているがこれをどうしようか、鶏、お前はどうされたいのか。
こうしてみるとこの私はよくよく才能にかけているということなのだろう。まあ、長生きをして段々年を取って自然にしおれていく人生もよいのではないだろうか。

DCF00096
(訳注)
惡樹

(悪くなった習慣)
隠棲生活の中で知らぬ間に悪い習慣や、おおざっぱになっていく自分を誡める意味でこの詩を書いたようだ。樹は木が成長したもの。詩の中で「悪木」が詩題で「惡樹」絵おなっているのも、悪い習慣はちょっと気を抜き、自分に妥協すると大樹になってしまうという戒めを示すものである。別の解釈に、家の周りに雑木が多くてこれを斧を以て毎日切って歩いているというものがある。「雑木」に感情をあらわにしているといい、杜甫の感情の起伏を指摘するものがあるが、この詩を表面的にとらえていること、杜甫の詩を熟読していない解釈であるとしか言いようがない。これは杜甫学者の中で形而上的なとらえ方をするものには「嘆く」「貧困」「飢餓」などの解釈にもよくあらわれてくる


獨繞虛齋裡,常持小斧柯。
訪れる客もなくひとり空しく書斎の中を行ったり来たり回っている。常に持っているのは荘子のまえで斧をうまく使った郢斧のように詩文を作り、あるいは直したりしている。
・齋裡 今であり書斎の部屋内。
・斧柯 《「荘子」徐無鬼の、郢の人が鼻の先に土を薄く塗り、匠石という大工に斧(おの)で削り取らせたところ、鼻を少しも傷つけなかったという故事から》詩文の添削を人に請うときに用いる語。郢斧(えいふ)。「柯」は斧の柄にする木のことで、曲がった枝。


幽陰成頗雜,惡木翦還多。
隠棲して静かにしていると何事にも大雑把になって來るし、欠点やズボラで困ったことが多くなって、悪い枝が育ってきたようなので剪定をしなければいけないようだ。
・幽陰 隠棲して静かにしていること。
・成 自然にそうなっていった。
・頗雜 何事にも大雑把になる。頗はおおがい。ほほ。すこぶる。
・惡木 欠点のある木。弊害の木。悪い枝
・翦 剪定する。間引きする。


枸杞因吾有,雞棲奈汝何?
川辺近くのクコは私にとっていい薬となってやくだっているし、庭でにわとりを飼っているがこれをどうしようか、鶏、お前はどうされたいのか。
枸杞 中国原産のナス科の落葉低木。食用や薬用に利用される。クコの果実、根皮、葉は、それぞれ枸杞子(くこし)、地骨皮(じこっぴ)、枸杞葉(くこよう)という生薬である。海岸、河原、田畑の畦、空き地の周囲など、人の手が加わりやすく、高木が生えきれない環境によく生える。ある程度湿り気のある水辺の砂地を好む。果実は酒に漬けこんでクコ酒にする他、生食やドライフルーツでも利用される。薬膳として粥の具にもされる。また、柔らかい若葉も食用にされる。


方知不材者,生長漫婆娑。
こうしてみるとこの私はよくよく才能にかけているということなのだろう。まあ、長生きをして段々年を取って自然にしおれていく人生もよいのではないだろうか。
・婆娑 ころものひるがえるさま。あるきまわるさま。しおれて垂れ下がるさま。乱れ散るさま。琴の調子が変化に富む。ここでは年を取って次第にしおれてゆくというほどの意味。

高楠 杜甫 <435>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2120 杜甫詩1000-435-618/1500

高楠 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 30) 


2013年3月25日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 
高楠 杜甫 <435>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2120 杜甫詩1000-435-618/1500


詩 題:高楠 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 30) 
作時761年3月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の435首目-場面4 – 30
杜甫ブログ1500回予定の-618回目   40728
1168高楠

高楠
楠樹色冥冥,江邊一蓋青。
楠の大樹が鬱蒼と茂って大きな影を作る。濯錦江の川面の木の陰で蓋をするかのようである。
近根開藥圃,接葉製茅亭。
大樹の根の近くに薬草畑で菜園をする。楠の大樹の葉が我が草堂のカヤぶきの屋根の更に二重の屋根を作ってくれている。
落景陰猶合,微風韻可聽。
雄飛のころになると家の影をさらにつつみこむだけの影を落としている。わずかな風がそよいでくると葉音が聞こえ、風化枝を抜けると音が和音として聞える。
尋常絕醉困,臥此片時醒。

まわりからするとこのわずかな広さの中で酔って乱れたりすることはないのだが、ここでしばらくの間横になり、暫くして目を覚ますひと時を過ごすのである。
(高楠)
楠樹【なんじゅ】色 冥冥【めいめい】とし,江邊【こうへん】 一蓋【いちがい】青とす。
根を近くして藥圃【やくほ】を開き,葉に接りて茅亭【ぼうてい】を製す。
落景 猶合【ゆうごう】陰し,微風 韻して聽く可し。
尋常 醉【すいこん】を絕ち,此に臥して片時【へんじ】醒【めざめ】る。


『高楠』 現代語訳と訳註
草堂002(本文)
高楠
楠樹色冥冥,江邊一蓋青。
近根開藥圃,接葉製茅亭。
落景陰猶合,微風韻可聽。
尋常絕醉困,臥此片時醒。


(下し文)
(高楠)
楠樹【なんじゅ】色 冥冥【めいめい】とし,江邊【こうへん】 一蓋【いちがい】青とす。
根を近くして藥圃【やくほ】を開き,葉に接りて茅亭【ぼうてい】を製す。
落景 猶合【ゆうごう】陰し,微風 韻して聽く可し。
尋常 醉【すいこん】を絕ち,此に臥して片時【へんじ】醒【めざめ】る。


(現代語訳)
楠の大樹が鬱蒼と茂って大きな影を作る。濯錦江の川面の木の陰で蓋をするかのようである。
大樹の根の近くに薬草畑で菜園をする。楠の大樹の葉が我が草堂のカヤぶきの屋根の更に二重の屋根を作ってくれている。
雄飛のころになると家の影をさらにつつみこむだけの影を落としている。わずかな風がそよいでくると葉音が聞こえ、風化枝を抜けると音が和音として聞える。
まわりからするとこのわずかな広さの中で酔って乱れたりすることはないのだが、ここでしばらくの間横になり、暫くして目を覚ますひと時を過ごすのである。


(訳注)
kokage01高楠
家の近くにおおきなクスノキがある。杜甫はこの場所が好きだったようだ。杜甫草堂の家を目指すのに遠くからの目標物となった大木である。761年夏の作。


楠樹色冥冥,江邊一蓋青。
楠の大樹が鬱蒼と茂って大きな影を作る。濯錦江の川面の木の陰で蓋をするかのようである。
・冥冥 /瞑瞑 1 暗いさま。2 おくぶかくとおいさま。事情がはっきりせず、見通しの立たないさま。3.人の目に着かないこと。4.愚かなさま。無知なこと。


近根開藥圃,接葉製茅亭。
大樹の根の近くに薬草畑で菜園をする。楠の大樹の葉が我が草堂のカヤぶきの屋根の更に二重の屋根を作ってくれている。
・藥圃 薬草畑。
・接葉 接:つぐ。つづける。つらなる。まじわる。うけとる。てにとる。
・製 裁断する。作る。着物。鄭歳。


落景陰猶合,微風韻可聽。
雄飛のころになると家の影をさらにつつみこむだけの影を落としている。わずかな風がそよいでくると葉音が聞こえ、風化枝を抜けると音が和音として聞える。
・落景 夕日のひかり。夕日の影。
・韻 響き。音色。詩賦。韻を踏む。趣。様子。気風。好み。趣向。


尋常絕醉困,臥此片時醒
まわりからするとこのわずかな広さの中で酔って乱れたりすることはないのだが、ここでしばらくの間横になり、暫くして目を覚ますひと時を過ごすのである。
・尋常 1尋と1常(1尋の2倍)で、普通の長さの意。八尺と一丈六尺。わずかなながさ、ひろさ。 特別でなく、普通であること。また、そのさま。あたりまえ。「―な(の)方法では完成しない」「精神状態が―でない」  見苦しくないこと。目立たず上品なこと。りっぱ。けなげ。すなお。
醉困 酔って乱れ疲れる。
・片時 一時(いつとき)の半分の意ほんのわずかな時間。一瞬。

晩晴 杜甫 <434>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2115 杜甫詩1000-434-617/1500

晩晴 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 29) 
草堂の晩に晴れたことをのべる。上元二年の夏の作。
この14首はそれぞれテーマを設定している。この詩は後漢の王符についてである。

2013年3月24日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅲ杜甫詩1000詩集晩晴 杜甫 <434>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2115 杜甫詩1000-434-617/1500
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集過瞿渓山飯僧 謝霊運<23> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2116 (03/24)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性送別 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-114-49-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2117
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

晩晴 杜甫 <434>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2115 杜甫詩1000-434-617/1500


 
詩 題:晩晴 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 29) 
作時761年5月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の434首目-場面4 - 29
杜甫ブログ1500回予定の-617回目   40727

草堂の晩に晴れたことをのべる。上元二年の夏の作。
成都2年目の律詩のシリーズ
・春水 ・江亭 ・早起 ・可惜 ・落日 ・獨酌 ・徐步 ・寒食 ・石鏡 ・琴台 ・朝雨 ・晚晴 ・高楠 ・惡樹
この14首はそれぞれテーマを設定している。この詩は後漢の王符についてである。


晚晴
村晚驚風度,庭幽過雨沾。
村に夕暮れが訪れてくる。はげしい風がふきわたっている。そうして草堂の庭は隠棲生活に似合う静かに通り雨にうるおされる。
夕陽薰細草,江色映疏簾。
雨が過ぎて香りをはなつ細かな草花などに夕日が射し始める。庭先の濯錦江に夕日を移した反照が目の粗い簾に映っている。
書亂誰能帙,杯幹可自添。
読みかけの書物はみだれておいているのだが、だれかそれを文巻のなかにとりかたづけてくれないものか、杯をのみ干して、更に自分で手酌をして愉しむのである。
時聞有餘論,未怪老夫潛。
こんなふうに隠遁生活を楽しんでいて、時として時世を論じて『潜夫論』のようなことを聞くのである。こうしてみればこのわたしも老夫としてもう表に出ないで潜んでいるとしてもなにも後漢王符のように怪しいもののようなことではないのである。
(晩 晴)
村晩れて驚風【けいふう】度【わた】る、庭 幽にして過雨に需【うるお】う。
夕陽【せきよう】に細草【さいそう】薫る、江色 疎簾【それん】に映ず。
書亂れて誰か能く帙【ちつ】せん、杯き乾きて自ら添う可し。
時に聞く余論有るを、未だ怪しまず老夫の潜。


『晚晴』 現代語訳と訳註
趙飛燕Hienso003(本文)

村晚驚風度,庭幽過雨沾。
夕陽薰細草,江色映疏簾。
書亂誰能帙,杯幹可自添。
時聞有餘論,未怪老夫潛。


(下し文)
(晩 晴)
村晩れて驚風【けいふう】度【わた】る、庭 幽にして過雨に需【うるお】う。
夕陽【せきよう】に細草【さいそう】薫る、江色 疎簾【それん】に映ず。
書亂れて誰か能く帙【ちつ】せん、杯き乾きて自ら添う可し。
時に聞く余論有るを、未だ怪しまず老夫の潜。


(現代語訳)
村に夕暮れが訪れてくる。はげしい風がふきわたっている。そうして草堂の庭は隠棲生活に似合う静かに通り雨にうるおされる。
雨が過ぎて香りをはなつ細かな草花などに夕日が射し始める。庭先の濯錦江に夕日を移した反照が目の粗い簾に映っている。
読みかけの書物はみだれておいているのだが、だれかそれを文巻のなかにとりかたづけてくれないものか、杯をのみ干して、更に自分で手酌をして愉しむのである。
こんなふうに隠遁生活を楽しんでいて、時として時世を論じて『潜夫論』のようなことを聞くのである。こうしてみればこのわたしも老夫としてもう表に出ないで潜んでいるとしてもなにも後漢王符のように怪しいもののようなことではないのである。


(訳注)
 晚晴
夕方になって晴れた草堂のまわりのことをのべ、後漢の王符を自分自身になぞらえているしである。761年夏の作である。


村晚驚風度,庭幽過雨沾。
村に夕暮れが訪れてくる。はげしい風がふきわたっている。そうして草堂の庭は隠棲生活に似合う静かに通り雨にうるおされる。
草堂002○驚風 つよい風。
〇度 渡に同じ。
○過雨 とおりあめ。


夕陽薰細草,江色映疏簾。
雨が過ぎて香りをはなつ細かな草花などに夕日が射し始める。庭先の濯錦江に夕日を移した反照が目の粗い簾に映っている。
・薰細草 雨に潤った夏草に夕日が当たって香りを放つということ。この時代あったかどうかわからないが薰衣草を想像される。薰衣草:ラベンダー(lavender、lavandula)は、シソ科の背丈の低い常緑樹の1属である。学名でラヴァンドゥラ、ラヴァンデュラとも。


書亂誰能帙,杯幹可自添。
文具-峡読みかけの書物はみだれておいているのだが、だれかそれを文巻のなかにとりかたづけてくれないものか、杯をのみ干して、更に自分で手酌をして愉しむのである。
○峡 書物の損傷を防ぐために包む覆い。厚紙を芯(しん)とし、表に布をはって作る。文巻(ふまき)。文包(ふみづつみ)。
○添 酒をつぎそえる。ここは手酌ということ。


時聞有餘論,未怪老夫潛。
こんなふうに隠遁生活を楽しんでいて、時として時世を論じて『潜夫論』のようなことを聞くのである。こうしてみればこのわたしも老夫としてもう表に出ないで潜んでいるとしてもなにも後漢王符のように怪しいもののようなことではないのである。
〇時聞 聞とは自他ともにきくこと。
○余論 当時の貴族主義的風潮に強く対抗した「潜夫の論」をさす。『潜夫論』中国,後漢の社会批判の書。10巻36編。王符(2世紀中ごろ)の著で,桓帝のときに成立。王符は,張衡(ちようこう)や馬融らと親交をもったが,門閥勢力の盛行した当時の官界に合わなかった。皇甫規のように彼の節操を慕う高官もあったが,昇進の機会のないまま隠退。発憤して著述に専念,社会の積弊を暴露して時政を攻撃した。《潜夫論》の〈潜夫〉とは世に埋れて名をなさない者の意で,もとより王符の姿勢を表す。内容は,学識を積んだ賢能の任用を説く能力主義や民生安定のための重農思想を主張し,とくに西北辺境の国防策と富貴の奢侈に警告し,さらに迷信の打破を強調して,当時の貴族主義的風潮に強く対抗した。
○未怪 怪とは自他ともに怪しむ行動までしようということ。
○老夫潜 『潜夫論』を著した王符(85?~162?)のこと。老夫ということで、とほじしんをいしきしている。
王符(85?~162?)とは、字は節信。安定郡臨経の人。若いころから学問を好み、名利を求める心が薄く、時風や世俗に従わなかった。生涯、官途につかなかった。気を万物の根源と論じ、農業や養蚕を富国の本と強調した。『潜夫論』。




晚晴
村晚驚風度,庭幽過雨沾。
夕陽薰細草,江色映疏簾。
書亂誰能帙,杯幹可自添。
時聞有餘論,未怪老夫潛。
(晩 晴)
村晩れて驚風【けいふう】度【わた】る、庭 幽にして過雨に需【うるお】う。
夕陽【せきよう】に細草【さいそう】薫る、江色 疎簾【それん】に映ず。
書亂れて誰か能く帙【ちつ】せん、杯き乾きて自ら添う可し。
時に聞く余論有るを、未だ怪しまず老夫の潜。

朝雨 杜甫 <433>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2110 杜甫詩1000-433-616/1500

朝雨 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 28) 
朝雨がさっと降りその後晴れてきて清々しい、気持ちのよう風が吹いて来て作った作。5月初めのころであろう。


2013年3月23日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩名都篇 曹植 魏<57-#3> 女性詩712 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2108
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原毀 韓愈(韓退之) <119-#8>Ⅱ中唐詩625 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2109
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集朝雨 杜甫 <433>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2110 杜甫詩1000-433-616/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集郡東山望凕海 謝霊運<22> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2111 (03/23)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性寄子安 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-113-48-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2112
 
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

朝雨 杜甫 <433>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2110 杜甫詩1000-433-616/1500


詩 題:朝雨 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 28) 
作時761年5月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の433首目-場面4 – 28
杜甫ブログ1500回予定の-616回目
朝雨がさっと降りその後晴れてきて清々しい、気持ちのよう風が吹いて来て作った作。5月初めのころであろう。


朝雨
涼氣曉蕭蕭,江雲亂眼飄。
起き掛けにひと雨が降って、その後、暁の空が晴れてきて、すずしいかぜがさあーっと吹いて来る。錦江や濯錦江の上の雲が目をかなり動かすほど激しく動いている。
風鴛藏近渚,雨燕集深條。
風が強いので鴛鴦が近くの渚に隠れてしまう。雨が好きなツバメは喜んで生い茂った木々の枝に集まっている。
黃綺終辭漢,巢由不見堯。
それはまるで商山に隠遁した四皓が「竟に漢の朝廷に職を辞して隠遁」して集まっているようであるし、許由巣父の故事のようにきれいな「水で汚れた耳を洗い」堯帝にまみえることがなかったことを鴛鴦がやっているのだろうか。
草堂樽酒在,幸得過清朝。

私の草堂には「清談をする酒」がありこれを愉しむのであり、幸いにして陶淵明が詠ったように「清澄な朝の凛とした空気」がそよぎ過ぎていくのを私にも与えてくれているのである。

朝雨
涼氣 曉に蕭蕭たり,江雲 亂れて眼飄す。
風鴛 近渚に藏れ,雨燕 深條に集う。
黃綺 終に漢を辭し,巢由 堯に見えず。
草堂 樽酒在,幸にして清朝を過るを得ん。



『朝雨』 現代語訳と訳註
(本文) 朝雨
涼氣曉蕭蕭,江雲亂眼飄。
風鴛藏近渚,雨燕集深條。
黃綺終辭漢,巢由不見堯。
草堂樽酒在,幸得過清朝。


(下し文)
(朝雨)
涼氣 曉に蕭蕭たり,江雲 亂れて眼飄す。
風鴛 近渚に藏れ,雨燕 深條に集う。
黃綺 終に漢を辭し,巢由 堯に見えず。
草堂 樽酒在,幸にして清朝を過るを得ん。


(現代語訳)
起き掛けにひと雨が降って、その後、暁の空が晴れてきて、すずしいかぜがさあーっと吹いて来る。錦江や濯錦江の上の雲が目をかなり動かすほど激しく動いている。
風が強いので鴛鴦が近くの渚に隠れてしまう。雨が好きなツバメは喜んで生い茂った木々の枝に集まっている。
それはまるで商山に隠遁した四皓が「竟に漢の朝廷に職を辞して隠遁」して集まっているようであるし、許由巣父の故事のようにきれいな「水で汚れた耳を洗い」堯帝にまみえることがなかったことを鴛鴦がやっているのだろうか。
私の草堂には「清談をする酒」がありこれを愉しむのであり、幸いにして陶淵明が詠ったように「清澄な朝の凛とした空気」がそよぎ過ぎていくのを私にも与えてくれているのである。


(訳注)
朝雨

朝雨がさっと降りその後晴れてきて清々しい、気持ちのよう風が吹いて来た。草堂前に立って機嫌の良い、いい感じの気持ちを述べたものである。鴛鴦が水遊びをしていて、ツバメが枝に集まっているのを見て故事になぞらえて詩を作った。杜甫が悦に入っている時の詩である。


涼氣曉蕭蕭,江雲亂眼飄。
起き掛けにひと雨が降って、その後、暁の空が晴れてきて、すずしいかぜがさあーっと吹いて来る。錦江や濯錦江の上の雲が目をかなり動かすほど激しく動いている。
・涼氣 涼しい空気。涼しい気配。《季語 夏》
・蕭蕭 風の吹く音。杜甫『秋雨嘆三首  其一』「雨中百草秋爛死、階下決明顏色鮮。
著葉滿枝翠羽蓋、開花無數黃金錢。
涼風蕭蕭吹汝急、恐汝後時難獨立。
堂上書生空白頭、臨風三嗅馨香泣。」
・この二句は上句の「涼氣」は庾肩吾「北園涼氣高。」に、下句の「亂眼飄」は庾信「涼花乱眼飄」と親子の句に基づいている。庾肩吾 庾肩吾は、武帝の第3子晋安王蕭綱(後の簡文帝)の国常侍・参軍をつとめた。 ... 時、当時の皇太子昭明太子蕭統に仕え、東宮講読に侍した。531年(中大通3年)4月、蕭統が早世する。7月に蕭綱が皇太子となると、父庾肩吾は東宮通事舎人に任じられた。
庾信(ゆ しん、513年(天監12年) - 581年(開皇元年))は、中国南北朝時代の文学者。字は子山。南陽郡新野の人。庾肩吾の子。南朝の梁に生まれ、前半生は皇太子蕭綱(後の簡文帝)配下の文人として活躍した。侯景の乱後の後半生は、やむなく北朝の北周に身を置くことになり、代表作「哀江南賦」をはじめ、江南を追慕する哀切な内容の作品を残した。

二羽のゆりかもめ
風鴛藏近渚,雨燕集深條。
風が強いので鴛鴦が近くの渚に隠れてしまう。雨が好きなツバメは喜んで生い茂った木々の枝に集まっている。


黃綺終辭漢,巢由不見堯。
それはまるで商山に隠遁した四皓が「竟に漢の朝廷に職を辞して隠遁」して集まっているようであるし、許由巣父の故事のようにきれいな「水で汚れた耳を洗い」堯帝にまみえることがなかったことを鴛鴦がやっているのだろうか。
黃綺終辭漢 商山の四皓の故事をツバメが繁った枝に集まっているのを比喩している。杜甫、孟浩然など多くの詩人は引用している
DCF00096中国秦代末期、乱世を避けて陝西(せんせい)省商山に入った東園公・綺里季・夏黄公・里(ろくり)先生の四人の隠士。漢の高祖の時四人の老人があり秦の乱をさけでその山に隠れ芝を採ってくらした。中国秦代末期、乱世を避けて陝西(せんせい)省商山に入った東園公・綺里季・夏黄公・里(ろくり)先生の四人の隠士。みな鬚眉(しゅび)が皓白(こうはく)の老人であったのでいう。商山の四皓はもと秦の博士であったが世のみだれたのにより山にかくれて採芝の歌をつくった。その歌は四言十句あって、「曄曄紫芝,可以疗飢。皇虞邈远,余将安歸」(曄曄たる紫芝、以て飢を療す可し。唐虞往きぬ、吾は当に安にか帰すべき。)の語がある。
・巢由不見堯 許由巣父の故事で、鴛鴦が渚で頭を水の中に突っ込む様子を云うものである
許由が潁水で耳のけがれを洗い落としているのを見た巣父が、そのような汚れた水は牛にも飲ませられないとして牛を連れて帰ったという、「荘子」逍遥遊・「史記」燕世家などにみえる故事。栄貴を忌み嫌うことのたとえ。また、その故事を描いた画題。
・許由 中国古代の三皇五帝時代の人と伝わる、伝説の隠者である。 伝説によれば、許由は陽城槐里の人でその人格の廉潔さは世に名高く、当時の堯帝がその噂を聞き彼に帝位を譲ろうと申し出るが、それを聞いた許由は箕山に隠れてしまう。○高士傳 『史記』「伯夷列伝第一」 に「甫謐高士傳云・・「許由字武仲。堯聞致天下而譲焉、乃退而遁於中嶽潁水陽、箕山之下隠。堯又召爲九州長、由不欲聞之、洗耳於穎水濱。」(皇甫謐『高士伝』に云ふ、許由、字は武仲。尭、天下を致して譲らんとするを聞き、乃ち退いて中嶽潁水の陽、箕山の下に遁れ隠る。尭、又た召して九州の長と為さんとす。由、之を聞くを欲せず、耳を潁水の浜に洗ふ。)


草堂樽酒在,幸得過清朝。
私の草堂には「清談をする酒」がありこれを愉しむのであり、幸いにして陶淵明が詠ったように「清澄な朝の凛とした空気」がそよぎ過ぎていくのを私にも与えてくれているのである。
・樽酒 竹林の七賢の故事に基づいている。酒を呑み、気心の知れた少数の人々と、清談と呼ばれる哲学論議を交わしたこと。杜甫は特に阮籍と嵆康についてよく例にとる。
・清朝 新鮮な(空気) ・ 清澄な(朝の空気) ・ 凛とした(朝の寒気)清々しい. 清清しい.。陶淵明の『和胡西曹示顧賊曹詩』「蕤賓五月中,清朝起南颸。」にもとづいている。

琴台 杜甫 <432>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2105 杜甫詩1000-432-615/1500

琴台 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 27) 


成都中心部と杜甫草堂の中間に位置する古代成都の歓楽街。司馬相如の故跡、相知がまだ若くて貧乏であったころ、成都の金持の卓王孫の娘文君に、琴歌をもっていどんだところ、文君は夜家を逃げ出して相如のもとに走ったという。台は浣花渓の東に成都の西部分にある。花街は西側白門にあるもの。
2013年3月22日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩名都篇 曹植 魏<57-#2> 女性詩711 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2103
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原毀 韓愈(韓退之) <119-#7>Ⅱ中唐詩624 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2104
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集琴台 杜甫 <432>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2105 杜甫詩1000-432-615/1500
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●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性江陵愁望寄子安 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-112-47-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2107
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

琴台 杜甫 <432>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2105 杜甫詩1000-432-615/1500


詩 題:琴台 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 27) 
 作時761年3月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の432首目-場面4 - 27
杜甫ブログ1500回予定の-615回目


琴台
茂陵多病後,尚愛卓文君。
司馬相如が晚年になって茂陵に退居した。持病が出て辛くなったためであった。しかし、その後は浮気をきっぱりと止め、妻の卓文君には深い愛情を持った。
酒肆人間世,琴台日暮雲。
ふんどし一つで卓文君と酒屋をしていた琴台のころのことは太陽が傾きかけたところに雲がかかったようなことかもしれないのではある。
野花留寶靨,蔓草見羅裙。
確かに、その頃は野の花を首飾りにしていたかもしれないし、蔦蔓や草花でもって薄絹やスカートとしなければならなかったのかもしれない。
歸鳳求凰意,寥寥不複聞。

司馬相如と卓文君のように鳳凰鳥は鳳凰にふさわしい大望を持っているものでそこに帰着するものである。しかしこんなことは数少ない事例であって、ふたたびそのような出来事を聞くことはないのである。
(琴台)
茂陵 多病の後なるも,尚お卓文君を愛す。
酒肆【しゅし】人間【じんかん】の世,琴台【きんだい】日暮の雲。
野花 寶靨【ほうえん】を留め,蔓草【まんそう】羅裙【らくん】見る。
歸鳳は凰意を求めしも,寥寥【りょうりょう】複た聞かず。


『琴台』 現代語訳と訳註
(本文)

茂陵多病後,尚愛卓文君。
酒肆人間世,琴台日暮雲。
野花留寶靨,蔓草見羅裙。
歸鳳求凰意,寥寥不複聞。


(下し文) (琴台)
茂陵 多病の後なるも,尚お卓文君を愛す。
酒肆【しゅし】人間【じんかん】の世,琴台【きんだい】日暮の雲。
野花 寶靨【ほうえん】を留め,蔓草【まんそう】羅裙【らくん】見る。
歸鳳は凰意を求めしも,寥寥【りょうりょう】複た聞かず。


(現代語訳)
司馬相如が晚年になって茂陵に退居した。持病が出て辛くなったためであった。しかし、その後は浮気をきっぱりと止め、妻の卓文君には深い愛情を持った。
ふんどし一つで卓文君と酒屋をしていた琴台のころのことは太陽が傾きかけたところに雲がかかったようなことかもしれないのではある。
確かに、その頃は野の花を首飾りにしていたかもしれないし、蔦蔓や草花でもって薄絹やスカートとしなければならなかったのかもしれない。
司馬相如と卓文君のように鳳凰鳥は鳳凰にふさわしい大望を持っているものでそこに帰着するものである。しかしこんなことは数少ない事例であって、ふたたびそのような出来事を聞くことはないのである。


(訳注)
琴台
 成都中心部と杜甫草堂の中間に位置する古代成都の歓楽街。現在の地図では琴台路の付近であろう。
浣花峡556琴台 司馬相如の故跡、相知がまだ若くて貧乏であったころ、成都の金持の卓王孫の娘文君に、琴歌をもっていどんだところ、文君は夜家を逃げ出して相如のもとに走ったという。台は浣花渓の東に成都の西部分にある。花街は西側白門にあるもの。
杜甫『野老』
野老籬邊江岸迴,柴門不正逐江開。
漁人網集澄潭下,估客船隨返照來。
長路關心悲劍閣,片雲何意傍琴台
王師未報收東郡,城闕秋生畫角哀 
 野老 杜甫 <373>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1799 杜甫詩 1000- 549


茂陵多病後,尚愛卓文君。
司馬相如が晚年になって茂陵に退居した。持病が出て辛くなったためであった。しかし、その後は浮気をきっぱりと止め、妻の卓文君には深い愛情を持った。
・茂陵 漢武帝の陵墓。静かなところで高級住宅街。


酒肆人間世,琴台日暮雲。
彼にとっては酒屋こそは人生の縮図であろう。確かにふんどし一つで卓文君と酒屋をしていた琴台のころのことは太陽が傾きかけたところに雲がかかったようなことかもしれないのではある。
・肆 みせ。

野花留寶靨,蔓草見羅裙。
確かに、その頃は野の花を首飾りにしていたかもしれないし、蔦蔓や草花でもって薄絹やスカートとしなければならなかったのかもしれない。
・寶靨 花鈿。古代婦女首飾。


歸鳳求凰意,寥寥不複聞。
司馬相如と卓文君のように鳳凰鳥は鳳凰にふさわしい大望を持っているものでそこに帰着するものである。しかしこんなことは数少ない事例であって、ふたたびそのような出来事を聞くことはないのである。
・寥寥 1 ひっそりとしてもの寂しいさま。また、空虚なさま。「―たる荒れ野」 2 数の非常に少ないさま。花蕊夫人006

石鏡 杜甫 <431>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2100 杜甫詩1000-431-614/1500

石鏡 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 26) 

蜀王が好色であることから様々な物語が伝えられている。杜甫は昨年760年の夏にも石犀行』、『石筍行』、『杜鵑行という蜀の故事をもとに詩を作っている。この詩はその続編というところである。成都の街に出てこの場所に来て作った。

2013年3月21日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩名都篇 魏<57-#1> 女性詩710 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2098
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原毀 韓愈(韓退之) <119-#6>Ⅱ中唐詩623 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2099
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集石鏡 杜甫 <431>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2100 杜甫詩1000-431-614/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集登永嘉緑嶂山詩 謝霊運<20> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2101 (03/21)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性寓言 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-111-46-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2102
 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

石鏡 杜甫 <431>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2100 杜甫詩1000-431-614/1500


詩 題:石鏡 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 26) 
作時761年3月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の431首目-場面4 – 26
杜甫ブログ1500回予定の-614回目   40724




石鏡
蜀王將此鏡,送死置空山。
蜀王は山々の精と言われた妻を成都の街に埋葬しここに石鏡を作っておいた。その死後時は立って空しい山となっている。
冥寞憐香骨,提攜近玉顏。
静かで暗いそこには芳しい骨となっているだけで憐れをもよおすのである。その意志の鏡に輝く顔を近づけてみるのである。
眾妃無複歡,千騎亦虛還。
たくさん集められたその妃たちは再び歓喜の声を上げることはない。この石鏡のための千騎のの兵士たちも又帰って來ることはないのである。
獨有傷心石,埋輪月宇間。
私は独り此処に傷心の石があるだけであると思う。
孫子の兵法で「馬を並べて車輪を埋め、以て進退を封じて往く所無きにす」という秦が攻めて來るに際して戦略のものも今では月の世界の話となっている。
(石鏡)
蜀王 將に此れ鏡とし,死して送るは空山に置く。
冥寞して香骨を憐み,提攜して玉顏を近す。
眾妃 複た歡ぶこと無し,千騎 亦た虛しく還る。
獨り傷心の石有り,埋輪 月宇の間。


『石鏡』 現代語訳と訳註
(本文)
魚玄機550034蜀王將此鏡,送死置空山。
冥寞憐香骨,提攜近玉顏。
眾妃無複歡,千騎亦虛還。
獨有傷心石,埋輪月宇間。


(下し文)
(石鏡)
蜀王 將に此れ鏡とし,死して送るは空山に置く。
冥寞して香骨を憐み,提攜して玉顏を近す。
眾妃 複た歡ぶこと無し,千騎 亦た虛しく還る。
獨り傷心の石有り,埋輪 月宇の間。


(現代語訳)
蜀王は山々の精と言われた妻を成都の街に埋葬しここに石鏡を作っておいた。その死後時は立って空しい山となっている。
静かで暗いそこには芳しい骨となっているだけで憐れをもよおすのである。その意志の鏡に輝く顔を近づけてみるのである。
たくさん集められたその妃たちは再び歓喜の声を上げることはない。この石鏡のための千騎のの兵士たちも又帰って來ることはないのである。
私は独り此処に傷心の石があるだけであると思う。
孫子の兵法で「馬を並べて車輪を埋め、以て進退を封じて往く所無きにす」という秦が攻めて來るに際して戦略のものも今では月の世界の話となっている。


(訳注)
石鏡
蜀王が好色であることから様々な物語が伝えられている。杜甫は昨年760年の夏にも石犀行』、『石筍行』、『杜鵑行という蜀の故事をもとに詩を作っている。この詩はその続編というところである。成都の街に出てこの場所に来て作った。


蜀王將此鏡,送死置空山。
蜀王は山々の精と言われた妻を成都の街に埋葬しここに石鏡を作っておいた。その死後時は立って空しい山となっている。
・蜀王鏡 武都の人で善知という人がいた。蜀王は、その妻を蜀へ引っ越させた。『伊鳴声』の六舞踊曲を作って彼女を愛した。彼女の夫は女となり、美しく山々の精と言われた。蜀王は彼女を娶って妻とした。幾ばくもせずに帰らぬ人となった。蜀王は兵士を出して武都の土を持ってこさせ、成都の城内に埋葬した。大よそその地は、180平米*4、高さ7メートル*5、武担と言い、石で一枚の鏡を作ってその墓の表に置いた。鏡の幅は1メートル、高さは120cm程だった。


冥寞憐香骨,提攜近玉顏。
静かで暗いそこには芳しい骨となっているだけで憐れをもよおすのである。その意志の鏡に輝く顔を近づけてみるのである


眾妃無複歡,千騎亦虛還。
たくさん集められたその妃たちは再び歓喜の声を上げることはない。この石鏡のための千騎のの兵士たちも又帰って來ることはないのである。
・眾妃 秦王は、蜀王が好色であることを知り、5人の美女を蜀王に送った。蜀王はこれを愛し、五人(の力士)を送って女達を迎えさせた。
・千騎 長さが三メートル、重さ千鈞*1もある、石牛と言われたもので。千人では動かすことができなかった。


獨有傷心石,埋輪月宇間。
上弦の月私は独り此処に傷心の石があるだけであると思う。孫子の兵法で「馬を並べて車輪を埋め、以て進退を封じて往く所無きにす」という秦が攻めて來るに際して戦略のものも今では月の世界の話となっている。
・埋輪 『孫子•九地』「故善用兵者、譬如率然、率然者、常山之蛇也、撃其首則尾至、撃其尾、則首至、撃其中、則首尾倶至、敢問、兵可使如率然乎、曰、可、夫呉人與越人相惡也、當其同舟而濟遇風、其相救也、如左右手、是故方馬埋輪、未足恃也、齋勇若一、政之道也、剛柔皆得、地之理也、故善用兵者、攜手若使一人、不得已也、」このゆえに馬を方べ輪を埋るも、いまだ恃むに足らず 



・蜀王鏡
武都有一丈夫,化為女子,美而豔,蓋山精也。蜀王納為妃。不習水土,欲去。王必留之,乃為《東平》之歌以樂之。無幾,物故。蜀王哀之。乃遣五丁之武都擔土,為妃作冢,蓋地數畝,高七丈。上有石鏡。今成都北角武擔是也。武都の人で善知という人がいた。蜀王は、その妻を蜀へ引っ越させた。蜀に居住した後、そこの風土に合わず、帰りたがった。蜀王は彼女を愛していたので、留め置いた。《伊鳴声》という六つの舞踊曲を作った。
 武都の夫は女となった。美しく山々の精と言われた。蜀王は彼女を娶って妻とした。風土習俗が合わず、病を得て帰りたがった。蜀王はこれを留め置いた。幾ばくもせずに帰らぬ人となった。蜀王は兵士を出して武都の土を持ってこさせ、成都の城内に埋葬した。大よそその地は、180平米*4、高さ7メートル*5、武担と言い、石で一枚の鏡を作ってその墓の表に置いた。鏡の幅は1メートル、高さは120cm程だった。

寒食 杜甫 <430>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2095 杜甫詩1000-430-613/1500

寒食 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 25) 
浣花渓における寒食節における、生活と農村風景を詠う。
761年上元二年、晩春、浣花渓にあっての作。


2013年3月20日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩棄婦篇 曹植 魏詩<56-#3> 女性詩709 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2093
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原毀 韓愈(韓退之) <119-#5>Ⅱ中唐詩621 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2089
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集寒食 杜甫 <430>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2095 杜甫詩1000-430-613/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集種桑 謝霊運<19> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2096 (03/20)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性隔漢江寄子安 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-110-45-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2097
 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首
 


寒食 杜甫 <430>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2095 杜甫詩1000-430-613/1500


寒食 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 25) 
詩 題:寒食 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 25)
作時761年3月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の430首目-場面4 – 25
杜甫ブログ1500回予定の-613回目


このシリーズは761年3月の日記と題したらいい様なものである。意味の上で連続性のある詩である。
春水
三月桃花浪,江流複舊痕。朝來沒沙尾,碧色動柴門。
接縷垂芳餌,連筒灌小園。已添無數鳥,爭浴故相喧。
春の出水のことをのべた。詩題の「春水」は、草堂の建設から一年たった新津から帰っての3月の作である。この年は去年の春雪解けの水より、増水が多く、岸いっぱいに流れたのだ。数え切れないほどたくさんの水鳥がやってきている。互いに争うように水浴びをしてわざわざ、さわざたてているのだ。


江亭
坦腹江亭臥,長吟野望時。水流心不競,雲在意俱遲。
寂寂春將晚,欣欣物自私。故林歸未得,排悶強裁詩。
江のほとりの亭で、おそらく四方に壁のない四阿出会ったのだろう。考えを変えて前向きになるためにこの詩をつくるのである。


早起
春來常早起,幽事頗相關。帖石防頹岸,開林出遠山。
一丘藏曲折,緩步有躋攀。童樸來城市,瓶中得酒還。
自分はいつも早く起きる。それは隠者の自覚をしっかり持ってきたため庭仕事にかかりあうのがたのしいためである。彼は瓶のなかにたのんでいた春の新酒を得てかえってきたのである。


可惜
花飛有底急?老去願春遲。可惜歡娛地,都非少壯時。
寬心應是酒,遣興莫過詩。此意陶潛解,吾生後汝期。
隠遁者の心持は陶淵明が理解していたのだ。私が生まれたのが彼より遅いのであるが彼の境地に達していないのではないだろうかと思っている。


落日
落日在簾鉤,溪邊春事幽。芳菲緣岸圃,樵爨倚灘舟。
啅雀爭枝墜,飛蟲滿院遊。濁醪誰造汝?一酌散千愁。
わたしはひとり酒をのむ。いったいこの楽しい酒をだれがつくりはじめたものか、知らない分けではないけれど、それをちょっとまたいっぱいのめば千万の心配ごとがみな散りうせるものである。


獨酌
步屧深林晚,開樽獨酌遲。仰蜂粘落絮,行蟻上枯梨。
簿劣慚真隱,幽偏得自怡。本無軒冕意,不是傲當時。
一日の作業を終えて、草堂付近を散策して一人酒を愉しむ幸せを詩にしている。草堂2年目の晩あき春の日記。


徐步
整履步青蕪,荒庭日欲晡。芹泥隨燕觜,花蕊上蜂須。
把酒從衣濕,吟詩信杖扶。敢論才見忌?實有醉如愚。
おもむろにあるく。前詩『獨酌』では酔っていない段階の詩を書き、酔い覚ましに散歩した様子を詠う。


寒食
寒食江村路,風花高下飛。汀煙輕冉冉,竹日淨暉暉。
田父要皆去,鄰家問不違。地偏相識盡,雞犬亦忘歸。
浣花渓における寒食節における、生活と農村風景を詠う。

石鏡
蜀王將此鏡,送死置空山。冥寞憐香骨,提攜近玉顏。
眾妃無複歡,千騎亦虛還。獨有傷心石,埋輪月宇間。
  
琴台
茂陵多病後,尚愛卓文君。酒肆人間世,琴台日暮雲。
野花留寶靨,蔓草見羅裙。歸鳳求凰意,寥寥不複聞。


寒食
寒食江村路,風花高下飛。
錦江と濯錦江ぞいの村の路に寒食節のころになる。晩春にかかり、風に吹かれて花びらが高く低く飛び散っている。
汀煙輕冉冉,竹日淨暉暉。
渚のみぎわの朝靄はかろやかに次第にのぼっている。竹林を照らす太陽が朝もやをきよらかにかがやきわたらせる。
田父要皆去,鄰家問不違。
寒食の時は農夫が招待要請があり、わたしはみなそこへでかけてゆく、隣家がおくりものをもってきてくれるのでありがたくそれをうける。
地偏相識盡,雞犬亦忘歸。

川と地がかたよったいなかであるからみんな知り合いのである。鶏や犬までもよそのうちへでかけていってもどるのを忘れるようことはいつもの事なのだ。

(寒食)
寒食江村の路、風花高下に飛ぶ。
汀煙軽くして冉冉たり、竹日浄くして暉暉たり。
田父要うれば皆去る、隣家問れば違わず。
地偏にして相識り尽す、雞犬も亦帰ることを忘る。


『寒食』 現代語訳と訳註
(本文)

寒食江村路,風花高下飛。
汀煙輕冉冉,竹日淨暉暉。
田父要皆去,鄰家問不違。
地偏相識盡,雞犬亦忘歸。


(下し文)
(寒食)
寒食江村の路、風花高下に飛ぶ。
汀煙軽くして冉冉たり、竹日浄くして暉暉たり。
田父要うれば皆去る、隣家問れば違わず。
地偏にして相識り尽す、雞犬も亦帰ることを忘る。


(現代語訳)
錦江と濯錦江ぞいの村の路に寒食節のころになる。晩春にかかり、風に吹かれて花びらが高く低く飛び散っている。
渚のみぎわの朝靄はかろやかに次第にのぼっている。竹林を照らす太陽が朝もやをきよらかにかがやきわたらせる。
寒食の時は農夫が招待要請があり、わたしはみなそこへでかけてゆく、隣家がおくりものをもってきてくれるのでありがたくそれをうける。
川と地がかたよったいなかであるからみんな知り合いのである。鶏や犬までもよそのうちへでかけていってもどるのを忘れるようことはいつもの事なのだ。


(訳注)
寒食

浣花渓における寒食説における、生活と農村風景を詠う。
○寒食 冬至節から一百五・六・七日を寒食という。火を使わない。料理をしない。清明節の3日前から


杜甫草堂詳細図02寒食江村路,風花高下飛。
錦江と濯錦江ぞいの村の路に寒食節のころになる。晩春にかかり、風に吹かれて花びらが高く低く飛び散っている。
○江村 錦江が濯錦江に分水してまた近郊に戻るまでの間のこと。洪水調整の河川である。都市の上流には必ず設けられた。浣花村。
○風花 風をうけた花びら。


汀煙輕冉冉,竹日淨暉暉。
渚のみぎわの朝靄はかろやかに次第にのぼっている。竹林を照らす太陽が朝もやをきよらかにかがやきわたらせる。
○汀煙 みぎわのけむり。波が打ち寄せる所のもや。波うちぎわ。
○冉冉 次第に生ずるさま。
○竹日 竹林をてらす太陽。
〇時嘩 かがやくさま。


田父要皆去,鄰家問不違。
寒食の時は農夫が招待要請があり、わたしはみなそこへでかけてゆく、隣家がおくりものをもってきてくれるのでありがたくそれをうける。
○田父 ひゃくしょう。
○要 こちらを招きむかえる。
○去 こちらが先方へでかけてゆく。
○問 問通に同じ、こちらの様子をききに品物をおくってくれること。
○不違 贈ってくれた気持に従ってこれを受けることをいう。
 

地偏相識盡,雞犬亦忘歸。
川と地がかたよったいなかであるからみんな知り合いのである。鶏や犬までもよそのうちへでかけていってもどるのを忘れるようことはいつもの事なのだ。
○偏 かたよる。
○相識尽 尽相識の意、みんなしりあう。
○忘帰 他家に行っても自家のようにおもって帰ることをわすれる。転じていつものこと。


鸕鷀001寒食
寒食江村路,風花高下飛。汀煙輕冉冉,竹日淨暉暉。
田父要皆去,鄰家問不違。地偏相識盡,雞犬亦忘歸。

(寒食)
寒食江村の路、風花高下に飛ぶ。
汀煙軽くして冉冉たり、竹日浄くして暉暉たり。
田父要うれば皆去る、隣家問れば違わず。
地偏にして相識り尽す、雞犬も亦帰ることを忘る。



寒食節はちょうど冬至の翌日からかぞえて百五日目にあたり、昔の人はみな寒食を百五といった。杜甫の『百五日の夜に月に対す』という詩は、このことを裏付けている。「家無くして寒食に対す、涙は金の波の如し」。また、姚合の『寒食書事詩』には、「今朝は百五なり、戸を出で雨初めて晴れる」とある。寒食節と清明節はすぐつづいているので、人々はこの二つの祭日を混同しがちであるが、そのじつ、古代では寒食は一つの独立した祭日であった。隋・唐の時代には、多くの寒食を清明の二日前に固定し、宋代には三日前と定めていた。

言い伝えによると、寒食節の起源は次のような歴史物語に由来するそうである。二千年前の春秋・戦国時代に、晋国の君主・晋の献公の息子の重耳は、迫害されて外国に逃れ、十九年間も流浪生活を送り、数え切れない辛い目にあった。彼に従がっていた者たちは、その苦しさに堪えかねて、大方は活路を求めて離れていった。ただ介子推とその他五、六人の者が、忠義心厚く、苦しみを恐れずにずっと彼に従っていた。重耳が肉を食べたいというと、介子推はひそかに自分の腕の肉を切りとって、煮て彼に食べさせた。のちに重耳は秦国の国王・穆公の助けをえて、晋国の国王になった。重耳はずっと自分に従って亡命していた者たちに論功行賞を行い、それぞれ諸侯に封じてやった。介子推は母親と相談して、富貴を求めない決心を固め、綿山に入って隠居した。その後、晋の文公・重耳は彼のことを思い出し、自ら車に乗って捜しにいったが、なん日捜しても介子推母子の行方はわからなかった。晋の文公は介子推が親孝行なのを知っていたので、もし綿山に火を放ったならば、きっと母親をたずさえて山から逃げ出してくると思った。けれども介子推は功を争うより死を選んだ。大火は三日三晩燃えつづけ、山ぜんたいを焼きつくした。文公が人を遣わして見にいかせたところ、介子推母子は一本の枯れた柳の木に抱きついたまま焼死していた。文公はこの母子の死を心からいたみ、綿山に厚く葬り、廟を建立し、介山と改名した。そして介子推の自分に対する情誼を永遠に記念するために、その柳の木を切りとって持ち帰り、木のくつを作らせ、毎日眺めては悲嘆にくれた。「悲しきかな、足下よ!」

のちに人々は、自分に親しい友人に手紙を送る時、「××足下」と書いて、厚い友情を示すようになった。晋の文公は、介子推の生前「士は甘んじて焚死しても公候にならず」という志を通した高尚な人となりをたたえて、この日には家ごとに火を使わず、あらかじめ用意しておいた冷たい食べ物を食べるように、全国に命令をくだした。長いあいだにこれが次第に風習と化し、独特な「寒食節」となって受けつがれた。寒食の日には、人々は先祖の墓に詣でて故人をしのび、亡き霊を祭ることにしている。

徐歩 杜甫 <429>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2090 杜甫詩1000-429-612/1500徐歩 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 24)

徐歩 杜甫  成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 24)
この14首の律詩シリーズは「761年3月の日記」「晩春から初夏」と題したらいい様な作品で、すっかり農村生活に慣れた琴を感じさせるものである。意味の上でも連続性のある詩である。 


2013年3月19日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩棄婦篇 曹植 魏詩<56-#2> 女性詩708 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2088
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原毀 韓愈(韓退之) <119-#4>Ⅱ中唐詩620 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2084
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集徐歩 杜甫 <429>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2090 杜甫詩1000-429-612/1500徐歩 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 24)
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集白石巌下径行田詩 謝霊運<18> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2091 (03/19)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性和人 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-109-44-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ209
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

徐歩 杜甫 <429>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2090 杜甫詩1000-429-612/1500徐歩 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 24) 

詩 題:徐歩 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 24) 
作時761年3月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の429首目-場面4 – 24
杜甫ブログ1500回予定の-612回目



このシリーズは761年3月の日記と題したらいい様なものである。意味の上で連続性のある詩である。

春水
三月桃花浪,江流複舊痕。朝來沒沙尾,碧色動柴門。
接縷垂芳餌,連筒灌小園。已添無數鳥,爭浴故相喧。
春の出水のことをのべた。詩題の「春水」は、草堂の建設から一年たった新津から帰っての3月の作である。この年は去年の春雪解けの水より、増水が多く、岸いっぱいに流れたのだ。数え切れないほどたくさんの水鳥がやってきている。互いに争うように水浴びをしてわざわざ、さわざたてているのだ。


江亭
坦腹江亭臥,長吟野望時。水流心不競,雲在意俱遲。
寂寂春將晚,欣欣物自私。故林歸未得,排悶強裁詩。
江のほとりの亭で、おそらく四方に壁のない四阿出会ったのだろう。考えを変えて前向きになるためにこの詩をつくるのである。


早起
春來常早起,幽事頗相關。帖石防頹岸,開林出遠山。
一丘藏曲折,緩步有躋攀。童樸來城市,瓶中得酒還。
自分はいつも早く起きる。それは隠者の自覚をしっかり持ってきたため庭仕事にかかりあうのがたのしいためである。彼は瓶のなかにたのんでいた春の新酒を得てかえってきたのである。


可惜
花飛有底急?老去願春遲。可惜歡娛地,都非少壯時。
寬心應是酒,遣興莫過詩。此意陶潛解,吾生後汝期。
隠遁者の心持は陶淵明が理解していたのだ。私が生まれたのが彼より遅いのであるが彼の境地に達していないのではないだろうかと思っている。


落日
落日在簾鉤,溪邊春事幽。芳菲緣岸圃,樵爨倚灘舟。
啅雀爭枝墜,飛蟲滿院遊。濁醪誰造汝?一酌散千愁。
わたしはひとり酒をのむ。いったいこの楽しい酒をだれがつくりはじめたものか、知らない分けではないけれど、それをちょっとまたいっぱいのめば千万の心配ごとがみな散りうせるものである。


獨酌
步屧深林晚,開樽獨酌遲。仰蜂粘落絮,行蟻上枯梨。
簿劣慚真隱,幽偏得自怡。本無軒冕意,不是傲當時。
一日の作業を終えて、草堂付近を散策して一人酒を愉しむ幸せを詩にしている。草堂2年目の晩あき春の日記。


徐步
整履步青蕪,荒庭日欲晡。芹泥隨燕觜,花蕊上蜂須。
把酒從衣濕,吟詩信杖扶。敢論才見忌?實有醉如愚。
おもむろにあるく。前詩『獨酌』では酔っていない段階の詩を書き、酔い覚ましに散歩した様子を詠う。


寒食
寒食江村路,風花高下飛。汀煙輕冉冉,竹日淨暉暉。
田父要皆去,鄰家問不違。地偏相識盡,雞犬亦忘歸。
  
石鏡
蜀王將此鏡,送死置空山。冥寞憐香骨,提攜近玉顏。
眾妃無複歡,千騎亦虛還。獨有傷心石,埋輪月宇間。
  
琴台
茂陵多病後,尚愛卓文君。酒肆人間世,琴台日暮雲。
野花留寶靨,蔓草見羅裙。歸鳳求凰意,寥寥不複聞。



徐步
整履步青蕪,荒庭日欲晡。
一人酒の酔いに任せて、履物を整えて荒れ地に若草が生い茂る所を歩いてみる。草抜きをしていないに庭に日が落ちかかりななめの日差しが当たっている。
芹泥隨燕觜,花蕊上蜂須。
梁の上でツバメが巣をつくっていて親の嘴に従って雛たちがくちばしを開けて随っている。花には蜂が飛んできて花の蜜を取るため花弁の中に入っている。
把酒從衣濕,吟詩信杖扶。
酒を汲み取れば衣に溢れて濡らすほどに飲んでしまう。詩を吟じるのに上向きになるには、そのたすけを信じて杖に寄りかかっている。
敢論才見忌?實有醉如愚。
あえて考えてみて、私の詩の才能や観察力というのは道論ずるべきなのであろうか。実際のところそんなことは愚にもつかないことで、酔うことこそ今あることである。
(徐步)
履を整えて青蕪を步く,庭荒れて日 晡ならんと欲す。
芹泥 燕觜に隨い,花蕊 蜂須に上る。
酒を把るは 衣濕に從い,詩を吟ずるは 杖扶を信ず。
敢えて論ずるか 才見の忌を?實なるは 愚の如く醉う有り。

花蕊と蜂01

『徐步』 現代語訳と訳註
(本文)

整履步青蕪,荒庭日欲晡。
芹泥隨燕觜,花蕊上蜂須。
把酒從衣濕,吟詩信杖扶。
敢論才見忌?實有醉如愚。


(下し文)
(徐步)
履を整えて青蕪を步く,庭荒れて日 晡ならんと欲す。
芹泥 燕觜に隨い,花蕊 蜂須に上る。
酒を把るは 衣濕に從い,詩を吟ずるは 杖扶を信ず。
敢えて論ずるか 才見の忌を?實なるは 愚の如く醉う有り。


(現代語訳)
一人酒の酔いに任せて、履物を整えて荒れ地に若草が生い茂る所を歩いてみる。草抜きをしていないに庭に日が落ちかかりななめの日差しが当たっている。
梁の上でツバメが巣をつくっていて親の嘴に従って雛たちがくちばしを開けて随っている。花には蜂が飛んできて花の蜜を取るため花弁の中に入っている。
酒を汲み取れば衣に溢れて濡らすほどに飲んでしまう。詩を吟じるのに上向きになるには、そのたすけを信じて杖に寄りかかっている。
あえて考えてみて、私の詩の才能や観察力というのは道論ずるべきなのであろうか。実際のところそんなことは愚にもつかないことで、酔うことこそ今あることである。


(訳注)
(徐步)
おもむろにあるく。前詩『獨酌』では酔っていない段階の詩を書き、酔い覚ましに散歩した様子を詠う。
・徐 おもむろに。ゆっくり。しずか。おだやか。徐行。


整履步青蕪,荒庭日欲晡。
一人酒の酔いに任せて、履物を整えて荒れ地に若草が生い茂る所を歩いてみる。草抜きをしていないに庭に日が落ちかかりななめの日差しが当たっている。
・青蕪 春の若草、雑草が荒れ地に生い茂るさまをいう。。
・晡 申(さる)の刻。現在の午後4時ごろ。また、日暮れ時 。


寒梅901芹泥隨燕觜,花蕊上蜂須。
梁の上でツバメが巣をつくっていて親の嘴に従って雛たちがくちばしを開けて随っている。花には蜂が飛んできて花の蜜を取るため花弁の中に入っている。
・芹泥. .燕が子そだてのために巢をつくるためもちいた草と泥をいう。
・燕觜 つばめのくちばし。ここは数羽の雛が嘴を上に向けて鳴いるさまを云う。
・花蕊 花の雄しべと雌しべの総称。
・須 花の中の鬚、雄蕊を指す。


把酒從衣濕,吟詩信杖扶。
酒を汲み取れば衣に溢れて濡らすほどに飲んでしまう。詩を吟じるのに上向きになるには、そのたすけを信じて杖に寄りかかっている。


敢論才見忌?實有醉如愚。
あえて考えてみて、私の詩の才能や観察力というのは道論ずるべきなのであろうか。実際のところそんなことは愚にもつかないことで、酔うことこそ今あることである。
・忌 いみきらう。ここは語調を整える助詞。

獨酌 杜甫 <428>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2085 杜甫詩1000-428-611/1500

獨酌 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 23) 
一日の作業を終えて、草堂付近を散策して一人酒を愉しむ幸せを詩にしている。草堂2年目の晩春の日記。

2013年3月18日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩棄婦篇 曹植 魏詩<56-#1> 女性詩707 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2083
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集獨酌 杜甫 <428>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2085 杜甫詩1000-428-611/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集晚出西射堂 謝霊運<17> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2086 (03/18)
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性代人悼亡 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-108-43  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2087
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


獨酌 杜甫 <428>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2085 杜甫詩1000-428-611/1500



獨酌 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 23)  
詩 題:獨酌 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 23) 
作時761年3月杜甫50歳 掲 載; 杜甫1000首の428首目-場面4 – 23
杜甫ブログ1500回予定の-611回目



このシリーズは761年3月の日記と題したらいい様なものである。意味の上で連続性のある詩である。

DCF00096春水
三月桃花浪,江流複舊痕。朝來沒沙尾,碧色動柴門。
接縷垂芳餌,連筒灌小園。已添無數鳥,爭浴故相喧。
春の出水のことをのべた。詩題の「春水」は、草堂の建設から一年たった新津から帰っての3月の作である。この年は去年の春雪解けの水より、増水が多く、岸いっぱいに流れたのだ。数え切れないほどたくさんの水鳥がやってきている。互いに争うように水浴びをしてわざわざ、さわざたてているのだ。


江亭
坦腹江亭臥,長吟野望時。水流心不競,雲在意俱遲。
寂寂春將晚,欣欣物自私。故林歸未得,排悶強裁詩。
江のほとりの亭で、おそらく四方に壁のない四阿出会ったのだろう。考えを変えて前向きになるためにこの詩をつくるのである。


早起
春來常早起,幽事頗相關。帖石防頹岸,開林出遠山。
一丘藏曲折,緩步有躋攀。童樸來城市,瓶中得酒還。
自分はいつも早く起きる。それは隠者の自覚をしっかり持ってきたため庭仕事にかかりあうのがたのしいためである。彼は瓶のなかにたのんでいた春の新酒を得てかえってきたのである。


可惜
花飛有底急?老去願春遲。可惜歡娛地,都非少壯時。
寬心應是酒,遣興莫過詩。此意陶潛解,吾生後汝期。
隠遁者の心持は陶淵明が理解していたのだ。私が生まれたのが彼より遅いのであるが彼の境地に達していないのではないだろうかと思っている。


落日
落日在簾鉤,溪邊春事幽。芳菲緣岸圃,樵爨倚灘舟。
啅雀爭枝墜,飛蟲滿院遊。濁醪誰造汝?一酌散千愁。
わたしはひとり酒をのむ。いったいこの楽しい酒をだれがつくりはじめたものか、知らない分けではないけれど、それをちょっとまたいっぱいのめば千万の心配ごとがみな散りうせるものである。


獨酌
步屧深林晚,開樽獨酌遲。仰蜂粘落絮,行蟻上枯梨。
簿劣慚真隱,幽偏得自怡。本無軒冕意,不是傲當時。
家の周りで履く履物で林の奥の方を歩くと日が落ちて暗くなっている。そうすると、酒の樽を開きのんびりと一人酒とするのだ。
  
徐步
整履步青蕪,荒庭日欲晡。芹泥隨燕觜,花蕊上蜂須。
把酒從衣濕,吟詩信杖扶。敢論才見忌?實有醉如愚。
 

寒食
寒食江村路,風花高下飛。汀煙輕冉冉,竹日淨暉暉。
田父要皆去,鄰家問不違。地偏相識盡,雞犬亦忘歸。
  
石鏡
蜀王將此鏡,送死置空山。冥寞憐香骨,提攜近玉顏。
眾妃無複歡,千騎亦虛還。獨有傷心石,埋輪月宇間。 
  
ocha00琴台
茂陵多病後,尚愛卓文君。酒肆人間世,琴台日暮雲。
野花留寶靨,蔓草見羅裙。歸鳳求凰意,寥寥不複聞。


獨酌
步屧深林晚,開樽獨酌遲。
家の周りで履く履物で林の奥の方を歩くと日が落ちて暗くなっている。そうすると、酒の樽を開きのんびりと一人酒とするのだ。
仰蜂粘落絮,行蟻上枯梨。
上の方では蜂がぶら下がった巣にはちみつ溜めている。有の行列はかれかけた梨の実にのぼっている。(こんな夕暮れになってもよく働くものだ))
簿劣慚真隱,幽偏得自怡。
役所での記帳する詩語とは全く苦手であったそれもあってこうして隠遁生活に入ったことは少し慚ことではあるが、こうしたひっそりとした片田舎というものの生活は自然とのんびりできることを喜びをえることができるのだ。
本無軒冕意,不是傲當時。

もともと、天子の車についたり、 高位高官になることなど自分の本位ではなかったのだ。しかし、だからといってもしその時が来てどうなのかといわれれば侮られることはないようにはしておきたいと思っている。

(獨酌)
步屧【ほしょう】深林の晚,樽を開けて獨酌遲し。
仰蜂 落絮に粘し,行蟻 枯梨に上る。
簿劣 真に隱すを慚じ,幽偏 自ら怡ぶことを得る。
本【もとも】と軒冕【けんべん】の意無く,是れ時に當って傲【あなど】らず。


『獨酌』 現代語訳と訳註
(本文)
步屧深林晚,開樽獨酌遲。
仰蜂粘落絮,行蟻上枯梨。
簿劣慚真隱,幽偏得自怡。
本無軒冕意,不是傲當時。


(下し文) (獨酌)
步屧【ほしょう】深林の晚,樽を開けて獨酌遲し。
仰蜂 落絮に粘し,行蟻 枯梨に上る。
簿劣 真に隱すを慚じ,幽偏 自ら怡ぶことを得る。
本【もとも】と軒冕【けんべん】の意無く,是れ時に當って傲【あなど】らず。


(現代語訳)
家の周りで履く履物で林の奥の方を歩くと日が落ちて暗くなっている。そうすると、酒の樽を開きのんびりと一人酒とするのだ。
上の方では蜂がぶら下がった巣にはちみつ溜めている。有の行列はかれかけた梨の実にのぼっている。(こんな夕暮れになってもよく働くものだ))
役所での記帳する詩語とは全く苦手であったそれもあってこうして隠遁生活に入ったことは少し慚ことではあるが、こうしたひっそりとした片田舎というものの生活は自然とのんびりできることを喜びをえることができるのだ。
もともと、天子の車についたり、 高位高官になることなど自分の本位ではなかったのだ。しかし、だからといってもしその時が来てどうなのかといわれれば侮られることはないようにはしておきたいと思っている。


(訳注)
獨酌

早起きをして作業し、夕方になるとしもべの子に飼った鼓させたお酒を一人で飲む。


步屧深林晚,開樽獨酌遲。
家の周りで履く履物で林の奥の方を歩くと日が落ちて暗くなっている。そうすると、酒の樽を開きのんびりと一人酒とするのだ。
步屧 ふだんのはきもの。屧 しきわら。くつしき。


仰蜂粘落絮,行蟻上枯梨。
上の方では蜂がぶら下がった巣にはちみつ溜めている。有の行列はかれかけた梨の実にのぼっている。(こんな夕暮れになってもよく働くものだ))
・この二句は、自分は朝早起きをして、農業をしているが夕暮れになっての楽しみはお酒を呑むことであるということであるが、この蜂と蟻の観察にこそ杜甫の変化を示すものである。この頃からの観察が細やかなものに向けられることが出てきているのである。農業が好きになったのではないだろうか。


簿劣慚真隱,幽偏得自怡。
役所での記帳する詩語とは全く苦手であったそれもあってこうして隠遁生活に入ったことは少し慚ことではあるが、こうしたひっそりとした片田舎というものの生活は自然とのんびりできることを喜びをえることができるのだ。
・簿劣 紙をとじた冊子。帳面。帳簿。会計簿。
・自怡 自然とのんびりできることを喜ぶ。


本無軒冕意,不是傲當時。
もともと、天子の車についたり、 高位高官になることなど自分の本位ではなかったのだ。しかし、だからといってもしその時が来てどうなのかといわれれば侮られることはないようにはしておきたいと思っている。
・軒冕 1 古代中国で、大夫(たいふ)以上の人の乗る車と、かぶる冠。 2 高位高官。また、その人。
李白『贈孟浩然
吾愛孟夫子、風流天下聞。
紅顔棄軒冕、白首臥松雲。
酔月頻中聖、迷花不事君。
高山安可仰、従此揖清芬。
贈孟浩然 李白14

・不是傲當時 何か事があってそれに立ち向かうとすれば、人に侮られることなどないようにしようと思っている、というほどの意味。それが隠遁者の心の準備というものであろう。隠遁していることは『三顧の礼』で迎えられたいということを心に思って生活しているのである。
しかし始祖の事は積極的に仕官したいというのとは違うのである。


落日 杜甫 <427>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2080 杜甫詩1000-427-610/1500落日 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 22)

落日 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 22) 
西日の中春景色を堪能して新酒の濁り酒を飲む、至福の時を詠う。上元二年晩春の作。

2013年3月17日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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落日 杜甫 <427>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2080 杜甫詩1000-427-610/1500落日 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 22)

詩 題:落日 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 22) 
作時761年3月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の427首目-場面4 – 22
杜甫ブログ1500回予定の-610回目   40720 

成都2年目の律詩のシリーズ
・春水 ・江亭 ・早起 ・可惜 ・落日 ・獨酌 ・徐步 ・寒食 ・石鏡 ・琴台 ・朝雨 ・晚晴 ・高楠 ・惡樹


落日
落日在簾鉤,溪邊春事幽。
すだれとその鉤に傾いた太陽のひかりがさしている。浣花渓のあたりに春になって為された作業や春の景色でここはひっそりと静におこなわれている。
芳菲緣岸圃,樵爨倚灘舟。
それはこの江岸に沿ってある田畑には春の草花がにおいにつつむ、早瀬の手前でよせて泊る舟では柴刈りしてめしを炊いている。
啅雀爭枝墜,飛蟲滿院遊。
雀がやってきて枝にとまろうと爭ってがやがやいいながら墜ちたりしている。奥の方の庭には虫がとんで遊んでいる。
濁醪誰造汝?一酌散千愁。

わたしはひとり酒をのむ。いったいこの楽しい酒をだれがつくりはじめたものか、知らない分けてはないけれど、それをちょっとまたいっぱいのめば千万の心配ごとがみな散りうせるものである。

落日(落日)
落日 簾鉤【れんこう】に在り,溪邊【けいへん】春事幽なり。
芳菲【ほうひ】なり岸に緣る圃,樵爨【しょうさん】す灘に倚る舟。
啅雀【とうじゃく】枝を爭うて墜ち,飛蟲【ひちゅう】院に滿ちて遊ぶ。
濁醪【だくろう】 誰か汝を造れる?一酌【いちしゃく】千愁散ぜしむ。

ogawa010
『落日』 現代語訳と訳註
(本文)
落日
落日在簾鉤,溪邊春事幽。
芳菲緣岸圃,樵爨倚灘舟。
啅雀爭枝墜,飛蟲滿院遊。
濁醪誰造汝?一酌散千愁。


(下し文) 落日(落日)
落日 簾鉤【れんこう】に在り,溪邊【けいへん】春事幽なり。
芳菲【ほうひ】なり岸に緣る圃,樵爨【しょうさん】す灘に倚る舟。
啅雀【とうじゃく】枝を爭うて墜ち,飛蟲【ひちゅう】院に滿ちて遊ぶ。
濁醪【だくろう】 誰か汝を造れる?一酌【いちしゃく】千愁散ぜしむ。


(現代語訳)
すだれとその鉤に傾いた太陽のひかりがさしている。浣花渓のあたりに春になって為された作業や春の景色でここはひっそりと静におこなわれている。
それはこの江岸に沿ってある田畑には春の草花がにおいにつつむ、早瀬の手前でよせて泊る舟では柴刈りしてめしを炊いている。
雀がやってきて枝にとまろうと爭ってがやがやいいながら墜ちたりしている。奥の方の庭には虫がとんで遊んでいる。
わたしはひとり酒をのむ。いったいこの楽しい酒をだれがつくりはじめたものか、知らない分けてはないけれど、それをちょっとまたいっぱいのめば千万の心配ごとがみな散りうせるものである。


(訳注)
落日

西日の中春景色を堪能して新酒の濁り酒を飲む、至福の時を詠う。


落日在簾鉤,溪邊春事幽。
すだれとその鉤に傾いた太陽のひかりがさしている。浣花渓のあたりに春になって為された作業や春の景色でここはひっそりと静におこなわれている。
○簾鈎 すだれを巻きあげてとめておくかぎ。
○渓辺 渓は浣花渓。独自に作成した草堂と下線の一巻性を参考にされたい。
○春事幽 春事とは下の四旬のこと、幽は幽静。

杜甫草堂詳細図02
芳菲緣岸圃,樵爨倚灘舟。
それはこの江岸に沿ってある田畑には春の草花がにおいにつつむ、早瀬の手前でよせて泊る舟では柴刈りしてめしを炊いている。
○芳菲 花がかんばしくにおう。
〇緣岸圃 江岸によりそうたはたけ。
○樵菓 しばきを刈ってごはんをたく。
〇倚灘舟 早瀬の手前でよせて泊る舟。


啅雀爭枝墜,飛蟲滿院遊。
雀がやってきて枝にとまろうと爭ってがやがやいいながら墜ちたりしている。奥の方の庭には虫がとんで遊んでいる。
〇啅 とりのさわぐこえのさま。
○争枝 多くのものが一つの枝にとまろうと入り乱れている。
○院 おくにわ。


濁醪誰造汝?一酌散千愁。
わたしはひとり酒をのむ。いったいこの楽しい酒をだれがつくりはじめたものか、知らない分けてはないけれど、それをちょっとまたいっぱいのめば千万の心配ごとがみな散りうせるものである。
○濁醪 にごりざけ。
○誰造汝 誰がこの濁り酒というものを作ったのか。この時期は新種の走りのころである。酒を始めて作ったのは古代の杜康という人物を知りながらとボケることで、新種の喜びを表すものである。
〇一酌 ちょっとまたいっぱい。
○散 濁醪をさす。

杜甫草堂01


春水
三月桃花浪,江流複舊痕。朝來沒沙尾,碧色動柴門。
接縷垂芳餌,連筒灌小園。已添無數鳥,爭浴故相喧。


江亭
坦腹江亭臥,長吟野望時。水流心不競,雲在意俱遲。
寂寂春將晚,欣欣物自私。故林歸未得,排悶強裁詩。


早起
春來常早起,幽事頗相關。帖石防頹岸,開林出遠山。
一丘藏曲折,緩步有躋攀。童樸來城市,瓶中得酒還。


可惜
花飛有底急?老去願春遲。可惜歡娛地,都非少壯時。
寬心應是酒,遣興莫過詩。此意陶潛解,吾生後汝期。


落日
落日在簾鉤,溪邊春事幽。芳菲緣岸圃,樵爨倚灘舟。
啅雀爭枝墜,飛蟲滿院遊。濁醪誰造汝?一酌散千愁。
 

落日(落日)
落日 簾鉤【れんこう】に在り,溪邊【けいへん】春事幽なり。
芳菲【ほうひ】なり岸に緣る圃,樵爨【しょうさん】す灘に倚る舟。
啅雀【とうじゃく】枝を爭うて墜ち,飛蟲【ひちゅう】院に滿ちて遊ぶ。
濁醪【だくろう】 誰か汝を造れる?一酌【いちしゃく】千愁散ぜしむ。

可惜 (惜しむ可し)杜甫 <426>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2075 杜甫詩1000-426-609/1500

可惜 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 21) 


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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集初往新安桐盧口 謝霊運<15> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2076 (03/16)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性夏日山居 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-106-41-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2077
 
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


可惜 杜甫 <426>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2075 杜甫詩1000-426-609/1500


可惜 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 21)
詩 題:可惜 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 21) 
作時761年3月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の426首目-場面4 – 21
杜甫ブログ1500回予定の-609回目
老年に春にあったことをのべる。上元二年の作か。


成都2年目の律詩のシリーズ
DCF00055・春水
・江亭
・早起
・可惜
・落日
・獨酌
・徐步
・寒食
・石鏡
・琴台
・朝雨
・晚晴
・高楠
・惡樹


可惜
花飛有底急?老去願春遲。
花ははやく飛び散っているのはなんでそんなにあわてているのだろうか。こうして隠遁して、歳老いてゆく身にとっては春がゆっくりしていてくれるのをのぞんでいる。
可惜歡娛地,都非少壯時。
本来ならば春の行楽、おもしろおかしくすごすべき処のどこもかしこもであるが、少壮の時でなく老衰の時であるのが惜しいことだ。
寬心應是酒,遣興莫過詩。
今の身は心をくつろがせるものとしてはこれ、酒である。そして風流の興を満足させるには詩にこしたものはないのだ。
此意陶潛解,吾生後汝期。

この隠遁者の心持は陶淵明が理解していたのだ。私が生まれたのが彼より遅いのであるが彼の境地に達していないのではないだろうかと思っている。
(惜しむ可し)
花の飛ぶこと底【な】んの急か 有る、老い去っては春の遅きを願う。
惜しむ可し歓娯の地、都【すべ】て少壮の時に非ず。
心を寛【ゆる】うするは応に是れ酒なるべし、興を遣るは詩に過ぐるは莫し。
此の意 陶潜【とうせん】のみ解す、吾が生 汝が期に後れたり。

杜甫草堂01
『可惜』 現代語訳と訳註
(本文)
可惜
花飛有底急?老去願春遲。
可惜歡娛地,都非少壯時。
寬心應是酒,遣興莫過詩。
此意陶潛解,吾生後汝期。


(下し文) (惜しむ可し)
花は飛ぶこと底【な】んの急か有る、老い去っては春の遅からんことを願う。
惜しむ可し歓娯の地、都【すべ】て少壮の時に非ず。
心を寛【ゆる】うするは応に是れ酒なるべし、興を遣るは詩に過ぐるは莫し。
此の意陶潜【とうせん】解す、吾が生 汝が期に後る。


(現代語訳)
花ははやく飛び散っているのはなんでそんなにあわてているのだろうか。こうして隠遁して、歳老いてゆく身にとっては春がゆっくりしていてくれるのをのぞんでいる。
本来ならば春の行楽、おもしろおかしくすごすべき処のどこもかしこもであるが、少壮の時でなく老衰の時であるのが惜しいことだ。
今の身は心をくつろがせるものとしてはこれ、酒である。そして風流の興を満足させるには詩にこしたものはないのだ。
この隠遁者の心持は陶淵明が理解していたのだ。私が生まれたのが彼より遅いのであるが彼の境地に達していないのではないだろうかと思っている。


(訳注)
可惜

春3月の律詩シリーズ。


花飛有底急?老去願春遲。
花ははやく飛び散っているのはなんでそんなにあわてているのだろうか。こうして隠遁して、歳老いてゆく身にとっては春がゆっくりしていてくれるのをのぞんでいる。
○底 何に同じ、俗語である。なんでそんなにあわてているのか。
○春遅 遅とは早くすぎぬことをいう。隠遁者は春が過ぎていくのを惜しむということを強調するものである。


可惜歡娛地,都非少壯時。
本来ならば春の行楽、おもしろおかしくすごすべき処のどこもかしこもであるが、少壮の時でなく老衰の時であるのが惜しいことだ。
○歓娯地 うれしくたのしむべき場所。すなわち春をいう。
○都 前の句「歡娛地」のすべて。
○非少壮時 老年であることをいう。


寬心應是酒,遣興莫過詩。
今の身は心をくつろがせるものとしてはこれ、酒である。そして風流の興を満足させるには詩にこしたものはないのだ。
○寛心 心をくつろげる。
遣興 杜甫には「遣興」と題する詩のシリーズが22首ある。
遣興五首其一 杜甫 <235>遣興22首の⑧番 kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1154 杜甫特集700- 349

から

760年成都 遣意二首 杜甫 <253>遣興22首の21番 kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1205 杜甫特集700- 366

まで特集を組んで掲載している。


此意陶潛解,吾生後汝期。
この隠遁者の心持は陶淵明が理解していたのだ。私が生まれたのが彼より遅いのであるが彼の境地に達していないのではないだろうかと思っている。
○此意 詩酒によって自己を慰めることをさす。杜甫は、隠遁していることの共通点にひたっている。
○陶潛 陶淵明。末尾に概略を示す。
○解 さとる。
○吾生 自己の生まれたとき。
○汝期 汝は陶潜をさす、期は生存した時期。


陶淵明
陶 淵明(とう えんめい、365年(興寧3年) - 427年(元嘉3年)11月)は、中国魏晋南北朝時代、東晋末から南朝宋の文学者。字は元亮。または名は潜、字は淵明。死後友人からの諡にちなみ「靖節先生」、または自伝的作品「五柳先生伝」から「五柳先生」とも呼ばれる。潯陽柴桑(現江西省九江市)の人。郷里の田園に隠遁後、自ら農作業に従事しつつ、日常生活に即した詩文を多く残し、後世「隠逸詩人」「田園詩人」と呼ばれる。廬山の慧遠に師事した周続之、匡山に隠棲した劉遺民と「潯陽の三隠」と称された。 詩・散文を合わせて130余首が伝えられる。その中でも「田園詩」と呼ばれる、江南の田園風景を背景に、官吏としての世俗の生活に背を向け、いわゆる晴耕雨読の生活を主題とする一連の作品は、同時代および後世の人々から理想の隠逸生活の体現として高い評価を得た。隠逸への希求を主題とする作品は、陶淵明以前にも「招隠詩」「遊仙詩」などが存在し、陶淵明が生きた東晋の時代に一世を風靡した「玄言詩」の一部もそれに当てはまる。Wikipedia




早起 杜甫 <425>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2070 杜甫詩1000-425-608/1500早起 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 20) 

早起 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 20) 

2013年3月15日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩陌上桑行 古詩・漢の無名氏 漢詩<55-#3> 女性詩704 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2068
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原鬼 韓愈(韓退之) <118-4>Ⅱ中唐詩617 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2069
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



早起 杜甫 <425>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2070 杜甫詩1000-425-608/1500早起 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 20) 

詩 題:早起 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 20) 
作時761年3月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の425首目-場面4 – 20
杜甫ブログ1500回予定の-608回目   40718 
隠遁生活が楽しくて仕方がないのだろう、暖かくなって持病もおさまってきたのだろう。庭仕事のため早く起きたこと、生活がとても安定してきたことをのべる。杜甫の支援者たちも安心したことだろう。




早起(早 起)

春來常早起,幽事頗相關。
春になってからこのかた自分はいつも早く起きる。それは隠者の自覚をしっかり持ってきたため庭仕事にかかりあうのがたのしいためである。
帖石防頹岸,開林出遠山。
まず、石垣の腹が膨らみかけたのを直したり、隙間に小石をたたいていれたりすること、石をつみなおして、江岸のくずれるのを防いだ。つぎは雑木、蔦類がからまってしげった林をきりひらいたり、枝落とし、間引きなどをして、遠方の山をあらわしだして、草堂から見えるようにする。
一丘藏曲折,緩步有躋攀。
一つの丘が折れ曲った路をかくしている。木を整理したおかげで、ゆっくりあるいて、攀じ登ったりする丘もある。
童樸來城市,瓶中得酒還。

ちょうど成都城の市に行かせていた我家のしもべの子がもどってくる。彼は瓶のなかにたのんでいた春の新酒を得てかえってきたのである。
(早 起)
春来りて常に早く起き、幽事頗【すこぶ】る相い関わる。
石を帖【たた】いて頹岸【たいがん】を防ぎ、林を開きて遠山を出だす。
一つの丘に曲折を蔵し、歩を緩めて臍【のぼ】り攣有り。
童僕城市より来たる 瓶中酒を得て還る


杜甫草堂01『早起』 現代語訳と訳註
(本文)
春來常早起,幽事頗相關。
帖石防頹岸,開林出遠山。
一丘藏曲折,緩步有躋攀。
童樸來城市,瓶中得酒還。


(下し文)(早 起)
春来りて常に早く起き、幽事頗【すこぶ】る相い関わる。
石を帖【たた】いて頹岸【たいがん】を防ぎ、林を開きて遠山を出だす。
一つの丘に曲折を蔵し、歩を緩めて臍【のぼ】り攣有り。
童僕城市より来たる 瓶中酒を得て還る

詩人李白5x5
(現代語訳)
(早 起)
春になってからこのかた自分はいつも早く起きる。それは隠者の自覚をしっかり持ってきたため庭仕事にかかりあうのがたのしいためである。
まず、石垣の腹が膨らみかけたのを直したり、隙間に小石をたたいていれたりすること、石をつみなおして、江岸のくずれるのを防いだ。つぎは雑木、蔦類がからまってしげった林をきりひらいたり、枝落とし、間引きなどをして、遠方の山をあらわしだして、草堂から見えるようにする。
一つの丘が折れ曲った路をかくしている。木を整理したおかげで、ゆっくりあるいて、攀じ登ったりする丘もある。
ちょうど成都城の市に行かせていた我家のしもべの子がもどってくる。彼は瓶のなかにたのんでいた春の新酒を得てかえってきたのである。


(訳注)
早起

草堂二年目の春は毎日早起きし、杜甫自ら陣頭指揮をとって為すべきことが多かった。崩れかけた川辺の土手を石垣で組んだり、茂った木を切り開いて見晴らしをよくしたりした。おかげで川辺にあった杜甫の花畑もしっかりしたものになり、屋敷まわりの丘の散歩も変化ができて楽しくなったかのようである。隠者として、詩人として心落ち着いてきた。杜甫はそうした仕事を「幽事」と呼んで次のように歌っている。



春來常早起,幽事頗相關。
春になってからこのかた自分はいつも早く起きる。それは隠者の自覚をしっかり持ってきたため庭仕事にかかりあうのがたのしいためである
○幽事 しずかなしごと、隠者は基本自給自足である。「幽」は隠者の自覚を持った仕事を云う。次の帖石・開林等のことをさす。2月3月、春水により、護岸が崩れたのだ。
○相関 そのことにかかりあう。



帖石防頹岸,開林出遠山。
まず、石垣の腹が膨らみかけたのを直したり、隙間に小石をたたいていれたりすること、石をつみなおして、江岸のくずれるのを防いだ。つぎは雑木、蔦類がからまってしげった林をきりひらいたり、枝落とし、間引きなどをして、遠方の山をあらわしだして、草堂から見えるようにする。
○帖石 石垣の腹が膨らみかけたのを直したり、隙間に小石をたたいていれたりすること、石をつみなおすこと。
○頹岸 江岸のくずれること。水が引くときの崩れで大きな崩れではない。
○開林 雑木、蔦類がからまってしげった林をきりひらく、枝落とし、間引きなどをすることである。
○出あらわれ出させること。



一丘藏曲折,緩步有躋攀。
一つの丘が折れ曲った路をかくしている。木を整理したおかげで、ゆっくりあるいて、攀じ登ったりする丘もある。
〇一丘 自己の園丘をいう。
○曲折 路のおれまがること。
○緩歩ゆっくりあるく。
○臍攣よじのぼること。



童樸來城市,瓶中得酒還。
ちょうど成都城の市に行かせていた我家のしもべの子がもどってくる。彼は瓶のなかにたのんでいた春の新酒を得てかえってきたのである。
○童僕しもべ。
○来城市 成都のまちからもどってくる。
しもべは、草堂の菜園でできた野菜と交換してきたのだろう。薬草や詩文、墨書などは杜甫自身が出向いたのである。生活もかなり安定してきたものである。
杜甫草堂詳細図02

江亭 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 19)  杜甫 <424>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2065 杜甫詩1000-424-607/1500

江亭 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 19) 

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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

江亭 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 19)  杜甫 <424>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2065 杜甫詩1000-424-607/1500

詩 題:江亭 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 19) 
作時761年3月杜甫50歳
掲 載; 杜甫1000首の424首目-場面4 – 19
杜甫ブログ1500回予定の-607回目


春の出水のことをのべた。詩題の「春水」は、草堂の建設から一年たった新津から帰っての3月の作である。この年は去年の春雪解けの水より、増水が多く、岸いっぱいに流れた春水も落ち着いてきたのだ。濯錦江辺の四阿の晩春の心もちをのべた。上元2年 761年 50歳


760年の春水を述べた詩

2- 9.江漲


761年 同時期に春水を述べた詩

4- 8.春夜喜雨 杜甫

4- 9.春水生 二絶其一 杜甫

4-10.春水生 二絶其二 杜甫

4-11.江上水如海勢聊短述 杜甫

4-12.水檻遣心二首其一 杜甫

4-13.水檻遣心二首其二 杜甫
4-18. 春水“この年の出水は2月から続いている。しばらく家を空けて帰って來ると朝起きて2月ごろの水位になっていた。”
4-19.江亭
 杜甫は、隠者生活を満喫しているが、草堂に客が来ることは滅多にない。川辺に設けた小さな四阿で寝そべって過ごす、晩春の作。


江  亭
坦腹江亭暖、長吟野望時。
濯錦江の川縁に立てた四阿の枕席に仰臥するとあたたかなところでゆったりする。そして長吟しながら田野をながめるときをすごす。
水流心不競、雲在意倶遅。
水は東流して行くもので我が心はこの流れを逆流させることなどと争うつもりもなく、この時の流れに任せている。雲がじっと横たわっているが、わたしのこころもそれとともにゆったりとしている。
寂寂春将晩、欣欣物自私。
そんな一日をしずかにすごしているうちにもう春が終わろうとしている。この春の万物の成長をみても彼らはかれら自身でそのことをうれしそうに自己の生活をとげていくのである。
故林帰未得、排悶強裁詩。

この浣花渓の林も住み慣れてきたが、思えば郷愁も湧いてくるがかえることができそうにない。それで考えを変えて前向きになるためにこの詩をつくるのである。
江亭(こうてい)の暖かなるに坦腹(たんぷく)す、長吟(ちょうぎん)野望の時
水流れて心は競(きそ)わず、雲在りて意(い)は倶(とも)に遅し
寂寂(せきせき)として春将(まさ)に晩れんとし、欣欣として物自ら私(わたくし)す
故林(こりん)帰ること未だ得ず、悶(もだ)えを排して強いて詩を裁(さい)す



sas0032

『江 亭』 現代語訳と訳註
(本文)

坦腹江亭暖、長吟野望時。
水流心不競、雲在意倶遅。
寂寂春将晩、欣欣物自私。
故林帰未得、排悶強裁詩。


(下し文)
江亭(こうてい)の暖かなるに坦腹(たんぷく)す、長吟(ちょうぎん)野望の時
水流れて心は競(きそ)わず、雲在りて意(い)は倶(とも)に遅し
寂寂(せきせき)として春将(まさ)に晩れんとし、欣欣として物自ら私(わたくし)す
故林(こりん)帰ること未だ得ず、悶(もだ)えを排して強いて詩を裁(さい)す


(現代語訳)
濯錦江の川縁に立てた四阿の枕席に仰臥するとあたたかなところでゆったりする。そして長吟しながら田野をながめるときをすごす。
水は東流して行くもので我が心はこの流れを逆流させることなどと争うつもりもなく、この時の流れに任せている。雲がじっと横たわっているが、わたしのこころもそれとともにゆったりとしている。
そんな一日をしずかにすごしているうちにもう春が終わろうとしている。この春の万物の成長をみても彼らはかれら自身でそのことをうれしそうに自己の生活をとげていくのである。
この浣花渓の林も住み慣れてきたが、思えば郷愁も湧いてくるがかえることができそうにない。それで考えを変えて前向きになるためにこの詩をつくるのである。


(訳注)
江  亭

○江亭 江のほとりの亭で、おそらく四方に壁のない四阿出会ったのだろう。江は濯錦江、自宅草堂の庭先の川べりに四阿を作ったのだろう。この亭(四阿)は、この詩で初めて出る。『水檻遣心二首其二』では「葉潤林塘密,衣幹枕席清。」とあり、この絶句にあった「枕席」がこの江亭なのであろう。


坦腹江亭暖、長吟野望時。
濯錦江の川縁に立てた四阿の枕席に仰臥するとあたたかなところでゆったりする。そして長吟しながら田野をながめるときをすごす。
○坦腹 腹を平らにして仰ぎ臥す。うつぶせで、背中にあたる日差しで暖かくなったのだ。
○長吟 ながくこえを引いて吟ずる。この詩を吟ずることをいう。
○野望 田野をながめる。
○時 その時ではなく。時の経過を云うものでそんなひと時を過ごすという意味。

水流心不競、雲在意倶遅。

水は東流して行くもので我が心はこの流れを逆流させることなどと争うつもりもなく、この時の流れに任せている。雲がじっと横たわっているが、わたしのこころもそれとともにゆったりとしている。

水檻遣心二首00○水流 まさしく草堂の西から流れてきた流れが東南へ流れ去る。水流、東流、時の流れ、世の移ろいに身を任せるというほどの意味。
○不競 心の流れるのにまかせて争わぬ。
○雲在 雲がひとりでに存在しておる。
○遅 ゆったりとしておる。






杜甫草堂詳細図02寂寂春将晩、欣欣物自私。
そんな一日をしずかにすごしているうちにもう春が終わろうとしている。この春の万物の成長をみても彼らはかれら自身でそのことをうれしそうに自己の生活をとげていくのである。
○寂寂 静かに時が過ぎる。知らぬ間にというほどの意味。
○欣欣 よろこばしげなさま。
○物自私 物は万物、万物の成長、春の季語である。私とは自己の生を遂げつつあることをいう。杜甫『後遊』「花柳更無私。」といっているのと同様のこと。


故林帰未得、排悶強裁詩。
この浣花渓の林も住み慣れてきたが、思えば郷愁も湧いてくるがかえることができそうにない。それで考えを変えて前向きになるためにこの詩をつくるのである。
○故林 この浣花渓の林も住み慣れてきたが、思えば郷愁も湧いてくるというほどの意味。
○帰来得 来待帰に同じ。
○排悶 心中のもだえをおしのける。前向きな気持ちになる。ポジティブな考え。
○裁詩 ポジティブな考えで詩をつくること。裁はただつくるのではなく、心にある様々なことを切り分けて、前向きに調整して作る。


ここで杜甫は故郷に帰りたいというために作った詩ではない。こんなのんびりと生活できる浣花渓の林は故郷に帰る必要がなくなったといっているのである。杜甫は戦争でその地を追われて地獄を見たのである、平和な生活をどれほど求めてきたか、ここでの生活を棄てて戦争のど真ん中の故郷にかえりたいということは全く思っていないのである。ただ、夏になると成都で反乱がおきるので、成都を脱出するのである。
私が、杜甫の詩を全詩訳していこうとしているのは、今までの訳註解説の出版物で解釈が微妙に違っていて、短絡に流れていて、問題があるからである。そのために杜甫という人間像が違っているのである。

 この詩でも、「故林帰未得」を
・岩波文庫 鈴木虎雄・黒川洋一では、江を錦江として雑な解釈をしているし、「自分はまだ故郷の林に変えることが出来ぬ。」と。
・中国詩人選集 杜甫上 「ところでわたしひとりは故郷に帰ることが出来ずにいるのだ。」と。
・杜甫詩選 黒川洋一 「ところでわたしひとりは故郷に帰ることが出来ずにいる」と。
・漢詩大系 目加田誠 「この時、私は今以て故郷に帰ることはできず」
と、杜甫は故郷に帰りたいと思っていると勝手に思い込んでこの詩を主観的に解釈しているのだ。
この詩の【首聯】【頷聯】【頸聯】の表現がまるで【尾聯】の故郷に帰りたいにかかってきているのである。つまり、こんなに素敵で、のんびりとした生活していても、官を辞してあこがれた生活を得ていても故郷に帰りたいという解釈をしているのである。
私の解釈は尾聯の下の句に「排悶強裁詩」にあるのは、これから今までの暗い、厭なところは切り捨てて、前向きに生きようとしていることに注目するのである。そうすると尾聯上の句は「故林」故郷の林という短絡した解釈をしないで、それよりも、これだけ慣れ親しんで、気に入っているここ浣花渓の林、しかも自分で花が咲き乱れる桃源郷を作ったのだからという「故林」なのである。したがって、この浣花渓の草堂を示すものなのだ。
 そうすると、この詩の初めから最後まで杜甫がこの生活にひたり満足した生活をしていることになり、この詩の素晴らしさがさらに増すものである。
 このように細かなところで、違うことが大きく違うことにつながっているのである。
 杜甫詩1000で一通り掲載が終了すると、ここで述べた様に日本で発行された訳註本を分析、比較して、間違っている解釈を正していこうと予定している。特に、杜詩でここに示した「故郷」「嘆」「感嘆」「白髪」などの解釈が、主観により短絡なものであるということを是正しなければならないと思っている。だから全詩通して掲載し、その後、解釈について述べて行こうとするのである。

 

春水 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 18)  杜甫 <423>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2060 杜甫詩1000-423-606/1500

春水 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 18) 

2013年3月13日  同じ日の紀頌之5つのブログ


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Ⅲ杜甫詩1000詩集●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
春水 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 18)  杜甫 <423>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2060 杜甫詩1000-423-606/1500
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鄰里相送至方山 謝霊運<12> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2061 (03/13)
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 ●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
遣懷 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-103-38-#2  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2062
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首


春水 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 18)  杜甫 <423>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2060 杜甫詩1000-423-606/1500 

詩 題:春水 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 18)  作時761年3月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の423首目-場面4 – 18
杜甫ブログ1500回予定の-606回目   40716 


春の出水のことをのべた。詩題の「春水」は、草堂の建設から一年たった新津から帰っての3月の作である。この年は去年の春雪解けの水より、増水が多く、岸いっぱいに流れたのだ。



760年の春水を述べた詩

2- 9.江漲



761年 同時期に春水を述べた詩

4- 8.春夜喜雨 杜甫

4- 9.春水生 二絶其一 杜甫

4-10.春水生 二絶其二 杜甫

4-11.江上水如海勢聊短述 杜甫

4-18. 春水“この年の出水は2月から続いている。しばらく家を空けて帰って來ると朝起きて2月ごろの水位になっていた。”
4-19.江亭


春水
三月桃花浪,江流複舊痕。
三月になって桃花が咲き誇る出水が多く浪たてて流れている。濯錦江の流れも、また、先日雪解けと雨により増水の時の水痕のところまで水嵩になっている。
朝來沒沙尾,碧色動柴門。
朝になってみると、中州の渚砂の尻尾はかくれていて、家から見るといつもは砂浜が見えるところが水の碧の色になっていて我が家の柴門越しに波が動いている。
接縷垂芳餌,連筒灌小園。
こんなときは釣糸をつないで釣竿でよい餌を垂れるのである。そして竹筒をなん本も連ねて江水を引いて小さな自家農園に水をそそいでやるのである。
已添無數鳥,爭浴故相喧。
そうしている間にまた早くも数え切れないほどたくさんの水鳥がやってきている。互いに争うように水浴びをしてわざわざ、さわざたてているのだ。

(春 水)
三月 桃花の浪、江流 復た旧痕まであり。
朝来 沙尾【さび】没し、碧色【へきしょく】柴門に動く。
縷【る】を接して芳餌【ほうじ】を垂れ、筒を連ねて小園【しょうえん】に潅ぐ。
己に添う 無数の鳥、争い浴して故に相い喧【かますび】し。

haqro04
『春水』 現代語訳と訳註
(本文)

三月桃花浪,江流複舊痕。
朝來沒沙尾,碧色動柴門。
接縷垂芳餌,連筒灌小園。
已添無數鳥,爭浴故相喧。


(下し文)
(春 水)
三月 桃花の浪、江流 復た旧痕まであり。
朝来 沙尾【さび】没し、碧色【へきしょく】柴門に動く。
縷【る】を接して芳餌【ほうじ】を垂れ、筒を連ねて小園【しょうえん】に潅ぐ。
己に添う 無数の鳥、争い浴して故に相い喧【かますび】し。


(現代語訳)
三月になって桃花が咲き誇る出水が多く浪たてて流れている。濯錦江の流れも、また、先日雪解けと雨により増水の時の水痕のところまで水嵩になっている。
朝になってみると、中州の渚砂の尻尾はかくれていて、家から見るといつもは砂浜が見えるところが水の碧の色になっていて我が家の柴門越しに波が動いている。
こんなときは釣糸をつないで釣竿でよい餌を垂れるのである。そして竹筒をなん本も連ねて江水を引いて小さな自家農園に水をそそいでやるのである。
そうしている間にまた早くも数え切れないほどたくさんの水鳥がやってきている。互いに争うように水浴びをしてわざわざ、さわざたてているのだ。


pla045(訳注)
春水

この年の出水は2月から続いている。しばらく家を空けて帰って來ると朝起きて2月ごろの水位になっていた。


三月桃花浪,江流複舊痕。
三月になって桃花が咲き誇る出水が多く浪たてて流れている。濯錦江の流れも、また、先日雪解けと雨により増水の時の水痕のところまで水嵩になっている。
○桃花浪 桃花のさくとき出る水のなみ。
○復旧痕 水かさがふえて新津に行く前に、雨が降り、雪解けを促進して水嵩が上がったのだ。その旧水位のところまでくる。

4- 8.春夜喜雨 杜甫

4- 9.春水生 二絶其一 杜甫

4-10.春水生 二絶其二 杜甫

4-11.江上水如海勢聊短述 杜甫


朝來沒沙尾,碧色動柴門。
朝になってみると、中州の渚砂の尻尾はかくれていて、家から見るといつもは砂浜が見えるところが水の碧の色になっていて我が家の柴門越しに波が動いている。
○沙尾 沙洲のすえ。
○碧色 江水の色。
○柴門 自家の門。南向きの家の正面ではなく、西南に江に沿ってある柴門。

『江漲』「江漲柴門外,兒童報急流。」

成都(2)浣花渓の草堂(2 -9) 江漲 杜甫 <372  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1795 杜甫詩 1000- 548

『野老』「野老籬邊江岸迴,柴門不正逐江開。」

成都(2)浣花渓の草堂(2 -10) 野老 杜甫 <373  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1799 杜甫詩 1000- 549

『南鄰』「白沙翠竹江村暮,相送柴門月色新。」

南鄰 杜甫 成都(3)浣花渓の草堂(3 -1)  <383  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1859 杜甫詩1000-383-564/1500


接縷垂芳餌,連筒灌小園。
こんなときは釣糸をつないで釣竿でよい餌を垂れるのである。そして竹筒をなん本も連ねて江水を引いて小さな自家農園に水をそそいでやるのである。
接縷 糸のすじをつなぐ、釣糸にするためである。
○芳餌 いいにおいのえさ。
○連筒 葭繫の竹づつをつないで、樋による灌漑。
○園 はたけ。自家農園。作った作物は余れば、成都の街に売りに行く。


已添無數鳥,爭浴故相喧。
そうしている間にまた早くも数え切れないほどたくさんの水鳥がやってきている。互いに争うように水浴びをしてわざわざ、さわざたてているのだ。
○無数鳥 鳥はさぎであろう。
○故 わざと。ことさら。静かに水辺にいて、水の音で、自然に飛び立つ王維の詩に比較して、がやがや騒ぎ立てること。
王維『輞川集二十首、欒家瀬
颯颯秋雨中、浅浅石溜瀉。
波跳自相濺、白鷺驚復下。
 颯颯(さつさつ)たる秋雨(しゅうう)の中(うち)
浅浅(せんせん)として石溜(せきりゅう)に瀉ぐ
波は跳(おど)って自(おのずか)ら相い濺(そそ)ぎ
白鷺(はくろ)は驚きて復(ま)た下(くだ)れり


春水
三月桃花浪,江流複舊痕。
朝來沒沙尾,碧色動柴門。
接縷垂芳餌,連筒灌小園。
已添無數鳥,爭浴故相喧。

(春 水)
三月 桃花の浪、江流 復た旧痕まであり。
朝来 沙尾【さび】没し、碧色【へきしょく】柴門に動く。
縷【る】を接して芳餌【ほうじ】を垂れ、筒を連ねて小園【しょうえん】に潅ぐ。
己に添う 無数の鳥、争い浴して故に相い喧【かますび】し。


 

後遊 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 17)  杜甫 <422>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2055 杜甫詩1000-422-605/1500

後遊 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 17)  玄宗ゆかりの地修覚寺で、重ねてあそんだ時の詩。

2013年3月12日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集後遊 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 17)  杜甫 <422>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2055 杜甫詩1000-422-605/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集永初三年七月十六日之郡初発都 謝霊運<11> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2056 (03/12)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性遣懷 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-102-38-#1  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2057
 
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

後遊 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 17)  杜甫 <422>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2055 杜甫詩1000-422-605/1500 

詩 題:後遊 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 17) 
作時761年3月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の422首目-場面4 – 17
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玄宗ゆかりの地修覚寺で、重ねてあそんだ時の詩。



後遊
寺憶曾遊處,橋憐再渡時。
玄宗皇帝の所縁のこの寺が私を待っていてくれる、先日もここの佳気の中で過ごした場所なのだ。橋を渡れば偲ばれるし、また今渡るのかと愛憐の情がおこる。
江山如有待,花柳更無私。
傍に横たう都江(岷江)や宝資山をみると自分がくるのを待っていてくれたようであり、花も柳も私心をもたずに私に其の美を賞玩させてくれる。(思い起こせば自分が玄宗にお仕えしている時の私心、二心の奸臣ばかりであった。)
野潤煙光簿,沙暄日色遲。
この広がる野は春の潤いをおびて霞み、柔らかな光に包まれている。渚の沙はあたたかになって來るし、陽射しも高く、時間がゆっくり過ぎて日の当たる時間が長くなる。
客愁全為減,捨此複何之?
華州で官を辞して飄蓬の旅人として愁いていたがここに來てここをながめ、佳気に触れたことにより吹っ切れたような気がする。こんな良いところをおいてはまたどこにゆこうか、ゆけるものではない。

(後 遊)
寺は憶する曾て遊の処、橋は憐れむ再渡の時。
江山 待つこと有るが如し、花柳 私無くを更にす。
野 潤いて煙光 薄く、沙 暄【あたたか】にして日色遲し。
客愁 全く為に減じ、此れを捨【お】きて複た何くにか之かん。

DCF00055
『後遊』 現代語訳と訳註
(本文)

寺憶曾遊處,橋憐再渡時。
江山如有待,花柳更無私。
野潤煙光簿,沙暄日色遲。
客愁全為減,捨此複何之?


(下し文)
(後 遊)
寺は憶する曾て遊の処、橋は憐れむ再渡の時。
江山 待つこと有るが如し、花柳 私無くを更にす。
野 潤いて煙光 薄く、沙 暄【あたたか】にして日色遲し。
客愁 全く為に減じ、此れを捨【お】きて複た何くにか之かん。


(現代語訳)
玄宗皇帝の所縁のこの寺が私を待っていてくれる、先日もここの佳気の中で過ごした場所なのだ。橋を渡れば偲ばれるし、また今渡るのかと愛憐の情がおこる。
傍に横たう都江(岷江)や宝資山をみると自分がくるのを待っていてくれたようであり、花も柳も私心をもたずに私に其の美を賞玩させてくれる。(思い起こせば自分が玄宗にお仕えしている時の私心、二心の奸臣ばかりであった。)
この広がる野は春の潤いをおびて霞み、柔らかな光に包まれている。渚の沙はあたたかになって來るし、陽射しも高く、時間がゆっくり過ぎて日の当たる時間が長くなる。
華州で官を辞して飄蓬の旅人として愁いていたがここに來てここをながめ、佳気に触れたことにより吹っ切れたような気がする。こんな良いところをおいてはまたどこにゆこうか、ゆけるものではない。


(訳注)
後  遊
 :五言律詩
後遊のちのあそび。前詩に修覚寺の遊びを叙し、此の詩は後の再遊を叙する。
○修覚寺 現在、宝資山森林公園があるところ。新津県治の東南五里(3km)に修覚山があり、山に修覚寺がある。「新津」は四川省新津県(成都市から南西三〇キロ。「修覚寺」はその新津県の南、川向かいにある宝資山にあったお寺。歴史地図唐代天社山(現天幽山)は修覚寺の南にある。唐・玄宗皇帝が安史の乱で四川に逃れてきた際に訪れ、「修覚山」の三字を賜ったということで、玄宗を慕う杜甫は万感迫るものがあってたびたび新津を訪れた。


寺憶曾遊處,橋憐再渡時。
玄宗皇帝の所縁のこの寺が私を待っていてくれる、先日もここの佳気の中で過ごした場所なのだ。橋を渡れば偲ばれるし、また今渡るのかと愛憐の情がおこる。
○寺憶 吾を待つことをいう。この二句に玄宗への思慕の念を強く感じる。
 

江山如有待,花柳更無私。
傍に横たう都江(岷江)や宝資山をみると自分がくるのを待っていてくれたようであり、花も柳も私心をもたずに私に其の美を賞玩させてくれる。(思い起こせば自分が玄宗にお仕えしている時の私心、二心の奸臣ばかりであった。)
○無私 利己心がないこと、だれにでも其の美しさをかってにみせてやる。


野潤煙光簿,沙暄日色遲。
この広がる野は春の潤いをおびて霞み、柔らかな光に包まれている。渚の沙はあたたかになって來るし、陽射しも高く、時間がゆっくり過ぎて日の当たる時間が長くなる。
○この二句は抜群の表現力である。
○野潤
 潤は水蒸気をふくむことをいう。広がる野は春の潤いをおびている。
○煙光薄 いわゆる「はるぐもり」で気象がぼやけてみえることをいう。霞んでいて柔らかな光に包まれている。
○沙暄 春の日光が照らすので江辺の沙があたたかである。.暄腾 ふわふわ柔らかい.太陽の暖かさ寒暄時候のあいさつをする.暄暖暖かい.
〇日色遅 日の当たる時間が長くなることをいう、「遅」とは太陽の行くことがおそく感ぜられるをいう。
杜甫

『發秦州』「日色隱孤戍,烏啼滿城頭。」


王維『和賈舎人早朝大明宮之作』
絳幘雞人報暁籌、尚衣方進翠雲裘。
九天閶闔開宮殿、万国衣冠拝冕旒。
日色纔臨仙掌動、香煙欲傍袞龍浮。
朝罷須裁五色詔、佩声帰到鳳池頭。
絳幘【こうさく】の鶏人 暁籌【ぎょうちゅう】を報じ、尚衣【しょうい】方【まさ】に進む 翠雲の裘【きゅう】。
九天の閶闔(しょうこう) 宮殿を開き、万国の衣冠 冕旒【べんりゅう】を拝す
日色 纔【わず】かに仙掌【せんしょう】に臨んで動き、香煙 傍【そ】わんと欲して袞龍【こんりゅう】浮ぶ。
朝【ちょう】罷【や】んで須らく裁すべし 五色の詔、佩声【はいせい】は帰り到る 鳳池の頭【ひとり】。

和賈舎人早朝大明宮之作 王維 杜甫の「奉和賈至舍人早朝大明宮」に関連した詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 234

客愁全為減,捨此複何之?
華州で官を辞して飄蓬の旅人として愁いていたがここに來てここをながめ、佳気に触れたことにより吹っ切れたような気がする。こんな良いところをおいてはまたどこにゆこうか、ゆけるものではない。



游修覺寺 
野寺江天豁,山扉花竹幽。
詩應有神助,吾得及春遊。
徑石相縈帶,川雲自去留。
禪枝宿眾鳥,漂轉暮歸愁。
この野外の寺には都江のうえをおおう天がひろがっている。山門の扉を中に入ると花咲き誇り、その後ろに竹やぶが奥深く静かな佇まいがあるのである。
佳気におおわれた玄宗ゆかりのここで詩を作れば鬼神の助けを得られることにこたえられるのだ。わたしはこのような幸せを得ることが出来、そのうえ春の遊びにまにあうことができたのである。
近くにはうねった小道に石が処処に点在しいる。遠くのぞめば川上の雲が知らぬ間に消えてしまい、そして現れたりしている。
こんなけしきをながめるうちもはやお寺の樹の枝に巣に帰る時刻になったのだろう、多くの鳥がとまっている。玄宗皇帝もここに流転を経験され、当然私もそうで、時刻も暮れ、生涯も暮れてきて、帰ろうとすればうれいのこころが生ずるのである。

駅亭の 隠遁(修覚寺に遊ぶ)
野寺 江天 豁【かつ】なり 山扉 花 竹幽なり
詩 神助有るに応【こた】へ、吾 春遊に及ぶことを得る。 
径石【けいせき】相い縈帯【えいたい】し、川雲【せんうん】自ずから去留【きょりゅう】す。
禅枝【ぜんし】衆鳥 宿し、漂転 暮れて帰愁す。


後遊
寺憶曾遊處,橋憐再渡時。
江山如有待,花柳更無私。
野潤煙光簿,沙暄日色遲。
客愁全為減,捨此複何之?
玄宗皇帝の所縁のこの寺が私を待っていてくれる、先日もここの佳気の中で過ごした場所なのだ。橋を渡れば偲ばれるし、また今渡るのかと愛憐の情がおこる。
傍に横たう都江(岷江)や宝資山をみると自分がくるのを待っていてくれたようであり、花も柳も私心をもたずに私に其の美を賞玩させてくれる。(思い起こせば自分が玄宗にお仕えしている時の私心、二心の奸臣ばかりであった。)
この広がる野は春の潤いをおびて霞み、柔らかな光に包まれている。渚の沙はあたたかになって來るし、陽射しも高く、時間がゆっくり過ぎて日の当たる時間が長くなる。
華州で官を辞して飄蓬の旅人として愁いていたがここに來てここをながめ、佳気に触れたことにより吹っ切れたような気がする。こんな良いところをおいてはまたどこにゆこうか、ゆけるものではない。

(後 遊)
寺は憶する曾て遊の処、橋は憐れむ再渡の時。
江山 待つこと有るが如し、花柳 私無くを更にす。
野 潤いて煙光 薄く、沙 暄【あたたか】にして日色遲し。
客愁 全く為に減じ、此れを捨【お】きて複た何くにか之かん。


游修覺寺 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 16)  杜甫 <421>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2050 杜甫詩1000-421-604/1500

游修覺寺 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 16) 
新津県の修覚寺にあそんで作った詩。上元二年の春の作
玄宗ゆかりの新津にわずかの間に何度も訪れ詩を残している。

760年冬


Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
美女篇 曹植 魏詩<54-#2>古詩源 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67818246.html
Ⅱ中唐詩・晩唐詩●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
原人 韓愈(韓退之) <117-3>Ⅱ中唐詩612 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2044
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6336983.html
Ⅲ杜甫詩1000詩集●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
游修覺寺 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 16)  杜甫 <421>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2050 杜甫詩1000-421-604/1500
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-tohoshi/archives/67818129.html
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
隴西行 謝霊運<10> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2051 (03/11)
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 ●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
訪趙煉師不遇 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-101-37  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2052
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首



游修覺寺 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 16)  杜甫 <421>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2050 杜甫詩1000-421-604/1500

詩 題:游修覺寺 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 16) 
作時761年3月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の421首目-場面4 – 16
杜甫ブログ1500回予定の-604回目    
新津県の修覚寺にあそんで作った詩。上元二年の春の作
玄宗ゆかりの新津にわずかの間に何度も訪れ詩を残している。

760年冬


因崔五侍禦寄高彭州一絶 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -4)  <386 五言絶句 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1871 杜甫詩1000-386-567/1500

奉簡高三十五使君 杜甫 成都(2部)浣花渓の草堂(3 -5)  杜甫 <387 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1875 杜甫詩1000-387-568/1500

和裴迪登新津寺寄王侍郎 杜甫 成都(2部)浣花渓の草堂(3 -6)  杜甫 <388 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1879 杜甫詩1000-388-569/1500

贈蜀僧閭丘師兄 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -7-#1)  杜甫 <389  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1883 杜甫詩1000-389-570/1500


7611


和裴迪登蜀州東亭送客逢早梅相憶見寄 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -18) <404 七言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1965 杜甫詩1000-404-587/1500

寄贈王十將軍承俊 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -19) <405 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1970 杜甫詩1000-405-588/1500

奉酬李都督表丈早春作 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 1)  杜甫 <406 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1975 杜甫詩1000-406-589/1500


76123


題新津北橋樓得郊字 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 14)  杜甫 <419>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2040 杜甫詩1000-419-602/1500

暮登四安寺鐘樓寄裴十迪 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 15)  杜甫 <420>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2045 杜甫詩1000-420-603/1500

游修覺寺 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 16)  杜甫 <421>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2050 杜甫詩1000-421-604/1500

後遊 杜甫 成都(4)浣花渓の草堂(4 - 17)  杜甫 <422>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2055 杜甫詩1000-422-605/1500


游修覺寺 
野寺江天豁,山扉花竹幽。
この野外の寺には都江のうえをおおう天がひろがっている。山門の扉を中に入ると花咲き誇り、その後ろに竹やぶが奥深く静かな佇まいがあるのである。
詩應有神助,吾得及春遊。
佳気におおわれた玄宗ゆかりのここで詩を作れば鬼神の助けを得られることにこたえられるのだ。わたしはこのような幸せを得ることが出来、そのうえ春の遊びにまにあうことができたのである。
徑石相縈帶,川雲自去留。
近くにはうねった小道に石が処処に点在しいる。遠くのぞめば川上の雲が知らぬ間に消えてしまい、そして現れたりしている。
禪枝宿眾鳥,漂轉暮歸愁。
こんなけしきをながめるうちもはやお寺の樹の枝に巣に帰る時刻になったのだろう、多くの鳥がとまっている。玄宗皇帝もここに流転を経験され、当然私もそうで、時刻も暮れ、生涯も暮れてきて、帰ろうとすればうれいのこころが生ずるのである。


(修覚寺に遊ぶ)
野寺 江天 豁【かつ】なり 山扉 花 竹幽なり
詩 神助有るに応【こた】へ、吾 春遊に及ぶことを得る。 
径石【けいせき】相い縈帯【えいたい】し、川雲【せんうん】自ずから去留【きょりゅう】す。
禅枝【ぜんし】衆鳥 宿し、漂転 暮れて帰愁す


DCF00214写真はすべてイメージとして載せています。


『游修覺寺』 現代語訳と訳註
(本文)
游修覺寺 
野寺江天豁,山扉花竹幽。
詩應有神助,吾得及春遊。
徑石相縈帶,川雲自去留。
禪枝宿眾鳥,漂轉暮歸愁。


(下し文)
(修覚寺に遊ぶ)
野寺 江天 豁【かつ】なり 山扉 花 竹幽なり
詩 神助有るに応【こた】へ、吾 春遊に及ぶことを得る。 
径石【けいせき】相い縈帯【えいたい】し、川雲【せんうん】自ずから去留【きょりゅう】す。
禅枝【ぜんし】衆鳥 宿し、漂転 暮れて帰愁す。


(現代語訳)
この野外の寺には都江のうえをおおう天がひろがっている。山門の扉を中に入ると花咲き誇り、その後ろに竹やぶが奥深く静かな佇まいがあるのである。
佳気におおわれた玄宗ゆかりのここで詩を作れば鬼神の助けを得られることにこたえられるのだ。わたしはこのような幸せを得ることが出来、そのうえ春の遊びにまにあうことができたのである。
近くにはうねった小道に石が処処に点在しいる。遠くのぞめば川上の雲が知らぬ間に消えてしまい、そして現れたりしている。
こんなけしきをながめるうちもはやお寺の樹の枝に巣に帰る時刻になったのだろう、多くの鳥がとまっている。玄宗皇帝もここに流転を経験され、当然私もそうで、時刻も暮れ、生涯も暮れてきて、帰ろうとすればうれいのこころが生ずるのである。


(訳注)
游修覺寺 
○修覚寺
 現在、宝資山森林公園があるところ。新津県治の東南五里(3km)に修覚山があり、山に修覚寺がある。「新津」は四川省新津県(成都市から南西三〇キロ。「修覚寺」はその新津県の南、川向かいにある宝資山にあったお寺。歴史地図唐代天社山(現天幽山)は修覚寺の南にある。唐・玄宗皇帝が安史の乱で四川に逃れてきた際に訪れ、「修覚山」の三字を賜ったということで、玄宗を慕う杜甫は万感迫るものがあってたびたび新津を訪れた。

題新津北橋棲00
野寺江天豁,山扉花竹幽。
この野外の寺には都江のうえをおおう天がひろがっている。山門の扉を中に入ると花咲き誇り、その後ろに竹やぶが奥深く静かな佇まいがあるのである。
○野寺 谷のような窪地にあったもの。あまり高くない修覚山を背に立っていたのだろう。
○江 現在は岷江(当時は都江)


詩應有神助,吾得及春遊。
佳気におおわれた玄宗ゆかりのここで詩を作れば鬼神の助けを得られることにこたえられるのだ。わたしはこのような幸せを得ることが出来、そのうえ春の遊びにまにあうことができたのである。
○詩応二句 前句は玄宗皇帝の佳気をいただいての幸福感による詩に対する昂揚感を云い、風景のすぐれたことをいうものである。
・應 これを助字として「まさに~すべし」とする解説(岩波文庫 『杜詩』鈴木虎雄訳注P54)があるが間違い。この寺が玄宗ゆかりの寺であること、家臣であったものが皇帝の名を出せないのであること、などを考慮する必要があるにもかかわらず全くこれに触れられていない。ここは対句であり、「まさに~べし」ではなく、「応ずる」という動詞、下句の「得」ると対語となっていると考えるべきであろう。
○神助 鬼神のたすけ、即ち玄宗皇帝の佳気のたすけ。
○及春遊 「及」とはおいつく、まにあう。


徑石相縈帶,川雲自去留。
近くにはうねった小道に石が処処に点在しいる。遠くのぞめば川上の雲が知らぬ間に消えてしまい、そして現れたりしている。
○縈帶 帯のようにめぐる、紆余曲折したみちに処処に点点とあることをいう。この句も玄宗を連想させるものである。


禪枝宿眾鳥,漂轉暮歸愁。
こんなけしきをながめるうちもはやお寺の樹の枝に巣に帰る時刻になったのだろう、多くの鳥がとまっている。玄宗皇帝もここに流転を経験され、当然私もそうで、時刻も暮れ、生涯も暮れてきて、帰ろうとすればうれいのこころが生ずるのである。
○禪枝 寺の樹木の枝。
○漂転 漂泊流転の生涯。

駅亭の 隠遁

游修覺寺 
野寺江天豁,山扉花竹幽。
詩應有神助,吾得及春遊。
徑石相縈帶,川雲自去留。
禪枝宿眾鳥,漂轉暮歸愁。

(修覚寺に遊ぶ)
野寺 江天 豁【かつ】なり 山扉 花 竹幽なり
詩 神助有るに応【こた】へ、吾 春遊に及ぶことを得る。 
径石【けいせき】相い縈帯【えいたい】し、川雲【せんうん】自ずから去留【きょりゅう】す。
禅枝【ぜんし】衆鳥 宿し、漂転 暮れて帰愁す。


題新津北橋樓得郊字 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 14)  杜甫 <419>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2040 杜甫詩1000-419-602/1500

題新津北橋樓得郊字 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 14) 


2013年3月9日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩怨歌行 曹植 魏詩<53-#1>古詩源 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2033
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原人 二段目 韓愈(韓退之) <117-2>Ⅱ中唐詩611 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2039
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集題新津北橋樓得郊字 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 14)  杜甫 <419>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2040 杜甫詩1000-419-602/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集述祖徳詩 二首(2)其一 謝霊運<8> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2041 (03/09)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性感懷寄人 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-99-35-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2042
 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


題新津北橋樓得郊字 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 14)  杜甫 <419>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2040 杜甫詩1000-419-602/1500


詩 題:題新津北橋樓得郊字 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 14) 
作時761年3月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の419首目-#4 – 14
杜甫ブログ1500回予定の-602回目
新津県の北の橋のほとりの楼で県令の酒宴にあずかって「郊」の字を与えられ、それに応じて作った詩。


題新津北橋樓 得郊字
(新津の北橋に立つ城の樓閣にもようされた宴席において県令から与えられた「郊」の字を得てそれに応えて題した詩である。)
望極春城上,開筵近鳥巢。
春の城のそばから西嶺の際限なき遠望をはせる。高い樹木のうえに鳥の巣があり、そのそばに酒宴の筵を開かれる。
白花簷外朵,青柳檻前梢。
軒端のそとには清廉潔白な人であることを示す白い花が義を重んじる人であることを示すすっとした茎の上に咲いている。樓閣の欄干に届くかのように若くてこれから出世をして行く人だということ示す青柳は梢がみえる。
池水觀為政,廚煙覺遠庖。
治山治水の事業を確かになされているので池の水が清らかであり、県の政治も濁らぬことがみられるものである。家々の台所の煙がのぼるが良い治政がなされているから心配なく出せるのであり孟子の云う「君子遠庖廚也」のとおりである。
西川供客眼,惟有此江郊。
成都の西、都江の西にある蜀州にきた旅客のこの眼に供した素晴らしい地域である。ただ私はそのお手伝いも何もしていなくて、ここの都江のはずれにいるだけなのだ。

峨眉山003
(新津の北の橋楼に題す)
望 極まりて春城に上【ほと】り、筵を開くは鳥巣に近し。
白花 簷外【えんがい】の朵【だ】、青柳檻前の梢。
池水に為政を観て、厨煙に遠庖を覚ゆ。
西川客眼に供するは、惟此の江郊有り。


『題新津北橋樓』得郊字 現代語訳と訳註
(本文)
題新津北橋樓 得郊字
望極春城上,開筵近鳥巢。
白花簷外朵,青柳檻前梢。
池水觀為政,廚煙覺遠庖。
西川供客眼,惟有此江郊。


(下し文)
(新津の北の橋楼に題す)
望 極まりて春城に上【ほと】り、筵を開くは鳥巣に近し。
白花 簷外【えんがい】の朵【だ】、青柳檻前の梢。
池水に為政を観て、厨煙に遠庖を覚ゆ。
西川客眼に供するは、惟此の江郊有り。


(現代語訳)
(新津の北橋に立つ城の樓閣にもようされた宴席において県令から与えられた「郊」の字を得てそれに応えて題した詩である。)
春の城のそばから西嶺の際限なき遠望をはせる。高い樹木のうえに鳥の巣があり、そのそばに酒宴の筵を開かれる。
軒端のそとには清廉潔白な人であることを示す白い花が義を重んじる人であることを示すすっとした茎の上に咲いている。樓閣の欄干に届くかのように若くてこれから出世をして行く人だということ示す青柳は梢がみえる。
治山治水の事業を確かになされているので池の水が清らかであり、県の政治も濁らぬことがみられるものである。家々の台所の煙がのぼるが良い治政がなされているから心配なく出せるのであり孟子の云う「君子遠庖廚也」のとおりである。
成都の西、都江の西にある蜀州にきた旅客のこの眼に供した素晴らしい地域である。ただ私はそのお手伝いも何もしていなくて、ここの都江のはずれにいるだけなのだ。


(訳注)
題新津北橋棲
新津の北橋に立つ城の樓閣にもようされた宴席において県令から与えられた「郊」の字を得てそれに応えて題した詩である。
○新津 県の名、今は成都府に属するが、唐時代、蜀州に属し、司馬相如が酒屋で働いた臨邛【りんきょう】の街と峨眉、嘉州への分岐点の要衝のまちであった。成都の西南にあり、杜甫は持ち船で行き来したと思われる。
○橋楼 城郭の楼閣で橋のほとりにあったのであろう。
・杜甫はよほどこの宴席に列席できたことを喜んでいるのだろう。最大限の美辞麗句で県令に詩を酬いているのである。


望極春城上,開筵近鳥巢。
春の城のそばから西嶺の際限なき遠望をはせる。高い樹木のうえに鳥の巣があり、そのそばに酒宴の筵を開かれる。
○望極 はてしなく遠くをのぞむ。
○近鳥巢 場所が樹木の上にあって高いことをいう。
杜甫は必ず遠くのけしを眺めて次第に近くの景色を見るそしてその詩で謂いたい点にズームアップするという形がほとんどである。ここでも北の城楼の傍であるから蜀盆地を取り囲むまだ雪を残した連山、西嶺(西山)を望んだのである。
泛溪 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -8-#1)  杜甫 <394-#1 五言古詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1903 杜甫詩1000-394-575/1500

『出郭』
霜露晚淒淒,高天逐望低。
遠煙臨井上,斜景雪峰西。
故國猶兵馬,他鄉亦鼓鼙。
江城今夜客,還與舊烏啼。

出郭 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -9)  杜甫 <397 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1915 杜甫詩1000-397-578/1500


白花簷外朵,青柳檻前梢。
軒端のそとには清廉潔白な人であることを示す白い花が義を重んじる人であることを示すすっとした茎の上に咲いている。樓閣の欄干に届くかのように若くてこれから出世をして行く人だということ示す青柳は梢がみえる。
○白花 春の茎で数える白い花。今でいえば中リップ・ユリだろう。あるいは一本の枝に一つの花をつける感じであったのだろうか。梨や白梅ではない。清廉潔白な人であることをいう。
○簷外朵 建物の近くに花が植えられている。朵は花の茎を数える単位。義を重んじる人であることを示唆する語である。
○青柳 若くてこれから出世をして行く人だということ。


池水觀為政,廚煙覺遠庖。
治山治水の事業を確かになされているので池の水が清らかであり、県の政治も濁らぬことがみられるものである。家々の台所の煙がのぼるが良い治政がなされているから心配なく出せるのであり孟子の云う「君子遠庖廚也」のとおりである。
○池水 治山治水の事業をしていることを云う。
○觀為政 この時は県令が酒宴をひらいたのによって政治のことをいう、為政は政治の仕方をいう、観はその清いさまをみることをいう。
○廚煙 くりやのけむり。良い治政がなされているから台所の煙を心配なく出せるということ。治安が悪ければ、その地から逃げ出すので煙が出ないことを云う。
○遠庖 此の句は県令が君子の施政を行っていると讃えるもの。『孟子、梁恵王上』の「君子遠庖廚也」に基づく。
「齊宣王問曰、齊桓晉文之事可得聞乎、孟子對曰、仲尼之徒、無道桓文之事者、是以後世無傳焉、臣未之聞也、無以則王乎、曰、德何如則可以王矣、曰、保民而王、莫之能禦也、曰、若寡人者、可以保民乎哉、曰、可、曰、何由知吾可也、曰、臣聞之胡齕、曰、王坐於堂上、有牽牛而過堂下者、王見之、曰、牛何之、對曰、將以釁鐘、王曰、舍之、吾不忍其觳觫若無罪而就死地、對曰、然則廢釁鐘與、曰、何可廢也、以羊易之、不識有諸、曰、有之、曰、是心足以王矣、百姓皆以王為愛也、臣固知王之不忍也、王曰、然、誠有百姓者、齊國雖褊小、吾何愛一牛、即不忍其觳觫若無罪而就死地、故以羊易之也、曰、王無異於百姓之以王為愛也、以小易大、彼惡知之、王若隱其無罪而就死地、則牛羊何擇焉、王笑曰、是誠何心哉、我非愛其財而易之以羊也、宜乎百姓之謂我愛也、曰、無傷也、是乃仁術也、見牛未見羊也、君子之於禽獸也、見其生、不忍見其死、聞其聲、不忍食其肉、是以君子遠庖廚也
斉の宣王に「私如きものでも民を安んずるに足るか」と聞かれ、孟子は「王はいけにえに引かれていく牛を見て死地に行くのを忍びないが故に羊に代えたといいます。この牛を忍びざると思う心こそ、王者たるに足るものです。君子は生ける姿を見ればその死を目の当たりにするを忍びなくなるものです。故に君子は庖廚を遠ざくと謂うのです」と答えた。


西川供客眼,惟有此江郊。
成都の西、都江の西にある蜀州にきた旅客のこの眼に供した素晴らしい地域である。ただ私はそのお手伝いも何もしていなくて、ここの都江のはずれにいるだけなのだ。
○西川 蜀の西部をいう。都江堰(B-5/6)より成都方面(沱江・大江)と新津方面画へと分流する河川の主流、都江に面しているのが新津でその都江の西にあたる地方をいう。(地図参照、新津C-3
○客眼 旅客のまなこ、自己の眺望をいう。
○江郊 都江のはずれ(野はら)。

題新津北橋棲00

水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 13)  杜甫 <418>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2035 杜甫詩1000-418-601/1500

水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 13)


2013年3月8日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩怨歌行 曹植 魏詩<53-#1>古詩源 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2033
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原人 韓愈(韓退之) <117-1>Ⅱ中唐詩610 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2034
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 13)  杜甫 <418>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2035 杜甫詩1000-418-601/1500
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

詩人杜甫5x5水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 13)  杜甫 <418>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2035 杜甫詩1000-418-601/1500



詩 題:水檻遣心二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 13)
作時761年3月杜甫50歳
掲 載; 杜甫1000首の418首目-#4 – 13
杜甫ブログ1500回予定の-601回目

詩題の「水檻(すいかん)に心を遣(や)る」は、川に臨んだ欄干に寄りかかってあたりを眺めやるという意味で、草堂のから一年たった2月の作である。この年は去年の春雪解けの水より、増水が多く岸いっぱいに流れたのだ。
760年の春水を述べた詩
2- 9.江漲
761年 同時期に春水を述べた詩
4- 8.春夜喜雨 杜甫
4- 9.春水生 二絶其一 杜甫
4-10.春水生 二絶其二 杜甫
4-11.江上值水如海勢聊短述 杜甫
4-12.水檻遣心二首其一 杜甫
4-13.水檻遣心二首其二 杜甫
4-18. 春水
4-19.江亭


 
水檻遣心二首其一 
去郭軒楹敞,無村眺望賒。
ここは錦官城の城郭からはなれて我が家屋すっきりとしてあかるくみある。村を成すほど家がないからとおくまで余すところなく眺められる。
澄江平少岸,幽樹晚多花。
濯錦江の水は増水しているが澄んで今は水嵩が上がって中州も平らになって川岸いっぱいに水が上がっている。隠棲するところにあう幽静な樹々は夕暮れの斜めの日差しにたくさんの花が咲いている。
細雨魚兒出,微風燕子斜。
春雨が水面に灌ぐと魚の児が水面にうかびだしてくる。そよふく風にもうつばめがやってきて、ななめに飛びわたる。
城中十萬戶。此地兩三家。
錦官城には十万戸あるというけれど、ここ浣花渓には自分のところと二、三軒の人家があるばかりである。

(水檻にて心を遣る 二首 其の一)
郭を去って軒楹【けんえい】敞【あき】らかなり、村無くして眺望【ちょうぼう】賒【はる】かなり。
澄江【ちょうこう】平らかにして岸少なく 幽樹【ゆうじゅ】晩に花多し。
細雨【さいう】に魚児出で、微風に燕子【えんし】斜めなり。
城中は十万戸なるも、此の地は両三家なり。


水檻遣心二首2 
蜀天常夜雨,江檻已朝晴。
蜀のこの春の天候は毎日のように夜細雨が降る。起きて濯錦江の我が家の欄干のある川辺りに行ってみるとさわやかな朝晴れになっている。
葉潤林塘密,衣幹枕席清。
夜雨は葉に潤いを与えてくれ、林から堤にかけて密集させてくれるのである。川べりの欄干の私の指定席は四季布も渇いていて寝転がったりする座席がきれいになっている。
不堪支老病,何得尚浮名?
今の問題点は年老いてきた持病だけが耐えられないことなのだ。元気になったからといってどうして世の中に名声を博すことなどどうして得ようと思うものか。
淺把涓涓酒,深憑送此生。
ここに座って、細く流れでるわずかばかりのお酒をわずかに啜るのである。ここで此の盃をかたむけることこそが私が生きていくことの中で深くよりどころとするものである。
(水檻にて心を遣る 二首)
蜀天は常夜【とこよ】の雨がふり,江檻は已に朝晴なり。
葉 潤いて林塘 密なり,衣 幹して枕席 清し。
堪えざるは老病を支えることに,何んぞ尚お浮名を得んとするや?
淺く把るは涓涓として酒あり,深く憑りて此の生を送る。



『水檻遣心二首』 現代語訳と訳註
(本文)
水檻遣心二首2 
蜀天常夜雨,江檻已朝晴。葉潤林塘密,衣幹枕席清。
不堪支老病,何得尚浮名?淺把涓涓酒,深憑送此生。


(下し文)
(水檻にて心を遣る 二首)
蜀天は常夜【とこよ】の雨がふり,江檻は已に朝晴なり。
葉 潤いて林塘 密なり,衣 幹して枕席 清し。
堪えざるは老病を支えることに,何んぞ尚お浮名を得んとするや?
淺く把るは涓涓として酒あり,深く憑りて此の生を送る。


(現代語訳)
蜀のこの春の天候は毎日のように夜細雨が降る。起きて濯錦江の我が家の欄干のある川辺りに行ってみるとさわやかな朝晴れになっている。
夜雨は葉に潤いを与えてくれ、林から堤にかけて密集させてくれるのである。川べりの欄干の私の指定席は四季布も渇いていて寝転がったりする座席がきれいになっている。
今の問題点は年老いてきた持病だけが耐えられないことなのだ。元気になったからといってどうして世の中に名声を博すことなどどうして得ようと思うものか。
ここに座って、細く流れでるわずかばかりのお酒をわずかに啜るのである。ここで此の盃をかたむけることこそが私が生きていくことの中で深くよりどころとするものである。


(訳注)
水檻遣心二首其二 
前詩『江上值水如海勢聊短述』に見えた水檻に立ち、あたりをながめて隠棲生活をたのしむことをのべる。 
詩題の「水檻(すいかん)に心を遣(や)る」は、川に臨んだ欄干に寄りかかってあたりを眺めやるという意味で、草堂のから一年たった2月の作である。この年は去年の春雪解けの水より、増水が多く岸いっぱいに流れたのだ。
その位置では、草堂水檻を廻る変化を述べた。この詩は夜雨が降って雪解けを促進させ、草木に潤いを与えること、朝になれば晴れている。又今日もこの場所でいつの間にか盃を手にしている。


蜀天常夜雨,江檻已朝晴。
蜀のこの春の天候は毎日のように夜細雨が降る。起きて濯錦江の我が家の欄干のある川辺りに行ってみるとさわやかな朝晴れになっている。
・蜀天常夜雨 夜になるといつも雨が降る。楚の懐王が巫山の神女と夢のなかで交わった故事を連想させるが、ここでは春水の原因となる適度な夜の春雨をkwっして強く吹くのではないことを云うためにこうした表現にしている。朝目覚めれば素敵な晴れが広がる。


葉潤林塘密,衣幹枕席清。
夜雨は葉に潤いを与えてくれ、林から堤にかけて密集させてくれるのである。川べりの欄干の私の指定席は四季布も渇いていて寝転がったりする座席がきれいになっている。
・林塘 林と堤。杜甫『卜居』で林と堤の幽遂なところに草堂を立てたのである。
浣花溪水水西頭,主人為卜林塘幽。
已知出郭少塵事,更有澄江銷客愁。
無數蜻蜓齊上下,一雙鸂鶒對沈浮。
東行萬裡堪乘興,須向山陰上小舟。


成都(1)浣花渓の草堂(2) 卜居 杜甫 <354>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1727 杜甫詩 700- 531

不堪支老病,何得尚浮名?
今の問題点は年老いてきた持病だけが耐えられないことなのだ。元気になったからといってどうして世の中に名声を博すことなどどうして得ようと思うものか。


淺把涓涓酒,深憑送此生。
ここに座って、細く流れでるわずかばかりのお酒をわずかに啜るのである。ここで此の盃をかたむけることこそが私が生きていくことの中で深くよりどころとするものである。
・涓涓 水が細く流れるさま。「涓涓源水,不雝不塞。」
・此生 世間。人々が生きてゆく世間

水檻遣心二首其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 12)  杜甫 <417>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2030 

水檻遣心二首


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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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詩人杜甫5x5
水檻遣心二首其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 12)  杜甫 <417>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2030 

杜甫詩 417首/1000首—600回/1500回 
詩 題:水檻遣心二首其一 
杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 12) 
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760年の春水を述べた詩
2- 9.江漲
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4- 8.春夜喜雨 杜甫
4- 9.春水生 二絶其一 杜甫
4-10.春水生 二絶其二 杜甫
4-11.江上值水如海勢聊短述 杜甫
4-12.水檻遣心二首其一 杜甫
4-13.水檻遣心二首其二 杜甫
4-18. 春水
4-19.江亭
 水檻遣心二首00









水檻遣心二首其一 
去郭軒楹敞,無村眺望賒。
ここは錦官城の城郭からはなれて我が家屋すっきりとしてあかるくみある。村を成すほど家がないからとおくまで余すところなく眺められる。
澄江平少岸,幽樹晚多花。
濯錦江の水は増水しているが澄んで今は水嵩が上がって中州も平らになって川岸いっぱいに水が上がっている。隠棲するところにあう幽静な樹々は夕暮れの斜めの日差しにたくさんの花が咲いている。
細雨魚兒出,微風燕子斜。
春雨が水面に灌ぐと魚の児が水面にうかびだしてくる。そよふく風にもうつばめがやってきて、ななめに飛びわたる。
城中十萬戶。此地兩三家。

錦官城には十万戸あるというけれど、ここ浣花渓には自分のところと二、三軒の人家があるばかりである。

(水檻にて心を遣る 二首 其の一)
郭を去って軒楹【けんえい】敞【あき】らかなり、村無くして眺望【ちょうぼう】賒【はる】かなり。
澄江【ちょうこう】平らかにして岸少なく 幽樹【ゆうじゅ】晩に花多し。
細雨【さいう】に魚児出で、微風に燕子【えんし】斜めなり。
城中は十万戸なるも、此の地は両三家なり。

杜甫草堂詳細図02
『水檻遣心二首』 現代語訳と訳註
(本文)
水檻遣心二首其一 
去郭軒楹敞,無村眺望賒。
澄江平少岸,幽樹晚多花。
細雨魚兒出,微風燕子斜。
城中十萬戶。此地兩三家。


(下し文)
(水檻にて心を遣る 二首 其の一)
郭を去って軒楹【けんえい】敞【あき】らかなり、村無くして眺望【ちょうぼう】賒【はる】かなり。
澄江【ちょうこう】平らかにして岸少なく 幽樹【ゆうじゅ】晩に花多し。
細雨【さいう】に魚児出で、微風に燕子【えんし】斜めなり。
城中は十万戸なるも、此の地は両三家なり。


(現代語訳)
ここは錦官城の城郭からはなれて我が家屋すっきりとしてあかるくみある。村を成すほど家がないからとおくまで余すところなく眺められる。
濯錦江の水は増水しているが澄んで今は水嵩が上がって中州も平らになって川岸いっぱいに水が上がっている。隠棲するところにあう幽静な樹々は夕暮れの斜めの日差しにたくさんの花が咲いている。
春雨が水面に灌ぐと魚の児が水面にうかびだしてくる。そよふく風にもうつばめがやってきて、ななめに飛びわたる。
錦官城には十万戸あるというけれど、ここ浣花渓には自分のところと二、三軒の人家があるばかりである。


(訳注)
水檻遣心二首其一
 
前詩『江上值水如海勢聊短述』に見えた水檻に立ち、あたりをながめて隠棲生活をたのしむことをのべる。 
詩題の「水檻(すいかん)に心を遣(や)る」は、川に臨んだ欄干に寄りかかってあたりを眺めやるという意味で、草堂のから一年たった2月の作である。この年は去年の春雪解けの水より、増水が多く岸いっぱいに流れたのだ。


去郭軒楹敞,無村眺望賒。
ここは錦官城の城郭からはなれて我が家屋すっきりとしてあかるくみある。村を成すほど家がないからとおくまで余すところなく眺められる。
○去郭 錦官城の城郭からはなれる。6km離れる。
○軒楹 のきとはしら、楹はいり口の柱。ここでは二字で家の建物をいう。
○敞 開敞【かいしょう】1 前面がひらけていて、さえぎるもののないこと。2 港湾が外海に面していて、直接、風波を受けること。すっきりしている。成都の市街地の喧噪に比較している。


澄江平少岸,幽樹晚多花。
濯錦江の水は増水しているが澄んで今は水嵩が上がって中州も平らになって川岸いっぱいに水が上がっている。隠棲するところにあう幽静な樹々は夕暮れの斜めの日差しにたくさんの花が咲いている。
・澄江 春水が増水しているが、雨の水と違って川の水が澄んでいる。雪解けの水は大地を傷つけない万物にとって恵みの水であるということを意識させている。杜甫の精神的にお衝いていることをあらわすものである。
・平少岸 家の前には中州があり、渚があるのであるが、増水により渚がなくなっていることを云う。
・幽樹 ひっそりと静まり返る奥の方を意味する。つまり隠棲を意識させる。
・晚 日が落ちてきて日差しが斜めになり咲き誇る花をスポットライトのように浮かび上がらせることを云っている。こうしたきめの細かい描写をしていることに気が付かないといけない。
・多花 たくさんの花。杜甫は1年前この地を居住の場所と決め、浣花渓と名付けた。花いっぱいにしたかったのである。1年たった春になって念願通り花が咲き誇っているのだ。


細雨魚兒出,微風燕子斜。
春雨が水面に灌ぐと魚の児が水面にうかびだしてくる。そよふく風にもうつばめがやってきて、ななめに飛びわたる


城中十萬戶。此地兩三家。
錦官城には十万戸あるというけれど、ここ浣花渓には自分のところと二、三軒の人家があるばかりである。

江上值水如海勢聊短述 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 11)  杜甫 <416>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2025 杜甫詩1000-416-599/1500

江上值水如海勢聊短述


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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首 

 

詩人杜甫5x5


江上值水如海勢聊短述 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 11)  杜甫 <416>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2025 杜甫詩1000-416-599/1500

詩 題:江上值水如海勢聊短述 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 11)
作時761年3月杜甫50歳
掲 載; 杜甫1000首の416首目-#4 – 11
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濯錦江のほとりの草堂で春の増水で海の水の勢いのように水がましてくる。聊かこの短篇を作った。上元二年春の作。

同時期に春水を述べた詩
8.春夜喜雨 杜甫
9.春水生 二絶其一 杜甫
10.春水生 二絶其二 杜甫
11.江上值水如海勢聊短述 杜甫
12.水檻遣心二首其一 杜甫
13.水檻遣心二首其二 杜甫

江上值水如海勢聊短述
(濯錦江の水嵩と流れが海のような勢いなのでが短く述べてみる。)
為人性僻耽佳句,語不驚人死不休。
わたしは人となりがすこしかたよった性質のようで、よい詩句を作ることにけんめいになっている。人を驚かすような良い語句を吐きだすまでは死んでも休まないということである。
老去詩篇渾漫與,春來花鳥莫深愁。
ただ、年を重ねてくると作りだす詩篇は風流なものを漫然とよむようになるものだ。驚かすことなくなったということだろうか。しかし春がくれば花や鳥についてうたうことができるようになり、なにも深く心配するには及ばないことなのだ。
新添水檻供垂釣,故著浮槎替入舟。
もとから自然風流の手段として水辺には新たに板で欄干を作って釣を垂れてみたり、去年から桴桟橋で舟に乗り降りして舟遊びもしているのである。
焉得思如陶謝手,令渠述作與同遊。
こんなとき文藻の豊富な詩人である陶淵明、謝靈運ほどの文筆の手を得ることができて、彼らが名篇を作ったとうにわたしも作って共に遊んだならばいかにおもしろいだろうかと考えるのである。

(江上水の海勢の如くなるに値い聊か短述す)
人と為り性僻【せいへき】にして佳句に耽る、語 人を驚かさずんば死すとも休せず。
老い去って詩篇【しへん】揮て漫与【まんよ】なり、春が来って花鳥深く愁うること莫れ。
新たに水檻【すいかん】を添えて垂釣【すいちょう】に供し、故より浮槎【ふさ】を着けて入舟に替う。
焉んぞ思うや 陶謝【とうしゃ】の如くなる手を得て、渠【かれ】をして述作せ令めて 與に同遊せん。


『江上值水如海勢聊短述』 現代語訳と訳註

nat0005
(本文)
江上值水如海勢聊短述
為人性僻耽佳句,語不驚人死不休。
老去詩篇渾漫與,春來花鳥莫深愁。
新添水檻供垂釣,故著浮槎替入舟。
焉得思如陶謝手,令渠述作與同遊。







(下し文)
(江上水の海勢の如くなるに値い聊か短述す)
人と為り性僻【せいへき】にして佳句に耽る、語 人を驚かさずんば死すとも休せず。
老い去って詩篇【しへん】揮て漫与【まんよ】なり、春が来って花鳥深く愁うること莫れ。
新たに水檻【すいかん】を添えて垂釣【すいちょう】に供し、故より浮槎【ふさ】を着けて入舟に替う。
焉んぞ思うや 陶謝【とうしゃ】の如くなる手を得て、渠【かれ】をして述作せ令めて 與に同遊せん。


(現代語訳)
(濯錦江の水嵩と流れが海のような勢いなのでが短く述べてみる。)
わたしは人となりがすこしかたよった性質のようで、よい詩句を作ることにけんめいになっている。人を驚かすような良い語句を吐きだすまでは死んでも休まないということである。
ただ、年を重ねてくると作りだす詩篇は風流なものを漫然とよむようになるものだ。驚かすことなくなったということだろうか。しかし春がくれば花や鳥についてうたうことができるようになり、なにも深く心配するには及ばないことなのだ。
もとから自然風流の手段として水辺には新たに板で欄干を作って釣を垂れてみたり、去年から桴桟橋で舟に乗り降りして舟遊びもしているのである。
こんなとき文藻の豊富な詩人である陶淵明、謝靈運ほどの文筆の手を得ることができて、彼らが名篇を作ったとうにわたしも作って共に遊んだならばいかにおもしろいだろうかと考えるのである。


(訳注)
江上值水如海勢聊短述

濯錦江の水嵩と流れが海のような勢いなのでが短く述べてみる。
・江 濯錦江、浣花渓のこと。錦江が主流から別れて洪水調整の役割をする河川である。杜甫はこの地を花でいっぱいにしたいという意味を込めて名付けたのである。この地に来て2度目の春で一度目の時は、『江漲』である。
江漲
江漲柴門外,兒童報急流。
下牀高數尺,倚杖沒中洲。
細動迎風燕,輕搖逐浪鷗。
漁人縈小楫,容易拔船頭。

成都(2部)浣花渓の草堂(2 -9) 江漲 杜甫 <372  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1795 杜甫詩 1000- 548

〇值 であう。
○如海勢 流れがさかんなさまをいう。平生は流れの速い部分が少ない。
○短述 八句の詩でのべた故に短という。春水について六首連続で書いている。詩人で生きる決意をした秦州から律詩のシリーズものが現れてきたもので、それ以前は、律詩、絶句などでなく、「古詩」か「歌行」として長編を作詩していた。草堂に来てからこれまで80首のうち、『建都十二韻』『泛溪』『贈蜀僧閭丘師兄』『杜鵑行ほか二首の六首だけである。


為人性僻耽佳句,語不驚人死不休。
わたしは人となりがすこしかたよった性質のようで、よい詩句を作ることにけんめいになっている。人を驚かすような良い語句を吐きだすまでは死んでも休まないということである。
・為人性僻 人としての性が僻よって出来上がった。僻はかたよる。一年前杜甫は『狂夫』とのべている。
万里橋西一草堂、百花潭水即滄浪。
風含翠篠娟娟浄、雨裛紅蕖冉冉香。
厚禄故人書断絶、恒飢稚子色凄涼。
欲填溝壑惟疎放、自笑狂夫老更狂。

成都(2部)浣花渓の草堂(2 -6) 狂夫 杜甫 <369  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1783 杜甫詩 1000- 545

・死不休 啼いて血を吐くホトトギスの故事に基づく。


老去詩篇渾漫與,春來花鳥莫深愁。
ただ、年を重ねてくると作りだす詩篇は風流なものを漫然とよむようになるものだ。驚かすことなくなったということだろうか。しかし春がくれば花や鳥についてうたうことができるようになり、なにも深く心配するには及ばないことなのだ。
○漫与 漫如・漫然というのに同じ、とりとめもなくふとつくること。与の字を或は興に作る。
『漫成二首』そぞろにふとできあがった詩。この「漫」という語は、杜甫は春の詩に使う。
○花鳥莫深愁  強い、驚かすようなものではなく、花鳥風月の風流な詩を作ることが出来れば、何の心配もいらないという意味。


新添水檻供垂釣,故著浮槎替入舟。
もとから自然風流の手段として水辺には新たに板で欄干を作って釣を垂れてみたり、去年から桴桟橋で舟に乗り降りして舟遊びもしているのである。
○水檻 檻は板でつくったてすり。
○故 ふるくから。
○浮槎 うかべているいかだで、舟の桟橋。
○替入舟 いかだ桟橋で船に乗り降りしたり、遊んだりすること。


焉得思如陶謝手,令渠述作與同遊。
こんなとき文藻の豊富な詩人である陶淵明、謝靈運ほどの文筆の手を得ることができて、彼らが名篇を作ったとうにわたしも作って共に遊んだならばいかにおもしろいだろうかと考えるのである。
○焉得 希望をいう。
○思 懐思、愁思、所思、相思、沈思、旅思、など文学上の藻思をいう。五古杜甫『遣懐』「昔我遊宋中、惟梁孝王都。・・・・両公壮藻思、得我色敷腴。」(両公  藻思(そうし)壮(さか)んなり、我を得て  色(いろ)敷腴(ふゆ)たり。)ほかに、思家(詩人)ということでも理解できる。ここでは陶淵明と謝靈運(謝朓、謝惠連もいるが陶淵明に対しては謝靈運である。)
○陶謝 儒者で隠遁者の陶淵明、仏教徒で山水詩人、隠遁者の謝霊運。
○渠 俗語である。
○述作 文辞をつくること。

杜甫草堂詳細図02

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春水生 二絶 其二

2013年3月5日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
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詩人杜甫5x5春水生 二絶其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 10)  杜甫 <415>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2020 杜甫詩1000-415-598/1500

詩 題:春水生 二絶其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 10) 
作時761年2月杜甫50歳
掲 載; 杜甫1000首の415首目-#4 - 10杜甫ブログ1500回予定の-598回目  



其一 
二月六夜春水生,門前小灘渾欲平。
鸕鸂鸂鶒莫漫喜。吾與汝曹俱眼明。

(杜甫の家の南西に家の門がある川沿いの道があり、濯錦江=浣花渓の流れがすぐにある。そこには医師のベンチがある。杜甫はそこに座って川面を眺めているのである。心がゆったりする詩である。)
二月になって六夜も続いて春の雪解け水が生じ、水嵩をあげている。我家の前の水嵩も上がって中州が小さくなっていて全部が水で覆われて川の流れになろうとしている。
鵜飼の鵜鳥や兄弟鳥のおしどりたち、お前たちだけが勝手に喜ぶものではない。私もお前たちとともに春を迎えた仲間ではないか、共にその目を明るい方に向けていこうではないか。

春水生 二絶 其二 
(其二は成都の市場に行ったか、あるいは、この出水を見て想像したものか当時の生活の光景が見えるような詩である。)
一夜水高二尺強,數日不可更禁當。
一夜にして水嵩が二尺以上も上がっている。この様子ではこれから数日の間川での作業は何にもできないだろう
南市津頭有船賣,無錢即買系籬旁。

成都城の南の市場にある船着き場のほとりに商品を並べて売っている船がある。この大水で動けないからであろう、稼ぎがないようだ。というのもたくさんのぶら下げた籠だけが寄り添っておかれている。もう売るものがないのだ。


其の一 
二月の六夜 春水生じ,門前の小灘【しょうたん】渾て平ならんと欲す。
鸕鸂【ろじ】鸂鶒【けいせき】漫【みだり】に喜ぶこと莫れ。吾と汝と曹【むれ】となしは俱に眼明せん。

其二 
一夜にして水高くは二尺強,數日にして更に禁當する可からず。
南市 津の頭り 船賣有り,無錢 即ち系籬の旁に買う。


nat0005


『春水生 二絕』 現代語訳と訳註
(本文) 其二 
一夜水高二尺強,數日不可更禁當。
南市津頭有船賣,無錢即買系籬旁。


(下し文)
其二 
一夜にして水高くは二尺強,數日にして更に禁當する可からず。
南市 津の頭り 船賣有り,無錢 即ち系籬の旁に買う。


(現代語訳)
(其二は成都の市場に行ったか、あるいは、この出水を見て想像したものか当時の生活の光景が見えるような詩である。)
一夜にして水嵩が二尺以上も上がっている。この様子ではこれから数日の間川での作業は何にもできないだろう
成都城の南の市場にある船着き場のほとりに商品を並べて売っている船がある。この大水で動けないからであろう、稼ぎがないようだ。というのもたくさんのぶら下げた籠だけが寄り添っておかれている。もう売るものがないのだ。

水檻遣心二首00
(訳注)
其二
 
杜甫の家の南西に家の門がある川沿いの道があり、濯錦江=浣花渓の流れがすぐにある。そこには医師のベンチがある。杜甫はそこに座って川面を眺めているのである。心がゆったりする詩である。其二は成都の市場に行ったか、あるいは、この出水を見て想像したものか当時の生活の光景が見えるような詩である。


一夜水高二尺強,數日不可更禁當
一夜にして水嵩が二尺以上も上がっている。この様子ではこれから数日の間川での作業は何にもできないだろう。
・不可更禁當 きょうも何もできなかったそれがさらにどんな作業にも携われないという意味。


南市津頭有船賣,無錢即買系籬旁。
成都城の南の市場にある船着き場のほとりに商品を並べて売っている船がある。この大水で動けないからであろう、稼ぎがないようだ。というのもたくさんのぶら下げた籠だけが寄り添っておかれている。もう売るものがないのだ。
南市 成都の南の船着き場は「万里橋」である。ここは三国時代、劉備がここから、呉の孫権征伐に出発したところだ。
杜甫草堂詳細図02

春水生 二絶其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 9)  杜甫 <414>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2015 杜甫詩1000-414-597/1500

春水生 二絶其一

2013年3月4日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩鬥鷄 曹植 魏詩<51-#2>楽府 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2013
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原性 韓愈(韓退之) <116-8>Ⅱ中唐詩606 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2014
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集春水生 二絶其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 9)  杜甫 <414>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2015 杜甫詩1000-414-597/1500
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。


李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 




春水生 二絶其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 9)  杜甫 <414>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2015 杜甫詩1000-414-597/1500

詩 題:春水生 二絶其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 9)

作時761年3月杜甫50歳
掲 載; 杜甫1000首の414首目-#4 – 9
杜甫ブログ1500回予定の-597回目    
余ほど暇で、日がな一日、川の流れを見ているのだろう。春の出水のことをのべた詩である。


春水生 二絶其一 
二月六夜春水生,門前小灘渾欲平。
鸕鸂鸂鶒莫漫喜。吾與汝曹俱眼明。

二月になって六夜も続いて春の雪解け水が生じ、水嵩をあげている。我家の前の水嵩も上がって中州が小さくなっていて全部が水で覆われて川の流れになろうとしている。
鵜飼の鵜鳥や兄弟鳥のおしどりたち、お前たちだけが勝手に喜ぶものではない。私もお前たちとともに春を迎えた仲間ではないか、共にその目を明るい方に向けて以降ではないか。

其二 
一夜水高二尺強,數日不可更禁當。
南市津頭有船賣,無錢即買系籬旁。


其の一 
二月の六夜 春水生じ,門前の小灘【しょうたん】渾て平ならんと欲す。
鸕鸂【ろじ】鸂鶒【けいせき】漫【みだり】に喜ぶこと莫れ。吾と汝と曹【むれ】となしは俱に眼明せん。

其二 
一夜にして水高くは二尺強,數日にして更に禁當する可からず。
南市 津の頭り 船賣有り,無錢 即ち系籬の旁に買う。



ゆりかもめ000










『春水生 二絕』 現代語訳と訳註
(本文)
其一 
二月六夜春水生,門前小灘渾欲平。
鸕鸂鸂鶒莫漫喜。吾與汝曹俱眼明。


(下し文) 其の一 
二月の六夜 春水生じ,門前の小灘【しょうたん】渾て平ならんと欲す。
鸕鸂【ろじ】鸂鶒【けいせき】漫【みだり】に喜ぶこと莫れ。吾と汝と曹【むれ】となしは俱に眼明せん。


(現代語訳)
二月になって六夜も続いて春の雪解け水が生じ、水嵩をあげている。我家の前の水嵩も上がって中州が小さくなっていて全部が水で覆われて川の流れになろうとしている。
鵜飼の鵜鳥や兄弟鳥のおしどりたち、お前たちだけが勝手に喜ぶものではない。私もお前たちとともに春を迎えた仲間ではないか、共にその目を明るい方に向けて以降ではないか。

ogawa09
(訳注)其一 
杜甫の家の南西に家の門がある川沿いの道があり、濯錦江=浣花渓の流れがすぐにある。そこには医師のベンチがある。杜甫はそこに座って川面を眺めているのである。心がゆったりする詩である。


二月六夜春水生,門前小灘渾欲平。
二月になって六夜も続いて春の雪解け水が生じ、水嵩をあげている。我家の前の水嵩も上がって中州が小さくなっていて全部が水で覆われて川の流れになろうとしている。
・春水生 冬の間に力をため込んでいたものを春になって万物が、育ち成長する。山に溜めこんだ冬の力が流れ出ることで、希望に向かう意味で杜甫はよく使う。同じ時期に『遣意二首 其一』「囀枝黃鳥近,泛渚白鷗輕。一徑野花落,孤村春水生。衰年催釀黍,細雨更移橙。漸喜交遊絕,幽居不用名。」(其の一 枝に囀【さえず】りて 黄鳥【こうちょう】近く、渚に泛かびて 白鴎【はくおう】軽し。一徑【いっけい】野花【やか】落ち、孤村【こそん】春水【しゅんすい】生ず。衰年【すいねん】黍【しょ】を醸【かも】すを催【うなが】す、 細雨【さいう】更に橙【とう】を移す。漸【ようや】く喜ぶ 交遊【こうゆう】の絶ゆるを、 幽居 名を用いず。)
遣意二首其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 4)  杜甫 <409> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1990 杜甫詩1000-409-592/1500
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舍南舍北皆春水、但見群鷗日日來。
客至 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 3)  杜甫 <408> 七言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1985 杜甫詩1000-408-591/1500
・小灘 流れが速く孤立した中州。
・渾欲平 渾欲:すべて、まとめて~する。平
杜甫『春望』「渾欲不勝簪」

春望  杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 155


鸕鸂鸂鶒莫漫喜。吾與汝曹俱眼明。
鵜飼の鵜鳥や兄弟鳥のおしどりたち、お前たちだけが勝手に喜ぶものではない。私もお前たちとともに春を迎えた仲間ではないか、共にその目を明るい方に向けて以降ではないか。
・鸕鸂 う。鵜飼のこと。鴨ににて黒くのどが白い。水をくぐって魚をとらえるのが巧みである。魚玄機『江行 二首 其二』「煙花已入鸕鶿港,畫舸猶沿鸚鵡洲。醉臥醒吟都不覺,今朝驚在漢江頭。」
・鸂鶒 【けいせき】おしどり。兄弟の喩えにされる鳥。杜甫はよく使う。鸂鶒【けいせき】紫おしどり。謝霊運『鸂鶒賦』「覧水禽之萬族、信莫麗干鸂鶒。」(水禽之萬族を覧るに、信に干鸂鶒麗しきは莫し。)
『卜居』
浣花溪水水西頭,主人為卜林塘幽。
已知出郭少塵事,更有澄江銷客愁。
無數蜻蜓齊上下,一雙鸂鶒對沈浮。
東行萬裡堪乘興,須向山陰上小舟。
浣花渓水 水の西頭、主人為に卜【ぼく】す林塘【りんとう】の幽なるを。
已に知る 郭を出でて塵事【じんじ】の少【まれ】なるを、更に澄江【ちょうこう】の客愁を銷【しょう】する有り。
無数の蜻蜓【せいてい】 斉【ひと】しく上下し、一双の鸂鶒【けいせき】 対して沈浮【ちんぷ】す。
東行万里  興に乗ずるに堪えたり、須【すべから】く山陰に向かって小舟に入るべし。

成都(1)浣花渓の草堂(2) 卜居 杜甫 <355  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1727 杜甫詩 700- 531

曲江陪鄭八丈南史飲
雀啄江頭黃柳花,鳼鶄鸂鶒滿晴沙
自知白發非春事,且盡芳尊戀物華。
近侍即今難浪跡,此身那得更無家?
丈人才力猶強健,豈傍青門學種瓜?

曲江陪鄭八丈南史 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 248

haqro04

春夜喜雨 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 8)  杜甫 <413>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2010 杜甫詩1000-413-596/1500

春夜喜雨 杜甫 成都(4部)

2013年3月3日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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詩人杜甫5x5

春夜喜雨 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 8)  杜甫 <413>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2010 杜甫詩1000-413-596/1500


詩 題:春夜喜雨 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 8) 
作時761年3月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の413首目-#4 – 8
杜甫ブログ1500回予定の-596回目  
春夜喜雨(春夜雨を喜ぶ)
春の夜、雨のふったことをよろこんで作る。上元元年春の作であろう。
上元2年 761年 50歳


春夜喜雨
(春の夜に、ほどよい時期に降る雨を喜ぶ。)
好雨知時節,當春乃發生。
よい雨はふるべき時節をよく心得ている。春になったかと思うとさっそくふりだし、これで万物が育成し始めるのである。
隨風潛入夜,潤物細無聲。
雨は風につれられて音をもたてずに夜までふりつづいてくれる、さまざまの物を潤わせてくれて、こまかな春雨は音もしない。
野徑雲倶黑,江船火獨明。
雨の色は野の小道に雲がたちこめるのをともない黒ずんでみえる。錦江か岷江にういている船のあたりは、その焚き火か、漁火だけがあかるくみえる。
曉看紅濕處,花重錦官城。
暁に夜が明けてみてみると.紅の色のあめにぬれているあたりであったのだ、たまった雨で花は首を垂れている、錦官城には花が咲き乱れているだろう。 

春夜 雨を喜ぶ      
好雨  時節を知り,春に當たりて 乃ち發生す。
風に隨ひて潛かに夜に入り,物を潤して細にして聲なし。
野徑 雲 倶【とも】に黑く,江船 火 獨り明らかなり。
曉に紅の濕う處を看れば,花は重おもからん錦官城。

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『 春夜喜雨』 現代語訳と訳註
(本文)

好雨知時節,當春乃發生。
隨風潛入夜,潤物細無聲。
野徑雲倶黑,江船火獨明。
曉看紅濕處,花重錦官城。


(下し文)
春夜 雨を喜ぶ      
好雨  時節を知り,春に當たりて 乃ち發生す。
風に隨ひて潛かに夜に入り,物を潤して細にして聲なし。
野徑 雲 倶【とも】に黑く,江船 火 獨り明らかなり。
曉に紅の濕う處を看れば,花は重おもからん錦官城。


(現代語訳)
(春の夜に、ほどよい時期に降る雨を喜ぶ。)
よい雨はふるべき時節をよく心得ている。春になったかと思うとさっそくふりだし、これで万物が育成し始めるのである。
雨は風につれられて音をもたてずに夜までふりつづいてくれる、さまざまの物を潤わせてくれて、こまかな春雨は音もしない。
雨の色は野の小道に雲がたちこめるのをともない黒ずんでみえる。錦江か岷江にういている船のあたりは、その焚き火か、漁火だけがあかるくみえる。
暁に夜が明けてみてみると.紅の色のあめにぬれているあたりであったのだ、たまった雨で花は首を垂れている、錦官城には花が咲き乱れているだろう。


(訳注)
春夜喜雨

(春の夜に、ほどよい時期に降る雨を喜ぶ。)
 ・喜雨 ほどよいときに降る雨。

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成都(2)浣花渓の草堂(2 -2) 梅雨 杜甫 <365  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1767 杜甫詩 700- 541


好雨知時節,當春乃發生。
よい雨はふるべき時節をよく心得ている。春になったかと思うとさっそくふりだし、これで万物が育成し始めるのである。
○知時節 春になったことを知って降る。・時節:季節の寒暖などの状態やそれに応じたきまり。移り変わってゆく天候や風景などによって感じられるその折々の季節。時候。時期。また、時に応じて節度があること。また我が国では「時世」の意にも使う。なお、時節を「時」と「節」に分ければ「四時」(しいじ)と「(二十四)節気」だが、ここでは、作者は単に前者・第一の意の「時候、時期」の意で使う。
○當春 春になる。春の時期にちょうどあたる。別段、こういう単語はない。 ・發生 春に万物が生じること。


隨風潛入夜,潤物細無聲。
雨は風につれられて音をもたてずに夜までふりつづいてくれる、さまざまの物を潤わせてくれて、こまかな春雨は音もしない。
○隨風 風まかせ。・ 音をたてぬこと。・入夜 夜になる。夜のとばりがおりる。


野徑雲倶黑,江船火獨明。
雨の色は野の小道に雲がたちこめるのをともない黒ずんでみえる。錦江にういている船のあたりは、その焚き火か、漁火だけがあかるくみえる。
○野徑 原の小道。同時期の作品に 杜甫『漫成二首其一』「野日荒荒白,春流泯泯清。渚蒲隨地有,村徑逐門成。只作披衣慣,常從漉酒生。眼邊無俗物。多病也身輕。」
○倶 ともに。いずれも。
○雲供黒 雲は黒く雨もまたくろい。闇の夜をいい、下の句の「火」が強調される。
〇江船 長江を上下する船。ここでの江とは長江上流の錦江。
○火 船夫のたく火。漁火。


曉看紅濕處,花重錦官城。
暁に夜が明けてみてみると.紅の色のあめにぬれているあたりであったのだ、たまった雨で花は首を垂れている、錦官城には花が咲き乱れているだろう。
○紅 花のくれない。
○重 雨にぬれるゆえにおもそうにみえる。ここでは咲き乱れていることの表現と解釈している。
○錦官城 成都の城をいう。


この詩は、杜甫がどこで作詩したのか、それによって「江」が、錦江なのか、万里橋の向こうの岷江なのか、成都のどこかに泊まったのか、自宅草堂なのか、花は自宅の花化、成都城の花なのか、という問題であるが、結論としてこの詩は、自宅草堂である。随って自宅近くの花が雨に濡れて頭を下げていることで、成都の街はいま、この恵みの雨によって花が咲き乱れているだろう。この詩の最初からすべての要件が子の最終句の錦官城にかかっている、希望溢れる詩なのである。ただ、五言律詩(【首聯】【頷聯】【頸聯】【尾聯】で構成。)中の【頷聯】【頸聯】において、「風潛入夜」「無聲」「雲倶黑」の語だけ見ると安史軍の不安定な国の様相をおもわせるが闇夜に「火明」となり、錦官城の花がいっぱい出るということで詩を締める。

水檻遣心二首00

 

 

 

漫成二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 7)  杜甫 <412> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2005 杜甫詩1000-412-595/1500

漫成二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 7) 


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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
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http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首  
 
 




漫成二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 7)  杜甫 <412> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2005 杜甫詩1000-412-595/1500


詩 題:漫成二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 7) 
作時761年2月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の412首目-#4 – 7
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漫 成二首(漫成 二首)
そぞろにふとできあがった詩である。上元二年春成都浣花渓の草堂に居ったときの作。
漫成二首 其一 
野日荒荒白,春流泯泯清。
此処の生活は毎日を何事も忘れて過ごして真っ白な状態である。いま雪解けの川の流れは豊かで多く清らかに流れている。
渚蒲隨地有,村徑逐門成。
浣花渓の傍に立つ草ぶきの我が家は川の流れによる地形に合わせて立つ。村への小道は門に続いて出来上がっている。
只作披衣慣,常從漉酒生。
毎日こうして詩文を作り、制服を着ない生活も慣れてきたのだ、そうして、毎日、陶淵明が出来上がった酒を頭巾で漉して呑んだ故事に従って私も酒を呑んでいる。
眼邊無俗物。多病也身輕。

隠遁生活も続いてきて、この草堂、浣花渓の周りには俗世間のものがなくなってきた。ただ、今問題なのは、持病が出ていて、食欲もなく体が細く軽くなってきたことだけだ。


漫成二首 其二 
江皋已仲春,花下複清晨。
濯錦江を蛇行させる陸の平地にのうえにも仲春の息吹が既に広がっている、花をつけた果樹のしたに朝日がすがすがしくてらしている。
仰面貪看鳥,回頭錯應人。
空を仰いで熱心に空とぶ鳥をおいかける。そしたら人からものを問いかけられて振り返えるけど、的外れの答えをしてしまう。
讀書難字過,對酒滿壺頻。
書物を読みかけるとむつかしい字は飛ばして読む。酒にむかうときは壷になみなみあふれるくらいに灌ぎ、頻繁に傾けるのだ。
近識峨眉老,知予懶是真。
近ごろ、峨楯山の老隠士を知りあったのだが、その老人は、わたしの風流な無精さをとりあげ、これこそがもちまえの良さなのだということを知ってくれるのである。

漫成二首 其の一
野の日びは 荒荒として白く,春の流れは 泯泯として清し。
渚の蒲 地に隨って有り,村の徑 門に逐って成る。
只 作るは 衣を披き慣れる,常に從うは酒生ずるを漉【こ】す。
邊を眼るに俗物は無し。病多くして身輕と也。

漫成二首 其の二
江皐【こうこう】己に仲春なりて、花下 復た清晨なり。
仰面 鳥を看るを貪【むさぼ】り、回頭 錯【あやま】って人に応ず。
書を読むに難字過ごし、酒に対して満壷【まんこ】頻【しき】りなり。
近ごろ峨帽の老を識るが、余が懶は 是れ真なるを知る。


『漫成二首 其二』 現代語訳と訳註
(本文)
其二 
江皋已仲春,花下複清晨。
仰面貪看鳥,回頭錯應人。
讀書難字過,對酒滿壺頻。
近識峨眉老,知予懶是真。


(下し文)
其の二
江皐【こうこう】己に仲春なりて、花下 復た清晨なり。
仰面 鳥を看るを貪【むさぼ】り、回頭 錯【あやま】って人に応ず。
書を読むに難字過ごし、酒に対して満壷【まんこ】頻【しき】りなり。
近ごろ峨帽の老を識るが、余が懶は 是れ真なるを知る。


(現代語訳)
濯錦江を蛇行させる陸の平地にのうえにも仲春の息吹が既に広がっている、花をつけた果樹のしたに朝日がすがすがしくてらしている。
空を仰いで熱心に空とぶ鳥をおいかける。そしたら人からものを問いかけられて振り返えるけど、的外れの答えをしてしまう。
書物を読みかけるとむつかしい字は飛ばして読む。酒にむかうときは壷になみなみあふれるくらいに灌ぎ、頻繁に傾けるのだ。
近ごろ、峨楯山の老隠士を知りあったのだが、その老人は、わたしの風流な無精さをとりあげ、これこそがもちまえの良さなのだということを知ってくれるのである。


(訳注)
漫成 二首 其二  
そぞろにふとできあがった詩である。上元二年春成都浣花渓の草堂に居ったときの作。
自分の近況を何気ない生活を誰かに知らせるために作る。

浣花峡556

江皋已仲春,花下複清晨。
濯錦江を蛇行させる陸の平地にのうえにも仲春の息吹が既に広がっている、花をつけた果樹のしたに朝日がすがすがしくてらしている。
○江皐 草堂の前を流れる濯錦江は蛇行している。その陸地のあたりをいう。水辺の平らな地。〈類義語〉沢。 {名}きし。沼・さわのきし辺。「平皐ヘイコウ」 {動・感} ああ。声をゆるやかに長く引いて魂を呼ぶ。また、そのときの声。
○仲春 二月。三春:早春・仲春・晩春、に一月、二月、三月
〇清晨 はれたあさげ。



仰面貪看鳥,回頭錯應人。
空を仰いで熱心に空とぶ鳥をおいかける。そしたら人からものを問いかけられて振り返えるけど、的外れの答えをしてしまう。
○仰面 空を仰いで、うえをむく。
○貪 熱中することで、うわのそら。
○回頭 ふりむく。
○錯 まちがう。的外れの答。
○応 返答する、挨拶する。


讀書難字過,對酒滿壺頻。
書物を読みかけるとむつかしい字は飛ばして読む。酒にむかうときは壷になみなみあふれるくらいに灌ぎ、頻繁に傾けるのだ。
○難字過 難解の字にあえばそれをやりすごす、あまりに詮索せぬこと、異説は嘗取らぬ。
○頻 傾けることのしきりなことをいう。


近識峨眉老,知予懶是真。
近ごろ、峨楯山の老隠士を知りあったのだが、その老人は、わたしの風流な無精さをとりあげ、これこそがもちまえの良さなのだということを知ってくれるのである。
○近識 近来出会い面識する。
○蛾眉老 原注に「東山ノ隠者ナリ」とある、峨眉山に隠れている老人。峨眉山には道教の本部があり、ここには相当の隠者がいる。
○知 老人が知ること。
○懶是真 ぶしょうがもちまえ。古来、隠遁者の基本。



ogawa010




漫成二首 其一 
野日荒荒白,春流泯泯清。
渚蒲隨地有,村徑逐門成。
只作披衣慣,常從漉酒生。
眼邊無俗物。多病也身輕。

此処の生活は毎日を何事も忘れて過ごす。
真っ白な毎日である。
いま雪解けの川の流れは豊かで多く清らかに流れている。


浣花渓の傍に立つ草ぶきの我が家は川の流れによる地形に合わせて立つ。
村への小道は門に続いている。


毎日こうして詩文を作っている。
制服を着ない生活も慣れてきたのだ。

そうして、毎日、陶淵明がしたように、
出来上がった酒を頭巾で漉して酒を呑んでいる。


隠遁生活も続いてなれてきて、
この草堂、浣花渓の周りには俗世間のものがなくなってきた。
ただ、今問題なのは、持病が出ていて、食欲もなく体が細く軽くなってきたことだけだ。


寒梅002













漫成二首 其二 
江皋已仲春,花下複清晨。
仰面貪看鳥,回頭錯應人。
讀書難字過,對酒滿壺頻。
近識峨眉老,知予懶是真。

濯錦江を蛇行させる陸の平地にのうえにも仲春の息吹が既に広がっている、
花をつけた果樹のしたに朝日がすがすがしくてらしている。


空を仰いで熱心に空とぶ鳥をおいかける。
そしたら人からものを問いかけられて振り返えるけど、的外れの答えをしてしまう。


書物を読みかけるとむつかしい字は飛ばして読む。
酒にむかうときは壷になみなみあふれるくらいに灌ぎ、頻繁に傾ける。


近ごろ、峨楯山の老隠士を知りあった。
その老人は、わたしの風流な無精さをとりあげる。
これこそがもちまえの良さなのだということを知ってくれるのである。


漫成二首其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 6)  杜甫 <411> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2000 杜甫詩1000-411-594/1500

漫成二首


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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首  
 
 



漫成二首其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 6)  杜甫 <411> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2000 杜甫詩1000-411-594/1500

詩 題:漫成二首其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 6)
作時761年2月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の411首目-#4 – 6
杜甫ブログ1500回予定の-594回目  


漫 成二首(漫成 二首)
そぞろにふとできあがった詩である。上元二年春成都浣花渓の草堂に居ったときの作。

漫成 二首其一 
野日荒荒白,春流泯泯清。
此処の生活は毎日が何事も忘れて過ごし真っ白な状態である。いま雪解けの川の流れは豊かで多く清らかに流れている。
渚蒲隨地有,村徑逐門成。
浣花渓の傍に立つ草ぶきの我が家は川の流れによる地形に合わせて立つ。村への小道は門に続いて出来上がっている。
只作披衣慣,常從漉酒生。
毎日こうして詩文を作り、制服を着ない生活も慣れてきたのだ、そうして、毎日、陶淵明が出来上がった酒を頭巾で漉して呑んだ故事に従って私も酒を呑んでいる。
眼邊無俗物。多病也身輕。

隠遁生活も続いてきて、この草堂、浣花渓の周りには俗世間のものがなくなってきた。ただ、今問題なのは、持病が出ていて、食欲もなく体が細く軽くなってきたことだけだ。
其の二 
江皋已仲春,花下複清晨。
仰面貪看鳥,回頭錯應人。
讀書難字過,對酒滿壺頻。
近識峨眉老,知予懶是真。

其の一
野の日びは 荒荒として白く,春の流れは 泯泯として清し。
渚の蒲 地に隨って有り,村の徑 門に逐って成る。
只 作るは 衣を披き慣れる,常に從うは酒生ずるを漉【こ】す。
邊を眼るに俗物は無し。病多くして身輕と也。
其の二
江皐【こうこう】己に仲春なりて、花下 復た清晨なり。
仰面 鳥を看るを貪【むさぼ】り、回頭 錯【あやま】って人に応ず。
書を読むに難字過ごし、酒に対して満壷【まんこ】頻【しき】りなり。
近ごろ峨帽の老を識るが、余が懶は 是れ真なるを知る。


草堂002
















『漫成 二首』 現代語訳と訳註
(本文) 其一
 
野日荒荒白,春流泯泯清。
渚蒲隨地有,村徑逐門成。
只作披衣慣,常從漉酒生。
眼邊無俗物。多病也身輕。


(下し文) 其の一
野の日びは 荒荒として白く,春の流れは 泯泯として清し。
渚の蒲 地に隨って有り,村の徑 門に逐って成る。
只 作るは 衣を披き慣れる,常に從うは酒生ずるを漉【こ】す。
邊を眼るに俗物は無し。病多くして身輕と也。


(現代語訳)
此処の生活は毎日が何事も忘れて過ごし真っ白な状態である。いま雪解けの川の流れは豊かで多く清らかに流れている。
浣花渓の傍に立つ草ぶきの我が家は川の流れによる地形に合わせて立つ。村への小道は門に続いて出来上がっている。
毎日こうして詩文を作り、制服を着ない生活も慣れてきたのだ、そうして、毎日、陶淵明が出来上がった酒を頭巾で漉して呑んだ故事に従って私も酒を呑んでいる。
隠遁生活も続いてきて、この草堂、浣花渓の周りには俗世間のものがなくなってきた。ただ、今問題なのは、持病が出ていて、食欲もなく体が細く軽くなってきたことだけだ。


(訳注)
漫成 二首 其一
 
そぞろにふとできあがった詩である。上元二年春成都浣花渓の草堂に居ったときの作。
自分の近況を何気ない生活を誰かに知らせるために作る。


野日荒荒白,春流泯泯清。
此処の生活は毎日が何事も忘れて過ごし真っ白な状態である。いま雪解けの川の流れは豊かで多く清らかに流れている。
・荒荒 気の抜けた状態、何事も忘れるさま。遠いところまでぼんやりしているさま。
・泯泯 愚かで道理にうといこと。滅びるさま。豊かで多いさま。水の清らかに流れるさま。


渚蒲隨地有,村徑逐門成。
浣花渓の傍に立つ草ぶきの我が家は川の流れによる地形に合わせて立つ。村への小道は門に続いて出来上がっている。
・渚蒲 渚の湿地帯に生える蒲。蒲は草ぶきの家を云う。ここでは濯錦江、浣花渓の傍に立つ草ぶきの我が家というところであろう。*家は南北に向くが、川形に門を作ったので真南になっていないことを云う。


只作披衣慣,常從漉酒生。
毎日こうして詩文を作り、制服を着ない生活も慣れてきたのだ、そうして、毎日、陶淵明が出来上がった酒を頭巾で漉して呑んだ故事に従って私も酒を呑んでいる。
・漉酒 東晋の陶淵明は酒をこよなく愛して醸した酒を頭巾で漉して呑んだという故事に基づく。


眼邊無俗物。多病也身輕。
隠遁生活も続いてきて、この草堂、浣花渓の周りには俗世間のものがなくなってきた。ただ、今問題なのは、持病が出ていて、食欲もなく体が細く軽くなってきたことだけだ。
平巾幘(さく)服

遣意二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 5)  杜甫 <410> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1995 杜甫詩1000-410-593/1500

遣意二首其二 杜甫 成都(4部)

2013年2月28日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原性 韓愈(韓退之) <116-4>Ⅱ中唐詩602 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1994
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集遣意二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 5)  杜甫 <410> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1995 杜甫詩1000-410-593/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集夜歸鹿門山歌 孟浩然 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 1996 (02/28)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性愁思 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-90-26-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1997
 
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。
李商隠詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首   
 

遣意二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 5)  杜甫 <410> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1995 杜甫詩1000-410-593/1500

詩 題:遣意二首其二 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 5) 
作時761年1月杜甫50歳
掲 載; 杜甫1000首の410首目-#4 – 5
杜甫ブログ1500回予定の-593回目  
意を遣る。(世話になった人、家族に草堂の春夜をのべること。近況を知らせる)



遣意二首 其一
(世話になった人、家族に草堂での日常生活をのべること。近況を知らせる)
囀枝黃鳥近,泛渚白鷗輕。
春を愉しんで小枝に止まり囀っているのは黃鳥のうぐいすで近く枝にくる、渚に淀かんでいるのは白鳥のかもめであり、軽やかにすすむ。
一徑野花落,孤村春水生。
一すじの小道がつづく、自然にさいた花が咲き、そして落ちちっている、隣家が近くになくポツンとある村には春の雪解けの水がふえてきている。
衰年催釀黍,細雨更移橙。
わたしは老年なりかけ、そのうえ長旅で体力の衰えているが、せっせと黍で酒をつくっている、そして春雨の小ぬか雨に橙の木など移植時なので、更に作業をする。
漸喜交遊絕,幽居不用名。
ここにきて数か月、こんなことをして暮らしていると、友だちとの交際がなくなるのをだんだんうれしくおもうようになっている。この隠棲のわび住いに他の人から名声を得ることなどはいらなくて、一人静かに暮らしている。


遣意二首 其二 
簷影微微落,津流脈脈斜。
日がくれかかるので軒端の影がわずかにすこしずつ地上に落ちてくる。渡し場の水の流れはよく流れる一脈と一脈は斜めに流れている。
野船明細火,宿鷺聚圓沙。
遙か江に、景色に溶け込む船には小さい火があかるく燈っており、とまっている鷺は円形の沙はらに起ったままでいる。
雲掩初弦月,香傳小樹花。
せっかく上弦の月が出たのにすぐに雲におおわれはじめている。そんな暗い夜なのに香がつたわってくる。ちいさい樹に花がさいているのだ。
鄰人有美酒,稚子也能賒。
となりの人はうまい酒をもっている。こんな夜は子供に隣に行って掛買してきてもらうのだ。
(意を遣る。)
簷影【えいえい】徴徴【びび】として落ち、津流【しんりゅう】脈脈【みゃくみゃく】として斜めなり。
野船【やせん】細火【さいか】明らかに、宿鷺【しゅくろ】円沙【えんさ】に起つ。
雲は掩う初弦【しょげん】の月、香は伝わる小樹【しょうじゅ】の花。
隣人【りんじん】美酒有り、稚子【ちし】夜能く賒【おぎの】る。


ogawa010

現代語訳と訳註
(本文)
遣意二首 其二 
簷影微微落,津流脈脈斜。
野船明細火,宿鷺起圓沙。
雲掩初弦月,香傳小樹花。
鄰人有美酒,稚子也能賒。


(下し文)
簷影【えいえい】徴徴【びび】として落ち、津流【しんりゅう】脈脈【みゃくみゃく】として斜めなり。
野船【やせん】細火【さいか】明らかに、宿鷺【しゅくろ】円沙【えんさ】に起つ。
雲は掩う初弦【しょげん】の月、香は伝わる小樹【しょうじゅ】の花。
隣人【りんじん】美酒有り、稚子【ちし】夜能く賒【おぎの】る。


(現代語訳)
日がくれかかるので軒端の影がわずかにすこしずつ地上に落ちてくる。渡し場の水の流れはよく流れる一脈と一脈は斜めに流れている。
遙か江に、景色に溶け込む船には小さい火があかるく燈っており、とまっている鷺は円形の沙はらに起ったままでいる。
せっかく上弦の月が出たのにすぐに雲におおわれはじめている。そんな暗い夜なのに香がつたわってくる。ちいさい樹に花がさいているのだ。
となりの人はうまい酒をもっている。こんな夜は子供に隣に行って掛買してきてもらうのだ。

上弦の月
























(訳注) 遣意二首 其二 
簷影微微落,津流脈脈斜。

日がくれかかるので軒端の影がわずかにすこしずつ地上に落ちてくる。渡し場の水の流れはよく流れる一脈と一脈は斜めに流れている。
○微微 薄く、少しづつ、中途半端な様子。
『宣政殿退朝晚出左掖(掖門在兩旁如人之臂掖)』 杜甫
 天門日射黄金榜,春殿晴曛赤羽旗。
 宮草微微承委佩,鑪煙細細駐游絲。
 雲近蓬萊常好色,雪殘鳷鵲亦多時。
 侍臣緩步歸青瑣,退食從容出每遲。
○落 地上によこたわることをいう。
○津流 浣花の渓流をさ、淵のようなところを船着き場にする。
○脈脈 よく流れる一すじと水深の浅い斜めに流れる一すじの流れがある。


野船明細火,宿鷺起圓沙。
遙か江に、景色に溶け込む船には小さい火があかるく燈っており、とまっている鷺は円形の沙はらに起ったままでいる。
○野船 遙か江に泛ぶ景色に溶け込む船。
○細火 小火。漁火。
○起 起立していること。聚に作るもある。
〇円沙 まるい砂はら。


雲掩初弦月,香傳小樹花。
せっかく上弦の月が出たのにすぐに雲におおわれはじめている。そんな暗い夜なのに香がつたわってくる。ちいさい樹に花がさいているのだ。
○初弦 新月と満月の中間の月を上弦、陰暦で、7日頃の月を云う。弓形の月。上弦。下弦の月23日頃。


鄰人有美酒,稚子也能賒。
となりの人はうまい酒をもっている。こんな夜は子供に隣に行って掛買してきてもらうのだ。
○賒 かけで買う。


遣意二首 其二 
簷影微微落,津流脈脈斜。
野船明細火,宿鷺起圓沙。
雲掩初弦月,香傳小樹花。
鄰人有美酒,稚子也能賒。
(意を遣る 二首)
簷影【えいえい】徴徴【びび】として落ち、津流【しんりゅう】脈脈【みゃくみゃく】として斜めなり。
野船【やせん】細火【さいか】明らかに、宿鷺【しゅくろ】円沙【えんさ】に起つ。
雲は掩う初弦【しょげん】の月、香は伝わる小樹【しょうじゅ】の花。
隣人【りんじん】美酒有り、稚子【ちし】夜能く賒【おぎの】る。


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遣意二首其一 杜甫 成都(4部)

2013年2月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩泰山梁父行 曹植 魏詩・楽府<49>古詩源 巻五 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1988
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩原性 韓愈(韓退之) <116-3>Ⅱ中唐詩601 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ1989
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集遣意二首其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 4)  杜甫 <409> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1990 杜甫詩1000-409-592/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集秋登蘭山寄張五 孟浩然 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 1991 (02/27)
●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性遊崇真觀南樓,睹新及第題名處 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-89-25-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1992
 
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詩 題:遣意二首其一 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 4)
作時761年2月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の409首目-#4 – 4
杜甫ブログ1500回予定の-592回目  
意を遣る。(世話になった人、家族に草堂での日常生活をのべること。近況を知らせる)。杜甫は後、菱州に行ってこの浣花渓の事を懐かしんでいるが、この場所を花でいっぱいにしたいからということで「濯錦江」を「浣花渓」と名付けたのだ。
さて、この詩では春の盛り、詩に色を意識させ8~9色使っている。あなたの読解力・連想力をたしかめられます。答えはページの後半。


遣意二首 其一
(世話になった人、家族に草堂での日常生活をのべること。近況を知らせる)
囀枝黃鳥近,泛渚白鷗輕。
春を愉しんで小枝に止まり囀っているのは黃鳥のうぐいすで近く枝にくる、渚に淀かんでいるのは白鳥のかもめであり、軽やかにすすむ。
一徑野花落,孤村春水生。
一すじの小道がつづく、自然にさいた花が咲き、そして落ちちっている、隣家が近くになくポツンとある村には春の雪解けの水がふえてきている。
衰年催釀黍,細雨更移橙。
わたしは老年なりかけ、そのうえ長旅で体力の衰えているが、せっせと黍で酒をつくっている、そして春雨の小ぬか雨に橙の木など移植時なので、更に作業をする。
漸喜交遊絕,幽居不用名。

ここにきて数か月、こんなことをして暮らしていると、友だちとの交際がなくなるのをだんだんうれしくおもうようになっている。この隠棲のわび住いに他の人から名声を得ることなどはいらなくて、一人静かに暮らしている。

DCF00055

其の一
枝に囀【さえず】りて 黄鳥【こうちょう】近く、渚に泛かびて 白鴎【はくおう】軽し。
一徑【いっけい】野花【やか】落ち、孤村【こそん】春水【しゅんすい】生ず。
衰年【すいねん】黍【しょ】を醸【かも】すを催【うなが】す、 細雨【さいう】更に橙【とう】を移す。
漸【ようや】く喜ぶ 交遊【こうゆう】の絶ゆるを、 幽居 名を用いず。




現代語訳と訳註
(本文)
其一
囀枝黃鳥近,泛渚白鷗輕。
一徑野花落,孤村春水生。
衰年催釀黍,細雨更移橙。
漸喜交遊絕,幽居不用名。


(下し文) 其の一
枝に囀【さえず】りて 黄鳥【こうちょう】近く、渚に泛かびて 白鴎【はくおう】軽し。
一徑【いっけい】野花【やか】落ち、孤村【こそん】春水【しゅんすい】生ず。
衰年【すいねん】黍【しょ】を醸【かも】すを催【うなが】す、 細雨【さいう】更に橙【とう】を移す。
漸【ようや】く喜ぶ 交遊【こうゆう】の絶ゆるを、 幽居 名を用いず。


(現代語訳)
(世話になった人、家族に草堂での日常生活をのべること。近況を知らせる)
春を愉しんで小枝に止まり囀っているのは黃鳥のうぐいすで近く枝にくる、渚に淀かんでいるのは白鳥のかもめであり、軽やかにすすむ。
一すじの小道がつづく、自然にさいた花が咲き、そして落ちちっている、隣家が近くになくポツンとある村には春の雪解けの水がふえてきている。
わたしは老年なりかけ、そのうえ長旅で体力の衰えているが、せっせと黍で酒をつくっている、そして春雨の小ぬか雨に橙の木など移植時なので、更に作業をする。
ここにきて数か月、こんなことをして暮らしていると、友だちとの交際がなくなるのをだんだんうれしくおもうようになっている。この隠棲のわび住いに他の人から名声を得ることなどはいらなくて、一人静かに暮らしている。


(訳注) 遣意二首其一
(世話になった人、家族に草堂での日常生活をのべること。近況を知らせる)760年上元元年の春早々、成都の西約6kmの濯錦江(後杜甫が命名:)浣花渓のそばに空地を得て、さしあたり一畝の地をきり開いて、茅ぶきの家(草堂)を設けた。杜甫は詩を作って、多くの人々に樹木の苗を求めた。蕭実には桃の苗百本、韋続には綿竹県の竹を、何邕には三年で大木になるという榿木の苗を、韋班には松の木の苗を、石筍街果園坊の主人徐卿には、すももでも、うめでもいいからといって、果樹の苗を、そして韋班には更に犬邑県産の白い磁碗をたのんでいる。やっとこの地に落ちつけると思った作者の心のはずみが感ぜられる。問題は持病が時折り出ることと、国の東と、北には安史軍の支配下となっていて、義母と異母兄弟の消息が分からないことである。
 草堂は一年前の暮春にはもういちおう出来上がった。それは成都の城郭を背に約6km西に進んだところにある。近くには錦江にかかる万里橋(三国時代、蜀皇帝劉備がここから呉征伐の戦争に出かけた。この橋の近所に諸葛亮を祭る廟がある)の西、浣花渓のほとりにあった。ここからはとおく西北に当たって、雪をいただく西嶺も眺められた。


囀枝黃鳥近,泛渚白鷗輕。
春を愉しんで小枝に止まり囀っているのは黃鳥のうぐいすで近く枝にくる、渚に淀かんでいるのは白鳥のかもめであり、軽やかにすすむ。
○黃鳥 うぐいす。杜甫『曲江對酒』
苑外江頭坐不歸,水精宮殿轉霏微。桃花細逐楊花落,黃鳥時兼白鳥飛。
縱飲久判人共棄,懶朝真與世相違。吏情更覺滄洲遠,老大悲傷未拂衣。
(曲江にて酒に對す)
苑外江頭に坐して帰らず、水精の宮殿 転【うたた】霏微【ひび】たり。桃花【とうか】細【こまや】かに梨花を逐うて落ち、黄鳥【こうちょう】時兼【とも】にして白鳥と飛ぶ。
飲を縦【ほしいまま】にし久しく判して人共に棄つ、朝するに懶【ものうし】く真に世と相違【たご】う。吏情【りじょう】更に覚ゆ滄洲【そうしゅう】の遠きを、老大【ろうだい】徒【いたずらに】に傷む未だ衣を払わざるを。
春景色に誘われ、わたしはこの芙蓉苑の外、曲江の池畔で官舎に帰らないままにすわりこんであたりをながめる、水の妖精が生まれ出て水の宮殿がその光を輝かせ、霧のように飛散する水珠も輝く。
それから桃の花は微細に落ちち、やなぎの花、柳絮の散るあとを追いかけて落ちてまた落ちる、黄色の鳥たちは時を同じにして一斉に白色の鳥たちと飛びたつ。
勝手きままにすきなだけ酒を呑んで長いあいだ自暴自棄になり人も相手をしてくれない、参朝することが億劫になってしまい、世間の人皆から見放されてしまっている、実際自分も世の人とは違背しているのである。
官吏としての今の心持は、これまでよりももっと滄洲の仙境と隔たりができた様な気がするばかりで、こんなに年を取ってからでは衣を払って仙境に向って去って行けないことを傷み悲しむだけなのである。
曲江封酒 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 246


一徑野花落,孤村春水生。
一すじの小道がつづく、自然にさいた花が咲き、そして落ちちっている、隣家が近くになくポツンとある村には春の雪解けの水がふえてきている。
客至   杜甫
舍南舍北皆春水、但見群鷗日日來。
花徑不曾緣客掃、篷門今始為君開。
盤飧市遠無兼味、樽酒家貧只舊醅。
肯與鄰翁相對飲、隔籬呼取盡餘杯。
舎南(しゃなん)舎北(しゃほく)皆 春水(しゅんすい)、但見る群鷗の日日に來るを
花径 曾(かつ)て客に縁って掃(はら)わず、篷門(ほうもん)今始めて君が為に開く
盤飧(ばんそん)市 遠くして兼味(けんみ)無く、樽酒(そんしゅ) 家貧にして只だ旧醅(きゅうばい)あるのみ
肯(あえ)て隣翁と相(あい)対して飲まんや、籬(まがき)を隔てて呼び取りて余杯(よはい)を尽さしめん


衰年催釀黍,細雨更移橙。
わたしは老年なりかけ、そのうえ長旅で体力の衰えているが、せっせと黍で酒をつくっている、そして春雨の小ぬか雨に橙の木など移植時なので、更に作業をする。
○衰年【すいねん】体力の衰える年齢。老年。衰齢。
○催 せきたてること。
○醸黍 きびを用いて酒を醸す。
○移橙 だいだいをうつしかえてうえる。


漸喜交遊絕,幽居不用名。
ここにきて数か月、こんなことをして暮らしていると、友だちとの交際がなくなるのをだんだんうれしくおもうようになっている。この隠棲のわび住いに他の人から名声を得ることなどはいらなくて、一人静かに暮らしている。
○交遊 人との交際。
○名 他人から名声を得ること、名誉。



この詩に「色」は何種類鏤められているか?



  遣意二首 其一
 桃園001
 
囀枝黃鳥近,泛渚白鷗輕。
 一徑野花落,孤村春水生。
 衰年催釀黍,細雨更移橙。
 漸喜交遊絕,幽居不用名。
  
 ヒント
  囀黃鳥近,泛渚白鷗輕。
  一徑落,孤村生。
  衰年催細雨
  漸喜交遊絕,幽居不用名。
 答え
1.囀枝:萌木色、または茶色(15)
2.黃鳥:うぐいす、うぐいす色。黄色。
3.泛渚:水に浮ぶ渚。小さい砂地の中洲。白砂。
4.白鷗:しろいかもめ。白砂の白とは違うはず。
5.野 :野原、草、春の新芽のみどり。
6.花 :色とりどりの花の色だが、杜甫は桃の木を百本以上植えているので、桃色、紅白(13)。
7.春 :五行思想で青。
8.春水:濃い緑。
9.釀 :この詩では作り立てのお酒は濁り酒、白濁。その上澄みは黄金色(14)。
10.黍 :黄色。醸造前の乾燥したもの。実は白。
11.細雨:雨は灰色。
12.橙 :だいだい色。
 評価 ・8色見つければ合格。
 ・6色以下は勉強不足
 ・15色は連想の屁理屈かもしれない。




客至 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 3)  杜甫 <408> 七言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1985 杜甫詩1000-408-591/1500

客至 杜甫 成都(4部)



2013年2月26日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅲ杜甫詩1000詩集客至 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 3)  杜甫 <408> 七言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1985 杜甫詩1000-408-591/1500
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性和新及第悼亡詩二首 其二 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-88-24-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1987
 
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http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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客至 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 3)  杜甫 <408> 七言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1985 杜甫詩1000-408-591/1500

詩 題:客至 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 3) 
作時761年2月杜甫50歳
掲 載; 杜甫1000首の408首目-#4 – 3
杜甫ブログ1500回予定の-591回目 
崔明府(県令)がたずねてくれたことを喜んで作った詩。



客至   杜甫
*〔原注〕喜雀明府相過。
舍南舍北皆春水、但見群鷗日日來。
わが家は南も北もみな春の雪解け水でみずかさがあがっている。しばらくみていると、たくさんのかもめが毎日やってくるのです。
花徑不曾緣客掃、篷門今始為君開。
花が咲きみだれ、散って小道に敷きひろがるが、お客があるからといって風流なので掃除しないのです。きょうはめずらしくよもぎのしげっている門を君のためなればこそ開くこといたします。
盤飧市遠無兼味、樽酒家貧只舊醅。
ここは市場が遠いので皿に盛る御馳走が幾種類もの用意はできないし、家が貧しいから樽の酒もてづくりのふるい濁酒があるだけです。
肯與鄰翁相對飲、隔籬呼取盡餘杯。

それでも、南隣の御爺さんも仲間にして飲むおつもりはありませんか。この垣根越しに御爺さんを呼んで残りの濁酒を飲みほさせることにしましょう。

舎南【しゃなん】舎北【しゃほく】皆 春水【しゅんすい】、但見る群鷗【ぐんおう】の日日 來るを。
花径 曾【かつ】て客に縁って掃【はら】わず、篷門【ほうもん】今始めて君が為に開く。
盤飧【ばんそん】市 遠くして兼味【けんみ】無く、樽酒【そんしゅ】 家貧にして只だ旧醅【きゅうばい】あるのみ。
肯【あえ】)て隣翁【りんおう】と相い対して飲まむや、籬【まがき】を隔てて呼び取りて余杯【よはい】を尽さしめん。

楊柳00005
『客至』 現代語訳と訳註
(本文)

客至   杜甫
*〔原注〕喜雀明府相過。
舍南舍北皆春水、但見群鷗日日來。
花徑不曾緣客掃、篷門今始為君開。
盤飧市遠無兼味、樽酒家貧只舊醅。
肯與鄰翁相對飲、隔籬呼取盡餘杯。


(下し文)
舎南【しゃなん】舎北【しゃほく】皆 春水【しゅんすい】、但見る群鷗【ぐんおう】の日日 來るを。
花径 曾【かつ】て客に縁って掃【はら】わず、篷門【ほうもん】今始めて君が為に開く。
盤飧【ばんそん】市 遠くして兼味【けんみ】無く、樽酒【そんしゅ】 家貧にして只だ旧醅【きゅうばい】あるのみ。
肯【あえ】)て隣翁【りんおう】と相い対して飲まむや、籬【まがき】を隔てて呼び取りて余杯【よはい】を尽さしめん。


(現代語訳)
わが家は南も北もみな春の雪解け水でみずかさがあがっている。しばらくみていると、たくさんのかもめが毎日やってくるのです。
花が咲きみだれ、散って小道に敷きひろがるが、お客があるからといって風流なので掃除しないのです。きょうはめずらしくよもぎのしげっている門を君のためなればこそ開くこといたします。
ここは市場が遠いので皿に盛る御馳走が幾種類もの用意はできないし、家が貧しいから樽の酒もてづくりのふるい濁酒があるだけです。
それでも、南隣の御爺さんも仲間にして飲むおつもりはありませんか。この垣根越しに御爺さんを呼んで残りの濁酒を飲みほさせることにしましょう。

浣花峡556
(訳注)
客至 
  杜甫
*〔原注〕喜雀明府相過。
雀明府県令が家の前を通られたのを喜ぶ。
雀明府某県の県令雀某をいう


舍南舍北皆春水、但見群鷗日日來。
わが家は南も北もみな春の雪解け水でみずかさがあがっている。しばらくみていると、たくさんのかもめが毎日やってくるのです。
○春水 春の雪解け水で錦江の水位が上がっているので、船の通行が容易になったのではないだろうか。
○群鷗 群鷗の飛来は一定の水嵩や渚などの条件がそろわないとない。浣花渓の水深は通常浅いので渇水期には航行が難しかった。


花徑不曾緣客掃、篷門今始為君開。
花が咲きみだれ、散って小道に敷きひろがるが、お客があるからといって風流なので掃除しないのです。きょうはめずらしくよもぎのしげている門を君のためなればこそ開くこといたします。
○花径 花のちりしくこみち。王維『田園楽』孟浩然『春暁』と同じ隠遁者の常套である。孟浩然『春暁』 と王維『田園楽』 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 1941 (02/17)
○蓬門 よもぎのしげている門。普段門を開けることはないので蓬が映えるということ。古の門は浣花渓に面している。柴門や篷門は隠者の住まいの必需品。しかし杜甫は別の詩ではこの門を「柴門」と称している。
野老
野老籬邊江岸迴,柴門不正逐江開。
漁人網集澄潭下,估客船隨返照來。
長路關心悲劍閣,片雲何意傍琴台?
王師未報收東郡,城闕秋生畫角哀。
成都(2部)浣花渓の草堂(2 -10) 野老 杜甫 <373  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1799 杜甫詩 1000- 549
南鄰
錦裡先生烏角巾,園收芋栗未全貧。
慣看賓客兒童喜,得食階除鳥雀馴。
秋水纔深四五尺,野航恰受兩三人。
白沙翠竹江村暮,相送柴門月色新。
南鄰 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -1)  <383  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1859 杜甫詩1000-383-564/1500
江漲
江漲柴門外,兒童報急流。
下牀高數尺,倚杖沒中洲。
細動迎風燕,輕搖逐浪鷗。
漁人縈小楫,容易拔船頭。
成都(2)浣花渓の草堂(2 -9) 江漲 杜甫 <372  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1795 杜甫詩 1000- 548


盤飧市遠無兼味、樽酒家貧只舊醅。
ここは市場が遠いので皿に盛る御馳走が幾種類もの用意はできないし、家が貧しいから樽の酒もてづくりのふるい濁酒があるだけです。
○盤餐大皿の食物。
○兼味いく種類ものごちそう。
○旧酷ふるくからつくりこんだにごりざけ。


肯與鄰翁相對飲、隔籬呼取盡餘杯。
それでも、南隣の御爺さんも仲間にして飲むおつもりはありませんか。この垣根越しに御爺さんを呼んで残りの濁酒を飲みほさせることにしましょう。
○呼取 翁を呼ぶことをいう、取の字は意が軽い。
客至るというが、前を通った県令が声を掛けただけであろう、後のくだりは、杜甫の妄想であろう。杜甫の南隣の過南鄰朱山人水亭 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -2)  <384  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1863 杜甫詩1000-384-565/1500の老人とも声をかける程度の付き合いなのだ。
逢いに来て遭えず、自問自答、木こり、漁夫、老人、訪問者は隠遁者の常套句・語である。


此の詩は、孟浩然『春暁』、王維の『田園楽七首』に影響されて作るものである。
孟浩然『春暁』
春眠不覺曉,處處聞啼鳥。
夜來風雨聲,花落知多少。
春の眠りは心地よいので、夜が明けるのも分からずに眠ってしまう。ふと目覚めるとあちこちから鳥のさえずりが聞こえてくる。
そういえばゆうべの雨風の音が激しく寝つきが悪かったが、今朝の庭にはどれほどの花がたくさん散って庭を飾っているたことだろう。
田園楽 其六 王維
珍しい六言の絶句
歌うのに心地良いように、二言の語で啖呵を切るようにつくっている。
桃紅復含宿雨、柳緑更帯春煙。  
花落家童未掃、鶯啼山客猶眠。  
桃の花は、夕べの雨を含んでつやつやといっそう紅色あざやか、柳は青さを増して、春のかすみにけむる。
花が庭先に散り敷かれている、召使いの少年は掃き清めたりはしない。ウグイスがしきりに鳴くのに山荘のあるじはまだまだ夢うつつの中に有る。
孟浩然『春暁』 と王維『田園楽』 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 1941 (02/17)


西郊 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 2)  杜甫 <407> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1980 杜甫詩1000-407-590/1500

西郊 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 2)  杜甫 <407> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1980 杜甫詩1000-407-590/1500

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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩贈丁廙 曹植 曹植(曹子建) 魏詩<47>文選 贈答 二 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1978
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集西郊 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 2)  杜甫 <407> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1980 杜甫詩1000-407-590/1500
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●森鴎外の小説 ”激しい嫉妬・焦燥に下女を殺してしまった『魚玄機』”といわれているがこれに疑問を持ち異なる視点で解釈して行く
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性和新及第悼亡詩二首 其一 魚玄機  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-87-23-#  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1982
 
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。李商隠詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首 
 


詩 題:西郊 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 2) 
作時761年1月杜甫50歳 
掲 載; 杜甫1000首の407首目-#4 – 2
杜甫ブログ1500回予定の-590回目  
城中を出て西郊より草堂にもどって来たことをのべる。上元二年早春の作である。


西郊
時出碧雞坊,西郊向草堂。
帰りたいと思い時がきたようなので、城内西南の碧雞坊を出る。城外の西郊を経て草堂へと向かうことになる。
市橋官柳細,江路野梅香。
市橋にさしかかると柳が芽吹く前でほそぼそと垂れており、東流する錦江の路ぞいには野梅の花がにおい始めたようだ。
傍架齊書帙,看題減藥囊。
部屋に入ると売却して隙間ができた書棚に書衣をそばへ寄せて補う。薬の標題を看ながら売って減った薬の嚢を確認する。
無人覺來往,疏懶意何長。

ちょっと人目を気にして出かけたのだが往きもかえりもだれもそれに気がつかれないようだ。こんな隠棲生活は元来無精なのんびりした気持ちにどんなにか良いことであろうか。
(西 郊)
時に碧雞坊を出で、西郊より草堂に向かう。
市橋には官柳細くあり、江路には野梅香しくある。
架に傍いて書帙を斉【ととの】え、題を看て薬嚢を検す。
人の来往するを覚【さと】るもの無く、疎憬にして意は何ぞ長きか。

浣花峡556

『西郊』 現代語訳と訳註
(本文)
時出碧雞坊,西郊向草堂。
市橋官柳細,江路野梅香。
傍架齊書帙,看題減藥囊。
無人覺來往,疏懶意何長。


(下し文)
(西 郊)
時に碧雞坊を出で、西郊より草堂に向かう。
市橋には官柳細くあり、江路には野梅香しくある。
架に傍いて書帙を斉【ととの】え、題を看て薬嚢を検す。
人の来往するを覚【さと】るもの無く、疎憬にして意は何ぞ長きか。


(現代語訳)
(西 郊)
帰りたいと思い時がきたようなので、城内西南の碧雞坊を出る。城外の西郊を経て草堂へと向かうことになる。
市橋にさしかかると柳が芽吹く前でほそぼそと垂れており、東流する錦江の路ぞいには野梅の花がにおい始めたようだ。
部屋に入ると売却して隙間ができた書棚に書衣をそばへ寄せて補う。薬の標題を看ながら売って減った薬の嚢を確認する。
ちょっと人目を気にして出かけたのだが往きもかえりもだれもそれに気がつかれないようだ。こんな隠棲生活は元来無精なのんびりした気持ちにどんなにか良いことであろうか。


(訳注)
西郊
○西郊
 成都城西南の城外付近。


時出碧雞坊,西郊向草堂。
帰りたいと思い時がきたようなので、城内西南の碧雞坊を出る。城外の西郊を経て草堂へと向かうことになる。
○碧難坊 成都城の西南の坊の名。『梁益記』「成都之坊,百有二十,第四曰碧雞坊。」


市橋官柳細,江路野梅香。
市橋にさしかかると柳が芽吹く前でほそぼそと垂れており、東流する錦江の路ぞいには野梅の花がにおい始めたようだ。
〇市橋 城の西南四里にあるという。参考図作成 参照。
○官柳細 市橋のながれにに沿って植えられている官でうえた柳が目吹く前で条だけの様子を云う。。
○江路 東流する錦江の路ぞい。
○野梅 錦江の川沿いに誰が植えたかわからないが梅が咲き始めた。

桃園001


傍架齊書帙,看題減藥囊。
部屋に入ると売却して隙間ができた書棚に書衣をそばへ寄せて補う。薬の標題を看ながら売って減った薬の嚢を確認する。
○架 本だな。
○帙 書衣、墨汁で染めた衣をいう。長安では質屋に通って酒を飲んだ。曲江
曲江二首 其一 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 244
曲江二首 其二 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 245
曲江封酒 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 246
曲江封雨 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 247
曲江陪鄭八丈南史 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 248
○題 薬の整理した棚に書いている標題。
○減 薬の減ったのをしらべる。


無人覺來往,疏懶意何長。
ちょっと人目を気にして出かけたのだが往きもかえりもだれもそれに気がつかれないようだ。こんな隠棲生活は元来無精なのんびりした気持ちにどんなにか良いことであろうか。
○無人覚来往 「人が杜甫の来往を知らぬ」(書籍と薬売却)をいう。往とは草堂より城中へでかけたことをいい、來とは城中より草堂へもどって来ることをいう、此の詩は人目を気にして本と薬を売りに行くその帰り以降をのべながら、その動と静を対させた隠棲生活を悦にいっているのである


奉酬李都督表丈早春作 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 1)  杜甫 <406> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1975 杜甫詩1000-406-589/1500


奉酬李都督表丈早春作 杜甫 成都(4部)浣花渓の草堂(4 - 1)  杜甫 <406> 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1975 杜甫詩1000-406-589/1500


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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集宿桐廬江寄廣陵舊遊 孟浩然 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 1976 (02/24)
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http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首 
 



詩 題:奉酬李都督表丈早春作 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(4 - 1) 
作時761年1月杜甫50歳 掲 載;
杜甫1000首の406首目-#4 – 1
杜甫ブログ1500回予定の-589回目  



奉酬李都督表丈早春作
(李表丈都督に酬いるのに「早春作」詩をお贈り申し上げます。)
力疾坐清曉,來詩悲早春。
持病でこの日は起き上がれず座ったままで清々しい夜明けを迎える。詩を衝くために行きたいけれどこの早春は悲しいものだ。
轉添愁伴客,更覺老隨人。
ますます介添えがいるようになってきて来客もみんなが心配をしてくれる。その上年を取ってきて付添い人の必要性さえ覚えるようである。
紅入桃花嫩,青歸柳葉新。
赤い花が目に入ってくるのは桃の若々しい花びらである。青いものが帰っていくのは柳の葉が新しく芽吹いてきているのである。
望鄉應未已,四海尚風塵。
故郷を望むことはまさにいまだに実現するに至ってはいない。というのも国中東西南北どこへ行ってもいまだに戰の砂塵がおさまっていないからなのだ。

(李都督表丈に酬い早春の作を奉つる)
力疾して清曉に坐し,來詩して早春に悲しむ。
轉【うた】た添うは 伴客を愁い,更に覺ゆ 老隨人。
紅入りて 桃花の嫩,青歸して 柳葉 新たなり。
望鄉 應に未だ已まず,四海 尚お風塵なり。


寒梅002


『奉酬李都督表丈早春作』 現代語訳と訳註
(本文)

奉酬李都督表丈早春作
力疾坐清曉,來詩悲早春。
轉添愁伴客,更覺老隨人。
紅入桃花嫩,青歸柳葉新。
望鄉應未已,四海尚風塵。


(下し文)
(李都督表丈に酬い早春の作を奉つる)
力疾して清曉に坐し,來詩して早春に悲しむ。
轉【うた】た添うは 伴客を愁い,更に覺ゆ 老隨人。
紅入りて 桃花の嫩,青歸して 柳葉 新たなり。
望鄉 應に未だ已まず,四海 尚お風塵なり。


(現代語訳)
(李表丈都督に酬いるのに「早春作」詩をお贈り申し上げます。)
持病でこの日は起き上がれず座ったままで清々しい夜明けを迎える。詩を衝くために行きたいけれどこの早春は悲しいものだ。
ますます介添えがいるようになってきて来客もみんなが心配をしてくれる。その上年を取ってきて付添い人の必要性さえ覚えるようである。
赤い花が目に入ってくるのは桃の若々しい花びらである。青いものが帰っていくのは柳の葉が新しく芽吹いてきているのである。
故郷を望むことはまさにいまだに実現するに至ってはいない。というのも国中東西南北どこへ行ってもいまだに戰の砂塵がおさまっていないからなのだ。

美女画557

(訳注)
奉酬李都督表丈早春作

李表丈都督に酬いるのに「早春作」詩をお贈り申し上げます。
・李表丈 錦城の李都督から新春の詩を要望されてそれに応えて作って贈った詩である。761年上元2年新春の作。
・都督(ととく)とは中国の官職または称号。三国時代に現れ、軍政を統轄した。本来、監督、統轄の意味で、軍司令官のことをいった。三国時代に諸州の軍権が民政から独立していき、都督が諸州諸軍事の長官とされた。多くは州の長官である刺史を兼ね、都督府を置いて府官を任じた。その後、六朝時代を通じて都督の官名が使われた。唐代には節度使が置かれたため、その権限は縮小した。


力疾坐清曉,來詩悲早春。
持病でこの日は起き上がれず座ったままで清々しい夜明けを迎える。詩を衝くために行きたいけれどこの早春は悲しいものだ。
・力疾 体に力を入れることが出来ない持病。【神経痛・リュウマチ】


轉添愁伴客,更覺老隨人。
ますます介添えがいるようになってきて来客もみんなが心配をしてくれる。その上年を取ってきて付添い人の必要性さえ覚えるようである。
・轉添 ますます、いよいよ介添えがいること。

紅入桃花嫩,青歸柳葉新。
赤い花が目に入ってくるのは桃の若々しい花びらである。青いものが帰っていくのは柳の葉が新しく芽吹いてきているのである。
・嫩 わかわかしい。


望鄉應未已,四海尚風塵。
故郷を望むことはまさにいまだに実現するに至ってはいない。というのも国中東西南北どこへ行ってもいまだに戰の砂塵がおさまっていないからなのだ。

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