杜甫詳注 杜詩の訳注解説 漢文委員会

士族の子で、のほほんとしていた杜甫を変えたのは、三十代李白にあって、強いカルチャーショックを受けたことである。その後十年、就活に励んだ。同時に極限に近い貧困になり、家族を妻の実家に送り届けるときの詩は、そして、子供の死は、杜甫の詩を格段に向上させた。安史の乱直前から、捕縛され、長安での軟禁は、詩にすごみと分かりやすさのすぐれたしにかえてゆき、長安を脱出し、鳳翔の行在所にたどり着き、朝廷に仕えたことは、人間関係の複雑さを体験して、詩に深みが出ることになった。そして、朝廷における疎外感は詩人として数段高めさせてくれた。特に、杜甫の先生に当たる房琯関連の出来事、二十数首の詩は内容のあるものである。  一年朝廷で死に直面し、そして、疎外され、人間的にも成長し、これ以降の詩は多くの人に読まれる。  ◍  華州、秦州、同谷  ◍  成都 春満喫  ◍  蜀州、巴州、転々。 ◍  再び成都 幕府に。 それから、かねてから江陵にむかい、暖かいところで養生して、長安、朝廷に上がるため、蜀を発し、 ◍  忠州、雲州   ◍  夔州   ◍  公安  そして、長安に向かうことなく船上で逝くのである。  本ブログは、上記を完璧に整理し、解説した仇兆鰲の《杜詩詳注》に従い、改めて進めていく。

杜甫の詩、全詩、約1500首。それをきちんと整理したのが、清、仇兆鰲注解 杜詩詳注である。その後今日に至るまで、すべてこの杜詩詳注に基づいて書かれている。筆者も足掛け四年癌と戦い、いったんこれを征することができた。思えば奇跡が何度も起きた。
このブログで、1200首以上掲載したけれど、ブログ開始時は不慣れで誤字脱字も多く、そして、ブログの統一性も不十分である。また、訳注解説にも、手抜き感、不十分さもあり、心機一転、杜詩詳注に完全忠実に初めからやり直すことにした。
・そして、全唐詩と連携して、どちらからでも杜詩の検索ができるようにした。
・杜甫サイトには語順検索、作時編年表からも検索できるようにした。
杜甫詩の4サイト
● http://2019kanbun.turukusa.com/
● http://kanbunkenkyu.webcrow.jp
● http://kanbunkenkyu.web.fc2.com/
● http://kanbuniinka15.yu-nagi.com

成都 (6)

647 《寄高適【案:草堂逸詩拾遺。】》 蜀中転々 杜甫 <552>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2985 杜甫詩1000-552-791/1500

《寄高適》詩と詩の名声に於いてはどう思ってみても自分だけが之と共にしてきたのだが,自分は現状の世情の事に就いては誰と共に之を語りあおうか。

 

2013年9月14日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 

 
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《寄高適【案:草堂逸詩拾遺。】》 蜀中転々 杜甫 <552  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2985 杜甫詩1000-552-791/1500            

 

 

作者: 杜甫  762  寶應元年 51

卷別: 卷二三四  文體: 五言律詩 

詩題: 寄高適【案:草堂逸詩拾遺。】 

寫作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州

交遊人物/地點: 高適 書信往來(劍南道北部 益州 成都)

掲 載; 杜甫1000首の552首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-791回目

 

 

寄高適

(高適に寄せる詩)

楚隔乾坤遠,難招病客魂。

むかし楚に属していた此の蜀の地は都とは,隔っていて天地茫茫として遠い。とても持病があるばかりか旅に向かう魂まで病ってしまっているので都へ招待されてもでむくことなどは出来ない。

詩名惟我共,世事與誰論。

詩と詩の名声に於いてはどう思ってみても自分だけが之と共にしてきたのだが,自分は現状の世情の事に就いては誰と共に之を語りあおうか。

北闕更新主,南星落故園。

このたび北方にある朝廷では変わって新天子が即位するが,南方の地では南極星というべき君が此の第二の故郷で施政をはじめてくれる。

定知相見日,爛漫倒芳尊。

必ずやお互いが面会する日はある。腹蔵なく酔いどれて、そして酒樽をまた倒むけることであろう。

  

(高適に寄せる)

楚 隔りて 乾坤 遠くし、招き難し 客魂を病う。

詩 名 惟【おもんみ】るに我共にし、世事 誰と論ぜん。

北闕 新首 更【あらため】る、南星 故園に落【はじま】る。

定めて知る相い見る日を、爛漫 芳樽を倒けるを。

 

 岳陽樓詩人0051


『寄高適』 現代語訳と訳註

(本文)

寄高適

楚隔乾坤遠,難招病客魂。

詩名惟我共,世事與誰論。

北闕更新主,南星落故園。

定知相見日,爛漫倒芳尊。

 

 

(下し文)

(高適に寄せる)

楚 隔りて 乾坤 遠くし、招き難し 客魂を病う。

詩 名 惟【おもんみ】るに我共にし、世事 誰と論ぜん。

北闕 新首 更【あらため】る、南星 故園に落【はじま】る。

定めて知る相い見る日を、爛漫 芳樽を倒けるを。

 

 

(現代語訳)

(高適に寄せる詩)

むかし楚に属していた此の蜀の地は都とは,隔っていて天地茫茫として遠い。とても持病があるばかりか旅に向かう魂まで病ってしまっているので都へ招待されてもでむくことなどは出来ない。

詩と詩の名声に於いてはどう思ってみても自分だけが之と共にしてきたのだが,自分は現状の世情の事に就いては誰と共に之を語りあおうか。

このたび北方にある朝廷では変わって新天子が即位するが,南方の地では南極星というべき君が此の第二の故郷で施政をはじめてくれる。

必ずやお互いが面会する日はある。腹蔵なく酔いどれて、そして酒樽をまた倒むけることであろう。

 

 

(訳注)

寄高適

(高適に寄せる詩)

作者が(杜甫)成都に居したとき,髙適の新任に就いて寄せたもの。寶応元年四・五月頃の作。以下はこれまで杜甫が高適に対し作った詩でこのブログで取り上げたものを示す。

送高三十五書記 杜甫 :kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 50

寄高三十五書記  杜甫:kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 誠実な詩人杜甫特集 67

送蔡希魯都尉還隴右,因寄高三十五書記 杜甫 : kanbuniinkai紀頌之の漢誠実な詩人 93

寄高三十五詹事  杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 268

寄彭州高三十五使君適、虢州岑二十七長史參三十韻 杜甫 <316-#1> 漢文委員会紀頌之の漢詩ブログ1430 杜甫詩 700- 441

成都(1)浣花渓の草堂(1) 酬高使君相贈 杜甫 <354> 1 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1723 杜甫詩 700- 530

因崔五侍禦寄高彭州一絶 杜甫 成都(3部)浣花渓の草堂(3 -4)  <386 五言絶句 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1871 杜甫詩1000-386-567/1500

奉簡高三十五使君 杜甫 成都(2部)浣花渓の草堂(3 -5)  杜甫 <387 五言律詩 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1875 杜甫詩1000-387-568/1500

 

楚隔 乾坤 ,難招 病客

むかし楚に属していた此の蜀の地は都とは,隔っていて天地茫茫として遠い。とても持病があるばかりか旅に向かう魂まで病ってしまっているので都へ招待されてもでむくことなどは出来ない。

・「楚」語義類別:其他、行政體系、民族邦國名、楚。

・「隔」語義類別:其他、現象、自然現象、隔。

・「乾坤」天地。

・「招」招待されて都から成都まで同行すること。

・「客魂」旅人としての魂、意欲。

 

 

詩名 惟我 共,世事 與誰

詩と詩の名声に於いてはどう思ってみても自分だけが之と共にしてきたのだが,自分は現状の世情の事に就いては誰と共に之を語りあおうか。

・「詩名」詩と詩における名声、評判。

・「世事」現状の世情の事に就いて。

 

北闕 更新主 ,南星 故園

このたび北方にある朝廷では変わって新天子が即位するが,南方の地では南極星というべき君が此の第二の故郷で施政をはじめてくれる。

・「北闕」闕:朝廷

・「更新」交代した。

・「主」天子。

・「南星」高適のこと

・「落」おちる。おとす。しぬ。垣根。村里。はじまる。

・「故園」杜甫の、生活圏成都浣花渓の草堂寶応元年四月十八日丁卯粛宗崩じ,二十八日,代宗即位す,髙適蜀州刺史より厳武に代わり成都尹、剣南西川節度使となる。になってくることを云う。

 

 

定知 相見 ,爛漫 芳尊

必ずやお互いが面会する日はある。腹蔵なく酔いどれて、そして酒樽をまた倒むけることであろう。

・「知」語義類別:人、狀態、心智狀態、知。

・「見」語義類別:人、感官詞、視覺、見。

・「日」語義類別:時、時間、範圍時間(日)、日。

・「爛漫」酒にて酔っぱらう。

・「倒」杯を傾ける。

・「芳尊」飲品をいい、ここでは酒。

・「相見」 面会する。

644 《絕句》 蜀中転々 杜甫 <549>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2970 杜甫詩1000-549-788/1500

句》錦江の辺の叢を踏んで歩くのをやめる。振り返ってみると軍隊の旗がひらめいているのが見える。さあっと吹いてきた草叢を抜けてきて、春景色の城郭も黄昏てきている。高楼に上がってみると守備隊の鼓角、ラッパと太鼓の音が周辺にかなしく響き渡る。

 

2013年9月11日  同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩六朝謝朓・庾信 後世に多大影響を揚雄・司馬相如・潘岳・王粲.鮑照らの「賦」、その後に李白再登場
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司馬相如 《子虚賦 》(5)#2-2 文選 賦<109-#1-4>9分割26回 Ⅱ李白に影響を与えた詩884 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2968
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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病鴟 韓愈(韓退之) <185-#2>Ⅱ中唐詩797 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2969
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集  LiveDoor 644 《絕句》 蜀中転々 杜甫 <549>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2970 杜甫詩1000-549-788/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor 100 望遠行 韋荘  ⅩⅫ唐五代詞・宋詩Gs-285-5-#39  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2972
 
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『楚辞・九歌』東君 屈原詩<78-#1>505 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1332http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67664757.html    
『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304    
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html    
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源巻三 女性詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html    
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html    
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html    
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。    
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。    
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ーhttp://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html    
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html    
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html    
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。    
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。    
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。    
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150

 

644 句》 蜀中転々 杜甫 <549  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2970 杜甫詩1000-549-788/1500          

 

 

詩題:  

作時:762 寶應元年 杜甫51歳 

卷別: 卷二二七  文體: 五言 

作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都

掲 載; 杜甫1000首の549首目-場面

杜甫ブログ1500回予定の-788回目   40887

 

 

(絶句)

江邊踏青罷,迴首見旌旗。

錦江の辺の叢を踏んで歩くのをやめる。振り返ってみると軍隊の旗がひらめいているのが見える。

風起春城暮,高樓鼓角悲。

さあっと吹いてきた草叢を抜けてきて、春景色の城郭も黄昏てきている。高楼に上がってみると守備隊の鼓角、ラッパと太鼓の音が周辺にかなしく響き渡る。

 

句)

江邊 青を踏みて罷む,首を迴せば旌旗を見る。

風起き 春城の暮,高樓 鼓角 悲む。

 

 楊柳00005

 











』 現代語訳と訳註

(本文)

江邊踏青罷,迴首見旌旗。

風起春城暮,高樓鼓角悲。

 

 

(下し文)

句)

江邊 青を踏みて罷む,首を迴せば旌旗を見る。

風起き 春城の暮,高樓 鼓角 悲む。

 

(現代語訳)

(絶句)

錦江の辺の叢を踏んで歩くのをやめる。振り返ってみると軍隊の旗がひらめいているのが見える。

さあっと吹いてきた草叢を抜けてきて、春景色の城郭も黄昏てきている。高楼に上がってみると守備隊の鼓角、ラッパと太鼓の音が周辺にかなしく響き渡る。

 

 

(訳注)

詩の内容から、この年の夏に厳武に同行する少し前の晩春頃の作であろう。

 

江邊 踏青 罷,迴首 旌旗

錦江の辺の叢を踏んで歩くのをやめる。振り返ってみると軍隊の旗がひらめいているのが見える。

・「江」濯錦江。

・「邊」川縁。ここでは野原が続いているのである。

・「踏青」春の成長した草、草叢を踏みしめる

・「旌旗」旗幟、旌。旗幟、旗。旌旗は軍隊の用いるもの、其の多いことはどこも軍隊ばかりであることをいう。旌旗は鳥の羽をばさばさにして頭に飾りにつけているはた、旌は竜を交叉して画いたはた。

『奉和賈至舍人早朝大明宮』

五夜漏聲催曉箭,九重春色醉仙桃。

旌旗日暖龍蛇動,宮殿風微燕雀高。

朝罷香煙攜滿袖,詩成珠玉在揮毫。

欲知世掌絲綸美。池上於今有鳳毛。

 

風起 春城 ,高樓 鼓角

さあっと吹いてきた草叢を抜けてきて、春景色の城郭も黄昏てきている。高楼に上がってみると守備隊の鼓角、ラッパと太鼓の音が周辺にかなしく響き渡る。

「風」語義類別:物、天候氣象、風霜雪露、風。

「起」語義類別:其他、現象、自然現象、起。

「春城」

「暮」語義類別:時、時間、範圍時間(黃昏)、暮。

「高」語義類別:地、空間、距離、高。

「樓」語義類別:物、建築物、亭臺樓閣、樓。

「鼓角」語義類別:物、器物、樂器(合稱)、鼓角。

秦州雜詩二十首 其四 

(鼓角の声を写し、自己の寄る辺なきを述べる。)守備隊の鼓角、ラッパと太鼓の音が周辺に響き渡る

其四

鼓角縁辺郡、川原欲夜時。

秋聴殷地発、風散入雲悲。

抱葉寒蝉静、帰山独鳥遅。

万方声一慨、吾道竟何之。

秦州雜詩二十首 其四 杜甫 第1部 <257> kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1220 杜甫詩 700- 371

杜甫『寄張十二山人彪三十韻』  

肘後符應驗,囊中藥未陳。旅懷殊不愜,良覿眇無因。

自古多悲恨,浮生有屈伸。此邦今尚武,何處且依仁。

鼓角淩天籟,關山倚月輪。

寄張十二山人彪三十韻 杜甫 <318-#5> 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1487 杜甫詩 700- 460

 

「悲」語義類別:人、情感詞(綜合情感)、負面情感(悲哀傷痛)、悲。
少陵台 

送段功曹歸廣州 蜀中転々 杜甫 <509>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2740 杜甫詩1000-509-742/1500

杜甫《送段功曹歸廣州》君の通過するところ、或は峡雲にこめられて樹木が小さくみえたり、或は洞庭湖の夕日は最高で、波上にうごいて船の窓が明らかなるをみることであろう。


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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
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安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩
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為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上 
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謝靈運詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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孟浩然の詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首


 

 送段功曹歸廣州 蜀中転々 杜甫 <509>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2740 杜甫詩1000-509-742/1500

詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 
掲 載; 杜甫1000首の507首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-740回目
作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州) 
関係地:  廣州 (嶺南道東部 廣州)、南海 (嶺南道東部 廣州 南海)、交趾 (嶺南道西部 交州 交趾)、韶州 (嶺南道東部 韶州) 別名:東吳 、錦官城 (劍南道北部 益州 成都) 別名:錦里     
交遊人物と地點: 段功曹 當地交遊(劍南道北部 梓州)
段功曹が広州へもどるのを送る詩。宝応元年梓州にあっての作。



送段功曹歸廣州
(段功曹が故郷の廣州に帰るというのを送る詩)
南海春天外,功曹幾月程。
南海は東の空の外のとおくにある、功曹はそこへ行くみちのりを幾月の要するのであろうか。
峽雲籠樹小,湖日落船明。
君の通過するところ、或は峡雲にこめられて樹木が小さくみえたり、或は洞庭湖の夕日は最高で、波上にうごいて船の窓が明らかなるをみることであろう。
交趾丹砂重,韶州白葛輕。
広州へいったなら交址には貴重すべき丹砂があるし、韶州には軽らかな白い葛のかたびらがある。
幸君因旅客,時寄錦官城。
どうか君は旅人としてそちらに向かわれる、若しなんかの便があればそれを錦官城のわたしの方へよこしてもらいたい。
(段功菅が広州に帰るを送る)
南海は春天の外にあり、功曹は幾月の程ぞ。
峡雲籠【こご】めて 樹 小に、湖に日落かかりて船明らかなり。
交址 丹砂 重く、韶州 白葛 軽し。
幸いに君 旅客に因りて、時に錦官城に寄せよ。



『送段功曹歸廣州』 現代語訳と訳註
(本文)

南海春天外,功曹幾月程。
峽雲籠樹小,湖日落船明。
交趾丹砂重,韶州白葛輕。
幸君因旅客,時寄錦官城。


(下し文)
(段功菅が広州に帰るを送る)
南海は春天の外にあり、功曹は幾月の程ぞ。
峡雲籠【こご】めて 樹 小に、湖に日落かかりて船明らかなり。
交址 丹砂 重く、韶州 白葛 軽し。
幸いに君 旅客に因りて、時に錦官城に寄せよ。


sora001(現代語訳)
(段功曹が故郷の廣州に帰るというのを送る詩)
南海は東の空の外のとおくにある、功曹はそこへ行くみちのりを幾月の要するのであろうか。
君の通過するところ、或は峡雲にこめられて樹木が小さくみえたり、或は洞庭湖の夕日は最高で、波上にうごいて船の窓が明らかなるをみることであろう。
広州へいったなら交址には貴重すべき丹砂があるし、韶州には軽らかな白い葛のかたびらがある。
どうか君は旅人としてそちらに向かわれる、若しなんかの便があればそれを錦官城のわたしの方へよこしてもらいたい。


(訳注)
送段功曹歸廣州
(段功曹が故郷の廣州に帰るというのを送る詩)
・段功曹 段という人物。功曹は役職名。剣南東川幕府のもの。厳武に同行し、梓州の役所で交流し、たまたま送別の宴席に出た時に依頼されて作ったものであろう。


南海春天外,功曹幾月程。
南海は東の空の外のとおくにある、功曹はそこへ行くみちのりを幾月の要するのであろうか。
○南海 広東の海。
○春天 五行思想で東は春で東の空の果てというほどの意味。春という季節は意識しない。ゆえに秋に春天という、一に青天に作る。靑も春、東という意味。
○功曹 段をさす。
○幾月程 旅行にかかる日程はいくつきのみちのりぞ。


峽雲籠樹小,湖日落船明。
君の通過するところ、或は峡雲にこめられて樹木が小さくみえたり、或は洞庭湖の夕日は最高で、波上にうごいて船の窓が明らかなるをみることであろう。
○峡雲籠樹小 上三字下二字の句法の対句である、籠樹小とよんでは雲が小さいことになって不都合である。
○湖日蕩船明 これも上三字下二字によむべきである、湖とは洞庭湖などをさす、蕩とは水面の日光がうごくこと。洞庭湖の夕暮は昔から絶景である。廣州へは湘江をさかのぼり、最上流には運河がありそのまま船の旅をする。


交趾丹砂重,韶州白葛輕。
広州へいったなら交址には貴重すべき丹砂があるし、韶州には軽らかな白い葛のかたびらがある。
交祉 嶺東よりさらに南にあり、丹砂を産出する、晋の葛洪が丹砂がでるときき、勾漏の令となろうと欲したことは前(農を為す)にみえる。成都(2)浣花渓の草堂(2 -3) 為農 杜甫 <366  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1771 杜甫詩 1000- 542
為農
錦裡煙塵外,江村八九家。
圓荷浮小葉,細麥落輕花。
卜宅從茲老,為農去國賒。
遠慚勾漏令,不得問丹砂。

この錦官城の郊外の里、浣花渓の地は兵馬の塵埃から掛け離れたところで、錦江沿いの村には八九軒の家がある。
錦江の岸に近い所に円い蓮が小さい葉を水面にうかべており、陸の方では細かな麦の実の畑に軽らかな花が落ちる。
ここに居宅を建設したからにはこの地において私は歳を重ねていくのだ。ここで農民となることをけついしたからには、はるばる故郷からはなれた処に来ていることであり還る気持ちはないのである。
ここで思うのは遠いむかしの勾漏の県令、晋の道士葛洪の故事にいささかはずかしくおもうのである。それは葛洪は道士として丹砂を自信を持って得たものであるが、儒者の私は自信を以て農民になることが出来るだろうかと問うことができぬことだ。
○韶州 広東にある。
〇白葛 白いくずのかたびら。


幸君因旅客,時寄錦官城。
どうか君は旅人としてそちらに向かわれる、若しなんかの便があればそれを錦官城のわたしの方へよこしてもらいたい。
○君 段をさす。
○錦官城 外交辞令の様なものの中で表現される成都の西城である。実際に贈るとは思っていないし、冗談交じりの言葉であるから、大きく出たわけである。
実際には浣花草堂をさすと考える。
この時、杜甫は梓州の役所で杜甫宛ての手紙をみたのである。浣花渓の草堂には弟を留守においている。
この詩は送別の歌はこんなふうに作りますというようなもので心を込めて送別しているわけではない。
成都遂州00

得廣州張判官叔卿書使還以詩代意【案:叔卿,魯人,見甫雜述。】 蜀中転々 杜甫 <508>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2735 杜甫詩1000-508-741/1500

《得廣州張判官叔卿書使還以詩代意》廣州の張判官叔卿の書簡を使いの段功曹から得たことで、今の思いを詩にして廣州に帰る段功曹に預けるので受け取ってください。張判官の故郷の関所塞は異民族の騎馬から遠く離れている。この天下は蜀の城郭の方に不安ことが偏ってしまっている。


2013年7月26日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
   
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出師表-後出師表-諸葛亮 漢詩<99-#10>Ⅱ李白に影響を与えた詩837 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2733
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集 LiveDoor得廣州張判官叔卿書使還以詩代意【案:叔卿,魯人,見甫雜述。】 蜀中転々 杜甫 <508>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2735 杜甫詩1000-508-741/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2安世房中歌十七首(其9) 唐山夫人   漢詩 kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2736
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運詩 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。 
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー 
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孟浩然の詩 
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html 
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。 
女性詩人 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。 
孟郊詩 
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。 
李商隠詩 
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首


 

得廣州張判官叔卿書使還以詩代意【案:叔卿,魯人,見甫雜述。】 蜀中転々 杜甫 <508>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2735 杜甫詩1000-508-741/1500


詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の508首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-741回目
卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 
詩題: 得廣州張判官叔卿書使還以詩代意【案:叔卿,魯人,見甫雜述。】 
作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都) 
及地點:  廣州 (嶺南道東部 廣州 廣州)     
明月峽 (山南西道 渝州 巴縣) 別名:月峽     
交遊人物/地點: 張叔卿 書信往來(嶺南道東部 廣州 廣州)
詩文:
得廣州張判官叔卿書使還以詩代意
(廣州の張判官叔卿の書簡を使いの段功曹から得たことで、今の思いを詩にして廣州に帰る段功曹に預けるので受け取ってください。)
鄉關胡騎遠,宇宙蜀城偏。
張判官の故郷の関所塞は異民族の騎馬から遠く離れている。この天下は蜀の城郭の方に不安ことが偏ってしまっている。
忽得炎州信,遙從月峽傳。
そんな時にあなたの炎州の方から書信が届いた。はるか、かなたに明月峡日の風流を伝えお送りするものである。
雲深驃騎幕,夜隔孝廉船。
雲は高く深く、ここの幕府には驃騎将軍がいるし、夜になっても遠く離れていても親孝行なものは舟手出掛けるのである。
卻寄雙愁眼,相思淚點懸。
そんなこともあって愁いを帯びた二つ並んだ眼で見た思いを送ります。互いに思っていることを考えると、涙がしたたり落ちて來るものである。
 
廣州張判官叔卿の書を得て、使いのもの還るに、以て代意を詩す。
鄉關 胡騎 遠く,宇宙 蜀城 偏る。
忽として得る 炎州の信を,遙かに從る 月峽の傳。
雲深く 驃騎の幕,夜隔て 孝廉の船。
卻って雙愁の眼を寄せ,相い思う 淚點の懸。


月明峡01


















『得廣州張判官叔卿書使還以詩代意』 現代語訳と訳註
(本文)
鄉關胡騎遠,宇宙蜀城偏。
忽得炎州信,遙從月峽傳。
雲深驃騎幕,夜隔孝廉船。
卻寄雙愁眼,相思淚點懸。


(下し文)
廣州張判官叔卿の書を得て、使いのもの還るに、以て代意を詩す。
鄉關 胡騎 遠く,宇宙 蜀城 偏る。
忽として得る 炎州の信を,遙かに從る 月峽の傳。
雲深く 驃騎の幕,夜隔て 孝廉の船。
卻って雙愁の眼を寄せ,相い思う 淚點の懸。


(現代語訳)
(廣州の張判官叔卿の書簡を使いの段功曹から得たことで、今の思いを詩にして廣州に帰る段功曹に預けるので受け取ってください。)
張判官の故郷の関所塞は異民族の騎馬から遠く離れている。この天下は蜀の城郭の方に不安ことが偏ってしまっている。
そんな時にあなたの炎州の方から書信が届いた。はるか、かなたに明月峡日の風流を伝えお送りするものである。
雲は高く深く、ここの幕府には驃騎将軍がいるし、夜になっても遠く離れていても親孝行なものは舟手出掛けるのである。
そんなこともあって愁いを帯びた二つ並んだ眼で見た思いを送ります。互いに思っていることを考えると、涙がしたたり落ちて來るものである。


(訳注)
得廣州張判官叔卿書使還以詩代意
(廣州の張判官叔卿の書簡を使いの段功曹から得たことで、今の思いを詩にして廣州に帰る段功曹に預けるので受け取ってください。)
・廣州 現在の広東省に位置する。杜甫『送段功曹歸廣州』「南海春天外,功曹幾月程。峽雲籠樹小,湖日落船明。交趾丹砂重,韶州白葛輕。幸君因旅客,時寄錦官城。」
・使 段功曹


鄉關 胡騎 遠 ,宇宙 蜀城 偏。
千畳敷0010張判官の故郷の関所塞は異民族の騎馬から遠く離れている。この天下は蜀の城郭の方に不安ことが偏ってしまっている。
「鄉關」語義類別:地、地理、特殊場域、家鄉。
「胡騎」語義類別:人、稱謂、指代稱謂、胡騎。


忽得 炎州 信 ,遙從 月峽 傳 。
そんな時にあなたの炎州の方から書信が届いた。はるか、かなたに明月峡日の風流を伝えお送りするものである。
「炎州」中國から南へ九万里、方円二千里。この世界には不思議なドウブツがいるので名高い。
・「月峽」明月峽。明月峡古桟道は別名朝天峡、古蜀桟道の一部で、広元北23キロの嘉陵江東岸の絶壁に掘られた古蜀から中原に入る唯一の交通要道であった。戦国時代から宋時代まで歴代の蜀人が絶えずに修復し、新しく掘り続け、この蜀の桟道は数百キロも続く。
 


雲深 驃騎 幕 ,夜隔 孝廉 船 。
雲は高く深く、ここの幕府には驃騎将軍がいるし、夜になっても遠く離れていても親孝行なものは舟手出掛けるのである。
「驃騎」驃騎将軍(ひょうきしょうぐん)は、前漢以降の官職名。軍を率いる将軍位の一つ。票騎将軍と記述されることもある。 前漢の武帝元狩2年(紀元前121年)に霍去病が就任したことに始まり、元狩4年(紀元前119年)には大将軍と同等の秩禄とされた。身軽に装備した騎兵。軽騎兵。
「幕」幕府。剣南東川幕府。
「孝廉」① 孝行で欲が少なく、正直なこと。また、そのさま。②㋐中国漢代に、朝廷が各郡に推挙させた人物の徳目の一。また、その徴士の名称。㋑郷試合格者である、挙人の称。
「船」語義類別:物、器物、交通工具(水路)、船。


卻寄 雙 愁眼 ,相思 淚點 懸 。
そんなこともあって愁いを帯びた二つ並んだ眼で見た思いを送ります。互いに思っていることを考えると、涙がしたたり落ちて來るものである。
「寄」語義類別:人、行為動作、一般行為(宀部)、寄。
「雙」語義類別:其他、數詞、定量數詞、雙。
「愁眼」秋の夕べに愁いを帯びた眼でみることをいう。杜甫『遺懷』「愁眼看霜露,寒城菊自花。天風隨斷柳,客淚墮清笳。水靜樓陰直,山昏塞日斜。夜來歸鳥盡,啼殺後棲鴉。」。

廣州段功曹到得楊五長史譚書,功曹卻歸,聊寄此詩 蜀中転々 杜甫 <507>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2730 杜甫詩1000-507-740/1500

杜甫《廣州段功曹到・・・聊寄此詩》段君に頼みたいことは、君を煩わせるのだがわたしが貧しくかつ持病に悩んで他郷で老いつつあるということを伝言してもらいたいのである。


2013年7月25日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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孟浩然の詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

廣州段功曹到得楊五長史譚書,功曹卻歸,聊寄此詩 蜀中転々 杜甫 <507>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2730 杜甫詩1000-507-740/1500



詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の507首目蜀中転々-場面
杜甫ブログ1500回予定の-740回目   40839
卷別: 卷二二七  文體: 五言律詩 
詩題: 廣州段功曹到得楊五長史譚書,功曹卻歸,聊寄此詩 
寫作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州) 
寫及地點:  廣州 (嶺南道東部 廣州 廣州)     
銅梁山 (山南西道 合州 銅梁山)     
交遊人物/地點: 段功曹 書信往來(劍南道北部 梓州 梓州)
楊譚 詩文提及(嶺南道東部 桂州 桂州)
広州の段功曹がきてくれたので自分は広州の都督府の長史楊譚の手紙を得た。段がもどるというので自分は此の詩を楊譚に寄せた。宝応元年梓州にあっての作。



廣州段功曹到得楊五長史譚書,功曹卻歸,聊寄此詩
(広州の段功曹がきてくれたので私は広州の都督府長史、楊譚の手紙を得た。段功曹がもどるというので私は此の詩を楊譚に寄せた。)
衛青開幕府,楊僕將樓船。
衛青に喩えられる君の長官が広州に幕府を開いている。楊僕に比較される君はその部下として甘えることなく楼船をひきいている。
漢節梅花外,春城海水邊。
楊都督は梅花の名所のさらに遠くに使節を持しているし、東(春)の遠くにあるその城は海水のほとりにある。
銅梁書遠及,珠浦使將旋。
そんな遠方の地からこんな銅梁山のある所までわざわざ手紙をよこしてくれられた。その手紙をもってきてくれた使者段君はいま珠浦の方へかえろうとしている。
貧病他鄉老,煩君萬里傳。

それで段君に頼みたいことは、君を煩わせるのだがわたしが貧しくかつ持病に悩んで他郷で老いつつあるということを伝言してもらいたいのである。
(広州の段功曹到る。楊五長史譚が書を得たり。功曹却帰す。聊か此の詩を寄す)
衛青 幕府を開く、楊僕【ようぼく】 楼船に将たり。
漢節 梅花の外 春城 海水の辺。
銅梁 書遠く及ばる、珠浦 使い将に旋【かえ】らんとす。
貧病 他郷に老ゆ、君を煩わして万里に伝えしむ。





『廣州段功曹到,得楊五長史譚書,功曹卻歸,聊寄此詩』 現代語訳と訳註
(本文)
衛青開幕府,楊僕將樓船。
漢節梅花外,春城海水邊。
銅梁書遠及,珠浦使將旋。
貧病他鄉老,煩君萬里傳。


(下し文)
yashi02(広州の段功曹到る。楊五長史譚が書を得たり。功曹却帰す。聊か此の詩を寄す)
衛青 幕府を開く、楊僕【ようぼく】 楼船に将たり。
漢節 梅花の外 春城 海水の辺。
銅梁 書遠く及ばる、珠浦 使い将に旋【かえ】らんとす。
貧病 他郷に老ゆ、君を煩わして万里に伝えしむ。


(現代語訳)
(広州の段功曹がきてくれたので私は広州の都督府長史、楊譚の手紙を得た。段功曹がもどるというので私は此の詩を楊譚に寄せた。)
衛青に喩えられる君の長官が広州に幕府を開いている。楊僕に比較される君はその部下として甘えることなく楼船をひきいている。
楊都督は梅花の名所のさらに遠くに使節を持しているし、東(春)の遠くにあるその城は海水のほとりにある。
そんな遠方の地からこんな銅梁山のある所までわざわざ手紙をよこしてくれられた。その手紙をもってきてくれた使者段君はいま珠浦の方へかえろうとしている。
それで段君に頼みたいことは、君を煩わせるのだがわたしが貧しくかつ持病に悩んで他郷で老いつつあるということを伝言してもらいたいのである。


(訳注)
廣州段功曹到得楊五長史譚書,功曹卻歸,聊寄此詩 
(広州の段功曹がきてくれたので私は広州の都督府長史、楊譚の手紙を得た。段功曹がもどるというので私は此の詩を楊譚に寄せた。)宝応元年梓州にあっての作。
作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州) 
寫及地點:  廣州 (嶺南道東部 廣州 廣州)  、銅梁山 (山南西道 合州 銅梁山)     
交遊人物/地點: 段功曹 書信往來 (劍南道北部 梓州) 、楊譚 詩文提及(嶺南道東部 桂州 桂州)
○広州 広東にある。
○段功曹 功曹参軍段某。
○到 梓州へきたこと。
○楊五長史譚 楊はさきに桂州にあったが桂州より広東へ転任したものと思われる、長史は官名。
○却帰 もどる。


衛青 開 幕府 ,楊僕 將樓船 。
衛青に喩えられる君の長官が広州に幕府を開いている。楊僕に比較される君はその部下として甘えることなく楼船をひきいている。
○衛青 漢の武帝の時の武将、今かりて広州の都督をさす、楊譚の長官たるもののことをいう。衛客とは漢の衛青・霍去病をさす、共に皇后の外戚の故を以て貴位に居った。とほは『自京赴奉先縣詠懷五百字』では楊貴妃の親戚にあたる楊国忠等に此している自京赴奉先縣詠懷五百字 杜甫 111 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700-105-#7『奉和嚴中丞西城晚眺十韻』縁故で職責に着いたがその責に甘えることがなかったという。奉和嚴中丞西城晚眺十韻 蜀中転々 杜甫 <505-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2720 杜甫詩1000-505-#2-738/1500衛 青(えい せい、? - 元封5年(紀元前106年))は、前漢の武帝に仕えた武将。河東平陽(山西省臨汾)出身。字は仲卿。爵位は長平侯。母親は婢であった衛媼(えいおん)。幼少時に下級官吏の鄭季(ていき)の家に引き取られていたため、父親は鄭季とされる。 幼少から匈奴と境を接する北方で羊の放牧の仕事をし、匈奴の生活や文化に詳しかった。だが、奴隷のように扱われ時には父親らから虐待を受けていたという。
○楊僕 漢の時楼船将軍となり予章より出て珠浦に下った、楊譚に此する。


漢節 梅花 外 ,春城 海水 邊 。
楊都督は梅花の名所のさらに遠くに使節を持しているし、東(春)の遠くにあるその城は海水のほとりにある。
○漢節 都督、天子の命をうけ節を持することをいう。○梅花 広東の北の大庚嶺は梅花を以て有名である。
○春城 広州の城をさす、東(春)の遠くにあったので春城という。


銅梁 書 遠及 ,珠浦 使將旋。
そんな遠方の地からこんな銅梁山のある所までわざわざ手紙をよこしてくれられた。その手紙をもってきてくれた使者段君はいま珠浦の方へかえろうとしている。
○銅梁 山の名、
梓州にある、作者自己の居処をいう。
○遠及 わざわざここまでよこしてくれたということ。○珠浦 合浦のこと、広東廉州にあり、真珠を以て有名、名所をあげただけである。
○使 使者、段功菅をさす。


貧病 他鄉 老 ,煩君 萬里 傳 。
それで段君に頼みたいことは、君を煩わせるのだがわたしが貧しくかつ持病に悩んで他郷で老いつつあるということを伝言してもらいたいのである。
○貧病 作者の状況。
○他郷 局地をさす。
○君 段。
○万里 広州。
月明峡01

嚴中丞枉駕見過 嚴中丞枉駕見過【案:自注:嚴自東川除西川,敕令兩川都節制。】 蜀中転々 杜甫 <506>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2725 杜甫詩1000-506-739/1500

杜甫《嚴中丞枉駕見過》 まことにさびしい錦江の天の雲霧のうちに処士の徴象たる少徴星があるとはだれがいうのか。厳武、きみだけがそんな星あることを、私にことを知ってくれるのである。


2013年7月24日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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孟郊詩
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李商隠詩
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嚴中丞枉駕見過 嚴中丞枉駕見過【案:自注:嚴自東川除西川,敕令兩川都節制。】 蜀中転々 杜甫 <506>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2725 杜甫詩1000-506-739/1500 



詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
卷別: 卷二二七  文體: 七言律詩 
詩題: 嚴中丞枉駕見過【自注:嚴自東川除西川,敕令兩川都節制。】
掲 載; 杜甫1000首の506首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-739回目   40838
御史中丞の厳武が自分の草堂へわざわざたずねてくれた。厳武は東川と西川のすべて管轄せよとの勅命をうけて来任したのである。宝応元年の作でる。

嚴中丞枉駕見過 *〔原注〕厳自東川、除西川、勅令両川都節(厳東川より、西川に除せられ、勅もて両川の都
節に令せらる)



嚴中丞枉駕見過
元戎小隊出郊坰,問柳尋花到野亭。
川合東西瞻使節,地分南北任流萍。
扁舟不獨如張翰,白帽還應似管寧。
寂寞江天雲霧裏,何人道有少微星。

(厳中丞駕を枉げ過らる)
元戎小隊郊桐に出づ、柳を問い花を尋ねて野草に到る。
川東西を合し使節を障る、地南北を分かつ流再に任す。
扁舟独り張翰の如くなるのみならず、鳥帽還応に管寧に似たるなるべし。
寂美江天雲霧の裏、何人か這う少微塵有り。

杜甫像0012















『嚴中丞枉駕見過』 現代語訳と訳註
(本文)

元戎小隊出郊坰,問柳尋花到野亭。
川合東西瞻使節,地分南北任流萍。
扁舟不獨如張翰,白帽還應似管寧。
寂寞江天雲霧裏,何人道有少微星。

(下し文)
(厳中丞駕を枉げ過らる)
元戎小隊郊桐に出づ、柳を問い花を尋ねて野草に到る。
川東西を合し使節を障る、地南北を分かつ流再に任す。
扁舟独り張翰の如くなるのみならず、鳥帽還応に管寧に似たるなるべし。
寂美江天雲霧の裏、何人か這う少微塵有り。


(現代語訳)
(厳武中丞節度使がわざわざ立ち寄ってくれ、ひとしきり歓談してくれた時に思ったことの詩)
節度使が配下の小部隊をつれて城内から郊外の管轄地の視察へ出かけて、こちらの柳、あちらの花とさぐり愛でながらわたしの草堂までやってこられた。
彼が天子の節度使として東西両川を治めるおかたとして仰ぎみるのであるが、土地の南北の分かれはあるが節度使が別々でうき草のただよう様に好き勝手にされていた。
この間わたしは役割が終わったとして隠棲したのは張翰のようであるのは独りだけではなく、乱を避けて世から離れていることはまた白帽をつけて、應詔を固辞した管寧に似ていることであろう。
まことにさびしい錦江の天の雲霧のうちに処士の徴象たる少徴星があるとはだれがいうのか。厳武、きみだけがそんな星あることを、私にことを知ってくれるのである。


(訳注)
厳中丞枉駕見過
(厳武中丞節度使がわざわざ立ち寄ってくれ、ひとしきり歓談してくれた時に思ったことの詩)
○厳中丞 御史中丞厳武のこと、粛宗は長安を回復すると厳武を以て京兆少尹・兼御史中丞となした、史思明の乱がおこったために官におもむかぬうちに出されて綿州刺史となり剣南の東西両川節度使を兼ね、御史中丞をも兼ねた。東川節度使は梓州に幕府を置き、西川は成都に治する、杜甫の原注によれば厳武は東川より西川にうつって両川を節制したものであり、宝応元年のことである。
○柾駕 のりものをまげてわざわざ立ち寄ったことをいう。
○見過 浣花の草堂へきてくれた。立ち寄ってくれることの時間経過があったことを云う。


元戎小隊出郊坰,問柳尋花到野亭。
節度使が配下の小部隊をつれて城内から郊外の管轄地の視察へ出かけて、こちらの柳、あちらの花とさぐり愛でながらわたしの草堂までやってこられた。
○元戎 弩の連射ができるもので漢代でも改良は続けられ、三国志中には諸葛亮がそれを改良して元戎(げんじゅう)を作ったとする記述がある。これで狙われれば、逃げるか、隠れるかしか方法がないとされ、厳武の節度使としての軍事行政手腕を著したものである。大きな軍事のこと、「詩経」(小南)にみえる。
○小隊 わずかな人数の部隊。
○出郊坰 城から野外へ出かけたこと、野外を郊、郊外を林、林外を坰という。
○野亭 草堂。
 

川合東西瞻使節,地分南北任流萍。
彼が天子の節度使として東西両川を治めるおかたとして仰ぎみるのであるが、土地の南北の分かれはあるが節度使が別々でうき草のただよう様に好き勝手にされていた。
○川合東西 東川・西川の二区域を合すること。どちらも直近に叛乱があり、東でおこった叛乱の征伐の際西に逃亡、西でおこれば東へと逃げるので、相当の実力のあるものでなければ抑えられないということの意味である。
〇瞻 こちらが仰ぎみること。
○使節 天子の使者としてのはた、節度使は天子より軍治民治の権力をゆだねられ.るので使節という。
○南北 南は成都、北は長安、洛陽、此の句は自己についていう。
○流萍 ながれるうきくさ、これまでは叛乱者が両川を逃げ追うせること。


扁舟不獨如張翰,白帽還應似管寧。
この間わたしは役割が終わったとして隠棲したのは張翰のようであるのは独りだけではなく、乱を避けて世から離れていることはまた白帽をつけて、應詔を固辞した管寧に似ていることであろう。
○扁舟張翰 晋の張翰は洛陽に至って斉王冏に仕えたが、時事の非なのを見て(秋風が吹くと)故郷呉中の蓴羹【じゅんかん】鱸鱠【ろうかい】を憶うといって帰ってしまった、届舟の故事は無いが呉にかえるにはいずれ舟にのらね晋の張翰が世の乱れたのを見、秋風の起るにあたって、故郷である呉の蒪羹、鱸魚を思うといって官を辞してかえったが、今は世が治まっているのでさようの人物が無いということ。東走とは呉は東南であるから東という。世の中が安定してくれば自分の役割は終了した、高級官僚に未練はなく故郷に帰って隠棲するということである。
杜甫『洗兵行』「東走無複憶鱸魚,南飛覺有安巢鳥。」(東走【とうそう】復【ま】た鱸魚【ろぎょ】を憶【おも】う無く、南飛【なんぴ】巣に安【やす】んずるの鳥有るを党ゆ。)張翰の様に秋風が吹いたといって東に走って鱸魚の刺身が恋しいなどいって、朝廷から逃げ出すものもなく、南の越の鳥は南枝にとんでおちついてその巣にとまっている様に人々は安堵しているのだ。
○白帽似管寧 魏の曹操時、管寧は仕えず、乱をさけて遼東に居り、常に白い帽・布の禰・袴をつけていたという。乱がおさまって遼東に避難していた人達は相次いで帰郷していったが、管寧だけは遼東にとどまった。文帝、太中大夫に任命されたが、管寧はこれを辞退した。明帝の時も辞退している。


寂寞江天雲霧裏,何人道有少微星。
まことにさびしい錦江の天の雲霧のうちに処士の徴象たる少徴星があるとはだれがいうのか。厳武、きみだけがそんな星あることを、私にことを知ってくれるのである。
○江天雲霧 江は錦江、雨の多いゆえに雲霧という。
○少徴星 星座の名、少徴四星は太徴の西にあり、士大夫の位である、一に処土星と名づけ、仕官せぬ隠者にかたどる、自己をたとえて

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奉和嚴中丞西城晚眺十韻 蜀中転々 杜甫 <505-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2720 杜甫詩1000-505-#2-738/1500

杜甫《奉和嚴中丞西城晚眺十韻》#2その風に翻る旗には蚊竜の画姿が会合し、君の立つ城楼のうえの方には燕や雀も慣れ親しんで盛んに飛び交う。それから蜀の土地は平らかで岷江の水が蜀盆地を潤して動きながれ、天は広くして樹色が遠く秦の都の方まで浮かんで見える。


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孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
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奉和嚴中丞西城晚眺十韻  蜀中転々 杜甫 <505-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2720 杜甫詩1000-505-#2-738/1500


奉和嚴中丞西城晚眺 十韻 #1
(厳武中丞が成都の西城にあって夕がた景色をながめたことをよんだ詩。)
汲黯匡君切,廉頗出將頻。
前漢の汲黯に比すべき君は天子のわるいところをしばしば切諌し、戦国の廉頗である君は頻しきりに武将として地方へ出られる。
直詞才不世,雄略動如神。
君の直言は世毎には出ぬほどまれなものであり、君の雄略はそのはたらき神がかり的なものであるといわれる。
政簡移風速,詩清立意新。
政ごとにかんしては簡単でしかも速かに悪風俗をかえ、また詩才があってその詩は清らかで意匠は新しいのである。
層城臨暇景,絕域望餘春。』
君の政治姿勢は威風高い城で遠き風景に臨みてみ下し、蜀のごとき絶域において春のおわりの景色をながめられる風流を兼ね備えている。』


#2
旗尾蛟龍會,樓頭燕雀馴。
その風に翻る旗には蚊竜の画姿が会合し、君の立つ城楼のうえの方には燕や雀も慣れ親しんで盛んに飛び交う。
地平江動蜀,天闊樹浮秦。』
それから蜀の土地は平らかで岷江の水が蜀盆地を潤して動きながれ、天は広くして樹色が遠く秦の都の方まで浮かんで見える。』
帝念深分閫,軍須遠算緡。
天子は君に対して朝廷宮殿の門外の全権委任をお託しになるおぼしめしが深く、軍需調達についてはなるたけ人民から税金を取らぬようにとの方針である。
花羅封蛺蝶,瑞錦送麒麟。
それで或は蛺蝶の模様のあるうすぎぬを封じて賜わり、或は麟麟の紋様のある瑞錦の織物を送り遣わされる。
辭第輸高義,觀圖憶古人。
これに対して、君は恩寵になれず、霍去病のごとく第宅を賜わろうとしてもこれを御辞退するほどの高義を致すひとであるし、蜀の治乱安危に心をとどめて蜀の地方の図を観ては古人の戦略などおもうておられるのだろう。
征南多興緒,事業闇相親。』

吾が遠祖征南大将軍にも此すべき君は平穏にするための心配し、方策をむねにする。己に風景などながめて政治の余暇の興趣にとんでおられるが、それよりも自家のうちたてられんとする功業において君はそれとなく征南将軍に近いものがある。』
(厳中丞が西城晩眺を和し奉る 十韻)
汲黯【きゅうあん】君を匡【ただ】すこと切なり、廉頗【れんぱ】出將【しゅっしょう】頻【しき】りなり。
直詞才世ならず、雄略動くこと神の如し。
政 筒にして風を移すこと速やかに、詩清くして意を立つること新たなり。
層城 暇景に臨み、絶域 余春を臨む。
#2
旗尾尾蚊竜 会す、楼頭 燕雀 馴る。
地平らかにして江 蜀に動き、天闊くして樹秦に浮かぶ。
帝念 分閫【ぶんこん】に深く、軍須【ぐんしゅ】算緡【さんびん】を遠ざく。
花羅【から】蛺蝶【きょうちょう】を封じ、瑞錦【ずいきん】麟鱗【きりん】を送る。
辞第 高義を輸【いた】し、観図古人を憶う。
征南 興緒【きょうしょ】多し、事業 闇【あん】に相い親しむ。




『奉和嚴中丞西城晚眺十韻 』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
旗尾蛟龍會,樓頭燕雀馴。地平江動蜀,天闊樹浮秦。』
帝念深分閫,軍須遠算緡。花羅封蛺蝶,瑞錦送麒麟。
辭第輸高義,觀圖憶古人。征南多興緒,事業闇相親。』


(下し文) #2
旗尾尾蚊竜 会す、楼頭 燕雀 馴る。
地平らかにして江 蜀に動き、天闊くして樹秦に浮かぶ。
帝念 分閫【ぶんこん】に深く、軍須【ぐんしゅ】算緡【さんびん】を遠ざく。
花羅【から】蛺蝶【きょうちょう】を封じ、瑞錦【ずいきん】麟鱗【きりん】を送る。
辞第 高義を輸【いた】し、観図古人を憶う。
征南 興緒【きょうしょ】多し、事業 闇【あん】に相い親しむ。


(現代語訳)
その風に翻る旗には蚊竜の画姿が会合し、君の立つ城楼のうえの方には燕や雀も慣れ親しんで盛んに飛び交う。
それから蜀の土地は平らかで岷江の水が蜀盆地を潤して動きながれ、天は広くして樹色が遠く秦の都の方まで浮かんで見える。』
天子は君に対して朝廷宮殿の門外の全権委任をお託しになるおぼしめしが深く、軍需調達についてはなるたけ人民から税金を取らぬようにとの方針である。
それで或は蛺蝶の模様のあるうすぎぬを封じて賜わり、或は麟麟の紋様のある瑞錦の織物を送り遣わされる。
これに対して、君は恩寵になれず、霍去病のごとく第宅を賜わろうとしてもこれを御辞退するほどの高義を致すひとであるし、蜀の治乱安危に心をとどめて蜀の地方の図を観ては古人の戦略などおもうておられるのだろう。
吾が遠祖征南大将軍にも此すべき君は平穏にするための心配し、方策をむねにする。己に風景などながめて政治の余暇の興趣にとんでおられるが、それよりも自家のうちたてられんとする功業において君はそれとなく征南将軍に近いものがある。』


(訳注) #2
旗尾蛟龍會,樓頭燕雀馴。
その風に翻る旗には蚊竜の画姿が会合し、君の立つ城楼のうえの方には燕や雀も慣れ親しんで盛んに飛び交う。
○旗尾 旗は竿頭に鈴のついたはた。そのはたの旗に蛟龍をえがく、尾ははたのすえをいう。
〇蛟竜 絵のそれをさす。
○楼頭 楼は城楼。
○燕雀 これは実物をいう。


地平江動蜀,天闊樹浮秦。』
それから蜀の土地は平らかで岷江の水が蜀盆地を潤して動きながれ、天は広くして樹色が遠く秦の都の方まで浮かんで見える。』
○地平二句  眺望の実景である。
○江動蜀 江は岷江、江水が蜀地において動き流れる。
○樹浮秦 樹色が遠く秦(長安)の方へ平らにつらなるさま。長安を見守ってきたのは木々であるというもの。


帝念深分閫,軍須遠算緡。
天子は君に対して朝廷宮殿の門外の全権委任をお託しになるおぼしめしが深く、軍需調達についてはなるたけ人民から税金を取らぬようにとの方針である。
○帝念 天子のおこころ。
○深分閫 閫は門のしきみのことで、天子が大将を遣わすのに、城門を出たうえは門外の事は全権をこれに一任するということである、分閫は閫内、閫外を分かつこと。
○軍須 軍需に同じ、軍事について必要なもの。
○遠算緡 孔のあいた銭を貫く糸を緡という、凡そ千銭を一貫とし、税二十銭をだす、緡を算するのは人民の財産しらぺをして税を取るためである、遠とはそんな方法にちか
よらぬようにすること。


花羅封蛺蝶,瑞錦送麒麟。
それで或は蛺蝶の模様のあるうすぎぬを封じて賜わり、或は麟麟の紋様のある瑞錦の織物を送り遣わされる。
蛺蝶02○花羅 うつくしいうすぎぬ。
○封、送 天子の方でこれを封じこれを送りよこされること。
○蛺蝶 ちょうちょう、羅の模様である。
○瑞錦 うつくしいにしきのおりもの。
○麟麟 錦の織紋。



辭第輸高義,觀圖憶古人。
これに対して、君は恩寵になれず、霍去病のごとく第宅を賜わろうとしてもこれを御辞退するほどの高義を致すひとであるし、蜀の治乱安危に心をとどめて蜀の地方の図を観ては古人の戦略などおもうておられるのだろう。
○辭第 第宅を辞退した故事。霍去病(かくきょへい)は前漢武帝時代の将軍。武帝の衛皇后および将軍衛青の甥で,皇后の縁故により18歳で侍中となる。前123年に衛青の匈奴征討に従軍して勇将ぶりを発揮し,前121年には驃騎将軍となる。この年,甘粛方面の匈奴に壊滅的打撃を与えて西部匈奴の渾邪(こんや)王を降服させ,前119年には衛青と出撃して匈奴を漠北に一掃する手柄をたてたが,その2年後に24歳で病死した。
○輸高義 輪とは厳武の方から天子に対して致すことをいう。
○観図憶古人 図は蜀道画図をいう、蜀の図を見て政治に資そうとするのである、その事が古人と似ている、別に『嚴公廳宴同詠蜀道畫圖』がある。晋の文帝は嘗て有司に命じて呉蜀の地図を撰ばせ、これによって攻撃の戦略を定めたことがある。古人とはこの類をいうもの。
○辞第漢の賽去病のために天子が第宅を治めたまおうとしたところ、去病は「旬奴未ダ滅ビズ、何ゾ家ヲ以テ為サン(家を以て何をか為さんの意)」といってこれを辞退した、厳武もまたこれと似ていることをいう。


征南多興緒,事業闇相親。』
吾が遠祖征南大将軍にも此すべき君は平穏にするための心配し、方策をむねにする。己に風景などながめて政治の余暇の興趣にとんでおられるが、それよりも自家のうちたてられんとする功業において君はそれとなく征南将軍に近いものがある。』
○征南 晋の杜預は卒して征南大将軍を贈られた、杜甫のの十三世の祖である。
○興緒 心配する心持、情緒をいう。
○事業 杜頚は伐呉の計を建てたが、厳武は必ず平易の功を立てるであろうというのである。
○闇相親 親は近い意である。

奉和嚴中丞西城晚眺十韻 蜀中転々 杜甫 <505-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2715 杜甫詩1000-505-#1-737/1500

杜甫《奉和嚴中丞西城晚眺十韻》 前漢の汲黯に比すべき君は天子のわるいところをしばしば切諌し、戦国の廉頗である君は頻りに武将として地方へ出られる。


2013年7月22日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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Ⅲ杜甫詩1000詩集 LiveDoor奉和嚴中丞西城晚眺十韻 蜀中転々 杜甫 <505-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2715 杜甫詩1000-505-#1-737/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集 Fc2
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性 LiveDoor籌邊樓 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-234--#90  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2717
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー
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孟浩然の詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

奉和嚴中丞西城晚眺十韻  蜀中転々 杜甫 <505-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2715 杜甫詩1000-505-#1-737/1500 



詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
卷別: 卷二二七  文體: 五言古詩 
掲 載; 杜甫1000首の505-#1首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-737回目   40836

厳武が西城晩眺の詩を作ったのについて、それに和してつくった詩。宝応元年春の作


奉和嚴中丞西城晚眺 十韻 #1
(厳武中丞が成都の西城にあって夕がた景色をながめたことをよんだ詩。)
汲黯匡君切,廉頗出將頻。
前漢の汲黯に比すべき君は天子のわるいところをしばしば切諌し、戦国の廉頗である君は頻しきりに武将として地方へ出られる。
直詞才不世,雄略動如神。
君の直言は世毎には出ぬほどまれなものであり、君の雄略はそのはたらき神がかり的なものであるといわれる。
政簡移風速,詩清立意新。
政ごとにかんしては簡単でしかも速かに悪風俗をかえ、また詩才があってその詩は清らかで意匠は新しいのである。
層城臨暇景,絕域望餘春。』
君の政治姿勢は威風高い城で遠き風景に臨みてみ下し、蜀のごとき絶域において春のおわりの景色をながめられる風流を兼ね備えている。』  
千畳敷0010#2
旗尾蛟龍會,樓頭燕雀馴。地平江動蜀,天闊樹浮秦。』
帝念深分閫,軍須遠算緡。花羅封蛺蝶,瑞錦送麒麟。
辭第輸高義,觀圖憶古人。征南多興緒,事業闇相親。』


(厳中丞が西城晩眺を和し奉る 十韻)
汲黯【きゅうあん】君を匡【ただ】すこと切なり、廉頗【れんぱ】出將【しゅっしょう】頻【しき】りなり。
直詞才世ならず、雄略動くこと神の如し。
政 筒にして風を移すこと速やかに、詩清くして意を立つること新たなり。
層城 暇景に臨み、絶域 余春を臨む。
#2
旗尾尾蚊竜 会す、楼頭 燕雀 馴る。
地平らかにして江 蜀に動き、天闊くして樹秦に浮かぶ。
帝念 分閫【ぶんこん】に深く、軍須【ぐんしゅ】算緡【さんびん】を遠ざく。
花羅【から】蛺蝶【きょうちょう】を封じ、瑞錦【ずいきん】麟鱗【きりん】を送る。
辞第 高義を輸【いた】し、観図古人を憶う。
征南 興緒【きょうしょ】多し、事業 闇【あん】に相い親しむ。


『奉和嚴中丞西城晚眺 十韻』 現代語訳と訳註
(本文)
#1
汲黯匡君切,廉頗出將頻。直詞才不世,雄略動如神。
政簡移風速,詩清立意新。層城臨暇景,絕域望餘春。』


(下し文)
(厳中丞が西城晩眺を和し奉る 十韻)
汲黯【きゅうあん】君を匡【ただ】すこと切なり、廉頗【れんぱ】出將【しゅっしょう】頻【しき】りなり。
直詞才世ならず、雄略動くこと神の如し。
政 筒にして風を移すこと速やかに、詩清くして意を立つること新たなり。
層城 暇景に臨み、絶域 余春を臨む。


(現代語訳)
(厳武中丞が成都の西城にあって夕がた景色をながめたことをよんだ詩。)
前漢の汲黯に比すべき君は天子のわるいところをしばしば切諌し、戦国の廉頗である君は頻しきりに武将として地方へ出られる。
君の直言は世毎には出ぬほどまれなものであり、君の雄略はそのはたらき神がかり的なものであるといわれる。
政ごとにかんしては簡単でしかも速かに悪風俗をかえ、また詩才があってその詩は清らかで意匠は新しいのである。
君の政治姿勢は威風高い城で遠き風景に臨みてみ下し、蜀のごとき絶域において春のおわりの景色をながめられる風流を兼ね備えている。』


(訳注)
奉和嚴中丞西城晚眺 十韻

○厳中丞 厳武。杜甫は厳武に着いて、これまでも多く詩に詠っている。

相逢歌贈嚴二別駕 楽府(七言歌行) 成都6-(23) 杜甫 <485  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2565 杜甫詩1000-485-707/1500

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留別賈嚴二閣老兩院補缺 杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 275

奉贈嚴八閣老 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 187

西城晩眺 厳武が作った詩の題である、成都の西城にあって夕がた景色をながめたことをよんだ。



汲黯匡君切,廉頗出將頻。
前漢の汲黯に比すべき君は天子のわるいところをしばしば切諌し、戦国の廉頗である君は頻しきりに武将として地方へ出られる。
○汲黯(きゅうあん生没年不詳) 前漢の人。濮陽の人で、字は長儒。漢の武帝の時代の大臣。大中大夫となったのでしばしば切諌した。
○匡君 君の悪事を正す。
○廉頗(れんぼ生没年不詳)は、中国戦国時代の趨の将軍。藺相如との関係が「刎頸の交わり」として有名。紀元前283年、将軍となり秦を討ち、昔陽を取る。紀元前282年、斉を討ち、陽晋(現在の山東省)を落とした。この功により上卿に任ぜられ、勇気のあることで諸侯の間で有名となる。
○出将 他の地へ出て将となること、厳武が処処へ節度使となってでたことをいう。


直詞才不世,雄略動如神。
君の直言は世毎には出ぬほどまれなものであり、君の雄略はそのはたらき神がかり的なものであるといわれる。
○直詞 直言を吐くこと、「匡君」の句を承ける、不世、不二世出】の意、まれにしかでない。
○雄略 おおしいはかりごと、「出将」の句を承ける。


政簡移風速,詩清立意新。
政ごとにかんしては簡単でしかも速かに悪風俗をかえ、また詩才があってその詩は清らかで意匠は新しいのである。
○政簡 政治の仕方が簡単である。
○移風 民の悪風を良風にかえる。
○詩清 清はさっぱりとしていること。
○立意 意匠のたでかた。


層城臨暇景,絕域望餘春。』
君の政治姿勢は威風高い城で遠き風景に臨みてみ下し、蜀のごとき絶域において春のおわりの景色をながめられる風流を兼ね備えている。』
○層城 いくえかかさなった城。
○暇景 暇は遇の誤字であろう、追景ははるかな景色。
○絶域 かけはなれたばし上、成都の地をさす。
○余春 春ののこりのけしき。
成都遂州00

重贈鄭鍊 蜀中転々 杜甫 <504>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2710 杜甫詩1000-504-736/1500

杜甫 《重贈鄭鍊》 鄭君は地方官をやめて郷里へ歸ろうとしている。清廉な人物なので、その旅嚢の中には特別に親御へのみやげにさしあげられるようなものは一つもないのだ。


2013年7月21日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
  
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
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重贈鄭鍊  蜀中転々 杜甫 <504>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2710 杜甫詩1000-504-736/1500


詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の504首目 蜀中転々-場面
杜甫ブログ1500回予定の-736回目
卷別: 卷二二六  文體: 七言絕句 
詩題: 重贈鄭鍊 
寫作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都) 
寫及地點:  襄州 (山南東道 襄州 襄州) 別名:襄陽     
交遊人物/地點: 鄭鍊 當地交遊(劍南道北部 益州 成都)


詩文:

重贈鄭鍊
(贈別鄭鍊赴襄陽」に重ねてこの別れに贈る詩)
鄭子將行罷使臣,囊無一物獻尊親。
鄭君は地方官をやめて郷里へ歸ろうとしている。清廉な人物なので、その旅嚢の中には特別に親御へのみやげにさしあげられるようなものは一つもないのだ。
江山路遠羇離日,裘馬誰為感激人。
これから山と川を越えて故郷に帰る遠い旅にたたれる日に当たって、軽袋をつけ肥馬にまたがるような富貴の人人のあいだで、この人物の清貧に感動して援助の手をさしのべられる人はいないのだろうか。
 
重ねて鄭鍊に贈る
鄭子 將に行かんとして 使臣を罷む,囊に一物の尊親に獻ずる無し。
江山 路遠し 羇離の日,裘馬 誰か感激の人為らん。


月明峡01











『重贈鄭鍊』 現代語訳と訳註
(本文)
重贈鄭鍊
鄭子將行罷使臣,囊無一物獻尊親。
江山路遠羇離日,裘馬誰為感激人。


(下し文)
重ねて鄭鍊に贈る
鄭子 將に行かんとして 使臣を罷む,囊に一物の尊親に獻ずる無し。
江山 路遠し 羇離の日,裘馬 誰か感激の人為らん。


(現代語訳)
(贈別鄭鍊赴襄陽」に重ねてこの別れに贈る詩)
鄭君は地方官をやめて郷里へ歸ろうとしている。清廉な人物なので、その旅嚢の中には特別に親御へのみやげにさしあげられるようなものは一つもないのだ。
これから山と川を越えて故郷に帰る遠い旅にたたれる日に当たって、軽袋をつけ肥馬にまたがるような富貴の人人のあいだで、この人物の清貧に感動して援助の手をさしのべられる人はいないのだろうか。


(訳注)
重贈鄭鍊
(贈別鄭鍊赴襄陽」に重ねてこの別れに贈る詩)
・鄭鍊 杜甫の知人。人物については不明。成都で地方官をしていたが郷里の襄陽に帰って親を見るという人物である。別に「鄭銃が某陽に赴くに贈別す」という題の五言律詩がある。『贈別鄭鍊赴襄陽』  蜀中転々 杜甫 <503>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2705 杜甫詩1000-503-735/1500


鄭子 將行 罷使臣 ,囊無 一物 獻 尊親 。
鄭君は地方官をやめて郷里へ歸ろうとしている。清廉な人物なので、その旅嚢の中には特別に親御へのみやげにさしあげられるようなものは一つもないのだ。
鄭子」 鄭鍊(唐)。
・使君 使君は、州郡の長官。
」旅のための故荷物入れの袋。
」みやげ物。
「尊親」親人眷屬、尊親。
・鄭錬 人物は不明。杜甫の知人、成都あたりで地方官をしていたのが、辞任して襄陽の郷里へ帰って親を省するのを詩を作って送った。
・使臣 地方の郡県の官。
・嚢 袋。旅の荷物をいれる。それに一物もないことは、在官中、清廉潔白で清貧に甘んじていることを示す。
・窮離 旅をする身上をいう。


江山 路遠 羇離 日 ,裘馬 誰為 感激 人 。
これから山と川を越えて故郷に帰る遠い旅にたたれる日に当たって、軽袋をつけ肥馬にまたがるような富貴の人人のあいだで、この人物の清貧に感動して援助の手をさしのべられる人はいないのだろうか。
・「江山」嘉陵江を昇って漢水流域に入って襄陽に下ってゆく。
裘馬 裘は軽い皮ごろも。軽裘肥馬は富貴の人をいう。論語・蕹也篇に「赤の斉に適くや、肥馬に乗り軽裘を衣る」とある。
感激人 感動して援助を惜しまぬ人。感激は激に感ずること。激は極端な清廉の行動。

024

贈別鄭鍊赴襄陽 蜀中転々 杜甫 <503>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2705 杜甫詩1000-503-735/1500

杜甫 《贈別鄭鍊赴襄陽》 徐知道の成都の乱で兵卒、早馬が入り混じり大変な状況で、柴門に住まいしていたこの私は老いた持病持ちの身であった。君が作ったいろんな詩を一つに束ねて私に見せてくれてもう随分日にちが過ぎた。この詩を見ることで胸に刻まれており、こうして別れて郷里に帰ることは詩の神はきっと驚くことであろう。



2013年7月20日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
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李商隠詩
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贈別鄭鍊赴襄陽 蜀中転々 杜甫 <503>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2705 杜甫詩1000-503-735/1500


詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の503首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-735回目 40834
卷別: 卷二二六 文體: 五言律詩
詩題: 贈別鄭鍊赴襄陽
寫作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)
寫及地點: 襄州 (山南東道 襄州 襄州) 別名:襄陽
       峨眉山 (劍南道北部 嘉州 峨眉山)
       峴山 (山南東道 襄州 峴山) 別名:峴首山
交遊人物/地點: 鄭鍊とは成都の幕府での交友。
詩文:

贈別鄭鍊赴襄陽
(鄭鍊が成都で地方官をしていたが親を見るために郷里の襄陽に帰えるのにこのしをつくって贈った。)
戎馬交馳際,柴門老病身。
徐知道の成都の乱で兵卒、早馬が入り混じり大変な状況で、柴門に住まいしていたこの私は老いた持病持ちの身であった。
把君詩過日,念此別驚神。
君が作ったいろんな詩を一つに束ねて私に見せてくれてもう随分日にちが過ぎた。この詩を見ることで胸に刻まれており、こうして別れて郷里に帰ることは詩の神はきっと驚くことであろう。
地闊峨眉晚,天高峴首春。
君の詩は成都盆地のように南に向けて広がり、峨嵋山に夕方にはついてしまうし、天は高く広がって襄陽の峴山の頂に來る春のように素晴らしいものである。
為於耆舊內,試覓姓龐人。
年老いた親を介護するために帰るという、しかし、襄陽という場所からあなたがしようということからあの「龐徳公」が鹿門山に隠遁したようなもので、きっとみんなからそう呼ばれることであろう。

(鄭鍊【ていれん】が襄陽に赴むくに別れるに贈る)
戎馬 交馳の際,柴門 老病の身。
君を把む 詩は日を過る,此れを念う 別は神を驚く。
地闊して峨眉の晚,天高くして峴首の春。
為於 耆舊の內,試みに姓は龐人を覓む。


『贈別鄭鍊赴襄陽』 現代語訳と訳註

峨眉山003(本文)
贈別鄭鍊赴襄陽
戎馬交馳際,柴門老病身。
把君詩過日,念此別驚神。
地闊峨眉晚,天高峴首春。
為於耆舊內,試覓姓龐人。


(下し文)
(鄭鍊【ていれん】が襄陽に赴むくに別れるに贈る)
戎馬 交馳の際,柴門 老病の身。
君を把む 詩は日を過る,此れを念う 別は神を驚く。
地闊して峨眉の晚,天高くして峴首の春。
為於 耆舊の內,試みに姓は龐人を覓む。


(現代語訳)
(鄭鍊が成都で地方官をしていたが親を見るために郷里の襄陽に帰えるのにこのしをつくって贈った。)
徐知道の成都の乱で兵卒、早馬が入り混じり大変な状況で、柴門に住まいしていたこの私は老いた持病持ちの身であった。
君が作ったいろんな詩を一つに束ねて私に見せてくれてもう随分日にちが過ぎた。この詩を見ることで胸に刻まれており、こうして別れて郷里に帰ることは詩の神はきっと驚くことであろう。
君の詩は成都盆地のように南に向けて広がり、峨嵋山に夕方にはついてしまうし、天は高く広がって襄陽の峴山の頂に來る春のように素晴らしいものである。
年老いた親を介護するために帰るという、しかし、襄陽という場所からあなたがしようということからあの「龐徳公」が鹿門山に隠遁したようなもので、きっとみんなからそう呼ばれることであろう。


(訳注)
贈別鄭鍊赴襄陽
(鄭鍊が成都で地方官をしていたが親を見るために郷里の襄陽に帰えるのにこのしをつくって贈った。)
・鄭鍊 杜甫の知人。人物については不明。成都で地方官をしていたが郷里の襄陽に帰って親を見るという人物である。杜甫は同時期に唐詩選『重贈鄭錬』(次のブログ)


戎馬 交馳 際 ,柴門 老病 身 。
徐知道の成都の乱で兵卒、早馬が入り混じり大変な状況で、柴門に住まいしていたこの私は老いた持病持ちの身であった。
・「戎馬」職業身份、兵卒。
・「馳」早馬を云ったり来たりさせる。ここでは徐知道の成都の乱をしめす。
・「柴門」浣花渓の杜甫草堂。鄭錬が誰かのお供をして訪れたと考える。


把君 詩 過日 ,念此 別 驚神 。
君が作ったいろんな詩を一つに束ねて私に見せてくれてもう随分日にちが過ぎた。この詩を見ることで胸に刻まれており、こうして別れて郷里に帰ることは詩の神はきっと驚くことであろう。
・「把」](1) 握る,手に持つ把着栏杆手すりをつかむ.(2) (権力などを)握る,掌握する.【同】把持(3) (子供をかかえて)尿や便をさせる把他尿彼におしっこをさせる.(4) 見張る,番をする.【同】把守(5) (裂け目などを)..。


地闊 峨眉 晚 ,天高 峴首 春 。
君の詩は成都盆地のように南に向けて広がり、峨嵋山に夕方にはついてしまうし、天は高く広がって襄陽の峴山の頂に來る春のように素晴らしいものである。
・「地闊」語義類別:地、地理、郊原村野、地。
景物形態、闊。
・「峨眉」成都の南にある、山嶺地名、峨眉山。
・「峴首」峴首。羊祜の碑、諸葛亮孔明、孟浩然は襄陽、峴山を題した詩が多くある。

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・「春」語義類別:時、四時節氣、四季、春。


為於耆舊 內 ,試覓 姓龐 人 。
年老いた親を介護するために帰るという、しかし、襄陽という場所からあなたがしようということからあの「龐徳公」が鹿門山に隠遁したようなもので、きっとみんなからそう呼ばれることであろう。
「耆舊」老人。
「龐人」鹿門山に隠棲した龐徳公をしめす。龐德公 東漢の末年、襄陽の名士である龐徳公は薬草を求めて妻を連れて山に入ってからもどらなかった。劉表からの士官への誘い、諸葛孔明からも誘われた、それを嫌って、奥地に隠遁したということと解釈している。隠遁を目指すものの憧れをいう。

--------------------------------------------------------------------------------
詩文(含異文): 上記の大意に変化が起こるほどの異文ではない。
戎馬交馳際,柴門老病身。
把君詩過日【把君詩過目】,念此別驚神【念別意驚神】。
地闊峨眉晚【地闊峨眉曉】【地闊峨眉遠】,天高峴首春。
為於耆舊內,試覓姓龐人。
詩人杜甫5x5

贈別何邕 蜀中転々 杜甫 <502>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2700 杜甫詩1000-502-734/1500

杜甫 《贈別何邕》 何邕どのがおさめる綿谷にはこれまでどおりの国のあり方がそのままある。そこに流れる沱江は古い秦の時代から流れの方向は変わらない。長安の五陵は花が満開になっているだろうが見たいものだ。ここに伝わるのは故郷の春が一番だということであろうか。


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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
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孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
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贈別何邕  蜀中転々 杜甫 <502>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2700 杜甫詩1000-502-734/1500 



作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の502首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-734回目   40833
卷別: 卷二二六  文體: 五言律詩 
詩題: 贈別何邕 
寫作地點: 綿州(劍南道北部 / 綿州 / 綿州) 
寫及地點:  綿谷 (山南西道 利州 綿谷)     
交遊人物/地點: 何邕 當地交遊(山南西道 利州 綿谷)
詩文:

贈別何邕
(何邕との別れにさいしてこの詩を贈る)
生死論交地,何由見一人。
生きるか死ぬか、その地がどこであるべきか議論したが、何殿は信念のように一人でよいということであった。
悲君隨燕雀,薄宦走風塵。
玄宗皇帝は燕や雀にしたがわれて、取り巻いていた情けの薄い宦官に風が散りを飛ばすようにその朝には逃げられていた。
綿谷元通漢,沱江不向秦。
何邕どのがおさめる綿谷にはこれまでどおりの国のあり方がそのままある。そこに流れる沱江は古い秦の時代から流れの方向は変わらない。
五陵花滿眼,傳語故鄉春。 
長安の五陵は花が満開になっているだろうが見たいものだ。ここに伝わるのは故郷の春が一番だということであろうか。(あなたは故郷に帰ることが出来ていいなあ。)

何邕と別れに贈る
生死 交地を論じ,何 由にて 一人を見る。
悲君 燕雀に隨う,薄宦 風塵に走る。
綿谷 元めに漢に通じ,沱江 秦に向わず。
五陵 花 眼に滿ち,傳語 故鄉の春。
 


『贈別何邕』 現代語訳と訳註
(本文)

生死論交地,何由見一人。悲君隨燕雀,薄宦走風塵。
綿谷元通漢,沱江不向秦。五陵花滿眼,傳語故鄉春。 


(下し文)

何邕と別れに贈る
生死 交地を論じ,何 由にて 一人を見る。
悲君 燕雀に隨う,薄宦 風塵に走る。
綿谷 元めに漢に通じ,沱江 秦に向わず。
五陵 花 眼に滿ち,傳語 故鄉の春。 


(現代語訳)
(何邕との別れにさいしてこの詩を贈る)
生きるか死ぬか、その地がどこであるべきか議論したが、何殿は信念のように一人でよいということであった。
玄宗皇帝は燕や雀にしたがわれて、取り巻いていた情けの薄い宦官に風が散りを飛ばすようにその朝には逃げられていた。
何邕がおさめる綿谷にはこれまでどおりの国のあり方がそのままある。そこに流れる沱江は古い秦の時代から流れの方向は変わらない。
長安の五陵は花が満開になっているだろうが見たいものだ。ここに伝わるのは故郷の春が一番だということであろうか。(あなたは故郷に帰ることが出来ていいなあ。)


(訳注)
贈別何邕
千畳敷0010(何邕との別れにさいしてこの詩を贈る)
・成都から厳武らと一緒に梓州まで来てそこで別れたコトを云う。
・何邕 県の尉官の何邕、少府は尉の敬称、時に何邕は利州綿谷県の尉である。杜甫が浣花渓に家を建て、榿木をぷれぜんとされたじんぶつである。
760年3月、杜甫『憑何十一少府邕覓榿木栽』
憑何十一少府邕覓榿木栽
草堂塹西無樹林,非子誰複見幽心?
飽聞榿木三年大。與致溪邊十畝陰。
(何十一少府邕に憑りて榿木の栽を覓む)
草堂の塹西ざんせい 樹林無し、子に非ずんば誰か復た幽心を見ん。
飽くまで聞く榿き木 三年にして大なりと、與【ため】に溪の邊り十畝の陰を致さしめん。
<十一番目の少府に務める何邕さんにおかげをもって 榿木の苗木を覓めた。>
わたしの草堂から西の方の堀のような小川までに樹木のはやしがないのです。貴殿でなければ、だれがわたしの人気のない静かなところを愛する心を知ってくれるものがあるだろうか。
誰もが承知っているように榿の木は三年もたてばかなり大きくなるという。どうぞわたしのためにこの川べりに十畝の樹陰を為すようおくってくださるようお願いします。


生死 論 交地 ,何由見 一人 。
生きるか死ぬか、その地がどこであるべきか議論したが、何殿は信念のように一人でよいということであった。
・「生死」生きるか死ぬか。
・何由 何邕が~を由とする。


悲君 隨 燕雀 ,薄宦 走 風塵 。
玄宗皇帝は燕や雀にしたがわれて、取り巻いていた情けの薄い宦官に風が散りを飛ばすようにその朝には逃げられていた。
「悲君」楊貴妃をみごろしにする悲哀傷痛の君をいう。
「隨」楊一族の言いなりになっていたこと。
「燕雀」燕と雀は楊貴妃の一族を云う。
「薄宦 走 風塵」宦官。756年6月4日安禄山が長安に攻め込むということで、朝廷に巣食う宦官、朝廷の重臣はこぞって逃げ出した。長安城、大明宮はだれもいなかった。
 

綿谷 元通 漢,沱江 不向 秦。
何邕がおさめる綿谷にはこれまでどおりの国のあり方がそのままある。そこに流れる沱江は古い秦の時代から流れの方向は変わらない。
「綿谷」山南西道、利州、綿谷。(陝西省)
「沱江」四川省中部を流れる、四川盆地北西部の九頂山から発し,盆地内を南流,資陽,内江などをへて瀘州市で長江と合流する。全長655km。金堂県までの上流部では,秦代に開かれた岷江(みんこう)水系の都江堰(とこうえん)工事のあと,青白江などを集め,水利灌漑網が拡大,発展している。中・下流部では比高数十mの丘陵が起伏し,川は蛇行,水量も少ないが,古来,サトウキビやイネ栽培がすすんでいる。


五陵 花滿 眼 ,傳語 故鄉 春 。
長安の五陵は花が満開になっているだろうが見たいものだ。ここに伝わるのは故郷の春が一番だということであろうか。(あなたは故郷に帰ることが出来ていいなあ。)
「五陵」長安の北側渭水の北に並んである歴代の朝代君王の陵墓で、長陵、安陵、陽陵、茂陵、平陵をいう。

少年行 杜甫 蜀中転々 杜甫 <501>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2695 杜甫詩1000-501-733/1500

杜甫《少年行》 馬上で我が物顔で振る舞うのは、どこの富貴の家の御曹司のものだろうか、酒屋のきざはしの前から馬をおり、人が座っていた長椅子に、どっかと腰をかけるのだ。


2013年7月18日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
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李商隠詩
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少年行 杜甫 蜀中転々 杜甫 <501>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2695 杜甫詩1000-501-733/1500


詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の501首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-733回目


少年行,二首之一
莫笑田家老瓦盆,自從盛酒長兒孫。 
傾銀注瓦驚人眼,共醉終同臥竹根。 
(富貴の青年の悪行を詠う歌,二首のその一)
農家の古ぼけたかわらけの盃や肴を盛り付ける大皿食器を、笑うことをしてはいけない。こんな農家だとその食器でしか富貴の者の子や孫に提供して酒宴をさかんにするだけなのだ。
銀の飾り物を盃にしたり、瓦の盆にさけをついだり、村の人々を困らせるだけである。あげく、みんな酔っぱらって、ついに同じように静寂で隠棲の場所である竹林で寝てしまうしまつである。

少年行,二首之二
巢燕養雛渾欲去、江花結子也無多。
黄衫年少來宜敷、不見堂前東逝波。
(富貴の青年の悪行を詠う歌,二首のその一)
巣で雛を育てる多くのツバメというものはせいちょうすれば全員去ってゆくものであるということや、濯錦江を花いっぱいにして浣花渓と名付けたのを、わたしの女子供らが見ているのです。
それなのに、片肌脱いだ貴族の息子どもはここに来て勝手に座っているし、奥座敷の前入るやつらはそれがこの国の常識であることを知ってはいないのだろうか。


少年行
(少年行)
DCF00019馬上誰家白面郎、臨階下馬坐人牀。
馬上で我が物顔で振る舞うのは、どこの富貴の家の御曹司のものだろうか、酒屋のきざはしの前から馬をおり、人が座っていた長椅子に、どっかと腰をかけるのだ。
不通姓氏麤豪甚、指點銀瓶索酒嘗。
それから横柄な態度で、何処の誰とも名のらず、「あれをくれ」と、銀の酒瓶を指ざしして酒をもとめ、瓶の紐をもって瓶ごと直に呑んでいるのだ。

(少年行)
馬上 誰が家の白面郎ぞ、馬より下りて階に臨み、人牀に坐す。
姓氏を通ぜず麤豪【そごう】甚し、銀瓶【ぎんべい】を指点して酒を索もとめて嘗【な】む。


『少年行』 現代語訳と訳註
(本文)
少年行
馬上誰家白面郎、臨階下馬坐人牀。
不通姓氏麤豪甚、指點銀瓶索酒嘗。


(下し文)
(少年行)
馬上 誰が家の白面郎ぞ、馬より下りて階に臨み、人牀に坐す。
姓氏を通ぜず麤豪【そごう】甚し、銀瓶【ぎんべい】を指点して酒を索もとめて嘗【な】む。


(現代語訳)
(少年行)
馬上で我が物顔で振る舞うのは、どこの富貴の家の御曹司のものだろうか、酒屋のきざはしの前から馬をおり、人が座っていた長椅子に、どっかと腰をかけるのだ。
それから横柄な態度で、何処の誰とも名のらず、「あれをくれ」と、銀の酒瓶を指ざしして酒をもとめ、瓶の紐をもって瓶ごと直に呑んでいるのだ。


(訳注)
少 年 行
・少年を題材にしたものは盛唐の詩人の間で流行っていたのだろう。杜甫も最初二首詠い、しばらくして、この一首詠っている。どの詩人も貴族の親に向けて、批判はできないが、その息子らの破廉恥な様子を詠うことにより、貴族社会を批判している。
・貴族の子弟が酒屋において傲慢に酒を貪ったさまをうたう。(762)宝応元年、杜甫51歳の成都での作品。李白や、王維の同名の作品は楽府、音楽に合わせて歌うように詩を読むものであるが、杜甫のこの詩は七言絶句の形式の歌行である。同種の『貧孝行』がある。


馬上誰家白面郎、臨階下馬坐人牀。
馬上で我が物顔で振る舞うのは、どこの富貴の家の御曹司のものだろうか、酒屋のきざはしの前から馬をおり、人が座っていた長椅子に、どっかと腰をかけるのだ。
○白面郎 かおのしろいわかもの。過保護で育ち、労働をしていない若者。  
○階 さかやのきざはし。 階は家の一部で道路からはたたきの様な部分があり、道路で下馬し、歩いて階まで行くべきところ、無礼な態度を云う。 
〇人牀 他人が座るべき酒屋の家の長いす。


不通姓氏麤豪甚、指點銀瓶索酒嘗。
それから横柄な態度で、何処の誰とも名のらず、「あれをくれ」と、銀の酒瓶を指ざしして酒をもとめ、瓶の紐をもって瓶ごと直に呑んでいるのだ。
○不通姓氏 だれそれと姓名をなのらぬ。 名乗らず大金を「付け」にして払わないことを云う。 
○麤豪 細慎ならぬことをいう。人も無げな横柄な態度をいう。  
○指点 あれと指ざしする。もっとも無礼な態度。
○銀瓶 銀でこしらえたさかがめ。
○索酒嘗 亀にひもがついており、それを以て、亀の酒を直に飲む様子を云う。
●韻 郎、牀、嘗
DCF00006

野人送朱櫻 蜀中転々 杜甫 <500>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2690 杜甫詩1000-500-732/1500

杜甫 《野人送朱櫻》西四川のさくらんぼうは都で食べたそれと変わりなくその持ち前の色として紅色である、近所の百姓が竹かごにあふれんばかりにそれを贈り物にくれたのだ。なんども注意深く皿にうつすのだが、それでもなおその薄い皮が破れはせぬかと気づかうのだ。このおびただしい実の粒がどれもこれのまんまるなのでよくこんなに同じようなおおきさにそろったものだと不思議に思う。



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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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女性詩人
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孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

野人送朱櫻  蜀中転々 杜甫 <500>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2690 杜甫詩1000-500-732/1500 
桜桃001詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の500首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-732回目   40831


作年: 寶應元年  762年  51歲 
卷別: 卷二二六  文體: 七言律詩 
詩題: 野人送朱櫻 
寫作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都) 
寫及地點:  大明宮 (京畿道 京兆府 長安) 別名:永安宮、蓬萊宮、含元殿、蓬萊殿     
詩文:

野人送朱櫻
(野良の百姓がさくらんぼうを届けてくれた時の詩。)
西蜀櫻桃也自紅,野人相贈滿筠籠。 
西四川のさくらんぼうは都で食べたそれと変わりなくその持ち前の色として紅色である、近所の百姓が竹かごにあふれんばかりにそれを贈り物にくれたのだ。
數回細寫愁仍破,萬顆勻圓訝許同。 
なんども注意深く皿にうつすのだが、それでもなおその薄い皮が破れはせぬかと気づかうのだ。このおびただしい実の粒がどれもこれのまんまるなのでよくこんなに同じようなおおきさにそろったものだと不思議に思う。
憶昨賜霑門下省,退朝擎出大明宮。 
わたしは思い出すのは、むかし門下省の一員として、この果物の恩賜にうるおい恭しく捧げもって大明宮の朝賀から退出したことであった。
金盤玉箸無消息,此日嘗新任轉蓬。 
しかしそのときの黄金の大皿と玉の箸の消息もいまや絶えたままである。今日この日、わたしはこの初物を味わいながら、轉蓬の様な自分の人生をうち任せるしかないのだと思うのである。
野人 朱櫻を送る
西蜀の櫻桃【おうとう】也た自ら紅なり,野人 相い贈りて 筠籠【いんろう】に滿つ。 
數回 細寫して 仍お破れんかと愁い,萬顆 勻圓にして 許も同じかと訝る。 
憶う昨 賜霑【してん】す 門下省,退朝 擎出【けいしゅつ】す 大明宮。 
金盤 玉箸 消息無し,此の日 新しきを嘗めて 轉蓬に任す。 
桜桃002



 

『野人送朱櫻』 現代語訳と訳註
(本文)
西蜀櫻桃也自紅,野人相贈滿筠籠。 
數回細寫愁仍破,萬顆勻圓訝許同。 
憶昨賜霑門下省,退朝擎出大明宮。 
金盤玉箸無消息,此日嘗新任轉蓬。 


(下し文)
野人 朱櫻を送る
西蜀の櫻桃【おうとう】也た自ら紅なり,野人 相い贈りて 筠籠【いんろう】に滿つ。 
數回 細寫して 仍お破れんかと愁い,萬顆 勻圓にして 許も同じかと訝る。 
憶う昨 賜霑【してん】す 門下省,退朝 擎出【けいしゅつ】す 大明宮。 
金盤 玉箸 消息無し,此の日 新しきを嘗めて 轉蓬に任す。 


(現代語訳)
(野良の百姓がさくらんぼうを届けてくれた時の詩。)
西四川のさくらんぼうは都で食べたそれと変わりなくその持ち前の色として紅色である、近所の百姓が竹かごにあふれんばかりにそれを贈り物にくれたのだ。
なんども注意深く皿にうつすのだが、それでもなおその薄い皮が破れはせぬかと気づかうのだ。このおびただしい実の粒がどれもこれのまんまるなのでよくこんなに同じようなおおきさにそろったものだと不思議に思う。
わたしは思い出すのは、むかし門下省の一員として、この果物の恩賜にうるおい恭しく捧げもって大明宮の朝賀から退出したことであった。
しかしそのときの黄金の大皿と玉の箸の消息もいまや絶えたままである。今日この日、わたしはこの初物を味わいながら、轉蓬の様な自分の人生をうち任せるしかないのだと思うのである。


桜桃003(訳注)
野人送朱櫻
(野良の百姓がさくらんぼうを届けてくれた時の詩。)
ある農夫がさくらんぼうを届けてくれたことをうたう。成郡にあっての作。

西蜀櫻桃也自紅,野人相贈滿筠籠。 
西四川のさくらんぼうは都で食べたそれと変わりなくその持ち前の色として紅色である、近所の百姓が竹かごにあふれんばかりにそれを贈り物にくれたのだ。
○西蜀 (四川省)は東蜀西蜀に分かれ、成都は西蜀剣南西川節度使に属する。
〇桜桃 朱桜、さくらんぼう。


數回細寫愁仍破,萬顆勻圓訝許同。 
なんども注意深く皿にうつすのだが、それでもなおその薄い皮が破れはせぬかと気づかうのだ。このおびただしい実の粒がどれもこれのまんまるなのでよくこんなに同じようなおおきさにそろったものだと不思議に思う。


憶昨賜霑門下省,退朝擎出大明宮。 
わたしは思い出すのは、むかし門下省の一員として、この果物の恩賜にうるおい恭しく捧げもって大明宮の朝賀から退出したことであった。
○賜霑 ご下賜の恩恵にうるおう。唐朝では四月一日、初物として桜桃を宗廟に供え、そのお下がりを百官に賜わった。
○門下省 天子の命令を審議する役所。杜甫はかって左拾遺の官としてそこに属していた。
○大明官 唐の首都長安には、太極官・大明宮・興慶宮の三つの宮殿があったが、.大明宮はもっともしばしば朝賓の行われるところであった。


金盤玉箸無消息,此日嘗新任轉蓬。 
しかしそのときの黄金の大皿と玉の箸の消息もいまや絶えたままである。今日この日、わたしはこの初物を味わいながら、轉蓬の様な自分の人生をうち任せるしかないのだと思うのである。
○金盤玉箸 桜桃を賜わる行事を指していう。
○転蓬 砂漠の植物で、茎が四方に伸びて広がり、上で合して球状になったころ、秋風にあうと根こそぎ吹きちぎられ、すさまじい勢いで砂漠をころがって行く。人があてどもなく流浪することの比喩に用いられる。
○韻字 紅・籠・同・官・蓬。

少年行,二首之二 蜀中転々 杜甫 <499>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2685 杜甫詩1000-499-731/1500

杜甫《少年行,二首之二》 巣で雛を育てる多くのツバメというものはせいちょうすれば全員去ってゆくものであるということや、濯錦江を花いっぱいにして浣花渓と名付けたのを、わたしの女子供らが見ているのです。


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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

少年行,二首之二  蜀中転々 杜甫 <499>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2685 杜甫詩1000-499-731/1500

詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の499首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-731回目
卷別: 卷二二六  文體: 樂府 
寫作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都)

少年行,二首之一
(富貴の青年の悪行を詠う歌,二首のその一)
莫笑田家老瓦盆,自從盛酒長兒孫。 
農家の古ぼけたかわらけの盃や肴を盛り付ける大皿食器を、笑うことをしてはいけない。こんな農家だとその食器でしか富貴の者の子や孫に提供して酒宴をさかんにするだけなのだ。
傾銀注瓦驚人眼,共醉終同臥竹根。 
銀の飾り物を盃にしたり、瓦の盆にさけをついだり、村の人々を困らせるだけである。あげく、みんな酔っぱらって、ついに同じように静寂で隠棲の場所である竹林で寝てしまうしまつである。

少年行,二首之二
(富貴の青年の悪行を詠う歌,二首のその一)
巢燕養雛渾欲去、江花結子也無多。
巣で雛を育てる多くのツバメというものはせいちょうすれば全員去ってゆくものであるということや、濯錦江を花いっぱいにして浣花渓と名付けたのを、わたしの女子供らが見ているのです。
黄衫年少來宜敷、不見堂前東逝波。
それなのに、片肌脱いだ貴族の息子どもはここに来て勝手に座っているし、奥座敷の前入るやつらはそれがこの国の常識であることを知ってはいないのだろうか。


『少年行,二首之二』 現代語訳と訳註
DCF00055(本文)
巢燕養雛渾欲去、江花結子也無多。
黄衫年少來宜敷、不見堂前東逝波。


(下し文)
巢燕 雛を養う 渾べて去らんと欲す、江花 子を結んで 也【ま】た 多く無し。
黄衫め年少 來ること宜しく數すべし
見ずや堂前東遯の波


(現代語訳)
(富貴の青年の悪行を詠う歌,二首のその一)
巣で雛を育てる多くのツバメというものはせいちょうすれば全員去ってゆくものであるということや、濯錦江を花いっぱいにして浣花渓と名付けたのを、わたしの女子供らが見ているのです。
それなのに、片肌脱いだ貴族の息子どもはここに来て勝手に座っているし、奥座敷の前入るやつらはそれがこの国の常識であることを知ってはいないのだろうか。


(訳注)
少年行,二首之二
(富貴の青年の悪行を詠う歌,二首のその二)


巢燕 養雛 渾去盡,江花 結子 已無 多 。
巣で雛を育てる多くのツバメというものはせいちょうすれば全員去ってゆくものであるということや、濯錦江を花いっぱいにして浣花渓と名付けたのを、わたしの女子供らが見ているのです。
「巢燕」(飛禽)、燕。
「江花結子」濯錦江を花いっぱいにして浣花渓と名付けたのを、わたしの女子供らが見ているのです。


黃衫 年少 來 宜數,不見 堂前 東逝 波 。
それなのに、片肌脱いだ貴族の息子どもはここに来て勝手に座っているし、奥座敷の前入るやつらはそれがこの国の常識であることを知ってはいないのだろうか。
・「黃衫」黃。絲帛服飾(衣冠腰帶)、衫。片肌脱ぐこと。
・「年少」富貴の息子たち。貴公子。
・東逝波 川の流れは東流するものである。常識である。

--------------------------------------------------------------------------------
 海棠花021











詩文(含異文):
巢燕養雛渾去盡【巢燕養兒渾去盡】【巢燕引雛渾去盡】【巢燕引兒渾去盡】,江花結子已無多【江花結子也無多】。
黃衫年少來宜數【黃衫年少宜來數】,不見堂前東逝波。


少年行,二首之一 蜀中転々 杜甫 <498>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2680 杜甫詩1000-498-730/1500

杜甫《少年行,二首之一》 農家の古ぼけたかわらけの盃や肴を盛り付ける大皿食器を、笑うことをしてはいけない。こんな農家だとその食器でしか富貴の者の子や孫に提供して酒宴をさかんにするだけなのだ。



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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人
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孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
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少年行,二首之一  蜀中転々 杜甫 <498>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2680 杜甫詩1000-498-730/1500


詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳
掲 載; 杜甫1000首の498首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-730回目


作年: 寶應元年  762年51歲 
卷別: 卷二二六  文體: 樂府 
詩題: 少年行,二首之一 
寫作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都) 
詩文:


少年行,二首之一
(富貴の青年の悪行を詠う歌,二首のその一)
莫笑田家老瓦盆,自從盛酒長兒孫。 
農家の古ぼけたかわらけの盃や肴を盛り付ける大皿食器を、笑うことをしてはいけない。こんな農家だとその食器でしか富貴の者の子や孫に提供して酒宴をさかんにするだけなのだ。
傾銀注瓦驚人眼,共醉終同臥竹根。 
銀の飾り物を盃にしたり、瓦の盆にさけをついだり、村の人々を困らせるだけである。あげく、みんな酔っぱらって、ついに同じように静寂で隠棲の場所である竹林で寝てしまうしまつである。
 

『少年行,二首之一』 現代語訳と訳註
(本文)
ダリヤ00少年行,二首之一
莫笑田家老瓦盆,自從盛酒長兒孫。 
傾銀注瓦驚人眼,共醉終同臥竹根。 


(下し文)
少年の行【うた】,二首の一
笑ふこと莫れ 田家の老瓦盆【がぼん】を、自ら盛酒を從【ほしいま】まにするは長兒の孫なり。
銀を傾けて 瓦に注ぎ 人眼【じんがん】を驚かし、共に醉う 終に同じうする 竹根に臥さんと。


(現代語訳)
(富貴の青年の悪行を詠う歌,二首のその一)
農家の古ぼけたかわらけの盃や肴を盛り付ける大皿食器を、笑うことをしてはいけない。こんな農家だとその食器でしか富貴の者の子や孫に提供して酒宴をさかんにするだけなのだ。
銀の飾り物を盃にしたり、瓦の盆にさけをついだり、村の人々を困らせるだけである。あげく、みんな酔っぱらって、ついに同じように静寂で隠棲の場所である竹林で寝てしまうしまつである。

(訳注)
少年行,二首之一
(富貴の青年の悪行を詠う歌,二首のその一)
村の悪童であるとか街の貴族の息子たちが徒党を組んで悪行をする。農家の家に立ち寄り酒を用意させ、ごちそうを用意をさせてそこで飲み始めたのである。


莫笑 田家 老瓦盆 ,自從盛酒 長兒孫 。
農家の古ぼけたかわらけの盃や肴を盛り付ける大皿食器を、笑うことをしてはいけない。こんな農家だとその食器でしか富貴の者の子や孫に提供して酒宴をさかんにするだけなのだ。
「莫笑」この語に富貴の少年に対する批判を込めている。
「田家」語義類別:地、地理、郊原村野、田。
「瓦盆」生活用品(裝置容器)、盆。
「盛酒」酒の席が盛んである。
「兒孫」子供や孫、兒孫。


傾銀 注瓦 驚人 眼 ,共醉 終同臥 竹根 。
銀の飾り物を盃にしたり、瓦の盆にさけをついだり、村の人々を困らせるだけである。あげく、みんな酔っぱらって、ついに同じように静寂で隠棲の場所である竹林で寝てしまうしまつである。
・「竹根」農家の竹林の小路。農家での竹林は、隣家との境であり、俗世界と隠棲を仕切るところである。
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
詩文(含異文):
莫笑田家老瓦盆,自從盛酒長兒孫【自從盛酒養兒孫】。
傾銀注瓦驚人眼【傾銀注玉驚人眼】,共醉終同臥竹根。

魏十四侍御就弊廬相別 成都 杜甫 <497>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2675 杜甫詩1000-497-729/1500

《魏十四侍御就弊廬相別》客が黒白の斑の駿馬に騎乗して有る。濯錦江のほとりの我が草堂について聞いてみる。


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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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魏十四侍御就弊廬相別  成都 杜甫 <497>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2675 杜甫詩1000-497-729/1500


詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の497首目-場面 蜀中転々
杜甫ブログ1500回予定の-729回目   40828


作年: 寶應元年  762年  51歲 
卷別: 卷二二六  文體: 五言律詩 
詩題: 魏十四侍御就弊廬相別 
寫作地點: 成都(劍南道北部 / 益州 / 成都) 
寫及地點:  草堂 (劍南道北部 益州 成都) 別名:一室、西郭茅舍     
交遊人物/地點: 魏十四侍御 當地交遊(劍南道北部 梓州 梓州)


詩文:魏十四侍御就弊廬相別
(魏侍御は今度の成都徐知道の変で疲弊して草堂の庵を私と共に別れることになる。)
有客騎驄馬,江邊問草堂。 
客が黒白の斑の駿馬に騎乗して有る。濯錦江のほとりの我が草堂について聞いてみる。
遠尋留藥價,惜別到文場。 
遠くたずねて薬を売る行商人を留めて見る。わかれることがおしくてならず文章にしたためて頼んだ。
入幕旌旗動,歸軒錦繡香。 
剣南東川節度使の幕府に入ってみると軍旗や縣旗がはためいている。帰って來るべき人見る窓辺には絹の布地に錦の刺繍と香り漂っている。
時應念衰疾,書疏及滄浪。 
時折り持病が出てきてその病に悲しい思いをする。そんな時でも私に來る達筆の手紙は滄波を超えて届いてくれるのをまっている。

杜甫像0012









『魏十四侍御就弊廬相別』 現代語訳と訳註
(本文)
有客騎驄馬,江邊問草堂。 
遠尋留藥價,惜別到文場。 
入幕旌旗動,歸軒錦繡香。 
時應念衰疾,書疏及滄浪。 


(下し文)
魏十四侍御 就【すなわ】し弊し 廬 相い別れる
客有り 驄馬に騎り,江邊 草堂を問う。 
遠く藥價を留むるを尋ね,惜く文場に到るを別る。 
入幕 旌旗の動,歸軒 錦繡の香。 
時に應じて 念うは疾を衰しみ,書疏 滄浪に及ぶ。 


(現代語訳)
(魏侍御は今度の成都徐知道の変で疲弊して草堂の庵を私と共に別れることになる。)
客が黒白の斑の駿馬に騎乗して有る。濯錦江のほとりの我が草堂について聞いてみる。
遠くたずねて薬を売る行商人を留めて見る。わかれることがおしくてならず文章にしたためて頼んだ。
剣南東川節度使の幕府に入ってみると軍旗や縣旗がはためいている。帰って來るべき人見る窓辺には絹の布地に錦の刺繍と香り漂っている。
時折り持病が出てきてその病に悲しい思いをする。そんな時でも私に來る達筆の手紙は滄波を超えて届いてくれるのをまっている。


(訳注)
魏十四侍御就弊廬相別
菖蒲03(魏侍御は今度の成都徐知道の変で疲弊して草堂の庵を私と共に別れることになる。)
・ついえる1 物が破れてぼろぼろになる。ついえる。「弊衣・弊履」2 からだがぐったりとなる。「疲弊」3 たるんで生じた害。

有客 騎 驄馬 ,江邊 問 草堂 。
客が黒白の斑の駿馬に騎乗して有る。濯錦江のほとりの我が草堂について聞いてみる。
・「驄馬」黒白の斑の駿馬。
・「江邊」濯錦江のほとり。
・「草堂」浣花渓の杜甫の草堂。


遠尋 留 藥價 ,惜別 到 文場 。
遠くたずねて薬を売る行商人を留めて見る。わかれることがおしくてならず文章にしたためて頼んだ。
・「藥價」(1)薬の値段。 「―基準」 (2)医者に支払う代金。薬代。
・「文場」特殊場域、文壇。


入幕 旌旗 動 ,歸軒 錦繡 香 。
剣南東川節度使の幕府に入ってみると軍旗や縣旗がはためいている。帰って來るべき人見る窓辺には絹の布地に錦の刺繍と香り漂っている。
「幕」剣南東川節度使の幕府。
「旌旗」旗幟、旌。旗幟、旗。
「歸軒」歸、窗。
「錦繡」絲帛服飾(布料)、錦繡。
「香」嗅覺、香。


時應 念 衰疾 ,書疏 及滄浪 。
時折り持病が出てきてその病に悲しい思いをする。そんな時でも私に來る達筆の手紙は滄波を超えて届いてくれるのをまっている。
「衰疾」疾病を衰む。
「書疏」手紙。
「滄浪」 青色の水をいう、「楚辞」(漁夫)の「滄浪之水淸兮,可以濯我纓,滄浪之水濁兮,可以濯我足」(滄浪の水清まば/以て吾が纓を濯うべし/滄浪の水濁らば/以て吾が足を濯うべし)の滄浪である、ここは自己の足をあらうべき水、隠退の処として用いている。『狂  夫』
万里橋西一草堂、百花潭水即滄浪。
風含翠篠娟娟浄、雨裛紅蕖冉冉香。
厚禄故人書断絶、恒飢稚子色凄涼。
欲填溝壑惟疎放、自笑狂夫老更狂。
万里橋の西に一の草堂あり、百花潭水【たんすい】にして 即ち滄浪【そうろう】たり。
風は翠篠【すいじょう】を含み娟娟【けんけん】として浄く、雨は紅蕖【こうきょ】を裛【うるお】して冉冉【ぜんぜん】として香し。
厚禄【こうろく】の故人は書をして断絶【だんぜつ】したり、恒飢の稚子【ちし】は色をして凄涼なり。
溝壑【こうがく】に填【てん】せむと欲して惟【た】だ疎放【そほう】なり、自ら笑う 狂夫【きょうふ】 老いて更に狂なるを。
 

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詩文(含異文): 有客騎驄馬,江邊問草堂。遠尋留藥價,惜別到文場【惜別倒文場】。入幕旌旗動,歸軒錦繡香。時應念衰疾,書疏及滄浪【書跡及滄浪】。 

陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江【東山在潼川涪江上。】 蜀中転々 杜甫 <496ー#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2670 杜甫詩1000-496ー#2-728/1500

杜甫 《陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江》 笛の音が聞こえてくる、その音色には憤怒の気持ちが込められて、悲しい中どこかへ消えていく。そして妖艶な踊りに変わり、くねくねと踊る姿は世々しまい、休むことはないのだ。燈火、かがり火が焚かれたその前には大きな魚が行ったり来たりして出て來る。曲の調べを低く次にはたかく抑揚があり、求められるままに応じて演じられる。



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Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩
  
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江【東山在潼川涪江上。】  蜀中転々 杜甫 <496ー#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2670 杜甫詩1000-496ー#2-728/1500 



詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の496ー#2首目-場面
杜甫ブログ1500回予定の-728回目



陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江
(王侍御に同行して東山の最高の頂上に昇って、通泉の夕暮に姚公の宴席があり酒を携えて涪江に舟を泛べる。)
姚公美政誰與儔,不減昔時陳太丘。
姚公は公平無私で寛容な政治を行うということで誰がその類になるのだろうか、昔のころでいえば「陳太丘」(陳寔)を置いてほかにはいないだろう。
邑中上客有柱史,多暇日陪驄馬遊。
梓州の城郭の街中のこれといった上客とされるのは「柱史」とされる王御史であろう。ゆっくりとした暇が多い時でも日がな一日、後漢の桓典侍御史のように驄馬につきっきりでいるのだ。
東山高頂羅珍羞,下顧城郭銷我憂。
ここ東山の一番高い所に昇ってきてうまい食い物を手にしている。下の方を見てみると平穏な梓州の城郭があり、それを見ると政局不安な時で心配していることが消え失せる。
清江白日落欲盡,復攜美人登綵舟。」
涪江支流潼川は清らかに流れ、太陽が沈んでいこうとしている。また、謝安が美人を携える五彩に飾られた船に乗るのである。
#2
笛聲憤怨哀中流,妙舞逶迤夜未休。
笛の音が聞こえてくる、その音色には憤怒の気持ちが込められて、悲しい中どこかへ消えていく。そして妖艶な踊りに変わり、くねくねと踊る姿は世々しまい、休むことはないのだ。
燈前往往大魚出,聽曲低昂如有求。」
燈火、かがり火が焚かれたその前には大きな魚が行ったり来たりして出て來る。曲の調べを低く次にはたかく抑揚があり、求められるままに応じて演じられる。
三更風起寒浪湧,取樂喧呼覺船重。
真夜中の三更の時となり、風は起き、寒い波浪が湧いてくるようになる。音楽はとられ、掛け声がかけられるやがて船はゆっくりと動くようである。
滿空星河光破碎,四座賓客色不動。
空には満天の星が、銀河がいっぱいでその光は瞬いている。出席の全員は賓客ぞろいで、どんなによってもかおひとつうごかしはしない。
請公臨深莫相違,回船罷酒上馬歸。
この宴席を受け持ったお役目の人は深い夜の静寂を望んでいるが何一つ違ってはいない。船を廻して帰るともう酒はやめにして馬に乗って帰る。
人生歡會豈有極,無使霜過霑人衣。」
人生というものは喜びにであうということはどんなにうれしいことか、こうして夜露に濡れ、人の着物を濡らしても、こうして過ごすことに悔いはないのである。

(王侍御に陪し、同じく東山最高頂に登り、通泉の晚に酒を攜え江に泛び姚を宴す)
姚公 美政 誰と儔にし,昔時 陳太の丘を減せず。
邑中 上客 柱史有り,暇を多くし日ち陪して驄馬の遊。
東山 高頂 羅珍の羞,下顧 城郭 我憂を銷す。
清江 白日 落ちて盡さんことと欲,復た美人を攜えて綵舟に登る。
#2
笛聲 憤怨 中流を哀み,妙舞 逶迤 夜未だ休まず。
燈前 往往 大魚出で,曲 低昂を聽きて 有求の如し。
三更 風起 寒浪湧き,取樂 喧呼 船重を覺える。
滿空 星河 光 破碎し,四座 賓客 色 動かず。
請公 臨深 相違する莫ことれ,回船 酒を罷め 上馬して歸る。
人生 歡會 豈に極め有らんや,霜 霑人の衣を過らしむなし。


『陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江』 現代語訳と訳註
王屋山01(本文)
#2
笛聲憤怨哀中流,妙舞逶迤夜未休。
燈前往往大魚出,聽曲低昂如有求。」
三更風起寒浪湧,取樂喧呼覺船重。
滿空星河光破碎,四座賓客色不動。
請公臨深莫相違,回船罷酒上馬歸。
人生歡會豈有極,無使霜過霑人衣。」


(下し文)#2
笛聲 憤怨 中流を哀み,妙舞 逶迤 夜未だ休まず。
燈前 往往 大魚出で,曲 低昂を聽きて 有求の如し。
三更 風起 寒浪湧き,取樂 喧呼 船重を覺える。
滿空 星河 光 破碎し,四座 賓客 色 動かず。
請公 臨深 相違する莫ことれ,回船 酒を罷め 上馬して歸る。
人生 歡會 豈に極め有らんや,霜 霑人の衣を過らしむなし。


(現代語訳)
笛の音が聞こえてくる、その音色には憤怒の気持ちが込められて、悲しい中どこかへ消えていく。そして妖艶な踊りに変わり、くねくねと踊る姿は世々しまい、休むことはないのだ。
燈火、かがり火が焚かれたその前には大きな魚が行ったり来たりして出て來る。曲の調べを低く次にはたかく抑揚があり、求められるままに応じて演じられる。
真夜中の三更の時となり、風は起き、寒い波浪が湧いてくるようになる。音楽はとられ、掛け声がかけられるやがて船はゆっくりと動くようである。
空には満天の星が、銀河がいっぱいでその光は瞬いている。出席の全員は賓客ぞろいで、どんなによってもかおひとつうごかしはしない。
この宴席を受け持ったお役目の人は深い夜の静寂を望んでいるが何一つ違ってはいない。船を廻して帰るともう酒はやめにして馬に乗って帰る。
人生というものは喜びにであうということはどんなにうれしいことか、こうして夜露に濡れ、人の着物を濡らしても、こうして過ごすことに悔いはないのである。


(訳注)
(王侍御に同行して東山の最高の頂上に昇って、通泉の夕暮に姚公の宴席があり酒を携えて涪江に舟を泛べる。)

笛聲 憤怨 哀中 流 ,妙舞 逶迤 夜 未休 。
笛の音が聞こえてくる、その音色には憤怒の気持ちが込められて、悲しい中どこかへ消えていく。そして妖艶な踊りに変わり、くねくねと踊る姿は世々しまい、休むことはないのだ。
「笛聲」笛聲。喘息という意味もある。
「逶迤」 (山道・山脈・河川などが)くねくねと長く伸びている.


燈前 往往大魚 出 ,聽曲 低昂 如有求 。
燈火、かがり火が焚かれたその前には大きな魚が行ったり来たりして出て來る。曲の調べを低く次にはたかく抑揚があり、求められるままに応じて演じられる。
「低昂」音楽の抑揚を指す。
「如有求」ご要望にこたえる。
 


三更 風起 寒浪 湧,取樂 喧呼 覺 船重 。
真夜中の三更の時となり、風は起き、寒い波浪が湧いてくるようになる。音楽はとられ、掛け声がかけられるやがて船はゆっくりと動くようである。
「三更」日が暮れてから夜明けまでを御分割した三番目の時刻、真夜中。


滿空 星河 光 破碎 ,四座 賓客 色 不動 。
空には満天の星が、銀河がいっぱいでその光は瞬いている。出席の全員は賓客ぞろいで、どんなによってもかおひとつうごかしはしない
「四座」宴席のこと


請公 臨深 莫 相違 ,回船 罷酒 上馬 歸 。
この宴席を受け持ったお役目の人は深い夜の静寂を望んでいるが何一つ違ってはいない。船を廻して帰るともう酒はやめにして馬に乗って帰る。
「請公」僧侶が、朝廷から法会(ほうえ)や講義に召されること、また、その僧をいうのであるが、転じて、ここでは宴をお開きにすること。
「臨深」夜の静寂を臨む。。


人生 歡會 豈有極 ,無使 霜過 霑 人衣 。
人生というものは喜びにであうということはどんなにうれしいことか、こうして夜露に濡れ、人の着物を濡らしても、こうして過ごすことに悔いはないのである。
「衣」我が衣手は露に濡れつつ。
 

--------------------------------------------------------------------------------
 
詩文(含異文): 姚公美政誰與儔,不減昔時陳太丘。邑中上客有柱史,多暇日陪驄馬遊。東山高頂羅珍羞,下顧城郭銷我憂。清江白日落欲盡,復攜美人登綵舟。笛聲憤怨哀中流【笛聲憤怒哀中流】,妙舞逶迤夜未休。燈前往往大魚出,聽曲低昂如有求。三更風起寒浪湧,取樂喧呼覺船重。滿空星河光破碎,四座賓客色不動。請公臨深莫相違【請公臨江莫相違】,回船罷酒上馬歸。人生歡會豈有極,無使霜過霑人衣【無使霜露霑人衣】。 
月明峡01

陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江【案:東山在潼川涪江上。】 成都 杜甫 <496ー#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2665 杜甫詩1000-496ー#1-727/1500

杜甫 《陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江》 姚公は公平無私で寛容な政治を行うということで誰がその類になるのだろうか、昔のころでいえば「陳太丘」(陳寔)を置いてほかにはいないだろう。


2013年7月12日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江【案:東山在潼川涪江上。】  成都 杜甫 <496ー#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2665 杜甫詩1000-496ー#1-727/1500


作年: 寶應元年 762年 51歲 
卷別: 卷二二○  文體: 七言古詩 
詩題: 陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江〔東山は涪江支流の潼川の上【ほとり】に在る〕。 
寫作地點: 目前尚無資料 
寫及地點:  東山 (劍南道北部 梓州)     
通泉 (劍南道北部 梓州 通泉) 別名:沈家坑     
交遊人物/地點: 王掄 當地交遊(劍南道北部 梓州 通泉)


詩文:

陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江
(王侍御に同行して東山の最高の頂上に昇って、通泉の夕暮に姚公の宴席があり酒を携えて涪江に舟を泛べる。)
姚公美政誰與儔,不減昔時陳太丘。
姚公は公平無私で寛容な政治を行うということで誰がその類になるのだろうか、昔のころでいえば「陳太丘」(陳寔)を置いてほかにはいないだろう。
邑中上客有柱史,多暇日陪驄馬遊。
梓州の城郭の街中のこれといった上客とされるのは「柱史」とされる王御史であろう。ゆっくりとした暇が多い時でも日がな一日、後漢の桓典侍御史のように驄馬につきっきりでいるのだ。
東山高頂羅珍羞,下顧城郭銷我憂。
ここ東山の一番高い所に昇ってきてうまい食い物を手にしている。下の方を見てみると平穏な梓州の城郭があり、それを見ると政局不安な時で心配していることが消え失せる。
清江白日落欲盡,復攜美人登綵舟。」
涪江支流潼川は清らかに流れ、太陽が沈んでいこうとしている。また、謝安が美人を携える五彩に飾られた船に乗るのである。
花蕊夫人006#2
笛聲憤怨哀中流,妙舞逶迤夜未休。
燈前往往大魚出,聽曲低昂如有求。」
三更風起寒浪湧,取樂喧呼覺船重。
滿空星河光破碎,四座賓客色不動。
請公臨深莫相違,回船罷酒上馬歸。
人生歡會豈有極,無使霜過霑人衣。」


(王侍御に陪し、同じく東山最高頂に登り、通泉の晚に酒を攜え江に泛び姚を宴す)
姚公 美政 誰と儔にし,昔時 陳太の丘を減せず。
邑中 上客 柱史有り,暇を多くし日ち陪して驄馬の遊。
東山 高頂 羅珍の羞,下顧 城郭 我憂を銷す。
清江 白日 落ちて盡さんことと欲,復た美人を攜えて綵舟に登る。
#2
笛聲 憤怨 中流を哀み,妙舞 逶迤 夜未だ休まず。
燈前 往往 大魚出で,曲 低昂を聽きて 有求の如し。
三更 風起 寒浪湧き,取樂 喧呼 船重を覺える。
滿空 星河 光 破碎し,四座 賓客 色 動かず。
請公 臨深 相違する莫ことれ,回船 酒を罷め 上馬して歸る。
人生 歡會 豈に極め有らんや,霜 霑人の衣を過らしむなし。


『陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江』 現代語訳と訳註
(本文)
姚公美政誰與儔,不減昔時陳太丘。
邑中上客有柱史,多暇日陪驄馬遊。
東山高頂羅珍羞,下顧城郭銷我憂。
清江白日落欲盡,復攜美人登綵舟。」


(下し文)
(王侍御に陪し、同じく東山最高頂に登り、通泉の晚に酒を攜え江に泛び姚を宴す)
姚公 美政 誰と儔にし,昔時 陳太の丘を減せず。
邑中 上客 柱史有り,暇を多くし日ち陪して驄馬の遊。
東山 高頂 羅珍の羞,下顧 城郭 我憂を銷す。
清江 白日 落ちて盡さんことと欲,復た美人を攜えて綵舟に登る。


(現代語訳)
(王侍御に同行して東山の最高の頂上に昇って、通泉の夕暮に姚公の宴席があり酒を携えて涪江に舟を泛べる。)
姚公は公平無私で寛容な政治を行うということで誰がその類になるのだろうか、昔のころでいえば「陳太丘」(陳寔)を置いてほかにはいないだろう。
梓州の城郭の街中のこれといった上客とされるのは「柱史」とされる王御史であろう。ゆっくりとした暇が多い時でも日がな一日、後漢の桓典侍御史のように驄馬につきっきりでいるのだ。
ここ東山の一番高い所に昇ってきてうまい食い物を手にしている。下の方を見てみると平穏な梓州の城郭があり、それを見ると政局不安な時で心配していることが消え失せる。
涪江支流潼川は清らかに流れ、太陽が沈んでいこうとしている。また、謝安が美人を携える五彩に飾られた船に乗るのである。


(訳注)
陪王侍御同登東山最高頂宴姚通泉晚攜酒泛江
(王侍御に同行して東山の最高の頂上に昇って、通泉の夕暮に姚公の宴席があり酒を携えて涪江に舟を泛べる。)
・王侍御 一年前に浣花渓の杜甫の家に訪れている。『王十七侍禦掄許攜酒至草堂,奉寄此詩,便請邀高三十五使君同到』(侍御史王掄が酒をもって草堂へくることを承諾していたのについて、此の詩をやり、高適をもついでに呼んで一緒にきてもらいたいといって作った詩。上元二年冬成都での作。)
○王十七侍禦掄 侍御史王掄。
○高三十五便君 蜀州の刺史高適、使君は刺史の敬称、高適はこのころ何かの事について成都へでてきていたものとみえる。


姚公 美政 誰與 儔 ,不減 昔時 陳太丘 。
姚公は公平無私で寛容な政治を行うということで誰がその類になるのだろうか、昔のころでいえば「陳太丘」(陳寔)を置いてほかにはいないだろう。
「姚公」姚公とは不明の人物。今後の考証に待つとされている。段文昌と唱和している姚向はこの時期より7・80年後世である。ここではおそらく三国時代の蜀漢のこの梓州の長官クラスのものと解する。
「美政」諫言を受け入れる君主であること、屈原の理想とする政治をいう。
「儔」類とする。
「昔時」(今昔)、昔であった時。
「陳太丘」語義類別:人、人名、他稱、陳寔(漢)。陳寔(ちんしょく、104年 - 187年)は、後漢の人。字は仲弓である。 子に陳紀。三国時代の陳羣は孫。玄奘三蔵や小説家陳舜臣の祖先ともされる。穎川許の出身。太丘県の長を務めていたので陳太丘とも呼ばれた。潁川陳氏の高祖であり、潁川清流派の中心人物でもある。 貧しい家に生まれた陳寔は若い頃から学に親しみ、また公平無私で寛容な政治を行ったので民からすこぶる評判がよかったが、宦官の専横に反対したため、党錮の禁を受けることとなる。


邑中 上客 有 柱史 ,多暇 日陪 驄馬 遊 。
梓州の城郭の街中のこれといった上客とされるのは「柱史」とされる王御史であろう。ゆっくりとした暇が多い時でも日がな一日、後漢の桓典侍御史のように驄馬につきっきりでいるのだ。
「邑中」都城の街中。
「上客」上位の客。
「柱史」古代の官職。内記の別称。
「日」日日。
「驄馬」後漢の桓典が侍御史となると剛直な性格のため役人たちが恐れたという故事。桓典はいつも驄馬に乗って往来した。驄馬は白黒混ざった毛の馬のこと。職官爵位、御史。


東山 高頂 羅 珍羞 ,下顧 城郭 銷我憂 。
ここ東山の一番高い所に昇ってきてうまい食い物を手にしている。下の方を見てみると平穏な梓州の城郭があり、それを見ると政局不安な時で心配していることが消え失せる。
「東山」東山は涪江支流の潼川の上【ほとり】に在る。
「珍羞」珍しくてうまいごちそう。珍しい料理。珍肴(ちんこう)。珍膳(ちんぜん)。


清江 白日 落 欲盡,復攜 美人 登 綵舟 。
涪江支流潼川は清らかに流れ、太陽が沈んでいこうとしている。また、謝安が美人を携える五彩に飾られた船に乗るのである。
・「清江」杜甫はここ涪江にこの語をよく使う。清らかな川の水が静かに流れている状況を云う。
・「白」語義類別:其他、顏色、原色、白。
・「美人」携えるのは、美人である。謝安の故事にならう
・「登」登る。
・「綵舟」:綵女(穿著花衣的宮女);綵舟(結綵或飾以五彩的船). 染め模様の美しい絹。また、美しい色を取り合わせて染めた絹。 ・あや。模様。また、いろどり。
四川省西部地区略図

觀薛稷少保書畫壁   成都 杜甫 <495-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2660 杜甫詩1000-495-#2-726/1500

杜甫《觀薛稷少保書畫壁》#2 書面一杯に三文字が画かれていて、蛟と龍が高い所で纏いついている。
又、西方浄土のかわったものを筆をふるっているし、その地から屋根の軒先にもたすけるようにからんでいる。


2013年7月11日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

觀薛稷少保書畫壁【稷,汾陰人,工書畫,官至太子少保,封晉國公,以太平公主亂,坐知謀賜死。】  成都 杜甫 <495-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2660 杜甫詩1000-495-#2-726/1500 

詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の495首目#2-蜀中転々場面
杜甫ブログ1500回予定の-726回目   40825


詩文:
觀薛稷少保書畫壁
(薛稷少保が書画を壁にするを観る。)
少保有古風,得之陝郊篇。
薛稷の詩は文體が古詩である。それは彼の「陝郊篇」の詩に得る所がある。
惜哉功名忤,但見書畫傳。
惜しむべきところは、功名というものには逆らっていたことである。ただし、彼の書画については後世に伝わっている。
我游梓州東,遺蹟涪江邊。
われわれは梓州の東を旅遊している。ここには名所旧跡が涪江のあたりにあるのだ。
畫藏青蓮界,書入金榜懸。
書画が仏教寺院の中におさめられている。初についても金の賦がついて壁に架けられている。
仰看垂露姿,不崩亦不騫。
上を見上げてみればつが滴る姿がえがかれ、崩れ若しなし又飛び上がりもしない。
#2
鬱鬱三大字,蛟龍岌相纏。
書面一杯に三文字が画かれていて、蛟と龍が高い所で纏いついている。
又揮西方變,發地扶屋椽。
又、西方浄土のかわったものを筆をふるっているし、その地から屋根の軒先にもたすけるようにからんでいる。
慘澹壁飛動,到今色未填。
あれこれと心を砕いて壁に飛んだり動いたりしていて、今ここに色は付けられてはいないが間もなくほどこされるのだろう。
此行叠壯觀,郭薛俱才賢。
ここへの旅行は壮観なことが重なっているし、それも、初唐の郭震と薛稷少保と共に才能ある賢者であった者たちである。
不知百載後,誰複來通泉。
確かに100年後のことは分からないが、誰もがまたこの通泉というところへは來ることであろう。
  
觀薛稷【せつしょく】少保書畫壁 #1
少保 古風有り,之は陝郊篇を得る。
惜い哉 功名忤【さか】ふる,但し書畫の傳うるを見る。
我れ游ぶは 梓州の東,遺蹟 涪江の邊。
畫藏 青蓮の界,書入金榜懸。
仰ぎ看る 垂露の姿,崩れず 亦た騫【かか】らず。
#2
鬱鬱として三大の字,蛟龍 岌相【きゅうそう】の纏。
又た西方の變を揮い,地を發っす 屋椽を扶くを。
慘澹とし壁は飛動し,今に到るは色未だ填【はま】らず。
此れ行くは叠壯【じょうそう】の觀,郭【かく】薛【せつ】俱に才賢。
百載の後を知らず,誰か複た通泉に來る。


『觀薛稷少保書畫壁』 現代語訳と訳註
 (本文)
#2
鬱鬱三大字,蛟龍岌相纏。
又揮西方變,發地扶屋椽。
慘澹壁飛動,到今色未填。
此行叠壯觀,郭薛俱才賢。
不知百載後,誰複來通泉。


(下し文) #2
鬱鬱として三大の字,蛟龍 岌相【きゅうそう】の纏。
又た西方の變を揮い,地を發っす 屋椽を扶くを。
慘澹とし壁は飛動し,今に到るは色未だ填【はま】らず。
此れ行くは叠壯【じょうそう】の觀,郭【かく】薛【せつ】俱に才賢。
百載の後を知らず,誰か複た通泉に來る。


(現代語訳)
(薛稷少保が書画を壁にするを観る。)#2
書面一杯に三文字が画かれていて、蛟と龍が高い所で纏いついている。
又、西方浄土のかわったものを筆をふるっているし、その地から屋根の軒先にもたすけるようにからんでいる。
あれこれと心を砕いて壁に飛んだり動いたりしていて、今ここに色は付けられてはいないが間もなくほどこされるのだろう。
ここへの旅行は壮観なことが重なっているし、それも、初唐の郭震と薛稷少保と共に才能ある賢者であった者たちである。
確かに100年後のことは分からないが、誰もがまたこの通泉というところへは來ることであろう。


(訳注)
觀薛稷少保書畫壁
(薛稷少保が書画を壁にするを観る。)#2
薛稷(せつしょく、貞観23年(649年) - 開元元年(713年))は、中国唐代の書家・画家である。欧陽詢・虞世南・褚遂良とともに初唐の四大家に挙げられる。 字は嗣通。蒲州汾陰(現在の山西省万栄県)の人。高級官僚を代々輩出する名門一族の出身で、曽祖父に詩人の薛道衡を持ち、伯父の魏徴は有力な政治家だった。武則天のとき進士に及第し、官位は太子少保、礼部尚書まで上る。薛少保と人々から呼ばれた。 


鬱鬱 三 大字 ,蛟龍 岌相纏 。
書面一杯に三文字が画かれていて、蛟と龍が高い所で纏いついている。
「鬱鬱」 1 心の中に不安や心配があって思い沈むさま。 2 草木がよく茂っているさま。
「三」數詞、定量數詞、三。
「蛟」水中奥深い所に住むという、龍と同じ姿の世で髯がないもの。
「龍」神物(動物)、龍。
岌 山の高いことをいう。
「纏」絵の中で、蛟と龍が絡んでいる、交纏。


又揮 西方 變,發地 扶屋椽 。
又、西方浄土のかわったものを筆をふるっているし、その地から屋根の軒先にもたすけるようにからんでいる。
「揮」筆を手部により揮う。
「西方」西方浄土。佛家語、西方。


慘澹 壁 飛動 ,到今 色 未填 。
あれこれと心を砕いて壁に飛んだり動いたりしていて、今ここに色は付けられてはいないが間もなくほどこされるのだろう。
「慘澹」(1)いたましくて見るに忍びないさま。 「―たる結果に終わる」「―たる殺戮を世上に見るのみなりき/日本開化小史(卯吉)」 (2)あれこれと心を砕くさま。
「填」行為動作、一般行為(土部)、填。はまる【填まる/嵌まる】とは。意味や解説。[動ラ五(四)]1 穴の部分にぴったりとはいる。うまくはいっておさまる。「栓が―・る」「ボタンが―・る」「型に―・る」2 うまくあてはまる。


此行 疊 壯觀 ,郭薛 俱才賢 。
ここへの旅行は壮観なことが重なっているし、それも、初唐の郭震と薛稷少保と共に才能ある賢者であった者たちである。
「疊」語義類別:物、形容詞彙(物)、景物形態、疊。叠(疊)(曡)とは。意味や日本語訳。[動](1) 積み重ねる叠五层五層に重ねる.重叠重なる.(2) 折り畳む叠衣服服を畳む.叠床架屋 die chuang jia wū《成》ベッドにベッドを重ねる,屋上屋を重ねる,重複する.
「壯觀」景物形態、壯觀。
「郭薛」郭震(唐)と薛稷(唐)。
「才」詩文を作る才能。
「賢」賢者。


不知 百載 後 ,誰復 來 通泉 。
確かに100年後のことは分からないが、誰もがまたこの通泉というところへは來ることであろう。
「百載」百年後。
「通泉」地名、行政地名、通泉。

觀薛稷少保書畫壁 成都 杜甫 <495-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2655 杜甫詩1000-495-725/1500

杜甫 《觀薛稷少保書畫壁》薛稷の詩は文體が古詩である。それは彼の「陝郊篇」の詩に得る所がある。惜しむべきところは、功名というものには逆らっていたことである。ただし、彼の書画については後世に伝わっている。


2013年7月10日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

觀薛稷少保書畫壁  成都 杜甫 <495-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2655 杜甫詩1000-495-725/1500


作年: 寶應元年  762年  51歲 
卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
詩題: 觀薛稷少保書畫壁
【薛稷,汾陰人,工書畫,官至太子少保,封晉國公,以太平公主亂,坐知謀賜死。】 
寫作地點: 通泉(劍南道北部 / 梓州 / 通泉) 
寫及地點:  梓州 (劍南道北部 梓州 梓州)     
通泉 (劍南道北部 梓州 通泉) 別名:沈家坑     
詩文:

觀薛稷少保書畫壁
(薛稷少保が書画を壁にするを観る。)
少保有古風,得之陝郊篇。
薛稷の詩は文體が古詩である。それは彼の「陝郊篇」の詩に得る所がある。
惜哉功名忤,但見書畫傳。
惜しむべきところは、功名というものには逆らっていたことである。ただし、彼の書画については後世に伝わっている。
我游梓州東,遺蹟涪江邊。
われわれは梓州の東を旅遊している。ここには名所旧跡が涪江のあたりにあるのだ。
畫藏青蓮界,書入金榜懸。
書画が仏教寺院の中におさめられている。初についても金の賦がついて壁に架けられている。
仰看垂露姿,不崩亦不騫。
上を見上げてみればつが滴る姿がえがかれ、崩れ若しなし又飛び上がりもしない。
王屋山01#2
鬱鬱三大字,蛟龍岌相纏。
又揮西方變,發地扶屋椽。
慘澹壁飛動,到今色未填。
此行叠壯觀,郭薛俱才賢。
不知百載後,誰複來通泉。
  
觀薛稷【せつしょく】少保書畫壁 #1
少保 古風有り,之は「陝郊の篇」を得る。
惜い哉 功名忤【さか】ふる,但し書畫の傳うるを見る。
我れ游ぶは 梓州の東,遺蹟 涪江【ふうこう】の邊。
畫 藏すは青蓮の界に,書 入るは金榜の懸に。
仰ぎ看る 垂露の姿,崩れず 亦た騫【かか】らず。

#2
鬱鬱として三大の字,蛟龍 岌相【きゅうそう】の纏。
又た西方の變を揮い,地を發っす 屋椽を扶くを。
慘澹とし壁は飛動し,今に到るは色未だ填【はま】らず。
此れ行くは叠壯【じょうそう】の觀,郭【かく】薛【せつ】俱に才賢。
百載の後を知らず,誰か複た通泉に來る。


『觀薛稷少保書畫壁』 現代語訳と訳註
(本文)
少保有古風,得之陝郊篇。
惜哉功名忤,但見書畫傳。
我游梓州東,遺蹟涪江邊。
畫藏青蓮界,書入金榜懸。
仰看垂露姿,不崩亦不騫。


(下し文)
觀薛稷【せつしょく】少保書畫壁
少保 古風有り,之は陝郊篇を得る。
惜い哉 功名忤【さか】ふる,但し書畫の傳うるを見る。
我れ游ぶは 梓州の東,遺蹟 涪江【ふうこう】の邊。
畫 藏すは青蓮の界に,書 入るは金榜の懸に。
仰ぎ看る 垂露【すいろ】の姿,崩れず 亦た騫【かか】らず。


(現代語訳)
(薛稷少保が書画を壁にするを観る。)
薛稷の詩は文體が古詩である。それは彼の「陝郊篇」の詩に得る所がある。
惜しむべきところは、功名というものには逆らっていたことである。ただし、彼の書画については後世に伝わっている。
われわれは梓州の東を旅遊している。ここには名所旧跡が涪江のあたりにあるのだ。
書画が仏教寺院の中におさめられている。初についても金の賦がついて壁に架けられている。
上を見上げてみればつゆが垂れる姿がえがかれ、崩れてはなく、又飛び上がりもしない。


(訳注)
觀薛稷少保書畫壁
(薛稷少保が書画を壁にするを観る。)
薛稷(せつしょく、貞観23年(649年) - 開元元年(713年))は、中国唐代の書家・画家である。欧陽詢・虞世南・褚遂良とともに初唐の四大家に挙げられる。 字は嗣通。蒲州汾陰(現在の山西省万栄県)の人。高級官僚を代々輩出する名門一族の出身で、曽祖父に詩人の薛道衡を持ち、伯父の魏徴は有力な政治家だった。武則天のとき進士に及第し、官位は太子少保、礼部尚書まで上る。薛少保と人々から呼ばれた。 


少保 有 古風 ,得之陝郊篇。
薛稷の詩は文體が古詩である。それは彼の「陝郊篇」の詩に得る所がある。
「少保」武則天のとき進士に及第し、官位は太子少保、礼部尚書まで上る。薛少保と人々から呼ばれた。
「古風」文體が古詩である。
「得」語義類別:人、行為動作、一般行為(彳部)、得。
・「陝郊篇」 薛稷の『秋日還京陝西十里作』のことである。
『秋日還京陝西十里作』 薛稷
驅車越陝郊,北顧臨大河。
隔河望鄉邑,秋風水增波。
西登咸陽途,日暮憂思多。
傅巖既紆鬱,首山亦嵯峨。
操築無昔老,采薇有遺歌。
客遊節回換,人生知幾何? 


惜哉 功名 忤,但見 書畫 傳 。
惜しむべきところは、功名というものには逆らっていたことである。ただし、彼の書画については後世に伝わっている。
「功名」官場境遇、功名。
・忤 さからう。
「書畫」書画。
「傳」後世へ傳わる。


我遊 梓州 東 ,遺跡 涪江 邊 。
われわれは梓州の東を旅遊している。ここには名所旧跡が涪江のあたりにあるのだ。
「梓州」行政地名、梓州。


畫藏 青蓮界 ,書入 金榜 懸。
書画が仏教寺院の中におさめられている。初についても金の賦がついて壁に架けられている。
「青蓮界」寺廟道觀、寺。
「書」書籍泛稱、書籍。
「金榜」公堂器物、榜。


仰看 垂露 姿,不崩 亦不騫 。
上を見上げてみればつゆが垂れる姿がえがかれ、崩れてはなく、又飛び上がりもしない。
「垂露」文藝、書法、垂露。
「崩」書法、崩壞。
「騫」書法、騫。

過郭代公故宅【案:郭元振,貴鄉人,宅在京師宣陽里,此當是尉通泉時所居。】 成都 杜甫 <494-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2650 杜甫詩1000-494-#3-724/1500

杜甫 《過郭代公故宅》#3 豪俊とよばれるほどの人も若いころ、初めには時世にであわなかったのである。其の行動足跡からは小事にかかわっていなかったということだ。


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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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過郭代公故宅
豪俊初未遇,其跡或脫略。
豪俊とよばれるほどの人も若いころ、初めには時世にであわなかったのである。其の行動足跡からは小事にかかわっていなかったということだ。
代公尉通泉,放意何自若。
その代国公、郭震は若いころ通泉県尉であったのだが、そのころ、どうしてあんなに平気でわがもの顔なことができたのだろうか。
及夫登袞冕,直氣森噴薄。
それが後には、かの袞冕の服を身につけるような地位にのぼったのであるが、実直、正直の意気がふつふつとはきだされた厳粛な雰囲気のものとなったのだ。
磊落見異人,豈伊常情度。』
じつに磊落たる非常の人物たるを見るので、これはとてもなみなみのこころでもって、はかれるわけのものではないということだ。
#2
定策神龍後,宮中翕清廓。
神竜以後の代国公となったその年、先天の時に大策を定めた。宮中の乱脈はすっかりひとまとめに掃除して清められ「開元の治」といわれる世となる。
俄頃辨尊親,指揮存顧托。
代国公が大策を定めて、またたく間に玄宗の尊にして且つ親たることを弁別した。大事をさしずして睿崇が直接依託したわけではないが配慮したものだった。
群公有慚色,王室無削弱。
これにくらべると他の羣臣は愧ずべき色があるというものだ。この代国公があったから王室もいらぬ棘を削りよわめられることがなくなった。
迥出名臣上,丹青照台閣。
だから歴代の諸公を選び出してもははるかに名臣以上にある。だから画像に描かれ、台閣にかがやいている。
#3
我行得遺跡,池館皆疏鑿。
私はいまここをあるく、大国公の遺跡をよくみることを得たのだが、もともとここの池や館のところは皆掘割になっていたのだ。
壯公臨事斷,顧步涕橫落。
自分は大國公がよく大事にのぞんで決断したことを壮んなことであったし、このさまをみては左右をかえりみながらあるくと涕がよこにむかって落ちるのである。
精魄凜如在,所歷終蕭索。
大國公のたましいは凛然としてなお存在しているかのようであるが、既に経過する池館のあとは結局このように寂しいようすである。
高詠寶劍篇,神交付冥漠。
わたしはただ大国公の作である宝剣篇を高く詠じて精神と精神との交りはこれを天、幽冥界に付するのみである。

(郭代公が故宅を過【よぎ】る)
豪俊【ごうしゅん】 初め未だ遇わず、其の跡 或は脱略せり。
代公 通泉に尉たり、意を放にする何ぞ自若たる。
夫【か】の袞冕【こんべん】に登るに及んで、直気 森として噴薄す。
磊落【らいらく】異人を見る、豈に伊【こ】れ 常情もて度【はか】らんや。
策を定める 神竜の後、宮中 翕【きゅう】として清廓【せいかく】す。
俄頃【がけい】尊親を弁じ、指揮【しき】顧託【こたく】を存す。
羣公 慙色【ざんしょく】有り 王室 削弱【さくじゃく】無し。
迥【はる】かに名臣の上に出づ、丹青【たんせい】 台閣【だいかく】を照らす。
我行いて遺跡を得、池館【ちかん】皆 疏鑿【そさく】せらる。
公が事に臨みて断ぜしを壮とす、顧歩して 涕【なみだ】横さまに落つ。
精魄【せいはく】凜【りん】として在【いま】すが如し、歷【ふ】る所 終に蕭索【しょうさく】たり。
高く詠ず宝剣の篇、神交 冥漠【めいばく】に付す。

岳陽樓詩人0051

















『過郭代公故宅』 現代語訳と訳註
(本文)
#3
我行得遺跡,池館皆疏鑿。
壯公臨事斷,顧步涕橫落。
精魄凜如在,所歷終蕭索。
高詠寶劍篇,神交付冥漠。


(下し文)
(郭代公が故宅を過【よぎ】る)-#3
我行いて遺跡を得、池館【ちかん】皆 疏鑿【そさく】せらる。
公が事に臨みて断ぜしを壮とす、顧歩して 涕【なみだ】横さまに落つ。
精魄【せいはく】凜【りん】として在【いま】すが如し、歷【ふ】る所 終に蕭索【しょうさく】たり。
高く詠ず宝剣の篇、神交 冥漠【めいばく】に付す。


(現代語訳)
(代国公、郭震の若き頃過した故宅に立ち寄って書いた詩)#3
私はいまここをあるく、大国公の遺跡をよくみることを得たのだが、もともとここの池や館のところは皆掘割になっていたのだ。
自分は大國公がよく大事にのぞんで決断したことを壮んなことであったし、このさまをみては左右をかえりみながらあるくと涕がよこにむかって落ちるのである。
大國公のたましいは凛然としてなお存在しているかのようであるが、既に経過する池館のあとは結局このように寂しいようすである。
わたしはただ大国公の作である宝剣篇を高く詠じて精神と精神との交りはこれを天、幽冥界に付するのみである。


(訳注)
(代国公、郭震の若き頃過した故宅に立ち寄って書いた詩)#3
#3
我行得遺跡,池館皆疏鑿。
私はいまここをあるく、大国公の遺跡をよくみることを得たのだが、もともとここの池や館のところは皆掘割になっていたのだ。
○疏鑿 ほりわりをつくること。


壯公臨事斷,顧步涕橫落。
自分は大國公がよく大事にのぞんで決断したことを壮んなことであったし、このさまをみては左右をかえりみながらあるくと涕がよこにむかって落ちるのである。
○壮 壮なりとして敬慕すること。
○臨事断 大事に当たってよく決断したこと、玄宗を擁立したことをさす。
○顧歩 左右をかえりみながらあるく。


精魄凜如在,所歷終蕭索。
大國公のたましいは凛然としてなお存在しているかのようであるが、既に経過する池館のあとは結局このように寂しいようすである。
○所歴 自己の通ったところ、この池館のあとをさしていう。
○蕭索 さびしいさま。


高詠寶劍篇,神交付冥漠。』
わたしはただ大国公の作である宝剣篇を高く詠じて精神と精神との交りはこれを天、幽冥界に付するのみである。
○宝剣篇 郭震が通泉の縣尉であった当時の作で、則天武后に召しだされたときにこの篇をたてまつったもので、則天武后は数十本を写して遍く学士に賜わせたという。○宝剣篇 初唐期の郭震の詩。郭震(656-713)は字元振、県尉の時に武則天に「宝剣篇」を呈して賞賛され、出世のいとぐちをつかんだ。辺境で武功を立て睿宗、玄宗の時に宰相。のちに玄宗の怒りにふれ左遷された、失意のうちに歿した(『新唐書』郭震伝)。「宝剣篇」は精魂込めて作られた名剣が埋もれながらも気を発していることをうたい、才をいだきながら用いられない我が身を寓した詩。
後世、李商隠も「郭震の『寶劍篇』に」ついて『風雨』詩に触れている。
李商隠『風 雨』
凄涼寶劍篇、羇泊欲窮年。
黄葉仍風雨、靑樓自管絃。
新知遭薄俗、舊好隔良縁。
心斷新豐酒、銷愁斗幾千。
郭震の「宝剣篇」を読むとものさびしさにさなまれる。自分の才能も見いだされないでこのたびは続き、今年も終わりに近づいてきた。
黄色に枯れゆく葉の上に風が落ち乾いた音を立てている。妓女たちの色鮮やかに塗られた豪奢な高楼にはそれぞれの女たちの管弦楽の音が聞こえている。
赴任して新しく知り合うがいつも党派が違うのか薄情さに遭遇する、昔いい関係の良好な人とは良好な関係のための情報交換できないほどに隔てられる。
出世欲がなくなってしまって、馬周をまねて酒をあおったとしてもどうなろう。この愁いを消してくれるには、一斗いくらの酒代を出せばいいというのか。
風雨 李商隠  紀頌之の漢詩ブログ李商隠 特集-71
神交 精神と精神との交り。
冥漠 天、幽冥界をいう。

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杜甫 《過郭代公故宅》#2 神竜以後の代国公となったその年、先天の時に大策を定めた。宮中の乱脈はすっかりひとまとめに掃除して清められ「開元の治」といわれる世となる。


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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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過郭代公故宅【案:郭元振,貴鄉人,宅在京師宣陽里,此當是尉通泉時所居。】  成都 杜甫 <494-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2645 杜甫詩1000-494-#2-723/1500 


作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の494-#2首目-蜀中転々場面
杜甫ブログ1500回予定の-723回目   40822


過郭代公故宅
豪俊初未遇,其跡或脫略。
豪俊とよばれるほどの人も若いころ、初めには時世にであわなかったのである。其の行動足跡からは小事にかかわっていなかったということだ。
代公尉通泉,放意何自若。
その代国公、郭震は若いころ通泉県尉であったのだが、そのころ、どうしてあんなに平気でわがもの顔なことができたのだろうか。
及夫登袞冕,直氣森噴薄。
それが後には、かの袞冕の服を身につけるような地位にのぼったのであるが、実直、正直の意気がふつふつとはきだされた厳粛な雰囲気のものとなったのだ。
磊落見異人,豈伊常情度。』
じつに磊落たる非常の人物たるを見るので、これはとてもなみなみのこころでもって、はかれるわけのものではないということだ。
#2
定策神龍後,宮中翕清廓。
神竜以後の代国公となったその年、先天の時に大策を定めた。宮中の乱脈はすっかりひとまとめに掃除して清められ「開元の治」といわれる世となる。
俄頃辨尊親,指揮存顧托。
代国公が大策を定めて、またたく間に玄宗の尊にして且つ親たることを弁別した。大事をさしずして睿崇が直接依託したわけではないが配慮したものだった。
群公有慚色,王室無削弱。
これにくらべると他の羣臣は愧ずべき色があるというものだ。この代国公があったから王室もいらぬ棘を削りよわめられることがなくなった。
迥出名臣上,丹青照台閣。
だから歴代の諸公を選び出してもははるかに名臣以上にある。だから画像に描かれ、台閣にかがやいている。
王屋山01#3
我行得遺跡,池館皆疏鑿。壯公臨事斷,顧步涕橫落。
精魄凜如在,所歷終蕭索。高詠寶劍篇,神交付冥漠。』

(郭代公が故宅を過【よぎ】る)
豪俊【ごうしゅん】 初め未だ遇わず、其の跡 或は脱略せり。
代公 通泉に尉たり、意を放にする何ぞ自若たる。
夫【か】の袞冕【こんべん】に登るに及んで、直気 森として噴薄す。
磊落【らいらく】異人を見る、豈に伊【こ】れ 常情もて度【はか】らんや。
策を定める 神竜の後、宮中 翕【きゅう】として清廓【せいかく】す。
俄頃【がけい】尊親を弁じ、指揮【しき】顧託【こたく】を存す。
羣公 慙色【ざんしょく】有り 王室 削弱【さくじゃく】無し。
迥【はる】かに名臣の上に出づ、丹青【たんせい】 台閣【だいかく】を照らす。
我行いて遺跡を得、池館【ちかん】皆 疏鑿【そさく】せらる。
公が事に臨みて断ぜしを壮とす、顧歩して 涕【なみだ】横さまに落つ。
精魄【せいはく】凜【りん】として在【いま】すが如し、歷【ふ】る所 終に蕭索【しょうさく】たり。
高く詠ず宝剣の篇、神交 冥漠【めいばく】に付す。


『過郭代公故宅』 現代語訳と訳註
(本文)
過郭代公故宅-#2
定策神龍後,宮中翕清廓。
俄頃辨尊親,指揮存顧托。
群公有慚色,王室無削弱。
迥出名臣上,丹青照台閣。


(下し文)
(郭代公が故宅を過【よぎ】る)-#2
策を定める 神竜の後、宮中 翕【きゅう】として清廓【せいかく】す。
俄頃【がけい】尊親を弁じ、指揮【しき】顧託【こたく】を存す。
羣公 慙色【ざんしょく】有り 王室 削弱【さくじゃく】無し。
迥【はる】かに名臣の上に出づ、丹青【たんせい】 台閣【だいかく】を照らす。


(現代語訳)
(代国公、郭震の若き頃過した故宅に立ち寄って書いた詩)#2
神竜以後の代国公となったその年、先天の時に大策を定めた。宮中の乱脈はすっかりひとまとめに掃除して清められ「開元の治」といわれる世となる。
代国公が大策を定めて、またたく間に玄宗の尊にして且つ親たることを弁別した。大事をさしずして睿崇が直接依託したわけではないが配慮したものだった。
これにくらべると他の羣臣は愧ずべき色があるというものだ。この代国公があったから王室もいらぬ棘を削りよわめられることがなくなった。
だから歴代の諸公を選び出してもははるかに名臣以上にある。だから画像に描かれ、台閣にかがやいている。


(訳注)
(代国公、郭震の若き頃過した故宅に立ち寄って書いた詩)#2
通泉県にある代国公郭震の若いころに住んだ故宅を見まってつくった詩。762年 宝応元年十一月の作。


定策神龍後,宮中翕清廓。
神竜以後の代国公となったその年、先天の時に大策を定めた。宮中の乱脈はすっかりひとまとめに掃除して清められ「開元の治」といわれる世となる。
○定策神龍後,宮中翕清廓 まず、神龍(705-706)後になって、玄宗皇帝の世となり、先天(712年)の時、代国公に封ぜられ「大策を定め」た。翌年開元にかわり、とうは「開元の治」といわれる安定した。
宮中は奥向きのこと、当時中宗の皇后華氏、太平公主らのきわざがあって奥向きがみだれていた、翕はあつまるかたち、すっかりということ、清廓とはさっぱりと掃除してきよめること。


俄頃辨尊親,指揮存顧托。
代国公が大策を定めて、またたく間に玄宗の尊にして且つ親たることを弁別した。大事をさしずして睿崇が直接依託したわけではないが配慮したものだった。
○俄頃 しばらくのうちに。とっさの内に。
○弁尊親 尊と親とについて区別する。君臣の関係では玄宗が尊位を得、父子の関係では玄宗が親子相伝えて帝位をふむに至ったことをさす。
○指揮 さしずする。
○顧託 容宗の御依託。玄宗が太平公主・賓懐貞を課したとき宮城は大いに乱れた、睿宗が承天門に出て変を見た際、諸相はみな外省にかくれ、郭震がひとり侍しただけであった。睿宗は玄宗の兵がやって来たときいて楼下に身を投じようとしたが、郭震は玄宗を扶けてあつく勧めて阻止した、これらは必ずしも睿宗から依託に由るものではないが、辞をかざっていったものである。


群公有慚色,王室無削弱。
これにくらべると他の羣臣は愧ずべき色があるというものだ。この代国公があったから王室もいらぬ棘を削りよわめられることがなくなった。
○羣公 他の奸臣ら。


迥出名臣上,丹青照台閣。
だから歴代の諸公を選び出してもははるかに名臣以上にある。だから画像に描かれ、台閣にかがやいている。
○丹青照台閣 丹青は画像、台閣のうえに像をかかげるのにより像がこれを照らすという。

過郭代公故宅【郭元振,貴鄉人,宅在京師宣陽里,此當是尉通泉時所居。】 成都 杜甫 <494-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2640 杜甫詩1000-494-#1-722/1500

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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

過郭代公故宅【郭元振,貴鄉人,宅在京師宣陽里,此當是尉通泉時所居。】 成都 杜甫 <494-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2640 杜甫詩1000-494-#1-722/1500

作年: 寶應元年  762年  51歲 
卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
詩題: 過郭代公故宅【案:郭元振,貴鄉人,宅在京師宣陽里,此當是尉通泉時所居。】 
作地點: 通泉(劍南道北部 / 梓州 / 通泉) 
及地點: 郭代公故宅 (京畿道 京兆府 長安)
通泉県にある代国公郭震の故宅に立ち寄って作った詩。762年宝応元年十一月の作。



過郭代公故宅
豪俊初未遇,其跡或脫略。
豪俊とよばれるほどの人も若いころ、初めには時世にであわなかったのである。其の行動足跡からは小事にかかわっていなかったということだ。
代公尉通泉,放意何自若。
その代国公、郭震は若いころ通泉県尉であったのだが、そのころ、どうしてあんなに平気でわがもの顔なことができたのだろうか。
及夫登袞冕,直氣森噴薄。
それが後には、かの袞冕の服を身につけるような地位にのぼったのであるが、実直、正直の意気がふつふつとはきだされた厳粛な雰囲気のものとなったのだ。
磊落見異人,豈伊常情度。』
じつに磊落たる非常の人物たるを見るので、これはとてもなみなみのこころでもって、はかれるわけのものではないということだ。
定策神龍後,宮中翕清廓。俄頃辨尊親,指揮存顧托。
群公有慚色,王室無削弱。迥出名臣上,丹青照台閣。
我行得遺跡,池館皆疏鑿。壯公臨事斷,顧步涕橫落。
精魄凜如在,所歷終蕭索。高詠寶劍篇,神交付冥漠。』


(郭代公が故宅を過【よぎ】る)
菖蒲03豪俊【ごうしゅん】 初め未だ遇わず、其の跡 或は脱略せり。
代公 通泉に尉たり、意を放にする何ぞ自若たる。
夫【か】の袞冕【こんべん】に登るに及んで、直気 森として噴薄す。
磊落【らいらく】異人を見る、豈に伊【こ】れ 常情もて度【はか】らんや。
策を定めて神竜の後、宮中 翕【きゅう】として清廓【せいかく】す。
俄頃【がけい】尊親を弁じ、指揮【しき】顧託【こたく】を存す。
羣公 慙色【ざんしょく】有り 王室 削弱【さくじゃく】無し。
迥【はる】かに名臣の上に出づ、丹青【たんせい】 台閣【だいかく】を照らす。
我行いて遺跡を得、池館【ちかん】皆 疏鑿【そさく】せらる。
公が事に臨みて断ぜしを壮とす、顧歩して 涕【なみだ】横さまに落つ。
精魄【せいはく】凜【りん】として在【いま】すが如し、歷【ふ】る所 終に蕭索【しょうさく】たり。
高く詠ず宝剣の篇、神交 冥漠【めいばく】に付す。


『過郭代公故宅』-#1 現代語訳と訳註
(本文)
豪俊初未遇,其跡或脫略。
代公尉通泉,放意何自若。
及夫登袞冕,直氣森噴薄。
磊落見異人,豈伊常情度。』


(下し文)
(郭代公が故宅を過【よぎ】る)
豪俊【ごうしゅん】 初め未だ遇わず、其の跡 或は脱略せり。
代公 通泉に尉たり、意を放にする何ぞ自若たる。
夫【か】の袞冕【こんべん】に登るに及んで、直気 森として噴薄す。
磊落【らいらく】異人を見る、豈に伊【こ】れ 常情もて度【はか】らんや。


(現代語訳)
豪俊とよばれるほどの人も若いころ、初めには時世にであわなかったのである。其の行動足跡からは小事にかかわっていなかったということだ。
その代国公、郭震は若いころ通泉県尉であったのだが、そのころ、どうしてあんなに平気でわがもの顔なことができたのだろうか。
それが後には、かの袞冕の服を身につけるような地位にのぼったのであるが、実直、正直の意気がふつふつとはきだされた厳粛な雰囲気のものとなったのだ。
じつに磊落たる非常の人物たるを見るので、これはとてもなみなみのこころでもって、はかれるわけのものではないということだ。


(訳注)
過郭代公故宅
通泉県にある代国公郭震の若いころに住んだ故宅を見まってつくった詩。762年 宝応元年十一月の作。
四川省西部地区略図・郭代公 郭震、字は元振、魂州貴郷の人、玄宗の朝、代国公に封ぜられる。
郭元振(656年-713年),名を震といい,郭震(かく しん、656年 - 713年)がしられている。初唐の終わりごろの詩人。魏州貴郷(河北省大名県)の出身。字は元振(『唐詩選』の通行本は、姓名を郭振と誤っている)。 身の丈七尺の偉丈夫で、任侠を好み、高宗の咸亨(かんこう)4年(673年)、18歳で進士に及第、そして梓州射洪縣縣尉となり、通泉に棲む。則天武后に認められて右武衛鎧曹参軍・奉宸監丞となった。その後は大将軍としてしばしば西北に出陣、吐蕃(チベット)・突厥(トルコ)族を撃破して名将と謳われ、景雲2年(711年)には同中書門下三品・吏部尚書に進んだ。景雲二年(711年)任吏部尚書,後轉兵部尚書。713年先天二年參與皇室內亂を平息させ功有り,代國公に封ぜられる。
・故宅 これは通泉県の尉であった時の居宅をいう。


豪俊初未遇,其跡或脫略。
豪俊とよばれるほどの人も若いころ、初めには時世にであわなかったのである。其の行動足跡からは小事にかかわっていなかったということだ。
・豪俊 すぐれた人物、郭蓑をさす。○来週 時世にであわぬ。
・跡 行いのあと。行動足跡。
・脱略 小事を簡略にして心にとめぬ、この脱略は次の故意とおなじことをさす。・脫略 考慮される、または受け入れられることを防ぐ切捨てる ・ 省く ・ 除却 ・ 除す ・ 取捨てる ・ 略す ・ はね除ける ・ 抜く ・ 略する ・ 取りのける ・


代公尉通泉,放意何自若。
その代国公、郭震は若いころ通泉県尉であったのだが、そのころ、どうしてあんなに平気でわがもの顔なことができたのだろうか。
・代公 代国公郭震をさす。
・尉 県令の次の官。
・放意 きままにする。震が縣尉であったとき、私銭を鋳造し、富貴の財を奪って四方を救うなどの任侠行為があり、気を使ったので同類が千人万人に至ったという。
・自若 平気なさま。


及夫登袞冕,直氣森噴薄。
それが後には、かの袞冕の服を身につけるような地位にのぼったのであるが、実直、正直の意気がふつふつとはきだされた厳粛な雰囲気のものとなったのだ。
・登袞冕 宰相の地位にのぼること、裏は巻き竜の模様のあるきもの、晃はかんむりをいう、かかる礼服をきる身分となること、寅は先天二年に兵部尚書を以て同中書門下三晶となり、政事をあずかりきいた。
・直気 正直の意気。
・森 厳粛なさま。
・噴薄 ふきだす、先天二年に案が政事をあずかりきいたとき太平公主が賓懐貞と党を結んで玄宗(ときに太子)を廃そうと謀った、睿宗は猶予して決しなかったが、郭震は延にあって争って詔を受けなかったという正直の意気を噴出した。


磊落見異人,豈伊常情度。
じつに磊落たる非常の人物たるを見るので、これはとてもなみなみのこころでもって、はかれるわけのものではないということだ。
○磊落 不羣のさま。度量が広く、小事にこだわらないこと。また、そのさま。
○異人 非凡の人。
○常情度 なみなみのこころではかる。
成都遂州00

通泉驛南去通泉縣十五里山水作 成都 杜甫 <487-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2635 杜甫詩1000-487-#2-721/1500

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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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通泉驛南去通泉縣十五里山水作  成都 杜甫 <487-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2635 杜甫詩1000-487-#2-721/1500


通泉驛南去通泉縣十五里山水作
(通泉駅は通泉県の15里南に行ったところの山水の景色の風流な場所で作った詩)
溪行衣自濕,亭午氣始散。
朝早く、谷川に沿って進んで行くと着物の衣がひとりでに濡れている。昼ごろになってやっと雲気が散ってさわやかな感じになったのだ。
冬溫蚊蚋在,人遠鳧鴨亂。
最近、冬なのにずっと暖かいく、蚊だの蚋だのが集ってくるし、また、あちらでは人が近づいたはずがないのに鳧鴨などが一斉にみだれ飛び立っている。
登頓生曾陰,欹傾出高岸。』
暖かいのは坂を登り進んで休むところは、枝木のかさなった陰のある所がよく、かたむいてあぶなげに高い岸が突き出たりしている風通しのよい所にする。』
(ここまでの訳注解説)
通泉驛南去通泉縣十五里山水作 楽府(七言歌行) 成都6-(24) 杜甫 <845-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2570 杜甫詩1000-845-#2-708/1500

驛樓衰柳側,縣郭輕煙畔。
やがて県の街郭がうすいの煙のあたりにみえてくる。この駅の楼が元気のない柳の木のそばにある。
一川何綺麗,盡目窮壯觀。
涪江のながめはなんと綺麗ですばらしい。一日じゅうこの壮観な眺めを飽きることなく見究めるのである。
山色遠寂寞,江光夕滋漫。』
そのうちに涪江に夕映えがしずかに広がり、遠方の山の色はモノクロトーンに変わりそして消えてゆくあるかなきかに消えゆく。』
傷時愧孔父,去國同王粲。
いまわたしが時世を傷んでいることは孔子には及ばぬので愧じいっているのだが、故国を去って悲しみを抱くことは王粲と同じである。
我生苦飄零,所曆有嗟歎。』
自分の生活は諷泊で、しかも零落におちいっている。だからそれぞれの所のどこでも歎きをおこすのである。』

月明峡01


















『通泉驛南去通泉縣十五里山水作』 現代語訳と訳註
(本文)
驛樓衰柳側,縣郭輕煙畔。
一川何綺麗,盡目窮壯觀。
山色遠寂寞,江光夕滋漫。』
傷時愧孔父,去國同王粲。
我生苦飄零,所曆有嗟歎。』


(下し文)
一川何ぞ締麗なる 尽日壮観を窮む
山色遠く寂実 江光夕に滋漫』
傷時孔父に像じ 去国王薬に同じ
我が生諷零に苦しむ 歴る所嗟嘆有り』


(現代語訳)
(郭代公が故宅を過る)#2
やがて県の街郭がうすいの煙のあたりにみえてくる。この駅の楼が元気のない柳の木のそばにある。
涪江のながめはなんと綺麗ですばらしい。一日じゅうこの壮観な眺めを飽きることなく見究めるのである。
そのうちに涪江に夕映えがしずかに広がり、遠方の山の色はモノクロトーンに変わりそして消えてゆくあるかなきかに消えゆく。』
いまわたしが時世を傷んでいることは孔子には及ばぬので愧じいっているのだが、故国を去って悲しみを抱くことは王粲と同じである。
自分の生活は諷泊で、しかも零落におちいっている。だからそれぞれの所のどこでも歎きをおこすのである。』


(訳注)
(郭代公が故宅を過る)#2
通泉驛南去通泉縣十五里山水作
成都遂州00通泉駅は通泉県の15里南に行ったところの山水の景色の風流な場所で作った詩
妻を迎えて梓州において射洪とか通泉という土地で遊び、陳子昂、郭元振、王粲などの故宅を訪ねた。
○通泉駅 梓州(e-3)の東南百三十里(75km)、射洪県(ef-3)よりは東南七十里(40km)にある梓州と遂州の州境にある町である。梓州を南下し、更に射洪を南下して通泉に到着する。梓州側の最期の駅舎がある通泉駅の三字が本詩の題で「南去」云云は其の説明にそえたことばである。
○南去通泉県十五里山水 通泉県の南十五里のところの山水をいう、沈家坑という処であるという。まだ県城へつかぬ前のことである。


驛樓衰柳側,縣郭輕煙畔。
やがて県の街郭がうすいの煙のあたりにみえてくる。この駅の楼が元気のない柳の木のそばにある。


一川何綺麗,盡目窮壯觀。
涪江のながめはなんと綺麗ですばらしい。一日じゅうこの壮観な眺めを飽きることなく見究めるのである。
〇一川 澹江をいう。


山色遠寂寞,江光夕滋漫。』
そのうちに涪江に夕映えがしずかに広がり、遠方の山の色はモノクロトーンに変わりそして消えてゆくあるかなきかに消えゆく。』
○寂実 ひっそり、みえなくなることをいう。カラートンからモノクロトーンに変わりそして消えてゆく
○滋漫 ゆうばえが水上にましあふれること。


傷時愧孔父,去國同王粲。
いまわたしが時世を傷んでいることは孔子には及ばぬので愧じいっているのだが、故国を去って悲しみを抱くことは王粲と同じである。
○傷時 時世をいたむ。
○孔父 孔子をいう。
○去国 故国をはなれる。
○王粲 魏の王粲は都を去って南方荊州に至り、故国をおもって「登楼賦」をつくったことをいう。


我生苦飄零,所曆有嗟歎。』
自分の生活は諷泊で、しかも零落におちいっている。だからそれぞれの所のどこでも歎きをおこすのである。』
〇所歴 経過するところ。

早發射洪縣南途中作 成都 杜甫 <493-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2630 杜甫詩1000-493-#2-720/1500

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早發射洪縣南途中作  成都 杜甫 <493-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2630 杜甫詩1000-493-#2-720/1500

詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の493-#2首目-蜀中転々場面杜甫ブログ1500回予定の-720回目   40819


江上のツバメ02早發射洪縣南途中作
(朝早く梓州の射洪縣、南方のすすむ途中に作る詩)
將老憂貧窶,筋力豈能及。 
もう年を重ねてきたものとして貧乏してやつれることを思うと心配でしかたないし、心と身の気力と力がどうしてかよく及ばなくなっている。
征途乃侵星,得使諸病入。 
この旅を進めていると星の出ている時間帯に次第に入り込むようになる。節度使と一緒ではあるがわたしの諸病状態に入って來ている。
鄙人寡道氣,在困無獨立。 
里人は言葉に出したり、気を使ったりすることは少ないものだ。困ったことがあるのは村は独立していないということだ。
俶裝逐徒旅,達曙凌險澀。 
普段着の服装を整えただけで、ただいたずらに旅を行っているのである。日がのぼりはじめると移動し始めるが、たかく嶮しくて進むのに困難なのである。
寒日出霧遲,清江轉山急。 
次に寒い日は霧が出て來てきて遅くなるし、清らかな大江があり、山々が転々と急になっていく。


僕夫行不進,駑馬若維縶。 
下男たちは行くことは行くのだけれどなかなか進みづらいようだ。のろい馬を更につなぎとめてしまうか、後ろむけにひっぱるようなものである。
汀洲稍疏散,風景開怏悒。 
川を渡るのに中州では少しの間分散させゆっくりする。ここの風景が開けたら快適であったり、憂欝であったりする。
空慰所尚懷,終非曩遊集。 
空しく慰めるのは思うところがあるからで、この旅はとても終わるべくもないというのは、わたしが昔遊学の旅をあつめたものだからである。
衰顏偶一破,勝事難屢挹。 
こんな悲しい顔は、たまたまでいいから一回は打破しないといけない。まさっている仕事というのはしばしば挹むことは難しいということだ。
茫然阮籍途,更灑楊朱泣。 
こんなふうに呆然としていると建安文学の阮籍が辿った道のようであり、更には周の自愛説の楊朱が涙を流してその顔を洗いそそぐ様なものだ。


早に發つ 射洪 縣の南 途中の作
將に老いて 貧窶【ひんる】を憂う,筋力 豈に能く及ん。 
途を征けば乃ち星を侵し,使を得れば諸病入る。 
鄙人は 寡道の氣,困在るは 獨立無し。 
俶裝 徒旅を逐う,達曙 險澀を凌ぐ。 
寒日 出霧 遲,清江 轉山急。 

僕夫 行きて進まず,駑馬 維縶の若し。 
汀洲 稍疏 散り,風景 怏悒を開く。 
空しく 尚お懷う所を慰む,終に 曩遊 集うに非らず。 
衰顏 偶 一破,勝事 屢挹に難し。 
茫然として阮籍の途,更に楊朱の泣くを灑う。
 

 



『早發射洪縣南途中作』 現代語訳と訳註
aki03 (本文)

僕夫行不進,駑馬若維縶。 
汀洲稍疏散,風景開怏悒。 
空慰所尚懷,終非曩遊集。 
衰顏偶一破,勝事難屢挹。 
茫然阮籍途,更灑楊朱泣。 


(下し文)
僕夫 行きて進まず,駑馬 維縶の若し。 
汀洲 稍疏 散り,風景 怏悒を開く。 
空しく 尚お懷う所を慰む,終に 曩遊 集うに非らず。 
衰顏 偶 一破,勝事 屢挹に難し。 
茫然として阮籍の途,更に楊朱の泣くを灑う。 


(現代語訳)
下男たちは行くことは行くのだけれどなかなか進みづらいようだ。のろい馬を更につなぎとめてしまうか、後ろむけにひっぱるようなものである。
川を渡るのに中州では少しの間分散させゆっくりする。ここの風景が開けたら快適であったり、憂欝であったりする。
空しく慰めるのは思うところがあるからで、この旅はとても終わるべくもないというのは、わたしが昔遊学の旅をあつめたものだからである。
こんな悲しい顔は、たまたまでいいから一回は打破しないといけない。まさっている仕事というのはしばしば挹むことは難しいということだ。
こんなふうに呆然としていると建安文学の阮籍が辿った道のようであり、更には周の自愛説の楊朱が涙を流してその顔を洗いそそぐ様なものだ。


(訳注)
僕夫 行 不進 ,駑馬 若維縶 。
下男たちは行くことは行くのだけれどなかなか進みづらいようだ。のろい馬を更につなぎとめてしまうか、後ろむけにひっぱるようなものである。
「僕夫」職業身份、車夫。召し使いの男。下男。
「駑馬」足ののろい馬。また、才能の劣る人のたとえ。。
「維縶」負面情感(拘束牽絆)、拘束。 結びつなぎとめること。


汀洲 稍疏散,風景 開怏悒 。
川を渡るのに中州では少しの間分散させゆっくりする。ここの風景が開けたら快適であったり、憂欝であったりする。
「汀洲」河・海・湖・沼などで、水が浅く、土砂の現れている所。中州(なかす)。
・稍 1 いくらかその傾向を帯びているさま。少しばかり。2 少しの間。しばらく。3 状況が少しずつ進むさま。しだいに。
・疏散 分散させる
「風景」風景勝蹟(自然景物)、景。
「怏悒」(綜合情感)、負面情感(憂愁掛慮)、鬱。
快適であったり憂欝であったりする。


空慰 所尚懷 ,終非 曩遊 集。
空しく慰めるのは思うところがあるからで、この旅はとても終わるべくもないというのは、わたしが昔遊学の旅をあつめたものだからである。
「慰」語義類別:人、情感詞(綜合情感)、正面情感(喜悅欣樂)、慰。
「懷」語義類別:人、狀態、心神氣力、懷。
「非」語義類別:其他、形容詞彙、對比詞、是非(非)。
「曩」語義類別:時、時間、範圍時間(今昔)、曩。さき さきに以前。さき。さきに。「曩時・曩日
「遊」語義類別:人、行為動作、一般行為(辵部)、遊。


衰顏 偶 一破,勝事 難 屢挹。
こんな悲しい顔は、たまたまでいいから一回は打破しないといけない。まさっている仕事というのはしばしば挹むことは難しいということだ。


茫然 阮籍 途 ,更灑 楊朱 泣 。
こんなふうに呆然としていると建安文学の阮籍が辿った道のようであり、更には周の自愛説の楊朱が涙を流してその顔を洗いそそぐ様なものだ。
「茫然」語義類別:人、狀態、心智狀態、茫。
「阮籍」語義類別:人、人名、本名、阮籍(三國魏)。阮 籍(げん せき、210年(建安15年) - 263年(景元4年))は、中国三国時代の人物。字(あざな)を嗣宗、豫州陳留郡尉氏の人。竹林の七賢の指導者的人物である。父は建安七子の一人である阮瑀。甥の阮咸(げんかん)も竹林の七賢の一人である。子は阮渾。兄は阮煕。
「途」語義類別:地、地理、街道巷弄、途。
「灑」語義類別:其他、現象、自然現象、灑。
「楊朱」語義類別:人、人名、本名、楊朱(周)。楊朱(ようしゅ、生没年未詳、前370頃? - 前319頃? )は中国の春秋戦国時代の思想家。個人主義的な思想である為我説(自愛説)を主張した。字は子居。 人間の欲望を肯定し、自己満足が自然に従うものであるとした。儒家、墨家に対抗し、異端として孟子などから排撃される。著書は伝わらず、「列子(楊朱篇)」、「荘子」などに学説が断片的であるが記載される。 哲学史の研究においては、西洋で同時代に快楽主義を提唱したエピクロスと比較される。
「泣」語義類別:人、行為動作、一般行為(水部)、泣。
 

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詩文(含異文): 將老憂貧窶,筋力豈能及。征途乃侵星【征途後侵星】【征途復侵星】,得使諸病入。鄙人寡道氣,在困無獨立。俶裝逐徒旅,達曙凌險澀【達曉凌險澀】。寒日出霧遲,清江轉山急。僕夫行不進,駑馬若維縶【駑馬苦維縶】。汀洲稍疏散,風景開怏悒【風景開悁悒】。空慰所尚懷,終非曩遊集。衰顏偶一破,勝事難屢挹【勝事皆空挹】。茫然阮籍途,更灑楊朱泣。 

早發射洪縣南途中作 成都 杜甫 <493-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2625 杜甫詩1000-493-#1-719/1500

杜甫 成都6《早發射洪縣南途中作》もう年を重ねてきたものとして貧乏してやつれることを思うと心配でしかたないし、心と身の気力と力がどうしてかよく及ばなくなっている。


2013年7月4日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


早發射洪縣南途中作  成都 杜甫 <493-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2625 杜甫詩1000-493-#1-719/1500 



詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の493-#1首目-蜀中転々場面
杜甫ブログ1500回予定の-719回目   40818
作年: 寶應元年  762年  51歲 
卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
作地: 通泉(劍南道北部 / 梓州 / 通泉) 
及地: 射洪 (劍南道北部 梓州 射洪)     

詩:早發射洪縣南途中作
(朝早く梓州の射洪縣、南方のすすむ途中に作る詩)
將老憂貧窶,筋力豈能及。 
もう年を重ねてきたものとして貧乏してやつれることを思うと心配でしかたないし、心と身の気力と力がどうしてかよく及ばなくなっている。
征途乃侵星,得使諸病入。 
この旅を進めていると星の出ている時間帯に次第に入り込むようになる。節度使と一緒ではあるがわたしの諸病状態に入って來ている。
鄙人寡道氣,在困無獨立。 
里人は言葉に出したり、気を使ったりすることは少ないものだ。困ったことがあるのは村は独立していないということだ。
俶裝逐徒旅,達曙凌險澀。 
普段着の服装を整えただけで、ただいたずらに旅を行っているのである。日がのぼりはじめると移動し始めるが、たかく嶮しくて進むのに困難なのである。
寒日出霧遲,清江轉山急。 
次に寒い日は霧が出て來てきて遅くなるし、清らかな大江があり、山々が転々と急になっていく。

月明峡01僕夫行不進,駑馬若維縶。 
汀洲稍疏散,風景開怏悒。 
空慰所尚懷,終非曩遊集。 
衰顏偶一破,勝事難屢挹。 
茫然阮籍途,更灑楊朱泣。 


早に發つ 射洪 縣の南 途中の作
將に老いて 貧窶【ひんる】を憂う,筋力 豈に能く及ん。 
途を征けば乃ち星を侵し,使を得れば諸病入る。 
鄙人は 寡道の氣,困在るは 獨立無し。 
俶裝 徒旅を逐う,達曙 險澀を凌ぐ。 
寒日 出霧 遲,清江 轉山 急。 

僕夫 行きて進まず,駑馬 維縶の若し。 
汀洲 稍疏 散り,風景 怏悒を開く。 
空しく 尚お懷う所を慰む,終に 曩遊 集うに非らず。 
衰顏 偶 一破,勝事 屢挹に難し。 
茫然として阮籍の途,更に楊朱の泣くを灑う。 

 
『早發射洪縣南途中作』 現代語訳と訳註
aki03(本文)
將老憂貧窶,筋力豈能及。 
征途乃侵星,得使諸病入。 
鄙人寡道氣,在困無獨立。 
俶裝逐徒旅,達曙凌險澀。 
寒日出霧遲,清江轉山急。 


(下し文)
早に發つ 射洪 縣の南 途中の作
將に老いて 憂貧の窶,筋力 豈に能く及ん。 
征途 乃ち侵星をし,諸病 入るを使うを得ん。 
鄙人 寡道の氣,困在るは 獨立無し。 
俶裝 徒旅を逐う,達曙 險澀を凌ぐ。 
寒日 出霧して遲く,清江 轉山して急ぐ。 


(現代語訳)
(朝早く梓州の射洪縣、南方のすすむ途中に作る詩)
もう年を重ねてきたものとして貧乏してやつれることを思うと心配でしかたないし、心と身の気力と力がどうしてかよく及ばなくなっている。
この旅を進めていると星の出ている時間帯に次第に入り込むようになる。節度使と一緒ではあるがわたしの諸病状態に入って來ている。
里人は言葉に出したり、気を使ったりすることは少ないものだ。困ったことがあるのは村は独立していないということだ。
普段着の服装を整えただけで、ただいたずらに旅を行っているのである。日がのぼりはじめると移動し始めるが、たかく嶮しくて進むのに困難なのである。
次に寒い日は霧が出て來てきて遅くなるし、清らかな大江があり、山々が転々と急になっていく。


(訳注)
早發射洪縣南途中作
朝早く梓州の射洪縣、南方のすすむ途中に作る詩


將老 憂 貧窶 ,筋力 豈能及 。
もう年を重ねてきたものとして貧乏してやつれることを思うと心配でしかたないし、心と身の気力と力がどうしてかよく及ばなくなっている。
「老」語義類別:人、狀態、生理狀態、老。
「憂」語義類別:人、情感詞(綜合情感)、負面情感(憂愁掛慮)、憂。
「貧窶」語義類別:人、狀態、生活狀態、貧。【ひんる】とは。意味や解説。非常に貧しいこと。また、貧乏をしてやつれること。
「筋力」語義類別:人、狀態、心神氣力、力。
「能」語義類別:人、狀態、心理能願、能。


征途 乃侵星 ,得使諸病 入。
この旅を進めていると星の出ている時間帯に次第に入り込むようになる。節度使と一緒ではあるがわたしの諸病状態に入って來ている。
「征途」語義類別:人、行為動作、戰爭活動、征途。
「侵星」時間、範圍時間(其他)、侵星。 星を犯す。星の出ている時間帯に次第に入り込む
「病」語義類別:其他、疾病、疾病類別、病。


鄙人 寡道氣 ,在困 無 獨立。
里人は言葉に出したり、気を使ったりすることは少ないものだ。困ったことがあるのは村は独立していないということだ。
「鄙人」田舎の人。里人(さとびと)。
「氣」語義類別:人、狀態、心神氣力、氣。
「無」語義類別:其他、形容詞彙、對比詞、有無(無)。
・寡 すくない やもめ1 少ない。2 (徳の少ない意から)古代中国で、王侯が謙遜していう自称。「3 独り者。配偶者のない人。


俶裝 逐 徒旅 ,達曙 凌 險澀 。
普段着の服装を整えただけで、ただいたずらに旅を行っているのである。日がのぼりはじめると移動し始めるが、たかく嶮しくて進むのに困難なのである。
「裝」絲帛服飾(衣冠腰帶)、裝。
「逐」(辵部)、逐。
「徒旅」語義類別:人、稱謂、一般稱謂、客。
「曙」語義類別:時、時間、範圍時間(清晨)、曙。
「險澀」環境狀態、險。


寒日 出霧 遲 ,清江 轉山 急 。
次に寒い日は霧が出て來てきて遅くなるし、清らかな大江があり、山々が転々と急になっていく。
「寒日」秋分を過ぎて立春までの寒い日を云う。
成都遂州00

奉贈射洪李四丈【案:明甫。】 成都 杜甫 <492-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2620 杜甫詩1000-492-#2-718/1500

杜甫《奉贈射洪李四丈》徐知道の残党の征伐に明月峽の渓谷を下った。この蜀の山道は海や島を極めた道なのだ。はるか万里の先で充分の金を用いたというが、私の妻子家族は安全であるのかどうかが分かっていない。


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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集 LiveDoor奉贈射洪李四丈【案:明甫。】 成都 杜甫 <492-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2620 杜甫詩1000-492-#2-718/1500
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


奉贈射洪李四丈【案:明甫。】  成都 杜甫 <492-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2620 杜甫詩1000-492-#2-718/1500

詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の492-#2首目-蜀中転々場面
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奉贈射洪李四丈
(梓州射洪で李四丈殿にこの詩を贈り奉る)
丈人屋上烏,人好烏亦好。
年を取られたお方が屋根の上にいる鳥を見ている。その人は鳥のことを好ましく思っている。鳥もまたその人のことを好ましく思っている。
人生意氣豁,不在相逢早。
その人の生き方は意気軒昂で広くゆったりとしている。ここで互いにどちらかが少し早く動けばそこにはいないというものだ。
南京亂初定,所向邑枯槁。
そんな時、成都の徐知道の乱は早くも平定されたようだ。ただ、今は。成都の街に向かっても、街は荒れ果ててしまっているだろう。
遊子無根株,茅齋付秋草。
家を離れているので生活の基盤がなくなってしまっている。茅葺の私の書斎はきっと秋の雑草が生えていることだろう。

#2
東征下月峽,掛席窮海島。
徐知道の残党の征伐に明月峽の渓谷を下った。この蜀の山道は海や島を極めた道なのだ。
萬里須十金,妻孥未相保。
はるか万里の先で充分の金を用いたというが、私の妻子家族は安全であるのかどうかが分かっていない。
蒼茫風塵際,蹭蹬騏驎老。
遙か先まで青くかすみ茫然としていてその風による戦争の湧き雲ははしの方だけになっている。麒麟といわれたお方も今や老けてしまい勢いを失ったという。
志士懷感傷,心胸已傾倒。
志がはっきりをしているものは心に傷を負い痛み入っている。その心の内は、既に傾き、倒れてしまったのだ。

浮桟橋00

(射洪李四丈に贈り奉る)
丈人 屋上の烏,人は好む 烏亦た好むを。
人生 意氣豁く,相い逢う早きこと在らざる。
南京 亂 初めて定り,向う所 邑 枯槁なり。
遊子 根株無く,茅齋【ぼうさい】秋草を付く。
#2
東征 月峽を下る,席を掛け 海島に窮む。
萬里 十金を須いる,妻孥【さいど】未だ相い保たず。
蒼茫として風塵の際,蹭蹬【そうとう】して 騏驎老ゆ。
志士 感傷を懷【いたみ】み,心胸 已に傾倒す。



『奉贈射洪李四丈』 現代語訳と訳註
(本文)

東征下月峽,掛席窮海島。
萬里須十金,妻孥未相保。
蒼茫風塵際,蹭蹬騏驎老。
志士懷感傷,心胸已傾倒。


(下し文)
東征 月峽を下る,席を掛け 海島に窮む。
萬里 十金を須いる,妻孥【さいど】未だ相い保たず。
蒼茫として風塵の際,蹭蹬【そうとう】して 騏驎老ゆ。
志士 感傷を懷【いたみ】み,心胸 已に傾倒す。


(現代語訳)
徐知道の残党の征伐に明月峽の渓谷を下った。この蜀の山道は海や島を極めた道なのだ。
はるか万里の先で充分の金を用いたというが、私の妻子家族は安全であるのかどうかが分かっていない。
遙か先まで青くかすみ茫然としていてその風による戦争の湧き雲ははしの方だけになっている。麒麟といわれたお方も今や老けてしまい勢いを失ったという。
志がはっきりをしているものは心に傷を負い痛み入っている。その心の内は、既に傾き、倒れてしまったのだ。

月明峡02
(訳注)
東征 下 月峽 ,掛席 窮 海島 。
徐知道の残党の征伐に明月峽の渓谷を下った。この蜀の山道は海や島を極めた道なのだ。
・「東征」戰爭活動:安史軍が東方で依然として勢力を持っていた。ここでは徐知道の残党が漢中に向けて逃亡するのを征伐した。
・「月峽」明月峽。明月峡古桟道は別名朝天峡、古蜀桟道の一部で、広元北23キロの嘉陵江東岸の絶壁に掘られた古蜀から中原に入る唯一の交通要道であった。戦国時代から宋時代まで歴代の蜀人が絶えずに修復し、新しく掘り続け、この蜀の桟道は数百キロも続く。
「掛席」桟道水路、帆を挙げて進む。
「海」水澤湖泊、海。
「島」沙洲島嶼、島嶼。


萬里 須十金 ,妻孥 未 相保 。
はるか万里の先で充分の金を用いたというが、私の妻子家族は安全であるのかどうかが分かっていない。
「妻孥」【さいど】《「孥」は子の意》妻と子。また、家族。


蒼茫 風塵 際 ,蹭蹬 騏驎 老 。
遙か先まで青くかすみ茫然としていてその風による戦争の湧き雲ははしの方だけになっている。麒麟といわれたお方も今や老けてしまい勢いを失ったという。
「蒼茫」蒼茫。
「風塵」地、人世之境、人間、風塵。
「際」時間、範圍時間(時刻)、際。
「蹭蹬」挫折する,勢いを失う. 不遇で志を得ないさま.失意。
「騏驎」語義類別:物、生物、動物專名(走獸)、馬。
「老」動物生命狀態、老。


志士 懷 感傷 ,心胸 已傾倒。
志がはっきりをしているものは心に傷を負い痛み入っている。その心の内は、既に傾き、倒れてしまったのだ。
月明峡01

奉贈射洪李四丈 成都 杜甫 <492>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2615 杜甫詩1000-492-717/1500

杜甫《奉贈射洪李四丈》-#1年を取られたお方が屋根の上にいる鳥を見ている。その人は鳥のことを好ましく思っている。鳥もまたその人のことを好ましく思っている。

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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

奉贈射洪李四丈  成都 杜甫 <492>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2615 杜甫詩1000-492-717/1500 

作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 蜀中転々
掲 載; 杜甫1000首の492首目
杜甫ブログ1500回予定の-717回目


作年: 寶應元年  762年  51歲 
卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
詩題: 奉贈射洪李四丈【案:明甫。】 
寫作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州) 
寫及地點:  射洪 (劍南道北部 梓州 射洪)     
益州 (劍南道北部 益州 益州) 別名:南京、成都府     
明月峽 (山南西道 渝州 巴縣) 別名:月峽     
交遊人物/地點: 李明甫 書信往來(劍南道北部 梓州 射洪)
 
奉贈射洪李四丈
丈人屋上烏,人好烏亦好。
人生意氣豁,不在相逢早。
南京亂初定,所向邑枯槁。
遊子無根株,茅齋付秋草。

東征下月峽,掛席窮海島。
萬里須十金,妻孥未相保。
蒼茫風塵際,蹭蹬騏驎老。
志士懷感傷,心胸已傾倒。

(射洪李四丈に贈り奉る)
丈人 屋上の烏,人は好む 烏亦た好むを。
人生 意氣豁く,相い逢う早きこと在らざる。
南京 亂 初めて定り,向う所 邑 枯槁なり。
遊子 根株無く,茅齋【ぼうさい】秋草を付く。
#2
東征 月峽を下る,席を掛け 海島に窮む。
萬里 十金を須いる,妻孥【さいど】未だ相い保たず。
蒼茫として風塵の際,蹭蹬【そうとう】して 騏驎老ゆ。
志士 感傷を懷【いたみ】み,心胸 已に傾倒す。
 

『奉贈射洪李四丈』 現代語訳と訳註
sora001(本文)
奉贈射洪李四丈
丈人屋上烏,人好烏亦好。
人生意氣豁,不在相逢早。
南京亂初定,所向邑枯槁。
遊子無根株,茅齋付秋草。


(下し文)
(射洪李四丈に贈り奉る)
丈人 屋上の烏,人は好む 烏亦た好むを。
人生 意氣豁く,相い逢う早きこと在らざる。
南京 亂 初めて定り,向う所 邑 枯槁なり。
遊子 根株無く,茅齋【ぼうさい】秋草を付く。


(現代語訳)
(梓州射洪で李四丈殿にこの詩を贈り奉る)
年を取られたお方が屋根の上にいる鳥を見ている。その人は鳥のことを好ましく思っている。鳥もまたその人のことを好ましく思っている。
その人の生き方は意気軒昂で広くゆったりとしている。ここで互いにどちらかが少し早く動けばそこにはいないというものだ。
そんな時、成都の徐知道の乱は早くも平定されたようだ。ただ、今は。成都の街に向かっても、街は荒れ果ててしまっているだろう。
家を離れているので生活の基盤がなくなってしまっている。茅葺の私の書斎はきっと秋の雑草が生えていることだろう。


(訳注)
奉贈射洪李四丈
(梓州射洪で李四丈殿にこの詩を贈り奉る)

丈人 屋上 烏 ,人好 烏 亦好 。
年を取られたお方が屋根の上にいる鳥を見ている。その人は鳥のことを好ましく思っている。鳥もまたその人のことを好ましく思っている。
「丈人」1 年寄りを敬っていう語。 2 妻の父。岳父。
「屋」宮室屋廬、屋。
「好」對比詞、好壞(好)。
「烏」語義類別:物、生物、動物專名(飛禽)、烏鴉。


人生 意氣 豁 ,不在 相逢 早 。
その人の生き方は意気軒昂で広くゆったりとしている。ここで互いにどちらかが少し早く動けばそこにはいないというものだ。
「人生」語義類別:人、形容詞彙(人)、人生機遇、人生。


南京 亂初定 ,所向 邑 枯槁 。
そんな時、成都の徐知道の乱は早くも平定されたようだ。ただ、今は。成都の街に向かっても、街は荒れ果ててしまっているだろう。
「南京」行政地名、南京。成都を示す。
「定」語義類別:人、行為動作、戰爭活動、平定。
「枯槁」[1]草木がしぼみ枯れること。氷雪の野を蔽ひて草木の―せしが如く〔出典: 雪中梅(鉄腸)〕 [2]人が痩せ衰えること。やつれること。


遊子 無 根株 ,茅齋 付秋草 。
家を離れているので生活の基盤がなくなってしまっている。茅葺の私の書斎はきっと秋の雑草が生えていることだろう。
「遊子」語義類別:人、稱謂、指代稱謂、遊人。

謁文公上方 (五言古詩) 成都6-(29-#3) 杜甫 <491-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2610 杜甫詩1000-491-#3-716/1500

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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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謁文公上方 (五言古詩) 成都6-(29-#3) 杜甫 <491-#3>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2610 杜甫詩1000-491-#3-716/1500 



詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の491-#3首目-場面6-(29-#3)
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卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
詩題: 謁文公上方 
作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の491首目
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作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州) 
交遊人物/地點: 文公 當地交遊(劍南道北部 梓州 梓州)
 

謁文公上方
(文公に謁見して、この詩をたてまつる)
野寺隱喬木,山僧高下居。
この地にポツンと建っているお寺は、灌木の陰に隠れている。その山寺の僧侶は高い所に居をして降りてくる。
石門日色異,絳氣橫扶疏。
その石門には日光があたるがその色を色々異にする。夕暮れの赤色の霞がかかり、木々の枝が 四方に広がって横たわっている。
窈窕入風磴,長蘆紛卷舒。
風の吹き荒ぶ石の多い坂道へゆっくりとはいっていく。長い蘆がそこに入ったものの出処進退を紛らわせる。
庭前猛虎臥,遂得文公廬。
この寺の庭園には風が吹いて猛々しい虎の声がしているようでそこに伏せているのだろう。とは言いながら遂に、国内の内紛を避けて潜んだ分校の庵ともいうべきところに着くことができた。

#2
俯視萬家邑,煙塵對階除。
目を下の方に向けるとその下に万戸の家が町を作っている。霞がかかったむこうに俗世界が階段に対して存在する。
吾師雨花外,不下十年餘。
私の先生はこの風流な雨や花とここの景色をあいしていて、もう十年以上もこの地より俗世界に降りていないのだ。
長者自布金,禪龕只晏如。
富貴の物は、自ずから金銭というものを身に着けているが、ここの本堂の仏前にただ経を読んでいることで、安らかで落ち着いているということなのだ。
大珠脫玷翳,白月當空虛。
大珠慧海は俗世界での汚名や、恥辱、煩悩をここで脱したのだ。日中だけでなく夜にも無になってこれにあたっているのだ。
甫也南北人,蕪蔓少耘鋤。
雑草がおい茂ってあれはてているところを若くしてこれを開墾し耕されたのであり、先生は中国人にとって初めての人である。
#3
王屋山01久遭詩酒污,何事忝簪裾。
ひさしく詩文と酒を飲み清談することに携わってきたのであるが、どういうわけか冠位を賜り何とかやって来たのだ。
王侯與螻蟻,同盡隨丘墟。
諸国の王と諸侯たちは、ケラとアリとしてとるにたらない者たちを与えられた。それは皆ことごとく丘も少し高い丘も同じようなものとして存在したのである。
願聞第一義,回向心地初。
願うことを聞き入れてもらいたいのはこころをおちつかせを初心にかえることを第一にせねばならないということである。
金篦刮眼膜,價重百車渠。
金鏝で目や鼓膜をけずりとる、価値のあるものとして百の仏教七寶の一つである「車渠」を尊重する。
無生有汲引,茲理儻吹噓。
このように吸い上げ引っ張っても生まれてこない。この道理はたちまち嘘をついているとばれてしまう。


『謁文公上方』 現代語訳と訳註
(本文)
#3
久遭詩酒污,何事忝簪裾。
王侯與螻蟻,同盡隨丘墟。
願聞第一義,回向心地初。
金篦刮眼膜,價重百車渠。
無生有汲引,茲理儻吹噓。


(下し文)#3
久しく 詩酒の污すを遭うて,何事か忝じけなくも簪裾す。
王侯 螻蟻を與へ,同じうして盡く丘墟に隨う。
願わくば第一義に聞くは,回向【えこう】心地の初めてにするを。
金篦【きんへい】 眼膜を刮り,價重 百車の渠。
汲引する有るを生む無し,茲に理らば儻に噓に吹くものを。


(現代語訳)
ひさしく詩文と酒を飲み清談することに携わってきたのであるが、どういうわけか冠位を賜り何とかやって来たのだ。
諸国の王と諸侯たちは、ケラとアリとしてとるにたらない者たちを与えられた。それは皆ことごとく丘も少し高い丘も同じようなものとして存在したのである。
願うことを聞き入れてもらいたいのはこころをおちつかせを初心にかえることを第一にせねばならないということである。
金鏝で目や鼓膜をけずりとる、価値のあるものとして百の仏教七寶の一つである「車渠」を尊重する。
このように吸い上げ引っ張っても生まれてこない。この道理はたちまち嘘をついているとばれてしまう。


(訳注)
謁文公上方


久遭 詩酒 污,何事 忝 簪裾 。
ひさしく詩文と酒を飲み清談することに携わってきたのであるが、どういうわけか冠位を賜り何とかやって来たのだ。
・「詩酒」詩人は酒と共にある。賢人聖人はそれぞれにあった酒を呑む。濁り酒を飲みながら清談をする。
・「忝」かたじけない。
・「簪裾」役職の冠と絲帛服飾(衣冠腰帶)。


王侯 與螻蟻 ,同盡隨 丘墟 。
諸国の王と諸侯たちは、ケラとアリとしてとるにたらない者たちを与えられた。それは皆ことごとく丘も少し高い丘も同じようなものとして存在したのである。
・「王侯」人、稱謂、職官爵位、王侯。
・「螻蟻」ケラとアリ。また、虫けら。小さくて取るに足りないもののたとえ。杜甫『遣興三首』 759乾元二年秋在秦州作 
下馬古戰場,四顧但茫然。風悲浮雲去,黃葉墮我前。
朽骨穴螻蟻,又為蔓草纏。故老行嘆息,今人尚開邊。
漢虜互勝負,封疆不常全。安得廉頗將,三軍同晏眠?
遣興三首 其一 <226>杜甫詩kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1094 杜甫特集700- 329 
・「丘墟」自然景觀、山峰崖嶺、丘。小高い丘の意味をもち 墟は、丘を大きくしたものをいう。
 

願聞 第一 義 ,回向 心地 初 。
願うことを聞き入れてもらいたいのはこころをおちつかせを初心にかえることを第一にせねばならないということである。
・「回向」佛家語、迴向。仏語。1 死者の成仏を願って仏事供養をすること。「冥福を祈って―する」2 自分の修めた功徳(くどく)を他にも差し向け、自他ともに悟りを得るための助けとすること。
・「心地」心神氣力、心。


金篦 刮 眼膜 ,價重 百 車渠 。
金鏝で目や鼓膜をけずりとる、価値のあるものとして百の仏教七寶の一つである「車渠」を尊重する。
・「金篦」醫療器材、金篦。(1)石膏(せつこう)型を造る際に用いる金属製のへら。 (2)鏝(こて)。
・「刮」削りとる。こそげる。
・「眼」身體器官、五官顏面、眼。
・「價」器物、金帛錢幣、錢。
・「百」數詞、定量數詞、百。
・「車渠」車渠。 仏教七寶の一つ。仏教の経典に説かれる7種の宝石のこと。〈しちほう〉ともいう。それらの名称は経典によって多少の相違があり,たとえば《法華経》では金,銀,瑠璃(るり),硨磲(しやこ),瑪瑙(めのう),真珠,玫瑰(まいかい)をいう。


無生 有 汲引 ,茲理儻吹噓。
このように吸い上げ引っ張っても生まれてこない。この道理はたちまち嘘をついているとばれてしまう。
・「儻」 もし、たちまち、志が大きくてぬきんでていること。
成都遂州00

謁文公上方 (五言古詩) 成都6-(29-#2) 杜甫 <491-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2605 杜甫詩1000-491-#2-715/1500

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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


2013年6月25日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《龜雖壽》 武帝 魏詩<88-#2>古詩源 巻五 806 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2578
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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謁文公上方 (五言古詩) 成都6-(29-#2) 杜甫 <491-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2605 杜甫詩1000-491-#2-715/1500


卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
詩題: 謁文公上方 
作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の491首目
杜甫ブログ1500回予定の-714回目

作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州) 
交遊人物/地點: 文公 當地交遊(劍南道北部 梓州 梓州)
 

謁文公上方
王屋山01(文公に謁見して、この詩をたてまつる)
野寺隱喬木,山僧高下居。
この地にポツンと建っているお寺は、灌木の陰に隠れている。その山寺の僧侶は高い所に居をして降りてくる。
石門日色異,絳氣橫扶疏。
その石門には日光があたるがその色を色々異にする。夕暮れの赤色の霞がかかり、木々の枝が 四方に広がって横たわっている。
窈窕入風磴,長蘆紛卷舒。
風の吹き荒ぶ石の多い坂道へゆっくりとはいっていく。長い蘆がそこに入ったものの出処進退を紛らわせる。
庭前猛虎臥,遂得文公廬。
この寺の庭園には風が吹いて猛々しい虎の声がしているようでそこに伏せているのだろう。とは言いながら遂に、国内の内紛を避けて潜んだ分校の庵ともいうべきところに着くことができた。

#2
俯視萬家邑,煙塵對階除。
目を下の方に向けるとその下に万戸の家が町を作っている。霞がかかったむこうに俗世界が階段に対して存在する。
吾師雨花外,不下十年餘。
私の先生はこの風流な雨や花とここの景色をあいしていて、もう十年以上もこの地より俗世界に降りていないのだ。
長者自布金,禪龕只晏如。
富貴の物は、自ずから金銭というものを身に着けているが、ここの本堂の仏前にただ経を読んでいることで、安らかで落ち着いているということなのだ。
大珠脫玷翳,白月當空虛。
大珠慧海は俗世界での汚名や、恥辱、煩悩をここで脱したのだ。日中だけでなく夜にも無になってこれにあたっているのだ。
甫也南北人,蕪蔓少耘鋤。
雑草がおい茂ってあれはてているところを若くしてこれを開墾し耕されたのであり、先生は中国人にとって初めての人である。
#3
久遭詩酒污,何事忝簪裾。
王侯與螻蟻,同盡隨丘墟。
願聞第一義,回向心地初。
金篦刮眼膜,價重百車渠。
無生有汲引,茲理儻吹噓。


『謁文公上方』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
俯視萬家邑,煙塵對階除。
吾師雨花外,不下十年餘。
長者自布金,禪龕只晏如。
大珠脫玷翳,白月當空虛。
甫也南北人,蕪蔓少耘鋤。


(下し文) #2
俯視すれば萬家の邑,煙塵して階除に對す。
吾が師は雨花の外,下らざること十年に餘る。
長者 自ら金を布し,龕を禪じて只だ晏の如し。
大珠は玷翳を脫し,白月は空虛に當る。
甫めて也り 南北の人,蕪蔓 少しく鋤くを耘ず。


(現代語訳)
目を下の方に向けるとその下に万戸の家が町を作っている。霞がかかったむこうに俗世界が階段に対して存在する。
私の先生はこの風流な雨や花とここの景色をあいしていて、もう十年以上もこの地より俗世界に降りていないのだ。
富貴の物は、自ずから金銭というものを身に着けているが、ここの本堂の仏前にただ経を読んでいることで、安らかで落ち着いているということなのだ。
大珠慧海は俗世界での汚名や、恥辱、煩悩をここで脱したのだ。日中だけでなく夜にも無になってこれにあたっているのだ。
雑草がおい茂ってあれはてているところを若くしてこれを開墾し耕されたのであり、先生は中国人にとって初めての人である。


(訳注) #2
俯視萬家邑,煙塵對階除。

目を下の方に向けるとその下に万戸の家が町を作っている。霞がかかったむこうに俗世界が階段に対して存在する。
・階除 階段。「階」も「除」もきざはしの意。


吾師雨花外,不下十年餘。
私の先生はこの風流な雨や花とここの景色をあいしていて、もう十年以上もこの地より俗世界に降りていないのだ。


長者自布金,禪龕只晏如。
富貴の物は、自ずから金銭というものを身に着けているが、ここの本堂の仏前にただ経を読んでいることで、安らかで落ち着いているということなのだ。
・禪龕 寺の本堂。禪:1 天子が天を祭る儀式。「封禅(ほうぜん)」2 天子が位を譲る。「禅譲/受禅」3 仏教で、雑念を払い、心を集中して悟りの境地を得ること。「禅定(ぜんじょう)/座禅・参禅・修禅。 龕:1 石窟や家屋の壁面に、仏像・仏具を納めるために設けたくぼみ。また、仏壇・厨子(ずし)にもいう。仏龕(ぶつがん)。 2 遺体を納める棺(かん)や輿(こし)。ひつぎ。
・晏如 安らかで落ち着いているさま。晏然(あんぜん)。


大珠脫玷翳,白月當空虛。
大珠慧海は俗世界での汚名や、恥辱、煩悩をここで脱したのだ。日中だけでなく夜にも無になってこれにあたっているのだ。
・大珠 大珠慧海(だいじゅ えかい、生没年不詳)は、中国の唐代の禅僧。著名な禅僧である馬祖道一の弟子で、現存している『頓悟入道要門』の著者である。
・玷翳 (1) 白玉のきずとかげ.(2) 汚す.玷辱。辱める,(名を)汚す玷辱名声名を汚す.玷污 dianwū[動](名誉を)汚す.


甫也南北人,蕪蔓少耘鋤。
雑草がおい茂ってあれはてているところを若くしてこれを開墾し耕されたのであり、先生は中国人にとって初めての人である。
・甫 1 男子の美称。 2 物事の始まり。「衆甫」 3 広く大きい。「甫田」
・南北人 ここは中国全体のことをいう。東西は太陽が上り下りして海に沈むとされの中央に南北に中国人が住んでいるという考え方。
・蕪蔓 雑草がおい茂ってあれはてているさま

王屋山00

謁文公上方 (五言古詩) 成都6-(29-#1) 杜甫 <491-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2600 杜甫詩1000-491-#1-714/1500

杜甫《謁文公上方》この地にポツンと建っているお寺は、灌木の陰に隠れている。その山寺の僧侶は高い所に居をして降りてくる。

2013年6月29日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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謁文公上方 (五言古詩) 成都6-(29-#1) 杜甫 <491-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2600 杜甫詩1000-491-#1-714/1500


卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
詩題: 謁文公上方 
作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の491首目-#1
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作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州) 
交遊人物/地點: 文公 當地交遊(劍南道北部 梓州 梓州)
 

謁文公上方
野寺隱喬木,山僧高下居。
石門日色異,絳氣橫扶疏。
窈窕入風磴,長蘆紛卷舒。
庭前猛虎臥,遂得文公廬。
(文公に謁見して、この詩をたてまつる)
この地にポツンと建っているお寺は、灌木の陰に隠れている。その山寺の僧侶は高い所に居をして降りてくる。
その石門には日光があたるがその色を色々異にする。夕暮れの赤色の霞がかかり、木々の枝が 四方に広がって横たわっている。
風の吹き荒ぶ石の多い坂道へゆっくりとはいっていく。長い蘆がそこに入ったものの出処進退を紛らわせる。
この寺の庭園には風が吹いて猛々しい虎の声がしているようでそこに伏せているのだろう。とは言いながら遂に、国内の内紛を避けて潜んだ分校の庵ともいうべきところに着くことができた。

#2
俯視萬家邑,煙塵對階除。
吾師雨花外,不下十年餘。
長者自布金,禪龕只晏如。
大珠脫玷翳,白月當空虛。
甫也南北人,蕪蔓少耘鋤。
#3
久遭詩酒污,何事忝簪裾。
王侯與螻蟻,同盡隨丘墟。
願聞第一義,回向心地初。
金篦刮眼膜,價重百車渠。
無生有汲引,茲理儻吹噓。


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野寺隱喬木,山僧高下居。
石門日色異,絳氣橫扶疏。
窈窕入風磴【窅窕入風磴】,長蘆紛卷舒。
庭前猛虎臥,遂得文公廬。
俯視萬家邑,煙塵對階除。
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願聞第一義,回向心地初。
金篦刮眼膜,價重百車渠。
無生有汲引,茲理儻吹噓。

sas0033
『謁文公上方』 現代語訳と訳註
(本文)

野寺隱喬木,山僧高下居。
石門日色異,絳氣橫扶疏。
窈窕入風磴,長蘆紛卷舒。
庭前猛虎臥,遂得文公廬。


(下し文)
(文公に謁【まみ】えて 方を上【たてま】つる)
野寺 喬木に隱る,山僧 高くして居より下る。
石門 日色 異り,絳氣【こうき】 扶疏に橫たわる。
窈窕として 風磴に入る,長蘆 紛として舒を卷く。
庭前 猛虎臥し,遂に文公の廬を得んや。


(現代語訳)
(文公に謁見して、この詩をたてまつる)
この地にポツンと建っているお寺は、灌木の陰に隠れている。その山寺の僧侶は高い所に居をして降りてくる。
その石門には日光があたるがその色を色々異にする。夕暮れの赤色の霞がかかり、木々の枝が 四方に広がって横たわっている。
風の吹き荒ぶ石の多い坂道へゆっくりとはいっていく。長い蘆がそこに入ったものの出処進退を紛らわせる。
この寺の庭園には風が吹いて猛々しい虎の声がしているようでそこに伏せているのだろう。とは言いながら遂に、国内の内紛を避けて潜んだ分校の庵ともいうべきところに着くことができた。


(訳注)
謁文公上方
文公に謁見して、この詩をたてまつる


野寺 隱 喬木 ,山僧 高 下居 。
この地にポツンと建っているお寺は、灌木の陰に隠れている。その山寺の僧侶は高い所に居をして降りてくる。
「喬木」植物泛稱 灌木。


石門日色 異 ,絳氣 橫 扶疏 。
その石門には日光があたるがその色を色々異にする。夕暮れの赤色の霞がかかり、木々の枝が 四方に広がって横たわっている。
「日色」日光の色。
「異」形容詞彙、對比詞、異同(異)。
「絳氣」赤色霞光。夕暮れの赤色の霞がかかる。
「扶疏」木々の枝が 四方に広がる。ゆらゆらとゆらめくさま。


窈窕入 風磴 ,長蘆 紛卷舒 。
風の吹き荒ぶ石の多い坂道へゆっくりとはいっていく。長い蘆がそこに入ったものの出処進退を紛らわせる。
「窈窕」美しくしとやかなさま。上品で奥ゆかしいさま。奥深いさま。陶淵明『帰去来辭』「既窈窕以尋壑、亦崎嶇而經丘。」(既に窈窕として以て壑を尋ね、亦た崎嶇として丘を経。)奥深い谷に降りたり、けわしい丘に登ったりする。頭がよく顔も美しいしとやかな美人。『詩経、周南、關睢』「窈窕淑女、君子好逑」(窈窕たる淑女は、君子の好逑)
「風磴」風橙 風のわたる石段の路、また、石の多い坂道。
「長蘆」對比狀態、長い蘆葦。
「卷舒」(1)巻いたりのばしたりすること。広げることとしまうこと。 (2)出処進退。


庭前 猛虎 臥 ,遂得文公 廬 。
この寺の庭園には風が吹いて猛々しい虎の声がしているようでそこに伏せているのだろう。とは言いながら遂に、国内の内紛を避けて潜んだ分校の庵ともいうべきところに着くことができた。
「庭」、園林院落の庭。
「虎」動物專名(走獸)、虎。
「文公」文公。紀元前696年 - 紀元前628年、在位紀元前636年 - 紀元前628年)は、中国春秋時代の晋の君主。姓は姫、諱は重耳(ちょうじ:Chong'er)、諡は文。晋の公子であったが、国内の内紛をさけて19年間諸国を放浪したのち、帰国して君主となって天下の覇権を握り、斉の桓公と並んで斉桓晋文と称され、春秋五覇の代表格とされる。
「廬」宮室屋廬、廬。


冬到金華山觀,因得故拾遺陳公 楽府(五言古詩) 成都 杜甫 <490-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2595 杜甫詩1000-490-#2-713/1500

杜甫《冬到金華山觀,因得故拾遺陳公》 雪嶺の向こうにもはや日光は没してしまっている。霜の草原降りた鴻鳥が十分のあわれさで鳴いている。

2013年6月28日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性送盧員外 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-210-76-#70  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2597
 
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



冬到金華山觀,因得故拾遺陳公 楽府(五言古詩) 成都 杜甫 <490-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2595 杜甫詩1000-490-#2-713/1500

 
詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の490-#2首目
杜甫ブログ1500回予定の-713回目   40812

卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
詩題: 冬到金華山觀,因得故拾遺陳公
〔陳子昂,射洪人。少讀書金華山,後節度使李叔明為立旌德碑於山之讀書堂側。〕學堂遺跡 
作地點: 射洪(劍南道北部 / 梓州 / 射洪) 
及地點: 金華山觀 (劍南道北部 梓州 射洪)     
 
陳公學堂 (劍南道北部 梓州 射洪) 別名:陳公讀書堂     
雪山 (劍南道北部 無第二級行政層級 雪山) 別名:雪嶺     
 
冬到金華山観因得故拾遺陳公草堂遺跡
(冬の日に金華山の道観を訪ねた。山の後ろに初唐の詩人陳子昂拾遺公が幼いころに勉学したという草堂の遺跡に立ち寄った。)
〔陳子昂,射洪人。少讀書金華山,後節度使李叔明為立旌德碑於山之讀書堂側。〕
〔陳子昂は梓州射洪の人。青年になって金華山において讀書する,その後、節度使李叔明の功績を旌を立て、德碑にあらわし、金華山の讀書堂の側にもとにたてた。〕
涪右眾山內,金華紫崔嵬。
涪江の西には多くの山のあるなかで、きれいで華やかな金華山は崔嵬として紫色のなかにある。
上有蔚藍天,垂光抱瓊臺。』
そのうえにむけては濃い藍色の天がある。そのうえから垂れた光が瓊の台を包囲し、抱え込んでいる。』
繫舟接絕壁,杖策窮縈回。
自分は切り立ったがけになっている大きな谷の傍に舟をつないで、それから谷の道を杖をついて渓流のうねうねしたところの奥まで行き着いた。
四顧俯層巔,澹然川谷開。
そうして山の重なっている頂から四方をながめ見下ろすと、川や谷があっさりした色で前に展開している。
#2
雪嶺日色死,霜鴻有餘哀。
焚香玉女跪,霧裡仙人來。』
陳公讀書堂,石柱仄青苔。
悲風為我起,激烈傷雄才。』

王屋山01
(冬金華山の観に到り、因って故拾遺陳公の草堂遺跡を得たり。)
涪右【ふうゆう】眾山【しゅうざん】の內,金華 紫にして崔嵬【さいかい】たり。
上に蔚藍【うつらん】の天有り,光を垂れて瓊臺【けいだい】を抱く。』
舟を繫ぎて絕壁に接す,策を杖いて縈回を窮む。
四顧 層巔【そうてん】より俯す,澹然【たんぜん】 川谷 開く。
#2
雪嶺【せきれい】日色 死す,霜鴻【そうこう】餘哀【よあい】有り。
焚香して玉女跪【ひざまず】き,霧裡【むり】仙人來たる。』
陳公の讀書堂,石柱は青苔に仄【かたむ】く。
悲風我が為に起こる,激烈【げきれつ】雄才を傷む。』
 


『冬到金華山観因得故拾遺陳公草堂遺跡』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
雪嶺日色死,霜鴻有餘哀。
焚香玉女跪,霧裡仙人來。』
陳公讀書堂,石柱仄青苔。
悲風為我起,激烈傷雄才。』


(下し文) #2
雪嶺【せきれい】日色 死す,霜鴻【そうこう】餘哀【よあい】有り。
焚香して玉女跪【ひざまず】き,霧裡【むり】仙人來たる。』
陳公の讀書堂,石柱は青苔に仄【かたむ】く。
悲風我が為に起こる,激烈【げきれつ】雄才を傷む。』


(現代語訳)
(冬の日に金華山の道観を訪ねた。山の後ろに初唐の詩人陳子昂拾遺公が幼いころに勉学したという草堂の遺跡に立ち寄った。)
〔陳子昂は梓州射洪の人。青年になって金華山において讀書する,その後、節度使李叔明の功績を旌を立て、德碑にあらわし、金華山の讀書堂の側にもとにたてた。〕

雪嶺の向こうにもはや日光は没してしまっている。霜の草原降りた鴻鳥が十分のあわれさで鳴いている。
香煙をただよう中そこへ玉に輝くおんながおまいりに来てひざまずく。それから仙女や仙人が霧のうちにきえていく。』
その裏山に陳公の読書堂はある。青く苔むした石の柱がかたむいてたっている。
ときに自分の悲しみをそえるがごとく風が吹き起こる、これによって自分の情もますますはげしくなりこの千古の雄才についていたましくおもうのである。』


(訳注)#2
冬到金華山観因得故拾遺陳公草堂遺跡
(冬の日に金華山の道観を訪ねた。山の後ろに初唐の詩人陳子昂拾遺公が幼いころに勉学したという草堂の遺跡に立ち寄った。)

陳子昂,射洪人。少讀書金華山,後節度使李叔明為立旌德碑於山之讀書堂側。〕
〔陳子昂は梓州射洪の人。青年になって金華山において讀書する,その後、節度使李叔明の功績を旌を立て、德碑にあらわし、金華山の讀書堂の側にもとにたてた。〕


雪嶺日色死,霜鴻有餘哀。
雪嶺の向こうにもはや日光は没してしまっている。霜の草原降りた鴻鳥が十分のあわれさで鳴いている。
○雪嶺 雪山。
○死 光のないさま。


焚香玉女跪,霧裡仙人來。』
香煙をただよう中そこへ玉に輝くおんながおまいりに来てひざまずく。それから仙女や仙人が霧のうちにきえていく。』
○玉女 香をたきにくる参詣の女。
○脆、来 この二字は互文で男女たがいに共用させている、どちらもやって来てひざまずくこと。
○霧 香煙をいう。
○仙人 道を訪うもの、男と女をいう。


陳公讀書堂,石柱仄青苔。
その裏山に陳公の読書堂はある。青く苔むした石の柱がかたむいてたっている。


悲風為我起,激烈傷雄才。』
ときに自分の悲しみをそえるがごとく風が吹き起こる、これによって自分の情もますますはげしくなりこの千古の雄才についていたましくおもうのである。』
○激烈 感激すること。
○雄才 大力量ある文才。

冬到金華山觀,因得故拾遺陳公 楽府(五言古詩) 成都6-(28) 杜甫 <490-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2590 杜甫詩1000-490-#1-712/1500

杜甫《冬到金華山観因得故拾遺陳公草堂遺跡》涪江の西には多くの山のあるなかで、きれいで華やかな金華山は崔嵬として紫色のなかにある。そのうえにむけては濃い藍色の天がある。そのうえから垂れた光が瓊の台を包囲し、抱え込んでいる。

2013年6月27日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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冬到金華山觀,因得故拾遺陳公 楽府(五言古詩) 成都6-(28) 杜甫 <490-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2590 杜甫詩1000-490-#1-712/1500 



詩 題:冬到金華山観因得故拾遺陳公草堂遺跡
作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
掲 載; 杜甫1000首の490-#1首目-場面6-(28)
杜甫ブログ1500回予定の-712回目
冬、金華山の道観にいったところが、もとの拾遺の陳子昂公の勉学した堂の遺跡をみつけた。宝応元年十一月射洪県にあっての作。


冬到金華山観因得故拾遺陳公草堂遺跡
(冬の日に金華山の道観を訪ねた。山の後ろに初唐の詩人陳子昂拾遺公が幼いころに勉学したという草堂の遺跡に立ち寄った。)
涪右眾山內,金華紫崔嵬。
涪江の西には多くの山のあるなかで、きれいで華やかな金華山は崔嵬として紫色のなかにある。
上有蔚藍天,垂光抱瓊臺。』
そのうえにむけては濃い藍色の天がある。そのうえから垂れた光が瓊の台を包囲し、抱え込んでいる。』
繫舟接絕壁,杖策窮縈回。
自分は切り立ったがけになっている大きな谷の傍に舟をつないで、それから谷の道を杖をついて渓流のうねうねしたところの奥まで行き着いた。
四顧俯層巔,澹然川谷開。
そうして山の重なっている頂から四方をながめ見下ろすと、川や谷があっさりした色で前に展開している。
峨眉山003#2
雪嶺日色死,霜鴻有餘哀。
焚香玉女跪,霧裡仙人來。』
陳公讀書堂,石柱仄青苔。
悲風為我起,激烈傷雄才。』


冬金華山の観に到り、因って故拾遺陳公の草堂遺跡を得たり。
涪右【ふうゆう】眾山【しゅうざん】の內,金華 紫にして崔嵬【さいかい】たり。
上に蔚藍【うつらん】の天有り,光を垂れて瓊臺【けいだい】を抱く。』
舟を繫ぎて絕壁に接す,策を杖いて縈回を窮む。
四顧 層巔【そうてん】より俯す,澹然【たんぜん】 川谷 開く。

雪嶺【せきれい】日色 死す,霜鴻【そうこう】餘哀【よあい】有り。
焚香して玉女跪【ひざまず】き,霧裡【むり】仙人來たる。』
陳公の讀書堂,石柱は青苔に仄【かたむ】く。
悲風我が為に起こる,激烈【げきれつ】雄才を傷む。』


『冬到金華山観因得故拾遺陳公草堂遺跡』 現代語訳と訳註
Flower1-004(本文)
涪右眾山內,金華紫崔嵬。
上有蔚藍天,垂光抱瓊臺。』
繫舟接絕壁,杖策窮縈回。
四顧俯層巔,澹然川谷開。


(下し文)
冬金華山の観に到り、因って故拾遺陳公の草堂遺跡を得たり。
涪右【ふうゆう】眾山【しゅうざん】の內,金華 紫にして崔嵬【さいかい】たり。
上に蔚藍【うつらん】の天有り,光を垂れて瓊臺【けいだい】を抱く。』
舟を繫ぎて絕壁に接す,策を杖いて縈回を窮む。
四顧 層巔【そうてん】より俯す,澹然【たんぜん】 川谷 開く。


(現代語訳)
(冬の日に金華山の道観を訪ねた。山の後ろに初唐の詩人陳子昂拾遺公が幼いころに勉学したという草堂の遺跡に立ち寄った。)
涪江の西には多くの山のあるなかで、きれいで華やかな金華山は崔嵬として紫色のなかにある。
そのうえにむけては濃い藍色の天がある。そのうえから垂れた光が瓊の台を包囲し、抱え込んでいる。』
自分は切り立ったがけになっている大きな谷の傍に舟をつないで、それから谷の道を杖をついて渓流のうねうねしたところの奥まで行き着いた。
そうして山の重なっている頂から四方をながめ見下ろすと、川や谷があっさりした色で前に展開している。


(訳注)
冬到金華山観因得故拾遺陳公草堂遺跡
冬の日に金華山の道観を訪ねた。山の後ろに初唐の詩人陳子昂拾遺公が幼いころに勉学したという草堂の遺跡に立ち寄った。
○金華山は「天下無雙景,人間第一山」と誉れ高くいわれている。漢代には「煙墩嶺」と名称され”,四川省遂寧市射洪縣金華鎮涪江之ほとりに位置する。特に山山が貴重にして華美であるため“金華山”名を得た。天監年間502年に金華山の前に金華道觀を立てる。後山には初唐詩人、陳子昂拾遺が年少のころ讀書をした台がある。四川省には「四大名觀」があり、①都江堰の青城山道觀、②大邑の鶴鳴山道觀,③三台的雲台觀、④射洪の金華山道觀。である。
○観 道士の居る寺。
○陳公 初唐の詩人陳子昂をいう。梓州射洪の人。初唐の詩人。字は伯玉。則天武后の時,進士に合格したが官僚としては恵まれなかった。当時の詩壇を支配していた六朝風の技巧主義を排撃し,漢魏詩の気骨の復活を唱えて独自の作風を築き,唐詩の新生面を開く。その精神は李白・杜甫をはじめ盛唐の詩人たちに受け継がれる。代表作〈感遇詩三十八首〉は自己の感情を飾らずに表現した作品で,現実を鋭く見つめる。詩文集として《陳伯玉文集》10巻が伝わる。
○学堂 詩中に読書堂とあるゆえ勉学した家である。


涪右眾山內,金華紫崔嵬。
涪江の西には多くの山のあるなかで、きれいで華やかな金華山は崔嵬として紫色のなかにある。
〇涪右 涪江の右、河川は上流に背を向けて左右をいうので、この場合、寡占化南下しているので、右とは西をいう琴になる。中国では河川は東流するものが多いので南をいう場合が多い。
○紫 山の色。
崔嵬 石が土を戴くさま。


上有蔚藍天,垂光抱瓊臺。』
そのうえにむけては濃い藍色の天がある。そのうえから垂れた光が瓊の台を包囲し、抱え込んでいる。』
蔚藍天 こいあいいろのそら。
垂光 天から藍光をたれて。
瓊台 壕は赤い玉、この観をさしていう。


繫舟接絕壁,杖策窮縈回。
自分は切り立ったがけになっている大きな谷の傍に舟をつないで、それから谷の道を杖をついて渓流のうねうねしたところの奥まで行き着いた。
○接 接近することをいう。
○絶壁 絶壁を下から見る。壁はがけをいう。
〇枚策 策をつえつくこと。
○栄回 渓流のめぐっているところ。


四顧俯層巔,澹然川谷開。
そうして山の重なっている頂から四方をながめ見下ろすと、川や谷があっさりした色で前に展開している。
四顧 山の処方を覗き込む。礼をとるのと同じよな恰好をいう。
俯層巔 山の重なっている頂から下を見下ろす。
澹然淡然 色のあわいさま。

陳拾遺故宅 五言古詩 成都6-(27-#1) 杜甫 <489-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2585 杜甫詩1000-489-#1-711/1500

杜甫 《陳拾遺故宅》才智があり、ざっくばらんであり、優雅でもあることを継承しているし、道理に明るく、知恵があることについては肩を並べるものなどいないのだ。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



陳拾遺故宅 五言古詩 成都6-(27-#1) 杜甫 <489-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2585 杜甫詩1000-489-711/1500


杜甫 
作時: 762年  寶應元年51歲
卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
詩題: 陳拾遺故宅【:宅在射洪縣東七里東武山下。】 
作地: 目前尚無資料 
地點:  陳拾遺故宅 (劍南道北部 梓州 射洪)     
通泉 (劍南道北部 梓州 通泉) 別名:沈家坑     


陳拾遺故宅
(陳拾遺の旧宅について)
〔宅在射洪縣東七里東武山下。〕

〔拾遺の邸宅は梓州射洪縣の東七里の所で東武山の麓にある〕
拾遺平昔居,大屋尚修椽。
拾遺はきょうまでの日常,過ぎた日々をこの居宅で平穏に過ごしている。この古い家とはいえ、大屋根はいまなおきっちり反りあがった縁を奇麗にしている。
悠揚荒山日,慘澹故園煙。
天気の良い日は人けのない寂しい山で一日、ゆったりとしてこせこせしないで過ごす。この古い庭園に霞がかかってくるとまるで身動きが取れず惨澹たる過ごし方になる。
位下曷足傷,所貴者聖賢。
栄誉ある爵位ではないとしてもどうして脛に傷を持っているものだと言えようか、このお方は聖人或は賢人というべき人である。
有才繼騷雅,哲匠不比肩。
才智があり、ざっくばらんであり、優雅でもあることを継承しているし、道理に明るく、知恵があることについては肩を並べるものなどいないのだ。
#2
公生揚馬後,名與日月懸。
同遊英俊人,多秉輔佐權。
彥昭超玉價,郭震起通泉。
到今素壁滑,灑翰銀鉤連。
盛事會一時,此堂豈千年。
終古立忠義,感遇有遺編。
 

陳拾遺の故宅
〔射洪縣の東七里の東武山の下に宅在り。〕
拾遺 昔居に平ぐ,大屋 尚お椽を修む。
悠揚して荒山の日,慘澹たり故園の煙。
位下りて曷んぞ足傷たらんや,貴所 聖賢の者たり。
才有りて騷雅を繼ぐ,哲匠 肩を比べらざり。
#2
公生 揚馬の後,名與し日月懸る。
同遊して英俊の人,多秉りて輔佐の權。
彥昭 玉價を超ゆ,郭震 通泉を起す。
到今 素壁の滑,灑翰 銀鉤の連。
盛事 一時に會し,此堂は豈に千年ならん。
終古 忠義に立ち,感遇して遺編に有る。

陳拾遺故宅  <489-#2>

陳拾遺故宅 #2 杜甫 陳子昂公が生まれるまでは前漢の揚雄と司馬相如の後にに匹敵する人物はまでいない。この名声は、太陽や月にかかるほどである。

陳拾遺故宅 蜀中転々 杜甫 <489-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2890 杜甫詩1000-489-#2-772/1500
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sora001詩文(含異文):
拾遺平昔居,大屋尚修椽【大宅尚修椽】。
悠揚荒山日【悠悠荒山日】,慘澹故園煙【慘澹故國煙】【崔崒故園煙】【崔崒故國煙】。
位下曷足傷,所貴者聖賢。有才繼騷雅,哲匠不比肩。公生揚馬後,名與日月懸。同遊英俊人,多秉輔佐權。彥昭【案:趙彥昭,字奐然,甘州人,與郭元振、張說相友善。】超玉價【彥昭趙玉價】,郭震起通泉【案:元振為通泉尉。】。
到今素壁滑,灑翰銀鉤連。盛事會一時,此堂豈千年。終古立忠義【終古占忠義】,感遇有遺編。 
--------------------------------------------------------------------------------


『陳拾遺故宅』 現代語訳と訳註
(本文)
〔宅在射洪縣東七里東武山下。〕
拾遺平昔居,大屋尚修椽。
悠揚荒山日,慘澹故園煙。
位下曷足傷,所貴者聖賢。
有才繼騷雅,哲匠不比肩。


(下し文)
陳拾遺の故宅
〔射洪縣の東七里の東武山の下に宅在り。〕
拾遺 昔居に平ぐ,大屋 尚お椽を修む。
悠揚して荒山の日,慘澹たり故園の煙。
位下りて曷んぞ足傷たらんや,貴所 聖賢の者たり。
才有りて騷雅を繼ぐ,哲匠 肩を比べらざり。


(現代語訳)
(陳拾遺の旧宅について)

〔拾遺の邸宅は梓州射洪縣の東七里の所で東武山の麓にある〕

拾遺はきょうまでの日常,過ぎた日々をこの居宅で平穏に過ごしている。この古い家とはいえ、大屋根はいまなおきっちり反りあがった縁を奇麗にしている。
天気の良い日は人けのない寂しい山で一日、ゆったりとしてこせこせしないで過ごす。この古い庭園に霞がかかってくるとまるで身動きが取れず惨澹たる過ごし方になる。
栄誉ある爵位ではないとしてもどうして脛に傷を持っているものだと言えようか、このお方は聖人或は賢人というべき人である。
才智があり、ざっくばらんであり、優雅でもあることを継承しているし、道理に明るく、知恵があることについては肩を並べるものなどいないのだ。

成都遂州00




















(訳注)
陳拾遺故宅

陳拾遺の旧宅について
・もとの家。旧宅。また、古い家。
〔宅在射洪縣東七里東武山下。〕

〔拾遺の邸宅は梓州射洪縣の東七里の所で東武山の麓にある〕


拾遺平昔居,大屋尚修椽。
拾遺はきょうまでの日常,過ぎた日々をこの居宅で平穏に過ごしている。この古い家とはいえ、大屋根はいまなおきっちり反りあがった縁を奇麗にしている。
・平昔 きょうまでの日常,過ぎた日々。
・大屋 屋根は富貴の象徴であり、大きいほど身分定期高いことを謂う。
・縁・椽】. ①人と人を結ぶ,人力を超えた不思議な力。巡り合わせ。 「こうなったのも何かの-」 「ご-があったら,また会いましょう」. ②和風建築で,部屋の外側につけた板張りの細長い床の部分。


悠揚荒山日,慘澹故園煙。
天気の良い日は人けのない寂しい山で一日、ゆったりとしてこせこせしないで過ごす。この古い庭園に霞がかかってくるとまるで身動きが取れず惨澹たる過ごし方になる。
・悠揚 ゆったりとしてこせこせしないさま。落ち着いているさま。ゆるやかにあがること。また、はるか遠くまで届くこと。
・慘澹 (1)いたましくて見るに忍びないさま。(2)あれこれと心を砕くさま。
・荒山 険しく、人けのない寂しい山。


位下曷足傷,所貴者聖賢。
栄誉ある爵位ではないとしてもどうして脛に傷を持っているものだと言えようか、このお方は聖人或は賢人というべき人である。
・位下 栄誉ある爵位を位階といい、そこに至っていないものを位したとする。
・曷 曷は「なんとして」と譯す、輕く詰る意あり。
・足傷 犯罪などの後ろ暗いところがあって、常に不安をいだいていることのたとえ。
・所貴 1 相手を敬って、その住所をいう語。 2 貴人の居所。貴人の御前。
・聖賢 1 聖人と賢人。また、知識・人格にすぐれた人物。「―の道に学ぶ」2 《清酒を聖人、濁酒を賢人というところから》清酒と濁酒。


有才繼騷雅,哲匠不比肩。
才智があり、ざっくばらんであり、優雅でもあることをけいしょうしているし、道理に明るく、知恵があることについては肩を並べるものなどいないのだ。
・騷雅 楚辞の離騒からくる世俗の煩わしさから離脱することであるが、ここでいう「騒」は俗であること、ざっくばらんな事を云う。俗的であり優雅でもあること。
・哲匠 1 道理に明るく、知恵がある。2 徳や知恵のある人。才能・識見のすぐれた人。哲人。3 「哲学」の略。


489-#2 につて手違いで 2013/8/26に記載
陳拾遺故宅 #2 杜甫 陳子昂公が生まれるまでは前漢の揚雄と司馬相如の後にに匹敵する人物はまでいない。この名声は、太陽や月にかかるほどである。

陳拾遺故宅  <489-#2>
#2
公生揚馬後,名與日月懸。
同遊英俊人,多秉輔佐權。
彥昭超玉價,郭震起通泉。
到今素壁滑,灑翰銀鉤連。
盛事會一時,此堂豈千年。
終古立忠義,感遇有遺編。 

陳拾遺故宅 蜀中転々 杜甫 <489-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2890 杜甫詩1000-489-#2-772/1500


《通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴》  楽府(五言古詩) 成都6-(25-#2) 杜甫 <488-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2580 杜甫詩1000-488-#2-710/1500

《通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴》 杜甫 その絵は万里の先には力点を置かれてはいない。群がって遊ぶ鶴たちは木々の繁っているところで神にであっている。



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女性詩人
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孟郊詩
http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩
http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

《通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴》  楽府(五言古詩) 成都6-(25-#2) 杜甫 <488-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2580 杜甫詩1000-488-#2-710/1500


作時: 寶應元年  762年 寫作年紀: 51歲 
卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
詩題: 通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴
【案:稷尤善畫鶴,屏風六扇鶴樣自稷始。】 
作地點: 目前尚無資料 
及地點: 通泉 (劍南道北部 梓州 通泉) 別名:沈家坑
青田 (劍南道北部 括州 青田)     
 
 
通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴
 (通泉縣署屋の壁の後ろに描かれている薛少保鶴の畫。)
薛公十一鶴,皆寫青田真。
排行十一の薛少保公が画かれた鶴。その鶴は皆春の田んぼの真ん中に画かれている。
畫色久欲盡,蒼然猶出塵。
画の色は久しく変わらないでほしいと思うのであるが、全体的に薄青くぼんやりとしているが尚俗世の雰囲気から出ているものである。
低昂各有意,磊落如長人。
低いところ、高く飛びあがっているものそれぞれが意義あるものであり、かといってこまかいところをせいみつにかかれているわけではないが文人画家として優れていて世の遠人のようである。
佳此志氣遠,豈惟粉墨新。
このよい雰囲気はその志と気配と同じ様に遠くまで行き届いている。しかしどういうわけかただ絵具や墨は新しく見あるのである。

萬里不以力,群遊森會神。
その絵は万里の先には力点を置かれてはいない。群がって遊ぶ鶴たちは木々の繁っているところで神にであっている。
威遲白鳳態,非是倉庚鄰。
うねうねと群れで飛ぶ白鳳がおどり、高麗鶯が鳴いているわけではない。
高堂未傾覆,常得慰嘉賓。
そこに画かれた高楼の奥座敷は、まだにひっくり返るほど人が来るわけではない。ここは常に立派な賓客を癒せることを得るのだ。
曝露牆壁外,終嗟風雨頻。
堂の囲いの壁の外側に全くむき出しになっている。でも、そこに、ついに、ああ、こんなにも頻繁に風雨がつづく。
赤霄有真骨,恥飲洿池津。
見上げれば真昼の天空には本来持っている姿がある。下には許由が穎水で耳を洗った池水、河水の淵がある。
冥冥任所往,脫略誰能馴。 
そのうすぼんやりしたところが住むところとして任せたところであり、誰かよく馴れていくのが妨げることはないようだ。 DCF00055
通泉縣署屋の壁後 薛少保の畫鶴
薛公 十一の鶴,皆 青田の真に寫す。
畫色 久しく盡さんと欲し,蒼然として猶お塵に出ず。
低く昂くして各の意有り,磊落して長人の如し。
佳此 志氣遠,豈に惟だ粉墨の新ならん。

萬里 以って力とならず,群遊 森會の神。
威遲して 白鳳の態,是に 倉庚の鄰のあらず。
高堂 未だ傾覆せず,常に得ん 嘉賓を慰むを。
曝露して 牆壁の外,終に 嗟 風雨 頻せんとす。
赤霄は 真骨に有り,恥飲は 洿池の津。
冥冥として往む所を任せ,脫略するも 誰か能く馴らしまんや。
 


『通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴』 現代語訳と訳註
(本文)
萬里不以力,群遊森會神。
威遲白鳳態,非是倉庚鄰。
高堂未傾覆,常得慰嘉賓。
曝露牆壁外,終嗟風雨頻。
赤霄有真骨,恥飲洿池津。
冥冥任所往,脫略誰能馴。 


(下し文)
萬里 以って力とならず,群遊 森會の神。
威遲して 白鳳の態,是に 倉庚の鄰のあらず。
高堂 未だ傾覆せず,常に得ん 嘉賓を慰むを。
曝露して 牆壁の外,終に 嗟 風雨 頻せんとす。
赤霄は 真骨に有り,恥飲は 洿池の津。
冥冥として往む所を任せ,脫略するも 誰か能く馴らしまんや。 


(現代語訳)
その絵は万里の先には力点を置かれてはいない。群がって遊ぶ鶴たちは木々の繁っているところで神にであっている。
うねうねと群れで飛ぶ白鳳がおどり、高麗鶯が鳴いているわけではない。
そこに画かれた高楼の奥座敷は、まだにひっくり返るほど人が来るわけではない。ここは常に立派な賓客を癒せることを得るのだ。
堂の囲いの壁の外側に全くむき出しになっている。でも、そこに、ついに、ああ、こんなにも頻繁に風雨がつづく。
見上げれば真昼の天空には本来持っている姿がある。下には許由が穎水で耳を洗った池水、河水の淵がある。
そのうすぼんやりしたところが住むところとして任せたところであり、誰かよく馴れていくのが妨げることはないようだ。


(訳注)
通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴

通泉縣署屋の壁の後ろに描かれている薛少保鶴の畫。


萬里 不以 力 ,群遊 森會神 。
その絵は万里の先には力点を置かれてはいない。群がって遊ぶ鶴たちは木々の繁っているところで神にであっている。
「萬里」(1)一里の万倍。 (2)非常に遠い道のり。非常に長い距離。 。
「群遊」① 大勢が集まって遊ぶこと。② むらがって泳ぐこと。
「神」語義類別:人、狀態、心神氣力、神。


威遲 白鳳 態 ,非是 倉庚 鄰 。
うねうねと群れで飛ぶ白鳳がおどり、高麗鶯が鳴いているわけではない。
「威遲」道のうねうねするさま。ここでは群れをなす鶴が飛ぶさま。
「白鳳」鳳凰。
「倉庚」黃鶯。高麗鶯。
『詩経』豳風「七月」
七月流火 九月授衣
春日載陽 有鳴倉庚
女執懿筐 遵彼微行
爰求柔桑 春日遲遲
采蘩祁祁 女心傷悲
殆及公子同歸


高堂 未 傾覆 ,常得 慰 嘉賓 。
そこに画かれた高楼の奥座敷は、まだにひっくり返るほど人が来るわけではない。ここは常に立派な賓客を癒せることを得るのだ。
「高堂」宮室屋廬、堂。高楼の奥座敷
「傾覆」ひっくりかえること。また、ひっくりかえすこと。転覆。転倒。ここでは大勢の人が集まって來るという意味を云う。


曝露 牆壁 外 ,終嗟 風雨 頻。
堂の囲いの壁の外側に全くむき出しになっている。でも、そこに、ついに、ああ、こんなにも頻繁に風雨がつづく。
「曝露」)1 むき出しにすること。特に、悪事・秘密などをあばいて明るみに出すこと。また、それらが明るみに出ること。「真相を―する」「収賄が―する」「―記事」2 風雨にさらすこと。また、さらされること。.
「牆壁」1 垣根と壁。囲い。 2 隔てるもの。へだて。


赤霄 有 真骨 ,恥飲 洿池 津 。
見上げれば真昼の天空には本来持っている姿がある。下には許由が穎水で耳を洗った池水、河水の淵がある。
「赤霄」語義類別:物、天文、天空、霄漢。
「有」語義類別:其他、形容詞彙、對比詞、有無(有)。
「真骨」人、文藝、形容詞彙(書畫)、真骨。真骨頂、 そのものが本来もっている姿。真面目
・恥飲 『洗耳』於是樊堅方且飲牛,聞其言而去,恥飲于下流。於是許由名布四海。堯既殂落,乃作箕山之歌曰:「云云,許由死,遂葬於箕山。
「洿池津」自然景觀、水澤湖泊、池、河水、淵、。


冥冥 任所往 ,脫略 誰能 馴 。
そのうすぼんやりしたところが住むところとして任せたところであり、誰かよく馴れていくのが妨げることはないようだ。
「冥冥」・冥冥 /瞑瞑 1 暗いさま。2 おくぶかくとおいさま。事情がはっきりせず、見通しの立たないさま。3.人の目に着かないこと。4.愚かなさま。無知なこと。
「往」語義類別:物、生物動作、動物動作、往。
「脫略」考慮される、または受け入れられることを防ぐ切捨てる。
成都遂州00

通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴 楽府(五言古詩) 成都6-(25) 杜甫 <846>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2575 杜甫詩1000-846-709/1500

杜甫 《通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴》画の色は久しく変わらないでほしいと思うのであるが、全体的に薄青くぼんやりとしているが尚俗世の雰囲気から出ているものである。


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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴 楽府(七言歌行) 成都6-(25) 杜甫 <846>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2575 杜甫詩1000-846-709/1500



詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 掲 載; 杜甫1000首の846首目-場面6-(25)杜甫ブログ1500回予定の-709回目   40808

作者: 杜甫 
作時: 寶應元年  762年 寫作年紀: 51歲 
卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
詩題: 通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴
【案:稷尤善畫鶴,屏風六扇鶴樣自稷始。】 
作地點: 目前尚無資料 
及地點: 通泉 (劍南道北部 梓州 通泉) 別名:沈家坑
青田 (劍南道北部 括州 青田)     
 
 
通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴
(通泉縣署屋の壁の後ろに描かれている薛少保鶴の畫。)
薛公十一鶴,皆寫青田真。
排行十一の薛少保公が画かれた鶴。その鶴は皆春の田んぼの真ん中に画かれている。
畫色久欲盡,蒼然猶出塵。
画の色は久しく変わらないでほしいと思うのであるが、全体的に薄青くぼんやりとしているが尚俗世の雰囲気から出ているものである。
低昂各有意,磊落如長人。
低いところ、高く飛びあがっているものそれぞれが意義あるものであり、かといってこまかいところをせいみつにかかれているわけではないが文人画家として優れていて世の遠人のようである。
佳此志氣遠,豈惟粉墨新。
このよい雰囲気はその志と気配と同じ様に遠くまで行き届いている。しかしどういうわけかただ絵具や墨は新しく見あるのである。

萬里不以力,群遊森會神。
威遲白鳳態,非是倉庚鄰。
高堂未傾覆,常得慰嘉賓。
曝露牆壁外,終嗟風雨頻。
赤霄有真骨,恥飲洿池津。
冥冥任所往,脫略誰能馴。 
sora001 
通泉縣署屋の壁後 薛少保の畫鶴
薛公 十一の鶴,皆 青田の真に寫す。
畫色 久しく盡さんと欲し,蒼然として猶お塵に出ず。
低く昂くして各の意有り,磊落して長人の如し。
佳此 志氣遠,豈に惟だ粉墨の新ならん。

萬里 以って力とならず,群遊 森會の神。
威遲して 白鳳の態,是に 倉庚の鄰のあらず。
高堂 未だ傾覆せず,常に得ん 嘉賓を慰むを。
曝露して 牆壁の外,終に 嗟 風雨 頻せんとす。
赤霄は 真骨に有り,恥飲は 洿池の津。
冥冥として往む所を任せ,脫略するも 誰か能く馴らしまんや。 
 


詩文(含異文):
薛公十一鶴,皆寫青田【案:青田有雙白鶴,年年生子,長大便去,只餘二老鶴在耳,多云神仙所養。】真。
畫色久欲盡,蒼然猶出塵。低昂各有意,磊落如長人。
佳此志氣遠,豈惟粉墨新。萬里不以力,群遊森會神。
遲白鳳態,非是倉庚鄰。高堂未傾覆,常得慰嘉賓【幸得慰嘉賓】。
曝露牆壁外,終嗟風雨頻。赤霄有真骨,恥飲洿池津。
冥冥任所往,脫略誰能馴。 
 

『通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴』 現代語訳と訳註
(本文)

薛公十一鶴,皆寫青田真。
畫色久欲盡,蒼然猶出塵。
低昂各有意,磊落如長人。
佳此志氣遠,豈惟粉墨新。


(下し文)
通泉縣署屋の壁後 薛少保の畫鶴
薛公 十一の鶴,皆 青田の真に寫す。
畫色 久しく盡さんと欲し,蒼然として猶お塵に出ず。
低く昂くして各の意有り,磊落して長人の如し。
佳此 志氣遠,豈に惟だ粉墨の新ならん。


(現代語訳)
(通泉縣署屋の壁の後ろに描かれている薛少保鶴の畫。)
排行十一の薛少保公が画かれた鶴。その鶴は皆春の田んぼの真ん中に画かれている。
画の色は久しく変わらないでほしいと思うのであるが、全体的に薄青くぼんやりとしているが尚俗世の雰囲気から出ているものである。
低いところ、高く飛びあがっているものそれぞれが意義あるものであり、かといってこまかいところをせいみつにかかれているわけではないが文人画家として優れていて世の遠人のようである。
このよい雰囲気はその志と気配と同じ様に遠くまで行き届いている。しかしどういうわけかただ絵具や墨は新しく見あるのである。


(訳注)
通泉縣署屋壁後薛少保畫鶴
通泉縣署屋の壁の後ろに描かれている薛少保鶴の畫。
○通泉縣 梓州(e-3)の東南百三十里(75km)、射洪県(ef-3)よりは東南七十里(40km)にある梓州と遂州の州境にある町である。梓州を南下し、更に射洪を南下して通泉に到着する。梓州側の最期の駅舎がある通泉駅の三字が本詩の題で「南去」云云は其の説明にそえたことばである。
〇薛 稷(せつしょく、貞観23年(649年)― 開元元年(713年))は、中国唐代の書家・画家である。欧陽詢・虞世南・褚遂良とともに初唐の四大家に挙げられる。 字は嗣通。蒲州汾陰(現在の山西省万栄県)の人。高級官僚を代々輩出する名門一族の出身で、曽祖父に詩人の薛道衡を持ち、伯父の魏徴は有力な政治家だった。武則天のとき進士に及第し、官位は太子少保、礼部尚書まで上る。薛少保と人々から呼ばれた。


薛公十一鶴,皆寫青田真。
排行十一の薛少保公が画かれた鶴。その鶴は皆春の田んぼの真ん中に画かれている。


畫色久欲盡,蒼然猶出塵。
画の色は久しく変わらないでほしいと思うのであるが、全体的に薄青くぼんやりとしているが尚俗世の雰囲気から出ているものである。
〇蒼然 1 あおあおとしているさま。「―たる月光」 2 薄暗くぼんやりしているさま。「―たる暮色に閉ざされる」 3 古び、色あせているさま。


低昂各有意,磊落如長人。
低いところ、高く飛びあがっているものそれぞれが意義あるものであり、かといってこまかいところをせいみつにかかれているわけではないが文人画家として優れていて世の遠人のようである。
〇磊落 度量が広く大胆で、小事にこだわらないこと。また、そのさま。
〇長人 世の遠人、国の長人。詩人として、書家、画家として優れている人を云う。


佳此志氣遠,豈惟粉墨新。
このよい雰囲気はその志と気配と同じ様に遠くまで行き届いている。しかしどういうわけかただ絵具や墨は新しく見あるのである。

成都遂州00

通泉驛南去通泉縣十五里山水作 楽府(七言歌行) 成都6-(24) 杜甫 <845>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2570 杜甫詩1000-845-#2-708/1500

杜甫 《通泉騨南去通泉麟十五里山水作》 朝早く、谷川に沿って進んで行くと着物の衣がひとりでに濡れている。昼ごろになってやっと雲気が散ってさわやかな感じになったのだ。


2013年6月23日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃源行》 王維  <#3>717 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2569
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


通泉驛南去通泉縣十五里山水作 楽府(七言歌行) 成都6-(24) 杜甫 <845>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2570 杜甫詩1000-845-#2-708/1500 



詩 題: 作時:762年 寶應元年11月 杜甫51歳 
卷別: 卷二二○  文體: 五言古詩 
作地點:通泉(劍南道北部 / 梓州 / 通泉) 
及地點:通泉(劍南道北部 梓州 通泉)別名:沈家坑

掲 載; 杜甫1000首の845-#2首目-場面6-(24)
杜甫ブログ1500回予定の-708回目
射洪から通泉県の方へ赴くとき、県のてまえ十里ばかりの通泉駅で山水をみてつくった詩。宝応元年十一月の作。

通泉驛南去通泉縣十五里山水作
(通泉駅は通泉県の15里南に行ったところの山水の景色の風流な場所で作った詩)
溪行衣自濕,亭午氣始散。
朝早く、谷川に沿って進んで行くと着物の衣がひとりでに濡れている。昼ごろになってやっと雲気が散ってさわやかな感じになったのだ。
冬溫蚊蚋在,人遠鳧鴨亂。
最近、冬なのにずっと暖かいく、蚊だの蚋だのが集ってくるし、また、あちらでは人が近づいたはずがないのに鳧鴨などが一斉にみだれ飛び立っている。
登頓生曾陰,欹傾出高岸。』
暖かいのは坂を登り進んで休むところは、枝木のかさなった陰のある所がよく、かたむいてあぶなげに高い岸が突き出たりしている風通しのよい所にする。』

驛樓衰柳側,縣郭輕煙畔。
一川何綺麗,盡目窮壯觀。
山色遠寂寞,江光夕滋漫。』
傷時愧孔父,去國同王粲。
我生苦飄零,所曆有嗟歎。』

-------------------------------------
詩文(含異文):
溪行衣自溼,亭午氣始散。
冬溫蚊蚋在【冬溫蚊蚋集】,人遠鳧鴨亂。
登頓生曾陰,攲傾出高岸。
驛樓衰柳側,縣郭輕煙畔。
一川何綺麗,盡目窮壯觀【盡日窮壯觀】。
山色遠寂寞,江光夕滋漫。
傷時愧孔父【知時愧孔父】,去國同王粲。
我生苦飄零,所歷有嗟歎。 

 



『通泉驛南去通泉縣十五里山水作』 現代語訳と訳註
(本文)
溪行衣自濕,亭午氣始散。
冬溫蚊蚋在,人遠鳧鴨亂。
登頓生曾陰,欹傾出高岸。』

(下し文)
(通泉駅、南のかた通泉県を去ること十五里の山水の作)
渓行衣自ずから湿う 亭午気始めて散ず
冬温かにして蚊的集まり 人遠くして鬼鴨乱る
登頓曾陰生ず 敲傾高岸出づ』
駅楼衰柳の側 県郭軽煙の畔
一川何ぞ締麗なる 尽日壮観を窮む
山色遠く寂実 江光夕に滋漫』
傷時孔父に像じ 去国王薬に同じ
我が生諷零に苦しむ 歴る所嗟嘆有り』


(現代語訳)
(通泉駅は通泉県の15里南に行ったところの山水の景色の風流な場所で作った詩)
朝早く、谷川に沿って進んで行くと着物の衣がひとりでに濡れている。昼ごろになってやっと雲気が散ってさわやかな感じになったのだ。
最近、冬なのにずっと暖かいく、蚊だの蚋だのが集ってくるし、また、あちらでは人が近づいたはずがないのに鳧鴨などが一斉にみだれ飛び立っている。
暖かいのは坂を登り進んで休むところは、枝木のかさなった陰のある所がよく、かたむいてあぶなげに高い岸が突き出たりしている風通しのよい所にする。』


(訳注)
通泉驛南去通泉縣十五里山水作
成都遂州00通泉駅は通泉県の15里南に行ったところの山水の景色の風流な場所で作った詩
妻を迎えて梓州において射洪とか通泉という土地で遊び、陳子昂、郭元振、王粲などの故宅を訪ねた。
○通泉駅 梓州(e-3)の東南百三十里(75km)、射洪県(ef-3)よりは東南七十里(40km)にある梓州と遂州の州境にある町である。梓州を南下し、更に射洪を南下して通泉に到着する。梓州側の最期の駅舎がある通泉駅の三字が本詩の題で「南去」云云は其の説明にそえたことばである。
○南去通泉県十五里山水 通泉県の南十五里のところの山水をいう、沈家坑という処であるという。まだ県城へつかぬ前のことである。


溪行衣自濕,亭午氣始散。
朝早く、谷川に沿って進んで行くと着物の衣がひとりでに濡れている。昼ごろになってやっと雲気が散ってさわやかな感じになったのだ。
○渓行 たにがわにそうてゆく。
○亭午 正午。
○気 雲気。


冬溫蚊蚋在,人遠鳧鴨亂。
最近、冬なのにずっと暖かいく、蚊だの蚋だのが集ってくるし、また、あちらでは人が近づいたはずがないのに鳧鴨などが一斉にみだれ飛び立っている。
○蚊蚋蚊蚋 か・ブユ(蚋)は、ハエ目(双翅目)カ亜目ブユ科(Simuliidae)に属する昆虫の総称。ヒトなどの哺乳類から吸血する衛生害虫である。関東ではブヨ、関西ではブトとも呼ばれる。。
○鳧鴨 カモ目カモ科の鳥のうち、ガン・ハクチョウ類以外の総称。中・小形の水鳥。先の丸い平らなくちばしをもち、指に水かきがある。一般に雄の羽色は派手で、雌は褐色。日本には秋に渡ってきてつがいをつくり、春に北方の繁殖地に戻るものが多い。マガモ・コガモ・オナガガモや留鳥のカルガモなどは水面で餌をとり、キンクロハジロなどは潜って餌をとる。かもどり。あしがも。《季 冬》


登頓生曾陰,欹傾出高岸。』
暖かいのは坂を登り進んで休むところは、枝木のかさなった陰のある所がよく、かたむいてあぶなげに高い岸が突き出たりしている風通しのよい所にする。』
○登頓 のぽったり、やすんだり。
○曾陰 曾曾は層に同じ、かさなっているくもり。
○敲傾 かたむく。


四川省西部地区略図

光祿阪行 楽府(七言歌行) 成都6-(22) 杜甫 <484>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2560 杜甫詩1000-484-706/1500

杜甫 《光祿阪行》 山路をすすんで行くと日の落ちかかる時に嶮しい坂道を下っていく。西の方を望めば四方のかこまれる千山、萬山の連峰はみな夕日に赤く染まっているのである。


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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

光祿阪行 楽府(七言歌行) 成都6-(22) 杜甫 <484>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2560 杜甫詩1000-484-706/1500 


詩 題: 作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の484首目-場面6-(22)
杜甫ブログ1500回予定の-706回目   40805
卷別: 卷二二○  文體: 樂府 
詩題: 光祿阪【案:在梓州銅山縣。】行 
作地: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州) 
及地: 光祿阪 (劍南道北部 梓州 銅山)     
 
 
光祿阪行
山行落日下絕壁,西望千山萬山赤。
山路をすすんで行くと日の落ちかかる時に嶮しい坂道を下っていく。西の方を望めば四方のかこまれる千山、萬山の連峰はみな夕日に赤く染まっているのである。
樹枝有鳥亂鳴時,暝色無人獨歸客。
折しも樹々の枝には巣に戻った鳥が乱れ鳴き、だんだん暗くなってゆくなかに、通る人は誰もなく、ひとり帰る旅びとの自分があるばかりである。
馬驚不憂深谷墜,草動只怕長弓射。
峻い道で馬が驚いて深い谷に落ちることを心配はせぬが、草むらが動くと、山賊があらわれて、長い弓で射かけはせぬかとビクビクする。
安得更似開元中。道路即今多擁隔。
ああどうしたならば、もういちど、あの開元の治の全盛の日のようになることができるのだろう。あのころとちがって、今では、道路がふさがれて通れないことが多いのである。


----------------------------------------------------------------------

詩文・異文:
山行落日下絕壁,西望千山萬山赤【西望千山萬水赤】。
樹枝有鳥亂鳴時【樹枝有鳥亂棲時】,暝色無人獨歸客。
馬驚不憂深谷墜,草動只怕長弓射。
安得更似開元中。道路即今多擁隔【道路即今何擁隔】。 

024








『光祿阪行』 現代語訳と訳註
(本文) 光祿阪行
山行落日下絕壁,西望千山萬山赤。
樹枝有鳥亂鳴時,暝色無人獨歸客。
馬驚不憂深谷墜,草動只怕長弓射。
安得更似開元中。道路即今多擁隔。


(下し文)
光祿【こうろく】阪行【はんこう】
山行して落日に絕壁を下り,西望すれば千山萬山赤し。
樹枝 鳥有り亂れ鳴時,暝色 人無く 獨り歸る客。
馬驚くも深谷に墜るを憂えず,草動けば只だ長弓の射むことを怕る。
安んぞ更に開元の中に似るを得む。道路 即今 擁隔【ようかく】を多くす。


(現代語訳)
山路をすすんで行くと日の落ちかかる時に嶮しい坂道を下っていく。西の方を望めば四方のかこまれる千山、萬山の連峰はみな夕日に赤く染まっているのである。
折しも樹々の枝には巣に戻った鳥が乱れ鳴き、だんだん暗くなってゆくなかに、通る人は誰もなく、ひとり帰る旅びとの自分があるばかりである。
峻い道で馬が驚いて深い谷に落ちることを心配はせぬが、草むらが動くと、山賊があらわれて、長い弓で射かけはせぬかとビクビクする。
ああどうしたならば、もういちど、あの開元の治の全盛の日のようになることができるのだろう。あのころとちがって、今では、道路がふさがれて通れないことが多いのである。


(訳注)
光祿阪行
作者が綿州から、東南に当たる梓州(今川川省三台縣にゆく途中、この山道を経過して作る。光禄坂は梓州銅山県(今四川中江県)にあった。


山行 落日 下 絕壁 ,西望 千山 萬山 赤 。
山路をすすんで行くと日の落ちかかる時に嶮しい坂道を下っていく。西の方を望めば四方のかこまれる千山、萬山の連峰はみな夕日に赤く染まっているのである。
山行」山路を行く。
絶壁」きり立ったがけ。
西望」蜀盆地における西は吐蕃国境を意識している。
千山萬山」蜀盆地の四方の連峰、山峰崖嶺をいう。


樹枝 有鳥 亂鳴 時 ,暝色 無人 獨歸客 。
折しも樹々の枝には巣に戻った鳥が乱れ鳴き、だんだん暗くなってゆくなかに、通る人は誰もなく、ひとり帰る旅びとの自分があるばかりである。


馬驚 不憂 深谷 墜 ,草動 只怕 長弓 射 。
峻い道で馬が驚いて深い谷に落ちることを心配はせぬが、草むらが動くと、山賊があらわれて、長い弓で射かけはせぬかとビクビクする。
長弓 射」山賊が現われて、旅人に長い弓で射かけること。


安得更似開元 中。道路 即今 多 擁隔 。
ああどうしたならば、もういちど、あの開元の治の全盛の日のようになることができるのだろう。あのころとちがって、今では、道路がふさがれて通れないことが多いのである。
開元」玄宗時代の年号(713‐741)。このとき唐朝は安定と繁栄を見たので,〈開元の治〉といい,太宗の〈貞観(じようがん)の治〉に擬せられる。玄宗李隆基は2度にわたるクーデタによって韋后と太平公主(則天武后の娘)の勢力を一掃し,712年(先天1)帝位についた。以後姚崇,宋璟らの名臣を用いて政権の公的性格を回復することにつとめた。則天武后の革命は貴族政治の因循さを打破して能力主義の政治を切り開くことに寄与したが,それは一方で皇后,公主,外戚,寵臣などの側近勢力を通じて行われたので,政権の私物化を伴った。
「擁隔」障礙隔絶。

古桟道0001

相逢歌贈嚴二別駕 楽府(七言歌行) 成都6-(23) 杜甫 <485>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2565 杜甫詩1000-485-707/1500

杜甫 《相逢歌贈嚴二別駕》我々はこの度、東川節度使の本拠地に入る。門から十歩入って、そこでグルット見回すのである。の城郭も中心部も少し前まで叛乱があり、さびしげな風が吹きさらしているのを止めることが出来たところだ。私の浣花渓の草堂はまたどうにかなっているのだろうか。

 

2013年6月21日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃源行》 王維  <#1>715 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2559
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性上川主武元衡相國二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-203-69-#63  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2562
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


相逢歌贈嚴二別駕 楽府(七言歌行) 成都6-(23) 杜甫 <485>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2565 杜甫詩1000-485-707/1500 



作時:762年 寶應元年 杜甫51歳 
卷別: 卷二二○  文體: 樂府 
詩題: 相逢歌贈嚴二別駕【相從行贈嚴二別駕】【嚴別駕相逢歌】 
掲 載; 杜甫1000首の485首目-場面6-(23)
杜甫ブログ1500回予定の-707回目   40806
作地點: 梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州) 
及地點:  草堂 (劍南道北部 益州 成都) 別名:一室、西郭茅舍     
劍南東川節度使 (無第一級行政層級 無第二級行政層級 劍南東川節度使) 別名:東川     
交遊人物/地點: 嚴別駕 書信往來(劍南道北部 梓州 梓州)


相逢歌贈嚴二別駕
(「相逢歌」を作って、同行している別の車に乗る厳武君に贈る)
我行入東川,十步一回首。
城都亂罷氣蕭颯,浣花草堂亦何有。 
我々はこの度、東川節度使の本拠地に入る。門から十歩入って、そこでグルット見回すのである。
の城郭も中心部も少し前まで叛乱があり、さびしげな風が吹きさらしているのを止めることが出来たところだ。私の浣花渓の草堂はまたどうにかなっているのだろうか。

梓中豪俊大者誰,本州從事知名久。 
梓州の州都に豪傑俊才の素晴らしい人が誰アラン居るのだ。この州は事があってもそれを見事に沈めたことにより名声もひろく久しく知れ渡っている。
把臂開尊飲我酒,酒酣擊劍蛟龍吼。 
肘を抱えて大盃を開いて我々は酒を呑むことになる。おいしい酒を与えられ、剣をうちふるって舞うと、天上の竜も水中の蛟も叫ぶのである。
烏帽拂塵青騾粟,紫衣將炙緋衣走。 
成人以上の者たちは烏帽子の塵を払って若い元気のよい騾馬や粟のようにやくだってくれ、紫衣の官職のものは自分の肉を炙るかのように頑張り、緋衣の職にあるものでさえ自ら走って頑張ったのである。

銅盤燒蠟光吐日,夜如何其初促膝。 
黃昏始扣主人門,誰謂俄頃膠在漆。 
萬事盡付形骸外,百年未見歡娛畢。
神傾意豁真佳士,久客多憂今愈疾。

高視乾坤又可愁,一軀交態同悠悠。
垂老遇君未恨晚,似君須向古人求。


「相逢歌」別に駕する嚴二に贈る
我れ行きて東川に入り,十步 一たび首を回らす。
城都には亂れて蕭颯たるを氣するを罷む,浣花の草堂は亦た何ず有らん。 
梓中 豪俊 大いる者誰あらん,本州 事に從って知名久す。 
臂を把めば開尊し我も酒を飲まん,酒酣 擊劍 蛟龍の吼。 
烏帽 塵を拂い青騾の粟,紫衣 將って炙り緋衣の走。 

銅盤 燒蠟 光吐日,夜如何其 初促膝。 
黃昏 始扣 主人門,誰謂 俄頃 膠在漆。 
萬事 盡付 形骸外,百年 未見 歡娛畢。
神傾 意豁 真佳士,久客 多憂 今愈疾。

高視 乾坤 又可愁,一軀 交態 同悠悠。
垂老 遇君 未恨晚,似君 須向 古人求。


『相逢歌贈嚴二別駕』 現代語訳と訳註
(本文)
我行入東川,十步一回首。
城都亂罷氣蕭颯,浣花草堂亦何有。 
梓中豪俊大者誰,本州從事知名久。 
把臂開尊飲我酒,酒酣擊劍蛟龍吼。 
烏帽拂塵青騾粟,紫衣將炙緋衣走。 


(下し文)
「相逢歌」別に駕する嚴二に贈る
我れ行きて東川に入り,十步 一たび首を回らす。
城都には亂れて蕭颯たるを氣するを罷む,浣花の草堂は亦た何ず有らん。 
梓中 豪俊 大いる者誰あらん,本州 事に從って知名久す。 
臂を把めば開尊し我も酒を飲まん,酒酣 擊劍 蛟龍の吼。 
烏帽 塵を拂い青騾の粟,紫衣 將って炙り緋衣の走。


(現代語訳)
(「相逢歌」を作って、同行している別の車に乗る厳武君に贈る)
我々はこの度、東川節度使の本拠地に入る。門から十歩入って、そこでグルット見回すのである。
の城郭も中心部も少し前まで叛乱があり、さびしげな風が吹きさらしているのを止めることが出来たところだ。私の浣花渓の草堂はまたどうにかなっているのだろうか。
梓州の州都に豪傑俊才の素晴らしい人が誰アラン居るのだ。この州は事があってもそれを見事に沈めたことにより名声もひろく久しく知れ渡っている。
肘を抱えて大盃を開いて我々は酒を呑むことになる。おいしい酒を与えられ、剣をうちふるって舞うと、天上の竜も水中の蛟も叫ぶのである。
成人以上の者たちは烏帽子の塵を払って若い元気のよい騾馬や粟のようにやくだってくれ、紫衣の官職のものは自分の肉を炙るかのように頑張り、緋衣の職にあるものでさえ自ら走って頑張ったのである。

楠樹02







(訳注)
相逢歌贈嚴二別駕
「相逢歌」を作って、同行している別の車に乗る厳武君に贈る


我行 入 東川 ,十步 一 回首 。
我々はこの度、東川節度使の本拠地に入る。門から十歩入って、そこでグルット見回すのである。
東川」剣南東川節度使の略称。行政地名、東川。


城都 亂罷氣 蕭颯 ,浣花 草堂 亦何有 。
この城郭も中心部も少し前まで叛乱があり、さびしげな風が吹きさらしているのを止めることが出来たところだ。私の浣花渓の草堂はまたどうにかなっているのだろうか。
「城」梓城。
「都」都城。
「浣花」浣花溪。杜甫の草堂のある地域のこと。
「草堂」室屋廬の草堂。


梓中 豪俊 大者 誰 ,本州 從事 知名 久 。
梓州の州都に豪傑俊才の素晴らしい人が誰アラン居るのだ。この州は事があってもそれを見事に沈めたことにより名声もひろく久しく知れ渡っている。
「梓」梓州。
「豪俊」尊稱美稱で、豪傑俊才をいう。
「大者」素晴らしい人、大者。
「從事」徐知道の乱を平らげたことを云う。


把臂 開尊 飲 我酒 ,酒酣 擊劍 蛟龍 吼 。
肘を抱えて大盃を開いて我々は酒を呑むことになる。おいしい酒を与えられ、剣をうちふるって舞うと、天上の竜も水中の蛟も叫ぶのである。
「把臂」臂をかかえる。一般的に戦闘態勢のことを謂うが、ここでは酒を呑む前の姿勢。
「開尊」尊は樽で大きめの盃のこと。
「酒酣」酒を呑み醉うこと。
「擊劍」剣を持って踊ること。
「蛟」水中にいる伝説の動物で、鬚のない竜、蛟。
「龍」天上界を支配する龍。


烏帽 拂塵 青騾 粟 ,紫衣 將炙 緋衣 走 。
成人以上の者たちは烏帽子の塵を払って若い元気のよい騾馬や粟のようにやくだってくれ、紫衣の官職のものは自分の肉を炙るかのように頑張り、緋衣の職にあるものでさえ自ら走って頑張ったのである。
「烏帽」成人になってかぶる烏帽子、黑である。
「」器物、絲帛服飾(衣冠腰帶)、帽。
「拂塵」身繕いをする。制服に着替える。脱俗する。
「青騾」若い元気のよい騾馬。役に立つ喩えに使われる。《神仙別傳》李少君死,後有人見之,在河東蒲阪,乗靑騾。
「」語義類別:物、生物、動物專名(走獸)、騾。
「粟」【粟】あわ. イネ科の一年草。五穀の一つ。 Wikipedia「アワ」. 【粟立つ】かゆ. 寒さや恐怖などのために毛穴が収縮して、皮膚に 粟 ( あわ ) 粒のようなぶつぶつができる。鳥肌が立つ。 「あまりの恐怖で、総身に粟立つ」. 【粟米草】ざくろそう. ザクロソウ科の一年草。
「紫衣」絲帛服飾(衣冠腰帶)、官から与えられた制服(紫衣)。
「炙」語義類別:物、飲食、食材、肉。
「緋衣」絲帛服飾(衣冠腰帶)、五位以上の官服(緋衣)。

姜楚公畫角鷹歌【案:姜皎,上邽人,善畫鷹鳥,官至太常,封楚國公。】 楽府(七言歌行) 成都6-(21) 杜甫 <483>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2555 杜甫詩1000-483-705/1500

杜甫《姜楚公畫角鷹歌》 詩人で画家の楚公であった姜皎が絵に描いた鷹、その鷹は岩のとがった角に載っている。鷹は殺気をいっぱいに示しひっそりとした樹木がこんもり茂っている北の方に行ったようだ。


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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


姜楚公畫角鷹歌【案:姜皎,上邽人,善畫鷹鳥,官至太常,封楚國公。】 楽府(七言歌行) 成都6-(21) 杜甫 <483>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2555 杜甫詩1000-483-705/1500 


作時:寶應元年  762年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の483首目-場面6-(21)
杜甫ブログ1500回予定の-705回目
卷別: 卷二二○  文體: 樂府 
詩題: 姜楚公畫角鷹歌【姜皎,上邽人(現在秦州天水),鷹鳥の善い畫をかく,官位は太常に至り,楚の國公に封ぜられる。】 
作地: 綿州(劍南道北部 / 綿州 / 綿州) 


姜楚公畫角鷹歌
(姜皎が江南において絵を公開を見て、飛び出た角の上にとまっている鷹の歌。)
楚公畫鷹鷹戴角,殺氣森森到幽朔。
詩人で画家の楚公であった姜皎が絵に描いた鷹、その鷹は岩のとがった角に載っている。鷹は殺気をいっぱいに示しひっそりとした樹木がこんもり茂っている北の方に行ったようだ。
觀者貪愁掣臂飛,畫師不是無心學。
この画を見るものは寂しさを貪る感じになり鷹は足の爪を武器にして飛び立つのだ。絵師はここにはいないということなら鷹に襲われる心配の気持ちは持つことはないということを学ぼうではないか。
此鷹寫真在左綿,卻嗟真骨遂虛傳。
この鷹を真に迫るように描いておいてあるのは左綿の公舎である。ああ、そんなふうにであっても真に迫るこの絵はついに後世に正当に伝えられることをされていないのである。
梁間燕雀休驚怕,亦未摶空上九天。

しかし、この画鷹を見れば建物の梁の上に巣作りをするツバメや雀が隠れ、驚き恐れるのである。又、いまだ空にはばたいて九天の大空にのぼってはいないのである。
-----------------------------------------------------------------------
姜楚公畫角鷹歌(含異文):
楚公畫鷹鷹戴角,殺氣森森到幽朔【殺氣森如到幽朔】。
觀者貪愁掣臂飛【觀者貪愁掣壁飛】【觀者徒驚掣臂飛】【觀者徒驚掣壁飛】,畫師不是無心學。
此鷹寫真在左綿,卻嗟真骨遂虛傳。
梁間燕雀休驚怕,亦未摶空上九天。  
 鶻


『姜楚公畫角鷹歌』 現代語訳と訳註
(本文)
楚公畫鷹鷹戴角,殺氣森森到幽朔。
觀者貪愁掣臂飛,畫師不是無心學。
此鷹寫真在左綿,卻嗟真骨遂虛傳。
梁間燕雀休驚怕,亦未摶空上九天。


(下し文)
姜楚の公畫 角鷹の歌
楚公の畫鷹 鷹 角に戴り,氣を殺し 森森として幽朔に到る。
觀者 愁を貪し 臂を掣して飛び,畫師 是にあらずんば心無く學ばん。
此の鷹は真に寫し左綿に在し,卻て嗟 真骨遂虛傳。
梁間 燕雀 休み驚き怕れ,亦た未だ空しく九天に上る摶らざらん。


(現代語訳)
(姜皎が江南において絵を公開を見て、飛び出た角の上にとまっている鷹の歌。)
詩人で画家の楚公であった姜皎が絵に描いた鷹、その鷹は岩のとがった角に載っている。鷹は殺気をいっぱいに示しひっそりとした樹木がこんもり茂っている北の方に行ったようだ。
この画を見るものは寂しさを貪る感じになり鷹は足の爪を武器にして飛び立つのだ。絵師はここにはいないということなら鷹に襲われる心配の気持ちは持つことはないということを学ぼうではないか。
この鷹を真に迫るように描いておいてあるのは左綿の公舎である。ああ、そんなふうにであっても真に迫るこの絵はついに後世に正当に伝えられることをされていないのである。
しかし、この画鷹を見れば建物の梁の上に巣作りをするツバメや雀が隠れ、驚き恐れるのである。又、いまだ空にはばたいて九天の大空にのぼってはいないのである。


(訳注)
姜楚公畫角鷹歌

姜皎が江南において絵を公開を見て、飛び出た角の上にとまっている鷹の歌。


楚公 畫鷹 鷹戴角 ,殺氣 森森 到幽朔 。
詩人で画家の楚公であった姜皎が絵に描いた鷹、その鷹は岩のとがった角に載っている。鷹は殺気をいっぱいに示しひっそりとした樹木がこんもり茂っている北の方に行ったようだ。
「楚公」姜皎(唐663—722)。現在秦州天水),鷹鳥の善い畫をかく,官位は太常に至り,楚の國公に封ぜられる。監修國史にまでなっている。詩人であり、鷹の絵をよく書く。《全唐詩》には詩1首みえ、他一首ある。
「角」岩の飛び出た角。
「殺氣」天候氣象、風霜雪露でいう氣がすべて殺されている。
「森森」景物形態、樹木の多いさま。樹木が高く聳える。樹木がこんもり茂っている。
「幽」ひっそりとした様子。
「朔」方向、北。


觀者 貪愁 掣臂 飛 ,畫師 不是 無心 學 。
この画を見るものは寂しさを貪る感じになり鷹は足の爪を武器にして飛び立つのだ。絵師はここにはいないということなら鷹に襲われる心配の気持ちは持つことはないということを学ぼうではないか。
「掣臂」鷹であるから爪でひっかくという意味であろう。
「畫師」職業身份で、畫家。
「不是」もし…でなかったら。もしここにいないのならば。


此鷹 寫真 在 左綿 ,卻嗟 真骨 遂虛傳 。
この鷹を真に迫るように描いておいてあるのは左綿の公舎である。ああ、そんなふうにであっても真に迫るこの絵はついに後世に正当に伝えられることをされていないのである。
「左綿」語義類別:地、地名、行政地名、綿州。
・卻…) N(である)+にもかかわらず な形+なの / な形である +にもかかわらず 普通体+にもかかわらず. 《意味》「~のに/~が、それでも、関係なく」「本来(ほんらい)は反対(はんたい)の結果や判断(はんだん)になっていたはずだが、そう ...


梁間 燕雀 休驚怕 ,亦未 摶空 上 九天 。
しかし、この画鷹を見れば建物の梁の上に巣作りをするツバメや雀が隠れ、驚き恐れるのである。又、いまだ空にはばたいて九天の大空にのぼってはいないのである。
「梁間」樑空間。梁と屋根の間に巣をつくること。
「燕雀」燕と雀。軒下に巣作りをすることを云う。
「摶空」空を転回して飛び回ること。
「九天」語義類別:物、天文、天空、天空。
少陵台

海棕行 楽府(七言歌行) 成都6-(20) 杜甫 <482-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2550 杜甫詩1000-482-#2-704/1500

杜甫《海棕行》 綿州の左綿におかれる役所の館は涪江の水の綺麗なほとりにある。椰子の木が一本植えられており、まるで雲の中に入るかのように高くある。

2013年6月19日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

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李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



海棕行 楽府(七言歌行) 成都6-(20) 杜甫 <482-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2550 杜甫詩1000-482-#2-704/1500
 
作時:762年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の482-#2首目-場面6-(20)
杜甫ブログ1500回予定の-704回目

作者: 杜甫 
作年: 寶應元年   762年   51歲 
卷別: 卷二二○  文體: 樂府 
詩題: 海棕行
〔亦棕類,但不皮而幹葉菆於杪。一云波斯棗,木無旁枝,三五年一著子。〕 
寫作地點: 綿州(劍南道北部 / 綿州 / 綿州) 


海棕行
(椰子の木のうた。)
〔亦棕類,但不皮而幹葉菆於杪。一云波斯棗,木無旁枝,三五年一著子。〕
此れもまた棕櫚の木の類いであり、ただし、木皮ではなく幹は葉をとった根もとだけであり、一か所雲の波のように茂らせ、幹には枝はなく、3年から5年に一度実をつける。
左綿公館清江濆,海棕一株高入雲。 
綿州の左綿におかれる役所の館は涪江の水の綺麗なほとりにある。椰子の木が一本植えられており、まるで雲の中に入るかのように高くある。
龍鱗犀甲相錯落,蒼稜白皮十抱文。 
竜の鱗をつけ、犀の渦中を装備し、そのほかの物はすべて剝ぎ落している。青くとがった葉に、白色の皮があり、そこには高さんの詩文をだいている。
自是眾木亂紛紛,海棕焉知身出群。 
これよりこの木が集められると乱れバラバラに散ってしまう。この椰子の木はどうしてこのような樹になったのであろうかその出自はどこなのだろうか。
移栽北辰不可得,時有西域胡僧識。 
この木は場所を変えて移植しても北の方では育たないという。このいきさつについては何時か西域の異民族の御坊様にでも聞いてみることにしよう。


詩文(含異文):
左綿公館清江濆,海棕一株高入雲。
龍鱗犀甲相錯落,蒼稜白皮十抱文。
自是眾木亂紛紛【但是眾木亂紛紛】,海棕焉知身出群。移栽北辰不可得,時有西域胡僧識。



『海棕行』 現代語訳と訳註
(本文)
左綿公館清江濆,海棕一株高入雲。 
龍鱗犀甲相錯落,蒼稜白皮十抱文。 
自是眾木亂紛紛,海棕焉知身出群。 
移栽北辰不可得,時有西域胡僧識。 


(下し文)
左綿の公館 清江の濆,海棕一株高くて雲に入る。 
龍鱗 犀甲 相い錯落す,蒼稜 白皮 十抱の文。 
是れより眾木して亂れ紛紛たり,海棕 焉ぞ身は群を出するを知らん。 
移栽 北辰 得るべからず,時有れば西域の胡僧に識す。 


(現代語訳)
(椰子の木のうた。)
綿州の左綿におかれる役所の館は涪江の水の綺麗なほとりにある。椰子の木が一本植えられており、まるで雲の中に入るかのように高くある。
竜の鱗をつけ、犀の渦中を装備し、そのほかの物はすべて剝ぎ落している。青くとがった葉に、白色の皮があり、そこには高さんの詩文をだいている。
これよりこの木が集められると乱れバラバラに散ってしまう。この椰子の木はどうしてこのような樹になったのであろうかその出自はどこなのだろうか。
この木は場所を変えて移植しても北の方では育たないという。このいきさつについては何時か西域の異民族の御坊様にでも聞いてみることにしよう。


(訳注)
yashi02海棕行
(椰子の木のうた。)
〔亦棕類,但不皮而幹葉菆於杪。一云波斯棗,木無旁枝,三五年一著子。〕
此れもまた棕櫚の木の類いであり、ただし、木皮ではなく幹は葉をとった根もとだけであり、一か所雲の波のように茂らせ、幹には枝はなく、3年から5年に一度実をつける。


左綿 公館 清 江濆 ,海棕 一株 高 入雲 。
綿州の左綿におかれる役所の館は涪江の水の綺麗なほとりにある。椰子の木が一本植えられており、まるで雲の中に入るかのように高くある。
「左綿」地、地名、綿州。左綿安昌(今の四川省綿陽)、
「公館」宮室屋廬、左綿の館。
「江」涪江。
「濆」自然景觀で、水澤湖のほとり。
「海棕」物、生物、植物專名(木本)、棕。  棕櫚/棕梠1 ヤシ科の常緑高木。高さは5メートル以上になり、幹は直立し、枝がなく、麻のような毛で覆われる。頂上に群生する葉は長い柄をもち、手のひら状で大きい。雌雄異株。5、6月ごろ、淡黄色の小花を多数つけ、のち、青黒色で球形の実を結ぶ。南九州の原産。材を書斎・亭などの柱や器物に、毛状の棕櫚皮を縄・たわし・ほうきなどに、葉を帽子・敷物・うちわなどの材料に用いる。わじゅろ。すろ。《季 花=夏》
2 紋所の名。1の葉の開いた形を図案化したもの。


龍鱗 犀甲 相錯落,蒼稜 白皮 十抱文。
竜の鱗をつけ、犀の渦中を装備し、そのほかの物はすべて剝ぎ落している。青くとがった葉に、白色の皮があり、そこには高さんの詩文をだいている。
「龍鱗」語義類別:物、生物、神物(動物)、龍の鱗。ヤシ科の植物。
「犀甲」犀の皮で作った甲冑。堅固なよろい。
蒼稜 ・稜:1)物のかど。とがった所。[名義抄] (2)袴(はかま)のももだち。
十抱文 しょくぶつのじょうきょうをいう


自是 眾木 亂 紛紛 ,海棕 焉知 身 出群 。
これよりこの木が集められると乱れバラバラに散ってしまう。この椰子の木はどうしてこのような樹になったのであろうかその出自はどこなのだろうか。
・「紛紛」 ・紛紛 わずらわしいさま。 葉蔓にさす月光のゆらいでみだれるさま。おおいさま。杜甫『貧交行』「翻手作雲覆手雨,紛紛輕薄何須數。君不見管鮑貧時交,此道今人棄如土。」。『麗春』「百草競春華,麗春應最勝。少須好顏色,多漫枝條剩。紛紛桃李枝,處處總能移。如何貴此重,卻怕有人知。」
「海棕」椰子の木、棕は棕櫚。


移栽 北辰 不可 得,時有 西域 胡僧 識 。
この木は場所を変えて移植しても北の方では育たないという。このいきさつについては何時か西域の異民族の御坊様にでも聞いてみることにしよう。
「移栽」椰子の木を移植する。
「北辰」北の星、北の寒い所というほどの意味。
「不可」 椰子の木は北には移植できない。。
「時有」いつか。
「胡」西域の異民族。ウイグ

越王樓歌 楽府(七言歌行) 成都6-(19) 杜甫 <482-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2545 杜甫詩1000-482-#1-703/1500

杜甫《越王樓歌》綿州の府治はなんでこんなに壮大であるか、それは顕慶年間に越王貞がおたでになったものである。その城の西北にポツンと、また高い楼を起工された。その楼の碧色の瓦、朱色の簷瓦は逢かに城郭を照らしている。

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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



越王樓歌 楽府(七言歌行) 成都6-(19) 杜甫 <482-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2545 杜甫詩1000-482-#1-703/1500

 
卷別: 卷二二○  文體: 樂府
詩 題: 作時:寶應元年762年 杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の482-#1首目-場面6-(19)
杜甫ブログ1500回予定の-703回目   40802
作地: 綿州(劍南道北部 / 綿州 / 綿州) 
   :  越王樓 (劍南道北部 綿州 綿州)     
          
〔太宗子越王貞為綿州刺史,作臺於州城西北,樓在臺上。〕 
越王貞が建てた綿州の城外の楼にのぼってつくった歌。宝応元年綿州にあっての作。



越王樓歌
(越王の樓閣のうた)
〔太宗子越王貞為綿州刺史,作臺於州城西北,樓在臺上。〕 
越王は名を貞といい、唐の太宗の第八子である、嘗て綿州の刺史であった。綿州城外西北に台を建設して、その上に高さ百尺の楼がある。
綿州州府何磊落,顯慶年中越王作。
綿州の府治はなんでこんなに壮大であるか、それは顕慶年間に越王貞がおたでになったものである。
孤城西北起高樓,碧瓦朱甍照城郭。
その城の西北にポツンと、また高い楼を起工された。その楼の碧色の瓦、朱色の簷瓦は逢かに城郭を照らしている。』
樓下長江百丈清,山頭落日半輪明。
この楼にのぼってみると楼の下には長江に注ぐ涪江が百丈の水を清らかにたたえている。附近の山の端には落ちかかる半輪の太陽があかるくかがやいている。
君王舊跡今人賞,轉見千秋萬古情。 
むかしの君王のたてられた旧跡をいま我々が見てこれを賞賛するものである。これによってさらに今後千年万年の後の人々のこころもまた我々とおなじく君王の旧跡を讃えて、なつかしむであろうことがわかるのである。』


岳陽樓詩人0051











『越王樓歌』 現代語訳と訳註
(本文)

綿州州府何磊落,顯慶年中越王作。
孤城西北起高樓,碧瓦朱甍照城郭。
樓下長江百丈清,山頭落日半輪明。
君王舊跡今人賞,轉見千秋萬古情。 


(下し文)
(越王楼の歌)
綿州の州府何ぞ磊落なる、顕慶年中越王の作
孤城の西北に高楼を起こす、碧瓦朱鷺城郭を照らす』
楼下の長江百丈精し、山頭の落日半輪明らかなり
君王の旧跡今入賞す、転た見る千秋万古の情』


(現代語訳)
(越王の樓閣のうた)
越王は名を貞といい、唐の太宗の第八子である、嘗て綿州の刺史であった。綿州城外西北に台を建設して、その上に高さ百尺の楼がある。
綿州の府治はなんでこんなに壮大であるか、それは顕慶年間に越王貞がおたでになったものである。
その城の西北にポツンと、また高い楼を起工された。その楼の碧色の瓦、朱色の簷瓦は逢かに城郭を照らしている。』
この楼にのぼってみると楼の下には長江に注ぐ涪江が百丈の水を清らかにたたえている。附近の山の端には落ちかかる半輪の太陽があかるくかがやいている。
むかしの君王のたてられた旧跡をいま我々が見てこれを賞賛するものである。これによってさらに今後千年万年の後の人々のこころもまた我々とおなじく君王の旧跡を讃えて、なつかしむであろうことがわかるのである。』


(訳注)
越王樓歌

(越王の樓閣のうた)
〔太宗子越王貞為綿州刺史,作臺於州城西北,樓在臺上。〕
越王は名を貞といい、唐の太宗の第八子である、嘗て綿州の刺史であった。綿州城外西北に台を建設して、その上に高さ百尺の楼がある。
○越王楼 唐の太宗の第八子である越王がたてた棲、綿州の刺史であった。綿州城外西北に台があり、高さ百尺、上に楼があり、州城を下轍する、高宗の顕慶中の作である。


綿州州府何磊落,顯慶年中越王作。
綿州の府治はなんでこんなに壮大であるか、それは顕慶年間に越王貞がおたでになったものである。
○州府 府の治所をいう。
○磊落 壮大なさま。おおざっぱ。ゆうそうなおおきさ。
○顕慶 高宗の年号、六五六年より六六〇年に至る。


孤城西北起高樓,碧瓦朱甍照城郭。
その城の西北にポツンと、また高い楼を起工された。その楼の碧色の瓦、朱色の簷瓦は逢かに城郭を照らしている。』
○朱甍 簷瓦にあたるかわら。


樓下長江百丈清,山頭落日半輪明。
この楼にのぼってみると楼の下には長江に注ぐ涪江が百丈の水を清らかにたたえている。附近の山の端には落ちかかる半輪の太陽があかるくかがやいている。
○長江 涪江のこと。涪江は綿州、梓州、遂州と南下して長江に合流するが、ここでは大江のことをいう。


君王舊跡今人賞,轉見千秋萬古情。 
むかしの君王のたてられた旧跡をいま我々が見てこれを賞賛するものである。これによってさらに今後千年万年の後の人々のこころもまた我々とおなじく君王の旧跡を讃えて、なつかしむであろうことがわかるのである。』
○君王 越王をさす。
○千秋万古情 後世の人の情、越王は蔡州の刺史となり、則武天が独立したとき兵を起こして唐の興復をはかったが勝たずに死んでしまった、賢王であったと思われる、故に後世の人はその旧跡を見て必ず無限の懐古の情をいだくであろうことをいう。

又觀打魚 楽府(七言歌行) 成都6-(18) 杜甫 <481-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2540 杜甫詩1000-481-#2-702/1500

杜甫 《又觀打魚》 このときにあたって我我はなんでこんな魚漁などという楽しみをほしいままにするのであろうか、天の生じたものをむやみに殺すことはむかしの聖人をかなしませることになることである。



2013年6月17日 同じ日の紀頌之5つのブログ
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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


又觀打魚 楽府(七言歌行) 成都6-(18) 杜甫 <481-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2540 杜甫詩1000-481-#2-702/1500 


詩 題: 作時:762年1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の481-#2首目-場面6-(18)
杜甫ブログ1500回予定の-702回目   40801
また魚をとるのを観てよんだうた。前詩とほとんど同時の作。觀打魚歌 楽府(七言歌行) 成都6-(15) 杜甫 <480-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2525 杜甫詩1000-480-#1-699/1500


又觀打魚
(また、打魚漁をみる。)
蒼江魚子清晨集,設網提綱萬魚急。
静かにきれいな江に漁師たちが朝方から集まり、網を設け大綱をいろんな魚をせっせと取っている。
能者操舟疾若風,撐突波濤挺叉入。
舟をあやつるに巧みなものは船を風のごとくはやくあやつり、さすまたをぬきんでながら波にぶっつかってのりこんでゆく。
小魚脫漏不可記,半死半生猶戢戢。
小さな魚は魚網からどれほどぬけでたか記しすことなどもできないがそれでも半死半生の姿で沢山あつまっている。
大魚傷損皆垂頭,屈強泥沙有時立。』
大きな魚はからだをきずつけられて 皆 頭を垂れてよわりこんでいるが、時としては泥沙のうえにしゃちほこばって 突っ立ちあがることもある。』
#2
(また、打魚漁をみる。)―#2
東津觀魚已再來,主人罷鱠還傾杯。
自分は綿州東津へ魚漁を観るためにはこれで二度きているのだ。綿州の刺史の主人は鱠をやめてもまだ酒盃を傾けてもてなしてくれる。
日暮蛟龍改窟穴,山根鱣鮪隨雲雷。
日ぐれになると蛟竜も不安を感じてか奥深い川底の穴を移し、山のふもとにすむ鱣や鮪も雲雷の起こるにつれてどこへかうつって魚も身の安全をはかりつつある。
干戈兵革鬥未止,鳳凰麒麟安在哉。
今や天下は干戈を用いて人間、兵隊どうしがうちあいたたかうことがまだやまないでいる。鳳凰だの麟鱗だのの瑞鳥瑞獣はいったいどこにか在るのだろうか。
吾徒胡為縱此樂,暴殄天物聖所哀。』

このときにあたって我我はなんでこんな魚漁などという楽しみをほしいままにするのであろうか、天の生じたものをむやみに殺すことはむかしの聖人をかなしませることになることである。』


蒼江漁子清晨【せいしん】に集まる、網を設け 綱を提げて魚を取ること急なり。
能者は舟を操る疾きこと風の若く、波涛に撐突して叉を挺して入る。
小魚の脱漏 記す可からず、半死半生 猶お戢戢【しゅうしゅう】たり。
大魚は傷損 皆頭を垂る、泥抄に屈強して時有りてか立つ。』
東津 魚を観て己に再び来たる、主人鱠を罷めて還た盃を傾く。
日暮れて蛟竜【こうりゅう】窟穴を改む、山根の鱣鮪【てんい】雲雷に随う。
干戈 兵革 闘い未だ己まず、鳳凰 麟麟安に在りや。
吾が徒 胡為【なんす】れぞ此の楽しみを縦にする、天物を暴殄するは聖の哀れむ所なり。』



『又觀打魚 杜甫』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
東津觀魚已再來,主人罷鱠還傾杯。
日暮蛟龍改窟穴,山根鱣鮪隨雲雷。
干戈兵革鬥未止,鳳凰麒麟安在哉。
吾徒胡為縱此樂,暴殄天物聖所哀。』


(下し文)
東津 魚を観て己に再び来たる、主人鱠を罷めて還た盃を傾く。
日暮れて蛟竜【こうりゅう】窟穴を改む、山根の鱣鮪【てんい】雲雷に随う。
干戈 兵革 闘い未だ己まず、鳳凰 麟麟安に在りや。
吾が徒 胡為【なんす】れぞ此の楽しみを縦にする、天物を暴殄するは聖の哀れむ所なり。』


(現代語訳)
(また、打魚漁をみる。)―#2
自分は綿州東津へ魚漁を観るためにはこれで二度きているのだ。綿州の刺史の主人は鱠をやめてもまだ酒盃を傾けてもてなしてくれる。
日ぐれになると蛟竜も不安を感じてか奥深い川底の穴を移し、山のふもとにすむ鱣や鮪も雲雷の起こるにつれてどこへかうつって魚も身の安全をはかりつつある。
今や天下は干戈を用いて人間、兵隊どうしがうちあいたたかうことがまだやまないでいる。鳳凰だの麟鱗だのの瑞鳥瑞獣はいったいどこにか在るのだろうか。
このときにあたって我我はなんでこんな魚漁などという楽しみをほしいままにするのであろうか、天の生じたものをむやみに殺すことはむかしの聖人をかなしませることになることである。』


(訳注) #2
又觀打魚

また、打魚漁をみる。
○打魚 綿州の涪江の東津で水面を打撃して魚を、囲みに追い込む浅瀬の漁法。やなのようなところに追い込む。


江上のツバメ02東津觀魚已再來,主人罷鱠還傾杯。
自分は綿州東津へ魚漁を観るためにはこれで二度きているのだ。綿州の刺史の主人は鱠をやめてもまだ酒盃を傾けてもてなしてくれる。
○観魚 魚漁をみるためにの意。
○主人 綿州の刺史杜便君をいうもの。
○罷鱠 鱠を初めには作ってたべた。たべあきてから食べるのをやめた。なます、いきづくりといってもすべて酢を通している。日本の刺身とは異なる。なます、いきづくりといってもすべて酢を通している。日本の刺身とは異なる。


日暮蛟龍改窟穴,山根鱣鮪隨雲雷。
日ぐれになると蛟竜も不安を感じてか奥深い川底の穴を移し、山のふもとにすむ鱣や鮪も雲雷の起こるにつれてどこへかうつって魚も身の安全をはかりつつある。
○改窟穴 べつな淵の奥底の穴へ遷ることをいう。
○鱣鮪 みな魚の名。
○随雲雷 雲雷の次々に起こり、それにつれてどこへかうつることをいう。


干戈兵革鬥未止,鳳凰麒麟安在哉。
今や天下は干戈を用いて人間、兵隊どうしがうちあいたたかうことがまだやまないでいる。鳳凰だの麟鱗だのの瑞鳥瑞獣はいったいどこにか在るのだろうか。
○鳳凰麟麟 端物で聖人があれば徳に感じて至ると称せられる。想像上の動物の名。「麟鳳(りんぽう)/獲麟・麒麟(きりん)」 中国の伝説上の霊鳥。鳳が雄,凰が雌。鳳皇とも書く。餌は竹の実で,梧桐の木にしか止まらぬとされる。殷墟卜辞に,風神として鳳の字が用いられ,天帝の使者だともされている。その字体から見て,孔雀のような鳥が鳳凰の原像となったのであろう。この殷の鳳凰と同じ特徴的な冠羽を持つ鳥が,殷末から西周期の青銅器の文様に見え,おそらくこれは,鳥形をとって祭祀の場に降臨する祖霊の観念と結びついていたのであろう。《書経》に,舜帝が天下を安定させると,音楽につれて祖霊とともに鳳凰がやってきたとあるのは,祖霊と祥瑞との二つの性格をあわせみせている。


吾徒胡為縱此樂,暴殄天物聖所哀。』
このときにあたって我我はなんでこんな魚漁などという楽しみをほしいままにするのであろうか、天の生じたものをむやみに殺すことはむかしの聖人をかなしませることになることである。』
○暴殄天物 滅び絶える。 【殄熄】てんそく. 絶やして尽きること。 【殄滅】てんめつ. 滅び絶える。また、滅ぼし絶やす。死に絶える。 「 絶滅 ( ぜつめつ ) 」.「書経」(武成篇)の語、天の生じたものをむやみにころしたりすること。
○聖 むかしの聖人。

又觀打魚 楽府(七言歌行) 成都6-(17) 杜甫 <481-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2535 杜甫詩1000-481-#1-701/1500

又觀打魚楽府(七言歌行) 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(17))  静かにきれいな江に漁師たちが朝方から集まり、網を設け大綱をいろんな魚をせっせと取っている。舟をあやつるに巧みなものは船を風のごとくはやくあやつり、さすまたをぬきんでながら波にぶっつかってのりこんでゆく。


2013年6月16日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首  平原侯值》 謝靈運 六朝詩<85-#1>平原侯值瑒 797 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2533
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃花源幷記》陶淵明(陶潜)  <#3>710 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2534
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集又觀打魚 楽府(七言歌行) 成都6-(17) 杜甫 <481-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2535 杜甫詩1000-481-#1-701/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性送姚員外 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-198-64-#58  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2537
 
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10-rihakujoseishi/archives/6471825.html
安世房中歌十七首(1) 唐山夫人 漢詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67710265.html
為焦仲卿妻作 序 漢詩<143>古詩源 巻三 女性詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67729401.html
於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



又觀打魚 楽府(七言歌行) 成都6-(17) 杜甫 <481-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2535 杜甫詩1000-481-#1-701/1500



詩 題:又觀打魚楽府(七言歌行) 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(17)) 
作時:762年1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の481-#1首目-場面6-(17)
杜甫ブログ1500回予定の-701回目   40800
また魚をとるのを観てよんだうた。前詩とほとんど同時の作。觀打魚歌 楽府(七言歌行) 成都6-(15) 杜甫 <480-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2525 杜甫詩1000-480-#1-699/1500


又觀打魚
(また、打魚漁をみる。)
蒼江魚子清晨集,設網提綱萬魚急。
静かにきれいな江に漁師たちが朝方から集まり、網を設け大綱をいろんな魚をせっせと取っている。
能者操舟疾若風,撐突波濤挺叉入。
舟をあやつるに巧みなものは船を風のごとくはやくあやつり、さすまたをぬきんでながら波にぶっつかってのりこんでゆく。
小魚脫漏不可記,半死半生猶戢戢。
小さな魚は魚網からどれほどぬけでたか記しすことなどもできないがそれでも半死半生の姿で沢山あつまっている。
大魚傷損皆垂頭,屈強泥沙有時立。』
大きな魚はからだをきずつけられて 皆 頭を垂れてよわりこんでいるが、時としては泥沙のうえにしゃちほこばって 突っ立ちあがることもある。』
#2
東津觀魚已再來,主人罷鱠還傾杯。
日暮蛟龍改窟穴,山根鱣鮪隨雲雷。
干戈兵革鬥未止,鳳凰麒麟安在哉。
吾徒胡為縱此樂,暴殄天物聖所哀。』


蒼江漁子清晨【せいしん】に集まる、網を設け 綱を提げて魚を取ること急なり。
能者は舟を操る疾きこと風の若く、波涛に撐突して叉を挺して入る。
小魚の脱漏 記す可からず、半死半生 猶お戢戢【しゅうしゅう】たり。
大魚は傷損 皆頭を垂る、泥抄に屈強して時有りてか立つ。』

東津 魚を観て己に再び来たる、主人鱠を罷めて還た盃を傾く。
日暮れて蛟竜【こうりゅう】窟穴を改む、山根の鱣鮪【てんい】雲雷に随う。
干戈 兵革 闘い未だ己まず、鳳凰 麟麟安に在りや。
吾が徒 胡為【なんす】れぞ此の楽しみを縦にする、天物を暴殄するは聖の哀れむ所なり。』

浮桟橋00
『又觀打魚』 現代語訳と訳註
(本文)
#1
蒼江魚子清晨集,設網提綱萬魚急。
能者操舟疾若風,撐突波濤挺叉入。
小魚脫漏不可記,半死半生猶戢戢。
大魚傷損皆垂頭,屈強泥沙有時立。』


(下し文)
蒼江漁子清晨【せいしん】に集まる、網を設け 綱を提げて魚を取ること急なり。
能者は舟を操る疾きこと風の若く、波涛に撐突して叉を挺して入る。
小魚の脱漏 記す可からず、半死半生 猶お戢戢【しゅうしゅう】たり。
大魚は傷損 皆頭を垂る、泥抄に屈強して時有りてか立つ。』


(現代語訳)
(また、打魚漁をみる。)
静かにきれいな江に漁師たちが朝方から集まり、網を設け大綱をいろんな魚をせっせと取っている。
舟をあやつるに巧みなものは船を風のごとくはやくあやつり、さすまたをぬきんでながら波にぶっつかってのりこんでゆく。
小さな魚は魚網からどれほどぬけでたか記しすことなどもできないがそれでも半死半生の姿で沢山あつまっている。
大きな魚はからだをきずつけられて 皆 頭を垂れてよわりこんでいるが、時としては泥沙のうえにしゃちほこばって 突っ立ちあがることもある。』


(訳注)
又觀打魚

また、打魚漁をみる。
○打魚 綿州の涪江の東津で水面を打撃して魚を、囲みに追い込む浅瀬の漁法。やなのようなところに追い込む。


蒼江魚子清晨集,設網提綱萬魚急。
静かにきれいな江に漁師たちが朝方から集まり、網を設け大綱をいろんな魚をせっせと取っている。
○蒼江 あおい水色の江、清江をいう。
○漁子 りようし。
〇清晨 はれた朝方。
○綱 あみの大づな。
○万魚 設網捷網万魚急とよみ、急の字は魚が逃げだそうとして争うさまとなり、とりかたが急なことである。


能者操舟疾若風,撐突波濤挺叉入。
舟をあやつるに巧みなものは船を風のごとくはやくあやつり、さすまたをぬきんでながら波にぶっつかってのりこんでゆく。
○能者 舟を振るのにたくみな漁師。
○撐突 撐はささえる意であるが、撐突はぶつかる意と思われる。
○挺叉 挺はぬきんづる、叉は魚を刺すさすまた。
〇入 舟をのりいれること。


小魚脫漏不可記,半死半生猶戢戢。
小さな魚は魚網からどれほどぬけでたか記しすことなどもできないがそれでも半死半生の姿で沢山あつまっている。
○脱漏 あみからもれること。
○記 かぞえてしるしをする。
○戢戢 あつまるさま。


大魚傷損皆垂頭,屈強泥沙有時立。』
大きな魚はからだをきずつけられて 皆 頭を垂れてよわりこんでいるが、時としては泥沙のうえにしゃちほこばって 突っ立ちあがることもある。』
○屈強 しいて立ちあがろうとするさま。

觀打魚歌 楽府(七言歌行) 成都6-(16) 杜甫 <480-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2530 杜甫詩1000-480-#2-700/1500

杜甫 《觀打魚歌楽府》(七言歌行) 料理人が左右に動き回り、霜の如くとぎすました庖刀をふるう。鱠の肉は飛ぶがごとく黄金の盤上に、蒸された肉は白雪のように高くもりあげられる。

2013年6月15日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 阮瑀》 謝靈運 六朝詩<84-#3> 應瑒 796 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2528
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Ⅱ中唐詩・晩唐詩《桃花源幷記》陶淵明(陶潜)  <#2>709 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2529
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集觀打魚歌 楽府(七言歌行) 成都6-(16) 杜甫 <480-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2530 杜甫詩1000-480-#2-700/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集古詩十九首之十五 漢の無名氏(15)  漢詩<28> kanbuniinkai 紀 頌之の詩詞ブログ 2526 (06/14)
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性春郊游眺寄孫處士二首 其二 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-197-63-#57  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2532
 
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『楚辞』九辯 第九段―まとめ 宋玉  <00-#35> 664 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2304
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朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
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登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

觀打魚歌 楽府(七言歌行) 成都6-(16) 杜甫 <480-#2>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2530 杜甫詩1000-480-#2-700/1500


卷別: 卷二二○  文體: 樂府 
作時:寶應元年  762年1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の480-#1首目-場面6-(15)
杜甫ブログ1500回予定の-699回目   40798
作地點: 綿州(劍南道北部 / 綿州 / 綿州) 
徐州 (河南道 徐州 徐州) 別名:彭城、徐方   
 


綿州の涪江の東津で魴魚の網打ちを観てつくったうた。宝応元年綿州にあっての作。

觀打魚歌
綿州江水之東津,魴魚鱍鱍色勝銀。
綿州の涪江の東津でやれている。そこでは魴魚がぴちぴちとはね色は銀よりも白くかがやいている。
漁人漾舟沈大網,截江一擁數百鱗。
漁師が舟を川一線にただよわせて大きな網を沈める、そうして水面をたたきよこ一文字に江水をたちきってあみをひくと一ぺんに数百匹の魴がだきこまれる。
眾魚常才盡卻棄,赤鯉騰出如有神。
網の中にかかった平凡なおおくのさかなはみんなのけてすててしまう。まごいは神力あるかの如くあみからおどりだして飛び出ていってしまう。
潛龍無聲老蛟怒,回風颯颯吹沙塵。
淵の奥深い穴に潜んでいる水竜は声をたてずひっこんでいるし、としふけた蛟は魚たちが害せられるのを見て怒っている、吹きまわす風が颯颯として沙や塵をとばしている。』
#2
饔子左右揮雙刀,膾飛金盤白雪高。
料理人が左右に動き回り、霜の如くとぎすました庖刀をふるう。鱠の肉は飛ぶがごとく黄金の盤上に、蒸された肉は白雪のように高くもりあげられる。
徐州禿尾不足憶,漢陰槎頭遠遁逃。
鱠の味にくらべると徐州の禿尾魚の煮つけはおもうにも足らぬし、漢陰の槎頭のとれたての鮪もはだしでとおくにげだしてしまう。
魴魚肥美知第一,既飽歡娛亦蕭瑟。
ふとってうまいのは魴魚が第一品だということがわかるが、既にその味に飽きてしまったら、楽しみも秋風が吹くように寂しくなる感じがある。
君不見朝來割素鬐,咫尺波濤永相失。
諸君見られたことはあるだろうか、なぜかというと、朝からかけて我我はやたらに魴魚の白いひれを割いたが、彼らは咫尺の間にこの江上の波涛と永久に別れてしまったので気の毒にたえないことである。』


打魚を觀る歌
綿州 江水の東津【とうしん】、魴魚【ほうぎょ】鱍鱍【はつはつ】として色銀に勝る。
漁人舟を漾【ただよ】わして大網を沈み、江を截【き】りて一擁す数百鱗。
衆魚は常才なり尽く却棄し、赤鯉は騰出す 神有るが如し。
潜竜 声無く老蛟【ろうこう】怒り、回風 颯颯として沙塵を吹く。』
#2
饔子【ようし】左右に霜刀を揮い、膾 飛んで金盤に白雪高し。
徐州の禿尾【とくび】は憶うに足らず、漢陰【かんいん】の槎頭【さとう】遠く遁逃【】とんとうす。
魴魚の肥美知る第一、既に飽きては歡娛【かんご】も亦た蕭瑟【しょうしつ】たり。
君見ずや朝来素鬐【そき】を割き、咫尺【しせき】波濤【はとう】永く相い失す。』


『觀打魚歌』 現代語訳と訳註
(本文)
#2
饔子左右揮雙刀,膾飛金盤白雪高。
徐州禿尾不足憶,漢陰槎頭遠遁逃。
魴魚肥美知第一,既飽歡娛亦蕭瑟。
君不見朝來割素鬐,咫尺波濤永相失。


(下し文) #2
饔子【ようし】左右に霜刀を揮い、膾 飛んで金盤に白雪高し。
徐州の禿尾【とくび】は憶うに足らず、漢陰【かんいん】の槎頭【さとう】遠く遁逃【】とんとうす。
魴魚の肥美知る第一、既に飽きては歡娛【かんご】も亦た蕭瑟【しょうしつ】たり。
君見ずや朝来素鬐【そき】を割き、咫尺【しせき】波濤【はとう】永く相い失す。』


(現代語訳)
料理人が左右に動き回り、霜の如くとぎすました庖刀をふるう。鱠の肉は飛ぶがごとく黄金の盤上に、蒸された肉は白雪のように高くもりあげられる。
鱠の味にくらべると徐州の禿尾魚の煮つけはおもうにも足らぬし、漢陰の槎頭のとれたての鮪もはだしでとおくにげだしてしまう。
ふとってうまいのは魴魚が第一品だということがわかるが、既にその味に飽きてしまったら、楽しみも秋風が吹くように寂しくなる感じがある。
諸君見られたことはあるだろうか、なぜかというと、朝からかけて我我はやたらに魴魚の白いひれを割いたが、彼らは咫尺の間にこの江上の波涛と永久に別れてしまったので気の毒にたえないことである。』


(訳注) #2
饔子左右揮雙刀,膾飛金盤白雪高。

料理人が左右に動き回り、霜の如くとぎすました庖刀をふるう。鱠の肉は飛ぶがごとく黄金の盤上に、蒸された肉は白雪のように高くもりあげられる。
○饔子 料理人。
○雙刀 とぎすました自刃の庖刀。
〇膾 なます、いきづくりといってもすべて酢を通している。日本の刺身とは異なる。
○白雪 うず高く盛られた蒸した肉の形容。


徐州禿尾不足憶,漢陰槎頭遠遁逃。
鱠の味にくらべると徐州の禿尾魚の煮つけはおもうにも足らぬし、漢陰の槎頭のとれたての鮪もはだしでとおくにげだしてしまう。
○徐州禿尾 徐州においてうまいとされる禿尾の魚であろう、其の地の名物。
○漢陰槎頭 漢陰は漢水のほとりの襄陽の地名、柴木を水中に積み中に魚を養う、その柴木のことを槮という、嚢陽では槮をなまって槎という、槎頭とは槮のことという、ただし嚢陽では養魚のためでなく水を断つために槮を用いるという、槮頭は槮のほとりでとった魚のこと、魚の名は鯿という、この魚はあたまがつぶれたようなものと見え縮頂鯖の名がある。とれたてのものという意味であろう。孟浩然の詩句に、「試ミニ竹竿ノ釣ヲ垂レシこ、果タシテ得タリ槎頭ノ鯿」(孟浩然『峴潭作』)などがある。
孟浩然『峴潭作』
  石潭傍隈隩,沙岸曉夤緣。
  試垂竹竿釣,果得槎頭鯿。
  美人騁金錯,纖手膾紅鮮。
  因謝陸内史,蓴羹何足傳。
○遁逃 競争したくないので逃げ出す。


魴魚肥美知第一,既飽歡娛亦蕭瑟。
ふとってうまいのは魴魚が第一品だということがわかるが、既にその味に飽きてしまったら、楽しみも秋風が吹くように寂しくなる感じがある。
○肥美 ふとってうまい。
○既飽 十分満腹するまでたべあきてきた。
○蕭瑟 秋風が寂しく吹くこと。また、さびしいさま。


君不見朝來割素鬐,咫尺波濤永相失。
諸君見られたことはあるだろうか、なぜかというと、朝からかけて我我はやたらに魴魚の白いひれを割いたが、彼らは咫尺の間にこの江上の波涛と永久に別れてしまったので気の毒にたえないことである。』
〇割素誓 魴魚のしろいひれをさく、鰭をつくるために三枚におろすこと。殺してしまうのは気の毒だ。
○咫尺 八寸一尺の極間近で。
花蕊夫人006

觀打魚歌 楽府(七言歌行) 成都6-(15) 杜甫 <480-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2525 杜甫詩1000-480-#1-699/1500

觀打魚歌楽府(七言歌行) 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(15))  綿州の涪江の東津でやれている。そこでは魴魚がぴちぴちとはね色は銀よりも白くかがやいている。漁師が舟を川一線にただよわせて大きな網を沈める、そうして水面をたたきよこ一文字に江水をたちきってあみをひくと一ぺんに数百匹の魴がだきこまれる。


2013年6月14日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 阮瑀》 謝靈運 六朝詩<84-#2> 劉楨 795 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2523
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
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Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性春郊游眺寄孫處士二首 其一 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-196-62-#56  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2527
 
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


觀打魚歌 楽府(七言歌行) 成都6-(15) 杜甫 <480-#1>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2525 杜甫詩1000-480-#1-699/1500


詩 題:觀打魚歌楽府(七言歌行) 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(15)) 
卷別: 卷二二○  文體: 樂府 
作時:寶應元年  762年1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の480-#1首目-場面6-(15)
杜甫ブログ1500回予定の-699回目   40798
作地點: 綿州(劍南道北部 / 綿州 / 綿州) 
徐州 (河南道 徐州 徐州) 別名:彭城、徐方   
 


綿州の涪江の東津で魴魚の網打ちを観てつくったうた。宝応元年綿州にあっての作。



觀打魚歌
綿州江水之東津,魴魚鱍鱍色勝銀。
綿州の涪江の東津でやれている。そこでは魴魚がぴちぴちとはね色は銀よりも白くかがやいている。
漁人漾舟沈大網,截江一擁數百鱗。
漁師が舟を川一線にただよわせて大きな網を沈める、そうして水面をたたきよこ一文字に江水をたちきってあみをひくと一ぺんに数百匹の魴がだきこまれる。
眾魚常才盡卻棄,赤鯉騰出如有神。
網の中にかかった平凡なおおくのさかなはみんなのけてすててしまう。まごいは神力あるかの如くあみからおどりだして飛び出ていってしまう。
潛龍無聲老蛟怒,回風颯颯吹沙塵。
淵の奥深い穴に潜んでいる水竜は声をたてずひっこんでいるし、としふけた蛟は魚たちが害せられるのを見て怒っている、吹きまわす風が颯颯として沙や塵をとばしている。』
#2
饔子左右揮雙刀,膾飛金盤白雪高。
徐州禿尾不足憶,漢陰槎頭遠遁逃。
魴魚肥美知第一,既飽歡娛亦蕭瑟。
君不見朝來割素鬐,咫尺波濤永相失。


打魚を觀る歌
綿州 江水の東津【とうしん】、魴魚【ほうぎょ】鱍鱍【はつはつ】として色銀に勝る。
漁人舟を漾【ただよ】わして大網を沈み、江を截【き】りて一擁す数百鱗。
衆魚は常才なり尽く却棄し、赤鯉は騰出す 神有るが如し。
潜竜 声無く老蛟【ろうこう】怒り、回風 颯颯として沙塵を吹く。』

#2
饔子【ようし】左右に霜刀を揮い、膾 飛んで金盤に白雪高し。
徐州の禿尾【とくび】は憶うに足らず、漢陰【かんいん】の槎頭【さとう】遠く遁逃【】とんとうす。
魴魚の肥美知る第一、既に飽きては歡娛【かんご】も亦た蕭瑟【しょうしつ】たり。
君見ずや朝来素鬐【そき】を割き、咫尺【しせき】波濤【はとう】永く相い失す。』

ogawa09




『觀打魚歌』 現代語訳と訳註
(本文)
綿州江水之東津,魴魚鱍鱍色勝銀。
漁人漾舟沈大網,截江一擁數百鱗。
眾魚常才盡卻棄,赤鯉騰出如有神。
潛龍無聲老蛟怒,回風颯颯吹沙塵。


(下し文)
打魚を觀る歌
綿州 江水の東津【とうしん】、魴魚【ほうぎょ】鱍鱍【はつはつ】として色銀に勝る。
漁人舟を漾【ただよ】わして大網を沈み、江を截【き】りて一擁す数百鱗。
衆魚は常才なり尽く却棄し、赤鯉は騰出す 神有るが如し。
潜竜 声無く老蛟【ろうこう】怒り、回風 颯颯として沙塵を吹く。』


(現代語訳)
綿州の涪江の東津でやれている。そこでは魴魚がぴちぴちとはね色は銀よりも白くかがやいている。
漁師が舟を川一線にただよわせて大きな網を沈める、そうして水面をたたきよこ一文字に江水をたちきってあみをひくと一ぺんに数百匹の魴がだきこまれる。
網の中にかかった平凡なおおくのさかなはみんなのけてすててしまう。まごいは神力あるかの如くあみからおどりだして飛び出ていってしまう。
淵の奥深い穴に潜んでいる水竜は声をたてずひっこんでいるし、としふけた蛟は魚たちが害せられるのを見て怒っている、吹きまわす風が颯颯として沙や塵をとばしている。』


(訳注)
觀打魚歌
○打魚
 水面を打撃して魚を、囲みに追い込む浅瀬の漁法。やなのようなところに追い込む。


綿州江水之東津,魴魚鱍鱍色勝銀。
綿州の涪江の東津でやれている。そこでは魴魚がぴちぴちとはね色は銀よりも白くかがやいている。
○江水 江は涪江。
○東津 ひがしのわたりば。
○紡魚 魚の名、鯖という魚と同種であるという。
○鰭鰻 はねるさま。


漁人漾舟沈大網,截江一擁數百鱗。
漁師が舟を川一線にただよわせて大きな網を沈める、そうして水面をたたきよこ一文字に江水をたちきってあみをひくと一ぺんに数百匹の魴がだきこまれる。
○截江 江水をよこ一文字にたちきる、網をびきはえるさま。
〇一擁 一ぺんでなかへかかえこむ。網を搾っていく。
○鱗 魴魚の鱗をさす。


眾魚常才盡卻棄,赤鯉騰出如有神。
網の中にかかった平凡なおおくのさかなはみんなのけてすててしまう。まごいは神力あるかの如くあみからおどりだして飛び出ていってしまう。
○衆魚 紡以外の多くのうお。
○常才 平凡なやつ。
○却棄 しりぞけすてる。
○赤鯉 まごい。
○騰出 あみからおどって飛び出てしまう。


潛龍無聲老蛟怒,回風颯颯吹沙塵。
淵の奥深い穴に潜んでいる水竜は声をたてずひっこんでいるし、としふけた蛟は魚たちが害せられるのを見て怒っている、吹きまわす風が颯颯として沙や塵をとばしている。』
○無声 機を知って害をうけぬように声をださぬこと。○怒 同類の魚がとられることを怒ること。
○回風 吹きまわすかぜ。
○颯颯 風の吹くさま。


成都遂州00

去秋行 楽府(七言歌行) 成都6-(14) 杜甫 <479>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2520 杜甫詩1000-479-698/1500

杜甫《去秋行 楽府(七言歌行)》秋も終わろうとしているここ涪江のあたりに木の葉も落ちるころなのだ。剣や槍鎧をつけて馬を走らせているのはどこの男か。


 

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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩酬藍田崔丞立之詠雪見寄 韓愈(韓退之) <144-#2>Ⅱ中唐詩708 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2524
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
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●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
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●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性江亭餞別 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-195-61-#55  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2522
 
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於凊河見輓船士新婚別妻一首 曹丕(魏文帝) 魏詩 http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67759129.html
朔風 (一章) 曹植 魏詩<25-#1>文選 雑詩 上  http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67780868.html
謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
登永嘉緑嶂山詩 #1 謝霊運 <20> 詩集 386ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67474554.html
登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 

去秋行 楽府(七言歌行) 成都6-(14) 杜甫 <479>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2520 杜甫詩1000-479-698/1500

 
詩 題:去秋行楽府(七言歌行) 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(14)) 
卷別: 卷二一九  文體: 樂府 
作時:寶應元年 762年1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の479首目-場面6-(14)
杜甫ブログ1500回予定の-698回目 
寫及地點:  遂州 (劍南道北部 遂州 遂州)     
洛陽 (都畿道 河南府 洛陽) 別名:洛城、洛、東洛、洛邑、京洛、河洛、洛下     
長安 (京畿道 京兆府 長安) 別名:京、京師、中京、京城、上都、京畿、西都     
 
 
 
去秋行
去秋涪江木落時,臂槍走馬誰家兒。
秋も終わろうとしているここ涪江のあたりに木の葉も落ちるころなのだ。剣や槍鎧をつけて馬を走らせているのはどこの男か。
到今不知白骨處,部曲有去皆無歸。
今ここに至って戦死者の屍を埋めるところがどこかを知らないのか。戦が終わったというのに軍隊は去って行くのだろうが皆帰るところがないのだろうか。
遂州城中漢節在,遂州城外巴人稀。
涪江が下って梓州の東南に位置する遂州の城郭の中では漢との和平の約束がなされ符節され落ち着きを取り戻した。遂州の城郭の外側、郊外には逃村で巴の人々が稀にしか見られなくなっている。
戰場冤魂每夜哭,空令野營猛士悲。

戦場には無念であったり、巻き添え、無実なのに死んでいった魂の声が毎晩のようにさけび鳴いている。郊外の野原には闘い終わった軍隊の野営がむなしく残り、獰猛に戦った者たちも悲しさだけが残っている。

四川省西部地区略図




























『去秋行』 現代語訳と訳註
(本文)
去秋涪江木落時,臂槍走馬誰家兒。
到今不知白骨處,部曲有去皆無歸。
遂州城中漢節在,遂州城外巴人稀。
戰場冤魂每夜哭,空令野營猛士悲。
去秋涪江木落時,臂槍走馬誰家兒。
到今不知白骨處,部曲有去皆無歸。
遂州城中漢節在,遂州城外巴人稀。
戰場冤魂每夜哭,空令野營猛士悲。


(下し文)
去秋涪江木落時,臂槍走馬誰家兒。
到今不知白骨處,部曲有去皆無歸。
遂州城中漢節在,遂州城外巴人稀。
戰場冤魂每夜哭,空令野營猛士悲。
去秋涪江木落時,臂槍走馬誰家兒。
到今不知白骨處,部曲有去皆無歸。
遂州城中漢節在,遂州城外巴人稀。
戰場冤魂每夜哭,空令野營猛士悲。


(現代語訳)
秋も終わろうとしているここ涪江のあたりに木の葉も落ちるころなのだ。剣や槍鎧をつけて馬を走らせているのはどこの男か。
今ここに至って戦死者の屍を埋めるところがどこかを知らないのか。戦が終わったというのに軍隊は去って行くのだろうが皆帰るところがないのだろうか。
涪江が下って梓州の東南に位置する遂州の城郭の中では漢との和平の約束がなされ符節され落ち着きを取り戻した。遂州の城郭の外側、郊外には逃村で巴の人々が稀にしか見られなくなっている。
戦場には無念であったり、巻き添え、無実なのに死んでいった魂の声が毎晩のようにさけび鳴いている。郊外の野原には闘い終わった軍隊の野営がむなしく残り、獰猛に戦った者たちも悲しさだけが残っている。


(訳注)
去秋行
詩の先頭二字をとって詩題としている。この詩では実際の戦場に立って作ったものかどうかはわからない。唐代の戦争を題材にしたもののほとんどは、空想で書かれたものが多い。この詩も現実感がないように感じる。


去秋 涪江 木落 時 ,臂槍 走馬 誰家 兒 。
秋も終わろうとしているここ涪江のあたりに木の葉も落ちるころなのだ。剣や槍鎧をつけて馬を走らせているのはどこの男か。
「秋」四時節氣、四季、秋。
「涪江」地名、河湖地名(江河溪流)、涪江。
「木落」植物泛稱(木)、木。植物生命狀態、落。
「臂」身體四肢、臂。
「槍」器物、工具用品(兵器單稱)、槍。
「走馬」動物動作、走。動物專名(走獸)、馬。


到今 不知 白骨 處 ,部曲 有去 皆無歸 。
今ここに至って戦死者の屍を埋めるところがどこかを知らないのか。戦が終わったというのに軍隊は去って行くのだろうが皆帰るところがないのだろうか。
「部曲」職業身份、軍。


遂州 城中 漢節 在,遂州 城外 巴人 稀 。
涪江が下って梓州の東南に位置する遂州の城郭の中では漢との和平の約束がなされ符節され落ち着きを取り戻した。遂州の城郭の外側、郊外には逃村で巴の人々が稀にしか見られなくなっている。
「遂州」行政地名、遂州。
「城」邦國都城。
「漢節」符節。木・竹・紙などの札に文字を書き,印を押して二つに割り契約の証拠とするもの。割符。
「巴人」巴人。戦争になれば、軍人以外は、城内、あるいはどこか安全な場所へ逃げるのである。


戰場 冤魂 每夜 哭 ,空令野營 猛士 悲 。
戦場には無念であったり、巻き添え、無実なのに死んでいった魂の声が毎晩のようにさけび鳴いている。郊外の野原には闘い終わった軍隊の野営がむなしく残り、獰猛に戦った者たちも悲しさだけが残っている。
「戰場」特殊場域、戰場。
「冤」無念であったり、巻き添え、無実なのに死んでいったものことをいう。
「魂」神鬼泛稱、魂。
「哭」 泣き叫ぶ。慟哭。
「野營」郊原村野、野に、公署建築、軍營していること。
「猛士」壯士。
「悲」負面情感(悲哀傷痛)、悲しむこと。 
 成都遂州00

苦戰行 楽府(五言律詩) 成都6-(13) 杜甫 <478>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2515 杜甫詩1000-478-697/1500

杜甫 《苦戰行》 楽府(五言律詩) 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(13))   苦戦をして死んでしまった漢の馬将軍のような人物がいる。彼はみずからを伏波将軍の子孫だとして公言している。天下は戦乱いまだ定まらないのに彼のような勇壮な士を失った。このことは自分は嘆き恨んで酷く心を傷めさせられるのである。

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●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
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謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 


苦戰行 楽府(五言律詩) 成都6-(13) 杜甫 <478>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2515 杜甫詩1000-478-697/1500


詩 題:苦戰行楽府(五言律詩) 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(13)) 
卷別: 卷二一九  文體: 樂府  (七言歌行)
作時:寶應元年   762年   51歲
掲 載; 杜甫1000首の478首目-場面6-(13)
杜甫ブログ1500回予定の-697回目   40796
馬将軍が賊を討ち苦戦して死んだことを惜しんでよんだうたで、宝応元年の作とされる。



(大唐朝史から抜粋)
上元2年(761) 4月19日
 梓州刺史の段子璋が造反した。 段子璋は驍勇で、上皇に随従して蜀にて功績を建てた。東川節度使・李奐がこれを替えるよう奏したので、 段子璋は挙兵して綿州にて李奐を襲撃しようとした。 途中、遂州を通過すると、虢王巨が郡の官吏を正装させてこれを迎えた。 段子璋は、これを殺す。 李奐は戦って敗れ、成都へ逃げた。
 段子璋は梁王と自称し、黄龍と改元する。綿州を龍安府と改称し、 百官を設置する。また、剣州を落とす。
 5月2日 西川節度使の崔光遠と東川節度使・李奐が、共に綿州を攻めた。
 5月7日 これを抜き、段子璋を斬って叛乱を鎮圧した。


苦戰行
(苦戦をして死んでしまった人の歌)
苦戰身死馬將軍,自雲伏波之子孫。
苦戦をして死んでしまった漢の馬将軍のような人物がいる。彼はみずからを伏波将軍の子孫だとして公言している。
干戈未定失壯士,使我歎恨傷精魂。』
天下は戦乱いまだ定まらないのに彼のような勇壮な士を失った。このことは自分は嘆き恨んで酷く心を傷めさせられるのである。』
去年江南討狂賊,臨江把臂難再得。
彼が去年南方へ賊をうちにでかけたとき江にのぞみ、臂をとりあって親しく物語りをして別れたが、それをまたすることはできないことになった。
別時孤雲今不飛,時獨看雲淚橫臆。』
 その別れた時に見た天上の孤雲は今は飛んではいない。わたしは時時、ひとりで別の雲をみては、胸のなかで涙をながしているのである。

浮桟橋00












『苦戰行』 現代語訳と訳註
(本文)
苦戰身死馬將軍,自雲伏波之子孫。
干戈未定失壯士,使我歎恨傷精魂。』
去年江南討狂賊,臨江把臂難再得。
別時孤雲今不飛,時獨看雲淚橫臆。』


(下し文)
(苦戦行)
苦戦身死す馬将軍、自ら云う伏波【ふくは】の子孫なりと。
干戈【かんか】未だ定まらず壮士を失う、我をして嘆恨【たんこん】精魂【せいこん】を傷ましむ。』
去年 南行 狂賊【きょうぞく】を討つ、江に臨み臂【ひじ】を把るは再び得るを難し。
別時の孤雲 今飛ばず、時に独り雲を看て 涙 臆【おく】に横たわる。』


(現代語訳)
(苦戦をして死んでしまった人の歌)
苦戦をして死んでしまった漢の馬将軍のような人物がいる。彼はみずからを伏波将軍の子孫だとして公言している。
天下は戦乱いまだ定まらないのに彼のような勇壮な士を失った。このことは自分は嘆き恨んで酷く心を傷めさせられるのである。』
彼が去年南方へ賊をうちにでかけたとき江にのぞみ、臂をとりあって親しく物語りをして別れたが、それをまたすることはできないことになった。
 その別れた時に見た天上の孤雲は今は飛んではいない。わたしは時時、ひとりで別の雲をみては、胸のなかで涙をながしているのである。


(訳注)
苦戰行

(苦戦をして死んでしまった人の歌)
苦戦 初句二字をとる。馬援(漢)。将軍なる者が苦戦して死んだことを惜しんでよんだうた。其の事実が何年の事であるかには諸家に異説がある、上元二年段子璋が反して遂州綿州を陥れた時であるとする者が多いが疑うべき点もおおい。厳武との交遊が盛んで政治談議の中で生まれた作品には違いない。ここでは、成都尹に兼任し、厳武が中央朝廷に呼び戻されるわずかな期間の作品とした。


苦戰身死馬將軍,自雲伏波之子孫。
苦戦をして死んでしまった漢の馬将軍のような人物がいる。彼はみずからを伏波将軍の子孫だとして公言している。
○馬将軍 名は詳らかでない。
○伏波 後漢の伏波将軍馬援。


干戈未定失壯士,使我歎恨傷精魂。』
天下は戦乱いまだ定まらないのに彼のような勇壮な士を失った。このことは自分は嘆き恨んで酷く心を傷めさせられるのである。』
○干戈 1 武器。また、武力。 2 戦争。
○壮士 馬将軍をさす。


去年江南討狂賊,臨江把臂難再得。
彼が去年南方へ賊をうちにでかけたとき江にのぞみ、臂をとりあって親しく物語りをして別れたが、それをまたすることはできないことになった。
○去年 戦死の事実が上元二年のこととするものは此の語によって此の詩を宝応元年とし、宝応元年から前年の上元二年をさして去年といったものとみる。
〇江南 遂州の方へいったこと。涪江の南の流域、遂州は今の渡川府逐寧県である。一に南行をに作るもある。
○狂賊 段子璋。
臨江把臂 綿州、梓州、遂州を流れる涪江をいうとみることが至当である。上元二年に作者は涪江には居らず成都にあった。把臂はひじをとって親しく語りあう。膝詰よりさらに親密であることを云う。


別時孤雲今不飛,時獨看雲淚橫臆。』
その別れた時に見た天上の孤雲は今は飛んではいない。わたしは時時、ひとりで別の雲をみては、胸のなかで涙をながしているのである。




参考

『戲作花卿歌』 現代語訳と訳註
(本文)
成都猛將有花卿,學語小兒知姓名。
用如快鶻風火生,見賊惟多身始輕。
綿州副使著柘黃,我卿掃除即日平。
子璋髑髏血模糊,手提擲還崔大夫。
李侯重有此節度,人道我卿絕世無!
既稱絕世無,天子何不喚取守東都?
(下し文) (戯れに花卿の歌を作る)
成都に猛将 花卿有り、学語の小児 姓名を知る。
用うれば快鶴の如く風火生ず、賊を見れば惟多ければ身始めて軽し。
綿州の副使 柘黄を著し、我が卿 掃除して即ち日平とす。』
子璋の髑髏は血 模糊たり、手ずから提げ擲還すは崔大夫なり。
李侯 重ねて此の節度有り、人は道う我が卿 絶世無し。
既に「絶世無し」と称す、天子何ぞ喚び取って東都を守らしめざる。』
(現代語訳)
成都には勇猛果敢な大将で花驚定卿というのがいるのだ。いまや彼の姓名はことばを学び始めたこどもでも知っている。
彼を用うればすばやい髄鷹の如くうごき、そのはげしきことは風にあおられ強い炎の生ずるようなものである。叛乱者を見て相手が多いとき、はじめて身がるに働き出すというのだ。
このたび綿州の副使待遇の兵馬使の段子璋が謀反を起こして天子の御衣と赭色の身に着けひけらかしたとき、我が花卿はその叛乱を制定、掃き清め、「日平」事件として治め報告された。』
段子璋のむくろは血がしたたるほどべたべた状態であった。それを手ずから提げてこれを征伐軍の司令官の崔光遠大夫のもとへなげうちかえしたのだ。
これがためこともあろうに、一度は逃げだした綿州の李節度使もふたたび節度の職を有するに至ったのだ。人人は我が花卿のごときものは世にたえて無きものだというている。(だから、崔光遠を讃えず、李奐を嘲笑して「戯れ」たのだ。)
そんなに世に無い「絕世」武将だというのであるなら、天子におかせられてはなぜに彼を喚びとって東都洛陽をお守らせることさせられないのであろうか。(良いぶしょうを自分の好き嫌い、その日の気分、宦官の言いなりの粛宗を批判している。この杜甫の批判姿勢は一貫している)

大麥行  楽府(七言歌行) 成都6-(12) 杜甫 <477>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2510 杜甫詩1000-477-696/1500

杜甫 《大麥行》 天候不順で大麦は成長せず乾燥敷かれている、小麦は実らず黄色くなっている。食べることが期待できないことになって婦女子は鳴きながら売られていく、その夫はその金で貯蔵の蔵に向かう。


 

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謝靈運詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/1901_shareiun000.html 謝靈運詩 六朝期の山水詩人。この人の詩は上品ですがすがしい男性的な深みのある詩である。後世に多大な影響を残している。
謝靈運が傲慢で磊落だったというが彼の詩からはそれを感じさせるということは微塵もない。謝靈運、謝朓、孟浩然は好きな詩人である。
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登池上樓 #1 謝霊運<25>#1  ー http://blog.livedoor.jp/kanbuniinkai10/archives/67502196.html
孟浩然の詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/209mokonen01.html 孟浩然の詩 盛唐初期の詩人であるが謝霊運の詩に傾倒して山水詩人としてとてもきれいな詩を書いている。特に山水画のような病者の中で細やかな部分に動態を感じさせる表現力は素晴らしい。

李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
李商隠詩 華やかな時はほんの1年余り、残りは不遇であった。それが独特な詩を生み出した。この詩人の詩は物語であり、詩を単発で見ては面白くなく、数編から十数編のシリーズになっているのでそれを尊重して読まれることを進める。
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孟郊詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/328_moukou001.html 「文章得其微,物象由我裁。」詩人が作り出す文章は細やかなる描写表現を得ているものだ、万物の事象をも作り出すことさえも詩人自身の裁量でもってするのである。
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大麥行  楽府(七言歌行) 成都6-(12) 杜甫 <477>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2510 杜甫詩1000-477-696/1500




  
詩 題:大麥行楽府(七言歌行) 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(12)) 
卷別: 卷二一九  文體: 樂府 
作時:762年寶應元年1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の477首目-場面6-(12)
杜甫ブログ1500回予定の-696回目 
成都(劍南道北部 / 益州 / 成都) 
・集州 (山南西道 集州 集州)     
・梁州 (山南西道 梁州 梁州) 別名:漢中
・壁州 (山南西道 壁州 壁州)     
・洋州 (山南西道 洋州 洋州)     
 

詩題: 大麥行 
大麥乾枯小麥黃,婦女行泣夫走藏。 
天候不順で大麦は成長せず乾燥敷かれている、小麦は実らず黄色くなっている。食べることが期待できないことになって婦女子は鳴きながら売られていく、その夫はその金で貯蔵の蔵に向かう。
東至集壁西梁洋,問誰腰鐮胡與羌。 
巴水側の集州から東へ璧州に至り、その北、漢水の最西側にある梁州と洋州がある。ここでまた反乱がおこったのだ。誰に問いただすのかかまを腰につけるものが異民族の胡と羌のようになるのかどうかを。
豈無蜀兵三千人,部領辛苦江山長。 
どうして三千人もの蜀の兵がいないのだ。部門の領袖はこれまで大江、山南を長い間辛苦を舐めてきたのである。
安得如鳥有羽翅,托身白雲還故鄉。  

どうやったら羽や羽の骨を取りのように得ることが出来るだろうか。鳥のようにいかないものなら、せめてあの白い雲にこの身を託して故郷に帰りたいと思いのである。

大麥 乾枯して 小麥黃となる,婦女は泣きて行く 夫は藏に走る。
東至るは集と壁 西は梁と洋,誰にか問う 腰に鐮して 胡と羌とならんや。
豈に 蜀兵 三千人無しか,部領は辛苦して 江山の長たり。
安んぞ得ん 鳥の如く 羽翅に有んや,身を托して 白雲 故鄉に還らん。

-----------------------------------------------------------------------
大麥乾枯小麥黃,婦女行泣夫走藏【婦人行泣夫走藏】。
東至集壁西梁洋,問誰腰鐮胡與羌。
豈無蜀兵三千人,部領辛苦江山長【簿領辛苦江山長】。
安得如鳥有羽翅,托身白雲還故鄉。 

DCF00106
大麥行 
大麥 乾枯 小麥黃,
婦女 行泣 夫走藏。
東至 集壁 西梁洋,
問誰 腰鐮 胡與羌。
豈無 蜀兵 三千人,
部領 辛苦 江山長。
安得 如鳥 有羽翅,
托身 白雲 還故鄉。 


『 大麥行』 現代語訳と訳註
(本文) 
大麥 乾枯 小麥黃,婦女 行泣 夫走藏。
東至 集壁 西梁洋,問誰 腰鐮 胡與羌。
豈無 蜀兵 三千人,部領 辛苦 江山長。
安得 如鳥 有羽翅,托身 白雲 還故鄉。 


(下し文)
大麥行
 
大麥 乾枯して 小麥黃となる,婦女は泣きて行く 夫は藏に走る。
東至るは集と壁 西は梁と洋,誰にか問う 腰に鐮して 胡と羌とならんや。
豈に 蜀兵 三千人無しか,部領は辛苦して 江山の長たり。
安んぞ得ん 鳥の如く 羽翅に有んや,身を托して 白雲 故鄉に還らん。 


(現代語訳)
天候不順で大麦は成長せず乾燥敷かれている、小麦は実らず黄色くなっている。食べることが期待できないことになって婦女子は鳴きながら売られていく、その夫はその金で貯蔵の蔵に向かう。
巴水側の集州から東へ璧州に至り、その北、漢水の最西側にある梁州と洋州がある。ここでまた反乱がおこったのだ。誰に問いただすのかかまを腰につけるものが異民族の胡と羌のようになるのかどうかを。
どうして三千人もの蜀の兵がいないのだ。部門の領袖はこれまで大江、山南を長い間辛苦を舐めてきたのである。
どうやったら羽や羽の骨を取りのように得ることが出来るだろうか。鳥のようにいかないものなら、せめてあの白い雲にこの身を託して故郷に帰りたいと思いのである。


(訳注)
大麥行 
冬に雪が少なく、本来雪解けは山間部の富養なものを田畑に運んでくる農業にとって重要なものであった。それが無くて春夏の天候不順が飢饉を起こし、これが徐知道の乱につながっていく。


大麥 乾枯 小麥黃,婦女 行泣 夫走藏。
天候不順で大麦は成長せず乾燥敷かれている、小麦は実らず黄色くなっている。食べることが期待できないことになって婦女子は鳴きながら売られていく、その夫はその金で貯蔵の蔵に向かう。
・大麦 大麦の収穫. 6月(旧暦5・6月)、穂が出てから40日ほどたつと収穫できる。小麦は前年秋に種をまき同時期に収穫する。
・乾枯 乾ききって枯れること。人の言説などが味わいに欠けること。


東至 集壁 西梁洋,問誰 腰鐮 胡與羌。
巴水側の集州から東へ璧州に至り、その北、漢水の最西側にある梁州と洋州がある。ここでまた反乱がおこったのだ。誰に問いただすのかかまを腰につけるものが異民族の胡と羌のようになるのかどうかを。
・東集壁/西梁洋 山南西道の北部に位置する四州のこと。集州と壁州は巴水側で梁州と洋州は漢水側のみねをへだててせっしているちいきである
・腰鐮 蘇軾の七言絶句『山邨五絶其三』「老翁七十自腰鎌、慚愧春山筍蕨甜。豈是聞韶解忘味、邇來三月食無鹽。」(老翁七十にして自から鎌を腰にし、慚愧す春山筍蕨の甜きに。豈に是れ韶を聞いて解(よ)く味を忘れんや、邇來三月食に鹽無し。)
老翁は七十にもなって鎌を腰にさし、春山の筍や蕨をとってはその味に満足している、だが別に孔子のように肉の味を忘れたわけではない、もう三ヶ月も塩のない生活が続いているだけだ。
・胡與羌 異民族をいうが、ここでは唐王朝に対して反乱を起こすものを示す。


豈無 蜀兵 三千人,部領 辛苦 江山長。
どうして三千人もの蜀の兵がいないのだ。部門の領袖はこれまで大江、山南を長い間辛苦を舐めてきたのである。


安得 如鳥 有羽翅,托身 白雲 還故鄉。 
どうやったら羽や羽の骨を取りのように得ることが出来るだろうか。鳥のようにいかないものなら、せめてあの白い雲にこの身を託して故郷に帰りたいと思いのである。
麦畑02

漁陽 楽府(七言歌行) 成都6-(11) 杜甫 <476>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2505 杜甫詩1000-476-695/1500

2013年6月10日 同じ日の紀頌之5つのブログ
●古代中国の結婚感、女性感,不遇な生き方を詠う 三国時代の三曹の一人、三国時代の「詩神」である曹植の詩
Ⅰ李白と李白に影響を与えた詩《擬魏太子鄴中集詩八首 應瑒》 謝靈運 六朝詩<83-#1> 791 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2503
●唐を代表する中唐の韓愈の儒家としての考えのよくわかる代表作の一つ
Ⅱ中唐詩・晩唐詩雪後寄崔二十六丞公 韓愈(韓退之) <142-#3>Ⅱ中唐詩705 漢文委員会kanbuniinkai 紀頌之の漢詩ブログ2509
●杜甫の全作品1141首を取り上げて訳注解説 ●理想の地を求めて旅をする。"
Ⅲ杜甫詩1000詩集漁陽 楽府(七言歌行) 成都6-(11) 杜甫 <476>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2505 杜甫詩1000-476-695/1500
●これまで分割して掲載した詩を一括して掲載・改訂掲載・特集  不遇であった詩人だがきめの細やかな山水詩をかいている
Ⅳブログ漢・唐・宋詞詩集
●●森鴎外の小説『魚玄機』、芸妓で高い評価を受けた『薛濤』の詩。唐時代にここまで率直な詩を書く女性が存在した奇跡の詩
Ⅴ.唐五代詞詩・宋詞詩・女性酬郭簡州寄柑子 薛濤 唐五代詞・宋詩 薛濤-192-58-#52  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2507
 
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李商隠詩 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/3991_rishoin000.html
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女性詩人 http://www10.plala.or.jp/kanbuniinkai/0josei00index.html 女性詩人 古代から近世に至るまで女性の詩は書くことを許されない環境にあった。貴族の子女、芸妓だけである。残されている詩のほとんどは詞、楽府の優雅、雅なものへの媚の詞である。しかしその中に針のような痛みを感じさせるものがあるのである。
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李商隠詩 http://kanbuniinkai7.dousetsu.com/99_rishoinn150.html Ⅰ李商隠150首

 



唐宋時代鄴城05
漁陽 楽府(七言歌行) 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(11))  安史軍に抑えられている魚陽は755年11月突然に精鋭たちによって乗っ取られた。威権のかがやく蕹王はすべて徳があり、節をも守って治めていた。


漁陽 楽府(七言歌行) 成都6-(11) 杜甫 <476>  漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ2505 杜甫詩1000-476-695/1500


詩 題:漁陽楽府(五言律詩) 杜甫 成都(6部)浣花渓の草堂(6-(11)) 
卷別: 卷二一九  文體: 七言古詩 
作時:762年寶應元年1月杜甫51歳 
掲 載; 杜甫1000首の476首目-場面6-(11)
杜甫ブログ1500回予定の-695回目   40794
梓州(劍南道北部 / 梓州 / 梓州) 
漁陽 (河北道南部 薊州 漁陽)   雄武城 (河北道南部 幽州 范陽)     
 

漁陽
 (叛乱軍が占拠している魚陽のことについて)
漁陽突騎猶精銳,赫赫雍王都節制。
安史軍に抑えられている魚陽は755年11月突然に精鋭たちによって乗っ取られた。威権のかがやく蕹王はすべて徳があり、節をも守って治めていた。
猛將飄然恐後時,本朝不入非高計。
勇猛果敢な大将は凡俗を超脱しヨウヨウトしており突然おこった事を懼れるだけ手手を打つのをことごとく後手をとった。その朝は朝廷に入らず高尚な計画は全くされなかった。
祿山北築雄武城,舊防敗走歸其營。
安禄山は黄河より北側を抑え幽州范陽に雄武城を築いたのである。王朝軍の旧防衛軍は敗走を重ね、破れた者たちはその本拠地の軍営には帰ってこなかったのである。
繫書請問燕耆舊,今日何須十萬兵。

書簡を継続して届け、問題点をはっきりさせてきた燕の国には優秀な儒者が居るではないか、今日至って、どうして十万を超える軍隊を用いて制圧してくれないのだろうか。

『漁陽』 現代語訳と訳註

toubanrimap044
(本文)
漁陽突騎猶精銳,赫赫雍王都節制。
猛將飄然恐後時,本朝不入非高計。
祿山北築雄武城,舊防敗走歸其營。
繫書請問燕耆舊,今日何須十萬兵。


(下し文) 漁陽
漁陽 突騎して猶お精銳たり,赫赫として 雍王は都【み】な節制す。
猛將 飄然として恐れ時を後にし,本朝 入らず 高計するに非らず。
祿山 北築 雄武の城,舊防 敗走して其の營に歸る。
書を繫ぎ 請問し 燕は耆舊す,今日 何んぞ須いん 十萬の兵。


(現代語訳)
(叛乱軍が占拠している魚陽のことについて)
安史軍に抑えられている魚陽は755年11月突然に精鋭たちによって乗っ取られた。威権のかがやく蕹王はすべて徳があり、節をも守って治めていた。
勇猛果敢な大将は凡俗を超脱しヨウヨウトしており突然おこった事を懼れるだけ手手を打つのをことごとく後手をとった。その朝は朝廷に入らず高尚な計画は全くされなかった。
安禄山は黄河より北側を抑え幽州范陽に雄武城を築いたのである。王朝軍の旧防衛軍は敗走を重ね、破れた者たちはその本拠地の軍営には帰ってこなかったのである。
書簡を継続して届け、問題点をはっきりさせてきた燕の国には優秀な儒者が居るではないか、今日至って、どうして十万を超える軍隊を用いて制圧してくれないのだろうか。


(訳注)
漁陽

(叛乱軍が占拠している魚陽のことについて)
・漁陽 漁陽郡(ぎょようぐん)は、中国にかつて存在した郡。現在の北京市、天津市、河北省の一部に相当する。唐の開元18年(730年)、漁陽郡は薊州と改称、天宝元年(742年)に漁陽郡と改称されたが、乾元元年(758年)に再び薊州と改称され漁陽郡の行政区画名は消滅した。河北道南部 薊州 漁陽


漁陽突騎猶精銳,赫赫雍王都節制。
安史軍に抑えられている魚陽は755年11月突然に精鋭たちによって乗っ取られた。威権のかがやく蕹王はすべて徳があり、節をも守って治めていた。
・赫赫 威権のかがやくさま。


猛將飄然恐後時,本朝不入非高計。
勇猛果敢な大将は凡俗を超脱しヨウヨウトしており突然おこった事を懼れるだけ手手を打つのをことごとく後手をとった。その朝は朝廷に入らず高尚な計画は全くされなかった。
・猛將 勇猛果敢な大将。杜甫『戲作花卿歌』「成都猛將有花卿,學語小兒知姓名。」
・諷然 凡俗を超脱し拘束されぬさまをいう。


祿山北築雄武城,舊防敗走歸其營。
安禄山は黄河より北側を抑え幽州范陽に雄武城を築いたのである。王朝軍の旧防衛軍は敗走を重ね、破れた者たちはその本拠地の軍営には帰ってこなかったのである。


繫書請問燕耆舊,今日何須十萬兵。 
書簡を継続して届け、問題点をはっきりさせてきた燕の国には優秀な儒者が居るではないか、今日至って、どうして十万を超える軍隊を用いて制圧してくれないのだろうか。
・耆舊 【耆旧】: 《「耆」は60歳の意》年寄り。老人。 ぎじゃくっ‐せん【耆闍崛山】: 《(梵)Gṛdhrakūṭaの音写。鷲峰(じゅぶ)などと訳》「霊鷲山(りょうじゅせん)」に同じ。 き‐じゅ【耆儒】: 年とった儒者、また、学者。 き‐しゅく【耆宿】: 《「耆」も「宿」も老、旧の意》学徳の


杜甫『石龕』「奈何漁陽騎,颯颯驚蒸黎!」
ああ、なんであの漁陽の叛乱の軍らは、風の吹きまくる如く人民を驚かしつづけるのであろうか。
“同谷紀行(9)” 石龕 杜甫 1000<328>#2 漢文委員会kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1559 杜甫詩 1500- 484
石龕 
熊羆咆我東,虎豹號我西。
我後鬼長嘯,我前狨又啼。
天寒昏無日,山遠道路迷。
驅車石龕下,仲冬見虹霓。
伐竹者誰子?悲歌上雲梯。
為官采美箭,五歲供梁齊。
苦雲直竿盡,無以充提攜。
奈何漁陽騎,颯颯驚蒸黎!
(石龕)
熊羆【ゆうひ】我が東に咆【ほ】え、虎豹【こひょう】我が西に号【さけ】ぶ。
我が後【うしろ】には鬼長く嘯【うそぶ】く、我が前には狨【じゅう】又た啼く。
天寒くして昏れて日無く、山遠くして道路迷う。
車を駆る石龕【せきがん】の下、仲冬【ちゅうとう】虹霓【こうげい】を見る。
#2
竹を伐る者は誰が子ぞ、悲歌【ひか】して雲梯【うんてい】に上る。
官【かん】の為めに美箭【びぜん】を採り、五歳【ごさい】梁斉【りょうせい】に供す。
苦【ねんごろ】に云う直幹【ちょくかん】尽きて、以て提携【ていけい】に応ずる無しと。
奈何【いかん】ぞ漁陽【ぎょよう】の騎【き】、颯颯【さつさつ】として蒸黎【じょうれい】を驚かすや。

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