もし、あなたがあちらに行っても、濯錦江の水辺に病気がちで伏せている爺が居ることを思われたならば、詩友会合の内容を早く知りたいので帰られる時期を知らせていただきたいと願うところである。
廣徳2年764-99 《送王侍御往東川放生池祖席【案:草堂逸詩拾遺。】》杜甫index-14 764年 杜甫<800> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ4715 杜甫詩1500-800-1114/2500廣徳2年764-99
制作年: 764年廣德二年53歲
卷別: 卷二三四 文體: 五言律詩
詩題: 送王侍御往東川放生池祖席〔草堂逸詩拾遺。〕
及地點: 東川放生池 (劍南道北部 梓州 梓州)
交遊人物:王契 當地交遊(劍南道北部 梓州 梓州)
送王侍御往東川放生池祖席
(王契侍御が東川に行くのを放生池の送別の宴席で送った詩。)
東川詩友合,此贈怯輕為。
貴方が行く剣南東川幕府において詩友が会合するということだが、この詩を贈るくらいの軽い作詩だけでは恐縮な事ではある。
況復傳宗近,空然惜別離。
ましてあなたの様な宗匠の手で伝播されるとあっては、またなお更恐れ入ることだ、だから、いたずらに詩など無しで別れを惜しむことにしたい。
梅花交近野,草色向平池。
今、このあたりでは梅の花が花影を交えているし、草の色は、平地に向って連なってきている。
儻憶江邊臥,歸期願早知。
もし、あなたがあちらに行っても、濯錦江の水辺に病気がちで伏せている爺が居ることを思われたならば、詩友会合の内容を早く知りたいので帰られる時期を知らせていただきたいと願うところである。
(王侍御が東川に往くを送る、放生池の祖席)
東川の詩友 合す,此の贈 輕為を怯る。
況んや復た宗近より傳えらるるをや,空然 別離を惜む。
梅花 近野に交り,草色 平池に向う。
儻【も】し江邊の臥を憶わば,歸期 願わくば早く知らしめんことを。
『送王侍御往東川放生池祖席』 現代語訳と訳註
(本文)
送王侍御往東川放生池祖席
東川詩友合,此贈怯輕為。
況復傳宗近,空然惜別離。
梅花交近野,草色向平池。
儻憶江邊臥,歸期願早知。
(下し文)
(王侍御が東川に往くを送る、放生池の祖席)
東川の詩友 合す,此の贈 輕為を怯る。
況んや復た宗近より傳えらるるをや,空然 別離を惜む。
梅花 近野に交り,草色 平池に向う。
儻【も】し江邊の臥を憶わば,歸期 願わくば早く知らしめんことを。
(現代語訳)
(王契侍御が東川に行くのを放生池の送別の宴席で送った詩。)
貴方が行く剣南東川幕府において詩友が会合するということだが、この詩を贈るくらいの軽い作詩だけでは恐縮な事ではある。
ましてあなたの様な宗匠の手で伝播されるとあっては、またなお更恐れ入ることだ、だから、いたずらに詩など無しで別れを惜しむことにしたい。
今、このあたりでは梅の花が花影を交えているし、草の色は、平地に向って連なってきている。
もし、あなたがあちらに行っても、濯錦江の水辺に病気がちで伏せている爺が居ることを思われたならば、詩友会合の内容を早く知りたいので帰られる時期を知らせていただきたいと願うところである。
(訳注)
送王侍御往東川放生池祖席
(王契侍御が東川に行くのを放生池の送別の宴席で送った詩。)
東川 梓州の剣南東川幕府。
放生池 精と錦江にあるという。
祖席 送別の祭りを祖道ということで、送別の宴席をいう。
東川詩友合,此贈怯輕為。
貴方が行く剣南東川幕府において詩友が会合するということだが、この詩を贈るくらいの軽い作詩だけでは恐縮な事ではある。
此贈 この詩を贈る。元気でいれば、本来なら別れのための詩篇、詩友会合のために特別に詩篇を送りたいところであるということをいう。
況復傳宗近,空然惜別離。
ましてあなたの様な宗匠の手で伝播されるとあっては、またなお更恐れ入ることだ、だから、いたずらに詩など無しで別れを惜しむことにしたい。
傳宗近 作詩の宗匠の手で伝播される。王契のこと。
空然 いたずらに詩など無しということ。
梅花交近野,草色向平池。
今、このあたりでは梅の花が花影を交えているし、草の色は、平地に向って連なってきている。
交 枝がたがいにまじわり、花がひらくことをいう。
近野 近郊にある田野、放生池の辺りの様子をいう。
儻憶江邊臥,歸期願早知。
もし、あなたがあちらに行っても、濯錦江の水辺に病気がちで伏せている爺が居ることを思われたならば、詩友会合の内容を早く知りたいので帰られる時期を知らせていただきたいと願うところである。
江邊 濯錦江の水辺。
臥 病気がちで伏せている爺が居ること
歸期 帰られる時期。





























